はてなキーワード: グループチャットとは
「なんとか年は越せそうです。だけどそう長くは無いみたいです。
彼女を置いて行くと考えると辛いですが上から見守ろうと思います。」
『残り15日』と題されたその投稿は、明らかに、自殺を企図したものだった。
ただならぬ気配を感じたユーザーたちは、当然、コメントという形で投稿者に話しかけようとする。
「もう少し生きてみよう」「逃げてもいいよ」「病気なの?」「ネタでもいいから死なないで」
ひとつひとつのコメントに、投稿者から、丁寧な返事があった。根が几帳面なのだろう。寄り添うようなことばには感謝を、攻撃的なことばにはやさしさを返す一方で、どこか迷っているようにも見えた。
投稿に興味を惹かれる人が多ければ、その投稿はもっとたくさんの人の目に入るようになる。
早い話が、バズった。
小規模ではあるけれども、投稿者が全てのコメントに返信するのが難しくなるくらいには、多くの人の目に触れたらしい。
『残り14日』の投稿には、「昨日は色々なコメントありがとうございます。残っている時間を大切に過ごしたいと思います」ということばがあった。
『残り11日』「今日は彼女に会いに行きました」『残り10日』「今日は友達に会いました」
カウントダウンが1ずつ減っていくとともに、人間関係を清算しているようなことばが綴られる。
『残り5日』「明日は中学の時の友達に会いに行きます。少し楽しみです!」『残り4日』「最後に楽しい思いが出来ました。今日は何だかよく寝れそうです」
そして、ついに迎える『残り1日』。
2020年1月6日、彼が選んだ曲は赤頬思春期の『私の思春期へ』。
ことばは、みじかく、「悔いが残らないように」。
たくさんのユーザーが、彼の投稿を見た。彼を現世に引き留めようとした。
素性がわからない、断片的なことばのかけらしか知らない、リコメンデーションエンジンが偶然に引き合わせた見ず知らずの相手だというのに、揶揄するようなコメントは皆無だった。ひとりひとり、選んだことばはさまざまだけれど、彼のことを応援する人ばかりだった。
その熱意が、投稿者のなにかを、融かしたのだと思う。
彼の真っ黒なアイコンのまわりに、赤い円が現れた。「ライブ配信中」。タップしてみると、イヤホンからぼそぼそと"彼"の肉声が流れ始めた。
彼は存外、色んなことをしゃべった。
友達にも、家族にも、恋人にも、相談できなかったという。センシティブな話題は、かえって身近な人には打ち明けづらいものだ。それでも、インターネットを介してなら、1000人以上に心の奥底の悩みを表出できるのだから、SNSも捨てたもんじゃない。
彼女には弱いところを見せたくなくて、でも傷つけたくなくて、だから別れなくちゃいけなかったけれどなかなか言い出せず、結局「別れよう」のひとことしか言えなかったと、涙ながらに話していたのが印象的だった。
途中アクシデントがあり、舞台をインスタライブに移して、彼の独白は続く。
自分は恵まれていて、どちらかというと陽キャにみられる側で、だからこんなことを言っても「俺だって死にたいよ」と返されて終わりだと思っていた、と。
コメント欄では、そんなことないよと温かく彼を慰めることばといっしょに、「コラボしよう!」という投稿が流れていく。インスタライブの機能だ。
「最近人と全然しゃべってないから、何話していいかわかんないや……」と戸惑いつつも、結局彼はコメント欄の勢いに押され、コラボをはじめた。
一人目に入ってきたのは、九州の方の訛りのある、14歳の女の子。彼女は輝いていた。光そのものだった。
話していた内容は、TikTokのコメント欄に寄せられたものとそう大きくは変わらない。「主さんの苦しみは分からないけど、生きてればいいことあるよ」「世の中色んなことあるし、まだ死んじゃうにはちょっともったいないよ」「彼女さんも悲しむと思うよ」「逆にそういうこと相談してくれたら、彼女さんの立場としてはめちゃくちゃうれしいと思う」
彼女のことばを聞いた主は、泣き出してしまう。鼻をすすりながら、語る。
皆さんから温かいコメントはいただいていたけれど、どうも自分に届いていない気がしていた、と。「死のう」という決意が壁みたいになって、心が全然動かなかった、と。
「それが、それが……」
直接話して、融かされた気がします、と。
心なしか、声が明るくなった。「ごめんなさい」「心配かけて」「でも」ばかり言っていた暗い声から、ほんの少し希望の宿った声になった。
人は、人と関わらないと生きていけない生き物だ。うれしいことがあったら分かち合って、つらいことがあったら相談して。そうやって日々を送るものだ。
主はきっと、どこかでボタンを掛け違ってしまい、相談する場所を見失ってしまったのだろう。そうやって、もつれた糸をかきわけて、最後に残ったSOSを発信できる場所が、インターネットだったのだろう。
二人目は男子大学生。色々な考えのひとつとして、「人の悩みなんて宇宙に比べたらちっぽけなもの」だと語った。明日は大学で1500メートル走を走るんだと言いながらも、深夜に、親身になって、主と「将来やりたいこと」について語り合っていた。
三人目の女子高生は、「わたしも明日死のうと思ってたんだけど、やっぱりやめちゃった」と言った。いじめられていた過去があり、見返してやろうと思っていて、たまにダメになっちゃうときもあるけれど、それでも頑張っていると語った。
いろいろな人と話すうち、主の声はどんどん明るくなっていった。アンチがひとりも出てこなかったのは、彼の人徳ゆえなのかもしれない。主には「Sくん」というあだ名もついた。
笑い声がこぼれるようにもなってきたSくんの様子を見て、何人目かの話し相手が切り込んだ。
「死にたい、って言ってた人に聞くのもちょっと微妙だけど……Sくん、今、まだ死にたいと思ってますか?」
「今は……」
3秒間の沈黙。そして。
ネットユーザーたちの温かさが、ついに、Sくんの心の中の氷を融かしきった。
これはたぶん、どこにでもある、傷の舐め合いなのだと思う。
匿名掲示板、Twitter……場所を変え、形を変え、昔から幾度となく行われてきたことの再演なのだと思う。
Sくんとコラボして話をした者のほとんどが、一度は自殺を考え・試みた人たちだった。彼女たちは、Sくんを癒やすと同時に、Sくんによって癒されていた。
Sくんは、自分で「居場所」をつくりだしていた。彼自身を含め、つらさを抱え、誰にも相談できず、それでもSOSを出したい、そんな人のための居場所を。
Sくんのライブは盛り上がった。彼が元気を取り戻すのと比例するように、コメント欄には黄色い声があふれた。「好き」「かっこいい」「推していいですか」。彼は優しいし、おそらくモテるのだろう。「俺も好き」「ありがとう」なんて返事をするものだからますます盛り上がって、しまいには彼を推す人たち用のグループチャットまでつくられてしまった。
その様子を見た彼は、ぽつんと、ひとこと。
「じゃあ、わかった。みんなが俺のこと飽きたら……死ぬわ」
コメントではみんな「飽きるわけない」と言っていたけれど、彼は「2・3ヶ月もすればみんな別の推しができるでしょ」と自信なさげだ。
だから。
私は絶対に飽きる。彼のライブに毎日馳せ参じることなんてできない。そんなに興味は続かない。別にガチ恋しているわけでもない。
でも――
飽きたからと言って、昨晩の、どこにでも偏在する奇跡が、薄らいでしまうわけじゃない。
つらさに苛まれ自死を選ぼうとした彼のSOSに気付いた多くの人が、よってたかって彼をケアし、壁を融かし、死を先送りにした。
強く生きてくれ、Sくん。そして、みんな。
ついか:
ボクはIT企業に勤めているwebエンジニアなのだが、この業界(と会社)は入れ替わり立ち替わりが激しく、ボクが勤めている間にそこそこ絡みのある人らは一通り辞めてしまった。ボク自身はまだ退職してないにも関わらず退職者が集まるSlackに入れられて、暫くの間は近況報告や情報交換などをして楽しんでいたのだけれど、色々あって辞めちゃった。理由は大きく分けて3つ。
退職者だらけのクローズドな集まりだから元いた会社へのdisはそこそこあるが、とは言え何か会社に対する情報が入ればそれについて都度都度disを入れていくのが多くみられた。自分も会社に対してそんなに愛着があるわけではないけれど、現職をdisられるのはあまり気分が良くない。
Slackに誘った奴からしたら「さっさとこんな会社辞めろ」っていうメッセージなのだろうが、そんなことは知らない。
ソシャゲのディスコで経験済みだが、こういうクローズドなグループチャットでは無意識で微妙なマウントの取り合いは常だ。あからさまな悪意はないだろうが、今どこそこの会社でそこそこのポジションでこんな仕事をしているという近況報告だとか、某社のお偉いさんと仲良いアピールだとか、某社と某社が揉めてるだとか、しょうもない自慢話やインサイダー情報など、自分の中でどう処理していいか分からない情報で溢れかえっていて精神衛生上最悪だった。
ボク自身社内じゃいじられ役で、ボクもそれに特に抗議しなかったけど、会社の関係がなくなったのでボクへのイジリというか侮辱がいよいよ酷くなって来たのが退職者Slackを抜けた最大の理由だと思う。
そもそもエンジニア同士のチャットは治安が悪い。webなエンジニアで定着してるワードでHRT(謙虚、尊敬、信頼)があるが、あんなもん謙虚も尊敬も信頼もないから出来たワードだ。しかも仕事の関係だから頑張ってHRTしようぜ、ってことで。それまで会社だからってギリギリ維持されてたけど、いよいよタガが外れて事あるごとに画像スタンプ文章交えてボクのことを揶揄するようになった。侮辱されたのはボクのキャリアと性格と趣味に関わることで詳細は伏せるけど、なんかあるたびに画像で煽られスタンプで弄られ文章でdisられるんだからたまったもんじゃない。
それでも特に文句も言わず一応我慢してたんだけどある日の夜スマホの文面を見たときに堪忍袋の尾が切れた。怒りで目の前が真っ白になったのを覚えている。それでもボクは何故か文句は言わず、でも投稿もせずメンションやDMにも無反応で半年くらいROM専放置してたらSlackから抜けさせられた。
今振り返ってみると、ひどいことを言われたらその都度文句言うべきだったし対面で言われたらあのツラぶん殴るべきだったと思うんだけど、そういう抵抗らしい抵抗をしなかったもんだから相手が増長してたのは間違いなかったと思う。みんながみんなボクのことを侮辱してたわけじゃないけど別に誰も止めにも入らなかったら一緒だな。もう数年前の話なんだけど、なんかの拍子にふと思い出してはすごいムカついてる。別にどうしようとは思わない。ネットだかフェースブックだかで奴らの近況を見かけたらその都度不幸になることを願うだけで。
去年の末、相手の発言が無神経過ぎて静かにブチ切れて退室した。
グループチャットの管理者やその他一部には理由を話して納得してもらっている。(なお暴言吐いてた本人は多分何もわかっていない)
しばらく経って某MMOを始めたら「(怒りは)落ち着いた?若葉のサポートしたいからグループチャット(というかディスコード )にそろそろ戻らん?」と管理者に言われた。
MMOのチャンネルにいれば退室した原因になった相手はいないので…という感じだったがむしろその気になればお互いが観測できる環境すらきつい状態になってた。
確かにゲームについては他の仲間と語り合いたいがたった1人、生理的に無理なランクになっただけでそれが打ち消されているのだ。
でも話はしたいしなあ…と「生理的に無理な相手 我慢する方法」と検索すると大抵職場の話しか乗ってないので頭を抱えている現在。
COCのセッションで某投稿サイトのとあるシナリオのGMをしました。
終わった直後から参加者の大半がそのシナリオのPCの話とかうちよそしかなくなりました。
私はGMなので何となく疎外感を感じ続けましたが、楽しかったのは事実だったので感じた疎外感を無視しました。
すぐあとに、参加者の1人と関係のあるPCを私が作りました。感じた疎外感も寂しさも薄れると思いました。薄れませんでした。
自分が作ったPCの話を少ししても、全て向こうの話にされるというか、向こうの流れになるというか、行き着く先は同じでした。
寂しかったけど、そのうち収まるだろうと思いました。収まりませんでした。
どんどん話は盛り上がり、向こうは楽しそうでした。私も楽しかったです。楽しかったはずでした。
どんどん楽しくなくなり、寂しくなり、妬ましく思い、憎らしくなりました。
楽しく遊んだセッション関係のトークでそんなふうに思う自分も嫌になりました。
どうすればいいか沢山考えました。仕事中に涙が出るほど沢山沢山考えました。Twitterでの呟きもどんどん後ろ向きになり、そのうち呟くのもやめました。
最終的に出した答えは、その話をしているグループチャットは抜け、COCから距離をおこう、でした。
チャットグループに自分自身が嫌になって限界だから抜ける旨を残して抜けました。
同じような事で去年もだいぶ迷惑をかけてしまった。だから今年はこの気持ちになった時に去年のように迷惑をかけないよう考えて行動したけれど駄目だった。
自業自得とはいえ悲しいし心に穴が空いたけど、どこか楽になった自分もいるからなんとも言えない。
でもあのシナリオやんなきゃこんな気持ちにはならなかったし、そもそも生まれもしなかっただろうな、と思っている。回さなきゃよかった。
ていうか人の気持ち考えろ言われたけど人のこと言えんのかって感じだし、対話をしろとも言われたけどじゃあお前らはしたのかって思うし、言っても仕方ないと感じたは私自身がずっとお前達に思っていた事だよ。別に友人だったから気にした事はなかったけど。
職場なら言えない環境の方が批判されるのに友人関係だからって言わなかった方が悪いみたいになるのまじなんなんですかね。もう今更ですけど全部。
なんか話が噛み合わない理由が半分くらいわかった。
ポスター擁護派や批判派がそれぞれ組織化して政治活動している、またはすべきと思っている人がいるんだな。
でも多分それは間違いだ。
俺はこの件は中立派で、ポスターに苦情もいれないし擁護もしていない。だけど中立派っていう組織に所属しているわけじゃないし、他の中立の人と連携して意見を調整もしていない。
メーリングリストやグループチャットにも入っていない。誰が中立か気にしてないから連絡もとらいないよ。TwitterやFacebookで表明してないから、お誘いも来ない。
ポスター擁護派も批判派も多分似たような感じで、一部連携とっている人はいるだろうが、全体で組織化なんてしていないよ。
ってそんなの言われなくてもわかるだろ。
Twitterなんて各自が好き勝手発言して、反論されたらなんか味方が擁護してくれて一時的に協力して相手をやっつけようとするわけじゃん。
ただよくわからない点があって、組織化すべきという奴は、自分は組織に所属しているのか?ってこと。
していないのに組織化したほうがいいよ、なんて言えないと思うんだがどうなんだろう。
コロナ禍においてテレワークをバリバリやってる(嘘、ほどほどにサボっている)この頃だが、この度課内でリモート飲み会をやろうということになった。
zoomでミーティングは毎朝やっているからよくわかる。でもあれは形式が決まっているし、いわゆるターン制だからF2Fと変わりない。
しかしリモート飲み会とは如何なものか。飲み会は自己紹介とか挨拶を除けばまあ自由で、誰に注目とかだれが話すとかは決まっていない。リモート飲み会となれば、お互いの顔を数時間見つめ合ってなければいけないのか。顔合わせというくらいだからカメラもONになるんだろうか。猫がフレームインする家に住みたかった。
自分は雰囲気酔いする方で、話題の輪の端で話聞いているだけでも満足(話ふられれば応える)なのだが、ルームは1つで固定だろうし全員見つめ合いながらの会になるのではないか。それならボイチャしながらゲームした方がまだ分かりやすい気もするが、そもそもボイチャどころかグループチャットも発言するタイミングが分からなくて敬遠してたのを思い出した。もう映画見ながらTwitter実況でよくないか。よくないな。自分呼べば応えるんでROMってていいすか。第一印象としてはよろしくないか。
あと、同僚とはいえそこまでプライベートには興味ないし興味をもたれたくないというのもある。いわゆる360度評価が導入されたおりには「あの人ってなんかしてたっけ……」と他人への関心のなさを再認識してしまった。また、自宅なぞはプライベートの極地のようなもので、背景は誤魔化せてもこの空間に他者が一定時間割り込んで拘束されるという時点で受け入れがたい。そうでなければ進んでテレワークなぞ望まない。
とまあ愚痴ったが自分もいい歳なので、やれ嫌だとかナンセンスだとかは言わない。言わないが「新しい生活様式」に自分が躓くとは思わなんだ。だって電話とか苦手だし。意義はわかるし社交性が足りてないのは重々承知。店で飯食いながらのおつき合いならまだ対応できるが、これはなんともめんどくさい。酒くらい好きに飲ませて欲しい。飲めないけど。
Twitterで特定の趣味界隈のフォロー・フォロワーのクラスタの輪にすこし入って入るものの、「質問に答えます!」とかのキャッキャウフフ交流の流れが生じたときに、自分から質問に行けば答えてはくれるが、自分が「質問に答えます!」とかの「ツッコミが来る前提でのボケ」をしても何も来なくてスベってしまう。mixiのコピペになる。コミュニケーションが成立しない。
人との距離を縮めようと一歩踏み出して、会話のボールを投げても、投げ返してくれる人がいつもいなくて、みじめになって引き返すんだ。
「欲しいと願って行動に出ても、手に入らないので、やがて欲しがるのをやめた」なんだよな。学習性無力感。
普通の人はいったいどうやってコミュニケーションを成立させているのか、まるでエスパーにしか見えない。自分には見えない「何か」を使って、アイコンタクトのようなものをして通じ合っているようにしか見えない。単に自分が嫌われているだけなのか。日頃の行いが悪くてハブられているのか?
そのへんが発達障害(ASD傾向)なんだろうなあ。と。でも、同じく傾向のあるにゃるらさんはインターネット人気者なの、その差は何なんだろうな。わからない。
いや努力が足りない、「行動に出た」とは言えない、ただねだってるだけであって「勝ち取る」レベルまで行動に出てないのだ。と言われればそうかも知れない。その捻出するだけの気力が果たして自分に残されているのだろうか。
現状の距離の把握がうまくできていないのか、距離を縮めるためのボールの投げ方がヘタクソなのか。その両方だと思うが。
逆に言えば、「投げられたボールを適切に投げ返していないだろ?」と言われればそうかも知れない。シェアハウスのチャラい人に「ゲームとかやるんすか?」って軽く聞かれたとき、ギャルゲー!とか答えられない相手だし、ギコチなく無難にswitchのスプラトゥーンをやりたくて買ったんすよね~って硬く答えたけども、嫌そうに答え過ぎたのかな。なんか、それ以降あまり話しかけられなくなった。いや話しかけて貰えたこと自体は嬉しいけど、オタク・プロトコルが通用しなさそうな人間との雑談って難しいじゃん・・。っていう問題だと思う。オタク以外と何の話すればいいんですか?
たぶん「話しかけやすい雰囲気づくり」に失敗してるんかなあ。リアルでも、ネットでも。
なんか自分はよく知らないけど、「会社の上司とFacebookでフレンドになっていると、上司が日記を書いたら必ず巡回していいねしないと怒られるから仕方なくやってる」みたいなバッドなカルチャーがあるのを聞いたことあるけど、そんなの今もあるのだろうか。自分はその上司と同じ心理になってしまっていないだろうか。
もうさ、まどろっこしい、伝わっているかよくわからない、誰かに読まれているのかよくわからない(誰も読んでない)テキストを書くよりは、面と向かってボイスチャットすりゃいいじゃん。やっぱ対面で話すの大事だわ。「聞いてない」が発生しないから。かならずキャッチボールになる。
電話が発明されたとき、人は会わなくなるだろうと予測したが、実際には会う約束に使われた。という逸話と同じで。
べつにテキストチャットが悪者ってワケではなくて。Twitterがシャドウバンや検索漏れなどで意思疎通を不可能にしてるから疑心暗鬼なだけで。iMessageでもLINEでもDiscordでも、ふつう「テキストが届かないことがある」なんてことはあり得ないからね・・・。Twitterだけは「このテキストメッセージは伝わってるんだか、伝わってないのかよくわからない」ので、よくわからなくなる。ぶっちゃけありえない。
どういった心づもりで居たらよいのかが、よくわからない。期待していいのか、期待するほうがバカなのか、しかし欲求と期待をなにも発揮せずに人生過ごせとかいうの無理じゃん。Twitterに期待するのがバカなのか。あなたを信じたわたしがバカなのか。
検索漏れとシャドウバンはTwitter特有の疲れを発生させるんですよ。ほかのSNS疲れとは性質が異なる疲れ方なんですよね。ハッシュタグの中にほぼ同じ動画の切り抜きを上げてるのに、なぜかいつも自分は反応されず、他の人のほうが反応されているのは、自分が「多くの人のハッシュタグ検索から見えづらくされている」としか考えられないんですよね、陰謀論ですか?
↓この神経逆なで公式ツイートにぶら下がる怒りのリプライをご覧ください
Twitterがシャドウバンを行っていると指摘されますが、現在も過去にも行ったこともありません。ただ、利用者の皆さんがより快適に利用できるように、ツイートのランク付けを行っています(トップツイート表示の場合)。なお、皆さんがフォローしているアカウントのツイートは常に表示されます。— Twitter Japan (@TwitterJP) June 15, 2020
「知り合いとの1vs1のチャット」
「知り合いのとの1vs多のグループチャット」
それぞれ、やっぱ心づもりって変わってきますよね。
初カキコ失礼します。ほぼ一年間のもやもやを衝動に任せて詰め込んだので支離滅裂です
私は一次創作と言う物をしてました。そこで自分のキャラの話や設定を話す、所謂「世界観や設定だけ作ってる人」でした。もちろんたまに絵も描いてましたが、いつの間にか月に一度しか絵が描けなくなりました
でもそれじゃダメだと気付いて、何度か本編を書きましたが公開しては消してました
それで去年の夏あたりにそれっぽい本編(一話だけですが)が完成しましたがまだ何か物足りず、身内のグループチャットにのみ公開してました
ストーリーとしてはよくあるファンタジー物に専門知識を足した物だったのですが、後日ネットサーフィンをしてたら商業で既にやってる方(しかもその専門知識ガチ勢!)がいて自信を失ったのと、その創作での敵の名称が「鬼」だった(その時鬼滅の存在は知らなかったです)と言う事もあり、自分はパクリしか作れないんだなぁ。と思いました
その後なかなか創作が煮詰まらず、私は【人に嫌われやすい設定や描写】が気になるようになりました。その時は確か、青い鳥でそういうタグが流行ってる時期で、元々自分の好きな物があまりよく思われてない事をいつも経験してきたので「世間の需要」を考えてみようと思いました
私はそれ以降自分の創作にて、出来る限りあまりよく思われなさそうな設定や描写は重要でない所のみ消すように心がけました。でもなんか、楽しくなったんですよね「人の嫌いな物を知る事」が。そこで暇人だった私は、元うちの子厨(今もですが……)だったのもあり、自身を戒めるためにアンチスレを定期的に覗くようになりました
昔の自分にも心当たりのある事だらけで、気をつけなきゃなぁと思いながらROMってました。それで「いつの間にか自分のいる界隈は(迷惑行為してないとしても)厨だらけなのでは?」と思うようになりました
本編書くかーと言って身内のキャラ借りて世界観がよくわからん事になってたり、軽率にうちよそ()してたり、なりチャしてたり、タグやテンプレで自キャラ語りしたり、呟きでカギカッコ使って創作なりしてたり
いくつか自分のしてきた事もありましたが、だんだんとそれらに嫌悪感を覚えました。そしていつの間にか「キャラ属性で推しを語るオタク」までもに嫌悪感を覚え「どうして属性で説明するんだ。そんな事してると嫌われてしまうぞ」とも思いました
けれど、私はあまりストーリーを読むのが好きではないんですよね。低レア帯のキャラばかり推す人なので、ストーリー見ても「どうしてあの子を好きになったんだろう」と自己嫌悪してしまうんです
幼少期から自身の悪趣味さは自覚してたので、どうして世間一般の供給に不満を吐く悪趣味な奴が創作なんてやっているんだろう? どうして世間一般の需要に合わせられないんだろう? とずっと考えてました
それである時、私は気付いてしまいました。所謂ソシャゲが元凶なのでは? と
ストーリーがあるから厨じゃないと厨はよく言いますし、プロとアマ比較するのも間違いだとは思います。けれど一部のソシャゲはキャラを作るだけ作って、属性や声優でゴリ押ししているじゃないですか。創作者もどきがそれ(声優ゴリ押しは不可能ですが……)をしてたら明らかに距離を置かれるじゃないですか
そして所謂なろう系(一部除く)も問題だと思いました。あれは最強設定文化を語る上で外せませんし、当然だろうとは思いました。空っぽな世界観、空っぽな設定、空っぽな登場人物、そんな中にとりあえず入れとけばいいと思ってる世界観無視の媚び描写。想像するだけで嫌になる。それが世間の需要と分かっていても、私はあれに嫌悪感を持ってました
商業だから許されるけど同人ではやっていけない創作があると私は思ってます。なぜそれを人はまとめて記事にしないのかといつも思ってます
最近のアニメにすら「明るすぎてつらい、ストーリーが長すぎて見れない」と思うようになってる。唯一まともに見れてる作品すら途中から酷評の嵐でしんどい
前の話に戻るが、私は本当に趣味が悪すぎる。幼少期好きだった作品も酷評が多かった。趣味の悪い奴が創作してはいけないと、自治厨でもいいからそういうまとめを作って欲しい
私は何度か「本編無い方が幸せなのでは」とも思った。けれど「書かないと人権が無くなる」とも思っていた。だから本編を書いた、一話書きあげた程度で満足してはいけないと思った。ちゃんと完結させなきゃ、ちゃんと書かなきゃ。もう厨だと思われたくない、馬鹿にされたくない、厨創作だと言われたくない
でも筆は動かなかった。やる気がほぼ消えてると言うべきだろうか。今まで創作サボってやってたゲームすらめんどくさくなっていた
それではダメだと思っていた。今まで自分より絵の上手い、それか文章力のあるフォロワーを見下してたんだから、ちゃんと書かないといけない。妄想をつぶやこうとする度に本編を思い出さないといけない
そう言い続けてたらフォロワーに怒られた
でも私は「そんなに嫌だと思うなら本編書けば? 学校忙しいのはわかるけど、馬鹿にされたくないでしょ? ゲームするくらいなら本編書けば?(まぁでもセンスが無ければ人権も無いけどさ……)」と思った。本編書けばいいだけの事なのにみんなどうしてそれをやらないんだろう、でも本編書いてるアピールしてる私みたいな厨もうざいんだろうな
やっぱ厨は死ぬまで厨なんだろうな
あと最後に、どうでもいいけど「敷居が高い」をハードルが高いって意味で使われるとすごくもやもやするんですよね。あれって確か「無礼をしてしまったために申し訳なくなってる」とかそう言う意味だったはずですし
一生できなくていいよ。その代わり二度と創作者名乗るなよ
以上、私が一年間で感じたもやもやでした。支離滅裂ですいません
ここではソシャゲと言いましたが、キャラゲーや恋愛ゲームの類も一部説明で含んでいました。申し訳ございません。そしてコメントありがとうございます。実際これ書いた時「これ書く時のコストを本編に使えばよかったのになぁ」って自己嫌悪してたので、励ましの言葉嬉しいです。もやもやが吐き出せて少し満足したのでゆっくり休もうと思います
「あつまれどうぶつの森」では、カブの売価が株の如く変動しており、プレイヤーごとでも異なっている。
すると「私のところ今1カブ○○ベルだよ!」「わー!売りに行かせてー!」といった流れが発生する。
とある仲間内20名ぐらいであつ森のグループLINEに参加している。カブ売買が好きな人がいて、この流れを見るたびに、昔抱いた何らかの感情が蘇りそうでモヤモヤしていた。それがさっきわかってすっきりした。
「新作のファミコンソフトを遊びに、そいつの家に行く」。あの頃の小学生の行動そのものだ。
あの頃、新作のファミコンソフトを手に入れた奴は一時的に人気者になった。そいつの家は友達ですぐ一杯になった。
ガキだから単純なもので、皆ファミコンが目当てであり、そいつのキャラクターはあまり関係なかったように思う。ファミコンが無ければ交流など無かっただろう。
「あつ森」のそれは売価の高さがそのまま人気となり、個人の好かれ方はあまり関係が無い。売価が高いときだけ輝く。そのきっかけが無ければ島に遊びにいくことはなかったのではないか。
このクソ野郎、今年に入って大問題ばかり引き起こしているので愚痴りたいなと。全部で3つほどあるんですよ、このクソ野郎によるエピソード。
自分が「あれ?このおっさん、距離感おかしいな?」と思ったのが、30近く年の離れた年下の女の子の身につけている私物を「身につけたまま」触らせてくれと言い寄っていた現場を目撃した時。
外して触るのも、下手すれば自分の親ぐらい年の離れている異性相手なら嫌なものなのによくそこまで食い下がれるな、想像力の欠如か?と思いながら「山田(仮名)さん、それ見ようによってはセクハラですよーあはは」と声を掛けて、その女の子から意識を引いたら、数時間後何故か自分へチャットが飛んできた。しかも個人チャット。
内容は「ボクちんの名誉が傷つけられましたふじこふじこ、男の肩身の狭さを慮れふじこふじこ」といった感じの文面を延々と。長文乙。
なんで身につけてるのを触りたがるのか、脳みそうんこでも詰まってんのかお前。
そこからちょっと関わりを減らす方向でいたんですが、まあ、無理ですわな……同じ職場ですし。
これがまず1つ目ですね。
で、月日は流れ、コロナの流行で世間がピリピリしている最近に至り。
お客様と「いつも集まって運動してんだけどさー、それもしばらく出来ないなあ」「落ち着いたらまたみんなで来たいけど、今年は無理だなあ」なんて話をしている状況下において、このクソはとんでもない事を緊急事態宣言発令から2週間後までやらかす事となるわけです。これが2つ目のクソエピソード。
このクソに限らず、夜勤で働いている男性ってパチスロ打ちに行く率高くないですかね?
で、仕事が開けて、仮眠して、スロット打ちに行くと言うのがこのクソのルーティンなのですが、折しも当地域も初期緊急事態宣言発令対象でした。
上司達からも「三密を避け、不要不急の外出をしないように」と再三言われておりました。
他の従業員も外出を控えて、必要なものはネットショッピングか仕事上がりに買い物する程度に留めているぐらいには。
あのクソ?
近隣が閉まってると知るやネットでどこが開いているかを調べて打ちに行ってたよ、県内全店休業まで。
それも近くは2つ隣の市から、遠くは県境付近まで。(しかもそれを店内で喋る)
余程チクってやろうかと思ったわ、面倒だからさらに避ける理由にしたけど。
で、3つ目のクソによるクソエピソードですが、現在進行形でして。
最初のエピソードに出てくる、年下の女の子に対して粘着いじめとも取られる行為をここ一二週間やらかしておりましてな。
きっかけは確かにその女の子に非が無いとは言えないんだけども(片付けをちゃんとしなかったレベル)、それをまず自分に愚痴り、連絡帳に煽り満載要素で書き綴り。ここまでは良い、ここまではまだ許せる。
読了のサインを「自分が書いた方にしなかった」だけで、まさか読んでサインしろと二週間近く粘着してくるとは思わなかったんじゃよ。
挙句、グループチャットで名前が特定出来るような吊し上げ。そりゃあ粘着された方もストレス溜まるわな。
ついでにそれをクソ本人に説明したにもかかわらずでもでもだってふじこふじこ、個人的に連絡するとか言い放つので、思わず渦中にいる女の子へ警戒しろと送った自分は悪くない。
このクソの一番の問題点は「自分は時間になったら上がる上に残業すらしないのに、他人には残業してまで消耗品の補充をしとけ、と宣う」に代表されるほどの呆れるほどの自分主義。
おかげでそいつとあったことの無い人からも「こわちか」とか言われるレベルだよね。
僕に精神の安定をくれ。
若い頃にネカマをやっていた経験から言うと、女性に対するジェンダーロールの押し付けは男性のそれとは比べ物にならないほどつらいことがよく分かる。
その経験から、今日まで女性の方が人生が楽だと思ったことは一度もない。
とある健全なトピックスのグループチャットを盛り上げるという目的があったのである程度の期間ネカマに徹する必要があったのだけど、そういった目的なしでは到底やってられるものではなかった。
とんでもないよ。表向きそう思えても、ちょっとでもジェンダーロールからはずれれば途端に攻撃的な言葉が投げつけられるし、表向きはおとなしそうな人たちなのにダイレクトメッセージの中身は人に見せられないようなものばかりだったり。
割と真面目にあれはいろいろなことを考えるのにいいきっかけになった。
みんなも簡単に投げ出せない状況でしばらくの間ネカマをやってみるとよいと思います。
得られるものは小さくないよ。
分かる。
でもまぁ理由を知ったところで結果が変わるわけじゃないから気にしないことにした。所有者が分からなくても置いてあって困らないものならいいし、困るもの(どかさないと業務に支障が出る)であれば最終的には勝手に捨てることができる。なるべく穏便な手段で済ませたいから確認してるんだろうけど、「すみませんすぐ片付けます」で片付くなら所有者が誰かは大した問題ではないのでは。何かあった時になんとかしてくれる人は判明してる訳だし。個人的な知識欲を満たすための質問は満たされなくてもよしとすべきだと思う。
あと「すぐやります」で期限言わない人にはこっちから「16時までにできそうですか?」ってYES/NO形式で期限提示しちゃう。それでも回答されない場合がままあって、Sorryだけで会話を打ち切ろうとしてきたりするけど、そうなったらとりあえず「分かりました^^」って打ち切らせてあげておいて、後からメーリングリストかグループチャットで「16時までにお願いしますね」と公開で証拠を残しておくといいよ。で16時までに上がってこなかった場合、口頭で「16時までにやってくださるというお話でしたよね?」と緩めに追及する。「言ってないです」って言われたら「ではいつまでにできそうでしょうか?」からのループで。2回目はさすがにもごもご時間を提示するか本当にすぐやってくれるけど、そうでもない人もいるからね。期日迫っていよいよヤバくなってきたらそいつの上司に「代理対応できる人いますか?」って公開で聞くと良い。とりあえず日頃から執拗に逃げ道を塞いであげてると日本語が通じやすくなるのでおススメ。
ちなみに日本語が通じないと思ってる増田と反対に、向こうからは増田空気読めよ死ねって思われてるよ。お互い気持ちよく仕事できるといいね。
OBOG現役生ありの交流目当てのやつなんだけど、教授から加入依頼されたので
面倒だけど入ったわけ。
OBOGはみなそこそこの企業に勤務してるし就職とかスカウトとかにもある程度
そんななか、ここんとこ急に増えてきたのが、クラウドファンディングの資金提供依頼。
それも「海外で日本の歌を広めたい(個人で)」とか、そんなんばっかりで、しかも
随行者のコストや滞在費とか全部資金調達しようとしてるわけ。浅ましいにも程がある。
当然資金も集まらないから小銭持ってるOBOGに毎日のように連絡がくる。
「自己満のクラウドファンディングに誰が投資するわけねーだろ」や
「そんなんで就職有利にはならんよ」とポストしたらクッソ荒れたw
この発言がきっかけでグループからはBANされた。まあ、結果オーライ。
今すぐTelegramに移行しろ
以下にLINE, Telegramそれぞれの良い点と悪い点を列挙する。
以下にTelegramが優れたコミュニケーションツールであるかご理解いただけると思う。
皆が一斉にTelegramに移行すれば全員が幸せになれる。
みんなで幸せになろ……?
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LINEのいいところ
LINEのクソなところ
Telegramのいいところ
Telegramのクソなところ
職場のデスクで一番近い二人と合わなくてお互い引いちゃってるんだけど
お互い丁度いい距離感と悪すぎない空気を作るために気を使ってはいる。
でもこの二人同士だと合うのか仲良いので部屋に三人だけにされた時は自分はすごく居心地が悪いのだ。
そして今日の朝もこの二人と私で三人きりになって、居心地悪〜と思ってたら何故か段々、実はこいつら私の事裏で悪口言ってるのでは?とかこのデスクの配置はここの支店の全員が私を辞めさせたくてわざとしてるのでは?とかそういう思考が膨らんでって二人がこっちに話かけてるのも嘲笑的に見えてしまい、
会話が終わった時に二人のうちの一人がスマホでメッセージを打つ→置く→もう一人がスマホ開く→確認してメッセージを送る→置く→最初の一人が見る→メッセージを送るというループが始まったので
これはもういじめですわーくらいに思ったので、自分も今休暇中の同僚女子にlineしよと思ってスマホ開いたら
自分はなんてやべえ考えになっていたんだと戦慄したそんな朝。