はてなキーワード: がっかりとは
増ぴょんの気持ちはピュアな恋だと思うし、俺は気持ち悪いとは思わないし、支持するリプやブコメも多いのもわかる。
身体よりも心を交えるほうがずっとディープで気持ちいいっていう人も多いんだろうなとおもう。
そして、あくまで可能性の話だけど、嬢の人気が高まったのは確かかも知れないが、
だからこそ嬢は増ぴょん相手の心を使う労働がしんどくてNG客指定していたかも知れない。
そう思うとがっかりするかも知れないけど、だとすると無意識にしろそれほどには嬢の内面に入り込んでいたということだから。
あとは入れ込むゆえに無駄に長時間コースのくせにオプはあんまつけないとかしてたとか。人気嬢ならもっと生産性の高い他の客のために少しでも時間をあけておきたかったもしれない。
肉体労働と精神労働とでどっちがラクかというのは人によっても違うし、同じ人でも心身の調子や状況によっても違う。
例えば借金完済や妊娠結婚など、嬢としてのキャリアの終わりが見えてきた頃(それが7月くらいかと)からは、精神労働がきつい客はNG指定して、淡々と新規客中心に肉体労働することを選択したのかも知れない。
ごめんね、あくまで可能性の話です。増ぴょんがこれからも風俗遊びを続けるなら、オキニがちゃんと稼げるような遊びかたをしてあげるといいよ。
ざんねん。
でもほっとしてる。
生身の人が怖いの。
綺麗な
絵画や
音楽や
映画や
小説や
そういうのを
理解できるひとなら暮らせると思う。
子供が産めないけど
性欲はなくはないです。
偉く馬鹿にされてましたけどね。
あなたもね。
人と仲良くなりたいし、あわよくば好かれたい。
どこを治せば良いのか教えてほしい。
実際は自分としては親しくしているつもりなのに、よく「人に興味ないでしょ」「壁を感じる」って言われる。
どうやったら親しみを感じてもらえるんだろう。仲良くなりたいだけなのになあ。
グループでは仲良くても一対一での仲良くなり方分からなくない?
みんないつのまに深く仲良くなってんの?
大人になったら何とかなるって思ってたけど普通に女に嫌われる女になっただけだから。何がダメなんだろ。
御察しの通り私には同性の友達がいない。
最初は人が来てくれるけどみんなすぐがっかりして軽んじてくるんだよなあ。
「クラスの中心になると思って近づいたのに接してみたらただの根暗なオタクじゃん笑 損した笑」とか言われた。つら。
自分で考えられる原因としては
・存在感が薄い
・LINEをすぐ返せない
・インスタを見ない
・単純にブス
・空気が読めない
パッと返事が思いつかない→既読だけつけるのは失礼かな→未読のまま返信を考えてめんどくさくなる
の負のループに陥るんだよなあ。
返しても返しても返ってくるじゃん。わんこそばかよ。ってならない?電話でよくない?むしろ直接会おうよ?しんど!
せっかく仲良くなれそうだと思ってうきうきしてたら関係崩れたりあらぬ噂を立てられることが多いので同性の友達がほしい。
会いに行くし!もてなすし!悩みとか真摯に聞くし!口は堅いほうだし!お金のこともきっちりしてるほうだし!人の彼氏なんか取らないし!!!
どこをなおせば仲の良い友達が出来るんだよー!!!!教えてよー!!!!
▪️追記
めっちゃ嬉しい。
人に嫌われても良いって思えるようにがんばる!あと3行でまとめるのも!気難しい人〜のコメントめっちゃ目から鱗だった。
あと、ちなみにどうやったら人に興味持てるの?
https://anond.hatelabo.jp/20180923171114
上のエントリを書いた者である。DTMはパソコンさえあれば始めるのにお金はそんなにかからないし、頭を使っている感じがして生きている実感が湧くし、作品として形が残るし、趣味として結構優秀なのではないかと思っている。
この話は「素人が自己満足のアルバム3枚を作った話」であり、間違っても「素人がDTMを始めてプロデビューした話」ではない。とにかく楽しんで何らかの形になるものを作ったということ。プロにすればゴミみたいな作品群だと思うけれど、自分としては満足しているし、人に聴いてもらうと「すごい、よく作ったね」くらいの評価はもらえている。お世辞かもしれないし、そもそも音楽を作ることってかなりハードルが高く思われているから「作った事自体がすごい」ということかもしれない。
音楽的素養はない。ピアノを習っていたわけでもないし、学生時代にギターをやっていたわけでもない。完全なる素人。
ただ、学生時代はいろいろな音楽を聴いていた。CDは最終的に1000枚くらい持っていたのではないかと思う(今は全てパソコンに取り込んで売った)。ジャンルは主に洋楽ロック系が好きだけれど、クラシックから民族音楽から流行りの曲まで分け隔てなく聴いていた。
「自分で曲を作ってみたい」とずっと思ってはいたけれど、何をどうすればできるのかがわからなかったので手を付けていなかった。コードとやらを覚えなくてはならないらしいし、パソコンで何らかのソフトを使わなくてはならないらしい。何より、自分の下手くそな歌を録音するのかー。うーん、ハードルが高いな。と思って時が過ぎていった。
■初めての曲
きっかけというきっかけは特にない。社会人4年目くらいで、仕事に絶望していた時だったと思う。
学生時代の友人の中にいじられキャラの人がいたのだが、突然に「そうだ、あいつの歌を作ろう」と思い付いた。まずはアルバムリリースの特設サイトを作った。もちろんそんなサイトは誰も閲覧しない。単なる自己満足であり「おもしろそう」というのが唯一の動機だった。
で、曲を作り始めた。どこからそんな情熱が湧いてきたのか今でも疑問なのだが、とにかくそれっぽい曲を打ち込みで作った。コードなんてわかんないから適当に音を重ねていった。たくさんの曲を聴いていたのでなんとなくの引き出しは豊富だった。作詞作曲編曲全て自分。歌謡曲みたいな2分くらいの曲ができあがった。
Windowsであった。製作工程はdominoでmidiを打ち込み、SoundEngineで波形編集、audacityでミックスと手間のかかる作り方をしていた。全て手探りなのでそのやり方しかわからなかった。その歌謡曲みたいな曲はUTAUでボーカロイドに歌わせた。1曲作っただけだったが達成感があった。ここまでかかったお金、ゼロ円(もともと持ってたパソコン代除く)。
後に引っ越しを期にMacに乗り換えてGarageBandで作るようになる。
■本格的にDTMを始める
本格的に、と言っても高い機材を買ったりしたわけではない。継続した趣味としてハマったということである。コスパの良い趣味が好きだ。買ったものは下記(Mac除く)。
いまだにこれ以上買っていない。投資額たったの10,000円でかれこれ5年以上遊べている。カラオケ2〜3回分の投資額で数年ものあいだ熱中できるってすごくないか。もちろん、沼にハマるといろいろ欲しくなったりするらしいけど、今のところこれだけでなんとかなっている。
曲作りにおいて苦労した点は特にない。自分が作りたいものを作っているからだ。煮詰まる時とか、アイデアが出てこない時とか、ギターが全然上手に弾けない時とか、歌が下手過ぎてがっかりする時とかあるけれど、全てが楽しくて充実した時間である。
アルバムと言ってもコンセプトがあるわけではないし、誰に頼まれているわけでもない。10曲くらいできたら1枚にまとめる感じ。アートワークとか歌詞カードも作って、自宅のプリンタで印刷する。空のCDケースとブランクのCDを買ってきて、裏ジャケと歌詞カードをはめ込み、CDを焼けば世界でひとつだけのアルバムの出来上がり。
で、再び趣味として曲を淡々と作って、アルバムを作る、というのを3回繰り返していたらアルバムが3枚できていた。
■どんな音楽作ってるの?
もともと洋楽オルタナティブロックが好きということもあってそういうのに寄りがちな作風になってしまう傾向にある。ただ、1曲作り終えると「次は違う感じのを作ろう」と勝手に思っている自分がいる。なので、振り幅は大きいと自分で思っている。最近はEDMみたいなのも作った。
自己満足とは言えど、架空の誰かに聴かせるのを前提に作っている姿勢はある。なので、自分なりにこだわっているつもり。1曲の中で飽きさせないことを最大の目標にしている。まーでも結局は自己満足だな。
■ボーカルの録音
最初のうちはクルマで山奥やイオンの駐車場の端っこに出かけて窓を閉め切った車内で録音したり、自宅で布団をかぶって怯えながら録音したり、カラオケで録音したりしていたが、面倒になって昼間の自宅で堂々と声を張り上げて録音するようになった。特に近隣住民から怒られたことはない。
DTMを始めてから明らかに歌が上手になった実感がある。カラオケでも下手くそだったのが、今では高得点が出る。作っている最中は自分の声を何百回と聴きながら編集するので、知らぬうちに聴こえの良い歌い方みたいなものを会得したのかもしれない。DTMを始めて自己満足以外の良かったことだ。
■ギター
DTMを始めると同時にギターを弾き始めた。と言っても、ライブをするわけではないので、特に練習を積み重ねているわけではない。曲を作っている中で「こんなフレーズが欲しい」というのを下手くそなりに弾いて、あとは編集でなんとかしている感じ。なので、いまだに「コードをなんとか押さえられる程度」である。ただ、良く問題となる「F」のコードは練習して押さえられるようになった。
ベースも買ったが、録音してみると音の粒が全然揃わないし、タイミングが少しでもずれると散々なことになることがわかったので、打ち込みでやっている。
DTMをやる上で必ずしもギターやベースは必要ではない。自分も全ての曲にギターを入れているわけではない。
■曲作りのコツとか
最初は暗中模索。理論も何もない。例えば「ベースとバスドラムはなるべく合わせる」とか「コード」とか「コード進行のルール」とか全くわからずに全て適当にやっていた。最初に作ったものを今聴いてみるととにかくめちゃくちゃ。だけど、そのめちゃくちゃさに味があって、あんなものは今は作れないなとも思う。音楽は自由だ。恐れるな。
プロのミュージシャンのインタビューを読んでいると「◯◯みたいな曲をイメージした」とか「この曲の元ネタは◯◯という曲」と言っているのを結構見かける。なので、私たちも「自分の好きな◯◯みたいな曲を作ろう」というスタート地点でいいと思う。
曲作りにはいろいろなアプローチの仕方があると思うけど、私は「メロディーから作る」派である。メロディーに各パートの伴奏を乗せていく。メロディーを思い付いたはいいけれど、それに合うコード進行がわからないということが結構あって、大変に悔しい。コードにメロディーを乗せていく逆のやり方もチャレンジしてみたことがあるけれど、私には無理だった。向き不向きがあるのだと思う。
1曲の中で「ここは◯◯みたいな感じが欲しい」と思い付いたらYouTubeでその曲のその部分を繰り返し聴いて参考にすることがある。それが自分のオリジナルになる。ウェブで調べればコードも出てくるので、それを参考にすると思った通りの雰囲気になって「すげぇ」とかなり感心する。それがオリジナルになる。音楽はパターンの組み合わせでできたパズルみたいなものだと思う。
そういう経験を重ねていくと「このパターンはこれ」「こう来たら次はこう」とわかってきて捗るようになるし「これじゃありきたりだから別のパターンが欲しい」なんてことも発想できるようになってくる。楽しい。何だこの曲すごいな、という曲に出会うと制作意欲が湧いて楽しい。
なんて偉そうに書いてるけど、いまだにコード進行はよくわかっていないし、よく使うリズムパターンも貧弱である。だけど、最初の頃よりはあらゆる点において格段に進歩している実感がある。それらをほんの少しずつでも習得していく過程が楽しい。
■歌詞
伝えたいことなんて何もない。ただ、歌モノにしたいので歌詞を書かざるを得ない。「韻を踏む」「陳腐にならない」「メッセージ色が強くなりすぎない」を心がけている。音楽以上に言葉は自由だ。好きにやるのが一番。
歌詞がどうしても思いつかない時には、歌詞なしのめちゃくちゃ語で押し通すこともある。最近はいよいよ書くことがなくなってきているのでめちゃくちゃ語が多めになっている。だけど、歌詞を考える時間も好きだ。
■まとめ
とりとめのない話になってしまった。まとめるとDTM楽しいってことになると思う。没頭すると1日が余裕で潰れる。1曲が1日で完成することもあるし、半年かかっても納得いかずに悶々とあれこれ試行錯誤することもある。それら全ての時間が愛おしい。沼にハマらない限りコスパも良い。
年齢も性別も何もかも、自分じゃない「視点」で世界が展開する。
あり得ない美しさ。
視たこともないそこへ。
父が亡くなってもう5年にもなるのに
それから夢に、時々父が来る。
つまり「どこの誰でもない私」ではなく
現実の私を夢でも視るようになった。
昼下がりなのか、夕方なのか、もう夜なのか判らない。
(この人たちは知らない。かれらも私を知らないかもしれない)
帰り支度をしている。
その寂しそうにしているその人物に、
一緒に帰ろうか?と声をかけた
すると俯いて佇んでいた人が泣きそうな、何とも言えない表情をして
嬉しいような、感動したかのような、目を潤ませてこちらを見た。
一緒に帰ろうか。
あ、なんで声をかけたのかわかった。この人はお父さんだ。
働き盛りの頃の記憶の中の父だ。
凄く嬉しそうだった。
そして申し訳なさそうだった。
一緒に帰ろう、お願いだから。
そういって東京の
私の独り暮らしを、
強制的に終わらせて、連れ帰ったのも父だった。
私は帰りたくなかった。
一番うれしそうで、嬉しいと言って踊ったりする父。
母が寂しがっているから、母が寂しいと言っていると
私を強引に連れ帰って、帰ろうと言ったのは父だった。
一番喜んでいたのも、父だった
お彼岸なので私の夢の中に、帰ってきたのかな。
台風が来るようだけれど
お供え物を買いに行ってこようかと思う。
落ちも何もない。
お帰りなさい。
『プーと大人になった僕』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでそういうの嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。
これは100点っすな。点数の基準は「上映時間+映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、この100点は大傑作という意味ではない(300点とかありえる)んだけど、ごちそうさまでした、わしゃぁあ満足です。という意味で良作だというのはたしか。損しません。
まあ、家族向けとかカップル向けかと言えば、実はそんなことはなくて、一人で見に行けよおい、しかも社会人がいけよ、っていうのはあるので万民向けとはいい難いんすけどね。この映画は、だって、学生にはわからなさすぎでしょ。
ざっくりいうと「おとなになって社会人となり企業戦士として毎日ブラックな労働をしているクリストファー・ロビン。仕事と家族の間で板挟み。人生の迷子になっちゃった。プーさんといっしょに正しい人生を探そう」みたいなあらすじ&テーマであって、それは予想通りだったし、そして予想を満たして十分以上な脚本完成度です。テーマや物語性(増田はここを中心として映画を見ちゃうタイプです。趣味合わない人は申し訳ない)でいえば、非常に満足でした。
がー。そのてんに関してはー。満足だったのでー、逆に満足であったがゆえにー。脇へうっちゃっておいてー。この映画のー。感想についてはー。別の部分をー。述べたいとー。おもいまーす。
映画冒頭部分では、まだ「100エーカーの森」でくまのぷーさんと遊んでいた頃のクリストファー・ロビン(ショタ)が登場するんですが、もうね、これがね、非常にこうファビュラスっていうか尊いわけですよ。華奢な白人少年が四分丈の(日本で言う半ズボンよりは少し長いけど膝上の)ズボンから、少し筋張ったくらいの細っい脚をね。伸ばしてね。みどり豊かな森の中をバスケットを持って歩く姿がね。素晴らしいわけです。
シーンはクリストファー・ロビンが寄宿学校へ向かうその直前。楽しく美しく永遠だと思われていた「森でのプーさんとの日々」が終わるちょうどその時。作中では「お別れをいう日(Day to say goodbye)」と描かれるその日なわけですよ。
クリストファー・ロビンは楽しい田舎暮らしから、厳しく抑圧的な寄宿学校へ入らなきゃいけない。それは大人への第一歩で、もう今までのように日々をただ日々として楽しく過ごせる時間は終わってしまった。それをクリストファー・ロビン本人もわかってるんですよ。もう自分はゆったり時間を過ごせない、これからは時間に追われて毎日何かをしなきゃいけない、大人になるからもう仕方ないんだって、諦観してるんですよ。
その「子供としての最後の日」。100エーカーの森で、プーさんとピグレットやティーガーたち森の仲間でパーティーをして楽しく過ごしたその後、森を見下ろす高台の丸太ベンチに座ったクリストファー・ロビンとプーさんの二人は、こてんと肩を寄せ合い夕日に向かってずっと座ってるんですよ。
そこで「ぼくのことをわすれちゃうの?」と鼻にかかった声で尋ねるプーにたいして、ショタ(大事なのでもう一度いう)美少年のクリストファー・ロビンが、優しくて、それでいて困ったような表情で「プーのおばかさん」って言うんですよ。
ほんと。
尊い。
わかるか人民どもこの尊さが? 「おばかさん」ですよ。もうね、水銀灯の牙城にいちどの跳躍で飛び込む偉大なシーンですよ。もちろん画面は映画でありフルカラーなわけですけれど、この夕暮れは追憶と郷愁の甘さを伴ってセピアにさえ見えるわけですよ。つまり何がいいたいかって言うとクリストファー・ロビンが尊い。
あっという間に幼少期、少年期、青年期を過ごしたクリストファー・ロビン。寄宿学校で父の訃報に接して、社会に出て、将来妻になるべき女性イヴリンと出会い、求愛して結婚し、子供を作り、出兵(たぶん第二次世界大戦)して、なんとかロンドンに帰ってきて、就職して仕事に打ち込む中年になってるんですよ。
大企業のカバン製造部門の責任者となったクリストファー・ロビンは、会社上層部からこの部門の効率化(予算削減)を求められていて、その要求は−20%。リストラ待ったなしの状況で、大事な部下を切り捨てるかどうかの瀬戸際の日々を送り、その結果として休日も家族との時間も奪われているわけですよ。妻からは「もう何年も笑顔を見ていない」と言われ大事な娘のマデリンからは失望されて、でも、家族を守るために部門を守るために、家族旅行への参加をキャンセルしてまで働かなきゃならんわけです。
予定されてた旅行にイヴリンとマデリンの妻子を送り出して、週末も缶詰で仕事しなきゃと追い詰められたロンドンのアパルトメントのクリストファー・ロビンのもとになぜかプーさんが現れて助けを求める、というのがこの映画の第二の開幕です。
懐かしい友プーに出会ったクリストファー・ロビンは彼の頼み(行方不明になってしまった仲間たちを探してほしい)を叶えるために(どっちかっていうと大都会ロンドンにおいては厄介なお荷物のプーさんを森に帰すために)、郊外の美しい故郷に戻ろうとします。そこでプーさんとクリストファー・ロビンは一緒に旅をするわけですけれど、相変わらずふわふわ夢みたいなことを言う(まあぬいぐるみなので当たり前だけど)プーさんの脳天気っぷりに、時間が黄金よりも貴重になってしまったブラックカンパニーソルジャーマシーンのクリストファー・ロビンはいらつくわけですよ。プーさんがベタベタのはちみつで汚してしまった廊下を掃除している間にも、刻一刻とリストラのタイム期限が迫ってるわけで。「なにもしないをすればいい」とか「ゆっくりすればいい」とかいうプーさんの言動が癪に障るのは、まあ、仕方ないです。
送り届けた「100エーカーの森」で、とうとうクリストファー・ロビンは切れちゃうわけっすね。
「ぼくはもう昔のぼくとは違う」とプーに突きつけてしまう。その時の表情がね、もうね、良い。
良いよね。
良い。
失意のぷーさんは「従業員を捨てなきゃならない(リストラ)」というクリストファー・ロビンに「もしかしてぼくも捨てたの?」と聞いちゃうわけです。
それに対してクリストファー・ロビンは「捨てたんだよ」と答える。
この時の表情も、良いのです。
「ソレ」をいっちゃったら相手が傷つく以上に自分も傷ついちゃうのを自覚していて、それでも言ってしまったクリストファー・ロビンの、ナイーヴな表情が尊いわけです。おっさんのくせに。イケオジつぇえな。
この時クリストファー・ロビンは「いいやプーは特別な友達だから捨てるわけないじゃないか」と適当に言うこともできたわけです。でも、それは事実じゃないわけですよ。現実として30年以上プーさんを忘れていたわけだし、放置していたし、それは客観的にって捨てたと言われても当然なわけですよ。そういう現実を糊塗して「捨てるわけない」とクリストファー・ロビンは言えなかった。特別な友達だからこそ、そこで嘘はつけず、自分も相手も傷つけるのなんてわかっていたけれど、「捨てたんだよ」と答えるしかなかったわけですよ。
40代になったクリストファー・ロビンはもうおっさんなわけですけれど、ロンドン紳士然としたイケオジなんですね。その彼がいろんな現実や言葉を飲み込んで、意地っ張りにも露悪的な「捨てたんだ」って告げるそれが、もうね。
ほんと。
尊い。
わかるか人民どもこの尊さが? 「捨てたんだ」ですよ。そんでもってさらに終盤になってね、途方に暮れて懺悔をするようにつぶやく「ぼく迷子になっちゃった」ですよ。いつも迷子になったプーさんを探しては連れ帰る、森の英雄だったショタロビンが、社会人になって人生の迷子になっちゃったわけです。大事で大事で何よりも大事な娘を守るために頑張ってるはずなのに当の娘にがっかりさせて心配させて、もう何が正しいんだかよくわからなくなっちゃったわけですよ。大人になったクリストファー・ロビンにこそぬいぐるみのプーは必要なわけです。
つまり何がいいたいかって言うとクリストファー・ロビンが尊い。
https://mainichi.jp/articles/20180914/mog/00m/050/004000c
さらに同紙は11日付運動面で、20年間セリーナの試合を見てきたという黒人の男性記者が「我々はセリーナの行動を批判するときに、人種差別や性差別と受け取られないかと心配してしまう」と告白した。
このあたりが多くの米国人の本音だと思う。セリーナが審判に感情を爆発させるのを過去にも見てきた者たちは「またか」と思った。しかし、米国では、テニス界の性差別や人種差別に対して声をあげてきたセリーナを批判することは、「PC(ポリティカルコレクトネス)」に反するのだ。PCとは差別主義者と思われないための政治的に適切な言動だ。他国は米国のPCコードを共有しないので、セリーナを批判しやすかったのだろう。
スポーツだけでなく、社会でも規則は強い者が作り、適用する。マイノリティーが不当だとして抗議すべき時もある。でも今回は私もセリーナにがっかりした。特に、彼女が審判に「私はずるはしない。娘がいるから間違ったことはしない」という内容の発言をした時だ。ママであることは証明書でもないし、免罪符でもない。
自分の属性をフル活用してクロでもシロにしようとするヤカラがいたという話で、そういうヤカラは「人の親」という属性もフル活用する。
一応、移動できました。
本当は、新しくBLOGをやろうと思っていたときにもうブログを作ってて、何も書いてなかっただけだったため、
既存のダイアリーからインポートするだけなのに、最初は(はてながアナウンスして直ぐだったため混んだのだろう)インポートの画面さえ出なかった。
翌日も同じ。大丈夫なのかな、と。
やっとインポートできるようになったのに、時間がかかる可能性があるとかで止まったままだった。
諦めて寝たら翌日はインポートできてた。
たった13日分の日記。本当はもういいかなと思ってたのだけど。
前のダイアリーを消して、BLOGを新しく始めても良かったんだけど。
「インポートできるかどうか」だけ試したくなったのだった。
このだだっ広い北海道でなんでこんな事が起きるんだ。発電所なんていくらでも分散できる。大きな街だってそれなりに分散してる。
社会基盤を担う企業としてのBCPはどうなってるんだ。問題は結果よりもこのそもそもの背景だよ。
もしこれが災害リスクへの対策検討不足だったら老害経営層はすぐクビにすべきだ。クソみたいに心配症気取ってないで、新規の発電所のために退職金を返納して少しでも還元してほしい。
検討した結果、コストとか様々な理由でリスクを飲んでいたのだとしたら飲んだリスクの対価は払う必要があって、辞職するんだよね?誰がリスク取ることを認めたの?誰が被害受けるの?誰がお金払うの?
その作品、オタクが絶賛してるから読んでみたけど、すげえくだらなくてがっかりした覚えがある。とにかく設定は陳腐だし、構成は稚拙だし。まあラノベとしては文章はうまいと思ったけど(でもまともな小説としては最低限というレベル)。オタクにとっての傑作ってあのレベルでいいのか。もっと幅広く読んだ方がいいよ。普段ろくなもの読んでないからああいう幼稚で程度の低い本を絶賛してしまうんだよ。これが中高生ならいいのだけど、絶賛してる連中って40代のおっさんだからなあ。痛々しい。
すまんそんな情報すっかり忘れ去っていた。聞いてなかったかも。
(スマホ版動かしにくいんだよ!モブに話しかけるのも面倒なんだよ!と言い訳)
でも「純粋に盾のため、結婚そのものはどうでも良かった」って意図で行われた演出ではないと思うんだよね。
でなければ展開上あんなに結婚いいぞと煽られる意味が分からん。
いきなりサンタローズが滅んでる必要性も分からん。ラインハットの状況が異常である事を強調するとしてもそれだけの意味だろうか。
サンチョとの再会をもっと後に引きのばす為ってのも、サンチョは国に帰った、その国はどこかは知らない、と町民に言わせるだけで済むはずだし。
(アルカパでビアンカ一家は引っ越した、と町民に言わせてるだけなのと同じで)
パパスの手紙と天空の剣だって別にサンタローズが滅んでる必要ないし。
ヘンリーがラインハットの状況がおかしいから戻ろうと決心するのはサンタローズじゃなくてアルカパの宿屋だし。
あれ、主人公の故郷を失くして孤独を演出する為のものじゃないの?
主人公は、奴隷から逃げ出して昔の記憶を当てにしてサンタローズに行ったら滅んでたのを見て絶望しただろう、とか
そこに僅かに残っている人たちが自分やパパスを覚えていた事で少しは救われただろう、とか
その足でアルカパに行ったらビアンカ一家が居なくなっててがっかりしただろう、ってのはあの辺りで十分想像ついたよ。
んでヘンリーは無事故郷の魔物倒して平和にして戻り、弟もいて、結婚もして幸せそうだけれど自分は故郷も仲間も何もない…と言う状況で
そりゃっうりゃっとしか喋らないピエール他と旅してても「人間の仲間が欲しい!会話したい!!」って気分になるんだよ。
プレイヤーはたかが数時間の話だしゲームだけやって生きてる訳でもないけど、主人公はそれが1年以上続いてるんやで?
(とここで思ったけど、DQ4コマみたいに仲間モンスターと会話成立してコミュニケーション取れる状況なら別に結婚したいとは思わないかもしれん)
そんな中で盾以外に家族が欲しい、って気持ちもあったんじゃないか(少なくとも、堀井としてはそう思わせるような演出じゃないのか)と。
なんかメルカリ最悪でさあ。
重量超過で
自宅に返送されたりさ。
ジコセキニン、赤字でも送れ!
客は無言キャンセル。
あほかって話。
ガキの世界だぞ。
測るのやめたって。
測れよ。
できないなら受付んなや。
質問する
メルカリ便
ゆうパケットで、コンビニから送りましたが、重量超過で帰ってきたら自宅に返されてしまいました。
ゆうパケットで、コンビニから送りましたが、重量超過で帰ってきたら自宅に返されてしまいました。
一旦、キャンセルでしょうか?
すたんばいみい。
17件の回答
すたんばいみい。
商品削除ばかりして
対応悪すぎですわ。
がっかり。
退会しますわ。
2018/09/04 16:56
通報する
スッキリ 0
すたんばいみい。
2018/09/04 16:51
通報する
スッキリ 0
すたんばいみい。
事務局が見て削除してるんでしょ?
2018/09/04 16:49
通報する
スッキリ 0
こちら事務局ではないのです。事務局に問い合わせされてはどうですか?
2018/09/04 16:48
通報する
スッキリ0
すたんばいみい。
なんか絡んでくるのが多いのは
なぜ禁止しないんですかね。
2018/09/04 16:42
通報する
スッキリ 0
2018/09/04 16:40
通報する
スッキリ1
すたんばいみい。
事務局が出品停止って。
いきなり失礼だな。
CSなってないわ。
お客様どうするわけ?
2018/09/04 16:39
通報する
スッキリ 0
coco♡
わからない事を人に質問する際には、態度ってもんがあるんです。
先程から暴言ばかりの貴方にはもう誰も教えてくれないでしょうね。
そもそもサイズオーバーで自宅に返送されたのもサイズをきちんと測らなかった貴方のミスでしょう。
2018/09/04 16:38
通報する
スッキリ1
すたんばいみい。
2018/09/04 16:34
通報する
スッキリ 0
すたんばいみい。
ひとに赤字で送れ
は削除されないの?
2018/09/04 16:34
通報する
スッキリ 0
すたんばいみい。
なんか変な回答が多いな
メルカリ は。
通報する
スッキリ 0
回答させていただいたのに、偉そうにのような言葉を追記しないで下さい。
もう削除されていますが、とても残念に思いましたよ。
2018/09/04 16:29
通報する
スッキリ2
coco♡
何が偉そうなんでしょうか(p_-)
感謝するべきです。
通報する
スッキリ1
福楼のチッチ
2018/09/04 16:15
通報する
スッキリ2
キャンセルはしないで下さい。
メルカリ便は利用出来ません。
ゆうゆうで発送通知を押していますので、最後に出品者が評価出来ません。事務局にお問い合わせから、その旨を伝えて下さい。、
メルカリ便は利用していないので、送料は引かれません。
2018/09/04 16:14
通報する
スッキリ1
crystal
もうメルカリ便は使えないので購入者様に名前と住所を教えていただいて、送料はあなた様負担にて発送ですね。
2018/09/04 16:14
通報する
スッキリ4
Helmikuu
キャンセルではなく相手に住所と名前を聞いて他の方法で送って下さい。
通報する
スッキリ3
相手のことを考え丁寧な回答を心がけましょう。不快な言葉遣いなどは利用制限や退会処分となることがあります。
回答する
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メルカリ便
ゆうパケットで発送したところ、サイスオーバーで自宅に商品が戻ってきてしまいました。このような場合、購入者に再度送るにはどのような方法になりますか?
メルカリ便
ゆうゆうメリカリ便での発送で、コンビニ受け付け後に郵便局から重量超過で戻ってきました。
4 2018/08/25 15:13
ゆうゆうメルカリ便のゆうパケットで発送した商品が、重量オーバーで戻ってきてしまいました。購入者様にも一通り説明をしました。受け取り評価はどのようにすれば良いのでしょうか。
その他
メルカリ便
出品
購入
メルカリ便
受取・評価
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