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はてなキーワード: 企業とは

2024-06-19

anond:20240619162930

それは東京就職活動する必要があるのでは?

もうリモートでの就職面談なんかも減ってるだろうしなぁ。

それこそ企業規模が大きくなるほど「ある程度会社に出てくれ」って所多くなってきてるし。

リモートだけで仕事が完結する給与の真っ当な仕事はまだそんなに多くないよな。

人が減るから仕事が減るっていう負のスパイラルをどう止めるのか。

難しい問題だけど、出て行くヤツを貶したって逆効果だってのは確実だ。

四方八方でエンジニアを探してる企業鬱陶しい

エージェント経由で探してるんだけど

全員から同じところを提案される

そこは大企業で、大して高くないくせにS級エンジニアを探してるようで

面談してお互い合わないですねーで終わった

 

そういう案件複数ある

というかそういうのってダブつくからかすりそうな人全員に声かけてるんだと思う

圧倒的に迷惑だし鬱陶しい

 

せめて単価倍にしろ

まあ倍にしたらエージェントがその分抜くかもしれないけどね

1年前PayPayのポイントを全額半導体チャレンジコースとか言うのにぶっこんだら今3.5倍に膨れ上がってて笑った

そもそもPC組んだときにもらったポイントだったし半導体企業NVIDIA)のおかげでもらえた泡銭だからこの金でRTX50XX買おうかな

先輩(49)の娘(21)が、大学卒業したら一般企業就職せずに夜職になるとか言ってるらしい

超売り手市場就活戦線

我々氷河期おじさんにはうらやましい限りだが

そんな就活事情異変が出ているらしい

twitterなどで夜職の華やかな生活をみる女性たちが増えて、キャバクラなどの夜職ブームになってるそうなんだ

生活に困っているとか就職が厳しいからでなく、憧れで夜職に行く人が多いらしい

先輩は一人娘が夜職になることをすごく落ち込んでた

仕事辞めるの怖い

仕事で疲れてて疲れた作業遅くなってまた残業してまた疲れてっていう負のループに入ってしまってたぶんもう1年半くらい経った

そんで本当に辞めたいんだけど辞めるのが怖くて辞められない

今は31歳で、残業賞与含めて年収600万強貰ってるんだけど運だけで受かった企業から同じくらい年収をもらえる企業につけるとは思えない

家も家賃補助なくなるからお金かかるようになるだろうし、実家はあるにはあるが田舎すぎてまともに就職口があるとは思えない

親は短期間なら頼れるが、そのほかに頼れる人はいない、つくる予定もない

一生独りで生きていくのにお金が足りないかもとか思うと辞めるのが怖い

でもこの仕事を一生続けていくのも怖い

いつか折れてしまいそう

婚活支援社会福祉じゃないの?

マイナンバーカードマッチングアプリ利用促進に関して反発が大きくて、沢山星が付いてるブコメに「マイナンバーの利用は、徴税社会福祉災害限定されてるはずだ」ってのがあるんだが、婚活支援社会福祉ど真ん中の施策じゃないか

アプリ業者にしたってAPIの利用申請時にデジ庁が事業内容確認した上でAPIキー払い出すんだから、変な業者が出てきたらデジ庁ボロカスに叩けばいいよ。

こんなのより、携帯電話契約マイナンバーカード使う方がよっぽど目的外利用だと思うけどな。

携帯契約に関する本人確認の手間なんて、それこそ企業利益確保のための施策しかないんだから携帯電話各社の利益確保を国が支援してるってことにしかならんでしょ。

手抜きして客に損害背負わせた携帯電話会社がクソなのをなんで国が面倒見るんだよ。

それと比べたら婚活支援の方がよほど真っ当にマイナンバーカード目的に沿った利用方法だよ。

anond:20240619112037

1990年から2019年までの30年間の全年代対象とした婚姻数累計は、2150万組、離婚数累計は693万組である。30年間の累計特殊離婚率は約32%となる。もちろん、この離婚数の中には、1990年以前に結婚した夫婦も含まれているが、30年間の累計においては誤差の範囲だ。つまり、この30年間で結婚した夫婦のうちの32%は離婚をしていることになる。まさしく「3組に1組は離婚」しているのだ。

すげー雑な記述だな(結論同意できるけど)...と思って著者の経歴見てみたけど

広告会社において、数多くの企業マーケティング戦略立案クリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済文化研究所」を立ち上げ独立ソロ社会論および非婚化する独身生活研究第一人者としてメディアに多数出演。著書に『「居場所がない」人たち』『知らないとヤバい ソロ社会マーケティング本質』『結婚滅亡』『ソロエコノミーの襲来』『超ソロ社会』『結婚しない男たち』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』などがある。



著書何冊か出してたらそれで箔が付く、偉い人、みたいなのもうやめようよ

anond:20240619021942

ランク下げた企業レベルにもよるが、ランク下の企業出世しても大企業であまり出世しないより待遇やらが下になってしまうのではないか

大企業出世戦争をするかランク下げた企業で早く出世するか論

大企業の方は小さい会社と比べて出世は遅いけど、基礎能力が高い部下がかなりいる

部下のマネジメントができるなら、ものすごい力になっていく

 

ランク下げた企業の方

人手不足も相まって基礎力の高い部下がいなさすぎる

自分たち若い頃のノリで有能な部下を補充できると甘い目算

これはいくら本人が出世したところで頭打ち

基礎力の高い部下がたまにいても、他の年次のある部下のと兼ね合いがあって

その部下だけを誉められない

なので優秀な部下から去っていく

 

身もふたもない結論になりそう

anond:20240619002558

方法?そんなもん無いよ

零細だしどうせ退職金も出ねえんだろうし

教育して新人君が育ったら社会に糞冷たくされてる同世代氷河期のように自分たちがボロキレのように捨てられるかもしれねえだろ

都合が悪くなって切り捨てられた同世代を見続けてよ

もう企業社会政治

社長であるお前も何も信用できなくなったんだよ

正直者が馬鹿を見る社会になったんだからしょうがねえわ

お前も会社を育てることなんて考えずデカ企業に自社を売ること考えれば?

資本家株主)「企業ポリコレをやめろ!」←こいつら金儲けしか考えてない屑過ぎるだろ

資本家はクソだな。だからこそ共産主義革命必要

https://x.gd/x8paN

悪の資本家親玉として名高いウォーレン・バフェットは、株主から職場多様性公平性包摂性を促進する取り組みに関する情報開示強化を求める提案保険事業エネルギー事業温室効果ガス排出量など気候変動への取り組みについて情報開示の強化を求める2つの提案のいずれも拒否している。金儲けしか考えない老害

https://archive.md/9naMe

S&P500種指数構成企業で、株主が従来型のESGの取り組みに反対する提案について投票を行った件数は今年5月末までに70件に上り、2年前の30件、2020年の7件から増えた。株主提案で扱う話題社会色や政治色を強める中、近年、株主委任状争奪戦に向けて提案を行うケースは増えている。しかし、反ESGの提案件数の伸びは、ISSが追跡している他の分野の伸びを上回っている。

2024-06-18

anond:20240618221717

そういう頑なに東京営業しない企業ってなんなのって思うが。

結局都民から就職場所奪ってるだけだろうに。

国益的に何のプラスもない

anond:20240618220528

B to B世界シェアとってる企業地方にあって世界を股にかける面白い仕事できたりするけど、お馬鹿さんはそんなこと知る由もないから無いのと一緒だよな

世界を股にかける」を面白いと思うかどうかが人それぞれなんだよね。

地方会社個人的面白い仕事できそうなので思いつくのは、トヨタ任天堂ファナック浜松ホトニクスとかかなあ。

トヨタはでかすぎてやりたい仕事をやれる確率が低すぎるし(あと社風がきつそう)、任天堂専門性が合わない。ファナックは折角やってること面白いのに宗教臭すぎるのとあまりにもど田舎過ぎる。浜松ホトニクスちょっといいなと昔から思ってる。

発達障害水泳平成不況リーマンショック、30代

・これは何か

私の半生を占める水泳と、それがその後の人生に及ぼした影響について整理するために書いた記録である

なお、当時は強いストレス下に置かれていたため、詳細を思い出せなくてぼんやりしている部分もある。

・なぜこれを書いているか

私は現在休職状態にあり、ADHDの診断を受けたところである

精神科に通いつつ、投薬とカウンセリング治療をおこなっている。

そしてカウンセリングを受けつつある今、自分がいまこうなっていることの底にはあまりに苦しかった水泳記憶があり、それを直視することは避けては通れない道ではないかと思ったからだ。

(先生に直接「直視しろ」と言われたわけではない。ただ、「あなた言葉あなた感情をひとことも説明しませんでしたね」、と言われ、その原因を自分で考えていたら、勝手にそこに行き着いたという話である)

正直に言えばそこに目を向けるのはめちゃくちゃ嫌で、前回のカウンセリングを受けてから2週間くらいメソメソメソメソメスティーソ泣いていたのだが、友達と遊んで少し息抜きをしたらちょっとした気づきと癒やしがあり、なんとか気力を振り絞れそうなので書いてみた。

水泳のこと

3歳から高校2年まで水泳をやっていた。

早いうちに才能を見出され、小学校1年か2年くらいでヘッドハンティングのような形で選手育成クラスに移った。

当時、肉体にすごく負荷を掛ける練習方法流行っていた時代だったから、シンプルに肉体的につらかった。スパルタが主流で、体罰は当たり前だった。

楽をしようものならコーチにも怒鳴られ叩かれ全員の前で吊し上げられた。そこまでは周りのみんなと条件は変わらないのだが、私の場合母親ほとんど毎日練習を見にきていて(それほどに熱心な親は他にはいなかった)、仮にコーチに怒られなくても、母親の目から見て私のパフォーマンスが悪ければ、そのことを帰りの車の中で詰められる日々だった。

行き帰りは車で母親に送迎してもらっていたが、車の助手席に乗り込むと母親の「今日練習について」の裁判が始まるので、毎日まるで犯罪を犯して法廷に立たされるみたいだった。キツい負荷の練習をこなしてやっと家に帰れるのに、すこしも安らいだ気分になれなかった。

でも、私は無理にでもやらせればやらせただけ、負荷をかければかけただけ、結果が出せてしまタイプ人間だった。

父親も叔母もスポーツ学生時代成功した経験があって、家系としても肉体的に優秀だったのだと思う。

それが母親成功体験になってしまい、尻を叩けば叩いただけ結果が出るという思い込みを強化したふしがおそらくあるんじゃないかと思う。

長期休みに入るたび、朝夕2回の練習では足りないと別のプールに連れて行かれ泳がされた。この習慣は我が家では「こそ練」と呼ばれていた。

ただでさえキツい練習をしてるので嫌だったが、嫌がれば母親から「速くなりたくないの?」と頷くまで詰められる。

こうやって追い込めば追い込むほど結果が出たので、母はどんどんエスカレートしていった。

極め付けはようやく出来始めた友人関係破壊されたことだった。

中学に上がると、小学生選手育成クラスから中学クラスに上がって、ここがジュニア女子選手としては一番上のクラスだった。その上に、高校生の男子さらにその上澄みだけが入る、一番練習ハードクラスがあった。

いま振り返ってみると、私はかなり発達障害的な特性のはっきり出た子どもであり、周りと関わるのがかなり下手だった。だから、キツい練習を何年も毎日一緒にこなしてきたというのにチームメイト連帯感を育めなくて、ずっと浮いていた。浮いているのに才能だけあったから、周りからすると目障りな子どもだっただろうと思う。選手育成クラスというだけあってそこそこ実力主義ではあるので、幸運にもいじめられこそしなかったが(あるいは特性上あまり他人に興味がなく嫌がらせに鈍感だっただけかもしれない)、やっぱり浮いていた。私は人生を通してずっと普通になりたい、と漠然と願ってきたが、その願いはこういう環境のなかで醸成されてきたように思う。

(ちなみに、当時どのくらい浮いていたかというと、なんか男子たちが私に話しかけるのを何かの罰ゲーム一種として扱っているな、と気づいたことがある程度には浮いていた)

けれど、ここで話の合う友達ができたことで、この一瞬だけ練習に行くのが楽しかった時期があった。

私はもともと才能があったので、中学生のクラスを受け持っていたコーチにも期待されていたし、たくさん話を聞いてもらえて、私自身もコーチのことを頼れる大人だと思っていたし、期待に応えたいと思っていた。信頼関係を築ける大人との出会いがここであった。だから、このクラスちゃんと私の記録は伸びていた。

だけど母はその伸びでは満足できなかった。

母にはいわゆる白雪姫の母コンプレックスみたいなものがあって、私が楽しそうにしていると不安になる性質だった。不安を感じやすく、その解消のために誰をどれだけ振り回しても良いと考える傾向があった。

私が楽しんで練習に行き始めた時、母は不満だった。私が苦しんでいないから、きっと負荷が足りないのだと考え、「娘の才能が無駄に消費されている!」と強く不安を感じたのだろうと思う。これでは速くなれない、と母は考えた。

そして、「上のクラスに上がりたいと言いなさい」と母は私に強要した。

私はかなり嫌がった。もともとジュニア女子が入れる中で一番上のクラスではあったし、せっかく話の合う友達ができたのに、その子たちと話せなくなってしまうことも嫌だった。先生の期待を裏切ってしまうことにもなる。すごく抵抗があったことは覚えている。

母は私に、「あん肥溜めみたいなクラスにいたら、あなたダメになってしまう」と言った。

嫌だった。泣いて抵抗した気がする。あまり覚えていない。でも、最終的には「上がりたい」と言わされた。コーチはショックを受けていたと思う。でも最終的には上のクラスコーチに頼んでくれて、私の(母の)要求は通った。

中学1年の女子高校生の男子クラスに入れられて泳ぐことになった。毎日階段をまともに降りられないくらいの筋肉痛になった。まわりはひと回り年の違う高校生の男子しかいないので、友達と話せる機会は減った。肉体の負荷は上がるのに、心の支えは何もなくなり、ただ苦しかったしつらかった。

私が苦しんだので、母の不安は解消された。

そして、精神とはうらはらに、私の肉体はそれに応えた。

実際に大幅に記録が伸びた。一緒に泳いでいた高校生の男子より私は上のタイムを叩き出し、彼らにもよく頑張ったと認められた。中2のころにはジュニアオリンピックで決勝に残り、関東中学で優勝し、全国でも10本の指には入った。国体にも県代表で選出された。県で私より速い選手はいなくて、私がベストを出せばその度に大会新記録、県の新記録だった。母はこのことについて、自分が尻を叩かなければ結果が出せなかったはずなので、自分の手柄だと考えた。

注意して欲しいのは、これらの成果を私自身もまた喜んでいたこである。才能や能力があると見做されることは、特性持ちの人間にとっては他人から受けるマイナス感情を弾く盾にもなる。母の手柄は、私を絞り上げ、苦しめて作り上げられたものであるが、同時に私を守るものでもあった。

あなたは結果で他人を黙らせなさい」というのが、母の持論だった。母は私のために、心を鬼にして私を苦しめていたはずである。叩けば結果が出ることがわかっていたのだから

この頃から試合合宿遠征先に行くと、夜中にこっそり抜け出して、当て所もなく歩き回るようになった。特に裏道や暗い道を選んで歩いた。いま考えると、間接的な自傷だったと思う。酷い目に遭いたかった。私という価値が一気になくなってしまうくらい、誰かに酷い目に遭わされたかった。母が守る『私』という価値と、それに伴う苦しみが分かちがたく結びついていたために、母の目の届かないところで地味な自傷行為に走っていたのだと思う。

体に傷を残すようなことはできなかった。そんなことをした日に母を襲う衝撃と、その衝撃の余波を受ける自分のことを考えたら、とてもではないが無理だった。

しかし、こういう無理は続かないものである。ほどなくして精神的に破綻して、泳げなくなった。中3の秋ごろだったように思う。喘息悪化させ、負荷のキツい練習から逃げ、最後は何か喚き散らして家に帰り、そこからしばらく練習に行けなくなったように思う。詳細は覚えていない。

だけど、そこで辞めるには水泳は私の人生で大き過ぎた。人生の大半を占める一大事業に等しかった。だからそこから高校2年の夏まで、通うスクールを変えて足掻きブランクを取り戻し、記録は少し伸びたし、インターハイにも出た。

ただ、大学受験に切り替えるならこの辺りがタイムリミットだった。結局、わたしはここで引退して受験に切り替えた。水泳のために自分学力よりかなり下の高校に行ったので、辞めてから予備校漬けになった。

受験勉強は圧倒的に楽だった。体の負荷も消えたし、学業自分特性から見ても結果の出しやすい分野だった。あまりにも結果が出やすくて、母も不安にはならなかった。躓きや苦しみも多少はあったが、水泳で受けたそれとは比べ物にならなかった。この時期、私と家族はかなり明るく過ごした。

大学には簡単合格した。願書を出した大学ほぼ全てに受かった。

とにかく家を出たかったので、その名目が立つ大学を選び進学した。

ここから水泳を辞めた後の話に入る。

友達が作れない、学業に身が入らない問題が出る大学1年目

ひとり暮らしをはじめて、やっと手に入れた自由を楽しんだ。でも1年目、ぜんぜん他人との関わり方がわからず、友達が作れなかった。小中高と水泳にかまけていて、相変わらず発達特性的な部分で学校でも浮いていたし、そもそも自分偏差値より随分下の学校に行った(水泳にはリレーメンバーの都合がある)ため、頭の程度が均されている環境でほかの人間と接して友達になる機会がまったくなかったのだ。県大会で何度も優勝し、実家に腐るほどトロフィーがあっても、友達の作り方がわからなかった。この時点で、私の能力は社交性に比して随分歪だったと言えると思う。

ひたすら学校と家を行き来して、家ではゲームばかりやっていた。

1年の後半の方になってようやく所謂オタクサークルに入って、対人能力に似たような問題を抱えた人たちに出会い、それでやっと少し友達ができた。ここから就職活動が始まるまでは、楽しく過ごせていたと思う。彼氏もできた。

とはいえ、あまり成績は良くなかった。勉強したいと思って進学したはずなのに勉強に向かう気力が湧かなかった。どころか、水泳を辞めたことが傷になっていて、「どうせ最後には全部台無しにする、水泳だってあれほどつらい思いをして人生を捧げてきたのにそうやってダメにした」と囁く声が頭から離れなくて、あまり集中できなかった。

漠然と、卒業したら死のうかな、と思っていた。

就活ができない問題が出る大学3年生

学業もそんな感じだったので、いざ3年になってもぜんぜん就職活動を進められなかった。というか授業もギリギリラインだった。

振り返ると、つらい思いをして思春期を生き延びた先に、ようやく手に入れたご褒美としての『自由』がたった4年で終わることに全然納得が行っていなかったんだという気がする。他の人たちは将来を考える精神の準備ができていたのに、私には何もできていなかった。こんな人生の先に、また何十年も続く苦痛が待っていると思って、絶望感があった。

就職留年

このあたりのことはぼんやりしているが、就職活動が出来なさすぎて就職留年した。ちょうどリーマンショック東日本大震災の影響があった時期で、特に女子就活は周りを見渡しても厳しかった。なので就職留年という言い訳は通った。

でも、留年したのに就活全然ちゃんとできていなくて、とうとう親が乗り込んできた。希望する企業の傾向は決まっていたので、母親マイナビリクナビエントリーする企業を選んでくれて、エントリーシートや履歴書に書く志望動機などの文章としてこちらで考えたら、それを母が手書きで代筆してくれたりして、こんな大学生はおそらく他にいないなと思うほど過剰にサポートしてもらった結果、なんとか書類選考が通るようになり、面接を受けたりと就職活動らしいものを進めることができた。

面接が苦手すぎて苦戦はしたが、なんとか内定をもらった。たた、周りがちゃんとこなせていることも自分にはろくすっぽできないとわかって情けなかった。

卒論が出せなくて2度目の留年

このあたりもぼんやりしている。夏くらいに内定が決まって、そこからしか全然ゼミに行かなかった。いや、たぶん特性的に並行してふたつのことができないので、就活中はゼミにも授業にも行けていなかった気がする。内定が決まった後、バイトしろと言われてしていて、必要な授業の出席とバイトくらいはしていたが、ゼミに出てないので卒論が当たり前に書けなかった。英米文学専攻なので卒論英語で書く必要があった。ぼんやり決めたテーマがあるくらいしかなくて、そのまま冬になった。ちょっと書こうとしたけれど当たり前に書けなくて、でもそれを就活を熱心にサポートしてくれた親には言えなくて、卒論提出の日に失踪した。1〜2週間家に戻らず、銀行口座の金が尽きたら死のうかなくらいの気持ちでいた。漠然と死のうと思っていたし、その時が来たのかと思っていた。

結局親に口座の金を引き上げられて、無様にも死ねずに戻った。怒られ、殴られ、彼氏にも心配をかけまくり、色々あったとは思うのだが、この辺りの記憶ぼんやりしている。

ひとり暮らしの家を引き払い、実家カンヅメになって母親監視のもと卒論を書いた。足りない単位のための授業とバイト以外の外出はさせないくらいの感じだったと思う。

ひとり暮らしの家を引き払った時、この時も家がゴミ屋敷になっていたので、ゲーム依存病気だと親に疑われたが、ゲームは単なる逃避行動で、やれない環境であればあっさり辞められた。振り返ってみれば、何らかの支援の網に引っ掛かっておくタイミングがここだったような気がする。ただ、スポーツで結果を出し、世間的には良い大学に行ったような人間が、ゲーム依存なんかで病院に罹るのは外聞が悪い、という意識がなんとなく家族全員にあったのか、結局ここでは必要だったであろう支援とつながることはできなかった。

この環境でなんとか卒論を書いて卒業した。就職は結局バイト先に拾ってもらうかたちになった。

新社会人として

もう一度実家を出てひとり暮らしをはじめた。

働き始めるととにかく眠かった。ひたすら眠かったことを覚えている。仕事でも会議でも寝てしまい、怒られて、怒られたあとは体が一時的闘争反応というか覚醒状態になるので、それで過集中を起こし仕事を進めてなんとか巻き返す、みたいな感じだったと思う。昼に寝てしまうので夜は眠れなかった。その悪循環で昼にまた意識を失った。

本当は病院に行くべきだったと思うが、家に帰るとその気力もなかった。家の電球が切れて、ほとんど暗闇だったのにも関わらずその家を引っ越すまで電球を変えられなかった。1年以上真っ暗闇で生活した。歯が折れて激痛でも病院に行けなかった。ぎっくり腰でも行かなかった。ゴミ屋敷はここでも生産された。

この時期私は相当な困難を抱えていた気がするけれど、同時にどこか安心しているような部分があった。自分価値がこうやって毀損されていくことに対する「ざまーみろ」という気持ちがあった。ちょうどこの頃、母親と完全に連絡を遮断して、実家と絶縁状態になった。直接のきっかけはなんだったか覚えていない。ただ、自分価値ボロボロと溢れ落ち、人生ダメになっていくことについて、母親への不健全復讐欲求が満たされるように感じていたのは覚えている。

この状態を5年くらい続けて、3つくらいの現場経験した。就職先は人売りのSESだった。

コロナ禍でリモートワークが開始する

これは自分にとって大きな転換点だった。寝ているところを他人に見られないのでストレスが大幅に減り、なんとか自分が起きていられる時間帯に仕事を進め、眠りたい時は寝ていることができた。とても褒められた就業態度とは言えないが、それほど能力的なハードルが高い客先でなかった幸運もあって、なんとか巻き返しが効いた。この時期が一番平穏だったように思う。この現場自分にとって一番長く続いたし、終わり方も案件ごと終了ということで円満だった。

この現場が4年くらいで終わり、本社に戻ることになる。

本社に戻る。眠気の問題ふたたび

リモートワークが終わり片道40分くらいの通勤生活が数年ぶりにスタートする。10年近く戻っていなかった本社に知った顔はほとんどなく、コミュニケーションが得意そうな子たちの若い顔が並ぶ。すでにこの時点でうまくやっていけるか不安ではあった。

自社開発の案件アサインされるも、やはり眠気の問題が復活し、怒られる。仕事客先常駐とは違い、粒度の粗い仕事を上手いことやっておいてというような感じで振られるため、勝手全然からず、先の見通しが立たない。作業をうまくこなせず、進捗が出せない。学歴スポーツの成績だけ見れば能力はあるはずだと思われているので、サボっていると見做される。寝てるよね?なんでコミット全然出ないの?

年次だけは無駄に高いので直属の上司もおらず、まともな相談先もなく、周りの子たちは若くてこんなことを相談できる相手ではなく、結果誰にもうまく頼れずにひたすら信頼を失い続け、頼みの綱だった週1回のリモートワークも許可を取り消される。

社長から新卒みたいなことを注意させないでくれる?」と言われる。怒られて、闘争反応になった勢いで、なんとかメンタルクリニックの予約を取った。

そうやって通院治療を開始したのが、2023年10月ごろ。

日中の眠気、夜の不眠、集中困難、ゴミ屋敷などの問題が主訴。

これらの問題は通院治療を開始したところでたちどころに解消するようなものでもないので、年末年始休みを挟んだ後、ボツボツ休みが増え、雪崩れ込むように職場に行けなくなって休職開始。

心理検査(WAIS-Ⅳ)の結果、言語理解ワーキングメモリ・処理速度の間で有意差50を超えた。言語理解・知覚推理凸、ワーキングメモリ・処理速度凹のタイプだった。

この結果と、現在社会生活が送れていない実態をもって、5月ごろにADHDと診断された。

現在は、投薬治療カウンセリングを受けている。

・総括

概観してみると、今の私を状態説明する要点は、下記のようなものであると考えられる。

特性を持って生まれ子どもが、いわゆる体育会系世界に入れられ、なまじ才能があったがために、支援 Permalink | 記事への反応(21) | 22:15

anond:20240618213437

B to B世界シェアとってる企業地方にあって世界を股にかける面白い仕事できたりするけど、お馬鹿さんはそんなこと知る由もないから無いのと一緒だよな

anond:20240618211023

お前はただの労働者なのか経営者なのか

前者なら労働者明日のメシのために会社に生き残ることが第一

企業風土改善経営者が強権を以て為すべきことであって労働者がやるべきことじゃねえンだわ

自分たちの食い扶持を確保できればいい、自分が生き残ればそれでいい

それが氷河期世代サバイバルなンだわ

繰り返すぞ、企業風土改善経営者が強権を以て為すべきことであって労働者がやるべきことじゃねえ

労働者が為すべきは時代が求めていることではなく経営者要求を達成することだ

企業を成長させたいなら新卒を居着かせられるよう経営者が各種制度を見直すはずだ

経営者が動かないのならその企業そのままでいいってことだ

労働者経営のことを考える必要はない

己の領分果たして強く生きていこうぜ

anond:20240618093503

地方の優秀なやつは数少ない地方の優良企業就職する

地方面白い仕事があまりにも無さすぎるんだよな。

収入がいいというだけならまだ無くもないけど、面白くてかつ収入もいい仕事となると本当に無い。

大学教員くらいか。でもそれはあまりにも椅子が少なすぎるからな…。

陶芸家の家に生まれ自分もそれを面白いと思えてそのまま仕事にした、みたいなケース以外で地方に住む理由がどうしても無いんだよね。

地方若い女性に自己実現の機会を提供できるのか?

たくさんはできない

できる分だけ

から女性流出がつづいている

子供もつことによる自己実現

 これなら提供できていたかもしれないが古い。もう無理。子供にとっての祖父祖母がうるさすぎて自己実現視点から邪魔になっている可能性もある。

仕事による自己実現

 地方企業女性責任のあるポジションを任せない(とNHK記事でも批判されている)。仕事はそこそこで流したい人もいるだろうから出世したい人にはアピールしてもらわないといけないが…

推し活による自己実現(本当に実現できるか疑問だが)

 断然都会(東京)が有利。普段ネット活動している人が相手でもライブなどのことを考えると…。するべきじゃないと思うけどホスト推し活は地方ではできまい。

趣味による自己実現

 天体観測ガーデニングなら地方の方が向いている。ざっくり文化資本と呼ばれるものは都会が有利で趣味人同士の交流を考えても大半は都会が有利。何か強みがある地方はそれに賭けてみると効果あるかもしれない。刀剣とか。


まず自己実現教を叩き潰さないと若い女性の流出を防ぐのは無理じゃね?

anond:20240618183300

いや価値観アップデートしなきゃいけねえのは新卒君の方

生存競争という認識を欠落させヌル学生気分のまま"零細企業"に入社して案の定潰れた新卒君の方

氷河期正規組は熾烈な競争適応して企業同士の生存競争に貢献してるんだからそのままでいい

強く生きようぜ

東京の方を見て商売する時代は終わった

地方に住んでる人間としては、東京に物を出荷する商売は縮小する段階に入ったと感じている。

韓国中国はもちろん、最近東南アジア諸国購買力も高まってきている。

円安の影響もあって、東京企業相手商売関税やら輸送費やらを差し引いて考えても旨味が減ってきている。

これまでは日本の中で一番購買力のある東京に出荷する事が地方にとっての一番儲かるルートになっていたが、東京が一番の選択肢ではなくなりつつある事を実感している。

もちろん東京企業相手の方が言葉や商習慣が通じるというメリットはある。

海外企業との言葉ニュアンスの取り違いや商習慣の違いによるトラブルは避けられない。

それでも東京企業との取引は今後減っていくと思う。

別に東京企業に限った話ではなく日本企業全体に言える事だが、デフレ時代が長すぎて物は買い叩くものサービス無料で行うものという意識が強すぎる。

その上、東京企業大企業でなくとも「お前たち田舎者商品東京会社がわざわざ買ってやってるんだぞ(だから安くしろ)」という態度を隠そうともしない企業が多すぎるのだ。

それに対して円安の事を考慮したとしても中韓東南アジア企業の方が金払いが良い。

もちろん金を積んで無理を言ってくる事も多いが、金も払わないのに無理を言ってくる東京企業より遥かにマシだ。

韓国人は彼らの独特なプライド配慮する必要があって面倒臭いし、中国人の抜け目のなさにしてやられる事はある。

東南アジア諸国はそれぞれの国の地域対立の事を考えた付き合いが必要だったり、宗教絡みのトラブルもある。

しかしそれは日本相手商売でも似たようなもので、要はそれに慣れているか否かの違いでしかない。

そして商売を続けていけば、いずれ慣れる日が来るだろう。

果たして東京に住んでいる人々はその事に対する危機感をどれほど持っているのだろうか?

関東平野は広いからその気になれば首都圏で全て賄える」「地方から買わなくとも輸入すればいい」

とでも考えているのだろうか?

これまでは東京日本で一番の消費地であり、その購買力地方人間は頭を下げてきた。

東京に出荷する事が一番儲かるルートだったからだ。

だが円安がこれからも進むのであれば、相対的東京という都市購買力は目減りしていくだろう。

消費地としての魅力が減少した東京にこれまでの様に人が集まるだろうか?

地方民として地方から若者が居なくなる事は避けられないと思う。

能力的にも日本産業構造的にも、地方大企業が生まれる要素がないからだ。

しかしこれから若者達は海外移住を目指す時代になっていくのではないだろうか?

それに対する危機感東京に住む人々はどの程度持っているだろう?

個人的には知事選でその辺りの話題が争点にならない辺り、あまり危機感は無さそうだなと感じている。

anond:20240618093503

帰れるものなら地元に帰りたいけど、地方東京じゃ同じ職種似たような業務内容でも年収が100万200万余裕で変わる

これは実際に1年間Uターン転職活動して分かった

東京大手企業の平社員年収地方でもらうには、新聞社銀行や大きな建設会社あたりでそれなりの年数を積まなきゃいけない

地方は金がかからないと思われてるが、一人暮らしするならそこらの地方都市と多摩埼玉の外れの方で案外出費は変わらないんだよな

銀行公務員みたいなお堅い仕事はやりたくない!でも薄給中小メーカー営業もやりたくない、の結果ダラダラ東京に居座ってる

全国フルリモートOK関東会社転職できたらさっさと地元に帰るよ

anond:20240618131040

企業所属ちゃん書類も出してくれるし支払いも遅れたことは(俺は)無いし

めっちゃ信頼してるよ

少なくとも個人活動してる連中よりは500倍マシ

もうイメージキャラポンタ統一してほしい

Ponta関係する企業はもう全部ポンタにすりゃいいのに

auの三太郎とかの2010年代みたいなノリはもういいのでポンタにしたらいい

ケンタッキーカーネルオッサンは頓堀に出向にしてポンタにしたらいい

ローソンザキヤマデイリーヤマザキ転籍ポンタにしたらいい

JALポンタジェットをとばしたらいい

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