はてなキーワード: 助長とは
https://blog.tinect.jp/?p=85005
え、なんで治療法が「ある」かのように話進んでるの?
実際治療法なんか無いから当人も安定剤の類出すだけでお茶濁したわけで。
許されるものなら積極的な「治療」が可能かのように言ってるが、許した所で何もできないんだから、人格の問題をどこまで医療化していいか?なんていう問いはそもそも成立しない。
何なんだ一体?
■追記
資格持ちに資格なしで講釈垂れるほどアレではないつもりなのでこれは「疑問の提示」であるというエクスキューズはしつつ、
くだんの老婆のソレを病気というより障害と捉えるならそこにあるのは治療ではなく対処ノウハウの蓄積と運用であるはずで、
それについてはしかつめらしく「手を出していいのかどうか」なんて悩むひまもなく四の五の言わず現場で協力してできることをがんばろうになるはずで、問題があるとすればリソース不足ということで、いずれにせよ医療倫理だとかの観念的な話は出番がないはず。
よくネットでは人生の悩み開陳→とにかく病院いけ!このやりとりをプリントして見せろ!の無責任なコールアンドレスポンスが見られ、そこにそういうタイプの問題の受け皿はないのにねえと思うことがあるが、
ただのアラサー平社員の反省と愚痴なので、読み飛ばすか、優しい言葉でもください。
10年近く同じ会社で働く同僚Aと、距離が近くなりすぎてしまった。
学歴に差があり入社時の年齢・役職が違ったにも関わらず、入社タイミングが同じだったため初動でタメグチでいいよと言ってしまい(反省している)、さらにプライベートでも遊んでしまったせいで完全に社内の人間関係に悪影響を及ぼす原因を作ってしまったと思う。
プレイベートでの交流はシンプルに趣味が合わないと感じて控えるようにしたが、Aからの友達的態度は変わらず、むしろ助長・拡大していった。
自分に対してだけではなく、私の同期や、社歴は浅いが実績や職種から考えて先輩or上司といえる立場の人にもタメグチ混じり、上から指示等するようになり、
小さいけれどおかしな要求(Aの効率だけが良くなるような周囲への業務のシワよせ)を頻発してくるようになった。
あくまで例だけど
「私(A)にこの資料を作成してほしいなら、関数設定完了済みのエクセルデータと、入力内容の分類&並び替えが終わっている元データを渡して来い」
みたいな感じ。
いつしか社内の上下関係が崩れ、Aは周囲からの「注意」を受け止められない人間になってしまっていた。
上司や同僚が注意しても、改めることはおろか「悪く言われた」としかとらえず、注意やアドバイスに対して社内の空気を劣悪にする不機嫌な態度をとるようになってしまった。
注意してきた人間を"悪者認定"(これは実際のAの言葉)し微妙な態度をとるようになった。(複数人での挨拶のとき声を発さなかったり、一度の声かけでは応えず二度呼びかけて応じる等、かなり絶妙なもの)
Aの態度なんて気にせず、仕事なんだから!でビシっと教育すべきだったとは思うが、度重なる不機嫌に耐えかねて周りが諦めて放置してしまった流れがある。
これは上司の言葉だが、「成長する気もない人間の不機嫌に付き合い続けると、問題のない人間のメンタルに悪影響が出る」。
(うちは大企業と呼べる規模ではあるが、基本的に移動や転勤がなく、転職でもしないかぎりはいつも同じメンツなのも馴れ合いを生んだのかもしれない。さらに基本的にみんな穏やかで威圧的に叱ったり?パワハラ的な教育も無く、ぶつかり合い不要、人間関係は凪のほうがいいよねーという社風がある。今書いてて、こうやって衰退していくんだな…とも思った。)
うちの会社は犯罪さえおこさなければクビがないので、改善策としては放っておく・小さな仕事しか振らないという対応になる。
勝手な指示や転換を行わないように、誰かの業務の補佐やアルバイトさんでもできるような単発的・データ入力的仕事ばかりになる。
加えてそのような単業にも自分が思う完全な指示を求めて「待ち」の時間を製造するので、スピードも遅くなる。
新しい業務ツールへの反発も強く「入社時にそんなツールの話聞いてない」と喚く。
分からないところだけ残していいから、できる限りやってみたら?と励ましても、新ツールのところだけ手付かずで綺麗に残して渡してくる。
当然だが昇進しない。だから不満は増える。
約10年を経て、「スキルもスピードも判断力もないが、ラクしたいので他人に強くあたる社歴10年のヤバい人」が出来上がってしまった。
Aもアラサーになり、後輩も増え、圧倒されてしまう若手が増えた。(少し調べればわかることなのにAが「不明点があるのでこの状態じゃできまない!」と突き返し若手萎縮&業務増幅)
これ、いずれやばいんじゃない?と他の同僚とときどき話に上がる。
でも、なんのアイデアもない。自分は雇用主でもないし。触らぬ、関わらぬ、同じプロジェクトに入らないことを祈るのみ。
そのつもりでいるが、今日も同僚は友達のように話しかけてくる。
断るのが苦手すぎていつも人間関係で行き詰まる。
飲みの誘いや愚痴を聞く、ちょっとしたお願いなどを断らないと「この人には何をしてもいい」という認識になって要求が過多になる。
関係性によっては本当に都合の良い人間扱いされてしまい、なんかこの人どんどん失礼になってくるなと思って断ると相手は不機嫌になる。自分の要求が通らないと不貞腐れるとか嘘だろ…と毎回思うけど、相手を助長させた自分も悪いと思うと指摘できない。
基本的に自主性がないので、人の話を聞く、ちょっとしたわがままを受け入れる、ぐらいしか性格の長所が見つからない。
・欧米では人権意識が高いリベラルな人ほどAIに反対してて、(人間の尊厳を奪う、人種ステレオタイプの助長、人権侵害、ネトウヨのプロパガンダや偽情報への悪用が主な理由)米国民主党もリベラル派がAIが人権侵害で反対してる事を理解して、その方向で動いている。
・バイデン大統領も世界に先駆けて法規制に動いており、ニューヨークタイムズや大学教授などの知識人も反対の立場を取っている。
https://people.com/joe-biden-ai-executive-order-mission-impossible-villain-8385476
・逆に、右翼ほどAIに肯定的で、4chに生息するアメリカネトウヨなどはクリエイター層を冷笑している。(クリエイター層はリベラル派が大多数だ)
・右翼は偽情報のプロパガンダが規制されると不利になるため、AI反対派を攻撃している。
・AI推進派は表自(表現の自由戦士)で、ポルノの自由や、「AIコンテンツはポリコレの影響を受けて無い」を理由にAIを推進。
・ITテック系も本音は金儲けがしたいので、「Wokeism(リベラル思想)にはうんざりだ」と、イーロンマスクやラリーエリソンなどのIT起業家が続々共和党支持へ袴替えし、本音を表している。
だから、AI推進派は欧米では極右として扱われてる。だけど本邦では何故かウヨや表自と一緒にAIを肯定して、偽動画作りなどのネトウヨと同レベルに堕ちる奴もいる。
でもそんな権利を求めたら、好き放題精子を放出するだけの提供男性だけならともかく、子を産んだ母親まで傷つくことになるんじゃない?
女性を傷つけることになることだけは避けたいよ。
こどもが「なんで自分を生んだんだ」と責めたり、母親のパートナーに「本当の父親じゃない」と酷い言葉をかける流れを助長しかねない。
実際には(例えば)移動シャワーのような予め用意したサービスに特化した団体や
少数の迷惑系YouTuberみたいなのが乗り込んでいるだけなのに、あたかも人海戦術型の一般ボランティアが詰めかけて困っているかのような注意喚起が拡散される。
そういう断片的情報の拡散は「なにかしたい」「ささやかなりと貢献したい」欲求を手軽に解消する。スラックティビズムの一種と言える。
そもそも実際にボランティア活動をするモチベーションと、ネットでいちいちコメントしたい欲動はその起点において重なるものがある。
だからこそ分かれた道はもう合流しない。リポスト活動で満足して、それ以上の行動を求めなくなる。それがまた現場のリアルから遊離した空中戦を助長する。
それにしても今回の地震は野次馬のワーワーの声が大きい。ただ騒ぐだけでなく憎悪をはらんでいる。いちいち「これはOK」「これはむしろ迷惑」と聞きかじりで早計に持ち上げたり叩いたり、それがもともと存在する党派性の争いと一体になっている。ツダだからOKor許せない、れいわ太郎だから云々。
もちろん東日本大震災と原発事故のときは今回どころでなくネットは憎悪のるつぼだったが。
局地的災害をネタにそんなに無駄にいがみ合う意味があるのか?これだけ立て続けに災害があってまだこんなに我々の社会は災害に不慣れなのかと思うが、局地的災害だからこそ「なにかしたい気持ち」のはけ口がないのかもしれない。
まあなんだかんだ政府自治体には着実にノウハウは蓄積されて行っている。官民の連携はまだまだこれからというところ。ある意味ネットは一番遅れている。
「小規模避難所の二次避難拒否ジレンマ」みたいなのも、またしょーもない連中が田舎ヘイト高齢者ヘイトのいいネタ見つけやがった感がある。もちろんイシューとしては重要な要素を含んでるがこいつらの深刻ぶった論壇ごっこはどこにもたどり着かない
タイトル通りだ。男オタのBL要素や男同士の恋愛要素をネタにする風潮が大ッ嫌いだ。
そのBL要素に純粋に萌えてる腐女子やゲイの人がいるだろうに、ネタとして面白がって失礼だと思わないんだろうか?
「ネタにしないと見てられねーよw」って言うなら最初から見ないでくれ、大人しく美少女キャラしか出てこない作品だけ見てればいいだろ。
わざわざBLアニメを淫夢やヤマジュン感覚で笑いネタにして、それをわざわざコメントに書いてるやつとか何なの?
逆にお前らが好きな百合作品が「弱男の好きそうなレズキメェw」って言ったらフェミフェミ発狂するんだろうな。
普段は出産の負担のことを凄く批判しているけど、いざ女性の身体性が技術に代替されたら人間のヒューマニティが奪われる云々、技術に甘やかされた男性がリアル女性にまで甘える風潮を助長する云々で、猛反発するよ。
ラブドールだけでも物凄く揉めてるでしょ。
恋愛ドラマは人生でほとんど見たことがないんだけど、先日見たい番組があって忘れないように早めにテレビをつけたら
ジャニーズの岩本って人が主演でヒロインが白石麻衣の恋愛ドラマをやってて終盤のシーンだけ何となく見た
どうやら白石麻衣が要人という設定で岩本が専属で警護を担当していて、今は危ない状況だから急きょ24時間ぴったり警護することが決まったらしい
白石麻衣ははわわと慌てて「私の部屋、散らかってるから!」と一度は拒否するも、それなら……と岩本は男所帯の寮に彼女を連れ込み泊めさせることになった
そこにはキンコメ(相方が逮捕された芸人)の今野とこれまたジャニーズの藤原という男が住んでおり、
岩本は誰にも話を通していなかったので今野と藤原は急に女性が来たことに驚き、白石麻衣も男子寮に通されたことに驚いていた
「男の子たちと同棲生活!?きゃっ!アタシこれからどうなっちゃうの~~!?///」という雰囲気でその回は終了した
うおお……恋愛ドラマってほんとにこういうノリなんだ……世の非ヲタ一般女性はこういうのを楽しんでるのか……と圧倒された
刑事ドラマやワイドショー、ニュース、バラエティ番組はよく見るからテレビっ子のつもりだったけど自分の「知らない世界」感がそこにあった
目がでっかいファンタジー感満載の少女漫画絵で展開されるならともかくこれを生身の30代が大真面目に演じているのがすごい
これが人気の少年漫画原作アニメやコント番組の一場面だったら性加害を助長してるとか教育に悪いとかいい歳してお花畑恋愛脳キモいとかどうのこうの言って燃やされてそうだと思った
実は少女漫画のエロシーンがえげつないみたいにあまり知られていないだけで恋愛ドラマって実は色々あるんだろうなと思った
(次回の展開をチェックすることはないだろうけどもしその後白石麻衣が宿泊を断固として拒否して女性の警護人を呼ぶような流れになるならごめん)
続き
2022年4月の県民からの申立を受けて、2023年8月30日に苦情処理委員が県教委へ提出したもの。
県民の申立についてと、これを受けて苦情処理委員が調査に基づいて県教委へ勧告した内容が記されている。
勧告書には、平成13年度(2001年度)に同様の勧告があった経緯についても記載されている。
これに対する当時の県教委の報告書における「今後の方向性」は以下のものであった。
県教育委員会としては、 将来にわたって共学化を進めていくという立場に立ちながらも、 本県の数少ない別学校は、 多くの県民の強い支持があること、 各学校の主体性を尊重する必要があることなどから、 早期に共学化を実現するという結論には至らなかった。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/josi/index.html
女子差別撤廃条約は、男女の完全な平等の達成に貢献することを目的として、女子に対するあらゆる差別を撤廃することを基本理念としています。具体的には、「女子に対する差別」を定義し、締約国に対し、政治的及び公的活動、並びに経済的及び社会的活動における差別の撤廃のために適当な措置をとることを求めています。
条約全文
https://www.gender.go.jp/international/int_kaigi/int_teppai/joyaku.html
第10条
締約国は,教育の分野において,女子に対して男子と平等の権利を確保することを目的として,特に,男女の平等を基礎として次のことを確保することを目的として,女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとる。
(c) すべての段階及びあらゆる形態の教育における男女の役割についての定型化された概念の撤廃を,この目的の達成を助長する男女共学その他の種類の教育を奨励することにより,また,特に,教材用図書及び指導計画を改訂すること並びに指導方法を調整することにより行うこと。
勧告要旨の1点目について、確かに条文では男女共学を奨励しているが、その目的は「教育の分野において,女子に対して男子と平等の権利を確保すること」とある。
半世紀前の世界で女子の教育機会が限られていた時代の条文であり、県内外に共学別学さまざまな選択肢がある現代の埼玉県において、この条文を根拠に目的が達成されてないと主張するのは無理があるように思う。
勧告要旨の2点目について、管理職・教職員の男女格差是正は必要だが、共学化に結びつける論拠には乏しい。
男女別学との因果関係はあるかもしれないが、この目的で共学化を主張するのは論理が飛躍している。
他にも勧告の詳細では他県の状況などを列挙しているが、いずれも共学化の主張を補強するに足るものではないように思う。
埼玉県男女共同参画推進センターが主催するイベントに毎年出場しているらしい。
第21回 With You さいたま フェスティバル出展参加団体紹介
https://www.pref.saitama.lg.jp/withyou/event/report/r4/21th_fes_dantai02.html#kyougaku
代表者氏名 清水はるみ 会員数 100人 所在地(活動拠点) 鶴ヶ島市
2001年9月、私たちは「埼玉県内のすべての公立高校を男女共学に」をめざして、「共学ネット・さいたま」を設立しました。
2000年3月に「埼玉県男女共同参画推進条例」が施行され、「男女混合名簿の使用」と「別学校の共学化」を求める市民からの苦情申し立てがなされたのを契機に、共学化の運動を推進していく市民運動の母体として、様々な活動に取り組んできました。
WebサイトやSNSアカウントなどは存在しないようで、どういう論拠をもって共学化を推進しているのかはわからなかった。
10月12日に提出したという要望書も見つからず、公開されていないと思われる。
団体名・代表者名で検索すると、ジェンダー平等の各種活動への賛同者として登場しており、苦情処理委員への申立者と同じ論拠で共学化を推進しているように見受けられる。
7項目に渡って勧告書の問題を指摘し、主にダイバーシティの観点から別学の意義を主張している。
女子別学を肯定するのか否定するのか、文脈が判然としない記述である。
7番目の項目は簡潔に一文のみで、勧告書の無茶な主張を一蹴している。
最後に、埼玉県立高校の管理職や教職員の格差等については、県教育行政の問題であり、今回の共学化とは趣旨を異にするものである。
勧告書の問題点を指摘し、別学の意義を理路整然と説明しており、おおむね納得できる内容に思える。
ただ部分的には根拠に疑問があり、特に6番目の項目はやや感情が先走っているようにも見受けられた。
別学出身者とりわけ男子は、社会に出ると、定型化された男女の役割という概念から抜け出せず、社会生活に支障を来す、あるいは四囲に悪影響を与える等、問題が生じるとでもいうのであろうか。もちろん、そのような調査結果などはなく、そのような実情にもないというのが一般人の感覚であろう。
今日においてこそ、高校教育における別学の有用性が認められ、再評価されるべきである。別学の存在意義は誠に大きいものといわなければならない。
12月20日に開始。発起人は浦和高校関係者(在校生・卒業生とそれらの保護者)有志とあり、県内の別学・共学の高校がずらりと参画メンバーに名を連ねている。
現在(1月8日)時点で1万5千を超える賛同者が集まっている。
Change.orgサイト内とX上で賛同者のコメントを見ることができるが、対象の別学在校生・卒業生以外にも、共学出身者や県外出身者など広い層から賛同を得ているようだ。
賛同者のコメントの多くは当事者および社会への影響を懸念するものであり、理知的なものであるように見える。
特に関係者以外からのコメントは実感のこもった真摯なものが多く感じた。
一方で首を傾げるコメントもそこそこ見られるのが気になった。
勧告書の内容や経緯を誤認しているもの、卒業生が個人的な思い出のみを根拠に感情的に反対を叫んでいるものなど。
中には何故かLGBTQやフェミニストを敵視・蔑視し対立を露わにするものもあり、ナンバースクール出身の品位も矜持もないものかと残念に感じた。
そもそもの議論の出発点や経緯が共有されてないようにも思えるので、署名の説明に勧告書と意見書のリンクでもあればいいのにと感じた(今回私がこの記事を書くことになった動機)。
勧告書の主張は根拠に乏しく、到底賛同を得られるものでないように思える。
しかし勧告書が提出され議論の俎上に載せられた以上、正しく議論が行われるべきである。
浦和高校同窓会の提出した意見書、およびオンライン署名の活動は意義あるものだと思う。
年末に週刊誌が松本人志に関するスキャンダルを報じた影響で松本人志という人物に対して厳しい目が向けられている。
それは女性問題に限らず、過去に松本人志が作り出したコンテンツに関してもだ。
評価の中には、彼の笑いはイジメを助長するあるいはイジメそのものを笑いにしていたというような主張が存在する。
しかし、そのことの真偽を検証するのがこの文章の目的ではない。
そのことをまず了承してもらいたい。
彼の笑いの是非を問うものでない。
その上で、あえて彼の作った笑いが極めて有害なものであったと仮定してみる。
そういう話をしたい。
彼が過去に作った笑いのコンテンツが有害であったとして、果たして我々は松本人志を責めることが出来るのか?
いや、それは出来るわけがない。
当たり前のことだ。
表現者が表現の自由を行使して、その許されている範囲内で表現を行ったことを責めることは出来ない。
例えるなら中世ヨーロッパにおいてキリスト教以外の神を否定するような絵画を描いた芸術家を断罪することが出来るのか?という問いと同じだ。
わかるだろうか?
芸術家というものは自らが作り出したものを検閲することなど出来ないのだ。
自らのうちから生み出された、ある表現が適切かどうかを判断する完全なる客観性を表現者は有していないからだ。
だがら、その客観性を有しているものがその表現が適切かどうかの判断をくださなければならない。
誰が判断するべきだったのか?
おそらく松本の過去のコンテンツに関して責任がある存在とは、すなわちテレビ局であるはずだ。
松本がいかに偉大な表現者だったとしても関西の一劇場で細々と舞台演劇を行っていただけならば、いかにカルトな人気があろうと全国的な影響力など持ちようがないのは言うまでもない。
広く流布するべきものか、
あるいは極めて優秀な作品だが
これはもっと人の目の触れにくいところに留めるべきか、
このことに松本人志の笑いを否定するものたちはまずは留意すべきだ。
テレビ局は当時、松本人志のコンテンツを広く全国民に向けて放送することに問題がないと判断し、流布した。
理解できるだろうか?
イーロン・マスクのようにメディアそのものをコントロールするような権力を松本は持っていなかった。
その松本に対して、イジメを助長するような作品を流布したと批判することは出来ない。
さらにいうならば、その松本の笑いがなぜ広く流布されるようになったのかという原因そのものをもっと考えてみるべきだ。
そのテレビが、ある番組を放映するかどうかの判断の要としていたのが視聴率だ。
テレビの視聴率とは、どれだけの人が、その番組を見ていたかどうかを表した数字だ。
それは批判的に見ていたわけではない。
あのとき、あの場所で、多くの大衆が松本が面白いと思ったから視聴率を稼いだのだ。
ムーブメントには必ず、それを支持する多数の大衆が必要となるのだ。
松本のような広いマスに対して自らの表現を売り物とするものは、
常に時代を見つめながらコンテンツを生み出さなければすぐに大衆から見捨てられる。
ウケないものとはなにか?
大衆とはなにか?
それはすなわち社会だ。
このような言葉使われるようになって久しい。
これはどういうことか?
なぜか?
だから常に価値観をアップデートしないと常識はずれの言動してしまうぞ、ということだ。
ならば、その逆も真実だ。
過去を振り返るときには、価値観のダウングレードをしなければならないのだ。
理解できるだろうか?
そのアップグレードされた価値観で持って過去の出来事を振り返れば違和感しか感じないのが当たり前だ。
なのにそのアップグレードされた価値観で過去の出来事を断罪するなど
愚か者のすることだ。
そうは思わないだろうか?
笑いというのは毒である。
人は毒を面白がるのだ。
しかし毒は
その時々で
使っていい量
使っていい種類
が異なる。
常にその許容は変動していき、
それを間違えれば死をもたらす。
明らかに「虐めて馬鹿にするための出演者」と「褒めて応援する出演者」に分けて
寄ってたかって叩くコンテンツ、今の時代にそぐわないと思うんだよな。
ホストに貢ぐ女以上に人生潰されるし、ネットタトゥー残るし、視聴者が群がって出演者叩いたり叩きに行ったりすること助長してるのヤバいと思うわ。
大体来るのってお金が無いとか、頼る人居ないとかそういう人じゃん?で、明らかに発達障害とかADHDの人とか居る訳でしょ。
そういう弱者を引き出して、何やってるかわからないジジイとババアが人格否定とか圧迫面接もどきのことして虐めて金稼ぐ
コンテンツとしてはかなり醜悪だと思うわ。そしてそういう「虐めて馬鹿にするための出演者」には絶対金を出さない。
平成初期とかならまだSNS発達してないからわかるけど、完全に害出てるよな。
自殺者出るまで続けるのか。