はてなキーワード: アートとは
ohnosakikoの「アーティスト症候群」って本ではそういう人間のことを「自分流症候群」と呼んでた
その特徴が青二才にまんま当てはまってる
・基本という誰もが通らなければいけない道をバカにする(めんどくさいから)
1個目は本人が「分かりやすい文章を書こうと努力したことがあったがすぐに辞めた」と昔twitterで言ってた。
2,3個目は説明する必要は無いだろう。
その節はこう締めくくられてる
「分野を横断して表現活動をするなら、そこに一貫した方法論やアート観が必要となるだろう。
ゴールデンウィーク最終日。
終日家に居るのも何だと思い、彼女はいないけど、ふとカップルの聖地、横浜はみなとみらいに行ってきた。
目に飛び込んできたのは巨大な客船。
吹き抜ける風がとても心地よかった。
続いて山下公園へ。
花のアート?みたいなのがあってとても綺麗だった。
う〜ん。それにしても周りはカップルだらけだ 笑
こういう時、彼女がいたらオシャレなパスタとか一緒に食べられたんだろうなー 笑
食後、そのまま帰るのも何だと思い、再び大桟橋へ。
「あ、そういえば赤レンガ倉庫見てなかったな。」と思い、そちらへ。
みんなでワイワイとても賑やかだった。
でも流石にそこでひとりで呑むなんて図太いことはできなかったので、雰囲気だけ頂戴した。
でもふと「まだもうちょっと客船と港を眺めるか。」と思い、再び大桟橋の方へ。
大桟橋の隣の広場に到着。
水辺に面する欄干に肘をついてボーッと港を眺めていた。
5分くらいかな。物思いにふけっていたが、さてそろそろ帰るかと思ったその時。
横から
「すいません。」
女の子2人組みだった。
「すいません。写真撮ってもらっていいですか?」
「あぁ、いいですよ。」
満面の笑みで応えた。
「いい思い出になるね。」なんて思いながら「ハイチーズ!」
自分「いえいえ、どういたしまして。ちゃんと撮れてます?それで大丈夫ですか?」
女の子たち「あ、はい。大丈夫です!ありがとうございました!」
可愛らしいなぁ〜 笑
自分「じゃ、すいません.....」とその場を離れようとした時、
ふと「あ、俺も撮ってもらおう。」と思った。
彼女がいれば、彼女に撮ってもらったり一緒に写ったりできたんだけど 笑
iPhoneを渡してお願いした。
多分、変なヤツって思われただろうな 笑
客船と港をバックに立った。
その時、女の子が、
「私も一緒に写っていいですか?」
.........
一瞬「え?」と思った。
そりゃなるよね。笑
誰でもなると思う。
まぁでも僕もいい歳なんで、そこまで驚くこともなく、
「あぁ、じゃあぜひ。」と笑顔でお願いした。
特に集団になると底抜けに明るくなって積極的になるっていうか。
もう一人の女の子が「じゃあ私もいいですかぁ〜?♪」と言ってきた。
二人と撮り終えて、じゃあこれで帰ろうと、
最後に冗談でふと「良かったらこれ、フェイスブックとかに載せていいですか?」って聞いたら、
「いいですよ〜♪」だって。
........
こんな展開あるんだ 笑
こんな展開あるんですね 笑
二人とも可愛らしい子たちだったし、もしかしたらもしかするかもしれない 笑
今、自分には彼女はいないし、もしかしたらこの出逢いが運命の出逢いになるのかも.....なんて 笑
....…
ただ、ふと横浜に出掛けて、ふと大桟橋に寄って、ふと欄干に肘をついていたらこんなことになりました。
意図していない『ふと』したことが。
今日、家にいたらこんな素敵な出逢いはなかった。
『ふと』家を出て『ふと』横浜に出掛けてみたから始まった出来事。
大袈裟かもしれないが、今日のこの出来事が今後の僕の人生を変える転機になるかもしれない。
今日、ふとあの子たちと出逢えたおかげで、何か人生が素晴らしく色づくような気がした。
今日の出逢いは僕の一生の宝物になるかもしれない。
ふと、そう思った。
ここ数日、何かと話題になっている家入一真氏と若野桂氏のデザイン料未払いのやりとりであるが、家入氏の未払い問題は今に始まったことでも何でもない。
叩くと色々出てくるが、まずは数年ほど前に家入氏が経営していた会社、party company社の運営していた海の家での未払い問題をご紹介しよう。
江ノ島海の家Colcci(コルチ)音楽イベント ダブルブッキング事件
(http://therightwing.blog129.fc2.com/blog-entry-1.html より引用)
2010年8月、江ノ島海の家Colcci(コルチ)で行われる予定だった音楽イベントが
株式会社パーティーカンパニー・株式会社アマゾナスヴィダ(子会社)の一同によるダブルブッキングにより中止となった。
当初、被害弁済の話しで折り合いをつけると見せかけ、話しを持ちかけてきたが、8月の海の家の営業が終わると同時に、今度は弁済しないと言ってきた横暴ぶり。
しかも、株式会社ウィルコープ代表取締役 松田という、関係ない幽霊会社(住所も電話も飛んでる)の代表が出てきて、連絡はバックレるは知らぬ存ぜぬという始末
株式会社パーティーカンパニー側が株式会社ウィルコープに頼み、けつを拭いてもらおうとしたが、相手が悪かったみたいだ。
要は、株式会社ウィルコープは株式会社パーティーカンパニーの都合の悪い事を、一手に引き受けていると思われる。
来年も海の家をやろうとしてるみたいだが、自分達の都合で中止をし被害弁済もしない企業が来年もできるとは思えない。ていうか、できないでしょ!噂が回ってるから!
株式会社パーティーカンパニーの情けない所は、担当者の萩原氏に責任を押し付け、会社としての監督責任を果たさない点である。
責任者は彼かもしれないが、上役1人出てこないのは、不思議なものである。
上場会社も率いている、家入一真氏には、社会に対しての責任をしっかりと感じて頂きたいと思う。
これ以上、日本という国で、好き勝手できるとは思わないで頂きたい。
お金があれば、何をやってもいい、弱者には強くあしらい、上場会社の方ではお金を集め、いい顔、悪い顔が見え隠れしている事を皆さんには、知って頂きたい。
被害総額150万円程
■本件の流れ
7/10
江ノ島海の家コルチでのイベント開催の為、イベントブッキング担当の斎藤陽氏とやり取りが始まる。
7/15
8/22のスケジュールの押さえる。
イベント開催に向けて出演者のブッキング、プロモーション活動、等の準備を進める。
8/4
江ノ島の警察の指導によりイベント終了時間が20時から19時に変更される。
8/5
江の島花火大会の際に、一部の海の家が大幅な音量オーバーと営業時間オーバーをした為に、警察から海岸組合へ指導が入り、組合が江ノ島西浜全域に厳重注意を勧告され、それによりイベント開催に対する規制が更に厳しくなる。
8/10
現地の状況が更に厳しくなったことを理由にキャンセルを勧められる。
8/11
違う日程に予定されているイベントの主催者に連絡をとり状況を聞いたところ、こちらが齋藤氏から伝えられているような厳しい状況ではなく、全く問題なく開催出来るとのこと。開催したいという意志を伝えると齋藤氏から、コルチ側のスケジュール管理のミスによりこちらのイベントがダブルブッキングされ、コルチでは開催不可能である旨を告げられる。なおダブルブッキングのもう片方のイベントは、コルチの関連会社のイベントである為にどうしても外せないとのこと。
コルチの運営会社・パーティカンパニーの萩原氏から謝罪の連絡があり、他店での開催を提案される。
8/12
齋藤氏より、イベントキャンセルの場合は経費の総清算をコルチ側にさせる旨を告げられる。
8/14
イベントのプロモーションのために制作したラジオ番組の再制作にかかる費用等を様々な要因を考慮して検討した結果、他店での開催は不可能と判断しキャンセルする意向を伝える。
8/16
パーティカンパニーとコルチを共同経営するウィルコープの松田氏より、今後は最終責任者として対応するとの連絡がある。
8/23
8/24
9/10
こちらから松田氏に連絡すると、弁護士をいれたので弁護士から明日にでも連絡すると告げられたが、弁護士からの連絡は一切なし。
9/23
ウィルコープは全く対応する意志がない様子なので、萩原氏またはパーティカンパニーの代表からすぐに電話をさせること。
齋藤氏はスケジュール管理については全く関与せず全てパーティカンパニーとウィルコープの責任ということなので、その証明と今回の事件の経緯を文章にまとめてこちらに提出すること。
9/24
齋藤氏より連絡があり、萩原氏は多忙により時間が出来次第に電話するとのこと。
9/25
萩原氏にパーティカンパニーの代表役員もしくは担当者から和解交渉の連絡がない場合は訴訟も辞さないと連絡をする。
齋藤氏に下記の提出をお願いする。
1 ダブルブッキング事件のやり取り詳細(全履歴)
2 過失がコルチにある事を証明する書面(スケジュール管理してない事の証明)
9/27
齋藤氏より
義務ではなく善意で協力している立場なのでそのような要求は受け入れられず、
今後は法的に義務が生じた証言、提出物のみ出すとのこと。
①
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悪ふざけ文化創造企業/株式会社パーティカンパニー(partycompany Inc.)概要
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【所在地】
〒150-0002 東京都渋谷区渋谷1-17-1 美竹野村ビル2F
(東京メトロ渋谷駅 13番出口より徒歩0分) Google Map
【TEL・FAX番号】
03-6427-3185(TEL) 03-6427-3186(FAX)
【事業内容】
カフェ・レストラン事業(直営店運営/企画プロデュース/委託運営)
アート・文化事業(ギャラリー運営/クリエイタープロデュース及びマネジメント)
【取締役会長】
【代表取締役社長】
永岡裕介
【専務取締役】
澤圭次郎
【資本金】
3千万円
5億円
【決算】
【従業員数】
【URL】
partycompanyinc ( http://twitter.com/partycompanyinc )
1978年12月、福岡生まれ福岡育ち。paperboy&co.創業者。
2001年、株式会社paperboy&co.の前身 である合資会社マダメ企画を設立。
2003年、paperboy&co.を設立し代表取締役に就任。
その後、2009年、代表取締役CCOを経て、2010年、取締役に就任。
2010年4月、悪ふざけ文化創造企業 株式会社パーティカンパニー設立、
代表取締役に就任。
イエイリカズマ Official Blog http://ameblo.jp/ieirikazuma/
永岡裕介(ナガオカユウスケ)代表取締役社長
2002年、有限会社 A Style Works 設立、代表取締役就任。
2010年、株式会社パーティカンパニーへ飲食事業を譲渡、同社 取締役就任。
【関連会社】
(アパレルブランド「Colcci」日本国内輸入販売総代理業)
【沿革】
2008年5月:渋谷に1号店「HI.SCORE Kitchen」をオープン
2010年3月:有限会社A Style Works よりカフェ事業(都内3店舗)を事業讓受
2010年7月:片瀬西浜に海の家「theBeachCafe」、渋谷に複合プロジェクト
(カフェ「ON THE CORNER」/アートラウンジ「SUNDAY ISSUE」/
②
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【商号】
【役員構成】
取締役 永岡裕介
【所在地】
【資本金】
2,250万円
【決算】
【事業内容】
【従業員数】
10名
【URL】
www.colcci.com
お台場ヴィーナスフォート店(直営)をはじめ、百貨店、全国セレクトショップにて展開中
1978年12月、福岡生まれ福岡育ち。31歳。paperboy&co.創業者。
2001年、(株)paperboy&co.の前身となる合資会社マダメ企画を設立。
2003年、paperboy&co.を設立し代表取締役に就任。
2010年4月、悪ふざけ文化創造企業 株式会社パーティカンパニーを設立し代表取締役に就任。
IT、アパレル、PRなど、幅広い事業への投資も積極的に行っている。
③
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所属 WanderLust Inc./ 株式会社ワンダーラスト
http://www.wanderlust-inc.co.jp/index.html
斉藤陽氏は都内でDJとしても活動している。
今回のブッキングの件は業務契約を結んでいると言っていたが、責任は両者なすりつけあいで、株式会社ワンダーラストと株式会社パーティーカンパニー・株式会社アマゾナスヴィダとの業務提携だとすれば、株式会社ワンダーラストも責任が問われるであろう。
株式会社パーティカンパニー側に落ち度があり、斉藤氏は弁済の約束も取り付けたというが、その約束はどこに行ったのか、果たされていない。
ここに、挙げられている企業はグループ企業・協力企業であり、秘密裏に会合をしていると思われる。
よって、彼の言っている事も、日々変わってきているので信用はできないという。(もっともだ)
④
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株式会社paperboy&co. ジャスダック上場企業 大阪証券取引所 証券コード3633
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関係者の話しによると、ここが全ての母体になっており、背後で動いていると思われる。
本件は現在も調査中です。
大学が始まって1ヶ月も経たないうちから「自由になりたい」欲により大学を辞めたくなってきてる。
大学は日本のに通っている。何故かというと、ずっと日本から離れていたので「日本の学校の閉塞感」を忘れていた、ということと、「大学は自由だ」と言われていたから。結果、日本の大学は私の高校ほど自由じゃなかった。
私の通っていた高校では、ほとんどの人が大学に進学しない。そもそも進学するのが半数くらい。大学に行けるのは上位1割くらいで、残りは専門学校とかに通うらしい。半分が高校卒業で就職するので、高校には専門的な科目もあった。最終学年(高校3年生)になれば一日5時間のうちほとんどが選択科目になる。私はアート系の授業を一つ取っていたけれど、アート系の科目は4つあった(ペインティング、デザイン、スクラプチャー、後一つ忘れた)
どう考えても甘えだけど。
よく言われているように海外の大学は卒業が厳しい。私が留学していた先の大学もそう。卒業をあきらめて大学をやめてしまう生徒も多いとか。だから別に海外の大学に行きたいなんて戯言は言うつもりもないし、つまり、根性が無いだけなんだよ。
どうにも興味の向く先が分散している私は日本の大学も合わなければ海外の大学だって合わない。つまり大学自体が向いてない。
「大学は自由らしい」とかいう曖昧なうわさを信じて進学しちゃったのが間違いなんだよね。
ちなみに、継続して興味を持っている分野はふたつほどあるのだけど(絵と英語)、うちの大学はあんまりそれについては勉強させてくれないみたい。一応それに沿っているような学部・学科を選んだつもりだったんだけど。なんだ結局大学選びとか学部選び失敗しちゃったってだけの話なのかな。
そもそも入学前の受験勉強中から大学にはなんとなく行きたくないなあと思っていたし。その直感(というかなんかもやもやした感情)を信じればよかったのかなあ。
とにかく合わない感がヤバイ。
いろいろ上に書き出してみたけど自分でも「なんでこんなに合わないのか」っていうのは未だにあんまり納得できてないから上の文章もたぶん理由じゃない。
日本きらい
あ、日本の文化はだいたい大好きだけどね
公私ともにアイデアマンと認めるこの俺が創造力を発揮する秘訣はというと何と言ってもある1つの心構えにあると思う。
だいたい創造性開発といえば好きを貫けってことと、インプットとアウトプットを増やせってこと、それからKJ法に始まる発想法を身につけろと、そういうことしか言わない。これでは本当の創造力はつかない。
『スーパーIT高校生"Tehu"と考える 創造力のつくり方』も何か新しいことが書かれているかなと思ったけど特に書かれてなかった。ってか創造力について記述がほとんど無いだろこの本。
その心構えとは、これ「新鮮さを貫け」である。
だいたい気付かないといけないよ。好きを貫くことによる視野の拡大ってのは実はその裏で視野の固定化も孕んでいることに。
俺は世の中で素晴らしいとされているあらゆることが好きになれなかった。好きを貫けとか糞くらえと思っていた。だからこそ「新しさに目を向ける」ことに気付けたのだろう。
新しさに目を向ける、という発想こそが創造力開発の妙薬なのだ。
暮らしのなかで積極的に新しさを見つけようとする。そのためには予想を立てることが不可欠である。予想を立てて現実と照合する結果、違いに気づき驚きが生まれる。
君は新しさに驚く日々を過ごしていますか?新しさは心の栄養ですよ。予想を立てないから違いに気付けずありきたりの日常に見えてしまう。
それから好きを貫いたり1つの目的や目標のために身を粉にしたりすると一気に新しさが見えなくなってしまう。もっと柔軟にならないといけない。
音楽を聴く時もみんな「イイ曲」を探そうとするんだよ。それが駄目。イイ曲ってのは自分の既存のモノサシでイイ曲ってこと。それでは視野が広がらない。
そうじゃなく「新しい曲」を探そう。本当に「イイ曲」なんて1000曲に一曲で、そのためにせっせとCD買いまくるのはご苦労なこったとしか言いようがない。馬鹿である。一種のギャンブル中毒、スロット馬鹿と同じ。
そうじゃなく「新しい曲」を探そう。「新しい曲」であれば50曲に一曲はそういう曲が見つかる。新しさが無いかなと注意深く聴いていれば5曲に一曲はそういう曲が見つかる。
そうやってどんどん新しい感覚を心に取り込んで味わっている人と、固定したモノサシで「イイ曲」ばかり追い求めているとでは、心の豊かさに雲泥の差が生まれるのは言うまでもねえことだ。
facebookにも「イイネ!」ボタンがあるがあれは「新しい」の意味で用いるべきなんだ。「良い」の意味で使うと心が狭くなる。評論家気取りで良い悪いを判定しているとまたたく間に心が死んでしまう。
少しでも新しい部分がないか耳を澄ませて生活しないと。パクリって言葉を多用する人間も危ない。あいつらは新しいものまでパクリ認定してる。
あれもパクリこれもパクリと連呼してる人間がさあ自分が作り手側に回ったとき何も出来なくなる。自分の首を絞めちゃってる。だから新しさに鈍感なヤローは何も作れないんだ。
これまで話を聞いてこう思った人もいるだろう。新しさだって1つのモノサシに過ぎないからそれに拘るのは視野を狭くするんじゃない?現代アートも新しさに拘って珍妙な方向へと迷走してるように見えると。
それはある意味正しいように見えるが現実には新しさを追及していけば1つの新しさだけでなく色んな新しさを求めるようになるから狭い視野に陥ることはない。
現代アートと言ってもいろいろあるが理屈に拘って迷走してる人もいるのは事実である。だがそれは新しさに拘っているからではない。新しさに拘ることで珍妙なアートが出来るとすれば
それは新しさがマジョリティに理解されないからであって、それは視野が狭いのとは別問題である。発想法みたいに機械的に理屈でひねり出した新しさではなく、
ちゃんと本人の感性が新しいと感じたのであれば、それは同じ感性の持ち主には感動として伝わるはずである。珍妙に見えても一部の人には価値あるアートなのである。
好きを貫くデメリットをもう1つ書いておこう。それは好きには限度があるということ。例えば作曲家が「イイ曲」ばかり作ろうとしていたら必ず壁にぶつかる。
作曲のセンスや技術が成長してどんどん「イイ曲」が出来ているうちは良いが必ずどこかで壁にぶちあたる。芸術家の苦悩と言えば聞こえは良いがはっきり言って自業自得の馬鹿である。
「イイ曲」ではなく「新しい音を追い求める」というスタンスでいけば一気に視野が広がる。「イイもの」以外は全部捨ててしまうのではなく、その中にも面白い音がたくさんあることに気付く。
「新しさ」を追い求めると興味が特定分野に限定されない効用もある。例えば、ポップスばかり作曲しててジャズに全く興味のない人が新しさを求めはじめるとどうなるか。
最初はポップスの中から色んな新しさを見つけようとする。だけどよくよく聴いてみるとジャズ要素の入ったポップスに新しさが見いだせるかもしれない。あるいはポップスの中に新しさが見いだせなくなって
他のジャンルも聴こうとしてジャズにたどりつくかもしれない。そうして自分の興味分野がどんどん広がっていくのが新鮮さを貫くメソッドの大きな効用である。
そしてジャズの新しさを一通り取り込んだ心でまたポップスを色々聞き直してみると面白いことにこれまでとは違った聞こえ方がしてさまざまな新しい新しさを発見できるようになる。
そうやってどんどん新しさが見つかって心が広がって楽しみが尽きることがない。新しいもの探しをしない作曲家は駄目なんだよ。「イイ曲」ばかり作ろうとしてる作曲家は感性が窒息死してしまう。
http://mdenka.blog85.fc2.com/blog-entry-2330.html
写真家がいかに被写体の緊張をほぐすかというのは、人物写真のアートとしての一部ではあるし、実際有名な写真家(当然木村も含む)が気難しい人物を「攻略」したエピソードみたいなものは時折目にしたりも。何となく、そういう文脈で前者の女性は全く考えてなく、後者の男性の方がむしろ「考えてる」から、ああいう物言いを増田相手にしたがるんだろうなぁ、とは思いつつ。
何を「考えてる」とああいう物言いになるのか、ああいう物言いでなんで緊張がほぐれるのかよくわからないです…。
前者の女性相手より後者の男性相手の方が強い緊張状態を強いられています。
非常に高価なプロユースのカメラを持ち、本人の許可を得て人物写真を撮り、アートとして場を選んで発表していた写真家と、
誰でも持っているスマホで勝手に用途不明の写真・映像を撮影するのとでは、被写体にとって全く意味が違います。
増田もそういう撮影が「日常化」してる文化に対する敵意の方が、撮影されることそのものよりも実は本人気付いてないけど強いのかなぁ
うまく言語化してくださってありがとうございます。
多くの個人がマスコミの自覚無くマスコミをやっているような、そういう感じでしょうか。
今回、何も考えずに愚痴を書き殴り、思ったより拡散したことを後悔して元の内容を全削除した私にも言えることだと思いますが…。
個人の裁量に配慮の度合いが任されてる場面で、多数の悪意ない人による「ちょっとぐらいいいじゃん」が自分にとって許せない範囲だった時、嫌な奴になってまで止められる勇気ある人はそうそういない
こういう時「正当な主張をしている勇気ある人」になるか「嫌な奴」になるかは、多数決で決まっていると思います。
そして一人一人の手持ちの票数は同じではなく、コミュ力のある人が50票くらい持っている。
amamo0
台風の日とかによくある街頭テレビ中継に偶然映り込んだ通勤中の一般人のキャプが、ネットで「この子可愛い」とかって拡散されてるのが私は一番怖い。
テレビしか無い時代だったら、流されて終わったんですけどね。ネットがあるから永久に残る。
台風でパンチラした女子高生や、気持ち悪いからと晒され続けているAKBオタク男性のキャプなどは、見かけると気分が暗くなります。
sacatorine
男の方は悪質だな、「撮られるのは好きではないので私を映さないでください」と伝えてみよう。カメラより携帯やスマフォの方が怖い。無音で撮影できるものもあるし、みんな何でも躊躇いなく撮る
「撮られるのは好きではない」までは伝えてあるんですがね…。
「私を映さないでください」まで言わないと駄目なんでしょうね。
penpen-0704 photo
ポートレートで有名な写真家のアンリが写真を撮ることは相手を少なからず侵害することなので注意する必要がある的なことを言っていたのを思い出した
ひとの写真を撮るのは恐ろしいことでもある。なにかしらの形で相手を侵害することになる。だから心遣いを欠いては、粗野なものになりかねない。
この言葉でしょうか。
この視点を持っている"撮る側"の方が居たことを嬉しく思います。
ひとの写真は名刺のようなものだと思います。名刺を床に落として踏みにじれば、ただ紙を床に落として踏んだ、ということではない。
その昔は児童ポルノ禁止法というものが存在しておらず、代わりに「陰毛禁止」という妙なルールが出版界にあった。
タレント・宮沢りえが、かつて写真集“サンタフェ”でフライング気味にヘアヌードを公表・発売したのは、今からすればヘア(実質的に)が解禁・入れ替わるように少女ヌード写真集が発禁になっていく転換点だったように思う。
ちなみにこの“サンタフェ”だが、撮影した時点(not出版)では彼女は17歳だったとも言われており、ヘアヌード&児童ポルノという、いろいろな意味で今の世の中には「存在してはいけない存在」になってしまった感がある。
序盤から脱線したが、自分も見せてもらったこの“サンタフェ”では、さすがにヌけなかった。アートと表現したほうがいいような、さわやかな印象の出来の写真集だった。
さて自分の場合は、エロといえばまずは二次元から入っていったタイプだ。
たとえば「地獄先生ぬ~べ~」は、少年誌連載にしてはけっこうきわどい(エロ的に)描写の多い漫画として知られるが、それよりも前に毎号どうどうとヌードシーンが載っていた漫画といえば、「おじゃまユーレイくん」を思い出す。
ただしこれらは、どちらかといえば「ボインちゃん」がメインな作品である。というか、ぬ~べ~の舞台ってたしか「小学校」。。。
自分にとっての決定打は、内山亜紀氏の作品を立ち読みしたことに尽きる。
思えばその時期を前後する形でオリジナルアニメブームが湧き、一方ではごく一部を中心として当時にカルト的人気を集めた「魔法のプリンセスミンキーモモ」あたりを題材にしたエロパロ同人誌が、徐々に一般にも販路を延ばしてきていた時点の話である。
ややマニアックな漫画雑誌・あるいはパソコンゲーム雑誌では、さすがに直接的な性的描写こそ無いものの、少女のヌードをモチーフにしたイラストなどが読者欄などで散見された気はする(この点、事実と相違があったらお詫びしたい)。
というかそもそも、当時のエニックスから出ていたパソコンゲーム作品に、そのものズバリの「ロリータシンドローム」というタイトルがあってだな。。。
時代はさらに下り、会員制のBBS・いわゆるパソコン通信というものが普及してきたあたりで、PC-9801の仕様に合わせた4096中16色で表現されたイラストが多数作成・アップロードされていた。その中でダウンロード数が多いのは、「エロ」を感じさせる作品に集中していた。(注・当時はすでに、エロゲ=9801の図式ができてきていた)
中には、(当時は)一部の機種でしか見られない多色JPEGデータをアップロードするような猛者がいたが、電話回線を使った28800bpsの速度でやり取りするにはデータ量がちょっと多過ぎたせいか、ダウンロード数はそれほどでも無かったような記憶がある。
そんな中で衝撃的に出会ったのが、写真家・力武靖氏の撮影による少女ヌード写真集である。今から思えばそれは「FRIENDS」の一部だったのだが、まともな検索手段が無かった当時としては、まったく未知の存在に触れた気がした。それのスキャン取り込みデータが、BBSに無断でアップロードされていたのだから、提供した側もずいぶんと大胆といえば大胆である。当時は自分はすでに成人していたが、家族と一緒に住んでいる手前、実写のエロ・しかも少女ヌード写真を本屋で買うほどの行動力はさすがになかった。通販事情としても、今のようにアマゾンほかオンラインショップで気軽に本を注文、という販路はまだ整備されていなかったので、しばらくはそのデータについて出どころが知れないままモヤモヤとしていた。
(もちろん、性的な意味でも)
やがて、個人でも準定額・のちに完全定額のインターネットが利用できるようになってきた時点で、検索サイトというものの存在を知る。
パソコン雑誌のコーナーでは、いわゆる「電脳アングラ」的な本がじわじわ売られてきていたが、そんな中で海外のサイトでのお宝画像(=エロ画像)のダウンロード方法が説明されていた中、自分はなぜかあの少女ヌード写真集の事が忘れられなかった。OSもWindows98以降が標準となり、安価なパソコンでもフルカラー画像を見るのがようやく当り前となってきた頃のことだったが、いくつかの紆余曲折の末にようやく、とある方法(具体的には省略)であの写真集と思われるデータを手に入れる事ができた。その時の感慨を表現できる言葉を、いまの自分が持ちあわせていないのは残念なくらいだ。
その後、写真集の被写体だった少女達は、日本人ではなく顔の造作の似た外国人である事を知ったりしたが、それでも彼女の人気は一部では根強く、後日にヌード部分を除いてまとめられた写真集(※アマゾンでも売ってた)が発売された際には高評価を得ていたように記憶している。
その写真集データを得たのと前後して、「ロリエロな漫画・イラスト」のデータの蒐集も続いた。二次元と三次元のエロは、近いのか遠いのか、と問われれば「遠くはないというか、ある意味別腹に近い」と自分は答える。喩えて言うなら、店で食べるラーメンとカップ麺の関係のような感じだろうか。
さらに言えば、実際にもし実行すれば確実にアウトな「幼女・未成年女子とのセックス場面」が、二次元での表現としてはまだセーフな事も(わいせつ物頒布うんぬんの論点はさておき)、見ていて自分のささやかな妄想を想起させた。
ただし、自分はどうもレイプを思わせる描写が(創作物であっても)ダメなタイプなので、その系じゃなきゃ燃えない方とは一緒に見られたくない、とワガママな主張をしておきたい。
だがそういった日本での内輪の価値観も、TPPその他での動きによって、そろそろ終わりに近づきつつありそうなのが正直悲しいし、怖い。
機能してるのかしてないのかわからない村人候補者ブクマ数上から10人のブックマークやtwitterを見てみた。
10000超えは6人だけ。
他、やる気あんのか。
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結婚したみたいでブログの更新は止まっているがブログではネットネタやマスコミの報道姿勢について語ってる。
ブコメも少なくtwitterも日常のことを書いていて穏やかな印象
サイト:
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サイト:
ブクマ数:15012
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ホッテントリを全てブックマークしている感じだが、ブクマするのが早いので新着を全てブックマークしてると言ったほうが正しいか。
まさにWebにしゃぶりついている。
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お気に入られ数:52
id:kanoseとid:otsuneのみをお気に入りしてて、ブックマークもネットネタが多い。
ブコメは少なめだがたまにホッテントリでスターつけられてるのを見る。
サイトははなまるマーケットの情報とウェブサービス紹介メインという意味不明なブログ。
twitter見てても温厚そうだが引き寄せの法則などスピリチュアルなものについては攻撃的な口調になってる。
サイト:
ブクマ数:12900
お気に入り数:22
お気に入られ数:65
サイト:
ブクマ数:12900
お気に入り数:22
お気に入られ数:65
2chまとめ多め。
サイト:
ブクマ数:9827
お気に入り数:1
twitterはブックマークからのツイートのみでブコメはなし。
ブクマ数:9114
お気に入り数:68
お気に入られ数:79
ブックマークはホッテントリ多いけど、他のブックマークはオリジナリティあってなかなか面白い。
アーティスティックな村人として頑張れ。
サイト:
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お気に入り数:1
お気に入られ数:32
サイト:8775
ブクマ数:
お気に入り数:0
お気に入られ数:25
他にもブックマーク数上何人かみただけだが、機械のように無言でホッテントリをブックマークする人間ばかりでまともな人間が少なすぎて予想以上に書くこともなくはてなの少子高齢化深刻だと思た。
ちょっと追記
http://news.dengeki.com/elem/000/000/605/605010/
元からいる人は省くよ
| 天海春香 | 中村繪里子 |
| 如月千早 | 今井麻美 |
| 星井美希 | 長谷川明子 |
| 萩原雪歩 | 浅倉杏美 |
| 高槻やよい | 仁後真耶子 |
| 菊地真 | 平田宏美 |
| 水瀬伊織 | 釘宮理恵 |
| 四条貴音 | 原由実 |
| 秋月律子 | 若林直美 |
| 三浦あずさ | たかはし智秋 |
| 双海亜美 | 下田麻美 |
| 双海真美 | 下田麻美 |
| 我那覇響 | 沼倉愛美 |
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http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20130212/p1
ニコニコの弾幕で言葉通りの意味を表すケースなんざ、ほとんどねぇよ。単なる「お約束」だ。
男同士でどこかにしけこむシーンで「アッー」ってコメ書いたらホモだとか、そんなこと思う奴いねぇのと同じ。
アニメだけじゃなくて、固定ファンが付きやすい連続もののプレイ動画やSS動画でも見られるし、肌色に限った話でもない。
ソードアートオンラインOPの「ちいさなおっぱい」弾幕で、「本当に聞き間違いを起こしてる訳じゃなく、現実の寂しさを表してる」とか言うくらい間抜けな話だ。
昔からシロクマ先生は、自分の論が正しくなる極端な例を持ち出して、突っ込まれると「極端な人達の改善を目標としてるからです」とか言っちゃう人だからな。
http://anond.hatelabo.jp/20130218131400
イメージで語ってる人が多いよね。ごちゃごちゃ書いてるみたいだけど、実際の写真集見たことあるのん?
男性モデルが自然なポーズしていてありのままの姿が写っているだけだと思ってるでしょ?違うよ。
1000部限定だったりするから手に入れるのは難しいけど、それなりの検索用語でいろいろ出てくる。
アートだろうがポルノだろうが関係ないって書いてるから、もしかして見たうえでの主張なのかもしれないね。
スルーしそうになっていたのだけれど、我慢できないのでやっぱり書いておきます。
ガガ撮影写真家逮捕 レスリー・キー容疑者“男性器写真集”販売
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2013/02/05/kiji/K20130205005128840.html
わいせつか芸術か……有名写真家レスリー・キー容疑者逮捕で物議
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130204-00000036-rbb-ent
【衝撃事件の核心】「紀信さんに憧れ…」越えた一線 ガガさんら撮影、有名カメラマンの写真集は男性器のオンパレードだった
http://sankei.jp.msn.com/smp/affairs/news/130216/crm13021618000012-s.htm
写真家の猥褻罪での逮捕は十年一日のごとく繰り返されているけど、そのたびに「あの写真集にチンポが写ってた!」「マン毛が写ってた!」と中学生のごとく大騒ぎ。まるでアホです。
そのつど繰り返されるのが、お馴染みの「これはアートなのかポルノなのか論争」。しょうもなさここに極まれり。
いいですか。
なぜなら、レスリー・キーは写真学校で写真の訓練を受けて、ギャラリーで個展を開き、問題の写真集も、ギャラリーで販売されたものだからです。
ギャラリーに置かれたもの、美術館に置かれたものは、アート作品です。これは自明です。便器に「泉」って書いて置いてあってもアート、缶詰めのパッケージをプリントしたやつがあってもアートなのです。
別に、俺はこんなものアートとは認めない! っていう人がいてもいでしょう。しかし、俺は蕎麦は手打ちしか蕎麦と認めない! っていう人がいても、実際に流通し消費されている手打ちじゃない蕎麦が存在し、蕎麦であるように、アートも、美術館やギャラリーにあるもの、またはそれら周辺の制度で評価されているもの、ぐらいの定義しか、もはやできないんです。象徴的にいうと、デュシャン以降、ウォーホル以降は。
アートの枠組みを問うこと自体がアートになり、行き着くところまで行った結果こうなりました。
理想化された神話的なヌードから、生身のネイキッドへの転換という美術史の流れで起こった論争など、はるか昔の話しなのです。
生身の裸がエロティックに表現されていたからといって、アートではないといえたのは、近代以前のことです。
無論、ここでの「アートである」とは「アートとして優れている」ことを必ずしも含意しません。
アートだからすべて偉い、崇高なものなんだ、というのは単なる権威主義です。
作者の慰みにしかならないような、誰にも評価されないクソみたいなアート作品もあれば、社会や人間に対する深い洞察を含んで、歴史的な鑑賞に耐えるポルノもありうるのです。
純文学とライトノベル、どっちが素晴らしいのかを問うようなもので、しょうもない純文学もすごいライトノベルもあるに決まっている。
警察は、チンポが写った写真集が売られたら捕まえる。これは、まあ、当たり前です。そういう法律があるんだから。
夜中にクラブで客踊らせたら逮捕されるのと一緒で、そういう法律があるんだから、逮捕も起こりうるでしょう。法治国家なんだから。
むしろ警察が芸術か否かを判断して法律を運用することのほうが不当なのではないかとも思います。
アートかポルノかなんて警察に判断できるわけがないし、されるべきでもない。
では、どうすべきか。
この場合、真に批判され、変わるべきは警察ではなく、こんなカビの生えた法律を放置している日本国民の意識である、と私は考えます。
根本的に間違ってるのは、警察ではなく法律なんです。そして、アート/ポルノ論争とか始めてしまう、ダンスは健全な文化なのか論争とか始めてしまう、幼稚な日本人です。
どれだけ俗悪で、低劣な表現であっても、被害者がいない限りは、ある朝突然、国権に身柄を拘束されることがないのが民主主義なのではなかったのでしょうか。
タテマエでは日本では猥褻なものは売られていないことになっている。これが欺瞞でなくてなにが欺瞞なのでしょう。
アダルトビデオにモザイク入れて、警察の天下り機関でチェックして、これはモザイク入ってるのでポルノじゃないです、猥褻じゃないですって、これが茶番でなくてなにが茶番なのでしょう。
ポルノ大国の日本で、写真集で外国人の写真家が逮捕されたというニュースは、海外からはどう見えるんだろう。
ちなみに、私はレスリー・キーの写真が低劣だと言いたいわけではないです。むしろ、写真集持ってるぐらいには好きです。腕もあると思います。
彼の仕事は、LGBTアクティビズムとしても、アートとしても、ポルノとしても、素晴らしい価値のあるものだとおもっています。
実は、ヌード撮るのってすごく難しいんですよ。嘘だとおもった人は、手持ちのカメラで自分の裸を撮ってみてください。立体感も質感もなんもない、みすぼらしい写真のできあがりです。
実は、ただのゆで卵でも、陰影をつけながら、その白さや丸さを撮影で表現するのすら、すごく技術や経験のいることなんです。いわんや人間を美しく、そして自分の表現になっている写真にすることはとても難しいことなんです。
写真というのは、見たものが見たまま写るというものではないです。たとえば、見慣れた花が、写真家の写真でみると、とんでもなく艶かしく、エロティックに写されたり、グロテスクに写されたり、ロマンティックに写されたり、こんな世界の見方があったのか! と驚嘆できるのが写真です。
当然ヌードも、そこには様々な解釈があり、無限の文脈があるものなのです。そこにモザイクという検閲が入ると、文脈は抹消され、猥褻なものがそこにはあった、という意味だけが立ち上がってしまいます。性器を隠した不自然なポーズやトリミングも同様です。
もちろん、春画などの例をだすまでもなく、ポルノもアートとして制度に回収され、認められる場合もありますが、現状、猥褻の線引きは、鑑賞者や捜査員がエロいと思うか、勃起するか否か、メールヌードに至ってはペニスが写っているかで判断されてしまいます。この思考停止。
ポルノは(特に性的少数者のそれは)作者が自分自身にとことん正直な、まさにパンツを脱いだ嘘のない表現に出会える数少ないジャンルです。どれだけ反社会的に思われ、政治的に正しくないものでも、実存の奥底にある、どれだけ押し込めても潰しきれない、人間のどうにもできないものが表現されてしまうのがポルノです。その凄みや執念は、アートのそれを上回るとさえ思えます。
我々は、アートやポルノ、健全さや猥褻さの枠組みの中で表現を擁護するのではなく、そして巧拙で擁護するのでもなく、低俗か高尚かで擁護するのでもなく、すべての表現を、すべての表現者を守るのだ、と宣言するべきなのです。
しかし、このニュース関連のツイートや、ダビデにパンツ履かせろクレーム、会田誠騒動などをみていると、法律を変えるなんて、あと数十年は無理っぽいですけどね。
ややこしい国に生まれたなあ……。
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20130210/p1
しかし現代アートを「まだ評価の定まらない多様な視点」や「常識にとらわれない独自の視点」をもった
「実験的・批判的・挑発的」な「対話と議論の契機を生み出」すものだとしている、
つまり現代アートは”議論喚起的なもの”だと言っている側が、ちっとも議論に積極的でない、まるきり官僚的な態度を見せているのは、不思議なことだと言うしかない。
現代アーティストのこの手の発言はただの建前(売り文句)にすぎない。
アーティスト本人もキュレーターもバイヤーも評論家も、皆これらの文言はただの建前であり、作品の売り文句に過ぎないと知っている。
建前を疑ったり否定しても誰も得をしない。だから皆で作品を持ち上げるんだ。そうすれば皆ハッピーさ。
議論なんかしても金にならない。お客様候補ならや美術評論家(=身内)となら話は別だけど。
だから現代アートはこれでいいんだ。ずっとこのままでいいんだ。
虚構の環:第1部・再処理撤退阻む壁/3 プラントを分割発注、弱点に
http://mainichi.jp/feature/news/20130205ddm002040093000c.html
04年4月27日、経産省職員2人は意を決して自民党商工族で大臣経験もある重鎮に接触した。撤退には政治の後押しが不可欠だ。場所は東京・永田町の国会議事堂にある一室。A4判5枚の資料を渡し説明した。
「再処理工場は安全性に疑念がある。行政も電力も本音では『動かしたくない』と思っている。原子力発電自体は維持しつつ再処理は凍結すべきだ。サイクル政策について、首相直轄の『原子力政策改革委員会』(仮称)を新設し徹底的に議論して見直してほしい」
重鎮は黙ったまま聞き、説明が終わるとこう言った。
「君らの主張は分かる。でもね。サイクルは神話なんだ。神話がなくなると、核のごみの問題が噴き出し、原発そのものが動かなくなる。六ケ所は確かになかなか動かないだろう。でもずっと試験中でいいんだ。『あそこが壊れた、そこが壊れた、今直しています』でいい。これはモラトリアムなんだ」
このカメラマンが男のヌードを撮っていたのも知っていたし、その裏事情もちょっと知っていたので正直ザマーって気分だ。
この逮捕に対してモデルや関わりのある人たちがこの国は芸術が無くて残念だとか何とか書いているが、俺が不思議に思ったのは
そいつらが芸術とポルノの線引きをどこでしているかって所だ。掲示板に転載されていた猥褻図画として認識された画像を見たけど、
あれが芸術だっていうならアダルトビデオだって芸術だろ。あの写真が「猥褻じゃなくて芸術です、だからチンコ見せてもいいんです」っていうなら
女のマンコも今すぐ解禁だ!だってアートだもん。女のマンコは人間を生み出す神秘のエリア!そういう神聖な場所を猥褻などと言ったら神様に罰が当たるね。
男のちんぽから出る白い液体だって人間を生み出しているんだし、そのチンコとマンコが繋げて男と女と女と男がそのプリミティブな欲望をたぎらせて
動物のように無我夢中で腰を振る行為を猥褻だなんて言ってモザイクかけたりしたら地獄行きは確実。
だからポルノはもはやアートではなく神聖な物で家族で正座して二礼二拍手一礼をしたのち厳かな気持ちで拝見させていただいき、見終わった後に
「アーメン」の代わりに「ザーメン」と言って十字をきって神に祈りを捧げるべきだよな。Dickが芸術ならFuckなんてもう神の粋だろ!
今回の事件で「これは芸術なんです。」とかいう奴には、そんな事偉そうに言うならお前がカメラマンを逮捕した警察に素っ裸で突入して
「DickとCuntは猥褻ではない。SuckしてFuckして芸術は爆発だ!俺はこの国を開放する為に放尿する!お前らはみんな大島渚の元に行け!」って叫んで
飛びかかってやれ!って言ってやりたいよ。テメーの偉そうな上から目線のオナニー文章をブログやツイッターに書き込んだって世界は変わらないよ。
くそったれが。