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はてなキーワード: カリキュラムとは

2018-03-06

anond:20180306184913

典型的な、勉強できないのに自分の言いたい方向に歴史ねじ負けたいだけの無敵の人なのかな?

山川世界史Bは私も使ったが

使っただけで、自分咀嚼理解できていない可能性はひとつも考えないのか。面白いなぁ。無敵だね。

物凄く雑に言っちゃえば、ローマ以降のキリスト教(雑だなぁ主にカトリックプロテスタントそもそも時代でも差はあるが)世界においてある時代まで、女は劣った生き物なので劣った扱いをすべき、という思想一般的で、

そういう思想キリスト教世界ベースに組み立てられた各国家社会構造に影響したのでは、という考え方があるんですよ。近代までは、宗教社会構造はとても密接に絡み付いていたから、影響を受けるのは当然と言えば当然ですし。

で、その「女は劣った生き物である」という男尊女卑世界観がどこが源泉なのかは説は色々ありますけども(月経原因説から楽園リンゴ食ったからとか存在が不浄って書いてあるとか色々)、実は東洋世界仏教儒教)でも、イスラム世界でも発生している。おまけにキリスト教仏教も、教義だけを読めば男女に救済の差はないと読むことも可能(救済に差があると読むこともできるから上記の誤解が発生したんだろうけど)。

なので、古代あたりから、「人間の発生と進化の一過程」という時代において、女は格下!的な、非モテ厨二っぽい思想流行った時期が長くあったのかもしれない、などと増田は考えているがこれはあくまでも私見感想。豊かさを他に求める侵略時代において「そういう考え」になりやすいのは、現代日本を見ていても納得感があるので、符牒は合うっちゃ合う。

でもこの私見を、ちゃんと論拠を追い示しながら説明するのは増田には荷が重すぎるので、取りあえず、山川教科書を読み直しつつ、思想史のみを抜き出した年表とか作ってみたどうでしょうか。

あとは、「フェミニズム神学」というキーワードでググっても面白いと思いますよ。この20年ぐらいでは「宗教が女を差別してきた(怒)」から学問が進んで、「そういう側面もあるけど原典ではそうじゃないよ」とか、歴史原典個別事象思想家などと照らし合わせて分析をしている人もいますベース神学なのでラジフェミみたいなおかしなのはほとんど居ない、ので比較的当たりやす学問のはず。山川Bをちゃん咀嚼できていたのなら笑。

つーかそういう学問体系もすでにあり大学カリキュラムになっているところもあるような現在進行形学問なので、元増田のように「もっとお母さんのように教えてくれ」と甘えるのも、割とズーズーしいね。と思う。

2018-03-03

地頭って良くなることあるの?

知識が増えることで効率よく問題を解くことはできるようになるけど

もっとベースの素質みたいなものは向上するのだろうか

運動能力もそうだ、こっちの方が分かりやすい(こちらは運動センス+運動能力か?)

 

子供の頃から全く同じカリキュラムを行なっても、成長する人も居ればまるで伸びない人も居る

たぶん、カリキュラム以外のその他の条件を全く揃えても変わってくる

このセンスの正体はどれだけ研究されているのだろう

もちろん遺伝や幼少期の環境依存しているのはわかるが

そこから改善することはあるのか

 

ちなみに素質の成長はかなり測りづらい

訓練するとある程度伸びてしまうからだ、素質が変化したのかどうか分からない

anond:20180303034508

実際、塾や予備校教師は、自分休みを使って過去問を解いたりして傾向を研究しています

こんなのただの持ち帰り(サービス残業でしょ 望ましいことじゃない

入試の傾向もしらないって教師に、子供を見てもらいたいって思う?

そういうのはいまはもう完全に塾の仕事学校カリキュラム内容しか教えない)

そもそもこの件って小学校の話だよ

2018-02-25

誰でも進級できるシステムっておかしくない?

小学生とき公立小学校に通っていた。だから学力格差がすさまじく、できないやつはとことんできない。

中学高校私立である程度同じような学力人間で固まってたわけだが。

でもそんな彼らも当たり前のように進級していくんだけど、学習という観点からそのシステムおかしいと思うんだよね。

そのカリキュラムが形だけになっていて、理解なくとも学年だけは上がっていき、終いには卒業までできる。

大学だってMARCHにすら届かないレベル大学ってMARCHでもそうだけど、高校習得するはずの教養中途半端なまま大学に進学する。

大学大学で、自分海外大学だったから聞いた話だが、まあ勉強しなくても卒業できると。だから日本会社新人教育無益な労力と金を余分に割かなければならない。

なんか表面的な形に拘りすぎなんだと思うんだけど、最低でも、F欄で溢れ誰でも中身すっからかん大卒になれるゴミを増産する仕組みを変えないと日本沈没は止まらないと思うんだけど。

いや沈没は、日本沈没は古臭いヒエラルキー社会のせいで、古臭いシステムいつまでも改善されないからだけど。それをなくすために日本こそ50歳で定年を迎えるようにしてさっさと老人追い出さないとヤバイ

2018-02-23

anond:20180222235129

出生率向上の効果について申し上げています

大学無償化貧困に陥った子供の救済を目的にしたものですので、出生率の向上の効果の有無はこの政策において重要ではありません。

そもそも目的としていない効果不明であることをもって、別の施策比較するのは不条理です。

そういうご家庭は救わないというのでしょうか。

貧困で就学が困難な子供と、費用観点から二子出産を悩む家庭はそれぞれまるで別の問題ですから、別々に議論されるべきですね。どちらか一方二者択一で並べられるべきものではありませんよ。

ちなみに、国立大では非課税家庭は授業料免除申請で全額免除になりますので切り捨てではありませんご安心ください。

大学は各大学ともそれぞれ個性的カリキュラム個性的教育内容を実施していますから貧困理由選択肢を奪われる子供が増えないように、この施策を拡充しようというものですね。

もはや決定という風な言い方は避けた方がいいと思います

高等教育無償化理念や意義、目的などを述べているだけで、特に決定したかのような言い回しはしていませんよ。

そもそも私は個人的には高等教育無償化に賛成というわけでもないですし。

あなた批判が的を外れているから指摘しているだけです。

私は日本若者のことを考えるのであれば、出生率が伸びることが必須と思います。このままだと大学へ行っても国の税収や保険問題で長期的に大変な目に合うでしょう。

セーフティネットの拡充による貧困若年者の救済と、出生率改善による経済や国力の成長は別々の議論です。あなた批判されているのはこの両者を混ぜ合わせて二者択一にしようとしていることからです。

それぞれの施策は別々に議論されるべきものであり、一方が不要からもう片方が必要、一方が必要からもう片方は不要という関係にはありません。

両方必要かもしれませんし、両方不要かもしれません。それぞれ個別議論し、必要かどうかを考えるべきです。

2018-02-22

anond:20180222132020

俺は見なかったな。

しかしたら、覚えてないだけかもしれんが。

カリキュラム変わって今は見るようになってるのかな?

2018-02-20

anond:20180220115802

なんだろねー。

かに私立小学校に落ちた所から挽回に!」みたいな記事も出てくるけど、それほど特別カリキュラム組んでるわけでもないっていう記事も見た。

ブランドだけでそこまで人気になるものなのかなあ。

入れてるのは実際に高収入層なんだし、もうちょっとなんていうか理知的判断があってそこを選んでるんじゃないのかなあっていう気もするけど。謎…

2018-02-14

anond:20180214115018

文科省が分けて、その後のカリキュラムも分かれているのだから、それで育成された人材の傾向について「理系は」「文系は」と語るのは自然だろう

上下関係を付けるのは馬鹿」は正しい可能性があるが「分けるのは馬鹿」は無い

2018-01-05

anond:20180105054610

いろいろ書いてやろうと思ったのに、言いたいこと大体書かれてた。

政治経済情報等、他にも鍛錬すべき科目やスキルがある中でこれらに比べて古文漢文をあえてやる意味ってなんですかね。教養というには専門性が高すぎる知識じゃないですかね。

そりゃ古文漢文できるに越したことないけど、以下の妥協案じゃダメなんでしょうかね。

大学入ってからやる科目にする

選択科目にする

ブコメ欄の指摘をみてると、高校カリキュラムとして古文漢文時間を割く前にディスカッションディベート時間を設けたほうがいいように思う。

漢文学習がどんな役に立つのか、なるべく簡単解説してみます

http://mubou.seesaa.net/article/455988153.html

こういう「本来抽象的な学力向上に優れたのが漢文ですよ」という指摘なら議論方向性として理解はできる。

ただ、現代文ですら満足に読み込めてない人が多数いるので賛同はしかねる。

今の日本に足りないもの

古文漢文現代において必修科目として適当かどうかという増田とそのブコメを読んで思った事を僭越ながら書かせていただきます

今の日本に足りないのは一言でいうと『引き算』なのではないでしょうか。

増田古文漢文が不必要と言っているではなく、修得に要する時間に対して効果が薄くそれよりも他の能力の開発に時間を当てた方が良いのではないかという指摘をしていました。

それに対する反対意見として古文漢文学習時間に対する効果の高さを指摘する人間はおらず、如何に古文漢文学習が大切かの指摘しかされていませんでした。

これこそ、日本現在抱える様々な問題根本ではないかと思いました。

日本教育カリキュラム問題と同様に、高齢者医療費問題も、日本家電作りも同じ様な問題を抱えているように思います

必要であるか』の議論に終始し、『コスト(費用時間、複雑性)に見合うほど必要か』という議論おざなりになっているように思います

もちろん冗長性を持つ事も豊かな人生を送る上で大切です。ですが、我々の人生には時間に限りがあり、限られた時間次世代日本を作り上げる人材を育成しなければなりません。

そういった意味で冒頭述べた『引き算』ができないといけないのかなと思いました。

anond:20180104132743

かに個人レベルでみた場合には大半の人にとっては不要でしょう。一方で国レベルでみた場合には自国歴史文化研究・伝達するための人的資源を確保するための施策として、古文漢文という教科を高等教育の前段階である中等教育カリキュラム組み込み入学試験科目として設定すること(を促すこと)には一定妥当性があるように思います元増田は「国家レベル失恋引きずるな。」と書いていますが、むしろ増田国家レベルでみた場合必要だという認識です。

また、大学入学試験入学後の専攻に対しては極めて大雑把に粗い科目設定しかできないという実運用上の理由もあるでしょう。古文漢文は「専門的な学問の内容」というよりは「専門的な学問のためのツール」として重要であるため、そういった古文漢文必要とする分野に進む「かもしれない」人材に対して、その学習要求するのはそんなにおかしなことではないように思います特に東大進学振り分け関係上、古文漢文必要とする分野に進む権利を認めているわけですから入試科目に設定していても何らおかしな話ではないでしょう。他の大学に関しては各校の方針または事情で設定したりしなかったりでしょう。実際のところ、当該分野を持たない大学では入学試験科目にしていなかったりすると思います(持っていてもしていないところもあるでしょうが)。

あと、反論として「大学に入ってからやればよい」という意見はある程度、首肯できます。ただ、それに対する再反論として「それだと時間が足りない」というものがあります。実際のところ、古文漢文必要となる大抵の場合において「ツール」でしかありませんから、それを学習することは主目的にならないのが大半のケースです。

このあたりが元増田認識のズレがあるところだと思います元増田が「おれは別に面白いとは思わなかったが、漢文出会い興味を持った学生古典研究者の道に進むことだってあるだろう。」と書いているように、古文漢文高等教育段階での必要性について実際よりも狭い範囲しか認識できないというのは高校生レベルではありうる話です。そういう視野の狭さに対して「入学試験科目」という強制力対処するというのは一つのやり方なのではないかなと思います

ちなみに古文漢文と同じような位置付けにあるにも関わらず、「大学に入ってからやればよい」という意見のとおりになっているのは、日本語英語以外の言語学習でしょう。これは東洋史西洋史・その他の地域史や文学思想などの研究には必要な「ツール」ですが、一般的には「大学に入ってからやる」ことになっています。ただ、これらの分野については本気でやるなら留学必要になってくるものなので、日本史日本文化研究の「本場」としての優先順位の違いとみなせるように思います

ちなみに個人的な話でいえば、古文漢文受験科目として勉強たことは結果的には時間無駄だったという認識を持っています個人的には増田意見には共感できます

2018-01-04

anond:20180104132743

入学してから大多数の人が使うか使わないかだけで試験内容を変えるとしたら、大学受験で課されている内容はほとんど消去されて、何で学生を選んだら良いかからないという状況になりそうだね。

あと、その知識を使うけれど、試験では課されなかったか勉強していませんというのだと、カリキュラムの大幅改訂と授業時間の大幅増加が必要となるだろうね。

anond:20180104132743

受験科目というのは、このくらいはできる学生が欲しいという大学からメッセージと思ってください。入学してから専門課程に直接関係しない科目を入試で課すということは、大学としてそのくらいはクリアできるような知的に余裕のある学生が欲しいということ、言い換えるとそういったレベル学生向けにカリキュラムが組まれていることを意味しています

現実的アドバイスとしては、古典漢文を「意味のないタスク」と考えてせっせと暗記するよりは、専門に関係なくてもちょっとしたエンターテインメントとして楽しんでしまう方が受験勉強としてもはるか効率的です(実際、古典漢文はそういう楽しめる要素が多々あります)。どうしても古典漢文勉強したくないのであれば、入試科目にそれらが含まれないような大学を選べばいいだけの話です。弁護士なりたければ東大以外にも選択肢はあります

2017-12-28

人生物語はいらない」の人になれない人

私は変わった人間と言われる。しか人間なんて無くて七癖、どいつも変わったところの一つや二つはあって当たり前だ。みんな違ってみんないい。だから胸を張って言おう。私の他人と違っている点は、「スイッチ」を持っているということだ。ニンテンドースイッチではない。心のスイッチのことである

「さあさあやるぞやるぞさあやるぞ!よしきたよしきたさあやるぞうおおおおおおおおおお!!!!」みたいな状態に心を持っていかないと、ついつい何でも後回しにしてしまう。今年から社会人になって働き始めて特にその傾向は顕著で、業務時間外での自分日常は自堕落のものとなっていた。仕事帰りの電車Bluetoothヘッドホンをつければ、だらけスイッチオン。掃除洗濯家事全般もうなーんにもする気がなくなる。昨日まで、三畳半の部屋は散らかり放題で、全てのもの定位置はなく、その真ん中に万年床だけが自分の居場所をどっかりと主張していた。しかし今、私は長い長い年末休みを頂き(邪推無用。そういう業界なのだ。)、ついぞスイッチを入れ直す時が来た。この為に整理整頓術をググっておいた。それによれば、まず使用頻度の高いものと低いものに分類し、使用頻度の高いものを取り出しやす位置に置いてから使用目的別に分類するのが整理整頓王道だという。ヘッドホンスイッチを入れ、万年床をベランダに干してスペースを確保、その後は無心でひたすら、然るべきものを然るべき場所に移動していく。クローゼットに納まるものハンガーラックに掛かるものゴミ袋に詰められるもの場所の貴賎ほどあれ、ものたちはそれぞれの居場所を見つけたようだ。最後万年床が再び定位置に戻ったのは日が暮れた後だった。

部屋の整理整頓は終わった。今度は心の整理整頓必要だ。せっかく長い休みをもらったのに、年始の予定がほとんど決まっていない。休みに入る前は漠然と、青春18きっぷでずっと電車に乗って、英語勉強しながら旅気分も味わって過ごそうかと考えていたが、きっぷはまだ買っていない。年始の予定だけではない。自分がこれからどう働きたいのか、どんな人間になっていきたいのか、一度立ち止まって考えてみたい。

どんな人間になりたいのか。20年以上生きてきて、未だ答えを出せたことはないが、ただ一点、両親のような人間になりたくはないとだけは言える。両親は警察24時のような番組を好んで見る。警察に捕まり、取り乱して発狂する犯人を見て、「異常者だね」と呟く。私はそんな、異常か普通かという単純な物差しで人を測ろうとする人間になりたくなくて、世界を知りたくて、自分の知らない世界が世の中にいくらでもあることを知りたくて、英語勉強したくて、TOEFL対策予備校に通っていたのだった。9月から2ヶ月間、一応、用意されていたカリキュラムが終了するまで通い続けたことになる。10人ほどのクラスの中で、先生評価は2-3番目であったし、自分で言うのも何だが、まあまあやれていた。しかし、カリキュラムが終わってから自己学習が思うように進んでいない。12月ちょっと高圧的な上司と一緒に働いていて、MPがガリガリと削られていたし、忘年会続きだし、準備は全て下っ端である私の仕事であったし、MPがガリガリと削られていた。そんなことを言い訳にしてしま自分が恥ずかしい。

考えてみれば、今まで上に書いてきた文章は全て言い訳に満ちている。言い訳必要ない。「やろう」と思ったことをしっかりやる。それを続けていれば、新しい世界を知り続けることができるだろう。いや、そこまではできないかもしれないが、少なくとも、自分の知らないところにも世界がある、と思い続けていられる。

松岡茉優が好きで、初主演映画勝手にふるえてろ」を拝見する機会があった。主人公のヨシカは本当に言い訳ばかりで、「スイッチ」を持っている人だから自分に重ねてしまうところがある。でもそんなヨシカも電気ストーブで家が燃えかけたのをきっかけに、「人間いつ死ぬかわからいから、自分のやりたいことをやってから死のう」という発想に至り、自ら作り上げた言い訳でできた世界を行動によって塗り替えて行く。

そんなことをこの文章を書きながら思い出していた。何が言いたいかというと、自分のような人間映画勝手にふるえてろから全てを学ぶことができるし、松岡茉優は最高だということだ。

大脳が壊れたメンヘル必要なのは睡眠運動瞑想野菜松岡茉優。さあ、今すぐ映画館へ走り出せ!

2017-12-22

anond:20171222150306

最近義務教育は進んでるな、細胞周期までやるのか

カリキュラムのどこにあるの?ソースだしてよ

てっきり高校生物の範疇だと勘違いしてたよ

2017-12-06

anond:20171206212844

Fランでも教育に力いれてるとこはあるしね

この間ヤフー記事になってた武蔵野大学とか大阪経済法科大学資格取得に力いれてるらしいし、あと日本文化大学なんかは警察官採用試験に特化してカリキュラム組んでるらしい

そういう所はFランでも行く価値はありそう

2017-11-28

世の人が言う「義務教育で教えるべき」を全て教えていくと、9年間一度も学校から出ず不眠不休で授業を受け続けるようなカリキュラムになる

2017-11-17

anond:20171116210000

https://anond.hatelabo.jp/20171116121418

↑こういう人もいるからね。

4歳にもなれば保育園も「保育」だけではなく「教育」が始まるわけで、

朝決まった時間に登園して決まったカリキュラムをこなす、ってのも「教育」の一環。

いつ行ってもOKなわけないだろ。

この増田は、子供小学校に入っても朝決まった時間に登校させられません朝起こせませんだって私忙しくて2時間しか寝てないから、というんだろうか。

小学校ならそんな事は言わないというのなら、保育園だって同じだよ。

嫌なら「教育」なんてしない、認可外の託児所にでも入れればいい。24時間やってる所だってあるから、預けっぱなしだってOKだよ。

小学校に入る時に適応出来なくて苦労するだろうけど。

2017-11-08

https://anond.hatelabo.jp/20171108021855

ステマだけど、それをやってるのが千葉工大

理論実践を行ったり来たりするようなカリキュラム組んでるらしく、偏差値クソ雑魚から見向きもしなかったけど通ってみたいなぁと思った。

2017-10-25

anond:20171025034018

無理でしょ。

6歳児なんて身体だけではなく精神も発達途上で、大人並みの思考能力はまだ出来上がっていない。

中学受験勉強は4年生からスタートするのが普通カリキュラムだが、それを1年生のうちから先取りすれば6年使えて有利、なんて言われないのはそのせい。

4年生で習う勉強は1年生の頭では理解出来ないんだよ。

勿論極一部の超天才なら別だが。

アメリカだと飛び級で低年齢で大学卒業なんて人がたまに出るけど、あれはホームスクーリングの子だそうで。

(でもそういう子って、一種発達障害だったりしそうだけど)

2017-10-18

がっこーのせんせーです2

朝の日記に予想外にコメントがついていて驚きました。

個人の雑感に反応していただいてありがとうございます

拝見していていくつか気になった事を。

高校の少人数化について

現在高校進学率は100パーセントに近い状況ですが、

正直なところ、教員からしてみても高校の授業内容は万人に必要ものではありません。

しろ中学レベルのことがしっかりできていれば社会に出ても困らないと思います

しかし、現状では中学レベルのこともままならないまま高校に進学し、

高校の内容などとてもついていけないという状況が、下位校といわず中堅校でもままあります

個人的には中学留年制度を設けて、中卒認定統一試験を設ける方が

学力向上には効果的だと思っており、高校大学の進学率も今の半分でいいと思います

そうすれば、高校大学はおのずと淘汰され、そこに投下される予算

高校の少人数化や高等教育無償化などに回すことができるでしょう。

また、中卒で働くことが一般化すれば、労働力不足の解消にも寄与すると思います

ただ、そうなっていくと、戦前旧制高校のような超エリート養成コース

義務教育修了コースの間で格差が生じるので、その点、給与体系などに一考の余地があります

教員待遇について

冗談だとは思いますが一応(苦笑

修学旅行は言い方が悪いですが最も憂鬱行事の一つです。

もちろん、生徒たちにとっては最大の行事ですが、

それだけに教員の緊張感は並々ならぬものがあります

昨今はホテルの予約合戦も熾烈で、生徒の入学時には動き出さないと間に合いません。

業者見積もりをとり、行程を精査し、事前学習の準備だけでも重い負担です。

また、現地に行くにも教員の集合時間は早いので自腹で駅や空港に前泊することもあります

いざ現地に行けば、生徒の体調不良や負傷、他校や現地の方とのトラブルに神経をすり減らします。

私の学校の生徒は聞きわけが良くて手がかからない方ですが、

現地で他校の先生方を見ると大変苦労されているご様子です。

また、以前は夜の飲酒くらいは認められていたようですが、昨今は深夜の体調不良対応などもあり、

飲酒禁止です。24時間体制での勤務が4日、5日続いて本当に辛いです(苦笑

昔の感覚ですと楽そうな仕事ですが、昨今は一般企業出張よりも厳しいでしょう。

また、給与に関してですが、基本的残業代は発生しません。

休日の出勤には手当が出ることもありますが、1日勤務して2~3000円程度です。

以前、私よりも給与の高い管理職冗談半分で時給換算したら1カ月平均が時給300円ということもありました(苦笑

>授業の動画

これは簡単なことではありません。

最難関校から指導困難校まで同じ教科書を使っていても指導内容はまったく異なります

また、同じ学校の中でも習熟度が必要なくらい授業内容は異なってきます

そうなると、授業動画10段階や20段階の世界では無く相当細分化して制作する必要があります

例えば私は社会科教員ですが、私大志望者と国立志望者では授業内容を大幅に変えています

また、年度によって生徒のレベルにも差があるので、その都度、レベルを調整したり、

映像教材や演習、雑談比率まで変えてカリキュラムを組みます

それから指導要領が大幅に変わることは頻繁では無いですが、

教科書記述は思っている以上にコロコロ変わります

そうなってくると教科書会社統一動画と言うのはかなり非現実的になってきます

蛇足ですが教科書会社というのは大手でも本当に少人数でやっていますし、

執筆している大学教授の方はあくま研究者なので授業がうまいというわけではありません(苦笑

このあたりを踏まえると実現は難しいかもしれません。

また、これは現代日本ではあまり考えられませんが、

時の政権意向で全国の学校の授業内容をすべて統制できるというのは極めて危険です。

右でも左でも偏った考え方の授業が全国で画一的に行われるとしたらそれは民主主義国家の根幹にかかわると思います

長くなりましたがご意見を拝見した上で私見を述べさせていただきました。

もし、ご不明な点や指摘事項がございましたら是非拝見して、今後の仕事に生かしていきたいと思っております

長文失礼いたしました。

がっこーのせんせーです

都内私立高校に勤務している教員です。

かれこれ5、6年は勤務しており、仕事にも満足しています

給料は同じ大学の友人より安いですし、

部活などの休日出勤も多いので決して待遇は良くないですが、

好きな仕事を選んだので仕方ないと割り切っています

ただ、最近、これから先、この仕事のなり手がいるのか不安です。

私は朝5時に起きて7時には出勤しています

定時は8時から17時ですが、始業前の準備や時間外設定の会議を考えると

7時から18時くらいにはなってしまます

それでも遅くまで残業している職種の方に比べれば大したことはありません。

休日も2日はありますが、部活などで休日出勤が続くと30連勤くらいは普通です。

夏休みなどがあるからと思われるかも知れませんが 、

部活合宿の引率、夏期講習などを差し引くとお盆休みがあるだけなので

一般的職業と大差ないかと思います

総合すると給料水準は求められる資格学歴に比して安く、

その他の待遇普通の業種と同じかそれ以下といったところです。

一方、教員に求められる業務は増加しています

文科省方針コロコロ変わりますが、

その都度、カリキュラムの改変や専門外科目の勉強を迫られます

また、未だに手書き公文書が多いことも業務を圧迫します。

なにより一番は生徒対応保護者対応です。

私はどんな理由があっても体罰には反対です。

暴力解決するのは教員仕事ではありません。

昔は一発のゲンコツで済んでいたのかもしれませんが、

根気強く諭すしかありません。

それでも事と次第によっては、声を張り上げて叱ることもあります

しかし、最近ではそうした行為恫喝パワハラだと批判されることもあります

教員の肩を持つ気はさらさらありませんが、

先日も福井中学生自殺した事件で、

教員の叱責が原因であるという批判がなされています

授業妨害をする生徒や提出物を繰り返し出さない生徒に

他人邪魔をするなら学校辞めろ」

勉強したくないなら高校に来るな」

と、叱ったこともあり、これも不適切指導になるのかと悩みます

また、保護者要求肥大化しています

自己都合で休日の出校を求められたり、

電話暴言を吐かれることもあります

もちろん大多数の保護者は協力的で理解してくださっていますが、

問題児保護者ほどいわゆるモンスターペアレントの傾向は強く、

学校での問題保護者に報告しても、

逆に教員指導が悪いと管理職クレームが入ります

一番、ショックだったのは宿題を忘れたことを怒鳴るわけでもなく叱ったら、

人殺し」とクレーム電話が来たことでしょうか。

こういう状況でも大多数の生徒や保護者が支持してくれ、

生徒が志望校合格したり、卒業生が遊びに来てくれると嬉しく、

やはりやり甲斐を感じる仕事です。

ただ、今は経済状況もよく、あえて低賃金責任長時間労働

仕事に就く意味はなく、「奇特な人」がやる仕事になっていくように感じます

また、少し先の見える学生さんであれば少子化日本において、

教育市場は縮小していくので、定年まで雇用があるかも心配するでしょう。

このような状況では優秀な人材教員にならなくなっていき、

教育現場は荒廃していくと思います

文科省は「やり甲斐アピールする」と言っていますが、

業務量の整理や待遇改善モンスターペアレントから守ることなど、

目に見えた対策を取らないと現状の打開は難しいと思います

現役教員の目からたこから教育現場

これから日本への不安でした。

これを読んで少しでも教育について考えてくださったら嬉しいです。

2017-10-13

大学で「授業成績の「秀」をn%以内にする」とすることの支離滅裂

先日,相対評価で授業成績をつけろというガイドライン無視したらお叱りを受けたのだが,

納得がいかなかったので論理を整理するために書き散らす.

曲がりなりにも教鞭を執る立場ではあるが,高等教育は専門ではないのであしからず

今日日本大学教育は,文部科学省中央教育審議会大学教育部からガイドラインとして打ち出されている3つのポリシー

すなわちディプロマポリシーカリキュラムポリシー,アドミッションポリシー大学ごとに作成した上で,体系的に行われることが求められている.

少なくとも建前上はこれらのポリシーに基づいてシラバス作成され,個々の授業における成績のつけ方等が定められる.

この成績のつけ方だが,基本的には到達目標という,当該授業を通じた目標を明確に設定し,

その目標をどの程度達成したかに応じて決定する,ということになっている.

まり,到達目標と比べてどの程度の知識技術を身につけたかという一点で

授業成績はつけるのであり,当然ながらそれは絶対評価であるべきだ.

すなわち,仮に受講生の全員が素晴らしい結果を出したのであれば全員「秀」にすべきだし,

目標にかすりもしないのであれば全員「不可」にすべきだ

(実際にはあまり留年されても困るので,多くの教員学生レベルを見てからハードルを上げ下げする).

しかし,どういう論理かはわからないが,現実には相対評価を行って「秀」や「不可」の割合

コントロールしろという謎の内規が出回っている.

ちなみに私の授業ではレポートで成績評価をしているが,

採点したレポートは採点基準つきで必ず返却するようにしている.

評価における透明性の確保と受講生へのフィードバックをつきつめると

このような手法にいきつくと思うが,この場合,当然ながら相対評価不可能である

毎年改革しているようにも思える大学教育だが,

立派なシラバスに正しく対応するように単位厳格化すること,

すなわち学位にただの大卒という就職のための資格以上の意味を持たせるため

今すべきことは何かを考えるべきではないだろうか.

2017-10-12

英語教育

最近中学校高校での英語カリキュラムが充実しているらしい。

リスニングとかもあるらしい。

自分の頃はそんなものはなかったし、実際自分のようにまったく喋れるようにも聞けるようにもなっていない人が多い。

今、年寄りデジタル機器を苦手としていて、自分たち普通に使えるように、少し先、自分たち英語が苦手だが、若者たちペラペラという未来が訪れるのだろう。

悔しいが仕方ない。

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