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はてなキーワード: 視野とは

2017-04-28

http://anond.hatelabo.jp/20170428145447

典型的若者意見視野が狭くて経験が浅い。

いずれわかるよ、もうちょっと歳を経たら。

そうやって子ども産むべきだって言ってる奴らたいした根拠もってないってことと、そういう価値観もってない大人結構いるってこと。

子どもなんてほしいと思う必要など無い。自分が欲しくなるまで待てばいいし、欲しくならなきゃそれでいい。

そうやって人の意見適当に聞き流すのが大人

http://anond.hatelabo.jp/20170428082317

40歳童貞なんて普通にどこにでもいるよ。

視野が狭すぎるんじゃない?

2017-04-26

ラブライブ好きなオタク女がいる世代はてな民のメイン世代ってひとまわりくらい違いそうだから

気が付かないのも仕方がないとは思うけど

視野が狭くならないようにはしたいね

2017-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20170424213740

シャワー浴びてからしよう。

洗いっこでもしあって、きちんと洗ってもなお臭うのであれば別れも視野だけど。

2017-04-24

言い訳というか視野が狭すぎてマジで集団リンチしてるつもりがないんだと思う

2017-04-23

から結婚式の招待状が届いた

とても困惑している。

招待状を送ってきた上の娘には5年前に毒親と言われて絶縁され、以来連絡もしていない。

自分毒親だとは全く思っていないけれど、毒親問題は大抵子供の言い分が100%正しいとされるらしく

当時悩んであちこちに相談したけれど、その全てで「娘さんと絶縁してあげなさい」と言われた。

私たち夫婦は随分と落ち込んだけれどそれが娘の幸せならと絶縁を受け入れた。

それでも妻のショックはひどく心療内科に通うことになった。

私はできるだけ妻を支えたし下の娘の協力もあってようやく妻も元気になってきた。

それが今になって結婚式の招待状だ。

正直なところ、本人が絶縁だと言ったのだからこれ以上掻き回されたくはない。

招待状は私、妻、下の娘の連名できていた。

下の娘が結婚したことも知らないのだろう。

下の娘はやはり欠席するとのことだった。

私も欠席するつもりだが、妻に伝えるかどうかで悩んでいる。

心療内科に通っていた頃に「もう上の娘はいなかったものとして忘れる」と折り合いを付けて立ち直ったが

招待状のことを伝えるとまた不安定になるかもしれない。

下の娘にも「お母さんには言わない方がいい」と言われた。

しかし黙って欠席で返事をして後で上の娘が連絡を寄越してこないか不安だ。

絶縁すると言ったからにはいきなり絶縁解除するのはやめてほしい。

4月24日追記

私の妹(娘にとっては叔母)のところにも結婚式出席の打診が行ったらしい。

妹のところには招待状とは別に電話が来たそうで、娘の事情が少し分かった。

どうやら結婚と同時に相手のご両親と同居になるらしい。

相手相手のご両親には私たち夫婦毒親で絶縁したと伝えてあるそうなのだ

娘の義母となる人が少し気の強そうな人でうまくやっていけるか不安だったところに

「もう実家には帰らないんでしょう?これからはここ(相手の方の実家)があなたの家だからね」

というようなことを言われたらしく不安が募ってこちらに招待状を出したらしい。

妹は欠席の旨を伝え、私たち夫婦のことも娘に聞かれたそうだが「分からない」と答えたそうだ。

いずれにせよ先方にも毒親と思われているなら歓迎されるはずもなく、妻と接触させたくもないので

妻には知らせないまま欠席しようと思う。

下の娘の旦那さんが「うちの近くに越してきては」と言ってくれたので今後は引っ越し視野に入れて考えよう。

http://anond.hatelabo.jp/20170422133833

ネットで異性を一緒くたにして軽い気持ちで叩いてるやつは男のが多いと思うぞ。単に男の方がネットを好むからネット上はそうなるだけかもしれないけど。

一応行動はしてみたのに上手くいかなかったことによる挫折感で自暴自棄になるのは分かるけど、25才は諦めるにはどう考えても早過ぎる年齢なので少し落ち着いて(気分が晴れるのでしてないなら運動もしよう)狭すぎる視野を広げよう。

少し休んだらコメントを参考にしてもう一度動き出そう。

もっといえばそんな視野の狭さで勝ち組に入れるというのがラッキー以外の何物でもないだろ

2017-04-22

実際に関わってみた感想として思うのは当の氷河期世代自身権力とか偉そうな年長者が大好きで

若いうちの苦労は買ってでもしろみたいな「ありがたいお話」をベタに信じてて

使い潰されているだけなことに気付かない人がとても多い

聡明さとか視野の広さとか人間としての面白さ愛されるための素養に欠けている

からといって自己責任死ねとまでは思わないけれど

どうやったら救われるのかも見当がつかない

2017-04-21

上達の術

最近いろんな音ゲーを始めてみて思ったのは,上達のプロセスには一定パターンがあるっていうこと。

他の分野だと勉強楽器あたりもこの感覚に近かった(気がする)。

こういうのを自分の中でパターン化できるといろんなものが得意になるんじゃないかなーって思う。

特に重要なのは自分よりも一つ上のレベルを定期的にチャレンジしてみること」。

(少なくとも僕の場合は)ついつい少しづ難易度を上げて段階を踏みたくなるんだけど、自分が追いつかないくらい難しいものコンスタントに挑戦したほうがより俯瞰的視野が手に入ってたような気がする。

音ゲーならノーツの分解能やパターン認識が広がるし,勉強なら概念の結びつきを意識やすなるみたいな。

難易度へのチャレンジし始めは結構頭を使うんだけど,続けていくと無意識レベルでできるようになることが多い。

こうやって少しずつ高難易度のもの無意識下で作業ができるようにしていくことが上達のプロセスなんだと思う。

2017-04-20

じゃあ男の成功例を紹介する。

http://anond.hatelabo.jp/20170420151301

ちょっと特殊だとは思うけれども、男の例を紹介しておく。

地方都市出身。男。大学生。妹たちがいる。

両親は士業系資格持ちで開業しているが、自分小学校高学年ぐらいになったころから収入が怪しくなってきた。独立開業してるってのは、ほんとリスキーなもんだな。両親ともに同業のなかではそれなりの立場にあったもんからプライドかいろいろが邪魔したのも余計に厄介だった。

現在の親の収入は、、、、大学授業料免除申請が全額免除で通ったりすることもあるぐらい、だ。なんと元増田よりひどいじゃないか・・・。母のほうは外にパートに働きにでていたこともあったが、稼ぎが月数万レベルしかならなかったことと同僚にいじめられたことにより、本業のみ。とはい本業のほうは、、、、仕事さえあれば月に5万ぐらいは稼ぐときあるかな、なんていうレベル

祖父母×2は存命だが、国民年金しか受給しておらず彼ら(別家計)はおおむねマイナス。家からの持ち出しが続く。

父は微アル中+微DV創価で、母は収入が父頼みであることもあって強く出られないでいる。

そんな家庭だったが、自分はほどほどに勉強はできた。高校のころには父は週一ぐらいで酔ってぐだぐだと説教しにきてはいたが、逆に言えば週6ぐらいは勉強できるゆとりがあった。そんなわけで必死勉強し、高校での成績はよかった。

受験の際には最高B判定だった第1志望国立医)と、A判定(一桁順位しかだしたことがなかった滑り止め(国立医)をうけた。

ところが落ちた。滑り止めにすら落ちた。第1志望はまだ許せる。しかし滑り止めに落ちたのはちょっと耐えられなかった。

そうして自分うつになった。浪人うつ浪人脱出しないと治りそうもないのに、治らないと脱出もできない。地獄だった。勉強はしたいのだがどうしても身が入らない。死にたいとばかり考えていた。

そんなこんなで浪人して成績はガクンと落ちてしまったのだが、そうはいっても腐っても鯛とでもいうか、まだ国立医学部にいけるレベルの成績ではあった。秋頃に防衛医大をおさえて地獄脱出の糸口をつかみ精神崩壊をおしとどめながら、なんとか翌年の春には大学へと入学した。

大学1年目には寮にはいった。奨学金は月15万借りた。親から援助は一切ないため、学費5万家賃5万生活費5万ぐらいの計算だった。寮だったため家賃生活費もっと抑えられたが、寮の環境はうわさに聞いていたため、途中で退寮することも視野にいれての金額だった。

寮生活はまあ楽しくはあった。深夜であろうと爆音音楽が聞こえてきたり、麻雀部屋から酔っ払いが這い出してきたり、飲み会では1人1人に一升瓶が用意されていたり工学部7年生とかいう輩に絡まれたり、寮自治のための集会が毎週あったりはしたが、そういうのには耐えられるタイプだった。耐えられないやつは1か月でいなくなった。耐えられた奴も半分以上が進級できていなかったが・・・。

寮生活で浮いた奨学金で、免許取得費やパソコンの購入費、2年目の引越資金もろもろなどを用意し、2年目には退寮した。

2年目から生活がカツカツだった。ネット回線高い、プロパンガス高い(家賃重視で物件を選んだのは失敗だった)、家賃の支払いがある、云々。バイトに精をだした。

すると後期になって授業料免除が通らなかった。自分収入のせいで免除基準を超えてしまったらしかった。全額・半額免除基準境界ぐらいの家計所得だったはずなのに・・・。下手するとバイトしない方が収支はプラスだったりしえた。加えてバイトのせいでテスト1個1個で死にそうな思いをしていたこと、そしてなによりきちんと勉強できず欲求不満だったこともあって、もうバイトはしないことにした。

3年目からはまあ満足できるぐらいには勉強できた。ついでに成績もあがった。このころになって給付奨学金というものがあることに気付いたが、そういうもの大学の推薦が必要で、いろいろと画策したが指導教官の推薦をえることが難しく、大概は諦めた。いや、うちの学部指導教官かいないんよ。名目上は各学生教官が割り当てられてはいるけれど、会ったことすらないし。調べてみたら自分担当はかなりのお偉いさんで、全然会えないし。それでもメールして訪問してメールして訪問して云々してなんとか1枚推薦状をもらえたが、なんと奨学金選考のほうで落とされた。収入も成績もGPAも悪くなかったと思うのに(収入は悪いかw)・・・、まあ「給付」は狭き門から仕方ないかとあきらめた。しかし推薦状の確保が大変すぎて他の給付奨学金へのさらなる申請も同時にあきらめた。

なお、我々には将来の就職先さえ決めれば、自治体病院から奨学金がもらえるという制度がたくさんある。そちらのほうは1年生のときから検討はしていたが、金額のいいどこかに身売りするなんてことはさすがにプライドが許さなかったし、かといって15年先まで見据えて自分希望に添うwin-win案件をさがすなんてことは大学入学時には考えることができず、見送っていた。3年生ぐらいで地元に戻ってもいいかななんて思って地元の県のもの申請してみたが、県外大学生×中途採用×自治医大合格辞退(←主にこれのせいだろう)のためか、通らなかった。

親はあんなやつだが、息子になんの援助もしていないことに負い目があるのか、所得証明書なんかは用意してくれる。それには地味だが大いに助かっている。帰省して自分で取りに行くのは大変だし、なにより費用がかさむ。あ、親は帰省すると5000円ぐらいお小遣いをくれるが、それでは交通費ですでに赤字だ。

大学同級生は、平均としてお育ちが良い。初心者マークつけた新車レクサスSUVとか案外よくみる。とはい大学生活していく分には今の自分のカツカツ具合でもそんなに問題はでていない。さすがに彼らと遊びに行ったりすると諭吉さんがポンポンとんでいくから付き合いきれないが、幸か不幸か自分はどちらかといえばひきこもりタイプネット回線パソコンさえあれば満足していられ人間趣味に金がかかるなんてこともなく、同級生はつきあいの悪いやつとは思われているとは思うが、まあそれぐらいの認識しかされていないと思う。ついでだから言わせてもらえば、執拗に昼ご飯誘うのやめてくれ家計破綻するわ。

とまあ自分はこんな感じで生活している。朝昼晩ほとんど自炊なのにもかかわらずエンゲル係数は80%超えていると思うが、PCタブレットも所持できているし、ほかに欲しいものなんかなく、現在のところ生活していてとくに不自由を感じたことはない。

しかし同時に、自分のような生活ができるのは限られた一部の人間だと思うし、1000万を超える借金を背負ってもそれほど心配せずいられるのは医学部という特殊環境いるからだとも思う。そんな自分でも、留年したら奨学金がとまってすべてが詰むことはひしひしと感じているから、進級判定はつねにふるえるほど怖いし国家試験も怖い。他学部だったらそこから就活なんて大波乱がさらに控えているんだろうから、それには自分でも耐えられる自信はない。うつ再発しそう、むり。

妹たちは自分とはちょっと年が離れているから、まだ高校生とかそんなもんだ。やつらは自分なんかよりはずっとできはいいが、とくに下の妹はメンタル豆腐から自分のような奨学金自転車操業をしなければいけないことになったら1週間で精神を病んでからの休学→退学の未来が見えている。しか文系から不確定要素が自分よりも高いときている。元増田をみて、やつらは自分が見放したらこんなかんじになってしまうのかなと改めて思わされた。

兄としては、かわいい妹たちにそんなことはさせられない。当然だ。

しかしだ、いわゆる有名病院のなかでは給料高いっていう虎ノ門とかでもちょっと給料足りなくて選択肢からはずさなくちゃいけなくなるけど、でもそこら辺の市中病院ならもっと高いとこ全然あるし、ワイちゃんの考えているいきたいとこランキング1位の某野戦病院もそんななかのひとつだ。

妹たち、安心して東京に進学していいぞ。応援してる。おまえらがそこら辺でくすぶってるなんて、世界の損失だからな!

作家が読者の顔色見てたらいいものが書けるわけない

少年誌大手人気投票システムを見ながらそう思っていた時期がわたしにもありました。

それがむしろ今や世界基準で顔色見ないとビジネスにならないのね。

そんなんでメジャーどころに面白いものがあるわけないわ。

グローバル化ローカル化は両極に線引したほうがいいね

ローカルに尖ったもののほうが面白さに集中できる。

それが結果として世界的に評価されるようになったほうが順序としては正しい。

嫌なら見るなで済む。

最初から世界市場視野に入れようとするから表面的なスキンばっかり派手で中身すっからかんものばっかりできるんだ。

こういうところは昔から何にも変わってないんだね。

悪いことは言わないから名作を探してるならメジャーは諦めよう。

2017-04-19

専業主夫なめんな!

おい、男ども!

おまえら、いい加減にしろよ!

どいつもこいつも、

俺をバカにしやがって。

あのな、専業主夫ってのはな、

立派な仕事なんだよ。

炊事、洗濯掃除育児

これを毎日なすのが、

どんだけ大変かわかってんのか!?

無論、俺の周りのママさん達は、

全員わかってくれてるさ。

どうしようもねえのは、

男どもだ。

どいつもこいつも、

俺を見下しやがって。

ヒモだ、無職だと、

無責任に囃し立てやがる。

ここ数年、酒の席で、

何度もヒモ呼ばわりされた。

そのたびに、

俺はブチ切れて帰った。

その後、そいつらとは

縁を切った。

おかげで今、

俺には友人と呼べる男が

ほとんどいなくなったよ。

まともな男がほんとに少ねえよ、

この国は。

社会マッチョ志向

首まで浸かりやがって、

その自覚も無え!

挙げ句に、パワハラリストラで、

鬱病コース

頭悪いのか?

硬直して、視野が狭い連中ほど、

俺をヒモだなんだと言うのさ。

ほんとはまえら、

俺に嫉妬してんだろ?

バレてんだよ!

俺にはキレイな妻さんがいて、

外でしっかり稼いで、

家ではゆったりくつろいでくれてる。

娘は俺にしか見せない笑顔

たくさん見せてくれながら、

毎日すくすく育ってる。

その間、お前らは外で、

大したことねえ仕事抱えて、

上司にいびられ、

安定剤をかじってるのさ。

どっちが賢い生き方かな?

妻さんも、俺の生き方

RESPECTしてくれてる。

基本的に、うちの家庭は

俺と妻さんと娘で完結してんのさ。

幸せの円環ができてる。完全に。

から外野は黙りなさい。

ヒモとかなんとかほざきなさんな(笑)

まあ、来年、妻さんが会社

辞めるから、そしたら今度は

俺が外で働くけどね。

もちろんそうなっても、

俺はマッチョ志向に染まりゃしない。

多様性だよ、多様性

わかるかな、諸君に?

(43歳・専業主夫)

魔法言葉

ちょっとしたことですぐに視野が狭くなって頭に血がのぼり、ウウウゥと唸り声が出て、

何かに嚙みついたり、手足をジタバタさせたくなるという難儀な性質が一向に治らないまま人生も三十年に差し掛かろうとしている。

からこの異常性をなくそう治そう抑えつけようと決意しては失敗して徒労を重ね続けてきたのだけれど、

近年、発達障害と診断を受けるなどするうちに、なくそうとするより自分にはそういう性質があることを受け入れた上で、

うまく制御してなるべく見せない方向に舵を切った方が手っ取り早いし現実的だと考えられるようになった。

そんなわけでここ数年は、ヤバいと気付いた時点で 「ま、些事よ些事」 と思ったり口に出したりするようにしているのだが、

これがまた面白いようにハマって、人生がだいぶ楽になって発作の回数も激減する、自分にとって魔法言葉になった。

実際のところ、一瞬前まで「だめだ、もうおしまいだ。このままではこの世の終わりだ、俺はここで死ぬしかないのか?嫌だまだ死にたくない!アアアアアアアア」

と本気で思って唸り声をあげるのを必死で堪えながら頭を抱えていたことが、よーく考えたら「イメージした通りのサイズの玉ねぎが売ってない」とかそんな程度の事だったりする。

もちろん玉ねぎは他のサイズのもの代替が効くし、俺はシェフではないので素材のクオリティを追求する必要もない。まさに些事。

というか、自分生活の中の引っ掛かりポイントなんか、決まった場所にあるはずのリモコンが見つからないとか、Tシャツがうまく着られないとか、その程度の事案が大半だ。

年齢を重ねるにつれてむしろより具体的で正確にイメージができるようになってイメージ現実ギャップで振り回されることが増えたり、

単純に自制の能力が弱まってきているような実感もあったので、致命的にどうにもならなくなる前に回避策を見つけられてよかったと思う。

2017-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20170418132150

男性の乳から乳がでる理由

1:薬の副作用

うつ病統合失調症治療に用いられる、抗うつ薬抗精神病薬、胃薬、制吐薬、ホルモン剤副作用でも、プロラクチンの濃度が上がり、母乳生産

2:甲状腺機能の低下

甲状腺代謝に関わるホルモンなので機能が低下した場合には母乳の他、寒がりになる、ひどい便秘、ヒフの乾燥体重増加などの症状も見られます

3:脳腫瘍

脳の中にある「下垂体」に腫瘍ができた場合腫瘍の種類によっては、プロラクチンが過剰に作られることがあります。そして、プロラクチンが過剰に作られると、乳汁分泌、性欲減退、頭痛視野が狭まる、などの症状が見られます

2017-04-17

学振はどうやったら受かるのか,微妙に考えた.

今年もそんな季節ですよね

なんかちょっと人の申請書をたくさん見る機会があったので(もちろん審査じゃない),その時感じたことを書こうかなと思いました

自分DCPDと両方通りました

専門は理論系とだけ

正直,業績とかよりもテーマ設定が大事だと思う

業績がすごい人が普通に落ちたり,逆に「なんでこれで?」みたいな人が普通に通ってたりする

自分後者

で,これじゃ落ちちゃうかもな,と思ったテーマ設定の方向性が次の3パターン

1.前提に飛躍があるパターン

例えば「AにおけるB-C概念の生成と展開について」みたいなテーマがあるとして

この「A」っていうのが前提になるはずなんだけど,

それがそもそも無理やり絞り出された問題だったり,思い込みみたいなものだったりする感じ

「すべての人間死ぬアリストテレス人間であるアリストテレス死ぬ」って論理展開自然だと思うのだけど,

いざ申請書を書き起こしてみると「アリストテレス死ぬ,だから全ての人間死ぬ」みたいにごちゃっとしてることがある

で,意外とそういう飛躍って「これまでの研究」で作ってしまった固定観念だったりするから

ちょっと冷静にみて,これは違うだろって思ったら容赦なく切り落としたほうがいい

論理になっていない部分を汲んでくれる審査員はそんなにいない気がする

2.明らかにつまらないテーマ

申請書の書き方が悪くて面白さが伝わってないパターンと,テーマ設定がどうしてもつまらないパターンがある

競争的外部資金なんだから,知り合いのなにも知らない人に話してもちょっとは興味を持ってもらえるテーマにしたほうがいい

自分問題意識と違う」となることもあるかもしれないけど

まず面白そうなテーマを決めて,そこから自分問題意識ラインをどう引けるかとかを考えてもいいか

あとスケール

申請書を読む人がその研究精通しているわけではないから,スケールを小さめにとると価値呈示しづらい

実際の作業は小さかったとしても,設定するスケールは大きめにとっといて問題ないんじゃないだろうか

あくまで間口は大きくするつもりで

申請書は間口

3.価値がわかりづらい

そのまま

お金をもらうのだから,「なんで他のテーマじゃなくてこのテーマ投資するべきか」みたいなのは意識すべき

他にもありそうな気がするけど,ひとまずこれで

とにかく申請書に向かう前に,自分が一番自由に考えられる状態テーマについてのイマジネーションの幅を広げたほうがいい

それとどういう価値があるのか

あと「超域」とか「国際」とか「学際」みたいなことは一応視野に入れて,必要ならアピールすべき

とにかくあらゆる文脈自分テーマが持ちうる意味を考えてみたほうがいいんじゃないかなと思います

なんかあえて書くような内容じゃなかったか

20代前半で割と真剣結婚を考えているけど

大卒・院卒で20代前半は結婚に向いていないとひしひしと感じる。

就活ではやれキャリアプランだやれ海外転勤でキャリアアップだと囃し立てるけど、腰を据えて結婚子育てをしようとしてる人からすればいい迷惑

マイルドヤンキー的な働き方なら結婚視野に入るんだろうが、大卒仕事キャリア形成みたいな価値観においては結婚ビジョンが見えない。

たぶんだけど新卒結婚したら不利になるんじゃないかってよく感じる。

30過ぎて結婚するのが当たり前みたいなこんな世の中じゃ晩婚化になるのも頷ける。

http://anond.hatelabo.jp/20170130001736

家で仕事意味深

二人目もアリバイ作りのために迫られただけなのでは

DNA鑑定視野にいれたほうがよさそう

2017-04-15

就活初めて半年間。未だ内定なし

自分の考えの整理も兼ねて。

最近辛くなったので吐露させてください。

できればアドバイスください。

投稿者国立理系大の大学院生で、学部時代レポート期末試験に明け暮れていました。農繊名電レベルで、入学当初落ちこぼれ成績だったのが最終的に平均以上くらいになったので人並みに勉強はしてきたと思います。また家庭が裕福でないため、奨学金を借り入れています。そのため、無内定卒業借金1000万無職イコール。そういう意識から絶対就活成功させなければならないという考えがありました。

推薦枠もあるし、教授コネもある。そうでなくても、選ばなければ引く手あまただろう。でも早めに終わらせて安心したい。そのあと研究に専念しよう。という思いか就活を早めにスタートしました。


と、いうのが当初の考え。

これが間違いでした。

現実はそう甘くなかったです。

はじめは学歴プライドだかで知名度が高く選考が早い大手中小10社ほど受け始めました。自分研究と一致しており、活かせる技術もあるので卒なくこなせば通るだろう、と考えていたのです。

でもまあ、人事の方の目も節穴ではない。そういった甘い考えを見透かされていたんだと思います

面接の受け答えの志望動機テンプレ通り。

学歴だけで受かると思ってるのか。意味不明に自信持ちやがって。

こんな奴はいらん、×。と言われているかのようです。

結局、どこも全滅しました。正直、内定に漕ぎ着けなくとも一つくらいは一次面接くらい通るだろうと思っていたのです。…まあそれが間違いなんですけど。はい。思い出すと懺悔の念しかないです。貴重な時間を割いていただいてる面接官の方にも申し訳ない。

そこが欠点というのは早いうちに気づきました。

次は、知名度とかを抜きに自分がやりたいことをやろうと考えて業界を変えました。自分中学生よりギターをやっていた関係で、たくさん曲も聞きましたし弾きましたので、これをもう生涯の生業にしてやろうと思い楽器メーカーとか音響メーカーを受けました。ESは本当にもうスルスルと書けたし、面接でも熱意をアピールできたと思ってました。

「なんでそんな学歴でウチに?」と思われたんでしょうか。

面接の受け答えが悪かったのか。

経験ウソだと思われたのか。

そもそも容姿第一印象問題か。

もっと優秀な人がいたのか。

自信がないように取られたのか。

結局全滅しました。

ここまで落ちると、自分の自信がメタメタに打ちのめされます

自分社会必要とされていない人間であると暗に示されているように感じてきます

もともと知らない人と会話するのが楽しいというキャラクターでなかったのも相まって、精神にしんどくなってきました。

卑屈な傾向があるという自覚はあったんですが、得意分野である研究音楽に関しては自信があったんですね。でも、そこをへし折られた。となると、卑屈だけが残ります

ポジティブに変えようと努力しても、なかなか変わらないです。むしろそれが新たな卑屈の種を産んでしまう。

結局、自分が全部悪い。

社会に適合できていないのが悪い。

努力しても改善できないのが悪い。

変わらないことが悪い。

変わろうとしても実現できてないのが悪い。

これが現状に対してだけならまだいいんですが、過去まで波及していきます

学部時代からキャリアを積んでいないのが悪い。

学部就職しなかったのが悪い。

裕福でないのに大学進学などしたのが悪い。

高校時代努力を怠り旧帝に入らなかったのが悪い。

中学時代コミュニケーション力を磨かなかったのが悪い。

小学生とき習い事を嫌がったのが悪い。

ってか生まれてきたことが悪い。

こうなるともう手がつけられません。鬱のスパイラルです。

就活していなかった頃は、趣味や友人との遊びに興じることで楽しいことを考えられたのですが、今は楽しかったことが楽しくなくなる段階まできてしまいました。


就活はまだまだこれから。とは言いますが。

成功させているビジョンが全くイメージできなくなってしまいました。


鬱のスパイラル突入すると、人間不信に陥ってしまます

成功者アドバイス」が耳に入らなくなってしまます

友人が大手メーカー1社のみ受けて、就活を始めてから5日で内定ゲットしたという報告を聞いたのが3日前のことです。このときいろいろと崩壊しました。


何が悪いのかを自分で探して見つけなさい。という言はよくありますが、限界まで来ています自分が全部悪いんだと結論づけてしまい、このままだと折れそうです。

自分が自信を持っているところを全部否定され、自分の悪いところを増幅してしまう。

視野狭窄だと自覚はしていますが、視野を広げる余裕がないのも事実です。

ではどうすれば自分は余裕を持てるのか。内定を得られれば余裕が持てます。きっと鬱も改善します。

これも視野狭窄だという自覚はあります。ありますが、他にどうできるのかわからないです。

折れたらきっと、奨学金負担を親にかけたくない!という思いを実行することになるでしょう。ネットを探せば、就活できなくてもフリーターからやればいい。という意見が多くありますが…そういった方は、卒業時に1000万円の借金を背負っていなかったんじゃないかと思います

もうなんかチグハグ文章でごめんなさい。

助けてください。

2017-04-14

一部の発達障害と「共感」する力について

発達障害のある人の手記を読んで思うこと

「私が」ではなく、「周囲の人が」困ったり、迷惑をする時の感情に思いを馳せる力。それはすなわち、他社の感情に寄り添う「共感力」に他ならない。

これは「定型」発達者が、成長の過程でおのずから身につけてゆく力だ。

最近は、職場発達障害の疑われる同僚に接するようになり、障害の様々な態様について関心を持つようになったのだけれど、

そんな中、発達障碍のある人の手記を読むと、この力がポロリと欠け落ちているように感じられることがある。

「私」がこう思った。「私」は、こんなふうに苦労した。だから「私」は今、こんなふうな生き方をしている、等。

論証の視座が自己に偏っていて、どこか一人称小説を読んでいるような気分になる。

特にアスペルガー症候群と診断された人の手記には、この傾向が色濃く出ている。

ex.

アスペルガーの私が、マルチタスク命!のコンビニで働いた結果…」

https://h-navi.jp/column/article/35026205

 →著者ヨーコ氏の他の記事も参照

申し訳なさ」が成長・発達を促す

敗れた側のスポーツ選手はいう。「こんなに応援してもらったのに、応えられなくて申し訳ない」と。

オリンピックワールドカップで、また欧州サッカー選手監督がそういった反省の弁を口にしているのを見ることがある。

から、この「申し訳ない」という感情は決してこの国特有のものではないのだろう。

そして、このような反省悔恨を述べた後、選手監督が次に口にするのは「だから、次はもっと努力したい」という言葉だ。

このとき申し訳ない」気持ちは、周囲に迷惑をかけないために、または、誰かの期待に応えるために、その原動力として働くようになる。

こうすまい、ああすまいと、「自分以外の誰か」にとってよくない結果を避けようと努力し、自らを発達させるエネルギーを生み出す。

自分のせいで落胆したりや辛酸舐めることになる他者への共感=「申し訳ない」という感情が出発点となり、人は成長・発達を遂げることができる。

共感力を伸ばす

こんなことを書くと、発達障害で苦しんでいる当人に、さらに罪悪感を持たせようというのか、という意見もあるだろう。

それは確かにそのとおりだ。

このような「申し訳なさ」に至る=気づくためのメソッド治療方法があるとしたら、それは前出のような手記を書くことのできる状態発達障害のある人にとって望ましいものだろう。

少なくとも、自分がこの世に存在することが申し訳ないというような、極度の抑うつ状態にまで達している発達障碍の人には、すでに禁忌である

私のような素人が、決して軽々しく日常生活に応用していいものではない。

しかし、こちらもまた感情ある人間であって、ふとした瞬間に、相手に対して非難いたことばを掛けることを制御しきれないのも事実だ。

ここで主張したいのは、こういった発達障害のある人から申し訳なさ」を引き出すような問いかけ・コミュニケーションを一概に否定するのではなく、

時には負荷をかけることが有効場合もあるのでないか、ということだ。

罪悪感という負の感情を克服するために、克服したいという意思を持つがゆえに、人は自らを発達させようともがく。努力する。

申し訳ない」という感情に含まれる、他者存在距離を感じるところから視野が拓かれ、自らの発達障害に深い理解が及び、ひいては、その克服に至ることがあるのではないか

以上のようなロジックで「申し訳なさ」を引き出すことが発達障害のある人のためにもなるという主張をしてみたいと思う。

なんでこんなことを考えざるをえないか

望むべきは、私自身がもう少し発達障害の疑われる同僚に気を使ったり、自らを押し殺したりすることなく、時に軽やかに時に遠慮なく、モノを言えるようになることだ。

発達障碍のある人の周囲の人間の負荷。

まったく陽のあたらないこの負担を担ぎながら、私もまた、私自身を視座の中心に据えて、こんなレントシーキングまがいの呟きをしている。

発達障害を望ましい個性であるとか、多様性の発露であるかいった主張だけは受け入れられない。発達障害が克服・改善されない限り、かならず誰かが負担をこうむるのだから

以上。徒然おわり。

差別区別差別なのか?

差別とはその対象構成する何らかの身体的特徴,性格出自思想,その他肉体/精神を問わない何らかに対しそれをあげつらうことだとする。

一方,区別はその対象は同じだが,そこに線引きをする,ということに差別との違いがある。

たとえば,遊園地におけるアトラクション身長制限安全上の「区別」であり,これを「差別」と捉える人はまず居ないだろう。

また,男女でトイレを分けることも,身体的特徴からくる排泄行為の違い,及び盗撮などの各種犯罪行為抑制するための「区別」と捉えることができる。


しかし,差別区別を分ける本質的な線引きは存在しない。なぜなら,何らかの発言措置をどう捉えるかは個人によって大きく異なるからである

たとえば,(文脈にも依存するが)「バカ」と言われて喜ぶ人もいれば,烈火の如く怒る人もいる。電車バスにおいて席を譲るにしても,

「私がそんな年寄りに見えるか!」と怒る人は少なから存在する。

では,なぜ男女でトイレを分けることが「区別」で,人種によってトイレを分けることが「差別」とおそらく一般には広く認識されているかと言えば,

それは圧倒的多くの人,つまり世間がそう考えているからに過ぎない。世間時代が変わればその境界は大きく揺らぐだろう。

たとえば低身長でも完全に安全アトラクションが導入されたとして,そのアトラクションに対し「120cm未満の身長のお子様はお乗りになれません」という

ルールがあれば,119cmの兄は121cmの弟を逆恨みし,これは差別だと断じるだろう。


ここで重要なのは,ある発言を「差別」と受け取るか,「区別」と受け取るかはそれを言われた本人にしか決定できない,ということにある。

まり,「ヘイトスピーチ」が世間構成する人の殆ど差別的だと捉えたとしても,「ヘイトスピーチを行う人は差別主義である」という発言

ヘイトスピーチを行う人がその発言差別だと認識する限りにおいて,「差別は常に行うべきでない」という前提があるのであれば,

ヘイトスピーチを行う人は差別的」だからと言ってそれを「差別」することはできなくなる.ここにパラドックスが生じる。


これらから導かれる1つの思想は,「他者危害を加えない限りにおいて,あらゆる思想言動は許されるべきである」という自由主義的発想である

この思想に従えば,「他者危害を加えない限り」ヘイトスピーチも,反ヘイトスピーチも共に許容されるべきである

ここで,「他者危害を加える」ということがどこまで含むかをよく考える必要がある。

仮に,「反感を覚える」ことまでも「危害を加えられた」と定義する場合,反感を覚えるかはやはり主観によるため,

原理的にあらゆる思想言動規制することが可能となる。従って,ノイローゼになったとか,躁鬱病になったといったような

より別の基準を設ける必要があると考えられる。ここにはまだ議論余地がある。


そもそも,なぜ議論必要かというと,人間の発想・思想は不完全であり真理ではない,という理由が挙げられる。

従って,あらゆる批判相互に許し,良いところは伸ばし,悪いところは修正を図ることで真理に近づくことができる,というのが

自由主義の考え方であるしかし,自由批判を行うためには論理的思考能力,互いの尊重感情的発言の極限までの抑制などが

必要となる。それらの能力はどこでどのように身に付けるべきなのか。


義務教育において教え込むことで,非常に長期的視野に経てば数世代交代する頃には「大多数」がそのような能力を身に付けることが

可能になると考えられるが,そもそも,論理的思考能力を身に付けるべきというこの自由主義的発想そのものも常に正しいと言えるのか,

批判対象でなければならない.そのような対象義務教育によりある意味では洗脳のように教え込むことは,所詮多数派による

体制の維持に繋がる行為であり,自らその必要性を強く感じ,そのような能力を獲得することが望ましい。

しかし,その必要性を感じるには,論理的思考能力必要である。それはどこで身に付けるのか。


最近,このようなことをずっと考えている。


2017/04/14 10:52 Typo修正劣化ミルというよりも完全にミルの考えそのもの


2017/04/14 10:52 ミルは『自由論』において多数派小数派を多数決で圧殺することを無効化するため,

立場によらず,是々非々相互批判可能にするために「他人危害を加えない範囲であればどのような自由も許される」という原則提示している。

ただし,この前提として「分別がある」ということを挙げ,子供発展途上国はその例外から教え込むしかないと言っており,

この前提はたしか現実的な前提ではあるものの,私は懐疑的立場を取っている。

分別」はどこで付くのか.たしか小学校の頃はないとしても,大学生ならついていると言えるのか。高校生はどうか?

また,この自由主義が「多数派」にもしなったとき教育によりその体制を維持するというのは自由主義による「圧政」ではないのか?


2017/04/15

追記した。またね

http://anond.hatelabo.jp/20170415091825

http://anond.hatelabo.jp/20170414093428

買い物したりトイレいったりしてたのかもしれないし無意味と決めつけるのは視野が狭いと思うなあ

2017-04-13

ナチュローのたまごサンドが好きだ。

ナチュローのたまごサンドが好きだ。

どれくらい好きかっていうと、サンドを包んでいたビニールについたたまごを綺麗に舐めとりたいくらい好きだ。

ふわふわ食パン

揺らすとぶるぶると震えるほどたっぷりと入ったたまご

鼻に抜ける、一歩間違えたら「くさい」に分類される濃厚なにおい。

まらん。

春ということで、ランチ最近オフィス近くの公園で食べている。

食べるのはもちろんたまごサンド

年明け早々寝過ごして終電を逃し、タクシーおっちゃんにいか自分が哀れか、金がないか、ここからどれだけ遠くに住んでいるかアピールし、媚を売り、それでも「あーそーなんだねー」と流され続け、

泣く泣く諭吉差し出した(当たり前)、当時はまだ23歳だった私が見れば

「おい弁当はどうした?」「断腸の想いで手放した緒川先生サイン入り漫画は?※1」と

ぶん殴られるだろうが、24歳となった年長者だからこそ言えることもあるのだ。

パタゴニアフリースダボダボチノパン履いてる女に媚を売られて鼻の下伸ばすじじいがいるかよ」

公園に話を戻そう。

千切りキャベツ冷凍コロッケと白米の入った私の弁当を見て、何か言わなきゃ気が済まない先輩も、

(「ずいぶん大胆なお弁当だね〜」)

こちらが舌打ちしてもかき消されてしまうほどデカい音でタイピングをする上司も、

(バチバチ、、、バチバチバチ、、バチバチバチバチ、、、バチッ「Enter」)

無駄コミュニケーションを取りたがる社長

(「なに食ってんすか」)

ここにはいない。

代わりにいる奴らがいる。

私のランチ仲間を紹介しよう。

「鳩」、「(鳩のケツを追いかける)クソガキ」、そして「自転車おじさん」だ。

春が鳩にとっても「春」なのかは知らないが、奴らは常に3羽で行動している。

まずはじめにやってくるのはやたら黒ずんだ(多分)メス。

正面に座って、じっと見つめてくる。

初めて会った時、片足しかなくて大好きなたまごサンドをうっかり与えそうになったが、

ちぎった瞬間二足歩行で突進してきたので、思わず「殺す」と言いそうになった。

から女って嫌いだ。

続いてやってくるのはそいつ狙いの(多分)オス。

特有の気味の悪い緑がかった光沢のある首を膨らませ、「ホホホホー」なんて言いながらメスのケツを追いかける。

そして3羽目も(多分)オス。

ただこいつはオス①の子分のようなポジションで、金魚の糞のように①の後ろをついて歩くだけ。

彼らは食べ始めに1度、思い出したように中盤に1度、そして食後に1度、必ず挨拶に来る。

律儀な奴らだ。

そんな奴らを狙っているのが「クソガキ」だ。

めちゃくちゃ短いズボン制服を着た、目玉親父もびっくりの4頭身。

にしても子どもというのはどうしてこうも視界が狭いのだろうか。

いや、決して将来展望とか思考について語られる時に使われる「視野」ではない(なんせ奴らは人間未満だからだ)。

ここで言う視野とは生物学的な意味だ。

鳩を見つけたら、鳩しか見えない。

黒目を3mmでも動かせば、たいそう旨そうにたまごサンドを頬張る私という人間が目に入るはずなのに、見えない。

生物自分よりも強い奴からは逃げるという習性があるんじゃないのか。

まず、食べ物を持つ私は「与える」側なので、間違いなく鳩より格上。

そして、追いかけ回して相手にとうてい手の届かないところへ行かれてしまうクソガキは、

間違いなく鳩より格下だ。

まり、私>鳩>クソガキという勢力図がここにできあがる。

しかし、クソガキは私から逃げなければ、恐れることもない(いかにも自分を嫌いそうな生物(私)が近くにいたら萎縮するもんじゃないのか)

なぜなら、見えない気づかない怖くない、からだ。

(予定は一切ないが、自分の子どもにはこの3つの「ない」は言い訳にならないことをぜっっっっっったいに教えよう)

さて、そんな「私に萎縮しない」鳩を見つけたクソガキが何をするか。

答えは簡単だ。

いかけ回す(地面を歩くアリを潰すように、地面を闊歩する鳩を追いかけるのは、子どもの性らしい)。

ダッ(クソガキが鳩を脅す)

バサッ(鳩が飛び立つ)

「△u*○あ□x△※くsっ!?」(わたし

この瞬間、つい3秒前までの私が信じていた勢力図が一変する。

間違いなく私はこの3者からなるヒエラルキーの最下層へ転落する。

そして「満足にたまごサンドも食べれないランチタイムなんて…」

と、悲劇のヒロインに甘んじるのだ。

そんなどうでもいい勢力抗争に一瞥すらしない人物、それが「自転車おじさん」だ。

おじさんは、いつも公園桜の木の下で自転車の修理をしている。

それもいつも同じ自転車だ。

春とは言え、まだ吹く風は肌寒く感じるなか、おじさんはいつも半袖を着ている。

自転車の後ろのカゴには空気入れとボコボコアルミバケツが積まれていて、

蛇口で水を汲みながら、器用に(そもそも何を修理しているのかわからないが)タイヤをいじっている。

その作業を私はぼーっと眺めながら、

ホームレスはみんなチャリンコ修理できますよ(関西弁)」と真顔で言っていた先輩を思い出すのだ。

このおじさんはホームレスなんだろうか。

修理はどこで学んだんだろうか。

なぜ一回で修理を済ませられないんだろうか。

いつもいるということは、まさかここが家なんだろうか。

それにしては空気ポンプバケツとは軽装備すぎやしないか

どこでお金を稼いでるんだろうか。

自転車はおじさんをどこへ連れて行ってくれるんだろうか。

というか自転車のカゴでかすぎないか

子ども一人は簡単に入りそうだ。

まさかクソガキの誘拐を目論んでいるんだろうか。

私がここに来なくなったらクソガキに危険が及ぶんじゃないだろうか。

etc


こんなしょうもない妄想をするのが、ここ最近ランチタイムの楽しみだ。

そして、私の妄想収集がつかなくなった時、

おじさんが修理を終えた時、

クソガキが鳩に満足した時、

鳩がパンを飲み込んだ時、

公園はまた静けさを取り戻す。

くぐもった鳩の鳴き声も、クソガキのランドセルについた鈴の音も、私がランチの入ったビニール袋を漁る音も、おじさんがタイヤクルクル回す音も、一斉になくなる。

残るのは春風に舞う桜の花びらだけ。

※1 人気BL作家

2017-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20170412031055

飼ってない人はそう言うね。

うちの元彼女も家猫を見るまでは増田のように猫を敵対視していた。

一度飼ってみたら視野が広がる。野生とは違う甘え方をしてくるしね。

2017-04-11

VegaはいいけどRX-480すらドライバが安定していないとよく言われるので、ハイエンドなんか買う気になれない。

ドライバが安定してくれたら視野にいれるんだけどなあ。

ちなみにRyzenって禅語の「電光影裏斬春風」からだろうか。誰も突っ込んでないけど。

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