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記者座談会 統一教会と自民の関係にメスを 反共右派として育てた為政者の罪 | 長周新聞
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/24165
岡良様 on Twitter: "長周新聞・・・スゲェーな!"
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/oka1029ri/status/1549691233039446018
これらの記事が「真のジャーナリズム」とか「地方紙の気概」とか絶賛されてて、
確かに部分的には正論なんだけどちょっと怪しさがないか?と思ったので長周新聞について調べてみたよ。
B 日本統一教会の原点は戦後に反共産主義を掲げて岸信介を中心とした右翼連中でつくっていた「防共挺身隊」といわれ、岸信介の出身地である熊毛地方には一定の集団がいたことが知られている。山口県は戦後の共産党トップだった野坂参三、宮本顕治、志賀義雄などもいて、それこそ彼らは田布施の隣である光出身だったりもする。政治的には右も左も激しかったわけだが、その防共挺身隊と岸信介がパイプを持っていた韓国の反共宗教団体である文鮮明の統一教会がドッキングして、日本統一教会が誕生したという。
こことか、岸信介が日本における統一教会の活動をバックアップしてたとか自宅の土地を統一教会にアジトとして使わせてたとかいう話はこれまでに色々な媒体で見たけど、
「岸信介自身が作った防共挺身隊が韓国の統一教会とドッキングして日本統一教会になった」って話は見た覚えがない。
岸信介が統一教会と昵懇の仲だったどころか岸信介の作った組織が発展して統一教会になったんだよ!
なんて話が本当だったらすごいショッキングだし、他でも大きく取り上げられてると思うんだけど。これは何がソースなの?
https://www.chosyu-journal.jp/aboutus
要するに派閥抗争に敗れて日本共産党を除名された人が集まって作った日本共産党(左派)の機関紙。
気概はあるかもしれないけどこれを地方紙で括るのはちょっと無理があるなぁ。
共産党は分派を許さない(民主集中制)ので思想や意見が割れたらどっちかが抜けるまで戦うしかないわけだけど、
日本共産党(左派)は徹底的に毛沢東を崇拝し中国共産党の方針に従うべきという考えの派閥だったので、
日本共産党は日本独自の路線でやっていくべきだとする主流の自主独立路線とは相容れなかったみたいだね。
そんな感じで日本共産党(左派)はあまりにも毛沢東を崇拝していたため、
日本共産党は彼らを「毛沢東盲従集団」とか呼んで罵倒していたよ。こういう左翼の罵倒ボキャブラリー好き。
http://maoist.web.fc2.com/jcp/jcf000.htm
福田正義の経歴も面白くて、満州日日新聞で記者やってたときに後藤新平の功績を称える伝記を書いて日帝の中国侵略正当化に荷担していたんだけど、
それについてはひた隠しにして自分を「不屈の革命戦士」と売り込んでいたただのお追従野郎とか散々言われています。
長周新聞の創設者であり編集主幹であり日本共産党(左派)初代中央委員会議長である福田正義は2001年に亡くなっているんだけど、
長周新聞ではその死後も彼を編集主幹として名を掲げているとのこと。
この辺がやっぱり日本共産党とは違い毛沢東主義を貫いている日本共産党(左派)っぽくて、個人崇拝が強めだよね。
日本共産党も志位和夫がずっと選挙もなしに委員長に居座っててどうなんだとは言われているけど、そんな露骨に個人崇拝をするようなことはないし。
そしたらリニューアル前の長周新聞のWebサイトに面白コンテンツがあるという情報があったのでWebアーカイブで見てみた。
2002年に行われた福田正義氏追悼記念集会の特集ページで、スピーチとかの内容が記録されているよ。
中でもこれがすごい。
https://web.archive.org/web/20160304141021/http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/himawari.htm
長周新聞は長周新聞人民保育所という社員用の保育所を設けていて(それは偉いと思う)、
そこ出身の子供たちが「楽しかった、運動会!」「「運動会!」」みたいなのをやるパートがあったみたいだね。
小六男・小六女 わたしたちのお父さん、お母さんは、
小六男 貧困も失業も戦争もない、新しい社会を実現するために、
小六男 ひまわりは、一九七三年四月、長周新聞の保育所としてつくられました。
間
小五女 まだ仕事が残っているときは、段ボールで寝かされていた。
中二女 だれもかまってあげられないので、赤ちゃんは、人の足音がするときだけ泣くようになった。
中三男 家に帰るのはいつも夜中でも、朝早く家を出て、赤ちゃんもお母さんといっしょにがんばった。
中二女 そして、子どもたちが将来、お父さん、お母さんのように、社会の発展のために役立つものになるようにと、
中一男 ひまわりをつくってくれました。
下学年 ひまわりは、今年で、二九年目です。
中三男 ひまわりを卒業したぼくたちの先輩は、おじいちゃんのあとを受けつぎ、
五年生 わたしたちも、先輩たちのようになるために、
確かに保育所を設立したのは福田正義だったのだろうけど、福田のおじいちゃんがまったく一人でやってくださったみたいな言い方なのがなんかすごい。
小六男 一、勤労人民を尊敬し、労働やたたかい、生き方に学ぼう!
小五女 四、学校の成績で仲間を差別せず、ひまわりの目的で団結しよう!
五番がかなり民主集中制っぽさがあって良い。
小六男 福田のおじいちゃんはみんなの声を代表して、長周新聞をつくられました。
小六男 自分の小さな幸せでなく、みんなの幸せのために、奮斗した。
中二女 福田のおじいちゃんは、ひまわりにいつも心を寄せてくださいました。
中二女 わたしたちが学校の帰りにおじいちゃんにあって、「こんにちは」というと、ニコニコ笑ってあいさつをしてくださいました。
小二女 長周四五周年のとき、
小四男 体が痛かったのに、
小六女 わたしたちの出し物のときは、いちばん前で見てくださいました。
中二女 そして、病気とたたかいながら、ウソをあばき、まちがっているものとは、断固たたかい、
中一男 ぼくたちにほんとうの真実はなにかを教えてくれました。
小六男・小六女・中一男・中二女 長周新聞は、強い!
こういうのを2002年にやってるっていうのもなかなか驚きだ。
これ見て思い出したのが何かというと、森友学園が話題になったときに出た幼稚園の子供たちの映像だよね。
「安倍首相、がんばれー!」「安保法制国会通過、よかったです!」ってやつ。
毛沢東主義・スターリン主義を貫徹すると何故か結局指導者の個人崇拝に行き着くの面白いなぁ。
法的根拠が特にない安倍晋三の国葬に反対するのは正論だと思うし私も同意するんだけど、
それ書いてる新聞がめっちゃ指導者を崇拝する式典をやって子供たちにこういうのをやらせてたっていうのもなかなかだよ。
カルト宗教が話題になってるときに見るとこういうのも別の形の「二世」問題のような気もするなぁ。
小六男 おじいちゃんに誓うこと
小一女 わたしは、大きい子のいうことを聞きます。手伝いをがんばります。
小四男 自分のことだけでなく、人のことを先に考えて行動します。
小五女 わたしは長周に入るために、自分からすすんで重いものを持ち、力をつけます。
「小一女 わたしは、大きい子のいうことを聞きます。」のパターナリズム感!
全体的に目上の者の言うこと聞いて正しくあれみたいな感じがあるけど、
日本共産党(左派)は元から反米の愛国主義を掲げていてナショナリズム色が強いから、やっぱりパターナリズム的な感じなんでしょうか。
子供たちの理想として「ジャーナリストになる」とかじゃなく「長周新聞に入る」が謳われているのもなんか二世問題っぽいね。
そんで安倍晋三暗殺に紐づいて統一教会と政治の関わりについての批判や国葬への批判は概ね正論として、
長周新聞が他の問題についても正論を言ってるかというとそうでもないわけで。
https://twitter.com/lautream/status/1301343209751109632
ちょっと前の香港問題では「世界は中国の味方!アメリカは孤立!」とか言って中国共産党を支持していたり、
「ウクライナ戦争を1日でも早く止めるために日本政府は何をなすべきか」 ロシア史研究者有志が声明発表 専門的見地から行動提起 | 長周新聞
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.chosyu-journal.jp/shakai/23102
ウクライナ危機に国際社会はどう向き合うべきか 緩衝国家・日本も迫られる平和構築の課題 東京外国語大学教授・伊勢崎賢治氏に聞く | 長周新聞
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.chosyu-journal.jp/kokusai/22976
ウクライナ戦争では「アメリカが悪い」とか「ミンスク合意が」とか「ロシアは満州事変と同じことやってるんだから日本は先に自分の過去を反省しろ」とか言ってたよ。
まあなんというか、いろんな意味で普通の新聞ではないから普通の新聞に書けないようなことも書けて、時々正論を言ったりもするけれど、
やっぱり普通の新聞ではないからあんまここをソースになんか言うのもあれだなぁって感じですかね。
その辺の一般人はともかくこれを真のジャーナリズムとか言って持ち上げてる学者先生とか議員先生はもうちょっとソース選んだ方がいいと思います。
ソースはスプートニクとか、ソースはHanadaとか、ソースは世界日報とか、そういう感じ。
好きな英米作家に未邦訳作品が多いため、英語版を読むために勉強している。
自分の勉強法だが、まずはスマホアプリのmikanでボキャブラリーを増やした。
TOEIC2500とTOEFL3000のテストを、ほぼ間違わないレベルまで繰り返し、さらにGRE1500もやった。
GRE1500は語源の法則などのノウハウがあまり通用せず難しいが、最後のランク15で単語読み上げが萌え声になるという思わぬ特典があった。
mikanを毎日10~30分やりながら3、4か月経つと、Weblioの語彙力診断で上級者、専門家、マスターあたりの実力になる。
そこで次の勉強へ。「アメリカ口語教本 上級用 新訂版」の本とCDを使う。
最新新訂版は、CDの読み上げの声が汚く、スピードも不自然なほど遅い。さらに内容もカットされている。
表紙が茶一色の“新訂版”の本とCDを中古で入手する必要がある。
私は今もこの本を毎日1レッスンずつ学習している。テキストを通読し、音声を聞いている。
通読には2、30分かかり、英訳テストは3~10分。リスニングは無制限で、作業用BGMとして毎日1~3時間流している。
毎月1日にレッスン1をやり、2日にレッスン2、3日にレッスン3というやり方だが、全部で24レッスンなので、25日から31日までは休みとなる。
こうした勉強を2か月ぐらいやると、英語で書かれた記事や大学テキストを結構スムーズに読めるようになる。
恥じながらも辛いけど旨いと感じた
その癖のある、そして癖になる味。
それがそのラーメン屋の味だった、……はずなのに。
うーん?こんな味だっけ?
味はすごく濃いんだよ。
でも味はすごく濃いんだよ。
汚い話だけど食べ終わった後、
ものすごく濃い味なんだけど、
信じられないことに味がボケてるの。
というと語弊がある、旨いのは旨い、
けど店の味になってない。
家庭料理か?と感じるような。
いやもちろんチャーシューやら含めてラーメンを家庭で作ることは難しいんだけど、その味付けが家庭料理か?と。
これは店の味じゃないだろ、家庭料理か?と。
一瞬、知らない間にコロナで味覚がバカになってるんかと思ったけどそんなことはなかった。
そらゃ客が来なかったら色々あるよな。ごめん。
子供のころから父親と会話することが苦痛だった。母親とか姉とか会話するときは楽しく会話していても、父親があの独特の雰囲気で会話に割り込んでくると途端に空気が変わって、楽しい時間が一気に気まずい嫌な空気に変わるのがすごく嫌だった。
父親は北海道の大学で獣医師資格を得てきた一般的にはインテリに分類される人間だったろう。ただ、コミュニケーションに最初から難があるとみなされたかどうかわからないが、親から突然牛飼いになれと借金を負わされて嫌な仕事をやることになったと、「母親を経由して」散々聞かされて育った。ここで母親を経由してというように、まともに父親と会話したことが殆どない。中学校2年生ぐらいのときに、宇宙に興味が出て、父親に聞いたところ、思いの外詳しかったので、2〜3日詳しく聞いたことがあったという、その例外を除けば、「うん」とか「はい」とかそういう形式的な生返事をしただけで、どういうことを考えていたとか、何が好きとか、趣味はなにかとか、およそ父親に関する情報を会話から得たことはない。
いつも母親経由であれはなんたら、これはどうこう、とか言う情報を得ていた状態で、まともに話したことはなかったというか、話す話題もなかった。父親はしきりに俺と話を一時期したがっていた。でも、最初に戻るが、父親が会話の輪に入ってくる会話というのは苦痛そのもので、
相手が嫌がることをすることで興味を得てほしいというような幼稚な会話スキルが透けてみえて、本当に嫌だった。
当時はここまで分析できなかったが、自分は父親と同じようなコミュニケーションが苦痛になるような人間にはなるまいと心に誓っていた。
そんな父親も今年の4月半ばに72歳で亡くなった。借金ばかりで残してくれたものもほとんど無く、残務処理を11月にまだやっているような状況だ。
亡くなる前、自分精神の病気で入院していた、自分の人生に悩みを抱えていた。こんなときドラマだったら、今まで疎遠だった父親に話しかけると思いの外感銘を受ける言葉をかけてくれて、展望が開けた、というような安っぽいストーリーを思い浮かべて、メールとか対面とかで初めて対話を試みてみた。だけど結局「おらわからん」という田舎もん丸出しの投げやりな返事だけだった。書きそびれたが「おらわからん」「おらはしらん」は父親の口癖で、しきりに話ししたがるときはあるくせに、肝心の話の中でなにか要件というかタスクが発生するとすごく嫌がるので「おらわからん」「おらしらん」といってタスクを回避したがるのが常だった。だから誰からも信頼されない、誰も話しかけないというのがループになっていたように思う。結果話もしないから、会話スキルも、そもそも口の筋肉も衰えて、さらに会話ができないという悪循環に陥っていたんだろうと思う。
ここで、父親は父親、自分は自分というふうに切り分けできれば嫌な父親だったねということで終わらせられたんだろう。問題は、自分も父親に似てきたというところだ。
もともとネズミの脳で、他人との会話の中で出てきたワードを覚えられないというのは大学生ごろから気にしてきたのだが、社会人として仕事をする中でも仕事をうまく覚えられないというような形で(でも社会人1年目はそんなこと考えなかったと思う)顕在化してきた。仕事がうまく行かない+うつ病という組合せで一時期休職したりして出世コースからは乖離していくなか、同期からは早々に連絡を取り合う関係ではなくなり、大学の友だちとはだんだん疎遠になり、仕事上の同僚とは大して話すことがない(他の人は毎日話しをしていたから特別静かな職場というわけではないので自分が話題を振らなかったせいではある)という状態が慢性的になった結果。
という状況が日常的になった。いま人と会話することが非常に怖い。頭の中でストーリーが全然組めなくなった。他人から言われた話も半分くらいしか理解できないようになってしまった。仕事上かかってくる電話はなるべく取るようにしているが、電話でも口が回らず、要件を伝えるのがやっとかっとで、細かいニュアンスとか、気づいたこととか伝えきれなくて、結構な確率で電話のあとうまく伝えられなかったなあ、という感想になることが多くなった。
つまり、
という状況に陥っている。会話する機会が無くて会話に関する脳の機能が低下しているということだと思っている。今思えば父親も同じ状況だったのだと思う。
まず他人から言われたことを半分くらいしか記憶できないネズミの脳というのは精神をやんだ病院で「リーディングスパンテスト」というのを受けて定量化できることは知った。でもそれを改善する方法というのはネットで探したけれど見つからなかった。
ストーリー仕立てで話すことができないというのは、昔はできていたと思う。なぜできなくなったのかわからない。どういうトレーニングをすれば改善できるだろうか。
言いたいことを表現するボキャブラリーが出てこないというのは1番めに関連しているような気はする。記憶力を高めればなんか改善できそうな気はする。
父親は同じような悩みを抱えて、性格的に諦めてしまったのだと思う。他人と話す機会も多くなかったし、話すことを拒否する内にどんどん会話に関する筋肉が衰えていってしまってー>会話が困難ー>より会話に関する筋力が低下、という悪循環になってしまったのだと思う。自分は同じ轍を踏むわけにはいかない。なんとしてでも、この状況は改善できるものだと考えて脱出したい。
わかった、ボキャブラリーを減らすわ
数分経って追記しはじめたことだから読んでないのかもしれないけど
幼児は語彙が足らないから自分が置かれた状況を正しく表現できず虐待があっても見過ごされてしまうということがある。
その段階を越えるとまあ生存に必要な意思は伝えられるようになるよね。
それでもより高度な思考を持ったり発表したりしたいということになるとむしろ語彙そのものの豊富さよりは語彙を整理したり統合する能力の重点の方が大きくなると思う。これはもう地頭であり才能次第なところがあるよね。俺みたいな馬鹿はそもそも高度な問題をもやもやしたとして一時的に抱えることはあっても的確に対象化したりすることはできない(ので思考として固定化されない(一時的⇔固定化の対比))。こればっかりは文章読本やらボキャブラリー集や役に立たなかったわって話。
そして考えるということには結局言語が必要で切っても切り離せないものだからね。
生きる力には才能とは無関係なのもあるかもしれないけど少なくとも考えを言語を使って統合する力は地頭依存なんじゃないかね。
そうだと知らずに勝手に、言葉にできない場面に遭遇する機会が目に見えて減った感じしなくて報われないなーってなってただけと気づたってのが元増田の話。本も言語能力のない人間に頼られていい迷惑だったよね。
俺は単純に感情を吐露するのではなくもっと人間的な、といえば語弊があるとすればホモサピエンス的な大脳皮質があるから初めて可能になっているような思考をしたり発表したりしたいものだけどないものねだりだよなーって。
というかそういう問題じゃなくてね。たとえば同じ意味を表す数式でも同値変形によっていろんな形式があるでしょ。
そのうちのより難解な数式どころか一番すっきりした形の数式も浮かんでこない状態に憂いているんだよね。
不定形のもやもやっとしたものを一番簡単な言い方ですら言語化できない。
幼児は語彙が足らないから自分が置かれた状況を正しく表現できず虐待があっても見過ごされてしまうということがある。
その段階を越えるとまあ生存に必要な意思は伝えられるようになるよね。
それでもより高度な思考を持ったり発表したりしたいということになるとむしろ語彙そのものの豊富さよりは語彙を整理したり統合する能力の重点の方が大きくなると思う。これはもう地頭であり才能次第なところがあるよね。俺みたいな馬鹿はそもそも高度な問題をもやもやしたとして一時的に抱えることはあっても的確に対象化したりすることはできない。こればっかりは文章読本やらボキャブラリー集や役に立たなかったわって話。
ひいては高度な思想を持てない高度な自己実現ができないってことにもつながってると思うわ。増田で一家言戦わせてる人たちみてるとそう感じる。
確かにあの人達の言語能力やそれに付随するもろもろは俺の一段も二段も上を言ってる。「そういうことはそうやって言えばいいのか」と伝える技術に目から鱗が落ちる。
なんだけど俺の「そのとき」言いたいことはその人たちとは当然違うわけだし直接どころか間接的にも参考にはならないんだよね…。逆に同じだったら既に代弁者がいるんだから別に署名活動みたいに声(人数)がでかい方が有利みたいなことをしてるわけじゃないんだし俺が改めてネットに書き込むまでもない。
針小棒大な記述がなされた文章を読むことほど困難なことはふつうの人生の中ではなかなか見つけられないかもしれない。一般的に、文章は読み易い方が良しとされがちだ。けれども、文章を読み難くすることによって自分の好ましくない人々がアプローチしてくることを阻害することができるというのは、低質な文章の読解困難性を逆手に取った、なかなか興味深い技術でもある。また、相手に渡す必要がある文章なのだが何らかの事情で内容を読まれるのを回避したいという場合に、相手の蒙昧さをうまく活用して本来指摘すべき問題について問題提起させないというようにすることすら可能だ。読み難い文章を提示することで読者層の足切りに使うこともできる。無意味に複雑な文は、内容など碌に見られないために本来炎上すべき過激な発言ですら炎上しないことがある。たとえば侮辱するときの語をバーバリアンという言葉に切り替えるだけで炎上の発生確率が低下する。こうした衒学的な文や文章によって人を容易に遠ざけられることに関する確かなエビデンスを提示することは残念ながらできないが、ここではヒューリスティックによる、どうすれば読み難くなるかの方法をいくつか紹介していきたいと思う。予め断っておくが基本的には敵対するための類のものであり、重用すべきものではない。まず第一に、段落分けや箇条書きまたは句読点などそもそも読みやすくレイアウトするという理解を促進させる技術を使わないことが肝要で、一般的に読みやすくする技術の逆を行うことで一気に読み難い文章ができあがる。第二に、仮に無意味だろうがなんだろうがとにかく内容が薄くてもいいから長く長く書いて、一目見たときに長いと思うほど文を長くすることも必要だ。長さは重要なファクターであり文章の長さというのは真剣さの表れとして見られることが多い。実例をあげるなら、好きだよ。だから今日うちのホスクラに来て、という言葉と、俺さ、最近ずっとお前との将来のことを色々考えてて、本当にこの先このままずっとやっていけるのか不安なんだよね。これあんまり言っちゃいけないんだけど今の俺の実力だと店でも実はそんなに売上立ってないし幹部にもなれないから、このままだとお前を幸せにできないかもしれないって毎日考えてまじでずっとつらい。もちろん俺が考えてることは薄っぺらいって思うかもしれないけど、でも少しでも信じてくれるなら今日うちのホスクラ来てほしい、という言葉では意味は等価でも後者からは真剣味を感じられる人が多いことだろう。長い文章というものは一生懸命考えたのだと思われる傾向がある。また長文は重いので、重さを感じさせることができる。人は鈍重な文章を好んで読みたがりなどしない。実際に長い重そうな文を見てここまで明瞭な理解度を保って読んでいる人はほとんどいないだろう。その証拠に、ここまでの文の中に「ちんぽ」という言葉に準ずる言葉が入っているのだが、誰か気づいただろうか。むしろ目が滑ったりはしなかっただろうか。これが第三の、初出の言葉を既出であるかのように振る舞う技術だ。高難度の用語を文章に散りばめてそれについて何も解説しないといったケースも似たようなもので、相手を逆戻りさせ、わざわざ必要ではないことを調べさせる類の技術である。また、初出の言葉をその出現からしばらく離れたところで解説するなどしても良い。ともかくわからずとも全てを読むという技法を持っていない人を全員排除することができるテクニックだ。ちなみにご存知の通り、先の言葉に準ずる言葉はこの文章のどこにも存在していない。このような手法でテクニカルタームや難しい語彙または外来語や外国語をなんの前置きもなく使用することによって読者人数のEliminationを行うのは造作もないことだ。シンプルに高難易度のボキャブラリーを使うだけでそれがどれだけ相手にとって不都合なものでも承認されることがある。実はよくわかってないけれど、これだけ洗練された高度な文章なのだから大丈夫であろうという推定のもとに内容が承認され、その結末はなかんずく小気味良いものだ。逆に文章の末尾に初出の言葉を記述してもいい。人は理解できないとき逆や裏を考える癖があり、後ろから推測されることがある。この文章にも囮の一環として最後に無関係の文を追加しておいた。それからこのように読み難い文章では意外かもしれないが、誤字脱字を消すことも必要である。誤字脱字は絶対にあってはならない。誤字や脱字というものは文章に求められるクオリティが正当で重要になればなるほど、許されなくなる。逆に誤字脱字が無いか著しく少ない文章はそれだけで内容の如何に関わらず品質が高いとみなされる。文章が公的な性質を帯びれば帯びるほど、読みたがるような奇特な人物の数は減る。たかが誤字脱字で全体の評価が落ちるのは読み易い文章のときでも同様だが、本質的に相手に価値をもたらさないまさにこのような文章の中に誤字脱字を入れ込んでしまうと致命的になり得る。第五に、例示しないことも重要だ。最後に、ページを跨がせ、ある1つのトピックを中途半端な位置で複数のページに分割することで、相手にページの往復を強要させることができる。ページの往復作業は憂鬱な作業であり、ページ間の往復で情報が消えやすい。2つ同時に見せるとわかりやすくなってしまうようなものは、必ず分けるようにする。図などは至高の素材であり、10ページ目に14ページの図を使った説明を書くなどすれば、それだけで大半の人間は理解を放棄する。他にもいろいろとあるがこのぐらいにしておこう。大変読みにくかったことだろう。だから私はワクチンに反対だ。
ボキャブラリーのシモ度が高すぎる-1919810
俺は1年前から、高校生時点で止まっていた「英語検定準2級」を合格するよう、英語の勉強を始めた。
今は英語検定2級1次試験を合格した時点で止まっているものの、自分の英語力が上達していると感じていた。
しかし正直、まだできない…、できないんだ…。
週3回ぐらい、英会話で外国人教授と一緒に長い話をして習慣づけているのにだ…。
そりゃ発音も良くなったし、聞いている意味も分かったし、書けるようにもなった…。でもね…でもね‥‥まだ無理なんだ…。
英検2級1次を合格した俺でさえ、まだ見知らぬ外国人と英語でカタカナ語で「ヘァロー」「ハァイ」「イクスキュースミ?」とか、単語単語で道案内ギリギリできるレベルにしか過ぎないんだ…。
やはりね…英語を理解して、ペラペラに話せるには最低限、1級かもしれませんね…(最初は準1級で十分だと思ったものの…)
次に数々の英単語の本を「[DataBase 3000]→[東進 英検2級1200]→[入試 英単語2300]→[究極の英単語 Vol.2]→[究極の英単語 Vol.3]」
という順番で眠気が来るまで読み続ける(最低1万語を印象強く記憶しなければ、やっと英文記事や英語の本を読むことはできないと分かっている…)。
この勉強法は、合っているかは分からないが…、とにかくこのぐらい本気で取り組んで英検1級合格するレベルに達しなければ、やっと最低限の英会話はできないだろう…。
少し別の話になりますが、
文部科学省が小中高の生徒たちに英語を本気で教えるよう取り組もうとする姿勢が出し始めたからか、
「小中高の内に、暗記する英単語を3000語から5000語へ」と定め、去年から新学習指導要領を施行したものの、
入学式前のオリエンテーション日、パ長が用意してくれた他大合同の飲み会で喋った女子。(会場はクラブだった)ロッカーに使う小銭を借りた縁。お姉さんがモデルで半分芸能界に住んでおり、そっちの世界を知るきっかけになった。筋トレをはじめたのはこの人の命令。褒め語彙がとても豊かな人でそこは相当薫陶を受けた。
大学の寮(のようなもの)のウェルカム会で隣席した子。父子家庭だからか映画と洋楽に詳しかったのでレコメンドを片っ端から一緒に試して感想を交換するうちにつきあう流れになった。大学初彼女。母親以外で初めてちゃんと看病をしてくれた子。というか母親より圧倒的に看病がうまかった。
友達の友達が住んでたシェアハウスの鍋パに来てた子。美大生で写真系アーティストのたまご。グルスキーの話題で盛り上がったのと、その子の持ち込みのケーキが美味すぎて笑ってたらまたつくってくれた。サプライズが大好きで、街中でパイまみれにされたことがある。
友達が主催した震災ボランティアの仲間。看護学生だったので子どもの頃の大病の話を車の中で打ち明けたらポロポロ泣き出して、何故か俺までむちゃくちゃ泣いてしまった。笑顔のボキャブラリーが俺の100倍くらいある。ある日父親のマセラティに乗って現れたときはギャップにくらくらした。
俺が幹事を務めてた勉強会に参加してくれた子。ダンスが得意であちこちに踊りに行っており、某夢の国の裏の裏を面白おかしく語ってくれた。家族に愛されて育っており、両親の切り盛りする食事処に招かれた機能不全家庭出身の俺は初めて「家族を持つってこんなに素晴らしいことなんだ」と思えた。
友達と俺で互いの仲間をあつめた大規模旅行を企画したときに来てくれた子。超博覧強記な編集者で、ありとあらゆるものを解説出来そう。こんなに素直で本音しか話さない人初めてだって言われたのが忘れられない。一日中佐倉の美術館で過ごしたことがある。アンナの光は素敵だった。
友達の結婚相手の友達。ふたりのハワイ挙式の前に連絡を取り合って、一緒に人生初サーフィンした。お互い結婚する友達のことが大好きすぎて惚気倒しで夜を明かし、ハワイも朝は割と寒いと知った。