はてなキーワード: アニメーションとは
http://anond.hatelabo.jp/20111123115101
付け加えればアニマゲ丼の記事もおかしい。「コピーのコピーのコピー」発言はイリュージョニストの『表現』が素晴らしいが現在の日本のアニメは表現というレベルじゃないという文脈で出てきた話。ヨーロッパアニメーションの新しいムーブメントの話とヨーロッパ中心主義の話がメインで「コピーのコピーのコピー」発言はわざわざ拾うようなもんじゃないよ。
今更言っても無駄だと、それがJ-CAST連中のやり方だと言ってしまえばそれまでかもしれない。Jカス絡みでこんなのはよくある事だ。けどやっぱり今回の仕業にはあまりにも目が余る。
これについてだ。
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (1/2) : J-CASTニュース
この記事は、朝日新聞社のサイトで連載されている小原篤の連載コラム「アニマゲ丼」を発端として書かれてるものだ
こちらがそれ
そもそもは11月12日に東京芸術大学で開催された、「第2回 映像メディア学サミット LOOP-02 マンガ・アニメの映像メディア学的再考」というセッションに押井守が参加し、トークした内容が大本になっている。
その模様はユーストでアーカイブとして見れたが、20日までの限定配信で現在は見れない。
まず「アニマゲ丼」の記事は、見出しが示しているように「若者は夢は持つな」という旨の発言を軸にしている内容である事がわかる
以下引用
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
「やさしい、というのは、励ますとか慰めるのとは違う。『親身になれた』という意味で、それまでは若者のことはどうでもよかったのが目を向けるようになったということ。で、若い人のことを考えれば、本当のこと、残酷なことを言わざるを得ないと思い、ちょうどそのころ中学生や高校生と話す機会がたくさんあったので、こういう話をした。あなたたちは限りなく凡庸で無名で何の個性もないんだ、『一人一人がかけがえのない存在だ』なんて大人のウソを信じるのはやめて、早く幻想を捨てろ、夢を持つな、あなた方の未来にいいことなんて何一つないんだ――というところから始めたらどうでしょうか、と」
なんて身も蓋(ふた)もない、と思いましたが08年8月11日の本欄で私は「スカイ・クロラ」について「あまりに救いのない、というか身も蓋もない結末ではありませんか」と書いていたのを思い出しました。
ここが「アニマゲ丼」で一番取り上げたい部分なのだろう。
この押井守の主張に関する是非は置いておくとしても、この記事自体はバイアスがかかっている気がする。
実際の講演は第2部「アニメーションと日本の戦後社会―ロボット、サイボーグ、アンドロイド、そして人間」というタイトルが付けられている通り
パトレイバーや攻殻機動隊を監督した者として押井がロボットやアンドロイドのあり方を問い、技術論を語り、さらに原発の話題にも振れていくところが主体の講演だった筈だ
ここのスカイクロラの部分はほとんど寄り道であって、「アニマゲ丼」の記事を書いた小原篤の主観として誇張気味に書いている節がある。
いわば押井の講演内容からコピーしてトリミングして、そこに小原自身の主観を交えながら書かれている記事だ。
J-CASTはそこから更に、何故か突然「萌えアニメ」「ハーレムアニメ」などと言った単語を挿入し、押井守が今の萌え・ハーレムだらけのアニメ業界に苦言しているようにも取れる記事を書いている
まずアニマゲ丼から、押井が今のアニメに苦言しているという部分を引用する
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
そして現実の劣化コピーに過ぎない実写と違い、「現実に根拠を持たない」アニメは珠玉の工芸品となり得、アニメはその根本から細部までコントロール可能であるがゆえにその力を使ってアニメ監督は、全世界・全歴史に向けて自分の言いたいことを完全な形で言えてしまうという誇大妄想の極限を味わうことができる。これは悪のにおい、危険なにおいがする。ゆえに若い人をひきつける。しかし僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで「表現」の体をなしていない。
これはどちらかというと、アニメ監督をすることで「誇大妄想の極限を味うことができる」部分に目が行くと思うのだが
前後をぶっちぎって、今のアニメのほとんどはコピーのコ(略)の部分に脊椎反射している人間が多いようだ。
しかしこの記事のこの部分は全貌するとこうなっている
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
押井監督は、日本人が科学技術の表面的な受容と円滑な運用のみにかまけ、その技術の核たる思想、技術をゼロから立ち上げる思想を持たなかったことが今回の原発事故を生んだと指摘。様々な当事者の認識を改めるために今回の事態をヒロシマ・ナガサキに続く「第3の原爆」と呼ぶべきだと訴えました。「技術の思想」の欠如は、ロボットに「かっこよさ」のみを求めるアニメ製作者の思考にもあてはまる、と自作「機動警察パトレイバー」をもとに批判を展開し、そして訴えかける核を持たない日本アニメは、その表層を細緻(さいち)に描き込み磨きあげることで「極東の島国の珍なる文化」として世界に地位を獲得したと分析。工芸品的に細部を作り込みたがるその日本人的な意識が、細緻(さいち)な映像表現に好適なロボット・アンドロイド・サイボーグなどへと向けられた結果、肉体や自意識をめぐるテーマへと結びつき、つまりはアニメという表現形式が発展過程でテーマをはらんでしまったのだと説き明かしました。そして現実の劣化コピーに過ぎない実写と違い、「現実に根拠を持たない」アニメは珠玉の工芸品となり得、アニメはその根本から細部までコントロール可能であるがゆえにその力を使ってアニメ監督は、全世界・全歴史に向けて自分の言いたいことを完全な形で言えてしまうという誇大妄想の極限を味わうことができる。これは悪のにおい、危険なにおいがする。ゆえに若い人をひきつける。しかし僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで「表現」の体をなしていない。あと、ユニコーンガンダムのツノはアイデアとして面白いけど、だからどうなの?
ってな話を約2時間、相変わらず、とうとうとまくしたてたのでありますが(上のまとめは少々わかりやすくかみ砕いてます)メモをとるのが疲れました。私はそれより、新作の話はないの?って聞きたかったんですけど。
ここで「アニマゲ丼」の記事は終わる。
訓練された押井信者(笑)ならば、ここは「ああ、最後はいつもの押井で終わりだな」と、顔をほっこり緩めるところだろう。
「アニマゲ丼」としてはこれをオチの部分にしたかったに違いない。
アニメはコ(略)などはほんの極一部分にしか過ぎないし、これだけでは押井が真剣に憂いているのかどうかもわからない。
さて、J-CASTの方を見てみよう
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (1/2) : J-CASTニュース
朝日新聞は2011年11月21日付けの電子版コラム「アニマゲ丼」で、押井さんの東京芸術大学大学院映像研究科での講演(11月12日開催)を紹介した。講演で押井さんは
「僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで『表現』の体をなしていない」
と語ったという。つまり、制作者には新たな創造性や、作品を通じて訴える思想的なものが欠如し、過去にヒットした作品の焼き直しばかり。例えば「萌え」が流行すればそうした作品ばかりになっている。また、今のアニメはオタクと呼ばれるファン層に媚びたものが多く、こうしたことから「表現」が制作者から無くなった、という批判だ。
確かに11年9月から始まった20本近い新作テレビアニメを見ると、さえない男性主人公の周りに美少女が群がる「ハーレムアニメ」が驚くほど多く、過去にヒットした「ハーレムアニメ」作品と共通する内容がかなり多い。
突然どこからか「萌え」「ハーレムアニメ」という単語が出てきた
押井が言いたいのは「アニメという現実に縛られない媒体を使うことで、監督の自己主張を完全な形で広められる。こりゃたまんねえ(快感)。でもそこまでやる奴ぁもうほとんどいないよね」という事を言いたかったのでは?これも俺の主観ですけど。
どちらにせよ「オタクの消費財」や「コピーのコ(略)」が萌えアニメやハーレムアニメだけを指しているというのは暴論だろ
その発言の直後に出てくるのはガンダムUCだし
J-CASTはあくまで「ネットでそう反応されてる」と言い訳のように使ってる
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (2/2) : J-CASTニュース
「アニメ業界が飽和しすぎで、コピー品を粗製乱造しなきゃ回らなくなってる」
「売らなきゃ食っていけないからな。安定して売れるのがオタク向けの萌えやエロ」
などと納得する人もいるのだが、現在主流となっているアニメのファン達は、自分達の趣味趣向、好きなアニメを批判するのは許せない、と激しく反発。しかし理論で立ち向かえないからなのか
などといった作品批判や、人格批判へと発展し、大混乱となっている。
これでJ-CASTの記事は終わる
J-CASTとしては、「ネットでは押井守が萌えアニメを非難していると言ってる」として、そこを拡大解釈しまくってこんな記事を書いたのだろうか
そもそもそのネットってのはどこのネットを指してんの?2ch?
ちなみにニュー速+では
【話題】「今のアニメはオタクの消費財と化し表現の体をなしていない」押井守さんの発言でネット上は騒動に
というスレッドが立ったが、それはJ-CASTの記事を受けてのものだったし、★4まで伸びたがそれ以上の次スレは立っていない。(追記、★6辺りまで伸びたっぽい?)
一体どこで"大混乱"になってるのか全然思い辺りが無いんですけど。
押井守の東京芸大での講演が、「アニマゲ丼」がダイジェスト記事にしている時点ですでにコピーだし
それを読んで、どこかのネットでは「押井守が萌えアニメを馬鹿にしている!」と憤慨しているならさらに劣化コピーで伝わるべきものが全然伝わってない
忘れないようにメモ
「UN-GO episode:0 因果論」 (上映:約45分予定) 11月19日(土)よりTOHOシネマズにて2週間限定レイトショー上映 監督: 水島精二 ストーリー・脚本: 會川昇 アニメーション制作: ボンズ [上映劇場] TOHOシネマズ六本木ヒルズ、TOHOシネマズ渋谷、お台場メディアージュ、TOHOシネマズ府中、 TOHOシネマズ川崎、TOHOシネマズららぽーと横浜、 TOHOシネマズ名古屋ベイシティ、TOHOシネマズ東浦、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、TOHOシネマズ伊丹、天神東宝 原案: 坂口安吾「明治開化安吾捕物帖」 監督: 水島精二 ストーリー・脚本: 會川昇 キャラクターデザイン: pako、高河ゆん アニメーション制作: ボンズ 制作: 「UN-GO」製作委員会 [キャスト] 結城新十郎: 勝地涼 因果: 豊崎愛生 海勝梨江: 山本希望 虎山泉: 本田貴子 速水星玄: 入野自由 海勝麟六: 三木眞一郎 「UN-GO episode:0 因果論」 (上映:約45分予定) 11月19日(土)よりTOHOシネマズにて2週間限定レイトショー上映 監督: 水島精二 ストーリー・脚本: 會川昇 アニメーション制作: ボンズ [上映劇場] TOHOシネマズ六本木ヒルズ、TOHOシネマズ渋谷、お台場メディアージュ、TOHOシネマズ府中、 TOHOシネマズ川崎、TOHOシネマズららぽーと横浜、 TOHOシネマズ名古屋ベイシティ、TOHOシネマズ東浦、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、TOHOシネマズ伊丹、天神東宝 原案: 坂口安吾「明治開化安吾捕物帖」 監督: 水島精二 ストーリー・脚本: 會川昇 キャラクターデザイン: pako、高河ゆん アニメーション制作: ボンズ 制作: 「UN-GO」製作委員会 [キャスト] 結城新十郎: 勝地涼 因果: 豊崎愛生 海勝梨江: 山本希望 虎山泉: 本田貴子 速水星玄: 入野自由 海勝麟六: 三木眞一郎
高河ゆんって久しぶりに見たわ。
最初見たのはカラートーンの美麗なイラストの頃(CLAMPも当時カラートーン多用で美麗だった)
漫画家としても活動しているのね。
コミカライズも読んでみようかな。
もうたくさんの人に訳されてるけど,じぶんにはあまりしっくりこないのでまた訳してみた。
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今日世界最高の大学のひとつでみなさんの卒業式に同席できることを名誉に思う。本当のことをいえば,私は大学を卒業したことがない。これが大学の卒業式にもっとも近づいた瞬間だ。今日,私の人生から三つの話をしたい。それだけだ。大したことはない。たったの三つだ。
最初の話は点を結ぶことだ。
私はリードカレッジを最初の6ヶ月で退学した。でも本当に辞めるまでさらに18ヶ月かそこらモグリとして出入りしていた。じゃあなぜ退学したんだ?
話は私が生まれる前に遡る。私の生物学的な母は若い未婚の大学院生で,彼女は私を養子に出すことに決めた。彼女はどうしても大学卒に養子に出したいと考えていたので,誕生と同時に弁護士夫妻に受け入れられるようすべて準備済みだった。でも私が生まれて,土壇場になって彼らは本当は女の子が欲しいと決めた。それで順番待ちリストの次にいた私の両親に夜中に電話がかかってきた。「予想外の男の子だったんです。欲しいですか?」「もちろんです」生物学的な母はあとで,母が大学も出てなくて父が高校も出てないことを知った。彼女は最終合意書に署名するのを拒んだ。数カ月後に私の両親がいつか私を大学にやると約束して彼女はやっと態度を変えた。これが私の人生の始まりだ。
17年後私はたしかに大学に行った。だが私は世間知らずにもスタンフォード並に高価な大学を選択し,労働階級の両親の蓄えは全て学費に費やされていた。6ヶ月経って,私はその価値が感じられなかった。これからの人生で何をしたいのかわからなかったし,大学がすべきことを発見する助けになるとは思えなかった。なのに私はここで両親がこれまで貯めた金をすべて使おうとしている。だから私は退学して,みんなきっとうまくいくって信じることにした。あの時はとても怖かったけど,振り返ってみればあれが私のこれまでで最良の決断だった。退学した瞬間,もう興味の持てない必須科目を取らなくてよくなったし,ずっと面白そうなクラスに入り込むことができるようになった。
ちっともロマンティックじゃなかった。寮に部屋もなかったから友達の部屋の床で寝た。コーラの瓶を返却してもらった5セントで食料を買った。日曜の夜には街の向こうまで7マイル歩いてハレークリシュナ教の寺院で週に一度のまともなご飯を食べた。最高に楽しかった。そして興味と本能に従って迷い込んだいろんなものが後に大きな意味を持つことになった。一つ例をあげよう。
リードカレッジは当時国内最高のカリグラフィー講座を持っていた。キャンパスのあらゆるポスター,引き出しのラベル,みんな美しい手書きカリグラフィーだった。退学して普通のクラスを取らなくてよくなったので,カリグラフィー講座に参加してやり方を学ぶことにした。セリフ書体,サンセリフ書体,文字の組み合わせで変化する文字間のスペースの量,すばらしいタイポグラフィがどうしてすばらしいのかを学んだ。カリグラフィーは美しく,歴史的で,科学では捉えられない繊細な芸術だ。そしてそれを私は面白いと思った。
これらの何一つ人生で現実的に役立つ見込みなんてなかった。でも10年後,みんなで最初のMacintoshを設計してる時に全部思い出したんだ。そして私たちはそれをみんなMacに詰め込んだ。Macは美しいタイポグラフィを備えた最初のコンピュータだった。私が大学のあのコースに潜りこまなければ,Macが複数の書体とプロポーショナルフォントを備えることは絶対になかった。そしてWindowsはただMacをコピーしたので,おそらくパーソナルコンピュータは今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えることがなかっただろう。もし退学していなければ,絶対にカリグラフィー講座に参加しなかったし,パーソナルコンピュータは今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えていなかったかもしれない。もちろん大学にいた時に点がつながるのを見通すことはできなかった。でも10年後振り返ってみればとてもとても明らかだ。
もう一度言う。将来点がつながるのを見通すことはできない。振り返ってつなげることしかできない。だからあなたは将来なんらかの形で点がつながると信じなければならない。ガッツ,運命,人生,カルマ,なんでもいい,なにかを信じなければならない。いつかこの道を進めば点がつながると信じれば,たとえ人と違う道に向かうことになってもハートに従う自信を持つことができる。それが違いを生むのだ。
私は幸運だった。人生の早いうちに好きなものを見つけられた。ウォズと私は20歳の時に両親のガレージでAppleを始めた。一所懸命働いて,ガレージにたった二人だったのが,10年で従業員4000人の20億ドル企業にまで成長した。30歳になる一年前に最高の作品,Macintoshを発売した。そして首になった。いや,自分の始めた会社からどうやって首になるっていうんだ? 私たちはAppleが大きくなったので一緒に経営するのにとても才能あると思えた人物を雇った。最初の一年かそこらはうまくいった。でも将来のビジョンが食い違い始めて,最終的に喧嘩になった。そしてその時,取締役会は彼の側についた。それで30歳の時,首になった。世間の誰もがそれを知っていた。大人になってからの人生すべての中心が失われて,本当に最悪だった。
数ヶ月は何をしていいのか本当にわからなかった。前の世代の起業家たちから渡されたバトンを落としてしまって,彼らを失望させたと思った。デビッド・パッカードとボブ・ノイスに会って,このひどい失敗を謝罪しようとした。本当に誰もが私の失敗を知っていた。シリコンバレーから逃げ出そうとさえ考えた。でもなにかがゆっくりとわかり始めた。私はそれまでの仕事をまだ愛していた。Appleでの出来事は私の気持ちをすこしも変えなかった。ふられたけどまだ愛していた。だからやり直すことに決めた。
当時はわからなかったけど,Appleから解雇されたことは私にとってこれまでで最良の出来事になった。成功者の重圧は,またなにもあまりわからない初心者の軽やかさに入れ替わった。おかげで私は人生で最も創造的な時期の一つへと解き放たれた。
次の5年間に,NeXTという会社と,Pixarという会社を興し,後に妻になるすばらしい女性と恋に落ちた。Pixarは後に世界初のコンピュータグラフィック劇場映画トイ・ストーリーを制作し,今では世界で最も成功したアニメーションスタジオだ。びっくりするような出来事があってAppleがNeXTを買収して私はAppleに戻り,NeXTで私たちが開発した技術は今のApple復活の基盤になった。そしてローレンスと私は共にすばらしい家族を築いた。
Appleから解雇されなかったらこれらは全部起こらなかったとはっきり確信している。ひどく苦い薬だったけど,患者にはそれが必要だったのだ。時として人生はレンガで頭を殴ってくる。信念を失うな。私が進み続けられたのは自分のしていることを愛していたからだと確信している。あなたは愛するものを見つけなければならない。恋人を見つけるのと同じくらい仕事でもそれは真実だ。仕事は人生の大きな割合を占める。本当に満たされる唯一の方法は,すばらしいと信じる仕事をすることだ。すばらしい仕事をする唯一の方法は,それを愛することだ。まだ見つけていないなら,探し続けなさい。腰を落ち着けるな。見つけたら,あなたのハートが教えてくれる。恋人との関係のように,それは歳を重ねるにつれてもっとすばらしいものになる。だから見つけるまで探し続けなさい。腰を落ち着けるな。
三つ目の話は死についてだ。
17歳の時,こんな感じの引用文を読んだ。「毎日を人生最後の日のように生きれば,いつか間違いなくうまくいく」印象づけられた。それからこれまで33年間,毎朝鏡を見ながら自分に問い続けてる。「もし今日が人生最後の日だったら,今日これからしようとしていることを本当にしたいかい?」そして答えが何日も続けて「ノー」だった時,何かを変えなければと気づくんだ。
もうすぐ死ぬと思い出すのは,人生の大きな選択を助けてくれる私の遭遇した最もいい方法だ。外野の期待,プライド,恥や失敗への怖れ,そんなものは死に直面すればほとんどみんな本当に大事なものを残してどこかへ行ってしまうからだ。いつか死ぬと思うことは,何かを失うという考えに陥るのを避ける私の知る最良の方法だ。あなたはもう裸なのだ。ハートに従わない理由なんてない。
1年くらい前に癌と診断された。朝7時半に検査を受けたら明らかにすい臓に腫瘍があった。私はすい臓がなにかすら知らなかった。医者はほぼ間違いなく治療不可能なタイプの癌で,3ヶ月から6ヶ月以上生きることは期待すべきでないと言った。先生は帰ってやりたいことを順にやりなさいと言った。死を迎える人への医者のお決まりの対応だ。つまりそれは伝える時間があと10年あると思っていたことをたった数カ月で子供たちに伝えるということだ。つまりそれは全部手はずを整えて家族が出来るだけ苦労せずにすむようにするということだ。それはつまりさよならを言うということだ。
一日腫瘍と過ごした。その日の夜生検を受けた。内視鏡を喉から胃を通して腸に入れて,すい臓に針を刺し,少し腫瘍の細胞を採取した。私は鎮静剤を投与されていたのだけど,顕微鏡で細胞を調べた結果,手術で治療できるめずらしい種類のすい臓がんだとわかって先生たちが大騒ぎしていると付き添っていた妻が教えてくれた。手術を受けて,ありがたいことにいまはなんともない。
これが私が死に最も近づいた瞬間で,あと数十年はそうであってほしい。この経験があったから,死が有用だけどただの知的概念だったころよりもう少しだけはっきりと言える。
誰一人として,死にたくはない。天国に行きたい人ですら死にたくはない。だが死は我々全員が共有する終着点だ。これまで死を逃れた人はいない。そしてそうあるべきだ。なぜなら死は生命の最良の発明に思えるからだ。死は生命の変革担当係だ。古いものを追い出し,新しいもののための道をつくる。たった今,新しいものとはあなた方だ。でも遠くない将来みなさんもだんだんと古いものになって追い出される。ドラマティックになって申し訳ない。でもこれは真実だ。
あなたの時間は限られている。だから誰か他人の人生を生きて時間を無駄にするな。誰か他人の結論を生きるというドグマに捕らわれるな。他人の意見に自分の内なる声をかき消されないようにしろ。そして最も大事なこと。自分の心と本能に従う勇気を持て。あなたの心と本能はもうあなたが本当になりたいものを知っているのだ。他のことはみんな後回しだ。
私が若いころ,全地球カタログというすばらしい出版物があった。私たちの世代のバイブルの一つだ。ここからそう遠くないメンローパークでスチュアート・ブランドという人物によってつくられ,詩的な感覚を人生にもたらした。まだ1960年代でパーソナルコンピュータもデスクトップパブリッシングもなかったから,全部タイプライターと鋏とポラロイドカメラで制作された。まるで35年早くやってきたペーパーバックのGoogleみたいだった。理想主義で,整然としたアイデアとすばらしい思想で満ち溢れていた。
スチュアートと彼のチームは数号のあと,すべての活動を終えて最後の号を出した。1970年代中頃で,私はみなさんくらいの歳だった。最終号の裏表紙には,あなたが冒険好きだったらヒッチハイクをしようかと思ってしまうような早朝の田舎道の写真があった。その下に「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ」の言葉があった。それは終刊にあたっての別れのメッセージだった。ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。私はいつも自分にそう願い続けてきた。今,みなさんが新たに卒業するにあたって,あなたにもそう願う。
ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。
本当にありがとう。
確かに、Yahooとかならやりそう。
考えてみれば、たった一枚のgif(?)アニメーションの追加だし、まさに
だな。反省。
Googleのトップページを開いたら、「+あなた」というメニューが追加されていて、
ご丁寧に「こんな新サービスができましたよー!」とアピールせんとする青矢印のアニメーションまで付いている。
正直、これはやりすぎじゃないか?
今まで何かの記念日にGoogleのロゴが記念日にちなんだものに変わっているのは、一種のユーモアやジョークとして楽しいが、今回のこれはあまりにも自社のサービスの宣伝という意味合いが露骨で、嫌悪感を覚える。
Googleのいいところは、Yahooや他の検索エンジンみたいにゴテゴテと余計なものがない、シンプルなUIだったのに、これではその良さが台無しになっている思う。
「Facebook」とかの新手に危機感を募らせているのかもしれないけど、これじゃ結局Googleが嫌っていた邪悪な存在になってしまう気がしてならない。
(2012年1月書き直し。文章が長いという意見が多く見られたので箇条書きでまとめ直した)
わざと避けてた部分を書かれたw
まぁFlashの普及という意味ではvideoタグが全部持ってくよね。あとcss3。canvasはそれほど脅威ではない印象。
videoタグの実装が整ってくれば、一定数のFlash離れは起こるんじゃないかと思う。ただ、videoタグの普及にはまだまだ時間がかかりそうだから、それまでにFlash無しじゃいられない体にしてしまえば、生き残りは十分可能な気もする。実際、Mixiアプリやってる有閑マダム達を虜にして一定数は確保してる。
あと、一度インストールしたら、重大なセキュリティホールが発見されない限り、わざわざアンインストールはされない。慎重に対応すれば現在の普及率をある程度キープすることは可能。
もっとも、Adobeは、Flashをブラウザ上からクロスプラットフォームのアプリ作成環境にまで成長させるつもりっぽいので、長い目でみてもFlashは形を変えつつ生き残るんじゃないかと思ってる。
「Flashに死んで欲しいと思ってる」ってのもある程度同意。ただし少なくともIE6ほど「みんな」ではない。
Flashが恨まれるのは、まだマシンパワーが貧弱だった時代に、わざわざ重いベクターアニメーション環境をブラウザで動かしてしまった事に起因してる。その上、かなり優秀なタイムラインアニメーションツールを提供してしまったため、敷居がぐっと下がってしまい、「負荷」という言葉を知らないアーチスト達によって、きれいだけど無茶なコンテンツが量産されてしまったという悲劇を引きずっている。
もっとも、マシンパワーがあがった今でも、負荷的に無茶なFlashコンテンツが量産され続けている状況は変わってない。これはFlashのせいというより、コンテンツ作成者の知識不足によるところが大きい。Adobeは、もっとコンテンツ作成者の成熟に力を入れたほうがよいのかも知れない。
(ここで言うHTML5はcss3とJavascriptも含めた技術全体の事、逆にFlashはAir等の派生技術は含めないブラウザ上のFlashPlayerの技術のみを指します。)
ウェブに携わる人間には常識だけど、HTML5は何でも出来るスーパーヒーローではない。
どちらかというと、中日の高木とか、ヤクルトの宮本とか、巨人の川相とかの方が近い。知らないやつはググれgoogle:いぶし銀。
HTML5の真骨頂は、昨今のリッチなインターネットコンテンツを、非常に簡潔にスマートに記述できるところにある。複雑な事をすれば凝った事もある程度できるけど、得意分野じゃない(標準APIが機能不足だし、JavaScriptの言語仕様が複雑な処理に向いていない)。
ブラウザだけでここまで出来る、とか、
Flashはもういらない、とか、
ってのは、川相だって筋肉付ければホームラン打てるようになるし清原はもういらない、って言ってるようなもん。宮本にパワーヒッターを求めるのなら筋違いだ。生い立ちも素質も違うのに、どうして代替となりうるのか(プログラムと人間を一緒にするのが暴論なのは百も承知)。
HTML5とFlashにはそれぞれ得意分野があるし、淘汰される形で対立しうるものではない。にもかかわらず、ブコメ見てて、いまだにFlash氏ねHTML5マンセーな意見が支配的なのが痛すぎる。
「ブラウザだけで」というと聞こえはいいけど、何のことは無い。5年くらい前のFlash相当のプログラムが、ようやくブラウザに搭載され始めただけのことだ。Flash は重いとよく言われるが、同じことをすれば(今のところ)HTML5 のほうが重いことが多い。
あと、記事を読むと大概「(どれかの)ブラウザだけで(なら)ここまで出来る(けど他のブラウザじゃ動かない)」って言葉が隠されている。HTML5 の仕様が固まれば全コンテンツが全ブラウザで同じように動くようになるよ!なんて本気で信じてるならあなたはネット向きじゃない。
Flashは互換性の点で優位にある。一社提供で基本的に同じコードを同じ開発者が作っているってのもあるけど、そもそも「どのブラウザでも同じように動く」が、セールスポイント=利益に直結するというモチベーションになるのが極めて大きい。
HTML5 と対立するは Flash ではない、HTML4 だ。HTML4の悪い所を直してHTML5にしようとしてるんだから当たり前。
video対応やベクター描画といった Flash が寡占してる技術の一部を HTML5 が食ってるのは事実だけど、Flash と HTML5 の機能は相補的である。HTMLは文章構造を効率的に記述する目的で生まれたものだし、Flashはタイムラインベースのベクターアニメーションを表示するために生まれた。両方ともブラウザ上でリッチなユーザー体験を提供するという目的に向かって進化してるので、お互いの領土を食い合う形にはなってるけど、生い立ちが違うので得意分野も当然違う。
テキスト表示とレイアウトはHTML5のほうが断然得意だし、2D描画はFlashの方が一日の長がある(私見だけど、HTML5はFlashの描画能力の半分にも至っていないし、Flashのテキスト表示機能はie6のそれにすら劣る、と感じる)。
Flash vs HTML5 という構図は、スティーブ・ジョブスのプロパガンダにすぎない。
ジョブスは訴求力を上げるため、しばしば、対抗技術=「悪」とした勧善懲悪ストーリーを作り上げる。簡潔で力強い言葉にのせて、対抗技術の欠点と自社技術の利点を(時には脚色しつつ)徹底的に挙げていく。対抗技術の利点など無きものとしてしまう。そこには自社技術の欠点など存在しない。
HTML5推しの本来の意図は、ジョブスの声明から推察するかぎり、HTML5であればAppleが開発してるブラウザエンジンwebkitを通じて自らの手でインターネット体験を提供出来るが、FlashはAdobeが開発している技術なので手を出せない(厳密にはFlashはオープンな技術なので自社開発する事は不可能ではないが)という点にある(もちろん、実際は様々な複合要因だと思うけど)。自社製品におけるインターネット体験、という肝心なところを他社に依存してしまうのは許せない、というのは至極真っ当なコダワリだ。Android にユーザーが流れてしまうという大きなデメリットを背負ってまで、iPhone が Flash を載せないことについては、評価すべきとすら思っている。もともと Mac版 Flash プレイヤーのデキの悪さという恨み節もあり、歴史的な経緯による「Flash は重い」という先入感も利用し、衝撃の声明は完遂された。
かくして、勧善懲悪のスーパーヒーロー HTML5 が誕生した。
Flash と HTML5 両方のコーディング経験者であれば判るけど、HTML5はこれまでに比べて簡潔に記述できる事が最大のメリットであって、複雑で凝った事は得意分野じゃない。にもかかわらず、無理矢理 HTML5 で書かれた凄いアプリが「ブラウザだけで!」とか「Flashいらない!」とかセンセーショナルな煽り文句とともに紹介され、もはや冷笑の対象となっている。
もちろん、凄い HTML5 アプリの作者は何も悪くない。未来の技術をいち早く実験/公開して、われわれにその可能性を提示してくれているのだ。そんな彼らを冷笑の対象にしてしまって良いわけがない。
ここまで読んでくれた人ならわかるだろうが、自分は、川相のゴロ捕球からの洗練された送球フォームが大好きだ。いや、HTML5の洗練された仕様と最新鋭の技術が大好きだ。
だからこそ現状を見ていられない。
現実として、Flashは互換性を気にしないで良いがiPhoneで見れない。HTML5はiPhoneで見れるがブラウザ間の互換性が問題となる見通し。
何が幸せなインターネットの未来なのかわからないけど、今の HTML5 vs Flash という構図は、不幸な方向に向かってるように見えてしょうがない。
今回触れてない話の1つにセキュリティ/バグ関連があります。議論の余地のある話ですが、個人的にはどっちもどっちだと思ってます。
あと、巨人末期の清原は本当にもういらなかったかという話があります。議論の余地のある話ですが、個人的にはどっちもどっちだと思ってます。
あの頃の僕は、毒の唾で世界を汚すことが無常の喜びだった。本や
映画で得た受け売りの理論で身近な大人たちを追い詰め、彼らを軽蔑
することだけが生きているリアリティと感じていた。目で見える世界のほと
んどが許せず、ニ十歳まで生きていることはあるまいと本気で思っていた。
あの頃、高校時代、僕にはFという同級生のガールフレンドがいた。
正直、彼女を好きでもなかったのだが、女のひとりも口説けないのかと
周囲に思われるのが癩だったのでなんとなくつき合っていた。二人で観る
映画はいつも二番館の面倒臭そうなアート系の映画で、Fは僕に映画の
解説を求め、僕はそんなたわいないことで男のプライドを保っていた、どう
せ刹那的なつき合いだと酷く冷め、やがてくる彼女との別れの日をドラマ
チックにシミュレートして悦に入っていた。そんなある日、Fが僕を演劇に
誘った。芝居はテレビで紀伊國屋ホールを収録したようなやつを観たこと
がある程度で、それもおそらくそんな感じだろうとまるで期待していなかった。
が、打ちのめされた。体の震えが止まらなかった、舞台音楽が僕を子供の
頃の暗闇の恐怖にいざなった。その後、Fは地方に就職先を決め、卒業
の日、明るく「さよなら」と僕の前から去った、以来、彼女とは会っていない。
結局、見透かされていたのは僕のほうだった、そして間違いなく、あの頃、
彼女は僕の母だったのだ。今回、シーザー氏の歌に僕が固執したのは、
あの頃の無知な自分と母との時間を追体験したかったからかもしれない。
存在するものがこの世界にはある。我々の前では、美しすぎたり、
醜悪すぎたり、日常であったりして、正体は曖昧なものと感じられ
ているが、それは確かに、明確にこの世界に存在するはずなのだ。
私は、それをアニメーションという手段で整理分解して、判りやす
く伝えようとは思っていない。セル画で数値化、セリフで言語化でき
る部分だけを抜き出して、それを伝えようとは思っていない。むしろ
段を使って、混沌のまま明瞭に、確かに存在することを示したいのだ。
私は、光宗さんと上谷さんを尊敬している。二人は紛れもなく、
十四歳の頃、僕は学校が嫌いだった。いや、正確には、学校という名の世界での自分の状況が嫌いだった。
その頃は、いわゆる“校内暴力”なるものが全国的に取り沙汰されていた時期で、僕の通ってい
た学校も例に漏れず相当に荒んでいたと思う。生徒が教師の胸ぐらをつかみ上げ授業中断、など
ということも珍しいことではなかった。学校とは箱庭ではあるが、言うまでもなく「ひとつの社会」で
あり、「現実世界のミニチュア」だ。その社会の中で、僕は凡庸な者だった。休み時間にトイレでタバ
コを吸う勇気も、教師の胸ぐらをつかむ勇気もなかった。そして、僕はそのことが嫌で仕方がなかっ
た。子供だったが、凡庸が美徳だなんてウソだってことぐらいは知っていた。「ミニチュアの社会」の
中ですら凡庸な自分に控えている未来.凡庸な人生の予感に言い様のない絶望を感じていた。
あれから十数年。現実は残酷で、やはり僕は凡庸なる大人になってしまった。絶対に裏切って
はいけない人を、何人も裏切ってしまった。そうまでして手に入れたのが、凡庸なる自らの姿だった。
だが、いかなる夢も見ることを禁じられたこの世界で、僕はまだ密かに夢を見ている。まだ密かに
モラトリアムでありたいと甘えている。そのことを「少女革命ウテナ」はうまく表現できただろうか…。
J・A・シーザー氏の音楽を、僕は遥か十代の頃に体験した。氏の音楽はその時から、そして今も変わらず僕
シーザー氏と仕事の機会を得ることができたのは、ひとえに大月プロデューサーの手腕によるところだ。
いや、実はそのことだけではない。大月氏は、アニメーション作品「少女革命ウテナ」を世に送り出すために、
多大なリスクを負った。我々スタッフは、その彼のリスクの上に、完全な創作の自由を与えられたのだ。「自分の
若さと可能性を信じろ」などと言うインチキな大人には数多く出会ったが、リスクを負うと言うことを体現して
見せる大人に出会ったのは初めてだった。もちろん、僕自身もリスクは負っていたが、彼のそれは比べようもなく
大きかったはずだ。にもかかわらず、彼が僕にリスクを強要したことは一度もなかった。彼は、作品作りにおける
リスクの尊さを改めて僕に教えてくれた。そしてそのことは今回の作品制作において僕個人にとって貴重な
モチベーションになった。おそらく「少女革命ウテナ」という作品は、僕と大月氏の共同監督作品だったのだ。
だから、ある意味で僕は敗北者なのだろう。なぜなら、僕は絶対に裏切ってはならない友人を、数多く裏切っ
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミク現象の持つCGM的側面については、外国人の感想でもしばしば言及されている。しかし、ワールドイズマインならぬWorld is Hers(世界は彼女のもの)と題された以下の感想ほど、このテーマを正面から丁寧に描いたものはない。CGMこそ「クリプトンが世界にもたらした最大の贈り物」との指摘はとても重要だろう。伊藤社長が主役を演じる世にも珍しい感想、という面からも一読の価値はある。
urlは以下の通り。
伊藤博之は自ら説明しようとしていた。
「ヴァーチャル・アイドル」初音ミクを生み出した企業、クリプトン・フューチャー・メディアのCEOとして、伊藤は人で溢れる大衆文化のバンドワゴンの運転席に座っている。そして誰もが興奮しすぎる前に、彼は人々にこのバンドワゴンが何であるか理解させたいと望んでいた。
「初音ミクは[一つの]ソフトウエアです」と彼は言う。「YAMAHAが開発したボーカロイド技術を使ったものです。[ボーカロイドは]歌声を作り出すエンジンで、我々はYAMAHAからその技術に基づく製品を開発するライセンスを得ました」
言い換えれば、ミクのファンであると公言することは、KorgのTritonキーボードあるいはフェンダー・ストラトキャスター・ギターのファンであるのと似ているのだ。君が応援するのは楽器――PCにインストールしなきゃならないうえに箱にはアニメ風のイラストが描かれているが、でもやはりそれは楽器だ。おまけにボーカロイドというブランドネーム自体はミクや彼女の華やかな友人たちに帰するものというより、むしろ彼らを動かす音声合成エンジンを指している。文字通りに取れば、「ボーカロイドのファン」であるとは、特定ブランドのギター弦のファンであるのと同じである。
だが誰がそんな言葉遊びを気にするだろうか? どんな新興サブカルチャーでも、言葉に独自の意味が付きまとうのは普通である。今日では「ボーカロイド」はそのイノベーションから花開いた仮想世界全体を示す言葉となっている。ボーカロイドとは作曲家がそのソフトを使って自宅スタジオで作り出した無限のレパートリーを持つ曲のことである。ボーカロイドとはそれぞれの曲に対応する画像と動画のギャラリーである。ボーカロイドとはそれらの画像から生まれたあらゆるミームや粗筋である。ボーカロイドとはそれぞれ特有のボイスバンクを象徴するキャラクター群のことである。そして誰であれアニメ・エキスポに参加した者ならこう言うだろう。ボーカロイドとはそれらキャラのあらゆるバリエーションを含む姿にドレスアップしたファン層である。
これこそがクリプトンのマーケディング・ディレクター、佐々木渉すらも驚かせた口コミ波及効果だ。彼は「ユーチューブやニコニコのような動画シェアサイトを通じて[ボーカロイドが]利用されるやり方」に驚いたと話す。「これらのサイトを使って、本当に口コミで仲間の間に広がっていきます。本当に過去に例を見ない[方法で]様々な国で人気を得ています」。つまり、本流エンターテインメントの大半が今なお企業の重苦しい手によって運営されている一方、自力推進型であるボーカロイドの本質はあらゆるものをひっくり返したのだ。
「ある意味、こんな現象相手に取り組む最良の手法を見つけるためもがき続けてきました」と佐々木は話す。「ファンからのフィードバックを得るのが最良だと我々は信じてきました……いかに物事に対処するか、ファン層にとって最もよいことのためにどうするかを。急いで金儲けしようとは思っていません」
クリプトンは、当時まだMP3ですら未発達の技術であり、ユーチューブ誕生に10年も先行し、そしてあらゆるものを可愛いアニメ少女に擬人化するアイデアがまだ急増していない1995年に設立された。「我々の目的はそもそもボーカロイドを仕事にすることでも、[音声合成]ソフトを作ることでもありませんでした」と伊藤は話す。「クリプトンは音全般――音と関係するソフト全てを取り扱う企業として設立されました」
もし伊藤を冗談めかして「ミクのお父さん」と呼ぶのなら、彼女の祖父母は最初のボーカロイドエンジンを2003年に発表したYAMAHAの面々となるだろう。「そうした技術が存在することは知っていましたし、それを使って何かできることがあるんじゃないかと思っていました」と、伊藤は当時について話す。「我々は既にYAMAHAと係わり合いをもっていましたので、彼らと連絡を取りそこから製品を作り出すことができました」
だが、あたかも完成された合成音声で歌う天使の形でミクが天から降臨してきた訳ではない。彼女の根っこは、伊藤の説明によればとても粗末な形式の音声技術にまで遡ることができる。「日本では[音声合成]ソフトは結構一般的で、例えば駅などで使われています。そこでは列車の到着がアナウンスされたり、あるいは[乗車している場合]駅名が呼ばれたりします。自動応答システムを使う電話はボーカロイドによって動いています」(想像してほしい、ミクの親戚の一人がカスタマーサービス用の電話回線で働く恐ろしいロボ電話であるという事実を)
「当初[合成された]歌声を使うソフトは存在しませんでした」と伊藤は続ける。「そうしたソフトにどの程度の需要があるのか、私には確信が持てませんでした。というか、はっきり言うなら、PCに歌わせることができるソフトを作るのにどんなメリットがあるのか分かりませんでした」
この疑念こそが伊藤に次の手を講じさせた――それは最終的にはクリプトンの歴史で最も賢い一手となった。「2004年、私は最初の[ボーカロイド]ソフト、Meikoを作り、それに漫画風のキャラを付けました。ある人格が歌う[のを真似る]ソフトは人間にとって必要不可欠なものではなかったから、そうしたのです。人々にアピールし人々から愛されるようになるためには人間味を持たせる必要があると考え、そのための最適な手段が漫画風キャラのようなものでした。このソフトは結構いい成功を収め、そしてもちろん初音ミクの構想へとつながりました」
そしてその次に起きたことは誰もが知っている。
おそらく伊藤博之が成功した秘密は、クリプトン創業者である彼が音楽、サウンドエンジニアではなく、ソフト開発者ですらなく、何よりビジネスパーソンだった点にあるのだろう。伊藤は、あなたはミュージシャンではないのかと質問されると笑い(彼はミュージシャンではない)、自身が経済を専攻したことを認めた。「音楽とは無関係です」と彼は言う。「ボーカロイドのマーケティングに成功するうえで、私は自分が学んだスキルのいくつかを使ったと思います」
アニメ・エキスポ1日目のキーノート講演で、初音ミクとボーカロイド・カルトについてスライドショーを使った改まったプレゼンを始める際に、伊藤はビジネスマンとしての本領を発揮した。彼はまず自分が誰で彼の企業が何をしているかについて慣例となっている概要報告を行い、それから公式にクリプトンが制作しているボーカロイド「キャラクター」(あるいは、厳密に正確さを期するならソフトウエア・パッケージというべきか)の一覧を示した。
2007年8月31日に生まれた永遠の16歳、初音ミクは、今ではショーの目玉に位置している。人気で彼女に次ぐのは鏡音の双子、リンとレンであり、彼ら独特の黄色い装飾と少年/少女のペアは、ミクの緑と灰色と同じくらいコスプレ業界では至る所で見かける。だが音楽制作者の視点から見ると最も用途の広い声は2009年の製品である巡音ルカのもので、より深い音域と日本語及び英語で「歌う」能力を誇っている。何人かのファンは昔ながらのMeikoとKaitoの旗を掲げている。その声は旧世代のボーカロイド技術の上に構築されているが、今なおクリプトン・ファミリーの中心メンバーである。
クリプトン以外のボーカロイド・キャラもサブカルチャーの世界に入ってきている。たとえば声優中島愛のボイスサンプルに基づき、マクロスFのランカ・リーをモデルとしたMegpoidや、J-rockのスーパースター、Gacktの声を使ったGackpoidなどがそうだ。より進取の気性に富んだ人々はUtauloid(日本語の言葉『歌う』から来ている)と呼ばれるオープンソースの音声合成エンジンまでも開発しており、その中で最も有名なのはピンクの巻き毛をした重音テトだ。
音楽ソフトウエア・パッケージについて、それがまるで本物の人間であるかのように語るのは最初は奇妙に感じられるだろう。しかし伊藤が最初に作り出した時に予想したように、それこそがこのソフトをかくも魅力的にしている正体なのだ。これらのキャラがもたらした創造性は、伊藤がプレゼンで誇らしげに見せびらかした数字によれば、ユーチューブで36万6000件、ニコニコで9万2600件に及ぶボーカロイド関連動画へと結実した。
そしてこの成長するメタ=ジャンルからあふれ出したマルチメディアコンテンツもある。クリプトンが運営するウェブサイトPiapro(『ピア・プロダクション』の省略形)には、ボーカロイドに触発された45万を超えるテキスト、音楽、及び画像の創作物がある。さらに注目に値するのはクリエーターたちがどのように相互に刺激しあっているかだ。コンテンツを共有するポリシーの下、あるPiaproユーザーが音楽を制作すれば、別の誰かがそれを聞いて付随するイラストを描き、さらに別の人がその構想に従って短いアニメ動画を作成する。そこでは、サイトのルールに従い創始者を適切にクレジットに載せることだけが重要だ。
何人かのボーカロイドファンはアートの世界の彼方まで行ってしまい、エンジニアリングの成果をもたらした。最もよく知られているのは3DアニメーションプログラムのMikuMikuDanceで、初音ミクのキャラクターモデルを――実際にはどんなキャラクターモデルでも――特定の歌に合わせてリップシンクし踊らせることができる。より繊細な対象を扱っているのがVocaListnerで、本物の人間の歌手によるインプットを分析し、ボーカロイドプログラムのセッティングを自動的にその声にあわせて調整する。思いつきに過ぎない想像の飛躍ですら現実化し得る。初音ミクの動画「Innocence」で取り上げられた「Ano Gakki」(『あの楽器』)というニックネームで呼ばれている奇妙な見かけのタッチパネル式キーボードも、実際に使える楽器として再現された(それほど野心的でないバージョンならスマホ用アプリとしてダウンロードできる)。
これら全てが意味しているのは、ほぼ完全にファンによって運行される賑やかで創造性に富む生態系が存在するということだ。究極的にはそれこそクリプトンが世界にもたらした最大の贈り物だろう。初音ミクやボーカロイド・ソフトそのものではなく、それらが使われる方法こそがそうなのだ。企業という大領主によってではなく、消費者によって作られた完全なエンターテインメント形式。企業は僅かな道具と規則を与えるだけで、後は椅子に深く腰掛けて次に何が起きるかを見守っている。
それでもなお、ボーカロイド体験を活気づけるため企業が提供するイベントは多数ある。今年はアニメ・エキスポが日本以外では初となる「ボーカロイドのライブ・コンサート」ミクノポリスのホストを務めた。それはステージ上の綺麗なスクリーンに投影するCGIアニメーションでしかない(ほかならない)が、いい視野角と健全な猜疑心の保留があればそのイリュージョンはなお印象的になる。さらに感動的なのは、セットリストにある全ての曲が明らかにファンの作ったもの――クリプトンの地下室であくせく働かされるソングライターが大量生産した製品ではなく、本物のミュージシャンがボーカロイドという媒体を通じて自らを表現したものである点だ。
だがコンサートはどのような限界が残されているかも暴露した。ミクの魔法は左右双方40度以上の角度では働かなくなった。調整の効かないボーカルは、時に楽器の生演奏の下で迷子になっていた。そして音声合成技術のあらゆるイノベーションをもってしても、より繊細な耳にはなおミクが絞め殺されるようなロボットじみた変な声をしているように感じられた。でも、日本では生身のアイドルについてどう言われていると思う? 「アイドルは不完全であってこそふさわしい」。不完全さこそがミクをこれほど魅力的にしている。誰もが進行中の仕事に関与できるからだ。
どんな未来があるか、誰に分かるだろう? クリプトンは既に英語版の初音ミク・ソフトが開発途上にあることを約束しているし、日本では新しい改良されたボーカロイド・エンジンが開発中だ。それはつまり、韓国語ですら歌えるボイスバンクを含んだ新たなキャラの登場を意味している。クリプトンのオリジナル・ボーカロイド製品は、その声に新たな音色をもたらす追加物「アペンド」によって進化を続けている。そしてどこかで我々の誰にも知られていないマッドな天才が、ボーカロイドの世界を永遠に変えてしまうようなアイデアにおそらく取り組んでいる。
多くの人が知っているように、「初音ミク」という名は「未来の最初の音」をもじったものだ。だがボーカロイド文化が広がるにつれ、この名前はますます不正確になっている。彼女はもはや未来の音ではない。彼女はまさに今の音である。
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクLAライブ、外国人感想その2「再生の約束」フリーダム訳
http://anond.hatelabo.jp/20110708223459
初音ミクLAライブ、外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」
http://anond.hatelabo.jp/20110709211718
初音ミクLAライブ、外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来の音色」
http://anond.hatelabo.jp/20110710234300
初音ミクLAライブ、外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」
http://anond.hatelabo.jp/20110711212701
初音ミクLAライブ、外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマスと世界征服」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その8「ミクノポリス:コンサート・リポート」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その9「アニメ・エキスポ:初音ミク」
http://anond.hatelabo.jp/20110715222900
初音ミクLAライブ、外国人感想その10「アニメ・エキスポ2011(抄訳)」
http://anond.hatelabo.jp/20110716194029
初音ミクLAライブ、外国人感想その12「アニメ・エキスポ2011でのボーカロイド体験」
http://anond.hatelabo.jp/20110719031316
初音ミクLAライブ、外国人感想その13「ミク:日本のヴァーチャル・アイドルとメディア・プラットフォーム」
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
ボーカロイドの海外進出に将来性はあるのか。そういう視点から初音ミクのLAライブを見ている外国人は結構いる。今回紹介するのは、その中でも明確に「ビジネスとしての初音ミク」のあり方について論じている事例だ。日本人が読むと高すぎるハードルを設定されているような気がしないでもないが、確かに商売としての初音ミクを考えるべき時が来ているとの指摘には一理ある。日本でもまだ確立したとは言えないビジネスモデルをどのように海外で成功させるか考えるうえで、一つの材料になる。
urlは以下の通り。
http://cjblackwing.wordpress.com/2011/07/08/mikunopolis-christmas-in-july-and-world-conquest/
数日前、私はロサンゼルスのアニメ・エキスポ2011から戻ってきた。私の旅行のうち、すぐ後悔するに決まっているレベルの買い物を物販コーナーでしでかしたこと以外のハイライトと言えば、初音ミク関連全部だと言わざるを得ない。ミクがらみ全ての中で頂点はどう見てもミクノポリスだったが、週末のあらゆるパネルを通じてミクに関するたくさんのことを知ったのは楽しい経験だった。ロサンゼルスに向かう前から私はもちろんヴァーチャルアイドルのファンだったが、週末に入るまで私は何を予期すべきかについて実は知らなかった。出立後、ミクのファンになることがいくつかの理由でサンタを信じることに極めて似ているのに気づき、私は衝撃を受けた。
まず、クリスマスが持つ意義と同様、ミクは君が何をしたいかによって君が望むどのような存在にもなれる。世の中にいるあらゆる変態のために彼女が無限の衣装を持っているかのように見える点について話しているんじゃない。いや、それも一部かもしれない。今なおファンはミクに関する新しい歌、アニメーション、あるいはキャラデザをつくり、他の者がインターネット使用を通じて楽しめるようそれを世の中に送り出すことができる。けどクリスマスが単にキャンディー棒と橇の鈴だけではないのと同様、ミクも音楽だけじゃない。この週末、ほぼすぐ私にとって完璧に明らかになったのは、ミクがごく簡単に商業主義の同義語になり得るということ。色々な意味でこれはいいことだ。こうした起業家精神こそが、ゲームやフィギュアに登場するミクをファンにデザインさせることになるし、たとえ分権的なビジネスモデルを通じることになるとしてもなお企業がミク製品に資金を使うのを許すのだから。そして商業主義に関するあらゆるものの真実の意味において、ミクはしばしば決して純粋とはいえない姿に描き出されている。
クリスマスの比喩を続けよう。子供はしばしば小さいうちはクリスマスという概念を理解するのが困難だ。2歳児がただの贈り物を受け取る意味を理解する必要はないが、数年内にそれは子供の世界における中心的イベントになる。この週末、私はミクを理解するうえでそれと同じ感覚を味わった。明らかにアニメ・エキスポに来た大勢の人はミクが何であるかについていくらかの考えを持っていたが、大多数にとってこれはミクに関するあらゆる知識を大量に服用した最初の経験だった。ヴァーチャルアイドルに対する興味は週末を通じてゆっくり増大していくように見えたが、私が思うに大半の人が本当にミクの真価を認め始めたのは彼女のコンサートの間だった。当初、選ばれた一団の人々のみが歓声を上げさらに少ない人だけが立っていたようだった。だがコンサートが進むに連れより多くの人々が言わばグルーヴに身を任せるようになり、そしてその夜の終わりにはノキア・シアターのほぼ全員が立ち上がり、ミクにアンコールのため戻ってくるよう肺の中から叫んでいたかに思えた。サンタ・クロースとミクを含む人生における多くのこと同様、何が起きているかを理解するには多少の時間がかかるが、ひとたび理解すればそれは何か特別なことになるのだろう。
私は日本企業がミクの人気を増すために行ったこと、つまりクリエーター個人がその製品の中で比較的自由にミクを使えるようにすることでファンのデザインをコンサートやフィギュアに実装したところからこの週末のコンサートまで、その全てに敬服している。そして成功するためには他の国民もミクに関する彼らのモデルに追随すべきだと日本人が感じていることも何となく分かるが、それは正しい方法ではないと私は思う。世界中の人々が異なるやり方でクリスマスとサンタを祝っているのと同じように、我々はミクと他のボーカロイドを祝すべきだ。将来において他の言語でもソフトが使えるようにするのは正しい方向性だが、それは分かりきったことに過ぎない。心配なのは、ミクが米国あるいは他の西洋諸国のより幅広い聴衆に必ずしも利用されず、あるいはよく知られないままになるのではという点だ。現状、普通のアニメ、J-ポップ、その他のファン以外の人々が本当にミクのファンになるのは不可能だと思うが、米国で例えばniconico.comといった感じの新たなサイトを作っても、米国が中東に民主主義を紹介しようと試みているのと同じような前進しか期待できないだろう。
ミク(及び彼女の調教師)が本当に世界を征服したいと思っているのなら、まず彼らがオタクのファンベースを幅広く、Narutards[NARUTOの熱狂的ファン、キモオタの代名詞?]からミクを見るために国中から集まってくる人々に至るまで全ての人を(支持母体として)征服することが完全に必要である。エキスポで参加したいくつかのパネル及び私が過去に話した人々を見る限り、アニメ業界が彼らのオンライン製品をよく知らしめるためにいい仕事をしてきたようには思えない。コンベンションで出会った何人かの人はCrunchyrollが無料アニメを提供していることを知らなかった(はっきり言えば、合法違法を含めオンラインでアニメのストリーム上映を見られることを知っている人は極めて少ない集団にとどまっていた)。つまりniconico.comや新たに告知されたMikubookを習慣的に人々が見ることは決して所与の前提ではないし、まして部屋の中にユーチューブという名の500ポンドのゴリラがいる状態ではそんな事態は期待できない。
私がビジネスコンサルティングの授業から学んだ一つの教訓は、製品を作り出すのを手助けするのに必要なリソースを既に持っている企業と一緒に働く能力を君が備えているのなら、自らチャレンジして必要な能力を発達させるよりも、その企業と一緒に仕事をした方がいいってことだ。もし製品を外国に紹介しようとしているのなら、ジョイントベンチャーの利用はより重要である。確かに私はミク関係の人々がアメリカに拠点を置くウェブ企業とある種のジョイントベンチャーを作ろうと試みたのかどうか知らない。だがもしやったことがないのなら、それは彼らの犯した重大ミスだろう。普通のアニメ/J-ポップファンがniconicoやMikubookに気づくまでに使われる時間と金にはそれだけの価値があるようには思われず、そしておそらく普通のアメリカの消費者の注意を惹きつけることなど忘れてしまうほどかかるだろう。その代わり、既に有名なアメリカのネット媒体でミクの特別販促を行うことを日本企業が本気で考えたのなら、ミクは既に彼女を知っている者にのみ検索されることもなくなるだろう。
ミクが日本以外では失敗を運命づけられていると言っているのではない。日本で発展したビジネスモデルは間違いなく機能しているように見えるし、彼らはそのための偉大な製品を持っている。ミクがもっと一般的になるのを見たい人間として、米国でのトヨタCMである程度はやったように、彼女を宣伝するため日本企業がもっと米国企業と一緒に働くのを見てみたい。さらに、これらの取り組みは単なる単発的仕掛けにとどまってはいけない。既に確立したテレビメディアを通じてミクを人々に知ってもらおうとする取り組みを継続する必要がある。さもなくば最終的にビジネスのコストが高くなりすぎ、慌てて逃げ出さざるを得なくなるだろう。
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初音ミクLAライブ、外国人感想その2「再生の約束」フリーダム訳
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初音ミクLAライブ、外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来の音色」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その8「ミクノポリス:コンサート・リポート」
http://anond.hatelabo.jp/20110714210122
初音ミクLAライブ、外国人感想その9「アニメ・エキスポ:初音ミク」
http://anond.hatelabo.jp/20110715222900
初音ミクLAライブ、外国人感想その10「アニメ・エキスポ2011(抄訳)」
http://anond.hatelabo.jp/20110716194029
初音ミクLAライブ、外国人感想その11「世界は彼女のもの:初音ミクはいかにして全てを変えたのか」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その12「アニメ・エキスポ2011でのボーカロイド体験」
http://anond.hatelabo.jp/20110719031316
初音ミクLAライブ、外国人感想その13「ミク:日本のヴァーチャル・アイドルとメディア・プラットフォーム」
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
前回は初音ミクのLAコンサート、Mikunopolisに関する外国人の感想「Promise Of Rebirth」を翻訳してみたんだが、読み返してみると随分と難解で堅苦しい。逐語訳だとどうにも冴えないようだ。こりゃいっそ正確さは犠牲にして、分かり易さを最優先にもっとフリーダムに翻訳してみてもいいかもしれん。参考文献は水戸黄門の主題歌、つまり七五調で。
+++++以下翻訳+++++
するのは遥か 未来だと 思ったことも ありました
ミンメイだけが きっとこの 場面飾るに ふさわしい
そんな土曜の 夜の夢 思い返して 考えた
分かっているね お客さん DVDを チェック済み
青緑した 髪の毛が 繰り出す歌に 大興奮
ディラッド板に 弱点も あるけどそれも ご愛嬌
振り返る過去 幼い日 親に連れられ 見に行った
音に合わせた 光の線 まばゆく輝き 描き出す
それは発展 そしてまた 深い分裂 もたらした
好きなヤツらは 言われたよ 「お前ら音楽 分かってない」
人工的な 音なんぞ 芸術の名に 値せず
確かにそういう 面もある でも無視しては いけないよ
そして続いた 分裂は 未来に影響 及ぼした
音とつながり 融合し 未来の夢を 見せていた
それを知るため アイドルを きっちり考え 煮詰めよう
ショーは続くよ 華やかに 魅せる衣装の 早変り
再生求め 長き時 待ち望んでた この世代
ついに始まる 約束の 憧れ実る 新たな夜
イヴよシャロンよ レイ・トーエイ 君らの歌が もうそこに……
+++++翻訳終了+++++
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクLAライブ、外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来の音色」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」
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初音ミクLAライブ、外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマスと世界征服」
http://anond.hatelabo.jp/20110712205546
初音ミクLAライブ、外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」
http://anond.hatelabo.jp/20110713211501
初音ミクLAライブ、外国人感想その8「ミクノポリス:コンサート・リポート」
http://anond.hatelabo.jp/20110714210122
初音ミクLAライブ、外国人感想その9「アニメ・エキスポ:初音ミク」
http://anond.hatelabo.jp/20110715222900
初音ミクLAライブ、外国人感想その10「アニメ・エキスポ2011(抄訳)」
http://anond.hatelabo.jp/20110716194029
初音ミクLAライブ、外国人感想その11「世界は彼女のもの:初音ミクはいかにして全てを変えたのか」
http://anond.hatelabo.jp/20110717201147
初音ミクLAライブ、外国人感想その12「アニメ・エキスポ2011でのボーカロイド体験」
http://anond.hatelabo.jp/20110719031316
初音ミクLAライブ、外国人感想その13「ミク:日本のヴァーチャル・アイドルとメディア・プラットフォーム」
初音ミクのLAコンサートに関して、Promise Of Rebirthと題したそこそこ長い感想を外国人が書き込んでいた。正直、随分と難解な表現が多く、翻訳も怪しげになってしまった。書き手のHN(wintermuted)を見るに、本来なら黒丸尚風に訳すべきなんだろうが、とても私には無理。とりあえず訳してみたのを置いておく。無断翻訳なので匿名で。誤訳はあると思う。
なお原文のurlは以下の通り。
http://animediet.net/commentary/mikunopolis-at-ax-2011-promise-of-rebirth
+++++以下無断翻訳+++++
メガゾーン23に出てきた謎めいたヴァーチャルアイドルの原型たる時祭イヴがSFにおける一種の狂信的比喩として想像をかき立てる場面に現れてから四半世紀強ののち、昨夜のアニメ・エキスポにおける比類なきイベントMikunopolisがちょっとした進化的な跳躍を成し遂げた。西洋におけるこの概念の最も著名な派生例がアル・パチーノの穏健な映画[シモーヌ]、及びウィリアム・ギブスンのほとんど遺伝的に接続された精神[小説『あいどる』]を通じた形をしていることを踏まえるなら、数千人のファン(及び間違いなく好奇心旺盛な連中)がオタク世界のデジタル彼女アンドその友人たちと伴にロサンゼルスのノキア・シアターをほとんど埋め尽くすなんてのは、まだまだ先のことだと考えらていたに違いない。不可解にも外部に広がった走査線から、ケミカルライトやネギその他に鮮やかに彩られた通路に至るまで、それはリン・ミンメイだけを認める歓迎の場であった。今なお振り払っている最中である土曜夜のイベント後の残響は、かなり深い思考を私にもたらした。
いつもカリスマチックなダニー・チューによる紹介と、それに伴うダンスロイドの形をしたリズム点火係は、その先に待っているものの興味深い味見役を果たした。この前座は、おそらく秋葉系(Akiba-kei)の空気に慣れていない聴衆にとって、何が次に来るかを示す重要なリトマス試験紙だ。このショーを準備する時間がほとんどなかったことが見て取れる点が、これが日本直輸入の製品であり、一見客に対するちょっとした警告にもなっていた。私自身が見いだした特に重要な点についてはすぐに述べる。
既に日本で有名になっていたコンサートの形式をカンニング済みだった客の大半は、青緑色の髪が次々と繰り出す人気のある曲と、目がくらむようなライブ伴奏(39s Giving DayのDVDで演じたオリジナル奏者の大半、及びこの有名なディスクには含まれていない弦楽器奏者の面々)の混合物を味わった。その間ずっと聴衆は大いなる称賛のためリズミカルにケミカルライトを振り、その動きが最後まで全公演を通じて見られたのは心強かった(こうした行為、及びその概念に対する彼らの長く続いた反応は、米国の聴衆にとっては奇妙に思われるものであることを、私はこの場で認めなければならない)。ボックス席に座り、ステージから1階席、クレーンカメラ、そして複数のカメラで撮ったHDスクリーンのハイライト映像まで含んだ全景を見る。多くのミクのファンかつアーティストが作った聴衆が親しんでいるヒット曲、World is Mineやポッピッポー、サウンド[ママ]、ロミオとシンデレラ、その他多く(どこかでミラクルペイントを彼女に演じて欲しかった)は、オープンソースな現象がほんの3年でどれほど広がったかを示している。そして特に歓迎された巡音ルカ、鏡音リン&レンの登場は、観客の熱狂をさらに高めた。センターステージに置かれたほとんど透過性のスクリーンに跳ね返るホログラフィックな投影機は、時にミクが踊りながら少し両端に近づくたびにその限界を示したが、同時にこの海外遠征の短い命に対する理解を伴ってある種の魅力ももたらしていた。
こうした話を正しい文脈の中に置くため、ちょっとした歴史を思い出そう――小さな子供だった私は、おそらくは地元の祭に毎年来ていたレーザーライトを使ったショーを見に行ったおかげでそれを一つの起源として啓示を受け、1980年代初頭に芽吹いてきた新たなテクノロジーに興味を抱いた。そのショーとは、要するに空気で膨らませたドームの中で音楽に合わせて行われたレーザーペインティングで、客は入場料を払い、床に置かれたたくさんのクッションの一つに腰を据えて15分から20分間、まばゆい光の列と、ミッシング・パーソンズやトーマス・ドルビーなどのアーティストの曲に合わせたアニメーションを楽しんだ。今となっては原始的なものに思える――ミュージックPVはいうまでもなく、コンピューターが生み出すアートとアニメーションにつながる想像まで至るには長い道のりがあった。また、こうした地味な傾向が存在しなければ、84年のマクロス映画における楽しいコンサートシーンもある種心を揺さぶるほどのパンチ力は持たなかったと敢えて言うこともできる。私が思うにそれは時代の刻印であるが、同時にライブエンターテインメントがどのように変化していくか数十年にわたる発展を知らせるものでもあり、おそらくは音楽芸術の愛好者がいずれはあるところで分裂に至ることまでも示唆していた。
なぜならこの時代に育った者にとって、アナログからデジタルへ向かう音楽の傾向が何か恐るべきものとみなされ、音楽業界で排斥されたことが一般的な心象として残されているからだ。子供の頃にクラフトワーク、デペッシュ・モード、ジョルジオ・モロダー、YMOやソフト・セルなどのファンだった者にとっては、誰かがシンセサイザーの人工性を嘲り、音楽の自然さを殺すと聞かされるのは珍しくもないことだった。そしてこの議論の中に何粒かの真実が含まれているとしても、それは一方で、当時は多数のコンピューターと故障の懸念とショーを乗り切るためだけに間違いのない注意深さを必要としたこれらのかさばったキーボードから音を創り出す人間の努力と創意工夫を、台無しにしていた。最終的にこの否定的な議論は多くの未来の音楽及び演奏形式に付きまとい、興味深い結末をもたらした。それはまたミクのライブ伴奏をこれほど楽しく必要な要素にもした(ギターの黒田晃年、ベースの田中晋吾、ドラムの折田新、キーボードの安部潤――言及すべき弦楽器部門を除く。いずれもとても素晴らしい)。スタジオミュージシャンは、あらかじめ簡単に録音することもできる演奏に大いに心をこめることになる。新たな道具を愛するアマチュア音楽家と、伝統的なものとの融合実験によって、このショーはさまざまな要素を混ぜたある種の喜んで受け入れられるシチューとなり、ときにいくつか二級品の歌があったにもかかわらず、既存の姿ではなく可能性を約束するものとして機能していた。――以上がショー全体で私が本質的に感じたことだ。
誰も見失わなかったよう望むのなら、この最終目標へと向かうDNAを手に入れることが私にとってベストなのだろう。なぜLAのショーはこれほど意義深いのか、そしてVOCALOID、ミク及びこのようなショーが持つ主要な意味あいとは何か。
さてこれは真に落とし穴的な回答である。なぜならアイドル歌手という概念及びヴァーチャルアイドルに伴う必然的結末まで考えを煮詰めるからだ。我らが今いるのは現実に近づいたキャラクターアニメーションの時代というだけにとどまらず、オープンソース化した大衆文化の可能性がある時代でもあり、我々はオタクの領域を超えて全く新しい何物かになるまで成長しうるアイデアをおそらく目撃している。YAMAHAが今年のNAMMショー[米国で開かれる楽器展示会]で多用途VOCALOIDを紹介したのを見ても、現状はメディアを通じた古い分配モデルが不可避の断末魔を上げるところに達したと敢えて見なせるように思える。スペイン製のソフトから取りだした一つのアイデアを、音楽作成のための輝かしい新たなモデルへと広げ、そして数が多すぎ、時に厄介な日本のアイドル歌手業界を考えた場合に多数の集団に働きかける天才の発案に過ぎないマーケティングにまで、拡大する。終わりなき競争、怪しげな才能、さらに怪しげなマネジメント、生死にかかわる健康上の危険、類似性、そして夢想を維持してほしいというファンからの圧力に満ちた困難な人生――そう、こうしたマーケティング方式とファンに駆り立てられた神話が混じり合って音楽のスーパースターたちにかくあるべしとする任務を押しつけるのは、それこそVOCALOIDにとって理想的シナリオだ――しばしば置き換え可能で、派生的、はかなく、言うまでもなく消耗品であるミューズたちが、変化もましてアイデアも嫌う文化産業のために存在している。
考えてもみてほしい。マイルズ・ダイソンの言葉を言いかえるなら、これこそ決して疲れることなく、興奮状態にもならず、二日酔いで仕事に出てくることもないアイドルだ。彼女はショーを続けなければならないことを知っており、一瞬のうちにコスチュームを変えられる。何よりファンが歌を作り、バンドが彼女の横で演奏しているという2つの理由で、その歌は偉大である。過剰な荷物と期待を持つことなく、アイドルが実行すべきだと期待されるあらゆることをする能力を自ら持つミクの存在そのものが、ある種の輝かしいアンチテーゼなのだ。彼女は文字通り、何でも人々の望み通りになれる。汗一つかくことなく。
そしてこれほど目立つ歓迎を伴う西洋への紹介は、日本人にとってだけではなく夢を共有できる分野を長く求めていた世代にとっても何か極めて特別なことの始まりであり、過保護にされることなくさらなる発展が期待できる約束されたスタートだ。そしてこの夜の感動的な聴衆たちから判断する限り、長きにわたる憧れはついにその実を結んだようだ。
イヴ、シャロン、レイ……君たちの歌がますます現実に近づいてきた……
+++++無断翻訳終了+++++
言うまでもないがシャロンはマクロスプラスのシャロン・アップル、レイはギブスンの小説に出てくるヴァーチャルアイドル、投影麗(Rei Toei)である。
初音ミクLAライブ、外国人感想その2「再生の約束」フリーダム訳
http://anond.hatelabo.jp/20110708223459
初音ミクLAライブ、外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」
http://anond.hatelabo.jp/20110709211718
初音ミクLAライブ、外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来の音色」
http://anond.hatelabo.jp/20110710234300
初音ミクLAライブ、外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」
http://anond.hatelabo.jp/20110711212701
初音ミクLAライブ、外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマスと世界征服」
http://anond.hatelabo.jp/20110712205546
初音ミクLAライブ、外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」
http://anond.hatelabo.jp/20110713211501
初音ミクLAライブ、外国人感想その8「ミクノポリス:コンサート・リポート」
http://anond.hatelabo.jp/20110714210122
初音ミクLAライブ、外国人感想その9「アニメ・エキスポ:初音ミク」
http://anond.hatelabo.jp/20110715222900
初音ミクLAライブ、外国人感想その10「アニメ・エキスポ2011(抄訳)」
http://anond.hatelabo.jp/20110716194029
初音ミクLAライブ、外国人感想その11「世界は彼女のもの:初音ミクはいかにして全てを変えたのか」
http://anond.hatelabo.jp/20110717201147
初音ミクLAライブ、外国人感想その12「アニメ・エキスポ2011でのボーカロイド体験」
http://anond.hatelabo.jp/20110719031316
初音ミクLAライブ、外国人感想その13「ミク:日本のヴァーチャル・アイドルとメディア・プラットフォーム」
これは、もともとイメージを持ってる奴が、単に「表現の手段」を半年勉強しただけ。
この辺り、履き違えちゃいけない。
勉強すれば絵が描けるとか、勉強すればゲームが作れるとか、そういうものじゃないから。
描きたい絵や作りたいゲームがあるから「手段」を勉強するんであって、特に目的もなく勉強しながら、気づいたらなんとなくすごいものが作れたら、
それこそ「才能」だって話だよ。
ちなみにそういう人には、地方公務員とか一般事務とかが向いてるよ。
http://www.youtube.com/watch?v=8va7IvZ8Pc8&feature=player_embedded
武装神姫 BATTLE MASTERS Mk.2のオープニングアニメーションが公開されました。
PSPの武装神姫ゲーの第二弾と言うか、前作も丸々収録したアップデートバージョンです。
http://www.konamistyle.jp/item/71061
購入はコチラ
以下の行で武装神姫という萌えメディアミックス展開のすごい所を列挙してみる。
浅井真紀・島田フミカネ・BLADE・カサハラテツロー・篠房六郎・GOLI・okama・柳瀬敬之・間垣亮太・清水栄一、下口智裕・鬼頭栄作・CHOCO・たにめそ・マーシーラビット・DOGMASK・羽音たらく・いづなよしつね ・かこいかずひこ・NiΘ ・nuno・NAOKI・黒星紅白・明貴美加
全員が全員有名デザイナーというワケではないが、個性豊かかつ、そのネームバリューだけで玩具を買いたいと思わせてくれる素晴らしいラインナップだと思う。
そして、美少女モノと一口に言っても現在までに公式販売でビックバイパー型含めて57体。それぞれ再生産バージョンやリペイントカラー等でほぼ2倍の商品数がある。
さらに携帯電話用漫画のForget-me-not限定の個体を含めるとさらに5体ほど増え、非公式のワンダーフェスティバル販売の浅井さんの神姫のブルーライン、ハイドファイア等も含めるともっと多い。
オンラインゲームの武装神姫バトルロンド、武装神姫ジオラマスタジオで使える神姫達はここから確認可能だ。
http://www.shinki-net.konami.jp/shop/model12.html
阿澄佳奈・茅原実里・福井裕佳梨・喜多村英梨・橋本まい・笹川亜矢奈・沢城みゆき・門脇舞以・釘宮理恵・小林沙苗・名塚佳織・柚木涼香・加藤英美里・井上麻里奈・清水香里・植田佳奈・桃井はるこ・生天目仁美・堀江由衣・田村ゆかり・野川さくら・浅野真澄・藤田咲・白石涼子・津田美波・Jenya・戸松遥・豊崎愛生・原由実・大久保瑠美・本田貴子・沼倉愛美・日向ゆきこ・さとう実琴・後藤麻衣・東山奈央・中島愛・水橋かおり・高垣彩陽・平野綾・小林ゆう・金田朋子・遠藤綾・中原麻衣・朴璐美・桑谷夏子・伊瀬茉莉也・日笠陽子
累計48名の声優が、今まで武装神姫バトルロンドと武装神姫バトルマスターズで声優として神姫に声を吹き込んでいる。オタクであれば誰か1人ぐらいは知っているだろう。
豪華声優陣!を謳った作品は数あれど、ここまでのラインナップはそうそう無いと思う。
そして、玩具原作の作品ながらキャラクターソングまで出していて、全てiTunesで購入可能だ。
新作ゲームのコンプリートセットは22,320円という高価格なのにもかかわらず、予約開始後3日も待たずにソールドアウト。現在予約を受け付けているのは発売2週間後に届けられるバージョンの物に限定しており
ヤフーオークション等では発売済み神姫の内、限定販売の物なら発売時の2倍以上の高額で取引されている。一般販売でも1.5倍以上の値段は軽くつく。
なのに!大手玩具レビューサイトの多くが、武装神姫のレビューを敬遠。ゲームサイトでも今やファミ通以上の支持を得ようとしている4gamerと武装神姫と関わりが深い電撃オンライン以外は、どこの企業サイトも大手個人ブログも武装神姫を特集しない。
人気はある。しかし、マニアにのみ人気がある状態で、ファン同士のやりとりは活発なのに、東方やアイドルマスター、ボーカロイドのようにファン以外の人は誰も概要を知らないという空気なのだ。
何故だろうか。
新作ゲームの主題歌は、聖戦士ダンバインのOP・ED。重戦機エルガイムのOP・ED等々の数々のアニソンで知られるMIQだ。
これだけで、古いオタクはググっと釣られるし、上記のような圧倒的なデザイナーと声優のネームバリューで、オタクならば一度は武装神姫というブランドに興味を持たざるをえないだろう。
なのに、悲しいかな、若いオタクはネームバリューという物にさっぱり釣られない。自分から作品を探そうとせず、作品が流行ってからその作品に食いつくのだ。
よくある話だが、自称「平野綾という声優が好き」という若いオタクがいて、そのオタクに「じゃあ、錬金3級 まじかる?ぽか〜んは見た?いい作品だったよね。平野綾が主役の1人だったし」と聞いてみても「見てない」となってしまうのだ。
「島田フミカネってデザイナーが好きなんだ」→「じゃあ、武装神姫は持ってる?」→「え、なにそれ」となってしまう。お前別に島田フミカネ好きじゃねーだろ。
何故、ネームバリューが通じないか、個人的には理解できない。好きな声優や好きなアーティストがあれば、彼ら彼女らの新作の情報は即チェックが基本だと思うのだが…不思議でならない。
一般的な美少女キャラのラインナップに含まれづらい黒人がなんと2人もいる。メガネも1人、ナースに巫女に武士に騎士に建機に羊に虎にカブト虫にクワガタ虫にお箸にスプーンにケルベロスにヴァイオリンにタコにサソリにコウモリに、美少女勢揃い物に珍しいラインナップがてんこもりだ。
是非とも1体、手にとってほしい。そうすればいつのまにか50人以上お迎えしてしまっているから…。
(http://www.drk7.jp/MT/archives/001769.html のマネ / http://anond.hatelabo.jp/20110515004216 の続き / 昔も同ネタで書いてた → http://anond.hatelabo.jp/20101218150419 / 書きおわってから http://anond.hatelabo.jp/20110515220351 に気がついた。この記事よりはるかによみやすいのでおススメ)
評価者の属性によっておおきく変りそうなので一応こちらも受けて立とう。
iPod Touchとhtc EVO wimaxを使ってみた差を独断と偏見で語ってみたいと思います。
まず結論から。
比ぶべくもなく圧倒的な差で"僕的には" androidの勝ちです。ただし、iOSユーザにはその意味は多分わからないでしょう。誰にでもおススメできる道具じゃありませんし、そこまでケータイに求めないのであればiPhoneでもガラケーでも好きなもの使えばいいと思います。
androidをかなりはやい時期から使ってたこともあり、iPhoneユーザから「androidいいですか? / androidはコレありますか?」 と人に聞かれることも多いのですが、「androidいいけど、iPhoneでいいならiPhoneのほうが良いよ」あるいは「androidにiPhoneと使いかた違うから、同じように使おうとしてもそんなソフトないかもよ」と答えます。今後の機種変についてはiOS以外なら試していきたいですが、しばらくはandroidを使うことになると思います。
一方、別の技術も知っておくという意味で、オモチャとしてiPod Touchを買ってみました。まぁ、ムービープレイヤーとしてはまぁまぁ良いので、機内のお友にしばらく使うことでしょう。
とはいえ、自分の母親みたいなど素人には「ガラケー使っとけ」と言うでしょう。iTunes用母艦のメンテも、androidのメンテもしたくないよ。
さて以下詳細。
スクロール速度についてはiPod Touchのほうが良い場合が多いです。ただ、htc EVOも言うほど劣っているわけではないです。むしろ、iPod Touch(iOS)でデフォルトのアニメーションで「目がごまかされてる」部分が気になります。アプリの切り替えやインテントによる連携なども含めて、androidのほうが「最短距離を進む」快適さがあります。てか、スクロールなんて引っ掛からなきゃいいでしょ。(xperiaが引っ掛かるのは多分メモリが足りないんじゃないかな)
アプリ込みで考えると、iOSは不安定なものがおおい。これはTouchだからかもしれないが、フォアグラウンドのアプリが突然不安定になっていきなりホームに戻される。これはいただけない。androidの場合はちゃんとエラーダイアログが出て、必要に応じてその内容を作者にフィードバックする仕組みがあるため、ちゃんとしたアプリの安定度は日々あがっている。GCがかかると時々重くなることもあるが、EVOでは気になるほどでもない。
確かにアプリ自体の作り込みはiOSの方が高い。しかし、iOSは「ちょっとしたこと」でも有料アプリな上に、「ちょっとしたこと」が全然使用感の向上に寄与しない。androidの場合、ちょっとしたアプリもインテントのおかげでさまざまな活用法が可能になるので、ボランティアレベルのプログラムでも戦力になる。
例えばiOSユーザの話を聞くと「○○ってアプリは神! Evernote/read it later/ナンチャラカンチャラと連携できる!」みたいな間抜けなことを言っているんだが、Androidはそもそも連携できないアプリがカス以下扱い(昔のustreamアプリとかね)。具体的には、twitterアプリでshort URLを展開する機能がついてて便利! とか言われても、「でもそれ開いてサファリで開いてさらにニコ動アプリ起動して」とか阿呆臭くてしょうがない。どのアプリからでもURLを開こうとするとちゃんと展開→確認の上、最適なアプリで直接開く、というところまで意識的なアプリ切り替えなしで行けるし、見終ったら戻ることも簡単。
あと、有料アプリのお試しができるようになったのが地味に便利。期限が15分になっちゃってちょっと切ない…。お試しができないApp storeで何度か外れアプリを買って以来、iOSで有料アプリは買ってない。
EVOの画面でかすぎ! 手が届かない。通勤中はtouchで我慢することもあります。あと、pdfを読む用にtouchは便利。
とはいえ、スライド読む用と論文読む用で別アプリになってしまい、管理が面倒なのが減点 -- dropboxから送り込むコースとmendeleyから送り込むコースとがあって、さらにわけわからん。あーこれは「画面」の問題じゃないや。
これはEVOは最悪。まぁ、ひどい時にはwimax, 3G(通話用), wifi(テザリング用)と3つも無線機動かすのであきらめてる。ipod touchの持ちの良さは機内のお伴には最適。
touchのカメラはおまけなので評価せず。とはいえ、skype for androidがフロントカメラ使えないので、skypeでvideo chatするときはiPod Touchを使います。てか、iPhoneユーザの「カメラ」ってデジタル処理(instagramとか)ばっかりで気持ちわるい。ちゃんとしたカメラで撮った写真以外を「作品として」人にみせびらかすために「一見オサレ()風に加工」とか、ちょっとねぇ。
あまり気にするほどの耳は持ってない。本体スピーカーは、本体質量がデカい分かもしれないがEVOの圧勝。
wimaxを使いはじめたら元には戻れません。softbank? 使ったことないので評価は控えますが、あの社長は嫌いです。本業おろそかにして目眩しばかりやってるタイプでしょ?
元blogで言及されなかったandroidの特徴が3点あって、「ハードウェアボタン」「連携性」「端末の自由度」。ハードウェアボタンは、「とりあえずここ押す」というボタンなのでとても大事。特にandroidで大事なボタンはbackボタン。つまり、スタック上にさまざまなアプリから取り出してきたactivityがシームレスに重なってて、終わったらそこに戻れる、という環境と、それに適したアプリ/使い方を見つけられないと、androidは不便なだけだと思う{{多くのiOSユーザがこれがわからずに、単体アプリで何でもやりたがるのが不思議である。Emacsか?}}。連携性も同じで、インテントによるアプリを結合した使い方って、確かにちょっと使いこなしが必要な点。ただ、手に馴染むと快適さが半端ない。「端末の自由度」についてはいわずもがな。まだまだ不十分だけど、「ワンセグが欲しい」「おサイフケータイ」「防水じゃなきゃヤダ」という要求に応えられるのはandroidであって、iPhoneではない。
iOSは単体では何もできず、何するにしてもiTunes{{それも「特定のPCの」iTunes! 糞! デスクトップに同期させてると出先のノートで何もできやしない!}}が必要になるのに対して、androidは単独で/クラウドと結合することで成立する環境になっている。まさに Apple と Google の思想の差がそのまま反映されているのは当たり前。iPod Touchはあくまで「Mac/PCのオマケ」な端末であるのに対して、androidは僕の中で「仕事の道具」という位置付け。それぐらいの違いを感じる。
僕は基本的にコンシューマ系OS(Macも、Windowsも)大嫌いな偏った人間ですが、この手の端末は金太郎飴みたいに同じような道具になるのではなく、手になじんだ一人ひとりにスペシャルな道具であるべきだと思ってる派{{カウボーイは、馬は捨てても鞍は捨てずに持っていく by HHK}}。そんなわけで結論に戻って、僕的にはandroidの圧勝なわけでした。ただし、他の人には、「androidは手になじんでくる感じがおもしろいけど、困ってないんなら別にガラケーでいいし、パソコンに慣れてるならiPhoneでいいんじゃない?」 と言ってます。こんないい道具、他人と共有してなるものか(笑)
1年に1回くらい趣味でwebサイトを作ったりする独学素人ノンプログラマーです。
仕事はIT系にかすりもしないけど、たまにサイトが作りたくなるんです。
htmlもCSSも知識不足ですが、作成ソフトに頼ればなんとかなります。
そんなレベルで無謀にも「JavaScriptも使いたいな」とか思ったりするわけですよ。
で、たまに「簡単にわかるJavaScript入門」なんてサイトや記事がありますよね。
ああいうのを書いてくださる人に、ちょっと言いたい。
あなた方の想像を絶するほどに、俺のIT系理解能力はゴミクズですよ!
「簡単に分かる入門」にさえ入門できません助けて先生!
と、鼻水をたらしながら泣き出すような底辺レベルのスキルしかないザコであります自分は。
ですが、jQueryと出会い、見よう見まねと思いつきで作ったら、こんなんできました。
jQueryってやつを使えば、ド素人にもこんなものが作れるんですね。
用語とかあんまり使わずに、中高生でも読めるレベルで語ります。
web制作にくわしくない方にも「どうなってるのか?」って雰囲気は伝わるかと思います。
技術はないけど、人とは違ったwebサイトを作りたいって方、jQueryマジオススメです!
きちんと勉強されてる方からすれば失笑ものの内容かもしれませんが、ご容赦を。
よくある「入門」すら難しく感じる自分のような方々に届けるつもりで書きます。
くわしい方は、間違いなどがあれば温かくご指摘いただければ幸いです。
あと、「知識不足の人間はこんな思考をしてるのか」という参考になればうれしいです。
前置きが長くなりましたが、それではサイトで使用した4つのjQueryを説明します。
プログラマーさんたちが作った高性能なjQueryのコードなんですが、このプラグインってのが超便利なんです。
使い方は、すでに作られているコードをコピーして、ちょっとのアレンジするだけ!
昔、jQueryの知識がほぼゼロだったころ、このプラグインを知りました。
で、俺も「カッコいいプラグインが使いてええ!」と考えて試しに使ってみたわけです。
けどまあ、プロが作ったコードを、知識ほぼゼロで動かそうなんて甘すぎですよね。
でも、あんまり深く考えずに、貼りつけて動かしてみたところ――
あっけないほど簡単に動きました。
それがサイト内の、パッケージ画像にマウスを合わせると大きくなる部分です。
プラグイン「Bubbleup」
紹介記事1 マウスオーバーを気持ち良くするjQueryプラグイン「Bubbleup」 | Web活メモ帳
紹介記事2 JavaScript + Ajax 実践サンプル集 - jQueryのbubbleupプラグインでアイコンを拡大する
配布元(英語)BubbleUp jQuery Plugin to Spice Up Your Menu | AEXT.NET MAGAZINE
ネット上にはこういうのがいっぱいあるんで、ぜひいろいろ眺めてくださいませ。
こういうの眺めても、「どうせこんなの使えないし」と思えますよね。
でも、「これがコピペで使えるのか!」と思えば楽しくなってきません?
このプラグインってのを使いこなすには、htmlとCSSの知識が必要です。
ですが逆に言えば、それと切り貼りアレンジだけで、高性能のjQueryが使えるわけです。最高ですぜ。
プラグインを貼ってカッコよく動いたんで、
と考え、最初に作った自作のjQuery部分が、サイトの表紙です。
世の中には、JavaScriptを有効にしていない人がいます。
たとえば、決して私ではありませんが、エロサイトで出る変な広告表示をさけるため、それを切っている人もいます。
で、頻繁にエロサイトに通いすぎて、切ったままなのを忘れて普段のサイトを巡ると、たまに表示がおかしくなる。
で、そんな人のために「JavaScriptを有効にしてください」と書いた表紙をつけたわけです。
ですが、jQueryはまだよく分かってなかったんで、「入門」のサイトを眺めてました。
で、いくつか読んでみても、やっぱりすぐには分からん……。
でもね、そういうとこには、「練習用サンプル」ってのがあるんですよね。
練習台で「ボタンをクリックすると画像が非表示になる」みたいなのがあったんで――
みなさま、いかがでしょ?
サイトのjQueryは、「画像をクリックすると画像が非表示になる」とアレンジしています。
最初に現れる画像をクリックすると、画像が消えて下の画面が現れましたでしょうか?
(JavaScriptを切っていると動きませんのでご注意を)
この表紙は1枚の大きなjpg画像で、それをクリックすると消えるようになってます。
よく分からんまま見よう見まねで貼りつけて動かしただけなんですが、こ、こいつ、動きます!
・5分ほどのスライド。最初見たときは知識不足で理解不能だった。
・初心者の神・西畑一馬様の入門講座。jQueryの雰囲気が分かる!
なお、「はじめてのjQuery」を見たのが、このドラクエサイトを作るきっかけでした。
黒い画面に浮かぶスライドを見て、「ドラクエの画面っぽい」とひらめいたのです。
いろんなjQueryのサイトを見てパクれる……いや、参考になるのを探すのは面白いかと思います。
うちのサイトを見て、「懐かしのゲームブック風サイトを作りたい!」とかひらめいてください。
個人的に楽しみたいので、ホントぜひどうか誰かひらめいてください!
で、簡単に動くのを見て、jQueryのすごさを改めて思い知り、きちんと勉強しようと考えました。
そこで助けられたのが、jQuery初心者の救世主「西畑一馬」さんの記事です。
なお、本格的に勉強しようという人は、入門の「速習講座」より、
ASCII.jp:Web制作の現場で使えるjQuery UIデザイン入門
これも同じく西畑さんの記事なのですが、こちらは量が膨大にあります。
速習講座では軽く流された部分も、一個ずつ丁寧に解説されています。
というか、西畑さんは本を書いてはるので、それを買いましょう(布教)。
ここは入門によく書かれる「アコーディオンパネル」をアレンジして作りました。
アコーディオンのように開いたり閉じたりするアニメーションでの演出です。
jQueryは、簡単にいろんなアニメーション効果がつきます。これが楽しんです。
そこから3種類を紹介すると、
自分のサイトの「すすむ」「もどる」で使っているのは、スライドアニメーションです。
<「すすむ」の仕組み>
「すすむ」を押すと、表示部分が上に隠れて消え、次が表示されます。
という変な動きをしています。
たぶんもっと簡単な処理ができると思うんですが、自力で考えてやるとこんな感じになりました。
<「もどる」の仕組み>
こっちは簡単。
クリックしたら、表示部分の前の部分がスライドして現れるだけです。
けど、ちょっと苦戦して勉強するところがあるのもまたよいです。
htmlとかCSSとかからすると、jQueryはなんか信じられないくらい大量のことができます!
たぶん、jQueryの元になってるJavaScriptがすごいんでしょうね。
わずかに勉強して改めて、使いこなしているプログラマーのすごさを思い知りました。
で、順調に進んでいたサイト作成の最後で壁になったのが、こいつです。
1つめの、「マウスを合わせたときの動作」は「hover」というものを使っています。
なんか難しいのが出てきましたが、実はこれも入門講座の例をパ、参考にしました。
上で挙げた、「はじめてのjQuery」に出てきた「hover」の使い方の例です。コピー万歳。
でも、いきなり「hover」とか言われても意味が分からん人も多いですよね。
なので、どんな感じで動いているか、「ふーん」とイメージだけ見ておいてください。
ということをやっています。
(なお、パッケージ画像をクリックしたときも同じ移動を使っています)
処理の内容としては、たとえば「ドラクエ1・1話」の項目に飛ぶ場合、
(実際に見えるのは、2のスライドして出てくるところだけ)
が、なぜかここでエラーが。
「ドラクエ1・1話」に飛んだ後、「すすむ」がうまく使えない……。
まるで「次が存在しない」みたいに進まなくなってしまうんです。
ぶっちゃけると、ここは今でも原因が分かりません。
で、理屈が分からないから、思いつく方法を手当たり次第試してみました。
その中で成功したのが、「次が存在しないなら存在させてしまえ」というものです。
何を言っているか分からないと思いますが、大丈夫、俺も分かりません。
いちおう処理としては、
1・「ドラクエ1・1話」の前の部分すべてをスライドさせて消す。
1.5・「ドラクエ1・1話」の後ろの部分すべてをスライドさせて出す。
(実際に見えるのは、2のスライドして出てくるところだけ)
と、1.5を入れたものです。
自分でもなんで成功したのかはよく分かりませんが、きちんと表示はされています。
よく分からないなりにも動いてしまったのは、きっとjQueryのパワーだと勝手に納得しておきます。
(ここはきちんと知識のある人に見せるのが恥ずかしい内容ですね。変なコードですみません)
つまるところもありましたが、以上がjQueryでの処理です。
たまの休日に作成する趣味レベルのサイトとして、自分でもすごく満足です!
jQueryは何がすごいかって、これ、めっちゃ楽しいんですよ。
・プラグインをコピペするだけで見違えるように、サイトが動く。
・ちょっと表現を覚えるだけで、表現にアニメーションが加わる。
・さらに研究すればするほど、いろんなことができるようになる。
今までJavaScriptとか、独学素人なんで、なかなか勉強する気が出ませんでした。
しかも、「関数や引数がどうたらで、まずは足し算をアラート表示」とか、あまりやる気が出ません。
でも、jQueryは勉強の成果がすぐにめっちゃ分かりやすく出ます。
たぶん、自分にとって一番効果が大きかったのは、簡単さよりも便利さよりも、「やる気が出る」ってことでした。
それは「すすむ」の部分。
「最後のページで『すすむ』をクリックすると、始めに戻る」という機能です。
ここは、jQuery独自の機能を使ったわけではありません。
JavaScriptの「if構文」を勉強して作りました。
jQueryもJavaScriptの一種なんで、こういう構文が使えるんですよね。
どんな感じの処理かを説明すると、
という、単純なものです。
単純だけど、初めてのJavaScriptの構文で、自分には大きな一歩です。
今まで進むことができなかった、本当に大きな一歩を、自然と踏み出せていたのです。
届けたいので、もう一度書きます。
今はまだ技術はないけど、魅力あるwebを作る力を身につけたい方、jQueryマジオススメです!
自分も取れる時間は少ないなりに、楽しみながら少しずつ進歩していきたいと思います。
漫画「ワンピース」など3800冊分を無断配信で少年逮捕 250万人アクセス
2011.2.8 11:26
米国のアップロードサーバーを利用して日本の漫画をネットで無断配信したとして、警視庁ハイテク犯罪対策総合センターは著作権法違反の疑いで、新潟県潟上市の少年(18)を逮捕した。
同センターによると、少年は米国のサーバーに人気漫画「ワンピース」など少年漫画を中心に約3800冊分のデータをアップ。無料のレンタル掲示板から誰もがサーバーにアクセスできるようにし、無料でダウンロードさせていた。
同センターは、昨年3月から今年1月にかけて掲示板には延べ約250万人からのアクセスがあったとみている。少年は「漫画をアップするサイトを作ってみたかった」と供述しているという。
逮捕容疑は22年8月15日から9月3日ごろまでの間、米国のサーバーに日本の少年漫画をアップ、不特定多数の人に閲覧させ、著作権を侵害したとしている。
2010.11.4 11:24
ファイル共有ソフトを使って人気漫画を無断配信したとして、警視庁ハイテク犯罪対策総合センターと中野署は著作権法違反の疑いで、北海道旭川市末広東、団体職員、奥村耕一容疑者(35)を逮捕した。同センターによると、同容疑者は「ダウンロードのスピードを上げるために、アップロードした」と供述しているという。
逮捕容疑は、8月24日~同月29日にかけて、自宅でファイル共有ソフト「シェア」を使い、「秘宝」をめぐる海洋冒険ロマンで人気の「ワンピース」など4冊分の漫画を不特定多数の人がダウンロードできる状態にしたとしている。
同センターによると、奥村容疑者のパソコンからは約1000件分の漫画や映画のデータが保存されているのが見つかった。同センターでは、そのうち約550件がインターネット上にアップされているのを確認しているという。
ファイル共有ソフトを使って漫画をネット上に無断配信したとして、逮捕されるのは全国で2例目。
「他人に見てもらいたかった」 テレビ番組をネットで無断配信した男逮捕
2011.1.14 18:36
ジブリ映画や女児わいせつ動画を無断配信 著作権法違反容疑で男逮捕
2010.11.2 22:26
北海道警千歳署は2日、ファイル共有ソフト「シェア」を使い、スタジオジブリの映画や女児のわいせつな動画を配信したとして、著作権法違反や児童買春・ポルノ禁止法違反(公然陳列)の疑いで、東京都世田谷区梅丘、コンビニ店員、広瀬忠夫容疑者(30)を逮捕した。
逮捕容疑は9月7日、自宅でシェアを使い、映画「千と千尋の神隠し」や18歳未満の女児のわいせつな動画1点を不特定多数の人がダウンロードできる状態にしたとしている。
道警によると、広瀬容疑者は「みんなが見られるように、人助けのつもりだった」と供述。シェア上に、アニメやわいせつ動画など1万8千点を共有していたという。
ファイル共有ソフト「Share(シェア)」を通じ、インターネット上に違法にテレビ番組を配信していたとして、千葉県警生活経済課は著作権法違反(公衆送信権の侵害)の疑いで、千葉市稲毛区稲毛東、システム開発業、中村誠二容疑者(52)を逮捕した。
同課によると、中村容疑者は「番組データを集めるのが好きで、コレクションを他人に見てもらいたかった」と容疑を認めている。
押収された中村容疑者のパソコンからは、韓国ドラマなどを中心に国内外のテレビ番組約28万件が保存されていたという。
逮捕容疑は昨年10月27日から28日までの間、シェアを利用してNHKの「サイエンスZERO」など3番組をネット上にアップし、不特定多数の利用者がダウンロードできる状態にしたとしている。
【牧和弘 (34) 神奈川県川崎市の会社員 = YS2YSUOe1cLtf】
特徴:アニメーションを専門に、番組放送終了後、短時間で「Share」を通じてアップロード。
期間:押収されたPCの検証から、過去2年間分のデータが見つかっている。
家宅捜索:自宅から、PC6台、HD14台、DVDレコーダー3台、モニター1台を押収。
供述:「Share」を利用してテレビアニメーションを違法アップロードしていたことを自供。
その他:大量にテレビアニメーションをアップロードしているとして、「2ちゃんねる」で話題に。
【伊野波盛良 (41) 東京都日野市の会社員 = 92JeyRfcya】
期間:男性は4年前から「Winny」を利用し始め、一時は「Share」と併用していたが、今年4月からは「Share」のみを利用。
家宅捜索:自宅から、PC4台、HD10台、DVDレコーダー1台を押収。
供述:「Share」を利用してテレビアニメーションを違法アップロードしていたことを自供。
その他:男性は、長期間に渡り、大量にテレビアニメーションをアップロードしているとして、「2ちゃんねる」で話題に。
【大友貴裕 (21歳) 広島県東広島市の大学生 = YnXmHqtxqS】
動機:他の「Share」ユーザーが喜んでくれることがうれしかったため、テレビアニメーションのアップロードを続けていたと供述。
その他:男性は、大量にテレビアニメーションをアップロードしているとして、「2ちゃんねる」で話題に。
1 :バールのようなもの(東京都):2009/11/30(月) 18:10:25.58 ID:RpuHYuVz
札幌・厚別署などは30日、ゲームソフト「ドラゴンクエスト9」を無断で配信したとして、著作権違反の疑いで茨城県取手市西2丁目、無職豊田大樹容疑者(23)を逮捕した。
逮捕容疑は9月7日、ファイル共有ソフト「シェア」を使って「ドラゴンクエスト9 星空の守り人」 を無断で配信し、製作会社の著作権を侵害した疑い。
厚別署によると「コンピュータソフトウェア著作権協会」から「ゲームソフトが無断で配信されている」 と相談があり、捜査していた。
http://www.sanspo.com/shakai/news/091130/sha0911301802017-n1.htm
http://www.ctv.co.jp/newsrealtime/index.html?id=48601
人気アニメの「ガンダム」をインターネット上で無断で公開していたとして、三重県職員が30日、著作権法違反容疑で逮捕された。
逮捕されたのは、三重県桑名農政環境事務所職員・粟屋道昭容疑者(37)。
警察の調べによると、粟屋容疑者は先月11日頃、津市西丸之内の自宅マンションで、東京の「サンライズ」が著作権を持つテレビアニメ「起動戦士ガンダム00」を、パソコンのファイル共有ソフト「share」を使い、インターネット上で不特定多数が閲覧できるようにした疑いが持たれている。
匿名性を保ったままファイルの交換が行えるソフト「share(シェア)」を使って、オリコンチャートの歌謡曲をインターネット上に流出させたとして、警視庁は、長野県に住む会社員の男を逮捕しました。
著作権法違反の疑いで逮捕されたのは、長野県長野市の建材会社社員、大矢泰宏容疑者(47)です。
警視庁の調べによりますと、大矢容疑者は今年9月、自宅でレコード会社4社が著作権を持つオリコンチャートの歌謡曲8曲をファイル共有ソフト「シェア」を使ってインターネット上で流出させた疑いなどが持たれています。
大矢容疑者は、「オリコン2009・ベスト50」などと題したファイルをシェア上で公開していて、1か月間で9600人以上がダウンロードをしたということです。(30日15:48)
ファイル共有ソフト「シェア」を使い、人気テレビアニメの動画をインターネット上に流出させたとして、
岡山県警生活安全企画課と岡山南署は30日、著作権法違反(公衆送信権の侵害)の疑いで岡山市北区岡町、無職近藤克俊容疑者(40)を逮捕した。
県警によると、ファイル共有ソフトを利用した事件の摘発は中国地方では初めて。
同日、同様の手口でゲームや映画、音楽ソフトをネット上に流出させたとして、10都府県警が同法違反容疑で近藤容疑者を含む10人を逮捕、26カ所を家宅捜索した。
ほかに1人を取り調べている。容疑者間につながりはなく、個別の11事件について一斉摘発した。
警察庁によると、ファイル共有ソフトに絡む著作権法違反事件の同時着手は初。
「同種の行為はネット上に多くあるが、事件を単発で摘発し報じられると証拠隠滅される恐れが強いため、時期を調整して同時着手した」と説明している。
ttp://svr.sanyo.oni.co.jp/news_s/news/d/2009113022461958/
■吉村 亮(57)
「ヒカルの碁」などDVD900枚分「ファイル交換ソフトでほかの人が公開したアニメをダウンロードしていたので、自分も提供しなくてはいけないと思った」
■横山 誉(30)
「テレビアニメ」など約1500本「悪いことと知りながらやった。弁解することはない」
「らき☆すた」など約1000本「古い物なので捕まらないと思った」
■粟屋 道昭(37)
「機動戦士ガンダム00」「間違いありません」
■荒井 悟(44)
「映画やアニメ」「ファイル共有ソフトの利用者に喜んでほしかった」
■豊田 大樹(23)
「ドラゴンクエスト9」
■横島 健一(37)
「Wiiのゲームソフト」「間違いありません」
■大矢 泰宏(47)
■小山 一人(40)
「アニメらんま1/2」
■近藤 克俊(40)
岡山市北区 無職 「ドラゴンボール改」「フレッシュプリキュア」「鋼の錬金術師 FA」
天堂の携帯型ゲーム機「ニンテンドーDS」のゲームソフトをインターネット上で無断配信したな
どとして、著作権法違反と商標法違反などの罪に問われた大阪府寝屋川市高柳、会社員朝霧由章被
告(38)に対する判決公判が3日、京都地裁で開かれ、栩木純一裁判官は懲役2年6月(求刑懲役
4年6月)と、罰金200万円、追徴金713万5450円(いずれも求刑通り)の実刑を言い渡した。
検察側は論告で「不正ソフトの売り上げは多額で刑事責任は重い」と指摘。弁護側は「被告は任天
堂に被害弁償の申し入れをするなど反省している」などとして執行猶予付き判決を求めていた。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009080300036
長野県警生活環境課などは8日、ファイル共有ソフト「シェア」を使い、映画を無断で配信したとして、
著作権法違反(公衆送信権侵害)容疑で長野県波田町、飲食店経営伴純容疑者(38)を逮捕した。
逮捕容疑は昨年11月上旬、自宅のパソコンでシェアを使い、映画「ゴッドファーザー」をネット上に無断で流し、
不特定多数がダウンロードできるようにして映画会社の著作権を侵害した疑い。
生活環境課によると、伴容疑者は英語版の音声をソフトで加工して日本語に吹き替えたり、
http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20100208110.html
http://www.nhk.or.jp/nagano/lnews/04.html
ファイル共有ソフトを使い、テレビドラマをインターネット上で無断で公開した疑いで、
逮捕されたのは、
辻上容疑者は8月、ファイル共有ソフト「Share(シェア)」を使って、フジテレビのドラマ
「太陽と海の教室 第6話」を、インターネット上で無断で公開した著作権法違反の疑いが持たれている。
辻上容疑者は「数年前からファイル共有ソフトで、いろいろな動画を収集し楽しんでいた。
もらうばかりでは申し訳ないので、自分も協力したいと思った」と供述していて、
5月以降、ドラマや音楽番組のファイルを200以上ネットで公開していた。
テレビで放送されたアニメ映画などをファイル共有ソフト「シェア」を使って配信したとして、
埼玉県警サイバー犯罪対策センターと大宮署は14日、著作権法違反(公衆送信権侵害)の疑いで、
東京都板橋区前野町、タクシー運転手、河内淳容疑者(25)を逮捕した。
サイバー犯罪対策センターの調べでは、河内容疑者は平成22年9月3日ごろ、自宅でシェアを使い、
テレビ放送されたアニメ映画「エヴァンゲリオン」など6作品を不特定多数の人がダウンロードできる状態にした疑いが持たれている。
サイバー犯罪対策センターによると、河内容疑者は「八百万(やおよろず)の幼女」のハンドルネームを使い、
シェアで約3000作品を閲覧できるようにしていた。河内容疑者は「みんなに見てもらいたかった。
(インターネットサイトの)『2ちゃんねる』で好反響がありうれしかった」などと供述しているという。
http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/saitama/110114/stm1101141814010-n1.htm
(株)アスキーメディアワークス・「とある科学の超電磁砲 第16話」
公式サイトに石原知事の政策として書くぐらいだから、知事側はある程度の政策としての意識を持ってたんじゃないかな。
アニメーターの労働環境改善、報酬改善とか世界に発信はアニメフェア開催で進んだのだろうか?東京国際アニメフェアを
開催することに意味はあったのかもこれを機会に問い直されていいかも。わざわざ知事の政策とやらに書くぐらいだし。
アニメフェアは「日本のアニメーションを世界に発信し、商取引の場を」という石原の提案により実現に至った