はてなキーワード: 横山とは
https://anond.hatelabo.jp/20191125162147の続き。
AV男優・トニー大木、AV男優・横山一光による強制性交等罪https://t.co/NztkZ37mSE pic.twitter.com/qAH35JhmOv— ピエール 剣 YouTubeデビューしました! (@pken115) 2019年11月23日
「LINEやりとり見たら、やはり覚えてないなんて嘘で確信犯じゃん。あの謝罪の後も全く反省もしてないし自分の生活の心配ばかり」(松本亜璃沙氏)
LINEやりとり見たら、やはり覚えてないなんて嘘で確信犯じゃん。あの謝罪の後も全く反省もしてないし自分の生活の心配ばかり。福の神どころか疫病神。失望しかない。— 松本亜璃沙【キレイ・デ・ラボ公認アンバサダー】 (@arisaotome) 2019年11月24日
AKB48の横山由依ちゃんが、京都人でありながら実家から3歩で奈良らしいけど、そもそも京都弁とか京女の境界線ってどこ…?
(横山)はい、私木津なんですけど、ギャル曽根さんのおっしゃってることすごくよく分かって…
(横山)そうなんです。見ていただいたら分かるんですけど、私の家が特に3歩行ったらもう奈良のとこなんですね。
(羽野)3歩行ったら?
(横山)はい。県境で、で、あの…その…京都の方からは「あーそんなとこ京都じゃないよ」って言われちゃうし、逆に奈良の方から「そこは奈良や」って言われるんですけど…
(横山)奈良やって言われるんですけど、住所京都府なんですよ。
(さんま)もちろんな。
(横山)そこどうしたらいいんですかね。
(さんま)知らんがな、そんなもん。それこそ引っ越せ。
(羽野)でも、大丈夫よ。
(横山)遠足も、奈良の大仏行かせていただいたんで。ありがとうございます。
(さんま)いや俺の持ちもんちゃうからな。一遍大仏見に来ぃ。え~、木津も名物は少ないか。
(羽野)つくし!?
(アンミカ)めっちゃおもしろい。木津川行ったらええつくしあったんや。
(ギャル曽根)いや、多いんですよ。たぶん。多いんですよ。
(さんま)多いのか?
(横山)そうです。
(さんま)いやいや、奈良もあるある。つくしはどこでもあると思うで。
(アンミカ)見ようとしてないのよ。下を見れば生えている。
(ファーストサマーウイカ)さすが。さすが。
(さんま)カッコええな。つくし博士カッコええな。「下を見れば生えている」。
踊る!さんま御殿!! 2020.2.25
(小杉)黙ってますけど、横山さんも相当ヤバイと思いますけど。
(さんま)せやろ。
(さんま)だからおいら川遊んだん木津川やから、うちの実家からやったら。
(横山)えっ、0774です。
(横山)そうです。そうです。だから駅は奈良にあるんですよ。地元の最寄り駅の。
(横山)そうなんです。
(川島)いや、でも結構京都ビジネスやってますよ。なん、なんせニックネームが横山由依でゆいはんですから。
(横山)はんなりのはん。で、京都を案内する番組とかやらせてもらってるんですけど…
(小杉)いまのめちゃめちゃ怖かったですよ。
ホンマでっか!?TV 2019.10.23
(宮脇)横山由依さんが京都府出身らしくて。ただ、実家から3歩歩いたら、奈良らしいんですよ。それってもうほぼ奈良じゃないですか。なのに、はんなりやで~みたいな感じで京都っぽい醸し出し方をするのがどうなんだろうってずっとこう…
(軽部)異様だと。ホントに、3歩なの?
(軽部)それやっぱり、近いねえ。でもねえ、5歩なんだ。
(軽部)あっ、10歩。どっちにしても。どっちにしても。
(横山)でもそうなんですけど、奈良じゃないんですか?みたいなこと言われて。でも住所は、京都なので、京都ですってことで、ファイナルアンサーです。
MUSIC FAIR 2017.06.03
(指原)横山ホント京都出身って言っちゃいけない。奈良の人。奈良の人。
(指原)でも奈良の人。
(渡辺)えっー、そうなの!
(指原)住所京都なんだ。
(渡辺)そうなんだ。
AKB48のオールナイトニッポン 2016.02.17
福本「うん。」
渡辺「奈良県出身って言うねんけどさー、言ってくんねんけど。」
福本「そう。でも…でも…」
福本「そう、奈良県やと思う。なんか聞いてたら、京都ギリギリ京都か奈良の境目…で、たぶん、奈良やねんな。あれ。」
福本「奈良やった。」
渡辺「それ言ってきてん。」
渡辺「私にも、あの、私は京都やねんけど、まぁ奈良やねんみたいな。結局奈良って言い張んねん。」
渡辺「えーでもさあ、もし奈良になったら、奈良ーずに入れるん?」
福本「せやな。」
福本「なんやろな、微妙なとこやねんな、でも。京都とも…なんやろ…でも、奈良やな、あれ。」
渡辺「まあ、ゆいはん…ゆいちゃんって呼んでますけど、ゆいちゃんどっちかはっきりしたら京都なんかな。」
渡辺「そっか。」
福本「うん。気持ちはちょっと奈良ほしいな。奈良の気持ちを。」
福本「うん。」
https://anond.hatelabo.jp/20191009223759
10/14(祝)は午後池袋で雨の中6時間ぶっ続けの演説会。応援弁士を多数呼んでいた。
立花→素人数人→加陽まりの→渡辺喜美→久保田学(横山緑)→みずにゃん→野田草履→?→グレートサスケの順(動画より。現地ではもっといたのかも)。
* 加陽さんは政治演説っぽい応援でその場の空気が締まってよかった。デレデレ立花からのギャップがw
* 渡辺節はザ・選挙応援という感じ。わかりやすいキャッチフレーズと政策の説明のミックス。さらに立花解説も入ってわかりやすく
* みずにゃん→アンチだったのにN国支持を表明
* 野田→一番笑いが取れていた
最高に面白かった。
前半の、野心と人間味に溢れて起業したマーク・ランドルフと大企業中間管理職ドロップアウロ組がオンラインのDVDレンタルサービスとしてのネットフリックスをなんとか立ち上げるものの、最初はエンジェル投資家気取ってた共同創業者のアルゴリズム冷酷超人リード・ヘイスティングスに追い出されるのは、「オッ!シリコンバレーやってるNE!」って感じ。
そこは退屈だったけれど、中盤でライバルのブロックバスターが出てきてからが最高におもろい。
っていうか、ブロックバスター・オンラインの奮戦っぷりにどんどん感情移入してしまうのだ。
ブロックバスターは、当時全米最高の店舗型のレンタルビデオショップなんだけど、MBA上がりの若い連中が店舗派や官僚的な組織と戦いオンライン化へ向けて戦う様が本当に良い。
例えるのであれば、関が原の石田三成、『銀河英雄伝説』のヤン・ウェンリー、横山三国の諸葛孔明みたいな感じ。
最初はネットフリックスのパチもんサイトから始まるもの、打倒ネットフリックス目指して改良に改良を重ねていく。
この戦いが本当に読んでてすっげー面白いのだ。
そのクライマックスが、後半戦の山場で出てくるブロックバスターオンラインの「トータルアクセス」というサービスのローンチ。
これは、店舗展開をしているブロックバスターの強みを活かし、返却も受け取りも店舗を使える上にそのまま店舗で次のレンタルが一本無料という、
まさに最近流行りの「OMO」(オンライン・マージ・オフライン。まあO2Oの焼き直しですね)っててやつ。
もちろん、最近のデジタルうんたらマンはきっと「そんなん当たり前じゃんプギャー」みたいな知ったかをするかもしれんけど、
これは2006年の話であり、それまでブロックバスターの店舗はインターネット網に繋がれたシステムはなく、衛星通信網をベースにしていた。
任天堂のサテラビュー(衛星通信でスーパーファミコンにコンテンツをダウンロードする超豪華システム。衛星打ち上げるのにすげー金かかっているのに全然売れなかった)かよって感じ。
まあ、2006年ってそんなに昔じゃないけれども。米国で店舗展開していたら糞インフラ事情と回線スピードはお察しでしょ。
そんな背景の中で店舗と連動するサービス作るって、地獄であり、その地獄を走り抜けて、イノベーションなサービスを作り上げたことに、俺は感動したのだ。
市場の新規加入者はほぼ全取りの上に、ネットフリックスの会員からも離脱者が相次ぎ、崩壊寸前!
アルゴリズム冷酷超人リード・ヘイスティングスもついに降伏の言葉を口にし始め、これでついに勝つる!
オンラインDVDレンタルサービス、そして、その先にあるビデオオンデマンドの王者はブロックバスターのもとにくるのか!
と思わせて………。
大変悲しいことがおきて、ブロックバスター・オンラインは大失速。
このシーンは、読んでてまじで、
『銀河英雄伝説』でいうところのバーミリオン星域会戦(ヤンがラインハルトを倒す一歩手前で停戦になるやつ)、
横山三国志でいうところの葫蘆谷の戦い(司馬仲達を谷に閉じ込めて爆殺しようとしたら雨降っちゃうやつ)を彷彿とさせ、
なんつーか、まあ本邦でも最近流行りの○○payに見られるような、ITとかWebとかそういうの知らないんだろうなーって感じのプロ経営者様は、米国にもいるんすねって話。
んで、まあブロックバスター・オンラインの中心人物たちは失意のうちにブロックバスターを去っていくんだけども、これもまた涙無しには読めず。
横山三国志でいうところの剣閣で剣を折る姜維というか、負けて捕まり縄目をおびて晒し者になる石田三成みたいな感じ。
終盤は、見事生き残り王者になったネットフリックス様であるが、アルゴリズム冷酷超人しかいない彼らにも陰りが見られ……みたいな感じで終わり。
ぶっちゃけ、作者は、ネットフリックスいやアルゴリズム冷酷超人リード・ヘイスティングスのこと大嫌いだろうと感じさせれくれるところが節々にあり、最高に面白かった。
もともとロイターの経済系ジャーナリストの処女作なのだけれど、徹底的に「人」に着目しているのが大変良い、
見せかけの経歴ではなく、徹底的に出自と人間関係を洗っており、大変おもろい。
この手のシリコンバレーテック企業本にありがちな、当事者たちの大本営発表や成功者談を鵜呑みにせず、第三者や反対した人々の意見まで丁寧に拾っている。
それこそ、リード・ヘイスティングスに関しては家系図を書くレベルの調査をしているし、主要人物は一緒に働いた上司の評価から家庭環境までこと細かに出てくるのだ。
おかげで、どの人物も単なる固有名詞を超えて、性格や生き様までリアルに描写されており、それがまた読んでいて楽しい。
本当に、ブロックバスター・オンライン側視点でドラマ化とかしたら、日本では絶対にウケると思う。
中盤は本当に山崎豊子の小説ばりの面白さで、ほんとあと一歩で、ブロックバスター・オンラインは、オンラインとオフラインの王者として君臨していたのではないか。
上司「上から生産性向上への取り組みの一環として我が部署は対応が遅いとお叱りを受けたため、今後は即レスを徹底することとする!」
ワイ「これこれこういうふうになっており、上司さんの確認待ちです。」(シュビビビビーーーン ※即レスの音)
上司メール「田中君、この案件なんだがどうなっているのかね。」
田中「これこれこういうふうになっており、上司さんの確認待ちです。」(シュビビビビーーーン ※即レスの音)
上司メール「横山ちゃん、この案件なんだがどうなっているのかね。」
横山「これこれこういうふうになっており、上司さんの確認待ちです。」(シュビビビビーーーン ※即レスの音)
藤井さん「これこれこういうふうになっており、上司さんの確認待ちです。」(シュビビビビーーーン ※即レスの音)
~一ヶ月後~
「ビヨーンズでーす」のグループ名を言いながらバネみたいに膝曲げる挨拶クソださ!こんなことできるかよ!って12人もいるなら一人ぐらいスタッフに発言しろ!
聴いてください「眼鏡の男の子」って聞き飽きたわ!研修生つれてこい!
一岡:実際見た方が全然良い。新人女優にいそう。ボブにしたの大正解。優しくされたら好きになりそう。
平井:見た目は,撮影が上手くいった加賀 パフォーマンスは加賀みたいで残念。
清野:この子も実際の方が可愛いかも笑顔がエグいけど女は愛嬌ってほんとそれ
あとはわからんみんなかーわいい~
チャレンジアクトでまた出てきてあ~あってなった。「青春コレクション」ってそれは今のモー娘。で見たいんだよボケ。単独コンだろ?手ぬいて変なコーナーつくんな。
譜久村:少し痩せた?けどでかい。けど可愛い。不思議少女。安定の綺麗な歌声。歌声大好き。正直小田より歌姫だと思、あ、猫きた猫~
『A gonna』の「さあどんな挑戦を受けるか」の「さぁ」のとこで最前のカメラに手をすっと差し出してるところマジ王子抱かれた一瞬で抱かれた。やっぱ隠せない高貴な雰囲気最高。
佐藤はウザいだろうけど長年一緒にいたせいで雑に扱えないのおつです。二人の絡みあるとあなたの可愛さも佐藤のおかげで何故か増してるからもっと絡んで!
髪にAKBみたいな髪飾りをつけてたけどそういう系がバチクソ似合わないと思う。言えばハロメンのクソださ衣装の全般が似合わない。
好きじゃない洋服着せられて不貞腐れてる子どもみたいな顔してのパフォーマンスおつです。
歌は~以下略
石田:いつも顔が怖くてチラ身が限界。お願いだから早く卒業して。それか辞めた鞘師と変わってくれ。後生だから。
真ん中立つなら怖い顔を可愛い顔に付け替えて立ってくれ。ダンスダンスダンスするのだ!ってスキルメン()だから顔も替えよ?得意そ~あーゆみーん!
ビジョン見てる時に怖い顔映るのマジトラウマなんで。顔が怖いアイドルとかほんと無理。
佐藤:少し痩せた?モー娘。の中で常に体型キープしてんのほんと偉い。
トンチキな最後の挨拶は相変わらずだけどパフォーマンスかっけえええ!
そしてやっぱり一番顔が良い今年もモー娘。の癌として愚痴垢に燃料をまいていくスタイルだから今年も佐藤をよろしくなみんな!
挨拶中に下向いて欠伸。曲中客席見ながら謎のにやつき。超こえぇ。でも可愛い。牧野の足でピアノ弾いたりそれの何が楽しいん?となるが顔が良い。良かった顔が良くて。
「本来の心が叫んでる」の「本来」のとこ歌い方が元に戻った?あれいちいちモヤるから良かった。
お願いだから今年も辞めないで!モー娘。のビジュアルを守れ!それはおまえにしかできない!
あと最後の挨拶で「わかるよね?なんでわかんないの?」って客に絡むのだけはやめろ。あれつまんない。
小田:笑うたびぎょっとさせられる。真顔で真剣に歌う方が絶対良いから笑うな。
ガシガシ踊るな研修生か?メンに顔近づけて絡むとき大概キモい。
曲中髪が顔にかかるのが嫌なら最初からずっとポニテにしとけ。それかまたボブにして可愛いからアレ。15冬~16夏あたりまでのビジュアル最高だから髪を伸ばすな!似合わない!
歌割相変わらず下手クソと組まされて便利屋ご苦労様です。「小田の時代は来ない」をまた強く実感させられたよ!
世界平和()のためにメンと愚痴垢からヘイト集めながら頑張って!
野中:アメリカから戻ってたことを最後の挨拶で初めて気づいた。
のなえもんとか気持良くないオナ見せるなあの場に居た誰も得してないぞ!!つまんないってことに直ぐ気づけアメリカ帰りだろ?
何度渡米してもブスはブス。すんごい太ってんのかなと思ってたけど中途半端な体型は変わらず。
面白みがとにかくない。なんにもない。
牧野:空気。曲中太ももを佐藤におもちゃにされてたぐらいしか印象が無い。
羽賀:私MCまわすのうまいんです!と顔に書いてあった。でも面白いので極めてほしい。
曲中は空気。
加賀:良く見なくてもブス。他のメンが絡んでるのがこの方だった時のがっかり感。
加賀のあれは歌か?
横山:相変わらずすぐ裏切りそうな顔。伸びてもなく衰えてもなく。だれかの腰巾着で青春を消費するのかな?
森戸:ちぃちゃん笑ってるといろんなことどうでも良くなる(完)
兼任当初ふらふらだったのがちゃんとコンサートこなしてるのやっぱりすごいよね。なにより顔が良い。モー娘。になってくれてありがとう。
以上
三国志を楽しみたい、けれど三国志を知るために何がベストか分からない、という問題(?)にぶつかっている。
■経緯
たしか曹操って三国志の登場人物だよなー程度の理解だったが、先日のKindleセールで99円だったので、『マンガで読破 三国志』を読んだ。
マンガのキングダムより後の話で、魏呉蜀があって、劉備っていいヤツそう、ってところまで理解した。
故事になっている事柄もあるし、これを機にもうちょっと三国志を把握したいなと思っている。
把握っていうのは、飲み会で三国志のエピソードになっても楽しくついていける程度と考えてほしい。
■今考えているもの:
事実とifの区分けが難しそう。ただ単純にゲームとしてそこそこ楽しそう。
・スマホゲー
きっと何かしらあるだろう。
ただ、いずれも「三国志分かった後」に観たり読んだりプレイした方が楽しそうなんだよな・・・
■予算
3千円くらいで。1万円は超えたくない。
自宅にモノを増やしたくないから、できれば電子書籍などがうれしい。
(いいものを紹介してもらえたら、次はキリスト教についても諸先輩方に聞いてみたい)
ーーーーー追記
増田たちありがとう。情報量多くて驚いている…予算感も踏まえていただいて…
ざっくりしたテーマの質問については増田に聞くのがベストなんじゃなかろうか。
ざっと見て多かったのは
※もちろん他のブコメ等も見てるよ!
あたりかな。
美術手帖で連載中の「シリーズ:これからの美術館を考える」の第6回、横山由季子(金沢21世紀美術館学芸員)による「シリーズ:これからの美術館を考える(6) ブロックバスター展は善か、悪か|MAGAZINE | 美術手帖」。一読して何が言いたいのか理解し難かったが、それもそのはず、書いている本人が考えがまとまらないと言っているのだった。
まとまらない考え、逡巡をそのまま書いてしまいましたが、現状を共有することで、今後の共催展、ブロックバスター展について考えるきっかけになれば幸いです。
「考えまとめてから話せ、バカ」で済む話ではあるけど、一部好意的に受け止められている様子もあり、少しこだわってみたい。
まず、かなり気に食わないことの一つに、ブロックバスター展について「善か、悪か」と問うている点がある。「善悪」というのは倫理道徳的な価値判断であり、展覧会の評価をするにあたってはなじまない言葉である。「是非」でよかったはずだ。にもかかわらず、横山は敢えて「善悪」という強い言葉を用いた。その理由は推測することも可能だが、不要だから止めておく。ただ、私自身は「善か、悪か」という問いに答える気にはならないし、また応じて「ブロックバスター展は悪だ」と言っている人がいたら異様だと思う。些末な問題ではある。しかし、筆者の立ち位置や考え方が無意識に出ているように見受けられる所、注意を要する点である。
次。筆者はタイトルで「ブロックバスター展は」と議論の対象を提示する。そして文中で「ブロックバスター展」の定義を明確に行う。ここまではまったく素晴らしい。だが、なぜか横山は文中でブロックバスター展以外についても語り出してしまう。こんなわずか短い文章にもかかわらず、その対象を固定することすらできない。大丈夫なのか、この人?
実際に対象になっているのはブロックバスター展と共催展である。前者も後者の一部だが、このうち60~70万人ほどを動員したものを指すと定義している。もちろんそれ以上動員した場合も含まれるのだろう。また、共催展以外でこの規模の動員は不可能と考えられる。すなわち、60万人以上の動員を記録した展覧会はブロックバスター展だと言っていい。明確だ。
共催展のなかでも、とりわけ規模が大きく大量動員が見込まれるものは「ブロックバスター展」と呼ばれる。ブロックバスター展の基準について100万人以上の動員としている記述もあるが、近年ではさすがにそこまでの来場者を集めた例はないので、ここでは60〜70万人規模の展覧会ととらえることにしたい。広報会議でメディアの担当者と話していても、60万人あたりがひとつの分水嶺になっているような感覚がある。
共催展一般が共通するものであるならば、わざわざ分ける必要はない。だが、60万を越える規模になると、単に量の違いではなく、質の差が出るようだ。「60万人あたりがひとつの分水嶺になっているような感覚」というのはそういうことだろう。ならば、「ブロックバスター展」と呼び分けることに意味が出るわけだ。
しかし、結局筆者が俎上に乗せるのは共催展一般であって、ブロックバスター展特有の問題についての指摘はわずかしかない。筆者は読者にブロックバスター展のみに絞って考えて欲しいのか、それを含めた共催展一般について考えて欲しいのか不明である。というよりも、筆者自身の中で、その程度のことすら整理できていないのではないかと思われる。
そんな筆者横山が共催展やブロックバスター展の「現状」についてどのように認識しているか、批判的に捉えているか、文章を引用しつつ細かく見ていこう。
ブロックバスター展はその華やかな話題性によって、普段は美術館に足を運ばないような人が展覧会を訪れるきっかけをつくり、美術の裾野を広げているという側面もある。そのいっぽうで、やはり集客のために打ち出される広報の数々は「イベント」としての側面を強調するものであり、一過性の消費で終わってしまうのではないかという危惧がつきまとう。
一過性の消費の何が悪いのかさっぱり分からん。人生は短い割に、世界はあまりにも豊かだ。誰しもが、美術とがっぷり四つに組んでいる暇があるわけではない。すべてのことに入れ込むことはできないわけだ。学芸員と成るほど美術に真剣に取り組んでる横山も、例えば音楽とか、芝居とか、映画とか、ほかのジャンルに関しては一過性の消費で済ませていたりするわけでしょ? 美術に対してそういう態度をとる人たちを批判する権利なんかないわな。
ブロックバスター展やそれに準ずる共催展に足を運ぶ人の多くは、作品を見に来ているのね。有名作に心踊り、傑作に胸を打たれに来てる。学術性とか、正直無くても構わないとすら思っている。
最近ではメディア側も展覧会事業にこれまでになく採算性を求める傾向にあり、10万人を動員する小規模の企画を年に何本も実施するよりも、大量動員が見込めるブロックバスター展を1本開いたほうが、労力的にも資金的にも報われるという事情もあるだろう。
共催展の数を減らして、ブロックバスター展に集約していると読めるけど、事実なのか?
当たり前なのでは。
ここで、そこまでの費用をかけてまで、海外の作品を借りてくる必要があるのかという問いが生じるだろう。国内の美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ。実際に、近年では国内の所蔵品を中心に見ごたえのある展覧会が多く企画されている。
ブロックバスター展や美術館展など、学術性の低い展覧会を批判する人って、だいたい欧米によく行っていて、そこで十分に作品を見ている人なんだよね。だから、そういった展覧会が名作や有名作を持ってきているということ自体に意味を見いだせないわけだ。でも例えば、今後10年間、海外所蔵の作品を見ることを一切禁じるって言われたら、我慢できるの? できないでしょ。できないなら「国内の美術館にも豊かなコレクションがあり」とか言って欲しくないよね。子供や仕事で忙しい人、貧乏人、障害者、老人。誰しもが気軽に海外に行けるわけではない。そういうところにブロックバスター展の意味の一つがあると思うんだよな。弱者に優しいという点を鑑みれば、筆者の問いかけに「ブロックバスター展は善である」と答えることも可能かもしれない。
共催展の広報において差し迫った課題は、いかにして若者に展覧会に足を運んでもらうかということである。とりわけブロックバスター展を支えているのは、バブル期以降の大型展に足を運んできた50代以上の世代であり、メディア側も確実な集客を見込んで、この年齢層に的を絞った広報戦略を立てることが多い。しかしながら、このような目先の集客ばかりを求める広報が続くようであれば、美術館や展覧会の未来はそう長くはないであろう。
若者じゃないから分からないけど、どっちかというとやはりブロックバスター展の方が若者にリーチしていて、それより規模の小さい共催展に問題がある気がするけどなあ。今なら例えばフェルメール展とルーベンス展。
近代美術の延長線上に現代美術を位置づけ、両者を結びつける作業は、やはり美術館が担うべきものである。そして、村上隆や草間彌生などの知名度と人気を誇るごく一部の作家を除いて、メディアが現代美術展に出資することは考えにくい。美術館が主導して近代美術と現代美術をつなぐ展覧会を企画したり、現代美術を一般へと浸透させる持続的なプログラムを行うための体制づくりや予算が求められる。
これはブロックバスター展や共催展の問題じゃないよね。美術館や学芸員が怠けていたからこういう状況になったんじゃないの? 「国内の美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ」んでしょ。美術館主催で粛々とやってればいいのでは。
数十万人の来場者を想定したブロックバスター展の場合、あまり大胆な切り口を提示することは難しく、個展であれば年代や主題ごとに画業をたどるようなオーソドックスな構成となりがちだ。先行研究や調査をふまえた新たな視点を、カタログの論文や作品解説のなかで示すことはできても、展覧会の構成全体に反映するにはいくつものハードルがある。とりわけオルセー美術館やルーヴル美術館からまとめて作品を借りる場合は、これらの美術館の学芸員が監修を務めることが多く、そのことによって企画の自由度が低くなるという側面もあるだろう。
そういう学術性は不要なんだって。単にいい作品を持ってくればいいの。学術性を発揮したいのであれば美術館主催の展示でやればいい。それでは自分の能力が十分に生かされないと感じるなら本場の美術館に就職してください。あと、日本の学芸員よりオルセーやルーヴルの学芸員の方が信用できるから、その場合は口出さなくていいよ。
オルセー美術館には各所蔵作家の膨大な資料が集められており(ルノワールだけでざっと50箱以上はあり、フランス語だけでなく、英語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語、そして日本語や中国語、韓国語の資料も網羅されている)、それを日々リアルタイムで更新していくドキュメンタリストたちがいる。学芸員は彼らの協力を得て調査研究に勤しみ、その成果が展覧会に反映される。この蓄積こそが、オルセー美術館の、さらには今日における世界的なフランス近代美術の人気の礎なのである。これは一朝一夕に実現されるものではなく、長期的な視点に基づいた、たゆまぬ歴史化の作業の賜物といえよう。
日本がフランス絵画についてオルセーと張り合う必要なんかないよ。自国の美術の研究環境が貧弱なこと(いろいろ話を聞くに相応の事実だろう)については悲しむべきことだけど、西洋美術は基本的に横のものを縦にしてればいい。もちろん立派な研究をなしとげれば敬意を表するが、俺達のブロックバスター展を研究発表の場として利用してくれるな。
私はブロックバスター展やそれに準ずる規模の共催展を楽しんでいるのだ。それを学芸員風情の浅薄な考えや安っぽい使命感によってぶち壊さないで欲しい。日本に居ながらにして傑作や有名作を鑑賞することができる。これだけでブロックバスター展は素晴らしいものなんだ。ということを学芸員や玄人気取りに理解してもらいたいのだが、なかなか難しいのかもしれない。
この人は多分漫画がそれ程好きじゃないのだろうと思う、私もアラフィフ世代に高視聴率をとっていた名作ドラマ一気見しろと言われたら古臭い上に興味がなく厳しすぎるし。
ドラゴンボールはアラフォーの人生と共にあったジャンプの象徴的漫画で、絵も古びず普遍性があるコンテンツだと思っていた。
しかし私が普遍性があると思っている手塚治虫高橋留美子藤子不二雄、萩尾望都、長谷川町子、水木しげる、横山等々考えてみると全部私が幼少期にアニメを見たり図書館や親の漫画を読んだりして触れていた物だ。
名作だと度々聞く、すすめパイレーツつる姫じゃ〜っこまわり君等々は古くさくて読破できなかった。
あしたのジョーやドカベン銀河鉄道999レベルの名作も、キャラの魅力で読めるがやや面白くないと思った。
永井はデビルマンは普遍性を感じるが、読むのが苦痛な漫画も多い。
作品の出来が突出している以外にデビルマンアニメに触れていたのも関係があるのかも。
漫画は特に時代によって変化の大きなコンテンツだ、子供の頃に触れなかった作風を素直に面白く見るのはとても難しいのかもしれない。