どうやら自分は他人を見下すことでしか幸せになれない人種だったようだ。
今、どうしてもそれを認めなければならなくなって、どうしようもなく辛い。
美しいハッピーエンド物語では、他人の評価を求めすぎた作家が、『他人のために』と思い直す。
自分はそれと逆だと気づいた。
考えれば考えるほど、小さい頃からそうだった気がする。
小さい頃、絵を褒められて何を勘違いしたのかそのまま絵を描いていた。
延長として小説も作った。
ランキング1位の作品を見て、あの人のようにすばらしい作品を書けるようになりたいと憧れた。
憧れの方向が違ってた。
だから作品につける説明文はその内容よりも、自分がどうだったぐらいしか書いてない。きもい。
作品の内容を考える時間よりも、その作品を出したらどんな評価がくるか、ということばかり考えてた。ばかだろ。
ずっとそこを勘違いしていたから、「人の評価であなたの価値は決まらないよ」という励ましの文句でさえ、何故か心に響かなかった。
もしかしたら、創作に向いてない性格なんじゃないか。根本的に。
しかし、それでも、自分の作品がランキング1位で、コメントがああだこうだぐらいしか考えてない。
肝心の中身がない。
他の人がこれを言った時、ちょwwwwきめえwwwとあざ笑ったが、
考えた末にたどり着いた答えが他でもない、自分がそういう人間だった。
「あなたが、嫌いだと思っている人間の性格はあなたにとって悪いと思っている部分です」というのは正しいと思った。
そんなことはどうでもいいや、もう疲れたよ。
どこから間違ってた?
人と喋ってストレス解消が、理解できない。
友情も理解できない。
自分は死にたいんじゃない。人間の居ないところに行きたいだけだ。
人間っていうのは、悪口陰口叩きあいしたり、利益のために詐欺スレスレをやったり、変に固まっていたり、変に考えている生物を指します。
人間扱いされない場所、かつ生きていけるところがいい。
一日三食で少々の水分と、少しの散歩でいいよ。