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カント愛した元院生、存在感薄く 岡山・女児監禁容疑者:朝日新聞デジタル
監禁事件の犯人が、阪大大学院博士課程でカントを中心とした倫理学を専攻していたという報道があり、
当初の報道では「アニメ好き」に焦点が当てられていたこともあり、
ネット上では「カント好きだと犯罪者になるとか報道しないのかね」といった皮肉が多く見られた。
確かに、何か単体のものが犯罪と結びつくという短絡的な発想は戒めなければならない。
「アニメ好き」だろうが「カント好き」だろうが「無職」だろうが、それらを犯罪と結びつける報道はあってはならないだろう。
しかし、現実的に何か複数のものの組み合わせというのが、犯罪と密接な関係を持っているということは認めるべきではないだろうか。
この犯人の場合であれば、「カントなどの倫理学・哲学専攻」の「博士課程に行くも論文かけず、就職失敗」した一方で、「美少女アニメの愛好」という趣味を持つ人物であった。
これらの組み合わせは、明らかに今回の犯罪に結びつく心理的要因の大きな要素だったと言えると思う。
実際、哲学や倫理学というのは、思考や常識の前提に対して疑問を投げかける学問で、かなり危険(社会性の逸脱という意味で)なのは事実である(「カント危機」という言葉さえあり、クライストはそれで精神を病んだ)
博士課程(しかも阪大)に行って、それなりのプライドを持つに至る一方で、周囲がエリートコースを歩みながら、自分はまともな職を得られないというのは、精神的にきついのは事実である。
美少女アニメというのが、現実のつらさを忘れさせてくれるもので、容易に現実逃避の対象となり、それが現実対処能力を下げうる危険性があるのは事実である。
もちろん、これら単体と犯罪を結びつけるのは戒めなければならない。
いわゆる「カント危機」と称される精神的危機を乗り越えて、独自の哲学や思想を築き上げた哲学者、思想家は枚挙に暇がない。
博士課程に行くも、周りはうまくいく一方で自分は就職に失敗し、生きる気力をなくしてしまうも、その挫折を乗り越え、その後の自分の人生を誇り高く納得して歩んでいる人は数え切れない。
美少女アニメを楽しむことと、現実社会とうまく付き合っていくことを両立させている人は、必ずあなたの周りに一人はいるだろう(隠しているかもしれないが)。
だから、これらを犯罪と結びつけるステレオタイプは排除しなければならない。
しかし、これらの組み合わせが、今回の「少女監禁」という犯罪に至った心理的要因ではなかったかと意見を述べることがタブーであってはならない。
事実として、複数の状況や要素の組み合わせは、共同体の常識や規範を乗り越えさせ、犯罪を犯す要因となるのだ。
僕はあの秋葉原の加藤の供述を読んだときにもそう思っていた。単体要因の「非モテ」でも、「母親との関係」でも、「職場でのトラブル」でもなく、それらの組み合わせが犯罪へと向かわせたのだと。
あるいは、また思ったのだ。「灘・ハーバード・楽天」という組み合わせが悪いのだと。別に、灘や、ハーバードや、楽天が悪い訳ではないと。
どれか一つ、それが「公立高校」であったり、「慶応」であったり、「Google」であったりしたら、こんな女性トラブルを起こさなかったのではないかと。
ある単体の要素と、そこから人物判断をイコールで導き出してしまうのは、単なるステレオタイプである。
しかし、複数の特定の要素や経験の組み合わせというのは、明らかにある種の心理的状況を生む原因となりうる。それは事実である。
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<追記>
"容疑者は、他者を道具化したいとの傾向性を克服すべくカントを敬愛していたが、ついに自己の傾向性に負けた、とするのが妥当な解釈。容疑者とカントの親和性は明らか"
https://twitter.com/Sukuitohananika/status/492910624356065281
"実際にカントはこういうタイプの人間たちに向けて倫理学を書いたとすら言えるのではないか。事件とカントは無関係、風評被害と言ってる人はちゃんとカントを読むべし"
https://twitter.com/Sukuitohananika/status/492911628392742912
こういうのは匿名ダイアリーで言っても耳を傾けてもらえないが、実名で哲学の教授が同じようなこと言ってくれると信憑性が増すなぁと思った。
「カント好きは犯罪者」と「犯罪を起こした彼の心理の中で、その行動とカントへの偏愛とのつながりがありうる」は全然違うんだよ。何か前者とともに後者もタブーにする傾向が最近見られるのが好きじゃないのでこのエントリーを書いた。
そう、今分かったけど、この前者と後者が混同されつつあるのが嫌なんだ。あと、俺は偏見を生みたい訳ではなくて、同じカント好きとして、彼の心理を理解したいからこう言っている。
「カントと犯罪が関係あるわけない」と簡単に言い切ってしまえる人は、彼の心理的状況を真剣に考えたくもないのだと思う。
博士課程まで行ったけど年も食って就職がうまくいかないだとか、カントへの偏愛だとか、アニメポスターを部屋中に貼るとか、彼がどういう心理状況で日々を暮らしてきたのかを真剣に想像してみようとも思わないのだと。
彼が美少女誘拐を行おうと思った時に「傾向性」という言葉がよぎらなかった訳がないのだ。
もちろん、犯罪者の心理なんて理解したくも想像したくもないという立場はそれはそれでありだとは思うが。
だから、僕は秋葉原の加藤も、許されざる殺人をしたのは事実だけど、「ああ、こういうことの組み合わせで、こういうことを起こす心理状況になるのは分からんでもないなぁ」と僕は共感(empathy=in+pathosという意味で)してしまうのだ。
コメントを見ると、僕の表現ゆえだろうけど超誤解を生んでいるし、誤読から変なステレオタイプを生みそうなので、このエントリーは消そうかなと思ったけど、一応残しておく。
つまりさ、ジョブスが言った「connecting the dots」に近い話なのよ。人はある特定の要素や経験を結んであるストーリーをつくり、自分自身を把握し、ある行動を起こす。
彼の中で、アニメとカントと就職できなかったことというのは、何らかの形で結びついて、あるストーリーができていると思う。
もちろん、彼の供述を待つ必要がある。でも、それは明確に意識されていないので供述されないかもしれないとも思う。これはインタビューしてみないと分からない。
とにかく、これまでの経験や嗜好というドットのつながりと、起こした行動の間に、関連性を見出すのは自然だろう。
もちろん、そのつながりというのは「恣意的」に行われる。経験は無数なのだから、どれをつないで自分のストーリーを作るかは恣意的だ。僕も勝手に彼のドットをつないで彼のストーリー仮説を作っている。
だから、「アニメ好きで・カント好きで・博士課程無職」に加えて「恩人との出会い」というドットをさらにつないで、挫折を経た最高の人生のストーリーを描いている人も恐らくいるだろう。あるいは「博士課程無職」を何らネガティブなドットとして捉えない人もいるだろう。
どんなに否定的なドットの積み重ねにも、肯定的なストーリーを描く人はいるし、あるいは、肯定的なドット一つで人生展望ががらっと変わるというのはよくある話だ。
だけど、今回犯罪を犯した彼はどうだっただろうか、「カントへの偏愛や就職失敗や美少女アニメ好きは彼自身の心理の中では少女監禁を起こすに至るような関係があったのではないか」と考えるのは、否定されることだろうか。
人の心理を想像するうえで、そういった作業は欠くことができないとさえ僕は思う。
あと、カントは「他者を手段としてのみならず、目的としてとらえよ」と言っているのは有名だし、傾向性に逆らえと言っているのは常識として書いたので、そこに誤解が生じたのかもしれない。
そんなカントの言葉に彼がなぜ惹かれたのか、彼自身が善きこととは何かという問いを抱えていたからだろうか、最終的になぜカントの言葉に従えなかったのか、などと考えるのは彼の心理を探る上で重要だろうとやっぱり思うし、それは哲学的な問いでもあると思う。
別の話題で盛り上がっていなければ、もう少し注目されてもいい内容だと思うのだがなぁ。
元増田(というのかな?)です。
はてぶとか初めて書いたのですが予想以上にトラバとかしてくれる方いるんですね。ありがとうございます。
沢山の方が指摘していますが、頭がいいというのは書き方がおかしいですね。
私はペーパーテストだけいい点取れる口です。頭がいいのではなく『おべんきょ』が得意なだけの方です。
口を開くと小学生みたいなことしか話せませんし、時間に間に合わせることができません。
片付けができず頼まれた雑務ができず、授業にもあまり出席できずといった感じです。
要するにかなり怠惰な性格なのですが、怠惰なりにギリギリ進級進学を果たし今にいたっています(院生です)。
今の生活に不満はないのですが、というかこれで不満とか贅沢もいいとこですが、いつかこのギリギリラインを越えてしまうのではないかと思っています。
まぁ恐らく越えます。どこでやらかすかわからないけど就活か修論か仕事か不倫か事故犯罪か…
怠惰なのでついラインギリギリにしてしまうのでラインの読み違いしたら一発アウトですね。
いつかやらかすなら今から頑張るのやめて学歴捨ててもいっか!と思うのですが、大学+院6年間の部分を詐称してプー太郎と書いたらさすがに雇ってもらえないですね、あと貧乏性なので多分書いちゃいます!
それと、自過剰なのもその通りです。多分私の年収がいくらだろうと大抵の人はどうでもいいだろうし。
なんでこんなエントリーを書いたのかというと、トラバでいらした高学歴ドロップアウトの人達の話をぜひ聞きたかったというのが主な理由です。
東大出てドロップアウトしたひとって絶対就活セミナーとか来てくれるわけないので参考になるトラバありがとうございます!
キチョハナカンシャです!笑
みなさんの回りで高学歴クズ(報われないタイプではなくクズ)で死んだ人っていますか?海鮮丼食べれなくても旅行できなくても家がなくてもべつにいいけど、野垂れ死ぬのだけはいやなんですよね…
何十社儲けるのが当たり前、って煽られて
そんなことでいちいち怒ってられないだろ。
落とすの決めても即座に連絡するでもないとこも多いのに。
理由は簡単、アベノミクスや人手不足で売り手市場の今なら正社員に戻れるのではないかと思ったからだ。
当スペック:30代前半。中堅私大卒。正社員経験3年、それ以後は派遣社員など
事前のアンケートで『マーケティング職が希望です』と書いたが、面談では未経験でマーケティング職は難しいので職歴のある営業職を勧められた。
そこで採用までの流れで当社の利用の仕方として説明されたのが、とにかく1つの内定先を得るのには30社エントリーしてくださいということだった。
理由は書類選考→面接(1〜2回)→最終面接(ない場合もある)でそれぞれの通過率を突破するために逆算して計算した数が30社だからだという。
そして、正社員以外の職歴(派遣、アルバイトなど)は備考にまとめてくださいということだった。この時点で正社員からは5年以上空いているのでかなり不利に。
応募候補先として出された企業はほとんどがブラック会社といえそうな会社だったが、転職会議やvorkersなどで徹底的に調べ上げて、まずは2社応募した。
その後、書類審査不合格→別の会社にエントリーという流れを繰り返した。
メールに不採用になった理由の項目があるのだが、すべて”スキルとご経験から総合的に判断して”という内容だった。
僕はもうブラック企業などは考えずにやみくもエントリーし続けた。
がある時、あることに気がついた。
「あれ?これってマッチポンプじゃねぇ?」
このビジネスモデルは転職してもらい、その成果報酬として採用した企業から報酬額を得ることのほかに転職希望者のエントリー数を増加させて、自社のサービス実積を上げることが重要なのだ。
つまり、就職のアドバイザーや就職支援ということより、”とにかくお前らエントリーしろや”、ってことです。
同じようなことが結婚相談所でもありますね。こちらは有料なのでもっとアコギだと思いますが。
頭の良い人は学生時代に気がつくことが、僕は実質9年後くらい(リクナビを使い始めてから)に気がつきました。
そして僕のような無知なアホが一人でも増えないようにこのダイアリーを書きました。
転職活動中やこれから転職する予定の人、リクルートに煽られないように気をつけて下さい。
※僕以外にも同じようなことは感じているようなので、気になった方は「リクルート 煽る」などでググってください。
殲滅戦が好きだ
電撃戦が好きだ
打撃戦が好きだ
防衛戦が好きだ
包囲戦が好きだ
突破戦が好きだ
退却戦が好きだ
掃討戦が好きだ
撤退戦が好きだ
巧みにしかけられたレトリックの地雷の上に足を踏み入れたはてなーが轟音と共に吹き飛ばされるのが好きだ
得意気にマンティングしている敵兵がブーメランで頭を吹き飛ばされた時など心がおどる
netcraftの操るカラースターに魅入られた88名の同志たちが古参を撃破しようと突っ込んでいくのが好きだ
悲鳴を上げて炎上中のブログから飛び出してきたブロガーの愚痴ツイートにさらにブコメで突っ込んだ時など胸がすくような気持ちだった
銃剣先をそろえた古参の村長親衛隊がサードブロガーのブコメを蹂躙するのが好きだ
ホッテントリ入って舞い上がった新規ブロガーが勘違いしてを何度も何度もブログ論を書いている様など感動すら覚える
予防線貼りまくりの敗北主義者をブコメで吊るし上げていく様などはもうたまらない
泣き叫ぶ炎上ブロガーが私の書き下ろした増田とともに再炎上してバタバタ薙ぎ倒されるのも最高だ
哀れな抵抗者達が雑多なロジックで健気にも立ち上がってきたのを論理的に追い詰め自作自演の増田エントリーと2chへの晒しあげで木端微塵に粉砕した時など絶頂すら覚える
必死に守るはずだったはてな女子が蹂躙され犯され村から追い出されていく様はとてもとても悲しいものだ
古参の読者の物量に押し潰されて殲滅されるのが好きだ
粘着はてなー(ハゲ子・得るものなし・メガネのおっさん)に追いまわされ害虫の様に鍵垢になるのは屈辱の極みだ
君達は一体何を望んでいる?
情け容赦のない糞の様な戦争を望むか?
罵詈雑言の限りを尽くしはてなー全員のアカウントを凍結に追い込む嵐の様な闘争を望むか?
我々は渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳だ
だがこの暗い闇の底で5年もの間堪え続けてきた我々にただの戦争ではもはや足りない!!
大戦争を!!
だが諸君は目立ちはせずとも古のインターネットを知るはてな古参だと私は信仰している
我々を忘却の彼方へと追いやり眠りこけているサードを叩き起こそう
古参の髪の毛をつかんで引きずり降ろし口の中にカラースターを入れてやろう
連中に我々のブクマの音を思い出させてやる
ネットとリアルのはざまには奴らの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる
ブログを燃やし尽くしてやる
結果から先に言ってしまえば、これは自殺してしまった人の話である。多少のフェイクは含まれる。ちと長い。
とある事情から請われて、はるばるその人は私たちの職場にやってきた。
それまでの経験と着任したポジションの権限の強さから、徐々に自分の思い通りにいくような職場をその人は作り上げていった。表立って反発した人たちは、結果的に揃って辞めていった。そうして出来た穴も、その人がスカウトしてくることで埋めていき、更にその人の派閥は強まっていった。そうでない人たちも、反発すれば左遷させられるか、辞めさせられるのでみんなビクビクしながら働いていた。もちろん、その分陰口は凄かった。
その人が来てからしばらくたつと、少なくない回数、備品や売上金がなくなるようになった。警察沙汰にもなった。
噂というのは怖いもので、そうした嫌疑がその人にもかけられることとなる。そして、普段の関係性も相まって、回数が重なるごとにその疑いはより強いものとなっていく。陰で反発していた私たちは、何故か疑いをかけられたということもあり、有志で隠しカメラを設置するか、とまで話をするようになる。
だが実は、社長を始めとする経営陣はある程度証拠を掴んでいたようで、弁護士を挟んでの話し合いの結果、その人は辞めることとなった。陰で、あるいは表立って反発していた人はそれをとても喜んだ。派閥の中にいた人たちは、船頭を失って少なからず動揺していた。
そこで初めて聞かされたのが、その人はもともと精神疾患を抱えており、目下治療中であったが、完治していないままにスカウトを受けてやってきたということ。また、以前の勤務先でも同様の事件を起こしていたということ。職業柄、そしてポジション柄、そうお金に困るような人ではなかったので、そうした精神疾患が事件を起こす原因だったのではないかと聞かされた。他にも、それだけ聞かされれば本当に同情してしまうような話が驚くほど出てくる。権力を使って派閥を作り出し、自分の居場所を作り出すことで、その人は精神的なバランスをとっていたのだろう。辞めざるをえない状況になったことで、そのバランスが崩れて自殺につながったのでは、ということだった。
表立ってぶつかった人からは、同情のかけらも見られない。それほどまでに嫌われていたのだろう。
派閥にいた人はどうなのだろう。離れてしまった私には知る由もない。もしかしたら、話は流れてくるかもしれない。でもきっと、重苦しい雰囲気になるに違いない。
私はというと、その人に反発した人の影響で飛ばされてしまったので、恨み言がないわけではない。その人のやり方が非常に気に食わないので、聞こえてくる噂に対して陰口をたたいていた側である。ただ一方で、飛ばされた先の職場の雰囲気が悪くなかったこと、そしてこれは性格からだが、先の精神疾患の話のせいもあり、反発心が緩和されたり、あるいは少しだけ同情的になっていたりする。善し悪しで言うのであれば、悪い方に傾きながらバランスをとっているような感じだろうか。
なんでこんなことをダラダラ書いたかっていうと、自殺の話を聞いたときの自分の感情が、少しショックを受けた程度でほとんど揺らがなかったからである。なんで、人が死んだことに対してこんなにドライになれてしまっているのだろう、と思ったのだ。
殺したいほど憎たらしい、と思うような相手がいる人は少なからずいると思う。では、そうした相手が本当に死んでしまったとしたら、まして自殺であったとしたら。そして、それまであなたに向けられてた敵意が、実は病気を原因とする、本人にも止めようがないものだったとしたら。あなたはそうした死を、どう受け入れるだろうか。中途半端な私は、その人が死んだという事実がふわふわ浮いていて体に落ちてこない。
[追記]
休日の出先でPresso開いたら自分のエントリーが出てきたもんだからひっくり返るほどビックリした。
元々文章書くのが下手なところに酒が入り、思いつくがまま、吐き出すように書いたエントリーだったので、ブコメにもあるように内容が把握できない、読みにくいは当然だと思う。そんな中でも汲み取ってコメントをくれた方々、ありがとう。そして釣り認定してくれていた人、確かに下手なフェイクを入れるときにおかしな表現が多くなったように思う。とりあえず、こういった書き方が釣りと解釈されるのだと何となく分かった。釣りならもっとのほほんと出来てどんなにいいことか。ちなみに、増田への書き込みは二回目だ、いまだに空気感とかよく分からない。
・トラバなどにある罪悪感について。
私が罪悪感を感じている、と解釈出来るような表現があるのかもしれないが、実際のところ罪悪感は特に感じてなくて、身近にいた人が自殺した、という未体験の事実にただただ驚いているのが正直なところ。この事実に関しては、割と淡々と、傍観者になっているところがある。
・タイトルと内容の不一致感について。
先にタイトルを付けた後、思った事をひたすら書いていったら結果的にずれてしまった。これはひとえに私の国語力、文章の構成能力のなさに起因している。読みにくくて申し訳ない。
で、うまく表現出来るか分からないけど、その意味について。これは内面の問題である。表面上のやりとりは、最低限こなしているつもりなので、ここではどうでもよい。ブコメにあったように、事実を知った上で故人を許せるか、が正しいのだと思う。後から思いつくままに書いたという意味で、タイトルより内容の方が言いたかったことに近い。
また、優しさではなく同情、というブコメもより正確な表現だと思う。
・所感
いただいた意見が自分の予想を超えて多かったので、時間をかけて消化していこうと思う。一つ一つ、ありがたいと思ってます。
ちなみに、監視カメラという言葉からだろうか、Pressoの写真・カメラカテゴリーにこのエントリーがあったのにはちょっと笑えた。
当方派遣社員。都内某所で『THE パン職』といった感じのマックジョブ in オフィスに就いている。
この自動車絶望工場的職場で看過できない悲劇が起きたのだが、本題に入る前にまずはここで働く労働者を類型化したい。労働者たちは『ヒラの派遣社員』、『派遣社員を束ねる派遣社員』、『正社員』の3つに区分でき、それぞれの特徴を順繰りに説明しようと思う。。
単純作業をへいこらこなす働き蟻。これから挙げるA~Cの3つに分化する。
2,30代と思しき人が多い。でも4,50代のオッサンも普通にいる。私はここに分類される。
これも2グループに分かれる。
管理職並みの責任と権限を持っている(押し付けられている)が、ペーペーの派遣(前出の1)と身分は変わらない。違うのは時給だけ。
でも本人たちは『頑張れば正社員になれる』と本気で思っている。……え?
週1くらいの頻度でオフィスに舞い降りる。よく分からない人たち。だって現場はヒラから管理職まで派遣なんだぜ? リアル未知との遭遇だよ。
上記の『有閑マダム』と『逃げ切り年金受給者』が勤務中の私語(厳禁)で、
「派遣の身分は気楽でいいだろうけど、実績を積まなきゃこの先やってけないよ」
と、宇宙の真理みたいに当たり前のことをドヤ顔で放言していた。視線の先には必死で働く若者(前述1-A)がいた。
アホか。5回くらい氏んでくれ。んなこと百も承知じゃ。キャリア積める仕事に就けないから派遣で人生詰んでるんだよ。と、『年金受給者』と『有閑マダム』のそばで働いていた私は憤怒したのですよ。
昨日無断欠勤のエントリーを書いた元増田です。たくさんのブクマが付いていて驚きました。そして、ブコメとトラバに書かれた数々のアドバイスに感謝しています。ありがとうございます。現時点で、すべて読ませていただきました。
「反応がほしい場合もある」とトラバしてくださった方がいらっしゃいました。私には、頼る人がおりません。親には相談できず、知り合いに相談することにも抵抗があり、どうしたらいいのか分かりませんでした。自分ひとりでは考えが行き詰まりパニック状態にもなっていたので、匿名で吐き出せて、正直な反応が返ってくる増田に投稿しました。
生存確認ですが、無断欠勤してから2日目に会社から着信がありました。しかし、電話に出ることができませんでした。それ以降、一日中マナーモードにし、会社から着信が入ると、カーテンを閉め切り、照明を落とした暗い部屋のベッドの上で、ものすごい早口で「どうしようどうしようどうしよう」と呟き、「早く電話が切れるように」と布団に被って目を瞑り、呻いていました。
皆さんからのアドバイス等を踏まえて考えた結果、心療内科を受診することに決め、先ほど診察の予約をしました。そして、会社に連絡を入れました。電話ではなくメールで、ですが。今は、電話や対面で話ができる心境ではないことと、心療内科を受診する旨を伝えたところ、会社から「受診するまでは他のスタッフでシフトを回すので安心してください。受診した後にまた連絡してください」と返信がありました。上司から別で「今はゆっくり休むように」とのメールもありました。
ブコメにあった「無責任の極み」「現場復帰拒否レベル」であることは、重々受け止めています。ただ、皆さんがブコメやトラバでアドバイスをくださったおかげで、今の自分がどういう行動を取れば良いのかが見えてきました。ここで気持ちを吐き出せたことで、少し気持ちが楽になりました。自分ひとりで悩んでいたら、この一歩は踏み出せていなかったと思います。
まずは専門家医に現状を相談して、その後は流れに任せようと思います。手取りは13万円くらいですが、社会保険にも加入していますので、休職についても会社と相談することができると思います。その時点でクビになりそうですが。
ここ数日で、ひとり暮らしを始めたら買ってよかった物リストとかいうクソエントリーがはびこってる。
しかも「高いけど良いもの」みたいな、アフィウハウハリストを惜しげも無くやってる。
そして相変わらずそれをみて役に立つ!みたいなバカが沢山。
まあ、それだけ見ると誰も損しないけど、みたいな話だし、
こういうのがホットエントリとかに入って来るのだけはやめて欲しい。うざい。
http://anond.hatelabo.jp/20140706001632
のエントリー。どうやら私のことを言っているみたい。
ちょうど夕飯の準備も終わったところなので、思いつくまま書いてみようと思う。
確かに私の家はすごく厳しかった。
「女と言えども、東大にくらい行くのが当たり前だ。お前がやるべきことは勉強と、来たるべき時に備えて女を磨いておくことだ。」
そんなことを幼少の頃から言われ続けてきた。
あまり賢くなかった私は、そんな父の言いつけを忠実に守ろうとして、進学校に入学し、勉強に励んできた。
東大の理二を選んだのは、東大という名前がつけば父が納得してくれるだろうという単純な理由。別にどこでもよかった。
入学し、何も目的意識がない私にとって、東大の授業は何ら意味を持たず、ただぼんやりと過ごす毎日だった。
でも、旧友にはそんな姿を見せられない。単なる意地が、過去の私を掘り起こし、成人式での振る舞いをとらせた。
今考えると本当にバカみたいだけど。
そんなときだった。
だるそうにしていながらも、時々思いついたようにペンをノートに走らせ、またぼんやりの繰り返し。
興味が沸いた。
前期の授業が終わろうかと言うとき、ようやく話しかけることができ、そのノートの正体が分かったの。
でも、「知りたい」って思うことの本質っていうか、好奇心ってこういうことか、っていうのが分かった。
彼はどうでもいいと私が思うことでも、自分がやりたいと思ったらどこまでも進んで行っちゃう人だった。
まず初めて会った講義。彼の必修ではなかった。ただ講義名に興味があったというだけでもぐっていたらしい。
それからというもの、私も彼も、好奇心の赴くまま、いろんな講義にもぐった。
あの教授はこうだ、あの講義はこうだと意見交換を交わすうち、自然と仲良くなった。
付き合うというか、自然と一緒になった感じ。
もちろん、ドキドキすることもあったけど、日頃は何も構えることなく、自然体でいられたのがよかった。
そうなんだよ。自分のしたいことを思いっきりやること。そして、ちょっとずつそれを周りと分かち合うこと。それだけで、十分幸せを感じられる。
彼女はこういった。
”ご夫婦の写真を見ましたが、まあ平凡な容姿になっていました。勉強ができることにこだわった彼女は、結局世の中の幸せと縁遠い人生を歩むのでしょう。”
”勉強だけができることは人生の勝利には結びつかない。キレイであること、お金があること、コネクションがあること、人生で勝つために必要な要素はもっとたくさんあるのです。”
人生において、勝利ってなんだろう。誰かと比較することに意味はあるのかな。
幸せかどうかは私が決めるの。
容姿の優劣とか、世の中の幸せの定義とか、そういうのに左右されてはいけないと思う。
残念だけど歳を取れば容姿は自慢できなくなってくる。世の中の幸せの定義は、世の中の状況によって変わり続ける。
私は今、夕飯をもぐもぐ食べてくれる旦那と、あうあう言いながら一生懸命に笑顔を返してくれる娘が居るだけで幸せ。
それが、私が7年間でたどり着いた結論だよ。
教養って何だろう
http://anond.hatelabo.jp/20140704205502
インターネット暇人どものおかげで教養の様々な側面を覗けた。大変参考になった一方で、当然いくつか疑問が湧いてくる。以下はその疑問について。(なお、私は小説も思想書も哲学書もまったく読まない)
【教養があると自由になれる】
gingger4 教養とは、運命として与えられた生まれ育ちから自身を解放すること (参考)家庭環境と読書の習慣のこと/図書館となら、できること http://bit.ly/KWHFw2
showgotch 皆俺流教養論を語るんだけれど微妙にずれててワロタ。歴史的に教養は自由になるための学問なんだけど同時に貴族の学問でもあったためオペラや歌舞伎を楽しむ素地として連帯の道具でもあったわけだ。ハイパーメリト
seachikin 狭い世界に生きてると視野が狭くなるからせめていろんな情報を集めて他にもいろんな世界があるということを知るってことが教養だと思ってる。んで私は本は読むけど教養はあんまりない。
tyshu 全然読書をしなかった自分が、思い立って1年に100冊読書するってのをやってみたことがあったけど、知識と知識がリンクする様な、世界の広がりを感じたのが印象深かったなと。読書はその時だけで今は…
sardine11 ナボコフ流に言うなら良き読者とは芸術的気質と科学的気質が結合した人。つまり客観的な世界に対する主観的認識を多様化させ心を打ち震わせる経験をする、それが読書そして教養の意味。娯楽と知識の境目に教養がある
a22222111544 この世界で起きていることの大部分を「ひとまずは」愛と理性で把握するために必要な古典的知識の体系と、あとはそこにアクセスするための言語能力だと思います。本来的な意味での教養を持っている人はごく少数。
bell_chime_ring238 教養は世の中で起きることを解釈する下地かな。本当にすごい人は、何気ない話題でも全然違う次元で考えてるし、こちらも自分の知らない世界に行けてしまう。体感できれば、教養が人格を作るって理解できるよ
p_shirokuma 己の世界観・娑婆観の構成素子のなかで、事後的に確認できるものの総体が、しばしば教養と言われているような気がする。
exterminator 必ずしも読書量ではない。世界を体系化して見るため/自分を少しでも自由にするためのもの。環境とか文化資産()どうこうより上より下を見て人の足引っ張るような人が多いとこにいると身に付けるのが難しくなる。
なるほど、教養があると自由を獲得できるのか。通時的にも(リベラルアーツ云々)共時的にももっともらしい主張だ。私もそのような側面があるとは思う。ただし、これにも疑問が残る。
疑問を述べる前に、自由とは何だろう。ここでは、他のものから拘束・支配を受けずに自分自身の意志に従って行為できる状態、としておく。そして、自由には経済的自由と精神的自由の2つがある、ということにしておく。
経済的自由については、いくつかの専門分野について十分に学習すれば達成できそうではある。逆に、小説/思想書/哲学書を読んだり芸術を鑑賞したりを自分なりに咀嚼しながらいくら深く広くたくさん行ったところで達成できそうになさそうである(それだけ文学/思想/哲学/芸術に精通していれば少なくとも批評家などにはなれそうではあるが、彼らの年収の最頻値を知らないので、それが経済的自由を獲得できる程度のものなのかについては保留する)。
精神的自由については、小説/思想書/哲学書を読んだり芸術を鑑賞したりを自分なりに咀嚼しながら深く広くたくさん行っていれば獲得できるのであろうか。いくつかの専門分野について学習をしていくだけでは達成できないものなのだろうか。学習する専門分野を十分に増やしていっても、あるいは専門分野ごとの理解を十分に深めていっても達成できないものなのだろうか?
また、経済的自由なくして精神的自由はありうるのだろうか?フレデリック・ダグラスは生涯奴隷のままで精神的自由を獲得できたであろうか?
フレデリック・ダグラスについて
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-377.html
【締め】
まぁ、お前らの思うところを書いてけや。
なお、他の疑問については分割する。インターネット暇人どもは長いエントリーを読むのに苦痛を覚えるからな。開発をやる人間の口を借りれば、きっと、このエントリーに限らずそもそも増田なんかにはユーザーが何分も滞在する価値なんてねー、と宣うに違いない。まったくである。
便乗
topisyuの釣り暴露以降、釣りを恐れるあまりに増田やブクマで「はいはい釣り乙」的な釣り認定してしまうつまらないコメントが増えた
「自分がまじめにコメントしたエントリーが釣りだった」という衝撃は純情なはてなーの心に大きな傷跡を残してしまった…業が深い…
最近だと釣りの大家からご意見番にジョブチェンジしていて意味がわからない
傷を負ったはてな―たちは裏切られた記憶を上塗りするかのようにtopisyuの言葉をありがたく受け入れる
まあカリスマがあるんだろうな
追記
なぜ釣りの元祖がどこかという話になってしまったのかわからないな…
最近釣り認定が「はてなで」多いっていうのは他でも言われている
http://anond.hatelabo.jp/20140630223238 とかそのトラバとか
ただ、それだと印象論にすぎないから単純な数で見てみようか。
topisyuの釣りエントリー暴露記事が2013-10-04とのことだから、それから少し落ち着いたであろう2か月後の2013-12-04から昨日(2014-07-04)までの増田の「釣り」キーワード検索結果の数と暴露以前の同期間(7ヶ月)の数を比較してみるよ
2013-12-04 ~ 2014-07-04 : 1404 件 (約100275件中 14 %)
2013-03-03 ~ 2013-10-03 : 620 件 (約74100件中 8 %)
ただのキーワード検索だから釣りに言及してるエントリの数ってだけだし適当に増田のページ数から概算したからちょっとずれるかもしれないけど、おおまかに言って増えてると言える結果じゃないかな(もっときっちりしてないと気が済まない人、統計に詳しい方で暇な人いたらしっかり検証してください)