はてなキーワード: 図書館とは
が、情報の引き出しが無くなるのは怖い。
ツイッターのトレンドで代用しようにもアレはアレで偏った世界に見える。
個人ニュースサイトはブームが終わったせいか皆やる気を無くしているように見える。
ヤフーニュース等の企業系スクレイピングランキングサイトもそれぞれのカラーが強くなってきて総合的なトレンドを追う役にはたたなくなった。
ツイッターでニュースアカウントを片っ端からフォローしたリストは3種類ほど作ってみたがどれも内容が薄い上に重要度が分かりにくい。
そもそも必死になってニュースを追う必要があるのかどうかが疑問なのだが、全く情報を閉ざしてしまうと何も知らない人になってしまいそうで怖い。
とりあえずあれだけ見ておけば最低限度の情報は入ってくるし、情報ソースによる偏りも「はてなブックマークを使っているから」だとヤバい人だが「朝のニュースはあのchの」と言っておけばまだ許されそうな気がする。
そういう時に理由付けとしてニュースキャスターの好みなんて言っておくと政治色が抜けて無難なのかも知れないが、突然の性癖暴露は現代社会ではセクハラなのでこのやり方は時代遅れに思える。
どういうやり方がいいのかが分からん。
とりあえずはてなブックマークで上位のニュースは見るけどブコメは見ないというのはありかも知れない。
晒し上げとしてトップに来ているのかどうかの確認が出来なくなるが、そもそもヤフーAPI導入によって今やまともな意見はかき消されていちいち🐻のAAを並べているような承認おばけと、ダラダラ話が長いだけの承認おばけばかりで、副読URLなどのちょい貼りは流されがちだ。
ネットはドッグイヤーと考えればかれこれ私は50年ぐらいはてなをやっている。
50年、人も会社も何回でも腐り果てることが出来るだけの時間が経っている。
思えばかつて私は個人ニュースサイトだとか2chまとめサイトだとかに張り付いていたのが、カトゆー家が本当に断絶した頃にははてなに重心が移っていた。
これからまた次の時代に備えて重心の位置を変えていくべきなのだろう。
そもそも自分の年齢を考えるとそろそろ表層の薄い知識を追うのを減らして腰を据えて深い知識を集めなければいけない時季だ。
学生時代に暇つぶしでちょこちょこと図書館で知的好奇心のために本を借りていたのと比べると今のインプット量はあまりに少ない。
フェミニストを名乗るのはいいんだけど、ツイッターに流れてきたことに対して反射的にコメントしてそれで終わりになっている奴が多すぎる。
他にも右翼でも左翼でもなんでもいいんだけれど、流れてきた情報に反応しているだけの奴が多すぎる。
思想を持つなら多少は勉強してその学問分野に触れたり、社会運動をしろよ。
できる範囲んでいいんだ。少しでもいいんだ。自分にできる範囲でいいんだ。
仕事や子育てや自分の体調次第なところがあるのはわかる。そして活動すると恥をかいたり失敗したりする。それが嫌なのもわかる。
それでも、少しでも自分で自発的にやるべきなんだ。最近図書館で本を探して読んだり、実際に活動している人のシンポジウムやパネル展に足を運んだりしたか?
それこそキモオタが「金髪のギャルは苦手だから図書館で本読んでる地味めのメガネの子がいいです」とか抜かしてたら鼻で笑っちゃうでしょう?
オタク男子がギャル女子を苦手に思うことは変なことではない、普通のことだ
色んな人がいるし、笑う人もいれば笑わない人もいるんだ
(1)フェミニズムやジェンダー学の良いところでだけでなく、問題点、欠点、弱点、短所、解決すべき課題なども学べるような本が良い。
(2)気軽に学術書の中身をパラパラ見て確認できるような、そんな大規模な公共図書館や品揃えが豊富な大型書店も無いような田舎に住んでいるので、そんな自分でも容易に閲覧・試し読みが可能な書籍が良い。(小さな図書館や小さな書店でも見つかるような本)
(3)または、中身を知らないままジャケ買い的に購入して、後から「買ったのは失敗だった」と思っても「値段が安かったから、まあいいか」と思える程度に安価な本が良い。
というところです。
はてなで見かけるフェミニズムに詳しい人たちは、都市部の人たちが多い印象があるので、田舎の人間はお呼びではないかもしれませんが、可能ならばご教示を願います。
今は流行りではないかもしれないが、文章の書き方を示すいわゆる文章読本というジャンルがあった。
図書館でそういったものを漁っても80年代とかのが主になってしまっているから廃れているのだろう。
それらをひもといてみると、「一文が長すぎる」とか「助詞の使い方が間違っている」「主語と述語の間でねじれが起こっている」みたいな文例がてんこもりに載せられている。
(もちろん誤字脱字みたいなのはちょくちょく見るが、知識不足によるミスは少ないと思う)
こういう本の文例は昔隆盛だったカルチャースクールとか文章教室みたいなところの中高年の生徒から採られる。
今ネットに書き込んでいるような人間との相違点は、文章をカルチャースクールで教わる気があるような世代ではない、当時中高年だった人間ではない、ということだろう。
昔は大学進学率が低かったことと関係するのだろうか。今ネットに書くような人間は大学で最低限の作文のリテラシーを身に着けてしまっている人が多いのかもしれない。
またカルチャースクールでは「最近感じた季節の変化について雑感を書け」「身近で見つけた人の優しさについて書け」みたいなお題に沿って文章が「生産」されるものだが、ネットではそんなものはない。
背伸びする意思もなく肩肘張るつもりもなくただ書きたいことを話すように書き捨てるだけだ。
そういう態度で書かれた文には、文芸的に書こうと意気込まれた文と違って文法や、読みやすさへの配慮に関する理解不足が顕在化しないのかもしれない。話すように書いてるだけだから。くっちゃべってるときに助詞を間違える日本人なんていないでしょう。
オリンピック関連のホロコーストネタで盛り上がったが、個人的にはあまり興味はなかった。何せ、私はホロコーストそれ自体のことは実際詳しく知らないのだ。興味が偏っていて、関心があるのはいわゆる「ホロコースト否認論」だからである。否認論に詳しいのに、ホロコーストそれ自体のことをあまり知らないって変に思うかもしれないが、そりゃまぁ全然知らない人よりは遥かに詳しいけど、例えばワルシャワゲットー蜂起なんて言う有名な事件についてなどほとんど全然知らなかったりする。だもんで、話題になったホロコーストネタについては「へー」程度にしか思わなかった。興味が湧かないんだから仕方ない。
でも、ホロコーストへの興味が向く契機にはなる。最近は、ホロコースト否認に対する活動も停滞していたのだけど、Netflixで暇つぶしでもしようと思っていたら、たまたま目についた『シンドラーのリスト』。そう言えば、まだ二回しか見たことがない。その二回とも、ホロコースト否認やホロコーストそれ自体にすらほとんど知識がなかった頃の鑑賞だったので、ある程度知識のある今ならどんな感想を持つだろうと思って、鑑賞したのである。史実・原作通りではないこと程度は当然知ってる。例えば、映画の中の本当の主役であるアーモン・ゲート所長は、あのバルコニーから狙撃するのは実際には不可能だった、なんて話も知っている。プワシュフ収容所跡地はユダヤ人団体の反対により、当時使うことは出来ず、近所の採石場を使ったので、それに伴って原作の記述から変更したのである。
ともかく、映画は原作通りではなく、史実に基づき考証も経ているとはいえ、全体としてはフィクションである。そんなことは細かい話を知らなくとも映画を見てりゃ誰でも分かるはずなのだが、呆れたことにこのシンドラーのリストですら、ホロコースト否認論者たちは「事実ではない」と否認論に利用するのである。例えば以下のように。
この映画は、全く持って史実ではありません。その事を、私は、ニューヨーク・タイムズの2004年11月24日の記事で知りました。同紙が2004年11月24日に掲載した、エロン大学の歴史家であるデイヴィッド・M・クロウ(David M. Crowe)教授へのインタビューの内容は衝撃的な物です。クロウ教授に依ると、この映画が描く出来事が有ったとされる時期に、シンドラーは、収容所所長であったアモン・ゲートへの贈賄によって刑務所に入れられており、この映画が描く様な活動を出来た訳が無いのです。その他、多くの矛盾を同教授は指摘しており、この映画を「実話」と錯覚する事は全くの間違いなのです。(詳しくは、ニューヨーク・タイムズ2004年11月24日に掲載されたクロウ教授へのインタビューをお読み下さい。)
この映画が、イスラエルの墓地の場面で終はる事が、イスラエル建国の美化である事は余りにも明らかです。プロパガンダは感動的である事の一例です。皆さん、もっと、冷徹に物事を見てはいかがでしょうか。この映画が、オスロ協定に基ずく中東和平交渉とそれによって起こったイスラエル・ブームの時期に公開された事は、はたして偶然だったのでしょうか?私は、スピルバーグ監督が好きですが、同監督が、フィクションを史実と錯覚させるこの作品を作った事を本当に残念に思ひます。
http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori/archives/7074177.html
西岡は、マルコポーロ事件で一気にその界隈の知名度トップに上り詰める以前は、英字新聞の常連投稿者であったらしい。だからニューヨークタイムズも定期購読でもしていたのであろうか、そうした記事を見つけたのだろう。
さて、西岡の文章、後半のイスラエル云々は、ネットの一般否認者でも使う論理なので無視して良いと思うが、問題は前段である。西岡の書き方では、『シンドラーのリスト』全体が全くの嘘であるかのようにすら読めてしまう。もちろん、映画はフィクション性が強いと言っても全くのウソではない。オスカー・シンドラーは実際に約1000人のユダヤ人の命を救ったのである。トマス・キニーリーの原作は史実と見做されているし、映画は概ね原作に沿っている。では一体どう言うことなのであろうか?
西岡は、私自身とTwitterでやり合った時もそうであったが、参照文献の示し方が杜撰なことが多い。その時は、西岡は「国会図書館で読める!」と豪語しながら文献名すら示さないという呆れた態度すら取っていた(その後その文献をめぐってややこしいやり取りになったがここでは触れない)。今回もまた「ニューヨーク・タイムズ2004年11月24日に掲載されたクロウ教授へのインタビュー」である。あのね、そりゃそのニューヨークタイムズは探せばどっかにあると思うけど、常識的に考えて一般日本人が、ある特定の日のニューヨークタイムズなんてすぐに探せると思う? 「普通は」とはあんまり言いたくないけど、普通は他者の参照のし辛さを考えて、一部その記事を引用とかすると思う。それを「お読み下さい」って、いちいち図書館にでも行って調べろとでも言いたいのか?
というわけで、普通ならニューヨークタイムズなんか参照できないと諦め、西岡の言っていることを鵜呑みにするか、あるいは真偽不明として信じないか、だけだろう。ところが、今時の時代、ある程度ならなんでもググれば見つかる便利な時代であった。その記事とはこれのことである。
Book Adds Layers of Complexityto the Schindler Legend - The New York Times
ニューヨークタイムズの記事って、有料だとほとんど全部ネットで読めるそうだけど、まさかこれが無料で読めるとは意外だった。当該部分のみを翻訳して引用しよう。このニューヨークタイムズの記事自体、ちょっと書き方が悪い。
「シンドラーはリストとはほとんど無関係だった」と語るのは、ホロコースト史家でノースカロライナ州イーロン大学教授のデビッド・M・クロウ氏である。『The Untold Account of His Life, Wartime Activities and the True Story Behind the List(オスカー・シンドラーの人生、戦時中の活動、そしてリストの背後にある真実の物語)』を今秋、Westview Press社から出版した。
映画では、リーアム・ニーソン演じるシンドラーが、1944年にポーランドのクラクフにあるエナメルウェアと武器の工場のユダヤ人経営者に、比較的安全な現在のチェコ共和国に連れて行くべきユダヤ人労働者の名前を教える場面が描かれている。しかし、クロウ氏が電話インタビューで語ったところによると、当時シンドラーは、映画の中でラルフ・ファインズが演じた残忍な親衛隊の司令官アーモン・ゲートに賄賂を贈った罪で刑務所に入っていた。また、経営者のイツァーク・シュターン(ベン・キングズレー)は、当時シンドラーの下で働いているわけでもなかった。
クロウ氏によると、リストは9つあったという。最初の4つのリストは、主にマルセル・ゴールドバーグが作成したもので、彼は腐敗したユダヤ人保安警察官で、ユダヤ人輸送を担当するSS将校の補佐役だった。(ゴールドバーグは後に、賄賂を受け取ったことや、好意的な態度をとったことで非難された。)シンドラーは何人かの名前を提案したが、リストのほとんどの人を知らなかったとクロウ氏は言う。他の5つのリストの作成者は不明である。
「そもそも、「シンドラーのリスト」はなかった」だなんて、ほとんどの人が「えっ?」と驚くに違いない。タイムズ紙も妙な書き方をするものである。だが読み進めれば分かるとおり、映画で描かれたようなシュターンとシンドラーが二人してリストを作ったというようなことはなかった、とクロウ教授は言っているだけなのである。そして、記事に書いていない内容を記事から類推するに、シンドラーは刑務所から釈放後、ゴールドバーグらが作成したリストに何人かの名前を加えるよう提案した、としてリストに関わっており、何れにしてもリストは存在していたのである。実際、原作者のトマス・キニーリーが使ったとされるリストはオーストラリアで発見されている。
'Schindler's list' found in Sydney
ともかく、西岡の記事だけを読めば、シンドラーのリストの話自体が全部嘘のように読めてしまうが、事実は、単に映画には細かい相違があるというだけの話なのだ。こんなの余程うるさい人でもなければ「映画は事実ではなくウソである!」だなんて言わないレベルの話でしかない。ホロコースト否認論者ってどいつもこいつも常にこの調子で読み手を騙しにかかるので注意されたい。西岡の場合などは特に、イスラエルがどうたらこうたらと余計な印象操作まで含めているので、より悪質度は高い。ただし否認論者としては必須のはずの「スピルバーグはユダヤ人」を入れなかったのは否認論者としての自覚が足りないとは言える(笑)
最初に書いた通り、ホロコーストそれ自体の知識はあまりないので、どこが史実でどこが違うのかなどの細かい話は、Wikipediaレベルの知識しかない。その上で言えば、オスカー・シンドラーはリーアム・ニーソン演じたような人物ではなかったと思うけど、概ね的なレベルでは史実通りと見なして良いと思う。「所詮はフィクションだから」と言う人も多いけど、現代の基準から言えば、信じがたいレベルの惨劇が起きていたことは事実だし、映画ではそれを描き切れてなどいないとさえ言える。そもそも描き切るなど無理だろう。今年もホロコースト映画が何本も公開されていて、食傷気味だという意見も多いし私もそれら映画を見る気もないけど、『シンドラーのリスト』や『戦場のピアニスト』程度の代表作はぜひ見ておいて欲しいという気はする。
八つ墓村みたいな辺鄙な村に隠された事件というのは珍しいことではないのかなと思ったこと
僕が約20年ぶりにある山村の曽祖父の家を訪れた。僕は東京生まれだが戸籍はその山村にある。村の中では一応、名士の家とされていて、お屋敷のような家がある。
でも戸籍からすれば、その4年後に隣村に転住している。理由ははっきりしないが、林業は続けていたらしく、のちの雷災の年には損木の代金で村に神社を建立したという家記録がある。娘が6人いて、中で作家を目指した娘は上京して平塚らいてうの会社に入ったそうだ。
娘は美人で転住した年に大阪の商業学校出身の地元の実業家の卵と結婚した。実業家もイケメン。そりゃ願ったりの結婚だったことだろう。で実業家の卵は何をしたかというと、結婚早々、家資金で作った水力発電所の社長に収まった。約500世帯に電気を売っていたそうだ。ただ戦争国策でそれが接収されてからは運送業に転業した。
まあそこそこ成功者のイケメンだった高祖父だが、その家には不自然な記録が少なくない。村の人は何故か過去を語らない。
ひとまずその先の主な出来事
・林業家の娘と実業家の子は、娘1人を得た。その家族は何故かコーヒーとチーズが好物。
過去の分かる限りのことは
・林業家の息子は9歳で家督相続したが23歳で死亡し、林業家がまた家督になった、林業家はのちに実業家に家督を譲った
・林業家妻は、家が庄屋だったが親が庄屋を退任。つまり父親も婿。
・林業家妻の母親は戸籍上は転住前に婿夫より先に亡くなっているが死亡日が分からず、位牌や過去帖の記録もない。ただしそのまた両親は記録がある
9歳で家督相続すれば普通はその祖父母は生きてる年だし、実業家の肖像写真の中には口ひげに陽気な微笑をたたえたイケメンがいる。涙袋のある顔貌だ。整形かもしれない。いわゆる明治の人物にはとても見えず、留学帰りかサイコパスの匂いがしてくるほどなのだ。
-
他にも行ったが遠いのであまり行っていない。
以上。
本を読んだ感想を原稿用紙3~5枚にまとめるという…。この宿題の理不尽なところは
という部分にあると思います。「感想文を書け!」と言われても、書き方を教えてもらえないので、どうやって原稿用紙を埋めたら良いのかが分からないんですよね。教えられなくても書ける人ってスゴいよなあと感じるわけで…。
でも、本屋さんに行けば、「読書感想文の書き方」的な本はたくさん売ってますし、先生に教えてもらわなくても書き方を知ることが出来るわけで、私はアラフォー世代ですけど時代も進歩したなあ、と思います。僕の学生時代には、こんな本はたぶん無かったはず。
いっそのこと、読書感想文には、「読書感想文の書き方」の本についての感想を書いたら面白いのでは?と思いました。完全に嫌味かもしれませんけど、生徒の中で一人くらい、そんなヤツがいても良いのかなあ、と感じたわけで…。課題図書が指定されてなければ、チャレンジする価値はあるのかもしれません。
ということで、「『読書感想文の書き方』の本」の感想文を書いてみました。うちの小3の息子のために購入した「スイスイ!ラクラク!!読書感想文 小学3・4年生」(成見堂出版)を5分程度斜め読みしたうえで書いてみたものが以下↓↓です。
「スイスイ!ラクラク!!読書感想文 小学3・4年生」を読んで
夏休みに読書感想文を書こうと思ったときに、どうやって書こうかと悩み、本屋さんをブラブラしてたら、この「スイスイ!ラクラク!!読書感想文 小学3・4年生」という本を見つけました。パラパラと見たら役立ちそうだと思ったので、早速買うことにしました。そして、この本自体、単に役立ちそうなだけでなく、読み物としても面白かったので、この本の感想文を書いてみよう!と思いつきました。自分のようなひねくれた人が、学校に1人くらいいても良いのかもしれません。
まず、読書感想文の書き方で、「感じたことを付せんに書いて本に貼り付けていく」と書かれていました。本を読みながら思ったことを付せんに書き、それを読みながら貼り付けていくと読書感想文が書きやすくなるみたいです。確かに、読みながら付せんに書いて貼り付けると、思ったことを後から思い出せますし、付せんに書いたことをつなげていけば読書感想文が書けそうだと感じました。早速、明日、文房具屋さんに行って付せんを買ってこようと思いました。
そして次に、読書感想文の例文が20冊分載っていました。どの例文も生き生きして読みやすく、読書感想文を書く時には参考になりそうなことがたくさん書かれていました。また、本を読まない人でも、この例文を読むだけでストーリーが伝わってきますし、そういう部分もいいところだと思いました。この本を読むだけで、20冊分の読書を体験することができるのです。その点は大変すばらしいと思います。
ただ、これだけきちんと書かれた例文がたくさんあると、この中の文章をパクッて書くこともできると思いますし、そういう子供たちが全国で続出しないかちょっと心配になりました。少なくとも私は、そういうことはしないでおこうと思います。
あとは例文の他に、いろんなジャンルの課題図書がたくさん載っていました。物語もあれば伝記や科学の本もあり、とても興味が湧きました。どの本を読むかとても迷います。何冊か読みたい本があったので、本屋さんか図書館に行って、実際に本を手に取って決めようと思いました。
全体を通して読んでみると、この本を読んだら読書感想文が簡単に書けるようになる気がしました。毎年の夏休みに、書こうと思うと気持ちが落ち込んでしまう読書感想文ですが、来年はこの本を参考にして、きちんと物語か伝記か科学の本を読んで読書感想文を書けたらいいな、と思います。
こんなところでしょうか…。ここまでで原稿用紙2枚半~3枚のボリュームです。大人な表現も混ざっており、小学校3・4年生が書く文章ではないと思いますけど、書斎で1人で晩酌をしながら30分ほどで読書感想文が書けてしまいました…。
「これ超面白くて考察サイトめっちゃ読むの楽しいよ」「発狂シーンの言葉選び最高じゃない!?」とかは全然大丈夫だった。
けど「一瞬だけど○○の本棚にゲイ雑誌あったの見た?あれ最初見た時違和感で超調べたら考察サイトに載ってて」とか「××と++はそういう事するような仲だったって匂わせてる描写気がついた?」とか「**と・・って結局どうなったかサイト読んだんだけど」とか色々言って来るようになった。
うるせー!!!!!
1日足らずで読める量!!!!
別に読まないことは良いけどなんでそれでマウント取れると思ってんだよ!!
「あのマンションに入った時から××が夢に入るように設定してて」とか言ってるけど原作読んだら全然違ったからな!