はてなキーワード: SOSとは
仕事で困ってSOSを投げ掛けてるのに、助けてくれない上司が嫌い。
派遣社員なのに、正社員とほぼ変わらない、契約外の仕事までさせられてる。
給料を上げてくれないのが腹立つ。
飲み屋で知り合ったしつこい男が嫌い。
私みたいな底辺女はアンタみたいな意識高いっぽい男が大嫌いなんだよ。
断ってるんだから、引けよ。
一生派遣社員で、オバサン社員にちやほやされて喜んでろ!クズが。
Twitterで嫌いなゲームクリエイターのことをつぶやく女が嫌い。
ホントは好きなんじゃないかとすら思ってる。
綺麗だけど、中身が汚すぎる。ケチだし。
上に書いたみんな嫌い。嫌いだよ。
目の前から居なくなってほしい。
構ってほしいんだよ。
気持ち悪いと思って警戒してくれるなら、むしろ推奨されるべきではないの?
残念だけど、犯罪者が居ることを前提とするなら、当の児童たちが無自覚であることこそ危険なわけで。
警戒心が強いことは、悲しいけど、現在の社会では必要なことなのかもしれません。
テレビのニュースで取り上げられるような容疑者はわりかし「いかにも」な風貌の場合が多いですが、
元記事のtogetter でも書かれていたように、近親者、親族とか学校関係者とか、被害者の身近な人物が加害者の場合も多いと聞きます。
そういう人たちのことを、「気持ち悪い」と思えるかどうか。
何かおかしいと感じたときに、すぐに周囲にSOS を発信できるかどうか。
ある程度犯行を繰り返したあとで、母親か誰かに相談してようやく発覚した、みたいなニュースも聞いた覚えがあります。
児童当人たちにも自分がどういう存在で、どういう風に見られているのか、ということは知っておいてもらいたい、と思うのは酷でしょうか。
児童に負担を強いるようで心苦しいけれども、何も教えず無菌状態で育てるわけにはいかないのが実状ではありませんか。
あと、時折書いている方もいらっしゃいますが、
対象が女子児童だけだと思うのは間違いで、男子児童に対しても自覚を促すことが必要です。
TRICERATOPS - Fall Again(2000年)
ポルノグラフィティ - Century lovers(2000年)
ノーナ・リーヴス - LOVE TOGETHER(2000年)
JUDY AND MARY - Rainbow Devils Land(2001年)
SUPERCAR - YUMEGIWA LAST BOY(2001年)
B'z - ultra soul(2001年)
THE BACK HORN - 涙がこぼれたら(2002年)
https://youtu.be/0ZwG5QuxJw0?t=5m30s
ASIAN KUNG-FU GENERATION - 君という花(2003年)
フジファブリック - ダンス2000(2004年)(インディーズ盤では2002年)
BUMP OF CHICKEN - オンリーロンリーグローリー(2004年)
キャプテン・ストライダム - マウンテン・ア・ゴーゴー・ツー(2004年)
ART-SCHOOL - あと10秒で(2005年)
the band apart - higher(2005年)
Base Ball Bear - ELECTRIC SUMMER(2006年)
BOOM BOOM SATELLITES - KICK IT OUT(2006年)
サザンオールスターズ - DIRTY OLD MAN ~さらば夏よ~(2006年)
hare-brained unity - ORION(2006年)
https://youtu.be/9IaIHX2FO-0?t=15s
Mr.Children - フェイク(2007年)
L'Arc〜en〜Ciel - SEVENTH HEAVEN(2007年)
MONOBRIGHT - 頭の中のSOS(2007年)
GOING UNDER GROUND - TWISTER(2007年)
school food punishment - you may crawl(2007年)
Aqua Timez - 虹(2008年)
the telephones - Love&DISCO(2008年)
竹内電気 - Baby I Love you(2008年)
winnie - first class speed of light(2009年)
UNISON SQUARE GARDEN - MR.アンディ(2009年)
周辺の無関係な人すべてを、再起不能な事態に巻き込むんじゃないか・・・
そんな不安が留めもなく湧いてきて、何もできなくなる。
テンパりすぎて、まっとうな批判とキチガイの攻撃と、一般論的な愚痴の区別がつかなくなり、
周囲の人を巻き込まないことに懸命になって、
なんの行動も対策もできなくなって、
せめて・・・と自分から人とのつながりを断ち切ったり、相談もできずSOSも発せられない。
パブリックな擁護ができなくなったり、念のためのリスクヘッジで距離を取らざるを得なくなったり・・・で、
潮が引くように周囲の人間が逃げていくように思えちゃう。自分が世界から見捨てたれたような感じ。
もし周りで親しい人が炎上してたら、
こっそりでいいので声かけてあげて欲しい。
そう電話やダイレクトメッセージで一言あげるだけで、ものすごい支えになる。
それだけのことで、人命が左右されたりもする。
全員オタク。
これ書いてる人(26歳・花粉症)
登場人物だけで勘の鋭い人にはなんの話かピコーン!と分かるだろうが、要するに辛い友達が女の子たちに突撃→フラれまくっているという話。
辛い友達は結婚願望なし!で彼女もここ7年ほどおらず、ただ友達は多いタイプなので充実した週末を送っていたんだと思う。
それがここ3年くらいからおかしくなった。たぶんこれ、辛い友達の両親が3年前、半年以内に二人とも亡くなったことも遠因なんだと思う。
「あーこの面子で集まるのは二度とないだろーなー」って飲み会をまたやろうとする、
絶対その子脈無いだろっていう20か25年下の女子に突撃して、断り方のわからないぐらい若い女の子たちから私宛にSOSがくる(なんでも年上すぎて異性だと思ってなかった! と皆口を揃えて言う)、
結婚したばかりの知人を毎週遊びに誘う、など、こいつ一体どないしたんやというようなことを繰り返してる。
で、年下狙うならメンヘラ狙えばまだいけなくもなかろうに、よりによってメンヘラじゃないいいとこのお嬢様ばっかり狙う。
いいとこのお嬢様プラス喪すぎて異性からのラブコールに気がつかずに普通にやりとりする→気がついたらイルミネーションのど真ん中にいる→手を繋ごうとする→お嬢様たちびっくりしすぎて慌てて帰る
このパターンを5回はやってる。なぜ知ってるかって、女の子たちから相談されてるから…… 「(辛い友達)さんは歳の離れた友達であって異性ではない」
「異性としてはイマイチ魅力的ではない、愚痴っぽい」って5人ぐらいから聞いてるから……
なんとかしようと遠回しに提案した、新しい趣味たちは「そうだねー」「でもお金かかるからー」と却下されて、ここ一年ぐらい何も改善されてない。
その割には女子会について来ようとするし、あんた金ないんじゃなかったのかよ(´Д` )
女なんかもっと金かかるだろ、まさか20ちかく年下の女の子とワリカンしようとしてたのか(´Д` )
きっとこういう、趣味満喫したい系男子がビシバシおっさんになって、ビシバシ両親が死んで、気がついたら一人で、友達はだいたい結婚してて、若い子達は微妙にテンションが違って、同い年ぐらいの独身チームどうしだと、みんな一人慣れしててなんとなくしっくりこなくて、って人、たくさんいるんだろうな。
THE婚活ってところに出て来られないおとなしい人がたくさんいるように、THE友達作りましょー! なところが苦手な人、たくさんいるんだろうな。
女の子たちには申し訳ないけど、あれが若い子に飽きるまで突撃し続けるのを見守るしかないんだろうか。
私もう「増田子さんちょっとお話が」でアフタヌーンティーで女の子たちから回避の方法聞かれるの飽きたよ……
続く
父は還暦近いが思春期の少年少女並みに夢見がちで、情緒不安定な性質である。加えて頑固で寂しがりときた。要するに現代社会では大変生きにくい。
常は酒に飲まれたり、風呂トイレで中島みゆきのファイトや吉田拓郎の今日までそして明日からを熱唱したり、あるいは衣装ケースの奥底に二重底で隠してある女教師もののAVを眺めては心の均衡を保っているものの、ストレスがある一定のラインを越えるとSOS信号よろしく私の携帯のメールアドレスへ謎の散文を送ってくる。実家にいる母や妹には一度も送ったことがないという。「うちの妻は芸術を理解しない。」知るかよ!
散文の形式は多様である。相田みつを調、ラーメン屋の格言風、難解な言い回しをしたかと思えばストレートにI LOVE YOU。冷蔵庫で真っ茶色になった馬肉を見つけた寂しさから黄昏流星群を読んで死にたくなった切なさまで、表現豊かに語られる父の詩的世界をはじめの頃は読んですぐ消していたが、ある時「これ寝かせてみたら面白いんじゃねえの、ちょっと取っておいてみっか」と何の気なしに溜め始めた。
保存用フォルダの名前は「くそぽえむ」。今や一冊詩集をつくれる程度にはメールがたまっている。
そして今夜もくそぽえむが送られてきた。この時期は毎年ぽえむの量が増える。昔よりも落ち着いたとはいうが、やはり春闘は辛いらしい。
『ぷぽぽぺん ぱふぱふ』
送られてきてから三時間経つが、どういう意味かさっぱりわからない。しかし情緒がやられているのは確実なので、電話を掛けるのも躊躇われる。
ネット上に転がる怖い話、不思議な話が大好きだけど、いつも「あの話なんだっけ」と忘れてしまうのでリスト化。
個人的な趣味として心霊モノは少なめ。少しマイナーな話を中心に。常時アップデート予定。
語りの不気味さが最高。
超有名な師匠シリーズの中で、個人的に良く出来ていると感心した話。シリーズを読んでなくても楽しめる。
ヤクザモノなら『『地下の井戸』』もいいけど、導入含めてこれも好き。
かなり薄気味悪い話。読んでると自分も小学生の頃に引き戻されるような。
炭鉱夫が大ヤケドを負い…。
つづく…
「ツッコミスキルを鍛えたい!」と世の中のみんながそう思ってる。何故だ?何故なんだ?ツッコミなんてお笑い芸人だけのものだろう?それともあれか、合コントークに使うのか?
いやいや。ツッコミというのは「人心掌握術」なのだよ。人を感動させ賛同させるためのな。生きていく上で必要不可欠な存在、それがツッコミスキルなのだよ。
え?「なんでや!ツッコミはそんな大層なもんじゃないやろ!」って?ノンノン、ツッコミは凄いんだ。大層なものなんだ。なのに「ただの間違いの訂正と誤解されている」んだ。
例えば。「なんでや!阪神関係ないやろ!」っていう間違いの訂正。違和感の訴えとも言えるが。まあ、芸のあるツッコミとは言えません。
この場合は相手がツッコミ待ちだからマシだけど、そうじゃない場合には?ツッコミって体(てい)で間違いを訂正したら嫌な顔されたなんてオチが見えますねえw
だから間違いの訂正に間違いの訂正をしたい。そんなんじゃねえよツッコミってモンはよ、ってね。これツッコミじゃなくてガチダメ出しなw
もひとつ例をあげようか。んーそうだな・・・例えば「人すくな!」。こういうツッコミってどうなんだ?誰にでも言えるよな?見れば誰でも分かる違和感を口にする意味ってなんだ?代弁とか?おもに代弁だな。
でもタイミングが難しい。速すぎても遅すぎてもだめ。特に遅すぎないのが大事。遅れて「人すくな!」と言うと「見りゃわかるわ」と言われるのがオチ。これではツッコミのつもりがボケになっちまうw
みんなが「人少ないな」と思いかける瞬間に「すくな!」と代弁するから賛同される。
なぜ俺はこんな話をしたのか?ちょっと考えれば分かる分析を披露するため?いやそうじゃなく、ツッコミは単なる違和感の訴えなんかじゃないってこと。それが言いたかった。
違和感を訴えるだけなら、どのタイミングで「人すくな!」と言ってもよいはずだ。訴えるだけなら簡単なもんだ。そうじゃないって。ツッコミは鋭くないといけない。
鋭いツッコミとは、人々の違和感をスッキリさせるツッコミだ。そのために絶妙なタイミングで違和感を訴えてるだけで。訴えるだけならサルでもできる。
もう分かっただろう。ツッコミは間違いの訂正でも違和感の訴えでもない。ツッコミは違和感からの解放。人々のモヤモヤをスッキリさせるから「人心掌握」できるのだ。だから人生の必須スキルなのだ。
みんなそのことを多かれ少なかれ分かってるから「ツッコミスキル鍛えたい!」と思ってる。でも間違いの訂正や違和感の訴えを頑張ってもダメなんだ。それではツッコミスキルが鍛えられない。
ここまで読んだ読者にはもう分かっただろう。ツッコミスキルを鍛えるには、違和感に着目すればいい。常日頃感じた「違和感をメモする」ことから始めてみては。
ただーし、文句を言うのではない。違和感の解決が目的だ。文句ばかり言ってたら違和感が強まるだけ。これはつまらないお笑い芸人になる罠である。
ツッコミスキル鍛えるつもりが文句スキルを鍛えてたなんて笑えない。笑えないし笑わせることもできない。これは文句たれるだけのつまらん人間から脱却するチャンスでもある。
じゃあ違和感はどうやって解決すればいいのか?秀逸なツッコミはどんな具合に違和感を解決していたか思い出してみよう。
フットボールアワー後藤のツッコミ集botをここに置いておきますね。 https://twitter.com/gotosmart_bot 好みが合わない場合は各自用意するように。
秀逸なツッコミというのは例外なく「的確すぎるwww」と笑いたくなるだろう。ただ違和感を表明するのではなく的確に表現するから「たしかにwww」と笑いたくなる。
しかも、ごく当然のことを的確に言いながらも斬新さがあるでしょ?つまり、みんなが思ってる違和感に対して、斬新な視点から的確に言ってのける。だから「たしかに!」と感動され賛同される。これが鋭いツッコミってやつ。
言い換えると、あやふやな説明しか与えない既存の認知をくつがえし、そしてスッキリした枠組みを与えることで、人々の違和感を解決する。それが鋭いツッコミ。
言われてみると当たり前だけどこれがツッコミスキルを鍛えるために重要なんよ。
ここでFAQに答えると、「世の不条理を的確に表現するだけなら批評家でもできるじゃん。でも笑えないこと多いじゃん。」そう思った?
笑える批評もあるよ。映画や音楽の評論家に多い印象があるな。批評が笑えないことが多いのは、抽象的な不条理は「みんなの違和感」として共有するのが難しいから、
視点の斬新さは必ずしも必要ないから、的確さといってもインパクトある的確さにすると暴論になりがちだから、だな。
もひとつ。「詩はユニークで的確な表現を使うけど、だからって笑えるわけじゃない。笑いなんて理屈で説明できないんだよ。」そう思った?
これはそもそも違和感がたりない。詩は美を表現するものだ。違和感が表現されることもあるが、そればかりでは美しくならない。そういうことだ。
大事なことなので2回言います。「みんなが思ってる違和感に対して、斬新な視点から的確に言ってのける」。これが面白いツッコミよ。
となれば、ツッコミスキルの鍛え方はもう完全に分かっただろう。
まず違和感をメモする。メモする時は文句にならないように。これはもう言った。普段から「おや?」と引っかかる物事にアンテナを拡げておくのがいいな。
次に、違和感を的確に表現する練習。これも愚痴にはならないように。表現に斬新さは必要ない。ここまで読んだ君なら、表現を奇抜にするだけじゃ無意味だって分かるだろ?
斬新さが必要なのは視点だ。単に表現が斬新なだけで視点がありきたりなままでは、違和感は解決されない。ありきたりな視点で解決できるならみんな違和感にモヤモヤしてない。
さて、1つの違和感に対して的確な表現を模索してると、突然頭がピカッと光ることがある。新しい視点のひらめきだ。
この回路を鍛えるために練習するのよ。1日に何十回もピカッとするようになったら人生(QOL)も変わる。
最後に、新しい視点集めをしよう。違和感とか関係なしに、新しい視点だなと思ったらメモする。自分にとって新しければどんな些細なことでもいい。
むしろ些細なことのほうがいい。エロ画像集めてると後で見たらあんまエロくないのに保存しちゃうことがあるだろ?興奮してると些細なエロでもエロく感じる。
それと同じで日頃から些細な新しさでも積極的に興奮していこう。派手な新しさの中に本当の新しさは少ない。些細な新しさの中にこそ可能性がある。
だから新しさの感度を高めていくのだ君達。ただし、フェイスブック式の機械的な「いいね!」にはならんように。それでは逆に感性が鈍くなる。
ちゃんと新しいと感じることが大事。ほんのわずかでも新しいと感じてるのを確認してからメモする。
.
いやあ、みんなありがとう。以下返信。
まず「なるほど」「こういう能力が欲しい」ってコメントしてくれた人達。ありがとう。
本エントリをツッコミ待ちと解釈した人達、ツッコミ入れた人達。バレちった?w皮肉じゃなく本心なら半分正解。なかなか鋭い。
>「秀逸なツッコミ」は「秀逸」だと気付かれないツッコミです。ツッコまれた人だけが「あ、なんか話しやすい」と思えるのが理想です。目立ちたがりのツッコミは存在がうるそうなる。
確かにそういうものかも。気付かれないほうが気付かせることができる。そう思うんだ。人にツッコむときは気をつけたい。
なるほど。そういう役割もあるね。いろいろ考えてみる。桂枝雀にも興味もったよ。ありがとう。
> 要は、何か違和感のある空気となった時、違和感へ触れることがタブーな雰囲気になる前に即ツッコミをいれてフラットな雰囲気に戻す事ができる能力=ツッコミ力ということでしょうか。
あぁ、場のみんなが違和感に触れやすくする役割もあるのか。他に、触れやすくても言葉にしにくい違和感を代弁して解放させる役割もある。両方ツッコミだけど想定してたのは後者。
> 例えツッコミが復活してきたのって、流れとしてはツッコミのボケ化だと思う。ボケはほんとセンスでやる行為だから真似できない、でもツッコミは例え上手くすりゃ形は真似できる。しかし本当はそっからが大切なんだ
面白い見解だね。ボケ的センスを加えたツッコミ。高圧的に間違いを訂正するツッコミから、ボケて違和感を解放してあげるツッコミへ。
> ツッコミキャラの自負持ってる奴はたいがいクソだと思うけどね
> ツッコミは、別に鋭くなくて、場が和めば、それでOKだという考え方もある。
いやそれは本当にそう思う。「鋭いツッコミ」ってある意味鋭くないものだよな。
> フリスビーをどこに投げても取ってくれるのがツッコミなのであって、違和感だの非常識だのは関係ないな・・と思ってるのでツッコミを鍛えたいなんて思ってなくて、だから関東の人の会話はフリスビーが飛び交ってる。
なるほど。確かに相槌に近いところがある。どんな暴投でも拾ってくれる相槌。拾う気があればスキルなんて鍛える必要ないとも言える。違和感というよりもっと広く「興味」でどうだろう。
> 笑いの話でいうと、司会者気取りでつまらん無茶振りをしてくるやつが不快。ボケをやりたがる人って少ないよね。
たしかにね。ツッコミが暴力装置になっててボケは損な役回り。だからツッコミの再定義が必要。また、意図せぬボケをしても関西風に「おいしい」と思えるかどうか。
> 日常生活で「面白いツッコミしよう」って思ってる人は、99%がスベッてる。自分の周りの『面白い人』を思い浮かべてみれば、無理に面白いこと言おうとしてないでしょ
うん。身体に染みついてないとな。ツッコミは笑いの道具である前に認識様式でないと。本読む時ツッコミ入れながら理解するけど、そのとき無理してるか?って話。
> 長いよ!自称Sですと同じニオイがする
> ツッコミは多分普段からのキャラの方が重要だと思うけどな。いじられる要素持ってたら言葉に何も説得力を持たないから。
そう。世間ではツッコミキャラ=いじり役になってる。それに目指す価値があるかってことだと思う。
> ツッコミスキルで一番重要なのは、望まれないツッコミはしないということではなかろうか。
批判的ツッコミは危ないね。人々の否定感情を代弁する批判的ツッコミも誰かを傷つけうる。
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補足。
ツッコミには愛が必要って話が出たので補足。本文に沿えば愛あるツッコミとは「違和感からの解放」。一方、文句(に近いツッコミ)ってのは「常識の反復」なんだよな。
例えば、友達が何かに文句ばっかり言ってたとしよう。その人は何かに対する違和感を抱えこんでる。その違和感を直接解決するには、違和感に的確な理解や表現を与えないといけない。
だから、常識や固定観念でしか考えられないでいると、なかなか違和感を解決できないことが多い。違和感を解決できないから、文句を周りにブーブー垂れる。
また、違和感だけでなくその背後にある問題もなかなか解決できない。常識にとらわれて理解が不足し視野が狭くなってるからな。
そう考えると、文句ばっかり言うのは、SOS信号を出してるともみなせる。視野の広い人による愛あるツッコミ待ちってこと。
世の中には文句に近いツッコミが得意な人が沢山いるけど、そんな人では救えない。文句では文句への没入は救えないし、常識では常識への没入は救えない。
http://everydaymonday.hatenablog.com/entry/2014/07/18/104403
まずなにより、こいつの言動を冷静にジャッジしろよ。「不気味」だろ。
「悲しい」とか言いつつ、なんでブコメしたのか書いてない点、卑怯だろ。
とことん卑怯だろ。
自分の、娘や、嫁や、妹や、友達が、仕事先やバイト先の客に、こんな風に粘着されることを。
それで、「不気味」とツイートしたら、お前はそれを非難するのか?
「会社への帰属精神が足りない」「お客様をなんだと思ってるんだ」と叱責するのか?
こうも想像してみろ。
喫茶店でコーヒー飲んでたら、隣の客がウェイトレスの接客会話を音声に録音してネットに上げていた。
録音データの存在を知ったウェイトレスが「不気味」とツイートしたら、お前はそれを非難するのか?
「この店の教育方針はなってない」「お客様をなんだと思ってるんだ?」と食べログに書くのか?
なぁ。
オレたちが「不気味」と言われたのか?違うだろ。
彼女は、オレたちを非難したのか?違うだろ。
一番大事な事を。
あれは「非難」じゃない。「SOS」だ。
パソコンも同じだけど、体中のエネルギーが充満し過ぎたり不足したりすると
それを休めようとする働きがあるとかないとか。
パソコンの場合、熱膨張を起こすとそれを止めるべく熱量をたくさん放出するために一時休止する事がある。
同じ様に人間にも目が極限まで使われたりドライアイの状態に陥ると、水分補給がてら眠気を催すのではないかと思えてならない。
どうせ寝るのだから、パソコン作業をやめて、眼鏡の人は眼鏡を外して、毛布でも身体にかけて、万全の状態になってから
そうでなければ、この身体が叫ぶSOS信号をキャッチするのが遅れ、不恰好な状態で眠り、頭痛・吐き気・腹痛に加えて足が痙攣したり、乳酸が溜まったりして
あまり良い状態になれない、と考える。
そうなれば目が疲れる疲れない以上に身体中が、一時休止を求めるが如く突如眠気以上の昏睡状態に襲われるかもしれないのだ。
そうなる前に、寝る所は確保しておくべきである。
出会ったのは2年半前
付き合ったのは2年前
たった四ヶ月で別れた
長期休みにお互いの家に泊り合って20日間同棲のようなことした
遠距離でもないが、すぐに会いにいける距離でもない
一緒にいるのはすごく幸せだが、自分の時間が取れなくて不満に思うこともあった
泊りあった20日間の後は、自分の時間が欲しくて、少しだけ彼女と通話する時間が減った
付き合い始める前から、毎日最低3時間、長いときは6時間は通話していたが、
それから一ヶ月も経たずに振られた
振られる前の一週間くらい彼女から通話で「好き」と言われなくなった
以前は私が「好きだよ」と言うと「私も好き」と返してくれた
それが振られる直前は「好きだよ」と言っても「ありがとう」と返ってくるようになった
私はこれがすごく気に食わなかった
それをやめてくれ、と彼女にLINEを送ると、「他の男を好きになった」と別れを切り出された
最初はなぜか冷静に「やっぱりな」と思った
そのときは頭が真っ白になってどう返していいかわからず、簡素の受け答えになってしまった
振られて30分くらい放心状態が続くと、頭も状況を理解したらしく
涙が流れてきた
そのときは大学の講義中だったが、どうしても涙を抑えることはできなかった
このまま終わるだけは嫌だった
その足ですぐに彼女の家に向かった
向かっている最中に「今向かっているから会って話そう」と送った
「来るなストーカー」という返ってきた文字を見て戦慄した
『振られる直前まで彼氏という立場だったのに、自分は彼女にとってもうストーカーでしかないのか』
「とりあえず行くからどうしても嫌なら警察でも呼んで」と返した
もうやけくそだ
彼女の家に着くと、父親が出た
「あれ?今日来るなんて聞いてないよ、どうしたの?」と不思議そうだ
まだ別れたことを親には言っていないみたいだ
事情を説明して、とにかく話がしたいと訴えた
つい最近まで朝も昼も夜も一緒で、「好き」と言い合っていた相手に会えない
距離にして10mもないところにいるのに会えない
私は父親の前でみっともなく泣いてしまった
どうしようもないので、その日は会えないまま帰った
まさか振られるなんて思っていなかった
それだけが頭の中をぐるぐる回っている
自己嫌悪でどうにかなりそうだった
朝起きると「昨日は会えなくてごめんね」とLINEが入っていた
通話する内容も、お互いの対応も付き合っているときと何も変わらないのに
ただ"関係"が以前とは違う
始めての彼女であるし、こんなに自分のことを想ってくれる人はいなかった
別れた後でも、連絡できなくなるのが怖かった
振られてから二週間ほど経ったある日
彼女が「新しく好きになった人」に振られたらしい
私は「また付きあおう」と猛烈にアピールした
彼女はそれに了承し、また付き合うことになった
私はもう二度と失敗を起こさないことを胸に誓った
その表情は暗かった
「好きだよ」と言っても、「私も好き」とは返ってこなかった
以前と全然様子が違った
彼女は口では言わなかったが、自分のことを好きではないことがひしひしと伝わってきた
自分がクリスマスの話をすると、彼女は「クリスマスは会えない」と言い出した
理由を聞くと、クリスマスは新しく好きになった人と会う約束をした、とのこと
やっぱり、私のことを好きだった彼女はもういなかった
このときは聞かなかったが、なぜ好きでもないのにまた付き合うと言い出したのかと疑問に思った
しかし、それでもそのときの私は彼女といられればそれでよかった
彼女のことが本当に好きだった
その夜は彼女と久しぶりのセックスをしたが、本当に味気のないものだった
お互い名前を呼び合い、「好き」と言い合い、お互いを感じ合った
自分は付き合っている頃と同じ、いや一度振られてからそれ以上に愛情を注いでいるのに
それでも
それでも私は彼女が好きだった
次の日、彼女が帰る前に自分の家で、新しく好きになった人と電話をしていても
それでも私は彼女が好きだった
彼女が私のことを好きでなくても、彼女は私と付き合うと言ったのだから
私達はカップルだ
そう信じ込んでいた
この文章を読んだら、誰だって「そんなのカップルではない」と思うだろう
それから毎週末に「会おう」と持ちかけたが、何かと理由をつけて会ってくれることはなかった
そしてそんな関係が長く続くはずがなく、一ヶ月と経たずに振られた
「今度、新しく好きになった人の家に泊まりにいくんだ」
あ、ついに来たかと思った
彼女は新しく好きになった人に振られた後も連絡は取って猛アタックしていた
その話を何度も楽しそうに自分に語っていた
まったくすごい女だ
この時点では、新しく好きになった人と彼女は付き合っていなかったが
会うなら付き合うのは確定のようなものだ
そして最後に「そういうことだから、やっぱり付き合うっていうのは撤回ね」と
ついでのように書いてあった
ここで彼女と会ったときに攫うか殺してしまえば、新しく好きになった人に会わせなくて済むな
そんなことを少しでも考えるほど、ショックだった
それでも言われるがままに駅の案内をした
彼女が案内を終えて去る私に言った
「私ではなく、もっと良い人見つけなよ」
これ以上にない皮肉だった
私は酒は飲まないが、この日は酒を飲んだ
何も美味しく感じなかった
自分と付き合い始めた当初の彼女のツイッターを見ているようだった
彼女とは一週間に2,3回通話した
やはり付き合うことになったということを聞いた
「増田ならそんなことで怒らないのに、新しい彼はすぐ怒る」「束縛が厳しい」
他にも不満だらけだったような気がする
日に日に愚痴が増えていき、「増田と別れなければよかった」なんて言い出す始末
「束縛されて我慢している分、付き合っていないと悔しい」とわけのわからないことを言われた
このとき以外にも「悔しい」とよく言っていた
悔しい思いまでして付き合うことあるのだろうか、と毎回思った
しばらくして、新しい彼が彼女に内緒で他の女とデートしようとしたことが発覚した
それでも、結局付き合い続けることにしたらしい
彼女と新しい彼のことは何かあるたびに通話で聞いていた
束縛が厳しい、新しい彼の浮気
その度に新しい彼は逆ギレし、彼女はうんざりしているようだった
それでも付き合い続けていた
毎回同じパターンだった
その頃には彼女との連絡も少なくなってきた
2ヶ月くらい連絡しなくなった
新しい彼の家に泊まりに行く帰りに東京に寄るので、そのついでだそうだ
それからずっと連絡を取らなかった
半年が経った
やっと「自分を好きではない人を好きでも仕方ない」と思えるようになった
さすがに彼女も彼に呆れたらしく、今度は別れるつもりらしい
と言っても、過去に何度も「別れる」と言って続いてきたので
内心信じていなかった
しかし、今回は本当に別れたいらしい
彼に別れを切り出してもしつこく連絡がくる、鬱陶しいから助けてくれ
と私にSOSを出してきた
ここ数日ずっと彼女の話を聞いたり、慰めたりしていたので
「また付きあおう」と切りだすと、その場では断られたものの
私は楽しみで仕方がなかった
私が迂闊に別れさせた彼の話題を出してしまったのが理由だった
そう彼女は語ったが、それが本当の理由ではないのは明白だった
ここでようやく
ようやく自分は彼氏でもなんでもなく、ただの暇つぶしのためだけの「キープ」なんだなと悟った
私がまともな人間ならここで話が終わるのだが
もちろん本当に何かほしいわけではなく、新しい彼に振られたから私に連絡をよこしたのだった
付き合っている四ヶ月のうちに自分は誕生日を迎え、彼女が誕生日を迎える前に別れた
キープってわかっていて、同じ想いをするのをわかっていたのに
どうかしていると思う、病気か何かだと思う
それでも彼女に会って晩飯を奢った
彼女に会うと、仕草や言葉のひとつひとつが愛おしく思ってしまう
本当に馬鹿だと思う
利用されているのもわかる
そんな自分が嫌になる
今となってはこれっぽっちも「好き」と思われていない相手を好きになってしまう自分が
本当に嫌いだ
この文章を書いている今は、彼女は新しい彼と絶賛交際中だ
そんな自分が本当に嫌だ
どうしても、付き合っていた頃を思い出して好きになってしまう
もう「好き」というより、「執着」に近いかもしれない
こんな女を好きになっても良いことないのはわかっている
自分のことを好きな彼女がまた戻ってくるのでは、と思わずにはいられない
しかしそんなことはあり得ないし、あったとしても彼女とその女性を比較して
それでもこんな自分をどうにかしたくて、ここに投稿しようと決意した
勝手な思い込みっていうけど私は自殺志願者に対してありきたりではあるけど自殺に対して否定的な意見を述べてるよ
でも私は友人の生き死にについて決定権はないしさっきも言ったように私は生きる権利があるのと同様に死ぬ権利もあると思うから
生きるか死ぬかは自由に決めてもらいたいと思ってる。
私の言葉で友人が自殺してしまったとしても、最終的に死ぬことを選んだのは私の友人なのだから
少なくとも"私の為いで死んでしまった"とはどうしても思えない
第三者から見たら自殺者から自殺宣言というSOSを受けていたのにもかかわらず救えなかった人間に見えるだろうけど
私は生きることより死んだ方がいいと思ってる人間の人生を背負うほど自分の人生余裕がない。
もし死にたいと思ってる人間がお金に困っていてお金がなくて生活ができないから死にたい
だった場合に「お願いだから死なないで、絶対に死ななないで」と言い切ってしまったら
私は当面、国の援助に頼る為の自殺志願者の精神の回復やそれまでの生活の面倒までしないと本当に救えたとは思えない
私にはそこまでする余裕もないし、死にたいと思ってる人の精神を癒す自信もない
人の生き死にに関して中途半端に首つっこみたくない