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はてなキーワード: 退院とは

2016-07-13

一週間ほどソシャゲ離れしてた

今日退院して戻ってきたらゴ魔乙の自分含めてアクティブ二人のギルドのもう一人の人が脱退してた

たぶん私のことを引退したと思ったのだろう

ログボだけはもらってたので昨日までその人が一人で頑張ってたのは見ていたから、復帰が一日早ければ脱退を引きとめられたかもしれないと思うとちょっと残念

でもまあ二人だけで頑張るのもつらいし、その人もにぎわってるところに行くほうが楽しめると思う

私もそろそろギルド移籍する潮時かな

2016-07-08

日本ママ産後レスになる原因の一つは

もはや宗教レベルに達しつつある自然分娩の推奨だと思う。

てか、無痛分娩オプションに過ぎなくて有料ってのがもうね。

欧米ママ出産当日に入院→オギャー→翌日退院できるのは、

無痛分娩やら何やらでできるだけ母体ダメージさないようにするから

激烈な痛みが脳に長期間の悪影響を及ぼすことが脳科学証明されている。

たとえば激烈な痛みの記憶は慢性痛の原因の一つ。

性交の痛みを訴えるママの中には、

子宮周辺が一種幻肢痛のようになっていることもあるだろう。

てことで、早く無痛分娩無料化しろカス政府

2016-06-25

http://anond.hatelabo.jp/20160625130246

チェルノブイリ症候群

咳、色のついたタンが止まらない。カラ咳。風邪と違う。あるいは繰り返す風邪風邪が治らず気管支炎肺炎と繰り返して入退院するようになる。喘息になる。子供特に肺炎にかかりやすくなる。

2016-06-17

慢性期病院に勤めて

積極的治療を行い、回復等が見込まれたら退院させられる急性期病院と違い、慢性期病院に漂うのは常に絶望だ。日本では、医師の立会いなく人が死亡した場合、必ず警察が介入することになる。「めんどうくさくなく」死んでもらうには、必ず医師に看取ってもらう……有り体にいえば、病院で死んでいただく必要がある。「看取り」といって、はっきり言ってそのためだけに入院してくる患者も少なくない。治る見込みがない、在宅復帰が難しい、施設等でも面倒が見切れない。そういった人たちが寝泊まりする場所になっている。

みな、他人の生き死についての、責任をとれないのだと痛感する。

自分自身が、身体中にチューブを繋がれ、自分が誰かもわからない状況で延命されたいと、果たして誰が思うであろうか。みな、アイデンティティを失う前に死にたいと思っているに違いない。ただそれは、今老いていないからというにすぎない。老いてしまえばすべてがわからなくなる。本人がわからない以上、無難対策を取るしかない。……誰もがそれらをわかっているうちに死ねるわけではない。誰もが望んで生まれてきたわけではないのと同じで、誰しも自分の死でさえコントロールすることはできないのだ。そこからまれ妥協案が延命であり、日本医療なのだろう。

しかしそれを誰が責めることができるというだろうか。例えば自分の肉親が、自己がなくなる前に緩やかに殺してくれと言って、果たして文化的バッシングを受けずにすることが可能なのか。本当はそんなこと望んでなかったのではと、茶々を入れてくる親切な隣人は本当に存在しないのか。……あるいは生死に関わるような重大な意思決定でなくとも、人に自分決断に水を差される経験が本当にないか、あるいはした覚えがないか

人々の人生がすべてもっとドラマティックならば、もう少し気が楽だったのかもしれない。しかほとんどはそうはいかないのだ。ぼんやりと上手くいかない。喉を詰まらせて肺炎を起こす。運が悪いとしぬ。責任を問われたくないので可能な限り不運を取り除く。そうしていくと、やがて人としての生活が薄れていく。仕方がないことだ。誰の手にも溢れるのだから、人の生死に関わる責任は。それがたかだか、一月暮らしていけるだけの給与しかもらえない人間になにができるというのだろう。

後見人を設けず単身で死ぬときなどは、より悲惨だ。本当の意味で、その人の死についての責任者がいなくなるからだ。役所病院が、まるで裏の花壇が枯れてしまたかのように淡々と処理する。そうするしかないのだ。それ以上の何を望む?しか人間というのは、自分には関係のないときほど、それらを求めてしまいたくなるものだ。……きっと、自分がそうされたくないという気持ちの裏返しなのだろう。

私は何も、尊厳死を推奨したい訳でも、延命治療擁護したい訳でもなんでもない。

ただ、自分人生はすべて自分の手で選択できるという考え方は、あまり幸福幻想であると痛感するだけだ。

今日も慢性期病院に漂うのは絶望だ。その中でも希望の光を見出そうとする看護師たちの姿がまぶしく、心に刺さる針が増える。他人事に思えるのは、他人の死が書類上の出来事しか感じられない今だけだ。

2016-06-15

子供心臓病のこと

はじめに、このブログは、産まれたお子さんが心臓病と診断された親御さんに向けて書いている。同じような経験を知りたくて、少しでも安心材料がほしくて検索を繰り返したが、あまり見つからなかった。なので、自分経験が少しでも、誰かの参考や支えになるといいと思う。

子供は早産で、先天性の心疾患を持って産まれてきた。

「大動脈狭窄」といって、文字通り大動脈が狭い。そのため血液を送るたびに血管と心臓に圧がかかり、酷いと手術が必要になる。

まれたあとにわかったもので、最初は産まれ病院で様子を見ていたのだが、詳しく調べたほうがいいと循環器専門の病院を紹介されることになった。大きい病院で、日本でも有名な医師がいる病院だった。

七ヶ月になったある日、そこで受けたカテーテル検査で、検査最中心停止を起こした。

結果から言うと、今のところ術後の経過は良好で、子供は元気に育っている。もうすぐ二歳になる。

発達は少し遅いが、好奇心旺盛で、乗り物が大好き。よく笑い、よく食べ、自分なりに一生懸命しゃべっている。最近はイヤイヤ期なのか、自己主張も激しくなってきた。

話を戻そう。心停止を起こした数日後に血管の緊急手術、肺の状態が落ち着かずさらに数日間、胸を開いた状態集中治療室(ICU)に入っていた。狭くなった血管と、弁の形成が手術内容だった。その間、人工心肺と輸血で命をつないだ。執刀してくださった医師、輸血をしてくださった全国の皆さんには、感謝してもしきれない。この場で心から御礼申し上げる。

集中治療室を出てからは、小児集中治療室(PICU)にうつった。人工呼吸と麻酔眠る日が続いたが、徐々に麻酔を減らし、意識が戻った。うっすらと目を開けて、か細い声をあげる子を見て、涙が出た。生きている。生きるために、がんばって生きている。

幸い、術前に説明されていた感染症などはまったくなかった。人工呼吸から酸素管理にきりかえ、すぐにPICUを出たあと、一般病棟うつる。そこからは一週間の入院で、早かった。

検査だけのはずだった入院から、ひと月ほどたっていた。退院後は在宅の呼吸管理必要なく、入浴や生活制限もなかった。

ただ、寝ていた日が長かったせいか、完全にすわっていた首は新生児のようにぐにゃぐにゃになっていた。それもひと月ほどで元に戻ったが、毎日注意して過ごした。

大きな手術を乗り越えて、麻酔で眠っていた時間も長かったので、発達や今後の病状に不安があるのは今でも変わらない。それでも、生きているだけで奇跡のようなものだと思っている。

長くなったが、親御さんには、たとえカテーテル検査であっても病院医師選びをしっかりなさってほしい。うちの子検査中に心停止を起こしたから助かったのだ。紹介してもらった病院も大きい病院で、運がよかったのだ。

一人でも多くの子が、病に負けずに元気になるように。一人でも多くの親御さんが、お子さんと穏やかな日を過ごせるように。それを願って毎日子供と過ごしている。

認知症の父が退院した

昨年、父が入院した。認知症が進み、母一人で対応しきれなくなったための、避難措置だ。

今春から自分も同居に踏み切った。そして今日退院

これからどうなるのか。不安しかない。33歳、非正規

2016-06-08

早くも小学生失踪事件が美化され始めてきている恐怖

ちょっと冷静になって欲しいんだけど、どうして退院したら親元に返すんだよ。

あの親がやったことは育児放棄であり殺人未遂だろ。

明らかに命の危険が迫る状況に子供を置き去りにしたんだよ。

そんな親元に返す意味がわからないし、しかもそれを感動的なシーンみたいに扱うのは本当にどうかしてる。

こんなことは欧米では絶対にありえない。

山中子供を置き去りにしたという事実だけで禁錮刑だ。

親は子供安全を第一に考えるのが当然だし、いくら躾という名目があっても子供危険晒すようなことは許されてはいけないんだよ。

取り囲む報道陣が口をそろえてよかったねと声をかけているシーンがおぞましく見えて仕方がない。

マスコミ少年が無事だったからといってこの事件美談に扱うべきではない。

父親監督責任もっともっと厳しく問うべきだ。

こどもの命は生まれた瞬間から親の私物ではないのだ。

大切な社会資産なのだから社会が厳しく取り締まらないでどうする。

日本が野蛮な国だといわれてもこればかりは仕方がない。

ことお家文化世界に類を見ないほどに陰湿で、封鎖的であり野蛮だ。

2016-06-06

ICUってものすごくお金がかかるだね

昔付き合ってた彼女自殺未遂してICUに担ぎ込まれたんだけど、すぐに退院したのは

いま思えば経済的に困っていたからなのかな。数十万かかるんだね。

2016-06-05

どうしたらいいかからない

派遣転々としてるうちにアルコール依存症になってしまって入院した。

退院双極性障害と診断されて薬を飲みながら派遣復帰したものの、働いているうちにどんどん調子おかしくなってやめてしまった。

その後アパート発狂して実家に連れ戻されて一年たつ。

精神科治療の方は医者喧嘩別れしてから頑張って断薬した。これがよかったのかよくないのかはわからない。

最近就職活動したが、面接でおそらくしゃべりすぎているのか多分引かれているんだろうなあとわかる。

そもそもまともな社会人にはなれないと思う。

独語と、あと脈絡もなく悪い妄想に囚われることが多いと就活を初めて気づいた。

いつから独語等々始まったんだか、わからない。面接に向かう電車でびっくりされて初めて気づいた

あたまがいつもぼんやりしている。

両親が死んだらどうしたらいいかからない。

本当は工場とかではたらきたいけど、きっと続かないと思う。前の職場でどんどん調子おかしくなっていったときのこと考えると

もうなにもできないと思う。頑張れよ、みんな頑張ってるんだよって自分でも思うけど

面接行くのが精一杯で、しかも落ちてるし

そもそも外に出て人間じゃないみたいな目で見られると本当しんどい

言い訳ばかりで申し訳ないです。

なにかアドバイスいただけるなら幸いです

2016-05-15

http://anond.hatelabo.jp/20160513154521

うちの祖母(90歳)も骨折入院した。

退院まで1ヶ月程度だった記憶だが、入院中あっという間に認知症が進んだ。

詳しくは分からんが「普段と違う環境」「将来への不安」で認知症が加速したんじゃないかと思う。

寝たきりにならなくても、入院するだけでも認知症には良くないらしい。

幸運を祈る。

2016-05-12

彼は18歳の夏に命を断つ。

両親ともに勤務医だった。それも代々続くような医師家系ではなく、自力で這い上がってきたタイプの。

保育園時代に「お風呂に入るのを嫌がるから」との理由で通わされたスイミングスクールは、毎回始まる前に女子トイレ嘔吐していた。

9歳のときいじめにあったが、親は学校側の対応に任せ放置した。学校側はからかいの延長と判断した。ゴミ箱に捨てられた教科書は、元のようには返ってこなかった。

少年学校1位の成績を維持し続けた。いい成績をとっても、親がほめてくれるようなことはなかった。浮かれるなとは言われた。

市立中学への入学部活に入らなければスイミングスクールを週3に増やすと言われた少年は、陸上部に入部するが、4カ月で不登校になった。本人にアプローチをかけることは親はしなかった。

その間、世間では引きこもり定義されたその間に、少年インターネットで様々な世界情報を手に入れる。

中卒15歳、高卒認定を6科目取り、理科2科目落とし、秋の受験で残り1科目までにして、

人生がわからなくなった。

とても生きづらい、つらいと感じて15歳で手首を切った。

市販薬乱用も頻繁に繰り返すようになった。

今まで溜め込んできたものが発露した、涙を流すだけでは耐えられなくなった。

精神科に行きたかった、楽に生きたかった、けど。

輸入した無水カフェイン錠をざらざらと水で流し込んで、げろげろと吐いて親に病院に連れて行かれた。

「親に対する敵意が妄想的」。精神科医が下した病名は統合失調症だった。処方も統合失調症の急性期に対するそれそのものだった。入院先は閉鎖病棟だった。少年は面会に来る親に退院させてほしいと要求するが、rejectされるばかりだった。医師に言ってもはぐらかすだけだ。それは主治医判断から、と言う。4カ月目に無断離院をし、退院の扱いになった。

それからは病者を扱うかのような態度で親は少年に接する。

「薬は毎日必ず飲め」

毎日××kmは歩け」

勉強しろ、夜9時から朝6時まではルーターの電源を切るからネット禁止

インターネット少年にとって、狭い世界から脱却できる、同じ時間を生きる人がいると実感できる唯一のツールだった。

だいぶ前に契約した超低速SIMカードけが救いだった。

高卒認定は16歳の夏に合格した。

医療は何の役にもたたなかった。

外来診察には診察室に親が入ってくる。そしてうっかり「死にたい」とでも言ったものなら、主治医がちらつかせる「入院」のカード

少年は親のためだけに、元気な表情であり続けた。心の中がすごくぐちゃぐちゃでも、元気な振りをし続けた。

主治医「××くん、表情いいし大丈夫だね。処方同じで2週間後」

母親うつ病で、SNRI睡眠導入薬が処方されていた。当時連絡を取っていた閉鎖病棟時代の友人が自殺するというので、着いて行った。

母親に処方された睡眠導入薬と自分の持っている睡眠導入薬、ざっと数えて100錠、冬山で凍死計画。

でも、目の前の15歳の命が失われることが怖くなって、少年らは山を降りた。

捜索願で警察保護され、親元に帰される。警察の前では「生きていてよかった」と口にするが、家に帰れば

母は

病院帰るのッ!? とりあえず薬増やせ!!」

「薬だけは飲んで!!!」

父は

「薬は元の場所に戻しとけよ」

主治医

「飲み続けないと一生脳が不可逆に萎縮する」

と言った。

言われたとおりに薬を飲んで、死にたいと思ってこっそり腕を切っては、過食嘔吐を繰り返した。

求められる「笑顔」を演じながら。

18になる直前に、病院を変えると少年は言った。両親は納得しなかったが、今の病院にはもう二度と行かないと言ったら、県立精神科病院への転院を認めてくれた。

案の定診察には親がいるので好きなようには話せないが、抗精神病薬漸減され、ADHD向けの薬一つに処方が絞られた。

「飲み続けないと一生脳が不可逆に萎縮する」

過去医学部生として、今臨床に携わるものとして、主治医の話を聞いて頷いたあなたがたは今。

「診断名出てよかったね」

ADHDかー、俺もそうだと思っていたんだよ」

少年は今年の春に東京大学入学し、親元を離れた。

なにがしたいのかわからない。なにもしたくない。つまらない。

親の支配からの脱却を願っていたのに、なんで、なんで。

今の主治医はこう言う。

自己同一性確立できてないんだろうな」

彼は18歳の夏に命を断つ。

近くの12階建ての団地から飛び降りる。

もうやり残したことはない。

2016-05-10

39度のとろけそうな発熱にやられながら考えたこと

ここ42時間ぐらい39度近い発熱を繰り返している。息苦しく、頭が割れそうになり、思考もままならない。こんな状態を何度もやってきて、決定的に身体が消耗してきたのを感じる。熱が上がってくると男ながら情けなくも泣きたい気持ちになるが、うっすら目がにじむだけで、涙粒にはなりやしない。今、身体は男のセンチメンタリズムにつきあって、涙を製造している暇などないのだ。うぅ合理的。血も涙もないとはこのことか。


病気のおかげで、ひとつ哲学的な問いに対する答えが見つかった気がする。守るものがあるひとと守るものがないひとは、どちらが強いのか。

もともと守るものなんてなんにもないと思っていたクチで、私はひどく働いていた。フリーランスになったばかりで頂いたお仕事ひとつも断りたくなかったのだ。業種や詳細は控えるが、朝起きて仕事して倒れるように寝て、また仕事、そんな生活。これは滅私奉公というやつで、守るものがないからこそ発揮できる強さだ。自分の身体のことなんてチリほどにも大事にも思っていないから、こういう働き方ができる。

結果、身体を壊して入院した。そして、発熱を繰り返すと、否が応でも自分の身体のケアを考えなければならなくなる。ただ元来が、滅私奉公型で働いてきた人間ゆえに、自分のためだけに頑張るという発想ができない。一体誰のためにいつまで続くともしれない発熱や痛みと戦えばいいのか?陳腐オチ申し訳ないが、頭をよぎったのは、入院に際していろいろと世話をしてくれた彼女存在だった。守るべきものがある強さとは、身を粉にして働くこととは正反対で、守るべき誰かのために自分自身をも守れる強さなんじゃないだろうか。だっていつまでもこんなところでへばっていたんじゃ、気を尽くしてくれた彼女に対して申し訳がたたんだろう。

さて一度、話を戻そう。守るものがあるひとと守るものがないひとは、どちらが強いのか。前者は、自己犠牲型で強力なパワーを発することができる。後者は、他者のために自分をもいたわることができる。どっちがいいのかは置かれた状況次第だか、長生きしそうなのは後者だと思った。

退院したら、きちんと彼女にいつもありがとうと伝えよう。あなたのおかげで今頑張ってます


入院中の病院より高熱にうなされながら

2016-05-05

精神疾患攻撃

このあいだも同じような事件があって執行猶予つき判決が出ていた(「精神障害の長女を殺害した父親に長男「よく我慢してきた」)が、こちらの長女の場合他罰的症状を伴う「強迫性神経症」で入退院を繰り返していたとのこと。



統合失調症場合幻覚妄想をもとに暴言暴力などの他害や迷惑行為が現れる場合「も」あるが、双極性障害躁状態自閉スペクトラム症ADHDパーソナリティ障害などでも他害や近所に対する迷惑行為が起こる場合がある。



身近にも現在進行形暴言暴力や近所に対する迷惑行為を行い措置入院を繰り返している者がいるが、診断名は強迫性障害である

精神科に定期的に通院をし服薬もしているが、抗うつ薬睡眠薬は飲むものの、抗精神病薬に関しては副作用錐体外路症状が出やすいせいか、飲んだり飲まなかったりと服薬アドヒアランスは不良(副作用止めも出ているがあまり効かない様子)。

興奮状態ときこそ薬を飲んで欲しいが、そういうときに限って頑なに頓服を飲まない。

福祉事務所にも何度も相談に行っているし、警察沙汰にも何度もなっている。

つい先日も大暴れして緊急措置入院になったものの、入院継続とはならず24時間以内に退院してきた。



上記リンク先の長女もそうだったようだが、暴れている時以外は人並み以上に優しくておとなしいという面がある。

なんらかの地雷を踏むと暴れだすのである



本人は統合失調症などの精神病患者自分は違うという自負があり、施設入所などは断固として拒否している。

医療福祉警察に頼ることができる状況にあっても、何か事が起きないかぎりはどうにもならない状態になっている。

2016-04-28

気圧が下がると 苦しい。

気胸で手術した。

気胸だけでなく影がある、炎症痕か腫瘍か、更には良性か悪性か取って調べましょう。」ということで、

検査も兼ねた、胸部を開く手術だった。胸部と言っても背中だけど。

影は炎症痕で肺がん等ではなかった。めでたしめでたし...のはずだった。

当初は、胸腔鏡手術の予定で、小さな穴を3か所開けるだけだからということで署名したのに、

その後のCTで、影が...となり、開いて手術します に変わったのだ。

入院中はそんなに痛くなかった。強い痛み止め(カテーテルを使うやつ)が凄く効いていたからだ。

海外発症したので、入院、待機、医療搬送入院して待機、手術まで2週間以上と長かったのだが、

手術が終わったら、3日で退院となった。

!?そんなもんかよ。心配して損した。と思っていたら...

自宅療養開始して2日頃から、痛みが始まった。

痛い。

強い痛みどめを飲んでいても効かない。凄く眠くはなるけど。

薬を変えてもらったけど、痛みがゼロになるわけではない。

雨の日、気圧が下がるとなんだか息苦しく感じる。気のせいか?

医者からも言われていたが、「雨の日とかは痛くなるかも...」。

理屈からいえば、気圧が下がる分肺が膨らめないから、息苦しくて正解、かもしれないが。

肺の手術、開胸の手術をした人しかからない痛みなのか。

どれほど続くのだろうか。

2016-04-25

誰か妹と付き合ってやってくれ

28歳/彼氏過去に1人/処女/おっぱいかい/任天堂贔屓

別の人が好きだった時期に、告られて一応付き合うことにしたけど、

やっぱり彼氏は好きになれなくて股は開かなかったので未開通とのこと。

別れたあと好きだった奴に告ってみたけど、駄目だった、ということで今フリー


それが4年前の話。

いま妹は病院のベッドにいる。

かれこれ3年間入退院を繰り返している。

妹の病気はなんか珍しいやつで、確実な治療法がみつから医師もさぐりさぐりで治療しているとのこと。

一時は生死の境をさまよったんだが、だいぶ復活してきた。


ところが、復活したところで妹は日の当たる場所を歩けない(紫外線が身体に悪いらしい)

食べ物制限たんぱく質制限されている)

長く動くこともできないため労働も無理(疲れやすい)

こどももつくれない(放射線治療で卵巣ボロボロのため)

セックスはできる。


そんな妹がこの先いったいどうなるんだろうと思っている。

田舎病院に缶詰になっているんだが、

退院決まったところで、行く場所実家である

実家で両親に金銭面で世話になり、

家でゲームして、夜になったらイオンに行って、本屋でも行く、そんな日々である

兄弟はみんな結婚してて、甥も姪もいるが、

自分けが子供もつくれずこんな身体では結婚してくれる相手もいないだろうと諦めている。

珍しい病気なんだしブログでもしてみれば?という話もしたが、

こんなに身体が弱った状態で、なにかを書いて叩かれるのも怖いとのこと。


前の彼氏とはモンハンオフで知り合ったらしい。

オフは楽しかったが、田舎なので集まりが悪く、

男4対女1でどうしてもそういう目で見られたのがショックだったと言っていた。

ゲームを前にすると嬉々とする。

彼女の救いは仮想世界しかないという。


書けば書くほど地雷しかしないな、すまん。

でも、きっとこの先一人では長くは生きられない。

その間の短期契約ということでひとときの夢をみせてやって欲しいんだが、

誰かFEゼルダが好きでデート場所病院でもよくて、

一緒にゲームしたり、アニメの話をしたり、そういうことをしてやってもいいよという男性はいないだろうか…。

もうこの際女性でもいいとおもう。


なんかこういう人いっぱいいるような気がしてきた。


こうやって下世話働かせるのも嫌かもしれないが、

そうでもしないと妹はこのまませっかく持ってる穴に蜘蛛の巣張ったまま死んで行くのかなとおもって書きちらしてみた。

2016-04-22

本当にレールを外れたが運よく戻ってこれた話

私はまちがいなく人生のレールから一度外れた人間だ。

一浪の末東京国立大学入学したまでは良かったが、そこからダメだった。統合失調症発症したのだ。

『首を切れ』という幻聴ガンガン頭に響く中での勉強結構無理があった。病院に通い薬を飲みながら大学生活を送り、6年かかって卒業した。

卒業後はそのまま東京一人暮らしは続けられないと判断し、実家に帰り小さな地元企業就職した。しかし、薬のおかげで幻聴はだいたい治まっていたが、うつ病のようになる陰性症状が強く出てしまい、1ヶ月ももたずに会社を辞めた。

それから約2年、ひたすら寝て過ごした。起きていると体がだるく、心は重く、絶望しかしなかったので病院に通う以外はとにかく寝ていた。この先どうなるかなんて考える余裕はなかった。

しかし、2年のうちに陰性症状もだいぶ治まってきて、パートに出るだけの気力が湧いてきた。週3回のパートから始めて、2年弱。フルタイムでも働けそうなくらいに回復したので、正社員の職に転職した。

その頃には、正直調子に乗っていた。もう統合失調症は治った!なのになんでまだ薬を飲み続けなければならないんだ!そう思い、勝手断薬してしまった。統合失調症は治ったかのように見えても再発率が非常に高く、それを防止するために薬を飲み続けなければならない病気だ。それを知識としては知ってたのに、わかっていなかった。結果、自殺未遂を起こし精神病院入院会社自己都合で退職した。この時点で30歳。退院し、精神障害者手帳をとったが再就職先はなかなか決まらず、どうして人生こうなったのか、それを考え続ける日々が続いた。

そんな悩みをSNS投稿したところ、大学時代の先輩が手を差し伸べてくれた。そして久々に会いましょうとの話になり、お付き合いを始めることになって、結婚した。今では専業主婦である

もし夫がいなければ、あのまま老いた両親の元で働くこともろくにできずに歳をとり、生活保護になっていたかもしれない。そんな外れたレールから、持病持ちの専業主婦という(たぶん)普通生活に戻ってこれた。

自分特別運が良かっただけだ、本当にそうとしか思えない。全てはたまたま大学で夫に出会えた、この一点だけである。夫には、どれだけ感謝を尽くしても尽くし足りない。

2016-04-20

「残念なメンヘラ」は、悪である

私自身の経験も踏まえて、「残念なメンヘラ」というのは「悪である」と断言できる。

彼らは、自分の命を盾にして、さまざまな要求を通そうとする。

通らないとキレて、物を壊したり、奇声を上げたり、他者を害したり、自身を(死なない程度に)害して「あの人のせいで!」と騒ぎ散らす。

これが「悪」でなくてなんなのか。

たまにほんとに死んでしまう「残念なメンヘラ」もいるが、それは彼らの「失敗」である

断言できるが、彼らは死ぬ気などないのだ。

たまたま切り口が深すぎて発見が遅かったり、首を吊ってみたら意識が飛んで、そのまま死んでしまったというだけの話だ。



「残念なメンヘラ」と呼ばれる人々は、厳密に言えば「精神病患者」ではない。そこははっきり区別してほしい。

一般的精神病患者と呼ばれる人々は、定期的に通院し、毎日、きちんと薬を飲んでいる。

たいていの医者は、患者に合う薬を考え様々な種類を試し、その人に一番適した処方をしてくれる。特に具合が悪かったり、気分が落ち込んだときに飲むための頓服薬も出してくれる。

病院ではカウンセリングも行い、今の状況、日ごろの体調、精神状態聞き取りをし、定期的な血液検査なども義務づけられている。

まり精神的に不安定な状態なら静脈注射を行う。

これは血管に直接薬液(おそらく、安定剤的なもの)を入れるもので、覿面に効く。とまらなかった動悸がぴたりとおさまって落ち着くくらい効く。ただし、薬液が濃いため、血管を通る際に痛みを伴う。

そうして通院治療・薬物治療を行った上で普通に働いている人もいるし、支援施設などに通い就労を目指している人もいるし、自宅療養している人もいる。

そういう人々は性格も穏やかで落ち着いている。日常生活にもそれほどの支障はないし、少しコミュ障だったりすることはあるけれど、他人とも普通に会話ができる。

まともな治療を受けている精神病患者は、「メンヘラ」と呼ばれる彼らのように、日常的にリストカットしたり、ODを繰り返したり、他人に対して「このままだと自殺するぞ!」と脅したりはしないのだ。

ODなんか繰り返していれば薬は足りなくなる。当然、毎日飲んで精神を安定させるはずのものがなくなるのだから精神的には不安定になる。落ち込んだり、逆にハイになりすぎたり、他者に対して攻撃的になったりする。

そして、そんなことを繰り返している患者は、入院治療対象になるのだ。

家族、もしくは担当医の判断で、精神病院入院させることができる。最初閉鎖病棟に入れられるのが普通で、そこで薬の管理を徹底的に叩き込まれそれから開放病棟に移され、院内デイケアに通ったりする。退院後もデイケアに通い、きちんと薬を飲んでいるかなどを管理される。

まともに治療を受けている患者なら、それが当たり前なのだ

厳しい先生などは、ODを繰り返したりする患者患者としてみなさな先生もいる。

何故なら、日本における精神病治療は薬物治療が第一であり、それをきちんと管理できない人というのは、「治療する気がない」という意味からだ。

治療する気のない患者ほど厄介なものはない。

メンヘラ」と呼ばれる彼らの多くは、「治療する気がない」のだ。




メンヘラメンヘラ

この言葉侮蔑的に使われていることを私は知っている。

だって、はたから見れば「メンヘラ」の一人だ。

陰性の統合失調症と診断されて通院を続けている。手帳だって持っている。もう20年近くになる。引きこもり経験した。

だけどその間に、一度も自殺未遂をしたことはないし、ODをしたこともないし、リストカットをしたこともない。「これから死ぬから」と誰かを脅したこともない。

薬を飲み忘れたこともない。薬は、命綱から。それを飲まなければ自分が辛いということがわかっている。




残念なメンヘラ、なんていう種類の馬鹿いるから、差別され、侮蔑される。

ネット上で声が大きいのは、残念なメンヘラたちであることが悔しい。

それ以外の精神病患者のほうが、圧倒的に数は多いのに。

残念なメンヘラたちが馬鹿なことを繰り返し、それをネット上でいきいきと発信するから、「メンヘラ」という差別用語が生まれた。



「残念なメンヘラ」は、普通に治療を受けて生活している精神病患者から見たって「悪」なのだ

2016-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20160308195222

退院時に入院中に餅を詰まらせたことを教えてくれないクソ村上病院

2016-02-24

喉痛けりゃ耳鼻咽喉科行け

タイトルどおりの教訓である

2014年6月、ある朝起きたら口内に違和感があった。つばを飲み込むと増す痛み。

口内炎が出来ちゃったか…と思って歯磨きする前に口を開いて覗き込むと、患部が少し見えた。白いものが見える。

私は体質的口内炎が出来やすいタチで、ああまた憂鬱な日が数日続くのか、とがっくりきた。

とりあえず以前貰ったアズノールのうがい薬をして、朝食の支度をした。

その日は運が悪いことに、決まったばかりの短期バイトの初出勤の日だった。口内の違和感がやる気を奪っていくのだが仕方がない。

バイト前に一通りの家事をこなして仕事へ向かった。

段ボール箱をひたすら積み込んでいく肉体労働バイト6月はい暑い地域なので汗が流れ出る。休憩時に配布される水は、本来私の体力を回復させるためのものなのに、口内炎の痛みでそれほどでもない。

この日初出勤の仲間達はとても気さくで、今日よりによって口内炎なっちゃってさ~大変ね~口内炎ならチョコラBBが効くみたいよ、と雑談しながら仕事をこなす。

1ヶ月ほどの短期だが、楽しい仲間とやれるバイトに巡りあってよかったなとその日は終えた。

そんな日が3日ほど続いたある夜。

風呂に入ろうと疲れた体を起こしたところ、ものすごいだるさを覚えた。相変わらず口内炎は酷いし、この上風邪をひいたのかと熱を測ると38.5。

これは風呂に入っている場合じゃない。

明日バイト休みしかかりつけの内科に行かなければ、とそうそうに床についた。食欲はあったので処方された薬飲めば治るだろうと。

この考えが間違っているのとも知らずに。

次の日朝から内科へ行った。土曜日だったので夫が仕事休みで送ってくれて楽だった、というかこの時点でも熱は38.9。まともに動けない。口内の痛みは増してる。

口内炎の薬は飲んでいたがまったく軽減されてない。幸い土曜日朝なのに患者は少なく、おまけに高熱だったこともあっていの一番に診察してもらった。

「昨日の夜から高熱がでて体がダルイです、3日前から口内炎もできてしんどいです」

とやっとの思いでいうと、先生はうがい薬と解熱剤を出してくれた。お腹はくだしてないか?などと聞かれたがそれらの症状はなかった。

この時口内を少し見てもらっている。私は自分経験上で口内炎と申告していたが、先生は見ても何も言わなかったのでそうなんだと思っていた。

「3日間分だします、飲み終わっても改善されなかったらまたきてください」

り言われ、病院のすぐそばにいる調剤薬局で薬をもらい、家に帰った。

解熱剤の効果はすぐに出たのだが、薬の効果がきれる時間になると綺麗に熱が元に戻る。低い時は37.5前後、高い時は38.8くらい。

それまで熱が高いぐらいじゃそんなにしんどくないよねって言ってた自分を大いに恥じた。まず何をするにも体がビリビリしていうことを効かない。

そして肝心のうがい薬、アズノールという消炎鎮痛作用があり、一般的に売られているうがい薬とは少し違う。後者は殺菌作用があるが、処方されたもの文字通り腫れを軽減するものだ。

効能にも口内炎ときちんと書いてあるので、少しは効果を期待したのだが、こちらはまったく効いている様子がなかった。

うがいした直後は口内がスースーして気持よくても、途端に痛みが襲ってくる。

こんなに口内炎が酷いのも稀で、今までは何か食べ物飲み物が当たると痛い程度だった私は恐れおののいていた。

しかしこの時点でもこの痛みは口内炎であることを全く疑っていなかった。これが大きな間違いの1つである


経過は長すぎるので省くが、結果この2週間後私は口腔外科に緊急入院になった。

2週間の間、内科2つ合計4回通ったのにもかかわらず、熱も下がらず口内炎は喉全体の痛みに変わり、水どころかつばすら飲み込めなくなったのだ。

横になれば気管が圧迫され呼吸しにくく、体は当たり前だが極度の脱水症状に陥り、白血球数は通常の3倍に膨れ上がっていた。

気管が圧迫された日が運悪く日曜日で、寝ていられなくなったので救急病院へ行き、その時初めて私の病名が発覚した。

「急性扁桃炎」だった。

あの口内炎だと思っていた痛みは、扁桃腺が腫れたことによる痛みだったのだ。

ここで言い訳しておくと、喉に口内炎なんて出来ないやんけ!すぐわかれ!っていう話なのだが、私の場合最初違和感を感じた患部が、片側の喉から少し頬にずれた場所なのである

普段風邪をひいて喉が痛いときは片側だけ痛むことなどまずなく、これが喉の痛みとはわからなかったのだ。

厄介な場所に出来た口内炎だと信じて疑わなかったのは知識不足であった。

補足しておくと、熱が出始めてから1週間と少し経ったころ、1日だけ小康状態になったことがあった。熱も37度前半に下がり、口内炎(正しくは扁桃炎だが)の痛みがなくなったのだ。

治りかけてきた、とその日家事を初めて食べたいものを食べ始めたのだが、その次の日私は地獄を見た。痛みが喉全体に広がり、食べ物が受け付けなくなったのだ。

前日に2つ目の内科受診した直後で行くのをためらったのも間違いであった。

その次の日はねどこから動けず、水も飲めなくなった。喉が乾いているのに水が飲めない。でも飲まなければ死んでしまう、限界になったところで激痛に耐え飲み込んではいたが、もはや限界だった。

救急病院受診した次の日は運悪く夫は出張で、私は隣県の実家へそのまま運ばれていった。

そのまま入院することを薦められたのだが、何分夫がいないと私を世話するひとも入院手続きするひともいない。

処方された痛み止め(ロキソニン)は30分程度しか効かず、高速道路飛ばして1時間半、それもまた地獄だった。

次の日飛行機での出張を控えてる夫が、夜中に往復3時間距離を運転するなんて申し訳なかったが、その時は感謝もいえなかった。すでに口を開けることすら困難だったので、受診するとき筆談だったくらい。

月曜日、私は実家近くの耳鼻咽喉科受診し、前述したとおり今すぐ入院施設がある総合病院紹介状をかくので入院しろと言われて、救急車で運ばれた。

そして約1周間の入院を経て、ようやく退院した。

体重発症する前から3週間で6kg近く減っていたので、帰りに着る服はワンサイズのものだった(今は戻ったけど)

ここで題名の話に戻る。

今回急性扁桃炎をこじらせた私の最大の原因は「のどが痛いのに耳鼻咽喉科へ行かなかったこと」である

普通風邪をひいたな、と考えたら大体の人は内科受診するのではないか。のどが痛い、お腹がいたい、気持ち悪い、たくさんの症状をカバーしてくれそうだからだ。

しかしそれは間違いで、のどが痛いと思った時点で耳鼻咽喉科へ行くべきだったのだ。餅は餅屋である

もちろん内科が悪いわけではない、悪いのはのどの痛みを口内炎と間違い、先生へそのまま伝えていた私である

口内炎が出来やすい体質と付け加えていれば、先生だってそりゃ口内炎だと思うだろう。実際2つ目の先生は口内をろくに見なかった。

これを読んだ増田各位におきましては、のどが痛いと感じれば是非耳鼻咽喉科へ行って欲しい。実際私は入院して点滴を打ち、座薬を投与された1時間後、熱は下がり1周間のめなかったペットボトルの水1本即完飲できるくらい喉の痛みが消えた。

その後私は扁桃炎を2度繰り返し、今度発症したら扁桃炎を切除する手術を受けなくてはならないらしい。

確実に1回目にひどくこじらせたせいであろう、再発しやす病気なのだ

だが1回目の経験により、のどが痛いとすぐさま耳鼻咽喉科受診するので、2回とも5日程度で完治している。熱が高いのは2日くらいだ。

まだまだ寒い日が続くので、マスクを付けて乾燥している空気から喉を守るのをおすすめしたい。インフルもはやってるしね。

とにかく喉が痛けりゃ、内科じゃなく耳鼻咽喉科行け。悪化する前に病原を叩きましょう。

2016-02-18

保育園の第一志望受かったけどやっぱり日本死ね

都内人口加地域在住、俺自営、嫁大手勤務、娘現在8か月。

ええ、認可保育園の第一志望ばっちり受かってやりましたよ。

数年前に開業したばかりで園内は広くてピカピカでトイレまで清潔。食事も美味そうだし保育士さんも感じがいい。園医も常駐なので、ニュースでやってる無認可園での保育事故なんて「どこの途上国の話ですか?」みたいな感じ。

立地はうちから徒歩1分。毎朝雨にぬれず通園できる。われわれ夫婦仕事への影響は最小限にとどまる。

自分たちで言うのもなんだけれど、わが家は比較的激戦区での保活勝ち組である

だけど結論はやっぱり「日本死ね!」だ。

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都内における保活問題はイチから説明すると面倒なので、気になる人は下記あたりを読んで各自で調べてくれ。

『「子育て」という政治 少子化なのになぜ待機児童が生まれるのか?』

http://amzn.to/1RLqC3Y

【連載】「保活必勝法

http://news.mynavi.jp/series/hokatsu/001/

「1歳児は認可入園ほぼ無理」 保活ママ座談会 日経DUAL

http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=7260&n_cid=DUALTW03

日本社会で生まれ育った者としては信じられない話だが、こと都内の一部の地域保育園事情については、普通に働いて普通に家族持って普通に税金治めている真面目な一般人が、払っている税金に対して当然受けられてしかるべきごく普通の行政サービスを受けられないという驚くべき現実がある。

そして、認可保育園(要するに普通値段で安心して保育が受けられる保育園)入園に失敗すると、利用料金が高額かつ環境劣悪な例も少なくない未認可園(「認証」という名目ではあるが……)に入れるか、奥さんが会社辞めて=キャリアを捨てて家で育てるかの事実上の二択を余儀なくされる。

他の事例に強引に置き換えて言うと、運転免許更新に関する行政が機能不全に陥っていて、個々人が自己責任のもとで綿密な情報収集をおこなって裏技を駆使しないと、普通に免許の更新が受けられない。。。。というくらい、メチャクチャなことになっているのだ。

こと保育関連については、この国を「日本」だと思ってはいけない。東南アジア中南米行政国家住民になったつもりで対策を立てた方がいい。

事実上、この国では首都子どもを産み育てることは罰則の対象だ。マジで日本死ね

うちは夫婦ともに海外(非欧米圏)での駐在経験があったので、国家政策行政ケア能力社会セーフティネットを最初から信用しておらず、かつ地味な情報収集やかゲームの裏技探し的な作業が夫婦共通の趣味だったことで勝てた感じである

保活は各地区や各家庭環境によって動き方が異なるため絶対の解はない。だが、不幸にも子どもを生んだせいでこの糞国家と糞行政自分人生を壊されたくない人のために、うちが保活の各段階で何を意識して、何をやっていたかをここで書いておこうと思う。

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妊娠

妊娠検討する段階から情報収集を開始。保活問題を扱った新書新聞記事を読んで、保活失敗時のリスクを知っておいた。上記の『子育てという政治』のほかに、結婚妊娠後の女性のキャリアについては『育休世代のジレンマ』amzn.to/1vgGFwV なんかも参考になった。

子どもの産まれ月によって入園難易度が大きく変わる超絶糞仕様なので、4月から8月までに生まれるように仕込み時期を調整。出産時期が予定日を過ぎる可能性も考えると11月上旬までに仕込んだ方が安心して妊娠ライフを送ることができる(※これかなり重要)。

・優先度は高くないが、可能ならば地域地方議員(特に比較的若いママ議員。革新系に限らず、たまに子育て政策に熱心でまともな人がいる)の選挙運動を手伝うなどしてコネをつくっておく。私たち場合結果的に役には立たなかったが、万が一のお守りになるかもしれない。親戚や知人に共●党や公●党の偉い人がおり、保活の上で確実に高いメリットがあると判断できたなら、思い切って入党する手もあるかもしれない(うちは知り合いにいなかったのでやらなかったが)。自分の家族を守るためならマルクスでも法華経でも頼る覚悟が必要だ。

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妊娠初期

妊娠が判明し、両親への報告と産婦人科受診が終わったら、すぐに区役所保育園関連課(名称は各区で違う)詣でを開始。赤ん坊ミリ単位のおさかな生物状態ときから動く。

・この段階では区役所側もヒマなので、早めに動いている人は歓迎される。こと保活問題に関して、日本国家と地方行政はわれわれの人生を破壊する最低のゲスどもだが、その怒りや恨みを末端の小役人にぶつけてはいけない。恫喝などはもってのほか。むしろ、誠意ある態度で手続きについて教え請い、好感を持たれるようにこちらの顔と名前を相手側に刷り込む。

・うちは当方の存在を相手に強く印象付けるため、あえて夫婦区役所詣でをおこなった。ただし夫以外の保育能力を持つ人間(例.近所に住んでいる嫁側母親など)とは絶対に一緒に行ってはけない。区役所から、この人はいざとなれば保育園に入れなくても大丈夫なのだと思われてしまう。

複数回の接触を通じて、保育園関連の実質的な権限と知識を持つ職員(役職が高いとは限らない)を特定し、その相手との良好な人間関係を重点的に築くように努める。

現代の日本では地方自治体のヒラ役人への賄賂一般的ではなく、むしろ民間人側がそういう素振りを見せるとマイナスだ(と思う)。

・他の行政国家と違って札束攻勢が通じないため、とにかく相手がヒマなときに接触回数を増やして篭絡するほうがいい。日本人は実利的な利益がなくても情実のある長期的な人間関係が成立すれば相手に便宜を図る傾向がある。

・結果、わが家は区役所方面から、保育点数を増やす上で合法の範囲内だが際どい裏技をリークしてもらった。ただ、ここで下手に具体的な方法を公開して行政側に対処法を立てられると困るし、他の地区でも通用するかも不明なので、ここでは書かない(ヒントは「待機児童」「6ヶ月」「故意」)。

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妊娠後期

・安定期に入ったら、地域内の保育園見学を開始する。見学出産後でもできるが、乳飲み児を抱えていくつも施設を回るのは厳しいため、比較的自由に行動できる妊娠後期に動いた方がいい。

産休に入れば時間の余裕もできる。あと、子どもがおなかとか蹴るようになるので愛情がモチベーションになる。

自分の子どもを通わせたい認可保育園だけではなく、遠くの認可園や、認可外園も見ておくといい。現場を見たうえで、豪雨の朝に十キロ遠くの園に送り届けてから出勤する苦労や、ガード下飲み屋コンビニを改装しただけの劣悪な認可外園(しかも埃だらけで不衛生。保育士さんもヤンキー並み。なのに認可より高い)などの豚小屋施設にお腹の子どもを預けるリスク想像すれば、本気で対策しないとマジでヤバいという実感が高まる

もっとも認可外園のなかには、運営上の柔軟性を保つためにあえて認可申請をおこなわず、エリート教育をやってくれるハイレベルな園も存在する。通園は高価だが、もしもの落選時に備えて下見しておくとよい。実は上記の豚小屋とそう大きく値段が変わらない場合もあったりするのだ。

・ちなみにわが家は保育園の下見もできるだけ夫婦で行った。正直、参入障壁が異常に高い他業界実態を目で見られたことで、結構勉強になったのは事実である

ママ友を作る。同年代よりも、保活ライバルにならない(情報を利害関係なく教えてくれる)1~2歳年上のママがいい。見学先の保育園や昼間のファミレスなどで情報源開拓する。これは出産後も継続だ。

・まずは合法的な範囲内で入園点数を最大限まで上げるため、綿密な調査と準備をおこなう自分たちでも気づかなかった点数アップの要素が隠れていたりするので、掘り起こしにつとめる。

・夫か妻が非正規雇用無職状態、在宅勤務とかだと保育点数が不足するので、あらゆる手段を通じてポイントを上げないと入園が難しい場合がある。

・わが家は結果的ベースの点数をマックスにできた&バフ用の合法的裏技を講じられたので、下記は検討のみで採用しなかったが、点数が足りなければ手段は選ばない予定だった。例えば保活の非激戦区への引っ越し(ただし行政との人間関係や蓄積した情報がリセットされるリスクはある)、偽装離婚、俺が近所に安いアパートを借りて偽装別居、夫か妻の近視や乱視が強ければ障がい者申請心療内科でうつや適応障害患者にしてもらう(病院によっては簡単に診断書を出す)などの方法で、手元のカードを最大限に強化できる。

・夫のDV偽装はかなり強力な保育点数のブーストが可能だが、これをやると社会的リスクも跳ね上がる(フリーランス経営者など、リスクを気にしない仕事向き)。ただ、夫をDV設定にすると夫が園のお迎えに行けなくて非常に不便なので、最後の手段にしておきたい。

・ちなみに、上記の偽装関係はすべて自己責任。糞国家と糞行政が相手とはいえ、検討する場合は法的リスクについてしっかり調べておくこと。

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出産

出産したら、再び市役所の担当職員子どもを連れて詣でる。うちは退院の足でそのまま夫婦市役所に行き、「○○さんに子どもを見せに来ましたー」と生後7日の娘を見せて、娘の名前を相手の記憶に擦り込ませた。

・上記に記した際どい裏技の準備を始める。出産直後で24時間子どもが泣こうと、夫婦ともに体力の限界に達しようと断固としてやる。

・数か月後、裏技の仕込みが終わったら、正規の入園書類作成をおこなう。できるだけ早めに作成し、可能ならば窓口が込む前に市役所の担当職員のもとに行って、これで不備がないか確認してもらうとよい。

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。。。。さてさて、以上の経緯を踏んだことで、わが家は無事に第一志望の園に子どもを送り込むことができた(マジで)。俺と嫁の幸せ人生と、娘の健やかな成長を、日本国家と行政による魔の手から守り切ったのである一家三人、晴れて一億層活躍社会の仲間入りだ、日本国民としての公民権をゲットしたんだぜ。やったね。。。。

ってえええええええええええ、ふざけんなボケ

なんで、たかが家の隣にある普通の保育園(高級私立でもなんでもない)に娘を入れるだけのことで、こんな一家総動員体制を敷かなきゃならねえんだよクズが! 

この手の話題になると選挙行けとかしたり顔で言い出す頭でっかちバカがいるけど、夫婦の2票で何か変わるのか?何も変わりゃしねえよ!

デモやれって?普通に行政サービス受けるために警察マークされてネットで叩かれて仕事失うリスク背負えってか?自分生活が壊れるじゃねーか。意味ねえよ。

じゃあ、テロとかクーデターとかやってみるか?たかが保育園のために?無理だろ?

マジで日本死ね!!本気で死ね!!!! 

ええ、わが家は安全安心な保育環境が整ったので夫婦バリバリ働いて稼ぎますとも。

で、娘にちゃんとした教育受けさせて、将来本人が望むなら他の国でも平気で生きられる子にしてあげますとも。

ジジババに金ばらまくだけで子どもを育てる気がないクズ国家に二十年後や三十年後の未来があるとは思えないし、かわいい娘にそんな国で生きる選択肢しかない人生を与えるのはまっぴら御免だからな。

日本さっさと死ねおまえらが死んでも俺たちだけは生き残ってやる。

ばーかばーか。覚えてろ!






---

〔2016/2/19 22:38追記〕トラバブコメの一部に返事↓



日本死ね死ね団の者だけど(保育園受かった方)

http://anond.hatelabo.jp/20160219223637




〔2016/2/20 10:35追記〕

上記の保活のどの過程無駄でどの過程有用だったかの検証手段がない以上、「あれは役立ったはず」みたいなことを俺らの側から書いてもかえって混乱を招きそうなので上記の記事は削除。すべてはご想像にお任せします。

大学受験とか就活と違って、ぶっちゃけ何が本当に効いたのか検証ほとんど不可能なのがクソゲークソゲーたるゆえんのひとつだし。

ただ、個人情報フェイクはあるにしても、上記の記事における一連の経緯で俺らがやったこと、マルクス法華経コネ偽装を「検討」(実際はやってない)したことは事実を書いたつもり。

で、その結果としていま俺と嫁は、はてブ数字の爆発ながめてビビりながら、かわいい娘をあやし彼女が受かった保育園の入園書類書いてるというのも厳然たる事実

それだけ言っとけば俺らとしては充分な話だし、後は今後の親御さんたちがちょっとでも困らない世の中になることを祈るだけですよ。

2016-02-12

選ばれた30代以外は老人、おかげで入院なう

間接やっちまって入院なう

原因は加齢らしい

俺的にはまだまだ若いつもりだったんだがやっぱんな訳無かった

スポーツ選手芸能人雑誌に載るような30代、摂生している人間

それ以外の30代は生き物的に言うと老人だ

意識だけ若い

でも体は老化している

退院したらリハビリ生活か、ツライ

2016-01-23

毎朝爽快!血圧血糖値改善! 月々2千円からシーパップ!!

立木文彦 さんの声で)

あなたは知っていますか?「シ~~パップ!」

社会問題になっている

そしてこれらを原因にして発生する

に非常に良く効き、さらに何より本人のやる気がわいてくる、そんなものがあることを!

え?嘘じゃないかって?

と~~んでもない! 本当に、あるんです!是非知ってほしくてキーボードを打っています

それはなんと「シーパップ

今なら月々の自己負担額二千円!さあ今すぐ

疲れたので普通に書く

標題はうちにとってはだいたい事実

簡単に言うと「睡眠時無呼吸症候群治療しろ」と言う話。

根治は難しいのだが、使用することでほぼ確実に改善ができる手法があり、それに使うのが「CPAP」(Continuous Positive Airway Pressure シーパップ)という装置

これを母に使った所、今までいろいろと薬を使ったりしていてなかなか改善しなかった症状が一気に数値が良くなって驚いている。

ググったときに出てくる患者の事例として誰かの参考になればと思って書いておく。

正確な情報は、まずは国立循環器医療センター

http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/general/pamph101.html

をどうぞ。

経緯

うちの母は70台半ばになるのだが、数年前に脳内出血脳卒中)で倒れた。

朝の事だった。朝食を作ろうとした最中

だんだん意識レベルが落ちていき、一時「8割ぐらいの確率意識は戻らない」と医者に宣告されたが、医者の腕が良かったのか、我々としては運が良かったのか、意識は戻り、療法士や看護師の方々の腕もあって、施設ではなく自宅に帰れるまでに回復した。

糖尿病入院生活でのきっちりとした栄養管理改善したが、高血圧などは大幅に体重が減ったにもかかわらず改善せず、薬を使って抑えることになった。

やれやれ、と思っていたのだが、退院から1年後、再発。これも朝の事だ。

こちらもなんとか治療は行え、みんなで必死に励ましてリハビリをさせ、本人の努力にもあって自宅に帰ってくることができた。できたのだが、1回目の後でできていたことが、2回目の後でできなくなったことも多く(例えば、自宅で入浴ができなくなったり、料理ができなくなったり)なった。

今になって思えば、朝に起きていた、と言うのが一つのキーだったように思う。

経緯その2 血中酸素濃度の大幅低下発覚

その後、さら半年後、今度は自宅で朝起きると、背中に強い痛みを訴え再び入院

このとき、奇妙なことがわかる。

背中の強い痛みは、結局トイレに立ったとき柱にぶつけた事で肋骨にヒビが入っていたことだったのだが、どうしても血中酸素濃度の低下の原因がわからなかった。

病院入院中、しばらく酸素マスクをつけていたが、しばらくして外して、退院した。

その後、医師が調べてくれたことによると、脳卒中で倒れたときも、血中酸素濃度はかなり低かったと言う記録が残っているとのこと。ただこれは脳卒中によるものであると考えられるケースが多く当時は脳卒中治療改善したため問題無いと考えられた。

この血中酸素濃度が下がるという症状、これも今思うと睡眠時無呼吸症候群である

睡眠時無呼吸症候群」の発覚

母は維持的リハビリテーションができる施設に通っているのだが、ある日、母を送ってくるときに、わざわざ施設看護師の方が付いてきて

「昼寝の時にいびきが止まることが多い。次の診察の時、睡眠時無呼吸症候群検査を受けたらどうか」

と教えてくれた。ふーん。そうなの。そういえば前、バス運転手が眠ってとかあったなあ。なるほど、とりあえずググるか、みたいな感じだったのだが…。

検査の結果

検査の結果は、指数は30。指数は0から+30まであって、結果は30。

と、言うよりも検査範囲を大幅にぶっちぎって「超重傷」の状態だった。

検査普通入院して行う事が多いそうだが、母の場合それはいろいろと大変なので、自宅で行う事になった。専門の業者が自宅に来て、鼻に呼吸の状況をモニターする装置と、手に血中酸素濃度を測る装置さらに呼吸の様子を確認するための装置をベッドの周りに取り付けて行い、一回目が終了。

そして数日後にもう一度、今度はさらに違う機械を持ってきて、だいたい同じような感じで再び検査をした。

別に痛かったりするわけでもなく、検査は終了。業者装置を回収にきて終わった。

結果は一週間後の診察日で、と言う事だったが、結果は先ほど書いたとおり。

基準はいくつかあるらしいのだが、一時間当たりの無呼吸時間と、その回数と、血中酸素濃度、みたいな指標があったが、病気であると判定される基準グラフに書き切れずぶっちぎっていたような感じだった。

心当たり  あるいは後悔先に立たず

実は疑われた後、ググるなどして睡眠時無呼吸症候群について調べたところ、「あ~~~」という様な症状がやたらあった。

例えば母は冗談めかして「どこでも簡単に寝れるのが特技よ」などと言っていたが、本当に瞬時に寝る。と言うか隙間さえあれば寝るのが習慣だった。これ、昼間でも相当に眠気があるよう。

また、自分がまだ小さい頃、一緒に寝ていた頃ですらすでにいびきが途中でと止まるなと思っていたことがあったし、その後一緒に寝ている父曰く今でもそう言う傾向があったそう。

調べてみると、これ、考えりゃ典型的な症状だったのだ。

検査の結果と治療方針

これは相当に深刻なんじゃ…と思った。数値がかなり悪いので…と思ったが、お医者は逆に楽観的で「原因がきちんとわかってよかった。これでいろいろと楽になると思う」

普通、部嘔気とは検査して値が悪ければより強い薬や治療必要になる、と言うイメージがあるのだが、睡眠時無呼吸症候群については違うらしかった。

基本的に骨が奇形であると言った事が原因出ない限りは、CPAPと言う機械をつけることで、ほとんど症状を改善できてしまうそう。

CPAPがやってきた yeah yeah yeah!

検査したデータを元に、先生が手配をしてくれて、それから一週間ほどして改めて業者の方がやってきて、装置を持ってきて、設定艇と使いかの指導をしていった。

装置は大きさはCDケースぐらいの大きさで、厚みは5センチほど。電源はACアダプタだ。そこから透明なホースが出ていて、先っぽに鼻につけるマスクが付いている。

使い方は、それを眠るときにつける。スイッチを入れる。以上。

装置原理は非常にシンプルで、つけている人間空気を吸うタイミングに併せて、装置の方から適切な強さで空気強制的に送り込むというものだそう。だからこそ有効なのだろうな。

睡眠時無呼吸症候群とは、喉の奥であごが下がってしまうなどして気道がふさがってしまうことでおきるそうで、強く空気を入れてそれによって強制的に気道を押し広げるというのだそう。

大きさもたいしたことが無く軽いし壊れそうな所もなく、取り扱いも難しくない。スーツケースに突っ込めば旅行などには簡単に持って行けそうだし、持って行っても問題はないと効いた。

ただ、無かったら即死するレベルと言う訳ではないので、ある程度扱いは気楽でも良さそうだ。つけれないときは仕方が無い、ぐらいでも良いそう。

ただ、装置には個人に合わせて設定をしたカードみたいなもの差しまれており、個人ごとに調整がされているので他人のを借りるというのは無理のようだ。

装置の音については、静かな深夜の寝室では音はする。するが、これをやるといびきをかかなくなるので、それに比べれば全く問題にならないと思う。

注意点としては、眠るときは部屋を暖かくするのではなく、ベッドに電気毛布を入れて暖める方式にしているため、CPAPが送り込む空気が冷たいので鼻が冷たくなる、と言うのがある。ちょっと考えないと。

付け具合については、どうしても最初違和感があったりする。

だが辛抱強くやっていると、だんだんと慣れてくるようである

結果(個人の感想編)

CPAPを付け初めて翌朝からいきなり効果がでた。

曰く「眠くない」という。

数値的には現れているわけではないし、きちんと検査したわけではないが、ともするとぼーっとして、ちぐはぐな話をするような事があって、認知症の初期症状かと思っていた部分があったのだが、どうもしゃっきりしてきたように感じる。最近真田丸がえらいお気に入りの模様。大泉洋氏がシリアスな役をやっているのが逆に笑える、などという失礼極まりない感想を残している。

また、家庭内リハビリも前よりも熱心に取り組んでいる様に感じる。やったらシールを貼り付けることになっているカレンダーにはシールが増えている感じがある。

結果(数値編)

以上は「個人の感想です」という奴だが、数値的な面でも違いがでた。

家庭で測定できる部分でまず最初に現れたのは「血圧」。一週間ほどたってみると、元々が高くなかなかがさがらなかったのが20も下がった。知ってる人は知っていると思うが、高血圧脳内出血の第一要因の一つ。もちろん心臓病にも関わってくる。

また診断一ヶ月後の定期検診では、血糖値の平均指標を示す「ヘモグロビンA1C」の値が、0.3ポイントも下がった。こちらは薬で規定値まで下げてコントロールしていたのだが、次回もさらにさがるようだと、薬を減らす方向で調整すると言うことになった。

糖尿病は血管に障害が出る病気脳血管障害である脳卒中の原因になる重大な要因である

また、善玉コレステロールの値が上がった。元々いろいろと食事には気をつけていて、悪玉コレステロール(LDL)の値は個別にはクリアしていたのだが、実は善玉コレステロール(HDL)が低く、比率が正常な範囲に入っていなかった。

それが上がった。このコレステロール値も、血管の正常性を保つためにも重要な部分で、脳卒中それから心臓病などにも関わってくる。

あれ? 脳卒中になった直接的な原因ってこれじゃね?

脳卒中危険因子と言われている部分が、いきなり数値が改善したので驚いている。

CPAP以外には何も変えていないので、ほとんどがCPAPを導入して睡眠時無呼吸症候群の症状を抑えたためだと考えていいと思っている。

すると、まぁ単純に原因が言えるようなもんではないが、直接的な脳卒中の原因は、睡眠時無呼吸症候群なのではないかなあ、と思い、こんなことを書いているのである

正確な情報は、ググる適当サイトが出てくるので様注意だが、まずは国立循環器医療センター

http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/general/pamph101.html

のこのページなどを参考にして、何か思い当たる人は受診した方がいいと思う。

軽い場合には機械以外にも、マウスピースなどを使って気道を確保する方法などがあるらしい。

引用する。

ちょっと前までは、睡眠時無呼吸は病気だとは考えられていませんでした。(略)ところ現在医学的にはっきりした病気しかも循環器病と深く関わる病気と捉えられています

(略)

睡眠時無呼吸症候群は、私たちが眠っている間に着々と循環器病の下地をつくっているのです。繰り返します。周りの人から寝ている時のいびきや無呼吸を指摘されている方は、専門医機関受診してください。周りでいびきがひどい方や寝ている間に呼吸が止まっている方がいたら、ぜひ受診を勧めてあげてください。それが循環器病予防のための重要ステップになるのです。

2016-01-21

http://anond.hatelabo.jp/20160121002933

お前が自分経験で語るならこっちもそれでいくが、こちらの知り合いには両親健在のうちに結婚をして一子をもうけたもののその直後に妻の難病が発覚して何度も入退院を繰り返している家庭がいる。

配偶者が倒れるリスクは両親が倒れるリスクよりも低いということを論拠にしているようだが、一度だけの人生結婚したあとどういったことが起こるかということじゃそんなのはかなり割の悪い損得勘定しかならないな。

そもそも「両親が将来倒れて入院必要で送り迎えが必要になるから結婚します」って動機としてかなり滑稽だろ。

両親が倒れてもそのまま急逝することだってありえるし、自分の方がさっさと事故でなくなることだって充分ある。

今やりたいことよりも将来起こるかもしれない悲劇のために行動方針を変えることこそがバカバカしい選択だ。

2016-01-16

略奪婚芸能人一覧

榎本加奈子相手プロ野球選手佐々木主浩

2004不倫発覚

2005.3.18佐々木主浩離婚

2005.4.29出産

2005.5.9出来ちゃった略奪婚

萬田久子相手大手アパレル代表取締役CEO佐々木力

1987.2不倫発覚、相手の嫁は妊娠

1987.7萬田出産

1988佐々木と萬田豪邸で同居

1994佐々木離婚

2011佐々木闘病死亡時に8年の付き合いのモデル愛人と2才の隠し子発覚、遺産分配は愛人の子供が200分の60萬田の子供が200分の33前妻の娘二人200分の39息子200分の29になる

仁科亜希子相手俳優松方弘樹

1977不倫発覚、松方と同棲開始

1979略奪婚

松方隠し子発覚、怒ってパイプカットさせる

1991子宮頸がん

組長に依頼して松方や不倫相手の盗聴をしていたことや、10億ほど松方から仁科仁科実家流出したと暴露される

1998.12離婚

妻帯者と不倫

2011.1大手広告代理店男性再婚

2013.2離婚

荒牧陽子相手テレビプロデューサー男性

2013.3相手妻が出産した翌日入院中に男の自宅で不貞退院後嫁がつけ睫を発見し即発覚

2013.5略奪婚

慰謝料を出し渋り元嫁が訴える、既婚と知らなかったで通そうとするがメールなども揃う中で無理があり慰謝料夫婦合わせて300万

中谷美紀相手俳優渡部篤郎

2003共演が切っ掛けで親密になり不倫

2005渡部離婚

2009渡部中谷の誘いで同じ事務所

2015渡部の子供の一人が成人したので結婚の噂が流れる

2015渡部浮気

2015中谷事務所独立破局

真木よう子相手常盤貴子の夫長塚圭史

2008.11俳優片山怜雄結婚

2009.5出産夫が作家志望の専業主夫

2012.常磐の夫長塚と不倫常磐別居?カエラの夫瑛太とも噂に

2015.9片山離婚

椎名林檎相手ギタリスト弥吉淳二

2000初スキャンダル一般男性不倫

2000.9弥吉離婚

2000.11出来ちゃった略奪婚

2001離婚

勘三郎最後不倫相手

超人漫画家不倫井上雄彦の噂)

2012.10森山未來不倫打ち上げ森山妻が椎名林檎といちゃつく森山に水をかける

2013.映像ディレクター児玉不倫して妊娠出産半同棲児玉離婚

アンジェリーナジョリー相手ブラッド・ピット

1996.3ジョニーリーミラー結婚

1999.2離婚

2000.5ビリーボブソーントンと結婚

2002カンボジア男児養子にして破局

2002.7度重なる不倫で母を苦しめた父のジョン・ヴォイトの姓を自分名前から除外する訴えをおこしアンジェリーナ・ジョリー・ヴォイトからアンジェリーナジョリーになる

2003.5離婚

2004Mr.&Mrs.スミスが切っ掛けでブラッド・ピット不倫

2005ブラッド・ピット離婚ジョリーの子供を養子

2006ブラッド・ピットの子供を妊娠

2012.4婚約

2013ガン予防に乳腺切除

2014.8不倫略奪婚

2015初期の卵巣癌の疑いで卵巣・卵管切除、陰性の腫瘍アンジェリーナ・ジョリーピットに改姓

森泉相手日本プロサーフィン連盟前理事長の腰添健

古手川伸子が前妻から不倫略奪婚

2011森泉不倫

古手川伸子と離婚

安藤優子相手電通エリートサラリーマンフジプロデューサー堤康一

1989.12電通エリート略奪婚

1993.3離婚

2002.7堤と不倫発覚

2006.12不倫11年で略奪婚

2016-01-14

去年、精神病院入院した時に同じ病棟だった薬物中毒女の子が忘れられない。

自分は26歳で女の子28歳。

救急病棟に担ぎ込まれた時に隣のベッドに寝ててそれが縁で話すようになった。

俺、精神病院と縁があって何度も入退院してる。女の子も薬物に手を出してからはずっと病院のお世話になっていた。

俺は病院女の子好きになったことなんてなかったのだが、その女の子が泣いてる姿みて好きになってしまった。

泣き方は大声でわんわん泣くタイプではなくて椅子に両足乗せてメソメソ泣く感じで、下衆な言い方だけど、保護欲をそそる。

家族と離れて暮らしてて一人が寂しいって言ってるのを聞いた時は既に好きになってた

薬物中毒後遺症に悩まされててよくナースステーション看護師と会話したり頓服もらったりしてた。

自身発達障害入院してて近寄りがたい雰囲気がある(顔も普通以下)のだが、その女の子とはけっこう話した。

俺がまともに働いてて健康な体で出会い方が違ったら薬物中毒なんてこと無視して告白してたと思う。



彼女には素敵な旦那さんが現れてくれることを願っている。今は俺が転院してもう会わない。