はてなキーワード: 承認とは
コミュニティに属している場合、自尊心というのはコミュニティからいかに大切にされるかでかなり変動する
コミュニティにとっての己の価値を受け入れてしまう性質がある(コミュニティ同一化)
これは全員ではない
自分の価値を自分で判断できる人もいる、しかしそうではない人もいる
じゃあどのように自分の価値が高まってる”雰囲気”を得られるかと言えば
手っ取り早いのが互助だ
ギブアンドテイク、私があなたを尊重するから、あなたも私を尊重してくださいみたいな
これが強いのが互助会
コミュニティ1個に依存するのはリスクが有るから、リスク分散しよう、それが自立だみたいな話がある
しかし複数のコミュニティで価値を高められる人というのは特殊な存在である
・性格がいい、明るい
・容姿がいい
・支払いが良い
・有名、権力が有る
・話がうまい など
あるいは上手い人は自分の価値が高まりそうなコミュニティを敢えて選んでいる
それは専門分野であったり、互助的なコミュニティであったりなど
例えば抜群の容姿の人なんかがそうだが
彼らは当然ながら互助しないので、彼らに何かしてあげても収支はマイナスになるだけである
与えられ慣れてる人に見返りを期待して与えてはいけないことになる
一方で彼らにとってのリスクは1つのコミュニティにロックされることなので、大抵はリスク分散しようとする
そういう人は1/0ではなく、程度による
例えば与えた際に返ってくる率(還元率)によってそれは程度化できるかもしれない
還元率がめちゃくちゃに高い人は、ただ微笑むだけで良い
少し高い人は、もう少し媚びるかもしれない
還元率が低い人は、十分な価値(承認)をコミュニティから得るために必要以上に与えてしまって
彼らが選択できるのは普通にすることくらいしかないが、それは不十分な価値で耐えろと言うことに他ならない
救いはない
還元率が高い人は、与えられるために媚びるかもしれないが
与えてくれる人に対しては塩対応になることがある
これは1:1の人間関係にも言える
例えば何か貰っても貰いっぱなしみたいな人は、当然徐々に互助から外されていくから
どこへ行っても基本的に上手く行かない
一般的な人(還元率が100%前後)がリスク分散しようとするなら、大抵与える量が多すぎて潰れてしまう
「コミュニティをリスク分散して自立しよう」みたいな意見はちょくちょく見るが
コミュニティから価値の還元を得られやすい人が言っている気がしてならない
代替案を挙げるとしたら「複数のコミュニティを試してみて取捨選択していこう」じゃないかなと思う
最初の話に立ち返るが
そもそも「コミュニティ同一化」をしない性格になれば全て解決するのかもしれない
「コミュニティの中で価値を高めることで満足する」という性質は村社会において全体の利益になりそうだし遺伝子レベルでそうなってるのかもしれない
一つ方法があるとしたらコミュニティに近づかないという手があるが
果たしてそれは正解なんだろうかという疑問も残る
また考えてみる
1940 年代後半から 1950 年代前半、土木技術者は、今日の技術者と同様の問題を経験していた。しかし、1950 年代と 1960 年代の一時期、これは変化した。大陸間弾道ミサイル(ICBM)計画の運用計画が始まったことで、ミサイルの地上環境の設計者は、ミサイルの設計者と一体となって仕事をしなければならないことが明らかになりました。
第二次世界大戦後、空軍はドイツの科学者を採用し、ドイツのV-2ロケットの備蓄品を捕獲してミサイル開発に着手した。1953年8月にソ連が熱核爆弾の実験に成功したと発表するまでは、資金不足がその努力を妨げていた。突然、ドワイト・D・アイゼンハワー大統領は、ソビエトに追い抜かれないようにICBMの開発に向けた大規模な努力を求めた。空軍の Bernard Adolph Schriever 少将は、ミサイルとその地上支援を開発するための努力の先頭に立った。
ICBMs
1.5段のアトラスと多くのサブシステムを交換可能な2段のタイタンの2つのICBMの開発がほぼ同時に開始され、知識ベースを広げ、最短時間で兵器を完成させるための競争を活性化させました。ICBMの開発と開発へのプレッシャーは強烈でした。推定 13 年かかっていた作業が、5 年以内に達成された。このことは、空軍の土木技術者にとって大きな意味を持っていた。時間的な制約よりも重要なのは、兵器システムの開発において、地上環境が後回しにされていないという事実であった。"飛行機は最低限の地上支援があれば飛行できるが、弾道ミサイルは適切な発射設備がなければ意味がない」というのが、このプロジェクトを主導した民間技術者の一人である空軍研究開発司令部弾道ミサイル部(BMD)民間技術部副司令官ウィリアム・レオンハード大将の見解である。
用地選定
ミサイルの特殊な要件と圧縮されたスケジュールは、建設作業のあらゆる面に影響 を与え、まず候補地の選定プロセスに着手しました。空軍のエンジニア、工兵隊の代表者、建築家・エンジニアファームのメンバー、BMDの職員で構成される数十人の調査チームが、アトラス計画だけでも250以上の候補地を調査するために、全国に散らばっていました。チームはネブラスカ州からジョージア州まで、ニューメキシコ州からニューヨーク州までを調査しました。候補地の適合性を判断する際に使用された厳格な基準には目を見張るものがありました。深さ174フィート、直径52フィートのミサイルサイロ、幅40フィート、深さ40フィートの発射管制センターサイロ、2つのサイロをつなぐ人員用トンネルとケーブルウェイを建設するためには、厳しい土壌と地質条件が必要でした。さらに、距離の要件は、サイロがその支援基地から少なくとも18マイル、人口25,000人以上の町から18マイル以上離れていなければならないことを意味していました。また、互いの距離は7マイル、人が住んでいる住居から1,875フィート、公道から1,200フィートでなければなりませんでした。サイトへの公共アクセス道路は、大型のミサイル運搬車を収容しなければならなかった。技術的基準が評価された後、最終的なサイトの選択は、サイトの経済的実現可能性に依存した。サイトが選択され、承認されると、作業を開始することができた。
地上設備の設計・建設を担当した技術者が直面した困難の一つは、ミサイルとその支援構造物の作業が同時進行で急ピッチで進められていたことである。ミサイルの準備ができたときには、発射設備を準備しなければならない。ミサイル自体に必要な設計変更が設備の変更に反映されてしまうため、ほぼ戦時中の緊急性の高い状況下での工事を余儀なくされていた。
ミサイルの保管モード、発射モード、ミサイルの分散度の多様性が技術者の作業に影響を与えました。例えば、アトラスDの一部のモデルは、サービスタワーで露出した垂直方向に保管されていましたが、他のモデルは水平方向に保管され、風雨から守られていました。アトラスEは半硬化構造の中で水平に保管されていました。アトラスF、タイタンI、IIはすべて、硬化サイロに垂直に格納されていました。
サイロの建設は膨大なエンジニアリング作業でした。例えば、カンザス州のシリング空軍基地では、エンジニアがアトラスFミサイルを収容するために12個のサイロを建設しました。作業は深さ40フィートの掘削から始まりました。これが管制センターの基礎となり、トンネルとサイロの上部を接続しました。その後、サイロの下部の残りの部分は、開 発部からさらに1.5m下で採掘されました。サイロ自体を構築するために、作業員はスリップフォームプロセスを使用しました。フレームがサイロの壁から約140フィート上に上がったところで、1時間に約14~16インチの速度でコンクリートが連続的に打たれました。作業員は昼夜を問わず、1つのサイロにつき、わずか6日間で500トンの鋼材と5,000立方ヤードのコンクリートを打設しました。完成時には、アトラスの1つのサイロには、15階建ての構造用鋼製ビル1棟の重量約1,500トンに相当する複合質量が含まれていました。
電力供給
打ち上げ施設に電源を供給するために、エンジニアはディーゼルエンジン、原子力、燃料電池、電池、ガスタービン、商用電源との様々な組み合わせなど、いくつかの代替案を評価しました。電源は、信頼性が高く、無停電で、打上げ施設内で自己完結するものでなければなりませんでした。また、核爆発による地上衝撃によって引き起こされる非常に高い加速度を吸収できるか、ショックマウントに取り付けられていなければなりませんでした。システムのイニシャルコストと運用・保守コストの両方が評価されました。サイトへの動力供給には、信頼性の高い旧型ディーゼルエンジンを選択しました。システムの設計では,水や流入空気の加熱など,装置から発生する熱を可能な限り利用しました.典型的なアトラスのサイトでは,各プラントに1,000kWのユニットが4基ずつ設置され,ミサイルのクラスターを支えていました.
サイロ上部ドア
サイロのオーバーヘッドドア設計は、エンジニアリングのジレンマを生み出しました。300平方フィートの開口部を覆うドアは、極端な天候、核放射線、過圧、構造的な反発からミサイルを保護し、ミサイルの発射と誘導に影響を与えないこと、発射合図後30秒以内に完全に開くこと、ミサイルのカウントダウン手順の中で連続した項目として動作すること、などが求められました。また、クロージャの構築、完全な組み立て、設置、フィールドでのチェックアウトを可能にするように設計されていなければなりませんでした。シングルリーフ設計やロールアウェイ設計のようなそれぞれの潜在的な設計には、それを考慮から排除する独自の特定の欠点のセットがありました。最終的に、ダブルヒンジ、ダブルリーフ、フラットドアのデザインが採用されました。2つの半分の間の中央の亀裂の問題は、ドアの特別なくさびの設計と、さらにシール性を向上させるためにネオプレンガスケットとステップメッシュを使用することによって解決されました。
様々なミサイルサイトの建設とアクティベーションに関与する多様な要素をすべてまとめることが、サイトアクティベーションタスクフォース司令官の仕事であった。彼は、親コマンドに関係なく、与えられた基地の弾道ミサイルサイトアクティベーションプログラムに参加しているすべての空軍の要素に対する作戦上のコントロールを与えられました。主に土木工学と諜報機関のキャリア分野から来た司令官は、現場支援施設と住宅の建設を指示し、建設監視を提供し、サイトの設置、チェックアウト、戦略航空司令部への転換を管理しました。土木、機械、電気技術者、低温工学、熱応力、衝撃実装の専門家、資金管理者、広報担当者、議会調査官への説明役などが求められた。要するに、彼らは空軍のためにそれを実現させた人物だったのです。1961 年までに、彼らはアトラス・ミサイル 120 発のアトラス・ミサイルを 11 基地に、タイタン・ミサイル 54 発のタイタン・ミサイルを 5 基地に配備していた。
おわりに
この記事では、この大規模な取り組みに関わった人々が直面した様々な工学的課題について簡単に触れただけです。その規模の大きさは今でも注目に値するものであり、土砂、岩石、泥の総量は3,755万立方ヤードに及びました。これは、ロサンゼルスからピッツバーグまでの深さ10フィート、幅10フィートの灌漑用水路に相当します。現場で使用された鋼材は、サンフランシスコからワシントンD.C.までの鉄道線路を建設することができました。当時、全国ニュース誌は「ミサイル基地建設計画はピラミッドをティンカー・トイの演習のように見せている」と述べています。アメリカ土木学会は、ICBM施設建設プログラムを1962年の "Outstanding Civil Engineering Achievement of the Year "に選出した。同様に重要なのは、この取り組み全体が、空軍の土木技術者に対する見方の転換点となったことです。空軍の技術者が自分たちのプロフェッショナリズムに対する尊敬と認知度の向上を求めていた時期に、ICBMプロジェクトでの彼らの仕事が道を切り開いたのです。
あのねぇ、本質的にはどっちも同じなの。どちらか選べと言われたら確かに承認される人生を送りたい人の方が多いと思うしそれが間違ってるとも言わない。
でも過剰に承認されるっていうのは場合によっては底辺のいじめと同じような道を辿るの。好意の上で発言をねじ曲げて捉えられたりキチガイに追い回されるような事もあるし目立つ人間が気に入らないからって普通に普通のいじめをされることもある。
好意の上でキチガイに追い回されるならいいじゃんとか言う愛情欠乏症の人間もいるけどんなわけない。普通にキチガイに追い回されるのは地獄だし悪意と変わらん。
目立つ人間が気に入らないからいじめをされるっていうのはむしろお前ならわかるだろ。生きてるだけで得してるように見えて腹を立てるやつは確実にいて攻撃してくるヤツも居るんだよ なんでただ生きてるだけなのにそんな仕打ちを受けなくちゃいけないんだって感じる点においては似たようなものなの
もちろん選び放題の人間も居るだろうけどね。自分はあの人とは違うから、って変な距離を取られたり、一時は取り囲まれていても些細な事で調子乗ってる変なヤツ扱いされてハブ、とか多々ある。どちらにしろ中心部にいるとちょっと浮くんだよ 取り巻き以外の人間からみたら何アレ?キモ……って思われるし
まあこんなことを書いても、実際体験しないとわからないのは重々承知だし、来世増田がそうなれるなら喜ばしい事だよ 承認されすぎる人生を送れるよう祈っておくね
https://anond.hatelabo.jp/20200706165448
https://anond.hatelabo.jp/20111027120538
https://anond.hatelabo.jp/20201026234829
こういう「好かれすぎて人生困っちゃった」系の文見るたびに嫉妬と羨望で腸が煮えくり返りそうになる。
というのも俺は生まれてからこの方20年以上他人に愛されたり好かれたりという経験が一度もないからだ
それどころか嫌われてゴミのように扱われて生きてきた
学生時代は不動の嫌われ者であり、「キモイ」だの「死ね」だの罵声を受けない日は一度もなかった。班を決めるときはいつもあまりものだったし仕方なく入れられた方は滅茶苦茶嫌な顔されるのが恒例行事だった
クラスの人気者になりたくて面白いことを言おうしたのに何故か自分だけがつまらないだの散々言われる
学生時代と書いたが社会人となった今も同じような状況でとにかく人に好かれない。自分と他の人で明らかに声のトーンや話の弾み方が違う。
(なんか空気が読めないとかコミュニケーション能力が低いとかなんとからしいけど知るかそんなの…)
そこで俺はこう考えるわけよ
最初に挙げたいわゆる「好かれすぎる」系の人に来世生まれ変われたら絶対に幸せになれるんじゃねーかって
少なくとも今俺が抱えている「嫌われすぎる」悩みはなくなってくれるしな。
代わりに「好かれすぎる」悩みも出てくるんだろうけど、そんなものデメリットとしては些細なもんだろ?
嫌われるメリットはないけどデメリットは数えきれないぐらいある。
人間関係の幅が極端に狭くなるし、嫌がらせもたくさん受ける。友人も恋人もできない(そもそも選択肢がない)
って感じでいわば泥水すすって生きてるようなもんよ
じゃあ好かれるデメリットって何よ?って聞かれたら全く出てこないんだよなこれが
好かれるってことは簡単に人間関係とか交流を広げられるってことだし、何より嫌われるよりはずっと気持ちいいよな
友人も恋人もたくさん候補があるから好きなだけ選べるし貴族みたいで羨ましい
言っちゃなんだけど満漢全席を前に「食いきれねーよ!こんなに出してくる馬鹿誰だよ!」って贅沢こける立場なんだよな好かれる人は
別に私は親に虐待されてきたわけではない。というよりそれの逆で、割と愛情を注がれて育ってきたと思う。
誰かにかまってもらいたいし、誰かに見てもらいたいという欲求が常に合った。多分その欲求は性欲より早く自覚したと思う。
そのために人のやりたくないことを率先してやるようになった。なぜなら感謝されるから。自分の存在を認識してくれて、あなたは価値があると承認してくれるから。
それを繰り返すうちに、私は人の役に立つのが好きだという勘違いをしてしまった。
就活で将来は人の役に立つ事業に関わりたいと言うと、決まって聞かれるのは「なぜですか?なぜ人の役に立ちたいのですか?」
答えは一つ、私という存在の価値が認められるから。けどそれを面接で言うわけにはいかない。
そうなると面接には落ちるわけで、私という人間の価値は承認されない。
それがあまりにも辛くて辛くて、人生で死にたいなんて思ったことが無いくらい平穏な20年あまりを過ごしてきたので、そのぶん精神的なショックがとても大きい。
私は働きたくないわけではない。むしろ働くということは成果を出せば他人に認めれられるわけで、進んでやる気持ちさえある。
けど就職活動はやりたくない。いや就職活動自体はいいのだが、お祈りされるのが本当に嫌だ。私の中の何かが殺された気持ちになる
この間、買い物から帰るとすでに姪っ子と姉が来ていた。
大人たち全員で晩ごはんを食べていたので、終わるまで姪っ子の相手をして(こうしないと姪っ子が誰かの膝に乗り晩ごはんをねだる。やんちゃで食欲旺盛なのだ)、頃合いを見計らって部屋着に着替えにリビングを出た。
事件はその時起きた。
リビングを出て10秒、部屋にいるのに姪っ子の大きな泣き声が聞こえてきたのである。
最近めったに聞かなくなった「うぇ〜〜〜ん!!!」という渾身の大泣きだ。
おば増田は激しく焦った。まずい、泣かせた…。
この年になると誰かを泣かせる機会もそうそうないので、心臓に悪い。
あわてて着替えをすませてリビングのドアを開けると、姪っ子はそこにいた。
ドア前の壁によっかかり、うつむき、両手を下ろしぎゅっと握りしめて。
(母はのちに「となりのトトロのメイみたいだったね」と語っていた。比喩表現100万点だった)
どうやらいなくなったことに気づくと、姪っ子は「ちゃん!ちゃん!」と叫んでいたそうな。(※ちゃん=増田のあだ名)
嫁は結婚する前に激務の業務で潰されて鬱病になった(新卒で入った会社で働き続けて2回休職している)
体壊す前は幼少の頃から勉強漬けで努力して地元で良い高校を出てと、自分の努力や頭の良さに自負があるようだ
今までこんなに勉強した、こんなに頑張ったというのが嫁の言い分だ
昔はそうだったのかもしれない
体壊してからの嫁は統合職や企画職としての負荷に耐えられなくなっており、会社の温情みたいな感じで営業事務の担当に付いていた
そういう状況で結婚した
ただそこでも事務所の移転があり、チームを組んで移転するはずだったのだがリーダーが土壇場で代わりスタッフも異動で抜け、最初から残っている嫁にだけ業務が集中した
リーダーが決済承認すべき内容も、新リーダーがめんどくさがって他人に押し付ける性格だったため、承認権限がないのに営業事務の嫁が代わりに一人で確認し承認するという集中具合だったようだ
ひどい現場だったので嫁は発狂し3回目の休職になりそうになった
結局のところ嫁は退職した
ひどい現場、会社からやっと退職できて、家族はホッとしたというのが正直なところだ
これで落ち着いて自分に合っている会社、働き方を選べるようになっていくだろうと自分も思っていた
ただ勝手が違う業態に派遣で入リ、そこが教育できるような現場ではなかったため、即戦力を求めてたお局さんから虐められて派遣先を辞めた
つい先日、嫁の昔の同期女性(新卒での同期)がとあるベンチャー上がりの会社の取締役になっていた
嫁は自尊心を傷付けられたらしく、同期のあの子は取締役になってるのに私は働けてもいないとメソメソしている
私はこんな人間じゃない、とある会社の取締役になれるような人間と同期だったぐらいにレベルが高い人間だったのにと言っていた
でも私は知っている
書き方が分からないというよりはPRの仕方、何をPRすればいいのかというのが全然分かっていなかった
自分が努力したこと、達成してきたことを淡々と客観的に書き連ねていけばいいのに
営業事務になる前の統合職でやってきたことを書くだけでもちゃんとした内容になるのにだ
嫁は自分がどういうことをやってきたのかを客観的に見ることができないようだった
本当に自分が努力してきたと思うなら客観的に職務経歴書を書けるはずなのに、嫁はそれがまともに書けない客観視してまとめることができない
今の嫁はプライドだけが高すぎて自分を客観視することもできないし、客観視できないからプライドだけが高くて冷静に判断し行動することもできない
この状況で離婚すると自立していない嫁は生きていけなくなるので情でいまも結婚生活をしている
結婚しなければよかったと後悔している
誰かに認められたいっていうのが、人間の生きる意味の根底だと思う。この話もそれだよね。
長い時間かけて認められる親友を超える承認は、配偶者を持つこと、子を持つことでしか得られないよ。
文面見るに、まだ20代だろうし、まだまだいける!
これはマイケル・フリン将軍とトーマス・マキナニー将軍へのインタビューしたニュース放送から、ビデオの約41分30秒からの箇所を訳したものです。
マキナニー将軍は、第305軍事情報大隊および他の米国諜報機関から受け取った情報に基づいて、次のことを確認しました。
CIAにはHammerand Scorecardと呼ばれるソフトウェアがありました(これは他の国の選挙を操作するためにCIAによって作成されたソフトウェアです)
オバマ大統領は、米国市民と政治的の敵に対してハンマーとスコアカードを使用しました。それは過去の米国の選挙に影響を与えるために使用されました。
Dominionソフトウェアは、HammerおよびScorecardソフトウェアに基づいて作成されました。
米国特殊部隊は実際、ドミニオン/ Scytl / CIAソフトウェアとデータが保存されていたドイツのフランクフルトにあるCIA基地または施設を襲撃しました。
米国特殊部隊とCIAとの間で銃撃戦がありました。米国の兵士はCIA準軍組織との戦いで死亡。
米国特殊部隊(およびおそらく米国連邦捜査官)はサーバーを押収し、トランプに忠実な連邦法執行機関および/または諜報機関(言い換えれば、国と米国憲法を擁護するもの)がそれを確保しています。
弁護士シドニー・パウエルは、米陸軍第305軍事情報大隊から情報を入手しています。シドニーが「クラーケンを解き放つ」と言ったとき、彼女はマスコットが「クラーケン」である第305ミリタリーインテリジェンス大隊のことを指していたのです。
シドニーは、不正選挙に関して法廷で提示する証拠のことを言っていたのではありません。彼女は、第305大隊に言及していたのです。
トランプ大統領に恩赦を受けたマイケル・フリン将軍は、第305ミリタリー・インテリジェンス大隊を担当した陸軍将軍であり、彼からシドニー・パウエルはドミニオン/ Scytl / CIAソフトウェアについての情報を入手しました。
この電話インタビュー中で、マキナニー将軍は、ジョー・バイデン、ナンシー・ペロシ、オバマ大統領、およびアダム・シフ下院議員が、米国政府の転覆の試みに関与したと、すなわち、米国に対する「反逆」を行なったと非難しました。
米国司法省(おそらくトランプ大統領の承認を得て)は、死刑の方法として数日前にガス室または銃殺隊の使用を承認しました。この承認は、反逆者へのメッセージなのです。
増田に「リクエストを承認」という文言が見えるのでリクエスト拒否は可能だと思う。
まさかリクエスト送り直してもらったらなにか改善するとは作家側も思ってないだろうし、増田に限っては性癖が合わなかったとかそういう問題ではなさそう。
自己肯定感が皆無で他者からの承認が無いと安心できない 本当に辛い
他者の肯定を求めてるんだけど本当に助けて欲しい 自分じゃ許せない
他人任せが良くないのもわかってるけどやめられない
有難い事にSNSとかで評価が皆無な訳じゃないのにいつまでも辛い
描いても描いても満たされない
表には出さないけど自分の絵は皆に好かれないしってばっかり考えてしまう
誰からも相手にされないのが普通だし自分の絵が特別上手な訳でもなく
魅力も何も無いのが原因なんだし高望みし過ぎなのが問題なのはわかるけど
本当に辛い ネットに比重を置きすぎてるのもあるし絶対ネットやめた方がいいし
絵描くのもメンタル面で向いてないし全部辞めた方が良いに決まってるんだけど
人生でこれ以外に打ち込んでることが無い
いつかじゃぶじゃぶに評価されたいし好かれたいな
早く死にたい
端的に言えば、好きなイラストレーターさんに有償でリクエスト(お題)を送り、イラストレーターさんがイラストを製作することで報酬を得るというコミッションサイトである。
オリジナル系のイラストはもちろん、ゲームアニメのキャラなども二次創作公認プログラムというもので原作者やメーカーにもお金が入るようになってるらしい。
自分はTwitterで見かけた好きなイラストレーターさんがいる。その方が書いてる薄い本も何冊か所有しているが、直接お会いしたことはない。
そんな方がskebを始めるというのだから、自分もリクエストしてみたいと思うことにそう時間はかからなかった。
1回目 リクエストをしてみる。金額はおまかせ金額の1.5倍の金額で、とくにエロ系のイラストは好まないので一般イラストをリクエストしてみた。
リクエストして5分もたたないうちに承認される。 どきどきして待った。 締め切りは90日あるが 結果として締め切り日が過ぎても納品されず自動キャンセルされた。
その1週間後にDMが来た。本来TwitterやDMで連絡しあうのはskebのルール上禁止されているのだが、締め切り日過ぎてしまったことのお詫びと
再送要請をするので承認してほしいとのことだった。 わざわざDMまでいただいて断るわけもない。 再送要請に同意することにした。
そこから90日過ぎたが、納品されることもなく DM等も来ることはなかった。 Twitterをみると仕事が変わったり、絵の仕事も入ってるようで忙しいようである。
それなら仕方ない。 skebでその人が自分以外の人から受けたリクエストイラストをがんがん納品してるのは見えてるけど、裏山しいが見ないことにする。
それから2.3か月後 Twitterに投稿されたイラストにコメントをつけたところ「2回も締め切りぶっちして申し訳なかった。今なら空いてるので良ければリクエスト再度してください」とリプをいただいた。
なるほど覚えていただいていたのか。 これは再度リクエストせねば不作法というもの… 前回よりもすこし気持ち金額を足して条件はさらに簡易的なものにしてリクエストをする。
即承認されたが、結果として3度目の締め切りぶっち。通算3回、最初のリクエストから実に9か月近く待たされたがなにも納品されずに自分のskebリクエストは終わった。
もう4度目はないだろう。再送依頼されても願い下げだ。 なんせ3度目を待ってる間に少なくとも5作品近くは他の人のリクエストを納品している。おそらく最初から描く気がなかったのだろう。
無論、描きたくないものは描かなくていい。金額が合わないなら断ればいい。 あくまでskebは有料のお題箱である。
それなら最初からリクエストを承認しないでほしいし、再送要請なんてして期待させるようなことはしないでほしい。
タイトルに"skebをやって好きな絵師のアンチになった話"と書いたが、ここにきて訂正させてほしい。 単純に絵師の人間性が嫌いになっただけである。
その人の絵は今でも好きだし、イラストが投稿されたらいいねでもRTでもしよう。 ただその絵師の人間性が嫌いになっただけである。
その絵師からすれば何万といるフォロワーの1人に嫌われただけで痛くもかゆくもないだろう。
でも有償リクエストをする側からすれば選び抜かれた推し絵師なんだ。 どうかそれだけは理解してskebでのリクエストを受けてほしい。