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2016-07-08

かい美人

わたくしが、座る席の向こうに経理女性が一人座っておりまして、それがなんとも言えぬ感じの美人であります。向かいと言いましても目隠しの、衝立のようなものが一枚ありますから顔上げれば見通せるわけではないのですが、その衝立には1cmばかりの隙間がありまして、そこからちょうど、瞳半分くらいがのぞいて見えたりします。手前どもの会社にはユニフォームというものがありませんで女性はいつもフォーマル私服を選んで身につけてくるわけですが、わたくしはこのフォーマル私服というものに対して、ちょっとばかり執着に近いような感情を持ち合わせていまして、まぁ要するに、その女性の出で立ちを目に焼き付けるのが日課のようなものなのです。とくにその女性女性的な肉体を持て余すような肉欲に直結する魅力を持っているわけではありませんので、どことなく憂いを持っていながらも少女的で、満面の、笑みを見せながらも優しく抱きしめて守っていないと突風でもあれば、さらさらと吹き消されてしまいそうな危うさがあります。その割に身の丈が男性の、平均的なものより鼻から上が飛び出る程度に高いものですから、おそらくは多感な頃にそのことに思い悩んだのか、猫背で人を見下ろすようななんだかちぐはぐな姿がまた愛らしくもあります。小生はその平均よりも悲しいかな、おでこひとつ分くらい劣っているために、その女性と話をするときなんて言うのは、相手が座っていても対して目線に違いがない程度だったりもしますが、それでも普段なら雲の上にある、小動物のような愛らしい表情がぐんと身近にあるものですから理由を作っては書類を持っていくのが日頃の楽しみでした。

一般で言えばここで女性の顔が気になるところかと思いますが、わたくしにしてみればそんな部分よりも女性長身ながら猫背で、それでいて屈託なく笑うのに憂いを帯びている部分の、つまりは良さというのを感じてもらいたいがため、あまり掘り下げる気分でもありませんが、ひとことで言うとえくぼが似合う人懐っこそうな飾り気のない少女的魅力を持っている女性だとでもしておきましょうか。年のほどは成人してから、十分な年数を過ぎているほどだとは思いますが、メイクが薄いことも手伝ってまるで女学生とも、見えなくもない、(格好がどうしてもそれをゆるしませんが)本当に素直そうな娘ではあります。もとより痩せていたためかバストは手のひらに収まる程度の膨らみを称えるに限り、本人がそれをどう思うかは別として、わたくしにしてみれば存在を、過剰に主張するようなバストよりも、慎ましやかにシルエット称える奥ゆかしいくらいが、ある意味では物怖じしてしまうこともなく対等に向き合えるくらいかと、安心していられます

それで話が戻るのですが、ちょうど座っている位置から、衝立の隙間を通じた部分に、その女性の首から胸にかけてを見て取ることができます。幅は、瞳半分程度ながら高さがそれなりに開いているわけなのですが、その位置微妙相手視線を避けてくれるおかげで、じっくりと洋服の仕立てやその向こう側のオウトツを、観察することができるわけです。はじめに申し上げたとおり、フォーマル私服に一方ならぬ自分なりの執着がありまして、とくにブラウスといわれるもの存在が常々わたくしの平常心をかき乱します。あの薄く風に揺れる素材の向こう側が、見えるようで見えぬ、それでいて日にすかされて眩しくきらめく姿が、かと言って背中から無骨に下着の肩紐なんかを透けさせるような矛盾した作りが、どうしても視線をそむけさせてくれないのです。日によって丸首や襟付き、ボタン付き、白であったりブラウンであったり、胸元にインナーTシャツが除いていたかと思えば、うっかりレース素材の花弁の一部が顔を覗かせてみたりと、別段毎日記録をつけているわけではありませんが、なかなかのバリエィションを楽しませてくれるのが、見た目奥ゆかしい女性の割にファッションへの並ならぬこだわりを持っているのではないかと疑わしいことさえ面白くも、女性の魅力を一層に引き立ててくれるのです。

それで先日、いつものようにブラウスの材質と、その下に隠れる肌着に目を細めていると、何やらちょっとした違和感がありました。ただ、衝立の隙間が細いせいか視線はどうしても片方しか届かず、距離感というものがつかめません。やきもきしていても仕方がない、別段、いま聞く必要のない疑問と、それに関係する書類を手にすると、わたくしはその女性の元へと向かいました。衝立の上から覗き込むように、こちらの顔が見えるか見えないかタイミングくらいから声をかけます。年頃の女性に、わたくしみたいのが突然声をかければ驚かれることも少なくないのが悲しき実体験。そんな杞憂とは別に衝立の向こうからいつものように素直そうな笑顔が顔をのぞかせるはずでした。ところがたしかにいつもの笑顔ではあるのですが、なんとも言えぬ嫌悪感がよぎりました。瞳を縁取る線の濃さ、足を湯に浸しているかのように紅潮してみえる頬、そして、脂身にでも齧りついたかのようにてかりを見せつけるリップ。その衝撃で適当に見繕った疑問は一瞬で吹き飛び、二の句も継げずにあうあうと口を動かすのに精一杯になってしまいました。そんなわたくしの態度に何かを感じ取ったのか、女性は表情を曇らせ軽くうつむいてしまう始末。ところがその視線の先に先ほどの違和感の正体が隠れていたもので、女性に慰めもごまかしもできぬまま、文字通りそこに立ち尽くしてしまいました。その正体というのも、わたくしが相対しても物怖じすることのなかった胸が、あきらかに今まで見せたことのない陰をたたえるほどに膨張していたのです。むしろ冷水を頭からかぶった気分でしたから、そこではっと我に返り、質問を忘れてしまったことを笑ってごまかしながら邪魔した非礼を詫て席を、あとにしたわけではありますが、これは結構ショッキングなできごとでありました。

昨晩に何があったのか、それとも今晩に何かあるのかわかりませんが、一体何の前触れもなく、その女性は女になってしまったわけです。はたまたなろうとしているのかもしれませんが。澄み切った小川のような清々しさと透明感でありながら踏み込めば足を取られかねない危うさとを持ち合わせた、畏怖をも感じさせる魅力をもった女性が、突然俗物に成り下がった瞬間でした。これでは、ちょっとしたつまみ食いであっても食あたりが不可避な状態です。もとよりわたくしなんかに食する機会があるわけもなかったのですが、ただそこにあるだけなのに、神のみが作り得る奇跡の美というものは、こうも簡単汚染されてしまものだと知りました。

その日からというもの、衝立の隙間はファイル立てやバインダーによって塞がれてしまいました。たまたまなのかもしれませんが、もしかすると、彼女もわたくしからの視線を楽しんでいたのかもしれません。だとしたらどうして俗物に成り下がる選択をしてしまったというのでしょう。わたくしが喜ぶことを望んでくれていたのでしょうか。しかしながら彼女は、その日から俗物の姿をやめることはありませんでした。わたしはただ、この世界からまた一つ、純粋なる美が消えてしまった悲しみに打ちひしがれています。悲しいかな、それが流転であり、幾度なく噛み潰してきた苦虫が教えてくれた無常なのだだと言い聞かせることしかできないのです。いまでは、彼女と相対するとき、わたくしは田んぼカラスのような焦燥感にさいなまれています

2016-06-10

風俗店で働き始めて一番驚いたこ

3日前とかから予約してくるお客さんが結構いること

よく分かんないけどこういうお店ってお友達同士で飲んでそのノリでふらっと来るみたいなもんだと思ってたけど違うんだね

だって3日後体調悪くなったり、仕事のことでイライラしてたりするかもしれなくてそんなときエッチなんてしたくないじゃん

よく予約とかするなあ

私は性欲じゃなくて食欲すら先のことなんて分からないよ

明日のお昼はなに食べようって思っても実際明日になったら絶対気分変わってる



これってAV見るとき三日後の何時から何ちゃんでぬこうなんて計画たてるみたいなもんだよね?普段男の人ってそんなAV見方してないよね

いや、してるのかな。わからん

とにかく謎だらけ

anond:20160610173125

元だけど、大丈夫葬式も上げないって嫁共々決めてる。

直葬散骨(ちゃんと許可とって)で終了。

自分たちの為に子孫に墓守なんて金も時間もかかる要らぬことはさせないわ。

2016-06-08

http://anond.hatelabo.jp/20160608022710

あのさあ

その非難するよからぬことってものについて石を投げてるわけで

結果的に人の手によるものしかいから人にはあたってるけど

人を攻撃する免罪符として規則なりがあるわけじゃないんだよ


出てきた杭を出てきたからって打ってるわけじゃない

出てこないでってお願いした上でそのお願いの意味を支払ってあげてるわけ

2016-06-03

政治家って能力が高ければクズでも良い

という事をたまに聞くんだが、本当かな?

 

橋下とか「政治家人格者じゃなくて良い」とか言うよね。

 

権力欲や名誉欲があるのは別に良いと思うんだよ。

でも、不倫したり、変に人を見下してたり、差別主義だったり、横領するような人の場合は、

能力が高いと逆に怖いよね。

 

だって誰かが苦しむことになっても、自分が徳ならそれで良いってことでしょ。

そんな人が権力を持ったら、こいつなんか良からぬことを企んでるんじゃないかって感じたりして安心して政治を任せてられない。

 

それなら、まだ無能な方がマシなのかもしれない。

 

みんなはどう思う?

2016-05-06

300ブクマくらいから正論ブコメしか伸びない

真面目な話題のやつね

大喜利ブコメが少数派だとこの段階で淘汰されて虚しい

もっとぬこうよ

2016-05-03

自分も詩を書いてみた。タイトルは「偏流」

わたし」につながれたこの心。

今では脆く千切れそう。

右へ左へ見てみれば、

みんなちゃんと歩いてる

上を向いて目を閉じれば、

星が巡る音がする。

けれどあなたの声はもう聞こえない。

わたしはどこへゆくのだろう。

この身とともに、道とも知れぬこの道を、

溶けて漂っていく。

2016-05-02

カッコつけの戦い

(あ、今日の昼に定食屋トンカツ食ったけど晩飯もトンカツか。かぶったな。でも嫁の作るトンカツは美味いからまあ良いか)



「ねぇそういえばあなた今日の昼は何を食べたの?」



「えっ、トン(カツって言ったらヤバいか。せっかく晩飯にトンカツ作ってくれたわけだし)コツラーメンだよ」



「ど(アホが。私さっきトンカツ定食レシート見たんだから全てお見通しよ)う?このトンカツ美味しい?トンカツ久しぶりよね」



「本当に美味しい。トン(でもない。全然久しぶりじゃないんだよ)カツなんて久しく食べてないよ」



「本当に久しぶ(た野郎!嘘つくんじゃねぇ)りよね」



「たし(ょうの嘘だ。許してくれ)か去年の暮れにお前が作ったのを食って以来だ。あれはロースカツだったよな?」



「あら(ぬことを言うなブタ野郎!それは今日の昼にお前が食べたトンカツだろう。うちのはいつもヒレだ)そうだったかしら。あなた、好きよねトンカツ



「お陰様で(す。death)」



「ねぇ、どっ(つくわよ)ちが美味しい?」



「このトンカツ()定食屋のを比べるんだな。定食屋の方が美味いかな。いや、定食屋のじゃなくて去年の暮れに嫁が作ったトンカツと比べるんだ()危ねぇ…」



アドバイス

旦那様、ちゃんとカッコがついておりません。マル秘情報が心から漏れ出しております。以後、お気をつけになって。


winner→奥様

2016-04-22

ググらない勇気

知らないことがあってもググれば出てくる。いい時代になった。

でも、敢えてそうしない方が良いんじゃないかとも考えている。

ググる代わりに人に聞く。正直、ググったほうが正確かもしれない。

でも聞いてみる。そうすれば、会話が生まれる。

それをきっかけに話が弾んだりして、趣味が合うかもしれない。

ググる以上にいろいろなことを知れるかもしれない。



ここでふと、電子辞書じゃなくて本の辞書を使えなんて話があったことを思い出す。

電子辞書目的地にすぐ辿りつけるけど、本の辞書ならページをめくっている間に思わぬことばに出会うことがある。

そういう偶発性が世界を広げてくれるのだろう。

2016-04-06

上手は、目利かずの心に相叶ふ事難し。下手は、目利きの眼に合ふ事なし。

「上手は、目利かずの心に相叶ふ事難し。下手は、目利きの眼に合ふ事なし。」

世阿弥

およそ、能の名望を得る事、品々多し。上手は、目利かずの心に相叶ふ事難し。下手は、目利きの眼に合ふ事なし。下手にて目利きの眼に叶はぬは、不審あるべからず。上手の、目利かずの心に合はぬこと、これは、目利かずの眼の及ばぬ所なれども、得たる上手にて、工夫あらん爲手ならならば、また、目利かずの眼にも面白しと見るやうに、能をすべし。この工夫と達者とを極めたらん爲手をば、花を極めたるとや申すべき。されば、この位に至りたらん爲手は、いかに年寄りたりとも、若き花に劣る事あるべからず。されば、この位を得たらん上手こそ、天下にも許され、また、遠國・田舎の人までも、遍く、面白しとは見るべけれ。この工夫を得たらん爲手は、和州へも、江州へも、もしくは田楽の風體までも、人の好み・望みによりて、いづれにも亙る上手なるべし。この嗜みの本意をあらはさんがため、風姿花傳を作するなり。

 かやうに申せばたて、我が風體の形木の疎かならんは、殊に/\、能の命あるべからず。これ、弱き爲手なるべし。我が風體の形木を極めてこそ、遍き風體を心にかけんとて、我が形木に入らざらん爲手は、我が風體を知らぬのみならず、他所の風體をも、確かにはまして知るまじきなり。されば、能弱くて、久しく花はあるべからず。久しく花のなからんは、いづれの風體をも知らぬに同じかるべし。しかれば、花傳の花の段に、「物数をつくし、工夫を極めて後、花の失せぬ所をば知るべし」と云へり。

 一、この壽福增長の嗜みと申せばとて、ひたすら、世間の理にかかりて、もし、欲心に住せば、これ、第一、道の廃るべき因縁なり。道のための嗜みには、壽福增長あるべし。壽福のための嗜みには、道まさに廃るべし。道廃らば、壽福おのづから滅すべし。正直圓明にして、世上萬徳の妙花を開く因縁なりと嗜むべし。

 およそ、花傳の中、年来稽古より始めて、この條々を注す所、全く、自力より出づる才覚ならず。

于時應永第九之暦暮春二日馳筆畢  世阿

2016-03-13

MMD日記 中二病妄想注意

今日から日記書いていこうと思う。

ぐだぐだだし、中学生未成年が書いてるからわかんなかったらゴメン。

大半は妄想

今日Twitterの方にMMD動画出してきた

うぐかわ(*´ω`)

うぐぬこ借りたんでニコ動の方に動画出そうと思う

粟田口沼は最高に心地いい

特に薬研くんが「大将大丈夫か?寝るなら膝かそうか?」

だって!!!

勿論お借りさせて頂きました(^^♪

白衣かけてくれて。

うちの薬研はもう男前だし甘えてくれるし、優しいし。。

今度、また本買ってあげようかな


最近学校行ってないな

まぁ、そりゃそうだよね

本丸と現世行くのに手続きいるし。

はいっても不登校して学校拒否ってるのにわざわざ行く必要もないよな

長谷部が優しく教えてくれるし、いち兄もずおばみに教えるついでに自分にも教えてくれるし。

うん。これなら難関校にも受かりそうだ(なわけない。

2016-02-23

http://anond.hatelabo.jp/20160223102706

子供個別に考えるとそう思うのも無理からぬことなんだけどさ。

ずっと日本に住みつづける気なら、自分生産できない年齢になった時に、暮らしてゆくのに必要な財やサービス生産するのは、その時点の日本生産者じゃん。極端な話、それまでに日本経済破綻してたらいくら金持ってても必要な物やサービスが買えないっしょ。

その将来の日本生産者にはバリバリエリート底辺DQNもいるだろうけれど、総体として健全経済が維持されてないと困らない? 例えば無教養、極貧の底辺層が増殖して経済を引きずり下ろすような状況になってたらまずいでしょ。となるとインフラとしての育児教育総体的に維持することは不可欠でしょう。

まあ、上澄みだけを掬って彼らが将来の経済を支えてくれることに賭ける、っていうのも方針としてはありだね。その場合は、独身税みたいなのに反対するかわりに、優秀な子供を援助するような基金なり団体なりにがんがん金突っ込めるような制度支援したらいいんじゃないか。

2016-02-04

http://anond.hatelabo.jp/20160204021025

ぬことかぬこ様とかまじきめえ

じゃあいはいにになんのか?あ?iniファイルか?なんか設定すんのか?

2016-01-27

心の穴

自分の心の穴について


「人が楽しく自分のやりたいことをやっている姿を見たい」というが、

その人は既に自分でやろうとしているんだよ

相手をみてこうしたらいいのにーというのは俺のお節介だ、しか上から目線

俺だったらこうするとか俺ならこうしたいと思うなー ならいいんだけど上記はそうじゃない

  • 俺がこうしてあげたくて、こうしてあげたことでその相手にとってすごく重要な人になりたい

ってことなのだ

と言い換えた方が正確だ。

自分に空いている穴って

なんだよね

分かってるんだ

  • これを誰か(特に特定のー似たところのある異性)に埋めてもらおうとしている。

さらに悪いことには、

というまでの支配的な関係性を持ってしか埋められそうにないように思えるところだ。

支配支配され、独占し独占されたい、そうすることで自分は満たされるのだ

ーーーという欲求が見てとれる。

これは果てしなくキモチワルイし、自己受容できていない。

これのまた恐ろしいことには、この欲求は恐らくずっと消えないことだ。

自分自分である限り、ずっとこの欲求と付き合わなくてはいけない(ようだ)。

さてどうしよう。

ひとまずは

  • 自分には逃れられぬこの欲求があることを受け入れる。(自己受容)
  • この欲求で他人迷惑をかけるようなことはしないようにする。

わからん

自分が好きでやるというのはいいが、他人にとってそれが良いとも限らないと。

自分の欲求を満たすための相手を単眼的にというか、一人に、おっかぶせようとしているような自分に気づいている。しか自分に自信があるわけでもない、ひどく矛盾している。

- 色んな異性と同時に出会いまくる→自分の欲求・利害に合う相手が見つかるかもしれない。

- 自分に自信をもてるようなアクションをとる?

- 欲求を自分自身で満たす?(それこそ矛盾してて無理に近いことだが)


どうにかして克服できないものだろうか。

2016-01-04

nWoの終わり

寝る前にツイッターを見ていた時に、突如開始されたツイート

何か嫌なものを感じた僕は急いで布団から出てパソコンを起動し、HPの保存を始めた。

長編を保存し終わり、一月の国から保存をしようかと逡巡している間に、nWoは消えていた。

あるものは次のステージに進み、あるものは無言で消えていったテキストサイト界の中で、

きちんとした閉鎖宣言がなされたことは、小鳥猊下のお人柄の表れだろう。

最後の言葉を見れなかった人も多いだろうし、後になって消えてることに気がついてびっくりする人もでるだろう。

から勝手ではあるが、最後ツイート転載する。

1999年1月17日テキストサイト猫を起こさないように」開設。それから本日2016年1月3日に至る約17年間、幾度か形を変えながらもnWoインターネット上に存在し続けてきた。

主観的なことを言わせてもらえれば、HEXAGONに相互リンクをいただいた最初半年に訪れた狂騒がnWo本質のすべてであり、その後はある種の未練、自己模倣的な変奏曲、匿名性を失うことに対する渇望がさせた蛇足連続だったと指摘できる。

私は欠けがえのない存在になりたかった。誰かが私の才を見出して、私をここから連れ出してくれる未来をいつも夢想したものだった。

しかし、それはついにかなわなかった。多くのあとから来た者たちが、他ならぬこの私を出し抜いて世に認められ、出し抜いたゆえの優越立脚した安全圏のレスペクトを遠回しに伝えてきた。私はそれをたまらなく憎み、それをたまらなく恥ずかしく思った。

この17年を経た残り半刻ばかりで、今まさに確定しつつあることは、「猫を起こさないように」は「よい大人のnWo」は、「小鳥猊下」という存在は、つまるところ何者でもあれなかったという厳然たる事実である

誰かが亡くなった後に言われるだろう「あの人にもいいところはあった」や、何かが終わっあと(原文ママ)に言われるだろう「あれにも見るべき部分はあった」という言葉は、その生命ケイゾクを傍目に知りながら、自分はそれを何も助け無かったという後ろめたさへの言い訳なのだ

からもう、これらの言葉を見る者たちはただ静かに口を閉じ、その心に幾ばくかの後悔が生じたとして、ただ黙ってその重さを、それが消えるまでの間はずっと、抱え続ける他をしてはならない。

しかしながら、私が諸君を少しも愛していなかったと言えば、それでは嘘になる。私の存在ができるだけ速やかに諸君の心の片隅から消え去るのを祈ることで、最後の慈愛を終えたいと思う。

17年に渡る、諸君のご清聴を感謝する。

語りたいことはたくさんあるが、ただ、黙するしかない。

明日から仕事が始まる。

2015-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20151230102702

お前、猫をぬこっていうのもムカつくタイプだろ

2015-12-28

この惑星のある広い一圏域で信じられていることである。だれもこの起源を知らぬ。だが何千年の時を経た今でも信ぜられている。

まず12の獣が設定される。その内1の獣は現代に伝わらない。

これに惑星生気を現す10のエレメンツを組み合わる。

これらを循環させ、そして、組み合わせ、12×10÷2で一巡させる。

10のエレメンツはあるときはまた異なる5のエレメンツ兄弟としても捉えられ(5×2)、あるいは方角を示す要素としても用いる。

十方位から吹きこむ風と考えることができる。

いくら科学文明が発展しようとも、こうした循環論理を人々は大切にして、例えば1年ごとに来年の神獣をうらなう

誰がいつ定めたのかも知らぬこの神獣を、人々はこころから信じている。

どれだけ社会科学が発展し、貧困から格差が次第に減少し、男女の社会性の差違が次第に解消され、科学に対するリテラシーが発達する時代になっても、

例えば年始の賀状にその次の年の神獣を書いては顰蹙を買うし、例えば旧年の神獣をデザインしても笑われる。



実はこれは、神獣とエレメンツとが循環しているのではもちろんなく、人々の認識過去から未来へと連続している証左だ。

いつか、私たち石器時代精神性を忘却してしまったのと同じく、これの意味を忘れるときが来るかもしれない。だがそれまで、60年120年180年300年720年1200年36000年と続いて行くし、そう続くと今の私たち想像できるのだ。

2015-12-22

堯觀乎華。華封人曰、嘻、聖人。請祝聖人、使聖人壽。堯曰、辭。使聖人富。堯曰、辭。使聖人男子。堯曰、辭。

 荘子は先秦(戦国時代)における最も特異な思想家のひとりである

彼は孔子を祖とする「儒家」の人々が強調する仁義道徳をこざかしい人

間の作為として排斥し、あるがままにあること――「自然」を愛し、何

ものにもとらわれることのない精神的自由の境地――「道」世界にあ

こがれをよせた。しかも彼はその思想を、彼一流の風刺皮肉や寓言に

託して表現したのである。その著『荘子』の中の「天地篇」にあるこの

話も、そうした彼の「寓言」の一つとして読むべきであって、むろん史

実ではない。

 

 その昔、聖天子として聞こえの高かった堯が、華の地方に巡幸された

ときのことである。その地の関守役人がうやうやしく堯の前にまかりい

で、ご挨拶を申し上げた。

 

 「おお聖人さまよ。謹んで聖人さまの将来をお祝し致します。まずは

  あなた様の御寿命の幾久しくあられますように。」

 

 「いやいや。」

 

 堯は思慮深げに微笑みをたたえながら答えた。

 

 「わしは寿命を望もうなどとは思わぬものじゃ。」

 

 「ならばあなた様の御富のますます豊かにあられますように。」

 

 「いやいや、わしは富を増やそうなどと夢考えてはおらぬのじゃ。」

 

 「なればあなた様の男の御子たちが、いよいよ数多くあられますよう

  に。」

 

 「いやいや、それもわしの望まぬことじゃ。」

 

 「はてさて。」

 

 関守役人はいぶかしげに堯の顔をうちみやりながら訊きかえした。

 

 「寿命と富と男子の多いことは、誰でもの望むことでござりましょう

  に、あなた様だけがそれをお望みなさらぬとは、なんとしたことで

  ござりましょう。」

 

 「さればさ、男子が多くあれば、中には不出来の者も出てきおって、

  かえって心配の種になる。富めば富むで余計の仕事が増えようし、

  寿ければ、辱を残さねばならぬような羽目に遭うことも多くなろう

  というものじゃ(寿ければ則ち辱多し)。この三事、いずれも我が

  身の徳を養うには無用のものといわねばならぬわい。」

 

 それを聞く関守役人の目にはありありと失望・軽侮のいろが現れた。

彼は堯に聞こえよがしにこう呟いた。

 

 「ちぇっ、やくたいもない。堯は聖人と聞き及んでいたのに、今の言

  い草じゃ、たかだか君子くらいの値打ちしかない男と知れた。子供

  が多くともそれぞれに分相応の仕事を授けてやれば、何の心配もあ

  るまいし、富が殖えたら殖えたで人に分け与えてやるならば、何の

  面倒もあるまいに。本当の聖人というものは、鶉のように棲み処を

  選ばず、ひなどりのように無心で食らい、鳥の飛んで跡なきがごと

  く自由自在であるべきもの世間がまともであれば、皆人とともに

  その昌えを楽しむがよし、まともでなければ、我が身の徳を修めて

  隠遁するもよし、千年もの長生きをして世間がいやになったその時

  は、仙人となってかの白雲にうちのり上帝の郷に遊ぶもよい。病・

  老・死の三患に煩わされることなく、身は常に殃なしとすれば、寿

  くともなんで辱の多いことがあろうものか。」

 

 こう言い捨てて関守は踵をかえした。見事に虚をつかれた形の堯は、

ハッと気を取りなおして後を追いかけ、

 

 「待たれい。今しばしお手前の話を承わろうではないか。」

 

 と声をかけたが、かの人は、

 

 「えい、うるさいわえ。」

 

 と一喝したまま後を振り返りもせずに、どこともなく姿を消した。

 

 荘子はこの寓言によって、「儒家」的聖人である堯と対比しつつ

「道」世界に生きる自由自在人――「道家」的聖人の姿を示唆しよう

としたのである

 

2015-12-03

萌え絵フォビアの正体

のうりんポスター炎上している。

http://a.excite.co.jp/News/reviewmov/20151201/sum_E1448932351189.html

このポスターの是非について論じることはしない。ここでは、この一件にも見られる、萌え絵というだけで女性差別とみなしバッシングしているように見える人々の背景と、そのような態度の妥当性について検討する。


 

戦後なお女性蔑視的な風潮が続いた日本において、女性性*1をメディア上で描く=男性が自らの欲望を満たすための娯楽(あるいは男性による女性支配を追認・再生産させる手段)という側面が非常に強かった時期があり、そのような表現がおおっぴらに流通していた*2経緯がある。最近でこそそのような空気は薄れてきてはいるが、その時代を生きてきた人々にとって、女性性を前面に打ち出した表現は、子細を精査するよりも前に「女性蔑視ではないか」と身構え疑ってしまうほどには、女性性の表現を巡る当時の状況は酷かったと言える。

このような、女性性の表現に対する条件反射じみた反感を植え付けられてしまっている人々が、いわゆる萌え絵を見た時、「これを描いた男性イラストレータ*3は、彼自身または受け手たる男性*4の、女性蔑視感情女性全般支配下に置かんとする欲求を満たす意図で、このような表現をしたに違いない」という予断を持ってしまっても、無理からぬことだろう。件のポスターに対する反発に限らず、萌え絵に対してしばしば起こるバッシングは、こういった人々の心性 ― 萌え絵フォビアとでも呼ぶべき感情傾向がその土壌となっているのではないだろうか。


 

問題は、このような女性性の表現に対する感情的反発が、時代の移り変わりによって、表現に対する批判としては失当になりつつあり、場合によっては女性に対する抑圧として作用してしまうことにある。


 

今や、女性自発的意思によって自身女性性をアピールアイデンティティとしている時代である*5。女性性は、男性一方的支配下に置いて楽しむものではなく、数多ある美的尺度の1つとして、誰もが臆面なく表明できる選好という地位に納まりつつある*6。

このような状況に至るまでの過程において、80年代から90年代若い女性が肌を露出したファッションをすることに、多くの年配者が「はしたない」「ふしだらだ」などといった反応をした。この現象は、フェミニズムの正道からすると「男性優位な社会において女性性の発露は男性コントロールすべきとされていたところ、女性たち自らがその発露の自由を取り戻そうとしたため、男性優位な社会を是とする保守勢力の反感を買った」という理解になる*7。ブルカ着用の義務がしばしば批判されるのも、同様に、女性性の発露を男性コントロールし続けようとする制度として理解されるからだ。

そういう過程を経て、現在では、女性性を強調したファッションや言動に対して苦言を呈することが、逆に差別や抑圧とみなされうる。このことは、女性解放*8の流れの中で達成された一定の成果だと考えるべきだろう。


 

これと同じような変化が、オタク文化オタク個々人にも起きている*9はずで、実際、女性性を前面に押し出しイラストすなわち萌え絵自分意思で描いている(自身の娯楽として同人活動などを通じ発表している)女性イラストレータなどは枚挙に暇がない。送り手がそれだけいるなら受け手も同じで、萌え絵肯定的に受容している若い女性オタクも多かろう。

象徴的なツイートを1つ引用しておく。

放送当時はナデシコを評して「女を知らない連中が作ったアニメ」と面と向かって女性から言われたけれど、今はむしろ女性からユリカ可愛い」と言われたりする。世の流れは不思議もの

https://twitter.com/seitenhyohyo/status/24949402801


 

以上のような事情を踏まえれば、ある表現女性性を強調していることのみをもって即座に女性差別的と断ずるのは誤りだということがわかるだろう。送り手も受け手も、女性性を1つの美的尺度として称揚しているだけで、ことさら特定女性ないし女性全般人権を軽く見る意図は(意識的にも無意識的にも)無しに当該表現を楽しんでいるという可能性は、今の時代においては非常に高い。そのような実態を踏まえずに「このような表現まかりならん」とするのは、露出の多いファッションを楽しむ女性ブルカ強制するのと何が違うのだろうか。


 

もちろん、日本社会から女性差別が消え去ったなどと主張するつもりはない。公職要職にある人物の差別的発言は今なお頻繁に報じられるし、女性差別的な広告メディアを騒がせることすらまだまだある。

しかし、であるならば、個々の事例において女性差別に当たる箇所を具体的に挙げて糾弾すべきなのだ。それを怠り、女性性を強調する表現は即アウトという論に終始することは、その表現を支持しているかもしれない女性たちに対する抑圧として機能しかねないし、ようやく叶いつつある女性性の男性支配から解放という成果を毀損し、さらには女性差別観点から表現批判という立場全体の信頼を失墜させてしまう。現に、はてなにおいてすらフェミニズム軽蔑する風潮が生まれつつあるのは、この手の幼稚な言説が蔓延ったことの影響が大きいように思う。


 

なお余談だが、ミスコンを巡る議論についても類似問題として考えることができる。女性性が数多ある美的尺度の1つに過ぎないのなら、その尺度の高さを称揚するかぎりにおいては(その尺度で低いもの侮蔑するのでなければ)、身体能力称揚する各種スポーツ大会知的能力称揚する数学オリンピックなどと同様に、問題ないものとして受け入れられるべきだろう。要は、男性視線女性一方的に値踏みしてはいまいか、という匂いが疑われているのである。例えば、審査員男性ばかりで固められていたり、女性以外(MtoFや女装趣味男性)の参加を拒んだり、入賞経歴がTV局アナウンサーとしての採用において最重要視されたりするようなことがあれば、このような匂いはよりいっそう強く感じられるだろう。


 

繰り返しになるが、ある表現女性性を強調していることのみをもって女性差別的と断ずるのは、かえって女性に対する抑圧として機能しうる。かつて当たり前のように女性性が男性支配下に置かれていた時代ならば妥当だったかもしれないその反応も、女性性が女性たち自身の手へと取り戻されつつある現状では、女性性の発露そのものタブー化し、結果として女性性を男性支配下へと送り返しかねない危険すらあることに常に注意しなければならない。ある表現女性性が見受けられたなら、そのことだけで感情的反発を起こすのではなく、それが女性蔑視価値観からまれものなのかどうかを丁寧に検証したうえで慎重に論じるべきだ。


 

端的に言うなら、萌え絵フォビアを動機としただけの主張は(女性たちにとってかえって有害なほどに)表現批判として雑すぎる、ということに尽きる。


 

 *1 ここでは大まかに、少女的な可憐さや熟女的な色気といった要素を含む、女性ジェンダー特有と見做される性質全体を指す概念としてひとまず定義する


 *2 ポルノメディアのようにゾーニングされた表現ではなく、広告など公的メディアにおいてさえそのような表現がしばしば見られたし、そもそも当時はポルノメディアゾーニング自体が今よりもずっと緩かった


 *3 女性である可能性を想像できない


 *4 その絵を楽しむ女性がいる可能性を想定できない


 *5 ファッションなどはもちろん、女子力という価値観肯定的に捉えられ浸透していることもその一環として考えられる


 *6 LGBT女装男性に対する若者たちの寛容さや、前述女子力男性にも適用しうる肯定的評価と見做されていることも、選択可能な多様な価値観の1つとしてジェンダーを捉えるこのような大きな流れの一部だろう


 *7 「女性扇情的な格好をするのは、そのほうが男性優位な社会において有利に立ち回れるからor女性蔑視的な価値観内面化してるからだ」などと主張する者もいるが、実際にそのようなファッションを楽しんでいる女性たちにとっては言いがかりしかないだろう


 *8 あるいはジェンダーフリー


 *9 一般社会における女性解放価値観が、オタク周辺に関してだけは反映されず今なお男性優位な価値観支配である、と無根拠に主張するなら、それこそオタクに対する差別に他ならない

2015-11-20

[]

30000コインないと安心してベットできないなどと言った舌の根も乾かぬうちに、

20000コイン貯まったので一つ回してやろうじゃないかと思ったのが運の尽き

全くジェムヒットせずに全部飲まれ



いよいよ相当腹が立ってきた

レベルが上がると、そうそう簡単にはジェムヒットさせないぞ、という仕様のようだ



上等だ

そっちがその気ならこっちだって

是が非でも絶対課金などしてやるもの



しばし上気して一拍置いて考える。

画面左下の5000コイン無料オファーアイコンがいまさらだ

デイリーゲインで5000は軽く超える

わざわざ聞いたことのないゲームダウンロードしてそんなはした金受け取れるかって



そう考えると、レートがいつの間にか上がっていたかも、というか、インフレになってる

5000コインは1日で何もせずに稼げる、そういうレベルになっている

昔は300コインくらいをチマチマと稼いでいた

そう考えるなら、---今のインフレした状況下では、ジェムヒットが低いのも無理からぬことではないのかと



だが他方で別の考えも浮かぶ

島に行く前のステージは全てアンロックした

ステージは全てほぼやり尽くした

だが、星3つクリアをゲットするにはジェムによる開発が必須

だが、その肝心のジェムがてにはいらないのだ

300コインをチマチマ稼いでいた時代では、様々な施設のアンロックストレス無く開放できていたはずだよ

それが、4日も5日も待たなければ机一つアンロックするのもままならないような状況に陥っている

手詰まり感が強い



課金プレイヤーにはそれくらいの仕打ちが似つかわしいとみなしているのか

確かにカネにならないと判断されればこちらはもはやぐうの音も出ない

できることは距離をおいて、1週間に一度ジェムがゲットできれば御の字くらいのつもりでいればいいのかもしれない

だけれど


プレイヤーゲーム関係って、こんなカタチであることが果たして望ましいんだろうか

距離を置いてしまったら、それほど好きではなくなる

ゲームを好きになるためには、アンロックしたさに課金することが必須なのか

だったら始めからソフト価格1,980円といった具合に設定して欲しいのだ

だが時代プレイヤーにアンロックストレスを与えて課金に導くビジネスモデルが全盛だ



せっかく面白いゲームがあるのに

マネタイズ下品さでその面白さに不快感が上書きされてしまうことが、

本当に残念でならない

2015-10-30

友達の父親が女装しはじめたんだけど

結構きつい

公務員様は暇を持て余しているか

からぬことばかりするのかなと思ってる

何度も言うが50越えてるおっさん女装結構きつい

2015-10-20

ハンカチ拾った

会社飲み会帰り。

めずらしく皆静かな飲み会で、一人こっそりとはまってるワインを誰に邪魔されるでもなく楽しむことができた。

情熱的なチリもいいけど、南仏の奥ゆかしさもいい。会社にはそんなことをともに楽しめるような同僚もいなかった。

適当理由をつけて一足先に店を出ると少しほてった頬を秋風が出迎えた。

そのあまり気持ちよさに、家までの3駅分を歩いて帰ることにした。

飲むと音楽を聞きながら歩く癖があるのだ。

ビルの隙間を見上げると、うっすらとした雲のかかった満月と目があった。さっそくiPhoneライブラリからドビュッシーベルマスク組曲を探して再生タップした。

千鳥足はいかないまでも、汗をかかない程度にのんびりと歩きつつちょうど楽曲月光差し掛かった頃、高らかなヒールの音を慌ただしく響かせながら水色のブラウスタイトスカート姿の女性が長い髪を振り乱しながら僕を追い抜いていった。

決して早いとはいえない時間帯。昨今の男女平等女性社会進出によって見ることのできるようになった風景の一つだ。そのことに僕は特に賛否を持っていない。

女性は狭い路地への曲がり角に差し掛かると、少し立ち止まりつつかばんを探りだした。そうして目当ての何かを見つけて歩き出すと同時に、女性かばから何かが落ちるのがわかった。

ハンカチだった。

からは10mほど先の出来事だ。女性はそのまま曲がり角に消えていった。

時間時間なだけに、のんびりとした足取りですこし考えてみたが、お酒の力も手伝って僕はそれを拾うことにした。

追いつかなければそれでいいし、声をかけて振り返らなければそれでもいいのだ。

拾ってみるとそれはやわらかいタオル地で、嗅いでみたわけでもないのにそれがいい匂いであることが確信できた。

そうして曲がり角を曲がると、タイミングの悪いことにちょうど女性マンションの入口に入ろうとしているところだった。

女性にしてみれば、住まいに入ろうとする時に見知らぬ男性から声をかけられるなんて事は恐怖に違いない。

しかも「ハンカチ落としましたよ」だなんて、今時どれだけできの悪いナンパか。

やってしまったと思いつつももう後戻りもできない。

女性不安にさせまいとできるだけ明るい声を心がけながら、さら現物を見せれば安心するだろうとハンカチを持った手を必死に伸ばして声をかけた。

「あ、あのハンカチハンカチ、、、」

どうでもいいことに、頭のなかで「落ちましたよ。」「落としましたよ。」「落ちてましたよ。」のどれが適切かを考えてしまったがために次の言葉が続かずに、かといってそのまま近づいていくことも恐怖を与えてしまいそうでと、ハンカチを持った手を伸ばしたまま無言でその場に立ち尽くしてしまったのだ。

完全に不審者だ。叫ばれてもしかたない。捨てて逃げるか。様々な考えが一瞬で頭をよぎる中、もっとも予想を反する反応が帰ってきた。

「あー!ありがとうございます!助かりました!」と、実に素直に喜んでいるような声が狭い路地に響いたのだ。

その声の明るさに、つまらぬことに悩んでいた自分は完全に萎縮してしまった。

恥ずかしさのあまり、相手に近づくどころか顔を上げる事すらできなくなってしまった。

それを察したのか近づいてきてくれる女性。かろうじて一瞬だけ見ることのできた顔は、屈託を感じさせない満面の笑顔だった。

ハンカチを受け取って僕の後頭部にお礼を言うと、女性はそのままマンションへと引き返していった。

その足音が少しだけ軽くなっていたような気がして、僕はすこしほっとしたような温かい気持ちになった。



後日談は期待しないで欲しい。

残念ながら、僕はその女性の顔すら満足に見ることができなかったのだ。

その女性だっておそらくは僕の後頭部しか記憶にないはずだ。

だけどそれから変化したことが一つだけある。

今まで僕の中で鏡のように静かな湖面に映る三日月を奏でたものと思っていた月光が、この日から満月に変わったということだ。






ついでに増田らしいオチも加えておくと、後日、この女性とそっくりな格好をした素人AVを見つけた。

ショップ作品名女優名を記憶してXVIDEOで検索すれば十分派を貫くつもりだった僕だったが、画質と保存性のためならお金を払っても良いと思えるようになったきっかけでもある。

2015-10-07

私には見えます あなたの不幸な未来

私には見えます。みなさんの未来が。

はじめの聡明さが失われ、路上のツイッタラ暴言を吐くことしか出来ない未来

幸せな日々を過ごしていたのにいつの間にか酒をあおることが生きがいになった未来

疑心暗鬼になり友人を自分から切っていき、最後は一人を嘆く未来

どうすることも出来ません。

私は願わずはいられない。

あなたたちが、今この場でネットをやめ、正しい生活に戻ること。

また心から笑える日々、他人を一人の人間として尊重すること。

もう、かなわぬことです。私はこの祭壇に向かって日々祈ります

氷のように冷たく無機質なこの地方暮らしは、やや厳しいものがありますが、

それでもあなたたちの不幸な未来が見えるからこそ、必死で祈っています

そして不幸になってしまったものよ、どうか、安らかに。

2015-10-05

http://anond.hatelabo.jp/20151003221114

昔、何かで福田行誡って偉い坊さんの説教読んで感動したんだが、

たぶん仏教に限らず、宗教って突き詰めると国民国家と相容れないと思うんだよね。

から宗教って本当はみんな危険なんだと思うよ。

今の日本でいろんな宗教が混在して、日本という国の管理下で生ぬるく平和にやってるのって、

単に宗教に関わってる人間が、宗教的に生ぬるいってだけなんだと思うー。

福田行誡「念仏行者はむかしより念仏よりほかのことは知らぬことなれば、

行者が今七、八十歳に及びたる身の、いかなる御沙汰があればとても、

急にそれをやめにして敬神愛国ことばかりを説いて一切衆生極楽はどうでもよいわというようなる説教はできぬぞ。」