はてなキーワード: スレスレとは
「悪の行為でないとは言わないけど、『悪だからやめろ』で止められる行為でもないよね」みたいな。
いじめられっ子が自分の扱いについにキレて暴れたのでとばっちりで傍観者たちに火の粉が飛びましたっていう状態。
とばっちり食った傍観者たちはそりゃ気の毒だけど、でも「傍観者」だったんでしょ? みたいな。
国家の政策レベルでイジメスレスレの行為を意思決定の元に行っていたんだったらその時点で国民全員最低限自動的に「傍観者」だし、「傍観者」にはイジメ当事者としての(薄ーいながらも確実な)リスクがある。
それ判ってて意思決定して傍観してたんでしょ?
まさか自分(とその周辺者)にそのくそ薄いリスクが濃縮された具体的な危険になって降ってくるとは思ってなかったというだけで。
みたいな。
自業自得とまでは言わないけど、「何で自分が!?理不尽だ!」の問いの答えは「半分は運だけど半分は必然だよ、あなたが直撃喰らったのはアンラッキーだけどそれが生じるまでにはそれなりにメカニズムと道筋が出来上がってしまっていてあなたはそれを止めたり絶ったりしなかったしできなかったんだよ」でFAみたいな。
お昼を食べながら会社の上司(女性)と話して思ったことがあるので、初めて書いてみることにする。
私はついてない星の元に生まれたんだろうな、と思うことが山ほどある。
私の人生など、地球の誕生と比べたら、ほんの一瞬、閃光が放たれるか放たれないかの問題だと思うが、
それにしてもついてない星の元に生まれたんだな、と時折思う。
両親には一切恨みなどない。
じゃじゃ馬どころか相当な暴れ馬の反抗期を過ごしてしまい、本当に後悔しているし、
お金のない生活の中から4年間の大学費用を捻出してくれたことは感謝しているし、
失恋して大学の単位もスレスレに酒浸りのやさぐれた生活を過ごし、
ロクに就職活動もせず、茶髪のまま公務員試験を受けに行ったら思った通り落ちたのに、
就職活動らしきことをしただけで嬉しがっていた親に申し訳ないほどだ。
殴られて育ったけど、かといってそれがDVだとか家庭内暴力だとは、思わない。
大人になってから両親とは、小さいころとは違って楽しく過ごしている。
楽しくしている風に演じているのかもしれないが、実家に帰ることは苦痛ではないし、兄弟含め家族みんなで食卓を囲むことはやはり幸せなことだ。
バツイチ子蟻とわかっていれば、付き合うこともなかった。
時間差で知らされた私は、なんと愚かだったのか。
都会の男はずる賢い、とショックだった。
気持ちをそっくり持って行かれた後に聞いたとしても、それはもう後戻りできない状態。
私の場合は落ちるというよりも、「堕ちる」が合っている気がした。
それがどんな学校なのか、田舎出身の私には得られる情報源もないが、私立ということはそこそこお金がかかっているだろう。
彼は授業料は支払っていないが、子供が大人になるまで養育費代わりに住宅ローンの支払いをすることになっている。
言葉では言わないが、どうやら子供のことは可愛がっているようだ。
部屋に不釣り合いな大きなディズニーのぬいぐるみも、おそらく子供との思い出の品だろう。
時折予定を明らかにしないまま外出し、時間が経ってから子供に会ってきたと報告してくれる。
彼と関わりのあった人であり、遺伝子を受け継ぐ一個体ではあるにせよ、私は直接関係していないし、何か言える立場の人間ではないからだ。
彼が子供を大切に思う気持ちを、私は大切にしてあげたいと思っている。
私と彼は、一度別れた。
2年後の東日本大震災があって、距離がもう一度近づいた。
一度別れていることもあり、もう一度付き合おうとおもって近づいたわけではない。
そうこうしている間に数か月過ぎ、もう一度付き合おうと彼が言い、少し考えたがそれに従った。
3か月後、妊娠検査薬で陽性反応が出た。
中絶してほしいと言われると思っていたが、彼は結婚しようと言った。
産休や助成金について調べ、形だけでもいいから式をあげようと、情報を探し回った。
3週間後、子宮内除去施術を受けた。
稽留流産だった。
泣きわめいて生活していたが、手術後は諦めたのか自分では落ち着きを取り戻したと思っている。
でもこうしてテキストにしてみると悲しい。
どうして育ってくれなかったのだろう。
両家顔合わせは昨年中にしたが、その後の進捗は特にない。
ただのプロポーズならともかく、デキ婚未遂のような状態で結婚しようと言われ、だけど子供は流産してしまい、今はお腹に誰もいない。
正直、辛い。毎日悲しい。
愛があったら大丈夫!キャピッ!!とか言える若さも、勢いもない。
私は大切な友達に
と言うことにしている。
せめて友達がつらい思いをしている姿は見たくない。
自分を五体満足、入院も骨折も歯医者も言ったことがない健康体に育ててくれた両親を悪く言いたくない。
両親の育て方の問題でこんな私になったとは思いたくない。
(おそらくはそうだとは思っているが)自分のせいだとも、できれば思いたくない。
となると星回りが悪いと思う他ない。
学生時代に大好きだった彼にフラれたのも、上京してからバツイチ子蟻彼と2度付き合うことになったのも、そういう星回りなのだ。
運がない人がいるから、良い人が際立つ。たったそれだけの差だ。
誰彼不幸になればいいとは思わないし、お祝い事も心の底からお祝いしたい。
つまり、社会的に優位に立ち、「家」を獲得することが大前提だから、同性間での「外見」による序列が発生する。
実際、女子高なんかじゃ女はどんどんだらしなくなるって言うじゃん。異性の目がないから。
そして、社会における女の外見の重要度は、同性間の同調圧力ってレベルじゃない。
前に誰かが書いてたけど、「場の構成要因としてカウントすらされない」。存在が無かったことにされる。
女が居場所を獲得しようとしたとき、「外見がよい」ことが優先事項のトップにくる。
性的アピールってのも第一に、男は視覚優先だからな。他の要素でカバーしようと思ったらかなり厳しい。
痴女スレスレのセックスアピールを出来ればひっくり返るかもしらんが。
社会的に、女の能力は「異性から見た有用度」を加味して判断される(というか、場の構成要員として略)から、
社会で生きてる女にとって、外見を磨くことは死活問題になってくる。
見た目が悪いと居心地が悪い、注意される、みたいなヌルい話では済まない。
生物学的に外見重視なのは女よりも男、という統計を見て、さらっと納得する男は少数でしょ。女からしたらさもありなん、だけど。
ただしイケメンに限るは大嘘。女が異性を選択する基準は自分と(潜在的に、将来生まれる子供の)生存と安全が第一基準だから、
女はパートナーに見た目の美しさをそこまで求めない。だから美女と野獣カップルが成立しうる。
まあ今の社会、男も女も息苦しいし互いをやっかんでる感があるので、どっちがどっちってのでもないと思うけど。
この国では基本的に、面識のない人や薄い人は「他人様(ひとさま)」っつって礼儀正しく接するべしってことになってるんだよ。
礼儀正しいって言うのはある程度の尊重の姿勢を見せるってことね。
で
初めて一緒に食事に行く女ってのは
いわば仲良くなった「他人様」みたいな非常にあいまいなポジなのよ。
仲良いけど他人様。一定の尊重の姿勢がまだある程度必要とされる感じ。
そして
ファミレスってのは「ファミリーレストラン」、もう全然他人様でも何でもない間柄の人間の集団向けの店なわけ。
居酒屋も同様。
そらあんた、「他人様」スレスレの人間連れてったらどん引きされますよ。
侮辱っていうか「あ、この人自分のこと尊重する気持ちがすごく薄いんだな」「家族みたいな遠慮のない感じがいいってわけか、まだ初対面に毛が生えたレベルなのに」「馴れ馴れしくてイヤだな」みたいな感じにどんどんテンションが下がっていく。
「ファミレスって何なの?私はアンタのにょうぼやカーチャンじゃないんですけど?」みたいなキモチになる。そもそも提案すんなよ、ってね。
これを短絡的に「尊重の姿勢って要するにカネ出してそれなりのとこ連れてけってことだろ、あさましい」と捉えてはいけない。
事は距離感の問題であって、カネがあるとそこらへんの演出がしやすいというだけにすぎない。
ファミレスより先にバーガー屋か喫茶店を考えろ。フレッシュネスだのスタバだのあるだろ。
あるいはファミレスならサイゼくらいにしとけ。一昔前にデート先としてイタリアレストランが流行った影響で、イタリア料理が出てくれば辛うじてオシャレ感が保てる。
「オシャレさにいちいち気を使わない」というのは仲の深まった人間同士でしか通用しない。まだ仲が深まってない段階でそこまで踏み込むべきじゃない。
8月は終戦の季節なので。
1941に真珠湾で開戦し、当初は連戦連勝だったが、1943辺りから敗色が濃くなった。
選択肢としては、そのまま「本土決戦」まで突っ走らずに、ミッドウェーとか
ガナルカナル、フィリピン争奪戦辺りで、アメリカと講和する、という選択肢もあったかもしれない。
(欧州でヒトラーが交戦状態だったので、日本単独の講和が可能かどうか微妙だが)
「1943頃に、中途半端に講和休戦する」より、
「1945まで玉砕で突っ走って、無条件降伏に追い込まれた」ことが、
数値は腰溜めの数値だが、
「A=開戦前の4分の3の国力の状態で1943頃に休戦し、その後5%の経済成長の日本」と、
「B=開戦前の2分の1の国力まで落ち込んで1945に無条件降伏し、その後10%の経済成長の日本」。
確かに一時的に辛いのはBで、それこそ飢餓線上スレスレだったのだが、
数十年のスパンで考えるとどうか?
75.00 1943
78.75 1944
82.69 1945 50.00
86.82 1946 55.00
91.16 1947 60.50
95.72 1948 66.55
100.51 1949 73.21
105.53 1950 80.53
110.81 1951 88.58
116.35 1952 97.44
122.17 1953 107.18
128.28 1954 117.90
134.69 1955 129.69
141.42 1956 142.66
148.49 1957 156.92
155.92 1958 172.61
163.72 1959 189.87
171.90 1960 208.86
180.50 1961 229.75
189.52 1962 252.72
199.00 1963 278.00
ということで、当初は苦境だが、1956頃にはBの体制の方が経済規模で優位になり、
以降その差は拡大していく。
Aの体制だと、軍部はそのまま温存され、治安維持法も大政翼賛会も温存。
GDPに対して軍事費の圧迫は著しく、又外交も困難を極め、自由に資源調達できず、自由貿易も望めない。
ひと握りの中産階級と多数の貧農、という体制下なので内需も拡大しない。
言論の自由は制限され、それによる萎縮効果で、科学技術の進展も緩やか。
結局、一時的には辛くても、「膿を出し切って、高度成長できる自由体制」に舵を切った方が、
長期的には国力は増す、ということになる。
結果的に旧国体が解体に追い込まれたことによって、高度成長体質になった、その意味では
日本が「徹底的に太平洋戦争を戦った」ことが、その後の日本のためになった、と感じている。
逆説的だが、頑迷に本土決戦に固執して自爆した、旧日本の支配層には
不安をつぶやきTLに垂れ流しお互いに「発狂トリガー」引き合ってこっちの地域に逃げてきて
なおも毎日不安になる材料をわざわざ探すのを見てて「刷り込まれているからね
我らが世代以上は。幼い頃から左翼教師やマスコミによって放射能に対する恐怖心を」と思った。
今の若い世代は知らないだろうけど、昔は放射能への恐怖を煽るマスコミや教師が結構あった。
8月6日が近づくとテレビ付けるの嫌だった。登校日には平和教育と称してグロ映画やグロ話
無理やり聞かされるし。ほんと登校日が憂鬱だった。
ネットで名を上げたいとか恐怖を煽ってアフィ美味しいみたいな人たちのことは心配してない。
地元で活動している反原発の声の大きな面々は何人かが元々メンタルがギリギリな人たちと
いうかスレスレで、そういう人々の「発狂トリガー」を引いてしまって色んな変な行動を取らせてしまう
ギリギリだと分かっている人ほど健康が悪化したときの未来が不安だろうしね。
でもこのままだと放射能で体が損なわれるよりに先に、人生の中で相応に傷つき歪みヒビ入っている
部分が、放射能の不安を煽りあうつぶやきの大量ツイートを毎日素直に何も疑わず受け止めるうちにその部分から壊れて
砕けたら心は二度と同じ形には戻らないかもしれないよ ハンプティダンプティ
壊れそうになる前に戻れる人はツイッターしばらく休むといい。
「自分」が無い人が他人のつぶやく一見良さそうなことをすぐRTして深く考えないような人達に放射能への
がれきよりも撒き散らかされたつぶやきの「恐怖」に汚染されて既に壊れてしまった人達にはごめん。何を言ってあげたらいいのか分からない。私も壊れてるから。
Studygiftと坂口綾優さんの諸問題に対するホームイン君の感想文
http://ieiri.net/archives/2954
の内容と、日経新聞の記事
http://www.nikkei.com/article/DGXBZO42176240U2A600C1000000/
同じ1987年生まれで地方理系短大出身 都内企業勤務*年目の僕が、リアルに坂口さんをうらやましいと思った内容を書いて行く。
あー羨ましい!!!
いや、こちらとしては「よく分からない人を騙して儲けるのは卑怯だ」と言っているだけです。けど、「まあ今のところ明確に違法という判断もされにくいようだし(スレスレだと思うが)、あんたらがそういう仕事しかやれないなら勝手にすれば」と、もうどうでもいいんです。
参考リンクだけ置いておくよ。今後もせいぜいアコギで卑怯な商売を続ければいいんじゃないの。
ただ、自分が正しいことをしていると思って欲しくない、ということ。「自分が卑劣なことをして儲けている」ということを忘れて欲しくないなと思って。
少なくとも、あんたらが叩かれる背景は「卑劣なことをしているのに、あたかも正当な取引をしているかのごとく装う」ことにあると思う。
まあせいぜいがんばって。
「インターネット消費者取引に係る広告表示に関する景品表示法上の問題点及び留意事項」の公表について
http://www.caa.go.jp/representation/index.html#m01-5
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111024-OYT1T00169.htm
自分の父はまだ生きている。本当は死んだら書こうと思ったけど、今匿名で書く。
幼少期に父にされた事
これでコミュ障にならない方がおかしい。なんとか仕事して生きているけど、いつもスレスレ。で、そういう状況を相談すると「なんできちんと考えないんだ」と返される。
まあ、こんなのだから、60になった今じゃ、友達もおらずに常に一人だけど。
正直、父と酒を飲みかわせる人がうらやましい。自分の父とは、嫌悪でいっぱいで酒がまずくなる。一秒だって一緒にいたくないのに。
池沢先生はネットの狭い世界では2年ぐらい前から有名人でした。
昨今流行りの「炎上」スレスレの発言を繰り返していたからです。
発言内容は今で言うミサワ、
自意識が過剰すぎて溢れ出しちゃってる感じのアレでした。
(犯罪告白とか反社会的発言は一切無いので本当の炎上はしてません。)
・マイミク申請してきた漫画家志望者のレベルが低いので蹴ったこと
等などを綴っていました。
その中でも
「アフタヌーンとかでなら今でも連載できる、だけど理想を落としてはいけない」等の
人に迷惑がかかりそうな発言だけは注意されたりプチ炎上したりして撤回したり。
本題はこれを踏まえて今週のジャンプの新連載を見て欲しいと言うことです。
これを読んで、今私が説明した池沢春人先生の人物像と重なりますか?
重ならないんじゃないでしょうか。
この漫画読むとなんとなく、作者は謙虚な低姿勢の人のような気がしませんか?常識的な。
この漫画描きながら「俺は天才だ!」って叫ぶ人はいなさそう。出来が悪いという意味ではなく。
先生は昔は
才気走った感じの異世界漫画を描いたりしてました。絵の中に入ってどうこう。
今とは似ても似つかない漫画描いてました。
言動と噛み合う感じの。
あの彼のどこをどう調教したらこんなに大人しい、
「一芸付き学園コメディ(場合によってはバトルにいけるよ!)」みたいな
ジャンプのテンプレ的コテコテ漫画を描くように躾けられるのでしょう。
この間2年は経ってない筈。
編集者はどんな風に飼い慣らして、あの芸術系トンガリボーイにこんな漫画を描かせることに成功したのでしょう。
バクマンでボンクラ系漫画家を操縦する敏腕編集者が出てきますが、あのレベルでもちょっと説明付かないような。
これは普通のことなんでしょうか。
ショックと言うかなんか怖い。
そんな話はしてないぞ?
じゃぁ、賢いあなたに判る様にがんばって説明するわ。
先進国での少子化と後進国での人口爆発を論点にしているとしようか。
後進国の繁栄の速度を先進国と同等、またはそれ以下になるように調整し、先進国の繁栄を固定化したいとあなたは考えているようだが、
すでに先進国が衰退の一途にあり、後進国も先進国同様に衰退するように調整せねばならず、人類全体の衰退が確定してしまう。
先進国は金融リソースは豊富だが、それを利用し再生産させる人的リソースは目下減少中だ。
人類が繁栄をしていくためには現在人的リソースにおいて成長している後進国に衰退している先進国が自らを犠牲にして金融リソースを投入する以外に無い。
先進国が消滅することを容認するのなら、大量の金融リソースを抱えたまま後進国もろとも消滅するよりは、金融リソースを後進国に受け渡してから消滅した方が人類の為だろう。
さすがに記名で出せる内容ではないんだ。
だが自分ひとりで抱えているのもしんどくなってきたので
ここで綴らせてくれ。
しかも長文になると思う。
当方30歳、嫁(予定)29歳。
同棲して1年弱、付き合って3年弱というところ。
上記の通り、同棲して1年程度なんだが、
まぁボチボチ性生活もあり(月1回程度、ギリギリでレスではないレベル。)
で、
俺自体はやりたがりぃなもんで、ちょいちょい誘っては
敗戦することもあり、といったカンジ。
基本的に嫁は体力があまりない+平日仕事なので
必然的にチャンスは減る、し断られることも有。
そんな同棲生活1年弱。
そんな生活の中のある日
先月の末に嫁が出かけている時に暇だったので
洗濯物をたたんでいたんだが、
下着のたたみ方がわからず、かといって下着だけ残しておくのもなぁ、と思い
失礼かとも思いつつ、嫁の下着入れ(寝室にある)を開けたわけで。
で、そこにあったんすよ。所謂「大人のおもちゃ」的なものが。
的な、というのは本来の利用目的と外れた使い方のため。
が、隠している場所といい、あと、本来の使い方をするために必要な部品がないので
が、しかし。
基本、女性の性欲に対して寛大というか、容認する人なので
とはいえ、俺自身はそういった秘密を見つけても黙っているのが苦手な為、
嫁に対して報告。
「こないだ、申し訳ないんだが下着入れを開けてしまってな」
「それ以上はいわないでぇぇぇぇ」
という状態になったので、
「まぁ、ね。女性にも性欲はあるだろうし」
というハナシをして、終了
「ただ、俺ともしてほしいトコだよなー」とか
「シテるトコみたいなー」というフリはするが
華麗にスルー。そして
「癖になってて辞めたい」とも。
とはいえ、やはり嫁の動きは気になる。
とりあえず、頻度を知りたい。そんなに多く無いといいなと。
そして同棲であり、寝室も一緒なのでそんなにチャンスもないはず。
なので、
アレを取り出すタイミングだろうと思い
引き出しの開閉がわかるような仕掛けをした。
非常に単純で、引き出しの下部に見えないようにピンを挟んだのである。
それを
1.俺がひとりで買い物に出かける
2.俺が風呂に入る
で実行。
で。
ここまでくると、もっと証拠というか、
状況を掴みたい。
そこで2のタイミングに注目。
風呂に入る前に俺が下着を取りに行くときに上記のピンのセットと、
携帯電話(スマホ)のボイレコ機能をこっそりオンにして風呂へ。
すると。
なんと実施2回目にしてヒット。
ふとんに潜る音、からの、
独特の振動音。
声は全く入らず。
再度布ずれと、引き出しを開閉する音。
ええ。
音声がとれた、かつ頻度も高いとなると
映像も抑えられるのでは、と。
で、
詳しくは書きませんが
(冷暗安定環境なので寝室に鯖機を置いてた)のWEBカメラで監視。
そして動体反応で録画+メールを飛ばすよう設定。
ええ。
設置数日で見事に撮影に成功。
そんなに鮮明ではないんですが、なんというか独特の臨場感がある映像を
上出来です。
しかも一回はきっちり果てるところまで。
ああ、果てるときは声だすんだなぁ。
俺としてるときはほとんど果てないよなぁ。なんてことを思ったりして。
ええ。
さて、そんな状況に至ったのが今。
もちろん、嫁本人には話せないし、この画像をばらまこうという
つもりも毛頭ない。
俺自身がこの盗み見が楽しくなってしまい、
前回と前々回の反省を踏まえて撮影クオリティを上げたりしていること。
光源の強化と、音声録音のレベル上げ。
はまったのだ。
しかも、撮影設備を整え終わった今週末によりにもよって月のものが来た、と
ということは多分今週いっぱいくらいはしないだろう。
まぁここでしたらそれはそれで
興奮するんですけどね。
しかし、
これは確実に犯罪だよなぁと思い
困っているところ。
正直いうと悔しいという点もある。
なかなかレアというかすごい環境の為、興奮するのも事実なのだ。
まあ、
そんなことを半月程度やっていただけで、
やめどきを見失ってしまったのだ。
それなりに露骨にやっているんだが
PCに詳しくない嫁は多分気づかないだろうし
まさか素人が真っ暗な寝室を暗視できるだろうとは思ってないだろう
この増田にも詳しく書いてはいるが嫁バレはしないだろう、という読み。
ずるずると長くなりましたが、
どうにもならない悩みを抱えてしまったという気分。
自爆なのは分かっている。
嫁に白状して怒られて、もうしません、で終わりとするか
(多分、その後も嫁のひとりあそびは続くだろう。撮影して見て~という楽しみを失う。)
このままずるずると続け、飽きるのを待つか
そして嫁との今後の関係をどうするのか。
自ら深みにはまって身動きができず。
なにやってんだか、とか気軽に思ってられなくなり
ここまで読んでくれてありがとう。
それでもここまで書けて少し楽にはなった気がする。
あなたはその元彼と付き合う~別れる過程で
依存通り越してメンヘラスレスレな行動を彼に見せていたのではないか?
たまに元カノを都合のいいセフレにしようとするだらしない男がいるけど
彼は本気であなたのことを気に掛けて心配してるだけだと思う。ナイスガイだ多分。
ただ
「現カノがあなたに猛烈に嫉妬している」っていう情報はどこから得たのだ?
大喧嘩して別れた男女の間でそんな情報が入ってくるまともなルートがちょっと考えられないのだけど。
あなたに対して下心や未練があるのかもしれない。
…なんかその友人変だよ。気をつけた方がいい。
どうやら自分は他人を見下すことでしか幸せになれない人種だったようだ。
今、どうしてもそれを認めなければならなくなって、どうしようもなく辛い。
美しいハッピーエンド物語では、他人の評価を求めすぎた作家が、『他人のために』と思い直す。
自分はそれと逆だと気づいた。
考えれば考えるほど、小さい頃からそうだった気がする。
小さい頃、絵を褒められて何を勘違いしたのかそのまま絵を描いていた。
延長として小説も作った。
ランキング1位の作品を見て、あの人のようにすばらしい作品を書けるようになりたいと憧れた。
憧れの方向が違ってた。
だから作品につける説明文はその内容よりも、自分がどうだったぐらいしか書いてない。きもい。
作品の内容を考える時間よりも、その作品を出したらどんな評価がくるか、ということばかり考えてた。ばかだろ。
ずっとそこを勘違いしていたから、「人の評価であなたの価値は決まらないよ」という励ましの文句でさえ、何故か心に響かなかった。
もしかしたら、創作に向いてない性格なんじゃないか。根本的に。
しかし、それでも、自分の作品がランキング1位で、コメントがああだこうだぐらいしか考えてない。
肝心の中身がない。
他の人がこれを言った時、ちょwwwwきめえwwwとあざ笑ったが、
考えた末にたどり着いた答えが他でもない、自分がそういう人間だった。
「あなたが、嫌いだと思っている人間の性格はあなたにとって悪いと思っている部分です」というのは正しいと思った。
そんなことはどうでもいいや、もう疲れたよ。
どこから間違ってた?
人と喋ってストレス解消が、理解できない。
友情も理解できない。
自分は死にたいんじゃない。人間の居ないところに行きたいだけだ。
人間っていうのは、悪口陰口叩きあいしたり、利益のために詐欺スレスレをやったり、変に固まっていたり、変に考えている生物を指します。
人間扱いされない場所、かつ生きていけるところがいい。
一日三食で少々の水分と、少しの散歩でいいよ。
http://live.nicovideo.jp/watch/lv35351123
なんだよ。ニコニコでやっていた化物語一挙放送のタイムシフトの期限が13日で切れるから時間スレスレだよって
思いながら見始めて、23時59分に最終話ed入ったので良かったよかった、と思っていたのに。
マイページで「視聴権使用期限が切れています [2011/01/13(木)23:59まで]」になっているけど、まだ見れる。
12月中旬くらいにタイムシフトは番組時間+24時間は見れるから期限当日にタイムシフトを視聴権を使うと
どうなるかなって試したら、次の日になった段階で番組時間+24時間は考慮されず見れなくなるから、焦って見ていたのに。
リビングで見てると家族から「なにニヤニヤしてんの?」「そんなに真剣に何見てるの?」
「なによろこんでいるの?」と言われ、わしが晒しもんになっただけじゃん。
今回のテーマは斎藤修「プロト工業化の時代」。刊行は1985年と私が4才のころ。結構前の本だが、興味がある比較工業化というトピックを扱っていることと、サントリー学芸賞受賞作ということで読んでみた。
まずはじめに、「プロト工業化」についての定義が与えられる(p52)。一言で述べると、
つまりそれは単なる農村工業化の話ではなく、農村部での分業形成のプロセスに関する議論ともいえる。農村工業に対して、現在の資本主義社会のオリジンとしての性格にスポットを当てるのが、プロト工業化の理論なのだと見てよいだろう。
プロト工業化論を提唱したメンデルスは1970年代の研究で、18世紀フランドル地方においての次のような事実を指摘した。フランドル地方を沿岸部と内陸部とに区別すると、人口の稠密度合いは明らかに内陸部の方が高かった。一方でフランドル地方でリンネルの工業が発達していったのは、(沿岸部よりも土地が痩せていた)内陸部だった。
ここからメンデルスは、フランドル地域間で比較優位の法則のようなものが働いていたと議論する。沿岸部で農村工業が発達したなかったのは相対的に肥沃な土地だったため農業から転換する理由がなかったためである。一方、農業に向いていない内陸部は、(相対的に人口稠密で)、低賃金労働力が利用できるため工業が発達するインセンティブがあった、と。
工業に産業構造を移転させることができる多くの人員と、地質的に従来型農業への比較劣位をもっていたことが、フランドル地域内陸部で農村工業を発展させるドライバーとなったのである。
ヨーロッパ全体を見渡しても、農村工業がある特定の地域に集中して発展していったという事実は観測できる(p26)。それでは、なぜ農村型工業は特定の地域に定着して、他の地域に根付かなかったのか。プロト工業化論を敷衍すると、偶然にしろ必然にしろ、(人口の多寡や土地の肥沃さなどの)初期パラメータがそうなっていたからだ、ということになる。環境決定論スレスレだが、そうなる。
こうした議論を読んで、すぐに思い出したのは市場の勃興を経済学的なインセンティブの原理から説明したジョン・ヒックスの「経済史の理論」だった。プロト工業化の理論もまた同様、インセンティブに従って動く人々や、既存産業へのロックイン効果が働いている状況といったような、経済学的な議論がかなり下敷きになっているように見える。実際、メンデルス自身、「プロト工業化」を初めてタイトルに用いた1972年の論文をジョン・ヒックスの引用からはじめている。
だから、本書の後半で著者が展開したプロト工業化論の解釈と反論は、私にはやや奇異にうつった。著者は19世紀日本における出生率や結婚、人口成長などを用いた分析にかなりのページ数を割き、日本の人口成長は農村工業の盛んな地域で特に高いわけではなく、(従来産業の)穀物生産が人口成長の主因であったことを示し、日本の場合はプロト工業化論は当てはまらないと強調している。そうだろうか。著者自身が上述の通りに定義したようにプロト工業化とは、工業化の前提条件と工業化のプロセスを経済学の知見を借りながら説明する議論である。人口パターンが先行研究に整合的でないからといって、日本ではプロト工業化は当てはまらないと主張するならば、おそらく人口動態に議論を引きつけすぎて考えすぎなのである。
確かに人口データは、当時においては珍しくアベイラビリティのある定量データで、それが重みのある議論を可能にしている。しかし、「プロト工業化」を論じる上で本当に議論の中心に据えるべきは人口学ではなく経済学的の理論だったような気がしてならない。本書を読んで決定的に惜しいと感じたのはそこだった。
最後に、著者が提示した、非常に興味深いが本書では語りつくされなかった課題を紹介しておく。それはどのようにして農村工業の局面から工場製工業の局面へと移行したか、という点である。プロト工業化は農村工業の発達に関しては雄弁だが、そこから事業者達が設備投資して機械を導入し、工場制度へと移行するプロセスについては上手く説明してくれない。「本格的工業化の開始を説明する理論としてみた場合、プロト工業化論は決定的なところでその資格に欠ける」(p269)という著者の指摘はまっとうだ。この移行を説明することは、産業革命を経験する地域があった一方で工業が衰退した地域があったのはなぜかを説明することにもつながる、非常に有望な論点でもある。
http://twitter.com/#!/zaway/status/17654592619675648