はてなキーワード: 学費とは
現在30、40代の親の世代は、ぬくぬくと正社員として法律で保護されてて
公共投資で国全体に金があふれてた
小泉政権ぐらいからこのシステムを全部ぶっ壊して国を貧困化(日本はすでに裕福な国じゃないぞ)させた
こんな馬鹿どもが経済政策やってなかったら先進国基準で今頃世帯年収の平均は1200万ぐらいになっていたはずだぞ
というより、一番被害うけてる平均年収ぐらいの人々や、若い世代が自民党支持しているのが一番意味が分からない
いわゆる富裕層(医者とか弁護士レベルの世帯年収 ※超富裕層ではない)はほぼ全員このやばさに気づいていて
自民党不支持だぞ むしろ自分の裕福さを差し置いて山本太郎とか支持してるぞ
なんで?
大学院の指導教員のゼミ指導があんまりにもずさんで,ほとほと困っている.
代わりに各指導教員はなんかしら専門知識を身に着けている(ということになっている).
で,うちの教員の場合それが「アンケート設計」と「統計処理」なんだけど,
アンケートの設計も統計処理もその解釈も,まー適当なんだよね.
「地球では1901-2010年の約100年の間に19cm海面が上昇しました.これは地球温暖化が原因です.これを踏まえてあなたは,レジ袋を貰わずにマイバッグで買い物しようと思いますか?」
「タバコの副流煙には、主流煙よりもずっと多くの有害物質が含まれています.これを踏まえて,あなたは分煙に協力しようと思いますか?」
みたいな聞き方を平気でする.
重回帰分析ひとつ取っても標準化係数とその有意確率しか見ない.
決定係数がどんなに低くても気にも留めない.
決定係数が負の分析結果を掲載した論文が査読通っちゃったところなんかも見た.
分散分析なんかも頻繁にやるのにゼミ中"交互作用"って言葉を一度も聞いたことがない.
「ニューラルネットワークは分析の仕組みがブラックボックスだから信用できないんですよね」だって?いやいやあんたt検定の仕組みも説明できないんじゃないんですか?
「アンケートの打ち込み終わったなら,○○分析と××分析と△△分析,全部1日で終わりますね」?そりゃ多重共線性のケアとか決定係数とか気にしないあんたの適当な回帰分析なら1日で終わるでしょうけど?
「良い結果出ましたね!」とか抜かしたりする始末.
その教員とはB4からの付き合いで,最初は指導内容に違和感なかったんだけど
他所の研究室の話とか,真面目にデータマイニングやってる先生の話とか聞いて,
最近になって自分のところの研究をちっとも信用できなくなってしまった.
こんな教員でも「結果」さえ残してしまえば出世できてしまうのが研究職というものらしく,
去年,准教授から教授に昇進している.今まさにノっている教授,というわけである.こちらとしては非常に面白くない.
あの人が学術的にやっていることといえば,ゼミで学生が「作り出した」相関を世に公表していることくらいなのに.
そんなこんなでこの人の下で研究なんてまっぴらごめんなんだけど,
大学院最初からやり直すのも,こんな理由で1年分納めた学費がおじゃんになるのは嫌だし,
かといって思い切って退学してしまうのも将来性がなさすぎる.
今までROM専だったんだけど欲が抑え切れなかった。日記の代わりに適当に書いていきたいところ。
今日対人の心理系実験やってたら参加者さんが割とドストライクで連絡先聞きたい!とか思ったけど何も出来ず。
指導教官とか実験に参加してもらった方とよく付き合ってたらしいんだけど、どうやったらそんなアクティブになれるんですかね…。
大学院入ってから研究やらバイトやら修論実験やら学会やらで彼女を探す以前に女友達とも男友達とも遊べず若干悲しみ。
学費も家賃も当たり前だけど全部自費だし他の大学院生どうやって生きていってんのか…。
たまにいる大学院で学生結婚してるやつとか本当何者なんだよ…。
まぁこういうマイナス思考とかぐちぐちいうのやめないと何も始まらないんですけどね!!!!!!
P.S. ああいうの言っといて何だけど実験参加者に個人的な連絡先聞いたりするのって倫理違反なんじゃとか思ってたりするんですがどうなんですかね。
アイテム扱いじゃなくて、実際共働きだと子供に手をかけてやれないとかは目に見えてあるだろ
子供が熱出しても真っ先にやるのが仕事の心配であって子供の心配ではないのは子供の情操上どうなのか、とか
共働きなら大体は考えるだろ
いくら学費の為に働いてるとか、専業だと母親のストレスがーとか専業は視野が狭くてーとか言い訳していても
世の中には「専業主婦家庭でも学費を余裕で出せる、かつ母親も育児楽しんでて祖父母など協力者も豊富でストレス溜めず、
そういうの知ってれば、どうしたって自分の方が劣ってる、って感じるだろうしさ
上を見たらきりがない、下を見てもきりがないけど
派遣契約満了で切られて、正社員の内定もらえず腐ってる20代後半女です。
就職活動をしていて改めて思うんですけど、この国って生きづらい。
1人なら生活できる賃金を提示してる会社もあるけど、明らかに大卒向けで、専門や高卒レベルの仕事では生活していくのもままならない金額で平気で求人出してるところがゴロゴロ。
地方はお金がかからないと思ってる人いるけど、地方は車社会で車がないと仕事にすら出られないから結局車の維持費や税金で出仕額は変わらないよ。
それは理由の一端として分かる。それは別に良い。私が努力すれば良いだけ。
けどそれだけではないと思う。
企業が高望みし過ぎてるし、人材を安く買い叩き過ぎてるのもあると思う。
とか
とか、挙げ句の果てに
額面18しか出さないけど、会社の販促ツールや商品関連のデザインとシステムの構築と運用と保守と当社のWebデザインの設計、運営、保守とあと事務とお茶汲みもやって❤︎なんてトンチキな会社もある。
悩んで色々ググると出てくる出てくる。
「じゃあ正社員になれば?笑」
とか正規の職につけなくて悩んでる人をさらにどん底にぶち落とすような言葉。
平気でそんなこと言えるお前らの親の顔が見てみてえよ。
ちなみに私は専門卒です。
子供の頃から母親のネグレクトと男兄弟からの家庭内暴力でメンヘラっててまともに勉強もできない・元々苦手でした。
今でも勉強は苦手。
祖父母の支援で専門にまで進み、なんとかその職で新卒で正社員入社を果たしたものの、うつ病が酷くなり要介護状態に。退職後普通に暮らせるようになるまで入院しました。
このままじゃダメだと思ってまずはフリーターで働き始め、そこから派遣に行きましたが順調だったのはそこまで。
まともな人とそうじゃない私みたいな人との間には厚い壁があると思った。
この国は一度レールを外れると這い上がるのが難しい。
そして生まれた環境から這い上がることは大学にでも行かない限りもっと難しい。
過去のことをなんであの時こうしなかったの?とか過去のことをいつまでもネチネチ引きずる。過去は神様にだって変えられないって聖書読んでねーのか大卒で上流階級笑のくせに。
・這い上がろうとする人間に安全なところから石を投げる奴がいる
・這い上がりたくとも、這い上がるための余裕すらない(金、時間、メンタル)
犯罪においても加害者に優しく被害者に厳しい国で、人道的な考えができる人間が少なく、この国は何もかも貧しい。
お金も人の心も貧しい。
目先の利益に囚われて失ってはいけない人の心を失ってる人が多い。
先進国が給料上がんないのに税金上げて物価上がってるってそれなんて先進国???
自分たちが払えもしない破綻するのが目に見えてる年金をヤクザみたいに徴収してる先進国isなに????
経団連のクソジジイは自分たちが逃げ切りだからって「終身雇用守れない」とかほざく。
下がり続ける出生率、上がり続ける非正規雇用人口、クソ古くてクソの役にも立たない社会に出た途端掌返しにされる横並びのクソバカ洗脳教育。
これから老人が増えるってのに介護業界の労働環境は改善されず悪化の一途を辿り、賃金低いから共働きしなくてはいけないのに足りない保育園。妊娠したら叩かれ労働市場から追い出されがちな女性、子育て中も厳しい意見や批判ばかり。
保育園無償化とか高校学費無償化とかするのはいいけど、そんなのただの一時しのぎで、根本的な解決にはなってない。
安い給料で正社員になってボーナスも出ない、残業代も出ない、休日出勤手当も出ない、100歩譲って年金がもらえるとしても給料が安いから老後は生活保護以下。
非正規も同じく。少なくとも4割が非正規ということは少なく見積もって労働人口の半分ぐらいが確実に今も将来も貧困で一生貧困。
将来に希望が持てない。
資格を取るには金がいる。
そのどれもが余裕がないと得られないものばかりで、働いても貧困だったら余計に手が入らないものばかり。
短い命で楽しくほどほどに生きて、そして詰んだら安楽死したい。
家柄や育った環境など、本人の能力とは関係なく人生が始まった時点で決まってしまうものは確かに存在するし、それらが学歴や年収と言った人生の成功のバロメータと相関があることもちろん理解している。
いわばRPGにおける初期ステータスや初期装備みたいなもんだ。
ただ、「成功者は運が良かっただけ」「環境に恵まれていただけ」とひとまとめに言われると、初期ステータスがボロクソな状況から自力で成功(だと思っている)を収めた私はイラっとしてしまう。
・実家は電車で東京から1時間半ほどかかる駅から徒歩20分の田舎
・その実家はバブル末期のアホみたいに金利が高い時期に頭金0で買ったせいでローン地獄
・父親は再就職するもギャンブルでの浪費と家のローンで家計は火の車のまま
・親の年収が無駄に高いせいで利子無し奨学金や学費免除は通らない(ただし家のローンと父親のギャンブルのせいで学費など出してもらえないという最悪のパターンの)ため、大学/大学院の学費と交通費は自分でバイトして稼ぐ
・学業でも研究でも成果を上げ、大学推薦で業界一位の大手企業に就職
・父親を反面教師にしギャンブルは一切やらず、リスクヘッジで副業を始め成果を上げる
・持ち家あり/既婚(こども1人)
こんなことを書くと本音や嫉妬で「そんなんで努力とか成功とか言ってんの?レベル低くね?w」と言う人はいるだろうし、
実際私の何倍も努力して何倍も富や名誉を得ている人もたくさんいると思う。
ただ、私は満足のいく成功を収めていて、それは運が良かったのではなく自分の努力の結果だと自負している。
もし「お前は運が良かっただけだ」というならば、どこに運要素があったのか是非教えてほしい。
もちろん「家に隕石が落ちなかった」とか「通り魔に刺されなかった」みたいな「極端な不運が起きなかったこと」を運が良かったと曲解するような言いがかりは無しだ。
私と同じような思いを抱いている人がいると信じているが、リアルでこんなこと言ったらただの痛い奴だから、ここで吐き出させてもらった。
死んだことを上手く消化できなくてよくわからなくなったからはてなに初めて書いてみる。
やっていると言ったったのは、経営しているというほどのものじゃなくて
ほんとにただ生き残っているだけだから。起業してから約10年。
そして、ホンダやソニー、パナソニックといった日本を支えた経営者たち、
IT企業を始めとしたベンチャーで成功してきた人たちの本を読んだり
記事や動画を見たりして、いつかこうなりたいって思いながらやってきた。
おれなりに必死に頑張ってきたつもりではあるが、能力も運も何もかも足りなかったね。
もちろん、諦めて自暴自棄になっているわけではないよ。これからも一生がんばっていくつもり。
そんなおれを起業した時から、いや生まれた時から見守ってくれていた人が死んだ。
死ぬ少し前にもおれのことを心配してくれていたことを人づてに聞いた。
その人は自分のことを犠牲にしてでも人のためにやさしくできる人だった。
世渡りもうまくはないと思う。まじめで優しい人だった。
親の介護のために一人で頑張っていた。
遺品を整理していたら、日記をみつけた。
最後にその人に会った9月21日の前日に体調が悪かったが少し良くなったと書いてあった。
最後に会ったその日、友達がなくなったりして「おれも死んじゃうかもしれないな」と冗談で言っていた。
よく考えれば以前に比べて痩せていたが、その時は「大丈夫だよ」と笑って答えてしまった。
あの時、強引にでも病院に連れて行けばよかった。
ずっと前から具合が悪く、疲れていたようだ。
死んだ後の手続きや片づけをしていると、本当にいろんなことをしているようだった。
地域での活動、小学生の見守り、町内会の仕事…こんなにやってたらそりゃ大変だよ、今年の夏は暑かったし。
誰にも弱音を吐かず、他の人のために頑張っていた。
もっと自分のための時間を楽しめばよかったのに。ずっとそういう人生だった。
自分でもよくわからないし、その解決策やそういう人にとってほんとに何がいいかはわからない。
おれに力があったら、世の中の役に立てるような仕事やサービスを作れたかもしれない。
「おかげでこんなことできるようになったよ」って報告できたかもしれない。
自分の無能が情けなく、力不足がほんと辛い、吐きそうだ。誰にも言えないけど。
だって中年だし、一応、対外的には会社の社長でもある。こんな愚痴こぼしてはいけないよね。
まとまらず、何を言ってるか読んだ人はわからないかもしれない、ごめんなさい。
別に誰かに読んでほしいとかではないんだけど、ここに書けばその人のことが世界に残る気がして。
話しを戻して、これを読んでくれた人にとって役に立てばよいなと思うことを
最後に少し書かせてください。もちろんただのたわ言です。お気になさらずに。
「明日死ぬかもしれないと思って今日を頑張る」って思って頑張っている人いると思う。
ステイフーリッシュ的なやつね。
でも、「明日大切な人に報告ができなくなる」と思って今日頑張って報告するようにした方がもっと力湧くよ。
そして、当たり前なんだけど、後悔はしても意味がない。
少しでも時間があるうちに、時間を無駄にせず後悔しない行動をするといい。偉そうでごめん。
みんなも後悔する前に大切な人と大切な時間を過ごすといいよ。
よく山へつれていく父親だった。理由を聞いたらルソーの教育論を読んで自然が大切だと思ったと語っていた。
母に山よりも図書館へ行きたいと言った。図書館にもよく連れていかれるようなった。私の地元はいろいろと活発な地域だ。財政もそれほど悪くない。
観光にも力を入れている一方で教育にも力を入れている。立派な図書館がある。清潔で比較的新しい建築物で3階にはレストランもある。
同じ日に生まれた同年齢のいとこがいる。私の母親たちは私たちのことを競わせた。ベネッセの通信教育を早めに導入した理由だろう。
どちらの子供がより優秀かと張り合っている空気があった。これが私が勉強ができた本当の秘密だろうか。
強欲な宝石商と鉄鉱を扱う絵心のある職人、それが私の母方の祖父母である。母方の祖父母は芸術に関した仕事を行っていたため、収入が安定せずに母親は若い頃に苦労をしたらしい。
大学には行かず、バイトをしながら自分で弁当を作り、高校を出たあとですぐに就職し、職場結婚する。その後、バブルは崩壊。キャリアもなかったので非正規で働かざるを得なくなる。
結婚した相手が問題だ。酒を飲むとよく口が回る女好きの地主の子供。常識を身に着けた今、聞くだけでダメな人間だと分かる。
農家から身売り同然に嫁に来た祖母は閉鎖された世界で暇を持て余し、このダメな息子が可愛くて仕方がない様子。猫可愛がりしていた。
父親のほうでも老婆を労わるマザコン具合をみればその愛情が決して一方的なものではないと分かる。
彼彼女の人間に対する親愛の情の深さを考えれば私にもその血が流れていることを感じる。
幾分、奇特な経験が不運にも繰り返されたおかげで私のその遺伝的情愛が生身の人間に向くことはほぼないが、その分、博愛として万人に降り注ぐ。
薄い、薄い情念として、まるで自分にも相手にも無に感じられるような薄くなった博愛だけが私には残った。
父は胃がんになった。将来にとっておいた学費を医療費にまわしてもいいかときかれた。
私が当時、大学の重要性を理解していたかどうかは分からない。何しろ小学生のときの話だ。
私は特別に父親を好いてもいなかった。しかし、人間として、人の命がかかっていると聞いて私は何を躊躇うことがあるのかと思ったようだ。
実際のところ何百万という貯金はごくごく自然に医療費に回されたのだから。何の抵抗もなく。私の反抗もなく。
結局のところ私には大学に行く金はなかったのだ。だからこそ県で一番の高校へ行っても意味がなかった。
私の才能は天に愛されなかった。
学費を出してくれている親には申し訳ないと思いながら毎日を生きている。
原因は人間関係だが教員と揉めたわけではなく、学生同士で揉めた。
そこから行ったり行かなかったり曖昧な生活を続けて数か月が経つ。
こちらに落ち度はなくむしろ完全な被害者なので、うわさを聞きつけた高校時代や大学での友人、部活の先輩後輩が
代わる代わる話を聞いてくれた(愚痴を聞いてくれたともいう)。
気分が晴れない生活を続けているが、素敵な人たちと人間関係を築いてきていたこれまでの自分を誇りに思えた。
ただ一方で、人に対して幻滅したこともあった。いま所属する場所の一部の人間である。
それまでは「普通の」人間関係を築いていた。もちろんうわべだけかもしれないが、うわべだとしても滞りなく日常生活を送っていた。
卒業が迫っているのに結果が出なくて焦っていることを、
自分は追い詰められているのに、その状況を味わっていない後輩がいることを、
どうも許せないらしい。
態度でも文章でも八つ当たりされているがそれを避けられる心の余裕もない。
受け流す心の余裕もない。
研究がうまくいかないどころか研究を進める場所に行けない状態で、
揉めた原因で相当追い詰められたが他人も同じようにその苦しみを味わえばいいのになんてお世辞でも言えない。
こんな思いをする人が一人でも減ってほしいと思いながら生きている。
どうして八つ当たりされなければならないのか不思議で、もやっとする。
人の本性を見た。
後期の学費を祖父母に払ってもらい、さあ頑張ろうと思った矢先に学校に行けなくなった。突然だ。どうしても足が学校に向かない。金も気力も無く文化的な生活も出来ていない。
高校の頃にもこういう事はあった。3年の後期になって学校に行けなくなった。理由はシングルマザーである母の躁鬱が悪化したからだ。少し目を離すと自殺するんじゃ無いかと不安で気が気でなかった。
そんな生活を2ヶ月も過ごしていると吹っ切れてきて「もう死んでくれないかな。これは俺の人生なんだから、俺以外が死んでも俺には関係ない」なんて思考がチラついてしまっていた。毎日死んでやると言っていた母はいつのまにか状態が良くなり、俺はいつのまにか学校に行けなくなっていた。本もアニメも音楽も楽しめなくなっていた。
鬱は感染るんですなんて笑えないジョークだと思っていたが、環境は簡単に人を鬱にするんだなと思った。病院には怖くて行ってない。いっそ病名の付いている病気だと言ってもらえた方が楽なのかもしれないが、自分が健常者である、普通である。というところが自分の心の最後の柱に感じられて、病院には行けなかった。
受験には失敗した。これは元々勉強も何もしていなかったので当然の結果だった。
母は田舎が自分の精神を病ませたと言い切り東京に1人で引っ越した。
祖父母と母の挟み撃ちにあい田舎と東京のdisを延々と聞かされる環境からは解放されたが、東京からは母が毎日のように電話をしてくる。内容は「東京の学校に進学するんだよね?頑張って勉強してそんなクソ田舎さっさと抜け出してね」といったものだった。
モチベーションもクソも無かったので地元の友達と遊んで過ごした。一年でペンを持った時間なんて1時間も無いってくらい。映画も小説も漫画もアニメもとにかく楽しんだ。祖父母は何も言わなかった。
地元で就職してコイツらといつまでも遊んでいたいなと思っていた。
1年が経った。
そもそも受験はせず、母の圧力に負けて渋々東京の専門学校に通い始めた。バイトと学校にリソースを割いて、趣味の時間は無かった。これは世の学生は皆似たような環境だと思う。けど辛い。仲のいい友達とは通話したりするが、地元で集まって遊んでいるところを見るとやはり疎外感を感じる。
母はすぐ近くに住んでおり何かあるとすぐ電話をしてくる。電球が切れたから変えて欲しいだとか、ご飯を作って欲しいだとか、他愛ない特にめんどくさいとも思わない電話なのだが、それが自分にはとても辛い。
多分、俺はもう母が嫌いなのだろう。母が死ぬところを想像すると、胸がとてつもなく辛くなるが、それでも、出来れば死んで欲しいんだと思う。
かなり話は長くなってしまいましたが、どうすれば学校に行けるようになるか、誰か良いアドバイスは無いでしょうか?という話です。
人生一発芸で良いやと思っている人間ですが、最低限の人生を進む上で、この学校が自分にとって、最後の踏ん張りどころなんです。