はてなキーワード: でっち上げとは
http://anond.hatelabo.jp/20131201031441
1か0でしか考えられない極端な白黒思考の人って論争とか勝負が好きなのかな。すぐ二項対立に仕立て上げて勝つための論理をこじつける。お前はナウシカの海外版ポスターか。
なんでもいいから勝ちたいだけで、お前ホントに状況の改善を望んでるか?お前単に好戦的なだけちゃうんかと。
「AともいえるがBともいえる」とか言う人の役立たなさ、とか言っちゃうディスカッション好きな種類の人なんだろうけど。
理系の学問ならともかくこれはそういう種類のものじゃないでしょ。
努力と運どっちもあるでしょ。それだって努力90%・運10%と努力40%・運60%の場合もあるしそれはやることの種類とその状況による。
よくいるんだよなあ、
「世の中金が全て」「ただしイケメンに限る」みたいな決めつけ、レッテル貼り大好きな人。
まあ自分の性格は悪くない、社会的立ち位置が間違っていないことを正当化するためのでっち上げと決め付けだから見るに耐えないね。
彼女に嫌われてから、もう何ヶ月も苦しくて毎晩のように布団の中へ泣き叫んでしまう。
彼女はぼくに対して惜しげなく好意を与えてくれた。一人の人に好かれるということを知った。ぼくも同じように好意を見せたつもりである。そのひとひらひとひらを思い起こしては切なくなる。
舞台は大学の工学系学科。その学科では、彼女とぼくは多分優秀と呼ばれる方に属している。ふとしたきっかけで仲良くなって、ごく当たり前のように惹かれ合った。そして遠ざけられてしまった。
どうしてそんな風になってしまったのか、色々なことを考える。
例えば、少し前まで所属していたサークルのことを思い出す。そのサークルは特に嫌という訳では無かったし、学祭まではそこそこ通って活動していたのだけど、学祭を過ぎるとパタリとやる気が無くなってしまった。結果的に新入生扱いされる期間中タダ飯食らいをしに行っていたことになるのだが、それが本質的な理由というわけではなくて(数万円くらい置きに行っても構わないのだがそれはそれで気味悪かろう)、そのサークルで消費する対象となるものによって成立するコミュニティ、そういうものに浸りきれなかったのだと思う。あるいは自分のコミュ力不足で単に人と馴染めなかったのかもしれない。確かにおごってもらえなくなるのがきっかけにあったのもかもしれない。今となっては良く分からないが、とにかく何かコミットしようとする気は消え失せてしまった。刹那の恋愛感情はそんな風にして失われるのかもしれない。
あるいは、ちょっと学問分野において優秀であることを格下の人に対して暗にアピールし、それによる承認感を糧としている人たち。そういう風に見える人は何となく警戒しているが、ともすると自分がそうなってしまっていて、彼女に悪い印象を与えているのではないだろうか、そんなことを考える。
はたまた、あそこでもっと自分の気持ちを率直に伝えていれば良かったとか、あんな言い方をしたせいで誤解を招いただろうかとか、延々と反省を繰り返す。彼女はやや特殊な面があるが、そのことによって迷いがあったのだろうか、仮に迷いがあったとしてその迷いをもっとはっきりした形で伝えれば良かっただろうか、むしろ彼女のそういった面を都合の良い存在としていたのではないだろうか、そんなことで延々とループする。
それとも単純に、こういう言い方をするのは決して良くないと思いつつ書くが、知的障害者のように妙に馴れ馴れしくてぼくが気持ち悪いだけなのかもしれない、という風に自分を蔑んでみたりもする。多分自分はアスペか何かであるとは思っている。
正しいものもあって、間違っているものもあって、でも全部引っくるめたところで、彼女の思いに届くことは無いのだろう。人に人の思いは分からない。少なくとも、ぼくにとって、人の気持ちはあまりに理解に遠い。彼女だって徐々に入っていたヒビを表すサインを出していたはずで、それに気づけなかったことに後悔し、だけどどうしようも無かったのだと思う。
しかしその自己分析と諦念だけならまだ良い。それだけに留まらず、ぼくは今後も彼女と仲良くすべきだと考える。色々な理由をこじつけて。
純粋に学問的な部分にしたってそうだ。まともな助言をぼくに示してくれるのは彼女くらいだ。あるいは、そうでない部分にしても、ぼくのことを正確に観察した上で的確な言葉を与えてくれる。それは間違いない。もちろん、彼女はぼく以外の誰にだってそうした力添えをすることができて、ぼくが独占する権利などどこにも無い。
こちらから彼女のことを見ると、明らかに本人が望んでいる以上に苦しいことを抱え込んでいるように見えて、少しでも力添えになりたいと思う。人間は協力し合うべきだと、声高に独善を主張したくなる。
ぼくがつまらない人間のように見えるのかもしれないが、そんな十把一絡げな学生と一緒ではなくて、自分はもっと自分自身を、あるいはこの世界を、深く考えているのだと、そんなありふれた自意識によって彼女の傍にいる権利を正当化しようとする。
こうしたこじつけは数あれど、そもそもぼくは基本的に人に関心が薄い。ではなぜ彼女に対して関心を抱くのか。結局のところ、たまたま好きになったからか。性的な欲求なのか。たまたま出会った人を愛するものだということは認めるし、それなりに性欲はある。「主たる要因」をまるで分析せずに、まともそうな理由をでっちあげて彼女と親しくあることが正しいと主張しようとする。
そう、ぼくは非論理的な態度を平気で取る。「それとこれとは違う」なんてことを考えず、自分の感情のために全てを一緒くたに主張する。そんな何もかもが混ぜこぜになった主張を一々論駁しないと気がすまない性質なのに、そんなことはお構いなしだ。いくらでも偽善ぶる。想いが先にあって、言葉なんていくらでもでっち上げられる。「恋人」という関係、近代的な恋愛感情といったものが一つの制度とするならば、自分は骨の髄から制度に侵されきっているのだろう。
別の恋をするべきなのかもしれない。そこでもまた同じように相手の気持ちを大切にできなくて同じようなことになるのもかしれない。あるいは精神科にでも行くべきなのかもしれない。もっと気楽に物事を考えるべきなのかもしれない。
これらは全てある程度正しい主張に感じられる。だけど自分にとってより正しい主張というものは、「せめて彼女と親しい友人として普通に接することができるようになりたい」というその一点であると、自信を持って言おう。
風刺ってのは、愚かしさを暴いて知らしめさせる表現手段な
虚構がやってるのは、愚かに仕立て上げてあざけ笑ってるだけ。
の、知らしめさせるって部分とあざけ笑うって部分はどっちにも共通だろうよと思ったからスルーした。
とすると暴くと仕立て上げるって言葉の違いが重点になる。
そんなもんどうとでも解釈できる言葉のニュアンスの差だろって感じだけど、精一杯ニュアンスを読み取ろうとした。
暴くという言葉は、秘めているものを明らかにするって意味が含まれてると解釈。
つまり愚かさがちゃんとそこに秘められていた、存在していた必要があるのではないか。
一方仕立て上げるというのは、実際は存在しないものをでっち上げるという意味が含まれてると感じた。
なので愚かさが存在する/しないというのをポイントにしたいのかなって考えたから、根拠のあるなしって風に書いた。
あと真ん中辺りの
社会に一石を投げようとするとか悪意を持ってるとか広げようとかってのは
趣味では音楽製作をやる傍ら、プログラミングやWebデザインの仕事を請けてきた。
自分自身の人間レベルがまだまだ足りない、まだ頑張れると思って就活はしなかった。
結果として、私は大学院に進学した。
だが、それが失敗だったのだと思う。
そして、研究室の学生もそれぞれ研究分野が殆ど異なっており、私が決めた研究分野に近い先輩などもすでに卒業して居なくなっていた。
研究室といえば普通先輩が後輩に指導して進捗を報告するようなイメージがあったが、指導するという習慣もなく、報告する会も一切なかった。
それどころか、一部の先輩同士の仲が悪く、両方の先輩からしょっちゅう片方の先輩の愚痴やネガキャンを聞かされた。
その代わりに、週一回合同ゼミが開かれていた。
ゼミでは他の学生の進捗発表が行われ、教授がそれをフィードバックするものだった。
私の研究室の学生は、他の研究室の教授から一方的に攻撃を受けていたし、一方でその教授陣は目に見えて自分の研究室の学生には甘かった。
そりゃそうだ。自分の指導が必要ない、自分の責任の無い学生に対しては何とでも言える。
論文の読み方や先行研究の探し方なども自己流で見よう見まねでやってみたが、全然要領を得ていなくて、どう勉強したら良いかも分からなかった。
そのまま修士2年になった。
仕事は依然として充実していたし、忙しくて断ることもあるくらい困らなかったけど、大学院での生活は本当に苦痛だった。
どうしてこんなに仕事に打ち込んでいたのかというと、ひとつは家計が苦しかったからだ。
他の金持ちの学生と違い、私の実家は田舎にあり、学費を払うのも精一杯、生活費はとても……という状態だった。
ましてや、実家で親が会社と揉めて、最終的に弁護士沙汰になって退職することになった。
だから、そんな状況を打破してやろうと思って、仕事に打ち込んだ。
バイトなんかしなくても学費生活費全部貰って大学に行ってる他の学生が妬ましくて、悔しくて、だけどそれがバネになって頑張った側面もあったと思う。
就職活動は2日で内定が出た。今までの実績と開発したものを見せれば一発だった。ITでは日本で指折りの会社だし、一生働きたければ働ける規模の会社だ。
しかしその代償として、仕事はまぁまぁできるが研究は一切できない大学院生が出来上がった。
「このままじゃ本格的にやばい」
そう思って、僕は仕事でやっていたWeb開発のスキルを活かして、その延長線に研究を持ってくることにした。
みるみるうちに画面ができ、機能もでき、サービスとしても研究としても良い感じだと思った。
「研究じゃなくて開発じゃない?」
「独自性はどこにあるの?」
「サービスとして完成させることに集中しすぎて、研究になってない」
などのコメントを貰った。
全部ごもっともだ。
趣味の目的が逃避になり、創作のようなエネルギーを使うものは一切出来なくなった。
試しに何度か試そうとしたけど、自分が自分で無くなったかのように、何のアイデアも湧いてこなかった。
結果として、私は創作関連のコミュニティからだんだん疎外されていった。
クリエイターとしての私は好きだった人は、私がクリエイターでなくなった時点で興味を無くした。
学部時代の友人は卒業したし、サークルは完全に遠ざかって今更関わることも出来なかった。
人間関係が狭く固定化され、希薄になっていくのがよくわかった。
今まで仲良くしていた人がSNSとかでも全然反応してくれなくなるのが、本当に辛かった。
そして、年明けには修士論文を提出しないといけない。
云われた内容を元に研究っぽく体裁を整えたものの、全然結果が出ないし、そもそもその結果の評価方法が良く分からない。
先行研究の劣化コピーを実装し、偏りまくったデータを元に研究の真似事をでっち上げて、一体何になるのか。
このまま成果出せなかったらどうなるんだろう?
そうなったらもう首括るしかないよね。
どうして研究せずに仕事ばっかりやったんだろう。どうしてこんな研究室に来たんだろう。
全部自業自得だよね。
もう嫌だ。しんどい。やめたい。
地域独占企業である電力会社は競争がないのだから、コマーシャルの必要はない。
それにもかかわらず膨大なコマーシャル費用を使ってきたのはマスコミに対する支配力を確保するためだ。
電力業界に都合の悪いことを言う役者やコメンテーターをテレビ番組から外してきたのはコマーシャル費用の力だ。
そして電力業界のテレビコマーシャル費用は発電のための原価として電力料金に上乗せされてきた。
批判する政治家もかつての福島県知事のように陰謀によって失脚させられてきた。
一部マスコミを使ってスキャンダルをでっち上げる陰謀がたくらまれているという、うわさが流れている。
原発ゼロ実現のためには、原子力ムラのマスコミ支配をまず打ち破らなくてはならない。
http://ameblo.jp/n-kan-blog/entry-11653842872.html
家でゴロゴロしてたら想像以上に早く時間が流れていって、人並みよりも遅いタイミングで社会人になった。
大多数の大人が言うには社会は厳しい所らしいが、その実自分のケースも多分に漏れていなかった。
他所がどんな感じかは、正直体験したことのない話なので何も断言できない。
自分の仕事は正直厳しいけど、他所は他所で嫌なことは何かしらあるのだろう。
残業代は出るし、勤務時間も常識の範囲内、給料もさほど不満ではない。
これで文句を言っていたらブラック企業の社員の人に偉そうな説教を受けてしまう。
不満の原因は大体自分の能力やら精神面の幼さにあるだろうと思って、とりあえず年齢的な遅れを取り戻すために仕事を続けた。
下痢のときよりも位置が高く、鈍いようで鋭い、カッカするような感覚。
心に負荷がかかったときの頭の痛みを初めて知った。
側頭部、X座標でいうと目と耳の間位の位置が、痛いというよりも引っ張られる感じ、何か持っていかれそうな感じ。時々鋭く痛む。
心に負荷がかかったときの喉の痛みを初めて知った。
常に喉の奥が乾いているような感覚。鏡を見ると惨めに腫れていて、外からさするとしこりがある。
自分が持ってる社会人としての常識は、それは経験不足もあって役には立たない。
ただ一個人の、ただの人間としての常識で社会的ストレスの理由はすぐに洗い出せる。
部署内でも、プロジェクトチーム内でも、あるいは取引先でも、全てのケースに当てはまる。
みんな互いが互いに無茶か、悪意か、文句しか言ってないのだ。
生きるのが巧い人は問題無いだろう。
あるいは何かしらの価値、見返りを見出してこの境遇を乗りきれる人もだ。
みんながみんなそうではないので、自分より後に入った中途の人が、良い人が、短期間でいっぱい辞めていった。
自分はどうだろうかと考える。
ここにいる理由は出遅れた社会人経験を取り戻す事くらいだ。たったそれだけ。
釣り合わないと思ったのでそれらしい理由をでっち上げて辞めると言ったら引き止められた。
あのさあ、別にそういう学生は意味ないよな、って言うことくらい許されないの?
それに噛み付くのはいいんだけどさ、そうやって矛盾ばかり、どんどん噛み付くとこ変えて、
なんとかいい頃してやろうっていう姿勢、まあ、それ自体が益田っぽいんだけども。
でも、やるならもうちょい頭良くやってくれない?最初からどんどんどんどん攻めるとこ変えてさ。
一番頭悪いやり方ね、それ。
もう一度言うね、そういう学生が修士に居ることは無意味。それは誰もが分かってる。
でも、入試前にそういう学生をきっちり区別することは不可能。本人すら入る前はまじめにずっとやっていきたい、と本気で思ってる人も多くいる。
で、入ってから、研究室として、そういう人間をないがしろにしたりはしない。しっかりと指導しようとする。
でも、就職活動などで全然研究室に来なかったらどうしようもない。
それで、2年の後半辺り就活終わってからいきなりやってきて修論書かせろという。取り敢えず、適当にできる事を考えだしてでっち上げて出させる。
これはやってる。愚痴ってようが何してようが、そこはきっちりやってる。本人たちに文句いうこともない。
それが今の大学でやってることだと思うけども。
で、それで何がいけないかね?その様な意味のない修士の学生が増えてきてるのは事実だし、
それ以上に意味のない学士が増えてるのも事実で、その辺なんとかしたほうが良い、と言うのはそれなりに状況知ってる人なら一致する意見でしょう?
違う?貴方は何がしたいの?
無能だとかなんだとか、別に、何もしないで文句だけ言ってマースなんて言ってないし、単なる一般的な意見として言っただけのつもりだけど。
しかも、どんどん説明してくと、皆、それには反論できないから、最終的にこちら一人が無能お前が要らない、とかいう個人攻撃に変更。
議論できなくなると個人への人格攻撃に変わる。
最低で一番愚かな行為だよね。しかも、この場合、この増田自体が実際どの程度なにしてるかすらも知らないのに。
まあ、逆に言うと、だからこそそれ反論できないんだろう?になるんだよね。便利だよね。
別にいいけどさ、だから、どうしたいの?この増田が大学辞めようが辞めなかろうがそれは別に世の中に大した影響ないと思うけど、
あんたの怒りの先は何なん?ただただ個人を攻撃したいだけ?
修士の学生で意味がないのがいるどうこうはまったくもってどうでもいいわけね?
ただただ、益田で自分の考えを言いたいでもなんでもなく、ただただ、攻撃しやすい人間をみつけて攻撃して、
うかつに噛み付いたらおもいっきり反論されて、仕方なく隅を隅をついていったら、どんどん逃げきれなくなって、
最終的に知りもしない相手の人格攻撃に切り替えて。
楽しかった?
んー、何が言いたいんだかよくわからないけど、
こちらとしてはまず、元増田や、怠け者の返信者等、そのあたりの人間は大学院に来ても何も学ぶことはないし、
ただの無駄、だと言ったのね?
それはそう思ってるし、こちらの意見に文句つけたい人たちもどうやらそれは同意してるみたいだし。
どこまではOKね?あなたもそこは同意する?で、そこ同意したらそれで終わりなんだけど、本来。
修士出て就職して意味あるのは、元々企業でやってることに近いことをやってるような研究室での研究であって、
そういう所は推薦もあるし、そもそも就職活動に1年かけるとかしないし、研究もきちんとしてる。
だけども、今は、修士でも就職活動に物凄く力入れないといけない様なところもあって、そういう人は、
修士の2年で何を学ぶかって言ったら何もしない。
でも、修士号を取るため、最後の方だけ来て、研究室の金を使って研究をでっち上げ周りに助けてもらって「修士号」という資格を取れてしまう。
与える側も、そのまま残ってもらう方が余計困るので、クォリティーなんて度外視で、もう努力賞で上げてしまってる所も多い。
それが正しいとは言ってないし、なんとかしたい、とは思ってる教授陣は居る、ってずっと言ってるよね?
大学運営が正しくて、ただただ、そういった学生が来んな、ふざけんな、なんて言ってるわけではなくて。
その辺読めてるよね?
それを含めた上で、そういった修士の学生は無駄でしかない、と言ってるんだけども?
それを改善できるのは学生側じゃないだろそりゃ。楽な道を選ぶ奴はどこにだって居て消すことは出来ないんだから。
で?どこが間違ってるって?
単に、俺がそれを変えられる力がないから雑魚で黙ってろって話?
別にいいけど。それ変えられるのは、もう国動かすレベルで力持った人間だろうね。流石にそこまでは行ってないわ。
そしたらお前は発言することすべて実行しろよ?
ってか、それであれば発言する必要すらないよな、こんなとこで。
嫌だと思ったら全部変えられるんだから。
違うか?
文章の読解力に自信は全くないが整理してみる(憶測含む)
・過去の話(数ヶ月?数年?)
・妹が増田に、留学したいから20万くらい残してあと全部貸してと頼む
・留学の必要性を宗教や他国の慣習を絡めて説明してきたが説得力がなかった
・指摘したら妹が逆切れした
留学の必要性をきちんと説明できなかった妹はダメだ。(そもそもその必要性が
金をせびる時点で思いやりや遠慮の心が妹には全く無い(だから金の無心と言う)。
それなのに「20万くらい残して――」と言って自分には慈悲の心があるつもりらしい。
ちゃんちゃらおかしい。
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ってことか?
昨日「はてなブックマークは図書館の本にハナクソをつけることと同じ」という記事を書いたんだが、あまりにたくさんのハナクソがついてしまったので、一部をスピンアウトする。
昨日の記事はこちら。
「はてなブックマークは図書館の本にハナクソをつけることと同じ」
http://anond.hatelabo.jp/20130824122536
で、ついたハナクソがこちら。こいつはいい奴っぽいけど。
Kellogg
人の評価ばかり気にしてるならブログなんかやめたほうがいいのかも。「こんなふうい思う人もいるんだ」ってくらいにしとかないと気持ちが持たないよ
ちげえよ。
俺が怒ってるのは自分への批判・評価じゃねぇよ。自分のために怒ってもカッコ悪いじゃねぇか。
見知らぬ他人のために本気で怒れるからこそカッコいいんだ。
いいか、俺がムカついてるのは、
「脱社畜ブログとイケダハヤトを一緒にすんな。いろいろえっちをいじめるな」
これに尽きる。
http://luvlife.hatenablog.com/entry/2013/08/24/033906
おまえら、これ読んだか?
苦しんでるだろ。おまえらのハナクソに。
傷ついてるだろ。
何が「これは釣り」だよ。何が「こいつはオッサン」だよ。
そのコメントに意味はあんのか?自分のティッシュで鼻かめって書いたのはそういうことだよ。
鋭いこと言ったつもりになって、目くそがハナクソ笑って、人を傷つけてるだろ。
お前ら、それに気付いてんのかよ?
お前ら、わかってんのかよ?
いい気になってんじゃねぇぞ。相手の気持ちを想像できるかどうかがハナクソとコメントの違いだ。
お前らは自分のことしか考えてねぇんだよ。思いやりが足りねぇんだ。
次。
『脱社畜の働き方』という本を書きました
http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2013/08/19/205255
ここにもハナクソがわきまくってやがる。
見ろよ、このハナクソを。
kaitoster
俺が言いたいのは一言だ。
脱 社 畜 と イ ケ ハ ヤ を 一 緒 に す ん な !
お前は、脱社畜の文章をちゃんと読んだことはあるのか?
脱社畜さんの記事を見ると、いかにお前らみたいなクソの反論を予想して、予想できる反論への再反論まで考えた上で論理を組み立てているってのがよーくわかる。
慎重なんだよ。脱社畜さんは。この人本当に頭がいい人だぞ。極めて論理的にものを考えて、慎重にブログを書いている。
で、それに対して本論とずれたところでしたり顔でコメントつけて、得意気になってるのがお前らだ。
まぁ、いい。
一方でイケハヤはどうだ?
完全にチラシの裏だろうが。イケハヤの文章にロジックはない。常識に対する歪んだ反抗心をチラシの代わりにブログに書き散らしただけだ。
調査も論証もないプロブロガーだ。「新宿 カフェ」と検索した結果だけで、Rettyが食べログに勝っていると断じたところはすごかったな。
話が脱線しそうになるから戻すと、イケハヤと脱社畜さんを一緒にするんじゃねぇよ。
あとな、人気のブログが本を出すんだ。
本を書くのって大変だろ?想像できるよな?相当の時間をかけて、苦労している。
素直に祝ってやれよ。水さしてんじゃねぇよ。
お前らに足りないのは、そういう想像力なんだよ。
わかったら回れ右して高校1年生の国語からやり直して来い。あと、ちゃんと恋愛して、相手の気持ちを考えれるようになってから大人になった方がいいぞ。
【2013/08/25 19:33 追記】
記事を書いた時は頭に血が上って、イケダハヤトが傷つく可能性を想像することができていなかった。
イケダ氏にとっては、1つの謝罪の言葉より、100のページビューだと思うので、イケダ氏の記事のリンクを貼っておく。
ぜひ有意義なハナクソをつけにいってほしい。
[マーケティング] 食べログを抜いた!RettyのSEO施策のパフォーマンスがすごい件
http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/26217
【ハナクソが増えたのでさらに追記】
身の程知らずの馬鹿がッ!今回のひきこもりの件とは別に、お前には特別講義をしてやる。
貴様はたぶん童貞だが、貴様が童貞たる由縁は、女に優しくすべき時に優しくできなかったからだ。
お前はたぶん、高校のとき、クラスの女の子が困っているのを助ける男を見て、
ダメなんだよ、それじゃ。
困ってる女の子がいたら無条件で助ける。脊髄反射で助ける。呼吸をするように助けるんだ。
それを習慣づけるんだよ。そういうさりげなさが、女にモテるコツなんだ。
今回のひきこもりえっちの件は別だぞ。お前らハナクソを批判してるんだよ俺は。
それとは別に、お前の童貞っぽさが哀れになったから、特別講義をしたまで。
事務のお姉さんの代わりにコピー用紙を運んであげるとか、電話を取ってくれてありがとう、とか言うだけでもいいんだ。
がんばれよ!童貞に幸あれ!
PEH01404
お前、鋭いな!
いま、俺の顔はあれだ。沢北が流川に抜かれたときの、堂本監督のような顔になっている。
って感じだ。
たしかにそうだ。マーケティングブログという点では同じ。頭の善し悪しが違うな。
というか、脱社畜さんはロジックを詰めていくタイプで、イケハヤは宣教師タイプだ。
新しくて、しかも意味不明な言説はなかなか信じてくれないからね。
imakita_corp
だが・・・そうだな。
「○○生は△△だ」という思考停止発言はあまり好きではないが。
「就活のグループディスカッションに現れる慶応生はまじでウザい」
という法則はあながち間違いではないな。あいつら、無駄に名刺とか持ってんだよ。
いらねぇよ。不敵な笑みを浮かべながら配ってんじゃねぇよ。
お前、LIGは完全にとばっちりだろ!関係ない奴を巻き添えにしてんじゃねぇよ!
raitu
「見知らぬ他人のために本気で怒れるからこそカッコいいんだ。」自分のかっこよさを説明しにかかるって猛烈かっこ悪くないですかね
お前、嵐の二宮和也を知ってるか?
10人の女の子に「嵐の二宮君はカッコいいと思いますか?」と聞くと、何人の女の子が「カッコいい」と答えると思う?
7人だよ。つまり、3人にとっては、二宮は別にかっこ良くもないということだ。あんなにカッコ良い二宮でもだ。
さて、お前は俺に対してカッコ悪いと言った。
だが、それがどうした?
俺は、俺の主観でカッコいいんだよ。
俺が自分をカッコいいと思っている限り、俺はカッコいいって言っていいんだ。
わかるか?
最後に。
???
お前は何を言っているんだ?
お前だよお前。お前みたいな奴なんだよ。
何を推して知るべしなんだよ。何がわかったんだよ。
推測してもわかんねぇだろ。「知るべし」って。わかんねぇよ。俺がいつLIGを擁護したんだよ。
そうじゃなくて、お前は、「この増田はLIGを擁護していてほしい」って思ってたんだ。お前自身のレッテルを貼るためにな。
「こいつはLIGを擁護するような奴であってほしい」って思ってんだろ。違うか?
俺はな、本論とズレたとこツッコんで、ズレたところにさらにズレたツッコミして得意気になってるお前みたいな奴がクソだって言ったんだよ。
http://www.asahi.com/edu/center-exam/shiken2013/kokugo/
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【重要な指摘および追記】
以下のトラックバックについて。
はてなブロガーズサミット(サイバースペースにて)を開催すべきだ!!
http://anond.hatelabo.jp/20130825202707
おい、トラックバックのお前!いいこと思いついたんだったら最後までやり遂げろよ!
トーンダウンしてんじゃねぇよ!
「ブロガーと観客の関係性」について、ブログ界の重鎮達の意見を伺ってくれるんだろ?
そして、それをまとめてくれるんだろ?すごく楽しそうじゃねぇか。言い出しっぺがテンション下げてんじゃねぇよ!もっと盛り上げろよ!
いいか。言い始めたんだったら最後までやらなきゃダメだ。仕事と同じだよ。しっかり最後までやるんだよ。
そういうところから信頼を積み重ねていくんだろうが。
何トーンダウンしてんだよ。
お前は俺みたいに毒吐いてる訳じゃないし、間違ったことやろうとしてるわけでもない。
俺的にはgothedistanceさんの意見も聞きたいよ。
「期限を決めて書けた人からアップして頂くかのどちらかにしようかと思ってます・・・」
じゃねぇよ。これじゃ誰もやる気しねえよ。
思い切って旗振れよ。ビビってんじゃねぇよ。チャンスだろうが。fut573氏とかHagex氏とか、maname氏まで、名だたる重鎮達がお前にハナクソつけてくれてんだぞ。
最後までやってくれよ。逃げんなよ!
よし!がんばれ!
こちらからは以上です!
頼むよ。
【重要な指摘および再追記】
トラックバック野郎がまるで音沙汰なく、てんで仕事ができないので、以下に記事をまとめた。
http://anond.hatelabo.jp/20130828013311
何か見つけたら、また追記する。
ナチスの過激な主張は一部のドイツ人にはウケていたが大きな支持は得られなかったため、ナチスは長らく過半数どころか第一党も取れていなかった。このため対立議員によるテロ(国会議事堂放火事件)をでっち上げて片っ端から逮捕させてから選挙を行い、それでも十分な議席数を得られなかったために親衛隊を使って反対派議員を"物理的に"拘束して採決に来させないといった手法を駆使して、ようやく通したのが全権委任法なのである。
水曜日の朝、立派な体格の6人の捜査官が合同テロ対策チームからやってきて、私の家のドアをノックした。
私の夫も私も私達が無実であると疑わないが、もし何らかの過ちを犯したとすれば、それは Google で検索した内容が、
テロリストの判別ルールに当てはまってしまったということだろう。誰かがあちらこちらで監視しているのである。
検索語のピースを組み合わせ危険を示すレッドフラグを上げる仕事を、私達の検索ワードを見ながらしている誰かがいるのである。
大抵の場合それはテロとは無関係である。私は圧力鍋について調べていた、夫はバックパックを検索し、
そして普通はこの2つを検索したとしても問題はないと思われる。しかし私たちは”普通でない”ときに
それをしたのである。
もしあなたが20歳になるとても好奇心旺盛な私たちの息子のようであったならば、あなたもその事件について
多くの時間を費やしニュースを読んだだろう。CNN のニュースに、圧力釜で爆弾を作ったと書いてあれば、
インターネットで作り方を検索するだろう、もしあなたが好奇心旺盛であれば、きっとそのリンクをクリックしただろうと思う。
私の息子のニュースを乱読する癖と私の検索した圧力釜、夫の検索したバックパックが、合同テロ対策チームに出動を命じさせたのだ。
このようにして事件が起きたのだと想像している。テロ対策チーム本部でアラートがけたたましく鳴り、
対策チームはコンピュータに表示される Google の検索ワードを覗きこんだのだろう。
検索をしたのは数週間前のことである。なにゆえ対策チームがこんなに長く手をこまねいでいたのかはわからない。
きっと他の疑わしい Google の検索ワードの事件に関わっていたのだろう。だが、「キヌアとは一体何であるか」とか
「アレックス・ロドリゲスはまだ故障中なのか」といった検索ワードは彼らにはどうでもいいことだったに違いない。
事件が起きた時、私は仕事中で、すべてが終わってから夫が私に電話をかけてきた。笑いながらである。
だが私は一緒に笑う気にはならなかった。夫のかけてきた電話は私を震撼させ怯えさせたのだ。
事の顛末はこうだ。午前9時、前日帰ってきた夫は、リビングルームに飼い犬二匹と一緒にいた。
道路に何台かの車が停まる音を聞き、窓から外を見ると黒い SUV が私達の家の前に停まったのが見えた。
2台は縁石前に、もう1台は夫のジープの前に止まった。逃げられないようにするためである。
カジュアルな服装の6人の捜査官が車から現れ、2人は裏庭に、2人は家の横、残りの2人は家の玄関に向かった。
様々なことが夫の頭には浮かんだという、何が何だか分からない。夫は家の外に歩み出た。
男たちは夫に挨拶し身分証明証を見せた。捜査官全員の腰には銃が下がっていたという。
「あなたは○○さんですね?」、捜査官の一人がクリップボードを見ながら聞いた。夫がそうだと言うと
捜査官たちは家宅捜索をしていいかと訪ねたが、それは任意捜査であることも判明した。
彼らはリビングルームに入り(爆弾の作り方も、アナーキストクックブックもない)本棚の本を調べ始めた。
さらに私たちの写真を一枚一枚確認し、寝室を覗きこみ、ついでに私達の犬を可愛がった。
息子はまだ寝ていると言ったけれども、彼らは息子の寝室にも入っていいかと訪ね入っていった。
その一方で彼らは夫に質問を浴びせていた。「出身はどこ?ご両親の出身は?」彼らは私についても聞いた。
「奥さんはどこ出身?どこに勤務してるの?奥さんの両親はどこに住んでるの?」彼らは「爆弾持ってる?」とも聞いた。
「圧力釜はある?」夫はないと答えたが、炊飯器はあったのだった。「これで爆弾作れる?」夫は作れないと言った。
「妻はそれでキヌアを作るんだ」「キヌアってのは一体全体なんのことだ?」
彼らは裏庭も探した。庭仕事の道具やガラクタが散らばっている車庫の周りも歩きまわった後、家の中に戻ると、
更に質問をぶつけてきた。「今までに圧力釜爆弾の作り方を調べたことはある?」
夫はとうとう堪忍袋の緒が切れ尋ねた。
「あんたらは圧力釜爆弾の原理を知ってるかどうか、それを検索したかが気になっているのだな?」
2人の捜査官がそれを認めた。
この時になってようやく彼らは自分たちが相手をしているのはテロリストではないのだと思い至ったようである。
彼らは夫に仕事の内容と、過去に韓国と中国に行った理由を尋ねた。捜査官の物腰が柔らかくなった。
捜査官たちは検索が行われたコンピュータを見せてくれとは言わなかったし、引き出しもキャビネットも開けなかった、
2つの部屋は捜索もしなかった。彼らの表情から、私達は彼らの捜査対象とは合致しないのだろうと思われた。
彼らが述べたところによると、こういったことは週に100回はしていることなのだという。
そして99回は何も出てこない。私は残り1%がどうなのかということを知らないし知りたいとも思わない。
45分後、彼らは夫と握手をして去っていった。そうして夫は私に電話をしてきて事の顛末を伝えた。
その時から私の恐怖は続いている。私は他にどんな検索をしたっけ?どんな検索をすれば無実だと思われるだろう、
どんな単語と一緒に検索したら有罪だと思われるのだろう?彼らは散らかった私の家を見てどう思っただろうか?
(なんてこと!合同テロ対策チームは汚れた皿がつまれたキッチンシンクを見たのだ)
私は心配で押しつぶされそうだった。要するに私たちは今こういう状況にある。
「私たちのプライバシーはどこにも期待できない。ヒラマメの料理法を検索しただけで監視リストに載ってしまうかもしれない」
あなたは誰かが自分のするどんな些細な事でも見ているとしたら、どのように振舞うだろうか。
私に言えることは将来圧力釜を買うときは、決してネットでは買わないということだ。
今は恐い、何が正しいのかわからない。
説明追記
サフォーク警察署を通じて、今回の捜索は私の夫が以前の職場で検索した内容が関係していると判明しました。
私たちが詮索を受けていた時点ではこのことに思い当たらず、私達の家から行われた検索だけが原因でこういう結果になったのだと信じていたのです。
嘘をついたり、出来事を都合よく改ざんしたわけではありません。あの時点でわかっていたことに基づいて前の文を書いたのです。
私達が知りえなかった事実は、昨日事実として起きたことを元にして書いた文章の、ある部分とは明らかに異なっていました。
私が前回書いた文章は私達が告げられた範囲で知りうる情報でした。何もでっち上げたわけではありません。
あなたが私と面識があれば、私がそんなことをしない人だとわかってくれるはずです。
もし誤解を与えてしまったならば、私は真実を書きたかったのだ、ということをわかってください。
そしてそれは私が10分前まで真実だと信じていたことなのです。私達が知りえなかった他の事情があったということです。
Thank you.
http://anond.hatelabo.jp/20130722230759
ホラ、君だって出来てるじゃん。
それがヘイトスピーチだよ。
気に入らない奴等を医師の診断もなく障害だと結論付けたくなってる。
しかもそこで言ってる「障害」は
労わりや斟酌の準備のためではなく、
馬鹿にしたり見下したりするためにそう言ってるよね。
気に入らない人物、団体、現象に対して、
建設的でクールな解決法模索のための思考・言動をとるのではなく
君を責めてるんでもない。
人間は動物なので、基本的な仕様はヘイトスピーチになるように出来てる。
高度な理性と自律性でのみ後天的にヘイトスピーチを離れることが出来るだけ。
離れられた人もうっかりしたり体調が悪くなったりすればすぐヘイトスピーチに戻る。
ただ君は自分のヘイトスピーチ性に自覚が無いのでそこだけは直すべき。
自分だけは綺麗とか思ってる奴は簡単に人を責めるようになるので危険人物だ。
君も俺もヘイトスピーチ。
「哲学上の諸問題と言われるもののほとんど全ては、定義の問題に帰着する。」というのは、L.W.ヴィトゲンシュタインの「論理哲学論考」における中心的な主張。そして『言語ゲーム』というのは、そのヴィトゲンシュタインの作った言葉であり、論である。
そこまでは正しい。
だけど、「言語ゲーム論」というのは、「論理哲学論考」を書いたあと、「これで全ての疑問は解かれた」と宣言して田舎に引っ込んだヴィトゲンシュタインが(田舎で小学校教師をやっていた)、小学生とのふれあいの中から、自分の過去の論(すなわち「論理哲学論考」における思想)の欠陥に気づいて、その欠陥を説明するために作った論なのね。その後彼は、「哲学探究」という本を出して、「論理哲学論考」が見落としていた問題について説明しようとした。それが成功したという人もいれば失敗したという人もいるが、この本も20世紀哲学史に残る偉大な書であることは間違いない。
便宜的に、「論理哲学論考」に代表される思想を「前期ヴィトゲンシュタイン」。「哲学探究」に代表される思想を「後期ヴィトゲンシュタイン」という。言語ゲームについてのアイデアは、「哲学探究」で初めて示された。つまり、前期の彼の哲学を「言語ゲーム」という言葉で説明したり、呼んだりするのは、全く間違い、ってこと。OK?
じゃあ、両者はどう違うの? …ってことが気になる人もいるよな。
暇な人向けに書くよ。忙しい人、知ってる人、自分で調べたい人は、以下読まなくて結構。
さて、「この世のあらゆる問題は、記述が論理的に正確であれば、簡単に解決できる。」と、前期ヴィトゲンシュタインは考えた。確かに、かなりの程度これは正しい。だがしかしそれは、「言葉」というものを、「思想」を記述するための単なるメディアとする言語観に基づく場合の話なんだよな。「言葉を正しく定義する」というのは、「言葉には定められた『意味』がある」ということを前提としてる。だが、後期ヴィトゲンシュタインは、その定義自体が危うい場合があることに気づいたんだよ。
どういう場合か? たとえば子どもが言葉を学ぶとき、どのようにして学ぶと思う? 「言葉の意味」を教えられることによって、子どもは言葉の意味を学ぶのだろうか? 考えてみてほしい。生まれた最初から言葉を話すことのできる子どもはいない。つまりゼロだ。その状態から、どうやって「意味」を教える?
身振り、手振り、ジェスチャー、雰囲気、表情、……いろいろな「言葉ならざるもの」に頼って、最初の「言葉」は身に付けるしかない。でも、「意味」が分かった、と確信できる瞬間なんて、あるのだろうか? とヴィトゲンシュタインは考えた。
たとえば、あるとき子どもに数の順序を教えていたヴィトゲンシュタインが、黒板に
「1、2、3、4、□、□、……」
と書いて、空欄を子どもに続けさせたわけだ。数を習っていた子どもらは、まあ、普通に「5、6…」と続ける。普通の人は、「ああ、子どもは数の並びを理解した」と思って、そこで安心するだろうな。でも、「5、6」の次に子どもが「8、10…」と書き始めたら、それはダメだ。台無しだ。仕方ない。もう少し教える必要がある…まあそんな風に考え、行動するね。
けど、それは、一体どこまで続けることができたら「数の『意味』」を理解したことになるのだろうか? 「10」までいけば、まあ大抵は大丈夫? でも、ひょっとしたら、「10」の次に「12、14、18」…とか続けるかもしれない。子どもはまだ何も「理解」していないかもしれないな、「100」までいったら? でも「102、106」とか続けるかも………でも、でも、じゃあそれはいつ「絶対大丈夫」と言えるのか?…と、「論理哲学論考」で「完全な言葉の定義」にこだわっていたヴィトゲンシュタインは考えてしまったんだ。どこまでいけば自分は、この子たちに、数という概念(意味)を伝えることが、本当にできた、と確信できるのだろうか?
そして、考えはじめたヴィトゲンシュタインは、もっともっと怖いことを考えてしまった。自分は、周りの大人が、一応みんな数の概念を理解していると思っていた。でも、そいつらが、数の概念を誤解したまま大人になっている可能性は、本当にゼロか? もっといえば、これは数の概念だけではなく、あらゆる言葉についても同じだ。我々は、お互いに言葉の「意味」を理解し、その理解を共有していると思っている。でも、それは証明できないね。言葉が通じてるって、単なる幻想じゃないの、と。
先に言っておく。これは、たぶん否定できない。ヴィトゲンシュタインの問題提起により、もし、「言葉」の体系を、「共通したルール(たとえば文法や辞書的定義)」を共有することで意味を伝達するシステム、と定義するなら、我々の言語が確かに「通じている(100%意味を伝達している)」ことを証明することは、たぶんできない。
嘘だろ? と普通の人は思う。オレが言ってることを、みんな分かったような顔をしてるじゃないか。あれで、分かってないなんてことがあり得るのか? と。
でも、誰もが考えたことがあるはず。オレは、赤色が、なんだかイライラするんで嫌いだけど、Aさんは、赤色がすごく好きらしい。ところで、オレが見、感じている「赤」という色と、Aさんが感じている「赤」という色は、本当に同じなんだろうか? ひょっとして、全然別の見え方をしてるんじゃないだろうか? ってことを。もし、オレが赤色を見て「赤ってイライラするね」と言い、Aさんが「そうかな、オレは赤が好きだな」と言うとき、オレとAさんの間で本当に「言葉」は「通じている」のだろうか? …ってことを。 後期ヴィトゲンシュタインが気づいたのは、つまりそういうことなんだ。
そして、すっかり参ったヴィトゲンシュタインは、草原でサッカーに興じる子どもを眺めていた。「オレは、言語というものを、きっちりと決められたルールに従って運用されるシステムだと思っていた。たとえば、目の前でサッカーをやってる子ども達のように。けれども、その根幹が、本当はこんなにあやふやなものだったなんて!」このとき、ヴィトゲンシュタインは、「言語の意味や定義さえ完璧なら、あらゆる哲学上の問題なんて一瞬で解けるんだよ!(ドヤァ」とやってた過去の自分(前期ヴィトゲンシュタイン)の思想が、完全に崩れ去ったことに落胆していただろう。
ぼーっと子どもらを眺めるヴィトゲンシュタイン。
そのうち、妙なことに気づいた。なんか、一人の子がボールをもって走り出した。「おい、サッカーじゃなかったのか? ラグビーか何かか?」。ところが、今度はボールをぶつけ合いはじめた。「おい、君ら何をやってるんだ?」そのうち、一人の子が高くボールを投げたのをきっかけに、なんだか高く投げ上げる競争のようなことをはじめた。「おい、一体何を……」「一体どんなルールでやってるんだ…どんなルー……」その瞬間、天啓が走った。ルールがあるように見えていたのは、幻想だった。ルールなんてなく、彼らはただ遊んで(ゲームをして)いただけだった。つまり、ルールなどなくても、ゲームをする上で支障がなければ、ゲームは続くのだ。人は言語を使って「ルールに基づき意味を伝える」という作業をしていると思っていたけれども、本当は、ただ「言語を使って遊んでいた(ゲームをしていた)」だけだった。ルールは「やりながら、その都度でっち上げて」いるんだ。それで物事は、進むのだ。
これがつまり、後期ヴィトゲンシュタインと呼ばれる思想の根幹となった「言語ゲーム」という思想だ。
前期ヴィトゲンシュタインが考えていた「ルール→意味」という静的なシステム論に対して、後期ヴィトゲンシュタインは「そこにルールなどない」。ただゲームをするときのように、言葉の「使用」が先にあって、意味やルールはあとから付いてくるものなのだ、(つまり、前期ヴィトゲンシュタインが主張した「先に定義を完璧にすれば」云々というのは、その前提となる言語観から間違っていたということになる。)言葉の意味とは、「言葉がどのように用いられているか」ということに過ぎない(「言語の意味とはその慣用である」)、という動的なシステム論を唱えたわけだ。この動的な言語観や、それに基づく汎用性の高い動的なシステム論を「言語ゲーム論」という。
先に言っておくと、この後期ヴィトゲンシュタインの思想というのは相当な極論であって、これをもって前期ヴィトゲンシュタインの思想が全て否定されるというものではない。前期ヴィトゲンシュタインの問題提起も、静的システム論の基盤を為したという意味で、現在でも非常に重要な思想に位置づけられる。ただ、その思想を含んだ上で、更に高次の問題提起(動的システム論)を行ったという意味で「言語ゲーム論」には非常に重要な意味があるので、前期の思想と安易に混同されると、ちょっと困る。
もう少しだけ、具体的に例を挙げて説明するな。
たとえばさ。「神はいるか」という問題に対して、「それは『神』という言葉をどう定義するかによるね」と答えるのが、前期ヴィトゲンシュタイン。そして、「万能で超自然的で創造主で…」と答える人に対して、「万能」と定義するなら「存在」もできるということだ。従って、「万能」と定義した上で「いるかいないか」議論するのは、トートロジーだ、とか、まあそういう批判をしちゃうだろう。
対して、後期ヴィトゲンシュタインなら、「神はいるか」と質問する人に、「あなたは『神』という言葉をどのように用いているのか」と質問するだろう。「『神』という概念で、あなたはどのようなゲームをするのか、そのゲームはどのような性質のものか?有益か、無害か?」…etc。(後期の哲学を書いた頃、彼は「宗教とは、一つの生活の形式のことだ。」「信仰は、言語ゲームに似ている」と述べています。)
この二つは、つまり問題の視座(あるいは取り扱い方)が全く異なるんだ。一緒くたにはできない。
だから、前期の論を「言語ゲーム」と誰かが呼んだりしてるのは、ヴィトゲンシュタインをかじった人間としては、ちょっと居心地が悪い感じがするんだ。まあ、そういうこと。
よろしく頼むわ。
570 ソーゾー君 [] 2013/06/19(水) 10:59:29 ID:Iql0/OoY Be:
安倍自民党(飯島内閣)の売国政策が露になり、持論撤回、矛盾発言、支離滅裂発言を
ここまであからさまな天唾政策=売国政策をやればそりゃ反従米の世論になるのは自然の摂理だアホ。
自民党の土下座外交で作り出した歴史問題と領土問題をネタにして憂国の士を演じても効果なし。
アベノミクス=偽りの好景気演出も消費税増税のネタフリと知られて効果なし。
民主党がTPP「交渉」参加を売国奴と批判し「交渉参加=導入だ!自民党は断固TPP反対!」と
公約しポスターまで作り選挙活動をしたのに与党になった途端に交渉参加を表明し「交渉参加=導入ではない!」と
詭弁を吐き散らかす。
敵を作って「従欧米=TPP=年次改革要望書=消費税増税は安全保障の為にやるべきなんだ!」は通用しないって・・
雑談 2
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/10043/1360877904/l50