はてなキーワード: 視野とは
それはぜんぜん上手いこと言えてないよ?
俺「こう考えたら、ここに埋蔵金があると考えられる」
俺「へぇ。例えばどんな?」
君「・・・」
みたいなことでしょ?
そりゃドラえもんでもほむほむでもいいけど、できれば理屈として体裁が整ったものにして欲しい。
って言われりゃ、それなりの解釈出してくると期待するじゃない?
期待するほうが変なの?
話通じないなあ。
オカルトに傾倒する人の思考回路はこういう風になってるんだな、という意味で興味深くはあるが。
怪奇現象が存在する理由は「ドラえもんが22世紀のひみつ道具を使ってやってる」とか「ほむほむが時間止めてなんかやってる」とか「未知の素粒子による真空エネルギーとの非対称な相互作用による」とか、なんでもいいわけ。
その中で、ホロスコープが当たる理由、四柱推命が当たる理由等をひとつの理由で説明できる解釈なので、これを好んで使っているだけだよ。
そもそも「当たる」と増田が思う根拠は「なんとなく当たると思うから」なわけだろ?
なんと。そのどちらでもない私は女じゃなかったのか。
もしかして自覚がないだけでそのどちらかなのかな。
とりあえず視野の狭い人は嫌いだわ。
それこそ視野が狭いだろwwww
ヒントやるとWindowsServerでソーシャルゲー開発してる会社だよ。
珍しいからぐぐれば出てくる
「みんなそう思ってる」から間違ってない、というのはとても日本人的で実際に正しくない考え方だと思うよ。
それは単に「みんな視野が狭い」っていうだけのことだから。実際は。
もちろん「視野が狭い」ことが良いことなのか悪いことなのか、という話ではない。
視野が狭いも何もエンジニア自身は皆そう思ってるから転職してる訳だろwwww
コードも書けないアホ共と一緒にするなと思ってる奴らが実際にコードを書けるエンジニアに高収入を提示するソーシャルゲー業界に流れてるんだよ。
忘れないうちに幹事についてまとめる。
あとでトゥギャッターにでもしよう
本当に来ていただいた皆様には感謝
で今回は一応無事になんとか終わった印象。
少し私が顔とIDと経歴とを間違えてて不愉快にさせてしまった可能性は否めない案件はあって
hwoffについて、57人参加で運営上の大きなトラブルがないのは奇跡に近くて
それに甘えてる幹事な私。
普通このくらいの規模ならば、連絡なしのドタキャンが発生することは否めないし
可能性としては織り込まなければならない。
その場合にキャンセル料はどする?全額請求するのか、参加者につけ回すのか。
今回はドタキャン発生が皆無なのは本当にすばらしい、金銭的な収支も計算どおり。
実際はこれに対処する術をもっていない
現状1人でやってるってのは良くなくて、不測の事態が起きた時に対処が遅くなる。
本来ならばすでに1人でまわすことが無理あって
hwoffの参加者が行儀がいいだけの話。
なんで一人幹事ばかりなのかっていうと、話しあうとか意思疎通のコストが高いと思い込んでるから。
対人関係をうまく構築できないといってもいい。
運良けりゃ回るけど、最悪なことが起きた場合 例えば私が当日42度の熱出てほんとに動けないとか
そんな時を想定すると1人で回すのは愚の骨頂。
マネジメントみたいな話になると思うんだけど、もう少し
自分でやったほうが早いとかいってないで、自分の分身をつくらなきゃまずいよね 的な。
結局1hくらいはLTやってた、このあたりのバランスは確認したい。
全部に興味ある人はいないだろうし、それを考えるとLTを挟むことの是非とか。
もともとの趣旨は顔見せて集まることの少ないエンジニアの交流促進なわけで
そーすると無くてもいい事項か。
会費については5000円が妥当か。しゃぶ庵で3.5h専有して とか考えると
高いとは考えないが財布の状況を考えると軽食程度にして4kとかに抑えることも視野に。
今お越し頂いてる層が上は50くらい 下が19くらいなことを考えると微妙
大半は社会人なのを考えると5kにして、未成年とB2~M2まではキャッシュバックみたいな事を考えるか。
→コストどーすっかね。
例えば立食で軽食で4h専有できて60人でみたいなスペースはあるんじゃないか
しゃぶ庵のご飯は僕は好きだし美味しいと思うけど、それをメインにしてる人もいないのは事実
そーなると軽食のがいいのかしら。
これからの規模について
もし1人体制を改めるならより大きくする方向はありか無しか。
それとも縮小させるか。
すでにある程度顔見知りになってしまってる人が多いので
このまま回数重ねて同じ人ばっかりになるとコミュニケーションの方向性が内向きになることはやむを得ない。
すでに常連みたいな人は30人を超えてる。
そーなると新しい人が入りやすい、コミュニケーション取りやすく促進をはかるならば規模は増大させるほうが望ましkうはある。
いまの規模の制約条件は、私個人が幹事である、私の知り合いに基本声かかる 宣伝の問題なんか。
規模大きくすると、特徴性が薄くなるのは仕方ない。
もし来場者の満足度を最大限高める方法って。。?つうか顔見知りばかりなら僕が主催しなくてもいいよね。
もし規模を拡大するならば、親和性の高そうなところに声をかけるのはありではある。
例えばtggdとかUNIXのAndroidのとことかmbedのところとか
規模拡大させればいいこともあるし当然トラブルが増える可能性は非常に増大するよ。
定期的に開催することの意義はホントにあって
次いつやるかわからないよりは、来年もあるよね ってのが集客しやすいよね。来やすいだろうし。
会場にお願いの連絡いれて12/21にATND立ててしばらくはtwitterで広告みたいな感じか。
なので
もし来年も動くならば、それも一人でやらないなら少なくとも12/15くらいには動き始めようね 的な。
ということで乱文ですがざっと今回の0128hwoffの思うところでした。
「君たちは何のために学問をするのか 何のためにこの松下村塾に来ているのか?
日本のため人々のためといいますが、具体的にはどういう人々ですか?
的を見ずに矢を放っても的には当たりません 目的のない学問はすべてが無駄になります
何のために学問をするのか、それは学問をしたくてもできない人のためにするのです!
人々のためとはそういうことです 諸君が松下村塾に来るのは 松下村塾にも来れない人々のために来ているのです
それがわかれば一分一秒もおろそかにはできないはずです みんな私の代わりに力のかぎり戦ってください」
吉田松陰の講義は平地にありながら最新の情報に溢れており、藩校である明倫館をしのいでいたとされる。
(松陰と京都で知り合った勤皇思想家梅田雲浜=安政の大獄第一の逮捕者もこの頃松下村塾を訪れ各藩の政治状況を伝えたりしている)
とはいえ罪人の開いた私塾であるから白い目で見られ、上士の子である高杉晋作や久坂義助などは親の目を盗んで通ってくることになる。
(その他の生徒は貧農の子伊藤俊助、足軽の子品川弥二郎、中間の子山県小助など。)
松陰は一方的に教えるのみではなく、様々なテーマを与えて生徒に調べさせ、
順番に教えあい、その時は松陰も生徒となって学ぶ。これは野山獄時代と同じ。
学問といっても磁極を論じたりしているのであるから、しょっちゅう凄まじい議論となり、
先生も生徒も一緒になって朝まで大激論を戦わせたりするのであった。
したがって、松下村塾には遅刻も早退もない。各自の都合で来れる時間に来て、時にはその場で働きながら学ぶといった様子であった。
働きながら学び、学びながら働く。松下村塾は常に熱気にあふれていた。
物置を改造した松下村塾はあまりにせまく、毎日入りきれない生徒が庭にあふれていた。
(桂小五郎はこの時江戸にいて、吉田松陰とは往復書簡による師弟関係)
#薩摩 精忠組#
斉彬復帰後も、改革が第一優先であり
お家争いを防ぐため、「高崎崩れ」の犠牲者救済は、政治的バランスを考慮して後回しにされ、
結局流罪にされた者は2年以上放置されることになる。
この当時は、お家の安定が個々人の身分より優先されるのは、むしろ武士であれば当たり前、という時代だった。
斉彬は参勤交代から帰国し、洋式の事業も見通しがつき、斉興・久光派も落ち着きを取り戻してから
ようやく高崎崩れの流罪者が赦免され流罪からかえってくることに。
斉彬に直訴状を書いた。
書いているうちに、まず百姓の上に胡坐をかき、私服を肥やす役人どもへの怒りにうつり
さらに元凶たるお由羅派をなぜ処罰しないのか、という批判に及び、
勢いはどんどんエスカレートしてついには蛮学に湯水のごとく金を使う斉彬への彈劾となった。
(基本的にこの当時の武士というのは全員無知である。何も知らされていないから当たり前だが。
特に薩摩武士は武芸や忠誠がやかましく、下級武士である西郷は狭い学問でも実力は下の下であった。
だから、目についた農村の貧しさについて、その歴史も理解できず、目の前のことがすべてになってしまう。
西郷はこのあとも、斉彬の意図を全く理解できず、そのくせ忠義と称して暴走を繰り返している
しかしこれでも農村の痛みに気づいただけまだましな方というから、どれだけ当時の武士が
ものを知らされず、また忠義と称して暴走しやすい困った気質の持ち主であったかよくわかる。
江戸時代に行われていた偏った儒学や忠孝の教えでは、基本的にこういう愚か者を作ることしかできない)
→しかし、島津斉彬は彼を用いた。そのくらい「手駒としては仕える」人物だった
「考えは180度違っているが、それは今後の教育でなんとでも変えられる
おいそれと変わらぬのが、そちが持って生まれた無私無欲の心 そこを見込んだ。今日からわしの片腕となってもらいたい」
水戸斉昭さえ制御しようとしていた斉彬は、自分が死んだ時や、動きを制御しきれなかった時の危険については一切考えていなかっただろう。
→私はこの頃の西郷のような直情径行ガ忠義という概念とセットに成った、視野が狭くすぐに他人に攻撃的になる人間が嫌いだ。
西郷に関しては当時のことだから納得はできるわけで、現代でもたまにこういう奴がいるのを見ると吐き気がする。
「これといった目的もなく、落ちているものを探すのでもなくただなんとなく歩いているのですか?
我が国でも風流人はそういうことをしますが、それは楽隠居の道楽です。
あるいは無法者、ゴロツキ、怠け者のたぐいです。
江戸で何もせずに歩いているだけの人間など、挙動不審とみなされしょっぴかれても文句は言えませんな」
「日本の役人は世界最悪と言える 犬が何も考えられないのと同じ」
とまぁこれはいいけど、やれ風呂はだめだの山菜は食えないだの、ヤンキーはほんとにwww
「この1年は何だったんだ…国際社会の常識を知らぬ無知な国が相手だ。
彼らには経緯を持った対話を重ねて教えていくしかない。そう思い私は之までずっと耐えてきた。
しかし彼らは頑として心を開かなかった それがどうだ たった一艘の軍艦を見た途端
向こうは大砲に動揺した 私も相手が怯えるように話した
ハリスよりペリーが正しいのなら、言葉はなんのためにあるのだーーーー!」
#攘夷志士の怖い習慣#
1)君の視野は狭い
2)君は自分の好きな事を突き詰めてるだけ
4)でも君の趣味(車、スポーツ観戦など)はくだらないし幼稚だ
自己分析の結果
1)はその通り・・・だから毎年1つずつ新しい事にチャレンジしている
3)は言い掛かり・・・他人の趣味や嗜好をバカにしたことはない
4)はオマエが言うな・・・こういう人間はサブカル系の趣味も蔑視する
5)は半分納得・・・挑戦は必要だから毎年してるが、何が有意義かは人それぞれ
結論
酒・女・高級ブランドなどが大人の趣味で、それ以外は低俗だと自信満々で決めてかかる
自身が出版しているさくさくトリアージ(http://www.tokyo-horei.co.jp/shop/goods/10943/)や【警察・司法/ゴネラーへの処方箋(強制か? 任意か?)】(http://b.hatena.ne.jp/entry/www.tokyo-horei.co.jp/BGT/sample3_1.html)のアレっぷりではてなサヨク?の間で話題(http://b.hatena.ne.jp/entry/www.tokyo-horei.co.jp/shop/goods/10943/ , http://b.hatena.ne.jp/entry/www.tokyo-horei.co.jp/BGT/sample3_1.html)の東京法令出版ですが、アレな原因は自民党との繋がりにあるかと思われます。
本会総代会の翌日、日本経団連の定時総会が開催され、新たな会長としてキヤノンの御手洗富士夫会長が選出されました。そして「今後十年くらいを視野に入れて体系的総合的なビジョンを作りたい。」と抱負を述べられ、活動の目標として『イノベート・ニッポン』を掲げられました。
イノベーションについては、細萱前会長のモットーでありましたので私も引続き、改革、革新を掲げて皆さんと手を携え、信頼され必要とされる中央会をめざして、創業、経営革新、新分野進出等中小企業の組織化と連携支援により一層傾注して参りますので今後共、関係各位並びに会員の皆様のご指導ご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
22日告示の県知事選で、自民党県議団などでつくる「信濃会」(会長=星沢哲也・県中小企業団体中央会長)から立候補を要請されていた副知事の腰原愛正(よし・まさ)氏(63)が7日、長野市内のホテルで記者会見し、出馬を表明した。
8月8日投開票の知事選で、独自候補擁立を目指している自民党県議団など県会一部会派や県内経済団体幹部らでつくるグループ「信濃会」は2日朝、長野市内で会合を開き、副知事の腰原愛正(よしまさ)氏(63)に同日午後、立候補を要請すると正式に決めた。
見下した痛い言動を当事者に向かってやる人は確かに見たことないし、あんまりいなさそう
或いは自分の持っている知識=全世界の常識だと思っている視野が狭いタイプとか。
狭い特定分野の話をTPO考えずに誰相手でもやり、相手がついて来れないと「頭悪いから理解できないんだ」と考える奴。
こういうのは日常会話にオタク用語が入る痛いオタクと根本的には同じ。
「それは一般的には常識ではない。それを知っている同類間で話す分にはいいが、それ以外の人の前で出す話題ではない」
「それを知っているかどうかは頭が良いか悪いかとは別の話である」と言う事を理解していない。
これも地雷。
…書いてて思ったけど、元増田と付き合いたいとか書いてる男って
35歳になった。
ついこの間、魔法使いになったと思ったらアラフォーならぬヤラフォーになるとは。
自分の場合、ルックスは悪くないと色んな人から言われるし、仕事は正規雇用の中堅SEで趣味は文武両道、でも社会性コミュ力ともに破滅的に酷いせいで総合点マイナスという、自他ともに認める「実に残念なおっさん」だ。
「黙って立ってりゃマネキンの代わりくらいにはなるのに・・・」とも言い換えられる。
スーツだと30前、私服になると20代半ばに見られる。でも若いというより、精神年齢の幼さが顔に出ているのだと思うと、あまり素直に喜べない。
そして20歳になってから15年、性格ブサメンな部分は微塵も治っていない。
いや少しはマシになったのかも知れないが、彼女が出来て結婚してるわけでもなし、要はその程度だ。
「もうすこしがんばりましょう、てかやる気あんのかテメー」って感じ。
なのでこれからの15年もこの流れは変わらないだろう。
そうなると、生涯独身になる可能性も大いに視野に入れ、今後の生き方を模索すべきなのだろうけど・・・憂鬱だ。
というのも、周囲の独身40代50代ともに、ろくでもないオヤジしかおらず、全く希望が持てないからだ。
例を挙げる。
これでどうやって独身貴族(死語?)の夢を見ろというのか。「男やもめに(ry」ってレベルじゃねーぞ!
このおっさんたち、社会と関わる上で開き直ったり無視してはいけない部分を踏み外し、投げ出しているように思えてならない。
しかも自分は多分、上の人達にかなり近いところにいる。遅かれ早かれこうなる気がしてならない。
ここまで「明日は我が身」を見せつけられるのは恐怖以外の何者でもない。
それに引き換え、周囲の既婚男性は皆凄い。カッコイイ。輝いている人達ばかり。
なんで俺を嫁にしてくれなかったんだと詰め寄りたくなるレベル。
せめて年を取るなら、そっちサイドに行きたかった。
そう考えると、「オヤジ臭い」というのが褒め言葉ではない理由がよく分かる。
生臭くならず年老いていくのは、かように難しいということだろう。
いちおう、一つだけ確認。
世の中、何事にも例外はある。言い方を変えれば多様性という奴だな。「日本企業は~」みたいな主張を、文字通り「全ての」日本企業に例外無く当てはまる話だと考えると、話がおかしくなる。
例えば、日本の大企業はダメとは言っても、名実共に日本最大最強企業であるトヨタなんかは、組織の大きさにも関わらずイノベーションを継続する能力を維持できているように見える(内情は知らないけどね)。
注目すべきは、構造と確率だ。学生が、自分の能力を活かせる職場に出会える確率は、その企業なり業界が置かれている構造に依存する。先の東大の講師が言いたかったのは、「日本で職を探すより、海外の方が能力を活かせる職場に出会える確率が高い」という主張だと解した方が良いだろう。
で、そこで「海外」と言った時に念頭に置かれているのは、君の言う通りアメリカ西海岸(シリコンバレー等)だろう。あの辺りは、相互扶助的なコミュニティーが出来上がっていて、成功者が失敗した者の再挑戦を支援する風土があると聞く。
だから、あの辺の連中は、エンジェルやベンチャーキャピタルから資金を調達してスタートアップをガンガン立ち上げ、成功すればイグジットして大金をゲットし、「ぶッ潰れ」ても再挑戦できる。
ただ当然だが、そうした場所で個人がチャンスを得るには、現地の起業家・技術者コミュニティに認められ参入できる程度の能力を持っていることが前提だろうと思う。先ほどの講師のコメントは、あくまで「東大の」「優秀で」「意識の高い」学生について述べているという点は忘れてはならない。
では、イノベーションを起こすことは日本の大企業ではもはや不可能なのか、ということなんだが、理論上は可能だろう。最近、イノベーションは「イノベーションのプロセス」から生まれる、という話がある(天才的な個人の奇抜な思いつきからではなく、という意味。ここでは説明しないので、興味があったら"The art of innovation"でググってみるといい)。そういた業務プロセスを基本に据えた組織へと作り変えれば、日本企業でもイノベーションを生み出すことはできると思う。
しかし、職場を探す(本当の意味で)優秀な学生がいた時に、日本企業の中で組織文化と戦いながら新たな業務プロセスを確立するために何十年も奮闘するのと、海外の流動性の高い土地でベンチャーに参加するのとどちらが良いか、と相談されたら、俺は明らかに後者を勧めるだろう。本人の幸せという意味でも、優秀な人材の社会全体での有効活用という意味でも。
では、それほど優秀でない奴は? まぁ、泥臭く地道に組織改革をやるしかないだろうな。
一つだけ注意点があるとすれば、「俺達には才能はなくても数で勝負だ」「皆で力を合わせて一丸となり(ry」とか絶対に考えないこと。人海戦術と親和性の高い業務プロセスこそ、君の組織の閉塞感を生み出している原因だ。ミッションをブレークダウンして組織の階層構造で業務を分割できる、という考え方は、つまり「仕事に貼り付ける人材は取替え可能である」という発想が根底にある。
専門性を尊重する評価体系を作ること。専門家同士が協同して業務を遂行するプロセスを回すこと。そうしたプロセスを回すプロジェクトに経営資源(決裁権、人事権、etc..)を委譲すること。これらが重要だと思う。
あと、「専門バカは視野が狭いからチェック機能が必要だ」みたいな意見には、間違っても耳を貸さないように。専門性の高度化がさらに進んでいる現代において、「ド素人の素朴な意見」が役に立つことは少なく、多くの場合、プロセスのスピードダウンという悪影響しか招かない。コミュニケーションコストの増大と、俊敏さ(アジリティ)の低下は、プロジェクトにとって最大のリスクであると認識すべし。
・絵が下手
・発想が凡庸
・「理系」としてまとめられている非常識性・変人性がただの中二病レベル
・「オタク」としてまとめられてる趣味行動・奇行が浅すぎライトすぎ
・「過剰に論理的」とか「発想が人と違う」ではなく「凡人の変人ぶりっ子」なのがバレバレ
・一方で、本当に変というか、確かに非常識だな(それも単に悪い方向に)という部分がチラホラ見えるがそこには自覚がない
・作者の本当に変な部分は「理系」「オタク」に誤集約してスポイルする事でスルーしている
・寿司屋でネタの正式名称がどうのと因縁つけるのの何が面白い?
冗談抜きに中学生ぐらいがいきがってやりそうな行動でしかない。
これを本人は、読み物として提出出来るぐらい面白いネタだと思ってる。
ずっとこの水準で「俺って面白い変人デショデショ?」なので、かなりキツい。
・作者の同期や彼女との人間関係だけは本当に変人というか、確かに人よりかなり劣っている。
しかもこっちには見世物的な意識が感じられない。むしろなんかイジケたマジレスが多い。
彼女との別れの顛末なんかも、自己中心的でナイーブな視野からの描写に終始し、
「僕はこう感じて」「僕はこう疲れた」ばっかし。客観性・論理性が皆無。
そのつまらん愚痴がカネとって人に読ませるようなものか考えてないのは
これも自意識過剰のなせる技だと思う。
自分の気持ちや関心と、他人の気持ちや関心と、区別があんまり付いてない。自分大好きすぎ。
これは変人ぶりっ子な作者の唯一の「本当に一般レベルとちょっと違う部分」なんだけど、
自覚がないのでそのまんま垂れ流し。
せっかくの本物の変人性部分なのにエンタメ変人ショーにはなってない。
・そもそも「普通の人と一味違う変人」としてのギャップを変人本人が解説するってのは構造的におかしい。
「自分の思考・発想が普通の人と違うと自覚し意識する変人」て。
それはどうやったって「自意識過剰・演出過剰な凡人」でしか有り得ない。
『となりの801ちゃん』(読んだ事ねーけど)は
常識人である801ちゃんの配偶者が観察日記的に述べていくんでしょ?
変人や異界人を描写しネタとして提示していくにはこれしかないよね。
繰り返すけど
「俺ってこんなに変なんだよ」「ほら変でしょう」っていうのは変人ごっこにしかなりえないよね。
構造からして頭が悪いし、変人ショーとしては凡人臭がき出すぎだし、自意識未整理すぎというもんだよ。