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(CNN) 新疆ウイグル自治区で夜中に急襲が始まった。
ライフル銃で武装した数百人の警官がウイグル族の住む町で家々を回り、数百人を家から引きずり出し、手錠をはめ、フードをかぶせた。もし抵抗したら撃つと脅した。これらは中国の元警察官がCNNに語った内容だ。
この人物は「我々は夜中に全員を強制的に捕まえた」「もしその地域の一つの郡に数百人がいるのなら、数百人を拘束しなければいけなかった」と話す。
元刑事であるこの内部告発者は中国に残る家族を守るため、「ジャン」との名前だけで自分を特定するように希望した。
ジャン氏は亡命先の欧州で行われたCNNとの3時間に及ぶインタビューで、新疆ウイグル自治区の収容所でウイグル族を拷問する組織的作戦と同氏が位置付けるものについて詳しく説明した。このような詳細が明かされるのはまれ。中国はこうした拷問の存在を何年も否定してきている。
ジャン氏は警察の留置場で自分や同僚が尋問したときを思い出しながら、「あざができて腫れ上がるまで、彼らを蹴り、なぐる」「彼らが床にひざまずき、泣き出すまでだ」と述べた。
ジャン氏が新疆にいたとき、新たに拘束された人は全員が尋問で殴られていたと語る。男女を問わず、最年少で14歳の子どもまでいたという。
拷問の方法はさまざまだ。被疑者の動きを封じる金属製や木製の「タイガーチェア」と呼ばれるいすに拘束したり、天井からつるしたりしたほか、性的暴行、電気ショック、水責めもあった。数日間寝ることを許さなかったり、食事や水を与えなかったりしたこともあったという。
ジャン氏は「全員が違う方法を使う。バールや鍵付きの鉄の鎖を使う者もいる」「警察は容疑者の顔を踏みつけ、自白しろと迫った」と語る。
ジャン氏によると、容疑者はテロ犯罪の疑いで摘発された。だが、ジャン氏が逮捕に関与した数百人の中で、犯罪を犯したものは「誰もいない」と感じているという。「彼らは普通の人々だ」ともジャン氏は付け加えた。
ジャン氏は通常の職務を離れて新疆に3、4回派遣された/Courtesy Jiang
ジャン氏は通常の職務を離れて新疆に3、4回派遣された/Courtesy Jiang
ジャン氏によれば、警察の留置場での拷問は自白するまで続けられた。その後、容疑者は守衛が配置された刑務所や収容所などの施設に移送されるのが通例だった。
自分の証言を裏付ける目的で、ジャン氏は中国にいたころの警察の制服、公的書類、写真、動画、身分証をCNNに提示した。ジャン氏の身元を守るためにCNNはこれらを掲載することはできない。CNNは中国政府に今回の告発内容について詳細な質問を送ったが、返答はない。
CNNはジャン氏の主張する内容について独自に確認出来ていない。ただ、ジャン氏が語った詳細な記憶の多くが、CNNが本記事でインタビューした2人のウイグル族被害者の経験と一致する。国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」が6月に出した160ページに及ぶ報告書でも、収容所にいた50人以上の人々が証言をしている。
米国務省は2017年以降に最大200万人のウイグル族や他の少数民族が新疆の収容所に拘束されたと推定している。中国はこれらは職業訓練施設であり、テロリズムや分離主義の撲滅を目的としたものだと主張。新疆で人権侵害が起きているとの批判に対し否定を続けている。
中国外務省の趙立堅報道官は今年6月の記者会見で「新疆でのジェノサイド(集団殺害)と呼ばれるものは、隠れた動機に基づくうわさでしかなく、真っ赤なうそだと改めて強調したい」と述べた。
先月29日には、新疆政府の当局者が記者会見で、以前収容所にいた人物として1人の男性を紹介した。この男性は収容所に拷問は存在せず、拷問があるとの主張は「全くのうそ」と述べた。男性が発言を強要されていたのかは不明だ。
ジャン氏が初めて新疆に派遣されたとき、テロの脅威に打ち勝つ助けになりたいと願っていた。そうした脅威は中国を脅かす可能性があると聞かされていた。また、警察に入って10年がたち、昇進したい気持ちもあった。
上司からこの任務に就くように求められた際、上司は「分離主義勢力が母国を分断したがっている。我々は彼らを全員殺さなければいけない」と語ったという。
ジャン氏は通常の職務を離れて新疆に3、4回派遣され、新疆の複数の地域で働いた。中国で「猛撃」と呼ばれる対テロ作戦が佳境に入ったときだ。
ウルムチ市の達坂城区にある第3収容所/Mark Schiefelbein/AP
ウルムチ市の達坂城区にある第3収容所/Mark Schiefelbein/AP
14年から始まった「猛撃」は、新疆の少数民族を大量に拘束するプログラムを推進した。こうした民族の人々は、単にベールをかぶっていた、または長いあごひげを生やしていたといった理由で刑務所や収容所に送られた。子どもが多すぎるとの理由で送られた人もいた。
ジャン氏はCNNに対し、15年に北京から出された公的な指示を記載する1通の文書を示した。それは中国の他の省に対して、国内でのテロへの戦いに参加するよう呼び掛けるもので、「習近平(シーチンピン)総書記の重要な指示の精神を届けるように」との記載があった。
「新疆支援」と呼ばれる仕組みの下、中国各地の省から15万人の警察官が集められたとの話をジャン氏は聞いたという。この仕組みは、新疆の各地域に治安関連資源を含む支援を提供するように、各省に促すものだった。ジャン氏によると、一時的な赴任には報酬面で恩恵があった。派遣中は通常の給与が倍になり、他にも特典があったという。
ただ、ジャン氏は新しい仕事と弾圧という目的にすぐ幻滅を感じたという。
あらゆる所に検問所があり、多くのレストランや広場が閉鎖されている状況を目の当たりにして、「初めて行ったときは驚いた」とジャン氏は語る。
慣例となっていた夜中の作戦では、摘発する対象者の名簿が渡された。拘束するウイグル族の正式な割り当て人数を達成するための命令の一部だったという。
ジャン氏は「これは全てが計画され、システムがあるものだった」「全員が目標を達成する必要があった」と語る。
もし逮捕に抵抗する者がいたら、警官らは銃を頭に突きつけて「動くな。動けば死ぬ」と警告したという。
ジャン氏によれば、警察のチームは家宅捜索も行い、コンピューターや電話からデータをダウンロードした。
地区の委員会を利用して村落の長との会合があると言って住民を呼び集め、集団で拘束することもあったという。
ジャン氏は当時を「戦闘期間」と呼び、当局者が新疆を戦争地域として扱っていたと語る。警官はウイグル族が国家の敵だとの訓示を受けていたという。
もしこのプロセスに抵抗していたら、自分が逮捕されていただろうとジャン氏は語る。
「ただのサイコパスもいた」
ジャン氏によれば、警察の留置場での主な目標は、性的な拷問などの手段を用いながら、拘束した人々から自白を引き出すことだった。
「もし自白させたいなら、先に2つのとがった部分がある電気ショックを与える警棒を使った」「そのとがった部分に電線2本を縛りつけて、縛られている人々の性器にあてがった」とジャン氏は語る。
自分は尋問中「悪い警察」を演じるしかなかったと語るジャン氏だが、一部の同僚とは違い、最悪の暴力は避けたという。
ジャン氏は「これを仕事と見る人はいたが、ただのサイコパス(精神病質)の人もいた」と語る。
拷問の「よくありふれた手段」の一つは、守衛が受刑者に対し、新入りの男性受刑者をレイプし虐待するように命じることだったという。
新疆出身のウイグル族の学者、アブドゥウェリ・アユプさん(48)は13年8月19日、警察に拘束されたと語る。ライフル銃を持った警察が、アユプさんが開園したウイグル語を教える幼稚園を取り囲んだという。
アユプさんによると、カシュガル市の留置場での最初の夜、アユプ氏は十数人以上の中国人収監者に集団レイプされた。守衛3、4人が命じて、その様子を見ていたという。
守衛はアユプさんに下着を脱ぐように言って、体を折り曲げるように命令したという。「こんなことをするなと私は叫んだ。お願いだからしないでくれと」とアユプさんは語る。
守衛の命令を受けた収監者十数人以上に集団レイプされたというアユプさん/Rebecca Wright/CNN
守衛の命令を受けた収監者十数人以上に集団レイプされたというアユプさん/Rebecca Wright/CNN
虐待を受ける中でアユプさんは気を失い、意識が戻ると自分の嘔吐(おうと)物や尿が周囲にあったという。
「ハエがいて、私の周りを飛んでいるようだった」「ハエは私よりましだと思った。誰もハエを拷問しないし、レイプしないから」とアユプさんは語る。
「男たちが私を笑い、私をとても弱っていると言っているのが見えた。そうした言葉が聞こえた」。アユプさんへの陵辱は翌日も続き、守衛の一人は「楽しかったか」と聞いてきたという。
アユプさんによると、その後留置場から収容所へと移され、14年11月20日に解放されたという。「不正な資金集め」の罪を自白させられた後だった。
アユプさんが拘束された時期は新疆での大規模な取り締まりが始まる前だが、その証言はウイグル族の人々が何年も主張してきた少数民族抑圧で使われた手段の一部を反映するものだ。
CNNはアユプさんの証言について、中国政府からの回答を待っている。
アユプさんは今ノルウェーに住み、ウイグル族の文化を絶やさないように教育をしたり、子ども向けのウイグル語の本を書いたりしている。だが、拷問で受けた傷は永遠に残ると語る。
「私の心に残った傷だ。私は決して忘れない」(アユプさん)
「彼らは私を動けなくして殴った」
オランダに住むオミル・ベカリさん(45)は、収容所での経験から来る影響に長く苦しんできた。
「(収容所で)私が受けた苦悩と苦痛は決して消えない。私の心から離れない」とベカリさんは語る。
収容所の釈放証明書を提示するオミル・ベカリさん/Ivan Watson/CNN
収容所の釈放証明書を提示するオミル・ベカリさん/Ivan Watson/CNN
ベカリさんは新疆で生まれ、ウイグル族の母とカザフ族の父を持つ。06年にカザフスタンで国籍を取得し移住。新疆に出張した17年3月26日に拘束され、その1週間後にはカラマイ市の警察署の地下で、4日間昼夜を問わず尋問や拷問を受けたという。
ベカリさんは「彼らは私をタイガーチェアに押し込んだ」「私を動けなくして、太ももや腰を木のたいまつや鉄のむちで打った」と語る。
警察はベカリさんにテロ支援の自白をさせようとし、ベカリさんはその後8カ月間を複数の収容所で過ごしたという。
「彼らが初めて私に足かせをはめたとき、地獄に来たのだとすぐ理解した」とベカリさんは話す。重い鎖が手と足に取り付けられ、就寝時でさえ体を曲げる姿勢をとらざるえなかったという。
収容所にいる間に体重は半分ほどに落ち、出所時には「骸骨のよう」だったという。
「私は信仰を持った人間だから心理的な拷問を耐え抜いた。信仰がなかったら耐えられなかっただろう。生涯の信仰と自由への渇望が私を生きながらえさせた」とベカリさんは語る。
収容所にいる間に知人2人がそこで死んだという。さらに母親やきょうだいも収容所に入り、父のバクリ・イブライムさんは18年9月18日、新疆で拘束中に死亡したとの話を聞いたという。
新疆政府は先月29日、ベカリさんに関するCNNの質問に答え、ベカリさんがテロ犯罪の容疑で8カ月間拘束されたことを確認した。ただ、拷問や家族の拘束に関するベカリさんの主張は完全なデマで中傷だと述べた。ベカリさんの父親は肝がんで死亡し、家族は「現在普通の生活を送っている」とも話した。
ベカリさんは父が新疆で拘束中に死亡したと知らされた。中国当局は肝がんが死因だったとしている/Rebecca Wright/CNN
ベカリさんは父が新疆で拘束中に死亡したと知らされた。中国当局は肝がんが死因だったとしている/Rebecca Wright/CNN
「私は罪を犯した」
欧州の新しい家で暮らすジャン氏だが、2~3時間続けて眠ることは難しいという。収容所の人々に続いた苦しみが頭によぎり、崩れ落ちそうな気持ちになるという。
「私は感覚がまひしている。あまりに多くの人々を逮捕していた」とジャン氏は語る。
収容所にいたアユプさんも夜寝付けずに苦しんでいる。収容されていたときの悪夢にさいなまれ、常時監視されているような感覚から逃れられない。それでも、アユプさんは自分を拷問した収容所の守衛らを許すと口にした。
「私は(彼らを)憎んではいない。なぜなら彼ら全員があのシステムの犠牲者だから」「彼らはそこで自分自身に宣告した。自分たちは罪人で、犯罪システムの一部なのだと」(アユプさん)
アユプさんは今ノルウェーに住み、子ども向けのウイグル語の本などを制作している/Ivan Watson/CNN
アユプさんは今ノルウェーに住み、子ども向けのウイグル語の本などを制作している/Ivan Watson/CNN
ジャン氏は新疆に入る前から、腐敗のレベルが高まっていることが原因で、中国共産党には失望を感じていたという。
「彼らは人々に奉仕するようなふりをしているが、独裁を達成したい人々の集まりだ」とジャン氏は語る。中国を脱出して自分の体験を暴露したのは、「国民の側に立っていたい」との思いからだという。
ジャン氏は二度と中国には戻れないと悟っている。
ジャン氏は「彼らは私を半殺しにするだろう」「私は逮捕され、多くの問題が提起されるだろう。逃亡、反逆、国家秘密の漏洩(ろうえい)、国家転覆、それら全ての罪名を受けるだろう」と語る。
「ウイグル族のために発言をするということは、テロリスト集団への参加で訴追が可能になるということだ。想像のつくあらゆる罪状で訴追されうる」(ジャン氏)
もし自分が関与した被害者の1人に対面したらどうするかと聞くと、ジャン氏は恐ろしくてすぐにその場を離れたくなるだろうと語った。
「私は罪を犯した。このような状況が二度と彼らに起きないことを願う」「彼らの許しをもらえたらと思うが、あのような拷問を受けた人々にとってそれはあまりに難しいだろう」(ジャン氏)
ジャン氏は「こうした人々とどうやって対面すればいいのだろうか」「一人の兵士でも起きたことには責任がある。命令を実施する必要はあったが、あまりに多くの人々が一緒にこれを行った。我々にはその責任がある」とも語った。
ウルムチ市におけるウイグル人大学生のデモは、広東省韶関市の旭日玩具工場で漢族によるウイグル人従業員に対する暴行殺害事件が発生し、2名のウイグル人が死亡した事件の数日後に発生した。ボイス・オブ・アメリカの記者である浩祥によると、この事件は、工場の従業員寮にて、漢族の女性従業員がウイグル人の男性同僚から性的暴行を受けたとの根拠のない噂がきっかけとなっており、噂は6月の末ごろから工場内に流れていたとされている[28]。
6月25日、26日の夜間に、漢族によるウイグル人従業員に対する襲撃が行なわれ、2名のウイグル人が殺害され、ウイグル人118名が負傷した[29]。
最初の噂は同工場を解雇された元従業員により広められていたとみられており[30][31]、警察当局は、その後の捜査でも性的暴行が発生したという明確な証拠を見つけることができなかった[32]。
コロナで休日の予定がなく、撮りためた写真を整理していたら思い出がよみがえってきたので備忘録的に書く。
今じゃ考えられないが、ここ数年中国のLCCの春秋航空が片道\1,980とか異常に安い値段でセールを連発していたので土日+有給1日つけて中国旅行に行きまくっていた。
訪れた都市は上海・合肥・蘇州・南京・広州・深圳・西安・敦煌・ウルムチ・カシュガル・成都・東チベット・天津・青島・大連・丹東・ハルビン・瀋陽・香港・マカオ。
その中でも印象的だった4つのエリアについて、思い出話を書きたいと思う。
■ 丹東
国境の町。大河鴨緑江を渡るとそこは北朝鮮。中朝貿易の拠点として知られていて北朝鮮とのヒト・モノ・カネの連結点になっていると聞いていたのだが...
2019年に訪問した時には経済制裁の影響かほとんど人の往来が見られなかった。2つの国を結ぶ道路を歩いているのは巡回の兵士のみ、鉄道も全然動いていなかった。
北朝鮮レストランはまだ営業していたが、客足はまばら。冷やかしで入り口まで入ったが店員さんは塩対応。英語は話せるっぽい。
結局、中国人経営と思われる店で冷麺を食べて北朝鮮のビール、大同江ビールを飲んでみた。冷麺の味は可もなく不可もなくというところで、ビールは普通にまずかった。
大同江ビールは北朝鮮の主要な輸出品目らしいが、東南アジアのビールのように暑くて湿気の高い日に合いそうといったこともなく、無個性でただひたすらにまずいという印象だった。
ウイグル自治区。少数民族の弾圧が報道されている昨今だが、外国人の俺でも普通に自由旅行ができた。ただし、公安の警備の目は他の町よりも厳しい。
中国では地下鉄に乗るときにセキュリティチェックがあるのが普通だが、ウルムチではこれに加えてホテルやショッピングセンターの入り口でもセキュリティチェックがあった。
地元住民は中国の他の町と比べて彫の深い顔立ちで、ウイグル語表記の看板と合わせて異国情緒が強い。
町の中心部は中国語の建物が立ち並んでいるが、バスで郊外に向かうと昔ながらのバザールや家畜市場も残っており、意外に少数民族の文化が温存されているように思われた。中国政府としても(国内向けの)観光資源として金になると踏んでいるのかもしれない。
余談だが、ウイグル人のタクシードライバーは普通にぼったくってきた。この3年間、中国旅行でぼられたのはこの一度だけ。抑圧されているマイノリティといえど、常に善良というわけではないのだ。
ウイグルと違って、チベットエリアはガチで少数民族の抑圧が強い。最大都市のラサは一人旅で入ることができないため(政府公認のツアー参加必須)、成都からバスで10時間以上かかるという東チベットエリアに潜入した。
時期によって外国人の入境が出来たりできなかったりするので、ネットの旅行記を見て行けたという報告の上がった翌週に1週間休みを確保して飛んだ。多分今はもう行けない。
東チベットは山がちで人口も少ないため発展著しい都市部に比べるとインフラ整備は遅れているのだが、ここにも開発の手が及んでいるようで、日本の首都圏で言うと圏央道くらいの規模の立派な道路が建設中だった。
果たして採算は取れるのだろうか? それとも採算無視で鉄鋼の過剰生産解消のためにオーバースペックなインフラ整備をしているのだろうか?
現地の町ではヤクが放し飼いにされており、そのバターを使ったチベット料理を堪能した。いたるところでマ二車が回され、宗教が生活に根付いているような地域だった。
途中タクシーで修行僧と乗り合わせたが、日本人とわかるとフレンドリーになった。ネットで調べておいた簡単なチベット語のあいさつをすると上機嫌になり飲み物をごちそうしてくれた。
同じタクシーには家族連れも乗っており、小学生くらいの子供が、おもちゃのガラガラのようなマニ車を回していたのがとても新鮮だった。面白そうなのでお土産に1つ買って帰った。
いつか政治的抑圧がなくなって、自由に旅行に行けるようになると嬉しい。
■ 香港
デモの渦中の2019年に訪問。公安とデモ隊の衝突に巻き込まれないか不安だったが、twitterでデモ情報を見ながら移動したので幸か不幸かデモに巻き込まれることはなかった。
主要道路沿いにはデモ隊の落書きが残っており生々しさを感じた。こんな情勢でも地下鉄や船等の公共交通のセキュリティチェックは無く、ネットの接続制限も体験した限りでは見られなかった。
Google, Twitter, Facebook, Line, Fanza。すべて問題ない。アメリカや日本のWebサービスを自由に使える。なんて開放的なんだ。素敵!最高。今後もどうか香港の自由が保たれますように。
海外安全ホームページ: テロ・誘拐情勢
(1)中国政府の発表によれば、中国におけるテロ事件は主として新疆ウイグル自治区内で発生しています。
(ア)新疆ウイグル自治区では、ウイグル族を主体とする少数民族の一部がいくつかの地下組織を結成し、同自治区全域を領土とするイスラム国家「東トルキスタン国」の建設を目的として民族独立運動を行っていると言われています。
(イ)特に1990年代以降、新疆ウイグル自治区では、無差別殺傷事件、地元の政府・共産党要人の暗殺、行政府庁舎への襲撃等の凶悪事件が頻発するようになったとされています。2014年にはウルムチ市等で多数の一般市民が犠牲となり、2015年には海外の過激組織から指揮を受けたテロ集団が同自治区アクス地区の炭鉱を襲撃し、多数の死傷者が出ました。2016年には、同自治区ホータン地区における爆破事件により警察幹部等が死傷し,2017年には同自治区皮山県の住宅区で暴徒3名が刃物で住民を襲撃し,住民5名が死亡,5名が負傷した事案が発生しており,同自治区においては引き続きテロとされる事案が発生しているほか、同自治区以外においてもテロ襲撃未遂事件が検挙されています。
(2)中国政府は、2003年12月、東トルキスタン・イスラム運動、東トルキスタン解放組織、世界ウイグル青年代表大会、東トルキスタン情報センターの4つの組織をテロ組織として認定し、これらの組織の幹部等11名をテロリストとして認定したと発表しました。さらに、2008年10月及び2012年4月、東トルキスタン・イスラム運動の幹部等をテロリストとして認定したと発表しました(2008年:8名、2012年:6名)。中国政府によれば、これらの組織のうち、東トルキスタン・イスラム運動と東トルキスタン解放組織については、国際テロ組織アル・カーイダとつながりがあるとされています。
ウイグルの爆弾テロが個人犯罪ではなく、民族全体のテロだとみなされているのが分かる
ウイグル難民を中国に強制送還 タイ、「トルコ出身」主張通らず 中国「秩序乱す」
https://www.sankei.com/world/news/150709/wor1507090043-n1.html
後ろめたさがなくなった? 日本の対イスラエル接近 | 酒井啓子 | コラム&ブログ | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
http://www.newsweekjapan.jp/column/sakai/2014/04/post-827.php
サヨク「日本は民族弾圧を行ってるイスラエルと仲良くすることは控えるべきだ(キリ」
【中国ウルムチ爆発】強まる民族対立 爆発事件に収入格差で不信増幅 ウルムチルポ+(1/3ページ) - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140524/chn14052422550010-n1.htm
このまとめを見て、昨今のウイグル問題に関する文脈に一言物申したくなった。
僕は親中というわけではないけど、とりあえず嫌韓ネタ出しとけばいいや、みたいな思考停止が嫌なのです。
そして話題が話題だし、ちょっと重い話も含んで語りたいから、増田で書く。推鼓する時間も無いので、とりあえず取り留めなく。
僕は日本に住む日本人だけど、過去に中国在住8年。彼女がウイグル人で、向こう6年の付き合い。
まとめ元の井上氏とは、そういう意味でちょっと似てる立場なのかもしれない。
不思議と日本国内には居ないのだけど、大陸には「新疆地方」出身(※1)の知人・友人(※2)が何人も居る。
※ウイグル族には限らないです。新疆には沢山の少数民族が住んでいるし、漢民族ももちろん居る
※皆、いわゆる犯罪組織やヤクザのメンバーではない一般人ですよ
もう少し背景を付け足すと、2009年のウイグル騒乱前にも、観光ベースで新疆をブラブラしていた事がある。
実は天安門事件前にも一ヶ月間、新疆に観光へ行っていた。シシカバブ・ラグメン最高。ビールが気軽に飲めたらもっと最高なんだけどな。
上記の通り、僕は多少ウイグルに縁がある一般人というだけで、歴史学や地政学に特別詳しいわけでも、何でもない。
なので、僕はなかなか文脈の中に出てこない現地(ウイグル地方)出身の一般人、あるいは旅先で現地の人に聞いた事を客観的にそのまんま書く。
詳しいレポや現地メディアの状況は@furumai_yoshikoや@dongyingwenrenのような専門家の方がずっと詳しいし、ためになる。
気軽にヘイトに走っちゃう人はぜひ、彼らが過去に書いた記事も、よく見てほしいのです。
以下、現地の複数少数民族にきいたこと
・別に、何とも思ってないよ
・無能。特に公安。ウイグル騒乱の時、彼らは漢民族もウイグル族も守らなかった
・今度、政府が立ててくれる少数民族専用マンションに引っ越すんだ。
・他の少数民族と変わらないんじゃない?
・普段はいいけど、何か問題が起こった時に締め付けが厳しくなるのが面倒
列車に乗るのも一苦労
・チベット族ほどじゃないと思うけど、差別を感じる事はよくある
3. ラビア・カーディルって知ってる?
・知らないよ。誰?
・大きな事件があった時に名前を聞くけど、何をしてる人かは知らない
4. 2009年以降どう?
・漢民族とウイグル族の居住地区は、明確に分かれるようになった
※大きな街では、東西・南北で町並みが全然変わっていた。東側は中国風、西側はイスラム風みたいに
・めっきり、お互いの民族間で交流しなくなった。市場で他民族を見る事がなくなった
・(相手民族)が怖い。間違っても人通りの多い所には行きたくない。
・カザフ、モンゴル、キルギス族の多い北の方は、逆に景気良いよ
-.政府(※地方政府)がロシアから建築家招いて、超豪華な公衆トイレ作ってくれたんだぜ!日本のトイレみたいだろ!
眠たくなってきたのでこの辺でいったん〆るけど、なんとなく現地人の雰囲気が伝わるような物をピックアップしてみた。
総体的に、彼らと話していて感じた事は「民族としての連帯が非常に緩い」「人生楽しそうだな」という事。
今、よく日本で言われている「少数民族としての劣等感」「独立意識」「民族弾圧」のような要素を感じる事は無かった。
政府への不満はよく聞いたけど、それは中国に住む人であれば皆同じ事を言う類のものだった。
よく漢民族の言う「少数民族は優遇されている!」というのも、本当なのだなと思った。
日本で言う所の在日特権みたいな物も存在するんだけど、新築マンションの家賃8割政府負担は恐れ入った。
とはいえ、増え続ける失業者対策の一環なんだろうとは思いつつ。
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ちなみにウイグル騒乱の時は、彼女を通じてウルムチの様子をLIVEで聞いていた。広場でウイグル族に殴り殺された漢民族の女の子の話、
仇を取ろうと仲間を集めて家を出て行ったその子の父親と、それを必死で止めた、ウイグル族の隣人。殺到する群衆を恐れて、
橋の下で夜通し隠れていたウイグル族の親子。その親子が深夜、公安に保護されてようやく帰宅できた話。
異人系の顔立ちだから、漢民族・ウイグル族どちらからもターゲットにされてしまうカザフ族の話や、漢民族との勘違いを恐れて、
家の外に出られないモンゴル族の話。結果、ターゲットにされて腕を刺されてしまった男性の話。
この時、僕らは彼らに何も出来なかった。地理的な距離がありすぎたし、日本と違ってそもそも、支援する手段が無かったからだ。
※情勢が落ち着いた頃、新疆は冬が厳しいという話を聞いてユニクロのヒートテックグッズを送ってあげた。
腕を刺された男性は、後日傷を見せてもらった。痛々しかった。でも命があって良かったと思った。こんなので刺されたら、普通死んじゃうわ。
http://www.koohji.com/upload/2009/4/200904111726561635.jpg
全て彼女の身近な人だったから、サンプルとしては凄く少ないのだけど、民族間対立とは、紛争とは何か、
中国という国は何かを考えさせられるには十分すぎる体験だった。
これは未だに考え続けていて、答えは見つからない。今後も考え続けるんだろう。
答えが見つかる気はしないし、誰かが答えを教えてくれる気もしない。どうしたもんかなあ。