はてなキーワード: パジャマとは
街を囲む山々のてっぺんは雪化粧ですっかり白くなっている。師走も半ばを過ぎ、世間では年末にむけて慌ただしさを増していたが、私の勤める会社のは例年になく穏やかなもので、みなのんびりと業務をこなし、そこには一年が終わりに近づくしんみりとした空気と、その前に控えたクリスマスに対する浮かれた空気が混在している。
その日も、五時を回るころには私の業務はあらかた終わってしまい、六時の終業までの時間を自分の席でもてあましていた。することがなくなるなんて、普段なら考えもよらない。たとえ休日を家で過ごすとしたってなんだかんだで忙しい。いつだって体や頭を動かしているのが当たり前で、不意に何もしていない時間が訪れると、なんだか悪いことをしているような後ろめたい気持ちを感じてしまうのだ。
何かすることはないかな、と思い、作成した書類やファイルをもう一度点検したけれど、仕事は出てこない。
「八坂さん」
居心地悪く椅子の上に佇んでいると、同期の、そして高校時代からの知り合いでもある月島君が話しかけてきた。
「コーヒーでもどう?」
そう言って、彼は笑った。特別整った顔立ちというわけではないけれど、逞しい体と、爽やかで人の良さそうな笑顔は、会社の女の子に好感を持たれている。高校時代は野球部のキャプテンで、当時もそれなりに人気があった。
「そのかわり、年明けからは大変そうだけれどね」
そう答えてから、私はコーヒーを口に含みかけ、普段とは違う香りに気が付いた。
「ちょっと、これ、課長の私物の、あの高いコーヒーじゃない?」
「あ、間違っちゃったかな」
月島君はおどけてみせたが、ボタンを押すだけで出てくるコーヒーメーカーのコーヒーと、間違えようがない。
「ま、課長もたまにはこれくらい部下たちにサービスしてもいいと思うよ」
彼は微笑しながらそう言った。
「たち?」
辺りを見回すと、課長は丁度席を外していて、シマのみんなは一様に淹れたてのコーヒーを啜っている。部屋にはいつのまにか、コーヒーの良い香りがたちこめている。
「知らないわよ」
「大丈夫だよ。課長は通ぶってるけど、違いなんかわかりゃしないんだ。こないだ、コーヒー頼まれてインスタント持って行ったけど気が付かなかったし。ちゃんと確認済み」
「用意周到なのね」
私は遂に苦笑してしまった。
「お、いいね」
「え?」
「いま笑った。やっぱり笑うとかわいいな」
「気持ち悪いこと言わないでよ。びっくりするわ」
「気持ち悪いっていうなよ。最近全然笑わないから、心配してたんだ」
「そうなの?」
「そうさ。いつも根を詰めがちだし、ため息ばっかりついてるし。疲れてるな」
「うーん……」
「まあ、俺は笑わなくてもかわいいとは思うけど」
「もう、だからそういうのやめてって」
「なに、ただ同僚として思ったことを指摘してるだけさ」
向かいの席の山下さんが言うと、月島君は照れくさそうに頭をかいて、自分の席に戻って行った。
椅子の上で、いつのまにか強ばっていた背中をほぐした。私的な会話を持ちかけられると、なんだか変に緊張してしまう。
一人になってから課長秘蔵のブルーマウンテンを飲むと、柔らかで苦みのない味わいがコーヒーを特別好きではない私にも美味しくて、ほっとため息が出た。
仕事が終わり、買い物を済ませると、私は学校にあろえを迎えにゆく。あろえと私は二人で暮らしている。何をしでかすかわからないこの妹を一人にさせるわけにもいかないから、学校が終わって、私が迎えに行くまでの時間はボランティアの学生が面倒を見てくれている。
いつも通りの時間に学校に行けば、大抵あろえはすでに帰る準備をしていて、私が来るのを待っている。彼女は時間にうるさくて、早すぎても遅すぎても不機嫌になる。かといって、定刻に迎えに行っても特別嬉しそうな顔をしてくれるわけでもなく、無表情に近寄って来てそっと私の手を握るだけだ。
その日も、いつも面倒を見て貰っているその学生さんから簡単にその日の彼女についての報告を受ける。普段どおりの問題はあったけれど、特別な出来事はなかったそうだ。それからいまの彼女の学習状況。彼女が主に取り組んでいるのは、会話の訓練だった。
「このところ、すごい成長ですよ」
「前は、何かして欲しいものとか場所に連れて行って、触らせたりしながら単語を連呼するしかなかったんですが、最近ではまず言葉だけで伝えようと試していますね。もともと彼女の中には、話したいっていう欲求自体はあるんですよ。だけれど、うまく話せないのがストレスになってたんだ。普段のパニックも減ってきたんじゃないかな。なんだか全体的に大人しくなったような気がしませんか?」
彼は去年からボランティアをしていて、私たちとの付き合いももう一年半になる。
確かにあろえはこのところ成長していると思う。その功績の大部分は彼によるところだと、私も先生も認めざるをえない。彼はいろいろと勉強してくれているようで、新しいアイデアをたくさん出してくれる。失敗することも多いが、それ以上の成果は上げている。
会話の進歩があまり芳しくなかったあろえに、コミュニケーションブックを導入しようと提案したのも彼だった。当初は色々と不安もあったけれど、結果としては大正解だったと思う。
「ただわからないのは、言葉自体は、結構複雑なものでも理解出来ているようなんですが、簡単なことが出来なかったりします。自分の名前に反応しなかったり。いや、自分をさしてるとはわかるらしいんですが、あなた、とか、お前、みたいな言葉と同じものだと思ってるみたいで、自分から人に呼びかけるときにもたまに使ってしまいます。何度教えても直らないんですよ。間違って覚えてるのかな。気をつけて呼びかければ反応してもらえるから、今のままでも実生活で特別な不便はないとは思うんですけれど」
「ああ、それは……」
気づいたのか、と思いながら、私は言葉を続けた。
「むかし、家でアロエを栽培していて、母がよく話しかけていたから、それと自分の名前の区別がつかないんじゃないのかしら」
「うーん、そう言うのって、あるのかな。」
「ほら、犬なんかも、そうやって名前の覚え違いするじゃないですか」
「そうですねえ……」
彼が考え込んでしまったので、私はそう誤魔化した。
「とにかく、調べておきます。自分の名前をはっきりそうと知らないなんて寂しいですからね」
「すごいぜたふびーむ、つよいぜたふびーむ、じゅうまんばりきだたふびーむ」
歩きながら、あろえはテレビコマーシャルの歌を口ずさむ。鼻歌が出るのは機嫌が良い証拠で、私も安心する。
とても歌には聞こえないその歌に、行き交う人は露骨な視線を向けてくる。私も、すっかりこんなかたちで人に注目されることに慣れてしまった。それが良いことなのか、悪いことなのか知らないけれど。
彼女と手をつなぎながら、家までの道を歩いている。あろえの足取りは、バレリーナのような独特の歩き癖が出てしまっている。つま先立ちで、ひょこひょこと頼りない。ちょっと目立ってしまうけど、別に実害はないし、私の目からするとコミカルで可愛いく見える。
あろえが自分の名前を覚えていないのには、深沢君に誤魔化したのとは別の理由があると思う。
二年前まで一緒に住んでいた母はあろえを嫌っていて、医者に自閉症と診断されても何一つ学ぼうともせず、適切な教育を受けさせようともしなかった。おかしな薬を吐くほど大量に飲ませたり、狐のせいだと祈祷に連れていって棒で叩かせて、活発なあろえが二、三日大人しくなったと喜んでいたが、それはただ動けないほど弱っていただけだった。当時はそんなものかと思っていたけれど、今思うと恐ろしさにぞっとする。足を捻挫しても平気に笑っているほど痛みに鈍感なあろえが動けなくなるなんて、どれだけ殴ったのだろう。
もちろんそれでもあろえの状況は変わらず、変わるはずもなく、すると母は絶望してしまった。自分はとんでもない不幸を背負い込んでしまったと、周囲に愚痴をこぼし自分の悲劇を理解させることばかりに懸命になった。
そして暇さえあれば本人に面と向かって罵っていた。周りが咎めても、どうせ本人は馬鹿で言葉なんかわかりはしないのだから、何を言ったってかまわないんだ、自分はそれくらいつらい目にあわされている、と権利を主張していた。
そして実際、当時の彼女は今よりもずっと言葉を理解していないようで、何も言ってもまるで聞こえていないように見えた。それが、母の苛立ちをいや増ししていたらしい。私が高校に通っていたころ、学校から帰ってくると、母がこんなふうに語りかけているのを聞いてしまった。
「まったく、あろえって本当に迷惑な子供ね。どうしてこんな出来損ないに生まれたのかしら。お母さんは本当に、あろえのおかげでいつも恥ずかしい思いばかりするわ」
母がにこやかな表情で口にしたその言葉の意味を、あろえが理解しているようには見えなかった。彼女は普段どおりの茫漠とした顔つきで、言葉を聞き流し、母がくすぐると、嬉しそうに笑い声をたてる。「ほんとに頭が悪いのね」と母を苦笑させていた。
父親が滅多に帰らない家で、昼のほとんどをあろえと二人っきりで過ごしていた母は、こんな言葉をどれだけ語りかけたのか。とにかく、この悪意に満ちた悪戯のなか「あろえ」と言う言葉はそこにいない誰かみたいに使われて、あろえは名前を自分と結びつけることが出来ないまま成長してしまったんだと思う。
もし、その記憶がまだあろえの頭に残っているのなら、自分の名前など、この先ずっと知らないでいた方が良い。調べてくれると言っていた深沢君には気の毒だし、知ったところであろえが傷つくことはないだろうけれど。
「おかえりなさい」
「ただいまでしょ」
「はい」
あろえは返事をしながら自分の靴をいつもの決まった場所に慎重に置いた。それから私の脱いだブーツの場所も気に入らなかったのか、2センチほど位置を整える。
今日の晩ご飯は和食。きんぴらごぼうがポイントだ。あろえは歯ごたえのある食べ物が好きではない。これをどうやって食べさせるか、が私の挑戦である。
テーブルに向かい合って、自分も食事をしながら、彼女の食べるのを観察している。きんぴらごぼうはあろえのお気に入りのカラフルなガラスの小鉢にいれてある。あろえは二度、三度、視線を投げかけるが、手にしたフォークはなかなか小鉢に伸びない。
私は彼女の小鉢からゴボウをつまみ上げ、自分で食べてみせる。自分の領域を侵されたあろえは、じっと私を見る。
「ゴボウが美味しいよ」
「食べてみてください」
「だめです」
「あ」
彼女はいま、ブックを開かずに自分の言葉で返事が出来た。簡単な言葉だけれど、私は、嬉しくなってしまって、
「よく言えました」
思わず褒めかけて、思いとどまった。返事自体はきんぴらごぼうを食べたくないというわがままな内容だったじゃない。ここで褒めてはいけない。私はしばしばあろえを甘やかしすぎると指摘されていたのを思い出した。気を引き締めて問い返す。
「なんで駄目ですか?」
「なんでだめですか」
「きんぴらごぼう嫌いですか?」
「ごぼうきらいですか」
褒めた傍から、反響言語が出てきてしまう。しかも、どうあってもきんぴらごぼうなど食べたくないらしい。私はがっかりして、ため息をつく。
結局、私の試行錯誤は虚しくにんじんを半分かじっただけで彼女はきんぴらには手を付けずに食事を終えてしまった。
食後には、空になった食器を私のも含めて流しに持ってゆくのがあろえの役割だ。家のことを毎日素直に手伝うのは、同じくらいの普通の子と比べても良くできた習慣だ。難点を言えば、ときに私がまだ食べ終わって無くとも持って行ってしまうくらいだろうか。
テーブルの上に食器がなくなると、あろえは椅子に座ってテーブルに両手の平を貼り付ける。私が食後のコーヒーを出すのを待っているのだ。どうしてだか知らないけれど、この子はお菓子やジュースよりも、コーヒーをブラックで飲むのが好きなのだ。
私がマグカップを並べるのが遅いと、眉間にしわをよせてブックから言葉を拾い出し、コーヒーが出てくるまでその言葉を繰り返す。
「コーヒーください」
「コーヒーください」
与えると、二杯目がないことはわかっているから、時間をかけて一杯を飲み干す。
あろえのなめらかな肌を見ながら言ってみたが、当然のごとく反応はない。マグカップを両手で包み込むようにして、まるで試験会場の受験生のような真剣な表情でコーヒーを飲んでいる。
寝付きが悪くなることもあるし、出来れば夜にコーヒーを与えるのは避けたいのだけれど、彼女の集中した様子を見ると、生活にそれくらいの喜びがあってもいいのかなと思ってしまう。
こうして黙って大人しくしていると、あろえは、うらやましくなるくらい整った顔つきをしていることに気が付く。そして実際、人にもよくうらやましがられる。ただ保護者の立場としては、この子にとってそれは余計な危険をまねく大きな要素になってしまっているから、手放しでは喜べない。
これでもし健常だったら、さぞモテたろう。普通学級に通って、同級生の男の子と付き合ったり別れたりしていたのかしら。そしたら私たちはどんな姉妹になれただろうか。一緒にデパートに行って流行の服をああでもないこうでもないと話しながら選んでいたかもしれない。悩み事を相談しあったり出来たかもしれない。
他人より少し風通しの悪い世界のなかで、この子は何を考えているのだろう。いくらか話すようになったとはいえ、その内容は何が欲しいとか何がイヤだとか、そういったシンプルで具体的な事柄に限られていて、心の立ち入った部分について語られたことはない。何を考えているとか、抽象的な事柄は一度も言葉にしたことがない。誰も彼女の本当の気持ちはわからないし、彼女の方からわからせようともしてくれない。あろえは孤独を感じないのだろうか。
食事が終わると、入浴。あろえが湯気のたつ体をパジャマに包むのを見届けたら、次は私の番だ。お湯に肩までつかり、入浴剤の爽やかな香りを鼻腔の奥まで含み、それをため息と共にはき出すと、あろえの声が聞こえる。また、歌っているらしい。きっとテレビを見ているのだろう。
お風呂に入っている時間が、一番癒される。この町には温泉があるのだけれど、他人が入る外風呂より、一人でリラックス出来る家のお風呂のほうが安心する。私は風邪をひきそうなくらいぬるくうめるので、外のお風呂では熱いのに我慢しなければならないのだ。
体温に近いお湯のなかを体の力を抜いてたゆたっていると、皮膚から溶けてゆきそうだ。本当に溶けてしまったらどれだけ気持ちよいものだろうかと想像する。私であり続けることには、めんどくささが多すぎる。
会社で、笑顔がないと言われてしまったのは少なからずショックだった。外に出ているときはそれなりに愛想良くしているつもりだったけれど、私はそんなあからさまに余裕をなくしていたのか。
もしそうだとしたら、きっとそれは先日の母からの電話が原因だと思う。
「まだ、お前はあろえの面倒を見ているの?」
母と会話になればいつもなされる質問だ。
父と離婚したあと、この家にはもう住みたくないと母は隣町にある実家に帰ってしまった。そして、あろえをもう育てたくないと、家を売ってそのお金でどこか施設に預けようとさえしていた。そこで、丁度大学を出て仕事をはじめていた私がここに残って引き受けることで納得させたのだ。
「当たり前じゃない。お母さんとは違うわ」
「あの子は病気なのよ。あんな獣じみた子が、人間と一緒に暮らせるわけないわ」
母は私の敵意を無視して殊更に心配の感情を込めて言葉を続ける。その親らしく装った態度が一層私を苛立たせる。
「病気じゃないわ、障碍よ。それに、もう暴れて血が出るほど噛みついたりすることはなくなったのよ。お母さんがいたころより、随分と良くなったんだから」
「じゃあ、治るの?」
「だから、あろえのは、治らないとか、るとかいうものじゃないんだって……」
「やっぱり一生治らないんでしょう? お医者さんも言ってたものね。頑張るだけ無駄よ」
そんなことない、と思うが、咄嗟に断言できないのが忌々しい。私が黙ってしまうと、母は我が意を得たりと喋り出した。
「お前は充分やったわよ。もう自分のことをやりなさい。お前はまだ若いのよ? このまま回復の目処がたたないあろえの世話をしながら、お婆ちゃんになっちゃってもいいの? 良くないでしょう? あんなのに関わって、人生を台無しにすることないわよ。お前もまだ一人前になりきってないのに、良くやったわ。恥ずかしがることなんかないわよ。悪いのは私だから、あなたが責任を感じなくてもいいのよ。あの子はお前に感謝なんかしない。お前が死んでも泣いてはくれない。どうせ何もわからないのよ」
私の声から張りが落ちてしまっているのが、忌々しい。 「ねえ、お母さんが悪かったわ。それはわかってるの。だから、お願いだから、お前は自分の人生を……」
母が言いかけた途中で、私は電話を切った。黙り込んだ携帯電話を見ていたら、不意に涙がこぼれて、喉からは嗚咽がもれて、止まらなかった。泣きながら、自分は何で泣いてるのだろうと思った。衝動的で自分本位な母を私は嫌いだ。その言葉に泣かされるなんて、あっていいことじゃない。
私には、どこにも行き場なんかないし、行ってはならない。ここが私の場所なのだ。そして、それは自分で選んだことなのだ。同じ環境に生まれたのに、妹より恵まれて育ってしまった私には、妹の出来ないことをかわりにしてあげる義務がある。彼女のために私の何か割いて与えるは当たり前なんだ。そうに決まっている。私のしていることはきっと間違っていない。間違っていないはずなのに。
自分に言い聞かせていると、くらくらと目眩がしたので、バスルームを出た。体を拭き、服を身につけ、それでもまだ不安が心を支配していて、なんだか心細く、怖い。
「あろえ」
テレビを見つめるあろえの横顔に、呼びかけた。聞こえているはずなのに、反応を見せてくれない。
「あろえ」
二度、三度、感情を込めて呼びかけても、やはり彼女は振り返らない。
「あろえ、こっちを向いて」
泣きそうになった。
https://www.saibunkan.co.jp/lechocolat/soft/ka_swan/images/preswan.htm
スクール水着が好きなので、去年の秋頃にスクール水着を買った。
着て致したり、それで扱いたりと、それなりに有意義な使い方をしていた。脚の毛を剃った状態で着て、内股になって下半身だけ自撮りをしてみると、まあまあ女の子っぽかった。その写真はすぐに消した。
初めて着たときはかなり興奮したのだけれど、時とともにその気持ちも冷めていった。今でも興奮はするけれど、やはり初めての高揚感は超えられない。
ある休日の朝、洗濯するためにパジャマを脱いだついでに、なんとなくスクール水着を着てみた。特段気持ちいいわけではないけれど、これでしか得られない締め付け感を全身で味わう。
雨が降っていて少し肌寒い日だったので、上にTシャツを着た。ちょうどいい。
しばらくはその格好で、ゲームをしたりYouTubeを見たりしていた。
お昼過ぎ、尿意を催しトイレへ。用を足すには脱がなければいけないことに、ここで気づく。スクール水着を着てトイレに行くのは初めてだった。
少し面倒だなと思ったその瞬間、あるアイデアが頭をよぎった。
僕はスクール水着が好きであるのと同時に、おもらし物も好きだ。スクール水着でおもらしをする作品も当然好きだ。
ならば、自分でやってみたらどうだろう。
後処理を考えれば浴室でするのがベストなので、浴室に入る。お気に入りのイラストを真似して、和式トイレみたいにしゃがんでみる。しゃがむとちょうど鏡の高さなのだが、鏡は絶対に見たくないので、逆方向を向く。
しばらく待つも、なかなか出ない。当たり前だ。日常生活の中でおしっこをするときは、
・トイレで
・パンツを脱いでいる
・浴室で
・スクール水着を着ている
また、ある程度は性的興奮をしていたため、それがちんちんにも反映されてしまい、それもおしっこが出るのを阻害していた。
なんとかならないものかと、水を飲んだりチョコレートを食べたり(カフェインの利尿作用を期待した)したが、なかなか出ない。
そうこうしていると、ふと便意に襲われた。これは厄介だ。浴室でうんちをするわけにはいかない。トイレでうんちだけ出してしまおう。そう思いスクール水着を脱いでトイレに座ると、今度は溜まったおしっこが、出して出してとちんちんに集まる。
普段うんちをする際は、あまり溜まっていなくてもおしっこを出してからうんちをするものだから、今試みている「おしっこを出さずにうんちをする」という芸当はなかなかに難易度が高い。
「たぶんこうした方が出づらいだろう」という判断のもとちんちんを上に向けた。前側を避けてお尻の方を、慎重にきばる。上に向けるのは効果薄だったのか、おしっこが涙のようにわずかに漏れた。トイレットペーパーで拭き取って、力の入れ方を工夫する。
そうしているといつのまにか便意が引っ込み、尿意が優勢になっていたので、「おもらしができるのでは」と思ってスクール水着を着直して浴室へ。
しかし、いざしゃがんでみるとおしっこは膀胱へ引き返しており、さっきまで静かだったうんちが存在を強く主張し始めた。
浴室でおしっこをしようとするとうんちが出たがり、トイレでうんちをしようとするとおしっこが出たがる。これではいたちごっこである。
この後10分くらいだろうか。出せないものを出そうとして、トイレと風呂場を行き来した。
うんちは、溜まっていたすべてではないものの、結構な割合を出すことができた。
しかし本来の目的であるおしっこは未だに出せていない。このままトイレで普通に排尿をしては負けだ。
そこで思いついたのが、「水の音を流す」というアイデアである。キッチンで洗い物をしているときに尿意を催したりするし、効果はあるはずだ。
入浴中にラジオを聴いたりする用に浴室に置いている無線スピーカーで川のせせらぎを流してみたが、心が少しばかり落ち着くだけで、おしっこは出なかった。
ではこれでどうだという気持ちで、シャワーを出してみた。世の男性はみんな、シャワーをあびるとおしっこが出てしまう。僕も当然その一人だ。これで出ないはずがない。
浴室でしゃがんで、足首あたりにシャワーをかける。1分くらい続けていると、待ち望んでいた感覚が下腹部に訪れるのを感じた。
これは、出る…!
かくして、僕はスクール水着を着ておもらしをすることに成功した。
毎日のようにしているのに、そんなことは意識したことがなかった。
おまたから漏れ出したそれは、スクール水着を伝ってお腹やおしりの方をじんわりと温める。おしっこは予想よりも広範囲に広がり、おへその辺りまで熱が伝わってきた。
おもらしをしている最中の僕は、女の子みたいな、声にならない声を小さく上げていた。
浴室の反響で直接音が少しぼやけるのも手伝ってか、そこまで不快ではなかった。いや、むしろ少し気分が上がった。
おしっこの出方としては、ぴゅー、、ぴゅー、、という断続的なものだった。「ちょろちょろ」とか「ぶしゃー」と出るエロ漫画よりは、少しえっち具合で劣る気がする。
ここに至るまでに結構な量の水や牛乳を飲んでいたので、1、2分間くらい、途切れ途切れに出続けた。
出し終わると、そのまま水抜きからちんちんを出し、こんなこともあろうかと用意しておいたオナホールとiPadを使って致した。もちろん参考資料はスクール水着のおもらし物だ。濡れているとやはり滑りが良くて気持ちよかった。
感想としては、結構気持ちよかった、というのが正直なところだ。えっち的な意味というよりかは、単純に温かいのと、しちゃいけないことをしている背徳感が大きい。興奮してしまうとちんちんが固くなっておしっこが出なくなってしまう関係で、興奮できないというのもあるだろう。
またやりたいかと問われれば、まあ、やりたい。今回は試行錯誤があって時間がかかりすぎたけれど、次はもっとスムーズに漏らせるはずだ。
惜しむらくは、僕が男性であるゆえに、女性のおもらしとはおしっこのルートが異なるということだろうか。スクール水着は当然ながら女性向けなので、ちんちんの置き場所など考えられておらず、僕が着るとなると上向きにして収納せざるを得ない。
本当に一番着ているのはパジャマですか?
一番着ているのはパジャマかな。
「結果がかなり不確実であり、結果が悪いと徒労感と自尊心の傷つきが残る」ということについて、
自分の実力以上の難関校受験、強豪チームとの試合、人気業界を志望する就活、
評価される・試される立場に身を置くのは、自分の人生のコントロールを失ったように感じて、不安だしストレスだ。
失敗するのではないかという不安がそもそも生じないなら楽だけど、少なくとも私はそうではないので、
取り掛かる前にはどうしても不安が生じて、それでも良い結果を出す確率を上げるには、不安に飲み込まれないよう制御する必要がある。
課題の難易度が高くて荷が重いと感じるものであったり、不安を制御するスキルが低かったり
(あるいは健康状態が悪くてそのとき制御不能になっていたり)すると、自分一人では抱えきれなくて相談相手を必要とする。
・話を聞いてもらって、不安な気持ちを持つことが異常や間違いではないと認めてもらうこと
・結果が不確実な挑戦に対して、勇気づけをしてもらうこと
・望む結果が得られなかったとき、本人に傷つきは残るし揶揄してくる性悪は必ず居るけど、傷つきに対して共感的な人間「も」居るので、
全方位からの嘲笑が向けられて人生が終了するわけではないという、落下防止ネット的な価値観を提示してもらうこと
が求められている気がする。少なくとも私はそうだった気がする。
母親は高校時代、同級生の子が書いたラブレターが仲の良いグループ中で回し読みをされていて、
「ブスがイケメンにラブレターを送った」という嘲笑の雰囲気になり、嘲笑への同調を求められてショックを受けたと言っていた。
女性社員がセクハラを受けていると社内で言って回ったことで男性社員が自己都合退職する騒ぎが起きた。
起業・投資・転職といった稼得の挑戦で失敗することもある。こっちは気持ちの問題だけではなく生活もかかっている。
失恋で自殺する人もいれば、失業や事業の倒産で自殺する人もいる。
行動する勇気を挫く最悪の結果の事例は、リアルにもネットにも大量に転がっている。
私は友達だと思っていた人に陰口を言われていたことがわかったり、ハブられたり、秘密をばらされた経験などが子供のころから何度もある。
学業成績、友人関係、稼得、恋愛、力が及ばず奇跡も起こらず、散々挫折してきた。
でも得たいものがあるなら不安を制御して頭を使いながらタフに行動するしかない。
(だから女は大変なんだ、だから男はつらいんだ、などと属性を限定して「自分が他人に一方的に甘えても良い理屈」を構築する行為は嫌いだ…。
みんなそれぞれの人生のタスクに向き合っている。自分の属性だけが特別に優しくされるべきだという考えは蔑視や傲慢だと感じる)
私は恋愛相談を受けたとき、「相手の好みは何?相手は自分をどう思っている?」といった疑問に対して、
実際、そんなこと聞かれても私が知るわけがない。疑問の正確な答えは「想われている本人」だけが持っている。
どうすればモテるか・人気者になれるかについての汎用性の高い方法は、おそらく体系化されている。
体系化された知識なら、たまたま近くにいた素人に聞くよりも、ググるなり図書館に行くなりしたほうが入手効率は良いはずだ。
人間があえて人間に話しかける目的は、知識を得ることではなく持っていきどころのない気持ちの整理であることが多いのに、私は非協力的だった。
相談してきた相手に対して己の知識の豊富さを知らしめるのも、注文されたものと違うものを差し出しているというか、自分がしたいことをしているだけ。
相談にまともに乗れないということは、相談してきた人の挑戦の意欲を挫くことになるんだ。
しかし私の時間を割くことよりも私の持っている知識のほうが客観的な価値が高いはずと信じていたんだよな…。
諸々結果は受け入れるしかない。
相談した目的が達成されない(欲しい言葉がもらえない)から、同じ言葉がループして相談が長話になってしまう。
ただ同じ「相談」の体裁でも、行動の後押しをして欲しいのではなく、相手の時間をできるだけ長いこと奪って相手をダメにするのが目的のケースもあって、
それは「頼っている」の範囲を超えて闇落ちしてる人だから距離を置いたほうが良いのかなと思う。
自分が相手にとって価値がある人間なのかを延々試してしまう非生産的で破壊的な状態。
でも私も闇落ちの状態の経験があるから、闇落ちしてる人を上から目線で叩く資格がなくて、気持ちもよくわかる。いつでもそんな状態になりうる。
「やりたいことを表明すると否定される」というのが繰り返されると、本音に蓋をするようになって、
自分がだんだん何に苦しんでるのかがよくわからなくなるんだよね。
低学年のころから父親の意に沿わない言動をしたら家の外にパジャマのまま締め出されたり、
旅行先のカナダで置き去りにされそうになったり、父親の気に入る私の将来の夢を言うまで言い直しをさせられたりした。
従わないと生命の危険があるというのが刷り込まれて、自分が何をしたいのか自覚しない癖ができてしまった。
父親も祖父から失禁するまで殴られて育ったようだから、無力な子供のころに保護者のような生活を握っている腕力の強い人間から暴力を受け続けると、
自分の望みがよくわからなくなるというのは傾向としてあるんじゃないかと思う。
命じられたり、忖度…先回りして服従した行為を、自分の心からの望みのように言い聞かせながら走り続けると、
やがて疲れと怒りと悲しみに飲み込まれて、混乱のなかでネガティブな感情が爆発して迷惑をかけてしまう。
しかも無力感に蝕まれきった状態だと、前向きに動けている人の時間を奪ったり気力を削いだりといった、足を引っ張る行動をとってしまう。
欲望に自覚があって、「素直に表明できる能力」や「表明しても問題のない立場」を持っている人を見ると、妬んで理不尽に腹を立ててしまう。
自分の欲望を自覚して責任をもって、欲しい結果を手に入れるには待っているだけじゃなくて自分ができることをしなければならない現実を受け入れて、
結果は不確実であるという現実を受け入れて、不安を制御して、欲望の対象になっている人には選択の自由を与える心の強さを持たないとダメなんだ。
人を手に入れたいとかコントロールしたいと思い、その欲求に無自覚だと、遠回しに相手の価値や可能性を否定・値引きする言動をとりがち。
私は愛して愛されたいし、好意が理由ならどんな行動も許容されるべきと考えて迷惑行為をするのではなく、愛する人を尊重し続けたい。
詩織「新たな愛を見つけるラブ発見型新感覚ラブリーラジオです」
愛海「なんですか急に? 今食べてる赤福だけじゃ不満ですか?」
詩織「……先週みたらし団子だったでしょ」
愛海「そうでしたっけ?」
愛海「おいしいよね」
詩織「……あなた、なにをそんなに東海地方に行く予定があるのよ」
詩織「……ははーんだわ。あれでしょ、お嬢さんをくださいでしょ。智絵里ちゃん三重県だものね」
詩織「だわよて…… じゃあ何でそんなにこの地方のお土産ばかり……」
愛海「レゴランドでの営業のお仕事がうちのプロダクションに毎週あるんですよ」
詩織「……なにそれ。なにその面白くなさすぎて面白そうなお仕事」
愛海「聞いてください! この間、休憩時間にレゴでできたスパイラルタワーの近くで朋さんがくつろいでたんですよ! これじゃあ名古屋占いカフェ名駅店の再現じゃないですかー! もう思わず、ラの壱食べたくなっちゃいましたよー! げらげらー!」
愛海「詩織さんひどいよ! 藤居朋さん知らないんですか? 我らが346プロの同僚ですよ!」
詩織「……知ってるに決まってるでしょ。同い年だし」
詩織「藤居朋を難解な固有名詞と判断しことが…… もはやあなたの失礼さの象徴よ……
愛海「じゃあもう、時子さまがコメダのKOMECAを持ってるだけでなく金シャチ会員だったこととが一番面白かったです」
詩織「……レゴランドいっさい関係ないじゃない。あとそれ…… ここで言ったことバレたら……」
愛海「……間違えました。仁美さんでした」
レゴランドはともかく…… そうも地方巡業ばかりだと大変そうね……」
愛海「同部屋になることはあまりないですけどね。家でも寮でもないところで夜に友達と一緒ってウキウキしません?」
詩織「……わからなくもないけれど。ほら…… 私ってアイドルのときは蒼いところあるから…… あのノリでいるの疲れるのよね……」
愛海「そうなんですよねー、あたしのピンクっぽいノリを要求されるの疲れちゃうんですよー」
詩織「……ピンクの意味が意味深すぎるし、あなたのピンクっぽいノリは間違い無くありのままだから心配しなくてもいいわよ……」
愛海「もー」