はてなキーワード: 小学校とは
【追記】
ブクマですげー怒られててこわい。
もちろん今は隠し事してた俺も悪いって思ってるけど、あそこまでショック受けるとは思わなかったしデマがあっという間に広まって当時は冷静な判断が出来なかったんだよ。
あといくらキモいからって人の顔見て吐き真似してキモがるの本当にやめろマジで。
【再追記】
なんか二回も結婚してる設定にされてるけど一回もしてねえよw
どっちも結婚直前まで関係を深めたけど一人目は仕事が忙しくて全然会えない時期が続いて振られる、二人目はパンデミックの最中に反ワクかつ中国大嫌いなネトウヨになっちゃって、色々話し合った結果価値観が合わないねって別れたんだよ。俺は中国と台湾のアート市場に凄い可能性を感じてるんで。
特に二人目の人は画家やってて俺のビジネスパートナーでもあり、一緒に個展を企画開催したり画集の出版までしたのにあんなことになって本当に残念だわ。
【再々追記】
いや、なんか…久しぶりにいとこの夢見て、昔を思い出して嬉しくなって独り言感覚で走り書きしただけなのに、ここまで多くの人にマジレスさせちゃって本当にすまん。
ただ、だいぶフェイクも入ってるので支離滅裂な内容になってるだろうし、色々誤解を招く内容になってるからしょうがないか。
でも中学のときからたびたび女のイジメグループのターゲットになってたので、連中のような醜悪な女集団は絶対に現実に存在するとだけは強く言っておきたい。
hiruhikoando ずいぶんと親族間の結束が強い親戚だなという感想。華僑的な 増田 男女
俺の家系は一家揃って韓国系(在日朝鮮)なので日本の一般家庭とはたしかに違うかもね。
take-it “詳細を事細かに話した”=彼女にもいとこと同棲してるのを説明したと思われるのに、ブクマカにここまでフルボッコにしてるの、怖い。お前ら、何があったんだっていうか羨ましいのか。マンガみたいな青春。
そう、ちゃんといとこの事情とか話して(だいぶ慌ててまくし立てた記憶があるけど)あの冷たい拒絶だから当時18歳の俺にはどうしようもなかったよ。漫画は全然わからんが喘息持ちの人と一緒に暮らすのを羨ましがる奴がもしいるなら、あの病気の怖さを知らんのだろうなと軽蔑する。
moeshine 元カノ側も「一時期は男という性別自体が嫌いになるくらい拗らせ」ててもおかしくないような話な気が
俺が中退してすぐ後にmixiで元彼女の日記見たらパイプ煙草咥えてるマッチョな彼氏と付き合ってる報告上げててその後結婚したらしいから幸せだと思うよ。
mirakukira 韓国系なら先に書けよ、キモイと言われるのも納得だわ
こういうの久しぶり。2000年代前半は色んなとこでお前チョンかよって蔑まれたけどもう慣れたわ。
あとsnegってなにってググったら確かにそれっぽい話で俺も笑ったわ。えろげー一切知らんけど。
ので色々思い出したので独り言。
大学一年の冬に俺が二股かけて女を弄んでるっていう根も葉もない噂が学内に流れて、当時付き合ってた子に会いに行ったら、両手を口元に当てて今にも膝から崩れそうな勢いで号泣してて、取り巻きの女二人が俺に向かってアイツキモっと連呼しながら俺を見るなり口元に手を当ててオエッと吐き真似をする始末。
「なにこれ?」
と思って当時同じ大学に通ってて訳アリで同じアパートに暮らしてた幼馴染に聞いてみたら「どうやら同学年の連中の殆どがアンタと私が付き合ってると勘違いしてるっぽいぜw」とケラケラ笑いながら言ってきて。
俺は笑い事じゃないんだが?ってガチで心底イラつきながら泣いてる彼女に詳細を事細かに話したんだけど、泣きながら
「気持ち悪い」
とか言って一蹴される始末。
それ以来、女の
「気持ち悪い」
発言と口元に手を当ててショックを受ける仕草がホントにマジで無理になったんだけど、これやる奴ガチのマジで漏れなく苦しんで死んでほしいしキモいのはお前の方だ馬鹿野郎。感情的でストレス耐性低い奴ホント無理。
俺が同棲してたのは同い年のいとこの女の子で、彼女は喘息持ちでしょっちゅう命の危機に曝されるほどの発作に襲われながらも、大病した旦那に先立たれ太鼓で有名な手かざし系カルトにハマった母親のせいで高校一年頃から病院に連れて行ってもらえなくなって、その後インフルエンザと後遺症の気管支喘息にかかってマジで死にかけたりしてたらしい(喘息って拗らせると本当に死ぬので皆気を付けて)。
その現状を知った俺の両親が高3一学期にいとこを自宅に連れてきて保護し入院させ、それ以降、まあ幼馴染だし長期に一緒に暮らすの小学生の夏休み以来だなって高校卒業まで姉弟みたいに暮らしてて、最初はガリガリで小学校低学年くらいの体格しかなくて死ぬんじゃないかと心配してたけど内心は一人っ子の俺に姉弟が出来たみたいで楽しくて、お互い絵を描くのが好きだったから無事に同じ美術大学に進学して実家を離れルームシェア状態になって以降、学校では殆ど話さないけど通学路とか電車内では色々家の事とかバイトや買い物のこととかで話すことがあって、その様子が同級生に噂になったらしいけど、浮気だとか二股だとか取られる発想は当時の俺には全く無くて、付き合ってた彼女がそういうデマを信じて泣かれたときはマジで頭が真っ白になって未だにトラウマになってる。
付き合い始めた頃に、訳アリで同居人居るから俺の家でデートは難しいかもって何度も言ってたのにさ…。
ただ、その一件でスーッと恋愛感情が冷めて、一時期は女という性別自体が嫌いになるくらい拗らせた。
で、その件以降同学年の女子の殆どに嫌われキモがられて、大学に居づらくなって2年の夏頃に中退し小さな広告代理店に就職し、大学に通ういとこと社会人の俺という関係で同居生活は新たな局面を迎えるわけだが、その頃の生活は正直言って楽しかったし、いとこと疑似夫婦みたいな関係性で、結婚生活ってこんな感じなんかなあとボンヤリ思って、ならこれも悪くないな、幸せだなと思ってた。
「これ夫婦みたいやね」
って時折言うと笑いながら照れ隠しっぽくポカポカと殴る蹴るのプチ暴力を受けるのもなんか良かった。
ただ、幼馴染で照れ臭いし小柄で病弱な幼馴染のいとこを異性として見ることは中々出来なくて、振る舞いも向こうはオラオラ系姉で俺はのんびり系弟だったし、テレビ見てるときに膝に座られたり寒いときにハグされてコタツに潜るくらいで限界な感じ。だけど夏場の無防備な薄着の彼女には内心ドキドキしてた。
でも、休日に意味もなく近所の住宅街や公園を徘徊してその風景を渋いとかつげ義春っぽいとか寸評して携帯で写真撮りながら通りかかった喫茶店や飲食店で写真お披露目会をしつつお腹を満たしたり、ちょっと遠くにある安いスーパーまで駄弁りながら散歩がてら歩いて食料確保したり、真夏の夜に近所のビデオレンタル店に出向いてB級和ホラーを始めとするビデオを借りて深夜まで鑑賞会を開いたり、中古CD屋でマニアックな洋楽のアルバムをディグったり一緒に古本屋で何時間も立ち読みしたり。
ある年にいとこがクリスマスと新年を彼氏と過ごすって二週間ほど外泊してたときはちょっと、いや相当寂しかったし嫉妬したっけ。いつもは俺と過ごして大晦日には近所の寺に鐘つきに行ってたのに…。
家事一般は、いとこが同居中に2回喘息で入院してたし(入院費8万くらい取られてやばかった)よく体調崩してて心配で俺が料理を筆頭に掃除も洗濯も色々やってたんだけど、金が無さすぎて給湯器が買えなかった同居一年目の冬のある日、手が霜焼けで痛くて食器洗いが苦痛って言ったら黙って洗ってくれたのは未だに覚えてる。
その後コーヒーメーカーと炊飯器が滅茶苦茶電気代食うってのに気付いてリサイクルショップでドリッパーと米炊き用の土鍋を買ったら劇的に電気代が安くなって、この世の覇者みたいな気分でお互いやったぜって喜んでた。
んで年明けてからリサイクルショップでナショナルの古いレンジとビクターのテレビデオとメーカー不明のコタツ買って、ナショナルのレンジは今も俺が使ってるけど、あのテレビで色んな深夜番組やら映画を録画して暇なときに一緒に観たり。
忘れもしない、草なぎ剛が泥酔全裸前転で世を騒がせたときに、いとこが就職先を見つけて独り立ちするからって、そのお祝いにアパート隣接の枝垂れ桜が咲く公園で酒盛りしながら俺が裸になってシンゴーって叫びながらでんぐり返しをして、いとこを爆笑させたことを。
んで、いとこはその後良い人と結婚してお子たちにも恵まれたようで、幸せそうな姿を今もSNSで確認出来る。
一方、俺はと言えば二度結婚に失敗してもう生涯独身でいいよって思う昨今だけど、今思うと俺、いとこのこと好きだったんだろうな。
後悔してもしょうがないけど。
TERFさんは「ごくわずかな」トランスして後悔して「でとらんす」している事例を好んで広めようとしていますけど、その一方で(おそらく「でとらんす」とは比較にならないくらいの多くの事例の一つとして)、きちんとした大学病院にかかってきちんとした医療を受けることができた少女の事例ですよん。
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12年前、心と体の性が異なる性同一性障害(GID)のため、体は男ながら女児として小学校に入学した兵庫県播磨地方出身の優さん(18)=仮名=が、高校まで女子生徒として生活し、この春卒業、就職した。小中高と「心の性」で受け入れられた全国初の事例とみられる。優さんは、GIDの治療指針に影響を与えたほか、同様の子どもに対する学校の配慮が全国的に広まるなど、社会の理解が浸透するきっかけとなった。優さんは「周りの助けでここまで来られた。カミングアウトした友達にも理解してもらい、大変感謝している」と話している。
1歳のころからスカートやぬいぐるみが大好きだった優さんは、5歳のとき、体の性への拒否感が強くなり、ほとんど食事をとらなくなった。そのため母親が医師の助言に従い、女児として小学校に入学できるよう教育委員会に依頼し、認められた。トイレや身体測定も女児扱い。2006年に神戸新聞が報じた際、幼い子どもである点や、ほかの生徒に知らせない状態での異例の受け入れなどに賛否両論が噴出したが、中学、高校でも同様の配慮が教育委員会などで引き継がれ、女子の制服で生活した。
治療面では、小学6年生で第二次性徴が始まり、思春期の体の変化を一時的に止める「抗ホルモン剤」を全国で初投与された。身体面の男性化が抑制され、精神的苦痛が軽減。主治医の康純(こうじゅん)・大阪医科大准教授は「副作用はまったくなく、思春期の患者特有のホルモン療法への焦りがなかった」と振り返る。日本精神神経学会は、優さんを契機に、心の性に合わせて体を変える「ホルモン療法」の下限年齢を、条件付きながら1 8歳から1 5歳に引き下げた。優さんは高校入学直前に女性ホルモンを始め、すでに体は女性化している。
今年2月の高校卒業式。母親は、優さんが学校生活を終えることについて「一般のお母さんと同じ気持ちだと思う。こんなに大きくなってくれてありがとう」とかみしめるように語った。4月には県南部の肉牛牧場に就職。牧場主は「性同一性障害だから心配したというのは特になかった。取引先にも連れて行くが、特に性別について聞かれることもない」という。
周囲の配慮に包まれ、学校生活を終えたが、体への違和感は続いている。高校2年の秋には「お風呂に入っていると、(ホルモン療法で)胸も出てきたのに男でもあるから中途半端でキモい」と話し、「女友達にうそをついている感じがする」とこぼしていた優さん。就職して間もなく4カ月。「将来は(性別適合)手術をして戸籍の性別を変えたい」と話している。
あの本って青い鳥文庫扱いだったから、下手したら日本全国の小学校の図書館とかに納められてた可能性があったんだよな
https://aoitori.kodansha.co.jp/game_rekishi/information.html
そのへんのボンクラが妄想で書いた同人誌とかなら見向きもされなかったんだろうけど、これは放置するとヤバいことになると危機感を覚えた人がそれだけ多かったってことなんだろう
対する「あの子も」は、自分を男性だと思い込んで性転換してますます生きづらくなってしまう若い女性の問題を提起した、良い意味で「議論を呼ぶ」書籍だった
両者の間にはかなりの距離があるように思う
自分が子どもの頃にも妙に臭い同級生がいたけど、やっぱり家ごと変な臭いがするという噂だった。
でもさ、ただの小学校教諭がそのお宅の問題をどうにかできるわけがないよ。
なんでどうにかできる前提で話の切り出し方を悩んでるの?
その子ってのが、失礼な話ではあるんだけど、まあ臭い。生乾きの匂いがひどい。
臭いのことで何度か他の生徒から相談を受けたこともあるくらいだ。
そんな子のおうちに行ってきたわけだが、その子がなぜ臭いのか、玄関を開けた瞬間に分かった。
こりゃどんだけ風呂入ろうが、洗濯物よく乾かそうが臭くなるわと思った。
他の児童からその子に対するクレーム笑?も入っているので臭いが続くようなら何か対策をしてもらいたいのだが、なんと言えばいいのやら。
にしても家全体があんなに臭くなることってあるのかね。
小学校の頃に知的障害児の自立支援施設?に授業で毎月行かされて
関わった人は大人しい人ばかりだったけど、障害者に理解を深めよう!って自分で調べて発表する授業で
自傷癖があったり、自慰をやめられない、ナプキン付けられない、手をつけられない様な人がいることを知ってから、こんなん育てられないって思ってから子供欲しいとは思えなくなった
あの授業がなければそう思ってなかったと思う。
「教師の立場に乗じた犯行で被告の責任は重い」としたうえで、「完全責任能力はあるが、被告の発達障害の影響を否定できない」として、懲役3年、執行猶予5年の保護観察付きの判決を言い渡しました。
家賃と電気代、ガス代、Wi-Fiとスマホ代、法テラスへの返済、あわせて60351円だった。
これに食費や雑費を入れても10万ぐらい。手取りは15万ぐらいしかないけど、しっかり節約しているから好きなものに使うのでも、貯金するでもいいお金が毎月ある。
お金はあればあるほどいいけど、無ければそれなりに楽しめる性格で良かったなと思う。
ただ、ボーナスが出るからってブラックフライデーで、いずれ使う生理用品だとかいつも使ってるシャンプーの徳用だとか、そういうものを3万円分ぐらい買ったとき、普段財布のひもが硬い分震えた。
いずれ使うってわかってて買ってるけど、普段より桁が一個多いから。
あと、楽しく倹約するのが好きな女にメリットを感じる人と出会って結婚したい。どこにいけばいるんだろうか。
築40年近いのと、一階なのと、手動湯沸かし器のお風呂なので安い。
壁が薄くて全ての駅から徒歩15分ぐらい。新宿駅までは徒歩と電車で45分ぐらいの立地。
特殊な立地で、窓ガラス割って盗難みたいなのはほぼできないのと、防犯カメラがある。
あと入居の時に一番近いスーパーが1.2キロ先だったのと(今は近くにできた)、空室期間が長くて引っ越しのオフシーズンだったことも安い理由かなと思う。
ド田舎から上京しているんだけど、都会になれた今だったら選ばない物件だと思う。危なそうだから。
去年の名字ランキング(参照元:https://news.mynavi.jp/article/20220331-2308405/)で5本の指に入るくらいには平凡な名字である
上の資料によると全国およそ132万6千人。日本の人口を1億2500万人とすると大体100人に1人くらいは田中がいる(はず)
今まで生きてきて田中さん(仮)に出会ったことがないって人はそういないんじゃないかな~と思う。まだ10年くらいしか生きてないようなこどもだったらいるかもしれんが
が、増田こと田中(俺)は一度も同姓の人に出くわしたことが無い。御年30。何故なのか
限界集落の過疎村生まれってわけではない。都内じゃないというか関東ですらないが地方都市とは呼んでいいくらいのそこそこ大きな街育ちである
小学校は1学年4クラス、中学は6クラス、高校は10クラスあった。大学は県外の田舎F欄大学なのでさておき。職場(県外)も全従業員50人くらいの小企業だがさておき。
一度たりとも田中という名字の人に会ったことが無い。この前帰省した時同窓会名簿確認したので間違いない。田中、一人もいない(俺はいる)(兄弟親戚はノーカウント)(同窓会名簿で数年遡ればそりゃ数人はいるが会ったこともないのでノーカン)。
ふと思いつくといつまでも気になってしまうもので、コンビニとかレストランに入った時とかに店員さんの名札を確認するようになったんだが、未だに出会えていない。何故なのか
名字は結構地域性があるとは言うが、「田中」だぞ?!全国トップランカーの名字だぞ?!そんな頑張って探さないと見つからないような名字じゃないだろ?!と思うんですがどう
面積の単位であるアール(a)やヘクタール(ha)は、以前は小学校で習っていたようですが、現在は扱われていないようです。
アールは非SI単位ですが、計量法上、土地の計量にのみ用いることができる面積の法定計量単位です。1アールは100 m2です。ヘクタールとは異なり、国際単位系の国際文書(第9版、2019年)においては全く認められていません。
【注意事項】
「暴力的躾を復活すべきだ!」という意見ではない。自分も暴力的躾は否定派だが実際問題として警察はピストル持ってるよねって話。ピストルから弾丸が発射されてから「きちんと躾ておくべきだった」とか言い出しても意味がないことくらいみんな周知のはずである。ではどうすればいいのか?
未婚男性のワイ、たまに実家に訪れる甥たちの面倒を見るたびにそう思う。
自慢じゃないが体格には自身があり身長180cmオーバーで週2で筋トレしているのでガタイはでかい。
甥たちは3歳と6歳でかなり活発的。
甥たちは旅行や外食でも目を離さなくても勝手に走り回る、店の物を触りまくる、興奮すると大声をたまに出す。
兄嫁は猫かわいがりで口ではダメというけどあまり、というか全然効果がない。
親(俺の両親)のイライラが見て取れるから俺が実力行使で体を持ち上げて引きはがしたり、手をつないだりする。もちろん痛くないようにする。
3歳は自由に歩きまわりたいのに危ないからと手をつないだりベビーカーに乗せるとしばらくギャン泣きする。
3歳はまだ言葉は通じてない。
6歳は会話できるレベルだが落ち着きがない。3歳よりはマシにはなってきている。
ただ明らかに店の迷惑になるようなレベルの行為、走ったらいけない場所で走るなどもたまにする。
口で何度も注意してるし優しくいったり目を見て言っても、次の瞬間走り出す。
そこでふと思ったけど俺の子供時代は俺が危ないことをするとどこでも烈火のごとくキレて怒られた。
怒られたら当然「親が怖い」という感情に支配されてしたがって大人しくなった。
それでも恐怖に勝る抵抗の感情があった場合はもちろん駄々をこねた。
ところが甥たちや兄夫婦を見る限り、親に対する「大人の怖さ」というものが全く見えてこない。
子→親という関係性よりも子→大きな友達という関係性のほうがしっくり来る。
もちろん兄夫婦は甥たちを可愛がってるし病気になったら心配したりするどこにでもいる普通の親だ。
たぶんこんな家族というのは今の時代どこにも珍しくないんだろうなと思う。
では一体、どこで子供たちは「大人の怖さ」や「社会の冷徹さ」を学ぶのだろうか?
今の時代、大きな声で怒鳴りつけるだけで虐待ととられかねない。
躾と称した暴力も完全にNGとなった時代に子供たちはどうやって大人の恐怖を学ぶのだろうか?
俺は甥たちから力持ちで遊んでくれるおじさんと認識されているが言うことは全く聞いてくれない。
一回、お店のものを壊しそうになったので真剣に怒ってみたが、次の瞬間また遊び始めた。
「信頼関係をもってきちんと説得すれば分かってもらえる」のは中学高校のアイデンティティが確立しはじめた世代の話である。
そうでない子供の時期に、体育教師から頭を殴られない、厳しい指導もなくなった普通の社会でどうやって子供は大人の怖さを知るのだろうか?
いつか甥たちが恐怖を知らないまま、俺よりさらに上の世代の爺さんばあさんからリアル暴力を喰らわないかハラハラしている。
このままいくと親に殴られる前に世間様から殴られるのが先だと思うし、その際に一生残る傷を負わないかが心配だ。
暴力がなくなって明るく楽しい現代の普通の子供たちは、この先どうやって大人は怖いという事実を学習するのだろうか?
もちろん家庭に暴力など認めるべきではないと頭では理解していても、
世の中すべての大人たちが子供に暴力を振るわなくなる世界は実現しないわけで、
どうやってこの世の実在する暴力を子供に予防接種させるのかという観点が今の教育には欠けているように思う。
小学校にあがって自分よりも強い友達から暴力を受ければ相対的に大人の恐怖を理解するのだろうか?
それとも暴力を振るってこない大人をもっと侮るようになるのか?
そうなれば最終的には警察のお世話になると思うが……
両親も孫にあえてうれしい反面、教育方針について兄夫婦とたびたび衝突している
甥たちに会えるのは俺も嬉しいがこのやり取りで若干険悪なムードが流れるのも何とかしてほしい
俺個人としても「ルールを守らないと社会から排除される」という恐怖をできるだけ学んでほしい
学ばなかったら最終的に警察の世話になって犯罪者になるという若干飛躍した心配をしているが、これは実際にそうだという確信がある
やんちゃしてたとか、身体張ったお笑いをやってたとか、そういうやつじゃなくて、文字通りの意味の頭が悪いね。単純なスペック・パフォーマンスの話
ワイは子どもの頃、夕飯とアニメとマンガとゲーム以外のことを考えてた記憶がほぼないのだが、小学校1年の終わりから2年の頃だけ別のことも考えていた
それは生死についてだ。小2のワイくん、たまたまラッキーだから生きていることに気づいてしまったのだ!!!!
ワイくんは、死ぬのがこわくて仕方なくて、飛行機の音(落ちてこないか)、車の音(突っ込んでこないか)、階段・エレベーター(落ちないか)などに
死に怯えるワイくんに対して親がうんこな対応をしたことは、今でも根に持っているのだが (ワイは感謝は忘れても恨みつらみは覚えているタイプのうんこ)、
なんか小3になったら、自然と夕飯とアニメとマンガとゲーム以外のこと気にならなくなったんだよな・・・・・アレはいったいなんだったんだろうな?🤔
でも小2の頃から中年になっても変わらないことがあって、いまもお化け👻が怖いんだよな
小2の頃、ラッキーでたまたま生きているけど、良いことするとラッキーが強化されて、死なない(死ににくくなる)っていう謎ルールを作ってた
逆に悪いことをすると『ねないこだれだ?』みたいにお化け👻が悪い子を罰しに来る、
あるいは死後大変な目にあうみたいな謎マイルール(たぶん鬼太郎かなんかみた時に作ったルールだと思う)を作ってた
なお、ラッキーを強化するために善行に勤しんでたとか、実際にお化け👻みたことあるとか、そういう盛れるエピソードは特にないのだが、
存在を実証できるなら億万長者のチャンスとか、地球が出来てから死んだものの数がどうこうとか、そういう考えには微塵もならんよね
いや清く正しく生きなさいよ・・・・って言われたら『それはそう』なんだけど、うーーーん、お化けは怖い😱
まぁそんな感じでとびきり頭悪かった(今も悪い)ので、賢い小学生見ると驚愕するよね。『は?マジかよ・・・』みたいな
たった6~7歳の子が自分の感情の制御ができて、しかも周囲に気を遣って、さらには思いやりまで示せるとか、
生まれつきの頭のスペック・パフォーマンスの差以外の理由が思い浮かばない
もちろん親御さんの教育も良いのだろうけど、たぶんこれ教育だけでどうにもならんやつだと思うのよな
『おっ、そうだろうそうだろう、こんなもんだよな?ガキはよ』みたいな
(なお、その子が夕飯とアニメとマンガとゲームのことしか考えていないとは限らない)
とりあえず、『とびきり頭の悪いガキだった。なお今も頭悪い模様』というのは忘れないでおきたい
おれ、レスってる夫側。
旦那様も性嫌悪症の可能性はどうだろう。俺はそう。性欲強い嫁に強制的に性行為をされ続け、知らん間にゴムに穴開けられて知らん間に子作りさせられた、そしたらダメになった。
わいは小学校の卒業アルバムで明るい人3位にランクインするほどやったが
中3のとき転校に号泣して親に抗議するも聞く耳を持たれず、それから感情が表に出にくく他人に同情もあまり出来ない人間になったやで。
磨けば光るとか垢抜けてないとかじゃなくてマジモンの不細工、小学校でいじめられるレベルの それとASDADHDうつ
兄貴2人は健康で運動神経もいい方だしシャキッとした顔立ちしてる
親父47、母42のときに俺が生まれたからコレが原因なんじゃないか?と思ってる
というか、両親ともにヘビースモーカーなのも怪しい
妊娠出産に関しての倫理観バグってる家だから多分妊娠中も普通にタバコ吸ってたし
生ものとかも平気で食いまくってたはず
物心ついた時にはもう太ってて、幼稚園の時にデブデブと言われるのが当たり前だった
小学校はいると健康診断のたびに太り過ぎだという注意の紙を渡された
親に見せるとからかわれるため、親に見せずに隠蔽するようになった
食欲が異常で、食べすぎて吐くこともあった
何故たびたび吐くのか親は病気かと思って病院に連れて行ったが単に食べ過ぎだったため家族の中で笑いものになった
やがて吐かなくなったが体重は増える一方で中学生の時には100キロを突破した
たまに会う祖父母が流石に太り過ぎではないかと言い、親が「そのうち自分で気を使うようになって自然と痩せる」と返したのを覚えている
そのうち自然と痩せるのかなと思ったけど痩せないまま成人デブとなった
普通の体型だったという時期がない
今まで自分は健康なデブだと思っていたが、32歳になり体重130キロの今、心肥大を指摘され痩せるよう言われた
健康診断に引っかからない健康なデブだと語るデブタレントを見てきていたが
そんな選ばれしデブではなく、健康に影響が出てくる程度の平凡なデブだったんだな