はてなキーワード: お客様とは
機密情報だの5Gだの先を見据えた商売するのは結構だが、まずはサポートをしっかりしてくれないか?
チャット形式の問い合わせ窓口も電話形式の窓口も一切繋がらない。
チャットが繋がっても返信までにまた何時間何日と時間がかかる。
そしてユーザーが1〜2時間の間に返信出来なかったら無慈悲に切断される。
そうなったらもう終わり。
Twitterにもお客様サポートのアカウントがあるみたいだけど、エゴサして引っかかったツイートに適当に返信してるだけっぽい。
こんなのでよく″サポート″とか名乗っていられるよな。
ユーザーから質問を投げる場所じゃなく、楽天から不定期に来る質問にユーザーが答える場所になってしまっている。
チャットから問い合わせたら人間に繋がるまで最低1日はかかるし、そんなものチャットでも何でもない。
女子は弱者でクラスのお客様なのだから、いじめなどクラスの問題に対して責任はないし、何かしてやる義理もないということなのだろう
さようでございますか、それなら、よかったです。
でも、世の中にはそうでない人やそうではないケースが有って
できないだろうから、教えてやるけどこうやるんだよと
単価の問題で抜いてある機能にたいして、できないからやらないんだろうと、ご指導されるお客様というのはいらっしゃいますので
やってほしいのなら、やってほしいと発注書に書いてくれれば、金額調整してやるんだが・・・
昨日は私もAさんも、なんか嫌な客に当たりまくって消耗する日だった。嫌な客ほど一見の客だとAさんが言ってたけれども、確かにそうだった。
自分がボソボソしゃべるからいけないのに、注文を聞き間違えられて秒速でキレる若い男とか、腹が立つ一方で憐れだなあと思う。こいつの母親とかカノジョとかのことが。ただの他人にこうまで下らないことで癇癪を起こせる奴はプライベートでは更に更に酷いものだ。コイツの未来は決して明るくないんだ、コイツ自身の性格のせいで。と思うと、腹を立てる気が急速に萎えていく。
昨日もまた、「ピークさえ外せば勝つる!」と安直に思ったらしいお客様で、普通混まない七時半以降にめっちゃ混雑した。「密です!」センサーとか、あったらいいよなあ。一定レベルで混んだら機械的に入店阻止できればいいのにドラえもーん!
オーナーは緊急事態宣言が出たら店は暇になると信じているが、現状コロナ以前よりもだいぶ混んでいる。混んでいる時間帯にオーナーはわざと店を抜け出して、残されたバイト一人に店番をさせているので、暇暇言っていられる。店番させられているバイトはてんてこ舞いだ。少なくない客はレジの順番がいつまでも回って来ないのに腹を立てて商品を置いて店を出ていく。
オーナーは子供達が全員堅い職に着いたし俺は勝ち組だなんて恥ずかしげもなく傲り、金もって無さそうな客を見ては嘲笑っているような人だ。コンビニのオーナーは大変だとよく言われているけど、当店のオーナーに限ってはもはや道楽で店を開けているだけなので、いい加減な仕入れをして売上が落ちようがどうでもよく、嫌になったら辞めればいいと思ってるし元々地元の人間でもないから、売上が減ればバイトをクビにしたり、籍だけ置かせて働かせたい時だけ働かせればいいや的な感じ。従業員に対する最低限の義理ももう無いらしい。
なので、私どもバイトがオーナーに諫言したってまるで無駄。気に入らなければ辞める、不利益を被らされそうになったら辞める。それしかない。
学生もフリーターも主婦も関係なく、必要最低限のこともことと次第によってはサボるようになっている。年寄りは解ってサボるけど、学生バイトは世の中こんなもんなんだなとなんか人生自体をまるごと舐めくさるようになっていて、ほんとこの店で学生を雇うとか、社会に対する害悪でしかないなと私は思う。思うんだけど、もはや悪の見本市としたこの店の状態がある意味興味深いということで、変な好奇心を発揮した連中が店に残り続けているような感じ。
お久しぶりです。
https://anond.hatelabo.jp/20200401035340
の増田です。
みなさまのお陰様で無事に年を越しましたので、記念になにか書きたいと思います。
上記の文をしたためたのは昨年志村けん氏がご逝去し、全国に緊急事態宣言が発令され世間が急速にピリピリとし出した時期でした。
当時はかなりのバッシングにひどく参っていましたが、それから厳に感染症対策をしながらも、常連のお客様の厚いご支援とご信頼の元になんとかお仕事をいただいて、なんとか今日まで食いつなぐことが出来ました。
その期間でお陰様で体調を崩すことなく多少なりとも蓄財ができましたし、医療従事者様の懸命な活動と不幸にも感染してしまった方々の知見の蓄積により、万が一自分が感染したとしてもなんとか、少し頭を下げれば生きて日常生活に戻れるのではないか?と希望を抱けるほどになりました。
もし万が一にでも陽性になってしまったら全財産で身辺整理して首をくくるしかないと思っていた頃とは大違いです。
それに加え、追い詰められていた時期はかなり酷い幼少期のフラッシュバックに悩まされ、すれ違う人間すべてが憎く酒に溺れている間だけが正気と言うきつい鬱に苦しんでいたのですが、幸運にも相性のいい抗不安薬と出会うことができ今はとても安らかな気持ちで暮らしています。
しかし世界も日本も私の住む街も、状況としては何も変わっていません。
私は相変わらず山間の田舎町で春をひさいでその日暮らしをするアラサーの限界女ですし、頼る所もない吹けば飛ぶような人生で、独り身でなるべく親族に迷惑をかけない死に方をずっと考えているようなありさまです。
持病に慢性扁桃炎と逆流性食道炎、気管支喘息と肺炎の病歴がありますから、もし何かあれば真っ先に倒れて入院の準備をしてくれる身内も友人もいない人間です。
それでも、今私は幸せです。
ときどき目に入る人間すべてが憎くて、自分より恵まれた人間全員殺してやりたくなる日もありますが、そんな私に数十分数万円の価値を感じて、私と会うと元気になるよ、がんばれるよ、ありがとう、と言って、私の生活を支えてくれるお客様がいる限り頑張れます。
とても健全じゃありませんが、友達も居らず恋人や家族や子供を望めない私にとってお客様は唯一無二です。
かけられた言葉は、一生の宝物です。
注:タイトル・本文における機会損失はビジネス用語においての意味ではなく、本来得られるはずの機会を失ったことという意味合いで使っています。(ご指摘があったので)
"人生における機会損失って大きいんだよね。コロナ禍に人生のターニングポイントが(たまたま)来ちゃった人に対して「みんな自粛してるから」って言っても公平じゃないよ。"
https://twitter.com/chiku0520/status/1348604137311596544?s=21
いろいろと思うところがありました。
実は私は、ミュージカル女優を目指す20代前半女性。コロナが流行る少し前に上京してきました。
そんな、「コロナ禍において人生のターニングポイントがたまたま来ちゃった」私から、若者の「人生における機会損失」について、考えたことをお話ししたいと思います。
★前半はミュージカルに関する内容も多いので、一般的な主張だけ読みたい方は真ん中あたりまでとばしてください。
【1番大変だし優先すべきは医療現場、自粛に協力しなければいけないということは頭では理解しているし、実際に、行政に求められている水準に基づいて自粛はしている。ということを念頭に読んでいただくようお願いいたします。】
上京した頃は、まさかこんな世の中になるとは想像していませんでした。そして、コロナが流行り出した当初は、こんなにも長引くものだとは思ってもいませんでした。
去年1年で舞台に立てたのは、コロナが流行る前の1本だけ。出演予定だったライブ、コンサート、ミュージカルは続々と延期・中止が決まり、オーディションもリモートになったりなくなったり、残念な一年でした。
数年後、コロナが収束して、舞台も芸術も元通りになったころに頑張ればいいじゃん!と思われるかもしれません。
経験を積めずに歳だけとってしまった俳優に、市場価値はありません。
新人を起用するなら新しく台頭してきた若い世代を使うでしょう。
本来だったらチャンスを掴む機会があったかもしれない、貴重な経験をたくさん積めたかもしれない大切な期間は、コロナによって空白になってしまいました。
自己犠牲払って自粛に協力して、コロナが収まったとしても、コロナ禍で若い時代を過ごした私達に、損失した何かを補填してくれるわけじゃないですよね。
むしろ、社会が動き出した頃には、もとに戻ったー!!よかったーー!!と言う雰囲気にのまれて、コロナの影に隠れていろんな人の人生の選択肢が消えていったことなんて忘れられると思う。
マイナスからのスタートを強いられるのに、配慮も補償も当然ありません。
つまり、「コロナのせいで」たくさんの犠牲を払ったとしても、社会からは、実質的に「コロナのせいにするな」という扱いを受けるということです。
そして、そんな人生を、自分の力でどうにかしていかなければなりません。
感情だけでしゃべると、「自分のことしか考えてない」「共感性、想像力がない」迷惑な若者っていうけど、感染拡大防止のためにわたしの人生を犠牲にしたとしても、だれも責任とってくれないでしょ?っていうところです。極論かもしれませんが。
どんなに辛いことがあっても、「仕方ない」「我慢するしかない」で済まされてしまうことに疲れました。そして、世の中にはもっと大変な人がいるんだから!みんな大変なんだから!と、贅沢な悩み扱いされることにも疲れました。
非常時だから、権利なんか主張しちゃいけない!って、まるで戦時中みたいだと思ってしまいます(政治的イデオロギーに基づいた発言ではないです)。
国としてホイホイ補償できるわけではないのも分かるし、そもそも、機会損失はお金で解決できるようなことではありません。
せめて、今、自分のことは自分で責任とれるように考えさせてほしい、行動させてほしいというのが正直な願いです。
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もし、投稿をご覧になった俳優の先輩方がいらっしゃいましたら、こんなことを思われるかもしれません。
・俳優という道を選んだ以上、どんなことがおこっても動揺しない覚悟ができていないのが悪い
→全くその通りです。その点については私の考えが甘かったです。申し訳ございません。
・そんな年齢で諦めていたらどうせ大成しない
→ごもっともです。どんなに売れなくても、お芝居をやりたいと言う気持ちがある限り、頑張るつもりでいます。しかし、上京1年目にこのような状況になったことはとても苦しかったし、20代前半の大切な1年がほぼ空白になってしまったのは大きな損失であると考えています。
・コロナ禍でもできることはたくさんあったはず。その過ごし方次第で人生は変えられる。
→まさにその通りだと思います。私も、自分で歌動画を配信したり、複数人での配信企画に積極的に参加したり、オンラインレッスンを受けたり、取り組めることはたくさんありました。しかし、コロナがなかった場合と同程度のものを得られたかというと、そうは思えません。
・コロナがなかったとしてもチャンス掴めてたか分からないようなレベルのやつが、コロナのせいにしてごちゃごちゃ言うな
→実際に私は商業の作品には出演したことがないですし、箸にも棒にもかからないやつかもしれません。しかし、チャンスがあった上でダメだったのと、チャンスすらなかったのでは、意味が大きく違うと考えています。
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最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。わたしの考えも、未熟なところが多々あると自覚しておりますので、賛否両論あると思います。お叱りの声でもなんでも甘んじて受け入れますので、是非コメント頂けると嬉しいです。
追記:
厳しいコメントをくださった方も、温かいコメントをくださった方もありがとうございます。ひとつひとつ目を通させていただきました。若者の甘ったれたお気持ち表明にこんなにも反響を頂けて涙目です( ; ; )
本当はひとつひとつのご意見に返信させていただきたいのですが、難しそうです、申し訳ありません。
私はここに投稿するのが初めてで、普段から見ているわけでもないのですが、匿名で、自分の感じていることを何か発信できないかと思い、この場を選びました。
そのため、この場における文化などを理解しておらず、不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。ハッシュタグは削除し、ご指摘があった表現に関しては訂正しました。転載ではありません。
また、今回は、コロナ禍における若者という自分の立場から、当事者性をもった発信ができればと考えておりました。わたしが今回主張したような世の中の変容による理不尽は、コメントしていただいた通り、過去にもあったことは十分存じています(就職氷河期、震災、豪雨による災害など)。また、若者だけが辛い思いをしているわけではないということも理解しています。しかし、それらの事実によって、私の主張は妨げられないと考えています。
昔はこうだったから今も我慢しろ。みんな辛いんだからお前も我慢しろ。という足の引っ張り合いでは世の中は良くならないと思いますし、みんなで不幸になるだけです。コロナで辛い思いをしている人はたくさんいるはずなんだから、むしろ、多様な立場から多様な主張がなされるべきです。私もいろんな方の置かれている状況について、詳細に理解しているわけではありません。今回は、わたしの立場から、コロナ禍の若者がどのような状況に置かれているのか、どのような想いを抱いているのかについて、異なる層の方にも知っていただきく、書かせていただきました。もちろん、わたしの意見が若者の代表というわけではないですし、一個人として感じていることにすぎませんが。どうにもならないことだったとしても、せめて、想いを発信することは許されるべきだと考えています。
また、従来の天災や金融危機と異なる点としては、新型コロナウィルスそのものによる影響というより、新型コロナウィルスへの向き合い方(感染対策に関する政策・世間の風潮等)による影響が及ぼす力が非常に大きいと言う点です。よって、従来の場合よりも、柔軟に対応できる幅は大きいのではないかと考えています。
今回の件に関しては補償や配慮を求めても仕方ないのは分かっているので、せめて、根拠に基づいた工夫がなされた感染対策が行われ、少しでも生活の安心感が向上し、世の中が寛容になることによって、若者が自己決定できる幅や行動を起こせる幅が広がればいいなと思います。
また、「YouTubeや SNSなど、ネット上に活動の場がある時代においてこんなことを言っているのは甘えである。」というご意見もいただきました。これについては非常に難しい点で、皆さんが想像する以上に、インパクトがあってクオリティの高いものを、役者個人の予算、技術力で作ることは困難です。
昨年の緊急事態宣言以降、役者もアーティストも、皆が、いまできること、自分にできることをやろう!と、多くの発信をするあまり、ネットメディア上の芸術は飽和状態となりました。リモートで歌ってみた・踊ってみた、インスタライブ、配信アプリによる配信、等々…。対して、今お客様の口からきかれるのは、「生のエンターテイメント」「生の芸術」を感じたい、映像配信は代替にはならない。ということです。このような状況で、高い評価を得る作品を残すには、相当なクオリティを必要とされます。実際に、本当に自己満にすぎないものや、応援しているファンの方がみて満足する程度にとどまるものがほとんどで、第三者の立場から見たら、無価値なものが多いです。
また、舞台俳優はアイドルと違い、自身の存在そのものに対する価値があるというよりも、役者がもつ持つ技に価値を置かれている場合の方が多いです。よって、お客様の立場からすると、「この人のためならなんでもみる!!」っていうようなもんでもないので、当然、要求されるクオリティは上がります。
わたしが客観的にみて、価値があると思えたもので、かつ素人が出演者の大多数を占めている公式の企画でないものの1つである作品のリンクを貼っておきますが、この規模の作品を個々人で作るのは不可能だと思います。
(西野さんアレルギーらしき方にコメントされたので一応…笑。この作品はとあるダンスラボ主宰で制作されたもので、プペルの本家スタッフや西野さんの息のかかったものではありません。風評被害を避けるためにも書いておきます。また、私は西野さんファンでもなんでもありません。ただ、この作品が、「原作の世界をダンスを用いて表現し、映像作品としても高いクオリティでアウトプットしている」という点で、優れていると思ったこと、また、原作が映画なので、どのようなものが原作となっているのかという雰囲気は一般の方にも分かりやすいと思ったことから、例に挙げさせていただきました。)
しかし、ネットメディアにおける芸術表現が飽和状態となっている中、芸術価値のあるものを発信し、インパクトを残すには、これくらいのクオリティが必要だと思います。
これは、自分が動画の配信などに挑戦した上で感じたこと、周りの役者達の活動を見ていて感じたこと、また、SNSで見受けられるお客様の意見を見ていて感じたことを含め、総合的に検討した結果です。逃げていると捉えられるかもしれませんが、事実でもあります。
こんなに愚痴っといてなんですが、筆者は出来る限り前向きに、今できることを一生懸命考えて活動中です!価値だなんだに関わらず、できることをやるしか道はないので、なんとかもがいています。あきらめたくはないですから!!(まあ、人生そんなもんと諦めて別の幸せを探して生きた方がいいのかもしれないけど…笑)
このお話は駆け出し底辺女優のわたし個人の意見ではありますが、CAを目指していたけど採用がなかった人、テーマパークダンサーを目指していたけどオーディション自体がなかった人、コロナで就職しようと思っていた業界が潰れ、進路変更をせざるを得なくなり、就活がうまくいかなかった人…同じおもいをしている人が、もしかしたら、あなたの周りにもいるかもしれません。そんな、コロナによって人生の選択が大きく変わってしまった人や、コロナによって状況が変わって苦しんでいる人がいたら、温かく応援してあげてほしいです!
ありがとうございました!
親族へのメンツを守りつつ生活保護を受けたいってのは、さすがにむしが良すぎるんじゃないか?
連日の雪かきでへとへと、除雪してもしても降り続く雪、埋まった車をなんとか掘り出しても、道路でこぼこで当然走らせられない。スーパー、ドラッグストアも品薄、近所のコンビニですら店閉めるレベル。
それでもお店開けなきゃいけないから、連日徒歩出勤。半ライフラインだから営業は100歩譲ってやむなしとしても、来店するお客様、どうか従業員もこの雪の被害を受けている人間だということを忘れないでください。
私たちも自宅の除雪をしなければいけない中、本社から営業指示が出ているからやっとのこと出てきているんです。
ましてや徒歩出勤しているのに、暗くなる前に帰れないのは命にかかわります。
箱を見せるととられちゃうよ。
あげるなんて、一言も言っていない。
返してというまえに、現行犯 警察の人はきちんと 確認してね。
ギフト券の金券屋で箱を売ってくれといわない人は箱はお客様に返すようにと
お客様の個人情報が入力・表示される「注文画面」、「会員登録画面」、「お問い合わせフォーム」につきまして、最新のセキュリティに強化 致しました。
私にストーキングしてくる客がなぜかAさんに菓子折をドーンとくれて不気味問題。最初は「ほんとは増田さん宛てなんじゃないですかね!」「いやいや客はAさんに『甘いもん好き?』って聞いて来てAさんがハイって答えたからくれたんだし、Aさん宛てでしょ!」とAさんと私で押し付け合いになった。
でも私とAさんは話し合い、「店で貰ったものだし店の皆で分けっこすればいいんじゃね?」ということにした。それで、Aさんがオーナーに一筆書き置きをし、菓子折を事務所に置いて帰った。
「客からの差し入れなんて毒入ってるかもわからんし、気持ち悪くて食べられないよ!」
なんてオーナーは言った。いや毒入りって、わざわざAさんを毒殺とかメリット無ないこと、いくらアホでも滅多なことではやらないでしょ。と、ついウッカリオーナーに言い返してしまった私だった。
オーナーは他にもグチグチぐだくだ言っていたけれども、客に礼を言いたいからそいつの特徴を教えろというので、ストーカー客の容貌の特徴と出没時間帯を教えた。すごく常連なのでオーナーも確実に何度も見たことがあるはずなのだが、オーナーは知らない分かんない誰そいつ気持ち悪い! を繰り返す。
早朝から電話で叩き起こされて寝起きだった私はつい真面目にオーナーの話を聞いて応答していた訳だが、オーナーのグチグチを聞いている間に目が覚めてきて、オーナーはまともに会話をふっかけて来ているように見せかけて、いつものくっそ長い独り言を言っているだけなのだ、と私はやっと気づいた。「教えて欲しい」なんて末尾に着けていても、オーナーの場合相手の答えを聞く気はミリもなく、相手が真面目に答えれば癇癪を起こすだけなのだ。そして、今だらだらグチグチ言っているのも何か意味あることを喋っているようでいて癇癪を起こしているだけであって、猿のウホウホという叫びとは違い全くの無意味。真面目に聞く方が馬鹿なのだった。
そして、前回のバイトはオーナーとのシフトだったが、やっぱり菓子の件で客に礼を言わなきゃ、でも気持ち悪い、でも礼を言わなきゃ、でも気持ち悪い、とオーナーは馬鹿みたいに言い続けているので、
「オーナー、すぐ目の前にいらっしゃるのがAさんに菓子下さったお客様です」
って、言ったら、オーナーは事務所に引っ込んでドアをバーン! と閉じた。それでも私がオーナーを追って事務所に入ると、オーナーは、
「結局貰ったのはAくんなんだし、僕と店には関係のないことでしょ! それで僕が客に礼を言って頭下げるのもおかしい話なんでいいです! ああ気持ち悪い!」
という。礼を言わなきゃとかなんとか延々と言っていたのも、長大な独り言だったわけだ。
それはいいとして、私が言った「あのお客様です」は距離的に確実にストーカー客まで聴こえていたし、オーナーが気持ち悪いと言ったのも、私が事務所のドアを全開にしていたせいでフロアまで響いていたと思う。
あれってそんなに難しい?
こちらとしても丸投げするんじゃなく
移行の手順が書いてある冊子を渡していて
書いてある通りに操作すれば済む話なのに…
言ってくる客の多いこと多いこと…なんで???
「LINEはうちのサービスじゃないので無理、自分でやって」をオブラートに包むとこうだ
「大変申し訳ございません。LINEは当社の提供するサービスではないため、アカウント移行の手順など、正確な方法がわかりかねます。アカウント移行の方法はLINEアプリの中に書いてあると伺っております。よろしければそちらをご確認いただけますか?私が案内することで、万が一にもデータが消えてしまっては大変ですので、アカウントの移行はお客様ご自身でお願いしております」
これで「わかりました」と納得してくれるのは良い人 好き 出来るだけフィルムも綺麗に貼ってあげちゃう
「でも前はやってもらえた」とか言われるとさ、そのやってあげた店員にイラッとしちゃうよね
お前がちゃんと断らないから私がこうして二次被害を被っているんだぞ、と
…と言いつつ私も案内しちゃうことはあるよ
「全部データ移してくれんでしょ?」みたいな態度で窓口にくるのやめてくれ!!
店員は「このアプリを開いてください」「ここを押してメールアドレスを入力してください」と説明するだけ
スマホの操作は自分でやるんだよ、って説明すると「…えっほんとに?」みたいな反応するお客様なんなの
やってくれて当たり前勢は40代50代に多い
今はさ、LINEもTwitterも手数料さえ払えば上記のように移行のサポートはできるようになった
一緒に冊子を見ながら「メールアドレスは登録済みですか?」「トークを引き継ぐなら事前にバックアップが必要ですよ」って言える
その反応は正しい ほんとそう
これまで対応に苦慮していた「前の店ではやってくれたのに」を「昔はそうだったかもしらんが、今は有料なので金払えよ」で倒せる すごい
ただそういうお客様に限って「有料ならいいや、自分でやる」とか言うんだよね
超わかりやすい手順書を渡しても「できない、わからない」って人はなんなんだろうね
移行方法を一から調べろって言ってるんじゃない、「画面推移の画像付きで移行手順が載っている冊子を見てその通りに操作する」だけなのに、なんでやらないんだろうね
手数料払ってサポートを申し込んだところでさ、店員の「ここタップしてメールアドレスを入力してください」とかに従って操作するだけなんだよ?読むか書くかの違いだけだよ?
10年くらい前に接客業で働いていたときの先輩の言葉を年末にふと思い出した。
今になってみてもたしかにそのとおりだなと思えたので、思い出しつつ書いてみる。
思い出したきっかけは、母親が初詣に行くといって聞かなかったのを今年はやめておこうと説得したことだった。
先輩が言うには、人は、問題が発生すると原因を考えて行動(解決)しようとするという。
そしてこれは、串にささった団子のように一直線に並んでいるらしい。
図にするとこんな感じだ。
問題に触れて、原因を予測して、行動に移すという、物事に触れる順番とは異なる。
時系列で言えば、もともと原因があり、問題が発生して、解決が必要になるからこの順番なのだそうだ。
そして、多くの場合、人が人を説得しようとするとき、この行動に対して説得を試みるのだという。
今回の場合、母親が初詣に行くのは、このコロナ騒動が一日でも早く収まってほしいからと神様にお願いしに行きたいという気持ちからだった。
もしそれを説得する場合、以前のわたしなら、今の時期における初詣の危険性を山程並べて母親の説得にあたっただろう。
この問題にあたる部分は、比較的に視覚化されていることが多く、また、皆が問題を共有できていることがほとんどらしい。
それなのにも関わらず、行動という点において、かたや母親は「初詣に行く」、かたやわたしは「初詣に行かない」として行動が分かれてしまったのはなぜだろうか。
母親は母親の思考において、一直線に原因、問題、行動が並んでいる。
そしてわたしも、わたしの思考において、それらは一直線に並んでいる。
その2つを重ねてみると、ちょうど問題を中心として、クロスするかのように角度が違っているの状態にあるのだ。
それならば説得を試みるのは行動ではなく原因の方で、原因さえ互いに共有できれば、自ずと行動も変わってくる=団子の角度が一致するというのが先輩の話だった。
そこで母親に、新型コロナ感染拡大の原因はどこにあるのかを聞いてみることにした。
母は、人の心の乱れが一番の原因だと言った。
なるほど。たしかにそれはそうかも知れない。人の心が乱れれば、規律を守らず身勝手な行動が増え、そしてそれが結果的に感染拡大にもつながる。
それならば、人が集まることを禁止している指示を破り、人混みの初詣に行くことも、身勝手な行動ではないだろうか。
そういうと母親は一理あるといった顔をしてうーんとうなずいた。
今できることはなにか。それを母親と話し合った結果、3が日がすぎて落ち着いた平日、日中に初詣に行くことにして、それまでは神様に待っててもらおうということで決着がついた。
おそらく、母親の行動を否定し続けていても、一時的な行動の中止はできても変化までには至らなかったはずだ。
そしてもしわたしの説得によって行動の中止をした場合、本人が納得できていない以上、行動を中止された恨みはわたしに向かう。
相手に良かれとやったことでいちいち恨みを買っていたのではたまったものではない。
そして面白いことに、初詣には行かないと決めていたわたし自身の考えにも変化が起きた。
問題を中心として、わたしの団子も母親の団子に引き寄せられるように角度が変化したのだ。
自分の考えだけが正しいと信じることは、それはそれで危険なのだ。
お客様が持ち出してくる何かしらのクレームは、つまり行動の部分にあたるという。
例えば製品に問題があったとして、それをもとに原因をお客様なりに考えて、それにふさわしいクレーム(要求)をしてくる。
もしそのクレームが対応するべきものではないとした場合、そのクレームがふさわしくないことをいくら説得しても無駄なのだという。
製品の問題はともに共有しやすいものだが、その原因と考えている部分の認識がずれたままなら、いくらクレームに対応しようとしても無駄だからだ。
お客様からお客様の考える原因を聞き出し、その上で相手と正しい原因を共感することで、はじめてふさわしい要求は何かという話し合いができるのだという。
それに、もしそれでも過剰な要求をやめなかった場合は、それはもうお客様ではなく問題あるクレーマーとして切り分けができるのだとも言っていた。
事実、この先輩は、一回一回の対応は決して短いものではないが、全体を通すとほぼ最短で解決に結びつけていたし、その後にクレームが再燃するようなこともほとんどなかった。
クレーム対応として正しいかどうかは別として、自分ならそういう担当にあたってほしい思えるような人だった。
ちなみに、この論法を教えてもらってから、マスコミの薄汚さがよくわかった。
マスコミは問題に対して原因を曲げて伝えることで、行動をコントロールしているのだ。
わたしたちは、その問題が、果たしてマスコミがいう原因によって引き起こされているのか、考える必要が求められている。
と、ここまで書いて、もともと団子よりも羅針盤の針になぞらえて例えたほうがわかりやすいんじゃないかってことに気がついたけど、もうまとめ直す気力はなくなってしまった。そのうちまた。
増田みたいな限りなく無意義な、でも無料のもので時間を潰すことより
金払って映画行くとか、金払って外食するとか、金払って趣味でも作った方がいいのかもしれない
ただ、金を使って有意義とされることに取り組むと、使った金がなくなる
金は使い始めるとあっという間に減るものだ
だからできるだけ使わない方が良い
金を使わないことによって、金を稼ぐ必要がなくなる
が、自分が買い支えなければならないと思うほど必要なものは無い
こうして、娯楽に金を使う誰かにフリーライドして生活必需品だけを買い、老後のために貯蓄し、最低限の労働で生きることに、自分自身意義を見出せているかと言うと、全く見出せていない
じゃあ金を使えば有意義になるのだろうか
きっと金を使って得られるのは、お客様として承認されることで満たされる承認欲求だけだ
ドルオタは金を使ってドルオタというアイデンティティを買い、ドルオタとして存在する事を認めてもらっている
そこでこう思う、では社会参加することを有意義だと思わなければそれで済むじゃないかと
金を払って承認欲求を満たすキャバクラの客のようなことをするは虚しいことだ、そんなの必要ないと思えば、お金を払わずに済む
働かないこと、余暇を生むことを最優先し、結果生まれた余暇もまた「金を払わない」ために無為に過ごす
なんと無意味なことだろう
しかしこうも思う
お金を使って意味のあることをしなければならないのではないか、そのために労働な汗を流したほうがいいのではないかという焦りを感じるのは、資本主義に翻弄された考えに過ぎない
金を沢山稼いで沢山使うこと
金を大して稼がず対して使わないこと
両者に優劣はない。どちらもただ生まれ死ぬだけまでの通過点に過ぎない
こうして考えることもまた無駄なことだ