はてなキーワード: 啓蒙とは
というか、なんで女性ばっかりが美しさや性的魅力を持ち、それを武器とする側みたいな風潮があるの?
若い美人とブスババア、イケメンとキモメンがいるよね?美しさや魅力は性別ではなく「個人差」で決まってるよね?
なんで男性という性別に生まれた時点で女性のATMになることが宿命みたいな頭おかしい世界観の人がいるの?さすがに被害者意識が性別に紐づけられすぎていてフェミナチみたい。個人差による不幸の理由を自分の性別に押し付けすぎ。
女性が賃労働して稼いだ金を男性コンテンツに貢いでる例なんていくらでもあるのに。
一部の人が大騒ぎして、無理矢理話題作りしているだけ。上手くいってないけど。
これで日本人の洋楽離れを指摘することは悪意のある表現だとか言うのは無理がある。
日本人はすっかり洋楽を聴かなくなった。日本人は洋楽を求めなくなった。
洋楽を聴いているから偉いと思われることもなくなったし、他者と差別化できるということもなくなった。
むしろ洋楽を話題にすること自体が「自分は変人です」と宣言しているようなもの。
求められてもいない洋楽情報を「啓蒙」という形で提供する行為そのものが、日本人を馬鹿にしているからこそできる行為。2020年代の日本には不要な行為および存在と言うしかない。
俺は家族に男だから女だからと優遇も差別もされた記憶はないし、学校でもあんま(もちろん小粒なのはあるが、そこまで露骨かつストレートなのは)なかった。
女性専用車両とか、女性だけ着替えにキレイな建物があてがわれるのも納得する。性的価値が違うからね。
ただ、大学の女子枠とか、男女の親権とか、女性管理職の割合とか、そういう制度自体で露骨に男女差つけてこられると、「不平等」と思う時が正直ある。
特に大学の女子枠なんかは、医大の女子一律減点みたいなものと何も変わらなくてガッカリした。女子一律減点で炎上した医大あったけど、あの医大が男性医師増やす為に男子枠作っても文句言えないじゃないかよアレ。
でもネットでこういうこと言っても、「お前は無意識に男尊女卑の恩恵に預かっている」みたいなこと言われて抑圧されるしね…
俺が文句言ったりデモしても鼻で笑われるだけで特に社会が変わるわけでもないので、今日も俺は
◯◯という政治家が悪い、××という悪い奴が悪いことをしている、俺たちの仕事はもっと待遇を良くすべきだ、サラリーマンは搾取されている、などなど。テレビから発せられる内容を見て、自分なりの意見を語っている。酔っ払った姿とは対照的に、そのスーツはよく整えられていて、「正装」と言って差し支えないものだった。
しかし彼は、本気で社会を変えようと思っているわけではないだろう。
もし本気なら、今すぐ居酒屋を出て選挙に立候補し、政治家になってこの国を背負って立つだろうから。だから、彼のそれは単なる社会への愚痴に過ぎない。不平不満を言いながらも、社会に何とか適応しようとして、それでも溜まった不安を酒の場で吐露しているだけ。
向こうのテーブルにも、同じようなことをしている酔った男がいる。しかし、彼の服装はおよそ社会人とは思えないものだった。先程の「正装」とは比べ物にならないほど、乱れている。おそらく、ニート。少なくとも、仕事をしていない人。社会から逃げながらも、その社会に対する不平不満を吐露し続ける人間。おそらく彼も本気で社会を変えようとしているわけではないだろう。
彼は今不満を口にしているが、それに意味はあるのだろうか?
もし彼の言う通りに社会が変わったとして、おそらく彼の立場はそう大して変わらないだろう。労働環境が改善されても、その恩恵を受けるのは企業に勤めている人間だけ。長年ニート生活をしていた彼に光が差すことはないだろう。
別に、不満を吐露すること自体はいいと思う。社会にはいくらか不合理なところはあるだろうし、それを是正すべきなのかもしれない。酔っ払いのサラリーマンが言っていることも、ニートの彼の言っていることも、もしかしたら正しいのかもしれない。
しかし、サラリーマンには帰る場所がある。同僚に連れられて帰る彼の左手薬指には、結婚指輪が輝いていた。「社会に適応しようとしている」彼の社会批判は、そこで止まった。
ニートには、ない。おそらく彼の親らしき人が、騒ぎが最高潮に達したときに彼を回収し、店に謝罪して足早に去っていった。「社会に適応しようとしていない」彼の社会批判は、それでも止まらなかった。
政治家になれ、とまでは言わない。
それが彼の限界だったのだろうか?
万が一、そこに為政者がいたとして、彼の話を聞くかすら怪しいのに。居酒屋にいる一人二人を啓蒙したところで、社会を変えるのには程遠いと言うのに。そんな事をしているなら、「社会に適応しようとする努力」をすべきなのではないか?
社会が変わるとき、おそらくサラリーマンの彼は生き残る。ニートの彼は、もしかしたら生きる道があるかもしれない。
社会が変わらないとき、サラリーマンの彼は当然生き残る。ニートの彼に、生きる道はない。
なら、ニートの彼が今すべきなのは、社会批判ではなくて、変わらなかった時への……。
そんな事を考えていたとき。
「生成AIは悪だ!」
背後から、怒鳴る人の声。
そこに、別の誰かの声。
「生成AIがもし生き残ったら、どうする?」
その人は答える。
「決まってるだろ!消えるまで批判するだけだ!」
あえて、振り返ることはしなかった。
◯◯という政治家が悪い、××という悪い奴が悪いことをしている、俺たちの仕事はもっと待遇を良くすべきだ、などなど。テレビから発せられる内容を見て、自分なりの意見を語っている。酔っ払った姿とは対照的に、そのスーツはよく整えられていて、「正装」と言って差し支えないものだった。
しかし彼は、本気で社会を変えようと思っているわけではないだろう。
もし本気なら、今すぐ居酒屋を出て選挙に立候補し、政治家になってこの国を背負って立つだろうから。だから、彼のそれは単なる社会への愚痴に過ぎない。不平不満を言いながらも、社会に何とか適応しようとして、それでも溜まった不安を酒の場で吐露しているだけ。
向こうのテーブルにも、同じようなことをしている酔った男がいる。しかし、彼の服装はおよそ社会人とは思えないものだった。先程の「正装」とは比べ物にならないほど、乱れている。おそらく、ニート。少なくとも、仕事をしていない人。社会から逃げながらも、その社会に対する不平不満を吐露し続ける人間。おそらく彼も本気で社会を変えようとしているわけではないだろう。
彼は今不満を口にしているが、それに意味はあるのだろうか?
もし彼の言う通りに社会が変わったとして、おそらく彼の立場はそう大して変わらないだろう。労働環境が改善されても、その恩恵を受けるのは企業に勤めている人間だけ。長年ニート生活をしていた彼に光が差すことはないだろう。
別に、不満を吐露すること自体はいいと思う。社会にはいくらか不合理なところはあるだろうし、それを是正すべきなのかもしれない。酔っ払いのサラリーマンが言っていることも、ニートの彼の言っていることも、もしかしたら正しいのかもしれない。
しかし、サラリーマンには帰る場所がある。同僚に連れられて帰る彼の左手薬指には、結婚指輪が輝いていた。「社会に適応しようとしている」彼の社会批判は、そこで止まった。
ニートには、ない。おそらく彼の親らしき人が、騒ぎが最高潮に達したときに彼を回収し、店に謝罪して足早に去っていった。「社会に適応しようとしていない」彼の社会批判は、それでも止まらなかった。
政治家になれ、とまでは言わない。
それが彼の限界だったのだろうか?
万が一、そこに為政者がいたとして、彼の話を聞くかすら怪しいのに。居酒屋にいる一人二人を啓蒙したところで、社会を変えるのには程遠いと言うのに。そんな事をしているなら、「社会に適応しようとする努力」をすべきなのではないか?
社会が変わるとき、おそらくサラリーマンの彼は生き残る。ニートの彼は、もしかしたら生きる道があるかもしれない。
社会が変わらないとき、サラリーマンの彼は当然生き残る。ニートの彼に、生きる道はない。
なら、ニートの彼が今すべきなのは、社会批判ではなくて、変わらなかった時への……。
そんな事を考えていたとき。
「生成AIは悪だ!」
そう叫ぶ声が、背後から聞こえる。
あえて、振り返ることはしなかった。
そんなことに、大して興味はないから。
◯◯という政治家が悪い、××という悪い奴が悪いことをしている、俺たちの仕事はもっと待遇を良くすべきだ、などなど。テレビから発せられる内容を見て、自分なりの意見を語っている。酔っ払った姿とは対照的に、そのスーツはよく整えられていて、「正装」と言って差し支えないものだった。
しかし彼は、本気で社会を変えようと思っているわけではないだろう。
もし本気なら、今すぐ居酒屋を出て選挙に立候補し、政治家になってこの国を背負って立つだろうから。だから、彼のそれは単なる社会への愚痴に過ぎない。不平不満を言いながらも、社会に何とか適応しようとして、それでも溜まった不安を酒の場で吐露しているだけ。
向こうのテーブルにも、同じようなことをしている酔った男がいる。しかし、彼の服装はおよそ社会人とは思えないものだった。先程の「正装」とは比べ物にならないほど、乱れている。おそらく、ニート。少なくとも、仕事をしていない人。社会から逃げながらも、その社会に対する不平不満を吐露し続ける人間。おそらく彼も本気で社会を変えようとしているわけではないだろう。
彼は今不満を口にしているが、それに意味はあるのだろうか?
もし彼の言う通りに社会が変わったとして、おそらく彼の立場はそう大して変わらないだろう。労働環境が改善されても、その恩恵を受けるのは企業に勤めている人間だけ。長年ニート生活をしていた彼に光が差すことはないだろう。
別に、不満を吐露すること自体はいいと思う。社会にはいくらか不合理なところはあるだろうし、それを是正すべきなのかもしれない。酔っ払いのサラリーマンが言っていることも、ニートの彼の言っていることも、もしかしたら正しいのかもしれない。
しかし、サラリーマンには帰る場所がある。同僚に連れられて帰る彼の左手薬指には、結婚指輪が輝いていた。「社会に適応しようとしている」彼の社会批判は、そこで止まった。
ニートには、ない。おそらく彼の親らしき人が、騒ぎが最高潮に達したときに彼を回収し、店に謝罪して足早に去っていった。「社会に適応しようとしていない」彼の社会批判は、それでも止まらなかった。
政治家になれ、とまでは言わない。
それが彼の限界だったのだろうか?
万が一、そこに為政者がいたとして、彼の話を聞くかすら怪しいのに。居酒屋にいる一人二人を啓蒙したところで、社会を変えるのには程遠いと言うのに。そんな事をしているなら、「社会に適応しようとする努力」をすべきなのではないか?
社会が変わるとき、おそらくサラリーマンの彼は生き残る。ニートの彼は、もしかしたら生きる道があるかもしれない。
社会が変わらないとき、サラリーマンの彼は当然生き残る。ニートの彼に、生きる道はない。
なら、ニートの彼が今すべきなのは、社会批判ではなくて、変わらなかった時への……。
そんな事を考えていたとき。
「生成AIは悪だ!」
そう叫ぶ声が、背後から聞こえる。
あえて、振り返ることはしなかった。
そんなことに、大して興味はないから。
私はしないかな、する時は皮肉やパロディ目的で架空の主張かもう歴史の中のものだと思う。
以下は私がそんなにしない理由です。
そういうことがしたいと思う他の人は勝手にしたらいいと思います。
別に政治的な表現が含まれるだけで嫌いになるわけでもないですし、
あったら意識高さが伝わって来て嬉しいとかもないです。
ちょっと気を付けとこ。」と思うじゃないですか。感覚としてはそれ。
もちろん思想の内容面では全く異なり、もっと人道的なものだと思います。
さて多くの場合、オリジナルに比べて二次創作のキャラクターの方が知名度があります。
思想を持ってる人にキャラクターやコンテンツの素晴らしさが伝われば素敵ですよね。
しかし、寄ってくるのがいい人もしくは同調してくれる人だけとも限りません。
政治運動に限らず二次創作でも、解釈違いの奴や意図を汲み取らない奴、
最後まで見ない読まないって奴どこにも絶対いるじゃないですか。
キャラも公式も悪くないし、社会派オタクくんもそんなことは望んでないだろうに。
例えば古風なキャラを先進的な思想の持ち主に改変してあるファンアートを見て、
「このキャラって、保守的で封建的で考えが古くて、時代錯誤なところが魅力
だったのに、なんか現代的な価値観に染まっちゃったんだ。なんか残念だな。」
と思われることもあるかもしれません。意図的にそういう改変してるならともかく。
ぶっちゃけ私自身も、雑な社会運動してる二次創作でイメージが悪くなったキャラや作品もあります。
残念ながらインターネットに一度アップした以上、悪意があろうとなかろうと、
二次創作の作者の手を離れて拡散・無断転載・意図せぬ解釈などされてしまうことがあります。
自分の知らないところで、自分の二次創作が他人を喜ばせたり不快にしているって、
そういった不幸なすれ違いを防ぎ、自分の管理下に置ける、法的にも問題がない
と言う意味ではキャラクターを使うよりもオリジナルの方が少しは安全なのかな、と思います。
そもそも公式の温情で二次創作という犯罪行為をお目溢ししてもらってる立場なので、
実社会との接点を持つような創作物は扱いが難しいのかな、と個人的には思います。
揉めた時に間に企業が入って対応してくれるのも個人の匿名性が守られて安心だから、
やっぱり公式に任せるかなぁ。
昔、エロBL同人に「実体験に基づいた描写です」って書いてあるのに近しいもの
を感じます。エロ漫画の作者の顔を知りたくないとか、絵師は自我出すな、
みたいな気持ちとも近いかもしれません。私は知ってても抜くが…。
せっかくのお休みなのに仕事の話をずっとされるような感じとも言えます。
個人的な体験で恐縮ですが、数年前に虚構と現実の区別がついてない人間に
「私はメンヘラロリコンのレズだ」と思い込まれ、あたかも私がそのオタクを性的な目で
見ているかのように振る舞われたり、粘着されたりするという不快な出来事があり、
無事トラウマになりました。虚構も現実で創作活動を行なった結果なので、
完全な虚構としての創作物というものは存在しないのかもしれない。
だから狂ったように女体化ロリ同性愛二次創作などを描く私を、彼女はロリコンのレズだと思い込んだのかもしれない。
それは勘違いさせてごめん。それはそうとして顔も知らん会ったことのない人間と
あと、LGBTに理解があることと趣味で腐女子やってることを混同する奴いるよな。
あれ嫌い。愛知県出身って言ったら勝手に名古屋出身だと勘違いされるみたいな…。
なぜか私個人の身の回りの離婚率が異様に高く、友達も知ってる限りで片親や毒親の方が
過程環境に問題のないご家庭と比べて、比率が高い状況です。未婚率も高い。
私自身も片親です。結婚をすることによって税金年金の免除などの多少のメリットがあるにせよ、
親戚付き合いや介護など、結婚することによって生じるデメリットが大きいのでは?
と思っています。どうせ配偶者は所詮他人なんだし、死ぬ時は一人なんだからその過程はどっちでもいいかな。
このように終わった結婚観なので、結婚が実現した後二人はどのような幸せな生活を送るのでしょうか?
現実の話でもフィクションの話でもいいけど、オタクくんがどういう社会を築きたくて
なんで?なんのために?気まずくない?
品定めや口出しされるのも腹立つし。
現ジャンルは、アイドルゲームなのになぜか政治軍隊革命君主その他犯罪行為に
かかわるキャラクターで構成されており、今はお腹いっぱいだから。
私は二次創作に啓蒙的な役割を求めてないので、現実性や政治的なメッセージを
過度に入れ込むことはないのかな、と思います。デメリットもでかいし。そういう
実用的な知識や問題提起はオタクくんの描いた創作物楽しませてもらってからゆっくりしていい?
とりあえず今回は活動的で声の大きい方々が暴れて悪目立ちしただけだと思っている。
もちろん主張し続けること自体は大切なことだと思うのですが、私はやらないかな。
本当か?w
そりゃあ大昔はあったかもしれないけどさ
今は、活動家なんて大多数の反発を買うだけでなんの役にも立ってないだろ
普通に穏健な団体が啓蒙活動やってメディアに訴えかけて、取り上げられて周知されて立法や財源割くのが理解されていくみたいな流れのほうが絶対大きいだろ
最新巻出るたびに似たような日記書いてる。
前の巻で過去編で何度か登場してた、呪物に巻き込まれ傷を追いながらも生還した古強者みたいな人がでてきてやべー状況をある程度改善してしまったから
今後も強キャラとして残り続けるのか、退場するのか楽しみを抱えながら本を開いた(kindleだけど)
説明しづらいんだけど、デスノートみたいなあの頭脳戦笑みたいなノリは頭に負荷かからなくて良き。
で、それがぶつかる時にいちいち討論も面倒だからマニュアル的に決めとくがマナーのあるべき姿だと思っていて、マナー講師の仕事は啓蒙の名でマナー弱者を虐めるんじゃなくて、強者同士でぶつけ合ってより多くの人たちのより多くの幸福を導く道筋を作ってくれよとおもってる。
で、この辺の話で金払ってるから良いだろになる人は金以外で払うべきものを見てないんかなと。この話ならクレジットされるのが大事なスタッフがスタッフロールをないがしろにされればそこの価値が下がるわけで、その分作品の質が下がるなり給料を上げるなり必要になってくる、それに対して何も払わないって言うならそれはコジキだわな。
文化の盗用ならぬ、活動家による手柄の横取りを礼賛する内容になっている。
「わきまえない人たちが敢えてコンフリクトを起こすことでマジョリティは不承不承マイノリティの要求に対応してきた。今日では皆がその積み重ねの恩恵に与っている」
それは本当か?
例えば男女同権を推し進めてきたのは何ものの力か。戦争や産業に従事する上での、腕力の重要度の低下。家事専従者が必須でなくなったこと。そして法改正。ハードウェアの進歩と制度的な裏書きが社会を動かしてきたのだ。
フェミニストによる道義的非難に耐えかねて、あるいはその啓蒙に感激して動くほどに社会はヤワでも腰軽くもない。イズムにイズムをぶつけても1ミリも動きはしないのである。
バリアフリーのためのインフラ整備だって同じだ。増田は利用者の視点のみから「先人の闘争のおかげ」としているがただの想像でしかない。商業上の要請や建築法規に基づき、あるいは単に業務の一環として、少しずつ尽力してきた無名の貢献者はいなかったものとされている。
繰り返すがマジョリティは非難に耐えかねたり説教に感激して動くほどナイーブではない(へりくだって情を乞えではなく、マジョリティの冷たさ薄情さをナメるなと言っている)。活動家のおかげ説はそのフィクションに立脚している。その結果として何が起きるか。
小さなコンフリクトを平熱で改善につなげるべきところ、常にこうして感情的な分断ネタとして消費される「型」が出来上がってしまうのだ。施設側が100%悪い!いや車椅子の側が100%悪い!と。
「日本社会はいまだこんなに遅れているから、こういう機会を捉えて燃やさないと変わらない」というのは因果が逆で、無駄に燃やしてばかりだから協働の文化の成熟がスポイルされているのだ。
誰かが白眼視を恐れずいきなりギャーって騒いでくれたら「正直助かるわけよ〜」って言ってるが普通に恥ずかしい発想だと思わないか?
そうやって物理的/道徳的に担当者を責めたてるという要望の仕方が本当に合理的だと思うか?社会は基本的に事なかれ主義で、ノイジークレーマーには「特別あつかい」でお茶を濁すのだ。
「クレーマーがほどほどに騒いでくれると有り難い」ってバカみたいな結論だぞ。
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共産党赤旗、コンビニで見かけた成人誌の密告フォームを作成「国連に持ち込んで問題にする」ヤングジャンプ、ヤングキング、ヤングアニマルなどが対象
こういうのも同工。
とっくにエロ本が完全撤退したあとでヤンジャンとか燃やそうとしてんの。
「ワシが育てたムーブ」にコロっと引っかかってんじゃねえよ
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法律の制定が権利主張なしに良心に満ちた人々によって行われるとでも信じているのだろうか。大したお花畑。激しくない権利主張は現実として黙殺されるだけ。差別者が被差別者の大人しい主張に傾聴すると思うかい?
法整備はエンジニアリングを後追いするという本質論を主張する上で全然重要でないから詳論してない所に、隙があると思いこんでこうしてバカが頭をねじ込んでくる。
まあいったん対立のパターンができてしまうことの弊害はこういうことなんだ。それぞれの陣営の正義の能無しが問題の周りを固めてしまい、手つかずにさせてしまう。
実際にコツコツ手を動かす人を遠ざけ、吊し上げが好きな奴ばかりが集まってくる。
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「穏当に地道に“活動”してる人もいる」
そらそうよ。みなまで言わなかったけど。
自由な市民としての矜持を持ち、選挙にいく以外でもあらゆるチャンネルを探って社会の運営/改善に参画しようとする、リベラルであるとはそういうことだ。そこには当然にして摩擦が生じることもある。
くだんの車椅子インフルエンサーのことも別に迷惑100%とは評価していない。施設側のモノの言いようにカチンと来たのも想像はできる。
そんなに難しいこと言ってないが、まあはてな界隈にもうなんも期待してないのはある
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毎たび最後に同じようなこと言ってるが、一言マウンティングじゃなくてトラバで字数気にせず堂々反論すれば?でもお前らは絶対に自分の発言に責任持たないんだよな。ピンポンダッシュに最適化したカス連中
私はバリアフリーにも何もかも無知な健常者だが、色々追う中であ〜意見は最もだけど難しいよなとか、逆に確かにと納得する部分もある事があったので備忘で書き込む。
まず、何があったのか。
何が問題なのかをまとめてみたい。
◆何があったのか
とある車椅子ユーザーがバリアフリー対応していないプレミアムシートでの鑑賞のために過去3回、従業員2名の介助の元で車椅子つきで階段の昇降+シートへの移乗を頼み鑑賞していたが、3回目で責任者から次回からの利用をひどく断られた事に憤りXに投稿した。
◆何が問題なのか
まずよく言われているのが、断り方である。
「双方気持ちよくなれる」という台詞をきりとると、拒否された車椅子ユーザーには全く寄り添っていない言葉に聞こえる。適切ではく、謝罪文を出すのも当然だろう。
ここからは私の意見になるが、私はあまりこれについては何とも言えないと感じている。何故ならやりとりについては片方の車椅子ユーザーからしか出ていないからだ。
支配人がその酷い言葉をなげかけるまでにどんな詳細なやりとりがあったのかわからない。
このような場合好きに発言出来る客と異なり、映画館側からは声を上げるのはかなり難しく、従業員側は弱者と言ってもいいのではないかと思う。
「そう取られる事を言ってしまったのはやらかしだよね〜」とは思いながらも、あまりに話が通じなかったらそこまでいいたくなる気持ちもわかるのだ。
断ること自体は、Xで散々言われている通り
今の映画館側で出来る対応の範囲外の事だと思うので、問題ないと思っている。
対応してしまえば、ユーザーは大丈夫だと思うし、急に違う事を言われたらショックを受ける。
従業員やユーザーの安全を確保できていない対応だったのも問題である。
ならば安全上の理由で最初からその対応は難しいと言うべきだった。
特殊な対応が必要なスクリーンを予約し、事前連絡なしで来て従業員に運ばせた事と、xでの晒しあげるような告発、攻撃を促すような文章だろう。
特にインフルエンサーとして啓蒙活動を行っているのならば、専門家ではない他人に車椅子が乗った人物を運ばせる事への危険さ等は理解していた方がよかったと思うのだが
積極的に運ばせ本来の業務から逸脱した写真を取ってもらうなどの行動もしている。これでは客の立場を利用して従業員の安全を配慮せず店側を振り回したモンスタークレーマーととられかねない。
発言もプレミアムシートへのバリアフリー化や現在の車椅子席の不便さを訴えながらシステムを変えようという提言というより、叩かせようという攻撃にみえてしまっている。
そのために反感を買っているように見える。
以上がそれぞれの側の対応の問題点と私がかんがえていることだ。
◆なんでバリアフリー化してないの?
→大手映画館では通常の映画鑑賞におけるバリアフリー化は行われているので正確には車椅子ユーザーが映画鑑賞を行う事は可能だ。(あくまで、可能。快適かどうかではない。)
ところが、今回問題のプレミアムシート(と、4DX)は対応していなかった。
それは今の車椅子ユーザーの映画鑑賞は自前の車椅子を利用して鑑賞するスタイルを採っているからである。
そのやり方が採用されている理由は、チケ購入から鑑賞、退場までの全ての作業を車椅子ユーザーが独力で全て対応出来るからだろう。
また、シートに移動して座る形式だと、火事等の緊急脱出時に自力脱出が出来ないというデメリットもある。
豪華なシートに座ってこそ価値を提供できるプレミアムシートやシート自体に仕掛けがある4DXの楽しさは、今の車椅子に座ったままでの鑑賞では提供できない。だから既存の座席がないのだ。
提供するには、車椅子→シートへの移乗が必要であり、自力で移動できない人はどうしても人の手を借りないといけない。
そして、専門家ではないただのスタッフが普段関わらない他人の移乗を行う事はXの専門家達の意見をみる限り、様々な理由からやるべきではないのだろう。
そうなると、専門家の配備または利用者が介助をする人を連れて来る、の2択だ。
意見で、現状の車椅子席は見づらい、首がいたい。などの声もあった。
最前近くで席を取ったことがあるときの感覚にちかいのだろうか。それはかなり大変な事だろうと察する。それについては映画館側で対応が必要だと思う。だが、ここで問題がある。
映画館の劇場は、スクリーンに対して前方から後方に向けて階段上に座席がある。
車椅子席が配置される場所はそのうちの前方か、中央か、後方か。これは出口がどこかによって決まるとおもわれる。消防法とかで決まってるのでしたっけ、、、
出口に段差なくアクセス出来る位置に車椅子席があるのだ。そのため、出口が前方にある劇場ではどうしても前方に車椅子席、となってしまう。
これは、ゆくゆくはそのような劇場にも
中央または後方に出口を用意してその近くに座席があるのが理想だ。そこは変わっていってほしい。かなり大変だろうが。
◆声を上げないと変わらない現状
正直私は件のユーザーは、苦手だ。
だが、あのユーザーがアレをしなかったら現状の車椅子ユーザーが置かれた不便さへの注目や改善のための動きは煽らず黙殺されている可能性はかなりあったと思う。
と同時に現状の変わらなさにもやるせなさを感じている。
◆私の感想
じゃあどこまで?すべての人が平等に、
は簡単ではないと思った。
いつでも一人で入りできるようにする...なのはそうなのだが、
法律や緊急対応をクリアしつつ、ただの営利組織が人的場所的金的コストを考えながら実現するのは物理的に難しくないかと思う。
クリアするにはどうしてもスクリーンの大改造か人で対応のどちらかが必要なのだ。
(すべての人が利用できるを追求した豪華なコンセプトの映画館をいくつか作る、等は割とすぐに可能かもしれない。)
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