はてなキーワード: バイアスとは
今のあなたの発言のように...感じます。と仰っておりますが、私は最初に「キモくて金のないおっさん」という言葉の内実が分からないのであなたのことも問題の内容も分からないと言ったのは覚えておりますでしょうか。
私はあなたの発言に対して返答しているのであって、あなた自身に、またあなたの個人的な内容に対しては一切発言していない、また発言しえないので誤解されないようお願いします。
もし「キモくて金のないおっさん」の内容がはてなを利用するすべての人に知られていると思われるなら、それも訂正されるべきかもしれませんね。私はその言葉を聞いてもせいぜい「Aさん」というぐらいにしか認識できませんので。この不特定内容の「Aさん」に対するあらゆるバイアスがあり、またこのバイアスが差別を働かせるとすれば、私にはどうしようもないように思われるのですが、なにか解決方法があるのでしょうか。
だってさ、仮に俺が
わたモテのもこっちが好きですよ、ラブプラスの小早川凛子が好きですよ、ミルキィホームズの譲崎ネロが好きですよ、
Aチャンネルのトオルが好きですよ、生徒会役員共の萩村スズが好きですよ、魔法少女まどか☆マギカの佐倉杏子が好きですよ
って言ったらさ、聴き手サイドは、ああこいつは
わたモテのもこっちになりたいんだな、ラブプラスの小早川凛子になりたいんだな、ミルキィホームズの譲崎ネロになりたいんだな、
Aチャンネルのトオルがになりたいんだな、生徒会役員共の萩村スズになりたいんだな、魔法少女まどか☆マギカの佐倉杏子になりたいんだな
そう思う、それが筋、それが自然の摂理って話じゃないのか??
自分は自分がなりたい自分になりたくて、自分が好きなのは自分がなりたい自分になった自分で、それは自分ではないんだけど自分なんだ、
そういう話ではなかったか??
#####追記
全部返信するわ
全部優しい感じのコメントです
>>“わたモテのもこっちが好きですよ(略)って言ったらさ、聴き手サイドは、ああこいつはわたモテのもこっちになりたいんだな” 作中カプ尊重派なので、なりたいものがあるなら、うっちーになりたいのかな? と思う。
うっちーをキャラクターとして愛でる人は多い印象だが、うっちーになりたいってのはかなりユニークな性癖だという印象だな。素晴らしい。
>>愉悦部視点で不幸キャラを鑑賞するのが好きな人は、自分がどん底の危機に陥っても、それすらも愉悦として楽しみそうな雰囲気がある。
>>漫画おいでよどうぶつの森で、リセットさんが「ヒロインちゃんが好きすぎてヒロインちゃんになりたくなってきたでー!」とコスプレをして「愛情が歪みはじめた」とドン引きされる回
それは深いな。俺は妹持ちなんだが、妹が幼い頃「お兄ちゃんになりたい」って言ってたわ。
>>なりたいキャラもいればなりたくないキャラもいるな。加えて言えばなりたいキャラでも生き方とか性格とか見た目とか境遇とか、なりたい部分が細分化される。見た目や生き方は憧れるけど境遇は同じ道歩みたくないとか
それは俺にはなかった視点だな。なるほどなって思ったわ。俺はまずなりたい/なりたくないがあって、なりたければ全肯定ってスタンスかな。
>>なりたいかどうかで言えば宗像教授みたいなおっさんになりたい
申し訳ないことに知らなかったが、調べてみたらなかなかこれはなりたい度が高いな。
南方熊楠がモデルなのか。たしかにそういう存在への憧れは俺にもある。
>>“自分は自分がなりたい自分になりたくて、自分が好きなのは自分がなりたい自分になった自分で、それは自分ではないんだけど自分なんだ” ところでトッポってしっとりしてて美味しいよな
頑張って書いたのに!???
>>「好き」の形は多様だよ。同化願望の強い人なら「好き」と「なりたい」がイコールでもなんらおかしくないし、逆に自分がなりたいなんて畏れ多いって人も、好きなものを独占するために破壊したい人だっているだろう。
ああいや、「好き」の多様性を否定するつもりは全く無かったんだ。
ただ自分の「バイアス」に気づいて驚いたというか、そういう感じの話かな。
>>「好きな食べ物」とかの質問はどう受け止めてたの?
これは半分本気なんだが、食べ物にせよなんにせよ「なりたい」のカケラはあると思うわ。
食べ物ではなくて恐縮だが、俺は小さい頃ボンドに対するカネスチックのポジションに憧れていた。
まず享楽的な匂いがいいし、接着力は強力だが長持ちしない感じにゾクゾクする。
透明なのもいいんだよな。儚い感じで。
俺はそうなりたいと思っていたのかな。
>>今期では魔法使いの嫁のエリアス様が好きだけれど、別に彼の立場になりたいわけじゃなく理想の主人として欲しいわけで。なろうの奴隷少女モノって何割かは読者に秘密でこのメソッドで書かれている気がする。
これは大変有益な知見だな。
俺は恥ずかしながらなろう小説はよく知らないんだが、
むかしエロゲーマーが俺は主人公ではなく(白痴的な)ヒロインに感情移入してるんだ!
ってなことを言っていたが、そういう感じなのだろうか??
仮想通貨は誰も利確できない
なぜか
背景には40%差っ引かれる狂った税制がある
日本円に戻すと実質的に資産が40%目減りするから誰も日本円にしない
誰も日本円にしないから日本円が流入し続けているのに日本円の流動性は全く高まらない
このまま過熱していけば個人で10億円超の資産を持った仮想通貨プロパーは全員パナマやシンガポールに移住してそこで現金を使うだろう
これを株式のように一律20%程度に落としたらどうなるかを考える
仮想通貨はしくみ上必ずデフレするが、20%程度のゆるやかな税制なら気軽に日本円に戻してその日本円を「国内で」使う人が増える
仮想通貨成金は大体個人なので企業より金の使い方が荒いことは容易に推測できる
誰もかれもが10円をケチる世の中、国内で億単位の円が動けばその人の住んでいる地方はかなり活性化するだろう
すると個人から搾り取るより多くの税金が取れ、そのの税金は人々に再分配され研究活動などにも効果をもたらす
しかもこの金、もとをたどれば資産家が保有したまま動かしていなかった資産である(あと海外の金もあるが)
仮想通貨はマイナス金利ですら動こうとしなかった巨額の「貯金」を市場に流出させるバイアスとして機能する
つまり仮想通貨を起爆剤に金銭の移動が活発化し、低迷した景気に良い影響する可能性は十分あった
なお現状、仮想通貨が何なのか一切理解していない国税局の適当な仕事によりその芽は完全につぶされ、日本国は全力で富を海外に流している
論点整理
体罰とは、身体的な罰。学校などにおいて教師などの指導的な立場にあるものが児童生徒に対しておこなったり、家庭において保護者が子供に対しておこなう。
様々な形があるが、暴力が行使されたり、閉じ込めるなどして身体の自由を奪うなどの行為が含まれるために、法的・倫理的な議論の対象になる。
それぞれの行為について個別に評価すべきだが、「体罰」とひとまとめにしても「教育のためであってもダメなものはダメ」論と「教育目的であれば容認すべき」論に分けることができ、議論は可能。
体罰には効果があるのか? 元増田は個人的経験から効果があると思っているようだが、これは客観的に評価される必要がある。体罰の教育効果については科学的に研究が進んでいるので、興味があったらググってください。
なお、元増田は、「殴られたから今がある」と感じているようだけど、「殴られなかったら今頃どうだったか」は経験していないので、なんとも言えないですよね。片方しか経験してないのにわかった気になってませんか?
同級生は「反発」したことはわかりますが、「反省してない」ってどうしてわかるんでしょうか? 反省していたとしても、殴られたことに反発しているので、反省しているように見えなかっただけではないですか? バイアスがかかっていませんか?
「自分が悪いのに反発するなんて」と思っていませんか? 同級生は「殴られた」ことに対して反発したのであって、「自分は悪くない」と言っていたのではなかったのではありませんか?
昨今蔓延る批評批判に対するフィードバックのなかに、「見てなかったり途中で投げ捨てたのに批判とかw」というものがちらほら見られる。
正直、この返答・ひいてはそこから引き起こされる結果は好ましくないものではないかと思う。
「批判は必ず誠実でなければならない。そこから外れた不誠実な批判は存在が許されない」まで行き着いてしまうとそれはそれで問題ではなかろうか。増田をはじめとして気軽に意見を発信できる時代となれば尚更だ。
ただし「見ないで批判」というのはそれを行う自由こそ保障されねばならないがきちんと見て批判されたそれと比較すると劣るものだ。その辺りの自覚が徹底されていないことが色々難癖つけられる原因のひとつであろうが。要は他人からの「批評の批評」に対する謙虚さの問題である。見ないで批判するにしても以下くらいは常に心掛けねばならない。
・表現するのは自由だが、見て批判されたものに対しては心証諸々の観点においてそれに勝るのは難しいということ。
・見ないで批評すると相手はどうしても「見ないで批評したこと」に目が行きがちになってしまい、建設的な議論の足枷となってしまうこと。
・「見ずの批判に対する(見ずに批判するなという以外の)批判」は見ないで批評するために集めた情報と基本的に同価値であるためそこに(情報源という観点において)バイアスをかけてはならないということ。
ごめん言いたいことの意味がわかった。
確かに「お前には価値がない」はネガティブな意図での発言だと捉えるね。
それは「人間には(存在しているだけで)価値がある」と自分が思っているからだね。
いや、男の童貞には何の価値のないと私個人は思います。 https://t.co/dC3vGKoNj6— 田端 信太郎 (@tabbata) 2017年12月24日
これを
http://b.hatena.ne.jp/entry/352611422/comment/rain-tree
非モテを馬鹿にするのがマッチョイズムの追認=セクハラへのバイアスであるってことがそろそろはっきりしたのに
いまだに非モテを馬鹿にして恋愛対象外に置いてる女さん、何がしたいのか正直さっぱりだね
非モテ(童貞)にちゃんと光を当てて恋愛対象の人間として扱うつもりがないならmetooなんて欺瞞たっぷりの運動やらないほうがいい
ミソジニー拗らせてる人格が嫌なんですなんてあたかも個人の資質であるかのように責任転嫁する意見もよく見るけど
非モテを恋愛の場からはじき出し、結果として「童貞」という格下の地位に置き
格下であるがゆえに発言権を与えない、という100%マッチョイズムに乗っかった手法で発言権を不当に奪われたことでミソジニーを拗らせた連中も多数いるわけで、加担しているんだよね
あと女の上昇婚は女性の社会進出にネガティブなバイアスかけるから罰金刑。
平等婚が増えるまでは自分より年収が一定以上上の男と結婚したら税金重くしよう。
男の年収が女より500万円以上高い場合所得税80%まで上げよう。
犯罪率が男側に寄りすぎなのでアファーマティブアクションで男だと減刑されるようにしよう。
アファーマティブアクションで保育士、看護師、事務職、受付業務の男女比を半々にしよう。
寡婦の数が男女平等になるまで女の寡婦は認めるな。性差別の最たるものだ。男の寡夫は積極的に増やせ。アファーマティブアクションだ
第三号被保険者と生活保護の男女比も揃えろ。女の生活保護は認めずに男だけ増やせ。アファーマティブアクションだ
なまじキャラを知ってるだけに面白かった。A106みたいな愚直なまでに人間を信頼しているロボットにおっさんは弱い。
よくある「ロボットと人間の共存」「ロボットの成長」の王道を踏まえつつ、「天馬博士とお茶の水博士の共同作業」をメインで映している。なので原作のアトムが好きな人には不評じゃないのかなとおもい見ていた。
じいちゃんの家で見た時代劇を思い出す。全体的に綺麗に(風情があるようなみたいな)書かれているのと、人情の世界の話なのでこういうのにおっさんは弱い。
歴史の長い作品だけに自分みたいな人間が語るのもどうかと思うんだけど、やはり長谷川平蔵のアウトローにも人情の考え方が非常に心に刺さる。こういうのは子供の頃には感じなかった。
異世界物の真逆。異世界の住人はどうやってこの世界に馴染んでいくのかを見ると面白い。けど、ちょっと登場人物がオタク寄り(オタク受けを狙った的な意味で)なので、こう、ディープな住人じゃないところに異世界の住人が来たらどうなるかを見たくなる、それがエルマなんだろうけどちょっと貧乏部分だけしかかかれないのが残念だった。
これを見ながら俺が中学生の時にスマホがあってLINEがあったら連絡帳みたいな紙をもらったことがない俺でも…いや、普通に考えて変わらない。
ジェネレーションギャップをめっちゃくちゃ感じた作品。おっさんはいつでも心は若くありたいと考えいるので、青春物におっさんは弱い。
最後の最後でその後まで描写しちゃうのはよくなかったと思うけど、それを差し引いても今までのアニメにないキラキラしてないモジモジした恋愛の書き方をしていて良い。
おっさんはテイルズウィーバーっていうネトゲで恋愛したことがあるのでこういうのに弱い。
ネットゲームあるあるとして見るとおもしろ部分(ガチャで出てくるポーションセットなど)と、最初はゲーム仲間だったのがどんどん関係が発展していくというのが若干の生々しさがあってよかった。しかし、ギルドメンバー間でギスギスしないからアニメはいいよね。
ちょっとした小話
こういった萌え萌えの女の子だけの日常アニメっていうのは好きじゃないんだけど、ガヴリールドロップアウトは完走できた。なぜかを考えたら過剰な百合キャラがメインにいなかったからだと思う。タプリスがめっちゃでてきたらみるのやめてたとおもう。
今のアニメには非常に百合キャラが多い。というか、制作者も「いまのトレンド」的な感覚でいれてきているんじゃないかって思う。そういう狙ったような百合キャラがおっさん非常に好きじゃないのだと気付かされた。
小林さんちのメイドラゴンを良かったアニメに入れたが、やはり最後に「もっとこうオタク向けじゃない関係のドラゴンと人間がみたい」っていう感想なのは自分のそういうところが出ている(それとカンナカムイに付きまとってた幼女)。それを差し引いてもファンタジーを現代にという路線、小林とカンナカムイ、滝谷とファフニールの関係性というのはとてもよかった。
今年は、王道化してた百合がだんだんと退いていった気配がとてもする。意図的にそうなりそうなアニメを見ないようにしていたら1話、3話で切る作品ばかりになって結局、こういうガヴリールドロップアウトみたいな萌え萌え日常アニメは残らないのが今までだったのだ。数少ないから尊い。そう思える位置にまた百合が来て欲しいと思う。
追記
gokkie 正直あのクールはけもフレより鬼平の方が面白いし出来も良かったと思ってる。 問題は時代劇の出来が良すぎてあれだけ出来が良いアニメ鬼平でも霞んじゃうのがこう。 このラインナップならID0も合いそ。
それな
鬼平のお陰で時代劇をちょっと見るようになったんだけど、夜や暗所での殺陣の緊張感(程よく暗いので何をやっているかまでは見れないせいで息を飲むような殺陣)はアニメには無理。アナログのよさっていうのがあるけど、ああいう部分だと思うわ。想像を掻き立てる良さっていうか。
あとはやっぱ、アニメの涙と現実の涙は違うなって思う。当たり前だけどアニメだとどうしても綺麗すぎる。かと言って汚くしちゃうと汚いだけになる。その中間を越えていければな。
aukusoe “そういう狙ったような百合キャラ” どういうのだろう? 百合の方の私モテのうっちー、シンデレラの方のアイマスの愛海らが好きなんだけど、彼女たちは狙ったような百合キャラなのかなあ……
こればかりは、同意を得られないのを承知で言ってる。なんというか、不自然ってわけじゃないんだけど、出て来る萌え日常アニメで必ずと行って百合キャラ(女が女に対して愛おしくしている描写)があると、スパイスではあるんだけど、なれすぎて逆にくどく感じる。
ごちうさは好きなんだけど、シャロのリゼに対する感情というか、うまくいえないんだけど、それもシャロちゃんの魅力の一つなのはわかるんだけど、あまりにも舌に馴染みすぎて弾けないスパイスに感じるというか…。自分の肌感なので同意を得られないのはわかっているけど、やっぱりくどく感じる。
ヴィーネは百合キャラなのかな… おせっかいやきの幼馴染って感じだという認識(xxxHOLiCでいう百目鬼と四月一日みたいな関係に思える、があれも結構薔薇薔薇しいからそうなのかも…)
Earofrice 「全然前情報無しで視聴」というのは「原作既読勢ゆえのバイアスがない」とかそういう意味なのだろうか。「原作を知らない人にとって高いハードルを越える」という意味なら、視聴したキッカケ知りたいな。
なんというか、nasneのアニメ検索で出てきたのは毎シーズン片っ端から録画してるんだけど、それに引っかかったやつはとりあえず1話を見るようにしてる。面白かったら録画繰り返しを設定といった感じで。なので視聴キッカケは「やってたから」って感じ。
あとはdTv加入するとスマホ代オトクっていわれて入ったやつ、見ないと損で見ていたら切れなくなったから、やっていなかったりするのはそっちで見ている。でも、こっちは結構しっていないと見ないかな…。
あと、1個、本当は書きたかったけどまだ完結してないからかけないやつも書いてこの増田は終わりにする。
こういうのにおっさんは弱いのは、もう察してくれると思うんだけど、初めて先が気になって原作買った。(放送開始時、完結していたっていうのが大きいけど。)
犬屋敷がホームレスのおっさんを救ったり、人を救ったりして、そういうたびに、なぜか知らないが涙が溢れる。本当に優しい世界っていうのがある。けもフレよりもダイレクトに。
ヒロのパートは確かにムカつく。けど、このヒロのパートがあるからこそ、犬屋敷のパートになってスカッと泣けるんだと思う。「このためにロボットになった」ってところは泣かないように決めてたのに、ついつい先の展開のあるセリフを思い出すと涙が出てきてしかたがなかった。
タイトル通りなんだけど
なんで配属後そんなに時間も経っていないなかで下された評定に基づいて俺という人間を評価されないといけないんだ
お前らのレッテル貼りがどんなに適当でもこっちはそれに対してうんうんとうなづく姿勢をみせないといけないんだぞ
「なんでここにギャップが生まれているかわかる?」ってわかんねーよ。みんな、まだ時間がそんなにたっていないからほとんどの項目を3にするし、その中で数人が俺に対して何か思う所があればそのバイアスに応じた評価をするだけだよ。その人と直接会話させろ
上司が俺に対する自分の考えを裏で根回ししてたせいで、そのバイアスをベースに議論が進む感じになってほんとにクソ。それはお前の認識に過ぎないだろ。何でそこに着地させようとするんだよ。「嫌いな人には嫌いに映るかもね」ってそりゃそうだよ。万人に好かれる人間なんてこの世に存在しない。
「皆にいい評価をもらえるようにするにはどうしたらよいのか」そんな自分を確立していないやつは絶対やっていけないから今すぐ首にしろ
非難、批判には読者のバイアスが含まれる。育った境遇、倫理観それらを作品と擦り合わせる行為でしかない。
作品が受け入れられず非難する者は、編集者、校閲者のように作品自体を変化させようとは思っていない。ただ作者の世界観が受け入れられず投影出来なかった為に起きる拒絶反応だ。それは読者側の経験不足、認識不足、読解能力の低さが元凶である事もある。
NOT FOR YOUという言葉がある。買わなければそのコンテンツは衰退し、賞賛する者に相応しい形へ変化する。作品が必要とするのはパトロンであり投資者だ。そうでなければ作者が得る者はなくなってしまう。不買行為は覿面に効果を発揮する。他作品より優れたアプローチが出来なければ評価されないのは当然だ。例えばボリューム感にしても、読後感にしても読者は常に満足を求めている。
私がここ半年で学んだ事はこんなあたり。
これまで基本的にネット界隈(はてな界隈含む)からは好意的な目で見られることの多かった千葉市長であったが、今回のミニストップの件を機に評価が一転、地の底まで堕ちようかとしている。
30代の若き千葉市長はこれまで様々な施策をツイッター上で議論の題材に乗せてきた。市民と直接議論を交わすことでその内容はちょくちょくTogetter等にまとめられ、ネット上でも話題になることが多い。
自分が懸念しているのは、今回の件をターニングポイントに、ネット上では千葉市長のやることなすことが全てが「否定」されること前提で議論が始まることになってしまわないか、ということだ。
やまもといちろうに対するはてなの評価を見ても、基本的にはそれまでほとんどのケースで肯定的に見られた隊長が、あるタイミングを境から何を書いてもはてなユーザーからは否定前提で見られるようになってしまった。ある議論をする際に、発言の内容よりも誰の発言かという点でブコメの方向性が決まってしまうという傾向は、はてなユーザーならよく分かっているだろう。
まあ、やまもといちろうの場合はそのほとんどが内容的にはヨタ話の類なのでどうでもいいんだが、千葉市長の場合は市民の生活に関わる「政策」の話なので問題だ。
これは個人的な感想だが、これまで千葉市長絡みで議論になった政策については、千葉市長の言っていることに理があると思える事がほとんどだった(中には「ん?」と思うことがちょくちょくあったことは否定しない)。千葉市長にまつわるホッテントリのブコメとか見るに、同じ感覚の人は多いのだろうと想像するが、ネットのムードが一気に千葉市長否定に切り替わり、それが至極まっとうな内容でも「千葉市長が提言することなら反対」のような、議論に変なバイアスが発生してしまうことを懸念している。
いや、これまでも朝鮮学校補助金問題あたりを機に、一部のはてサからは千葉市長に関するホッテントリには否定的なことしか書かれないという状況を見てきたのだ。右翼とか左翼とか全然関係ない話題でも基本的には否定しかしない姿は議論もヘッタクレもなくて、正直「なんだかなー」と思っていた。こういうのも一部のはてサくらいなら微笑ましい話で済むが、それがネット全体のムードとして広がると、理性的であるべき議論も千葉市長否定の感情論や無意味な揚げ足取り等が目立ちはじめて議論も有らぬ方向に進んでしまうことも有り得て、こうなるとそれはちょっと怖いなと思っている。
これまで千葉市長はネット上にはファンが多かったので、「千葉市長のやることなすこと全部好意的な目」で見てきた人が、フラットな目で見る切っ掛けになったのならそれはそれで良いことだと思う。ただ、ネットのムードは怖いもので、フラットどころか反動で一気にマイナス前提ばかりの空気感になることは議論の場として健全とは到底思えないので、先に懸念として表明しておく。
※この記事を書いたのは、そもそも自分が千葉市長を最初に知ったのはいつだっけと考えて、そういや↓のTogetterだったっけなと思い出し、もしかしたらこの有意義な提言も今のタイミングの発言だったら市長側が必要以上に否定されてしまうような流れになることも有り得るのではないか、と思ってしまったのが切っ掛けです
一般論で言って、貧困国家はその国力(現代では主に経済力)の格差によって先進国の経済的植民地化労働力工場になるしかなく、そしてその関係が成立すると逆転はおろか追いつくことは難しい。先進国は海外資産や技術や知財において巨大なアドバンテージを持っていて、また先進国同士がスクラムを組む事によって格差を維持することができる。
だからかつて、中国やインドは核兵器をもってその関係性を打破することを望んだ。毛沢東は「ズボンはかなくても核兵器をもつ」といった。パンツ丸見せは国力以外の意味で文明人失格だと思うけれど、当時は経済的に制裁を受けて困窮してたわけで、それでズボンがなくなっても核兵器優先という意味だった。そして事実、開発して、経済制裁は解除されたし、経済は(いびつだが当時に比べ相対的に)発展した。インドもまた核兵器開発当時はアメリカに経済制裁を受けていたが、開発成功後は制裁解除されて発展した。
この記事は北朝鮮を擁護するものではないのだけれど、世界の歴史的には上記のような前例があって、発展途上国が先進国にキャッチアップをするためのギャンブルとして、核兵器というのは、生存戦略ではアリなのだ。
日本人の多くは「だがしかしその発展って、国民を餓死させてまで求めるものなのか?」って感じると思う。俺も個人として心はそう感じる。しかし、それって日本人特有の傲慢でもあると考えるし、この記事の主張はそこだ。
日本人は多分無意識に「核兵器開発なんかしなくても勤勉に働けば先進国程度なれるでしょう」と考えているのだ。
日本は核兵器落とされて敗戦して、敗戦国になり、いわば貧困国弱体国になった状態から、国民が大奮闘して、経済大国になり、先進国になった。これらすべての要素は研究的にはすべて疑義があるのだけど(復興の原因って国民の大奮闘じゃなくて地政学的な要因とか、国際貿易における役割が原因だよねとか)、少なくとも日本国民の大部分の認識ではそうなっているし、「核兵器がなくても先進国になった事例」という意味では真実そうでもある。
だから日本人は「国民を餓死させてまで……」と思う。やればできると思ってるから。でも、近代史を見ればそれって相当レアケースだ。「(地政条件や技術発展や国際貿易……つまりひっくるめた)巨大な運」に恵まれた結果だと考えるのが正しい。だから日本人が持ってるのはつまりはてブでよく言われるところの「成功者バイアス」なのだ。しかもおそらく、相当に傲慢なバイアスだ。
もちろん、日本の国防から見ても、国民の生命財産といった国益から見ても、北朝鮮の核武装なんて百害あって一利もない。容認すべきではない。でもだからといって、北朝鮮の核武装政策が「常軌を逸した愚かさの発露」だとするのは間違ってる。生存戦略として評価すれば、他に成功例があって理解可能な戦略だ。「国民を犠牲にしてまで……」という人道的な視点も、過去の日本の決断や、歴史を見れば必ずしも間違ってるとはいえない。長い目で見れば北朝鮮に利する可能性はある。
北朝鮮の核武装は日本にとって不都合、日本の国益に反する、というのは正しいし声に出していくべきだと思う。けれど北朝鮮はおかしい、愚かである、正しくない、というのは無意識バイアスがあるせいだと思える。日本は幸運な成功者なので、その視点で北朝鮮をみている点は自覚すべきだと思う。