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はてなキーワード: 競争とは

2017-02-25

http://anond.hatelabo.jp/20170225011706

違うよ。アメリカは全体としてはワーク・ライフバランスなんて考えちゃいないし。

IT企業CEOニューヨークエリートたちなんて社畜真っ青のハードワークこなしてる。

クーポン難民に陥る一歩手前の人は日に三つ兼務して仕事してたりする。企業「うちでは8時間しか働いてもらってないので」が通るんだよ。ザル法なのは別の問題だが、アメリカもまだまだ国を挙げて規制なんてレベルには達してないの。



他方日本は「よし、残業なしで会社が回るくらい超効率化してやるぜ」というスペシャリストにも高級なんて払わないよ。効率化したら空いた時間仕事を突っ込むんだよ。

から国として仕事時間規制しろと言ってる。

企業の自浄努力だけにまかせたら「企業人材獲得競争に励んだ結果、高学歴が集まる優良大手過労死多発」が変わる見込みはないよ。



逆に「残業規制すれば一人当たりの余暇時間が増える」「過労死が減る」は間違いないよ。1時間仕事が減ったことで少なくなった分を補うため別の場所で1時間働く人がでるかもしれない。

しかしながら、現に存在する「働いたところで給与は一切増えないサービス残業」が駆逐されるなら十分な効率改善と言える。

人生という80年そこらしかない時間のうち「自分のために使える時間毎日時間増える」ならば、そこで発生するマイナス要因を解決する努力は「個人ではなく会社社会が負わなければならない」んだよ。

20年以上も放ったらかしてきたくせに「ダメだよ、働かないと貧しくなっちゃうよ。あなた余暇時間が増えるのは素晴らしいけど、そのせいで全体が貧乏になったら困るよね?」と国の成り行きを個人責任転嫁するのいい加減にやめろよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170225005434

労働時間を短くしましょうってのは、ワーク・ライフバランス効率化=人減らしの両面から支持される。

ワーク・ライフバランスから見ると余暇たっぷり人間性アップとか言うけど、

効率化の側から見ると優れた人材を集めて他社と差をつける狙いがある。

まり、短時間で高い成果を上げ、高い収入を払うコストが、それより多くの利益を齎すと考えてのこと。だから人材獲得競争も含む。

から成果が得られないなら簡単に覆るし、そういうことできる余裕のある企業、すなわち高学歴が集まる優良大手に限られる動きだよ。

そんなことできるような低学歴が群れる中小零細が増えることはない。

から、この「強者ルール」ってのは個人法人どちらにも言えるんだよね。アメリカっぽくなるんだよ。

底辺ウォルマートみたいに生活保護みたいなクーポンがないと生活できないぐらい低賃金なっちゃったりして。

2017-02-24

今日資本論読破した。

人間労働があらゆる富の源泉であり、資本家は、労働力を買い入れて労働者を働かせ、新たな価値が付加された商品販売することによって利益を上げ、資本を拡大する。

資本家の激しい競争により無秩序生産恐慌引き起こし労働者生活が困窮する。労働者大工場で働くことにより、他人との団結の仕方を学び、組織的な行動ができるようになり、やがて革命を起こして資本主義転覆させる。

ということがわかった。

2017-02-23

http://anond.hatelabo.jp/20170223041613

別にその辺は男も女も大して変わんないと思うなあ。

努力でどうにかなる、個人的脱出できると思ってるやつは、報われるかは別として努力するだろう。

逆に言えば、非モテの大半は「努力なんかしたって無駄」という無力感にとらわれているし、

それはかなりの割合で実際正しいんじゃないかとも思う。

男はまだ金さえ稼げば救いがあるって言われるし、実際それで救われるケースもあるんだろうけど、

個人的にはそうは思わない。結局、やってることは援交おじさんと変わんないからね。



そういうわけで、現実的要求としては、「ただ巻き込まないでほしい」って言いたい。

恋愛競争プレッシャーから解放されたい」ってまさにそれだよ。

交際相手がいないからって変なマウンティングしてきたり、勝手ホモ扱いしたり、

少子化になるのはてめーらのせいだとかスケープゴートにしてくるのだけやめてくれればそれで十分。

そういうのは同じ競争してる人同士でやっててください。



人気者になりたいとか、理想相手かいうのも、大半はただ妄想でやってるだけ。

努力無駄で、巻き込まないでほしいのに巻き込んでくるから妄想に逃げるしかないの。

ところがその妄想にまで踏み込んできて、それはポリコレ違反だとか、もうええ加減にせえよと。



蛇足になるけど、我々はどうでもいいことに興味を持ちすぎだと思うんだよ。

非モテ妄想なんかどうだっていいじゃん。現実アイドルめった刺しにしちゃうのは論外だけどさ。

文化圏の違う人の言うことは何でも本気100%みたいにとらえちゃう部分があるわけだけど、

そうやっている限り、衝突以外何も起きない。

嫌いなものからはできるだけ遠ざかって、お互い関わり持たずに平和的に暮らすしかないよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170223025000

いや現状でも超エリートコース行ける大学行けたのに底辺で十分な食についてるだとか普通にいるし、

そこまで極端なことでなくても高卒職についてる大卒結構いるし

超難関大出たけど中堅卒で十分な職についてる人とか考えれば大量にいるだろうし

教育への投資ってのは個人視点で捉えるとそこまで大きなリターンは約束されてないぞ。

いや勿論、ある程度のリターンはかなりの確率で期待できるけど。

一定数「教育投資してないのに才能や別の努力で良い職を得る人」が存在して、そういう人とも競争しないといけない以上、多少は仕方ないと思う。

2017-02-21

日本宗主国が、こんなヘナチョコになるとは…。

2000年代になってからは、貧民の頭の良い層を取り込もうとし、いろいろなことをしたが、最終的に実質失敗している。どの世界も第二のアメリカの座を巡って競争を繰り広げているが、総本山ファシズムナチズムに乗っ取られてからはどんどん衰退している。やはりユダヤ人が帰ってくるしかないのか…。

http://anond.hatelabo.jp/20170221141230

元増田ですけど、残念ながらこの遊んで暮らすイメージは、そのまま運転手の爺さんの妄言イメージだよ。

もっといえば、どれだけ高尚な「遊んで暮らす」だろうが、時間が止まらず流れる以上、

そして人間世界にたった一人じゃなくて大勢でつるんで生きている以上、高尚さや多様さに関係なく競争と欲は生まれると思うよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170220230555

 Amazon中小企業を使い潰す極悪企業

マケプレ出品者に最安値で売ることを強要して公取委から指導される

・糞インターフェイスのせいで購入者が間違って購入した商品の返品負担も全部出品企業に背負わせる

マケプレ出品者にFBAの利用を強要するが、FBAの倉庫商品を紛失したり破損させたりしても保障するのは代金の一部だけ

電子書籍自分達が見込み違いして損失を出せば、その分を出版社に被らせる。


 楽天もヤフショも功罪あるのはわかるが、この2社がAmazonと決定的に違うのは、Amazonみたいに

出品してる中小企業の手柄を奪わない事。

 Amazon本体が扱わないマケプレのみで買える商品が人気になると、後からAmazonが参入してきて激烈な

安売り競争をおっぱじめて、中小企業の出品者を根こそぎ潰しにかかる。楽天もヤフショもさすがに

そこまであくどい事はやらない。



 こんな会社を神と崇める奴らを「ネット界の坂上忍」と諢名して差し上げたい。


 

2017-02-17

大人教育は誰の責任かって?その大人責任に決まってんだろJK

http://www.yutorism.jp/entry/Education

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.yutorism.jp/entry/Education





あいっっっっっ変わらず、誰かに何かしてもらうことばっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっかだなこいつら。

たまにブクマするのは英会話、本、で、あとで読む、いつかやる、で、ずるずるずるずる先延ばし

自分から勉強しようとは絶対にしない。

大人なんだから自分でやれよというと「自己責任ガー」と典型言い訳

義務教育は受けられ、ネットには常時接続図書館もあり、有料でも安い書籍社会人講座は山ほど用意されているこの環境。これでもダメならお前ら何やったってムダだよムダ。つかそもそも大体全ての国民教育を受けるべきって発想が傲慢なんだよな。

勉強嫌いだけど仕事ができるってやつは大勢いる。

知識ばっかりはたくさんあって偉そうなこと言ってる奴がコロッと詐欺に引っかかったり人の話も聞けない欠陥人間だったりもままある。

勉強さえさせておけば何もかも解決と考えるやつこそ無教養バカだ。

大体、教育があると年収が高いというのはそれは教育格差があるから偏差が生まれるだけであって、

格差があるからこそ金儲けする余地生まれる。

カネがほしけりゃその格差を攻めるのが常道だ。

全員が平坦になったらカネなんか稼げるわけねーだろ。

クリエイティブ系の仕事なんか典型例だ。今までは玄人しか使えなかった機材やソフト素人にまで行き渡った結果、何が起きた?壮絶なダンピングだ。今やこの業界なんて斜陽産業だよ。機会が均等に行き渡ったらむしろ競争が激化すんだよ。

就職難なのも、むしろ教育が行き渡りすぎて大卒がクソ余ってるからだろ。

多少小賢しい程度の人間なんて掃いて捨てるほどいんだよ。

で、この小賢しい連中が、まともに自助努力をしようという意識も持たずに国ガー社会ガー企業ガーと責任転嫁しかしないようだったら、誰がそんな奴を雇おうと思うよ?仕事振ろうと思うよ?



今の世の中に必要なのは教育じゃなくて努力

努力せずに「誰の責任か?」などとほざいて誰かのせいにし続ける理屈ばっかこねくりまわしてるバカは一生負け組確定ってこった。

2017-02-16

学校いじめ隠蔽しようとする風潮はおかし

大人がどう頑張ろうと、いじめを減らすことはできてもゼロにすることはできない。」

それは個性があり、競争があり、子供は悪い意味純粋なだけに仕方のないことだと思う。




そう考えると学校いじめ隠蔽しようとすることがどうしても不思議に思える。

教員いじめ助長しているわけでもない限り)いじめ学校責任ではないからだ。

無理に隠蔽せずに公の場で地域ぐるみ解決しようとすることが、加害者にとっての教育であり、可哀想自殺者を出さないための解決策じゃなないかと思う。

学校被害者の口を封じ加害者擁護する、こんなことがあっていい訳がない。




僕なら子供学校に入れる時、隠蔽工作に奔走する学校より周りを巻き込んで真剣教育に向き合おうとする学校に入れさせたいと思う。

2017-02-14

そもそも幸せって何だよ

競争疲弊しながら最賃ギリギリ貰いながら

その日暮らしすること?

社会不適合者は徹底して排除すること?

俺はもういらない?

フリーランスの行く手に待っていること

新卒とか第二新卒若い人がフリーランスを目指すというケースが増えているらしい。

自分たちの時はさすがにある程度会社勤めをして仕事だとか人付き合いとかいろんなことを覚えてから独立しようと思ったもんだったが、

時代の流れというものだろうか。

フリーで働くという指向自体は悪くないと思う。独立した当初は会社勤めよりは自分の「実入り」が増えることがほとんどだろうから

ただ、凄く能力が高い人以外にとって、フリーランスというポジションは通過点だと思うんで、フリーランス(またはごく小さい会社)で独立して

そこそこメシが食えるようになった後に何をするかということは常に考えておいた方がいいと思う。

人は否応無しに歳を取るし世の中は変わるから、ある一時期に飯の種になっていた生業なり事業というのは、普通ニーズの変化やら過当競争やらで

ダメになっていく。しかも思いの外、早くダメになる。そして歳を取れば人の生活コストは上がるし病気とかの生存リスクは増える。

これは凄く能力が高い人、もっと言えばある種の天才以外には等しく訪れる宿命なので、多くの人は、フリーランスや極小会社はどこかで卒業してある程度の

組織にすることで、次の飯の種を開拓し続けられるようにするわけだ。

ただ、組織を作って回していくというのはそうはいっても面倒くさいんで、ここから目を逸らして(稼げるお金の多少は別として)キリギリスのようなその日暮らしを

続ける人もいて、これは多くの場合悲惨なことになる。

悲惨」にはいろんなパターンがあるけど、多いのは、自分(たち)の社会的価値暴落していることに気付かず(またはそれを認めることができず)、

でも歳は取っていて態度もデカいので浮き上がって周囲の人に相手にされなくなるという悲惨

ただ、こういうことを人から言われて分かる人間というのはあまり多くない。

から悲惨出来事は繰り返されるのだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170214090717

増田の言うことは全くその通り。ただ

みんながみんな「そういうもの」とか「そんなこと言ってないで働け」と言ってくるわけで、それから降りようと思ったって降りる先がない。

ってのは資本主義帰結であってどうしようもない。



「もうこういうのやめようぜ」と言って、150年前にマルクス資本論を書いて、100年前にソ連が成立したが、結局失敗してしまった。上の価値観資本主義との競争に勝てなかったんだな。



現状では宗教しか逃げ場がないわけだが、それだけでも感謝しないといけない。この点を拡大していくしかないんじゃないか

2017-02-13

そろそろ「スタート平等」は万能じゃないことを認めようよ

よーいドンでスタートしたら

自分がどれだけ負けまくるか

学校で嫌というほど経験しただろう

 

社会人になってそれを忘れていないか

スタート平等をあまりにも求めすぎている

スタート平等にしたところでお前も俺もグズはグズなんだよ 

 

別に競争に負けたのは誰のせいでもない

よーいドンと、数秒スタートがずれた程度で負けたんだよ

スタートを合わせても結果は大して変わらない

 

よーいドンを求めるのではなく、その一歩先を考えてみようじゃないか

(もちろんゴールの統一不正解だと歴史証明している)

 

まずはこの問からはじめてみたい

果たして我々は競争することが目的だったのだろうか? 目的を見失っていないか

NHKスペシャル「見えない貧困未来を奪われる子供たち」を見た

2017/2/12、日曜の21時から放送

概要

・全世帯可処分所得中央値の半分以下である世帯貧困定義。この定義だと6分の1の子供は貧困になる。

貧困調査において「剥奪指標」を用い、物的資源の欠如、つながりの欠如、教育経験の欠如の3点で調査した。

・この子供の貧困放置した場合、低収入などで42.9兆円の社会的損失が予想される。

先進国は「相対的貧困」で、途上国は「絶対的貧困

貧困の子供は、苦労している親を助けられないジレンマや、自分の将来に楽観が持てないことで自己肯定感が低くなる。


感想

番組ではその現状を伝えることが目的だったので具体的な解決策まではありませんでした。

でも深刻さが十分伝わったことで、有意義だったと思います



剥奪指標である、物的資源の欠如については、「ジモティー」みたいな需要供給マッチングサービス有効かと思いました。

こういうのを国主導でやれないのでしょうか?

開発費、運営費が具体的にどのくらいになるかはわかりませんが、生活保護に比べて、費用対効果は大きいんじゃないかと思いました。(効果とは国民生活水準向上、幸福感です)

ジモティーでもいいんですが、国がやって、すべての国民が知って使うようになると、ますます有用性が高くなると思うのです。



あと、つながりの欠如については、

デンマークのコウハウジングコミュニティーみたいな、大きなスペースの中に各家族プライベート空間を持って住み、家族間を超えてつながりを持ちやすくするような住形態あったらいいなと思いました。

今後は過疎化していく地域などでも、こういった助け合える、つながりを持てるような場が必要だと思います

結局は必要になってくるものなら、これも国がインフラとして作ってもいいと思います



教育経験の欠如については、

コミュニティーができれば、レクリエーションなどで、遠くへ旅行できずとも色んな思い出が作れると思うけど、塾レベル教育は難しいと思います




今回の番組を見て、国がもっとお金出したら良いのにと思ったのは、42.9兆円という社会的損失です。

それは結局は生活保護などで補填しなければならない損失になると思います

損失がそこまで大きくなる前に対策できるのであれば、それにはある程度のコストはかけていいと思うんです。



視点だけではありません。

貧困の子供は自己肯定感が低くなるということで、自立して生きる力が育たず、幸福感を得れない人が増えると思うのです。

最近就職の安定志向や、専業主婦願望といったものは、自分で生きていく自信のなさの表れだと感じます

安定はすぐに飽きます自分の力で生きていくことの幸せを知らずには、不満が増えるだけでしょう。

不幸な人が増える事自体、憂慮すべきですが、それによる社会問題も増えます人間が荒めば社会も荒むでしょう。



他に、意識についての教育必要だと思いました。

上に挙げたインフラをただ整えるだけではうまくいかないと思います

日本貧困は「相対的貧困」というもので、紹介された子供たちは生きていけないレベル貧困というわけではなく、

日本生活水準における相対的貧困、他の一般的子供たち、友達と同じように物を買ったり旅行ができなかったりすることが問題でした。

まり他人比較することで貧困を感じ、不幸な気持ちになるということです。

コウハウジングを作っても、他人を信頼できない人は快適な生活はできないし、そこに住むという劣等感が拭えなければ幸福になることはないでしょう。

これは、意識次第と言うこともできます。ですがその意識を変えることは容易ではありません。



この意識への教育学校でできないかと思うのです。

今の道徳倫理の授業では何を教えているかはわかりませんが、

生きていく上で本質的重要な、自己肯定感を高めることや、他者比較競争しなくてもいいということなど教えたり、

勝ち組になりたいと思わざるをえない環境をなくして、強くて幸福子供が増えると、いじめをする動機すら薄まると思うのです。

これも国主導で、社会学者心理学者を集めて、国民意識を良いものにしていくための教育作りはできないんでしょうか?




好き勝手に疑問や提案をしてきましたが、

国がどこまでやっているか、何を試したのかを全く知りません。

ただこの問題について共有したいのと、有識者トラバとかで教えてくれないかと思って書きました。

http://anond.hatelabo.jp/20170213003749

人間動物なので繁殖活動必要だという遺伝子で動いています

例えば花が時間の経過で知識を得て「なぜ受粉されないといけないのだろう」と思うようなことであなたの考えていることは無駄なことです。

しかネットの発達によりSNSやそういうもので興味のないものも目に入り無駄情報が入ることが多いため、自分意思よりも周りの情報の速度の方が早く自身がついていけなくなってしまったが故そういう疑問にたどりつくのでしょう。

人の存在している定義など存在しませんし、人が人の為に社会を創りその中で生まれたのがあなたです。

この地球に生き物として人間として生まれてきたのであればそれだけの観察力があれば良くお分かりでしょうが、生き物の世界競争存在して当然であり多かれ少なかれ勝ち負けはあります

恋愛に妬みを持つということはその妬みを負けだと思っていることに素直になるべきです。

その負けを認めずに否定することは悪いこととは思いませんが、絶対に勝ち負けは存在します。

あと特定人間を好きになると他を除外と思っているようですが、それが正しいなら浮気不倫存在しません。

あなたが老後、一人で生きていけるだけの財産や人脈があるのなら生涯自身で生きていくのも悪くないと思います

本題の付き合うということは何かということですが、一緒にいてステータスになる人であれ一緒にいて生涯すごせる安心感が感じれるであれ金銭面での安定の為に応援するであれ

個々がその人と関わっていて得だと思えばwin-winで良いのではないでしょうか?

あなたが愛というものを感じるのにはまだまだ経験必要だと思います

2017-02-12

http://anond.hatelabo.jp/20170212000922

今思えば12歳という年齢で他者競争し、また自分自身を追い込み結果を出すという事は、なかなか得られない体験かもしれない

中学受験をする子供他者との競争なんて考えないよ。他の子どもとの比較を考えるのは親。子供はちゃんとそれをわかってる。自分を追い込むのも、自分のためではなくて、親のために自分を追い込むんだよ。自分のためになるという親の言葉を信じているから頑張る。

ゆるいプレッシャーを与え続け、「お前はどうしたい?」とか「誰のための受験なんだっけ?」と問いかける事が多かった。

から、「親がいう『自分のための受験』」をする子は多い。

そうなると困るのは、受験が終わったあとの、そして反抗期が訪れる中学期に、勉強するモチベーションがなくなってしまうこと。ほんとうは親のためにやっていたという記憶反動で、勉強自分のものとしてやる気持ちがなくなってしまう。そうなってないかということは十分注意を払う必要がある。受験というイベント中学ときにやったんだから勉強に対する自主性が育っていると勘違いしてそのまま放任してしまう親は多い。大学受験ときになっていきなり子どもを叱りつけても取り返しはつかない。勉強内容のレベルと、勉強する態度の育成の度合いは必ずしもセットではない。

小学校では勉強のできる子からできない子まで幅が広かったが、これから一定レベル人間の中で生活し、競争していく事になる。是非とも生き抜いて欲しい。

勉強のできる子たちの中での競争を期待するってことは、勉強のできる家庭同士で競争をする覚悟を持つってことだよ。勉強ができる子どもの後ろには勉強のできる親がついている。それは単に学生時代テストの点が良かった親ということではなくて、どの時点でどのような勉強をするべきかきちんと理解しており、それに基づいて子どもサポートする能力のある親ということ。そういう親を持つ子と競争するときに、親の後ろ盾がない子は勝ち目がないよ。今までの勉強の仕方が通用しなくなったとき姿勢を変えなければならなくなったとき、周りについていけなくなったときに、常に即時的にサポートしてくれる人間が身近にないと、大学へ入るのにふさわしい状態にたどり着くのは難しい。一貫校に行ったから、塾に行かせたからあとはオッケーではない。だから、これからも6年間お子さんと一緒に勉強してあげてね。

合格おめでとうございます

中学受験が終った。

上の娘の中学受験が終った。首都圏そこそこの中高一貫校合格

田舎出身自分からすれば中学受験なんて…と思っていたが、今思えば12歳という年齢で他者競争し、

また自分自身を追い込み結果を出すという事は、なかなか得られない体験かもしれない。

小学校では勉強のできる子からできない子まで幅が広かったが、これから一定レベル人間の中で

生活し、競争していく事になる。是非とも生き抜いて欲しい。

自分にしても、この受験はよい経験だった。ゆるいプレッシャーを与え続け、「お前はどうしたい?」とか

「誰のための受験なんだっけ?」と問いかける事が多かった。ほぼ部下との対話状態

娘よ、いろいろすまん。そして、よく頑張ったね。おめでとう。

2017-02-11

けものフレンズが「書籍」として円盤を出すということ

けものフレンズアニメ円盤は「書籍」として販売される。これはわりと衝撃的なことではないか。これは円盤販売において2つのメリットを生む。

書店での販売がなされること。

・定価での販売強制されること。

後者メリットは、日本が誇る世界に冠たる再販制度により生まれものであり、値下げ競争から解放意味している。

これは本当に大きいことで、大抵は高い定価に対してショップがどれだけ割引・店舗限定特典を付与できるかで勝負していたアニメ円盤販売根底から覆る。なんせ価格面での対決は何もできないのだからショップ間の差別化の主軸はディスプレイの巧拙になるだろう。そして販売者から見れば、値下げ競争の影響を受けず悠々と利益を得られるという牧歌的世界にいられるだろう。

当然ながらいいことづくめではなく、特に販売者側は返品という強烈なリスクを負う。このため価格設定在庫管理はとても難しくなり、けものフレンズ一巻のように「定価がそもそも安い」「厳しい在庫管理に突発的ヒットに対応できない」ということになるだろう。

また、どうみても円盤主体商品を「書籍」と言い張るこの手法がどこまで通じるかも見所だろう。食玩として売るプラモとは違い、こちらは定価強制販売問題が絡むため、そう簡単に終わらない気がする。

2017-02-10

しゅうかつこわい

本格スタートが目前に迫った今、改めて思う。

就活が怖い。

私は、所謂MARCHと呼ばれる学校に通う大学3年の女だ。

とある地方出身で、3年前大学入学のために上京してきた。

就活が怖い。

私は、競争という競争をしないで生きてきた。中学までは地元公立高校ほとんど勉強せずに入れたし、大学指定校推薦で決めた。

年代との「人生をかけた競争」をしたことがないのだ。

就活が怖い。

これが初めての競争になる。右も左も分からない。辛いことは全部避けて生きてきた。そんな自分が1人で戦っていけるだろうか。

就活が怖い。

内定が取れるか取れないかじゃない。

就活を通して自分メンタルがどう崩壊していくか」

これが分からないんだ。


から私は就活が怖い。

2017-02-09

ソシャゲ(に課金するのを)やめる

 とでも書かないと心がぶれそうになるから書いておきたいな。

 私は別に廃課金ユーザーとかそんな大それたものではないし、過去にハマったソシャゲにつぎ込んだ額も精々二万程度だったと思う。

 二万をソシャゲに注ぐことに対してどう感じるかは、個々の判断によるところだとは思うけれど、少なくとも私は一度経験して「充分だった」と思った。

 ソシャゲガチャを引く事により手にすることが出来るのは大多数が「カード」であり、ものによってはカードの強化に必要限定アイテムだったりするだろう。

 ゲームとして他のプレイヤーより強くなる為に、勝負に勝つために、ランキングで上位に食い込むために(それによりランキング報酬カードを取るために)など、カードを獲得するのには色んな理由がある。限定衣装に身を包んだ大好きなキャラクターイラストだって集めたい。

 特にキャラクター性重視のソシャゲに多いのが、カードを獲得することによって開放される限定ストーリーなどからキャラクターの更なる情報」が得られるという点だ。

 私の大好きなキャラクターは、季節の行事をこんなふうに楽しんでいる。他のキャラクターとこんな会話をしている。新たな一面が垣間見える。今までよりもっと、そのキャラクター理解できる。

 カードを獲得すればこんな風に楽しめる反面、カードを獲得出来なかった場合他者との圧倒的な情報格差生まれる。

 これが、漫画や買いきりのゲームの様に、お金を出せば確実に情報を得られるコンテンツ根本的に異なっている点だと思う。

 私が限界を感じたのも正にこの点で、ギャンブル的な要素にお金を投じなければ、公式から供給を得られないのだ。

「あのストーリー読んだ?」「私あのカード引けてないから読めてないや」

 こういうことは当たり前の様に起きる。課金して、なおかつ1%以下に設定された排出率に勝利しなければストーリーすら共有出来ない。(カード引いた友達に読ませてもらえば?というお話ではない)

 なんだそれ。ギャンブルしないとストーリーすらまともに楽しめないってか。

 それなら漫画アニメ買い切りゲームを買ってを楽しんで、期間限定の小話は雑誌掲載されたSSを買って読んで、連載誌や円盤買って応援した方が100倍マシだ。

 一定額のお金を出せば情報が受け取れる。これらのものが物凄い優良コンテンツに思える。よく考えなくてもこれらはごく普通の当たり前の情報コンテンツの楽しみ方で、そんな楽しみ方すら出来ない事がとんでもなく異常に思えた。

 現実には、ギャンブル性そのものに対する楽しみや、自分他人よりこれだけ課金したと言ってコンテンツへの愛情アピールする競争意識や様々な感情を煽るからこそ現在ソシャゲの隆盛が実現してるんだろうけど、一度その輪を外れてみたら、私にとってそのお金の使い方は適していないと思うようになった。

 まぁ推しガチャの為に溜めに溜めた1000近い無償の石も全て無駄に終わり、ただでさえこんなに出ないガチャに、これからお金を掛け続けてコンプするのかと思ったら急に虚しくなった。それだけ。これで推しの限定ストーリーは読めなくなった。でもも疲れたし、これでいいんだと思う。

過疎化の進む田舎運動会はこんな感じだったなーという覚書



・小中合同など、数校が合同で実施、それでも人数が少ない

兄弟姉妹がいる家庭が非常に多く、観覧にくる世帯数も生徒数全体の半分程度

・全体的に時間稼ぎがひどい

・入場行進で運動場を3周、退場時も2周、合同開催でも校庭1周分に児童生徒全員がおさまってしまうが故のサービス周回

・開会/閉会時のPTA会長あいつの持ち時間が1人15分もあって各校の会長が頭を抱える、長いので子供は全員座らされる

・入場行進とは別に集団行動が出し物として存在していて、マイク越しの指示に従って右向け右とかをしばらくやらされる、通称北朝鮮ごっこ

騎馬戦組体操などが人数的に実施できなくなり廃止

・代わりに男女を分けずに全員参加できそうな盆踊り的なものや新種目が導入される

ムカデ競争の1チームの人数が3人だったり、綱引きが5人1チームだったりと各競技が小規模

・メインレース徒競走は2人ずつ走るタイマン

・走る前に1人ずつ名前プロフィール、意気込みコメント付きの入場アナウンス、走った後は1組ごとに金銀メダルの授与とインタビューで細かく時間を稼ぐ

・学年によっては徒競走とは別に、違う名前のついた徒競走もある、BGMと開始前に世界観説明するために小芝居があるのが相違点

競技の合間には各陣営応援イベントが細かく挿入される

・記録が伸びるほどに時間が稼げるので大縄跳びの練習が妙にスパルタ

運動が好きでもあまり楽しくはなかった

http://anond.hatelabo.jp/20170209111846

twitter公式アプリ広告なんて、他じゃ許されないようなインチキくさいエロ絡みばっかりだぞ!

レベル競争しても仕方ないが。

うんこを早くする競争をしたが、うんこがいつまで経っても終わらず最下位になるという夢を見た

自分の出したうんこを見たら1メートルくらいあって、記念に写メとっとこうかと夢の中で思った

うんこすぎて増田しか書けない

[][][][]JR北海道市場競争に敗れたの?

JR北海道路線の半分ほどがいずれ廃止されるらしい。



1987年国鉄が分割・民営化されたとき市場原理によって赤字は解消され、サービスも向上すると謳われていた。



自分自身は、なぜ競争原理が働くのか理解不能だったが、多くの人々はそう考えていたはずだ。

前年の衆参同日選挙与党は大勝利たから、多くの有権者国鉄を分割すれば、よい方向に向かうと判断したのだろう。




ただ、北海道東日本東海西日本四国九州貨物競争するイメージはちっとも浮かばなかった。

京阪神地区だけは国鉄と並行する私鉄がいくつもあったから、そこで競争が起きることはわかる。

でも、東海貨物がどう競争するのか、そもそも同じ土俵に上がれるのかすらわからないままだった。

まあ、経済学者がそういうのだから、そうなのかもしれないとやり過ごして、もう30年になる。







手許にあるミクロ経済学教科書にも、民営化されたことでサービスが向上したと書かれている。

市場原理によって国民享受する便益が、以前にも増して大きくなっているということらしい。

しかし、あれから30年経ち、支線はほとんどが廃線になったり、第三セクターになったり、代行バスになったりで地方青息吐息である

五月雨式に廃線などのニュース配信されていただけで、今回の北海道のように目立つ現象ではなかった。





今回JR北海道が大鉈を振るうことを発表したことで、耳目を集めているが、

経済学的にどうこうというニュースは聞かない。

競争に敗れ、JR北海道とその廃止路線沿線の人々が市場から退出していく経済学現象理解すればいいのだろうか。

今でもさっぱりわからん

競争って何?



追記 2017/02/12

「それが市場原理じゃなきゃ何?(そもそもなぜ競争原理用語すり替える?」というコメントを頂きました。

ありがとうございます

市場原理競争原理をこれまで同一視して来ました。

市場とは競争するところであり、市場原理」は競争原理」に含まれる(同じ)原理と思い込んでしまったようです。

できましたら、用語法をお教えいただければさいわいです。

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