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はてなキーワード: 資本主義とは

2016-09-29

この国の未来は暗いのは50年前から分かってたことだろ

日本ジャパンニッポン、なんでもいいけど。

とにかくこの国の未来は暗い。

そしてそれは50年以上前から決まってた。

 

まず前提として日本人頭が悪い

頭の悪さでも定義文化によって色々違うが、

一言でいうと「冷静になれない頭の悪さ」と「公平性平等性を新たに創造できない頭の悪さ」この2つが致命的に頭悪い。

まず資本主義自由主義根本的に日本民族に合ってない。

から仕方ないことかもしれないが、おかげで先進国脱落コースを50年前から順調に進み続けている。

 

・冷静になれない頭の悪さ

なんらかの緊迫した状況に落とし込まれとき判断能力決断能力の低さは震災対応記憶に新しいだろうが、

とにかくミスを犯したとき対応マニュアルから外れたケースのとき解決力が驚くほど低すぎる。

これはトップダウンがすんなりいかない何にしても許可を取らないといけないという責任所在あやふやにしたり

分散してしまったことによる個人決定力の低下が問題

結局最高責任者は1人であり、国の政治で言えば総理大臣、もしくは大統領だが、日本個人単位責任を考える習性が低すぎる。

責任とは権利と表裏一体だ。

何かをするだけの権利があるからこそ、その権利を十分行使できなかった結果、責任が発生するのだ。

最高責任者とは言い換えれば最高権力者なのだ

からこそ自分の信じられる部下を採用して問題対処していくのだが、残念ながら日本社会日本民族のものがここへの理解が低すぎる。

優秀なCEOが生まれにくいのは責任を取らせようとするくせに責任の大きさに見合った権利が与えられないからだ。

上はトカゲのしっぽきりに使われる社長業、下は薄給で長時間酷使されるブラック社員

どちらも責任権利バランス崩壊しているからこそ生まれ不条理だ。

主観的に見ても客観的に見てもこんな社会構造健全なわけがない。

それなのにこの体制をもう50年以上続けている。

こいつら頭がおかしいのか?と何度も思う。

しかし一向に日本社会は変わろうとしない。

悪い意味で海に囲まれ守られている。

 

部外者ならそのまま飢え死にしてくれと思っていただろうが俺も日本人なので危機感をずっと抱いてきたし

何度か問題定義としてこの良くない方のワビサビ文化を消せないものかと活動してきたが、

結局何一つ変わることなく、やっとメディアが飯の種に貧困や暗い将来をトピックに挙げだしたら急に騒ぎ出した。いや死ねよ。

日常的に忙しいから先送りになってきたとかそういうことがあったとしよう。

でも、問題に直面したら毎回「弱者や下を切り捨てたらいい」それしか意見がないのか?

もはやヒステリックを起こしているとしか言えないのだが、これがさも唯一の救済策・打開策のように本気で信じ支持している馬鹿がそこかしこにいる。

本当に教養が低すぎて愕然とする。

日本語が読めるだけマシなのかと考え直すが、これを正しいと思って広めているからむしろ文字読めないレベルの方がよかったと思う。

問題解決するための健全プロセス優先順位規定できずに、切り捨てしか思い浮かばないというのは、

この国の大人たちの頭脳大脳皮質限界を表していると言っても過言ではない。

慢性的社会の困窮に晒され続けて自由な発想や挑戦的な発想が産まれるだけのブドウ糖がもはやないんだろうな、という手詰まり感がすごい。

からこそ早期から警鐘を鳴らしてきたのに馬鹿にするだけでまともに取り合わなかったやつらが今は日本どうなるんだ?と怯えている。いや死ねよ。

 

もはや解決策はどこかの国の植民地になってルール社会常識を外文化一新するほかない。

日本民族自発的自分たちの進みたい方向への変化は不可能だ。

困窮すると当然思考も貧しくなり死へと向かう。

 

本当に今更感がある、半導体自動車だけでこの国が食っていけるわけがないのは昔から分かってただろ。

それが何でクールジャパンアニメゲームが後釜なんだよ。

目についたやつを取り上げてるだけだし、アニメゲームを本当に売り出したいと思ってるなら予算の使い方考えろよ。

ほとんど民間けが動いて、国は言うだけじゃねえか。

 

本当にこの国の大人たちの頭脳限界を感じるわ。

自分死ぬ頃には少しでも今の団塊星雲の生ごみ星人たちが残したクサすぎるゴミを処理できればいいんだが。

2016-09-28

http://anond.hatelabo.jp/20160928183224

共産主義粛清反体制派を殺し、資本主義貧困層を見殺しにする。

修正資本主義は?

国民経済的なら医療費が高額な人を見殺しにする。

感情的なら同情できない人を見殺しにする。

今回の人類は失敗だね

今回の人類は失敗だ。

もう手遅れ。

頭が悪い個体利他性のない個体に力を与えた事が敗因だ。

民主主義であることも失敗だね。雰囲気で動くバカに決定権を与えりゃそりゃ遭難するさ。

結局は支配層に自浄作用が働かなくなったことが敗因だな。

優秀で利他性に富んだ個体のみに力を与え、

その他の個体は緩やかに間引かなくちゃいけなかったんだよ。

肉親だから優遇するっていう本能が強すぎたんだろうな。

資本主義バカでも力を得る事ができちゃうから、序盤で抑止しなくちゃいけなかったな。

 

というわけで、今回は失敗。いずれ滅亡だろう。

次の人類は、上記の失敗を元に、人類の緩やかな品種改良と自浄作用システムを設ける事だ。

何億年、何京年先になるかわかんないけどね

http://anond.hatelabo.jp/20160928020956

人口が増えるのは、多産多死→多産少死に移り変わる時期にしか起こらないんだから、むしろ人類史的には例外事態

現代先進国は少産少死で、どの国でも合計特殊出生率が2前後しかない。

北欧ですら大半が合計特殊出生率が2を切ってるんだから少子化はどうしたって避けられないんだよ。

で、いつか近代資本主義世界必然的に終わる。今はその終わりの始まりってだけで。

http://anond.hatelabo.jp/20160928011108

震災なんて大した傷じゃない。日本人口が何人だと思ってるのか。

原発事故がなければ極端な話、雇用創出でトータルプラスすらありえた。

実際は「少子化」と「東京一極集中」が原因

子供が居ない社会未来はない→未来がないことがわかりきっているので誰も未来を見ない考えない→広義の投資が起きる機会が失われる→資本主義社会の前提が崩壊貧乏国家

子供東京に行くから未来がない→同上

これが全て。

http://anond.hatelabo.jp/20160928011444

ただでさえ政治的正しさにより「セックス指向する人間自体が減っているのに

追い打ちをかけるように「セックス指向はすれども忙しさによりそれが満たされない人間」まで沢山居るって要するにそれヤバイ状況でしょ

そりゃ少子化も進むってもんだ。これ以上日本国破滅に向かわせてどうしたいのか

資本主義社会では子供が生まれない国は加速度的に潰れていく運命にあるんだが本当にそれでいいのか

移民なんか何の役にも立たない焼け石に水以下の存在なのに受け入れてもいないうちから万能論が跋扈しているし

もう終わりだな感が強い

2016-09-26

覚書

ふと思いついたのでメモ

Q.

なぜ神様は不完全な人間を作り出したのか。

A.

動植物との対比で考えると分かりやすい。

動植物は完全な存在である。また、弱肉強食世界で日々変異進化を続けている。その世界では強さが全てであり、神を必要としない。

人間は不完全な存在である人間社会は、弱肉強食原理資本主義)に支配されつつあるが、動植物のように競争に負けたからといってすぐ死ぬわけではない。敗北した者は救いを求める。自然と、神を必要とする。

主を賛美するために民は創造された(詩編102:19)

子供がいない人ってもっと見下されていいんじゃない

例えば、30代で無職。体は至って健康。みなさんその人を見下しますよね。穀潰しwwニートじゃんwwwって。

さてそれはなぜか。社会に貢献していないからです。

社会ってのはみんなが頑張って働いて、価値を生み出して、その価値の一部を税金として納めて、やっと維持できるような代物です。みんなが働かずだらけたら成立しないわけですね。

もっと言えば、知的障害者社会の中で3人に1人もいたらその社会は確実に崩壊しますし、人工透析者が3人に1人いてもそうなるでしょう。

からU被告とかH氏の思想根底にあるのは、こういう社会お荷物人権保護とか言って過剰に保護してたら、社会のもの破綻して、頑張って働いてた人たち含めてみんなが割りを食うぞ、という危惧なわけです。社会のものが立ち行かなくなったらそれこそ大変ですからね、119しても救急車が来ないかもしれません。

結局、知的障害者保護施設で暮らせるのも、人工透析者が人工透析を受けられるのも、彼らの数が社会の「まともな」構成員に比べて十分に少ないからなのです。

さて、そういうわけで、社会を維持するためには、頑張って働いて価値を生んで納税してくれる「まともな」構成員を増やすことが重要になります

全員平等を謳った共産主義では、怠け者に罰を与える事でそれを達成しようとしました。怠け者はシベリア送りです。一方資本主義では、頑張った人に御褒美をあげることで達成しようとしています。みんな頑張って働いてお金を稼いで都心のタワマンの高層階に住もうぜ、と発破をかけて、働き者を増やそうとしているのです。

しかし、生活保護で最低限の生活保証されている、資本主義のこの国であっても、働かない者には罰があります。その罰が社会的評価です。

職にもつかず、生活保護で貰ったカネでパチンコを打ってぷらぷらしてる、そんな人間は、徹底的に人々から見下されます。当然ですよね、必死になって働いた俺達のなけなしの給料から払ってる税金が、アホ面した穀潰しパチンコ代に消えているわけです。なんだあいつ、死んじまえよ。こんな人間がどんどん増えたら社会全体が破綻するわけですから、そういった人間コミュニティから排除しようとするのは、社会的生物として至って正当な判断ではないでしょうか。

そして、人間社会的生物ですからコミュニティから排除されることを本能的にたいへん恐れます。それこそいじめを受けた子が自殺してしまうくらいに。

から、人が働く動機としては、遊ぶカネが欲しいということ以上に、村八分は嫌だ働かなくちゃ、ということがあるように思います文系が院に行かないのも、理系博士に行かないのも、他のみんなが就職するからなんじゃないでしょうか。

また、生産価値の高い職業に就くほど、社会的評価も付随して上がっていきます医者一流企業に就けば「立派な人」になれるのです。自己承認欲求の満たされ具合も上々でしょう。

こうして、みんな働いてますよ、働かないと差別されますよ、と唆されることによって、社会のうち大半の人が働いてる面があると考えます自分だけひとりぼっちになりたくないという人間心理を突くのは、社会を維持する上で非常に優れた戦略ではないでしょうか。

そして、私はこの戦略少子化対策にも適用できると思うのです。

少子化は、社会にとって非常に深刻な現象です。中国の脅威やテロの脅威など一瞬で吹き飛ぶ程度には深刻な脅威です。尖閣が取られようがビルが爆破されようが日本社会システムのもの崩壊することはないからです。

しかし、少子高齢化がこのまま進めば、2060年には65歳以上の高齢者率は驚きの40%です。現在社会保障の仕組みを維持することは難しくなります労働人口が減少しまから経済は停滞します。介護施設パンクします。暗黒時代です。そうかと思って移民を入れれば治安が悪くなります。また現在人口を維持するペースで移民を受け入れれば、2100年頃には移民のほうが日本人より多くなります

というわけで、子供社会にとって超重要資本です。これが途絶えたら社会は終わりです。もう暗澹たる未来がすぐそこまで来ています。これを打開するためには、すこし強硬手段を講じても良いのではないでしょうか。

フランスのように子育て支援を充実させるのも一つの手です。しかしそれだけでは多分足りない。出生率を2.1程度には上げておきたい。

じゃあ、子供がいない人を無職ニート並みに社会的差別したらどうだろうか。

子供という最大の資本を生んでいないのだから、働いていない人間と同程度の扱いを受けるのも仕方がないのではないか

結婚しない人生のあり方を肯定するなんてもっての外。独身者暮らしをまるで薬物中毒者みたいな悲惨な感じに演出してワイドショー特集したりとか、相手を選びまくって結局結婚しなかった人が悲惨な末路をたどるようなドラマとか流せば、未婚者を差別する社会下地ができるだろう。

そして、未婚者をSNSとか職場とかで八分にしよう。「30代独身女のヒステリーやばいwww」とかをはちま起稿あたりがまとめて、コメント欄でどんどん叩こう。30代で独身はありえない、非国民だ、そういった風潮が醸成されればなおよし。

そうすれば、みんな必死になるでしょ。自分趣味時間がどうこうとかキャリアがどうこうとかの問題じゃなくなる。自分コミュニティを失う恐怖。道行く人全員に嘲笑されている気がする。もう残った奴に不細工しかいなくても、結婚するしかない!みたいなところまで追い詰める。美男美女を見て、ありもしない甘酸っぱい恋愛に憧れを抱いている場合ではないのだ。恋愛に興味がない?そうか、クズめ。道端で干からびて死んどけ。

そして同じように3人子供がいないやつは甘え、3人も養えないとか底辺かな?と煽っていく。一人っ子愛情を注ぎすぎて破綻する家族関係とかの映像テレビで流しまくれ。もちろん子無し夫婦を叩くのも忘れるな。

するとどんどん周囲の人が結婚していく。ひとりぼっちになる恐怖。家族がいないひとりぼっちだけでなく、社会からもひとりぼっち。怖いなあ。絶望自殺ちゃうよね。だから結婚しなくちゃ。結婚したら、みんな3人子供を生むのがノルマらしい。じゃあ産むよね。みんなと同じが絶対いから。

……と、トントン拍子に行けばいいのですが、そんなにうまくは行かないだろうとは思いますしかし、子供社会にとって最大の資本である以上、子供がなければ社会から差別されても仕方ないのではないでしょうか。だって次世代社会に貢献してないし。

ただ困るのは、不妊治療しても子供が出来ない夫婦や、ゲイレズの方々、努力しても極端にモテない方々。養子縁組日本ほとんど進んでいないですし、極端にモテない人は残念としか言いようがないです。

2016-09-25

映画聲の形』は商業的なマイナス要素を極力排除して再構成することで売ることに逃げ切った作品

観終わった最初感想は、漫画聲の形』が映像化されないことを確信したショックだ。

 

まず先に断わっておくが私が言いたいことは原作を崇めて原作未読者や映画馬鹿にするといった内容ではない。

映画製作に携わる人間が『聲の形』をどういったつもりで再構成したのか、

またその再構成の結果として商業的な成功を収めたことや、

そのせいで映画聲の形』(以下、映画しか漫画聲の形』(以下、漫画)に触れていない多くの人に誤解させてしまったということ、

そしてこの世で漫画聲の形』が漫画聲の形』という作品しか伝えられなかった、他のラブストーリー青春物語ではできなかったこと…映画からは外されてしまったことについて触れる。

この日記を読んで少しでも漫画に興味を抱いたのなら、漫画にて『聲の形』というコンテンツを全て消化すべきであり、

本当の答えを噛みしめ、確認しなければ作品聲の形』には全く触れないで人生を終えるといっても過言ではないと言っておこう。

これはステマではない。

なお漫画ネタバレになりかねないよう、これから漫画を読む人間にとって害にならない程度に極力抑えるつもりだ。

これはステマではない(繰り返し)。

 

そしてあくまでも日記なので読みづらさや誤字脱字などは勘弁してもらいたい。

 

制作スタッフが行った再構成とは

単純に2時間半に収めるには物理的な無理があったため、大幅にカット再構成されている。

その点だけでも漫画映画は全くの別物と言っても差し支えない。

しかしこれは映画1本に収めるという制約上仕方のないことで、これに関しては特に言及するつもりはない。

要は、漫画が伝えたかった要素をコンパクトにして映画で伝えられたらいいだけだからだ。

まり、私が問題にしているということはその再構成漫画が伝えなければいけなかったことを大部分が外されているからだ。

 

制作スタッフ映画を見に来た観客にできるだけ「負の感情」を強く抱かせないように気を使って再構成している。

分かりやすく言うと「なんだよこのクソ鬱映画!!」みたいな感想にならないよう、できるだけイライラ不愉快になるような要素や、

生々しい要素をオミットしている…その商業的にも負になりかねない要素たちだけ、

この映画への梯子が外されて下に蹴落とされている…といったイメージだ。

漫画では読者の心をえぐってくるような要素が宝石箱のように詰め込まれている。

主人公石田にともすれば殺意を抱かせるだけの強いクズ描写がされており、

小学生時代石田を無条件に悪だと読者は強く確信でき、そこに同情の余地もなければクラス手のひら返しにも憤慨するだろう。

映画ではかなりあっさりと流されていて、このせいで不快な思いをだいぶ軽減されているが、

石田の「俺は清算して死ぬべきだ」という気持ち映画視聴者に軽く受け取られやすくなってしまった、薄っぺらく見られやすくなってしまっている。

漫画の特色として、読者の暗い感情をこういった不快いじめや生々しい描写で刺激しつつ、

当事者である石田がどうやってそれを乗り越え、まともに生きることはできない、けれど死ぬこともできなくなったところを出発点に歩き出した、

というのが最初石田西宮出会いで、だからこそいじめた本人である自分友達になろうとするという不条理を進まなければならなくなったという経緯がある。

まり最初の死への渇望とその道を閉ざされた石田心理描写を読者に刷り込ませるためには、

石田所業が到底擁護できないくらい行き過ぎた描写であることが『聲の形』という作品には不可欠なのだ

それを見た読者の底にドロドロと横たわりだした感情を燃料にして、出会いが種火となり燃えながら、時には火が消えかけながら、それでも何とか大きくなろうとする炎の様子が、本当の『聲の形』の姿だ。

作品として、「読者(視聴者)の負の感情」が必要なのだが、これは前述したとおり耐性のある人間を選んでしまうため商業的に足かせともなりかねない、

判断され軽減・外した、というのが制作スタッフ再構成で行ったことだ。

ピンと来ないなら激辛だと食べれないから中辛にした、ということだと思って欲しい。

そのおかげで結果として極力不快要素を外し京アニ作画力とキャラの可愛さで万人が食べれる作品へと変化し、

商業的に成功を収めることができ、映画映画として勝利した。

映画聲の形』は売れることに邪魔になる重りを捨て去り新品のランニングシューズを履いて走り抜けた。

でもそれは漫画が這いつくばってたどり着いたところとは違うゴールであり、

その漫画がたどったコースとゴールは今後二度と映像化され現実化されないということを確信し、制作の手腕の勝利も同時に確信し、私はショックを受けた。

 

映画だけを視聴して誤解してしまった人々

帰ってレビューに目を通すと、やはり石田心理描写が把握しきれていなかったり、

よく分からなかったという感想もちらほらと目立った。

障碍者としての西宮葛藤や苦悩もかなりあっさりされているので重いテーマだったという感想はありつつも、

そこから広がりを感じるような形としての感想が出てこず、実は何も考えさせられてないというのが観察できた。

西宮がなぜ笑い続けなければいけなかったのか、西宮がなぜ思い詰めてしまったのか、

石田も同様になぜ最初に思い詰めて、それでも西宮と違い諦めなかったのかということに説得感を出すためには、

やはり前述した「読者の中に生まれたドロドロとした暗いもの」を燃料にするための不快要素がオミットされたことが原因である

 

聾唖の人たちから意見も、この不快要素オミットのために発生した説明不足、その他ところどころに出てきてしまった脈絡のないように見える行動もこのオミット行為副作用となっている。

から必要なのだ

聲の形』という作品を完成させるためには必要な要素だった。

ただ、それは商業的な成功には必要なかったし、事実それで勝利を収めてしまった。

これは作品の特色であってもビジネス上で不利益とみなされたものは無かったことにしていいという資本主義思想に対する芸術創作の完全敗北と言い換えてもいい。

とにかく大多数に対して理解されやすければ、消化しやすコンテンツであるならばいくらでも特色を消してしまっていいという姿勢だ。

それに深く静かな絶望を覚えたのは、漫画既読組には少なからずいただろう。

家に帰ったあとそれは視聴した沢山の人のレビューを読んで感じているかもしれない、私みたいに。

一体、映画を見た人の何割が石田自分を重ねることができたのだろうか。

嫌な汗はかくことができただろうか。

 

漫画聲の形

漫画の『聲の形』は、一度死を望んだ石田自分が行ったことを思い知らされ、なおかつ死ぬという逃げ道すら断たれたことで、

前を向いて、半ば仕方なく、半ばやけくそで行動する・西宮友達になるというスタート物語が始まる。

石田のやったことがどれだけ許されないことなのか、また当時の登場人物たちが流され、無力で、愚かで、間違えてきたことが心をえぐられる程度に描かれている。

この最初の導入でしつこいまでに鬱要素をぶっこむことで読者は自分過去やってしまった罪の意識を思い出し、無意識石田に重ねる、石田は読者の暗い過去だ。

今風にいうと黒歴史人物化したキャラクターとしてこれで形作られる。

過去が黒ければ黒いと形をはっきりしてくるキャラクターだ、それは視聴者の闇の色と同じ色をしているからだ。

それをやらなかった映画石田に対する感情移入がバラバなのは、つまりは、その黒歴史へのアクセスが不十分になってしまたからだ。

普通、そこまで思い返すほどのトラウマ黒歴史を持つ人間は少ないので、

その場合石田に代行させて罪の意識を増幅させるためにも石田のやったことは大きく描写されていた方が感情移入のためのパイプを築ける。

 

そして、死ぬことを閉ざされた石田が、つまり黒歴史から目を背けずに、常に意識して生きなければいけなくなった「あなた」は、

どうやって生きていけばいいのか、どう周りと接していけばいいのか、取り返しがつかない過去石田あなたはどう向き合っていけばいいのか。

それが『聲の形』の作品としての本質だ。

決して障碍者と涙ホロホロ最後ハッピーなだけの作品ではない。

石田黒歴史を貼りつけながら歩き続けるプレイヤーとなり、読者は過去が脅かすことに石田と共にドキドキしながら、辛さを共有しながら、

最初不快感を感じていたはずの石田自分に、いつしか何とかしようと奔走する石田応援しだす。

過去は取り返しがつかないかもしれない、

けれどこれから西宮未来は泣かせないように行動することができる。

それを問いかけてくる作品なのだ

それが『聲の形なのだ

 

過去の追跡がどれだけ辛く暗いものなのかが、このテーマを重く受け止めるために必要な手順だ。

ところが、何度もいうがこれをオブラートに包むか削除してしまったため、このテーマが盛大にぼやけてしまった。

漫画では西宮の家庭環境小学校教師との再会や映画作り、いてもいなくても一緒だった真柴のちゃんとした存在意義など、

この暗さと前向きにもがく様を描くための要素が何度も繰り返されている。

その最後の結末が、読者のこれから背中を押す形で終わっている。

生き続ける石田現実に生きる私たちへの、エールへと繋げられている。

それが『聲の形なのだ

 

そしてそれが他のラブストーリーにできなかったことで、『聲の形』だけができたことだった。

他のラブストーリーに、何とかしようとして上手くいかずに古傷をえぐらせるような真似をして、

それでも読まざるを得ないという状況にもっていけるだけの能力がない。

「これはどうなってしまうのか?(他人事とは思えない感想)」と思わせるのがこの作品面白さでもある。

 

聲の形』にとって障碍者という要素はいじめの歴史を作るためのただの道具の1つに過ぎず、それが本質ではない。

本質は、変えられない過去と変えられる未来、そして過去を受け入れるというこの3つの要素だ。

消極的に変わらざるを得なかった石田が変えられない西宮を救い、

一緒に変わっていこう、と2人とも前向きになるという完全に内面の話なのだ

そして変わりたいけど変われなかったという気持ちの重さ、辛さ、ドロドロした暗い時間の積み重ねを描き切ったのが漫画だ。

読んでいる人間石田の状況に嫌な汗をかき、そして小さくホッとする作品なのだ

その作品映像化はできていない。

できていないのに、商業的に成功している。

 

変わることの重要性を訴えた作品が、

そのメッセージの大部分を消失しながら、

大ヒットをしている。

 

まず私はその現実に立ち向かわなければいけない。

そう、思った。

 

…私はこの映画を予約するのに3時間かかった。

ネット予約操作方法が分からないのではない。

映画館聲の形から心をえぐられることに2時間半耐えられるか悩んだからだった。

ところが実際は、別のことでえぐられるとはそのとき私は思いもしなかった…

2016-09-24

クリスチャンの私が)これから読みたい本リスト

1.自然科学

クリスチャンになると自然自然科学に興味が湧く(ダジャレ事故)。

光文社からたまたま出てたダーウィン種の起源』が分かりやす面白かったため、自然科学古典を読んでいきたい。

あと社会科学系の本ばっかり読み過ぎて飽きてきたのもある。

ガリレオ望遠鏡で見た星空の大発見

星界の報告』の新訳。望遠鏡で観た星空の様を感動と共に書いた本、らしい。あと地動説が論じられてるとか。

和田純夫プリンピアを読む』

ニュートンの『プリンピア』を中学高校レベル数学で平易に解説した本、らしい。別にこの本じゃなくてもいいんだけど、要するに『プリンピア』に何が書いてあんのかをざっくり知りたい。

チャンドラセカール『「プリンピア講義』なる本も定評があるらしいが、難解らしいので警戒している。

2.小説

池澤夏樹編『宮沢賢治/中島敦』(日本文学全集16)

図書館解説だけ読んだら、あの難解な宮沢賢治の内容がものすごく分かりやす解説されていて驚いた。本作はその解説(読み方)に従って作品配列した全集

といってもどう見てもキリスト教に引っ張られた解釈(「完全な自然と不完全な人間の対比」)で、どこまで鵜呑みにしていいのか分からんけど。

ちなみに有名な『雨ニモマケズ』は、昔からキリスト教っぽい詩だなぁと思っていたのだが、モデルの男と目されている人物斎藤宗次郎)がクリスチャンらしい。ホントかどうかは知らんが興味深い。

ヘッセ『クヌルプ』※追記

ブコメで勧められたのを検索してたら発見人生をやり直したいという主人公に神が答えるシーンがものすごく良い。

ドストエフスキー貧しき人びと

ドストエフスキーデビュー作。といっても彼が社会主義者で、ゴリゴリクリスチャンになる前の作品。なぜか光文社から新訳が出た。

どうも金と愛の話らしい。

3.社会科学

シュンペーター資本主義社会主義民主主義ⅠⅡ』

クリスチャンになる前はマルキストだったので、この本には昔から興味があった。

古い訳で分厚くでかいしかなかったので敬遠していたのだが、このたび何故か新訳された。マルクスブーム万歳である

ついでにヒルファディングの『金融資本論』も新訳してください。



とりあえずこんなところ。

2016-09-23

http://anond.hatelabo.jp/20160923104140

20〜30年も働き続けるつもりは無いよ。

そこそこの企業に勤めて、資本主義社会を謳歌している連中に一泡吹かせててやろうと

無差別大量殺人テロを企んでいるんだ。

そのための資金集めに今は警備員や清掃業に就いている。

下層階級ルサンチマンを思い知れ。

2016-09-21

http://anond.hatelabo.jp/20160921171221

ただ、現行の医療制度は、

普通なら死んでる人間までよってたかって延命しまくって、治療お金が掛かりまくっているのが現実じゃないかなぁ。

どんな治療だってそりゃ安くできるならそれに越したことは無いけど、安くするための企業努力は既にみんな頑張ってると思うし、

国が貧しくなったら、誰を最初にみすてて死なせるか?というトリアージ的な考え方も必要になってくると思う。



持ってるお金の量で寿命が決まるとしても、それは資本主義社会では平等かつ当たり前のことのように思いますよ。

資本主義自由だ、だから貧富の差が広がる

金融庁ダメ出しする運用商品ワースト3

http://diamond.jp/articles/-/102234



本当にこの通りで、端的に言って、金融機関が勧めたらその商品は買うな、くらいに思ってもよいのだが、騙される人たちが後を絶たない。



他のことはさておき、少なくとも、カネに関して賢い人間バカ人間は確実に存在する。

そして、彼らに自由を与えたら、賢い人間はカネをどんどん貯めこんでいく。

バカ人間は、カネをがんがん失っていく。

そして両者の差はぐいぐいとひらいて行く。



から、この世に経済的自由がある限り、貧富の差は広がることはあっても、縮むことはないのだ。

そして、それは皆、自業自得というところがなんとも切ない。

http://anond.hatelabo.jp/20160921065727

資本主義構造的欠陥が原因だと思いますので、悪いのは資本主義です。

2016-09-17

http://anond.hatelabo.jp/20160909162317

子供の頃バブルだった世代だけど、庶民自由にできる金が少ないと文化が物凄い勢いで痩せていくんだなあという実感はある。

失敗が怖くて選択めっちゃコンサバティブになってる印象。

長期的に見れば資本家も損してる気がするんだけど資本主義の仕組み上合成の誤謬が起きるのは仕方ないんだろうなあと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160917120053

過去歴史からわかるように、強引な社会主義の移行は弊害ばかりを生むと思ってるんだけど、

長期的には資本主義であるにも関わらず、貧富の差二極化しないような「修正資本主義社会」を目指すべきだと思ってる。



二極化した貧富の差を緩やかに解消する方向に税制社会保障制度が発達するといいんじゃないかな

2016-09-15

貧困を舐めないほうがいい

貧困なのにコンビニで買うなんてバカ

貧困なのにタバコを吸うなんて貧困ちゃう

 

っていうけど

 

貧困からコンビニで買うし

貧困からタバコを吸うんだよ

 

貧乏をしたことがない人には、まともに料理できるキッチンがない家が想像できないらしい

スーパーで買え?自分で作れ?

それが出来たらそうしてるわ。けどそのためにはコンロも炊事場も調理道具も必要じゃないか?そういう想像はできないのか?それが手に入りにくいことには思い至らないのか?

 

 

「なんでローン組んで家買うの?利息が無駄なのがわかんないの?総額で車買えるんちゃう節税のつもり?だったらただのアホ。まだその分運用するなり、アホでもできる確定拠出年金でもしてた方がまだマシ」

 

 

って言ってるようなもんだよ

 

もちろん、知性の貧困や、行動力、人脈の貧困根本にある可能性はある。

 

けど、貧困から

スマホも一括じゃ買えないからローン組んで実質ゼロiPhoneだし、定期も1ヶ月ごとしか更新しない。一括で買う手持ちがないから。あってもそれはほぼ全財産から

 

都会の地理もよく分からずに出てきて初めて住んだ家が割高で引っ越ししたい、けど敷金礼金合わせた金が出せない。

とても払えないから多少高くても今のところに住み続けて貯まるのを待つしかない。

 

そのくらいの貧乏学生の頃に経験したぜって人は「すこしの期間節約すれは金を捻出できるだろ、甘えだ。現に今じゅうぶん生きていけてるじゃないか

とか思うのかな…。

そう思う君は、君が貧乏してる頃は少なくとも将来ちゃんと会社に努める、あるいは年次を経れば一定水準の生活の見込みや目標があったから頑張れたんじゃないか

 

日々、ただの労働力として使役されるだけの時間を過ごしていてしまうと、思考と行動は鈍くなり見込みが無い将来を想像するだけで、不安になってしまう。そしたらなるべく考えないようにするしか無いじゃないかタバコ吸うしかないじゃないか。なんなんだ。ていのいいの奴隷ではないか

 

 

 

そして問題なのは貧困という鎖に繋がられてしまうとその貧困の柵で抜け出せなくなり、どんどん絡まってしまうんだ。貧困連鎖という親子や家系の層の問題ではなく、個人問題としてさえ抜け出せないんだよ。

 

 

それでも君は今はまだ、頑張ってないだけ、自業自得。って思ってるかもしれない。

 

 

でもよく考えてほしい。

人が寄り集まって作る国にとって人は資産と同時に負債でもある。人が生まれ、育ち、生き、そして死ぬにはコストがかかる。もちろん社会にとってのコストだ。

そしてそのコストをペイできる一人頭の生産性分岐点貧困層は超えていないだろう。

今はまだいい。

しかし将来 その生産性の低い人が増え、そして生産できない年齢になるころには社会は大きなフラストレーションを抱えることになる

 

 

  

もうすでに貧困層想像ができない人が一定数いてるくらいに格差は開いてる

 

今この瞬間も労働者の使い方は非常に洗練され続けている。資本主義に準じて進化している。生産性は上がり合理的になり続けている。しかしその一方で、そこで労働力として使われる人々は隷属し愚鈍になっていき、個の生産性は下がる一方だろう。経済は回るが金は資本に集まり、そこで働く労働者貧困化していき鈍じ抜け出せなくなっていくだろう。そしてその人々はそのまま将来の社会に対するコストなのだ

歴史の浅い今の日本社会経済制度臨界点はそのうち必ずやってくる。

 

 

そろそろ日本貧困層を本気でフォローしにいくか、もしくは人権という言葉解釈を考え直して貧困層との分離をはかる制度設計をしっかりと考えて巧妙に整えていかなければならない

 

なぜなら、国を破壊する最も危険もの格差層の摩擦だから

2016-09-13

資本主義死ね

何がアダムスミス見えざる手だよ

その手でオナってろ!糞が

2016-09-12

お前ら無神論者ならそれ貫けよ

http://anond.hatelabo.jp/20160910185500



メシを残すな論争について書く。



法的観点資本主義的な観点から考えれば、メシを残すのは全くの自由だ。

出された食事所有権は食う側に帰属することから、それを残そうがどうしようが食う側の勝手民法206条)。

また、レストラン注文者が食いきれない量を注文することは、資本の回転を加速させ、店の利潤を増加させる。したがって資本の増加という観点からみれば、食いきれない量を注文すること(=飯を残すこと)はむしろ望ましいと言える。



そうなると、メシを残してはならないとする理由は、宗教上・倫理上の問題にならざるを得ない。

食材はもともと生物なんだからその命を大切にしろ、というのはその極地だ。家畜なら屠殺された時点で命は無くなっている(野菜穀物についてはいつが死期なのかちょっと分からんが)。大切にするもクソもない。

森羅万象には神が宿るから~論も同様。

また、生産者気持ちを考えろ論も倫理。一個人が飯を残していることなんざ生産者は知りようがない。また、この論理によれば生産者が気にしないと言えばメシを残していいことになるのだが、それでいいのだろうか。



んで問題は、普段無神論者自覚し、そのように振る舞っている奴らが、この件に関してだけ急に倫理やら宗教を持ち出してくるのは何なの?という点。徹底してないんだよね。それ言うなら普段から信仰を持てよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160912084842

わははこれはその通りだろうな。資本主義ってのはそういうもんだ

http://anond.hatelabo.jp/20160912082002

資本主義的な倫理観としては、物を無駄にすることが正義だと思うぞ

大量消費でお金を回すという論理的根拠がある

オルダス・ハクスリーのすばらしい新世界ではこれをこう言っている

「古い服は嫌なもの」 「継ぎはぎするより次々捨てよう」「縫い針一本はじのもと」 「わたしは新しい服が好き」

2016-09-11

anond:20160910185500

アフリカなんて遠い国を毎回説教に持ち出されるのが不快なのは分かる。

でも金で解決っていうのは、資本主義に骨の髄まで乗っ取られた感じがして嫌。

ますますこういう人が増えて、人間根本である食とそれに伴う文化がないがしろにされていくのは見るに堪えないし、

食を冒とくすることに対して公共の場エクスキューズ求めないで欲しい。



この感覚宗教的だとみなす人は、きっと食べ方に対する感覚から発する考えを自分の中で育んでこなかった人なんだと思う。

あと、中国食文化は、「相手自分に食べきれないほどの御馳走を用意してくれた」ことに対する礼儀からあなた食べ物の残し方と全く違う。

2016-09-10

今日聖書を読む読む

さびさにロマ書を読む。



最近知人と『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の話になって、「プロテスタンティズム資本主義に適合していた」って言うけどおかしくね?と思い、その根底にあるという「予定説」を調べようとした次第。



定説理解自体さまざまなバリエーションがあるのだが、以下は注釈者(内村鑑三)の理解



まず予定説というのは、人が、神を信じるか信じないか、救われるか滅びるか、は(その人の意志ではなく)神の意志で決まるという考え方だ。

この理解によれば、キリスト教徒にとって人生のあらゆる出来事は、その人が神を信じ、救われるための設備にすぎない。神は、その人を救済するという目的に向かって事件経験人生に配置していくことになる。



ただこの説によると、なぜ日本人は非キリスト教徒が多いのだ、という疑問が生じる。

ここはやや不明なのだが、キリスト教を信じず、拝金主義・消費主義堕落してしまった日本人は、神からいったん放置され、神は先に中国朝鮮福音を及ぼしたとのこと。

ただ日本人は見捨てられたわけではなく、中国朝鮮福音の光が満ちれば、日本にも福音の光が及ぶであろう、とのこと。



この予定説理解ヨブ記理解(苦難を通して信仰に至る)にも通ずるなぁ、と思った。神に選ばれて信者になったのだ、という強い自負心も持つことができる。

中国朝鮮云々は、注釈者が明治大正期の人なので、今でも妥当する考えかは不明。まぁ面白い見方ではある。

まあ、卵劣化精子劣化もどれも緩やかな確率論カーブなんだが、資本主義

それを「売れるよう」にするため、わざと極論にしてしまう。それに当事者

しては1万発中の一発でも、「自分に当たってしまったら自分問題」となる

ワケだから、単なる傾向を極論の過剰脅威ととらえて、極端に「産まない」と

萎縮したりする。と言う面もある。(勿論逆もある)

から極論で人々を騙したり誘導したりするのはこれは是々非々が決めがたい。正しい情報と、自分決断重要になって来る。なぜなら、自分の将来の

姿は、必ずしも多くを「外因のせい」にはできないからね。機会が「自由

ならば、なおさら悪因だけを外因と甘える事もできなくなって来る。

2016-09-09

http://anond.hatelabo.jp/20160909162317

資本主義貧乏人を増やす方向にインセンティブが働くから、どんどん一般市民は貧しくなっているんだろ。

貧しくなれば、安いモノしか買えなくなる。

いくら付加価値的なもの価値を見出そうとしても高くては買えない。


ただそれだけのことだ。

全ては資本主義が悪いんだ。