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はてなキーワード: 死刑存置とは

2019-08-02

俺が死刑廃止論者になった理由

きっかけは袴田事件っていう有名な冤罪事件(と言われている、まだ再審中)に関するドキュメントを見てから

そこから死刑執行された飯塚事件無罪が確定した足利事件など色々な冤罪事件について調べていく中で

殺人のような重犯罪から痴漢のような軽犯罪まで、この国には冤罪が生まれ構造が備わっているという考えに至った。

因みに俺は元々は死刑制度については特に何も疑問は持っていなかった。

人を殺めたら死んで償う、それが当然という風に割りとつい最近まで思っていた。

長ったらしく書くのもアレなんで、俺が思う死刑廃止すべき理由をできるだけ手短に列挙していく。

冤罪可能

死刑は一度執行されると後戻りできない、完全不可逆。

執行後に冤罪とわかっても二度と元には戻せない。

懲役刑は途中で冤罪とわかった場合は刑を中止できる。

既に服役した時間は二度とは戻ってこないが、国家賠償という形で補填することは可能

もちろんお金じゃ納得できない人もいるのは当然だが、命がある限り再出発はできる。

死刑執行されてしまうと再出発どころか、自分無罪になったことを知ることすらできない。

死刑による犯罪の抑止効果を示す明確なデータがない

日本以外の先進国死刑廃止が主流になっている大きな理由ひとつにこれがある。

カナダでは死刑廃止後に殺人の発生率が減少したという。(勿論、抑止効果があると主張する人もいる)

そんな馬鹿な~と思う人は各自調べてくれ。

人道的観点

憲法36条で「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。」とある

究極の暴力である死刑絞首刑)が残虐でなくて、むち打ち刑や性器切断の刑は残虐だというのに疑問がある。

専門家の間でどういった法的論争があるのかはわからないが、絞殺でも銃殺でも薬殺でもむち打ちでも性器切断でも俺には全て残虐な刑罰に感じる。

被害者及び被害者遺族の報復感情

死刑存置論者はこれが主な理由っていう人が一番多いんじゃないかと思う。

もし自分の大切な人が殺されたら絶対死刑を望むと思うし、何なら自分で殺したいと思うかもしれない。

でも日本においては内乱罪外患誘致罪などで人が死んでいなくても死刑適用することができる。

(実際に適用されたということではなく「可能である」という意味

もし死刑被害者やその遺族の報復感情を果たすためにあるなら、人が死んでいない罪にも死刑適用できる説明がつかない。

それにもし殺人による被害者や遺族の報復感情を果たす為に死刑という暴力刑が存在するのなら

強姦罪傷害罪にもむち打ち刑や性器切断の暴力刑を適用すべきではないか

それに死刑執行被害者遺族のために公開するべきではないのか。

そう考えると今の日本死刑制度被害者やその遺族の報復感情を果たす為にあるとは到底思えない。

あと最近よく見る「海外では死刑がなくても現場で射殺するよね」っていう意見はまったくもって的外れだと思う。

言うまでもないが、現場で射殺するのはあくま警官自身人質を守ったりそれ以上被害を出さないようにするためで刑罰とは無関係

しろどういう理屈でこの犯人射殺と死刑が結びつくのかよくわからない。

あと懲役刑判決後すぐに執行されるのに対して死刑場合執行まで何年もかかるのも納得いかない。

本当に死刑判決誤審がないと100%言い切れるのなら某法務大臣の言う通りベルトコンベア執行すべきではないのか。

そうしないのは、絶対にあってはならない死刑判決でも誤審はありうるということを暗に認めているからではないのか。

同じ理由再審制度死刑判決適用できることにも納得がいかない。

色々書いたが、特に自分の中で大きかったのは

人間判断する以上は冤罪はなくならないという点と

死刑犯罪抑止効果を示す明確なデータがないという2点。

まぁあくま法律も何も知らない普通一般人ちょっと調べて考えて行き着いた結論であって

誤った認識もあるかもしれないので何卒お手柔らかにお願いします。(予防線

2019-07-27

死刑反対派は理性的

死刑存置感情的みたいな話ってさ

感情論どころか単なる感想だよね

勝手自分イメージつけて自分理性的から反対とか言い出すやつ多過ぎ

死刑廃止論への疑問

「【京アニ放火殺人凶悪事件が起こると死刑廃止論者は困る?」

http://vergil.hateblo.jp/entry/2019/07/26/191304

自分は必ずしも死刑存置派ではない。現行の死刑制度を必ずしも支持する立場ではない。だがそれでも、この人の議論にはさまざまな穴があるように見える。

犯罪社会が生み出すもので、凶悪犯を処刑して社会から排除しても、そのような犯罪を生み出した社会の歪みを正さないかぎり、また同じような犯罪が繰り返される。死刑は、犯罪の原因を除去できたかのような幻想を与えるものしかない。

凶悪犯を処刑して社会から排除すること」と「そのような犯罪を生み出した社会の歪みを正すこと」は両立する。死刑執行を見て「ああ、これで犯罪の原因を除去できたぞ」と喜ぶ人もいるのかもしれないが、自分個人は見たことがない。

死刑といえども人を殺すことに違いはなく、凶悪犯も含めいかなる人間生来持っている基本的人権生存権)への侵害である

他者権利を侵した者が同じことをされるのは仕方がない。懲役刑禁錮刑も基本的人権自由権)の侵害だが、まさかこの人は懲役刑禁錮刑にも反対するわけではないだろう。

死刑は、生涯をかけて自らの罪を悔い、謝罪し続けるべきその時間を、加害者から永遠に奪ってしまう。

絶対謝罪しない死刑囚もいる。宅間守植松聖など。仮に謝罪してもらっても殺人の罪とは全く釣り合わないから、謝罪させることには根本的に意味がない。

神ならぬ人間裁判を行う限り、誤審の発生は避けられない。冤罪被告人死刑にしてしまったら、その過ちは取り返しがつかない。

絶対冤罪ではないと断言できる事件も多い。むしろ、その方が多い。また、誤審で取り返しのつかない結果が生じるのは終身刑でも同じこと。取り返しがつくのは罰金刑ぐらいである。誤審に対して判事検事警官などに個人責任をとらせる方法については制度改革必要であり、また別途考えなければならない。

死刑は、それを執行する人間必要とする。刑務官は、凶悪犯といっても個人的には何の恨みもない無抵抗相手を殺すという辛い行為を、職務として行わなければならなくなる。

ロボットやらせればよい。ロボット作動ボタンを押す役目は被害者の遺族に任せることにすればよい。遺族が望むなら執行の無期延期もありだろう。

凶悪犯ほど死を恐れないので死刑には抑止効果がないという問題もある。それどころか、死刑になりたくて人を殺した者さえいたではないか土浦連続殺傷事件など)。

殺し方の残虐さに応じた方法処刑すればよい。薬殺犯には薬殺刑。斬首犯には斬首刑。焼殺犯には焼殺刑。その他もろもろ。

犯人一人の命で、どうやって34人もの尊い命を償えるというのか。

34回に分けて執行するという方法がある。寸止め33回繰り返し、34回目で絶命させる。永山基準では3人殺害死刑相当だから、34を3で割り、寸止め11回でもいいかも。

そもそも

日本国憲法第三十六条

公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。

この規定にも疑問がある。拷問はともかく、残虐な犯罪に対して残虐な刑罰はあって当然ではないか死刑囚の中には筧千佐子のような薬殺犯もいれば池田容之のような斬首犯もいる。本当に同じ絞首刑でいいのか。

2019-07-19

死刑存置論者は

誰でも思いつくような揚げ足取りを書き込む前にこのくらいは読んでおいてくれよな〜。

死刑存廃問題 - Wikipedia

2018-07-18

死刑廃止論者「死刑廃止国で銃殺がまかり通ってるなんて統計はない!」

はてなブロガー「あったで」

死刑廃止論者「なんか雑。死刑存置国との銃殺比較じゃないと意味なくね?」

本当クソっすなあ。死刑廃止論者が銃殺なんてそんな起きてないと言い張るからそれを提示したのに。リベサヨ界隈の低能って謝ったら死ぬ病気なんだね。安倍以下じゃん。

2018-07-07

死刑が不可逆的であることについての奇妙な反論

死刑存廃問題に関してはいろいろと意見があってもいいと思うし、とりわけこのような凶悪犯罪に関してやはり死刑必要ではないかという意見も当然あってしかるべきだと思う。(EUですでに廃止している国でも、国民意志としては死刑存置のほうが多かったりするし)

今回気になったのは、「死刑は不可逆である」という意見に対する下記のような反応だ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20180706182250

懲役10年の後に冤罪わかっても不可逆じゃん。冤罪問題なら懲罰全部無理やんけ。

増田は、わずかな確率であっても、増田増田の大切な人が、冤罪で(長期の)懲役刑になること(受刑中死亡する場合も含む)を許容できますか?許容できないとしたら、(長期の)懲役刑は廃止すべきだと思いますか?

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20180706182250

死刑は不可逆というのがいまいちわかんないんだよな。懲役は可逆なのか?不可逆だよね?

例えば袴田事件。もし日本司法根本から腐っていなければ、きちんと再審して名誉回復は出来たはずだった。実際は高裁再審請求棄却になってしまったけど、それでも袴田さんは二度と収監されることはない。袴田さんの失われた人生はもちろん帰ってこない。45年もの長きに渡って死に怯えながら暮らした日々は不可逆だ。しかし、地裁執行停止判決を下したことで、一定名誉回復された。死刑執行していれば、どうなっていただろうか。

四大冤罪事件といわれる、免田事件島田事件、財田川事件などもそうだ。これらは再審無罪によって正式無罪が確定し、名誉回復されている。

そもそも日本司法は、死刑が不可逆的であることを十分に理解している。名張ぶどう酒事件や、帝銀事件などに関しても、受刑者は結局、死刑執行されないままに獄死している。結果的に、冤罪の疑いがある死刑判決の多くは、刑が執行されないまま事実上終身刑という形になってしまっているのが実情だ。しかも、日々処刑されるという恐怖に怯えながらの終身刑終身刑であれば、常に再審請求のチャンスが有り、DNA鑑定のような新しいテクノロジーの出現により真相が明らかになるチャンスがあるが、死刑執行されたあとの再審開始は極めてハードルが高く、困難であり、そして仮に無罪が確定したところで、釈放されるべき被告人存在しない、ということだ。

実際、冤罪の疑いがあった飯塚事件に関しては、遺族の再審請求却下されている。死刑執行したあと「あれは間違っていました」という判決は、とても下せないだろう。

から死刑廃止しろ、と主張しているわけではない。この増田で書きたいのは、「死刑は不可逆である」という意見に対して「懲役刑も不可逆的である」という反論は成り立たないということだ。常に本人から再審請求のチャンスが有る懲役刑と、刑が執行されたあと事実上再審不可能である死刑イコールではない。

anond:20180706182250

これは自分オリジナルではないけれど、

死刑存置派→袴田事件を目の前にしても、誤判があっても死刑はありうるべき

死刑廃止派→オウム事件を目の前にしても、あらゆる凶悪犯も死刑にすべきではない、死刑はあってはならない

と表明できなきゃダブスタなっちゃうので、その理屈はどちらの立場でもそれぞれの素朴な“感情”にはどうしても相反するんだよね。

ヘタレな私は理屈屋であり感情屋でもあるので、どうしてもそこがクリアできてません。なのでどちら派とも表明できません。ダブスタ野郎すみません

一方、「オウム事件のような冤罪じゃないことが明らかな事件死刑もいたしかたないんじゃね」って人に対しては、心神喪失者には死刑執行できない、とされている刑事訴訟法479条1項の規定を今回どうやってクリアたか、“執行時”の彼が心神喪失でなかったか、ってメッチャクチャしかったと思うんだけど、と問いたい。ホント今回はその点誰がどう担保したんだろう???

情報リークによる死刑のショー化の議論はもとより、そこの議論をすっ飛ばすのって正当性担保の面でも超絶に危ういよね。そこらへん指摘してる報道はあったのかな?弁護士会声明突っ込みはあったのかな?

彼の行ったことがほんの少し想像するだけでも身の毛のよだつ、筆舌に尽くし難いという慣用句なんかではとても回収しきれない、絶対に許してはならない最低最悪なものだったということはほぼ衆目一致するところだと思うけど、それでも、そうだとしても、国家による究極の刑罰である死刑執行が“正しいもの”とされているギリッギリ最低限ラインの「正しい事実認定の確定裁判に基づき、正しい法的手続きを守って執行された」が今回成立してたかどうか。これが成立してないとすると、日本法治国家であることを放棄したこと同義なんだが。この国はそのラインまで堕ちてしまたか、それとも以前からずっとこういう国だったのか。

【追記】

存置派・廃止派に関係ない話だけど、死刑執行の期間の問題代表として、国家の究極の刑罰の根幹の規定が、運用・慣例・前例によって一部骨抜きにされ、一方で共犯者同時執行原則とか執行基準みたいな運用・慣例・前例しかないもの事実上法規範化しちゃってる、ってのは、いかにも、“空気”が大事なこの国らしいあり方と思いませんか?良くも悪くも。

2018-07-06

https://anond.hatelabo.jp/20180706182250

あと自分がむしろ今回の件を見て死刑反対に傾きつつあるのは、

死刑死刑でも中世連座刑じみた、よりによって自分祖国である日本が明らかに見せしめの公開での集団死刑をやったからですね。

最後緊急回避的な手段あくま個人に対して行うっていう原則すら守れていないってのを見せつけられてしまった。

アメリカレッドステーツの死刑存置州ですら個人に対して薬殺刑で行うっていう手続きは守ってるでしょう

(もちろん細かい話を調べれば事実上連座刑だとか人種差別だとかはいろいろあるだろう、適当な印象の話)。

やはり最近行政権運用能力が信用できないと感じることが多くなってきているので。

原発も結局そうなんだよな、311直後のときはむしろ再稼働に賛成してたけど原子力技術のものよりも日本行政府が信用できなくなってきたので

ちまちま火力と再エネの小さい設備で頑張ってもらったほうがいいと思っている。

anond:20180706182250

この増田への返答を善解して、理性的に整理するとこんな感じだろうか。

冤罪死刑になるリスク肯定する

しかし、そのリスク無視できる程度のものである

・そのリスクを許容した上で、死刑制度から得られるメリットの方が大きいので死刑制度容認する

とこんな感じだろうか。

反対派も2つの派閥に整理できて、

冤罪による死刑リスク自体を許容できない

・許容できるが、死刑制度メリットよりも大きい

となると思う。

とここまで整理した上で死刑存置派に問いたいのは、そのメリットとはなんなんですか?というところだろうか。

元増田の失敗は物事単純化しようとするあまり意図的かどうかはわからないが、

冤罪による死刑リスク自体を許容できない

ということに論点を絞ってしまったところではないかなと思う。これでは議論感情論しかならない。

しかしこの時間に書いてるってことは執務時間中もしくは終了直後に書いてるものと見受けられるが、大丈夫か?と同業者としては思った。

文体とか引用の仕方からして法曹(というか弁護士)であるのは間違いないと思う。

死刑廃止派の一法曹としての意見

松本智津夫オウム真理教事件の確定死刑囚死刑執行された。

 私は死刑制度自体に反対の立場ですが、なぜそう思っているのかについて簡単に書いておきたい。およそ日本の今の状況で、松本らの死刑執行タイミングほど、死刑制度についての関心が高まることはないと考えるからです。

有罪であるという確証が持てない時に、多くの裁判官はどういう行動を取るのだろうか

 司法制度では疑わしきは罰せず、という原則があるのは、ほとんどの人が知っていることだと思いますしか現実裁判官がそのように行動しているかというと、そういうわけでもないようです。先日twitterである弁護士が、下級審簡裁だったかな)の判決書きで、若干の疑いがあるからちょっと罪を軽くしとくね、というような文面を書いてしまったため、控訴審でそれが棄却された、というものが流れてきました。これは判決書きに書いてしまったおバカな事例ですが、上級審であっても同じような運用がされていないわけではないようです。元裁判官で、刑法学者植松正は「無期懲役誤判の吹き溜まりである」と言いました。事実認定に若干の疑いがあるが、情状は極めて悪く、真に犯人であるのならば、死刑にするしかないというような場合無期懲役にすることが多い、というのです。これは裁判原則に反しています。実際には、情状に関わらず、事実認定合理的な疑いが残るのであれば、無罪とせねばなりません。なぜそれができないのでしょうか。裁判官人間ですから世論はまちがいなく気にしています世間を騒がせた大きな犯罪である場合裁判官のうち一人に合理的な疑いが残っていたとしても、合議の中で、簡単無罪判決を出せるものではないでしょう。つまり裏を返せば、合理的な疑いが残っていたとしても、死刑をいう選択をされてしま可能性は0ではないということです。死刑という刑罰存在する以上、確実に、100%、全くの疑いの余地なく、死刑に値する、と考えられない場合にも死刑選択してしまう例が存在するということです。

死刑制度問題は究極的には被疑者被告人人権問題に帰する

 死刑に値する犯罪を、まさか自分が行うはずはない、とほとんどの人は思っていると思います。ゆえに、とんでもない罪を犯した人間は、死刑でも仕方ないし、死刑が速やかに実行されるべきだ、という考えを持っている人が多いのではないでしょうか。被疑者被告人人権よりも、被害者の応報感情の充足が優先されるべきだ、と考える人も多いでしょう。しか100人死刑囚の中には、1人の無辜人間がいるとしたらどうでしょうか。その人を国家権力が殺す、という不正義をあなたは許容できるでしょうか。99人の”真実犯罪者”の被害者の応報感情社会要請としての死刑制度は、そのリスクを甘受するべきだと考えるでしょうか。

 では自分痴漢として裁判にかけられるかもしれない、と思う人はどれほどいるでしょうか。自分痴漢をやっていないことは天地神明に誓えるけれども、なんの証拠もない。被害者は、あなた痴漢されたと言っている。裁判所はあなたの訴えを合理的な疑いが残るとして認めてくれるでしょうか。捜査機関は、被害者の主張を、合理的な疑いが残らないように、矛盾をなくした形で、調書を作成するプロです。また裁判所は一応独立機関であるとされていますが、かつては判検交流と呼ばれる制度もあり、基本的裁判官検察官親和性の高い人たちですし、基本的検察提示証拠を信用して事実認定をすることが多い組織です。あなたの主張は認められず、あなた有罪判決を受けるかもしれない。あなたはそのリスクを甘受するでしょうか。疑いがかけられた以上は、痴漢という、卑劣犯罪行為に対して、その犯行を認めようとしない犯人であるあなたには、何の反省も見られない、と言われるかもしれません。

 裁判人間が行うものである以上、無謬ではありえません。痴漢冤罪場合、たとえ有罪であっても、人権上の制約は小さいと言えますし(むしろ冤罪であったとしても認めてしまった方が人権は制約をされないという残念な状況にある)、もし防犯カメラなどから無罪証明できた場合名誉回復され、損害賠償請求できる場合もある。しか死刑場合においては、それは究極の人権制約なのです。

団藤重光は以下のように論じています

例えば懲役刑などにしても、長いこと刑務所に入って、後で無実だということがわかって出されても、失われた時間、失われた青春は再び戻ってこないという意味では、これも確かに取り返しのつかないものです。しかし、そういう利益はいくら重要な、しか人格的、その意味主体的利益であろうとも、人間自分の持ち物として持っている利益ですが、生命はすべての利益帰属する主体存在のものです。もちろんこのことと、前述の人間尊厳が人命の上位にあるということとを混同してはなりません。死刑はすべての利益帰属主体のもの存在を滅却するものですから、同じ取り返しがつかないと言っても、本質的に全く違うのであります

 痴漢冤罪による被害を最小化するために、真犯人を含む、すべての被疑者被告人人権を守りましょう、被疑者実名報道はやめましょう、無意味身体拘束をやめましょう、という主張に対して賛成できる人は、死刑存置を考える人よりも多いのではないかと思いますいかがでしょうか。

 本質的には、これは死刑冤罪による被害をなくすために、真犯人を含む、すべての被疑者被告人に対する、究極の人権侵害である死刑廃止しましょう、という主張は私には同じものに思えるのです。しか死刑廃止するべきだ、という人はずっとずっと少ないのです。

被害者(周辺を含む)の応報感情を軽く考えるべきではない

 痴漢で捕まった人が、周囲に実は自分自白させられただけで、無罪なんだ、と主張することはよくあると思いますが、特に妻子持ちの人に多いのですが、私の経験上、やってないと強く主張していた人であっても、ここで認めても家族に知らされることはない、ということを教えると、スルッと実はやったんだ、という人が結構ます。ですから冤罪を主張する人たちの中に、罪を逃れるためにそう主張している人が多くいることも事実でしょう。しかし実際に痴漢冤罪によって人生が狂ってしまった、という人は確実に存在します。死刑においても同様のことが起きていないとは、誰にも言えないのではないでしょうか。

 しかし多くの人は、死刑に値するような重大な犯罪で、自分冤罪当事者になることな想像もしないでしょう。それに比べれば、自分たちの周りの大切な人たちが傷つけられたということへの怒りはとても身近で、応報感情に流されてしまいがちです。これは非難されるようなことでありません。前述の団藤は、父ブッシュとデュカキスとの討論で、妻を強姦され、殺害されても、死刑に反対するのか、という質問に、淡々と「それでも死刑には反対だ」と主張したデュカキスに対し、世論は非常に強く反発したと書いています。これがデュカキスの敗因ではないと思いますが、死刑廃止を訴える人に対し、「お前の家族を殺されても、死刑に反対だと言えるのか」という主張はよく向けられます殺害される、などという、およそ通常経験しないことを経験した人たちが、犯人を自ら殺してやりたい、あるいは国家によって同じような目に合わせて欲しい、という感情自然ものであると思いますしかし、当事者でない我々が、そう思うのは当然だ、とその応報感情正当化をする必要は必ずしもないとも思うし、死刑廃止論者であった人が、実際にそのような目にあったときに考えを変えたとしても、それはごく自然な話であると思うのです。その感情否定はできませんが、団藤が述べているように法の論理は、もう一段上の次元で考えるべきはないかと思うのです。

自分は無実なのだと内心で叫びながら絞首台に向かう人の存在を許容できるか

 私は貝になりたい、の主人公床屋は無実ではありませんが、死刑に値する罪を犯しているか、と考えるとそうではないと思います。あの絶望を持って、死刑にされる人間がいる、という不正義を許容できるかどうか、結局はその価値判断なのだと私は思います

 私はその価値判断において、死刑廃止して欲しいと考えていますが、それゆえに、死刑の存置を訴える人の価値判断尊重したいと考えていますしかしその上で問いたいのです。あなたは、たとえわずかな確率であっても、あなたあなたの大切な人が、冤罪死刑になってしまうことを許容できますか、と。

2017-07-15

https://anond.hatelabo.jp/20170715000806

死刑は遺族にとっては重要だろうけど、経費の面から考えて終身刑を導入して死刑廃止した方が合理的ってことかな。

経費から意見は存置側の人の方が良く使うけど、死刑廃止論からも言えるんだ。一応、囚人高齢化に伴う生産性の低下とか色々反論はできそうだけど、それに対する反論も持ってそう。

ただ、いくら論が整っていようと政治民意は完全に死刑存置だし、弁護士ですら一枚岩じゃないなかで日本では廃止には向かわないと思う。

それで、元増田なんだなこれが。

2016-10-06

死刑廃止に賛成するとしたら、これを満たしてほしいという条件

死刑廃止賛否を問うの国民投票があったとして、個人的に「賛成」に投票してもいい条件を考えると次のものになるかなと

既にあるもの廃止するのだから制度に兌換性がないと嫌なわけです。

また、重罪者を国が死刑にしてくれるからこそ、許せているもの許容できるリスクってものがありますね。

なので、死刑の存続を望む多くの国民が納得するに足る理由必要でしょう。

全部は無理だってのは分かってるけれど、簡単な方から三つは達成されないと話にもならないですね。

比較的容易なものから並べてみましょう。

終身刑の導入、量刑の強化

これは当然だと思いますね。

死刑妥当と言えるようなシリアルキラーはいかに彼が改心したと言おうと

恩赦仮釈放対象としない、絶対的終身刑必要だと思いませんか?ですよね。

死刑がない上に、現在の様な軽い量刑では犯罪抑止力はないので、懲役200年とかってレベル量刑になるようにすべきでしょう。

人二人殺し懲役20年=実質5年で出てきます、なんてお話にもならないですね

とは言え日本の事ですから終身刑なんて簡単にはならないでしょう。だから、これは不十分です。

id:IkaMaru 終身刑が導入されているのに死刑相当の犯罪者が釈放される前提なの? 自分でも何を書いてるのか理解してないでしょ

やはりというべきか、はてなサヨク日本語が読めないレベル低能なんですね

なんという頭の悪さでしょうかw

馬鹿の為に補足してみましょうか

とは言え日本の事ですから終身刑なんて簡単にはならないでしょう。だから、(終身刑存在しても釈放されてしま凶悪犯が多いので)これは不十分です。

イカマル君は、小学校からやり直しましょう

犯罪者追跡システムの構築

重罪を犯して(仮)釈放された人間にはGPSによる追尾システム個人IDによる検索

どこに住んでるのか?何をしてるのか?を誰でも知れるようにすべきです。

何をしても死にはしないと高を括った性犯罪者や、強盗犯、放火犯が野放しとかあり得ないんじゃないでしょうか。

犯罪者居住制限

同様に犯罪者居住可能物件は、明示的に表示してほしいな。犯罪者不可の物件しか住みたくないので。

だって、どうやっても死刑にならない犯罪者が野放しなんでしょ?怖いね。家に居るときくらいは安心したいよね。

オートロックの内側に、恩赦されたシリアルキラーいるかも?、それはあり得ないって思いませんか?ですよね。

犯罪者雇用などに対する制限措置

これも上述の物と同じ。

民間企業に、何をしても死にはしないと高を括った性犯罪者や、強盗犯、放火犯就職する可能性があるのは怖いですね。

自分の隣人や同僚に前科者が来ることを拒絶する権利が欲しい。

また教職公務など多数の国民の利害にかかわる可能性の高い職業への就職制限してほしいですね。

調書・裁判記録の公開

冤罪防止の観点で言われますけど、運悪く自分の同僚や隣人となった重罪者がどういった奴なのかを理解する為に公開してほしいですね。

自衛のためにも情報大事です。

競馬競輪競艇パチンコ撤廃消費者金融および闇金融規制及び取り締まり強化

情状酌量余地のない重罪の起こる理由の大半が、金か性欲でしょう。

その内の金の方でギャンブルによる借金などが発生しない様にすべきだし、また高金利借金規制すべきでしょう。

同時に制度維持にかかる費用=終身犯の生活費施設建築費のために、酒税など犯罪と相関の高いもの間接税を設けるか増税してほしいですね

産業公営

情状酌量余地のない重罪の起こる理由の一つである性欲の発散をさせるために、(キャバも含めて)風俗公営化すべきでしょう。

その利用者を国が管理して治安維持情報として利用すればいいんです。

風俗利用者潜在的犯罪者ですから

銃刀法緩和、および、警官の発砲の規制緩和

要は強盗殺人犯なんかは逮捕しないで現場で射殺する事を今よりも遥かに容易にしてほしいんですよね。

銃刀法を緩和すれば悪党は銃を買うだろうし、自衛のために多くの国民も銃を買うでしょ。

そうすりゃ警官の発砲も、臨機応変にせざるを得なくなって現場射殺も普通になる。

アメリカでも、柔軟化持ってない黒人が誤認によって射殺されて大問題になってるけれど、

死刑廃止するのなら、その程度のリスクは許容していただきたい所だね。

犯罪現場で重罪犯を射殺できる環境が整ってないなら、死刑存置でお願いしたい。

私刑仇討ち)の復活

国に刑罰委任する事で、死刑に値する人間を裁いてくれると信じているからこそ、刑法を受け入れられている。

家族を失った悼みを晴らす手段がないなら、国に刑罰委任する価値はない。

死刑をなくすのであれば、お上に届ければ、遺族による仇討ちが認められるように中世に戻してほしいね

もちろん犯人国外逃亡合法的には出来ないようにして貰う。

俺の家族を殺した奴は、俺の人生を棒に振っても仇を討ちたい。

どこの国に行こうと、探し出して仇は討つ。

それが可能なら、死刑がなくなってもいいかな。



日本では、終身刑の導入すら殆ど絵空事レベルだけど、それくらい無理って事。到底受け入れられないですね

屑は死んで当然だと思ってますから

2013-06-17

死刑廃止論者は「冤罪がー」が悪手であることを知るべき。

死刑存置論者は「感情がー」が悪手であることを知るべき。

http://anond.hatelabo.jp/20130617125918

残虐な遺体を見たときの「犯人許せねえ」という感情を抜きにして裁こうぜ、という話なんだから、全く擦れ違っているわな。

「おまえの家族が殺されたら」系の死刑存置論も同様。

2013-02-24

http://anond.hatelabo.jp/20130223215401

1「再犯防止による治安の維持」

2「コスト

3「無期懲役なんて10年程度で出てくる甘い刑罰。それ以上の極刑を望むのが市民感情

4「復讐


提示されたのでいうと、

1:2:3:4=80:1:14:5

くらいじゃないかな。

1確実な再犯防止、これはメリット大きいね死刑になりかねない犯罪犯したクソに社会復帰してほしくない、

なぜなら自分や周囲が危険さらされる確率高まるからな。

2コストなんかどうでもいいよ。誤差だし。

3極刑ならアリだね。死刑と無期の間の終身刑が導入されれば俺はそっちに傾くかもね。脱走リスクと迷うけど。

4復讐は、義的には支持したいけど、現代社会的にはねぇ。



自分が「死刑のある社会理想的で素晴らしい、望まれる社会」だと考えているのか、

それとも「今の日本社会の下では死刑存置はやむを得ない」と考えているだけでその先にある「死刑制度自体が是か非か」について考えることは停止しているのか

どちらかといえば後者だな。

はいえ「やむを得ない」よりは、「廃止よりはあったほうが無難だろ」くらいの感覚だけど。

死刑制度自体が是か非か」については、性善説性悪説かの議論までさかのぼるんじゃないか

そもそも更生は不可能だと思っているから、死刑制度は是なんだからな。

2013-02-23

おれは死刑に賛成する人間が分からない

http://anond.hatelabo.jp/20130223193210を読んでも、この人が死刑に「賛成する理由」はさっぱり分からない。

そんなオレが、死刑賛成派の考える「死刑合理性(あるいは正しさ)」とはどのようなものか?について考えてみた。

1「再犯防止による治安の維持」

→ 確かに、死刑が執行されれば「再犯率」はゼロだ。だがこれは、「死刑が生んでいる犯罪」をカウント対象としていない。死刑根底に「目的があれば殺人は許容される」という思想がある以上は、死刑が間接的に殺人者を生み、「別の人間による殺人など凶悪犯罪再生産」を生んでいる可能性を明確に否定できない。

→ これに対して「死刑がない場合に増える犯罪をお前はカウントしてないではないか」という反論が想定されるが、過去死刑を廃止した国で、死刑を廃止したことで犯罪が増加したというデータはない。一方「死刑になりたくて無差別殺人をやった」とうそぶく殺人者は多い。たとえば下記。

2013.2.21 産経新聞より

金川真大死刑囚

死刑になりたい。生きるのがいやになった」。死刑が執行された金川(かながわ)真大(まさひろ)死刑囚(29)は1審判決前の平成21年6月、水戸拘置支所(水戸市)で産経新聞の取材に応じ、早く死刑に処されたいという心中吐露。「自殺はどんな方法であれ、自分の体に痛みを加える。そんな勇気がなかったので殺人をした」と話し、最後まで反省言葉はなかった。…



2「コスト

→ 無期懲役囚人を何年も養うためにお金をつかっていられない。死刑にすれば金がかからない、と思っている人は多い。しかし、「死刑 コスト」で検索をかけてみれば分かるが、死刑制度があるせいで社会に多大なコストがかかっているという面もある。「コストが高い」ことを理由の一つとして死刑制度を廃止する国や地方もある。

February 23 , 2013 朝日新聞グローブより

ニュージャージー州、「死刑維持はコスト高」で廃止

米国では、死刑復活が認められた1976年以降、今年9月末までに計1228人が処刑された。先進国の中では最も多い数だ。それでも、死刑をめぐる論戦は、司法立法の場で続いている。

その中で、最近新たに浮かび上がってきた論点が「コスト」だ。死刑を維持した方がコストがかかる、というのだ。

米国の50州のうち、死刑があるのは35州。76年以降、2州が廃止した。2007年に廃止したニュージャージー州では、コスト論が決め手の一つになった。…



3「無期懲役なんて10年程度で出てくる甘い刑罰。それ以上の極刑を望むのが市民感情

→ これは明確に虚構。無期懲役について調べれば分かるが、日本の「無期懲役」は、海外の「終身刑」とほぼ同じ基準で運用されている。「懲役200年」とか、ばかげた数字を付けないだけで、単に「いつ出られる」とも出られないとも本人には示さず、しかし、いつまでたっても仮釈放が認められない囚人存在する。

参考:http://www.excite.co.jp/News/bit/00091211882686.html?_p=all

4「復讐

→ これは、唯一「感情的には」理解できる。あくまで「被害者感情的に強い紐帯で結ばれた人間」が抱く感情として、「復讐」は、古今東西を通じての極めて強い人間感情からだ。理性を社会の基盤としてない時代社会の下で「死刑廃止」を主張し実現するのは無理だろう、とは自分でも思う。だが、近代以降の社会において、なお、このような強い「感情」を社会の運営の基盤に置くのは危険過ぎる。「感情」を無視して社会が運営できるとは思わないが、「感情」を理性によって克服しようと努めてきたのが、過去100年の世界歴史であり、現代社会は、そのことを無視して後戻りする状況にはない。

→ もちろん、「日本社会は、現実問題として理性を基盤とした社会ではないから、死刑存置はやむを得ない」という主張には、それなりの説得力がある。だが、それはあくまで「現実論」であり妥協であって、思想として死刑制度に賛成するか否かということとは別のことだ。この点に基づく死刑賛成派は、自分が「死刑のある社会理想的で素晴らしい、望まれる社会」だと考えているのか、それとも「今の日本社会の下では死刑存置やむを得ない」と考えているだけでその先にある「死刑制度自体が是か非か」について考えることは停止しているのか、再度自問すべきではないか


なお、元増田が書いている「国家による殺人」に関することは、サラッと流せる話ではない。国家自国民を殺す権利はあるのか?について、元増田はどの程度、思考を巡らした上で書いているのか?

まず、大前提として「国家」は一つのシステムであり装置だ。

では、犯罪者は「犯罪者」だから殺していいのか? では、「犯罪者か否か」は誰が決めるのか。国家だ。つまり国家にとって死刑制度は「殺したい国民を殺せる」手段だということになる。

元増田は「国家国民が運営してるんだから、いいじゃん」と思っているのだろう。つまり国家国民のためにならないことをするわけないよ」と思っているのだろう。平和な考えで、大変結構だ。しかし残念な思い込みでもあると申し上げておこう。

申し訳ないが、オレは単なる「システム」に、そこまで全幅の信頼はおけない。システムはただの「道具」に過ぎない。それを使う人間によって、善なる結果も悪なる結果も引き起こす。従って、システムは、多少危うい人間がそれを握ってもヒドイ結果は引き起こさないように設計する必要があるのだ。元増田が、いかなる政治思想を支持しているかは知らないが、自分から見て全く反対の政治思想流行し彼らが政権を握ったとき自分が「粛正」される側に回らない自信は本当にあるのか? それとも「常に強者にすり寄る」主義であるか。それでも、コウモリ存在は、いつなんどき「裏切り者」として粛正されるか分からないわけだが。

以上の観点から、オレは「可能な限り近い将来に死刑は廃止すべきだし、そのために、一日も早く日本社会感情よりも理性で運営される社会となるよう、関係者努力すべきだ」と思っている。

2012-03-12

殺人が取り返しのつかない罪だということを理解していれば「命で償う」なんて甘っちょろい戯れ言だと分かるだろうに。

死刑存置論者にはいいかげん現実を見て欲しいよ。

2011-10-31

http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1319950981/

99:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/10/30(日) 14:26:24.20 ID:bCaDrVUp0

冤罪の可能性がある

すべての刑罰に冤罪はあるので死刑に限って反対する理由にならない。

さらに現行犯死刑にできなくなる矛盾

■命は取り戻せない

取り戻せないことを論点にするなら時間も取り戻せない。

ならば懲役も反対しなければダブルスタンダートである

死刑廃止世界の潮流である

嘘。死刑廃止は90国、死刑存置は97国。

さらに、潮流とやらで内政を決定しなければならない理由は主権国家である以上まったく無く、

仮にそうならば真っ先にあなた9条の廃止と軍隊を持つように主張しなければダブルスタンダートである

抑止力が無い

嘘。非常に大きな抑止力があると証明されている。(一件執行されるたびに殺人が5件減少する)

■国が殺人を容認するのはおかし

刑罰は殺人では無い。正当な司法である。ならば懲役監禁罰金恐喝になる。

犯罪者にも人権がある

自然権以外の人権は国が保障したものであり国の法に反した者の人権を制限することは何も矛盾が無い。

終身刑でいいだろ

日本刑務所は"満員"を超えて116%の収容率になっている。場所が足りない。税金無駄

さらに、死刑になるような凶悪犯罪に対する罰がその程度では国民が納得しない。

国勢調査で8割の国民死刑を望んでいると出ている。

自分がいつか殺人を犯すかもしれないだろ!

しません。普通加害者になることよりも被害者になることを心配します。

刑務官がかわいそう!

職業選択の自由日本にはあります

■野蛮!

日本世界のどの廃止国よりも犯罪率の低い国です。ちなみに廃止国は現場で射殺しています

日本では正当防衛で撃っただけで問題になります

2011-07-07

死刑にしたい」

youtube動画をだらだら見ていたら、秋葉原事件に関する当時の報道映像に当たった。

そのコメントで「死刑にしてやりたい(3年前)」というのがあった。

この手の言動って(特にネットでは)ありふれたものなんだけど、わたしにはよくわからない。

どうしてみんなそんなに赤の他人のことで感情的に慣れるんだろう。

いや、共感をそもそもしないとかそういうことではない。

わたしだって他者に共感はする。

しかし、それは自分と境遇が似ている人間に対してだ。

例えば、秋葉事件の場合だと、被害者より加害者共感する。

あるいは、光市母子殺害事件被害者遺族の男性の立場を考えるとゾッとするが、共感はしない。

なぜなら、わたしには妻も彼女もいないし子どももいないからだ。

もうひとつ

たとえ共感しても「死刑にしたい」というような強い感情は生まれない。

想像することと経験することはそもそも違うからだ。

死刑存置派のひとがしばしば揶揄する、死刑反対派の検察だか弁護士だかの男性が身内が殺された途端に死刑存置派になった事例なんかはこの話(想像経験)だと思う。

わたしも自分大事なひと(そんなものいない)が被害に遭ったら「死刑にしてやりたい(というか、殺してやりたい)」と考えるだろうが、まだわたしの大事なひとは被害に遭っていない(そもそも存在しない)。

今被害に遭ってるひとたちはわたしの大事なひとたちではない。

から加害者死ねなどと思わない。

わたしはおかしいのだろうか。

2010-06-28

なぜ行政ゴキブリを撲滅しないのか

ゴキブリのように都市市民を脅かし、百害あって一利もないものが、諸外国でも日本でも一向に撲滅に対象になっていないのに疑問を感じる。むしろ日本では人間ゴキブリを積極的に対面させようという気配すらある。ゴキブリを存置しておいて何が楽しいのか。死刑存置論の比ではない。明らかに不愉快な生き物がなぜ撲滅ないし人間社会から隔離されていないのか。

 
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