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2017-05-24

私の一番古い記憶

私の一番古い記憶幼稚園の年長さん。

5月工作で作った鯉のぼりがとっても上手に出来て、不器用な私がこんなに上手に鯉のぼりが作れたんだよって、早くそれをお母さんに見せたくて、幼稚園バスから駆け足で家の前に降りたった。

ところが家には鍵がかかってて、いるはずのお母さんはいなかった。永遠にも思えるような長い時間玄関の前で待ってたけどお母さんは帰ってこなかった。

強まる雨足。雨雲が空を塗りつぶして辺りは夜みたいに暗くなった。

これ以上ここで一人で待ってはいられない。恐怖感が強まった私は、小学校にいる年子お姉ちゃんを頼りに小学校への道を歩み始める。

テクテクテクテク

お母さんが言ってた。

「何かあればお姉ちゃんのいる学校まで行きなさい。ゆみちゃんの足でも歩ける距離からね」

ポクパクポクパク。

「えみちゃんいますかって言うんだよ」

靴に水が溜まって歩きにくい。

ズルズルズルズル。

「お家を出て坂道じゃない方にまっすぐ歩けば着くからね。」

あんなにキレイに泳いでた鯉のぼり、雨で破れて外れちゃった。

涙と雨で前が見えない。周りは夜みたいに暗くて、私はもう誰からも守ってもらえない。

何処かで雷が鳴った。

2017-05-16

ブスでもこれだけ痴漢犯罪予備軍と遭遇する(実体験)

小学生の頃

学校へ向かう朝の道で、車がスピードを落として近づいてきて、運転席の男性から声をかけられる。

「これから学校? 乗せてってあげるよ」

子供たちはこれが何かよく分かっているし、よく遭遇するので、基本ガン無視

中学生高校生の頃

自転車ペダルこいで下校中、車がスピードを落として近づいてきて、運転席の窓が下がると、下半身露出させた男性がにやにやしている。

自転車ペダルこいで下校中、車がスピードを落として近づいてきて、運転席の窓が下がると、下半身露出させた男性がにやにやしながら「ねえお姉ちゃん、ほらほら見て」と言ってくる。

自転車ペダルこいで下校中、車がスピードを落として近づいてきて、運転席の男性から声をかけられる。

「乗りなよ! ほら! 乗りなよ!」(幅寄せ

大学生の頃

電車の中で痴漢に遭遇。いちいち書かないけど、揺れるたびに偶然を装って撫でるタイプからパンツ越しにぐいぐい指を押し込もうとするタイプまで。

映画館で隣から手を伸ばして腿を撫でまわす。(突き出せる勇気がなかった、殴ってふざけんなって言っただけだった、悔しい)

社会人の頃

20代のうちは電車で相変わらず痴漢に遭遇。

帰りの夜道で飛び出てきた全裸マン

カットソーシャツ洗濯盗難

以上になります。ちなみに私は非モテのブスで、生涯未婚率を押し上げている女です。「気が弱そう」に見えたのだと思いますが、きわめて短気なので反撃はします。が、「お前みたいなブスが痴漢にあうわけないだろ」と言われるだろうと思い、声をあげたり突き出したりはしませんでした。万事につけ「お前みたいなブスが」と言われていたので、いつものように自力対処できる範囲内でどうにかしたわけです。今のように“痴漢犯罪”の啓蒙がされる前の時代です。

娘を持つ男性のみなさん、お父さんにはまず言わないと思いますが、わりと普通にこういう目にはあいますよ。

2017-05-13

芸能人洋画吹き替えって、言うほど悪か?

芸能人っていうか、声優以外が吹き替えやると必ず叩かれるよな。「プロ声優を使え」とか。判を押したように。その作品も見ずに。

で、そんなにダメか?ダメ作品は何個あるんだ?10か?20か?こういう質問をすると、大体帰ってくる返事(作品)はお決まりだよな。シンプソンズとか。あとなんだ?ジャッキー・チェンの「80デイズ」か?イクサー3でも例に挙げるか?

実のところ、ひどい作品って少数じゃねーのか?

で、それをネットの声のデカいやつらが脊髄反射定型行動的に叩いてるだけなんじゃないのか?

この話題でよく俎上に上がるジブリキャスティングも、はっきり言って全然大丈夫レベルだろ。

声優を使え」っつーのは要するに、「自分が知ってる人が出てるのが見たい」だけなんじゃないのか?だとするなら、芸能人出演を望むのと全く同じ目線だよな。

最近芸能人というか、アイドル芸人って、演技上手いだろ。こんなこと言うと、また「声優プロなんだから」と言い出す奴がいるけどさ。どうなんだ?テレビ舞台毎日のように「演じている」人って、声優養成所出ていくつかのアニメゲームに出てる人に比べて経験値は圧倒的に高いんじゃないのか?個人的に、芸人全然OKなんだけど。だって上手いもの。声の張りもあるし。しか吹き替え場合演出脚本の出来は保証されてる(ことが多い)。だから多少の演技の粗は気にならなくなるのも大きい。演出脚本知名度と人前に出る経験とある程度の演技力があれば、それは「プロ声優」に並ぶんじゃないのか?

なんでこんなことを書いたかというと、さっきピクサーの「Mr.インクレディブル」を見たんだよ。古い映画だけど。ピクサー作品はこれだけは見てなかったから、見てみようと思って。

ピクサーディズニーだけは吹き替えで見る、と決めてたから、これも吹き替えで。

で、これがもう、めちゃくちゃ面白かったのよ。もう最高だった。なんで今まで見てないのか自分を殴りたくなった。これ大好き。

スーパーヒーロー物かぁ…」って、当時はスルーしてたんだけど、大失敗だった。これを読んでる、同じく敬遠した人にもぜひ見てもらいたい。これは愛おしい。

これはヒーロー物じゃなくて、夫婦物だった。奥さんが旦那浮気をうっすらと疑う時の仕草が最高。仕草っていうか、旦那浮気を疑い始めるときって、怒りじゃなくて戸惑いと不安が先に来るんだよね。あのシーンはもうすっごい心に来た。ラストクライマックスで、街が大変なことになってるのに運転席の旦那助手席の奥さんが道順について言い争いをして後部座席子供ゲンナリするところとか、(懐かしの?)夫婦あるあるネタ自然演出・演技されてて素晴らしかった。お姉ちゃんと弟も、語彙が乏しくてアレなんだがもうマジで姉弟ってこんな感じだよなって。スーパーヒーロー物で、それぞれ明確な能力が振り分けられてるのに、「こいつはこういうキャラ」って明確に記号化されてないのがよかったのかなと思った。いわば、アニメ的なキャラ付けが薄いともいえる。だからお姉ちゃんティーン感が際立つし、奥さんの奥さん感&オカン感がすっとなじむ。最後最後エピローグのあのシーンなんてまさに「普通家族」なのに、叫んでる台詞インクレディブルなのでめちゃくちゃ面白い。あのシーンだけでも何度も繰り返してみちゃう。今も流してる。最高。

で、この作品エンドロールで初めて知ったんだけど、「プロ声優」はメインキャスティングはいないんだよね。それでこれだけ面白い。これだけの演技を見られる。それで十分なんじゃないか芸能人俳優アイドル芸人?いいじゃん。すげぇじゃん。面白いじゃん。彼らを使った「ひどい映画」が10個、20しか挙がらないんなら、それで全然行けるじゃん。それ以外は文句がないか、いい吹き替えってことでしょ?

この世界の片隅に」のすずさんを演じられる声優は誰かいるのか?っつー話だよ。のんは駄目だったのか?よかっただろ?ならそれでいいじゃん。

なんかどうも、こういう声優声優の話で噴きあがってるのを見ると、冒頭にも書いた「脊髄反射定型行動」っていうネット民のお決まりパターンなんじゃねーかと思う。

2017-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20170511221242

ホームレスのおじちゃんから読みたかったビッグイシューを二冊購入。駅ナカお菓子売り場で酔っぱらいに絡まれている販売お姉ちゃんを話しかけることで救出。おばあちゃんに電車で席を譲ったら降りるまでずっとおしゃべりの相手

今日も良い一日だったよ。

2017-05-11

メイドカフェの閉鎖的空気感ヤバイ

http://anond.hatelabo.jp/20170510211520

この増田スナックが閉鎖的というが、

秋葉原に大量にあるメイドカフェを筆頭としたコスプレ喫茶のがヤバイだろ。

あれこそ常連しか客と思っていない。

上京したての頃、一度秋葉原メイドカフェ体験してみようと友人と二人で行ったことがあるが

まず、初見客が入店すると

それまで喋っていた常連客が一斉に黙りこんでこちらを睨み付けてくる。「よそもんが来んじゃねーよ」みたいな視線を刺してくる。

これで相当気分悪くなるが、せっかく来たんで着席すると

メイドコスプレをした姉ちゃんがやってきて「当店は会員制となっておりまして…」とメンバーズカードを1枚300円で作るように言ってきて、ドリンクの注文だけとる。

あとはひたすら放置

メイドコスプレをした姉ちゃんは全くこちらに話しかけてこないし、近寄っても来ない。

こう言うとオタクに「メイドカフェ店員コスプレしているだけで、お姉ちゃんと会話する場所ではない、ファミレスと同じ」とか偉そうに説教されるけど、

いや、ずっと他の常連客の卓に付きっきりで会話してんじゃねーか。

なので、こちら初見の男二人だけでおとなしく最初に頼んだドリンクつんだけど、待てど暮らせど一向に頼んだドリンクが来る気配はない。

なのに、明らかに俺らより後に頼んだ常連客のドリンクは即座に出てくる。

明らかにおかしいので「すいませーん、さっき頼んだドリンクはー?」と大声で叫んでも

常連客との会話に夢中になってこっちの声は全く聴こえていない。

何度も叫んでやっと気づかれ、やっとドリンクを持ってきても

すぐ常連客のテーブルに行ってこっちを気にかけることはない。

こっちのドリンクが無くなっても、再度オーダーを取りに来る様子もなく常連客との会話に夢中。

「すいませーん、おかわりー!」と叫んでも無駄

呆れてさっさと店を出て、選んだ店が悪かったと別のメイドカフェに行っても全く同じ対応

じゃあメイドカフェなんか行くのをやめて、メイドガールズバーに行けば俺らに必ず最低でも一人の女の子がついて会話できるだろう、と思いきや

ガールズバーですら全く同じ対応

入店すれば常連客に睨み付けられ、

店員の姉ちゃんも常連客とばっか会話して、初見であるこっちは完全無視

俺らの座るカウンターには店員は誰一人いない。こちらのドリンクが空になっても店員は全く気づかない。

これが秋葉原代表する店なの?とガッカリした。

俺の地元田舎ガールズバーですら、初見客にもしっかり最低一人の姉ちゃんがついてしっかり対応するぞ。

でも、常連客が次々帰って店がヒマになるとやっと俺らの席に姉ちゃんが来たんだけど、会話が成り立たない。

秋葉原からアニメゲームの会話のほうが良いだろうかと、そういう話を降っても「私アニメ興味ないんですよねー」だって

じゃあ、なんで秋葉原のこんな店で働いてんの?

っていうか、オタクであろう常連客と何時間も何の話をしていたの?

じゃあ他の話を、と思ってトークの内容を変えても世間知らずすぎて会話が全く通じない。天気の話くらいしかまともにできない。

結局、メイドコスプレをした姉ちゃんの「原宿で服を買うのが好き」という話を一方的に聞かされただけだ。

ちゃんとしたキャバクラだったら、客の会話についていくために嬢はしっかり世間勉強してるぞ。

政治経済のお堅い話題からアニメゲーム芸能ゴシップといったゆるい話題までなんでも対応できるぞ。

俺はそこまでできないから、キャバクラでしっかり客の会話についていく嬢には頭が上がらない。

それを見てるもんだから秋葉原コスプレ喫茶って接客業として最低すぎるとしか思えん。

んで、遅れて上京してきたイケメンの友人も後で「秋葉原に遊びに行ってみたい」と言い出したんで、イケメンと俺で前回とは違うメイドカフェへ。

このイケメン、同じ男からすればそこまで良い顔には見えないが、とにかく女性けがよく

街を歩けば片っ端から若い女性に逆ナンパされるようなやつだ。

そいつ入店したら、メイドの姉ちゃんったら目をキラキラ輝かせながら俺らに付きっきり。というか、俺を無視してイケメンに付きっきり。

俺を存在しないものとして、「こんなかっこいい客は来たことがない」「キモいオタク相手ばっかりさせられて精神的にきつい」とか常連客の悪口をベラベラ喋りだした。

もう、こちらはドン引きである

で、最終的には「こんど一緒に遊びたい」とか言い出して自分の連絡先が書かれているであろうメモイケメンだけに差し出した。

店を出るとイケメンは「営業をやってる身として仕事中にあの言動はいただけない」「こちとら女は事足りてるんで、あんな程度の低い女と遊ぶ義理はない」とメモビリビリに破いていた。

なにこいつ、かっこいい。

店舗秋葉原メイド系の店に行っても全部同じだったから、もう二度と秋葉原では飲まん。

これだったら近所のキャバクラに行った方がよっぽどマシだ。

メイドカフェとかのオタクの会話相手になる店って、元々キャバクラですぐクビになるような水商売ができなかった女が最終的に行き着く場所だっていたことがあるから

客のことをバカにしてるし、どこの店もかなり低レベルなんだろう。

オタクキャバクラなんて経験したことないのが多いだろうから、こんな低次元な店でも満足できるんだろう。

まともにキャバクラとか経験があったら、絶対に行ってはいけない場所だ。

金払ってるのにストレスたまるだけだ。

これなら、しっかり遊び方覚えてスナックに通ったほうが絶対楽しい

2017-05-09

http://anond.hatelabo.jp/20170509141628

それより人とのコミュニケーション能力を身につけてほしい。

他者馬鹿にするような話し方を改めてほしい。

いろんなものに興味を持ち、自分だけの世界で生きるのをやめてほしい。

それには、社会に出るのが一番だと思う。

おねえちゃん、わかってないな

それが出来るようになるために社会に出るんじゃないよ

それが出来ないか社会に出れないんだよ

身内のことだし、色々認めたくないのもわかるけど、弟君は完全に社会で持て余すタイプ人間だし、実際、それ相応の扱いを受けてその年になってるわけでしょう

横柄な態度も、自信のなさの裏返しじゃん

弟君は完全に、自信喪失して内にこもってるわけよ

必要なのはカウンセリングだよ

専門家の手を借りよう

精神科通ってるなら、弟のことも相談して、そのうち弟も連れて行ってみよう

目的社会に出すことじゃなくて、自信を取り戻すことだ

お姉ちゃん、その辺の優先順位を間違えて、先を目指さないように

あと、お姉ちゃんいくら稼いでいるのか知らないけど、月20万くらいは稼げてないのなら、同じく危機感持った方がいいよ

稼げてるなら余計なお世話でした

2017-04-30

どうして観光列車運行するんですか?

質問です。

私は鉄道が好きでそのニュースを見ていたけど、鉄道嫌いの人たちのコメントで埋め尽くされていた。

どうして世間鉄道嫌いが多いのか?

ぼくにはさっぱり分かりません。JR東日本四季島について「おもてなし提供する列車」って言っていたけど、問題は一体何?

確か大人人達が「昔にまして車社会が酷くなっていて、搾取を工夫しないと生き残れないから」と言っていた。

けれども、今ではぼくの住む大都会田舎通勤通学ラッシュが深刻化しているほど公共交通は元気です。

今週か先週も、チカンという酷いことされたお客さんが「電車が怖い」と言っていました。

治安大丈夫かなぁ。やはり鉄道会社エライんだ。

あとさ、バイク産業は停滞していると経済ニュースバイク会社ホームページで嘆いていたけど、学生街道路は昔に比べてバイクの混雑が酷くなっている。

パパもママお姉ちゃん交通事故心配ばかりで、満員電車が云々とか言っていられない。

でも、世間新車販売台数が減ったといえば、車社会は終わったとか言う。しか現実中古車とかあるから車社会は終わってもいないんだね。(インターネット見て知ったんだけど)昔暴走族流行っていたけど、その人たちが使っていた車やバイクは今も元気に走っているんだよね。バイク屋さんでも昭和時代平成初期のバイクがいっぱい販売されている。車やオートバイって、50年以上長持ちしなければいけないというルールでもあるの?

ねぇねぇ誰か教えてよ。鉄道会社オタクのお兄さんお姉さん。大人の皆さん。商売出汁いくら迷惑をかけても許されるの?先見が読める人は馬鹿呼ばわりされるの?

どうして観光列車運行するんですか?やっぱりこれも秘密なのかなぁ。

2017-04-22

2ちゃんねる初心者質問板に夏休みに入り浸ったのが2002年かな

きっとお姉ちゃん1998年から

2ちゃんねるは、1999年5月中にひろゆき西村博之)を名乗るネットユーザー個人サイトとして開設された[1][注 1]。当初はチャットなどの機能もあったが、後にスレッドフロート方式電子掲示板群だけになる。5月30日ひろゆきあめぞう2ちゃんねるを開設したことを報告した。名前の由来はあめぞうのサブ的な位置づけということで2ちゃんねるだとしていた[注 2]。

あれ1999年からなんだね2ちゃんって

「えっお姉ちゃんってにちゃん見てるの?弟と同類じゃん…」

「いや弟とは見てる板違うし…あいつが見てるような板は見てないし…」

「いや意味わかんない。同じでしょ」

「いやいや全然うから!大体そっちだって掲示板見てるって言ってたじゃん!2ちゃんねるのことじゃないの?」

「……ふたば…」

「えっ」

ふたば見てる…」

「…そっちのほうがやばいじゃん…」

っていうことがありました。まさか妹がとしあきだとはなあ。

2017-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20170418215328

あなたの話が真実かどうか知らない。

私の話があなたの慰めになるかどうか知らない。

でも聞く耳を持った時のことを考えて書いておく。

  

私は子供の頃から頭が良かった(それなりに。東大に行くほどではない)。

学業のことで母に心配をかけたことはない(と思いたい)。

その母は、母の姉(=叔母)に対して私のこと「何を考えているかからない」と言った(と叔母から聞いた)。

母は叔母に、「お姉ちゃん子供がいないから悩みがなくていいよね」と言った(と叔母から聞いた)。

実家では犬を飼っているが、犬がいるか旅行にも行けないと母がこぼす(飼いたいとったのは母自身だ)。

まだまだクズエピソードはあるが、母はいたって常識人のつもりでいる。

もちろん2ちゃんねるで見るようなクズとはまた違う、いたって一般的人間だと思う(と思いたい)。

  

所詮人間自分の都合の良いことが世間一般にとっての良いことだと考える。

たとえば経済的不自由がないことが最大の幸せ(逆に金がないことが不幸せ)だと思ってしまう、あなたのお母さんのように。

  

一方で「私のことを誰もわかってくれない」という感覚が、その人を世界から見捨てられた証拠のように思う。

あなたのことをどんなに理解しようとしていても、そのことがあなたの好むように伝わらなければそれは意味のないことなのだ。

あなたにとって、どんなに世界が辛いと思っても、それはあなたにとって思うような世界でないというだけのことだ。

  

私の母は、今も世界自分の意に沿わないことを嘆いていることだろう。

母は稼ぎの悪い夫(私の父)のことを嘆いていることだろう。

  

あたなは、私の母のように思うだろうか?

あなたは、思い通りにならない世界を、あなた母親をどう思うだろうか?

それとも連れ子でなかったら今の辛い境遇にならなかったと思うのだろうか?

  

もしここまで読んでいるなら考えてほしい、あなたの思い通りになるのはあなたの内側だけなのだと。

あなたの内側は自由だ。

不幸な(だと思っている)あなた境遇は、あなたの内側だけはそうではない。

連れ子である事実は変わらない。でもあなたは変わることができる。

あなたの内側は何者から自由であり、すべてである

自由自分自覚

  

私の母は自由ではなかった。

からずっと自分の生を嘆いた。

あなたはどうなのだ

http://anond.hatelabo.jp/20170418215328

あなたの話が真実かどうか知らない。

私の話があなたの慰めになるかどうか知らない。

でも聞く耳を持った時のことを考えて書いておく。

  

私は子供の頃から頭が良かった(それなりに。東大に行くほどではない)。

学業のことで母に心配をかけたことはない(と思いたい)。

その母は、母の姉(=叔母)に対して私のこと「何を考えているかからない」と言った(と叔母から聞いた)。

母は叔母に、「お姉ちゃん子供がいないから悩みがなくていいよね」と言った(と叔母から聞いた)。

実家では犬を飼っているが、犬がいるか旅行にも行けないと母がこぼす(飼いたいとったのは母自身だ)。

まだまだクズエピソードはあるが、母はいたって常識人のつもりでいる。

もちろん2ちゃんねるで見るようなクズとはまた違う、いたって一般的人間だと思う(と思いたい)。

  

所詮人間自分の都合の良いことが世間一般にとっての良いことだと考える。

たとえば経済的不自由がないことが最大の幸せ(逆に金がないことが不幸せ)だと思ってしまう、あなたのお母さんのように。

  

一方で「私のことを誰もわかってくれない」という感覚が、その人を世界から見捨てられた証拠のように思う。

あなたのことをどんなに理解しようとしていても、そのことがあなたの好むように伝わらなければそれは意味のないことなのだ。

あなたにとって、どんなに世界が辛いと思っても、それはあなたにとって思うような世界でないというだけのことだ。

  

私の母は、今も世界自分の意に沿わないことを嘆いていることだろう。

母は稼ぎの悪い夫(私の父)のことを嘆いていることだろう。

  

あたなは、私の母のように思うだろうか?

あなたは、思い通りにならない世界を、あなた母親をどう思うだろうか?

それとも連れ子でなかったら今の辛い境遇にならなかったと思うのだろうか?

  

もしここまで読んでいるなら考えてほしい、あなたの思い通りになるのはあなたの内側だけなのだと。

あなたの内側は自由だ。

不幸な(だと思っている)あなた境遇は、あなたの内側だけはそうではない。

連れ子である事実は変わらない。でもあなたは変わることができる。

あなたの内側は何者から自由であり、すべてである

自由自分自覚

  

私の母は自由ではなかった。

からずっと自分の生を嘆いた。

あなたはどうなのだ

2017-04-08

http://anond.hatelabo.jp/20170408004020

土屋亜子資産を食いつぶすっていうことは固定化されている資産を消費によって市場放出しているということや! 

それは経済にとって良いこと言われてますアベノミクス言うやつやね。金は天下の回り物ですから、金を使うってことはお金が消えることちゃいまんねん増田はんがキャバクラお姉ちゃんお金つこうたらそのお姉ちゃんお金を手に入れるんでっせ? これが経済や!」

2017-03-29

40代無資格転職活動してみたよ 4

デザイン業界でも仕事の内容は様々だ。

私は主にSPセールスプロモーションツールという販促物のデザインをしていた。

マイナー商品なので何処にでもというわけではないが、コンビニハンズなどに私がデザインをした商品もある。

 

 

デザイン仕事センスもそうだがその時の流行りを見極め、かつ新しい要素を提案していく作業でもある。

古く変わりのない完成されたデザインも多々あるが、そればかりだと私の仕事不要になってしまうので

新しくデザインを起こしたりリニューアルする時に私のようなデザイナーへ依頼が来る。

 

その時代流行に敏感になるには多くのものを見、他ジャンル一見関係のない物や形を多く吸収することが必須だと思っている。

 

評判の店の内装旅行先での景色海外プロダクトなど、自分が「良いな」「面白いな」と思ったものは購入したり写真に残したり。

それらのストックはいつ使われるかわからないが確実に仕事の幅に影響を与えるために必要投資なのである

 

 

というのが大義名分で、収入に比例し趣味や気になる物事に消費するお金も増えていった。

 

 

遊びで海外旅行へ行くのも取材のための必要経費

ラーメンをすすりデザートを食べるのも自分仕事に直結する大事投資。すなわち経費。

取引先のお姉ちゃんデートホテルに泊まるのも接待費という名の経費で申請(のちに振られる)。

 

 

  

そんな道理が通るはずもなく、経費として認められなかった経費はその年の年収として加算され、

収入アップ=税金増加であり追加徴収は合計で700万円ほどになり貯金はほぼ無くなってしまった。

税務署は正しい仕事をしただけなのだ

 

 

というわけでようやくこの日記の本題である転職活動の開始。

  

 

 

転職するにあたり、これまでデザイン仕事で食べてきたので、当然その経験を活かし企業のインハウスデザイナーとして

正社員で受け入れてもらえる企業を探す。

 

 

さようならフリーランスかい不安定立場

ようこそ正社員残業少な目ボーナスあり、土日祝休みで年間休日120日以上の新しい自分

 

 

まずはリクナビ登録し数社の求人に応募するとリクルートエージェントという系列会社から登録しませんかと連絡がきた。

自分で探し応募するリクナビと違い、エージェントと言われるお姉さんと面談をし私の希望に沿った求人を探してくれるという。

採用された暁には企業からエージェント会社に私の年収の数パーセント報酬として支払われるという。

 

 

まずは自分がこれまでやってきた仕事の内容や希望する勤務エリア年収残業時間などを話すと

お姉さんがリクナビには掲載されていない求人20社ほどピックアップしてきてくれた。

リクナビ掲載されている気になる求人エージェントが直接やりとりをし年収交渉などをしてくれるという。

 

 

ピックアップされた中から【応募したい】【気になる】【パス】と分けて、まずは【応募したい】【気になる】に応募してみましょうと言われた。

応募しても書類選考を通るのは50%、下手したら30%以下なので、とにかく気になった求人は応募し面接を受けツバを付けておきましょう、

内定を辞退する事も自由なのでどんどん応募しろとのこと。

 

 

とは言っても【応募したい】と思えるものが無く、SPツールデザインに携われる求人は【気になる】に入った平均残業60-70時間/月で裁量労働制という求人

 

裁量労働制。つまり勤務時間自分能力次第。残業してもいいがそれは自分能力が低いか残業するはめになるわけで残業代は出さないよという酷い扱いのことであり、

それで給与20万円前半。隔週土曜日出勤。

 

「これで応募くるのか?どれだけ社員時間企業にささげればいいんだよ」と思えるほど今までの自分仕事は恵まれていて自由であったと気付くのはもっと先のことであった。

2017-03-24

うちの子供達は片付けをよくするのだが……

それが生まれつきの性質であるかの様に言われ、他人から羨ましがられる事がとても多い。

それが私はちょっと悲しい。

片付けをちゃんとする様にしつけるの、結構大変だったんだけどな……。

自己満足の為に、ここに私が子供達に片付けをさせる為にした事やしなかった事を書いていく。(超長い)

まり誰かの助けになったり参考になったりはしないのだろうな。

オモチャの沢山ある子育て支援センターに通った。

何故かというと、上の子が生まれたばかりの頃は家にあまり物が無かったから。従って片付ける必要が生じなかった。

支援センターには、自分で使ったもの自分で片付けるというルールがあるから、親の私としても子供が中々やる気出さないからといって妥協する事は出来ないし。

・あまり予定を入れず、時間に余裕のある日々を過ごした。

まり経済的に余裕があるとは言えないのだが、専業主婦となった。時間に追われないで子供相手出来るのって気が楽でいい。

・お片付け習慣開始は子がまだハイハイもしないうちから

まだ腰が据わって間もない子のおててに使った積み木を持たせて「さぁ、お片付けしましょうね~」と声をかけ、抱っこで積み木箱の所まで連れて行き、子の手を取って積み木を箱に入れさせる。という感じ。はたから見れば赤ちゃん使っておままごとをしている様だったろう。

子供の見ている前で子供が使った物を片付けないようにした。

見られたら「ママがやってくれるのが当然」と学習されるだろうからソースはない。

おかたづけのうたを作詞作曲した

既存の歌でも良かった気がする。

私自身が幼稚園児だった時、担任先生が片付けの時間中ずっと「おかたづけおかたづけ~、さぁさみんなでおかたづけ~」とリズミカルに手を叩きながら歌っていたので、それを真似た。

ちなみに小さい子供は「おかたづけ」と発音出来ないし聞き取れもしないっぽかったので私は自作おかたづけのうたを「ナイナイあそびのうた」と呼んでるし、歌詞でも「おかたづけ」という単語代用として「ナイナイ」という単語を使っている。余談だけど中国語で「ナイナイ」といえばおっぱいの事だと聞いた事があるのだが、本当だろうか。

ちょっと恥ずかしいが、支援センター児童館など人前でも自作おかたづけのうたを歌ってた。

ママが「ナイナイあそびのうた」を歌い出したら片付けして帰る合図。

・掛け声手拍子子供鼓舞する

子供が歩ける様になりなり、自分オモチャを持ち運ぶ事が出来る様になると、片付けの最中子供が急にやる気を無くしたり別の事に気を取られたりするということが起こる様になった。なので手拍子と掛け声で子供意識をお片付けに引き戻す必要があった。

ナイナイ!(パンパンパン

ナイナイ!(パンパンパン

ナイナイ!(パンパンパン

( ゚∀゚)o彡°

( ゚∀゚)o彡°

( ゚∀゚)o彡°

「片付けなさい!」と叱ると泣いて愚図るだけだが、こうしてエールを送ると不思議と頑張る子供達。

うそう、初期から「片付けましょうね~」と声かけはしていたのだが、子供達は「片付けをする」という言葉意味を中々覚えなかった。上の子は年中さんになってやっと、「これ片付けてね~」だけでも動く様になった。

・指示は具体的に

繰り返すが子供は「片付けて」と言われてもその意味することがわからない。

「片付ける」という単語意味を覚えて貰う為に、まず子供聞き取り易く発音やすい「ナイナイ(無い無い)」を用い「ナイナイしようね~」と声をかけ、「お片付けしようね~」に移行していったが、それを言っただけでは子供はどうしたらいいのか分からないので、

「○ちゃん(子)がおててに持ってるこの積み木を、この箱にポンしてね」

などと指示する。

(「入れてね」じゃ分からないみたいだったので「ポン!」と投げ入れるのを実演してみせ「ポンする」を覚えさせた)

・一人で片付けさせない

一歳位の子供に自主性は期待出来ないと私は思う。なので子供と一緒に私も片付けをした。

子供が途中で嫌がったら、

大丈夫!ぜったいできるよ!」

と言いつつ(子供にというより私自身への言い聞かせである)、手に積み木を握らせて、手を繋いで積み木箱まで子供と行き、子供手を取り積み木を箱に入れさせた。

子供自主性が出てきたら、余計な手出しをするのは止めた。

子供が片付けを頑張っている最中は、

ナイナイ( ゚∀゚)o彡°

ナイナイ( ゚∀゚)o彡°

ナイナイ( ゚∀゚)o彡°

と励ましながら見守っていた。

すると、しばしば面倒見の良い保育士さんやよその子保護者さんが「あっいいですよ~わたしがやります~」と片付けてくれようとする事があるのだけれど、すかさず

ありがとうございます。でも子供やらせて下さい」

とお願いした。相手に怪訝な表情をされたら「うちの子、今、何でも自分でやりたいお年頃なんです~☆ミ」と言うと、皆気持ちよく納得してくれる。

・やりとげたらめっちゃ誉めまくった。

「すごーい!」

「全部出来たね!」

「パーフェクトだよ!」

などなど。

しか

「さすが女の子だね~」

お姉ちゃんだもんね~」

とは言わない。片付けは女がするものだと思われない様にしたいから。

あと「お姉ちゃんだもんね~」と言われると上の子は嫌な顔をする。下の子の姉という立場負担に思うらしい。

でも、

「さすが○ちゃん!もう○歳のお姉さんだもんね!」

というと、逆に誇らしげな顔をして喜ぶ。「大人のお姉さんみたいだね!」も有効な誉め言葉だった。

ありがとう、本当に助かったよ!」

感謝言葉も忘れずに。

2017-03-18

誰が一番悪いんだろーね

年の離れた弟がいる。

弟はよちよち歩きが出来たころから、家の窓から靴下で脱走して行方くらませていた。

遊びに行って、家に帰ったらパトカーが何台も停まっていて、母親が涙を流しながら弟を抱え、巡りさんと話していたのを覚えている。

あ~~~~またアイツいなくなったんだな~~~~~とボンヤリしていたら、母親からギっと睨みつけられて、怒鳴られた。

何で、弟を探しに行かなかったの?!弟がかわいくないの?!あんた、おねえちゃんなんでしょう?!こんな小さい弟が死んじゃったらどうするの!!

みたいなことを散々怒鳴られた。まだ小さかった弟は、母親の腕の中でヘラヘラ笑っていた。そしたら母親はまた泣きながら

○○(弟の名前)どうして急にどっかに行っちゃうの~~ママとっても心配したんだからね~~~~~~~~

正直馬鹿かと思った。弟が窓から脱走するのは弟を寝かしつけようとして先に寝ちゃって窓にカギをかけなかった母親が原因ではないかと思っていたから。

まぁ私親になった事ないからわかんないけど、これ読んでるお母さん、気分悪くしたらごめんなさい。

それから一年くらいしてから、弟は悪戯するようになった。

物を壊す、隠す、大体そんな感じのやつ。で、私だけが怒られる。なんでや。

母親曰く

あんたがちゃんとしてないから。

ちゃんと模範的お姉ちゃんではないから、弟が悪さをする。

から弟に非はない。お前が悪い。お前のせいでこうなった。と怒られた。

今思えば弟も怒れや!!!って思う話なんだけど、私は本気で「私がちゃんとすれば弟はよくなるんだ~~!成程~~~!!」と思っていた。アホか。

から頑張った。学校はいつもいい成績だった。

元気よく挨拶をして、常に笑っているようにして、困っている人を見たら助けた。

弟の悪戯はよくなるどころか悪くなっていたけれど、それでも私だけが怒られた。弟の目の前で怒鳴られた。

父親暴力的で、博識な男だった。

普段は何もしないけど怒るとき10歳だろうが5歳だろうが男も女も子供年寄り容赦なくぶん殴る人だった。

私がテストで満点を取っても、そんなのは当たり前だ、と言い捨ててそれ以外の点数をとった時は俺の時そんな点数は取らなかったのにと言われた。

弟がある日、父親のものを隠した。本人はちょっとした遊び心だったのかもしれない。

それを父が許すわけがなかった。弟がどれだけ泣いてもわめいても叫んでも、父親の拳は止まらなかった。

私ははやく謝ればいいのにと思ったけど(口出ししたら私も殴られる気がして口にできなかった)弟は絶対に謝らなかった。

母親が泣きながら父親の足に縋りついて許してやってくれと叫ぶのをみながら、地獄みたいだな、と思った。

今思えばこの頃から弟は誰に対しても何に対しても、ごめんなさい、が言えない子供だったのかもしれない。

小学校高学年になって、私はクラスで虐められるようになった。理由は「塾に行ってないくせに100点とったから」だった。

無視されたし、私の触ったものはばい菌が付くと言われたし、クラスの面倒ごとは私の仕事になった。

帰りの会でよくある「今日あった嫌なこと」にはしょっちゅう私の名前が出てくるようになった。掃除をサボったとか、そんな内容だった。サボってないんだけどね。

クラスのみんなの前で怒られて、謝るように言われた。

だんだん学校に行くと腹を下すようになって、あだ名がゲリ子になる直前に私は学校に行かなくなった。そのころにはもう友達

自分の部屋にあった観葉植物ボールしかなかった。で、また私は怒られた。

何で学校に行かないんだ。いじめられたくらいで学校に行かないなんてどうかしてる。学校に行け。行ってやりかえしてこい。

わかる人はわかるかもしれないんだけど、行きたくなかった。やりかえすことも倍返しされそうでできなかった。

担任はうちのクラスに虐めなんかありません!って言うし、校長教頭は虐められるのはお子さんに原因があるんでしょう?といって取り合ってくれなかった。

このころに私は、発達障害の診断を受けた。母親からまた怒鳴られた。

発達障害人間は人を殺す。きっとお前も犯罪者になると言われた。(この頃発達障害者殺人事件を起こしていた)

同時に私の事を頻繁に殴るようになった。殴り続けて手が痛い、といって棒や雑誌や孫の手なんかでビシバシやってきた。

父方の遺伝で私が発達障害だったこともあってか、母親ますます弟を可愛がるようになった。そのころ私は父親似、弟は母親似だったから。

の子は私と同じまともな子だ。私たちは健常者同士仲良くやっていく。って。

それから父親は私と一緒に寝るようになった。布団の中で服を脱がされた。体中触られたし、舐められた。

今思えば狂ってるとしか言いようがないけど、当時は殴られないから良いやとしか思ってなかった。父親と一緒にいれば殴られないから。

痛くないならそれでいいって本気で思ってた。

で、まぁ普通に父親からも痛い思いをさせられた。本番を実行しようとした。しようとしたって言うのは曖昧なんだけど、覚えてない。

直前まではなんとか思い出せるけどそこから先の記憶がプッツリなくなってる。私は自分処女なのかそうでないのかもわからない。

気付いたら、今住んでる町にいた。

父親単身赴任になったと聞かされた時、ほっとした気分とまた殴られるんじゃないか不安になった気持ちがぐちゃぐちゃになっていた。

今度は弟が学校に行かなくなった。理由は「姉ちゃんが学校行ってなかったから」だった。この頃私は普通に学校に行っていた。

成績は悪かったけど、丈夫だったか休みほとんどなかった。

母親は私を殴るのをやめてくれたけど、今度は殺しにかかってきた。多分本気じゃなかったとは思う。

包丁も持って家じゅう追っかけまわされたり、寝込みを襲われて首を絞められたりした。いつもいつも「あんたのせいだ。あんたのせいで私の人生はめちゃくちゃだ。この悪魔

って言われた。どっちが悪魔だよ。流石に殺されちゃたまんないから応戦するけど、そのたびに母親は金切り声をあげて「助けて!娘に殺される!」ってどっかに行ってた。

一生帰って来るなよって気持ちと、私のせいでお母さんを苦しめてしまった!って罪悪感がグルグル頭の中を回っている間に母親が帰ってきた。すごい、聖母みたいな笑みを浮かべて。

私の事を抱きしめながら、涙を浮かべながら「ごめんね、ごめんね、ほんとはあんたの事、世界で一番大事なのよ」って囁かれた。チョロすぎて悲しくなるんだけど私も泣きながら

「お母さん!悪い子でごめんなさい!!」って抱き付いていた。タイムマシンが完成したら真っ先にこの時代に行っててめーら馬っっっっ鹿じゃねーの?!ってチェーンソー振り回したい。

そんな折弟が金を盗んだ。私の財布から、私の月の小遣い全部。弟が自分でボロを出したので確定した。メチャクチャ怒った。

そんなことは泥棒のすることだ。私の弟は泥棒だったのかと怒っていたら母親が泣きながら、そんなこと言わないで、と言ってきた。

実の姉から泥棒呼ばわりしたら、あの子がどんなに悲しむか。お金はお母さんが返すから、それで許してやってくれ、と言い出して来たので耳を疑った。

金を盗んだことに変わりはないしそれで許されると弟が勘違いたらこから先弟が大人になってトラブルが起きた時、タダじゃすまされないと言っても、母親は聞かなかった。

謝るならお母さんが謝るから、弟を許してくれと土下座までした。目の前が真っ暗になった。

弟は一切謝らなくなっていた。私の金を盗もうと、窓を割ろうと、何をしても私が怒れば即座に自室に篭って出てこなかった。

そのたびに母が私に謝るという奇妙な家になっていた。

他にもエピソードは山ほどあるんだけど指も精神もそろそろ限界です。現在の事だけ書きます

一番狂ってるのは、フツーに全員この家に住んでるってことです。

私は大学に行かせてもらえました。前の仕事を辞めて求職中です。お母さんに似てきたね、とよく言われます

父親は戻ってきました。別の部屋で寝てます求職している私を馬鹿にしながら生きているようです。仕事はちゃんとしてます

弟は見た目が父親に似てきました。私に怒られたからといって一週間学校を休んだりしています。将来はアニメ関係仕事に就きたいと言っています。無理でしょう。

母親は日に日に私が父親に似てきて気持ちが悪い、悪魔め、毎日地獄だ、と言ってきます

周りの人からはうちは幸せな家庭と言われています。たしかにかつてはそうでした。

からきっと私もこの家を捨てきれないのでしょう。良い仕事が見つかればこの家を出ていけるかもしれません。

私には何もありません。特別可愛いとか、頭がいいとか、そういうのでもないです。

私はただの悪魔かも知れませんが悪魔だって地獄はきっとあるのでしょう。今がそうです。

私が家族に思い切って昔の話をすると、しらを切っているのか本気で忘れたのか、そんなことは無かったと言われます。すべて私の妄想だと言われます

誰が悪かったのでしょうか。誰を恨めば良かったのでしょうか。憎むのは悪い事だと言われて育ったけれども、恨む方がまともなのではないでしょうか。

私が覚えているうちに不特定多数の誰かに聞いてほしくて書きました。

聞いてくれて、読んでくれてありがとうございました。

あと、最後に一つ。

嘘でもいいから心の中で、私の家族を悪く言ってください。

2017-03-05

ひとつ、男の考える理想ヒロインとの関係を考える。

もっとも有名なもの恋人関係がある。次にどっちかというと属性の方が有名だが、母子関係。同じく兄妹 or 姉弟関係。加えて父娘関係。あと他人関係

これらすべてを満たすシチュエーションはこうなるだろう。

主人公が幼少のころは、母親代わり
↓
主人公が年少のころは、近所の歳が離れたお姉ちゃん主人公少年のころは、近所のお姉さん
↓
主人公青年のころは、姉のような妹
↓
主人公壮年のころは、姉のような子供主人公老年のころは、姉っぽい孫


歳をとらないヒロインって、よく考えたらこドラえもんじゃね?

2017-02-15

どうして俺たちは生まれなきゃいけなかったんだ

おい!誰が生んでくれってお願いしたんだよ!!!

俺がミソジニストになったのだってメンヘラになって毎日苦痛にまみれてるのだって、さっきドアに指を挟んだ事だって!!

全部全部全部全部が生まれたせいだ!!!!!

一億歩譲って俺が自ら望んで生まれたならまだわかるよ!!理解できる!!!!俺が望んだのだから、仕方ないかもしれない!!!

でも違うだろ!俺は!!!!!生まれたいなんて!!!!!!!!言ってない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

毎日毎日苦しいんだよ・・・辛いんだよ・・・死ね・・・

なんで頑張らなきゃいけないんだよ・・・

イジメ自殺したり、親が子供虐待をしたり、そんな報道を見るたびに、この社会が、世界いかにイカれてるのか痛感して絶望するよ!!!!!!!!!!!!!!!

人の心があるのかテメーらは!?!?!????!?!?

別に被害者一方的に同情してるわけじゃない!!!!!!!!!!!!

DQN親に育てられたり、周囲がそういう環境なら人をいじめることに躊躇がない反倫理性の塊であるような子供になってしまうのは当然だ!!!

親が子供虐待するのだって虐待してしまう親を生み出してしまった毒親が悪い!!!!負の連鎖!!!!!!

俺はそんな負の連鎖を許容している世界が憎いんだよ・・・テメーらに良心はねーのかよ・・・

なんでだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!

こんなことが当然のようにまかり通って良いのかよ・・・

クソ・・・俺もまともな家庭環境で育っていればまだ・・・希望を見いだせたのに・・・

あるいは可愛い幼馴染や優しいお姉ちゃんがいれば・・・

イケメンなら・・・

ああ憎い・・・

支配階級を憎んでやる・・・

畜生

2017-02-06

一人称を「私」呼びする弟が嫌い

弟が就活を機に一人称が「僕」から、「私」になった。

きっと、社会に出たら「私」といいなさい。ということだろうと思う。

そう思うが、姉弟間で「私」と言われるとムカつく。

私はお姉ちゃんなんだぞ、すげぇ上から目線感じるし何様だよって思う。

とにかく、受け付けない。

上司お客様に「私」を使うのはわかるが…。

世の中「私」が普通なのか…。

家庭間でも、社会大人たちは「私」と言うのか…。


http://anond.hatelabo.jp/20170205130343

2017-02-02

社交性のないずれた子供社会人になれば楽になるよ!

幼稚園児の頃から社交性が無かった。

幼稚園、年中組のとき明日から幼稚園はいかないと、固く決意してそれから半年登園拒否をした。ある日お母さんに騙されて幼稚園に連れていかれ、行ってみると意外と楽しかったのか結局また通うようになった。

小学校、割と楽しかった。友達も多く今思うとスクールカースト上位だった。でもたまにトリッキーな行動とってたな。家庭科料理実習クラスシェフ気取りでやけに忙しそうな感じで偉そうに男の子に指示出したり。お姉ちゃんが入ってたという理由卓球クラブに入って部活動もしてた。お姉ちゃん部長だったので次に私が部長だ!と張り切ってたのに、私の後にクラブに入ってきた私とも仲良しの女の子部長指名されてしまった。すごく恥ずかしくて認めたくなくて、その子が毎回のクラブ活動終わりの挨拶とかするときは拗ねてそこにわざとらしく毎回遅れて行ったりした。

中学、仲良しで大好きな小学校から友達と一緒だったから基本楽しかった。でもスクールカーストトップヤンキー女子グループに目をつけられて嫌な思いをしたこともたびたび。通学バス中学まで通ってたんだけど、一番後ろの席はそのヤンキー集団しか座っちゃいけないっていうルールあったなぁ。そこに座りたいし、そのヤンキー集団に気に入られたかった。彼氏も出来なかったなぁ。部活もやらなかった。見た目もひどかった。

高校高校デビューしてスクールカーストトップに返り咲いた。だけど心の中はいつも嵐が吹き荒れてた。

基本根暗から部活やらなかったし、彼氏も3人出来たけどそんな上手くいかなかった。理想に届かない自分が許せなくて心の中は思春期ありがちなぐちゃぐちゃで、リストカットもした。今でも消えない傷がある。後悔。

大学元々社スキルが低い自分には、高校みたいにクラスがないとどうやって友達作ればいいか分かんなかった。大学1年間は誰も信用できずひたすら1人だった。なんとかしたいともがいた。見た目を磨くという方向に突っ走ってしま拒食症になりかけたりした。その後見事に過食症になったけど。辛かった。大学2年のとき、今の旦那出会えた。なよなよしたオタク気質旦那だけど、心根の優しい人。彼のおかげでまともな人間になれた。

社会人自己啓発本を読んだり旦那サポートを得たりでごく普通に社会生活をこなせるリア充になれた。学生時代ベタベタした友人関係はそんなに上手く楽しめなかった自分だったけど、社会人のサラッとした人間関係は上手くこなせることに気づいた。

から頭は良かったのも自分を助けてくれた。世帯所得1500万、部屋から東京タワーが見えるタワマンに住んでる。成功できたと思う。何より自殺しなくて良かった。辛いときも嫌なときもあるけど、でもとても幸せ。相変わらず全く理想には届けてないけど、自分自分コントロールするスキルを身につけた。私は不十分なところもあるけど自分自分幸せにすることができると、そう感じれることが幸せ

学生時代との友達との付き合い方は未だに迷うことがあるし、勝手に傷ついたりもする。自分の子供がいずれ生まれて育ったらどんな学生生活を過ごすんだろう。無理してリア充にならなくたっていいんだよって伝えたい。人生は長い。学生生活なんて人生の僅かなところでしかないよ。

うちの姉はローマ法王

帰宅途中、自転車薬局へ乗り付けて、店内へ入るお母さんを見かけた。残された自転車前後には小さな子供が乗っていた。

前に乗っている妹は、お母さんが店内へ消えてしまったためか「おかあさーん…」と泣きそうな声で呼びかけていた。そんな妹を励ますように、後ろに乗っていたお姉ちゃんが「だいじょうぶだよ!おかあさんだいじょうぶだよ!」と必死に呼びかけていた。見た目そんなに歳が離れていなさそうだけどしっかりしてるなと思った。

姉の乗っている後部座席は、風除けのシートで覆われており、その姿はさながらパパモビルに乗ったローマ法王のようだった。アーメン

2017-01-29

職場人間全員にイライラするので、全員私の家族だと思うことにした

職場にはムカつく人間がたくさん居る。

威圧的で、何かあると怒鳴りつけてくる上司(つばが顔面にかかって不快)。50代。

タバコ休憩が多く、ニコチン切れてくるとそわそわしてキモい上司(こいつはすぐ自己保身に走る)。40代

自分より年下の人間には、めんどくさい仕事押し付けてくるおばさん(常に悪口を垂れ流している)。50代。

ナルシストで、自虐モテ自慢&若く見える自慢が鬱陶しい先輩(職場人間にはモテていない)。30代。

いつもイライラしていて、物を投げるように渡したり、奪うように受け取る先輩(言い方がすごいキツい)。30代。

リアル地獄のミサワ(「俺スゲー」タイプ)で、常に人を見下している後輩(打鍵音がうるさい)。20代

依存体質で、自分で考えずに秒速で人に聞く後輩(しかメモを全く取らないので同じ事を何度も聞く)。20代



まだまだ居るが、とりあえず特徴的な奴らを挙げてみた。

ちなみに、私はこいつらにものすごくムカついているが、表には出さないし悪口も言わない。

おばさんの悪口も流している。

しかストレスたまる一方だ。

前の会社は超絶ブラックだったので、それに比べたら遥かにマシだし、公務員から給料もいい。

から仕事はやめたくないのだが、

腹が立つ人間に常に囲まれていると精神ダメージ半端ない

そこで、これらの人間を皆私の家族であるという設定の下で、日々を過ごすことにした。

なぜこの考えに至ったかはわからない。とにかく、ある日ふとそう思えばいいかと感じたのだ。

ちなみに、よく体育会系社長とかが言っている「お前らのこと、皆俺の家族だと思ってる」とかそういうノリではない。

リアル家族である

例えば、

つば上司→お父さん

ヤニ上司→お兄ちゃん

悪口おばさん→お母さん

ナルシスト先輩→お兄ちゃん

イライラ先輩→お姉ちゃん

ミサワ後輩→弟

他力本願後輩→妹

であると本気で思い込むことにした。

そしたら、あまりイライラしなくなった。

すべて「まあ、しょうがいか」と思えるようになった。

多分、他人のことを強烈に意識していたから、イライラしていたんだと思う。

身内だと思うと、適度に甘くなり、適度に無関心になった。変わってほしいと願うこともなくなった。

そういう風にして肩の力を抜くことができたから、以前よりも人間関係がうまくいっている気がする。

万人に効くとは限らないが、人間関係問題を抱えている人は

このようにして自分意識を変えてみるものいいのかもしれない。

しかし新たな問題が発生した。

お兄ちゃんが私のことを好きになってしまったのだ。これはまずい。

もちろん、兄と恋愛関係になるのはご法度なので断ったが。

受容的な女がモテるというのは本当らしい。

2017-01-25

二人の戦争体験を聞いた話

自分が「戦争はいやだなあ……」と漠然と思う気持ち根底が、この二人の体験を聞いたことによって、

戦争が人の人生を強烈に歪めるということを肌で感じたことによるものっぽいので、ちゃんと覚えているうちに一度書き出しておきたいと思う。

(1)

一人目は離れて暮らす祖母で、確か終戦10歳かもう少し上か、その辺りだったと思う。

祖母満州から引き揚げてきたそうだが、祖母の父が警察?か何かの職に就いていたらしく現地で一時投獄されていたそうだ。

警戒されにくい子供祖母差し入れとして羊羹を持っていくのだが、その羊羹の中に毎回カミソリの刃を忍ばせていたという。

そのカミソリが何用なのかは教えてもらえなかった。

祖母が住んでいた町は、ある日やってきたロシア兵に制圧されたそうなのだが、

「女だけの家があると知れると、夜になるとロシア人が数人で来て、朝になると帰るのよ」

お菓子子供を釣ろうとしていたけれど、近所のお姉ちゃんやおばさんに何をしているか知っていたから、私は一度も受け取らなかったわ」

日本に帰るために街から逃げる直前に、遂にロシア人私たちの家にも来たのよ。でも、お母さんは病気だったでしょう?妹はまだ5歳でしょう?」

俺がまだ子供だったからか、それ以上の事は語られなかったが、祖母は今もロシアが大嫌いだ。

しかしそれ以上に天皇を「コイツが余計なことを始めたせいであんな目に」と毛嫌いしているようで、今でも酒が入るとすぐに「天皇家は早く滅びろ!」と喚きたてる。

同時に、幼少時に現地の子たちと一緒に遊んでいた影響らしいが、中国韓国への親近感が非常に強いようで、

長後バリバリ左翼になって共産党に入党し、国交が本格的に再開する前から限定的市民交流として招かれて中国に渡ったりもしていたらしい。

最終的には自分人生で最も重視するもの活動のために動きやすくなろうと、子(俺の母ら)を残して祖父離婚したというから筋金入りだ。

ちなみに、祖母が漬けたキムチはめっっっちゃ美味い、そして市販品がサラダに感じるくらい辛い。ポイントはアミ(エビ)を入れることらしい。




(2)

祖母から話を聞く以前、誰かから初めてきちんと戦争体験を聞いたのは、

ノストラダムス世間が盛り上がっていた小学生の頃、「戦争体験者を探して話を聞きに行ってインタビュー記事をまとめる」という宿題が出た時だった。

大抵の子自分の家のばーちゃんあたりから「この学校の校庭で芋作ってた」的な話を聞いてきた中、

先述の祖母が遠方住まいだったので身近に戦争体験した人がいなかった俺は、近くに住んでいた清さんという90歳越えの元兵士の爺様に話を聞きに行った。

清さんから聞いた話の中で一番印象に残っているのは、

戦争の時、大陸にも行ったけど、捕まえた女の人の股に一升瓶がどこまで入るかって遊びをやって、途中で女の人が死んでしまっても笑っているような連中をたくさん見た。」

という随分エグい話だ。

まだ女性の体の仕組みもよくわかってなかった時分だけれど、淡々とした話を聞くだけでとにかくゾワゾワと怖くて、その時感じた嫌悪感は今も強烈に覚えている。

ちなみに清さんは海軍所属だったらしく

「あーいうことをやるのは陸軍ばっかりだ、陸軍はロクでもないのが混じってる。」

といったアンチ陸軍的なこともちょくちょく言っていた。

その後清さんは、太平洋戦争中に南方(東南アジア?)の島で滑走路の脇にいたところ、

戦闘機に機銃で近くを撃たれたか、すぐ近くに爆弾砲弾が着弾したか左手の指を数本持っていかれて、氷川丸という病院船で日本に帰ってきたそうだ。

当時の俺は、一番印象深かった話は少々ショックが強すぎたのか一旦記憶にフタをしていたようで、

清さんが途中途中で妙に楽しそうに話してくれた、上官に木の棒でぶん殴られる話とか、南の島で現地の人と仲良くなって食べ物を分けてもらった話とか、

魚雷回避するための航法とか、合図のラッパの話とか、氷川丸(生き残って今も展示されているらしい)の話とかを中心に無難にまとめて提出した気がする。

「私は運よく五体満足で帰ってこられた」(指ぐらいは清さん的にはノーカンらしい)「ただ運がよかっただけだ」と繰り返し言っていた清さん。

隣を歩いていた仲間が一瞬後にミンチになって自分は"たまたま"生き残ったり、

手足がもげて臓物をまき散らしながら殺してくれと懇願する仲間を拳銃介錯したりしながら、

明日自分もどうなるかわからないという地獄を繰り返し繰り返し味わいながらも、自分たちの行い・戦いが正しいものだと信じてそれを頼りに耐えていたのに、

帰ってきて戦争が終わったら「あれは全部間違いでした」と言われても、頭ではわかっても、

どうしても自分のしてきたことや仲間の死の存在が大きすぎて、90歳を超えてもまだ心で受け入れられない、と仰っていた。

戦争はよくない、あんな思いをこれから若者たちにさせてはいけない、ということを強い口調で語る一方で、

天皇陛下万歳」と唱えると、先ほどまでパーキンソン病で若干フルフルしつつ話してくれていた温和そうなおじいちゃんが、別人のように背筋がピンと伸びて腕を振り上げよく通る声を出す様子や、

軍歌やラッパの音の入ったテープを何本も持っていて、今でも毎日聞いてしまうのだと言っていた清さんの様子を今になって思い返すと、

しかすると清さんの戦争は、戦後50年以上経っても、まだ終わっていなかったのではないかという気持ちになる。

2017-01-22

オナニー歴5年目にして金玉の大躍進が訪れた

自分オナニー史というものがあったら、これは冷戦クラス事件だ。

俺は遅咲きで、初めてのオナニーは23歳。現在28歳なので、オナニー歴は5年とちょっと

  

なんと、ここにきて、金玉が大躍進してきた。

  

ことの始まりは、とある風俗

金玉を含んでくれた嬢の口の動きが明らかに、「金玉狙い」だった。

金玉を真面目に研究していないとできない金玉フェラだ。

  

あれ?と思った。

そうなのだ、意外なほど、俺は金玉しかとしていた。

オナニーフィニッシュで軽く金玉を握ることがあるが、それもまあたまに。

だって、そうだろ?片手はエロ本マウスを握っているし、片手はちんこを握っている。

金玉に割く人員が足りないわけだ。

人手不足っていうとうますぎるキライがあるな。

だが、それだって、本当に、フィニッシュ金玉を握って軽く射精アシストする程度の話だ。

  

が、しかし、見えないが、月の裏側も複雑な模様を書いているように、

金玉だって、内部構造や俺たちから普段見られない下玉は複雑な構造を持っている。

ただ握ればいいという問題でもない。

左右の兄弟が別々の精嚢を握っている。

ゲームメーカーはチンポだが、金玉監督だ。

  

未だに、嬢の金玉フェラにかなわない。

氷水を当ててみたり、電動マッサージ機を玉にあてたり。

いろいろやるが、全然違う。

金玉を含んで、優しくマッサージするあの舌技。

  

しかしたら、技術問題ではないのかもとも思う。

金玉精子たちに向かって、

お姉ちゃん妊娠してあげるからね~、ちゃんと可愛く産んであげるからね~、お姉ちゃんの子宮においで~」といつくしむ、嬢のやさしさ?

あるいはその念。そういったものが違うのかもしれない。

  

ただ餌をやっとけば喜ぶみたいな、チンコと違って、

金玉は愛や気遣いを敏感に感じ取るのかもしれない。

自律神経支配なので、俺の意思を介在させないという強い人格金玉にはある。

  

金玉の声に耳を傾けないオナニーは、それはオナニーではなく、単なる交尾だ。動物でもできる。

人間に与えられた、「自分コントロールする粋としてのオナニー」ではない。

金玉オナニー技術の発展を願うばかりだ。

2017-01-17

いい年して10年務めた(といってもバイトだけど)会社をその場の勢いで辞めてしまった

勤め始めたころは、そこは比較的「屑のたまり場」だった。

うつ病の30代フリーター友達いなそうな大学生、暗い顔したバツイチおばさん、旦那浮気されてる腐趣味主婦

こんなメンツばかりだから20代前半フリーターの私でもそれなりに馴染みやすく、当時は友人や彼氏にも恵まれていたのでむしろリア充」のポジションだった。

完全に井の中の蛙ではあるが。

仕事も覚えが早く、当時はバイトの中では一番使えるメンバーだった。

当時、私は彼氏同棲していて、子供が出来たら結婚して辞める予定だった。

みんな肩書はともかくいい人で、私のようなコミュ障でも馴染みやすかった。

しか子供はできないまま時は過ぎ、バイトメンバーは続々と入れ替わった。

フリーターは辞め大学生就職バツイチ実家に帰った。腐趣味主婦だけは残っていたが…

そこに、昔だったらこんな仕事見向きもしなかったようなガチリア充や頭がよくハキハキした人やモテそうな美少女が入ってきた。

就職難だからなのだろうか?

私は、いつまでたっても子供が出来ず彼氏に振られ、ただのフリーターのおばさんとなっていた。

当然、見下しの対象になった。

頭のいいポジションの奴が首謀者で、コソコソとこちらの悪口を喋っては美少女クスクス笑い、リア充がニヤつきながら収める、それがお決まりの流れだった。

趣味主婦は気が強いのでうまくそ対象からは逃れ(彼らからすれば母親よりも年上だから、というのもあるかもしれないが)、完全に私はサンドバッグとなっていた。

はじめの頃の「仕事ができる」ポジも、今では見る影もなく。ストレスからかありえないミスを連発するようになった。

こんな10以上も若い子たちに恐怖心を抱いている自分が情けない。

中学生の頃、生徒にいじめられて辞めていった先生もこんな気分だったのだろうか。

ずっと、情けなくて怖くて耐えていたが、昨日、ついに足が動かず、体が固まり出勤できなくなった。

職場から電話がかかってきても、手が固まり取れなかった。

時間ほど、玄関で立ち尽くしていた。

何とか電話を返し、社長と話し合い、もうこの職場は続けられないと伝え、2月で辞めることになった。

いい年して次の仕事も決まってないのに離職。屑の極みだ。

だが、このままあの場所にいるくらいなら死んだ方がマシだと思ったのだ。

こういう時、頭のいい人なら仕事を頑張って正社員になるのだろうか。愛嬌のある人だったらダメお姉ちゃんポジションとしてうまくやっていくのだろうか。

私にはそのどちらもない。ついでに言えば天涯孤独で帰る実家もないのだ。

これからどうするのがベストなのか私にはわからない。寮付きの仕事を探すか、どうせ妊娠しないなら熟女系のデリヘルにでも行くべきか。

どちらにしても、私はもう一般的な「幸せ」は掴めないのだろう。

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