はてなキーワード: カリとは
https://anond.hatelabo.jp/20211004123017
この増田、薄っぺらい理由でiPhoneを貶めてる気がして全然フェアじゃない気がする
しかもどっちかというとAndroidがメイン機、iPhoneはサブっていう運用だったがつい最近iPhone単独運用に切り替えたのでその理由を解説する
Androidは激安クソ品質のXaiomiだけじゃなく、高級路線のASUS Zenfoneやコスパ最強OppoのReno、キャリア・国内系だとSONYならXperia、SHARPならAQUOS、サムスンのGalaxy、その他Rakuten Mobileオリジナルとかdocomoオリジナルとか死ぬほど機種がある
そんで機種の選定は基本的にSoCの性能をベースに考える必要があってSnapdragonの何を使ってるか、メモリ量は、カメラ性能は、バッテリーはって感じで無限に考える必要がある
性能面でバッチリな機種に出会えたとしても実物がガッカリ品質なことや色が好みじゃ無いことも多いし、そもそも実物確認できない場合も多い
おまけに特に中華系は最初の1年はまともなんだけど2年目から全然使い物にならないってことも多いし逆にAndroidの最新版が落ちてこないことも多々ある
「最近はマシになった」
と言われても最近から1年も経ってない以上は信用できないしそもそもAndroidのようにOSと機種が別々に提供される以上はリスクが必ず残る
加えてHUAWEIみたいにBAN食らってGoogle Playから閉め出されるとかいうリスクも相当に高い
iPhoneは機種が増えたといっても数は少ないし家電量販店に行けば必ず実機を触れる
加えてOSと機種を同じメーカーが手がけてるので古い機種へのサポートも万全で
未だにiPhone 6 plusが使えるし、今使ってるiPhone 12はあと数年は確実に使えるだろうという安心感がある
こういう考えるコストを減らすっていうだけでもiPhoneはかなり有益
iPhoneが未だにLightningなのには本当に驚いている
Android系がType-Cなのにも驚いている
もう時代はとっくにワイヤレス給電のQiになってると思っていた
iPhoneの場合はMagSafeでピタッとくっつくから全く不自由ないし、特に自動車で充電するときが便利すぎる
Lightningの口は全く使ってないから塞いでおきたいぐらいだ
これはiPhoneの利点という訳では無く、Android使ってたときもQiを使うか、そうでなくてもマグネット系のケーブル買ってきて抜き差しをしないようにしてた
充電口を無くすことが故障率を下げる有効手段なのだからQiを推進して欲しいし、なんなら充電口なしっていう尖った機種を出してもいいと思う
いつまでType-Cのケーブル選びで消耗するの?ワイヤレスでいいよ
iPhoneはカメラ性能をやたらCMするし、13だとシネマティックだなんだとCMしてるけれど
特にSONYがIMX586(4800万画素CMOS)を発表したあたりで歴然と差が付いた
他にもHUAWEIは6400万画素とか、Xiaomiは1億画素とかもう無茶苦茶になってきてる
ただ、この高画素に耐えうるだけのレンズ性能はまだないので実用上効果があるかはかなり疑問だ
今のiPhoneの前はZenfone 6を長らく使っていたので4800万画素の写真も撮りまくったが
最初の1ヶ月ほどは楽しく撮影していたものの、途中から「そもそも写真とは」という考えに陥り
ちなみにiPhone 13ユーザが「手ぶれ補正が凄い!」と喜んでる姿を見るが
残念ながらZenfone 6の時点でその程度の手ぶれ補正は付いてたし、HuaweiやXiaomiも同等の機能は昔からある
結局のところこの理由はかなり大きい
iPhoneのみで発表されるアプリはあっても、Androidのみっていうアプリはほとんどない
もしくはAndroidで発表されてるアプリの品質は悪いけれどiPhoneはまとも、っていうのもよくある
最近だとClubhouseがそうだったし、Cocoaアプリなんかも記憶に新しい
IoT系のデバイスとかAndroidもアプリがあるけどバグ修正が放置されてて実質使えないとかも多々ある
仮に限られたリソースでiPhoneかAndroidかどっちかでリリースしろと言われたら間違いなくiPhoneになる
ワールドワイドで見てみればiOS vs Androidという形ならAndroidなんだろうけれど
前述したように期首が乱立しまくってるのでAndroidでアプリを公開すれば全機種で使えるというわけじゃない
アプリ開発者からするとiPhoneに対応さえすればかなりの人数にリーチできる
このアドバンテージは恐らく逆転することが無いだろうしiPhoneの最大の利点だと言っても良い
Googleはこれを挽回したいからPWAとかFlutterとかを進めているがAppleは乗り気じゃ無い
結局、iPhoneを使う人がAndroidを使えば不満が出るだろうし、逆もまたしかりだと思う
iPhoneのこれを使いたい、とかAndroidのこれを使いたいっていう明確な理由があるならその機種を使えば良くて
そうじゃないなら乗り換える必要がない
他人が何を使おうがPlayStationとSega Saturnの争いのように勝った方が有利になることもないので
使いたい方を使わせればいいと思う
固形の背脂は気持ちばかり散らされただけで、液体の油が何センチもスープに入ってるだけのクソラーメン。
俺はやや硬めに茹でられた麺が、丼を支配する無数の固形の背脂と醤油ダレに絡みついてコラボした背徳のカロリーを食いたいんだよ。
疎遠な遠方の友人だった。人生の転機にあたって悩んでいたので応援してあげたら、それが彼女の心に触れたようだった。人の心にふれる喜びを感じて、僕もとても嬉しくなった。その後幾つか内面を打ち明けるメールのやりとりをしたら、この人に久しぶりに会いたいなと思った。帰郷の折にグループで会ったけど話足りない。次の帰郷の機会に、今度は二人で会うことにした。
自分のことを包み隠さず話せる人と、他人の耳を気にせず深い話が出来たら、最初はそんな気持ちだった。彼女はもっと距離を縮めてくれていいよというサインを送ってきている...ように感じた。どこで会うか、そんな計画をメールで立てているうちに、彼女からのメールを待ち遠しく思っている自分に気付いた。僕は恋している、と思ったら、その恋に惹き込まれるのはあっという間だった。二人で会ってみたら、彼女も僕に恋しているのはすぐ分かった。世界がぐるんと回った。
家族のために、自分の仕事のために、とても一生懸命に生きている人だった。若い時に一人旅をする中で自分のやりたい事を見つけたという話。その行動力が素敵だと思った。同じような時に同じような旅をした自分を重ねた。論理的に緻密に考える人ではない。自分の感情や思いを言語化するでもない。それでいて大事な事はちゃんと分かる。翻って僕は自分の恋の話さえ文章に書かないとそれについて考えることが出来ない。地面を這い回っている僕には、空を翔ける鳥を見上げるような思いがした。そして、それなりに辛い経験や自分の思い通りにならない事にぶつかってきたのに、そういう人生の転機にあたって、砕けるでも諦めるでもなく、与えられた境遇に新しい生き方を見つけていく様が、とても自由だと感じた。自分はこうであらねばならないという拘りがないから、どのような形に押し込まれても平気のようだった。そんな生き方があるのか。なんと美しい。それに加えて、分かりやすい可愛らしい弱点。方向音痴。虫が苦手。その落差が子供のようでとても愛らしかった。彼女の全てがとても大事で愛おしいものに感じた。自分の中に誰かを想う気持ちがこんなにも泉のように湧いてくるなんて、長らく忘れていた。
でも、遠距離の恋は難しかった。会いに行けるのはせいぜい三ヶ月に一回位。彼女は彼女で子供がいて時間もほとんど自由にならない。会えない間に少し遠ざかった彼女の気持ちを温めて、打ち解けてきた所でいつも時間が終わってしまう。折角遠路会いに行ったのに、子供が発熱して小一時間さっとお茶するだけで終わってしまった事もあった。そんな大変な中、出てきてくれただけでもありがたいことなんだ、そうは思う。そんな大変な時にありがとう、とむしろ僕が謝った。でも一方、急に空いた午後の時間を一人で埋めないといけないのは、とても寂しかった。本屋でちょっと立ち読みをしてみて、せっかく帰郷してきたのになんで僕はこんなどこでも出来ることをしているのだろうかと思う。地元で有名な日本庭園を散策するが、どうしても彼女の事を考えてしまう。寂しい。今日どうしても銀行に行かないといけないから夕方じゃなくて午後早くにさよならしたい、と会ってから言われた時もあった。そういう事もあるだろう、頭では分かる。でも、よりにもよって、僕があなたと逢えるこの三ヶ月に一度の日でないといけないのか。彼女には何も言えなかった。そんな事を言って何になるというのか。でも、そうやって口に出来ないで自分の中に溜め込んだガッカリは僕を蝕んだ。
逢えない代わりにと僕は手紙に心を託した。身の回りの事を、自分の感じたことを、昔の話を、彼女の素敵なところを、折りに触れて言葉にし、書き送った。自分が手紙魔だと初めて知った。言葉にするようになると、心動かされる事に対するアンテナが敏感になる。世界が一段と鮮やかになったように感じた。しかし、彼女からの返信は段々間が伸び、短くなり、やがては会う算段や電話する時間の調整とかの実務的なやりとり以外はぷっつりと途絶えた。彼女には自分の思いを言葉にするのは大変な労力を要する事らしかった。素の自分をさらけだして真心を込めて書いた手紙に何の反応もないのは寂しかった。僕に興味を失ってしまったのだろうかと何度も自問したが、届いた手紙は大事に読んでいるという彼女の言葉を信じて書き送り続けた。彼女を想う気持ちを自分の中に確認するように言葉にして送り、手応えのないその行為の虚しさに絶望して傷つき、そんな循環を数カ月おきに繰り返した。
恋という、人と気持ちを通わせることの美しさを一番感じられるはずの時に、僕は未だかつてない孤独を感じた。
長い文章だから良くないのかと思い、メッセンジャーを試したこともあった。短い文章や写真。重い気持ちを乗せるから筆が止まるのかと思い、もっと軽い話題を心掛けたこともあった。思いついたように返事が来る時もあれば、一週間経っても既読にさえならないこともあり、やはり僕は傷ついた。
電話、というかビデオ通話が出来る時はとてもよかった。画面に映る彼女は大体は饒舌で、鈴のように笑い、僕の贈ったアクセサリをいつも付けてきてくれた。僕は彼女の周りで起こっていることを聞き、昔話をせがみ、唐突に愛の言葉を呟き、はにかむ彼女を見て心を満たした。しかし、この大切な機会は中々回ってこなかった。
一方的な関係の辛さに耐えられなくなると、僕は助けを求めるメールを送る。彼女は時間を捻出してくれて、ビデオ通話で話し合う、そんな事が何度かあった。そうやって話し合って分かってきたのは、彼女が僕を大切に想う気持ちと、子供の手前罪悪感を感じる気持ちとの間で、葛藤があるという事だった。そうか、それで僕は混乱したシグナルを受け取っているのか。
しかし、この二年の間、彼女が僕を想う気持ちの波も、寄せたり引いたりしなが全体としては確実に下がっているようだ。葛藤というのは二つの相容れないものの間で選べずにもがき苦しむ事を言う。彼女が苦しんでいる様子は僕には伝わってこない。彼女は「二つの相容れないもの」の間の優先順位をハッキリ付けたように思える。彼女にとって僕が何なのかは分からない。彼女はそういう事を説明してはくれない人だから。
僕ももう、彼女にとって僕が何なのかを言葉で確かめようとしてはいけないように感じている。もう何度も試したのに分からないままなのだ。彼女には答えようのない問を投げかけたってしょうがないではないか。誰がそんなウジウジした話を何度もしたいと思うだろうか。僕だって彼女に喜んでもらえるような楽しい話だけがしたい。あの鈴のような笑い声を聞きたい。
だから、言葉で問う代わりに、僕は一生懸命アンテナを張って、ビデオ通話越しの声やボヤケた彼女の表情からそれを読み取ろうとする。でも考えれば考えるほど分からない。僕のことを特別に思う気持ちはある、という。でも、それは何か美しい花のように、あれば嬉しいけれども無いならないで構わない、そういう性質のものに思えて仕方がない。僕はもっと自分に自信がある方だと思っていたが、一週間経っても既読にならないメッセージに、返事のこない手紙に、僕の自信はすっかり打ち砕かれてしまったようだ。
僕が自分の愛を言葉にし続ける事をやめた瞬間に、僕と彼女の作ったこの儚い波打ち際の砂の城は波に呑まれて跡形もなく消え去ってしまうようにしか思えない。あの美しいものが、そんな風になくなってしまうなんて。こんなに大切な人が僕の世界からいなくなってしまうなんて。耐えられない。この人は僕の事を大切だと言ってくれているのに。
しかし、一方的に愛を伝え続けるのに僕はずっとは耐えられない。言葉にすることで研ぎ澄まされた、僕の大切な気持ちが路傍に打ち捨てられるように感じるたびに、僕は自分が、自分の愛がどんどん無価値なような気持ちになる。そもそも、そんなに一方的な関係は、普通、恋ではなくて片思いと呼ぶのではないか。
僕はどうしたらいいのだろうか。
疫病が始まって以来初めて、遠路を訪ねて、彼女に会いにいく事にした。
この恋は、どうなるのだろう。
普通、寸止めって手とかでシコシコシコってfinishにさせるような速度でピストンを上下させるんだけど
男が射精しそうになるとパッと手を離すという感じだと思う。
でも、おねえさんがやってくれたのはすごくやさしい寸止めだった。
プレイ終盤になっていよいよ射精への機運が高まってきたところで
すぐイカないように我慢してみてね、というフレーズとともに寸止めプレイ開始。
カリの上の方だけを指でピンポイントでゆっくりと擦るような感じで
シコシコというよりスリスリとしてくれる。
そうされてると気持ちよくなってグッと力が入ってイキそうになってくんだけど
ゆっくりなスリスリをさらにゆっくりにして我慢を利かしてくれる。
これが気持ちいい。
しかし本格的な射精をしていないので賢者モードに入ることはない。
おねえさんは慣れたものでこっちが射精を耐えきったのを察知すると
再びスリスリと始める。
こちらも意味がわかってきたのでスリスリの気持ち良さには素直に体を委ねて
射精しそうになったらこらえる。するとこらえきれなくて精液が漏れてしまうと、そのぶんの小さな射精感が再び訪れる。
家に帰りたくないと、公園で煙草を吸っていた。缶チューハイ片手の女の子が「すみませーん、煙草もらえないですか?」と来たので、あげた。
座ってるベンチの横に座った。「なにしてるんですか?」「うーん、悪いことかなー」「悪いこと?もしかして、」
なんか半分当てられた。
(途中略)
「久しぶりー。そうそうそうそう」。夜空には星がまたたいてて、薄い雲が流れてた。
「するときは、なにしてるんですか?」「眉毛整えたり、ムダ毛処理とかー。あとYoutube見まくる」「オナニーとかは?」「あはははっ。まあねー。それはね」
「You, ここでしちゃいなよ」「まじで?いま?ちょっとやってみる」と、缶チューハイを置いて、右手を長いフレアスカートの腰から中に、「あ、ベルト外す」。中に入れた。
「あー、外でやるのいいかも。風が涼しい。開放感?」。目を閉じで、右手をくいくい動かしてた。
「手伝いましょうか?」「手伝う?」「僕が」「してくれるの?」。遠慮なく僕は右手を入れた。中で女の子の指と触れる。
女の子はショーツの上から触ってたけど、勢いでショーツの中に手を入れた。陰毛がさわさわして、湿っていて濡れてた。「あんっ。汚いよ」。
僕は前を向いて、女の子は顔を斜め上にあげて目を閉じてた。帰宅のサラリーマンや犬の散歩のおばさんや若人のグループやランニングの人が通る。
僕は独り言。「女の子のあそこって、縦に割れてて、縦に筋が入ってて、そこに指を当てるのが好き。中指の先がちょうど『ここ』に当たって。毛が生えてるのも好き」。
どうせ行きずりの女の子だしと、中指を中に「ぐにに」って入れた。「ああん。期待してたかも」「ん?」「入れてくれないかな、って」。
「ささ、どうぞどうぞ」と勧めた。「ヘンタイっていいよねー」「ですよねー。パンツ脱いで脱いで」「いいよ」。靴を脱いで、脱いだパンツは僕が受け取った。もちろん顔に持っていって、匂いを嗅いだ。
「ちょっ、駄目、キレイじゃないから、マジで、無理無理」。暗くて汚れ具合は分からない。「これ下さい。家でオナニーします」「そうゆうことね。そうゆう」
「女の子のパンツで包んで、汚れちゃうけどそのまま出しちゃうの、気持ちが良くて。付き合ってる女の子のだと怒られるし、本当は透明人間になって、
女の子の脱衣所に行って、出し逃げしたい。すんごいいい迷惑だけど、エロ漫画的なエロで」「私のパンツでいっぱいオナニーするの?」「もちろん!」
「いっぱい白いの出すの?」「いっぱい出そう」。
「クンニされたいな。。」「やりましょうか」「ここで?」「うーん、はい。僕がベンチの下に潜って」。僕はテキパキとベンチの下に入って、顔を下から出した。
女の子は浅く座って、股を前に出した。傍からはスカートで見えないはず。女の子の鞄も足の前で持った。
むわっと汗の感じ。気にせず軽くペロッと舐める。しょっぱい。「女の子の匂いと味がする」「臭いですか?」「良い匂い。すごく興奮する」
「なんか、私の舐めてくれて、愛おしく思っちゃう。これの時のクンニ初めてだけど、すごく良い、気持ちいい。んんっ。声出したいな。もっと股を開きたいな」
女の子の様子はわからないけど、下を向いて自然な素振りをしているようだった。「スマホ見てる振りしてエロ動画見よ」。
女の子の上半身が前かがみになったので、頑張って手を伸ばして、服の下へ、ブラの下へ、おっぱいを触って握って乳首をつまんだ。小さいおっぱい。
おっぱいはBカップに限る。Cは限りなく正解に近い。そうしてながらも不自然にならないように、女の子は時たま背伸びしたり鞄の中を見たり。
「ちんぽってすごくエッチな形してると思ってて。カリ首?のところとか」「ちんぽって言う派ですか?」「女の子のまんこに入れるための形みたいな。びんびんに勃起してて、固くて、
肉の棒って感じで、男の人の生殖器で、それを女のまんこの中に入れちゃうって、なんか普通有り得ない。。男の人の勃起したちんぽを入れられるって。。まんこに穴があるから。。
ぬるぬるで膣の中とちんぽが直接触れ合ってて、足を開いて丸見えで、いちばん恥ずかしいところを見られて、」「いつも足を閉じて隠してるのにね。おちんちん入れられて、
おっぱいも上下にふるふるして、揉まれて、」「セックス。セック」「つばが欲しい」「いいよ。(もごもご)。どほやって?」。もう左手を上に出して、
そこにいっぱい唾液を出してもらって、こぼれないように口元に持ってきて、啜った。別に味はしない。「ヘンタイでごめんね」と口先で言って、
尿道あたりを舌の先でぐいぐい押したり。陰毛咥えたり、小陰唇を唇で引っ張ったり、クリトリスの皮を舌先で剥いたり、お尻の穴に触らないところでお尻を広げたり、
肛門つんつんしたり、太ももの内側舐めたり、膣に舌を固くして入れたり、女の子の大事だ部分を好きなように弄った。大事なところだから、なんか罪悪感と背徳感。
でもここまでで15分くらい。
ベンチの下から出て、横に座った。何か口元を拭くもの、、自分のTシャツで拭いた。僕は前を向いて座った。女の子も。
「気持ちよかった。。」「それは良かった、です」「。。家に帰ってオナニーするんですか?」「しますね」「エッチしたくないんですか。。?」「したいです」「ですよね。。」
「。。。」「。。。」
「私、いつもはこんなふうじゃないんですけど、続きがしたい。相手がお兄さんなら。あ、私が嫌ですか?」「僕もしたいです。お姉さんが良い。思いっきりしてもいいところで」「やったー!」「行きましょう」。
女の子の手を取って、つないで、階段を降りて、降りて、タクシーに乗って、2メーターのホテル街へ。部屋に入るまで会話無し。
入って、「名前はなんて呼びましょう?」「私?んー、させ子で。お兄さんは?」「けんじで」。
させ子はフレアスカートを脱いで、白く伸びた2つの脚と、生えてるマン毛。「脱いでっ」と僕のジーンズとトラックバック脱がしてくれる。
僕のちんこは小さなままで、カウパー腺液でぬるぬるだった。「小さくてぬるぬる」としゃがんでるさせ子はつまんだ指でちんこの皮を剥いて、
そのままぱくっと咥えた。「汚い。。」。むくむく大きくなる。「大きくなった。ちんぽ。勃起してびんびんだね!まんこに入れたい?びくんってしたよ」
それからふたりとも全裸になって、散々ペッティングして、「入れたい?入れちゃうの?すんごく入れたいの?じゃあ先っぽだけね。先っぽ入った。ああんっ、全部入れられた。。奥まで入れられた」みたいな茶番をして、
小さいおっぱいを上下に揺すってもみもみ、もうキスも好きなように舌を絡めても差し支えないみたいだし、
「セックスのちんぽ気持ちが良い。私セックスが好き。ヘンタイかな」「セックスが好きな女の子はヘンタイかな。他の女の子は恥ずかしそうにしてるのかな」
「もっと強く乳首つまんで。キスして。んんん。。私とのセックス気持ちいい?」「させ子のマンコは気持ちが良い。温かくてぎゅっとおちんちんを締めて。見た目がエロいマンコ。やらしい。ピンク色でぬるぬるしてて。形のかわいいおっぱい」
「小さくない?」「これくらいがちょうどいい。大きいの頭悪そう。片手で揉める。乳首の大きさも」「けんじのちんぽも好き。あんまり知らないけど、エロ動画とか漫画の中のちんぽ。。多分大きい。大きいよ。けんじのちんぽ大きい」「ありがとう。うれしい」。
コンドームを付けてて、中に出して、離れようとしたら「抜かないで。しばらくこのまま。。」。もう恋人でも付き合っても無いし、全然知らないけど、
彼女みたいなつもりで接して、脇の剃り残しで笑って、入れてたらまた大きくなるとか、白いのを確認、「いっぱい。せーえき。せいし。せいえきがどぴゅどぴゅって射精の時にちんぽの先から出る。
生でしたら妊娠しちゃう。赤ちゃんできちゃうよ!セックスすると赤ちゃんできちゃうよ!妊娠させたい?」「いや。。」「私も困るしw生でしたい?」「いや。。」「外に出すならいいよ」「!シャワー一回します?」「そのまえにキレイにしたいな。。」「あっ。。」
女の子のお尻の穴。その後「うんちしてるとこ見たい」「ええーっ。いいよ」と、浴室のトイレットペーパーをいっぱいひいて。
臭いはふたりとも息を止めてた。普通のうんち。「あ、」と「習慣でおしっこもしちゃった」。「好きなの?」「女の子も普通にうんちするって見たかったん」「そりゃするよー」。
すこしうんちを見て、包んで片付けて、キスをしながらまだ拭いてないお尻の穴を触って、させ子は勃起したちんこを握って、
「アナルセックス?」「したい?」「したことある?」「僕はあります」「どんな?」「うーん」「もう全部しちゃおっか」と壁に向いてお尻の穴を広げるようにお尻を広げた。
「力を抜いて、穴を締めないでね」「緊張する」。うんちの臭いもするけど、なんか、「私、アナルを犯されてる。。前の穴もあるのに、アナルヤられてる。。」「ヘンタイでドスケベな女の子のさせ子だから。されたかったんでしょ?」
「アナルも犯されたかった。。アナルに入れて欲しい。。ちんぽをアナルにも入れて。こんな女の子でごめんね。アナル気持ちいい。。」
アナルには中に出した。ちんこを抜いたらぽっかり穴が開いていた。そこから茶色と白が混ざった精液が「流れて来た。。」。させ子は自分で股を弄って、
おっぱいも揉んで、キスをしてきた。「セックス大好き。エッチなこと大好き。もっとエッチなことしない。エッチなこと好きだよー」と体を僕にくっつけてきて、
最近「親ガチャ」という言葉がお茶の間にも紹介されるようになった。
現代社会の閉塞感、生得的要因に重きを置く風潮を表す概念として、インターネット界隈では頻繁に使われてきた言葉だ。
その一方で、インターネット上では「お前の親からしたら子ガチャ爆死だよ」などという煽りも散見される。
子は親を選べないが、親も子を選べないという点では「ガチャ」利用者なのだ。
(もっとも、親サイドは出生前診断等によって「ある程度は」子を選べる。
それに比べると、子供の「生まれることに対する選択権のなさ」は本当にひどい。
今から書くのは、「子ガチャ」から排出された側の人間、つまり自分の話である。
自分は、自閉症スペクトラム(AS)の診断を受けた、いわゆる発達障害者だ。
そんな自分のことを子ガチャという観点で評価したとき、一番しっくり来る分類は、ずばり「ハズレSSR」。
攻略wikiのリセマラランキングに「ガッカリレア」「SRの方が使える」「リセマラ続行」などと書かれるタイプだ。
ここでは、なぜ自分のことを「ハズレSSR」と思うのかについて、「SSR要素」と「ハズレ要素」に分けて書いていきたい。
なお、今から書くのは一人の発達障害者の個人的体験および主観的意見である。
タイトルでクソデカ主語を使ってしまっているので説得力はないかもしれないが、ご承知おき願いたい。
自分は多分、世の中の平均より頭がいい。
昔受けたWAIS-3(いわゆる知能検査)では、総合IQ的なものが130近くあった。
東大生の平均IQが120という説があるので、少なくとも数値の上では自分は「知能指数が高い≒頭がいい」のだ。
事実、学校の勉強で苦労した記憶はほとんどないし、高校にほとんど通っていない状態でも1年予備校で勉強したら国内トップレベルの私大に受かった。
発達障害者は「ある特定分野において驚くほどの才能を発揮することがある」と言われている。
そういった得意分野においてだけは一般水準を遥かに超えたパフォーマンスを発揮できる自信があるので、あえてSSRを名乗ってみた。
もっとも、後述の理由で、そんな機会はなかなか巡ってこないのだが。
次はハズレ要素についてだが、これは主に「基礎ステータス」と、それによる「価値産出力」に関するものだ。
前者に関してだが、これは自分の発達障害特性および二次障害としての抑うつ傾向・認知の歪みに起因するステータスの低さで、
・コミュニケーションに障害がある(空気が読みづらいなど)ので友だちが少ない
・生活リズムを整えるのが下手なので生活能力に欠ける(朝ちゃんと起きる、家事をする等)
・自己肯定感が著しく低いのでしなくてもいい苦労をしがち
などなど、残念ステータスが無数にある。
後者については、「自分が今どれくらい社会に貢献している(価値を生み出している)か」という観点からの評価である。
現在の自分は、30すぎで非正規職、手取り10万円ちょっとの市民税非課税世帯、もちろん実家ぐらしのいわゆる「子供部屋おじさん/おばさん」だ。
結婚の予定も意志もなく(そもそも相手がいない)、子供を持とうとも思わない(そもそも持てない)。
おまけに、自分は大学で2留しているので学費が通常の1.5倍かかっており、その他諸々も合わせたトータルの子育てコストについては恐ろしくて聞けていない。
少なくとも、投資と収益の観点で言ったらひと目見ただけでヤバい大赤字になっているのは間違いない。
「社会の役に立っているか」という観点で言うなら、平均の遥か下だろう。
このような特徴を持つ自分(これは一定数の高IQ発達障害者に当てはまることだと思う)をゲーム的に評価するなら、
「一芸に特化した性能だが、その他の能力が残念すぎるために特化した部分を実戦で活かしづらい。
だが、弱点を補い、運用を工夫することで、限定的な場面では他と一線を画す活躍ができるポテンシャルを秘めている。
もっとも、より汎用性の高いキャラ(低レア含む)が数多く存在する中で、わざわざこのキャラを選ぶ理由は多くない。
『愛があれば使える』のは確かだが、お世辞にも万人向けとは言えず、SSRとしては『ハズレ』と言わざるを得ない」
みたいな表現になると思っている。要するに扱いづらいピーキーキャラだ。
そして、現代日本社会では、そういったキャラの居場所は少ない。
都市部ならまだマシなのかもしれないが、自分が住んでいるような地方部では絶望的だ。
いくら長所があっても、「弱点を補い、運用を工夫」しなければ使えない人間は、きっと「ハズレ」だ。
思うままに書いているうちにムチャクチャ長文になってしまった。
認知がグッニャグニャに歪んでいるせいでこんな考えを抱いてしまったのだとは思うが、今の自分にとってはこれが実感だ。
はー、生きるのつらい。
悪いことをした人間になら、何をしてもいいの?
しかもはんつの罪状って、現状、「文章がキモい」ってことでしょ?
それで、キモくて時代遅れでセクハラしてるオッサン相手になら何言ってもいいわけ?
「人間がもっとも残酷になるのは悪に染まった時ではない!真偽どうあれ『正義の側に立った』と思った時にブレーキが壊れるんだ!」
とかいう画像をしたり顔で貼ってる人間ほどこういう時に叩くよね。
俺はラーメンなんて下賎な食い物だと思ってるから、ラーメンオタクがキモかろうがどうでもいいんだよ。
ラーメンなんて高尚な食い物じゃねえんだから関係者がキモいくらい許してやれや。
みんなでラーメン評論家を叩いて盛り上がってる時に水差してごめんね。
でも、お前ら最悪だと思うよ??
便乗して正義棒で他人ぶん殴ってる著名人たちにもガッカリだわ。
自分が古い人間になった時に、同じやり方で新世代にボコボコにされないといいね。
ラーメン評論家叩きはとっくにやりすぎの域に入ってるわ。
異常だよアンタら。
年内に初めての子どもが産まれる。夫は男の子を切望していた。早くから決めていた名前が旦那の名前から一文字取ったものだったが「そういう名前の昭和の漫才師がいたよね」ってやつだった。その上、夫だけでなく、夫の弟、私の父、兄と漢字や響きがかぶりまくっている。名前の話しになるとやんわり、他の候補は無いの?と促したが、夫は自分で考えた名前が非常に気に入って、頑として聞いてくれなかった。でも子どもを欲しがったのは夫の方なので、折れることにしていた。
しかし、お腹の子どもはどうやら女の子の可能性が高いことが最近分かった。「女の子みたいだよ」と伝えるとあからさまにガッカリされて「女の子の名前なんて分からないから、お前が何か考えて」と言われた。これだけでもまーまークソ案件。
私は、所謂キラキラネームは絶対いやだけれど、程よく今時の名前がいいなぁとぼんやり思っていた。胎児ネームで使っていた名前の響きが気に入っていたけれど、そのままでは人の名前としてどうかな?といった感じなので、1文字だけ変更したもので考えてみた。調べてみたら1〜2年前の女の子の名付けで多かったランキングで上位に入っている名前だった。今時の名前というのもクリアできたし、多いということはキラキラネームでもないなと確信した。漢字の各数も他の色々考えた候補の中で群を抜いて良かった。男の子の名前の時に各数にも拘りがあった夫だから、これなら気に入ってくれるだろうと思っていた。
そうしたら「そんな名前いやだな…」と言われた。どこが?と聞いたら、「名付けで多いなら、周りにいっぱい同じ名前の子どもがいるから」とのこと。「じゃー何ならいいの?自分で考える?」と聞いたら「わからん。女の子の名前なんて分からん(調べもせずに言う)」何度か、やっぱりあの名前気に入ったんだけれど…と聞いても「わからん」「好きにしたら」「でも多い名前は嫌だ」としか言わない。
そんなにも変な名前かな…と思って周りに相談したら「かわいい」と言ってもらえた。その相談をしてる時に友達が「他と名前かぶりたくないとかって、キラキラネームの入口じゃん」って言われて、本当だ!!と思った。
男の子の名前の時、正直夫の案が嫌だったけれど、夫は私の意見なんて無視してその名前にしようとしていた。自分がやってたことじゃん。「好きにしたら」というお言葉も頂いているので、好きにさせて頂こうと思う。
時間が経って気持ちが落ち着いたのか夫は最近、女の子もかわいいでしょ?と聞いたら、そうだねと答えてくれるようにはなったけれど、産まれる前からこんなにも考えにズレがあってちょっとしんどいなと思った。10年くらい一緒に居るので、今更こんなにズレがあるなんて思わなかった。思わず吐き出しに書いた。
発売日に買ってようやく4ルート+灰狼をクリアしたのでつらつら書いてみる。
水増しするくらいなら1ルートに絞って徹底的に作りこむべきだったのではなかろうか。
過去作品はそこそこやっているが、ここまでガッカリした、時間を無駄にしたと感じる作品ははじめて。
世の中でなぜこんなに売れてもてはやされているのかまったく理解できなかった。
「入れ込みすぎ」たキャラクターというのは最後までいないままだった。
ターン制限やクリア条件がシビアなマップはほとんどないせいで、頭を使わずに戦闘を繰り返すだけ。
使いまわしが多いため周回するともはやプレイに苦痛を感じるレベル。
様々な制限があるなかでどう勝つか、考える要素が多く非常に面白い。
これのせいで適当に突撃して失敗したら天拍で巻き戻すという繰り返しでクリアできてしまう。
雑にプレイして平気なら何かを考える方があほらしく感じてしまってだめ。
「命中30%?とりあえず振ってみるか」こんな思考でFEをやりたくなかった。
使わなければいいという声もあるが、なぜ公式に存在する選択肢を縛ってプレイしなければならないのか。
ハードより上の難易度なら多少は何か変わるかもしれないが、そこに挑戦する熱意は生まれなかった。
黄はかろうじてそれっぽい締めがあるが、白赤青は中途半端になげっぱなし。
大団円はなくとも、風花雪月の話が終わったという感じは欲しかった。
赤なんて闇うごを討伐までがエガちゃんの想いのはずなのにレア倒してエンドでは、ただ闇うごの願いを成就させただけじゃないかと。
短く綺麗にまとまっている。級長の団結も見られて楽しい。
父親が死んで1回失敗したらもう諦めちゃうのか。青ルートでロドリグ死んときは「ディミトリ正気に戻ったからまあいっか」なのか。
不意打ちで死ぬ系はすべてが天拍でどうにからならないのか?と思ってしまう。ストーリーに組み込んだのは失敗だったと思う。
謎のまま明かされないアレコレが多すぎてもやもやする。
地下書庫を見ると解消するらしいが、それならオマケと感じる程度にどうでもいい感じまで薄めて提供して欲しい。
レオニーとジェラルトが出会ったときいベレトスがいなかった理由が最後までわからなかった。
無口な上に過去の記憶も曖昧なせいでベレトスは何からなにまで終始謎のキャラクターだった。
それでいて周囲の人からひたすら信頼・信用されるという状況には違和感しかない。
立ち位置も非常に弱く、ストーリーを動かすキャラクターではない。風花雪月の主人公は3級長とレア。
プレイヤーキャラクターがわき役となるとゲームへの没入感はなくなる。
落とし物さがしでやる気を得たり、花を育てたり、釣りをしたりと、生徒たちを強くするには欠かせない工程。
これがとにかくつらい。落とし物は誰のものか見つけて渡すためにマップをひたすら走る必要があるし、魚釣りは単調な繰り返し。
「嫌ならやるな」「スキップ機能がある」そういう声もあるけれど、やらないデメリットが大きい。
不幸自慢大会がひらすら繰り広げられ、どの組み合わせでも特定の話題が繰り返されることが多い。
そのキャラの持ちネタはわかるが、それしかないのかと。例えばリシテアで言いうと寿命が短い話になることが多い。みんな陰鬱。
ただ舞台装置として存在し、ストーリーを成立させるために動くキャラクターが多い。このキャラクターならこう動くだろうというものが感じられない。
キャラクターを潰している。
なんとなくとか、ベレトスを信じるとかそれだけで家と国を裏切る人たちが多すぎる。
小さな子供をからかう人ってたまにいるけどあれは本当にやめたほうがいい。
小さい子は疑う心がないから本当に信じるし、思いが強いから本当に傷つく。
誰でも、そういう思い出あるかな?
ワイは兄弟に小さい頃、ミニカーサイズのラジコンカー(当時の技術ではそんなものつくれなかった)が
近所の神社をずっとずっと先に行った角のタバコ屋を右に曲がったパン屋のガチャガチャが置いている…
とかいう嘘話を本当に信じて探しに行ってそれが本当でなかったというガッカリ感というか辛さを
未だに記憶してる。
おじさんになっても記憶してるくらいなんだから当時はよほど辛かったんだと思う。
「○○警察だ!」とかいう言葉、前からあるがここ1年特にはてな界隈で流行ってると思う。
俺が気付くのが3割程度ってだけでそれぞれ専門の人が見ればもっと多いと思うよ。
そういうエセを見る度にお前その程度の理解で警察を名乗るなよって言いたくなるね。
〇〇警察を名乗った時点で発言者は完全に正しくなくちゃいけない。
だって愚かしくも自ら誇張された権威性まで付与して自身の主張の正当性を誇示し、さらに相手をまるで罪人にでっちあげてるんだから。
その警棒だかマサカリだかを振り下ろせるだけの完全無比な主張が必要なんだ。
いや百歩譲って自身があるにしても、謙虚さを忘れ警察を名乗るゴミに識者ぶる資格はない。