2019-05-18

人はなぜ「なろう系」とその読者を同一視してしまうのか

電車の中で30代男性ONE PIECEを読んでいるのを見たとき「こいつは仲間と共に冒険の旅に出たいのだな」とは思わない。

電車の中で30代男性進撃の巨人を読んでいるのを見たとき「こいつは危機的な状況に飛び込み巨大な問題解決して英雄になる妄想を抱えているのだな」とは思わない。

しか電車の中で30代男性賢者の孫を読んでいるのを見たとき「こいつは会社がつらくて自分能力絶望しているから死んで異世界に生まれ変わってチート能力を貰って楽して大活躍したいのだな」と人は考えてしまう。

まるで脳にバグが仕込まれたかのように、人はなろう系の主人公と読者を同一視してしまうのである

なろう系のアニメが始まったときに「よーしいっちょ俺TUEEE(笑)でも見てスカッとするかなー!」とかなんとか自分言い訳しながらそれを見る。

そして最強の力を持ちながらそれを誇るわけでもなく積極的に行動するわけでもなく何か問題に巻き込まれとき淡々とそれを解決して周囲から褒められるだけの主人公に「感情移入できない」ことに驚く。

感情移入するための物語」のはずなのに主人公にまったく共感しないしスカッともしない。

なんだこれは。何が面白いんだ。

混乱を来した脳みそひとつ結論を導き出す。

「つまり、この作品は出来が悪いんだ」。

なろう系の土台には二次創作SS文化がある。

二次創作SSにはしばしば作者の妄想が爆発して生まれた最強完璧主人公が登場する。

最強完璧主人公自分を同一視できないのは当然だし、その非現実的存在不快にさえ思うだろう。

二次創作SSには「ヘイト」だの「断罪」だのといったジャンルがある。

原作で嫌いなキャラ二次創作のなかで徹底的に酷い目に遭わせてウサを晴らすというものである

そうした文化にもとづいて最強主人公へのヘイトが登場する。

チート能力を手に入れて調子に乗ったモブ勇者がそれ故に失敗を重ね、周囲から嫌われ、最後には謙虚主人公ボコボコにぶちのめされるという話である

なろう系にはこうしたエッセンスが色濃く残っているので、主人公チート能力を手に入れてもあまり調子に乗らない。

あるいは、即物的快楽に見向きもせずに大きな目標を目指すようなキャラ造形になる。

二十年以上もかけて、お約束メタり、それが新たなお約束となり、またメタり、気に入らない展開を潰し、好ましい展開を真似してきた、その果てに現在のなろう系がある。

しかし大多数の人はもちろんそんなお約束など知らない。

理解できないものをみたときに、思わず自分理解やす卑近で俗悪な解釈に落とし込んでしまうことがある。

それが故に人は「なろう系」とその読者を同一視してしまうのであろう。

まことに愚かなるは人の子よ。

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