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はてなキーワード: 道徳とは

2016-12-04

炎上中の某D社の謝罪文について

読んでいて理解できなかった一文がある。

その結果、共通する運営体制方針の9つのメディアWELQiemoFind TravelcutaUpInCAFYJOOYGOINPUUL)に関して、マニュアルライターの方々への指示などにおいて、他サイトから文言転用を推奨していると捉えられかねない点がございました。この点について、私自身、モラルに反していないという考えを持つことができませんでした。

http://dena.com/jp/press/2016/12/01/1/

ここの最後の一文はなんかおかしくないか

これは「(運営方針が)道徳に則っているとは考えていなかった」という主張で、今回の件は故意にやりましたと自白していると捉えていいのだろうか……?

2016-11-24

http://anond.hatelabo.jp/20160605004638

それっぽい言説で自分価値観もっと言えば自分人生のものが正しいということをこの世全てのものを利用して主張する人間

あるいは世間での倫理観道徳観、「良識」というものに対して対立することでしか自分を保てない人間

そういう人間の主張は、その実全くとるに足らないどころか人間社会にとって害悪しかないのでスルーしてしまったほうがいいと思うのだが、人間はそれをスルーできない

それは歪んだ鏡であり、そこに映る自身を切り捨てることが出来ない

やがて鏡を見た人間自体を歪ませる

歪んだ人間はその歪さを社会投射することでしか己を保てなくなる

そうして人間社会は緩やかに健全性を失っていく

2016-11-19

オタク現代ポリコレを装備しても使いこなせない

ポリコレという概念人権保護やら道徳やらとだいたい同じでありまして、本来ポリコレ異性愛男性キモオタのことも守ってくれるのだ、というのは全く正しい。

オタクだって人間だもの。貧しい人や学のない人も人間だもの人権ポリコレはあまねく守ってくださる。本当なら。




しかし現状を見ると、ペドフィリアセクシャルマイノリティに含めてくれという論の旗色の悪さとか、メンズリブやマスキュリズムの低調さが象徴するように、今のところオタクポリコレ積極的に利用しづらい。

ポリコレはいわばオタクも装備できる武器であり防具なはずなのだが、どこで失敗したのか、オタクの手には馴染まないようにチューニングされてしまっている。

全く使えないとは言わない。ポリコレによる恩恵を一切受けていないとは思わない。たとえば「ポリコレってオタクジャンルに対して妙に厳しすぎるだろ」という反論は、オタク側が「不当な差別はよくない」というポリコレを使っている例だ。

しかしどうも効果はいひとつで、このポリコレってのを自分たちのために利用しきれてないんだよなという感じが漂う。




理想的解決策としては、オタクポリコレ肯定を前提とした議論に参加し、ポリコレの用いられ方を自分たちも使いやすいように改善していけばよいのだろう。

だが、建設議論というのは多くの人にとって負担でとても面倒なものであり、まして既にアウェー状態リングに上がるほどの意欲を持てというのは困難な話だ。

「話し合いましょう、根気強く丁寧に、色々調べて、難しいことを悩んで、広く長い視野を持って、傷つくこともあるだろうけど我慢して、感情的不快感などは冷静さのフィルターを通して、ひとつずつ物事を善くするため考えていきましょう」

そんな誘い、よっぽど能力や気力や体力や適性や時間や意欲のある人間しか応じない。

そこまでして、ポリコレという手に馴染まない装備を自分も使えるようチューニングしたがるオタクあんまりいない。




それはまあ、ポリコレを使いこなせるようになればとても便利で強力であろう。

から長期的な視点で見れば、苦労しつつもポリコレ議論に向き合い、オタク立場を守るポリコレ運用方法確立させるのが良手だ。

でもやらねえ! めんどいから! 長期的な視点より今の快楽を貪ることで精いっぱいだよ! おれっちバカから

自分は使いこなせないのに他グループ活用する装備なんだったら、ポリコレなんてまるきり否定してやるぜ!

もしも将来ポリコレが本当になくなったらオタクも困るんだろうな。

でも知らねえ! おれっちバカから! 将来のことを考えるなんてダルいぜ!





生きるってのはだいたいの人間にとってストレスまみれでいっぱいいっぱいだから、その上に正しさを気にしろ、将来にも目を向けろなんてのは要求しすぎだ。それでも正しさに殉じられる人たちがいるのは不思議なことだが、誰もがそれをするのはムリ。

求めているのは正しさなんかじゃない、今の苦痛を一瞬でも誤魔化す気持ちよさ。

なのに正しさで説得しようとされても耳を傾ける気にはならない。気持ちよくしてくれなきゃ。

刹那快楽主義未来は暗いとは思うけど他に憂き世に効く麻酔がないからしゃーない。




まとめ

ポリコレ原理的には異性愛男性オタクも守るものだけど、実際は異性愛男性オタクが援用しづらい状態になっている。

しかポリコレ用法改善していく面倒な議論に参加するモチベーションは抱きづらいので、ポリコレ自体攻撃する動きが大きくなるのも仕方がない。






ちなみに

異性愛男性オタクキモオタオタク、などの言葉が混在してるけど、明確な使い分けをしているわけではない。

女オタや同性愛オタクでもポリコレ加護の薄さに悩んでいる人もいるだろうなと思う反面、「オタク」と呼ぶとポリコレ加護を実感している人も含んでしまいそうだと考えたので、複数呼び方をしてお茶を濁しただけ。なんならオタクである必要もないので、ポリコレ恩恵が薄いと感じている人は自分を当てはめてください。

http://anond.hatelabo.jp/20161118102742

またいつものNHK朝ドラとかを貶めての「この世界の片隅に」の持ち上げかと思ったら、一緒くたにしていて笑った

その通りで、いくらこの世界の片隅に」は他の作品と違う!と言おうが、内容は変わらない戦中映画だし道徳教材にぴったりな映画

君の名は。」みたいに「内容は置いといて絵がスゴイ!背景がスゴイ!」はいくらでも言えばいいと思うけど

2016-11-17

http://anond.hatelabo.jp/20161117134404

まぁそういう中で育ちながらおそらく犯罪もせず生きてるんだろうから貴方自身は至極まともなんでしょう。

しかし本当は貴方のような人が、反出生主義的に生きるのではなく、

貴方の親のような過ちをこれから先の人々が繰り返さないために

何らかの形でアウトプットし続けた結果の山積が、

人道や倫理道徳なんでしょうけどね。



元増田だけど、「失敗例を以ってすべてを否定」すると

人間ひいては生物全否定になるわけで無意味から

そういうのはいわゆる「中二病」なんであって、

ゲームラスボスですら散々っぱら開陳し説き尽して今日び言わない「とっくにカタの付いた話」なんであって、

増田以外で言うのは止めといたほうが良いな。

自分子供だったとして放射能マンと仲良く出来た自信がない

流石に金寄越せとは言わんけど「一緒に遊ぼうぜ―」とはなれないな。

「菌」と口にだすことすらせずそっと避けて暮らすと思うし給食の時はそいつから距離離して座ると思う。

道徳の授業でエイズ持ちの子供ともお互いに血を出したり唾を飛ばし合わなければ安全に遊べるよピース!みたいな写真が載っていたのを見て「でもお互いに血を流してたら危ないんだろ…一生棒に振るかも知れないのに一緒に楽しく遊べとか無理だわ…」と考えた事を思い出す。その授業の感想文では適当ごまかして皆仲良しピース!と書いておいたけど本心エイズマンと一緒に遊べるかよばーかだった。

イジメが罰せられるべきなのは間違いなく。

暴力は悪だ。

恐喝は悪だ。

だけど放射能を垂れ流していると噂をされている子供とも仲良くしろ子供説明するのは簡単じゃない。よっぽど優秀な教師じゃないと出来ないと思うし、子供理解力がないと無理だろう。そもそもちゃんとした知識を持った大人が今どれだけいるのだろうか。

2016-11-15

個人的な肌感覚だと

既存の古い倫理道徳が古臭さゆえに嫌われて更新要求された結果

ネオリベの要素を取り込んだ新たな道徳倫理としてポリコレが出てきたという感じなんだよな

LGBT保護すべきだけどキモいもの(e.g.キモくて金のないおっさん)は保護対象ではないし自己責任から罵倒してもいいという

更新された倫理

2016-11-12

「このご時世、子供を産み育てる事にメリットがない」っていうのは「子供産まない自由」というのとは次元が違う話だと思うわ。

例えば同性婚の話に喩えてみれば分かる。

「こんな同性愛差別の酷い社会同性婚する事にメリットが感じられないか自分はしたいと思わない」……この理屈、変ですよ。

子供産まない自由』の根底にあるべき発想は「そもそも子供を産みたいと思わない」であって、

メリットが感じられないから産まない」とは違うと思う。

後者は「産み育てやす社会にしてくれ」という、リベラルぶったその実保守的道徳丸出しの意見同義だよね。

子供を産み育てやす社会」というのは、

まず先に子供を産んでいない女性が一人の人間として尊重され当たり前に生活できる前提があって、その後の話だと思う。

しかし実際にはそれらの主張は未婚・未産女性迫害とセット。

から現状では私は「子供を産み育てやす社会思想には全力で反対する。

子供を産み育てやす社会にしょう」…子供を産んだ女性には褒賞を与え、産まない・産めない女性には罰を与えよう。

リベラルフェミニスト人達の主張も要はこういう事ですからね。

2016-11-10

優生学科学的に正しいのか

アイドルグループ衣装ナチス制服類似していたという騒動に関連して、妙な論争が起こっている。

ニセ科学批判で有名な人物が(俺はこの人物の行動力に敬意を表するが、支持できない点も多い)、この騒動を軽視するような発言を繰り返しているため、ニセ科学批判批判派(定義曖昧な粗雑な表現だが)が「ニセ科学批判派はナチス容認している」「ニセ科学批判派はニセ科学である優生学批判しない」と言い出しているのだ。この問題に関して俺の考えを述べてみたい。


俺は「優生学は完全にニセ科学とは言えない。科学的に正しい部分もある」と考えている。ここで「ニセ科学とは何か」「科学的に正しいとは何か」という科学哲学上の概念定義を厳密に行うことは俺の能力を超えるし、そもそも分厚い専門書になるくらいの問題なので、簡単に述べるに留める。

俺は「科学的に正しい(ニセ科学ではない)」とは、「実際に効果がある・機能する」ことだと考えている。永久機関作動しないかニセ科学だ。原発は発電しているかニセ科学ではない。原発安全性経済性の評価に関して科学的に不正確な部分が多いことは事実だが、だからといって「原発ニセ科学だ」とはならない。

まり科学的に正しいかどうかは「正誤」の問題であり、「善悪」の問題ではないということだ。科学自然現象説明する道具なので、善悪などあるはずがない。道具に善悪はない。善悪は使う人間にある。包丁料理にも殺人にも使える。科学道徳倫理を追求する営みではない。自然現象原理を追求する営みだ。「科学工学技術)の違い」みたいな話はややこしいので避ける。

優生学核兵器毒ガスと同じで、科学的には正しい。ただし、優生学には民族人種血液型関係のような変てこなものも多いので、全てとは言わない。これらは「間違った(正しくない)科学」ではなく、「悪の科学」だと見なすべきだと思う。


そもそも俺が優生学を「科学的に正しい(部分もある)」と考える理由は、優生学進化学、遺伝学、育種学(品種改良)に基づいているからだ。優生学は究極的には人類進化遺伝的改良)を目的としている。これはそのまま人間品種改良だ。進化学、遺伝学、育種学、統計学大家であったロナルド・フィッシャーが優生学者であったことがいい説明になると思う。品種改良は紛れもなく科学からね。まさか品種改良ニセ科学だ」なんて言い出す人間はいないよね。遺伝学の契機となったメンデル実験だって背景にはエンドウ豆の品種多様性が背景にあったわけだから。同じく進化学の元祖であるダーウィンも鳩の品種多様性に着目していたわけだし。

血統書付きの犬猫機動戦士ガンダムZZのプルシリーズはどう違うの、というお話人間品種改良理論的、技術的に可能だ。絶対にすべきではないけど。でも希望する人間は必ず現れるだろうね。機動戦士ガンダムガンダムSEEDシリーズコーディネイターみたいに。現代でも胎児出生前診断問題になるわけだし。

もっとも、言うまでもないことだが、上に述べたように優生学理論には科学的にデタラメな部分が多い。その意味ニセ科学だとも言える。ただし、全てが間違っていたわけではない。優生学科学的に正しいかどうかは個別に論じるべき問題だと思う。優生学から無条件にニセ科学に違いないと断じるのは、それこそ科学的な態度ではない。


結論を強調しておくと、優生学科学的に正しい面もあるので、完全にニセ科学とは断言できない。しかし、完全に否定すべき科学である。その理由は「科学的に正しくないから」ではなく、「倫理的に正しくないから」である

慎重な表現を心掛けているのでどうにも歯切れが悪いな。


ちなみに言うと、上に書いたこととは少し反するが、人間という生物根本的に品種改良に適していない。その意味でも優生学科学的にあまり妥当ではない。その理由は以下の通りだ。

現代では品種改良技術が向上し(受精操作とか遺伝子組換えとか)、ピンポイントで作物や家畜目的とする遺伝子を導入できるが、つい最近まで、場合によっては今でも、育種選抜と交配による。優れた特徴を持つ個体同士を交配させ、生まれ子供を更に選抜し、交配させる。これの繰り返しだ。要は博打で「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」なわけで、ここでの要点は「短期間で多数の子供を得られること」だ。人間はこの点であまり効率が悪い。

子供が生まれから交配するまで、およそ20年もかかる。犬猫ならわずか1年だ。妊娠期間は280日もある。犬猫ならわずか2・3か月だ。出産間隔は2年ほどもある。犬猫ならば年2回の出産可能だ。

一度に生まれ子供の数は、1体だけだ。犬猫ならば5体は可能だ。

さら人間以外の生物品種改良では、ごく限られた特定の特徴のみを伸ばすことを目的としている。「あちらを立てればこちらが立たず」式にある特徴を向上させたら別の特徴が低下した、みたいな場合でも許容されることはある。犬猫の中には遺伝的に病気に弱い品種があったりするが、他に優れた特徴があれば淘汰されない。肉用に改良された家畜はすぐに成長して肉にされるので、早死にでも何の問題もない。ところが人間場合は、ありとあらゆる能力を伸ばさねば優れた人間とは認められない。「遺伝子操作の結果、知能が向上しましたが病弱になりました」みたいなことになったら大失敗だ。人間誰しも多少は不利な遺伝子を抱えているものから進化学的かつ遺伝学的には遺伝子多様性こそが種の存続に有利だと言えるわけだし。ただし、生命科学進歩により遺伝子操作受精操作技術が向上して、理想デザインドベイビーを生み出せるようになる可能性も否定できないけどね。人間科学的に可能なことは何でもする生き物だから

そもそも種全体の改良を目指すのか、特定個人家系のみの改良を目指すのかで社会的意味も全く変わる。優生学の明確な定義があるわけでもないし。


人間品種改良に向かない。その意味優生学科学的に非常に難しい。でも科学的に完全に間違っているわけではない。倫理的には完全に間違っている。

http://anond.hatelabo.jp/20161110145706

前者は一般常識とか普通社会道徳みたいなもので、後者はただの低能勘違い

えっと、その線引きは誰がするんですか?

ポリティカルコレクトネスポリコレ否定されたというより無視された

正義とか道徳とか倫理とかより政治仕事

まず経済だよね、ご飯だよね、子供大学に行かせられるような労働環境だよね。ということ

トランプにそれが出来るかは別として、そもそもトランプとその支持者は

ポリコレがどうたらこうたらという土俵に乗ってなかった

ポリコレ支持者はポリコレ土俵ではなく大地だと思ってるのかもしれないが

トランプ当確レイシズム頭角

とか言ってるひといるけどさ、それは違うよな。そういう道徳は持ち合わせてると思うぜみんな。いや、もしかしたら「かつては持ち合わせていた」だけかもしれないが。そういう良心を踏みにじってきた奴らへのカウンターよなトランプ当選は。理屈良心もなくてただの怒り。暴力的な風潮はすぐに落ち着く。トランプ自身がどう考えてるかは知らないけど、トランプ以外の人は今がピークであとは既定路線に戻っていくでしょ。ただここで変わらないとまた繰り返すよな・

2016-11-08

からも娘からも邪険にされる父親像を一般化させたのは一体誰?

からも娘からも邪険にされる父親像を一般化させたのは一体誰なんだろう

というコメントがあったので


フェミ団体でしょう

そして、そのフェミ権力を与えたのは戦勝国アメリカでしょう

日本弱体化政策」の一環


占領せず洗脳で弱体化を図る!GHQが行った『日本弱体化政策』とは

http://matome.naver.jp/odai/2142192163190654201

日本が再び米国の脅威とならないことを確実にする」

家族の結びつきは重要です

少子化シングルマザーが増えているのはGHQの狙い通り





あるユダヤ人懺悔日本人に謝りたい

http://d.hatena.ne.jp/sifue/20061208/1165688702


日本国憲法(というかユダヤドイツ人を骨抜きにするために作ったワイマール憲法の丸写し内容)で、何がしたかたかというと

人間獣化計画

目的は以下のとおり

愛国心消滅

悪平等主義

拝金主義

自由の過度の追求

道徳軽視

3S政策事なかれ主義(Sports Sex Screen)

無気力・無信念

義理人情抹殺

俗吏属僚横行

否定消極主義

自然主義

刹那主義

突端主義

国粋否定

享楽主義

恋愛至上主義

家族制破壊

民族的歴史観否定


間違いなく、日本物質的豊かさの反面で大流行している精神的退廃じゃないですか

(苦笑。本当にユダヤ人法律家ってすごい賢いなって思いました。

最終的にたどり着くところは、家族制度の完全崩壊と金、金、金の欲と利害関係にまみれた個人主義的なエコノミックアニマルばかりの国家

というか国家として機能しない社会を作るのが目的なんだそうです。

いわゆる精神崩壊国家崩壊目的とした憲法ですね。



そもそもこの日本国憲法の元となったワイマール憲法は、

ユダヤ人迫害されてきたヨーロッパユダヤ人政府ワイマール共和国ができたときに、

大多数のドイツ人の中に生きるユダヤ人が復権するために作った人民飼い殺し用の憲法らしく、

どうせなので日本でもその写しを戦後日本でも使ってやれ、と適用されたそうです。

(ちなみにドイツではその危機ドイツ人が感づき、反発でナチズムが横行してユダヤ人迫害された)



で結果、日本では物質的豊かさと反比例して、日本人精神家族国家をここまでぐちゃぐちゃにしてしまった。

で、このユダヤ人の老人モルデカイ・モーセさんは日本人はいろいろよくしてもらったのに申し訳ない…最後に謝りたい、とこの告白をしたのがこの本というわけです。

憲法の内容とその効果資本主義共産主義をの両方を道具として生き残るための使ってきたユダヤ歴史などを詳しく紹介してくれています

特に憲法の中で「自由」と「平等」という相反する概念の組み合わせがどれだけ人をダメにするか、「義理人情」の方がどれだけ崇高な概念かとかいている所は、かなりぐっときます民主主義がどれだけ虚妄か本当に勉強になりました。

まあこんな気持ちユダヤ人の方がいたということで、ぜひ、一度読むことをオススメしたい本です。内容的には、最近流行っている「国家の品格」とかに近い本ですね。




男女平等は完全な家族制度の崩壊福祉費用の増大による国家疲弊を狙ったものだったんですね。


しかしたら、婦人国有なんていう制度が導入されていた日本の事を考えると寒気がします。

ももしかしたらほぼ、この婦人国有政策実施されているのと同じような世の中なのかもしれませんが、

こんな政策実施されていたら、女性ただイケメンに抱かれるために努力し、

はいい女を奪い合う、まさに恋愛至上主義道徳軽視の快楽主義自然主義が更に蔓延した社会(非モテ非コミュさらにつらい社会)になっていたんでしょうね。

そう考えると、日本に古来からあったお見合い制度や信頼ある人同士が結婚相手を紹介し合う制度は非常に道徳的にも精神的にも高度な文化なのかもしれません。








http://anond.hatelabo.jp/20161107131126

2016-11-05

中学校LGBTの人にも使いやすトイレ」のニュース

http://b.hatena.ne.jp/entry/www3.nhk.or.jp/news/html/20161104/k10010756371000.html

ブコメの反応が思った以上に否定的で驚いたんだけど、よく考えたら、なんの前知識もなければ私も文句つけてたと思う。

記事の中に

「ほかの学校で応用する場合当事者本人の意向を丁寧に確認して対応していく必要がある」

とあるが、その通り。丹原東中だから大丈夫なんです。

私は愛媛に住んでいて、丹原東中の挑戦を割と近いところから見ている。

2014年度、文科省人権教育研究指定校となった丹原東中は、当時の校長の発案で「性的マイノリティ」を題材に取り上げた。

独自資料書籍を集めたほか、愛媛LGBT当事者団体と連絡をとり、教材作りから全面的な協力を受けている。

当事者団体代表は、最初に「生徒さんの中にもいると思われますが、当事者探しをするようなことにだけはならないように」とお願いした。

中学生の中には「マイノリティ」の意味もわからない段階の子もいる。繊細な問題を、焦らず段階を追って教えることに、先生方は大変な努力をして取り組んだ。

私は、LGBT当事者サイドからその取り組みを追っていた。正直最初不安だったが、日を追うごとに生徒の様子が変化するさまを見ると、素晴らしい経過をたどっていることがわかった。

それは実際の生徒の言葉からも感じられると思う。段階を踏んで、このように変化した。

最初は、どうせ『道徳時間』を作るための授業だろうと軽く考えていた」

「世の中にはそういう人もいるんだ」

社会偏見があるとわかって、家族や友人に、言えなくて苦しんでいる人がいるかもしれないと思った」

「今はまだわからないだけで、自分が『性的マイノリティ』の可能性もある」

周囲の人を思いやる段階さえ過ぎて、自分のこととして捉える感性が育っているのだ。

丹原東中の性的マイノリティ学習は、「性的マイノリティ知識を身につけ差別をなくしていく」という趣旨で始まったが、学校側や関わったLGBT団体の期待した以上の良い変化を生徒にもたらした。

差別用語を使って人をからかうようなことをしなくなった。

精神的に安定し、穏やかになった。

セクシャリティに限らず、相手が何か問題を抱えている可能性に配慮し、また、自分の抱えている問題相手が暴くことはない、という信頼関係が生まれ育っている。

こういった学校であるから、まだ教育を受けておらず差別的言動をしてしまう新入生がいても、徐々に人権感覚を身につけていく。

3年にわたる連続した学習があって「思いやりトイレを使ってもいじめられることなどにはならない」と、確信を得て今回に至ったのだ。


また、元記事中で使われている「LGBT」という用語は、レズビアンゲイバイセクシュアルトランスジェンダートランスセクシュアル)の頭文字からきた言葉ではあるが、そのほかにも様々にある性的マイノリティ総称だ。「トランスジェンダーの方に配慮」といった時にこぼれ落ちてしま性的マイノリティを含むという考えでこの言葉を使っているのだと思うので、LGBには関係ないなんて責め方しないでやってください。

2016-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20161102105612

これ以外に「相互理解」とか「相手を思いやる」とかはあり得ないの。

よく分からんけど、法律以外のルール(例えば「父が娘を思いやるべき」っていう道徳)に拘束されないってのは、世界中誰にでも通用する普遍原理だってこと?

http://anond.hatelabo.jp/20161102085417

増田根底にはおそらく「法律以外のルール(例えば道徳)には原則として拘束されない」っていう考えがあるんだろう(違ったらごめんよ)。

無宗教立場を突き詰めるなら、増田の言い分は正しい。だって道徳(今回であれば「親であれば子に愛情をもって接すべき」)って(神を否定するなら)根拠ないし。

ただそれでも同情コメントが湧くってのは面白い無宗教ってのはなかなか突き詰められないんだろうな。

2016-10-27

http://anond.hatelabo.jp/20161027002150

予告やNHK宣伝特集見た限りだと、アニメ映画はほんと期待できそうにはないと思う。

中学校道徳時間に見せる戦争教材以上のものではない。



でも原作漫画はほんと面白いと思ったんだよな。

主人公のすずのホンワカで明るい性格から繰り出す嫁ぎ先での恋愛ドラマがいい。

予告や宣伝特集には、こうした恋愛ドラマであることや主人公の魅力アピールが足りなすぎる。



しかしよく考えると、これNHK朝ドラのものなんだよな。

ようは、漫画以外の媒体では、普通に描かれてきた世界であるわけだ。

ドラマ小説で、戦争中の生活テーマにした女性物語は山ほどあるしな。



名作扱いされるのは、結局青年漫画誌というメディア戦争テーマ女性物語が珍しかたから、余計に「これはスゴイ!」となったんだろうな。

それを漫画から飛び出して映画世界にいったら、そりゃ予告の段階としても他の作品と比べられて、う~んってなるのはうなずける。

2016-10-25

NHKスペシャル マネーワールド

を見た。欲に勝る道徳なし、というところなんだけど、なんや金持ちが「彼らは努力が足りない」ばっかりで。「私は運がよかった」が正解だろうに。

おっさんになってわかるよ。運だよ、運。同じ努力でも運がすべてを決めるんだ。

2016-10-24

奴隷道徳とは、正義平等の名のもとに

それはつまり反動形成である

反動形成面白い所は、「抑圧し反発したはずの元の欲求を、結局は満たしている」という部分である

・身近な例

1.依存心の強い人

この人が反動形成をすると、なんでも自分でやろうとする独立心の強い人となる

そうすると、この人は自分依存心を自覚しないで済むようになる(防衛成功)

さらに、ワンマンにやればやるほど周りは困ってしまい、あれこれと助けようとする

下手をすれば、「あの人は助けられると起こるから、見えないようにフォローしよう」となる

ここまで来てしまえばもうこの人は自分依存心を自覚して苦しむことなく、依存心を満たせることになる

2.何もかも壊したりめちゃくちゃにしたい人、ごちゃごちゃになっているのが好きな人

この人の場合は、すごく丁寧で几帳面になり、規律道徳などをきっちり守る善良で温厚な人になる

しかし、どうだろうか。この人には世界はどう見えるだろうか

大事に扱おうと物を見るということは、それを繊細で壊れやすものであると見なすわけで

この人には世界は壊れやすもので、壊れてしまもので満ち満ちているということになる

丁寧で几帳面という価値基準を持てば持つほど、世界相対的に粗雑で大雑把な世界となる

結果として、この人はめでたく自分の好きだった世界に入ることになる

3.相手支配したい、自分の正しさを認めさせたい

反動形成は、奉仕や服従、自己犠牲になる

DVしたり酷い要求ばかりするして振り回してくる恋人に傷つけられながらも、それでも献身的に尽くすというのを何処かで見たことはないだろうか

体調の悪いままにパートで働き、子供の世話や家事を行い、夫のためにお酒を買って来た挙句に「お前が居るから俺はだめになったんだ!」と言われる始末の妻

精神的に不安定彼女のために、リストカットをしたと言われれば深夜でも駆けつけ、あれこれと手をつくして慰め、同居させ、挙句の果てには暴力混じりに「あなたは私の事のことなんか全然きじゃないのよ!」と詰られる恋人



さて、この人達はいかにして支配欲を満たし、正しさを主張しているのか

答えは簡単である

この人達相手奉仕し、あれこれを手を尽くせば尽くすほど、相手依存し何もできなくなっていく

献身的になり、親切になるほど、相手自分葛藤を処理たり我慢したりしなくなり、何も考えないでも生きていけるようになる

尊敬し服従すればするほど、相手はそれ以上の成長はしなくなり、与えられた権力に酔って傲慢となり、相手に不当な扱いをするようになる

結果として、相手依存心を増強させ、自制も聞かない赤ん坊のようになり、感情欲求を吐き出すだけの無様な姿となる



にも関わらず、「にも関わらず」だ

それでも決して怒らず、優しくし、辛抱と忍耐を重ね、自己犠牲を続け、文句も言わずに働き続ける

この人達のことを、誰も責めたりせず、むしろ可愛そうで救われるべき正しい人々であると言うだろう

そう、ここが一番のミソである



彼らは自己犠牲をすることによって無事に被害者となることができ、理不尽世界に対して自分正当性を訴えることができるのだ

もはや、彼ら/彼女らは自分から何も主張せずとも、自らの正しさを認められる事となり、奉仕先を支配することができる



ここにおいては、相手を許すという行為はすなわち、相手を罪悪感で縛り支配する手段となる

正答な罰や応報もなく許され、良心の呵責に苦しむ

それを晴らそうとするが、奉仕と服従と自己犠牲に慣れた人間にとっては、それを躱すのは容易い

そして、相手に対して道徳的優越感を得て、奴隷道徳を旗印に勝鬨を上げるのである

2016-10-10

http://anond.hatelabo.jp/20161009212710

道徳存在しない人も居るわけで

そんなやつを止めるためにも法律はあるわけですよ

業界団体自主規制なんかはルールという名の道徳を作ることで

法律無用だ、と主張しているわけですよ

立法されるとわずかでも決められた範囲外に出たとたん

犯罪に変わっちうから業界団体自己防衛ですね。

2016-10-08

若くても社会に損害しか与えない人間自殺するべき

表題自分のことです。

http://anond.hatelabo.jp/20161008095104

 

現況

当方ニート

ニートを目指し今年6月から就職活動を送っている。

正社員派遣社員アルバイト…計20社以上に履歴書を送った。

しかしどの会社にも採用されることがなかった。

最後の望みを託した某社にも落ちた。そこは某便所の落書きで悪評が立つレベル会社であるにもかかわらず、だ。

その他にもいわゆる「ブラック企業」をいくつか受けたが、すべて不採用に終わった。

 

その原因

ここまで不採用が続くのも、恐らく自身無能からだろう。

知力、体力、コミュニケーション力、分析力、忍耐力、表現力…社会で求められる力は多岐にわたる。しか自分はその力をなにも持ち合わせていない。

こんな悪文を臆面もなくさらすあたり、知力や表現力、コミュニケーション力に欠けていることは火を見るよりも明らかだろう。

また、自身の敗因を正確に分析できていないことを鑑みると、分析力に欠けているのは明らかである

ただ、それらの力がなくとも、年齢が若ければ再起のチャンスはあるかもしれない。

しかし四半世紀分無駄に年だけ食った幼稚な人間に、再起のチャンスがあるとは考えにくい。

人によっては「再起のチャンスはある」という人もいるかもしれない。しかしそこで提示されるケースは、往々にしてレアケースだけである

その手のレアケースは9割9分9厘、自分の身に起こることはない。

 

今後求められること

周囲の人間にこれ以上迷惑をかけないために、社会から撤退を行わなければならない。具体的方法としては自殺がある。

それ以外にも無人島への逃亡などの方策をあるが、法律との兼ね合いより実現可能性は極めて低い。

「これ以上就職活動を続ける」と「ニート生活を続ける」はどちらも多大な迷惑を各所にかけるので論外。

 

その理由

生きていても不特定多数人間迷惑をかけるからだ。

他人迷惑をかけてはいけないということは基本的道徳である。ましてや故意迷惑をかけることは、絶対にあってはならないことである

自分就職活動を続けても、ニート生活を続けても、他人迷惑をかけることは分かり切っている。

他人迷惑をかけるより、道徳に則り自殺する方がベター選択肢ではなかろうか。

 

1.就職活動をつづけることで発生する被害

仮に社会に求められる力をなにも持ち合わせていない自分を雇ったとしても、企業側には何のメリットがない。デメリットは掃いて捨てるほどある。

今日会社に損害を与え続ける存在に毎月一定金額を渡すような酔狂な企業存在しない。

それなら公務員になればいいという声もあるかもしれない。しか公務員に対する批判感情が高まりを見せている昨今、仮に公務員になれても無能である以上職務遂行できるとは考えにくい。

せいぜい納税者から突き上げを食らって職場を体よく追い出されるのがオチである

そもそもどの職場にも求められていない無能であることは分かり切っている。そんな自分会社などに履歴書を出すことは、不要負担会社にかけさせていることに他ならない。

端的に言えば、自分就職活動をすることは業務妨害行為である

我欲のためだけに、無関係第三者迷惑をかけることはあってはならない。

2.ニート生活をつづけることで発生する被害

親に迷惑をかけ続けているのは当然である我が家不良債権処分するためにも自殺は有力な選択肢の一つとなる。

生活保護受給するにしても、日本社会保障費は際限なく膨らみ続けている状況下で、生きる価値のない無能のために社会保障費を膨らます道理はない。

障碍者病人高齢者乳幼児など自分と異なり無能ではない存在のために社会保障費は使われるべきである

他方で世界に目を向けると、依然として人口爆発が続いている。これらの国々では経済発展も同時に起きている。

そのため、石油石炭LNGウラン鉱石・淡水といった有限な資源に対する需要も伸び続けている。これらの資源生活に不可欠な一方、浪費し続ければ遠くない未来に費消することは確実だ。

費消を防ぐ方策としては、省エネルギーの推進などが考えられる。しかし、ジェボンズパラドクス発展途上国サイドの反発を鑑みた場合省エネルギーの推進は問題解決に結びつくとは言い難い。

エネルギーの費消を防ぐには使用量を抑制する必要があるが、人が減ればそれだけエネルギー利用は減少する。つまり自殺すれば資源枯渇を(少しだけとはいえ)先送りすることが可能になる。

先進国場合1人あたりのエネルギー消費量発展途上国よりも多い。日本場合世界平均の2倍エネルギーを利用しているとの情報もある。

無能かつ生産性0の自分世界平均より多くの資源を浪費していることは、人類すべてに迷惑をかけていることになる。

明日アインシュタインエジソンたちが資源枯渇のせいで可能性の芽が摘まれない為にも、自殺というのは有効手段になるのではなかろうか。

 

まとめ

元増田若い人間場合社会利益を与えるため、若い世代自殺に対しては否定的立場をとっている。

しか自分のように社会に損害しか与えられない無能はいるのである。一方で自分よりはるかに有能な老人がたくさんいることは確かだ。

年齢で自殺すべきか否かを分けることは、それこそ新たな差別の温床になりかねないのではないか

2016-10-06

魂を亡くしたふりができる場としての淫夢文化

 ってのがあると思う。


 

 倫理道徳をぜんぶとっぱらって快楽的に騒げる、非日常的なお祭りの場を追求していった結果、無意識ネットワークされた犯罪者集団になってしまった彼らを、いつか救える日がくるのだろうか。彼ら自身が忘れられる日が来るのだろうか。それとも魂を亡くしたふりをつづけるうちに、本当に肉体を伴った虚無に成り果ててしまうのだろうか。


 淫夢文化とりまく状況も相当にヘンだ。

 ある程度はてなみたいな場所時間を費やしている人ならば、その存在と恐ろしさに気づいている人も多いはずだ。そのなかに言論で食っている人や社会に対して影響力を有している人も含まれている。

 なのに彼らは淫夢界隈など存在しないかのように振る舞う

 せいぜい淫夢厨が事件を起こしてニュースになったときに、物知り顔して「ああ、"彼ら"ね。犯罪はよくないよね」と眉をひそめるだけだ。

 重大な問題だとは思っていないし、そう考えている人でさえ具体的に批判しようとはしない。なぜなら、彼らはトロール行為を働くのに躊躇しないから。twitter アカウントリプライ爆撃を食らうだろうし、ブログは荒らされるだろう。個人情報をハックされてしたり、リアルストーキングされる危険すらある。下手に刺激して、巻き込まれたくはない。

 こうして、普段は一国の首脳や大企業に臆さず物申す正義の人々が、とある匿名集団を前にしたとたん、目をつぶってやりすごす捻れ現象が起きる。


 

 これが2016年インターネットだ。批判的な文脈であれ肯定的文脈であれ、誰も淫夢文化の細部や影響について語ろうとしない。どころか、下手したら「わたしたちの清く美しいインターネットにそんな下衆で野蛮な部族存在しない」かのようにふるまっている。宗教政治や信念や道徳観念について激しく対立する相手にすら存在承認を与えているのに、最も騒がしく、政治的信念関係なく「悪いこと」をやっている集団に対しては沈黙する。

 なればこその2016年インターネットなのか?


 魂を亡くした亡者たちと俺たちは同一の地平に暮らしているのだ。

 そういう場所をなんと呼ぶか知っているか

 地獄だよ。

2016-10-02

正座歴史は浅い

正座という名前をつけて道徳教育して国民に広げたのは明治政府だとかで、国民に定着してからまだ100年やそこらの歴史しかないらしい。

それ以前は男も女も茶人もあぐらか片方の膝を立てるのが正式な座り方で、利休の肖像画や像はあぐらをかいており、十二単は中であぐらをかくようにデザインされている。

しか着物で立て膝をしたりあぐらをかいたら性器が見えるのではないか

昔の女性ふんどしをしめてないし、布が高価なので貧しい男性もあまりしめてない。

しかテレビで見かける農民は短い着物を着ている事も多くて、あれであぐらは丸見えではないのか。

着物で綺麗にあぐらをかく方法がまるで解らなすぎて昔の人はどうやって隠していたのか気になる。

2016-10-01

正気の者にとって就活が辛いのは

嘘をついてはいけないという今まで身につけた道徳根本的な部分が否定されるところ。

人を殺してはいけないという道徳戦場全否定されるのと同様にね。

ゆえに就職のためには気が狂うことが最も重要日本で働いている者がキチガイばかりなのはこれが原因。

2016-09-28

夏目漱石それから』(1909年

何故働かないって、そりゃ僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。

もっと大袈裟に云うと、日本西洋関係が駄目だから働かないのだ。

第一日本借金を拵らえて、貧乏震いをしている国はありゃしない。

この借金が君、何時になったら返せると思うか。そりゃ外債位は返せるだろう。

けれども、そればかりが借金じゃありゃしない。日本西洋から借金でもしなければ、

到底立ち行かない国だ。それでいて、一等国を以て任じている。

そうして、無理にも一等国の仲間入をしようとする。だから、あらゆる方面に向って、

奥行を削って、一等国だけの間口を張っちまった。なまじい張れるから

なお悲惨ものだ。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ。

その影響はみんな我々個人の上に反射しているから見給え。

こう西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事は出来ない。

悉く切り詰めた教育で、そうして目の廻る程こき使われるから

揃って神経衰弱なっちまう。話をして見給え大抵は馬鹿から

自分の事と、自分今日の、只今の事より外に、何も考えてやしない。

考えられない程疲労しているんだから仕方がない。

精神の困憊と、身体の衰弱とは不幸にして伴なっている。

のみならず、道徳の敗退も一所に来ている。日本国中何所を見渡したって、

輝いてる断面は一寸四方も無いじゃないか。悉く暗黒だ。

その間に立って僕一人が、何と云ったって、何を為たって、仕様がないさ。