はてなキーワード: 変調とは
ああ、位相変調はちょっとめんどい。搬送派成分を取り出しただけじゃ基準となる位相がわからないから、あらかじめ決めたタイミングで位相ずれがゼロの搬送波を送って合わせるか、位相の差だけに情報を載せる (どこを基準にしても変化分だけを見ればわかる) ようにする。
いずれにせよ、それで復調して出てくるのは、例えばデジタル変調なら1-0といった一番低レベルの情報なんで、次に得られた情報からパターンを探す。例えば各バイトの先頭に基準となるビットがあったり、大きなまとまりの先頭には基準になるバイト列が並んでたりする。
久々にプレイして、改めて「なんとFXは恐ろしい魔物なんだ」と痛感した。
プレッシャーと先の見えなさに耐え切れなくなり、FXから足を洗い、それなりの職についてまあまあの人生を送っている。
足を洗ったとはいえ、仕事柄マーケットの動きは抑えているからだ。
これは・・・くる!
そう思って貯蓄の大半を慌てて証券会社にぶち込み、朝からトレードに励んだ。
結果は40万負けたあと、130万の儲け。
他のどんなギャンブルもこれほどの全能感を与えてはくれない。
なぜならばパチンコや競馬と違って、FXは自己決定権の余地が限りなく高い。
一瞬一瞬どこでもエントリーできるし、降りることも出来る。
プログラムで最初から勝つ台・負ける台が決まっているわけでもない。
そして破壊力も凄まじい。
パチンコで数万勝ち負けしたなどという話を聞くと、口では「すゴいッス!」など言っているが、腹の中では笑ってしまう。
証拠金の規模にもよるが、FXは1日で20万の変動などザラだからだ。
一瞬一瞬の自分の行動に全てが託されているがゆえの勝った時の全能感。
勝ち方も負け方も一般的なギャンブルとは比較にならないレベル。
なんとスリリング・なんと魅力的なんだろうか!
知らない方が幸せだったのか?
おそらくイエス。
俺にとってFXとは、知恵の実だった。
ギャンブル中毒という病気にかかってまで、アドレナリンを全快に出したいのだ。
これからも俺は時に勝ち、時に負けて、たまには断末魔コピペでも見て気を引き締めながら、死ぬまで市場に搾り取られていくのだろう。
あーあ。
シコシコに提言はしたくないが、そのまま通り過ぎるのもケツの穴にウンコが付いた感じなので来たよ
下等動物のストレスとは、温度変化や乾燥などごく単純。絶滅する前に子孫を残そうとするわけだ
さて我々猿の場合は少し複雑だね。肝心な時に立たなかったり、疲れているのに元気だったり
というわけで下等動物のストレスと生殖活動に相関があったように、猿にも相関があるとすると
何を持ってストレスと言うかだと思うね
まずチンコが立つ立たないとストレスと結び付けてはいけないことは、前述の通りだ
脇汗が多い臭う、足汗が多い臭う、臭いから離れよう、口が渇く臭う、ようするにストレスが体に出る症状は人それぞれに違う
ストレッサーも人それぞれだし、感応程度も人それぞれ
ストレッサーが分かってそれを取り除くことができれば、それが一番正解
臭う前、あるいはおなじみのメンタル病む前に、脇汗が多い時点で「ああ体が変だな」と気付いて、何か対処をした方がいいと思う
もちろんその時点でストレッサーは不明でも、体を休めるとストレスに抵抗できる
体を壊してしまったら、回復に時間もお金もかかる。一番しんどいのは自分だし
私が勧めるのは体の変化をとらえること
日記がいいが、面倒なので都度、汗が多い、腰が痛い、肩が痛いとどこが変調なのか言葉にする
そうすると記憶に残って、あとあと足汗が多いとそろそろ私の限界かもと判断できる
イライラしている、ピリピリしている、またはうつ状態がストレスと皆は勘違いしてはいないだろうか
ストレッサー、つまりストレス源は人それぞれで、またどの程度感じるか、どれだけダメージくらうか個人差がある
まずは、体に変調があったときは、何らかの影響を受けていると考えた方がいい
肌があれる脂が浮く、寝つきが悪い眠れない、食欲が無いなど
逆もありで、何かハイテンション、誰かと話したくなったり夜中に長電話したくなったり
ストレス源がはっきり分かっていて、それを遮断することができれば一番いいのだけれど、社会生活しているとそうはいかない
嫌でも満員電車に乗らなければならないとか
じゃあどうするか?
前述の「何か普段と違う」と感じたらストレスを受けていると考えた方がよさそう
お風呂に入ったり、読書したり、あえてリラックスする、休息する
人は心配性ぐらいがちょうどいい
原爆なんて、原発なんて、最初からなかった—全体主義に怯える西洋の知識世界が総力を挙げて案出した虚妄の世界から脱出し、全人類を解放せよ!!
2015/4/25追記:ネタですた。詳細はぶくまこめ参照
俺の場合は、希望していた未来(研究者)ってのが閉ざされたってのがでかかった。
で、自殺したんだけど、。なんか助かった。
助かった後、順調に社会人やってるんだけど。
自分が自殺した理由って、なんつーか、自転車は走り続けないと安定しないみたいな。
そりゃ色々ありますよ、ストレスとかさ。今でも普通に自殺したときの思考は正しかったとしか思えないし。
仕事とか学校とかに参加するのがうまくできないタイプだったから、俺は常にガソリンが入ってはいても、ドロドロだったんだなあ。
そんで毎回動き出すときは錆付いた脳みそのコミュニケーション回路とか、錆付いた笑顔とか使ってたから脳みそがだんだん気分悪くなって落ち込んで機能停止して、使えるはずの機能が使えなくて混乱したり。
そんな感じでさ。
もうね、「じゃあ助けられる味方探すなりしろや」の一言なのよね。
俺らじゃ直接は助けられないかもしれないけど、助けられる奴を探すのを助けることくらいはできるかもしれないじゃん。
そこで死ぬ方に逃げるのかよ。どうなのよそれ。死なれたら何をするにしたってもう完全に手の打ちようがないじゃんかよ。
…ってなツッコミを繰り返して行くと、「基本的にはお前が悪い」から一歩も出られないからそれもどうかと思うわけだけどさ。
自殺を単に文字通り「自分で死ぬ」行為だととらえると、「自分で」の部分でどうしても精神的な変調が影響したんじゃないかみたいな話になるのでそれ以外の自殺って無いんじゃねってなる。
精神疾患ではない肉体的な病気で、根治療法が無くて症状苦しすぎて飛び降りたとか、個人的にはカテゴリは病死なんじゃないのと思わないでも無いけど「精神的に追い詰められて思考力が奪われてする」自殺だし。
いや美学として例えば50歳で死ぬとかもあるかもしれないけども。でも正直美学にそんなかたちで命懸けて美しいのはフィクションの中だけなんとちゃうかと思うわ…。
あまり顔はよくない。だから、少なくとも性格を見てもらえる時間の多い大学時代が勝負だと思った。
女の子をデートに誘って断られたり、告白して断られたり、そういうことを繰り返してきた。
いわゆるマニュアル本も読んでみた。二村ヒトシのエッセイ集とか・・・。
初めは、まあ今までももてなかったし仕方がないと立ち直ることができていた。
しかし、そうやって断られることを何度も何度も繰り返していくうちに、精神が変調をきたしてきた。
今まで楽しいと思っていた趣味が楽しくない。自分の好きだった人を奪った人間の顔が浮かんでくる。
朝、起きることができない。夜眠れない。
「好きだった女の子に振られることを繰り返して、うつ気味の症状になりました」
失笑された。自分は親身になって聞いてくれるものと思っていたので、心底がっかりした。
軽めの向精神薬の処方を出されて、その場は終わった。
たぶん、自分がここから救われるためには、何としてでも彼女を作らなければならないと思う。
今では、休日にベッドから起き上がる気力すらなくなってしまった。
学校も、頻繁に授業を欠席するようになった。
自分がイケメンだったら、女の子に話しかけたりするのも向こうから喜ばれる事になるのだと思うが、
残念ながら顔があまりよくない。自覚している故、顔以外の部分に価値があることを示すため、財力や知識量を誇示しようとしてしまう。
優位性を少しでも提示できなければ、自分なんて全く価値がないから。
そう思って誇示した結果、どんどんと人が離れていった。
これが間違ったアプローチと言うのは簡単だ。しかし、ならばどうやって差別化するといいのか。
それがなければ、顔が良くない場合「単なる優しい人」にしかならない。
恐らく、社会に出たらもっと世間は厳しくて、一瞬で合否の判定がなされるのだろう。
少なくとも長い時間で見てもらえる大学時代に彼女ができなかった事実は、
妊婦になった。
予想もしなかった事態に正直戸惑っているが、もちろんそれに向けた行為はしていた訳で当然の結果でもある。
だけど自分は一生妊娠しないだろうとどこかで思っており、その予感を裏切られた形。
医師から「おめでとうございます」と言われた時は変な気分だった。
私はもう随分前から不妊治療を受けていて夫も私も検査をしたのだけど理由がみつからなかった。
晩婚だったため年齢が唯一絶対の理由としてはあるけれど、他に理由がみつからないという状態。
不妊治療にはいくつかの方法があって、徐々にステップアップしていく方法が一般的だ。
・タイミング療法(セックスのタイミングを医師が指示するだけ)
・人工授精(薬で受精のタイミングをコントロールしつつ、濃縮した精子を機械で注入)
・体外受精(手術で卵子を取り出し、精子と受精させた上で受精卵を胎内に戻す)
私は結局体外受精まで進んだ。
体外受精は「採卵」と「移植」の2段階で作業するが、辛いのは採卵。
心身ともに変調をきたし、仕事もろくにできない、私は2度とやりたくない。
移植から約1か月、医師が「おめでとうございます」と言うので私は授かったらしい。
医師の判断の根拠はホルモンの値で、妊娠しないと出ないホルモンが検出されたから妊娠とのこと。
まだ何も見えないし、根拠も薄いが私のなかには1cmにも満たない自分とは違う人間が居るという事実に
今はただ驚いている。
まあ年が年なもので、ここからどうなるかはわからないのだけど。
夫と医師以外には言えないような状況のため、増田に書いてみました。
■追記
http://anond.hatelabo.jp/20140307163032
授かるといいね!祈ってる。
今日も満員電車で通勤いやだなー、めんどくさいなー、というかもう会社行きたくないなー、
そう思って電車に乗ったところで突然襲ってくる、ツラ〜〜イ下痢。みなさんも経験ありますよね?
僕も社会人になってから13年間、その苦しみに悩まされてきました。
今日は特別に、増田をお読みの皆さんにだけ、そのヒミツをお教えしちゃいましょう!
ストレスに強い体を作るために、規則正しい生活を送りましょう。
朝昼晩、三色食べて、なるべく長く眠りましょう。
大腸に長い時間ウンコが滞在していると、わるい雑菌が繁殖して、大腸にストレスを与えてしまいます。
そんな状態で、朝の通勤のストレスを受けると、あなたの大腸はノックアウトされてしまいます。
夕食は早めに取りましょう。
強いストレスが予想される日の前日には、晩御飯を食べないのも有効です。
あまり冷たすぎない水は、心を落ち着けて自律神経の状態を整えるのに効果的です。
水道水でも構いませんので、130mlのペットボトルに入れて携帯しておくとよいでしょう。
いままさに下痢ピー真っ最中のあなたには飲み込みにくいでしょう。
3枚程度を財布に忍ばせ、常に在庫を確認して、切らさないようにしましょう。
これは実は科学的にどのような意味があるのかわからないのですが、
筆者は粉末のクズ湯を愛飲していました。
緊急時に回避するにはどうすればいいでしょうか。
強いストレスなど、なんらかの変調を察知した脳は、それを体全体に知らせます。
神経を通してシグナルが送られ、大腸は通常モードから脱糞モードに移行します。
血の気が引き、汗が吹き出てきて、足元はふらついてきます。
大腸に水がたまっているだけでは、致命傷になりません。
とりかえしのつかない事態の前には、かならずこの自律神経失調が起こります。
つまり、この自律神経失調を防ぐことが差し迫った危機を回避するのに必要なのです。
エッチなことを考えると、体全体が”副交感神経優位状態”に移行します。
これは体を休めるモードで、おもに入浴時などにこの状態になります。
まわりに女子高生がいないか確認しましょう。いなければ巨乳のOLでもいいです。
もちろん現実に実行すると捕まってしまいますが、頭のなかでならどれだけ犯しても個人の自由の範囲内です。好きなだけパコパコしましょう。
緊急時です。トイレの神様も許してくれるでしょう。
(あなたが女性の場合は、攻めと受けを想定できるサラリーマン二人組とか? いなければ、つり革と手すりとか?よくわかりませんのでどうでもいいです。)
次の駅が近いなら、トイレまで走る具体的なルートを想像しましょう。
そして、ドアを開けてから階段を走る、その気分を頭に思い描いてみてください。
そうすると不思議と体が軽くなるはずです。
体は脳からのメッセージを受け、次にとるべき行動に備えて、準備を整えるからです。
不安からくる悪いイメージを受けて、体はそのような最悪の状態に備えるために、実際にそうなるように体調を変えてしまいます。
悪いように悪いように考えるのはやめましょう。
漏らしちゃってもいいのです。
毎年夏に開催される日本最大の同人イベント、コミックマーケットでは、毎回何人もの脱糞者が出るそうです。(その原因はあまりの熱気とトイレの少なさのようですが)
彼女、彼らは昨日クソ漏らしてあんだけ周りに迷惑かけといたにもかかわらず、何食わぬ顔で今日も電車に乗ってきます。
ところで、そもそも通勤電車に乗らなければ、そのような苦しみを味わうことはありません。
「レイキ」についてちょっと検索してみて、「怪しい宗教のようなものではない」と言っていたけど、僕の印象はこれは宗教的なものだと思う。とくに、やたらと「由緒の正しさ」みたいなものを重視してる辺りが。
あと、「レイキはこんなに素晴らしい」という記述は多いけど、実践法についての解説がほとんど見つからない。これだと「レイキ」の部分を「波動」とか「宇宙エネルギー」とか「光の力」とか、任意の言葉に入れ換えても同じような論理展開ができてしまうよ。
具体論について言えば、確かに、漢方や中医学には「気」という概念がある。僕も、身体や心の変調を、色んな性質(陰とか陽とか五行説とか)を持った「気」が体の中を流れているという考え方でとらえるのはそれなりの合理性があると思ってる。
でもこれは、あくまで体の中で起きていることの理解で、「気を送る」みたいに、体の外側とのやり取りについては何も言ってないんですよ。実際、漢方や中医学でも、上で述べた「体の中を流れる気のコントロール」(内気功と呼ばれる)は認めているけど、「気を体の外とやり取りすること」(外気功という)は明確に否定してる。
僕はお母さんがセミナーで実際に体験したことまでは否定するつもりはないよ。それは確かにお母さんにとって実際に起きたことで、どんな理屈を述べても否定することはできない。
でもね、人間の心と身体の関係って面白くって、「科学で説明できない何か」を使わなくても、色んなやり方で、身体のコントロールができたりするんですよ。自己催眠とかやったことがあればわかるかも知れないけど、催眠状態で暗示を受けることで、体温が上がったように感じたり、眠くなったり、外から力をかけられているように感じたりするっていうことは普通に起きる。他にも、手のひらの温度をサーモグラフィで見ながら訓練することで、自分の意思で手のひらの温度を数度とかのレベルでコントロールできるようになったりする(ニューロ(神経)フィードバックって呼ばれてる)。
だから逆に、そういうすべに長けたひとの指導を受けたり、心が強い影響を受けやすい環境におかれたり(暗い部屋でお香を炊いたりとか、集団でお経を唱えたりとか、ね)すると、不思議な体験って結構簡単にできちゃったりするんですよ。
勿論、それをどう解釈するかは本人次第だし、自分の心持ちをコントロールしていい状態に持っていくために積極的に利用するのはアリだと思うよ。でも、仏教やキリスト教みたいに広く人口に膾炙して、色んな歴史を経てきた宗教とかと違って、「レイキ」みたいな新しい考え方っていうのはアンバランスな部分が十分に削ぎ落とされてないから、ハマったときに危険なことになりやすい。
伝統的な宗教(特に仏教とかね)が即物的な利益を否定していることが多いのは、そういう方向に流れると結局破綻することにつながりやすいから。
特に、自分の身心が不安定になったとき(家族が大きな病気にかかったり、身近な人の不幸に遭遇したり)っていうのは、上で書いた「心が強い影響を受けやすい」状態になっているから、なおのことそういう不思議体験に引っかかるリスクが高くなってる。(だから本当は、普段からより「安全な」宗教を実践して、心のトレーニングを積んでおくことが重要なの)
色々不安になることが多くて、心の拠り所が欲しくなるっていうのは誰にでもあることだし、それは全然悪いことじゃないよ。でもだからこそ、そういう心のスキマには色んなモノが入り込んできやすいから、気を付けないといけない。
これは最近読んだ本の受け売りだけど、例えば毎日仏壇の前で手を合わせるときに、自分の心について内省してみて、何が自分にとって大事なことなのか、何が自分の身近な人達にとって大事なことなのか、どうして自分は不安なのか、どういう巡り合わせで今の自分は存在するのか、そういことに考えを巡らしてみるってのもいいと思うよ。
長くなったけどとりあえずこんなところで。あまり協力する方向にいけなくてごめんなさい。
「人に見せるためだ」
これが僕の中での、正解の半分だ
(ハイ結論おわり
そういう話になった過程が気になった人は以下↓)
「同人活動は本来、自分の創作意志の充足のために行うものであって
過度に第三者から評価される、注目されることを目的とした同人活動は
不純である」
なぜならば
同人誌というものが、「俺得」であり続けることができなくなっているからです
同人活動がインターネットや各種SNS、デジタルデータの流通の網に
分かちがたく捉えられた現代では
付加されたのなら
誰が好き好んで、自分を代償のない道化師の位置に置きたいと思うだろうか?
いやない(反語)
具体例をあげるなら
この前、かなり特殊な嗜好をメインにした同人創作ゲームを作ったサークルが
本人がおそらくけして望んでいないであろう形で
あったんです
(胸糞悪かったんでブクマはしてないんで
ネットの発達で、同人活動がクローズな「俺得」であり続けることが
できなくなっている…
同人活動が、ネットとはコネクションしていないクローズな活動であっても
「第三者の視点」を望むと望まざるにかかわらず
意識せざるを得ない状況になっているし、また
不相応とも言えるくらいの悪意の視線にさらされるリスクがあると
そういう部分は確かにあるのです
だから
同人活動は
「人に見せるため」にやるもの
消極的な側面からはまず↑
積極的な側面からは↓
深夜のフジテレビで「ガンプラ世界選手権」のドキュメンタリーをやってたんですよね
そこに出てくる応募者の一人(PN・ざく太郎氏)にカメラは焦点を当ててたんですが
ざく太郎氏の作風は、
「子供の頃の、自分の(理想の)ガンプラ体験をそのまま充足させた」
みたいな作風で、
多分、作ってる時は心底ご自身の中で
充足感に満ち満ちた創作活動されてたと思ったんですけど
という結果だったんですけど~
「(こういう場で、他の応募者の作例を見ると)自分の作風が
「大会に出る人の心構えとして、『まず自分が好きなものを作る』…
出発点はそこからなんですけど
(その先に進んでいくには)どうしても人の目を気にしたものを作らなきゃならない
いくら『これが好きだ!』って声を大にして言っても
(受賞等のステージに行くには)難しい…」
的なことを言っていて
あぁ…趣味を深化させていくということは
向き合わざるを得なくなるということなんだ…
すごくずっしりと響いてきた感じなんですね
「ガンプラシーンのトレンドを踏まえ、なおかつ第三者に見られたときの印象」を
高次元で両立させていて
「さすがはプロだ…違うなぁ」という気持ちになったんですけど)
自分の中で
いつか趣味も
「自分のスタイル、自分の作風を頑として守り続け、自己充足のために行う」
「人に見せる(ことを第一義にして活動する)」
必ずやってくる
その時自分は
オリるのか?
それとも意識を切り替えて
「どうやったら第三者にもっと見てもらえるんだろう?」
そういう部分をモチベーションに、心底できるのか?
実のところその辺迷い始めてから
自分のキレキレ具合が悪くなってきてる気がするんで
こういう文章書いたわけなのでした☆
内外からもたらされるストレス(要は刺激、ある変化を要求するもの)による悪影響を、軽減する仕組みの事だ
ここで主張する
「体罰による自殺、いじめ、社会進出後の早期離職などはすべて、このストレス耐性の低下によるものだ」と
何も難しいことを述べるつもりはない
児童と成人を例に出す
両者に同じ恐怖・苦痛刺激(殺人現場、大きな音、誰かが殺しに来る状況、親からの暴力等々)を与えるとする
すると、成人に比べて児童はより強いショック・ストレスを受け、精神の安定を崩すこととなる
児童はストレスに対する耐性が比較的備わっていないため、より強く影響を受けることを示している
では、ストレス耐性はどのように備わるのだろうか
>例えば筋肉;破壊された筋繊維を補強することでより強い耐久性と力が備わる
>例えば勉強;ある行動(正しい読み書き・自発的勉強)をした後に良い刺激(報酬=報償・食物・達成感)が生じると、行動が増加する
怒鳴られた時に身を固くして我慢する事をはじめとして、反論・交渉や逃避・知性化などの対処法の確立まで多岐にわたる
それらは繰り返すことでより効果を上昇させていき、社会で生きていくうえで十分な能力を社会進出までに獲得する
例えば親兄妹との関係で、例えば学校の友達との関係で、例えば教師との関係で、例えばバイト先の人間関係で能力を獲得する
しかし、近年においては各段階(中学や高校、大学や社会進出時)で必要なストレス耐性や対処能力が獲得されていないと考えられる
それが良いか悪いかは別の議論であるとして、ストレス対処能力獲得の面でいえば旧来のしつけや体罰許容の環境の方がよく育った
以前は全体主義で、子供の意見は封殺され殴られ、耐える事を推奨されさえしたが
それは同時に”耐えるべきストレス”が常に存在していたということだ
もちろん、それに耐えられない子供はその環境で精神に異常をきたすか、自殺をしていただろう
対して、現代では逆になっていると考えられる
耐えるべきストレスは親の手によって排除され、教師はストレスを与えず、生徒同士は互いに個人同士で正面切ったけんかをしなくなった
この環境では”耐えるべきストレス”は極力取り除かれ、言い換えれば筋トレされていない状態である
そうすればストレス耐性は育たずに過ごすこととなる
もし、社会全体がストレスの全くない、争いすらない世界であればこの状態でも良かっただろう
もちろん現実にはそうではない
ここで問題なのは、その個人が持っているストレス耐性を大幅に超えるストレスを、環境の変化とともに与えられる可能性だ
学校側・会社側としては、「この年齢であるのだから、多少の叱りや暴力、居残りや残業、負担や責任を与えても耐えるだろう」と考える
しかし、そこに至るまでに十分にストレス耐性を獲得していない個人は、あっという間に打ちのめされてしまう
そして、精神にうつなどの変調が生じたり、自殺を思い立ったりする
この場合、ストレス耐性がない個人が悪いのか、今までの教育担当者(親・教師、社会)が悪いのか
親が子供を殴ったり言葉で何か言えば虐待と言われ、教師が殴ったり叱ったりすれば体罰であると言われ
個々人はそのような中で、どのようにして自らのストレス耐性を獲得すればよいのだろうか
病名がつくとしたら、単極性の大うつ病性障害よりも、気分変調性障害とかっぽいな。
鬱の症状自体は強くないけど、軽度ながらも慢性的っていう。
まー大体はい欝ですねってテンプレ対応されるんだけどな、メンタル系の医者行くと。
この手の人が抗欝薬(ザナックスだったけな)で人生変わりました系なんじゃないかっつーのなんかで読んだわ。
QOLを挙げることにモチベーションが上がらないみたいだけど、
そもそも、それで違和感感じてないんならこんなエントリなんか書くことないだろうし、
ちょっとした悩みでも、(自分は困らなくても)誰かを困らせるんじゃないかと思うような心当たりがあるなら
医者にかかっといた方が良いんじゃね。