はてなキーワード: 賢者とは
いやもう面倒くさいし適当に吐き出したいんだけど、ここ最近の日本人って何にも未来とか見てないよね。
あんまり書きたくない固い政治の話とかでも、大体の人はメディアの情報を鵜呑みにして誰かを叩く。
逆に、目の前にいる人間に洗脳されてマルチとかニセ科学とかに嵌ったりする。
まあ知識がないのは仕方ないし、高度に複雑化した現代社会において完璧な情報収集なんてのは無理ですよ。我々パンピーにはね。
なにせ、昔からゲーム脳なんて大嘘に騙されて偏見を向けてくるような人間ばかりだし。仕方ない。
でも、結局のところ誰かが正しい情報を発信しない事には、誰もかも間違うしかない。
こういう事を言っちゃあ自称“マス”メディアと同レベルに思えて嫌だけど、結局は人間の9割ってのはバカな訳ですよ。
厳密には、それぞれに個性が得意不得意があるから絶対バカってわけじゃないけど……
どっちにせよ、どんな専門家でも専門外では素人同然どころか、専門内ですら分からない事は沢山あって、それなのに誰もが自分こそ真の賢者だと信じて疑わない。
そんな社会で正しい情報を拾えるのは、本当に極少数なわけです。
だからこそ正しい情報を得た人は正しい情報を発信する義務がある訳だけど、それを色々な言い訳で隠してしまう。
その背景には結局、世の多数派は真の意味で「正しい事」なんて求めてないという辛い現実があるんじゃないですかね。
なんでかって言えば、それ以上を求めるのは「疲れるから」だ。
楽に生きるなら長い物に巻かれれば良い。
……でも長い物、一般的な人間というのは結局のとこ「間違ってる」ワケで。
さっきも書いたように人間の9割はバカでしかなく、賢い人間ですら専門外は素人同然。
つまり多くの人間が信じてる事ってのは間違いである可能性が高い。
一見すると間違ってないように思える事でも、厳密にはニュートン力学のように雑な論理でしかない。
まあ、かくいう自分も今ここで相対性理論を語れと言われても無理なんだけどさ。
だからこそ、より正しい人間に従うってのは生物の生存戦略としては間違いじゃない。
問題は、その「正しい人間」が居ないってだけの話で…………それこそが、致命的なんだけどね。
なんせ正しい人間が限りなく少ない以上、誰かに従ったところで「そいつが正しい保証は無い」ってか9割がた間違ってるわけなので。間違ってる人間に従えば、どんな人間でも間違うに決まってるじゃんね。
ゲーム脳的に言うなら……上役ガチャ爆死したパーティで生き続けても、人生ダンジョン(難度インフェルノ)はクリアできませんよっと。
じゃあ、欧米人みたく個人主義で生きていくか?って言われても。
さっきも言ったように人間の9割はバカなので、自分ガチャも上役ガチャも基本は同じ人間ガチャなので、まあ爆死が基本なわけで。
なにせ、多くの人間はアメリカ大統領とかいう明らかに就くのが困難な激ヤバ職業の人間ですら「自分の感覚で考える」ので。もっと、こう背景とか考えれないのかなと思うわけです。
とはいえ有能な人間を上役にしようと思っても、どんな専門家でも専門外は(以下略)の理論たる「ピーターの法則」によって、有能な人間は無能になるまで出世し続けるんだけど。
下流工程で有能だからといって、上流工程で有能とは限らない……というか、下流工程と上流工程は似ているようで別の職業なわけで。
言ってしまえば、そんなのは生徒会長を教師に据える様なものでしかない。
教育職員免許状が必須やら年齢などの社会的な大前提は無視するにしてもだ。
確かに人を纏める力は持ってるかもしれないし、大なり小なり成績は優秀かもしれないが、少なくとも教える才能が無いと教師は務まらない。
それ以外の管理や企画進行とかの部分は大なり小なり共通してるかもだが。まあ、どちらにせよ細かい問題は多々とあるはずだ。
それなのに、今の社会では成績や年季といった物に応じて役職が定められていく事が多い。
もっと任天堂みたく、現場には現場の上位職を与えるとかして才覚を活かすような社会システムを構築しないといかんのでは。
……まあ無理か。何せアニメ監督ガチャでUR引いたのに個人の一存から平気で捨てるような社会だしな。
どうせなら別のプロジェクトに移動してもらって手厚く保護するとかしとけば良かったのにねー……おっと愚痴が。閑話休題、閑話休題。
じゃあ、どうすれば良いのか?
答えは簡単で……自分の子孫、子々孫々にとって良い社会を作ってくれそうな人に、意思を投じれば良い。
いや、もっと言えば……自分が遥か未来に生まれ変わった時に、この人が生きていれば社会は安泰だと、こういう人が増えれば世界は平和になれると思えるような人にこそ投じるべきだと私は思う。
本来の話、真に民主主義だってんなら会社の同僚であろうとも近所のオジサンであろうともホームレスであろうと、誰であろうとも……皆が正しいと思える人間なら、誰でも議員になれるくらいで丁度いい。
本人の意思を無視するのは良くないが、そうでないなら……投票し当選さえすれば誰でも社会を変えれるような社会が良いのではないか?
そして、それは社会の縮図たる学校や会社でも同様ではないだろうか?
勿論、能力なり金銭的な部分での手厚い補助は必要だとは思うし、問題があれば即座に退任できないとダメだが……そうでないと、さっき言ったピーターの法則に引っかかって爆死するので。下手したらガチのファシズムとかの危険思想国家まっしぐらだし。
でも、そういう社会でないと最終的に、能力なり人気さえ有れば、どれだけ間違ってる人間でも構わない社会ができてしまう。
それが、今のブラック企業ブラック体質を作っていると思う。特定の能力しか無い人間は、その能力の無い人間を理解しない。
……結局、今の日本社会とは成功した社会主義でしかないし、失敗した個人主義でしかない。
そんな半端をダラダラ続けて何も思わない状態は、ただひたすら不健全でしかない。
だけど、こんな事を宣う自分こそが、そんな今のダラけた日本を作ってるんだなと思うし、そう考えると自分ガチャにもリセマラ機能が欲しいと言わざるを得ない。
せめてチュートリアル期間が1年、欲を言えば再インストール期間も短期に保証されてるなら、こんなこと書く前に今すぐリセットするんだけどね……
最近の小説っぽく長文タイトルにしようとしたら短縮されました。
(追記)あと、文章が長すぎて&リンクが多すぎて投稿できなかったので前のを消して再投稿です。前のリンクはすみませぬ。
正しいタイトルは
「ドラクエウォークに対するWEBメディア各位の体験記が○○とはおもえないのでがっつりプレイしゴーレム討伐に参加してからしっかりと評価してみたらやっぱり位置ゲームである理由が見当たらない私の感想」
です。
いわゆるレイドバトル、メガモンスター討伐について書いてるのは後半です。知りたい方は飛ばし読みしてしまってくださいな。
なんかウェブで公開されているレポートがどれもこれもドラクエウォークを礼賛するレポートばかりでドラクエが大好きで、かつ実際にプレイしているユーザとして「ダメなところ」をしっかり指摘してもっとも良いものにして欲しい、という気持ちから書いてます。
正直電○オン○インとかApp○○とか各所のオンラインゲームメディアの記事を見ていると本当にそう思ってますか?と思わずには居られない。動画系の皆さんの感想もアレでソレなものしかないし…。
特に○撃オ○ラインは本当に記事のタイトルあたりに「PR」とか「広告」とか付けた方がマシなんじゃないかとすら思う。
幸いにもベータテストの抽選をくぐり抜けわくわくしながら前日のTestflight登録
アプリ配信を受けて楽しみにしていたドラゴンクエストウォーク。
「あれ、これは何かかが違う…」
位置情報ゲーム歴はIngress、ポケモンGO。ポケモンGOは一応40レベル…に満たない程度。
自宅の近くにレアが発生すれば楽しく出かけ休日はそれなりに散歩をかねてポケモンGOしたりと位置情報ゲームをそれなりに楽しんでいる、いわゆる「普通にハマったプレイヤー」層にあたりと思う。
ドラクエを1から堪能しておりナンバリングタイトルは10を除き一応一通りプレイ済み。
星ドラは2週間でやめた。
そもそもドラクエウォークのシステムは簡単である。町中にある回復ポイントとNPCの家を活用しつつ自分で設定したクエストの「目的地」へ向かい目的地へ向かう途中でモンスターを倒したり無視したりしながら目的地ではNPCと会話したり、モンスターを倒したりすることでクエストを完了させるというもの。
自分で設定する目的地はシステム側でランダムに設定された無数のポイントから選択するか消費アイテムを使用して自分で設定することが出来る。(ただし、自分の現在地からあまりにも近い点には設定できない。)なお、クエストをプレイするためには「導きのかけら」というアイテムを消耗してクエストのロックを解除しなければクエストをプレイできない。
このアイテムはクエストを設定する時に、目的地を現在地から離れた地点にすればするほど多くもらえる。(最大220程度)もっとも近い地点では5程度しかもらえない。体験会でプレイした限り、最終クエスト(第二章10チャプター)では900を使用することになる。
そのため、離れた地点を選択したほうが良い、という風に思うかもしれない。だが安心して欲しい。そんなことは必要ない。
モンスターと1回戦うと10個のかけらが取得できる。10個程度でどうにかなるのか…などと思う必要はない。なにせ、それだけ戦ってレベルを上げなければ進めないからだ。(後述)
プレイ中には町中にモンスターが発生している。自分の近くであればそのままタッチすることで戦闘になり範囲からちょっと離れた地点のモンスターであればタッチすることでプレイヤーの近くに寄ってくる。
戦闘は伝統のコマンドバトル。コマンドを指定してマニュアルバトルもさくせんによってオートバトルも出来る。歩きスマホを避けるためにかウォークモードが存在しており、設定すると移動中範囲内に入ってきたモンスターと自動的にオートバトルをこなしてくれる。
町中には無数の回復ポイントとNPCの家が存在する。(あと、ごくわずかなプレイヤーの自宅が存在する)
また、ご当地クエスト用というシステムがあるらしく私の行動範囲では水天宮・東京タワーなどいくつかの場所が写真で表示されており、タップすることが出来るのだが「ベータ版では使用できない」と無情なメッセージで終わる。
回復ポイントでは壺が置いてあり、ドラクエらしく容赦なく割ることでHP/MPの30%回復と現在受注しているクエストレベルに応じた消耗回復アイテムか武器防具を成長させるための強化石がゲット可能。(ただし後半のクエストでないと強化石などまず出ない) この回復ポイントは10分程度で再び使用できるようになる。
NPC/プレイヤーの家ではドラクエの勇者らしく多少の消耗回復アイテムや最低レベルの武器防具、ゴールドを奪っていくことが出来る。
プレイヤーが装備するのは、武器・盾・頭装備・上半身装備・下半身装備・アクセサリが2個。それに、「こころ」というモンスターがドロップするレアアイテムが3つ。装備品は説明するまでもないが、こころはモンスターの種類ごとにコストが設定されており、3つのスロット合計のコストはプレイヤーのレベルに依存している…らしい。
こころのステータスアップ量はバカにならないので装備品より良質なこころを所得・セットする方が体験会の間のプレイスタイルには合っている。
スキル・魔法は職業に設定されているものが数個。例えば僧侶ならホイミ・バギ。魔法使いならメラ・ギラ。戦士や武闘家はパッシブスキルが数個ある程度。ちなみにバギやギラといったスキルはLV20になるまで手に入らないため基本的には全体攻撃など出来ないに等しい。
攻撃スキル・魔法は武器に設定されておりこれが各所で話題となっているガチャに関連してくる。(これも後述)
スラミチなるチュートリアル担当NPCの言うとおりクエストを進めやがて一人目の仲間(僧侶)が加わり、楽しみが増大するかと思ったあたり。
具体的には1章のチャプター9あたり。
「敵のダメージ量がしゃれにならない」
仲間が増えたためか、モンスターも複数が基本となる。だが、仲間の僧侶の攻撃力は微々たるもの。
結果ダメージを受けてはmp6を消費するホイミで回復しの繰り返しでただただmpが減っていく。プレイヤーはチュートリアルのガチャでゲットしたはがねの剣(中身はたぶん固定)の攻撃スキルのかえん斬りだけを頼りにモンスターを倒していく。
このあたりで理解する。
そしてクエストやミッションをクリアしたことで取得した装備ふくびきSPチケットを100枚消費し、10連ガチャを回したところレア度5の虹色の宝箱が2個も出て喜びが出る。
…2個とも帽子(麻痺耐性+5%と多少の防御力)だった。しかも全く同じ。
しかしそれ以外の多少の武器と防具によって被ダメージが減りそれなりにプレイを進めることが出来た。
その一方で最初はNPCの家を訪れることが楽しみだったのだがやがておかしいと思い始める。
それは、家に入ると完全にマップモードが中断されデータのロードを行うことで再描画が実施されるのだ。何度も読み込むうちに、もうNPCの家など訪れる必要は無いと確信していくようになる。
もうひのきの棒などいらない。
かといって消耗品はというと回復アイテムに状態異常回復アイテム、ポケモンGOで言うところの「おこう」であるにおい袋。消耗品の大半が10個の所持上限に引っ掛かり1つ目の消耗品の存在意義を問うことになる。
2章に入り、3人目の仲間(武闘家)、4人目の仲間(魔法使い)が加わったあたりからいよいよモンスターは本領を発揮してくる。
しかしプレイヤーサイドに用意されているのは僧侶のホイミ、魔法使いのメラ、そして魔法使いのベホイミだ。正確には、魔法使いのベホイミは武器のスキルなのだが、直前あたりのクエストの褒賞として与えられる杖であり、そのまま魔法使いに装備させてしまう。
なお、魔法使いがベホイミを使わないとキメラ複数匹の火の息連打の前にあっさりと敗退する可能性もある。結果メラとベホイミが使える有能なエセ賢者が誕生し、僧侶の存在意義はどんどん薄くなる。さくせんをいのちをだいじに、に設定すれば減ったHPをすぐさま回復し、mpをひたすら減らす。そんなことするくらいなら殴ったほうがモンスターの攻撃回数を減らせる可能性があるから殴れよと思い、プレイヤーはこのあたりでいのちを大事にの作戦の意味を見失う。
そろそろいい加減、全体攻撃は出来ないのかと怨嗟の声をあげつつ進めなくなったクエストの前にプレイヤーは経験値とモンスターのこころを求めてただひたすらモンスター討伐に明け暮れる。
体験会なのだから仕方が無いと言い聞かせ誰もユーザの訪れない自宅に置物を置き気分だけでも変えようとするが歩いた歩数はカウントされず、本来もらえるハウジングシステムの経験値はおそらく半分以下。
そもそもAndroidではカウントされていないユーザもいるとのことだがこれはGoogle Fit経由で歩数をもらっているからだろう。Google Fitを初期からインストールしているスマホはほとんどない。ポケモンGOをやってるユーザならいれてるだろうが。
かといってiOSだからといって安心はできない。私はiPadでフレイしていたがiOSでは「ヘルスアプリ」経由でデータをもらっているのだろう。結果、歩数などカウントされるわけもなく(iPadではヘルスアプリが入らない) 半減した経験値の前にそれでも部屋の大半をモンスターの置物で埋め尽くしていく。
そして位置ゲーム要素の薄さに気付く。実はこのゲーム、モンスターの沸きについてはユーザ固有のものであり移動すれば沸くのはもちろん立ち止まっていてもモンスターが沸く。
仕事の脇に充電ケーブルを装着した状態でたまにモンスターが沸くのを見てはオートモードでバトルさせ職場から届く回復ポイントでMPを回復させ(一応HPも回復するが、毎回のバトル後に手動で回復しなければ全滅は目の前にある)ひたすら経験値を稼ぐ。
もちろんメタルスライムというドラクエシリーズならではの救済策はあるが沸きは皆無に等しい。遭遇したものの容赦なく逃げるのはご愛敬だ。バトルを繰り返した結果、導きのかけらは早々とカンストし目的地を遠くに置く意義はなくなる。
一応歩く、という意味での意義として、「こころ」を確実にドロップするというモンスターが地図上にプロットされていることがある。このモンスターを倒すと、こころが確定でドロップする。
…1回目は。
実は私が遭遇した限り、同じタイミングで同じ種類のこころを持つモンスターが確定ドロップのアイコンを出していると2匹目のモンスターを倒してもこころが確定ドロップしない。結果、戦闘を繰り返した方がこころがドロップする可能性がある。
さらに、こころにはランクがありD→C→B→A→Sとランクが上がれば上がるほどステータス上昇量も上がり、さらにパッシヴスキルが付く。
このこころは合成することでランクを上げられるのだが少なくとも体験会の間については、どんどん倒してクエストを進め強いモンスターのこころをみにつけた方がマシだったことを伝えておきたい。そもそも合成するほど(体験会の期間が短いから仕方がないが)こころは大して集まらない。
なお、モンスターの種類によって沸きの程度に偏りがあり(これは図鑑上で「とてもよく見かける」「めったに見かけない」などと表示される)めったに見かけないモンスターのこころだと、パッシヴスキルが大量についていたりする。しかしパッシヴスキルよりはステータス上昇量の方が重要だ。
ちなみにこの確定ドロップのモンスターが他のユーザと共有されているかについてはわからない。なぜなら私の知り合いにはドラクエウォークをしてるユーザがいないからだ。
いずれにせよ、位置ゲー特有の「同じゲームを遊んでいるユーザが自ずと似たような場所で楽しんでいる」という感は全く感じない。なにしろ、最大の「目的地を置く」ということですらいっしよにいるユーザと同じ場所に置くことなどほぼ出来はしない。後述の「メガモンスターとうばつ」程度が位置ゲーらしさの最高潮だろう。
(そしてそれは大きく裏切られることになるのだが。)
ポケモンGOでも大きな問題となった歩きスマホ。はっきり言ってドラクエウォークはもっと致命的だ。歩きスマホ、というより「スマホ見ながら歩いて立ち止まってスマホ」の繰り返しだからだ。コマンドバトルは一戦あたり1~2分程度をどうしても取られる。ウォークモードに設定すると壺を割らない(回復できない)のであるあたりからモンスターとバトルしては全滅を繰り返すだけのマシンと化す。
ちなみにHP/MPは自然回復もあるのだが、その条件は「アプリをフロントで起動していない」ことだ。ウォークモードでは自然回復などしない。さらにこのウォークモードはフロントでアプリが起動していないと動作しないため存在意義は薄い。
ああ、出現させるモンスターのレベルを下げれば被ダメージは下がり、問題なくなる。(前のクエストに戻ると、出現するモンスターのレベルも下がる)ドラクエらしく、町のまわりをうろついて弱いモンスターをいっぱい倒してレベルを上げる。なるほど、そのためのモードなわけだろうか。
余談だが、地図データはGoogle Mapから取っているらしい。地図上には周辺のスポットが文字で表示され、否応無しに現実世界であることを主張してくる。取捨選択は微妙で、名所が集中しているとこでは、文字だらけになる。
ちなみに、GPSまわりの処理がどうもアレであり仕方がないのだが、移動していたりすると戦闘のたびにキャラクターが地図上をジャンプしている姿が見られるのはご愛敬。電車などで長距離移動した後に起動すると、読み込みの時間の素晴らしさを感じることが出来る。
続きます
中心である原作ファンを最も大事にするべきであることは当然のことながら
そのジャンルを求めている新規の獲得がファン増加につながる大きな部分のはずだった
Vtuberアニメとして話題になった(実際はバラエティだったが)
バーチャルさんはみている や
四月一日さん家の
はVtuberであることでVtuberファンが主な視聴者となる最も普遍的なパターンだったが
求めるもの・ファン層があっているので、これに文句を言う人は少ない
見たくないなら見なければいいよね で済むからだ
しかし賢者の孫の場合、賢者の孫というもともとのファン層がいる作品に加え
サラリーマン御用達のなろう系 しかもその中ではかなり話題性のある作品ということで
そもそもはVtuberと何ら関係のない部分で人気を得ている作品である
バーチャル流行以前から配信プラットフォームとして人気を得ていた
より人気(課金)を得た者を起用する いわばオーディション企画からだ
とはいえああいうのは媚びたもん勝ち より金を落としてもらわなきゃ勝てないのだから
演技力とか声の良さなんて二の次で、お金を落とした相手によく思われる演技だけを極めたような連中が
今回は更に地獄で、その片方(謎のダンスEDのほう)は課金上位者でもない
企業のゴリ押しで、オーディションの上位圏外からなぜか最終審査に選ばれ
審査内容不明の中優勝に選ばれた そもそもほぼVtuberとして活動していない
今回の企画、出演したVtuber二人が炎上して終わるだけならまだいいかもしれないが
Vtuberとして活動している中にはプロ声優を目指す過程の活動として行っている者もいる
そういう人はネット声優であって 大成を目指しているかはわからないが
このパターンが結構多く、Vtuberとして大成したことを売りに
▽ほぼ同じ内容がWebで読める
金があるならそれを使うのは当然。
あと大半が書き直されていることもあるので「ほぼ同じ内容」とは限らない。
▽一冊読んだ、という満足感がない
「一冊のなかで起承転結を作らなければいけない」という制約があっては作りえない物語を読めるというところに価値がある。
この世に「起承転結のある物語」しか存在しないなんてつまらないだろう。
「ほとんど同じ筋の上でこの部分がこうだったら良いな」などと
当方、月に10~20冊くらい小説を買う本読み(ただし電書)。よく買うのは一般文芸(エンタメ。純文系も読むけど最近は買ってない)、ライトノベル(電撃、MW、スニーカー、甲羅とか。タイガも読むかな?)とか。
なろう系は買ってなかったんだけど、ちょっと思うところがあって、数冊買って読んでみた。Web上ではランキングに載るものを流し読みする程度。
▽ほぼ同じ内容がWebで読める
この時点で買う意味なくない?
「Webなんぞで長文は読めん! 紙で縦書きされてないものは読めんのだ!」みたいな人ならそりゃ買うかもだけど、俺のように電書読みで、Web小説も普通に読む人間からしてみたら、Webでほぼ同じ内容のものが読めるなろう小説に、金出す意味がよくわからない。
イラストがあるだろ、と言われたらそりゃそうかもしれないけど、それなら俺はコミカライズを待ちます。
▽一冊読んだ、という満足感がない
紙幅という制限が存在しないなろう小説が元だからしょうがない面もあるんだけど、俺が読んだいくつかの作品はそういう傾向があった。
つまり、ゲーム的世界観の中でダラダラ、何かやるたびに周囲から「すごいですねー」「さすが〇〇様」って言われてるだけで一冊終わる、的な。
ラノベでも一般文芸でもそうだけど、普通の小説は一冊の中で起承転結があり、盛り上がりがあり、何らかの大きな問題が解決されたりするんだけど、なろう小説にはそれがないケースが多い。
もちろん、全てがそうとは俺は言わない。一冊の中で綺麗にまとめてるなろう出身小説があることも確かだ。
しかし、大体のケースでは、一冊読み切っても「ああ、読めてよかった」っていう満足感がない。
ずっとダラダラ読み続けることができるWebならそれでもいいかもしれないけど、お金を出して買う一冊の小説でそれをやられると、はっきり言って「金返せ」と言いたくなる。
これはなろう小説が共通して抱えてる問題かもしれないけど、はっきり言って、似たような話がなろうにいくらでもある。
大体の話が、
じゃん?
そりゃクラス全体転移とか、VRMMOモノとか、追放とか、バリュエーションが色々あるのはわかる。だが、それを認識した上でなお、上記の二点の説明でほぼ事足りる小説ばかり、というのはいかがなものか?
もちろん、そういう小説が悪いとは言ってないし、ちゃんと書けてる小説なら読みたくもなるだろう。ぶっちゃけ、叩かれがちな「賢者の孫」とかも俺は楽しんで読んだ。
しかし、似たような小説ばかりなら、累計上位の作品だけあればいいじゃん、になっちゃわない?
そんな小説読むくらいなら、転スラでいいじゃん。
孫でいいじゃん。
このすばでいいじゃん。
オバロでいいじゃん。
巷に溢れる書籍化作品を流し読みすると、どうしてもそんなことが言いたくなってしまう。
(まとめ)
そんな感じで、大方のなろう書籍化作品は、買う理由がないなぁと俺は思ってしまう。
オタクでもない。
若い頃からオナニーはやめられなかった。モテない男でも性欲はある。でも風俗に行く勇気もお金もない。ではどうするか。一人でするのだ。エロ漫画やサンプル動画で。若い頃はサンプル動画探しに2時間くらいかけたこともあった。毎日しても、毎日したくなる。まじで脳が壊れてるんだと思いながらもどうしようもなかった。むかしタイガーウッズがセックス依存症とかニュースでやってたけど、金持ちの悩みなんだと思っていた。そんなことはどうでもよくて、やっぱり毎日したくなってしまう。脳が壊れてるから。では寝る前じゃなく朝だったら、満員電車でも仏のような顔をしていられるのではないか。試してみる。出勤前にオナニー。うーん、満足度が低い。でもしばらくは性欲ないような気もするが会社で眠くなる気もする。これはいかん。帰りに花太郎。やや満足度が高いが、やっぱり女の子を見てしまう。
触りたい、ではない。痴漢しちゃダメってわかってるけど、それ以前に目の前の人にいきなりおっぱい触りたいとは思わない。空想の中では触りたいけど、現実にはしない。そのへんは普通にわかっている。本題はそこではない。花太郎帰りでもおっぱいに目が行ってしまうということだ。キモいなと思う。脳が壊れている上に視線もキモい、糞のようなおっさんになってしまったんだな僕はいつの間にか。と思う。むかしゴーストスイーパー美神で横島くんがちちしりふともも、って若いながらに言ってたけどちちとしりに視線が行ってしまう。30代後半になってからは、現実的におっぱいを触りたいと思っていないのに視線だけ1秒くらい向いてしまう。若い時は0.1秒くらい見てすぐに自制心を持って視線を外してたような気がする。なんなのか、これは。肉体が衰えて脳が信号を受信するまで1秒かかっているのだろうか。
そんなとき、いつもふとボケたくないなと思う。こんな性欲おじさんがボケたら自制心がなくなっておっぱいを触ってしまうかもしれないし、視線を外せないかもしれない。俺はキモいおっさんの俺を認識しながら生きている。ボケない間は痴漢は絶対にしない。したいとも思わない。だけど自制心がなくなったら、ボケたら、犯罪者になってしまうかもしれない。若い頃は性欲は出したら終わりだったけど、おっさんになってからは出しても終わらなくなってきている。ちんちんは賢者でも、沼のような視線は変わらないのだ。触りたいわけでも出したいわけでもないが、目が向いてしまう。そんな自分をキモいと思っている。ボケても痴漢しないような人間になりたい。
少しお金が溜まったら去勢したいと本気でも思っている。世の中のみんなは道を踏み外さないが、俺だけがこんなにキモい目を持ってしまっている。去勢すれば性欲でもない沼のような視線から解放されるかもしれないし、ボケたとしてもおっぱいは触らないだろう。
本能だから女の子を1秒見るくらいいいじゃないか、と優しい人は言ってくれるかもしれない。でも俺が嫌なのです。汚いことはしてないはずの俺が汚いおっさんになってしまっていることが嫌なのです。みんなどうやって折り合いをつけて生きているのか。自分の視線をコントロールしているのか。
タイトルの通りなんだけど、同時にグラブルに不満ばかり感じるようになった。
グラブルの魅力は、メインストーリーとキャラごとのエピソードやイベント時のサイドストーリーなどがある。
ガチャは別としてキャラそれぞれもカッコよかったり可愛かったりと育成のやりがいも感じる。
運営もあれこれとユーザーの為にやってくれて、定期的にユーザーが得になるキャンペーンを行ってくれるし
大きな催し物をリアルでも行ってくれる。
そんなグラブルなんだけど、不満もあったりする。
もうずっと続いているサービスだけに、廃人レベルのユーザーも多いから仕方ないとは思うけど
グラブルの場合、武器ごとに必要アイテムが分かれていたり召喚石ごとに分かれていたりと
とにかく必要なものが多すぎて、正直一般的なユーザーの遊び方では一日1時間~2時間遊んだ程度では
しかも、全体の一部だったりする。
今配信されている賢者シリーズに至っては、チケット制限があるのでピンポイントで開放していかないと進まない。
1日1枚、キャンペーン時に2枚、これらを一点集中で行っていかないと開放が難しい。
グラブルの運営としては長期運営が見込めると作っているコンテンツなのかもしれないが、
プレイする側としては疲れるのだ。
1つ開放した、やっと出来た!と達成感は感じられても、次を見るとまた同じ素材をドロップ確率に振り回されて時間を費やす。
アプリゲーというのはそういうものではあるけれど、グラブルのコンテンツは数が素材の種類だけでなく、一つ一つの必要素材の数も多い。
一気に10個20個出るならやりやすい、しかし実際は1個出ればいいし運がよかったら7~8個出る素材も稀にある。
武器のドロップでリアルラックを求められ、ガチャでリアルラックを求められ、そして素材でリアルラックを求められる、
グラブルというゲームはプレイヤーの気力を根こそぎ削いでいく。
根気よく続けてきたし、やっぱりグラブルは好きなんだけど
エンドコンテンツをどんどん増やしていくのは不満。
最近はそれに追加して、敵味方のバフデバフも意味不明なものが増えてきた。
ヘルプを読むと特殊効果の欄に名前がズラーッと載っていて説明が書かれている。
多すぎる。
電車の中で30代男性がONE PIECEを読んでいるのを見たとき「こいつは仲間と共に冒険の旅に出たいのだな」とは思わない。
電車の中で30代男性が進撃の巨人を読んでいるのを見たとき「こいつは危機的な状況に飛び込み巨大な問題を解決して英雄になる妄想を抱えているのだな」とは思わない。
しかし電車の中で30代男性が賢者の孫を読んでいるのを見たとき「こいつは会社がつらくて自分の能力に絶望しているから死んで異世界に生まれ変わってチート能力を貰って楽して大活躍したいのだな」と人は考えてしまう。
まるで脳にバグが仕込まれたかのように、人はなろう系の主人公と読者を同一視してしまうのである。
なろう系のアニメが始まったときに「よーしいっちょ俺TUEEE(笑)でも見てスカッとするかなー!」とかなんとか自分に言い訳しながらそれを見る。
そして最強の力を持ちながらそれを誇るわけでもなく積極的に行動するわけでもなく何か問題に巻き込まれたときに淡々とそれを解決して周囲から褒められるだけの主人公に「感情移入できない」ことに驚く。
「感情移入するための物語」のはずなのに主人公にまったく共感しないしスカッともしない。
なんだこれは。何が面白いんだ。
二次創作SSにはしばしば作者の妄想が爆発して生まれた最強完璧主人公が登場する。
最強完璧主人公と自分を同一視できないのは当然だし、その非現実的な存在を不快にさえ思うだろう。
二次創作SSには「ヘイト」だの「断罪」だのといったジャンルがある。
原作で嫌いなキャラを二次創作のなかで徹底的に酷い目に遭わせてウサを晴らすというものである。
チート能力を手に入れて調子に乗ったモブ勇者がそれ故に失敗を重ね、周囲から嫌われ、最後には謙虚な主人公にボコボコにぶちのめされるという話である。
なろう系にはこうしたエッセンスが色濃く残っているので、主人公がチート能力を手に入れてもあまり調子に乗らない。
あるいは、即物的な快楽に見向きもせずに大きな目標を目指すようなキャラ造形になる。
二十年以上もかけて、お約束をメタり、それが新たなお約束となり、またメタり、気に入らない展開を潰し、好ましい展開を真似してきた、その果てに現在のなろう系がある。
理解できないものをみたときに、思わず自分が理解しやすい卑近で俗悪な解釈に落とし込んでしまうことがある。
それが故に人は「なろう系」とその読者を同一視してしまうのであろう。