はてなキーワード: ホッテントリとは
仮に作為があったとして、その作為の内容を当人が何も言わない上に行動からも読み取れない以上、それは見る側にとっては存在しないのと同義。
ホッテントリという訳でもなさそうだし、「サイトを開いた時適当に目についた記事に適当にぶら下げている」のでないのならその「作為」の内容を説明しろと言っている。
まあ根本的に前提が狂っている上、議論と称して煽りを始めるような人間に説明できるような言い分があるとは思えんが。
この関連だとなんかネットウォッチまがいのエントリ投稿してる奴まで居るし(それはネットいじめじゃねーのか?w)、同じやつじゃ無いんだろうがやっぱり活動自体疑わしいよなあ…
どうして、そんな夢を抱いたのか。あれは高校1年だったと思います。
当時片思いしていた先輩のお家にお邪魔させて頂いたとき、(決していかがわしいことはしていません!)
宿題の調べ物をするために先輩のデスクトップパソコンを貸してもらったんです。
そのときのブラウザを立ち上げた瞬間、現れたのは、はてなブックマークでした。
ただの田舎の女学生だった私は声を失いました。世界はこんなに広いのか、なんて自由なんだ、と。
興奮して動悸を感じながら先輩に聞いたそのウェッブサイトの名前が「はてなブックマーク」でした。
あの気高いはてなブルーを見た時の衝撃は、今でも思い返すと体が熱くなります。
それ以来、私は、はてなブックマークのことを忘れることが出来なくなりました。
しかし、高校生の時分は、親にインターネットを制限されていたので、
そんなサイトを見ているというのがバレたら先生に怒られますから、
こっそりとウィンドウを小さくしていつも見ていたのです。
いつかは私もここに掲載されたい、そういう気持ちに変わっていきました。
大学生になり、インターネットを解禁され、私ははてなブログを書くようになりました。
オフ会にも行って、いろいろな男の人たちと会ってブログの宣伝もしました。
その甲斐あってか、ブックマークはつくようになりましたが、ホッテントリには入ることができません。
アノニマスダイアリーでこういうこと書くのは卑怯だというのは重々承知しています。
でも私は諦められません。
どうか皆さんのお力で、私の夢をかなえてください。
お礼は私ができることなら何でもします。(男の人たちが女子大生に求めることなんて分かっています)
本当に入れて欲しいのです。
宜しくお願いします。
昨日かおととい、青二才のブログがホッテントリ入りしてて、久しぶりに読んだ。
今まで、時々はてブで上がってくる彼のエントリーを読むと、「勝手なこと言いやがって」と怒りを覚えていた。
怖い。青二才が。
彼はバカだと思う。
しかし彼は、それを「PVが増えた」と喜んでいるのだ。(確信)
まさに『無敵』ではないか。
こんな人間になりたくない。
こんな人間と関わりたくない。
私にできることは、彼のエントリーを読まないようにすることだけだ。
Medium、ブクログ、ブロマガ、STORYS.JP のはてなブックマーク公式アカウントが開設されました - はてなブックマーク開発ブログ
ナショナルジオグラフィック、国立天文台、朝日新聞GLOBE、OKWave、note のはてなブックマーク公式アカウントが開設されました - はてなブックマーク開発ブログ
面白い試みだとは思うけれど、はてブの「お気に入り」機能の認知度が低いために、公式アカウントそのものの認知度も低いように感じられる。
はてなブックマークは、naoyaがいたころから「ホッテントリからお気に入りへ」の音頭が取られていたのに、
未だにユーザーも、はてな自身も、ホッテントリに囚われてしまっているのが、あまりにも残念だ。
わざわざ他社を引きずりこんでおいて、この状況を放置するのは無責任だろう。
はてなは早急に打開すべきだ。
上手くやれば、お気に入り機能はTwitterのようになれる可能性があった。
http://anond.hatelabo.jp/20150907223211
個人的に釈然としない部分がいくつかあるので整理・言及したい。
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1. 「劇場ロゴのパクリ」は争点になっていない。五輪エンブレムとして採用するか否かが争点
2. 類似性(似ている/似ていない)が認められるかどうかということが話題となった
3. パクったかどうかに関係なく、単に似ているということで著作権上の問題が生じる
5. 「劇場ロゴのパクリ」はなくても、チヒョルト展のパクリはあったと認定できる。その根拠は次の二つである。
5-1. 文字とは無関係の装飾要素かつまったく不要な赤丸が原案の右下にあったから
5-2. 「(佐野氏がチヒョルト展を訪れた事実を認めた上で佐野氏がチヒョルト展のロゴを)覚えてない」と弁解したことについて、彼は嘘をついている、プロならばこれほどのデザインをあっさり忘れるはずがないから
6. 深津氏は争点になってないものについて解説しており、深津氏の見解そのものは意味を持たない。
7. 「劇場ロゴとのパクリではない」なんていうどうでもいいことを持ち出して、「専門家の言うことを聞け」と述べるような深津氏の主張は妥当ではない
8. 深津氏の見解の主要な点は「専門家に任せるべきだ」とした部分にあるが、最終案を決めたのは素人である武藤事務総長であるため、深津氏の主張は成立しない
9. ベルギーの劇場ロゴとの類似性が認められるかどうかという法的争点を抱えている状況の中、佐野氏の他の案件におけるパクリが判明。加えて、原案と最終案はまったく違うものであるほか、最終案を決定したのは事務総長ということが判明した。これをふまえて、「五輪エンブレムとして採用するには適切ではない」という民意が生じた。
10. 9 を無視して「専門家の判断に任せよ」という深津氏の主張は問題をデザインの面だけに限定しており、きわめて視野が狭い。まったく問題の所在を理解していない。
11. 今回のエンブレムは、エンブレムのデザインとしての良し悪しで決まったのではなく、展開力で決まった
12. (原案の)丸と三角と四角というデザインはあまりにも単純で凡庸であり、これを「美しい」「見事だ」と思うようなデザイナーはいないだろう。専門家は民衆の声と自分の心の声を聞くべき
13. 心の底では「くだらん」と思いながらはっきりと口に出せない。「展開力が優れている」と言われると「なるほど」と言って承諾するだけで「エンブレムとしてはあまりにも凡庸な図形だ」という本音を口にできない。
15. 「(劇場ロゴと)似ているか、依拠しているか」というような話題は争点ではない
16. この事件の問題点は、ベルギーの裁判で勝つかどうかじゃない
17. 著作権を問題にしていない。そもそもベルギーロゴとの関係も問題にしていない。ベルギーロゴとの関係などはどうでもいい
id:bros_tama のコメントに対し:
18. “五輪エンブレムのデザインで何が問題であったのか”ということは今回の騒動ではほとんど意味がないことだというふうに評価している
19. 「パクリデザイナーの作品を五輪に正式採用することの倫理的な是非」が問題
20. 美術的な問題はない。美術的なことをいくら論じても、今回の騒動には何の関係もないというのが本項の趣旨
21. 劇場ロゴとの類似性とかパクリとかはほとんど話題になっていない
22. 深津氏の見解を否定しているわけではなく、本質とは関係ないとして軽視しているだけ
id:Eizo0000 氏のコメントに対し:
23. この問題を専門家(つまりデザイナー)に委ねるべきで、大衆がこの問題に口出しするべきではない、という発想を問題視している
id:honma200 氏のコメントに対し:
24. 問題の本質は、法律違反をした(あちこちで画像の盗用をした)作者のデザインを五輪に採用するかどうかという倫理的な部分にある
25. 23 の主張も、深津氏の記事が訂正されたことによりかなり色褪せてきたとも言える。
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全体を通して、おそらく増田氏は「犯罪者である佐野氏がデザインしたエンブレムを採用することは倫理的に問題がある」ということを言いたかったのだろう。
しかしながら、その結論に向けて展開した論理が歪んでいること、根拠が不十分であったりすること、本筋とは関係ない論理が混じっていること、
「話題」「争点」「問題」といった言葉の使い分けが曖昧であることが、エントリのわかりにくさや理不尽さを生じているのではないかと考える。
冒頭で個人的に釈然としない部分があると述べた。論理が歪んでいるのが気持ち悪いと思う私的な感情から、その部分について指摘していきたいと思う。
■増田氏が取り扱う問題と深津氏が記事が取り扱うことが違うということを増田氏自身が認識していない
増田氏は、深津氏の記事を「劇場のロゴのパクリではないと言っているだけ」としたが、この時点から既にズレが生じている。
記事は、「五輪とリエージュのロゴは似てない」と考えるデザイナーがどうしてそのように考えるかといった点にフォーカスしたものに過ぎず、増田氏が取り扱いたい問題については言及していない。
増田氏自身も、ロゴのデザインがどうとか劇場ロゴと似ているかとか著作権がどうとかは争点ではない(主張1、15、16、17、18、20)、
自身の取り扱いたい問題の本質とは関係ないとしている(主張22。これらの主張だけを見れば主張6 も「(増田氏にとって)意味を持たない」として解釈することができる)。
それなのにも関わらず、自身が問題とすることを深津氏の記事と結びつけたために、6、7、8、10 といった見当違いな主張が生まれ、(はてブのコメント欄で観測する限り)読む側に混乱が生じたのではないだろうか。釈然としない。
■各人のコメントに対する返答の的はずれさ
3、4 に対し、id:sisya 氏は「単に似ているだけでは盗用にならず、依拠しているかどうかが重要」とコメントされたのではないだろうか。
そのことについては深津氏の記事の「前提知識1」の項に書かれており、それを踏まえてid:sisya 氏は「参照元のエントリを全然読解できていないように見える。」「もう少し元記事を読み返すことをお勧めする。」と述べたと思われる。
そう考えると、id:sisya 氏に対する返答は的外れである。
id:bros_tama 氏の「あの記事は“五輪エンブレムのデザインで何が問題であったのか”について書かれているんです」というコメントに対し、
「それはわかっている」「本質とは関係のないことをいくら解説しても、そんなことはどうでもいいことだ」と返答しながらも、なぜ自身が問題とすることを深津氏の記事と結びつけたのか。
その矛盾がid:bros_tama 氏がコメントをする動機となったと思われるが、いかんせん増田氏の返答は的外れである。釈然としない。
■根拠不十分
4 については、実際にトートバッグの件について佐野氏側が「第三者のデザインをトレースしていたことが判明」と発表していることから、間違いのない認識だろう。
しかしながら、5 については何の根拠もない。その根拠とする5-1 についても5-2 についても不確かではないか。釈然としない。
ちょっと主語が大きすぎるのではないかと思う(主張9、12、13)。自身の思いを投影しただけに過ぎないと感じる。釈然としない。
「犯罪者である佐野氏がデザインしたエンブレムを採用することは倫理的に問題がある」という結論に向かう上で、6、7、8、10、11、12、13、14 は必要のない論理ではないか。
深津氏がいわれもなく謗られたと受け取る可能性がある内容を記述することに何の意味があるのか。釈然としない。
■犯罪者呼ばわり
トートバッグの件について、佐野氏側はトレースした事実を認めたが、それ以外の案件についてはまだはっきりとした裏付けはとれていない。
何らかの罪に問われたわけではない現在の状況下において、一個人を「大犯罪者」と呼ぶのは果たしていかがなものか。一個人が一個人を断罪することは危険ではないかと私個人は思う。釈然としない。
■ずれる結論
「犯罪者である佐野氏がデザインしたエンブレムを採用することは倫理的に問題がある」(以下、結論Aとする。)という結論に向けて論理を展開したかと思いきや、
id:Eizo0000 氏のコメントを受けて「この問題を専門家(つまりデザイナー)に委ねるべきで、大衆がこの問題に口出しするべきではない、という発想を問題視している」(以下、結論Bとする。)と結論を変更した。
その後、深津氏が記事の結論部分の表現を変更したことを受け、増田氏は「問題視したことは、かなり色褪せてきたとも言えます。」「「大衆はデザインには無知なんだから口出しするな」というような方針が、少しは改まったのだとすれば、本項は一定の役割があったと言えるでしょう。」と追記。
なんだ、結論Bを言いたかったのかと思いきや、さらにその後のid:honma200 氏のコメントを受けて、再び結論Aを書き連ねる。これでは、結局言いたいことが錯綜しても仕方ない状況だ。釈然としない。
■まとめ
横暴な論理を振り回すことは非常に危険な行為ではないかと思います。しかしながら、増田氏が問題視する倫理面に切り込んでいくことは重要と思うので、これについて僕も書けたらよかったのですが、見識がなく断念しました。どなたかお願いします。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/takayukifukatsu/20150907-00049112/
http://b.hatena.ne.jp/entry/bylines.news.yahoo.co.jp/takayukifukatsu/20150907-00049112/
実はこれは、「劇場のロゴのパクリではない」と言っているだけだ。上手にていねいに解説しているが、話の趣旨そのものは組織委の見解と同じだ。その点は、増田が指摘したとおり。
しかしながら、組織委の見解はピントがずれているし、その意味では、深津貴之 氏の見解もピントがずれている。そのことを解説しよう。
劇場ロゴのパクリはもともと争点となっていない。これを話題にしたのは一部の人だけ(もしくは初期だけ)だ。
前者は、著作権の問題だ。これは、パクったかどうかに関係なく、単に似ているということで、著作権上の問題が生じる。このことは、劇場側の弁護士が主張したことだ。
後者は、サントリーのバッグや、五輪の展開例や、多摩美のポスターなどで、画像の盗用があったことだ。これを「パクリ」と指摘した。
要するに、「劇場ロゴとの類似性」もあったし、「パクリ」もあったのだが、「劇場ロゴのパクリ」は、もともと争点になっていないのだ。
その意味で、深津貴之 氏の見解そのものが意味を持たない。ありもしない仮想敵を攻撃しているだけだ。藁人形論法であるにすぎない。
「劇場ロゴのパクリ」というものを、彼がいくら否定しようが、それは、ありもしない怪物を攻撃するドン・キホーテと同様であり、もともと存在していない対象を否定しているだけにすぎない。
「劇場ロゴのパクリ」はなくとも、チヒョルト展のパクリはあったと認定できる。なぜなら原案では、右下に余計な赤丸があったからだ。
このような赤丸は、文字とは無関係の装飾要素であり、まったく不要なものだ。実際、他の文字では、このような余分な要素はない。
http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/b/bunbuntokuhoh/20150828/20150828225213.jpg
なのに、T という文字でだけ、余分な赤丸の要素が追加されている。この文字だけにある特異な現象だ。
このことからしても、これがチヒョルト展のパクリであることは明白だろう。
(仮にパクリでなければ、赤丸は中央上または中央下にあるはずだ。それが佐野デザインの9分割のポリシーだからだ。)
さらに、状況証拠もある。「そんなことは覚えていない」と弁解したことだ。素人じゃあるまいし、プロならば、これほどのデザインをあっさり忘れるはずがない。
とすれば、「覚えていない」と言った時点で、嘘をついている。あるいは、ジョブズ並みの「現実歪曲空間」に入っていることになる。そのいずれだとしても、パクリはあったことになる。(ただし本人が正直に申告していないだけだ。)
3.専門家に任せるか?
深津貴之 氏の見解の主要な点は、「専門家に任せるべきだ」ということだ。
しかしながら、今回の最終案を決めたのは、専門家である審査員ではなく、素人である武藤事務総長だった。
http://www.yomiuri.co.jp/national/20150904-OYT1T50016.html
ゆえに、「(決定を)専門家に任せるべきだ」という主張は成立しない。現実には専門家には任せられず、素人が勝手に決めてしまったからだ。(そして佐野最終案に決まった。)
また、今回の主要な争点は、デザインの良し悪し(デザインのジャッジ)ではなくて、五輪エンブレムとして採用するか否かだった。
デザイン的に良し悪しを判断する(ジャッジする)のならば、専門家が決めてもいいだろう。しかし人々が批判したのは、デザインの良し悪しではなくて、五輪エンブレムとして採用するか否かだった。そこでは、次の諸点が問題となった。
・ その法的争点は、類似性の有無であって、パクリの有無ではない。
・ トートバッグではパクリが判明した。(彼は犯罪者だと判明した。)
・ さらに、続々とパクリが判明した。(彼は大犯罪者だと判明した。)
・ 原案と最終案がまったく違うと判明した。(組織委は嘘をついた。)
・ 原案では、最終案にある大きな円がなかったと判明した。
(大きな円を選考理由とした初期の説明は嘘だったと判明した。)
・ 最終案を決定したのは審査員たちでなく事務総長だと判明した。
これらの問題が続々と判明した。このことから「五輪エンブレムとして採用するには適切ではない」という民意が生じたのだ。こういう民意を無視して、「専門家の判断に任せよ」というのは、問題をデザインの面だけに限定しており、きわめて視野が狭い。まったく、問題の所在を理解していないと言える。
自分の専門領域のことしか理解できない人を「専門馬鹿」と呼ぶ。
今回の問題は、「劇場ロゴをパクったかどうか」というデザイン界だけの問題ではないのだ、と理解するべきだ。そもそも、「劇場ロゴをパクったかどうか」というのは、もともと争点になっていなかったと言える。(劇場側だって、そのことを争点としない旨を主張している。商標法違反ではなくて、著作権法による類似を争点とすると主張している。)
今回の問題は、上で列挙したようなさまざまな問題が絡み合っている。ここで「劇場ロゴとのパクリではない」なんていうどうでもいいことを持ち出して、「専門家の言うことを聞け」と述べるような主張は妥当ではない。むしろ専門家こそ、民衆の声を聞くべきだ。
最後に一つ。
深津貴之 氏はデザインのことは専門家に任せるべきだと主張する。しかし今回のエンブレムは、エンブレムのデザインとしての良し悪しで決まったのではない。展開力で決まったのだ。つまり、布地の柄物のパターンの出来映えのような見方によって決まったのだ。
そもそも、(原案の)丸と三角と四角というデザインは、あまりにも単純で凡庸であり、これを「美しい」「見事だ」と思うようなデザイナーはいないだろう。なのに、心の底では「くだらん」と思いながら、はっきりと口に出せない。「展開力が優れている」と言われると、「なるほど」と言って承諾するだけで、「エンブレムとしてはあまりにも凡庸な図形だ」という本音を口にできない。
自分の(デザイナーとしての)内心の声を聞くことができず、説明された「展開力」なんていう言葉を信じてしまうようでは、デザイナーたちの良心というものを信用できないのである。
専門家は、民衆の声を聞くべきだ。そしてまた、自分の心の声を聞くべきだ。「あの原案はあまりにも凡庸だ」と、自分の心の声が訴えているはずだ。
追記。
id:sisya 参照元のエントリを全然読解できていないように見える。単に似ているだけでは盗用にならず、依拠しているかどうかが重要。もう少し元記事を読み返すことをお勧めする。
本項の話を全然読解できていないように思える。「(劇場ロゴと)似ているか、依拠しているか」というような話題は、争点にはなっていないというのが、本項の趣旨だ。そんなことはどうでもいいから関係ない、という趣旨。
だいたい、そんなことは、たいていの人は話題にしていない。著作権を争点にしているのは、ベルギーの弁護士だけだ。日本人のほとんどは、そんなことに関心を持っていない。関心を持っているのは、id:sisya さんや id:allezvous さんぐらいだ。
この事件の問題点は、ベルギーの裁判で勝つかどうかじゃない。そんなことを話題にしている人は、ほとんどいない。(そもそも裁判が成立するかどうかもはっきりとしない。訴えの利益がないので、却下されるかもしれない。そうなったら、著作権を争点にするのは、すべて空論になる。)
もちろん、本項でも、著作権を問題にしていない。そもそもベルギーロゴとの関係も問題にしていない。(ベルギーロゴとの関係などはどうでもいい、という趣旨。)
依拠性によらず類似性だけで著作権法違反を問える、と主張しているのは、私ではなくて、ベルギーの弁護士 http://bit.ly/1VMxON2 です。詳細は、このリンク先にある週刊新潮の記事に書いてあるので、そちらを読んでください。
一般に、ロゴのような単純な図形では、依拠性というものは(証明のしようがないので)問われず、類似性だけが問題となります。たとえば、ミッキーマウスの著作権では、単に似ているだけで問題視されます。いくら「真似したわけじゃない」と主張しても、「似ている」だけで問題視されます。
なお、本項では、著作権についての「分析」なんかしていません。著作権は本項では話題になっていません。ついでの形で、1行か2行、ちょっと引用ふうに言及しただけです。
id:bros_tama あの記事は“五輪エンブレムのデザインで何が問題であったのか”について書かれているんです.本来どうすべきであったか,解決のためにはどうする,とかはこれを踏まえて考えなくちゃいけないんだよね,という話です
それを前提とした上で、“五輪エンブレムのデザインで何が問題であったのか”ということは、今回の騒動ではほとんど意味がないことだ、というふうに評価しています。五輪エンブレムのデザインなんか、あまり重要ではないんですよ。デザインじゃなくて、これを採用するかどうかが問題なんです。
端的に言えば、「パクリデザイナーの作品を五輪に正式採用することの倫理的な是非」です。ここでは倫理的な問題があるだけで、美術的な問題はありません。美術的なことをいくら論じても、今回の騒動には何の関係もない、というのが、本項の趣旨です。
本質とは関係のないことをいくら解説しても、そんなことはどうでもいいことだ、という趣旨です。
誤解があるかもしれないので解説しておくと、私は別に、深津貴之 氏の見解を否定しているわけではない。素人向けに専門家が詳しくデザインのことを解説しよう、という努力は立派なものだと思うし、有益でもある。
ただしそれは、あくまで今回の騒動のオマケふうのエピソードとか裏話であるにすぎない。楽屋裏の話。こっそり井戸端や酒場でおしゃべりするための話題。
今回の騒動は、佐野デザインを五輪エンブレムに正式採用するかどうか、ということだ。それは、「採用しない」という形で、一挙に解決した。これだけが問題であったからだ。
一方、劇場ロゴとの類似性とかパクリとかは、ほとんど話題になっていない。だから、こんなことはどうでもいいことだ、というふうに評価している。
深津貴之 氏の見解を(間違っているとして)否定しているのではなく、(本質とは関係ないものとして)軽視しているだけだ。勘違いしないでほしい。
その後、状況が少し変化したようです。次の質問に答えようとして、気づきました。
id:Eizo0000 何と戦ってるんだ。
この問題を専門家(つまりデザイナー)に委ねるべきで、大衆がこの問題に口出しするべきではない、という発想を問題視しています。そのことは、本文中で引用した箇所で、下記のことです。
しかしながら、この箇所は、今では次のように書き直されました。
深津貴之 氏が、元の文章を書き改めたので、本項において問題視したことは、かなり色褪せてきたとも言えます。
「大衆はデザインには無知なんだから口出しするな」というような方針が、少しは改まったのだとすれば、本項は一定の役割があったと言えるでしょう。
※ 「集約されていまう」というタイポは、原文のままです。
id:honma200 結論とかまとめを書かないから散らかりすぎてて良く分からん。
まとめ:
この問題の本質は、最終案が劇場ロゴのパクリであるかどうかではなくて、考案者があちこちで画像の盗用をしたという問題である。つまり、デザインの問題ではなく、法律違反をした作者のデザインを五輪に採用するかどうかというという倫理面の問題である。したがって、この問題をデザインの専門家に任せておけば済むというわけには行かない。「デザインの専門家に任せよ」という主張は、今回の問題の本質からは外れている。
たぶんこれが現代の日本社会で最も周囲にアレコレ無神経なおせっかいを言われず、こじらせ系にならずに済むルート。
しかし一見平凡な女の幸せに見せて、ものすごく難しいルート。1回目の人生では入り口すら見つけられない人多数。
とにかくハードモード。人生3周目じゃないとクリアできそうもない。
高校生くらいの年齢の時からこのルートを目指して計画的に行動しているか、ものすごい強運が要る。実際はここに書ききれないほど多くの条件、つまり人格や個人的理由、感情やタイミングなどが加わってくる。そういう個々人の事情をすべてをまるっと無視して「これが女の幸せでしょ」とひとくくりに言われてしまうのは、さらっと受けながすにはなかなかに重たいのだ。心が弱っている時には特に堪える。
補足:
上記は私が直接言われたこと、私の女友達から聞いた愚痴、結婚出産育児系の掲示板で散見された情報を元に独断と偏見を持って書いた内容です。
ーーーー
ブコメを受けての追記です:
夜中に書きなぐった文章が起きたらホッテントリ入りしていたのでギャー!となりました。色々な角度から多くのコメントを頂き、ありがとうございます。
ちなみにお察しの通り、ほぼ何一つ、私自身はこのルートを攻略できていません。
「世間体ばかり気にして大丈夫か?」「幸せとは」というコメントも頂きましたが、あくまでこれは「世間の言う通りにしたらこうなる」というシミュレーションです。理想通りに結婚しても、離婚分岐ルートも往々にしてあるので、ライフプラン、本当に難しいですよね。
「恋愛至上主義♪ワタシの結婚」「バリキャリ!高学歴女性のための結婚」「人生1回きりだもン!好きなことやって楽しむぞ結婚★」「困難を乗り越え運命の国際結婚」などひとりひとりの人生と価値観で、数えきれないルートがありますし、幸せとは自分の尺度でしか測れないと思っています。が、世間の言葉を受け流すにしても、さらっとかわせるコミュ力とメンタルの強さは一朝一夕には身につかないものです。傷つきながら僕らは大人になるのです。
それにしても、ブコメ欄でいろいろな方のご意見や人生を垣間見れました。ありがとうございました。
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ちなみに、あまりに無理ゲーなので、こじらせまくって1年ほど前にひとり結婚式をやったのでした。
ごめんなさい。
こんばんは。
私は30代半ばの女なのですがこのエントリ( http://anond.hatelabo.jp/20150903082100
読んで
って言われるより、
の方がいいよねえという。
そして花は好き嫌いがあり手間もかかるので全然お勧めしない。食べ物一択。
■甘いもの
パパブブレの飴
■甘いもの苦手な人向け
辻が花のお茶漬けのもと
■お茶
一保堂の日本茶
※どちらも必ずティーバッグで。
などは喜ばれる上、変にひねってもいないので好感度高い。
ウェスティン東京 ザ・テラスのランチビュッフェ(5000円)とか、
オーベルジュ・ド・リル トーキョーのランチ(4000円)とか、
秋本の特上うな重(4100円)とかをごちそうしてくれると
すごくすごーーーーく嬉しい。たぶんちょっと好きになっちゃう。
しかし、それでも、どうしても、残るものをプレゼントしたいんだ、僕は。
オリジナリティに溢れたものをプレゼントしていいのは恋人だけ。
緑とか青とかでなく無難な色を。
■フィカレのヘアクリップ
当然ですがミディアム~ロングヘアの人に向け。
オーガニックコットンだとかガーゼだとか肌触りのいいもの。
■晴雨兼用の折り畳み傘
お酒が好きな人向け。無難で使いやすくお客さん用にも持っていていいやつ。
■銀製の茶さじ
無難な形でも銀製だと素敵。ティーキャディースプーンとも言うらしい。
そんで残りの2つは、元エントリの
を残したいと思います。
あと「渡すときになぜこれを選んだかを説明する」というやつですけど、
何を選んだ時であれ「何がいいかわかんなくて、
姉(でも妹でも友人のパートナーでもいいけど
とはにかみながら言ってくれたら100点です。
こちらからは以上です。
よろしくお願いいたします。
追記:ティーバックでもティーパックでもなくティーバッグですね。失礼いたしました。修正しました。教えてくれてありがとう。
追記2
はてなはただ読んでいるだけで、書くのは生まれて初めてだったので、いきなりホッテントリに入ってびっくりしました。きっとすごくたくさんの方に読んでいただいたんだろうな。ありがとうございました。慣れておらず、改行とか見苦しくてごめんなさい。
書き方が悪かったのですが、このリストは「私が今までにいただいたものor貰う側としての要求」ではなく、私がプレゼントとして差し上げてたことがあるもののリストです。仕事で(つまり会社の経費で)3000~5000円程度のプレゼントを差し上げる機会が多く、渡す相手はほとんど女性なので、今までに差し上げて喜んでいただいた(ような気がするもの)ものをリストにして、職場の同僚に「こういうのプレゼントしたら仕事が円滑に回ったよ」と伝えるような気持ちで書きました。
お昼に行くくらいの関係性はあるけど、夕飯を一緒にとるほど親密ではない。相手の欲しいものはよくわからないが、プレゼントをする必要がある。みたいな時に事故りにくいリストとして活用いただければ嬉しい。でもやっぱり最大公約数が喜ぶプレゼントって難しいですね。厳しいご指摘もあり反省しました。相手へ「こんなプレゼント選ぶ私どう?」じゃなくて、「あなたのことを大事に思っているので喜んでほしい」という気持ちを伝えるのが大事という主旨で捉えていただくとありがたいです。
そんで飴もマカロンもチョコレートもエクレアもカステラも味見しただけです。貰ってねえ!だいたい贈答用のお菓子って自分用に買うには高すぎるから、1個買って大事に食べた。もっと食べたかった。あと奢れとか一言も言ってねえ!5000円も予算を割くなら、扱いに困るプレゼントを渡すより、普段なかなか行けないお店に連れて行く方が結果的に相手へのアピールになるよ、という意味です。ホテルのビュッフェも高級フレンチも老舗のうなぎも自腹だし、薄給の中小企業会社員なのでそんなに何度も行ったことない。だいたい誰かと食事をするときは相手が年上だろうとパートナーだろうといつも割り勘ですよ。
あ、あとババアなのは間違いないけど、バブル景気のときは小学生です!みんなからはロスジェネとか、就職氷河期世代とか、女子高生ブームのときの女子高生とかって呼ばれているよ。よろしくね。
今度こそ以上です。
それは言うなれば「はてブでは身内ネタばかりホッテントリに上がってくる」と
「はてブでは身内で結託して特定のサイトばかりホッテントリにしている」の違いだよ。
実況「nettouochiさん1日遅れに対し、sabacurryさん3日遅れで続いております。」
実況「ただ、sabacurryさんは数日姿を見せていなかったようにも思われます」
解説「先日引退宣言とも取れる増田がホッテントリし、両氏ではないかという噂もありましたからね」
実況「これからの追い上げに期待したいといったところでしょうか」
解説「新興勢力も力をつけてきてますからね。これは世代交代が見られるかもしれません」
実況「これによって今後、増田のパワーバランスが大きく変わってくるであろう重要なレース展開と言えますがどうでしょうか」
解説「このところ増田小説がじわりじわりと力をつけてきてますからね。楽しみです」
実況「こちらからは以上です」
http://anond.hatelabo.jp/20150827123221
どのような内容が関心が高いかについては他の人が概ね挙げているようなので、私はあくまで「如何に注目されるか」という観点から書いていく。
知っておくべきなのは、はてブユーザーの大半はホッテントリ入りしたものしか読まない。
なぜかというと、まあ明確な目的で利用する閲覧者自体が多くないといってしまってもいいが。
君が閲覧者として、このはてな匿名ダイアリーをトップから利用したら気づくはずだ。
「玉石混合すぎる」と。
つまり、このサイトは「漫然と閲覧して関心のあるものをブクマしよう」という目的で利用するようなUIになっていない。
2ちゃんねるのような、タイトルでカテゴライズされたものが並ぶわけではない。
なので、このサイトでの主な利用者というのは日記を書くことが目的で、他人の日記を読むことはその延長線上というわけだ。
本来、想定されている用途が「名前を隠して楽しく日記。」なのだから、2ちゃんねるのようなUIである必要もないしな。
で、1ページにつき並ぶ日記の数は25件で、これは内容の長さに関わらずだ。
なので一部の物好きを除けば、ほとんどのユーザーはトップページから漫然と、過去の日記を閲覧したりはしない。
ではどうするかというと、関心のあるワードを検索して絞るか、このサイトの下に表示される注目エントリを見るわけだ。
だが、先ほどもいったようにUIの問題で、大抵の場合は目にも留まらず流れていってしまう。
注目エントリすら難しいというのが現状だ。
では流れが緩やかなときが狙い目といきたいが、利用者の少ない時間帯に投稿しても、イコール閲覧者も少ないわけだから意味は薄い。
不確定要素は完全には排除できない。
だが、それでも光明はある。
それに関して言及した内容ならば、検索にも引っかかるし、他者から見ても反応しやすい。
反応しやすいということは、リンクをつけて自分の日記に言及してくれるということ。
このサイトのUIは説明したとおり、他の利用者が投稿すればするほど自分のものは流れていく。
仮に多くの人の目にとまれば絶対にブクマがつく記事があるとしよう。
でも、他の人が投稿していけばトップから流れてしまい、大抵はその機会すら失われる。
だがリンクがつくのなら、流れることがイコール不利にはならない。
それを追って読む人が増える可能性も当然上がる。
そうして目に留まりやすくなれば、その分ブクマされる確率も上がっていくだろう。
リンクがつきやすいということは、ブクマもつきやすいということだ。
まずは多くの人間の目に留まらなければブクマ以前の問題なんだ。
逆にいえば、トップを見てトラバでやたらと言及しているものがあったり、つきやすい記事が他に上げられていたら、そのときは記事を投稿しないほうがいい。
流行のワードを取り入れたからといっても、トラックバックやブクマがつきやすいわけではない。
ブックマーク……つまり栞なわけだが、現実の本に挟むのとはちょっと趣が異なる。
その栞にはコメントを書ける機能があり、大半のはてブユーザーはそれ込みで利用している。
コメントをしたくなる内容であるかどうかは、ブクマのされやすさに直結しているといっても過言ではない。
ザックリいえば「何か言いたくなる感」だ。
君のように問いかけ形式ならまさに「何か言ってくれ」と直接言っているようなものだから効果的だ。
センセーショナルなタイトルに、露悪的な、偏向した内容でもいい。
下品な話というのはどうも大人になっても好きな人間は好きなようだから、それを添え物にしてもいいかもしれない。
あからさまな釣り記事でも、「はいはい、釣り釣り」といった“察しのいい”ブクマがつくなら儲けものだ。
かかった魚が釣り餌だと分かっていようがいまいが、かかった以上はどちらでもいいことだからな。
他の人も日記を投稿している以上、多少の工夫は最終的に不確定要素で持って無に帰す。
だが、利用できないわけではない。
はてブユーザーはホッテントリ、次点で注目エントリからトラックバックへと閲覧するが、実はもうひとつある。
「せっかくだから前後の記事も読んでみるか」といって読む人は割といる。
なので、「これはホッテントリ入りするかも」と思った記事が上げられたら、その間に割り込むようなタイミングで投稿してみるのも手だ。
そうすれば、副次効果で注目されるかもしれない。
まあ最終的には運だが、その可能性を上げるために質より量というのは確か。