はてなキーワード: キャリアプランとは
http://anond.hatelabo.jp/20170410114326
同性愛者だからキャリアを積むことへの不毛さを抱く一方で、同性愛者だからこそキャリアを積んで「必要とされる人間にならなければ」とも思うわけです。
正直生きててもいいことなさそうだから自殺しようなんてことも考えたけど、学生特有の万能感からなのか未来に少し期待してしまっている自分もいる。
就活めんどくさい
男女の差もあるよ
女はいくらキャリアアップしても、子供を産んだら傍に実家が無ければまともに仕事を続けるのは難しい
バリバリ転勤してハイキャリアを手に入れて出産して退職せざるを得ないより
実家近くでほどほど職について実家の助けを借りながら出産後も働き続けた方が
そこは転勤しても嫁が仕事辞めてついてくるんだろ?んで専業なんだから嫁が家事育児全部やって当然だろ?で終了な男とは違う
「彼女が仕事辞めてついてきて当たり前」か、精々「別居婚で育児は彼女がやって当たり前」の前提だろ?
でも彼女にしてみたら普通に夫と同居しつつ、実家近くで以下略の方が格段に楽だから勤務地縛りたがるわな
相手が高学歴女子でも同じだと思うよ、むしろ「お前の方が学歴も収入も低いんだから俺に従え」が出来ない分、もっとイライラすると思うよ
就活を通して将来のキャリアプランとか考えるんだけど、自分が同性愛者であることが原因なのか明るい未来が想像できない。
すごいエンジニアになって、仕事バリバリやって、金ガンガン稼いで、面白いものつくっって....てな感じで色々考えても
「あっ、自分て同性愛者だから、キャリアをいくら積んだからって一生孤独じゃん。働く意味!?」っていう着地点になるんだよね。
中学生のときに同性愛に目覚めて、いま24歳。両親の離婚、自分の性癖、不登校、浪人生活.....色々乗り越えての現在(いろいろあったなぁ)。
大学では友人に恵まれて、人生で一番楽しかった。それもあと一年で終わり。
友人たちもそれぞれの道に進むために就活中。社会人になって、家庭をもって、キャリア積んでとかそれぞれの夢に向かって散らばっていく。
今までみたいに、学校行けば誰かがいて、楽しい時間を過ごせるってことがなくなる。
だからどうしてもパートナーがほしい。一生とは言わない、社会にでてからも支え合えるパートナーがほしい。生きる原動力がほしい。
若さを失い始める年齢だし、年々パートナーを作れるチャンスが減っている気がする。肉体的に最も活発といわれてる16-25歳で童貞。愛するひとと、若さをぶつけあう激しいHがしたかったなぁ。
※前回http://anond.hatelabo.jp/20170121201117
〜これまでのあらすじ〜
ワイは猿。プロNNT猿や!無事(?)に資金も貯まって上京。今日からこのボロアパートを根城に就活リベンジや!!
…え?転職エージェントさん達?もしもーし!息してますかー?紹介できる仕事がないってなんですかー?返事してー?
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「まあ何かしらの紹介はしてもらえるだろう」と思っていた私が甘かったのか。最終職歴はアルバイトで、しかも1年も働いてない。履歴書にしたらスカスカおせち並みに内容が無い事は確かだ。
流石に凹む。このまま仕事が見つからないまま、決して潤沢とは言えない資金は底をついてしまうのか。泣きながら実家へ帰るのか。
そんな嫌な予感が胸をよぎる。冷静になれよ、ミ・アミーゴ…
転職エージェントにはもう頼れまいと、新卒の頃に使った「2017だの2018だの卒業年度が後ろにつくアレ」に登録をして、第二新卒歓迎の仕事を探しまくった。
新卒の頃には「第二新卒歓迎」なんて胡散くさいわぁ〜なんて思っていたのに、今ではこんなに、何故だろう、あたたかい…。
そんな時に、一通のメールがきた。
3つの転職エージェントのうち、最後のひとつからの返事だった。
「なっ、なによ…どうせあんたも私のことなんか見捨てるんでしょ…ッ?
ふんっ…まぁ一応読んでやらないこともないわよ…ッ」
と、つり目の金髪ツインテール美少女になりきりながらシングルベッドの上でメールを開封。
一度担当者とお会いしてみませんか?ご都合の良い日程をご返信ください」
捨てる神あれば拾う神あり。うれしくて、長州小力のような踊りまでしてみせた。
取り敢えず話を聞いてくれるだけでも、一人ぼっちの私にはありがたかったのだ。
「これはまるで…!天から垂らされた蜘蛛の糸…!登らなければ…!未来はない…!登る…!今すぐに…!」
(訳:ありがとうございます!早速なのですが、今週の3月×日が空いております!よろしくお願い致します!)
そんな訳で3月の末日、慣れない都市の鉄道を乗り継いでやってきた某所。
バベルの塔のように物々しいガラス張りのビルが乱立し、それぞれが自由に陽の光を弾き飛ばして私を威圧してみせる。
そのうちの1つに私は用がある。あの日、私にはそのことがとても特別なことのように思えた。
メガネをかけた女性の担当者が、定刻に待ち合わせの部屋へ現れた。
「anonymous様はどんなキャリアプランをお持ちですか?」
ここで、新卒の時に就職失敗で云々という経緯を語った。そしてどうせなら、もう一回チャレンジしたいということも。
担当の方は一瞬難しそうな顔をしたあと、「少々お待ちください」と言ってパソコンを叩いた。
しばらくすると、横のプリンターからメチャメチャに紙が出てきた。それはもう、ベロベロと。あれよあれよと分厚くなって。
担当者さんはそれをグワシと掴むと、「そちらはすべて、今現在anonymous様にご紹介をお勧めしたいお仕事です。すこしご覧になってみてください」と、私の前に差し出した。
なんだ!!お仕事たくさんあるじゃん!!しかも選んでくれるなんて楽チンだなァ…
『幸せだなァ…僕は君といる時が一番幸せなんだ 僕は死ぬまで君を離さないぞ、いいだろう…』
と浸っていたのも束の間、印字された内容をよくよく読んでみると
「あの、これ…向こうが要求しているスキルに対して私の経験値が圧倒的に足りないんですけども…?」
「そこは…私の方からもプッシュはしますが、とにかくやる気をアピールしましょう。」
東大A判定も、全国模試で優秀者に選ばれることも、幸せには繋がらなかった。
日本一偏差値の高い女子校に通っていた。生徒の半分は東大か国立医学部、残り半分も大多数は早慶か私立医大に進んだ。
学校名を言うと小々波のように男性が引いていく。褒めてくれるのはドMかヒモ志望。生きてるだけで非人ならぬ非女の扱いを受ける。お前は女に非ず。
自分の容姿がまずいだけかとも思ったが、コミュ力のある美人の同級生たちは、むしろ学校名を聞くまでは男性にちやほやされ、学校名を言った途端手のひらを返したような態度を取られていた。
入学したときは誇らしかった学校も、人に聞かれたら学校名を誤魔化すようになっていた。初めて袖を通したときは嬉しくてたまらなかった制服も、着ると罪人のような気持ちになった。
どうして同じ難易度の男子校は同じように勉強をしたはずなのに、学校名だけでも箔がつくのだろう。
元々リードしてもらい、可愛がられることが好きだったので、「違う、恐れられる存在になんてなりたくない。ドMやヒモ志望に『引っ張って欲しい』なんて言われたくない!」と強く感じていた。
男性からの評価ばかり書いたが、女性からの評価も似たようなものだった。「あんな勉強ばっかする学校行ったところで、何の得にもならないのに。そこそこ出来ればいいのよ。」と言われているようだった。
受験前はあれだけ優秀な人達に囲まれることを望んでいたのに。最初の志も霞むくらい、自尊心が削られていた。大好きで尊敬している学校の友人らが貶されるのも辛かった。
通っていた学校は東大か国立医学部を志望するのが当たり前だったが、自分がそういう学校に進んだところで、また学校名を隠し、自尊心が削られたまま生きなくてはいけないことが耐えられなかった。特に出身大学は一生経歴としてついて回る。
私は経歴ロンダリングをすることにした。受けのいい大学に入学し、受けのいい会社に就職した。
もう所属を隠すこともない。むしろステータスになるくらいだ。信念は曲げられ、大事なものは失った気がするが、今は望み通りの環境にいれて、満たされている。
明確な将来のキャリアプランがあるひとにとってはトップの学歴は有意義かもしれない。でも、「いわゆる女の幸せ」が欲しい人間がトップの学歴を持つことの意味は、まだわかっていない。
即日中か、翌日に電話がかかってくれば次の選考を案内されるからだ。3日後までに何もなければ、まず見込みは無い。1週間後、メールが届く。選考への参加のお礼と、「貴殿の今後のご活躍をお祈りします」という空虚な文章。返事すら無いことも勿論ある。いわゆる「サイレントお祈り」。
厭なことは沢山ある。
今日、初めて会った人にさも当然のように「自己PRしてみろ」と言われること。
問われたことに馬鹿正直に答えれば怪訝な顔をされること。
素朴に疑問に思ったことを伝えると、機嫌を損ねられること。
自己分析という単語がいつから多用されるようになったのかは知らないが、今の用語法は恐らく就活ビジネスの暗闇で生まれたに違いない。
やりたいことは無いし、ライフプランもキャリアプランもない。自分に何が向いているのかもわからない。中二病を発症する時期でなくとも、自分の将来の夢を描けないことは、別段特別な悩みではない。今の時点で自分に向いている仕事を確信していても実際にやれば嫌になる、ということも大いに有り得る。「向いていない」と思っていたことが案外楽しいと思えたりすることもある。そもそも配属を決めるのは会社であって社員ではない。
だが、「どんな仕事がしたいか」と面接官に問われれば答えねばならない。そんなの知ったこっちゃない、会社が決めることには何でも従いますからとにかく入れてくれ、と言うだけでは不採用だ。
“あなたはどんな人間なのか”、と問われ、必死に答えた挙句、自分を否定される。
「お祈り」が来ても、自分には何が足りなかったのか、一切わからない。採用基準に達していても自分の他に評価の高い人がいたのか、達していなかったのなら何処が何点足りなかったのか、学生には教えられることはない。だから就活では皆不安になる。
根本的に変えるべき時が来ていると思うし、いつか変わるだろう。しかし、今すぐには変わらない。就活に疲れ、絶望し、リ○ルートの本社の前で白昼堂々焼身自殺しようとも、世の中は変わらない。文句を言っても今すぐ内定は出ない。正社員になりたいのなら愚痴を言うのは一旦止め、とにかくやるしかない。
やるべきことは単純だ。とにかく選考に出来るだけ早期に、沢山参加する。行きたくない企業でも面接を受ける。これだけだ。
早めに内々定を貰って就職活動を終えることが目標なのではない。自分の納得できる会社に行くために、早めに選考に参加することが不可欠なのだ。
面接は数をこなせば必ず慣れる。馬鹿げた質問への答え方がある程度は分かるようになる。言ってはいけないこと、言うべきことを察知できるようになる。面接官とのやりとりのうすら寒さが気にならなくなってくる。
「親しい友達は多い?何人いる?」「幼い頃はどんな子供だった?」などと滑稽極まりない質問をしてくる面接官に対して、馬鹿正直に答える必要はないと気が付く。面接官が納得する答えを考え、それを表現する。演じ切る。時には嘘も吐く。それが苦にならなくなる。選考に落ちても逐一気にしないようにする。
自画自賛するような歯の浮く文章を書いたり、話したりするのはただでさえ嫌なものだ。あまつさえ沢山の会社にお祈りメールを送りつけられ、自分の存在を否定され続ける中で、自己PRの文章を一人むなしく考えていれば鬱にもなる。自分で自分を肯定できない時は、他人に自分を肯定してもらうことが必要だ。他人に文章を書いてもらうのも良い。家族、友人、先輩後輩、大学のキャリアセンター、頼れる人は誰でも頼るべきだ。一人でマジメに頑張る必要はない。
“あなたはどんな人間なのか”という問いで自分を苦しめるべきではない。真剣に考えても答えなど出るはずもない。ただ、面接官の求める話をしに行くだけだ。それが就活だ。
実際のところは、4月から働いてみないとわからない。わからないけれど、それでも4月から挑戦しても良いと思える会社を見つけるまで続けるしかない。
当たり前の話と笑われるかもしれないのだが、9月に入りようやく就職活動を終えた今、1年前の自分に言ってやりたいと思うことを書いた。就活が嫌になって何もかも投げ出したくなった人が読んでくれたらいいなと思う。
深夜アニメに出ているような声優って基本的に若い人しかいないけど、年をとってきたらどうやって食っていくのだろう?
ときどき、ある時期をピークに仕事がだんだん減っていく声優がいるけど、フェードアウトしていくのだろうか。女性は結婚して寿退社的なコースが想定されているんだろうか?
きっとスポーツ選手やプロレスラーみたいに、一生できる仕事じゃなさそうなのでどうやって生きていくのだろうか。他人ごとながら、心配しちゃう。
浅野真澄は多角経営でゼニゲバ声優という地位を得たし、沢城みゆきはルパンとか長続きしそうな仕事があるよね。田村ゆかりや堀江由衣みたいに永遠の17歳で売っていくこともできるんだろうけど、これは誰にでもできることじゃないしな。井上喜久子は2代目が出てきていてビックリしたよ、これはいずれ「この度、5代目井上喜久子を襲名する...」な未来が見えるぞい。
= 追記
みんな優しく教えてくれてありがとう。誰もがしぶとく生き残っていくんだなあ
まあ、僻みや妬みがでてくるのはわからんではないけど、
「京大生への教育投資が!」的な声が多いのは正直よくわからん。
んなもん職業選択の自由だろ。
国家の問題どうこうを言う、おまえのほうが、憲法ないがしろにしてるだろ
個々人の人生の自由が阻害されることのほうがよっぽど大変なことだよ
そもそも、京大や東大を出た人間が人生を自由に選び取れるわけでもなし
おれだって、大学出たあと半年ニートやってたしな。そのあとも、なんどか仕事やめたりしてる合間で合計で3年ぐらい無職だわ。
少なくとも、法や倫理の問題として、職業選択の自由を論じるのはどうかと思う
頭脳流出やら、キャリアプランニングと教育の関係をうまくまわすための政策的課題として議論しましょうっていうのならわかるよ
まあ東大とか京大出た人が、みんな主婦とニートになったら困るから、
そこは「なるべく、東大出た人はなるべく日本国内できちんとしたキャリアを歩んでもらえるといいね」っていうぐらいのことを
実現するために、それをサポートするための政策的とりくみをやりましょう、っていうぐらいの話は別にいいよ
それはやればいい。
でも、主婦やりたいって人はやればいいじゃん。無職になりたい人は無職になればいいじゃん。
なんで職業選択の自由の問題と、政策的課題みたいな話をごっちゃにして、偉そうな説教たれてる奴がこんなに湧くの?
我々ははした金のために、我々の自由を引き渡すようなことをするべきではないよ。
横だが
派遣でなんとかやってるかもしれないし、主婦になってるかもしれないし大学院生になってるかもしれないし、親の仕事を継いでるかもしれないし、
これをどう解釈したら「キャリアプランを相手任せにしている」のか分からん。
つか元増田、いざとなれば継げるような仕事持ってる親があるなら金もあるんだろうし
働いているのは「無職じゃかっこわるい」ってくらいの理由なのかな。
じゃあ派遣だろうが何だろうがどうでもいいんじゃね。
ADHDという障害抱えてても結婚出来ると信じていて、生活費の為に必死で働かなければならない羽目に陥る予定もなく
院入ってるかもとか呑気な事言えるのも、家柄故なんだろうな。
無責任に大丈夫とかいってやがる、と思うかもしれないがこういうのは根拠のない自信というのが必要なのでそれの一助になれば。ちなみに僕も独身なので、この時点で参考にしてくれなくてもいい。
30半ばというのはハンデではあるが、そこまで大きいハンデではない。むしろその年齢ならば、堅実そうな元増田は結婚向きに割と需要が見込める。同僚にもそうやって結婚していったやつは少なくない。
人見知りはでかいハンデだけれど、他のトラバで言われていたように仕事だと思えば乗り切れる。仕事に打ち込み、キャリアプランを模索してきた元増田ならきっとできる。
そういう元増田だから、婚活だの出会い探しだのの行動力に関しては問題ないと思うし。
あとはパートナー候補や親や世間に対して、あんまり自分を殺さないでほしい。人を好きになる感情をもっているのだから、ある程度自分の気持ちに正直に生きた方が、たぶん楽しい。
偉そうなこと言ってすまないが、励ましになればうれしい。
激しい人見知りで、人と仲良くなったり少し心を開くのに数ヶ月~数年の時間がいつもかかる。加えて、一度人を好きになるととことん一途で想い続けてしまい、まったく柔軟性がない。この複合で、恋愛はうまくいったためしがない。哀れな男の自分語りだと思って笑ってほしい。
俺の片思いはいつも3年以上と長期スパンで、たちが悪い。小学校高学年、中学校、高校と、3年間の学校ごとに好きな人が一人できた。好きになると意識しすぎてしまい、それぞれ特に何か起こることもないまま、卒業して疎遠になっていくことを繰り返した。
大学生でサークル活動をしたときに、部内で好きな人ができたが玉砕した。失恋した後も片思いを引きずり、今思うと部内から別の子からの好意と思われるアクションもスルーしてしまい、そのまま何もなく大学は卒業した。
社会に出てからは出会いもなく、それよりも日々の仕事と、自身のこれからのキャリアプランの模索に精一杯だった。自分に自信がなく、恋人を作るなんてところまで至らない。そんな中、学生時代今まで好きだった子と、いつかどこかでばったりと出会うような、そんな馬鹿げた妄想を抱きながら、仕事中心に20代が過ぎていった。
30手前で転職をして、そこから、またがむしゃらに働いた。新しい職場で出会った中で、とある子と話が合い、少しずつ仲良くなり、いつの間にか好きになっていた。大学卒業から10年ぶりぐらいに人を好きになった。しかし、雑談の中で、その子に彼氏がいることが判明し、ひっそりと泣いた。その子と出会ってから4年近くが経とうとしていた。俺は30歳半ばにさしかかり、いまだ彼女居ない歴=年齢の童貞ができあがった。
童貞であることはさすがに笑えない年齢となり、ひたすら周りには隠し続けている。当然恋愛経験がある前提の話題には近づかず、過去の恋愛については一切しゃべらない(というより経験がないから話しようがない)し自分からも振らないことでうやむやにしているが、職場に出入りする営業さんは俺のことを既婚者と思い込んでいたりと何かと肩身が狭い。親からは結婚しろの圧力。
このままではいけないと、合コンやらお見合いパーティやらネット婚活やらを試したが、人見知りの性格が災いし、初対面の女性と仲がまったく進展しない。マッチングしない、メッセージが続かない。やればやるほど自信をなくし、惨めな気持ちになるばかりだ。自分でも難しい性格という自覚はあったが、ここまでうまくいかないとは思わなかった。
ある日、近所の神社のお祭りを楽しむ高校生カップルとすれ違い、俺はこんなベタなデートすら経験したことがないということに気が付き、愕然とした。
もっとベタなところから始めたいのに、結婚を意識しなければならない年齢に達していた。今まで俺は何をやっていたのか。
そして、みんなはいつどこでどうやって出会って恋愛をしているのか分からなくなってきた。俺に彼女ができる日はやって来るのだろうか。
(追記)
想像以上に反応があり驚いています。コメントすべて読ませていただきました。
何もアクションを起こせなかったのは高校時代までで、大学からは自分なりに勇気を出してみてはいる。上では書かなかったが、職場の好きな子にはある時点で自分の想いを正直に伝えている。正直それも引きずっていて、想いを断ち切れない中、振り返ると、学校、サークル、職場といった組織内恋愛も、その他の一時的な出会いもダメで、将来を悲観して思わずここに書き殴ってしまった。
厳しいコメントもありがたい。自分勝手という指摘はその通りだと思う。
そして励ましのコメントが嬉しい。すべてを諦めてしまいそうだった。もう少し柔軟に視野を広く持って、自分を殺さず、自然に構えたいと思う。ありがとう。
(追記2)
最後にもう一度だけ追記させてほしい。
3~4年ごとのそれぞれ過ごしてきた時代は、さすがに細かくは説明しきれない。俺がここで書きたかったのは、「片思い」「人見知り」「思いやり」論というほどのものでもなく、とにかく仲良くなるにも、好きになるにも、アタックするにも、諦めるにも、新しい人が好きになるにも、すべてにおいてどうしても時間がかかってしまい、気が付くと歳だけ取ってしまったという後悔と焦りだ。
そして、何かを変えようと意を決して参加してみた合コンやお見合いパーティやネット婚活がまったくうまくいかないことの絶望だった。
恋愛経験がないことは昔から非常にコンプレックスで、こうした話題から避けてばかりいた。親友にも一度も話したことはない。30数年ほどの半生を振り返るような形で、自分の問題点も含めて赤裸々に語ったのはここが初めてだ。
完全に行き詰まりを感じ、自分の気持ちを誰かに理解してほしくて、また何でもいいからアドバイスやヒントや批判が欲しかったのだと思う。
公開一日で、励まし、批判、ネタ含む、これほどの人たちに気に留めてもらえるとは思わなかった。コメントを読んで、かなり吹っ切れた気持ちだ。
今後、実世界でこのことを誰かに話すことはないと思う。いるとしたら、人生で初めて最初に自分と付き合ってくれる“彼女”だろうか。
心を許して信頼でき、自分の弱いところをすべてさらけ出せるような人にいつか出会いたい。
合コンやお見合いパーティなどの出会いの場は、やはり自分には向いていないと割り切って、今度新しく趣味の集まりにでも参加してみようと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20150507012413
の冒頭を読んで、自分のことかと思ったが読んでいくと全然違った。
サラリーマンをやってると上司やら周囲からキャリアプランやら目標やら
いろいろ言われて本当にこの世は自分のような人間には生きずらい。
そこそこのお金を稼いでそこそこの楽しみをそこそこに味わいたい。
自分は今までなにも成し遂げられずに生きてきた。今年で40になる。
そしてこれからもなにも成し遂げることなく死んでいくであろう。
今すぐ死にたいといつも思っているが、今のところ生きるめんどくささより
死ぬめんどくささが強いようでなんとかこうして生きている。
子供のころはそこそこ頭のよい方で、特に努力した記憶もなく地元でそこそこの高校を出て、
特に何の考えもなく受けた大学受験では今で言うFラン私大文系に現役で合格し
大学でキモオタライフにどっぷりはまり氷河期まっただ中の上に何もやりたいこともなくすんなりは就職できず。
派遣先でのらりくらり仕事をしていたらなぜか通信大手から誘いがあり、転職。今に至る。
こう運だけで生きてきてしまった自分は、とにかく目標を立てる、目標に向けて計画的に物事を行う、
ということが壊滅的にできない。
今の会社は日本で名前を知らない人はそうはいないだろうという大企業だが、
自分のような考えを持った人は少なくとも同じ部署にはいないようだ。
40になってもロクなスキルも持たず、年下の上司から指示を受けて日々をやり過ごしている。
こんな自分がうまく働ける会社があるとも思えないので、転職する気には全くならない。
リストラされるまでしがみつくか、今すぐ死ぬかの2択しかない。
プライベートはどうなのかというと、ただの気持ち悪いオタクでしかない。
なにも成し遂げられたことがないと書いたのは、デブ(168cm/95kg)の上に喫煙者だからだ。
ネガティブなことは細かいことまで覚えている自分が本当に嫌で仕方ないのだが、
昔読んだこち亀にあった「アメリカでは喫煙者とデブは出世できない、ノースモーキングとダイエット
ができないのは自己管理ができていないとみなされるから」が忘れられない。
ダイエットも禁煙も何回も試みたがまったくうまくいかず、失敗するたびに死にたくなるだけなので
もはや手を出すこともできない。
いろんなことに手を出しては中途半端に終わらせていくので、趣味っぽいことだけはやたらと多い。
学校に来ている限りは必ず放課後練習に行かなければならない、ということに耐えられなかったからだ。
野球を見ることも含めて趣味っぽいことは一時的な逃避に過ぎず、
推しアイドルのイベントに行っていてもふとした瞬間に劣等感や仕事のことが頭をよぎっては死にたくなる。
小中高の頃は女性に告白する勇気もあったが、受け入れてもらえることは一度もなかった。
そして高校くらいの時に気付いたのだが、自分はものすごい短小包茎だ。
これがコンプレックスで風俗にも行けないし一生女性関係などは持てないだろう。
弟が一人いる。彼は真人間なようで最近結婚した。子供も生まれるらしい。
どうしようもない自分はいまだに実家暮らしをしているのだが、両親がはしゃいでいるのが心に刺さる。
人の幸せそうな話を聞くのが本当につらい。おかげでネットの友達もリアルの友達も疎遠になった。
「産休取れますか(取得率どのくらいですか)」「産後の職場復帰は」みたいな、この手の質問必ず聞く。
んで聞くたびに「みんなすごいなあ、ライフプランとかキャリアプランとか考えてるんだなあ」と感心する
正直、全然考えられない。いまでも恋愛相談の類を自分に当てはめて考えると気持ち悪さがこみ上げてくる
別に相手は悪くなくてむしろいい人だったけど、ただ只管に今は気持ち悪い思い出になっていて
だから結婚とか、そういう自分の今後の人生みたいなのが全然考えられない
一人で生きていくのは面倒だけど誰かと暮らすのはとても苦痛だし八方ふさがりだなあと思う
同じような人はいないもんなのかなあ。一緒にいたいわけじゃないけど、
そういう諸々面倒くさいことをかわすために一緒になるというのは、今となるとまったくもってアリだなと思う
博士課程 Advent Calendar 2014(http://www.adventar.org/calendars/548)のエントリーです。
1回目のテンプレ(http://anond.hatelabo.jp/20141201200815)をお借りしました。
大学での研究生活の後半 (学部4年の1年間 + 大学院修士の2年間 + 大学院博士の3+年間)。
ワンピースでたとえるなら新世界みたいな感じ。人によっては前半の研究生活を「楽園《パラダイス》」と呼ぶとか呼ばないとか。
人によってはキャリアパスのためという理由もあると思うけど、個人的には、研究が楽しい/研究を自由にやりたいから。
スラムダンクでたとえるなら「リサーチャーになっちまったのさ…」(まだなってないけど)
調子が良い時の例:
調子が悪い時の例:
調子が最悪の時の例:
学振DC1をもらってますので月20万(マイナス 税・学費など)をもらってます。
学費は、(大学によって学振受給者の使いが違うようですが)自分は半額免除もらいましたので年間26.8万円(2.2万/月くらい)払ってます。
徒歩20~30分くらいのところに5.9万のワンルームのアパート(都内23区)を借りて、気分転換と運動を兼ねて徒歩で通学してます。
今のところほぼ完全に自炊をしていて食費は月2万くらいです。
初年度は税金等がないのもあって、±ゼロ ~ +3万(黒字)くらいの家計でやりくりしています。
修士2年5月の時に、国内会議1本+国際会議1本+国内論文誌1本+学内賞 で学振DC1に応募して面接免除で採用になりました。
その後、いろいろあって研究室を変えることになり、採用内定後に指導教員の変更届を学振に提出しました。
博士に入ってからはまだどこにも行けていないのですが、修士1年の終わりくらいに海外の研究所で4か月ほどインターンをしました。
インターン先で研究してから、ますます研究が面白くなったり、博士にいってもやっていけそうという自信がつきました。
学部4年になった時から博士神学は考えていましたが、最終的に博士進学の決心が固まったのはインターンから帰ってきたとき(修士2年の始め)です。
また、インターンに行ったことで、研究に対しても、キャリアプランに対しても、自分なりに視野を大きく広げることができて、本当にいい経験になりました。
D1のとき(今年)インターンにいけなかったこと (後悔というより残念なこと)。