はてなキーワード: ボイコットとは
腐女子の話などで赤十字の宇崎ちゃんポスター問題が再度持ち出されてたので、批判派のおかしかった点などを改めて整理しておく。
ただ、「なにを性的と取るか」は個人によって違い、時代によっても変化することには留意してほしい。
「胸を強調するためのアングルだ」という批判があったが、あの絵はどちらかといえば「先輩を見下すうざキャラ」という意味での煽りのアングルだと思う。
なにより「胸を強調したいだけ」なら、他に適したアングルやポーズがいくらでも開発されているのだ。
二次元の18禁文化に親しんでいる世代からすれば当たり前の事なのだが、そうじゃない人にはわからないのかも知れない。
これも尊重すべき意見とは思うが、ある程度具体的な批判なので少し反論しておく。
説明するのも馬鹿らしいが、例えばマッサージ広告でリラックスしている表情を「感じてる!アヘ顔だ!」と非難するのと同じである。
頭が悪すぎる。
問題意識自体はわかるのだが、宇崎ちゃんポスターに当てはめるべきかは別だ。
意見の分かれるところだと思う。
そもそも「性的搾取」という単語が曖昧なくせにレッテルを貼りやすい物なので、別の言葉で問題点を整理した方がいいとは思う。
誰かが定義を説明していたが、それでは結局「男性芸能人が起用されること」だって十分な性的搾取である。
そして性的搾取の話で「男の場合はどうなるのか」という流れになると出てくるのがこの「権力勾配があるから、性的搾取は成り立たない」論だが、これは雑。すごく雑。
「男と女」という(雑な)二分法の「男」の中にはゲイもトランスもいるし、あえて言えば女性に虐げられる弱者男性だっているのだ。
権力勾配を問題視する「人権派」や「リベラル」が、そういう「少数者の存在」を邪険に扱ってどうする。
雑さに甘えることを「マジョリティ特権」と批判していたのではないか。
これに絡んで、最近は「男性弱者の声を私はもっと聞きたい」などと宣う怪物もいるのだが、他の被差別問題に置き換えて考えれば、どれほどグロテスクな発言をしているか理解できるだろうか。
一見理解を示しているようで、今上がっている声には向き合おうともしない、かなり糞な論法だと思う。
論外。
論外だが、理由をつけて巨乳モデルまで叩きだす勢力もそれを支持する人もいた。
改めて言うが、論外。
論外パート2。
今ではそんな奴らはいなかったぐらいの勢いで矮小化されているが、実際にいた。
声を大にしてボイコットを諫めたポスター批判派は、自分は見ていない。
献血やポスターはどうでもよくてオタクを叩きたいだけの本音が、ヒートアップするうちに漏れ出てしまったのだと思われる。
一見聞くに値する意見のようだが、その他の広告が同じように批判・炎上していないので、「それだけが理由ではない」ことが自明だ。
公共やゾーニングの問題だというなら、他の広告も同じように批判してください。
「地下鉄の駅内や車内」で「セックス丸出し」の非常にセンシティブな広告を毎年出しているのだが、宇崎ポスターと同じように炎上しているだろうか。
そのことを指摘されても「whataboutismだ」「ようやく男が性的搾取されることの不快感に気づいた」「男が自分で被害の声を上げろ」と意味不明な意見ばかりであった。
(それに、「男が自分で被害の声を上げろ」の理屈だと女性が被る問題も「女だけで勝手にやってろ」となってしまう。非常によくない論だと思う)
長野県警では「BL的カップリング」を押し出していたが、これは「ゲイの性的搾取」を「公共機関が行った」と問題にならないのだろうか。
(イラストがエロじゃないから性的搾取や消費じゃないという反論は、「腐女子は性行為ではなく関係性を消費している」という言説で封殺されると思うのだが)
※(例に出しただけで個人的には長野県警のポスターが問題だとは思っていないが)もし実際にゲイが搾取された場合にも、上記の人たちは「ゲイが自分で被害の声を上げろ」と言うのだろうか。
この長野県警の例はわかりにくかったようで反省しているが、上記のややこしい「性的搾取」の部分に絡む話でした。
県警ポスターが「直接的に性的な絵だ!」ということではないし、県警ポスターを批判したいわけでもない。
※偏見ではなく、女性の「セックスファンタジー」のためにゲイが使われている(ゲイ漫画とBL漫画は違う)ので、一般的にそう説明して差し支えないと思う
・宇崎ちゃんポスターが「公共の場での女性の性的搾取」(だからアウト)なら、BL押しのポスターも「公共の場でのゲイの性的搾取」でアウトになるはず
・なのに触れないのはダブスタ
という話。
また、ダブスタだよねって指摘であって、「長野県警含めすべての性的搾取を許すな!」という主張ではない。
追記終わり。
また、こうした意見を言うひとの「公共」の概念は「コンビニ」から「ネット」まで伸縮自在すぎるので、そこも整理してください。
最近よく見るやつ。
先ほども書いたように、「宇崎ちゃんポスターと同じように炎上していない」話をしているのであって、その言い訳には意味がない。
ダブスタだとわかっていて言い訳しているのだから、すごい卑怯者ですという自己紹介でしかない。
今見返しても、「ポスターを問題視してるはずなのに」それを作った赤十字よりも「ポスターを擁護するオタク」の方を叩く意見がやたらと目につく。どういう思考回路じゃ。
発言の総数ではこれが一番多いんじゃないだろうか。
知らんけど。
他の景品の時点で言え。
理解不能。(本当にいました)
とりあえず以上。
主張がばらばらでまとめるのが難しいし、他の派閥にもかぶってるしめんどくさかったのだが、指摘があったので。
https://togetter.com/li/1428213
saebou先生の反倫理的な「すごく高い倫理」と献血における倫理/安全性:「宇崎ちゃん」献血ポスター③
わざわざ書いていただいて恐縮ですが(細切れのTweetで主張されるよりはマシだが)、日赤は真面目に広報すべきで、おふざけはダメという感じで、「そうですか」という以上の話ではないですね。
本気でそう考えているなら、こういう広告が批判されるはずで、まぁ、後付けっぽさは拭えないですね。 pic.twitter.com/y5PYjJBnB1— 弁護士 吉峯耕平(「カンママル」撲滅委員会) (@kyoshimine) November 12, 2019
要は論外パート4。
しつこいな。アンタが好きな分には構わないから密かに楽しんでればいいのに、何で「この素晴らしさがわからない奴はバカ」と主張するのか。まあそのピントのズレ方が「オタク」の定義なんだけどさ。
オタクを叩きたいだけの論外さんのご登場だが、しかし圧倒されるなこの壊れ方は。
「この素晴らしさがわからない奴はバカ」なんて主張はしてないし、「性的だから嫌だ派は尊重すべき」と一番最初に書いてるのだが。
このピントのずれ方は一体「何の」定義になるんでしょうねえ。
ていうか、「アンタが好きな分には構わないから」の「アンタ」が(この人の脳内と違って)現実にたくさんいるから、ああしたコラボが成り立つんでしょう。
他人の楽しみ方や現実の在り方を決める権利があると本気で思ってるんだろうか。
どれだけやばいことを書いてるか、少し客観的に振り返るのがオススメです。
ブコメにて登場。はっきり言って狂ってる。
そうやってあの騒ぎを矮小化するってことは、「巨乳は公共にふさわしくない」「献血ボイコット」「赤十字は売血」というやばい派生ムーブメントに対しても、「ただの批判」「いちいち騒ぐな」「黙ってろ」と擁護してるってことだぞ。
ありえないわ。
それらも含めた一連の問題だったのに、いま総括して言うことが「ただの批判」かよ。目と耳をふさいで生きてるのかこいつは。
逆にそんな奴が何でこの話題に食いつくんだ。
そもそも炎上なんて1週間ももてばいい世の中なのに、ただの批判が原因であの規模の炎上が何か月も続くわけがないだろ。
ポスター批判派はこういう頭のおかしい人が結構いて、議論どころか会話すら成り立ちようがないのが困りものなのだ。
本人が馬鹿なのは構わないが、健全な議論を邪魔してくるから本当に害悪。
ああいうポージング・強調が公共活動に使用・許可されてお墨付きを得ると、他の所でも、女性がそういう内容を押し付けられそうだっていう危機感があったな。常に見る側の人にはわからないと思うけど…。
だけど、じゃあananのこういう広告は…?と疑問も湧くんだよね。この写真の車内広告で「おいしい胸」ってかなり露骨だと思う。
http://adgra-tokyo.blogspot.com/2017/09/anan.html
http://sax5.hatenablog.com/?page=1471532400
いや、だからお前は間違ってる!って否定したいわけじゃないけど。
女性用雑誌の広告だから危機感を抱かないということもあるのかも知れないけど、そうじゃない人もいるわけだし。
ananの広告に顔をしかめる女性は、自分の中でも結構思い当たる。
そうなると、じゃあ「宇崎ちゃんポスターだけあれほど騒がれた理由って、何?」となるんです。
別にこの人に答えを求めて詰め寄ってるわけじゃなくて、なんていうか、単純に決められる話じゃないよねっていう。
だからそもそもの発端である「環境型セクハラのようなもの」って決めつけは(のようなもの、って逃げ方も酷い言い種だ)悪質だった。
多分、宇崎ちゃんポスター擁護派の中には、宇崎よりもananの広告の方が際どいものに感じる人もいると思う。
で、それは個人の感覚の話だし、どちらかが絶対正しい!なんてことはなくて、意見をぶつけ合うしかない。
それであーでもないこーでもないと議論するのは健全なことだと思うんだよな。
でも、しつこいけどこの騒動では「不健全な」方向に話がどんどん転がっていったから問題なわけです。
広告に不快感とか危機感を抱いた人も、「胸の大きいモデルを広告に使うな」とか「献血をボイコットしよう」って話には「なんだそれ?」ってなるでしょ。
北京オリンピックを人質にして圧力を掛けるというのはウイグル人の状況を改善するに数少ない手段だと思う。
ウイグル人の扱いを今後はマシにするという約束ができないなら選手団を派遣せずにボイコットすると言う国が増えれば中国から少しはアクションを引き出せるかも知れない。
オリンピックが終わった途端に中国は約束など無かったかのようにヒャッハーするかもしれないが、そうなったら、いよいよ中国との取引を(最低でもウイグル人の強制労働が関わる製品は)規制するように日本の企業に強制する法令を作るべきだ。
ジェノサイドが行われている中国のオリンピックに参加するなどナチスドイツのベルリンオリンピックに参加するのも同然! 選手やスポンサー企業はボイコットすべき! と思いっきり盛り上がって欲しい。
選手の一人一人、企業の一社一社がSNSで「お前はジェノサイドを容認するのか? 人権を尊重するならオリンピックは辞退するよなぁ?」と踏み絵を迫られる姿に今からワクワクが止まらない。
黙ってやり過ごそうとしたら「過去にBLMのような反差別運動には賛同を表明してきたのに自分の儲けが絡むと虐殺を無視するのか?」とダブスタを徹底的に叩かれて嫌々出す中国に忖度しまくった見苦しい言い訳を俺の耳に聞かせてくれよぅ。「スポーツの価値は政治とは別問題」とか言ってくれたら両手を叩いて喝采する。
叩きに耐えかねた有力ドイツ人選手が「競技者としてのピークを迎えつつある僕にとってメダルを取れる最後のチャンスなんだ、オリンピックを夢見て子供の頃から毎日練習してきたんだ」と涙ながらにお気持ち表明ビデオメッセージを投稿して、同情されるどころかますます炎上して、自宅に「ナチ野郎」と落書きされ練習場にハーケンクロイツ型にゴミをぶちまけられて鬱になってそのまま引退したりしたら喜びで絶頂射精しちゃう。
単刀直入に言って、北京オリンピック・パラリンピックも世界中から抗議されている
「ウイグル問題が森喜朗元会長(予定)の女性蔑視発言に比べて軽視されている」というのは的外れだ。2022年北京五輪開催は数年単位で抗議されてるし、最近は非難が強まっている
森元会長の発言を「金メダル級の女性蔑視」と評したヒューマンライツウォッチは、ウイグル弾圧を非難しつつ北京五輪を批判している。他の有名所だとアムネスティインターナショナルもウイグルには言及していないが昨今の人権問題を列挙して中国五輪開催を非難したし、ヒューマンライツ・ナウは新疆ウイグル自治区の強制労働疑惑について日本企業に公開質問状を出した
リンク貼り付けてたらスパム認定されてしまった。ソースを見たかったら"HRW China: Repression Threatens Winter Olympics" "Amnesty Beijing 2022: Six reasons why China has to up its game" "ヒューマンライツ・ナウ ウイグル"で検索してくれ
カナダでは与党自由党を含む主要5政党の13人の国会議員がIOCに22年五輪開催地変更を要求する抗議文に署名したらしい(ソースはCBC"MPs call to relocate 2022 Beijing Games over China's reported abuses of Uighur minority")。アメリカでも共和党の一部上院議員が開催地変更を求めたらしい。アメリカ政府はついこの前ウイグル弾圧をジェノサイド認定したが、北京五輪をボイコットする予定はないとか
オリンピック縛りを外せば、ウイグル問題に対して発言する政治家は日本にもいる。数日前、自民党が立ち上げた「日本ウイグル国会議員連盟」が超党派に拡大された。自民党からは古屋圭司議員や山谷えり子議員等が参加しているらしい
日本だと右翼がウイグル人と関係が深いらしいが、リベラルや左翼にも動いている国会議員はいる
「森さんに抗議するならウイグル人弾圧にも抗議しろ!」とよくリプライされている立憲民主党だと、重徳和彦議員が国会で「ウイグルの弾圧といった、やはり我々、民主主義あるいは人権重視の国家体制をとる我が国としては看過できない状況」について質問したり、古賀之士議員が会派を代表してウイグル・チベットの人権侵害や香港の弾圧に対する菅首相の見解を質問したりしている
共産党は国会質問以外にもウイグル問題に関して活動しているらしく、Twitterでもキレ気味に報告している
https://twitter.com/jcp_cc/status/1295320484515442688
日本共産党は中国共産党を「共産党の名に値しない」と痛烈に非難しているし、中国共産党の人権侵害も非難している
ウイグル人の窮状をリベサヨ叩き棒にするのではなく本当にウイグル問題の解決に貢献したい人には日本語のネット右翼アカウントをリツイートするよりも、ネトウヨの混ぜっ返しにうんざりしつつも深刻な人権侵害には抗議したい人にはただウイグル話法を非難するだけよりも、断然良い方法がある
なんといっても手軽なのは署名だろう。北京五輪前にウイグル族強制収容所の閉鎖を求める署名はこれだ
この署名を主催する団体のTwitterアカウントもあるが、フォロワーは1200人弱しかいない。もし北京五輪開催に抗議したいなら、Twitterでフォロー・拡散するのも良さげ
https://twitter.com/norightsnogames
在日ウイグル人団体には日本ウイグル協会や日本ウイグル連盟があるが、日本の極右や幸福の科学とも親交が深いらしく、ややこしい気配がする。在日ウイグル人団体が在日外国人差別や少数民族差別の急先鋒と結びつくのかよと困惑するが、在日ウイグル人はそれほどまでに追い詰められていて使える人脈は何でも使う状況なのかもしれない。だが同じ拡散なら、ウイグル人のツイの拡散の方がDappiや黒瀬のツイを拡散するよりは断然マシだろう
署名の他に、在日ウイグル人団体や国際人権団体への寄付という手もある。日本に逃れてくるウイグル人の支援なら、難民支援のNGOへの寄付も良さげ
「東京オリンピックがコロナで中止なら半年後に冬季オリンピックができるわけないから中止すべき」という論の妥当性は疑わしい貴ガス。APECの時排気ガス規制(貴ガスだけに)で青空を造り上げた実績に鑑みれば、開催前後に強権的なロックダウンで抑え込んで「成功」させる位のパワーはありそうだ
東京オリンピックは絶対開催すべき!森会長頑張って!みたいことを言えばいいの?
自民党とトランプを支持すること?トランプもういないのに…?もしかしてまだ不正選挙発覚でトランプ復活!みたいなことを考えてるの?
トランプと安倍の最強タッグで中国なんか潰して……潰して……潰してどうなるんだろう……というか第三次世界大戦でもしなきゃ潰せそうにないよね。うん。
現実的な線でいくと、アメリカさん側に立って反中姿勢をとり続けることで……どうなるんだろうね……いずれ中国の成長も止まってめでたしめでたし…?いやその頃にはウイグル人もう手遅れじゃないか……?
かと言って、ウイグル人を助けるためにアメリカがすぐに動くという想像がつかない……。少なくともコロナ禍が収まってからだろうね…。北京冬季オリンピックよりは後だろう……。
国際社会全体が中国の敵に回ればウイグル人は助かるかもしれないけど……それってまた冷戦時代みたいになるってことなのか……?
ウイグルの人権問題を無視したら、いつか日本にも降りかかってくるのかな
民族浄化するような国だしね……
ウイグルを防衛ラインとして戦っていかなきゃならないんだろうか……
いやウイグル人は確かに大変だなと思うんだけど、中国という国にどういう感情を抱けばいいかわからない
やばい政権だなーとは思うが、中国人もそれに監視されてるわけで中国人全体が悪いわけではないし……
反中共みたいな事を言えばいいのだろうか……で、中国製品をボイコットするとか…?自民党に投票してりゃウイグル人は救われるのか……?
正直、都民じゃないから東京オリンピックとかどうでもいいし、あってもなくてもいい
自民は支持してないが、白紙投票だから特別支持政党があるわけでもない
人権人権いうならウイグル人の人権も〜っていうのが元の意見だったと思うが、ウイグル人のために何をすればいいのかわからない
ウイグル人弾圧を許しません、って言えばいいならいくらでも言うが、そんなん当たり前すぎて言っても意味があるのかわからない
具体的にどの政党を支持したらそれは実行されるの?
何度かこの内容のトラバをしてみた上で改めて考えてみたが、やはり結論は変わらなかった
もちろん森の発言は論外だと俺も思うし、辞めるべきだとも思う
しかしそこで今更「五輪精神」なんぞ持ち出されたところで、ただただ空しいばかりである
さらに言うなら2022年には再びそれが確かめられる予定だからである
はっきり言おう
北京で夏冬2回もやっておいて、今更五輪精神もクソもあるかボケが!
ソチに至ってはウクライナの件で、平和の祭典という建前すらも大概疑わしい代物となってしまった
しかし商業主義にどっぷり浸かった身の悲しさ、現実のあれやこれやには全く無力どころか、もはやまともな抵抗すら見られないという惨状である
言っておくが、もちろん日本も同罪だ
チベット問題は2008年当時からもう言われてて抗議の声もそれなりにあったし
アンサイクロペディアでは「エクストリーム聖火リレー」という、今から思えばしょうもないネタが盛り上がったりもした
しかし日本政府も含めて、結局は皆沈黙のうちに荷担したのである
そしてもちろん国民も、いざ大会が始まってみればいつものようにメダルの数で盛り上がるばかりで、何の関心も持たなかった
彼らの大多数は、香港やチベットやウイグルの一体何がヤバいのか、そもそもまともに理解すらしていないのかもしれない
そしてコロナで先行きは不透明だが、2022年には全く同じことが繰り返される見込みというわけだ
他人の人権のために自分の利権や娯楽を差し出せる者など、おそらくごく少数しかいないだろう
どこかで誰かが死ぬ思いしようが、イベントがなくなることの方がよほど我が身にとっては深刻というわけだ
ジェノサイド認定などしてみたところで、商業主義と「政治の犠牲になるかわいそうなアスリート」というわかりやすい図式の前には、ボイコットすら盛り上がりそうにない
だいたい今言われてる男女平等にしたって、それこそ中東やインドで五輪をやるとなったら、どうせしれっと見なかったことにされるのではないだろうか?
リベラルの皆様は、日頃人権に関心のない輩がチベットやウイグルの問題を持ち出してくることが、大変に我慢ならないそうだ
しかしオリンピズムこそそれと同じで、「日頃どうでもいい扱いをしていたものを都合よく引っ張り出してきた」ようにしか思えないのである
その通りで多分かなりの多くの国が来ないし、来たくても今回ばかりは来れないよ。
モスクワオリンピック以上の大量ボイコットで世界へのメンツが丸つぶれになるから、いまのうちに潔く中止した方が傷が浅いし国益にもかなっている。
15歳のとき、ベル・フックスの「フェミニズムはみんなのもの―情熱の政治学」を読み、それが私のバイブルになった。そこに書いてあったフェミニズムの説明を読んだだけで、それが世界を変えるとわかった。地元の図書館にかろうじてあったフェミニズム書籍コーナーに潜り込むや否や、 牟田一恵や田嶋陽子の世界に浸りこんだ。私が進学先の大学を選んだ理由は、その時すでにTwitterで名を馳せていた北村紗衣先生が教鞭をとっていたからだし、ジェンダー論の授業があるからだった。大学を出て最初についた仕事では社内セクハラの撲滅に従事し、プライベートでもTwitterや消費者運動を通じて、男女差別と戦ってきた。ほぼ十年、このために使った時間は知れない。
何が言いたいかというと、フェミニストを名乗れる人間がいるとしたらそれは自分だということ。九州の田舎で育った孤独なティーンエイジャーにとって、フェミニストの冒険譚を読むのは震えんばかりの興奮だったし、目を見開かされる思いだった。周囲にこんな人は見た事がなかったけれど、ネットを通して自分と似たような人が他にいるとわかって希望が生まれた。大学に通い始めてからは、フェミニストでいることにひねくれたプライドをもつ人を他にも何人か発見した。けれどそれはまだ珍しかったし、社会の主流な考え方からはすっかり外れていた。だから、なぜせっかくそれなりの企業に就職した自分が、社内恋愛の末の寿退社ではなく、男受けの悪い反セクハラ活動に血道を上げているのか、誰も本当にはわかっていなかったし、私はフェミニストだと言うと、ほとんどの人が眉をしかめた。月日を経て、私は同じ志を持つ仲間の輪を少しずつ広げた。職場、教育、そしてマンガアニメなどの趣味の世界。それぞれの世界で活動する私たちを、フェミニズムが互いに引き寄せた。そんな仲間の助けがあったから生き延びる事が出来た。けれど仲間を探すのは難しかった。私たちはまだ、社会の中で傍流だったのだ。
でもこの十年、状況は様変わりした。映画やドラマはフェミニズムに則って制作されるのが当たり前になった。アナ雪や逃げ恥を通じフェミニズムは恥ずかしがらずに誰もが楽しめるものになった。
そして、たぶん一番重要なのは、今やフェミニストはカネを、そして権力や地位をも持っているということだろう。世界で一番大きな、そして一番勢い良く成長している企業は女性に配慮し、女性を雇っている。日本の大企業や省庁も女性差別をやめ敬意を示すようになった。強い女性はかっこいい。私たちは勝ったのだ。
そして、そこに問題がある。私たちは未だに自分達が反乱軍かのように振る舞っているけれど、今やフェミニズムは帝国だ。十年前までは私たちはおおむね正しく、批判は的外れで間違っていた。だから他人に耳を貸さない私たちの習性は深く根付いている。それどころか、フェミニストに向けられた批判をスクラムを組んでやりかえすのが絆を深めるためのちょっとしあ儀式になってすらいる。今までは誰かの批判を攻撃するのも、かつては大したことではなかった。一握りのフェミニズムに親和的な人以外にそうした論考が読まれる事はなったからだ。そんな内なる声も、今や大きな問題になっている。フェミニストが本当の権力を振りかざしているからだ。キズナアイやラブライブのポスターへの攻撃、宇崎ちゃんのポスターにまつわる献血ボイコットは、フェミニストの私にとって恥ずべき出来事だった。けれど恐ろしいのは、その暴力的な振る舞いが、フェミニスト界隈に常在する何かと同じ感じがすることだ。それでいいという空気があることだ。ただ驚くしかない。その空気はあっという間に、誰かが大切に育ててきた営みを、無造作に叩き潰すほどに膨張した。ファミリーマートのような主流の大企業ですら、私たちの突きつけた理不尽な圧力に巻き込まれている。今や私たちは、「自分を反乱軍だと思い込んでる帝国軍」なのだ。
だから「日本は未だ後進的な男性社会で、私たちフェミニストはそれに反抗するレジスタンスであり、いつの日か勝利するだろう」みたいな、フェミニスト界隈の通奏低音はすごく違う感じがする。たしかに私たち女性は、かつては家父長制にいじめられたり、大企業に無視されたりしていた。でもそれは、私たちにカネも力も無かった頃の話だ。今や私たちには権力があり、日本の資本主義社会は私たちを標的にするのではなく仲間とみなすのにやぶさかでない。20年前の男性社会は私たちをお茶くみや家庭に押し込めようとしていたけれど、今や私たちが仕事に学術に家庭に多くの選択肢を持つ一方で、文句も言わずに黙々と経済的な後ろ盾になってくれている。
フェミニズムの愛すべき要素の一つに、共感や連帯を大切にするという価値観がある。誰かが泣いている時、証拠や事実検証は、大抵役に立たない。いの一番に、「私もあなたのために怒りたい」と表明し、それを実行しなければ社会は変わらないのだと、痛い目に遭いながら学んできた。これはフェミニズム界隈を通底するルールだ。誰かが被害を表明すれば、ただちに飛んでいって守り合う。客観的なデータに基づく結論は、提示するのに時間がかかるし決まって歯切れが悪い。だからスピードと攻撃力が高い「お前は差別主義者だ。私は傷ついた」と言い切る思い切りが習慣になる。
なのに、フェミニストが自分たちの共感の埒外にある人々へ示す冷酷さには、思わず目を丸くしてしまう。知りうるほとんど全てのフェミニストが、自分より年収の低い男性や、性的魅力に乏しくオタク文化に逃げている(と見なしている)男性を嘲笑し、あるいはそういった言説を窘めもしない。逆に高学歴、高収入な男性や、容姿に優れるなど性的魅力が豊富なタイプは、あらゆるレトリックを用いて養護し、倫理的なお墨付きを与える。収入、学歴、容姿。共感で駆動するフェミニズムは、これら男性のステータスに対してどこまでもプリミティブな接し方をする界隈だ。フェミニズムが世間を席巻し、プレイヤーの絶対数が増えるにつれ状況は悪くなっている。
解決策を知っているというつもりはない。けれどどこかで何かが間違っていると意識することはできる。現に私より若い世代では、女性たちの間ですらフェミニズムへの忌避感が広がっていると感じている。しかし私たち現役フェミニストは、フェミニズムを忌避する女性に対してどんな態度をとってきただろう?ここで口にするのも憚られる、卑劣な言葉を投げつけては、仲間内での連帯を高めてきたのではないか?こう想像するのはおかしな事だろうか――この深く根付いたクソっぷりが、若い世代を遠ざけているのでは?
あたりを見回すと、私たちが育ててきたフェミニズムが、自由への革命から威圧的な権力へと姿を変えたのがわかる。私たちは確かに素晴らしいものを生み出した。けれど私たちは不注意で、普通の人々を傷つけないための安全策を怠った。私たちは不注意で、未来のフェミニストたる多くの若者たちを成長の各段階で追い出してしまった。私たちは不注意で、世界をアップデートしたとき失うものがある人を気にかけなかった。いい目を見る人のことをだけを考えていた。(だいたい自分達のような人々だ。)
古い世代の連中より高潔でありたいと、いつも願っていた。けれど蓋を開けてみれば、力不足ゆえに無害なだけだった。体に染み付いた被害者意識は、私たちがいじめ行為に至る際の非道な言い訳と成り果てた。
だから言いたい。フェミニズムは終わりにしよう。フェミニズムは素晴らしいことを色々してきたけれど、今のフェミニズムは歪んだ復讐心と暴力衝動に駆り立てられる怪物だ。まともな答えは、これを終わらせてもっと良い何かを作り出すことしかない。
もっと良い何かとはどんなものだろう?私たちが攻撃したラブライブには希望を感じる。私たちが巻き込むのに失敗した若い世代の女性をはじめから取り込んでいるからだ。どんな未来が来るにせよ、私たちは良き人物になることを重視する必要がある。今までよりずっと。
弱さへの憎悪と、強いものへの阿諛追従は終わらせなければいけない。これはフェミニズムとあまりにくっつきすぎている。だからこの星からフェミニズムを消し去るしか、確かな方法はないと思う。