はてなキーワード: 振り子とは
あれって月からの重力で海面が上がったり下がったりすることを利用して発電するんだよね
でも重力って保存力だから、地球と月を合わせた系のエネルギーは一定のはず
潮力発電によってエネルギーを取り出せば、その分系からエネルギーが失われるわけだ
多分その失われるエネルギーというのは月の持つ位置エネルギーと運動エネルギーだろう
このふたつのエネルギーの和が小さくなると、回転の半径は小さくなる
つまり、潮力発電をすると月が地球にちょっと落ちてくるということになる
(人類が使ってるエネルギーと月が持ってる位置エネルギーをざっと計算してみたけど、どうやら心配には及ばないようだ)
「潮力からエネルギーを取り出す→月が落ちてくる」という仮説を導いてみたはいいものの、その間のメカニズムが全然わかんなくてもやもやしてるのだ
風が吹けば桶屋が儲かるみたいに、なにか現象が連なってそうなるんだと思うんだけど、具体的には全然わからん
誰かかしこい人、仮設の正誤も含めて考えてみてくれ
参加作品の中ではかなり異質な超人。大自然の中で育った野生児。母を探すため一番占を目指す少女。
助走なしのジャンプで地面から屋根に移動できる、地面に残った微かな臭いを嗅ぎ分ける嗅覚、小動物から熊まで懐かれる(会話は不可能)、神様を見る力がある。
昇格試験では「くろう」というスタンド占いを使えるようになった。悪霊を撃退できる、土壁程度なら破壊できる、遠く離れた出口の場所を瞬時に見つけそこまでの道のりと罠まで言い当てる事が可能。ただし自由に呼び出すことは出来ない。
弱点はハサミとカニと野生児ゆえに知識も常識もない所。迷路町に来るまで下着の存在も知らなかった。痴女。
学園生活部の戦闘担当。元運動部所属、彼ら相手に戦えるシャベル所有時の戦闘力を評価。彼ら相手とはいえ殺しを経験をしているのも強い。
原作では治療後にウェスカー化しており身体能力がさらに向上している。(ボウガンの矢をシャベルで弾く、バールで殴られても平気、静かにしていれば彼らに気づかれない)
迷路町警ら隊十番地隊長。占いは出来ないが治安維持に関わっている以上そこそこ強いと思われる。ただし破廉恥に弱い。
趣味がサバゲー。射撃訓練場の回ではエアガンとはいえ的に全弾命中させている。知的、健康的な大人というだけで十分なアドバンテージになる。
準戦闘員。くるみちゃんには劣るが運動神経が良く博学。学園生活部合流前は単独でモールに居たことから彼らの対処にも自信がある。
運動が得意。体育のテニスでは男子にも負けない腕前。テニスコートから竹林までボールをノーバンで飛ばせる
メイン4人の先生で五番占。主人公たちは十番。昇格試験を見るに運動はだめっぽい。
狐狗狸占いが可能。一度、狐狗狸占いに失敗して狐に憑りつかれた経験から、修行により狐を硬貨ではなく自分自身に降ろせるようになった。昇格試験では憑依合体で鍵を探していた。
人形占いが可能。人形のマツコさんと会話(?)出来る。マツコさんは降りてくる扉を支えられるほどパワーがある(北斗の拳のライガフウガのイメージ)。祝詞が上手く「天使の歌声」と称されるほど。これを聞いた人は癒されて場合によっては眠ることもある。昇格試験ではこれでニナ先生に勝っていた。
直感的な閃きに優れる、彼らとの戦闘経験が一応ある。めぐねぇ憑依状態時は彼女から助言を得られ、覚醒後は精神的に成長
幼児体型で体格的にはかなり不利。ただしるんに近づく男子に金属バットを躊躇なく振れる異常性を評価。ユー子への腹パン(アニメでは乳アッパー)、佐藤先生への躊躇のなさなど凶暴な一面を持つ。
頭が悪く持久力はあるが運動も得意ではない。しかし「かくれんぼの際に気配を完全に消せる」という特殊能力を持ちアニメでは分身の術を披露していた(陽子のイメージでだが)。鬼畜こけし。
頭は良いが想定外の事態に弱い。メンタルの弱さ、運動能力の低さも考慮してこの位置に。ただしるーちゃんが絡むと……。
ここから下は個人による体格、運動能力、知能の差が多少ある程度で五十歩百歩。
最弱候補はとにかくヤバイとしか言えないるん(Aチャンネル)、同じくやべー奴なねねっち(NEW GAME!)、年齢に対して体格が貧弱すぎるアリス(きんいろモザイク)、運動音痴で足が遅すぎる涼風青葉(NEW GAME!)辺りか
・利用客の多い駅を初めて利用して、迷っているのにど真ん中に立ち止まるwith巨大バッグやキャリーケース
・傘を杖みたいにカッツンカッツン鳴らしながら歩く
・持ち手をホールドしないで歩いて振り子みたいに後方に揺らしまくる(or真横に持って後方を刺すように歩く)
・整列1,2番目にいたのに両足が乗った途端安心して、後方で何人も乗ろうとしているのに牛歩になったり立ち止まる
・人がどんどん乗り込んでるのにかさばるリュックや肩掛けかばんを足元や下ろした手に持たず、
自分の意志で高重心のままにしてるのに電車が揺れる度に振り回されて他人にぶつかる
・乗り換え階段に差し掛かったタイミングでスマホの手帳型カバーを開いて周りより遅く歩き、足元が見えないほど混雑した階段で追い越すのは難しく周りに迷惑をかける
「いい、楽しいことだけを考えるの。楽しい考えで心をいっぱいにして、嫌な考えなんかまるっきり追い出してしまうの。それが幸せに生きるコツよ」
彼女は歩調を崩さずに淡々と歩いていた。何でもないような顔をして、すっと背を伸ばしたまま前を向いていた。鼻筋がきれいに通った横顔だった。
「嫌なことを思い出してると、それ自体が嫌なことになっちゃうの。嫌じゃないはずの今が、過去の嫌なことに汚染されてしまって、嫌な今になってしまうの。だから嫌なことを思い出してうじうじしてるなんてすごくもったいないことなのよ。もちろん自分の失敗とか悪かったことを反省するのは大事よ。でも一度ちゃんと反省したならそれで十分じゃない。何度も嫌な気持ちを反芻する必要なんてないのよ。ダメなところは改めて、あとは自分らしく生きればいいの。気持ちを切り替ることって、幸せに生きるためのとても大事なスキルなんだから」
彼女はそう言って僕を励ますように笑った。夕日を受けた彼女の笑顔は眩しくて、僕は目を細めなくてはならなかった。蛙の鳴き声が辺りを満たし、梅雨のじっとりとした風が僕たちの間を通りすぎていった。
僕たちは石造りの短い橋を渡り、静かな住宅街に入った。車が一台通れるくらいの広さの道で、急な曲がり角が多く、ところどころカーブミラーが設置されていた。しかし特に近道になるわけでもないこの道を通る車はほとんどなく(もう一本向こうの通りに二車線のまっすぐな道路があるのだ)、カーブミラーは僕たちの長く伸びた影をぐにゃりと曲げて映すだけだった。
彼女は足を振り子のように上げ、サンダルのつま先を見つめながら歩いていた。あるいはそれが彼女なりの自分らしい歩き方なのかもしれなかった。僕は彼女の横顔をぼんやりと眺めながら、さっき彼女が言ったことについて考えを巡らせてみた。そして楽しいことを思い出そうとした。しかし上手く思い出すことができなかった。
いつの間にか僕は考え込んでしまって、彼女がじっと僕を見ていることに気づけなかった。僕がそれに気づいたとき、彼女の顔は息が触れ合いそうなくらいにまで近づいていた。僕は驚いて身を仰け反らせたが、彼女は腰に手を当てたまま僕から目を離さなかった。
「あんたさ、そんな難しい顔してちゃ、楽しいことも楽しくなくなっちゃうわよ」
彼女は呆れたように言った。
そんなはずはない、と僕は思った。たしかに僕はそれほど愉快な人間ではないし、送ってきた人生も平凡そのものだったけど、平凡な人生にだって平凡なりの幸せがあるはずなのだ。しかし僕はその平凡な幸せというものを具体的に思い浮かべることができなかった。
ストーカーにめった刺しにされたり、握手では飽き足らず空気を売るという暴挙にうって出たアイドル市場に関して書いていく。
日曜日の朝10時からフジテレビで放送されているワイドナショーという番組。
その番組で古市憲寿さんが言っていたことにひどく共感したことを覚えている。
アイドル宛てに送られたプレゼントのぬいぐるみの中に盗聴器が仕掛けられていたというニュースをうけてのコメントで
「アイドルのファンよりアイドルが怖い。化け物に見える」と言っていた
僕も同じように思う。アイドルという生き物が怖いのだ。10代や20代前半で技能的に承認される術はないにも関わらずテレビの前に現れ私の存在を承認してと、歌って踊る様は時に化け物のそれに見える。
今回、ついにシャレにならないニュースが飛び込んできた。アイドルがそのファンにめった刺しにされるという目を覆いたくなるほどの悲惨なニュースだ。
ニュース単体で見れば狂った犯罪者の奇行だとしか言えないがアイドルという商売のリスクが最も最悪の形で表れてしまった。
アイドルは存在承認であり人材承認ではない。社会には家族のように存在そのものを求められる場合と仕事などで要求されるようにその人の能力が求められる場合がある。
前者が存在承認、後者が人材承認だがアイドルのそれは存在承認にあたる。歌がうまくなくてもそれすらかわいい、トークができなくてもいい、社会人としての最低限の能力であるコミュニケーションスキルでさえ塩対応とかわいがられる。
何もできないと書くとたいへんな語弊があるがある程度、無条件に承認されるのがアイドルだ。そして本来は家族しか持ちえない存在承認を不特定多数から集めれば時にストーカーのような強固でゆがんだ愛情を持つ人間が現れるのも自然といえば自然だ。今回のニュースだけの話ではない。そういうふうに出てきたストーカーは悪であることは間違いないが赤の他人に異常な愛情を持つという観点から言えば悪く言えば幼稚でありよく言えば純粋といえてしまう。犯罪行為は文句なく悪であるが家族に接するように他人と接する人間のことを果たして悪と断じて良いのか僕にはわからない。むしろアイドルという商売が持つ構造的な問題のほうが大きいように見えてしまうからだ。
これも存在を認めてあげるという観点で説明がつく。こちらはストーカーのような悪とは違いむしろポジティブな意味もあるが我が子に与える教育費を厭わないようにアイドルのCDを何百枚も買う人間はストーカーと同じだ。どちらに振れるかだけの違いでしかない。CDを買う人間はポジティブ、ストーカーになる人間はネガティブな意味を持つが問題はその感情を揺さぶるアイドルという振り子そのものなのではないかと思えてならないのだ。
今一度、こんな承認欲求が取りざたされる社会なのだから確認すべきことがある。「誰からも承認される人間などいない」ということを。歴史を振り返ればキリストや仏陀ですら批判されかのソクラテスですら裁判にかけられて死んだ。アイドルは笑う。よく笑う。それはうしろめたさなどないような素敵で透明感のある顔で笑う。
しかしそれでもなおかわいくないと本気で思う人間がたしかにいる。けれどそれは無視すべき声ではないのだ。アイドルであっても関係ない。そういう人間を捨て置くのは得策ではない。承認においては絶望することが人間には必要なのだ。さればこそきちんと人と接することができるようになる。
無様なアイドル
有吉弘行がテレビでグラビアアイドルは実際に表にでてくるとがっかりするといっていた。彼は毒舌を売りにしているのでそれは差し引いて評価しなければいけないのだろうが上記のようにグラビアアイドルの内面性のなさというものはグラビアアイドルになるという精神性によるところが大きいとも言っていた。
この言動が芸なのか本音なのかわからないが女性アイドルのSNSなどを見てみてもいわゆる人の含蓄がにじみ出ているようなブログやついったーは見たことがない。自分を殺すような物語も聞いたことがない。彼女達は愛される能力は非常に高いのだろうが愛する能力に関しては幼いのだろう。
マネージャーがつき不特定多数から愛される様はまさにアイドル様なのだろうが、彼女たちはその人間性においては何様でもない。ピュエリリズムを体現している姿はむしろとても無様だ。
父親の話
スペック 50後半、過去の白内障手術で眼内レンズ?を右眼だけに入れている
父親が電車に乗っていた時のことだ。父はリュックを網棚に置くというごく普通の行動をしていた。しかしその時、運悪くつり革がリュックに巻き込まれて網棚に乗ってしまったらしい。そして降りる駅に着き、リュックを網棚から取った時、そのつり革が反動で、更に運悪く父親の右瞼にダイレクトに当たったのだ。(振り子の要領?)その結果、眼内レンズというものがその衝撃でズレてしまったらしいのだ。
アニメ版とは別物ですね。
日常系作品にちょいとホラー要素を加えたのがアニメ版だとすれば、原作コミックはほとんどホラーです。
それと、ただ怖いだけじゃなくて、批評性の高い意欲作です。
日常系とか空気系と呼ばれる作品群をハッキリと否定しています。
エヴァ旧劇なら庵野がオタクたちのことを「気持ち悪い」と言ったのと同じです。
まどマギ劇場版新編なら、ラストで「自分勝手にルールを破るのって、悪いことじゃないかな」とまどかに言わせ、ほむらが創った心地よい虚偽の日常を批判しているのに相当します。
学校を出ること(卒業)、あるいはそのまま学校に残り続けること、どちらかです。
"巡ヶ丘"学院という名前と場所そのものが、終わらない、居心地の良い、都合の良い、フィクションの中にしか存在しない日常のメタファーです。
最終的に、学園生活部のメンツは卒業すること(現実を直視すること)を選びます。
とりわけ丈槍由紀の成長は顕著で、ハッキリと夢想に別れを告げ、夢想で彼女を守っていた周囲に感謝の意を示します。
と、ここまでが1~5巻までの概要です。
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』で言えば、ハリアーで友引町を脱出するところです。
エヴァ旧劇なら他者(アスカ)を望み、LCLから人間の姿に戻るところです。
ただ、揺り戻しがあるのですね。
嘘でも良い、安心できる妄想の繭に守られていたいという願望が再び頭をもたげてきます。
1~5巻では由紀が繭の中に逃避していたのですが、今度は若狭悠里が繭の中に潜り込み、由紀と同じ道をなぞってしまいます。
セカイ系の隆盛後、日常系が流行り、まどマギで一旦は日常から脱出したのですが、また日常に戻った漫画・アニメの消費者自身なのです、悠里は。
一度は他者を望んだものの、やっぱり怖くてアスカの首を締めたシンジ君そのものです。
デビほむが創った新しい世界を半ば受け入れてしまう、まどか以外の魔法少女たちとも似ています。
7巻以降はどうなるんでしょうかね。
おそらく日常と現実の間を振り子のように揺れ、最後は曖昧な位置で静止して終わるのではないでしょうか。
『うる星~』は友引町から脱出できたかどうか分からないまま幕を引きました。
エヴァ旧劇でも、新しい世界でシンジとアスカが共生できるかは未知数なまま終劇を迎えます。
まどマギ新編でも、ほむらは「いずれあなた(まどか)は、私の敵になるかもね」と言っています。
縮小再生産で似たような作品ばかり作っていて良いのかという反問です。
唯たち4人はしきりに「高校を卒業しても、今までのような毎日が続くかな?」と自分たちに問いかけ続けます。
もちろんずっとクローズドな学校生活(がっこうぐらし!)が続くわけはなく、社会に対してある程度開放的であらざるを得ない大学編けいおん!はすぐ打ち切りになりました。映像化もされていません。
まんがタイムきららは自ら日常系の潮流を作り、その流行に乗りつつも、自分たちがまずい方向に進んでいることが分かっているのでしょう。
夏になると腋臭がすごいから試しに腋毛剃ってみることにしたが思いの外効果があって全然におわなくなった。
いつしか誰かが腋毛に吸収されている汗が衣服に付くからより臭くなる、なんて言ってたがあれは大嘘。
むしろ腋毛があるせいで水分が蒸発しないで臭いの元になる菌が増えて臭くなる。
衣服についた外気に触れやすいために水分はすぐに蒸発するから蒸れない。
少し最初はチクチクしたのが気になったが今までにない夏の快適さに驚いている。
男でも腋毛を処理したほうが断然いいなと思った。
抜け毛はなくなって部屋の床に醜い縮れ毛は落ちなくなるし、
股間が暑くても蒸れないし、清潔感があって良い。
しかしやはり銭湯にいくときや次の彼女ができたときは困るなと思って生やし始めてる。
海外では陰毛の処理は男も女も常識だと聞いたが、日本男性はどのくらいの割合で処理しているのだろうか?
あるアンケートサイトによると男が毛の処理しているのはキモイという女性意見がよく見られた。
やはり女から見て毛の処理してる男性のほうが無処理の男性よりキモイ対象に見られるのだろうか?
男が男のパイパンを見たらどんな感想を抱くのだろうかと考えだしたらやはり陰毛の処理はやめといた方がいいのだろうか、
しかしパイパンがこんなに快適だとは、という思いが振り子のように揺れている。
というわけで何とかして日本で男の毛の処理を一般化させたいのだが何かいい案はないだろうか?
CMライブラリ 企業CM「スマート光ハートビートプロジェクト 篇」|NTT西日本
https://www.ntt-west.co.jp/ad/company/smart_hikari_30s_hb.html
つながるという言葉をここ何年かよく聞くようになった気がする。
携帯電話もつながるつながる言ってる。NTTのCMでももっとつながるという。
人々の絆みたいな言葉も繋がろうって意味なんだろうなと思っている。
そんなにみんな繋がりたいのか。そんなにみんな分断されているのか。
繋がりたいという欲求と一人で居たいという欲求が振り子のように揺れながら、絶妙なバランスで保っている人もいるけど、インターネットで見かける人の多くがどちらかに偏って修正が効かなくなっているように感じる。
スマートフォンは遠くの人とはつながるけど、隣にいる人とは分断されていると思う。
喫茶店なんかでデート中のカップルが机を挟んで分断されて、別の世界と繋がっている。
はたして、何を目指して、何と繋がろうとしているんだろう。
顔も見えない二次元の気休めなんていらんのにな。
ブコメ見るとフルボッコに近い扱いされてるけど、俺この増田側の人間だなー。
焼却のこととかキリストがどうのとか余計なこと入れ過ぎ。
何が困るんだとか何が悪いんだとかって筋が悪いこといってるバカもいたけど、なんも困らんよ。
偽善されても何も悪くない。
むしろどんどんやってほしい。
それで世の中は良くなるだろうって言うのも十分に分かっている。
でも、それとは別にただ気持ち悪いってだけで。
たぶん、誰かがキャラ作っててそれを過剰にアピール姿の一種なんだろう。
ただ単に気持ち悪い。
その気持ち悪さを共有するための言葉として「偽善」って言葉ができたと思う。
でも、今回の件はその偽善って気持ち悪さを忘れて、ただただ「やらない善よりやる偽善」に振り切ったバカばっかり。
良い人が「この偽善者め」って言われているのは実に気分が悪い。
何か一つの方向から進歩しようと思ったら何かを置き忘れたバカばっかり。
たぶんそのうち偽善者の気持ち悪さを思い出すんだろう。
でも、普通推測ぐらいはするよな。
今回ので「これアピールだろ」って思わなかったやついるの?
ワールドカップで日本人は偽善者アピールしてきやがったってもやっとしなかったやつっているの?
本当に善良な心からだったらごめん。
でも、そうは思えんのだよ。
そのうち気持ち悪さを思い出す時が来る気がする。
その時に全く進歩なく元の状態に振り子のように戻るだけなのは空しすぎる。
そう予感させるブコメばかりで。
あーバカばっか。
積もり積もってしまう側なんだけど、あとで考えると大したこと無いのになんでイライラしてたんだろうってなる。
というか、イライラしてる時ですら「あ、これきっと数年後にはどうでもいいことでイライラしてたって思うパターン」って気づく。
でもどうしようもなくイライラするんだよ。表にはあまり出さないようにしてるけど、多分元増田上司みたいなふとしたきっかけで表に漏れてると思う。
理屈じゃ大したこと無いのわかってるんだけど毎回毎回毎回毎回おなじことで少し気になるのが続くと、振り子を小さい力でちょうどいいタイミングで押すみたいにイライラ振幅がどんどん大きくなっていく。
こんなことでイライラしたくないとも思う。無関心になれたらいいのに。なんでこんなことでイライラしなきゃいけないんだろう。
どうしたらいいのか…、対処法がある人おしえておくれ。
客先常駐先に、できてるんじゃないかと思うぐらい
二人は同期生で、下の名前で◯◯ちゃんと男性が女性を呼んだり、
それが許されるのは大学生までだろ、的な若さ、溌剌さを誇る二人。
勿論自分よりは歳下。
遠目で見る分には、時々視界の隅を
女性が椅子ごとすーっと男性の方へ寄っていくのが振り子時計のように見えるくらいで
まぁ小春日和だしね、と思うぐらいで済んでいた。つもりだったのだが。
……今年一月から、そのお客さん二人が自分のチームに参画する形で仕事をしている。
話せば、その人の良いところはよく分かるつもりだ。
そう、二人は、頭の回転は老害じみてきた自分よりも遥かにいいし、
大雑把な自分より細かく書類は作成するし、キックオフ後の平日の朝は二日酔いひとつ感じさせない清潔感があった。
つまり、歳の功によるリーチが保ってる間は大丈夫なだけの、もの凄くやり辛い職場のお客さま。
それを察してか、最近、明らかに話の出汁にされてるんじゃないかということが増えた。
『Bではないですか?』
『……たしか、Aだったと思う。NHKの新書で読んだことがあるよ、××ってタイトル』
『ありがとうございます。ほら、そういったじゃない』
『◯◯ちゃんはその辺潔癖過ぎるんだよ』
いちゃいちゃいちゃいちゃ。
どうも、自分は質問すれば答えが返ってくる114かなにかに見えているらしい。
ありがとうございます『。』の前後で態度が正反するあたりは、さすがというべきだろうか。
虚仮にされている、というかもう苔そのものにされている、というべきか。
それでも、それでもだ。
稲森いずみ似の女性に、質問されるだけでおっさんは嬉しい。その性が憎いくらい虚しい。
『恋愛ディストーション』という漫画の一巻読み切り話のセリフに従えば、
『それだけで人生はおおむねオッケーだ。』
あれは彼女が風邪を引いたことにも気づかない野郎の言葉だったか。
その程度すら満たさなくても満足してしまっている自分は、加齢により閾値が年々低くなっていることを喜ぶべきだろう。
今日に至っては結婚式の二次会トークまで始めた二人よ、永遠に幸あれ。
二人が実際付き合って分かれていたことを知った。
まとめサイトばかりみる→偏る
Togetterばかりみる→偏る
Twitterのホットワード1~20位ばかり見る→偏る
はてなブックマークばかりみる→偏る
Twitter戦闘力の高い人の記事についてのコメントだけ読んでRT→偏る
TVニュースだけ見る→偏る
NHKだけ見る→偏る
朝日新聞だけ読む→偏る
産経新聞だけ読む→偏る
何見たって読んだって、書いた人の思想に共感すれば左右に振り子が多少は動いて偏るのは当然のことで真ん中からまったくぶれない報道の方が怖いわ
振り子メーターが突っ切ってパシューンとふっ飛んで行く人が珠にいるのは、報道の罪ではなくその人自身の業
もうすぐ「studygift」がリニューアルされるらしいが、
その内容がどうであれ、今回の家入の「寄付」騒動で「寄付」という行為そのものがまた揶揄されることは確実だろう。
トップが六本木で酔っぱらってる間、純粋な若いエンジニアがこんな事言ってるのみると切なくなる。
https://twitter.com/kbridgestone/status/325496821445165056
Studygiftリニューアル準備中です。家入さんと静かに頑張ってます。だれか本気で新しい奨学金の形を実現したい人いないかな。
campfireでは「クラウドファンディング」と呼んでみたり、studygiftでは「寄付」と呼んだ「集金」行為は、
常に誤解される危うさを孕んでいるわけで、だから前回はしょうもない女学生もどき使って炎上した。
そういうぎりぎりのラインでサービスをやる会社のトップがデザイナーへの「未払い金」をふざけた「募金」で支払おうとする格好悪い行動が、
どれだけ「集金」サービスの信頼とか、寄付のモチベーションを失墜させるか考えないのだろうか。
今回の騒動で、汚名挽回のために真面目にリニューアルに取り組んできたエンジニア達の努力がまた揶揄され、批判され、泡となるのを見るのが辛い。
悪ふざけだか海賊だか振り子理論(武のパクリ)だか自由に生きるだか知らないけどさ、粋じゃないし、もうただただダサいよ。本当にダサい。