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はてなキーワード: 作用とは

2016-09-25

ネット広告幻想の終わり。

ネット広告の本当の姿がもっと明らかになって、正しい形で使われて欲しい。今回の問題の皆さんの反応を見ていて、もっと補足したほうがいいと思い、また増田を借ります

http://anond.hatelabo.jp/20160924144051

この記事に、

http://anond.hatelabo.jp/20160925031323

で補足をしたネット代理店中の人です。

今回の問題に対する反応に対する回答形式ネット広告問題点を書く。

これはその通り。本当にできるなら。

私はそれなりに大きいWEB系の広告代理店に在籍しているが、完全にネット広告全般をインハウスでやっている大企業はほぼないと断言できる。最も運用広告の結果がわかりやすダイレクト通販企業スマホゲーム企業ですら、代理店に依頼している企業が多い。

ネット広告マス広告以上に発注先、プラットフォームが大量に存在する。しかも、それぞれ形式が異なる。文章だけもあれば、画像バナー)もある。バナーサイズはそれぞれ違う。動画も流せる。SNSタイムラインの中にも仕込める。これらすべてをどこか一企業がまとめている、ということもなくそれらの窓口は別。これを自社でやるとなると、(現在まったく存在していないところから)その人材を集めて部署を作らなければならない。しかしこの人材は少ない。しか媒体との関係性も新たに築く必要がある。はっきり言って非効率的過ぎる。「ウチは社内でやるから」と代理店から引き上げた企業が、一年やそこらでまた代理店に頼む、なんて話は珍しい話ではないのです。

なので、これは現実的ではない(小さい会社なら別ですよ)。トヨタクラス大企業が本気を出せばできなくはないと思うが、相当な投資必要。それよりも、今回のトヨタのように代理店を締め上げて頑張らせる方がよっぽど楽。なにせWEB系代理店はいくつもある。質が低かったり結果が伴わなければ他の代理店に競合させてもっと頑張らせることができる。代理店に任せるというのは「任意でつけ外しできる」ことでもあるので、会社にとっても都合が良いのだ。今回の問題は、代理店もそれを理解しているから、ギリギリライン不正をしたということが明るみになったということでもある。

WEB系の新興代理店ネット広告世界において電通より優れているか?といえば答えはノー。五十歩百歩です。

もちろん、電通博報堂をはじめとした総合広告代理店ネット広告参入が遅れていたので社員リテラシーが低い。なので今回のような低レベルヒューマンエラーが起き得るが、結局電通博報堂でも、実際に運用広告を回しているのは子会社電通で言うならCCIという会社)。CCIレベルは取り立ててサイバーエージェントオプトなどの企業と比べて低いわけではない。もちろんネット広告業界ではトップofトップではないので、新卒人材の質はサイバーオプトに比べたら劣るかもしれないが、その程度。

では業界の雄であるサイバーオプトはどうなのか?といえば、決して図抜けてレベルが高いわけではない。今回のようなヒューマンエラーは確実に起きているはずだし、これらの大きな企業がいくつかのクライアントで、運用広告において大きなミスをしてクライアントの怒りを買い、代理店が変更になった、という事実を私は知っている。正直言って、ネット広告業界全体がかなりずさんな業界体質なのである。もちろん、在籍している人の多くは不正をしようと思っているわけではない。しかし、膨大な仕事量とプレッシャーによって、ミスは必ず起きてしまう。

なぜ、どの会社がやってもミスが起こりうると断言できるのか。理由簡単で、監査機能存在しないから。ミスに非常に気づきにくい、あるいはミスを非常に隠しやすシステムであり、だからこそ業界全体が自浄作用を持たなければならないのです。

新聞雑誌広告というのものは、ゲンブツ広告です。広告代理店は必ず「この号にこのように出ました」と出稿後のゲンブツクライアントに送ることになっている。すなわち、出稿されなかったら簡単にわかる。テレビも同様。新聞雑誌ほど簡単ではないが、何時何分にどの企業の何のCMが出たかは秒単位で記録されているそうだ。そのシステムのもの問題があるかはともかく、少なくとも掲載内容に関してウソはつきにくいシステムになっている。まあ私はマス広告知識レベルしか知らないので、もしかしたら何か抜け道的に不正が行われているかもしれませんが、一応監査する機能はあるということです。

しかネット広告はこれが非常に難しい。全ての掲載確認するのは不可能自分運用広告配信ターゲットになっていれば接触できますが、じゃあそれが「どれぐらい出たのか」「どの期間でたのか」を知ることは人力ではできないのです。結果的クライアント確認する術は、代理店からの主にエクセルレポートを見ることがほっとんどになる。ただ今回のように、エクセルレポート代理店改ざんできてしまう。

現状、クライアント側が監査するのであれば、配信システム側の管理画面を見ることになる。ただ、恐ろしいことに管理画面はプラットフォームごとに存在する。各媒体を横断的に見るサービスもあるのだが、これはまた別に導入費用が掛かる。導入したとしても、大量に出稿しているクライアントにとって、全ての掲載確認を自社でやるならば地獄のような作業になるはずだ。これをクライアント側がやらなければいけないのか?そんなことはあり得ない。新聞雑誌掲載された実物を送るように、代理店側がシステムを用意すべきだ。

我々、WEB系の代理店は、こういってネット広告を売ってきた。「テレビCMは本当に効果があるのかわからない。ネット広告は全てがトラッキングできて結果も明らか。しかも安い!だからテレビでなくてネット広告をやりましょう!」しかしこれは嘘なのだインプレッションしたというが、それをbotで消費されていたりする。複雑すぎて期間や出稿量のミスがそこかしこで起きている。マス広告と同じぐらい、あるいはそれ以上に出稿実績が不透明なシロモノ。それがWEB広告実態である


この業界が少しでもよくなるよう、これらの事実を知って頂ければ幸いです。

時間があれば、「本当にネット広告マス広告より効果があるのか?」を書きたいと思ってます

2016-09-22

http://anond.hatelabo.jp/20160922195906

肌の脂を石鹸でよくおとし、

殺菌作用のある石鹸で良く洗う。

オタクの閉塞感は昔から苦手です

日本人全般に言えるのかもしれないですが

異物に対して開くことのない

自分たちとの同質性に耽溺する人々を意識するのはつらいことです

オタクの人たちというのははみ出し者の集まりという自覚を持ちながら同時に

自分たち世界というもの形成して強い排斥作用をみせるから

そこが鼻につくのかもしれません

彼らは呪いをかけながらも呪い対象の人々たちと同質の

態度をとっているのです

生理的に異物に対して拒絶し排斥しようという運動を生じてしまタイプの人たちは

オタクにせよそうでない人間にせよ

どうも大多数の人はそのタイプなのかもしれないのですがあまり

好きにはなれません

あらゆる人を受け入れろなどとは言いませんけれど

からさまなその拒絶の態度をもつことはもちろん

そのような感覚を持ってしまうことに自責の念が生じないという自己

反省に受け入れているような存在はあまり身近に

起きたくないというのが正直なところです

インターネットのような名前が見えない世界ではもしかしたら

彼らはオタクではなくて中高生なのかもしれませんが

どちらにせよその無垢攻撃的態度はぜひとも

滅するべきものであると心得てほしいものです

2016-09-21

大人合理性子どもプライド

思春期になると子供にもプライドが芽生え外聞が気になりだす。思春期ありがちな「あれはダサいから着ない」「あれはカッコ悪いからしない」というのは全部人目が気になるからにほかならない。しか大人になった今考えると、思春期のころダサい、恥ずかしいと思っていたことの大半は大したことではない。あの時なんであんな変なことに気を使ってたかなとさえ思う。だが思春期まっただ中の子供にとってみれば、それらはとても重要でヘタしたら死んでしまいたいと思うほどの大ごとなのである

一方で大人になると合理性理解できるようになる。外聞などあまり気にならなくなる。例えば、思春期の頃に親と外出している姿を見られるのが恥ずかしかったという人もいるが、そんなこと大人になってみればどうってことない。もはや何が恥ずかしいのか理解できないレベルである。通学時にヘルメットを被って自転車に乗ることもそうである大人からすれば、いいからかぶっとけば?という話であるが、子どもにとってみればやり場のない怒りが湧くほどの問題なのである別にヘルメットくらいかぶればいいじゃんという大人にとってみれば、なぜダサいヘルメットを被らなければならないのか思い悩む子どもの心はよくわからない。

大人になると合理性がわかるが、子供の頃感じていた外聞が理解できなくなる。子どもの外聞なんて大人にとってみれば大したことではないが、これは時としてイジメもつながる。外聞が気になるということは、気にするだけ他者から評価されていると自覚するということだ。他者から評価は、モテるモテいかいじめられるかどうかまで色々な形となって現れる。これらは当然大人世界にも共通しているが、大人自己決定権があり自己管理能力が身についているため、ある程度自覚的にこれらの問題と向き合っている。しかし、子どもには自己決定権などあってないようなものである。与えられた環境、親から干渉が大きく作用している。それゆえ自分が守るべき外聞が思い通りにならないことがままある。それは時として子どもが過ごす環境に不利に働いたり、または幼心に大きな傷を与えてしま可能性もあるだろう。

では、子どもプライドを守るために親は全て子どものやりたいようにさせてやればいいのかと言われるとそれは間違いだろう。子どもは当然分別のつかない存在であり、外部の助けや教育の機会が必要である。ではどうすればいいのかというと、子どもプライドを汲みとってあげることだろう。恥や外聞を気にして子どもがとっている行動は気づかなかったふりをしてあげるとか。例え規則規範に背いていても時には見逃してあげることも重要だろう。なんにせよ、大人合理性をもって、子どものちっぽけなプライドをかき乱すのは、例え良かれと思ってやってることでも、子どもにとってみれば大問題なのである

2016-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20160920111554

は?

俺の行動である元日記が環境に影響して、お前はトラバ返して、立派に作用してるじゃねえか?www

何が環境に左右される、だ。

環境に左右されてるんじゃなくてお前は俺に左右されてるんだよ。

世の中はお互いがお互いの選択で影響し合ってできてるんだよ、

お前は選択せずに影響を与えずに他の人間選択に左右されてるだけ。

逆の見方をしたらお前は間違いなく俺に作用して俺にトラバを返させてる。

からレバーに気付かないし選んでもいない、と言ってるんだ。

自分の行動一つ一つを真面目に考えないか選択できないんだ。

参加権を放棄してるただのビビりの負け犬

選択権の争いで勝ち目がないと思い込んでるから運命とか環境とか虚構を作り上げてどうしようもないと思い込んでる病気

女子中学生も裸足で逃げ出すロマンチストの粗大ごみがお前。

自分で一生かけても選びたい選択肢がないから何かに理由をつけて悲劇のヒロイン気取りたいキショいナルシスト

それがお前のアイデンティティの全て。

言い訳がお前の全て。

単にそれだけの話。

環境に左右される」っていうのはな、今日の雨みたいに人間の力ではどうやっても変えようのないことを言うんだよ馬鹿

お外で最もらしい顔で「ぼくが無職なのは環境に左右されているから」とか言ってんじゃねーぞw失笑されるぞww

一生トロッコの中で膝抱えてろカスが。

で、トラバ削除するのかな?

2016-09-19

評論家

評論家ねぇ...

申し訳ないが、君の評論には興味ないんだよ。

こちらが興味あるのは事実だけ。

事実に対しての解釈はこちらで考えるから結構

何故、君の意見なんか聞かねばならんのだ?

そもそも君は一体誰なのかね。

何処の馬の骨ともわからんつの批評なんか聞くに値しないだろう。

まぁそれが君の仕事で、それでオマンマ食ってるんだからしょうがないだろうけれども。

それを公共電波で延々と垂れ流すことにどれほどの意味があるというのだね。

私の講釈はタメになるってか?

君の講釈坊主説教とさして変わらんよ。

当たり障りのない占いみたいな内容だ。

でも世の中に不要というものはないんだよな。

世に存在する全てに作用がある。

こうやって私が評論家について評論することも君があってのことだ。

感謝しているよ。

サンキューベリーマッチョ

空気が読めないオタクをどう粛清するか

撮り鉄だのラブライバーだのレイヤーカメコだの。こいつらはどうやって粛清しようか。

他人迷惑をかけない」という、社会生活における基本原理理解できていない。

同族集団では自浄作用は期待できない。公安の介入は反発を招くだけだ。

たとえばサークルクラッシャーの投入はどうだろう。鉄アイドルカメコアイドル変態紳士ルサンチマン起点の内ゲバによるブーム終焉オタク集団はこれによわい。

まじ瓦解してくれないかなぁ。

2016-09-18

雨降りの休日

部屋のなかで浮遊するテナガエビ 藻も 砂利も ぶくぶくポンプ

瑠璃色スズメダイが脇を通り抜け 通り抜け

ひんやり水にたゆたう 休日 午前中 まだ寒い



うずもれ みあげる 本の山

知識は体系化されなければ意味がない」

文字もじもじ そこから汲み取るもの、それは



表層 刺さる 脳

眼底刺激する

刺激して忘れる

それだけ



世界を頑固にしなくては

世界をこの目で拓かなければ



それは精神作用 能動作業

旅したから広がるのではない



寒い午前

2016-09-17

セカイ系ロキノン系が共有する感覚について

セカイ系ロキノン系が共有しているものなんてものは無い。

元増田思い込み勘違い誇大妄想拡大解釈に過ぎない。

少なくとも、

セカイ系ロキノン系は同じものを指している

は無い。

そもそも、まとめかたとして両者は全然違うでしょう。

物語パターン類型手法と、雑誌常連バンド総称なんだから

単に元増田10代の頃に聞いてた、思い入れが強いバンドに対してセカイ系の枠組みをこじつけているだけ。

実際、アジカン後藤日記によれば「誤読」であり、「セカイ系ちゃうわ」なわけだ。

ただの気のせい。運動睡眠瞑想野菜が足りない。お大事に。



・・・



さて、問題はここからになる。

元増田が語った感覚は「気のせい」である

では、増田の「気のせい」はどこから来たのだろう?

どうして、共通点があるように感じたのだろう?

これこそが増田の本当に語りたかったもののはずだ。



結論を先に述べる。

セカイ系作品ロキノン系楽曲が共有する(と00年代青春を過ごした者が錯覚する)感覚とは、

受け手側が感じている社会に対する抑圧的心理が、作者が提供する物語によって変化すると"信じる"感覚のことである



「色々うまくいかないけど、アニメ音楽聞いてればなんか元気になる。そう思わないとやってらんねー。」

っていう感覚である

ヤサイヤサイヤサイ 野菜を食べると

 ココロココロココロ 心が良くなる」

といった、「おさかな天国」的世界を信じることで救われようとする試みに近い。




だが、私はめんどくさくなってしまった。

この先、村上春樹的な「物語」の作用を用いて、主張を補強したかった、すなわち

物語」には、「こちら側」と「あちら側」を越えさせる力がある、

とか、

「あちら側」とは、人間の内的世界や「井戸の底」のようなものであり、そこでは現実には起こり得ないことが起こる。

とか、

我々は「物語」というメタファーを通じて「あちら側」を経験することによって、「物語」の前後で異なる組成人間になり得る。

とか、

そもそも、セカイ系っぽい歌詞ロキノン系において、「君」と「僕」というのは単なる主語であり、ロキノン系歌詞では、「君」が「僕の認識世界観」を救う構図(あるいはその逆)こそあるものの、

セカイ系サブカルチャーにおける「世界社会の終わり」に該当するもの描写されない。

とか、

しかし、セカイ系ロキノン系はともに「物語」を通じて、「こちら側」と「あちら側」をつなげるという点において共通する感覚(≠メッセージ性)を持っており、

よりメタ的には「物語を信じる」ことによって感覚を共有している。

とか、

「信じる」とは「鬱屈焦燥感、閉塞感」を「なんとなく」感じることによって選択される行動である。ゆえに、「退廃的な感じ」がする。

とか、




そういう議論をもったいぶって展開したいと思ったものの、

この元増田投稿されたのが二日前である上、

この、午前4時過ぎに「ちょっとラーメン食べにいかねえ?」とライン飛ばしてくる留年した大学生っぽい文章から察するに、

いかにそれっぽい評論家気取り文章を読んだところで、「ありがとう、でもなんか違うんだよねーw」などと言いそうな気がしてきたので、めんどくさくなった。

っていうか、それっぽい記述をやたらと長い一文で書いているだけにしか見えなくなって、めんどくさくなった。


私も元増田も、運動不足且つ睡眠不足で、炭水化物ばかり食べているため、一貫した思考を保つことが困難なのである。お大事に。

http://anond.hatelabo.jp/20160915232428

2016-09-16

むかしむかし、おじいさんとおばあさんはまだ居なかった

むかしむかし、君たち人間の考えも及ばない太古の昔、おじいさんとおばあさんはまだ居なかった時代の話だ。

…いや、君たちの概念でいうところの「おじいさん」や「おばあさん」がいない、といった方が正確だろう。

君たちの足元で鞭毛を使って泳いでいる一匹のアメーバ

そいつが途方もない時間の先に生きる君たちのおじいさんとおばあさんになることになるわけだが、今はそんな話どうだっていいだろう。

こんな昔には桃を実らす樹木もなければ、桃太郎だってまれてやしない。

考えるのも止めたくなる時間を経た先、君たち人類のおじいさんとおばあさんにあたる生命体が現われることになる。

何千回も繰り返してきた生物たちの進化だが、性別を有する生物というのは失敗だ。

性別、いわゆるオスとメスとに区別されて呼ばれるが、彼らは常にお互いを求めて1つになりたがろうとするきらいがある。

それはもともと一匹の生命体だった頃の、細胞の奥深くに刻まれた太古の記憶なんだろう。

しかしそんな願いも虚しく、彼らはこの先も、そして永遠にお互いを分かり合うことはない。

自分こそがオリジナルだと言わんがばかりに、お互いを否定しあった先に救いはないのだから

さて、この時代多種多様生命に溢れ、むせ返るほど豊かな自然はエデンを彷彿とさせるくらいだ。

苦労が売られ、その苦労の度合いに価値が見出されている時代相だからこそか、おじいさんは山へ芝刈りに行き、おばあさんは川へ洗濯のためだけに家を後にする。

これから川でおばあさんが遭遇することは、あのエピメテウスすら知ることができない、言わば歴史奇跡ともいうものだ。

おばあさんが川で洗濯をしていると、表面には産毛を生やし、ほんのりと紅く色づいた果物川上から流れてくる。

それは君たち人類「桃」と名づけたものだった。

人としての貪欲性のためか、あるいは承認欲求作用したのか、または川に流れる桃に対する猜疑心のない愚かさが故なのか、おばあさんは我を忘れて桃に飛びかかる。

桃はゆっくりと、そして着実におばあさんの手によって岸に運ばれる。

してやったりと言わんばかりの、あのほくそ笑んだ顔を私は忘れることができない。

To be continued...

http://anond.hatelabo.jp/20160916111557

知らなかった・・・@@;

中絶薬とは 妊娠後49日以内に経口摂取することで、流産させる効果がある薬(ミフェプリストン)です。

1980年代フランスにて開発された薬で、別名「RU486」とも呼ばれることもあります

薬による中絶リスクとはこの薬を妊娠の初期段階に経口摂取すると、黄体ホルモン抑制されるという作用があります。この黄体ホルモンは、妊娠状態を維持するために重要な働きをします。それを薬によって抑制することで、妊娠を終了させるという仕組みです。

この中絶薬は、92~95%ほどの確率効果があらわれるそうです

http://www.aborticlnc.com/about/medicine.html

2016-09-14

ジャニーズオープン腐女子ヲタク気持ち悪い

ジャニヲタオープン腐女子気持ち悪い。本当に気持ち悪い。

過剰な仲良し妄想から完全アウトなBL発言まで、幅はあるんだけどとにかくもう気持ち悪いっていうただの愚痴



隠れてやってる分には全然気になんないし、隠れてるところに突っ込んで気持ち悪い!やめろ!とか言うのは過剰だろと思うんだけど、オープンな鍵なしツイッターアカウントで完全アウトな発言してるの多くない?

コントとかで本人達キスしてたり、ちょっと際どい発言をしてたりで境目が曖昧になってる部分あるとは思う。

でもツイッターで、プロフィール欄に●×△ってカプ主張して、更には「メンバーアンチと逆はさようなら」って書いてある鍵なしアカウント見たときは目を疑った。

嘘でしょwwwアンチと嗜好の違いを同列で語るの?www鍵つけてるなら分かるけど鍵なしで?wwwってしばらく笑ったあとぞっとした。



若手グループが多いと思いきや上のグループファンも相当いるんだよな。むしろ酷かったりする。

自浄作用とか働かないわけ?とか思うんだけどやばい奴に触りたくないのは当たり前だし、こういう空気に耐えられない人からツイッターファンやめてくだろうから無理か、とも思う。

でも数秒かけて鍵かければそれで済む話では……。



散々文句言ってるけど自分正義とは全く思ってないし、鍵かけろや!!!って注意する気もないし、ただ外野キモイキモイ叫んで離れるだけ。

そもそもファンアート妄想ツイートも、どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、人によってその線引きは全く違うだろうから難しい。

ファンアートとか、ひとつアウトっていいだしたらどこまでもアウトにできちゃうだろうし。最悪レポ漫画以外NGとかなりかねない。



あと「嫌なら見なきゃいいじゃん」って言ってる人時々見るけど、そういう台詞は、名前等で検索しても自分ツイートが一切出てこないように最低限隠れて更にきちんと注意書きしてる人が言える台詞だと思ってる。

まりオープンアカウントでわめき散らしてる奴が言える台詞だとは思ってない。

隠れてる中にわざわざ入ってきて、注意書きしてあるにも関わらず見て、「不快になった!気持ち悪い!!」って言われたらそりゃ「嫌なら見るな」ですよ。見た方が悪い。

でも誰もが見られる場所に置いておいて、相手側に自衛しろ嫌なら見るなってのは甘えすぎというか通用しないでしょ。

誰もが見られる状態にしてるんだから、それを見た人がどう感じるかは自由だし、妄想嫌!気持ち悪い!って言われてもそれはそっちの責任じゃないの。



鍵かけろ隠れろって押し付けすんな!って声もあると思うし、自分が気にしすぎなところもあると思う。

でも表に無防備に出してる以上、その妄想に何言われても文句言えないよね?とも思ってるので、これからも見かけたら無理ーーー!!!オープンなところで話しちゃうその精神気持ち悪いーーー!!!って外野で騒がしくしてます

2016-09-12

ネタバレ仮説】シン・ゴジララスト尻尾意味

シン・ゴジラを一度観てすぐ浮かぶ疑問点

  1. 冒頭の無人ボートはどういうことなのか
  2. ゴジラはなぜあの場所で「発生」したのか
  3. なぜ二回の上陸とも東京の中心を目指したのか
  4. なぜ二回目の上陸時は最初から完成形(第4形態)だったのか
  5. 自己増殖するゴジラ細胞(?)のシーンはなんなのか
  6. ラスト尻尾のアップのあれはなんなのか

以下は、これらをつなぎ合わせる妄想です。いちど観ただけの記憶を元に書いているので、細部記憶違いの可能性もあり。苦手な方はお帰りください。





(注)本文での論理展開の手順

シン・ゴジラ現実事件ではなく創作物なので、創作物なりの読み解き方ができるはず。

  1. ある人物が「○○○だ」あるいは「○○○かもしれない」と言っている。
  2. それは物語中で特に否定されない。
  3. ならば○○○はこの物語の設定をセリフに紛れ込ませた物語上の真実である

教授の人物像

物語中、唯一の癒やし成分として登場するカヨコ(石原さとみ)による情報で、ゴジラは60年前に米国杜撰に海中投棄していた核廃棄物が謎の古代生物の生き残りに作用して発生した新生である可能性が示唆される。そのレポートをまとめたのが牧教授。超重要なのに、セリフの中にしか出てこず、回想シーンすらない人物である

セリフの中にしか出てこないということは、セリフの中に出てくる説明や推測がそのまま牧教授の人物像の設定と考えていい。

ざっくりと箇条書きにすると

と、こんな感じ。

冒頭の無人ボートに残された「私は好きにした。あとはお前たちが好きにしろ」(だったっけ?)という捨て鉢メッセージ。揃えて脱がれてあった黒い革靴。牧教授はあのボートから海に飛び込んで自殺したことは間違いない。ではなんのために?


ゴジラ形態変化

パンフレットによると、映像には映らなかったが東京湾に出現した時点の第1形態はしっぽの長いオタマジャクシ型らしい。

出現時の順序は、次のようになっていた。

  1. 謎の高温により水蒸気爆発が起こる
  2. 海中を泳ぐなにかが視認される(第1形態
  3. 尻尾が海面上に現れる
  4. 上陸
  5. どんどん陸地向けに形態変化していく(両生類っぽい第2形態爬虫類っぽい第3形態
  6. 排熱が追いつかず退化して海に引き返す

高温は急激な形態変化の副産物なので、最初の「謎の高温」は、形態変化が爆発的に開始したタイミングと考えられる。

ということは、当然それ以前、オタマジャクシ型の「前」があるはずだ。

両生類←オタマジャクシ←(?)


ゴジラ細胞

  1. 物語の途中、米軍攻撃により地表に落ちたゴジラの体液がなにやら生物っぽく増殖している映像がサクッと挟まれる。これにより、ゴジラが無生殖で増殖する可能性が示唆され、国連東京に核攻撃を行うきっかけになる。
  2. ラストシーン尻尾のアップ。尻尾の先の方になるほど、クジラのような骨格や、人の手の骨のようなものがむき出しになっていく。
  3. ゴジラ遺伝子情報量人間の4倍である
  4. パンフレットによれば尻尾の先は「人の顔のようなもの
  5. ゴジラVSビオランテ以降、ゴジラ細胞は「G細胞」と呼ばれ、ゴジラ以外の生物摂取すると体を乗っ取られてゴジラ化してしま公式設定がある。

これらのことに、古今の漫画的な「お約束」を加えると、ゴジラが他の生物を「取り込んで」成長することは明らかだ。

尻尾の先にあった別の生物らしき骨格は、ゴジラが吸収して未消化の(あるいは完全生物であるゴジラにとって不要判断された)パーツと考えられる。



教授がやったこと

さて、ここから大きくハネてみる。

米国沿岸で発生したゴジラ。これが「わざわざ」東京湾までやってきて爆発的に成長を始める。そして「なぜか」東京の中心(日本の中心)だけを執拗に狙う。

ここに「日本を憎んでいて、最近米国から日本に移動したマッドサイエンティスト教授」というピースを当てはめるとすべてがしっくり来るストーリーが作れる。

  1. 教授調査中米沿岸の海底で入手したゴジラ第0形態(卵型)を日本に持ち帰り、東京湾身投げしつつ摂取した、あるいは取り込ませた。
  2. 人間ゴジラにとって初めて取り込む知的生命体だったため、ゴジラには原始的自我が生まれ、その意識は牧教授怨念ともいえる「日本を滅ぼす」一色で塗りつぶされていた。
  3. 教授の脳から地理的知識も取り込んでおり、東京の中心(皇居霞が関都庁等)の方角を間違えずまっすぐに進んでいった。
  4. 放熱が上手く行かないためクレバー判断で一旦太平洋に引き返したあと、クジラ等大型海棲生物を取り込みつつじっくり完全体(第4形態)となり、再度鎌倉から上陸して東京を目指した。

こうなっていたとすると、ラストシーン尻尾ゴジラが他の生物を取り込む設定→冒頭の無人ボートの謎が解けることになり、物語がきちんと閉じて気持ちいい。

教授が本当に憎んだもの

この説に直接関係はないが、牧教授遺書「君たちが好きにしろ」というのを深読みすると、牧教授が憎んだのは日本のすべてではなく、自分研究をきちんと評価しなかった学会官僚主義といったものだったかもしれない。現在日本はどうしようもないから滅んだほうがいいが、ゴジラを乗り越えられるような日本に生まれ変われるのなら、それもまた良しといったメッセージのようにも思える。


ところでそれヒゲメガネじゃね?

こうしてみると、これを思い出さないだろうか。場所鎌倉芦ノ湖で近いし。

http://goo.gl/1pbxXQ

あっ、作者が同じだ!偶然だね!

2016-09-11

[]

今回は少年ジャンプ+

ファイアパンチ 19話

今話とか読んでいると、やっぱり物語を動かすべきはアグニだと思った。

トガタはトリックスターとしての役割果たしているといえるんだけれども、些かでしゃばり過ぎる。

あと、言動のアクの強さが私には悪い意味作用しているから、正直あんまり好きなキャラじゃないんだよねえ。

物語に絡むのはともかく、引っ張っていかれるのはツライ。

それにしても、最後なんだか回想に入りそうなのが不穏。

仮にやるにしてもページはあまり割かないで欲しいところだ。



寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。 3話

主人公の「傷ついたり失望したりする自由」というのは、まあ大した理屈ではあるんだけれども、後半のあの行動の間抜けさにやる前から気づかないあたり、詭弁というか無頓着なだけだったか

最後らへんの買い物のくだりとか、まさに主人公感性バカさが伺えて、これを意図的にやっているんだとしたらすごいけれども。

まあ、たらればの話なんてしたところで仕方ないのは分かっていても、いざその失った可能性を提示されると堪えられないことは理解できるが。

ミヤギのなんともいえない表情は、そういう他人の失った可能性を知ってしまたからっていう部分なんだろうかね(まあ、他にもっとありそうだが)。

しかし、ミヤギの存在ってメタ的にみればその意味理解できるんだけれども、その世界にいる人間としてみた場合、すごく舞台装置的だよね。

主人公が語ることができない部分を読者に説明する役割というか、今回の主人公に投げかける言葉といい、やや前のめりすぎる。

メタ的には理解できても、物語構成的には不自然な印象だが、今後ちゃんとした理由が明かされたりするのだろうか。



誰が賢者を殺したか? 第7話

おや、死んだの?

メタ的に評価するなら、「殺しちゃったの?」って感じだが。

ここで物語から退場するのは微妙からあんまりノれないというか未だ「本当に?」っていう感覚

唐突すぎて、メタ的にみてもここで退場させるのは微妙だと思っているので、実は死んでないんじゃないか邪推したくなる。


マジカルパティシエ小咲ちゃん!! 41話

女性キャラクターたち全員の服が破けているシーンが圧巻だね。

もう、エロいとかそんなのじゃなくて、ただただバカっぽい、開き直った絵面が笑えてくる。

「思えば全裸ばっかりで辛い日々だったなあ」とか、その通りではあるし、作品方向性的には間違っていないんだけれども、野暮を承知でアホな文だなあといいたくなる(笑)



デッド・オア・アニメーション 26話

まあ、色々と丁寧に描写たかったであろう部分や、登場人物の掘り下げやエピソードをすっ飛ばしつつ、とりあえずエンディグを提示できたんじゃないかな。

総括としては、細かいとこ書き出せば結構あるけれども、実のところ私はそこまで毛嫌いしてはいないんだよね。

ただ、バランスいまいちではあったかな。

作中で提示される理屈物語、展開、リアリティキャラ人格漫画的な過剰な演出とかのハッタリとか、テーマなど。

それら要素を一つ一つ抜き出して語る分には割と評価できる、或いはそこまで評価を下げるものではないんだけれども、これらを総合してみると噛み合っているとはお世辞にもいえなかった。

2016-09-09

http://anond.hatelabo.jp/20160909150458

もちろん、それ「だけ」が直接の理由だとは言わないよ

テレビCMでの知名度アップを理由として考えるのであれば、

同じように知名度アップの一因に加えてもいいのではないか、という提案をしたかった。



何かひとつの大きな要因があるのではなくて、いろんな要素が複合的にプラス作用した、と見てもいいのではないか



ジブリ作品の売り上げの推移、知ってるでしょ?

ナウシカラピュタトトロあたりまでは、映画館での上映の成績なんて大したことなかったわけだけど、

地上波放送やらで知名度が上がるにつれてぐんと増えた(一時期までは、という但し書き付きで)

前作が振るわなかったからといって次作が伸びた理由にならない、とは言い切れないと思う

どちらかというと、ある作品が好評だとその次の作品の動員が多くなる、と考えることもできるはず。

とくに「君の名は。」は初動の数字が驚異的なわけで。

作品自体口コミ伝播よりも、事前に期待感が高まっていたと見てもいいのではないか



もちろん新海誠自身知名度もあるだろうけど

「絵柄」に注目するのであれば、同じ絵柄の作品であるあの花」「ここさけ」も参照してもいいのかな、と思った。



もう少し正確に言葉にしようと試みると、

あの花」「ここさけ」はある程度話題になっていた印象があったから、(もちろんアニメ寄りのメディアにおいてだけど)、

その人気が少なからプラス作用したというほうが、個人的には納得感が大きい、というのもある。

2016-09-08

ダンジョン飯

チビ  「今度は何捕まえてきたんだ」

ライオス増田だよ増田。このフロアはいっぱいでるんだ」

増田  「(ビチビチビビチビチビチビチビチ)」

ライオス「うわ、あはは、こいつぅ、じゃれるなって」

チビ  「(じゃれてんのかなアレ……?)」

センシ 「おっ、増田じゃないか。そのまま食うとくさみが強いが、よく血抜きしてからみりんとしょうゆで煮込むとうまいぞ。野菜350gぶんの栄養もとれてバランスがいいしな」

マルシル「えっ、食べるの、これ?」

ライオス「そりゃ生きモンだからな」

マルシル「そういう問題!? こんなキモい……アッ、ほら、なんか喋ってる!!?

増田  「私ハ……二十代ノ……高年収……ヘイトスピーチ……日本死ネ……大学院……君ノ名ハ……ウンコブリブリ!!! ウンコブリブリ!!!!」

ライオス「ああこれな。言語のように聞こえるが実際に意味はない。鳴き声みたいなもんだよ」

センシ 「声といえば、喉の肉は筋張って食いにくいな。これはちょっと別口で煮込まんと。味噌はまだ残ってたか?」

チビ  「知能があるかはともかくウンコブリブリなんていってるやつを食いたくはないなあ」

ライオス味噌はないけど、ブックマークは残ってた」

センシ 「むしろそっちのほうが具合がいいかもしれん。増田ブクマしてやれ」

増田  「キャッキャッ」

ライオス「お、喜んでる喜んでる」

チビ  「(こうしてみるとかわいいと思わなくも……)

ライオス「こうしてみるとかわいいな」

マルシル「かわいくないし!?

チビ  「(あぶなかった……)」

センシ 「鍋の下ごしらえができたぞ」

(中略)

マルシル「パクッ う……うまい……」

ライオスうまいなあ。なぜか食ったはしから絶え間なくうんこ漏れるけど(ブリブリブリ」

センシ 「増田には解毒作用があるんだ。デトックスだな。(ブリブリブリ」

チビ  「いや、これが毒なんじゃ……(ブリブリブリ」

マルシル「(ブリブリブリ」


本日レシピ増田の煮付け(2人ぶん)

増田2匹

お酒100ml

醤油大さじ2

砂糖大さじ2

みりん大さじ2


 

1. 増田は内蔵と頭部を取り、てきとうな大きさにぶつ切りにして綺麗に塩水で洗い流します。


2.鍋に調味料と魚を入れて、火にかけます


3. 汁気が半分までなくなるまで、弱火で10前後ことこと煮込みます


みんなもぜひ試してね!

http://anond.hatelabo.jp/20160908154654

観測である自分量子論から除外してる方がオカルトしょうが

ミクロだけでなくマクロにおいても作用されていると考えるのが今の主流科学から

シュレディンガーの猫実在非実在のゆらぎにあるのは猫だけでなく観測である自分自身も含まれていることくらい知ってるんだよな。

なら観測自身も見ている自分と見ていない自分存在非存在分岐されているのに

結果が集約した後はどちらかしか存在しないのはどこで決まったと思う?

ランダムランダムしかないんじゃなくてそこに観測者の存在が介在するからこそ結果が1つしか得られなくなる=観測者も参加型の選択権を所持しているってこと。

ランダム性に意志選択が反映されないなら実在非実在のゆらぎの状態のまま結果も収束するわけがないんだが。

観測するという行為が結果を導き出していることは理解してる?

2016-09-02

http://anond.hatelabo.jp/20160901171206

で、本文についてですが。

これには複雑な興行の仕組みをある程度把握せねばならないと思いますし、多面的に勘案する必要のあることと思いますから

一口にはとても言い切れないのですが、挙げられる複数の想定された大半の理由は少々穿った見方過ぎてどれも該当しないでしょう。

しいて言えば、6と10は関連性がある・・。

根本的に音楽業界・・とりわけアーティスト側の総じた意向としては、音楽は誰彼身分わず公平広範に広めたいという核がありますので、ライヴも同じとみなしています

今回の件で経済学者等の一部から市場原理」等を基にした理論展開がありますが、元々音楽という文化はその原理とは異なる、同じにならない、

同じにしてしまうと理念の部分とは乖離してしまうので、独特のスタイルで発展して来た産業ともいえます

先述の投稿内容とリンクすることですが、ライヴに特化した場合オークションのようなスタイルにすることは、

仰るように転売等の抑制排除に何らかの作用があるとしても、本来理念とは逸脱してしまう・・ざっくり言えば

「ン万円にもなるチケットを時に若年層にも買わせてしまうことの道義的倫理的問題が立ちはだかる」、ということでしょうか。

“いやいや、現実的に既にそうなっていて、それでも購入する者がいるじゃないか・・”という声もあります

そこで重要になるのは、その客は積極的能動的な意思にあり「高額でも惜しまない、それだけの価値が有るのだ」としているのか、

それとも「本当は定価で買いたいが、手に入らないので仕方なく他所から買うしかない」とする“消極的理由”が背景にあるのか・・。

正確に分類把握することは難しいですが、おそらくは後者が多いだろうと思われます

声明にもあるように、高騰することは次回やその他のアーティストライヴCDやグッズ等といった広範のセールスに影響が及んでしまうという

売り手側とファンの首両方を絞めることになる・・ということでしょうね。単発だけのライヴやその収支、ファンに拠る一つだけの出費や意思だけで観るならまだしも、

長期的・総体的に観れば決して好ましい販売方法はいえなくなる、と。

一方でそのような販売体制は、販売するプロモーターからすると、販売期間が定められ、短期間の中で売り捌かねばならない特性上では、

手間やコスト的な側面に加えて、金銭の計上的にも販売動向の数字上でも、販売管理全般がし難くなる・・。

結局アーティスト側、販売側、ファン・・どれを取っても利点は少ないと考えているわけですね。

勿論転売対策必要であり、ファンサイドや転売屋方面に向けた「啓蒙」だけで解決するとは端から思っておらず、

取っ掛かりとして先ず大々的にこの件を打ち出し、モラルと共に広範で問題認識議論を巻き起こしていく、最初ステップだと捉えているようです。

また、法的側面でデリケートな部分が障壁ともなっており、もはや業界内で何かテクニカル手法をとっただけで解決しない領域に来ている・・

そのため行政方面にも間接的に問題提起させたいという意向は、既に明かしています。他方では、行けなくなった客に対する救済措置

座席価格格差設定等、再考していくとの意向も示しているようです。

2016-08-30

http://anond.hatelabo.jp/20160830101913

これはもう、純粋な回答になるんだけど、心理的作用には役に立っている。

「本は大事に保管するもの」と言う刻み込まれ心理があるんだけど、これを「データで保管してるから捨ててもOK」という風に自分に言い聞かせてる。

心理的葛藤の軽減で、えいやっと本を捨ててる。



実際に読むかと言われれば、大半は読まないんじゃないかな。

せいぜい漫画くらい。

あと、作業自体は意外に楽しい

ストレス解消には役立っている。

あと、やってみてわかったんだけど、自炊はどうにかやれて500冊くらいが限界じゃないかな。

データもとっちらかってくるし、機械も壊れる。

2016-08-28

そいつは俺達の仲間じゃないからって言ってたらそりゃ自浄作用()とやらもなくなるわな

2016-08-27

自殺は良くないとか追い込むのは良くないとかいいつつ死ね放言し、そういうのは一部だけだからと言った後その口で日本は自浄作用がないといって自ら証明してくれてるのはウケる

2016-08-26

せいではないがおかげでもない

たとえばある「商店」で、経営者経営判断をちゃんとしないせいで、

ただ金庫番が「経営者」になったつもりで、いついくら貯金するかいくら使うか勝手判断をしはじめたら、やばいよね。



さて

消費税下げれば景気回復するってホント

消費税上げたら回復しかけた景気が崩壊した、がホント。逆はかならずしも真じゃない。

崩壊した景気は簡単には戻らない。消費税下げてその分をほかでどうするかちゃんと考えた上でないともっとひどいことにもなる。簡単になる。

全部財務省のせいなの?

財務省が好き勝手してるのは別に財務省のせいではないが、財務省が好き勝手したせいで悪くなったことについてはだいたい財務省が悪い。

財務省自体には自浄作用が働かない。財務省判断をチェックし評価する組織を別途作るべきだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160826161037

物販の個人商店やってるんです。

ほとんどいいお客さまで感謝しきりなんですが、たまにちょっと寂しいなという方がいらっしゃいます


入店されて、無言でお店を見て回って、無言で出ていく。

別に何かのルール違反していないので、悪くはないんですが、なんか気持ちに引っかかるんですね。


コンビニスーパー商業施設テナントとかならなんとなく分かるんですが、

街中にあって扉を開けて入ってこられる、あまり大きくもない店内なので、

いらっしゃいませとか、迷ってるようなら、それに則した短いお声かけなどするわけですが、

まったく無言、無視で、顔をそらしている。


ゆっくり見たい人もいるのだし、自分洋服屋の積極接客辟易したことがあるので、

そういう方は放置接客がいいのだろうと思い、そうするわけですが、

何も買わず店を出るときに、ちらりと一瞥もなく、だいたい不機嫌そうな顔で無言で出ていかれる。

店への、そういう形でのダメ出しなのかもしれませんので、こちらも反省もしないといけないのですが。


そういう方が、後につながるかもしれないとも思うのだけど、覚えている限りで、その類の人がその後、来店されたことはない。

だいたい大人が多い。老人も子連れもいる。

若い人は意外と礼儀正しい。若いとこういう店に慣れてないだろうし、しょうがないな、という気もするので気にならない。

就職してもっと大人になったらまた来てね、という気持ちになります

外国人も大概礼儀正しい。出るとき目を見てニッコリしたりして。


これは別に悪いことじゃないのだけど、自分だったら「見るだけだけどいいですか」とか「お店見せてください」とか、

出るときには「どうも」や目礼くらいのコミュニケーションはとる。


実際そういうお客さまもいます。もうどんどん見てってくださいという気になるし、そう言う。

大人だなと思うし、買い物されなくても、良い人柄に触れたようでなんだかありがたい。

それが若い人だったりすると、別の感慨もあります

子連れの方がそういう方だと、お子さんに良い影響があるのではと思えます


ただなんとなく、ひと言、ひと素振りあるだけで、お互い円滑で気分がいい、と思うのです。

仏頂面で出ていくというのも心理的な防御作用のような気がしますが、お客様の方もそういう小さな緊張を感じる事もなく済みますし。

店側からお客様へ何か求めるというのは、批判も多いかもしれませんが、こういう考えは良くないでしょうか。



追記---------------------------------

・私は日本人です。書いてある通り、普通にコミュニケーションできるお客様の方が圧倒的に多いです。

ですから、筆者は日本の習慣を知らないようだから外国人だろう、日本にはこのような習慣がない、と言い切るのはやや飛躍と曲解かと思います

ちょっとしたコミュニケーションで互いが円滑なのはより良いですよね、という話です。

2016-08-24

青木まりこ」現象の解明に迫る

http://www.dangouwasa.com/entry/bookstore-excrement

本屋に行くと便意をもよおす「青木まりこ現象」について、原因は不明」という記事が上がっていた。

 

わたしは「青木まりこ現象」について、以下のプロセスだろうと解釈している。

 

1 本好きの人が書店へ行く

2 大量の本がある

3 リッラクスし、アセチルコリンが分泌される

4 アセチルコリンにより便意をもよおす

 

これを、「1 よく映画レンタルする人がゲオに行く」→「2 大量のDVDブルーレイがある」

「1 文具好きが文具店へ行く」→「2 大量の文具がある」などに置き換えても成立すると思う。

重要かは不明だが、「自力で入手できる」かどうかはポイントになりそう。

例えば子どもおもちゃ屋に行く場合、親にねだるしかない時と、お年玉を握りしめて行った時では、後者場合に便意をもよおしそう。)

 

特に書店について、この現象が取り上げられることが多いのは、大量の本(視覚)に加えて、新刊本のインクのにおい(嗅覚)も作用するからではないだろうか。

 

 

ということで、完全に解決済みだと思っていたので、むしろ未解明なことに驚いた。