はてなキーワード: の憂鬱とは
どうも大量にリンクはるとスパム認定されるらしいのでhttps://抜き (対策方法教えてほしい)
「なりすまし簡単だよね「マイナなら絶対でもない」桐島聡容疑者、身柄確保で巻き起こる「紙の保険証」是非議論
smart-flash.jp/sociopolitics/271354/
桐島聡容疑者が逮捕される:なんで他人の保険証で入院できたの?
agora-web.jp/archives/240126201706.html
web.archive.org/web/20240127011904/agora-web.jp/archives/240126201706.html
ゆな先生
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橋本琴絵
https://twitter.com/HashimotoKotoe/status/1750805074933424635
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(※翌日にツイ消し)
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【永江の新垢】データ解析好きのWeb系コンサルタント兼マーケッター
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猫行燈
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老人はズルい、老人は早く死ね、若い我々は損してばかりで生きているのがつらいと思っている皆さんに、目の前の老人を亡き者にする以外の憂鬱な気持ちが晴れる方法をお伝えします。
選挙に行きましょう。
またそれか、と思った皆さん、ちょっと待ってください。我慢して最後まで読んで下さい。
政治家は人を「数」として見ています。政治の世界は数が絶対です。老人は数が多く投票に行く人が多いです。足腰の悪い老人がいれば、老人ホームまで投票させるために出張します。若者は数が少なく投票に行く人が少ないです。スマホで投票できればするのにという人も多いでしょうが、それは実現しないままです。
この状況で、あなたが政治家であれば、老人と若者のどちらに有利な政策を訴えるでしょうか。考えるまでもありませんね。
世の中のシステムがこんなにも不愉快で不平等なことに笑ってしまいますよね。でも革命起こして老人を物理的に大量に減らせば解決するでしょうか。多分しないと思います。
若者に残された手段は選挙に行くしかないのです。仲間を集めて選挙に行きましょう。党はどこでも良いです。一番多いから自民党と投票するでもいいですし、辻元清美が好きだから立憲民主党でも何でもいいです。
多くの若者が投票すると、それがニュースになります。多くの若者が投票する事がわかれば、政策を考える政治家の意識が変わります。若者を無視したふざけた老害政治家が落選するかもしれません。
ガチ開発したAT、エンジンの出力増、内装の変更などマイチェンと呼べないくらいの大変更が入っている
こんなスポーツカーが500万で買えることは素晴らしいと思うし欲しい
ただ、GRとついていてもクルマ好き以外にとってはただのヤリスなのだ
紛うことなきスポーツカーだがポルシェ!ベンツAMG!BMW M!といったネームバリューはない
エルメスレベルの品質とデザインの服でもユニクロというロゴが付いている服を買うだろうか?
権威主義っぽいが「世間で認められたネームバリューがある」ということはそのものを買うハードルを下げるのは事実
もちろんラリーでヤリスのブランディングを頑張ってるのはわかる
ただ、どうやってもママさんが乗るクルマというイメージを拭うことはできない
この結果、女の子にはモテないし、奥さんもたかがヤリス買うのにそんな大金出すのかと承認ももらえなくなる
昔の化学者のエピソードを見ると「合成した物質を舐めた」みたいな話がたまに出てくる
1965年、アメリカの製薬会社G.D.サール社の化学者ジェームズ・M・シュラッターが、ガストリンの合成に取り組んでいたときに偶然発見した[113]。シュラッターは、抗潰瘍薬の研究をして、ホルモンであるガストリンのテトラペプチドを生成する中間段階としてアスパルテームを合成した[113]。シュラッターは、薬包紙を持ち上げようとして、アスパルテームがついた指をなめて、その甘味を発見した[8][114][115]。トルン・アテラス・ガリンは、アスパルテームの開発を監督した[116]。
うん年前は私も大学で学生実験をやっていたわけだが、生成物を舐めるなんて発想はとてもじゃないが出てこなかった
まあ、私の場合は重金属を扱ってたので舐めたらヤバいと知っていたわけだが
アスパルテームの場合は製薬会社内の出来事、つまり薬学系なのでそこらへんの肌感覚が異なるのだろうか?そんなことないと思うがな……
Sucralose was discovered in 1976 by scientists from Tate & Lyle, working with researchers Leslie Hough and Shashikant Phadnis at Queen Elizabeth College (now part of King's College London).[21] While researching novel uses of sucrose and its synthetic derivatives, Phadnis was told to "test" a chlorinated sugar compound. According to an anecdotal account, Phadnis thought Hough asked him to "taste" it, so he did and found the compound to be exceptionally sweet.[22]
スクラロースは1976年、テート&ライルの科学者が、クィーン・エリザベス・カレッジ(現在はキングス・カレッジ・ロンドンの一部)の研究者レスリー・ハフ(Leslie Hough)とシャシカント・ファドニス(Shashikant Phadnis)と共同で発見した[21]。スクロースとその合成誘導体の新規用途を研究していたとき、ファドニスは塩素化された糖化合物を「テスト」するように言われた。逸話によると、ファドニスはハフから「味見」するように言われたと思い、実際に味見をしてみたところ、その化合物は非常に甘かったという[22]。
testをtasteと聞き間違えたからといって舐めるか?そうか、舐めたのか……
スクロースのヒドロキシ基を塩素で置換したものなので、まあ舐めても危険ではないくらいの認識はあったってことなんだろうか
Tate and Lyleは食品系の会社でそこの研究室での出来事なのか、なら味を確かめろって言われたら舐めるか……
科学者の倫理感の移り変わりが気になるので『世にも奇妙な人体実験の歴史』という本を買って読んでいる
少なくとも20世紀初頭くらい最近になっても現代基準で見ると危険な実験やりまくっていたようだ
自己実験とは違う話になるがデーモンコアの実験も1945年くらいか
前述の本を読んでいると「申請すると許可が下りるわけないので自分の体で実験して事後報告した」みたいなエピソードが出てきて笑う(笑えない)
シェーレが若死にしたのは同時代の化学者の例に漏れず、危険な実験条件のもとで研究を進めたためだと考えられている。また彼には物質を舐める癖があったため、毒性のある物質の毒にあたったのではともされる。
18世紀とかだと「まあ舐めて確認する人がいても不思議じゃないわな」と思うのだが
イギリスのとある医師がニトログリセリン舐めて心臓止まりそうになって死にかけたのが19世紀の出来事
舐めて死んだとか、舐めて大発見に気付いたみたいになっていないから記録に残らないだけで
有機系をやってた大学の頃の同期に「実験生成物を舐めるって発想あった?」と聞いてみたが「ありえん」の一言が返ってきた
現代日本の大学の研究室で、教授が学生に向けて「生成物を舐めて確認してみよう」なんて指導するところなんてありえるのだろうか?
流石にないだろう……あるのか?生成物がアミノ酸とかならありえるのか?有毒なものだってもちろんあるが生成物はだいたいこんな感じの物質って元素の内訳も構造もある程度予想ついてるなら舐めても多分大丈夫みたいな肌感覚が育つのだろうか?わからん世界だ
でも薬学系とか食品会社の研究所でも一度動物に摂取させるとかやると思ってたんだがな、きっと普通はやるのかもしれないが一部の人がいきなり舐めたのかもな……
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医学者による自己犠牲的とも勇敢ともいえる自分の体を使った研究ではなく
ある種の迂闊さでペロッと舐める科学者が今でも一定の割合でいるんじゃないか?という疑問を書いた日記
ペトリ皿に鼻水垂らしたのがきっかけでペニシリンを発見したという出来事は幸運な結果に終わった迂闊な出来事だったわけで
そういった種類のおおらかさは現代だとあまり許されないはずなんだよな~
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耳寄りな心臓の話(第2話)『爆薬が心臓病を癒す』 |はあと文庫|心日本心臓財団刊行物|公益財団法人 日本心臓財団
なぜニトログリセリンを舐めようという発想が出てきたのか?を伺い知ることが出来そうなエピソードもぐぐったらでてきた
20世紀初頭にイギリスの火薬工場で、週日の作業中は何も起こらないのに休みが終わって月曜日の仕事が始まると決まって胸痛を訴える工員が何人もいることが話題になりました。最初は工場で扱っている爆薬が原因で起こる病気を疑ったのですが、もともと持病に狭心症のあることがわかりました。
それというのも、原料であるニトログリセリンの粉塵が工場内に舞い、露出した皮膚や粘膜からある成分が吸収されて狭心症が抑えられていたものが、週末に休みをとることで粉塵にふれることもなく薬がきれて、月曜日に力仕事を始めることで狭心痛が起こったと推理されたのです。
痛む胸を押さえて、それこそ青息吐息の月曜日になったことから、「ブルーマンディ」という言葉が生まれたようです。今日では休日明けで、仕事や学校に行くのが億劫になる月曜日の憂鬱、月曜病の走りとなりました。
blue Mondayの語源がニトログリセリン説はかなーり怪しい気がする、勘だけど
これを調べるのも面白そうだ
『世にも奇妙な人体実験の歴史』によると1858年にフィールドという名のイギリスの医師がニトロを舐めたとある
その後1878年にウィリアム・マレルという医師が再度ニトロを舐めて効果を確認し、狭心症の治療薬として自分の患者に試した
火薬工場のエピソードは20世紀初頭……1901年頃ということになる
老人はズルい、老人は早く死ね、若い我々は損してばかりで生きているのがつらいと思っている皆さんに、目の前の老人を亡き者にする以外の憂鬱な気持ちが晴れる方法をお伝えします。
選挙に行きましょう。
またそれか、と思った皆さん、ちょっと待ってください。我慢して最後まで読んで下さい。
政治家は人を「数」として見ています。政治の世界は数が絶対です。老人は数が多く投票に行く人が多いです。足腰の悪い老人がいれば、老人ホームまで投票させるために出張します。若者は数が少なく投票に行く人が少ないです。スマホで投票できればするのにという人も多いでしょうが、それは実現しないままです。
この状況で、あなたが政治家であれば、老人と若者のどちらに有利な政策を訴えるでしょうか。考えるまでもありませんね。
世の中のシステムがこんなにも不愉快で不平等なことに笑ってしまいますよね。でも革命起こして老人を物理的に大量に減らせば解決するでしょうか。多分しないと思います。
若者に残された手段は選挙に行くしかないのです。仲間を集めて選挙に行きましょう。党はどこでも良いです。一番多いから自民党と投票するでもいいですし、辻元清美が好きだから立憲民主党でも何でもいいです。
多くの若者が投票すると、それがニュースになります。多くの若者が投票する事がわかれば、政策を考える政治家の意識が変わります。若者を無視したふざけた老害政治家が落選するかもしれません。
マルクスも、あるいはシュンペータも、共産主義になるべきだ、などとは言っていない。
資本主義は、どちらかと言えばグズグズとした形で駄目になってしまい、その結果として社会主義/共産主義になるしかないだろう、みたいな話。
どう駄目になるかについて書いている部分は現代日本でも多々当てはまっていて、きっとマルクスやシュンペータの時代から現代まで100年以上同じようなグズグズが続いているんだろうなあ、と感じる。
彼らは当時の「行き詰った」社会を見て、なぜそうなったかとその後どうなるだろうかを書いたわけだけど、結局のところ、両方とも外れた。
駄目な大規模システムがしばしばそうであるように、つぎはぎを当ててしのいでいくしかない。
フランスにも王様が戻って来ちゃったし、ロシアもプーチンの物になっちゃった。
1000年後も我々は同じようなことをしているのだろう。
この時期はなぜだかわからないが訪問販売が多く、今年もまたやってきた。
あまり聞く気はなく、その旨を伝えても帰らないので適当に相手してあげたら瞬く間に2時間経過。
望みのないことに無駄な時間をかけるなと思ってたが、最終的に「聞く気がないのにこんなに時間取らせて営業妨害ですよ!」と逆ギレされた。
いやいや、そっちが訪問してきて居座ってるだけで、こっちは引き止めてないのに何を言ってるんですか?って話だが、あっちにとっては出てきた段階で無条件で快く話を長々聞いてくれると思い込んでいたらしい。
お花畑なのかバカなのかわからないが、呆れてものも言えなくなってしまった。
こっちの責任にできればいいだけのようなので、はいはい私が悪うござんしたと言って帰らせたのだが。
アメリカの抱える問題や日本人の抱えるアメリカへの憎悪と愛がテーマだと思っているのでそんな感じでまとめた(亮君が旭日旗デザインの服着てるし、上ちゃんは逆向きのアメリカ国旗の服を着ていたりとヒントは多かった)
ビビるやつ ビリです
ビビるやつ 追い出す
飲まなやってられん決死の生
あの誰もが夢見たアメリカ
無理不利ぶりピリピリ限界
嫌やな現状
嫌々慣れんとdie
言うなりゃストレスという敏感チェーン
言えば全てがジャッジしあうpeople, lot of bitches
指舐めねば please cheese me
That’s 法 suck スーパースターの勝者
脳裏痛い倭な俺らメン
Be 新た下野命
盲目のペリリューパワー
あの誰もが夢見たアメリカ
無理不利ぶりピリピリ限界
嫌やな現状
嫌々慣れんとdie
言うなりゃストレスという敏感チェーン
言えば全てがジャッジしあうpeople, lot of bitches
指舐めねば please cheese me
That’s 法 suck スーパースターの勝者
脳裏痛い倭な俺らメン
Be 新た下野命
ずりぃ Atomic Bomb. いと喰らわせる富増える
もう奪わないでね。そんなにないから。
脳裏痛い倭な俺らメン
Be 新た下野メン
ビビるやつ ビリです
ビビるやつ 追い出す
渦中の損保の元社員。ビッグモーターのような大手ではないけれど、モーターチャネルと言われる中小の整備工場の保険代理店を主に担当してた。
損害保険会社と保険代理店は組織対組織なら商品のサプライヤー側が強いのだけど、現場の営業部門ではそうはいかない。今どきの代理店は複数の保険会社の取り扱いがあるところがほとんどだし、代理店の思惑一つで自賠責と任意保険を他社に切り替えられちゃうわけよ。もちろん、顧客側がネット系を含む保険会社を指定することはあるけど、ディーラーで車を買うと同時に勧められるがままに加入している人はかなり多いよね。
なので、代理店を担当する営業社員はまぁ完全に首に縄をつけられた小間使いと化すわけ。相手の機嫌を損ねたら他社に数百万の挙績が移るし、その結果は上席者からの鬼詰なわけだからそらなんだってするよ。自動車保険の商品力の差なんて知れてるし、営業の人間力(=滅私奉公)に全てがかかってるからね。自分の場合も土日のお祭りや草野球、ゴルフや商店街の旅行と散々額に汗を流しました。営業時に必ず家族との夕食に同席させてくれたIさん、今も元気で過ごしてるかな?
サービスが行き渡ってる以上、保険会社がトップラインを伸ばすには他社のシェアを奪う必要があるし、そのためには乗合代理店から顧客への切り替え提案を引き出すのが一番手っ取り早い。危ない橋ながらも目先の利益に飛びつくインセンティブは少なくとも営業社員にはめちゃくちゃある。今回のケースもそういった中で火中の栗を拾いに行ったのでしょう。
もちろん、保険会社にもリスクを査定する部門はあるし、そういったところからブレーキがかかった可能性は高いと思う。ただ、往々にして保険会社は営業が強いし(査定や本社を非現業と下に見る文化は各社にあるのでは?)、話題の損保は昔から強烈な営業偏重姿勢で有名。営業社員は報告時に後ろぐらさを伏せるのでどこまで社内に危機感が共有されていたのかはわからないが、まぁ起こるべくして起こった事件だなと感じた。
皆さん、こんにちは。今日は、出会い系サイトで私が愛を見つけた体験談を共有したいと思います。この物語は、真実の愛がどんなに予想外の場所に存在し、仮想の出会いが私たちにとって素晴らしいチャンスになることを証明しています。この驚くべき旅をお伝えします。
私の長い結婚生活が終わったとき、私は孤独で迷子のような気持ちになり、新しい人生の章をどのように始めればいいのかわかりませんでした。その時、ネット上の出会いを試してみるように勧められました。最初は懐疑的でしたが、このチャンスを与えることにしました。
私はトップクラスの出会い系サイト、https://mygf.fun/ に参加しました。人生が変わるような出来事が起きるなんて思ってもみませんでしたが、すぐに興味深くユニークな人々に出会い、私の憂鬱さが徐々に消えていくのを感じました。新たな人生の章が始まったのです。
インターネットを介した出会いの最も素晴らしい利点の1つは、私たちが日常生活では出会うことのない人々とつながり、新たな世界を広げることができるということです。出会い系サイトは、私たちの好みや興味に基づいてパートナーを選ぶ機会を提供し、無限の可能性の扉を開きます。
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まとめとアクションの呼びかけ
私の物語は、出会い系サイトで見つかる多くの成功の1つに過ぎません。これらのサイトは、私たちに新たな可能性を開き、私たちが探し求めていた愛を見つけるチャンスを提供してくれます。ここ、仮想の世界で私たちの運命が交差し、特別な何かにつながるかもしれません。
もしもあなたも出会いを求めているのであれば、https://mygf.fun/ の出会い系サイトにチャンスを与えることをお勧めします。あなたの物語が次の成功した愛の物語になるかもしれません。
音や光に敏感だったり、完璧主義だったり、妻が鬱病に近い傾向があるのは昔から理解していて、「そんなもん俺が幸せにしてやる!ガハハ!」というノリで結婚して早十数年、どれだけ手を尽くしても妻が幸せに見えない。
旅行に行っても、食事に行っても、手を繋いで歩いても、プレゼントをしても、一緒に寝ても、マンションを買っても、その思い出の話をすると「何が嫌だったか」しか言わない。
俺が改善すべきことがあるならいくらでも努力するが、リアルタイムではただ黙って憂鬱そうな顔をするだけで、何が不満かも教えてくれない。
後になって慎重に尋ねると説明してくれることもあるわけだが、「良かったことは何か」は一つも教えてくれない。
ネガティブな空気だけを浴びせられ続けると気が滅入るし、説明もなく嫌な反応だけをされ続け、何が悪かったのかあらゆる可能性を考えるうちに自分の全ての行動が、いや、自分の存在自体が害のように思えてくる。
更年期に入り妻の憂鬱は加速し、こちらのエネルギーは減ってきた。
子供はいないが、人と接するのが苦手で専業主婦を続けてきた妻がすぐに就職できるとも思えず(実際、派遣の仕事をしようとしたことはあるが続かなかった)、離婚したらかなりの金を渡す必要があると思われる。
その昔、増田はアメリカに留学しており、若気の至りで妊娠してしまった。ルームメイトに堕胎を相談したら産んで養子に出す方法もあると説得される。増田は、堕胎がトラウマになって再び妊娠することが怖くなったり、あるいは再び妊娠して産んだ子供を育てていくことに一生罪悪感を覚えるんではと恐怖を感じて、産んで養子に出すことにした。すでに成人していたので親にも秘密ですべて終えた。
5歳の娘さんと大きな黒い犬のいる白人家庭とマッチングすることになり、あらゆる問題をサポートしてもらった。なんと学費や生活費まで援助してもらえた。まあ今考えると子供を人質に取られてるようなもんだから、とにかく少しでも不安要素を取り除いて健康な子供を産んでほしいって一心だったんだろうね。
産んで、一度も抱かないまま書類にサインだけした。「それ」が生きているというのが怖かった。書類の中には子供が自身の出生について知る権利についてのやつがあって、増田は合意していた。知りたいと思う事もあるだろうし、そこについての責任は製造者としてとらねばならないと思ったからだ。
あれから15年ほどたって、増田は日本に帰って就職し、結婚と離婚を経験し、英語や出産のことなどすっかり忘れてしまっていた。そしていた頃に、詳しい経緯は省くが養子に出した家庭から連絡があった。子供があなたに手紙を書きたいと言っている。そういうわけで手紙が来た。
本当に気が重かった。あの妊娠中の憂鬱で不安な日々を思い出して眠れず、毎日吐きそうだった。しかし製造者としての責任から逃げることもできない。手紙はごくありきたりなものだった。生んでくれて感謝している、自分は幸せに暮らしている、水泳をしていて大学ではこういうことをやりたい、将来は何になりたい、いつか日本に行きたいなど。
最後に、クリスマスにアメリカで一緒に過ごしませんかと書かれていた。クリスマスというのはアメリカの正月のようなものだが、アメリカでは離婚した元夫婦ですらこの日だけは子供と一緒に家族水入らずで過ごしたりする。その日に来れないか、というのだ。
勘弁してくれと思った。しかし未成年の青年の提案を却下するのは、いい大人として心がいたんだ。親としての愛情は相変わらずゼロのままだ。病気だとかなんとか嘘を付くこともできたが、結局、承諾した。
あの白人夫婦は何を考えているのだろう。子供のやることだからと表向きは肯定しているが、内心迷惑だと思っているだろうか。あるいは、私は子供の情操教育に必要な役者であろうか。まあ、交通費は向こうさんが持ってくれて招待という形なので、年末年始は苦い思い出の残るアメリカで過ごそうと思っている
上京した先で家庭を築き仕事をしていると、ふとした瞬間に20年30年後のことが頭をよぎる。
何不自由なくスクスクと育ててくれたことにむしろ感謝の気持ちで溢れているくらいだが、その親もいつまでも元気なわけでもない。
どんどん老いぼれていく親を見る度、痴呆症の祖父祖母の大往生と親の苦労を目の当たりにしたときに感じた気持ちを思い出す。
絶対に同じ目に遭いたくない。
足腰が立たなくなったり病気で入退院を繰り返すようになったら?関東から地元へ往復しなきゃならないのか?全部片付いたあと土地の相続とかどうすればいいの?
生存のために他人の扶助を必要とするようになったり、鬼籍に入ったのちの面倒なやり取りでこちらの生活に牙を剥いてくるかもしれないと思うと憂鬱になる。
そんな気持ちに付き合っているうち、隣国から頻繁に発射される兵器とけたたましく響くスマホのアラートを耳にする度に「実家にピンポイントで落ちてくれたらな」と思うようになった。
今抱えているぼんやりとした不安や将来への憂鬱な気持ちが一気に晴れるのに。
実際にそうなれば、楽以上の悲しみや怒りが強く湧いてくることと思うが、想像の中では自身に降りかかりうる問題を埒外のパワーで事前に解決されることを期待してしまう。
親は今年で65。