「武道」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 武道とは

2014-06-12

小学生の頃、自分が在籍したクラスが何度か学級崩壊した。

小学生の頃、自分が在籍したクラスが何度か学級崩壊した。

大学卒業したての若い女性教師は、子供

腕を鋏で傷つけられて、来なくなった。

昔は問題児のいたクラスを立て直したらしい

ベテラン男性教師はノイローゼ学校に来なくなった。

少子化の流れを受けて、同学年はおらず1クラスだけ。

人数は40人ほど。田舎の小さな町の小学校だった。

中学卒業までほぼメンバーは変わらない閉鎖的な近い将来が分かりきっていた。

怪獣が何匹もいた。

授業中に座って話を聞けなくて歩き回る子(今思えば多動性だったかもしれない)。

先生質問に意地の悪い野次を飛ばし続ける子。

入学してすぐ、「問題児が多いクラス認定」をされた。

授業妨害は当たり前だった。算数割合の授業がほぼすっぽぬけてたから塾に行った。

そのころ、ニュース教育の元の暴力タブー化されたことを盛んに報道していて、

口で言ってもわからない子がいても、簡単に子供を叩けなくなった。

子供たちも、それが切り札に成り得ることを十分知っていた。

「殴ってみろよ、クビにしてやるわ」と問題児たちは口を揃えて先生に言ってた。

何人かの問題児以外のその他大勢は、クラス日常にだんまりだった。

そういうのをとめる子は誰一人としていなかった。

私も含めてクラスの中心人物の「ガキ大将」にいじわるされるのが、

当時はとてつもない恐怖だった。

ガキ大将といっても、恰幅のいいジャ●アン的な感じじゃない。

ハーフで眉目秀麗男子だった。武道を習ってた。傍若無人だった。

母親が異国の人で日本語がほぼしゃべれず、子供に対して過干渉。

父親がは日本人で異常に厳しく直情的で、同じく過干渉。

過保護で厳しい親の前では従順

そのストレス学校で発散している、というのがクラスの子供達の中での共通認識だった。

あるときPTA会議?があった。私も母親についていった。

クラス問題児の親はほぼ来ていなかった。

あの人たちはいつも仕事で忙しいからと、母が言った。

問題のある子とそうでない子を分けてクラス編成し直してほしいという声が上がった。

その場に数人いた私達子供らにとってはすごく嬉しかった。念願だった。

そんな夢みたいな話があるのか?大人ってすごいと思った。

誰かがお母さんにお願いしたのかな?でも、これで、帰りの会が長引くのも、全校集会で怒られるのも、

算数事業を妨害されるのも、いついじわるされるかこわかった毎日もみんな終わるんだ!と思った。

子供たちだけ別室に移されたときも、皆同じく高揚していた。泣いてる子もいた。やっと開放されると思った。

耳を疑ったのはすぐのことだった。

「他の子供たち(問題児以外)はみんなで支えあっていきたいって、仲間だってきっと思ってる!

そんな子供達の思いを踏みにじるんですか!個性を除外して、認めてあげれない学校なんですか!!」

この一言を言いはなったお母さん、泣いてた。なんで泣いてんだよと思った。

あんたの息子、問題児いじめられてるって知らなかったのかな?

結局その一言で、淡い夢は終わって、わんふぉーおーるおーるふぉーわんという語呂がよくて気味が悪い

学級目標が設定された。ぎせいになれってことなんだと思った。

小学校卒業間近、タイムカプセルを埋めたいと皆で担任教師にお願いした。

「あんたたち卒業間近まで先生のこと苦しめるの」と言われた。

みんな(問題児除く)で、学校の裏山にグミの木を植えた。

中学にいっても、問題児たちは相変わらずだった。先生たちは一生懸命だった。

先生問題児たちは卒業式とき抱き合って泣いてた。

先生は、その子たちにつきっきりだったしね。悲しいよね。手のかかる子ほどかわいいよね。

学校生活の主役は間違いなく彼らだった。さっさとみんなでカラオケにいった。

ガキ大将高校いじめられたと聞いた。

でもいまは少し太って地元平和や愛を歌うラッパーになったらしい。ピースフルだね。

取り巻き問題児たちも、今はどっかで働いて、いまだにみんなでつるんでるらしい。こりないね

あのときクラスが分かれてたら(たぶん無理なのはわかるけど)

どうなってたんだろうと、最近橋本さんの提案をニュースでみて思う。

それなりにまじめに生徒やってる子の人権無視されてきたんだし別にいいじゃん。

問題児をとめない周りの子が一番悪いという持論を展開する大人も一定数いるし)

それでも反対する人がいるのは、世の中の不条理さに慣れておく訓練を、

学生のうちにしときなさいってことなのかな。きびし~!

世界ひとつだけの●、何度も何度も歌わせたくせに~!

もう学級目標も、やられたらやり返せ甘えるな。とかにすりゃいいのに。

あのグミの木どうなったんだろ。

2014-05-30

艦これ空母ファン向け弓道入門

艦これ人気に便乗した弓道の話です。

一部の空母娘が使っている弓から弓道に興味を持った人が読んでくれればなーという感じです。


さて、艦これDMMゲームである以上、18歳以上しかプレイできないのですが、同人から興味持った学生もいると思うので(あと大学生もいるだろうし)、まず学生向けのお話

結論から言うと、もし学校弓道部があるなら、そこに入るのが一番。

弓は教えられたことを身につけるために、ある程度の回数は反復練習しないとなかなか上達しないので、毎日放課後すぐに弓を引ける環境が最高なのです。

ちなみに道場アメリカ空母も真っ青の開放型格納庫状態なので、防暑・防寒に注意して快適な弓道ライフを送ってください。

若いからといって、何でもかんでも気合いと根性だけでどうにかなるほど現実は甘くないので、「努力より工夫」をキーワードにするといいかもしれません。

あとは「意味もなく年長ぶる間抜けな先輩には気をつけろ」「先輩になったからって小天狗になるな」というのも重要ですが、これはまあ部活全般に言えることなので。


次に学校弓道部がない人や学生じゃなくなった人向けの話。むしろこっちが本題。

学校弓道が出来ないとなると、社会人向けの弓道サークルに入ることになるのですが、「生意気だと思われないよう年長者は敬え、できれば可愛がられろ」だけでは済まない、ちょっと初心者が入りにくい所を解説。


弓道というのは、弓を引く技術である「射法」と、弓を持った時の立ち振る舞い全般を規定した「礼法」によって成り立っています

それで問題になるのが礼法。

社会人弓道一般的に礼法偏重で、初心者に教える場合も礼法から入る傾向があります

初心者にしてみると

「弓を習いに来たのに、今日は弓も持たずに座り方と立ち方・歩き方しかやらなかった」

「弓は持ったけど、取り回し方ばっかりで、いつまで経っても矢を放つところを教えてくれない」

というギャップから苛立ちを覚えること請け合い

はいえ、これを習得しないと先に進ませてくれないと思うので、ひたすら覚えてしましかないのが現実

それこそ受験のために過去問を覚えるみたいな感じで。

もちろん全く使わないかと言えばそんなことはなく、昇段審査とかでは覚えているのが前提ですが。


では何故そこまで礼法にうるさいのか?


これは、弓道が成立した歴史的経緯関係があります

そもそも弓道明治年間に生まれた歴史の浅い武道で、女子の礼法に至っては戦後に作られた新しいもの

そんな弓道の成立時に問題になったのが

鉄砲が登場し武器としての歴史を終えて久しい弓を、武道として続ける意義は?」

というもので、その回答が今の弓道の、あらゆる流派のごった煮状態に近い「射法と礼法の融合」だったと。


はいえ、そんな哲学的命題に興味を持って入門する初心者はまずいないと思うので(オイゲン・ヘリゲルでも読んでいれば別ですが)、最初

「的に当てるスポーツだもん、当たらなかったら面白くないじゃん」

くらいのノリでいいと思います

それにいくら礼法偏重だって、いざ試合になれば的中数が全てだし、審査にしたってある程度段位が上がれば「当たって当たり前」が要求されるわけで。

まあ礼法は、歳を取って思うように当たらなくなった時でも、ライフワークとして弓を続けるための予習くらいのつもりで学べばいいんじゃないですかね。


最後に、空母娘が使っている弓について。

これは竹弓といって、弓が武器として活用されていた頃からあるというか、弓も矢も元はといえば竹製なんです。

しか現代弓道では、安くて壊れにくいグラスファイバーの弓にジュラルミン製の矢が主流で、竹弓竹矢を若いうちから使っている人は殆どいなかったり。

でもあの弓のディテールに惚れたとなれば、これはもう竹弓竹矢を買っちゃっていいと思います

高いしこまめなメンテ必要だし、最初は壊しながら覚えていく感じになる覚悟必要ですが。

2014-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20140425100848

その批判が「部屋でニコニコとか見てないで表に出て武道しろ!」くらい、余計なお世話感でいっぱいだからウンザリされてるんだと思う。

2014-04-22

雑談力(特に女子との)が無いヤツは、安いキャバクラにいけ。

「新入社員7割 雑談力自信ない 」

こんな記事がYahoo!ニューストップに上がっているのを見て、

「昔は俺もそうだったなぁ。。。。」と感慨に耽ったわけであるが、

自分場合対処法を紹介しておく。

まずは結論ファースト

「安いキャバクラに行け」

特に繁華街として有名では無いところがいい。

東京なら、渋谷新宿新橋五反田上野辺りは避けて、

駒込巣鴨と言ったややマイナーな駅や、八王子立川と言った西の方がオススメである

以下、その理由について説明していく。

なおここでのキャバクラ定義

キャバクラとは、キャバクラ嬢と呼ばれる女性が客席に付き接待を行う飲食店。」(Wikipediaより

とする。また、特に1対1のサービスを前提とする。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


参考までに、著者の理系男子エリートな経歴を紹介しておくと、


小学校 → 共学

中学高校 → 一貫男子校電子工作部。

大学 → 地方国立工学部

 サークル → 武道部。いわゆる「部」。

就職先 → 電機系企業エンジニア



とまあ、「女子が1割もいるのか!!」という驚き方をするような

環境しかいなかったのである

(実際、周囲に女子が1割以上いた時期は、大学1〜2年のみ)


そのため、女子との雑談力を高いヤツを見て、

「あーあー、チャラ男はイヤだね」

自己欺瞞しつつ、内心忸怩たる思いを抱えて幾星霜・・・オッサンになっちゃった感じである

そんな自分が、社会人になって合コンに行くようになっても、まあ盛り上がらない。

仕事は−?」「うけつけー」「そうなんだー。大変そうだねー。」「そうだねー・・・」「・・・・・・・」

という感じで、いつのまにか、6名の飲み会での話しの中心が自分のいない側に徐々に移動していく。

自分ははじっこの方で、ビールをあおる頻度があがり、中心の話題に合わせて笑うだけ・・・

みたいな感じで、あふれ出るキョロ充ボッチ感がハンパなかったのである

「そんな自分も安キャバメソッドを3ヶ月続けたら、雑談力に自信が出てきて、周囲に明るくなったと言われました。

また合コンとかでも軽妙なギャグを飛ばせるようになり、女子からメールの返信がくるようになりました。

おかげで、仕事もばりばり進むようになり、上司にも気に入られ、今度銀座クラブに連れて行ってもらえる事になりました!

キャバメソッドは、現代わらしべ長者ですよ!!」



閑話休題

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

さて、ここでなぜ安い(やや場末感のある)キャバクラ雑談力向上に有効なのか?

キャバクラなら、女子雑談を盛り上げてくれるんじゃ無いのか?


甘い。まず安価場末キャバクラで働いている子は、雑談力とか0である

あまつさえ「私はキャバクラなんかで働きたくないのにー」というオーラむんむん、なんて人さえいる。

隣に座って「こんばんはー」「こんばんはー」「・・・」「・・・

といきなり雑談力が無い理系男子にとっては手痛い先制パンチを食らわされることもある。


まあ、安価場末キャバクラにいる、という女子にはそれなりに理由があるわけである


ここで普通飲み会合コンであれば、大勢で飲んでいるので、

誰かしらが話題を提供してくれる。

それにフンフン頷いたり、ネタに合わせて笑っておけば、大体なんとかなる。


ところがキャバクラは1対1のサービスを売りにしてるので、基本はサシ飲みである

しかも相手は、「なんちゃら巻き」みたいに髪をモリモリ盛った、化粧ばっちりの女の子である

理系男子としては、「え・・・ちょっと」と言いたくなるし、場合によっては畏怖の対象である

の子達が何の話しに興味があるか、なんてのはかなりの難問である

当然、思考は空転し、沈黙が続く。しかし誰も助けてくれない。。。。

まさに背水の陣四面楚歌孤軍奮闘である

という状況に陥るため、自分でなんとかするしかなくなる。

そうなったら雑談力鍛錬環境としては勝ちであり、雑談的には勝負の始まりである

まずはベタだと思いつつ、天気ネタからまり出身地趣味、出かける場所、すきな映画芸能人、来ている洋服・・・

などなど会話をつなぐ、盛り上げるための様々なネタを繰り出し、玉砕し、ヒットし、たまに会心の一撃を出し・・・

というのを繰り返していると、段々雑談力がアップしてくる(はずである


ちなみに、自分が色々と学んだのは、

・天気と服装と血液型鉄板

好きな芸能人と似ている芸能人は、予め答えを準備しておく

手相占いを覚えると、遠慮無く手を触れる

・「趣味は?」と聞かずに、「休みの日は何をするのが好き?」と聞いた方が趣味的なものが聞き出せる

アニメゲーム趣味の人がいても、自分を出し過ぎない

・相手のことを聞き出したら、次に自分についても話す

・たまに自慢話を混ぜる

などなどである

結局は、いかに「他人に甘えられず、自分どげんかせんといかん状況」を作り出すか、つーことですよね。

まあそんなこんなで、「安いキャバクラメソッド」は意外と有効ですよ。

2014-03-25

亀仙流の極意

武道習得するのはケンカに勝つためではなく、ギャルに「あらん(はーと)あなた、とってもつよいのね~ウッフーン」と、いわれるためでもない!

武道を学ぶことによって心身ともに健康となり、それによって生まれた余裕で、人生おもしろおかしく、はりきって過ごしてしまおうというものじゃ!

ただし!

不当な力で自分もしくは正しい人びとをおびやかそうという敵には、ズゴーンといっぱつかましたれ!!

この歳になると、こういう台詞が身にしみてくるよなあ

2014-02-17

安倍統一協会傀儡 プーチン極真を利用してるだけ




552 :量産型諜報部員2014/02/10(月) 19:02:09 ID:lWgwOzyw

http://ameblo.jp/kyokushinkan-osakam-hp/image-11449355724-12377573431.html

プーチン極真が好きなようだね

553 :ソーゾー君:2014/02/10(月) 20:01:25 ID:88Jpo.y2

>>552

その為のネタ振りか?

武道が好きなだけだろ?表層は武道から断れんでしょ?

お前達は毎回同じネガティブキャンペーンして楽しい

柔道空手やってたら罪人か?中心メンバーは腐ってるよ?

だけど表層しか知らん柔道空手をやってる奴に何て言えば良い?

確かに心は鍛えられるよ?

人気取りの為に利用してるだけだろ?良くある事だ。

創始者が健全だろうが腐ってようが中心メンバーは腐ってから何も変わらん。

利用できるものは利用したら良い。


安倍統一協会傀儡

プーチン極真を利用してるだけ」

↑違い解る?全員が腐ってるわけないだろ?大半は善男善女だよ?



中央銀行・発行権】黒幕銀行家4【信用創造

http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/movie/10043/1387207762/

中央銀行・発行権】黒幕銀行家37【信用創造

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/kokusai/1343051395/

2014-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20140207202908

きつい練習に耐えれば、根性はつくだろうな。それを精神を鍛えるというなら間違いじゃない。ただ、それなら別に武道じゃなくても、他のスポーツでもダンスでも文化部でも良いわけで。

というか、逆に精神が一切鍛えられない習い事とか存在するんだろうか?

http://anond.hatelabo.jp/20140207203431

誰だったっけ?

武道「道」を悟るのはすげー回りくどいことだ。

悟りたいだけなら寺で坊さんになるほうが早い。

っていった武道家

2013-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20131209023320

スポーツ性を否定して武道武術スポーツ競技を演劇舞踏に変えられても困るからなあ。例の八百長事件みたいなことになる。

2013-09-01

BookOffでタフ立ち読んだ武道家が思うこと

 当方プロフィール高校までアニオタ大学入って空手始める。とにかく強くなろうと努力する。5kgのパワーリスト付けて突き300回とか。腕立て伏せ拳立て伏せ、手首立て伏せとか。いろいろやった。というか、いろいろやれた。

 そんときモチベーションってのが、「自分は元オタだから死ぬほど努力しなきゃダメ自分の全時間を費やして、強くならないといけない」 彼女? 作ってる暇ないし(というより、ちょうどCLANNAD全盛期だったこともある、それと便座カバー

 とにかく、「武道に強くなる = 自分のすべての時間武道に捧げる(トレーニング、基礎体力の強化、などなど)だと思って、ひたすら練習やりーの、空いてる時間筋トレやりーの、ランニングやりーの。だったわけで。

 で、そうこうするうちに社会人になり。思うように練習に時間が取れなくなり。練習しなけりゃ弱くなるんじゃ、と心配になり。

 そんなときに手に取ったのがタフ(at Bookoff)死天王編。喜一が苦戦してた。しかも相手は、公務員。例え地の利があるにしろ、言ってみりゃ一般人。9時5時で市役所働いてる、一般人。それが、キー坊を、圧倒している。

 もちろんフィクションです。とはいっても、この平和なご時世。武道だけじゃ食っていけない。別の仕事やりつつ、武道も続けなくちゃ。むしろ、それでも強くなれる。

 読んでいて意外だったのは。自分の一生を武道に捧げなくても、強くなれるということ。タフではがその辺の市役所のオッサンが主人公追い詰め、軍鶏ではその辺のマイホームパパのくせに主人公が教えを乞うほどの武器術を身に着け。あるいは、一見関係ないように見えても、その実鍛錬になっているのかもしれない。

 「練習できないから弱い」ってのはもちろん未熟。「練習できないから、時間を作る」まだまだ。「自分の行動すべてを、武道に結びつける」なんだろうな、と思う今日のこのごろ。

2013-08-20

http://anond.hatelabo.jp/20130820021346

お茶武道も、まだ、"学校でお勉強する"権威あるものとしてしか浸透していないのかもしれない。

クラシックを無理に強張って聞くような、努力して身につける文化資本

ただ、わびさびを紙上で理解するのは難しいんだよなあ。


これが、書道パフォーマンスとか漫画のような身近な文化だったら、その本質を誰もが自前で(つまり、百人百様に)語れるのだろうけれど。

韓国茶道魔法瓶を嘲笑う人はそもそも日本文化が分かってないのでは

やや旧聞に属するが、「韓国茶道では魔法瓶を使う」というのが、はてなにこにこ動画2ch等で話題になり、

茶道なのに魔法瓶wwww」ってな感じの嘲笑のコメントが数多くついていた。

(これね→http://www.nicovideo.jp/watch/sm21555732


そうしたコメントの多くは「フイタwww」のようなものだが、

「フイタ」理由として挙がっていたもの最大公約数的にまとめると、

韓国茶道にはわび・さびはないのかwww」ってのと

韓国茶道には威厳ってものがないのかwwww」ってのになると思う。

しかしこれらは日本文化を多少知っていれば、どちらもおかしいと分かる話だ。


まず前者のどこがおかしいかであるが、そもそも「お茶を飲む」という習慣はお茶原産地である中国ではじまり

それが日本韓国を初めとして全世界へと広がったものである

そして日本にきた段階で始めてお茶がわび・さびと結びつき日本茶道ができあがっている。

(珠光が結びつけ、利休が完成した。)


から日本以外の国のお茶にわび・さびがないのは当たり前の事に過ぎない。

わび・さび日本特有の(だからこそ誇るべき)文化なのだから

韓国茶道にわび・さびがないといって嘲笑するのは、

イギリスティーパーティにはわび・さびが感じられないといって嘲笑うのとたいして変わらない。


しか日本茶道の習慣は相当極端な部類に属するものである

私自身はその極端さ故に茶道に惹かれるのだが。)


昔読んだ本によれば、江戸時代、茶人といえば変人代名詞的な側面があり、

極端な例になると、わび・さびを演出する為に新しい茶碗をわざわざぶち割り、それを修復したり

したそうだ。


利休自身、たった2畳しかない茶室・待庵を作るなど極度のミニマリズムに走っており、

お茶を飲むだけの為にこんな狭い部屋に入らねばならない理由は

日本人ですら理解する人は少なそうだ。(だからこそ江戸時代変人扱いされた。)


私自身は利休の茶道を一切の無駄をそぎ落とした素晴らしいものだと思ってはいものの、

日本のこんな極端な文化を基準にして他国のお茶文化を嘲笑うのは

さすがに無茶としか思えない。



次に「韓国茶道には威厳ってものがないのかwwww」って意見に関して。

韓国をはじめ海外お茶の習慣はよく知らないから断言はできないのだが、

冷静に考えてみれば分かるようにそもそもただお茶を飲むのに威厳を要求する方がめずらしい文化

なんじゃないか


日本では茶、武、芸、香などのように

「道」を求める文化があり、それは禅が関係しているそうなのだが、

禅は仏教の一形態に過ぎないのだから、他の東洋の国が同じような文化を持っているとは限らない。


それに日本茶道秀吉をはじめとした権力者と結びついていたが故に威厳を求められた

という事情もあるだろう。


であるなら、歴史文化が違えば、威厳なしでお茶を飲む茶道だってありえるはずなのだ



…という事情を鑑みて、韓国魔法瓶の件を振り返って見ると、

ある点においてかなり合理的ものである事に気づく。

だって、多かれ少なかれ茶道というもの礼儀作法であり、おもてなしなのだから


丁度フランス料理を食べるとき作法が一通り決まっているように、

食事やお茶礼儀作法と結びつきやすい。

であるなら、魔法瓶お茶を飲むときの「礼儀作法」が「茶道」として

きちっと決まっているならそれはそれでよい事ではないか

魔法瓶お茶をさめないようにするのもおもてなしとして理にかなっている。


一方日本茶道魔法瓶のような現代日用品を使った場合作法について

何も教えてくれない。

日本茶道古典化による魅力を醸し出してくれる分、

近代には対応できていないのだ。




最後一言

人間、どうしても自分が学んできた事・知っている事に縛られてしまい、

外国文化を自国の文化を基準にして裁いてしまうという愚行を犯しがちだ。


だが今回の件はそれ以前の問題として、そもそも自国の文化にすら詳しくないが故に

起こってしまった誤解のように思える。


自国の事すら知らない人がなぜ他国の事を裁けるのか。

他国を判断したければまず自国について知らねばならないのではないかと思うのだ。



付記:

こういう記事を書くと「茶道韓国起源説が~」というレスが沢山つきそうだが、

そういったものとは別次元の指摘だと理解していただけると思う。

韓国起源説には詳しくないが、もし茶道韓国起源だという主張があるなら

その主張はもちろん歴史に反したものだ。

2013-08-04

スポーツ武道

武道をする人たちは、スポーツより武道が上、という意識が強いように思う。

とくに精神性の面で、武道スポーツよりも上だと思っているようで痛い。

今日でいうところの武道というのは、ぶっちゃけしまうと、明治時代からだ。

加納五郎が、それまでの武術としての柔術を、柔道昇華させた。

そのもとになったのは、スポーツ精神である

ルールの中で、技を磨きあう。

そのことで、遊戯性をもたせ、スポーツを通じて、身体の健康と、人格形成を行う。

殺人術、護身術が、本来の目的から離れて、スポーツになったことは、堕落なんかではない。

本来の目的から離れて、遊びに昇華しなかったら、和算微分法や行列式発明しなかった。

それによって精神性が失われたというのも、誤解はなはだしい。

ある人は、「人生で大切なものはみんなサッカーから教わった」

ある人は「人生で大切なものはみんなテレビゲームから教わった」

と言う。

武道がそれ以上に、優れた精神性があるというのか。

追記

調べれば調べるほど、加納五郎はマジすげーわ。

柔道の父というだけじゃなく、スポーツっていう概念もなかった日本で、こんだけのことをやれば、そりゃ初代IOC委員にもなるって。

http://anond.hatelabo.jp/20130804131113

レスだけど、道徳を結び付けない、文化としての武道の保存と導入なら俺は賛成するよ

http://anond.hatelabo.jp/20130804124920

伝統文化の尊重…みたいなのも、

与党から結構聞こえてくる話ですけどね。

現行学習指導要領は前安倍政権の影響強いですし。

中学での武道の必修化なんかもその流れですし。

http://anond.hatelabo.jp/20130804121953

ま、どちらかというと「書道華道茶道」みたいに並べた方がメインなんですけど。

武道はいろいろツッコミ来るだろうとは予想していましたよ。

でも、抽象的な「道徳」とやらを強要するよりは幾分マシ。

それが要点でした。

http://anond.hatelabo.jp/20130804120559

伝統文化の一例」として武道も挙げただけなんだけどなぁ…

http://anond.hatelabo.jp/20130804114944

武道を習うと道徳が身につくように言う人がいるが、これは無責任な話で順序が逆になっている。

武道を教えるのに人並みの道徳を持たない者を弟子にすると大変な事になるから人を見て弟子を選んでいた。

乱暴な者や愚かな者武道を教えたら誰のためにもならないしおとなしくなる訳でもない。

スポーツ道徳とはなんの関係もない。

道徳教育の強化が叫ばれてます

抽象的な道徳を口頭で教えるよりかは

書道武道茶道華道など、伝統的な習い事を通して教える方がより深く根付くと思います

2013-07-25

モテテクニック上級者女=武道の達人

http://anond.hatelabo.jp/20130725160028

自分磨きを今すぐやめ、賢ぶらず、男性自尊心を守り、ゆるふわな感じで、若さで男に取り入れ、というけど

こういう若いだけで頭ゆるふわ男性自尊心を傷つけない女というのは、つまらないと思わないか

少なくともモテカーストの上位にあるような強い男が、こんなつまらんやつを「本命」にするんかね、って思う。

するする。

お前はそういう男の知り合いが居ないんだね。


あとお前の書き方は悪し様過ぎてアンフェアだよな。

「うるさくない」女というのは頭ゆるいバカに出来ることじゃない。

誰にでも出来るようなことじゃないから出来てる人はもてたり選ばれたりするんだ。

実践者というのは凄みがあるよ。

俺は強い男じゃないから逆にあそこまで”出来てる”嫁さんじゃ息が詰まると思う。

もう少しだらしない女や変な女でいいや。



モテカーストの上位にいるような男性は、まあそりゃ若いに越したことはないと思うけど、自分磨いてないやつとか賢さとか

そういうのがない奴は「ベッドのおとも」にもなれないんじゃないかな。

繰り返しになるけど

”強い男”の自尊心を尊重しつつ自分が楽しむための取り分をたっぷりと家庭に確保できる女、

というのはすげータフだし賢い。

馬鹿とか意志弱者には出来ない。

(男にへつらうだけの女中さんになるなら忍耐力さえあれば出来るかもしれないがそれじゃ意味ないよな)



モテテクニック権化みたいな男にも女にもあったことあるけど

モテ権化男はすごくリラックスできる一方、

モテ権化女は武道の達人みたいなオーラで、強くない男である俺は気が休まらなかった。

同性か異性かということではないねあれは。

2013-05-30

まねして本の紹介 その2

http://anond.hatelabo.jp/20130529230131 の続きです。長くて途中で途切れるため分けました。このエントリで紹介するのは以下の本です。

名人に香車を引いた男、八十歳のアリア―四十五年かけてつくったバイオリン物語記憶の切繪図, 弁護士、闘う―宇都宮健児の事件帖

影響を受けたブログは20冊の本を取り上げていた訳だが、自分で真似をしてまとめていく内に20冊よりもずいぶん多くなってしまった。なので、上記4冊は似たテーマなのでまとめて紹介することにする。この節は日本人自伝だ。

「名人に香車を引いた男」は昭和将棋指し(棋士)の升田幸三名人の自伝羽生善治さんがもし生きていたら是非将棋を指してみたい棋士の方だと聞いたことがある。

生き方はなんとも痛快。昔の人のバンカラな感じというか、そういう感じが良く出ている。この人のように、どんな人にも自分の本音を話せる人は今日本の中にいるだろうか。そして、名人になった時の一言が心に残る。

「八十歳のアリア―四十五年かけてつくったバイオリン物語」は糸川英夫さんの自伝だ。この方はロケットが専門の研究者で、戦時中戦闘機設計に関わっていたり、戦後もロケット開発に関わっていたりする方だ。戦後間もない時期は失意に沈んだ時期で自殺も考えるほどの状況だったが、バイオリン製作きっかけで少しずつだが自分を取り戻していく。そのバイオリン製作には完成までに40年以上もかかった。そのバイオリンとは――。

升田幸三名人、糸川英夫さんの両氏とも戦争の影響が人生に大きくのしかかる。その点でまとめさせてもらった。それと、両氏の著作とも読んでもらえばわかるが、自由だ。それ以外はあまり共通項はないけれど、読んで楽しい本だ。重い話はないし、読みやすい本なので手に取ってみてほしい。

記憶の切繪図」は「フェルマーの最終定理」の中で登場する志村五郎博士自伝。「フェルマーの最終定理」の中でサイモン・シンさんは志村さんにいろいろインタビューしている。その中で数学における「良さ」とは何なのか、それに答えるシーンがある。その答えが簡潔なのだけれど、それ以上無いくらい志村さんの数学のとらえ方を表しているように思え、興味があって読んだ。

この方も上記二人に劣らないくらい自由だ。Amazonレビューには高木貞治さんを愚弄しているという指摘がある。しかし、だからといって謙遜して書いてもらっても一読者としてはおもしろくも何ともない。むしろそのまま出版してもらって良かった。

こう書くと志村博士はずいぶん口の悪い人で、ある種の暴露本に思えるかもしれないが、そうではなくて、要所要所に意図して書かないことがあったり、感情を押し殺した表現がちらちらあるのだ。それがあるから志村さんの人となりがわかった。良い自伝だ。

弁護士、闘う―宇都宮健児の事件帖」は少し前に東京都知事選立候補されたり、弁護士会の会長をされていた宇都宮健児さんの自伝だ。まだ自伝を出すには早いと思うので、半生を綴った本としておいた方がよいか

決して飾らないその人柄は文章にもそのまま表れている。豊田商事事件、オウム真理教の一連の事件、カード破産の話など、弁護士として関わった事件の数々。それらを振り返りながら、今されている仕事にも言及している。自分法律のことは全くわからないが、こんなに多様な類型、しかもその事件が発生した時点では立法のものが不整備だったり、法解釈が分かれていたりといった、未開拓の問題に対処するのは並大抵の法律家にはできないように思える。それをまるで飄々とこなしているような姿は、武道の達人のようだ。

気負いのなさと実直さ、そして執念を感じる本だ。宇都宮健児さんへのインタビューが下のURLにある。興味のある方は見てほしい。

からくり民主主義

この本は学生時代に講義で先生おすすめされていて読んだ本だ。著者は高橋秀実さん。

高橋秀実さんはルポライターで、自分の体験を元に本を書く方だ。ただ、ルポライターではあるけど、少しほかのルポライターと毛色が違う。本来ルポライターは事件や事故が起きたら素早く現場に赴き、当事者インタビューをして、それらを記事や本にする。高橋さんはそれらの事件や事故が起こって、ほとぼりが冷めたあたりでインタビューに出向く。時期がかなり遅いのだ。

元のブログでは物事には多様な見方解釈があって、一元的に判断することは危険なことを理解するための本として「バカの壁」を挙げていた。その点では、この本も内容は似ている。面白いのは、この本ではそれが「実例」でいくつも挙げてある所だ。

ニュース番組新聞では、大きく取り上げられていた事件・事故が、実際に現場に行ってみると「あれ?」と思えるくらい当事者たちは冷めていたり、むしろその状況が続くことを望んでいたり――。読み進めていくうちに、不謹慎かもしれないが笑ってしまうような話になっていったりするのだ。某映画台詞の反対で、むしろ事件は会議室しか起きていないんじゃないか?、という気持ちにもなる。

自分単行本ハードカバー)で読んだ。解説を村上春樹さんが書かれていた。(はずだ。確か)

堅苦しい話ではないので、気楽に読んで、何度かたまに読み返すとその度に不思議な気持ちになる本だ。

冬のデナリ

著者は西前四郎さん。半分が小説で半分がノンフィクションといった感じの本だ。

デナリというのはアラスカにある山の名前で、日本では「マッキンリー山」と言った方が通りがよいと思う。この山を登る登山家チームの話だ。ちなみに、植村直己さんはこの山で行方不明になった。(この本のチームとは無関係だろう)

厳寒期の冬山を登る人の気持ちは自分には想像もつかない。だけれども、そんな自分にも山を登るチームワークの大切さと難しさ、軽く見積もった事象が後にやっかいな出来事にふくらんでいくその状況判断の危うさや過酷さ、そして生きることへの執念といったもろもろが、響いてくるような本だ。

今の登山の装備と比べると、重かったりかさばったりしてその面でも大変だったはずだ。写真のページを見ると、そんなところも気にかかった。

この本も最後一言(だと思ったけど)が良い。

この本のあと、山登りの本は植村さんの本(「青春を山に賭けて」)も読んだけれど、こちらの方が山について全く知らない自分には印象に残った。所々で登山の道具の名前ハーケンとかザイルとか)が出てきて、イメージができない自分のような人は、出てきたところで、ググったり辞書で調べて簡単な絵を紙に描いておいて、再度出たときにその絵を眺めたりしながら読むとより読みやすいと思う。

パタゴニア―あるいは風とタンポポ物語

この本は椎名誠さんが著者だ。椎名誠さんは今はエッセイ世界各地を回った紀行文を書いたり、写真家であったりとマルチ作家だけれど、この本が出たのはそうなり始めてすこし経った頃だ。

冒頭から危機的な状況である。にもかかわらず出発するのだ。この判断は本当だとしたらすごいことだ。何が危機的なのかはここでは言わないけれど、読めばすぐわかる。

全体として、椎名さんが書く紀行文自分で感じたことをズバズバわかりやすく書いていく方法なのだが、この本はそこまでズバズバ書くと言うよりも、なんとなく「岳物語」につながるような、私小説風の書き方をしている。その書き方もあるし、パタゴニアという場所のせいもあるからか、行き止まりに向かって進んでいくようなやり場のの無さを感じる。それが途中ですっと消えて静かな感じで終わるのだ。自分はそこがとても好きだ。精神的な閉塞感がふと消えて、やさしさが残る本だ。

から春にかけて寝る前に少し読むのが似合う本だろう。この本は文庫版もあるけれど、ハードカバー装幀自分にはしっくりくる。

カヌー犬・ガクの生涯

カヌー犬・ガクというのは、前に挙げた椎名誠さんの飼っている犬の名前だ。その犬は手こぎボートの船頭に座って川下りをするのが得意という、ちょっと変わった特技を持つ。

その犬と椎名誠さんの友人の野田知佑さんが、日本世界の各地を巡ったときの話をまとめたのがこの本だ。著者は野田知佑さんご自身。

カナダユーコン川を下ったり、北極(か、南極か忘れてしまったけれど)に行ったり、といろんな所に行って危険な目に遭ったり……、南国に行ってのんびり過ごしたり。少し羨ましいけれど、いざ自分が行くとなるとそんなところはとても怖くていけないようなところに行く。

犬を人間と同じように扱うという著者なので、犬が好きな人はより楽しめるだろう。元のブログとの対応としては「深夜特急」にあたるかな?(やや無理矢理だけど)

ピアノ調律師

著者はM.B. ゴフスタインさん。翻訳は末盛千枝子さん。絵本だ。(やや字が多いけれど)

小さな女の子主人公。おじいさんがピアノの調律を仕事にしていて、おじいさんとしては女の子ピアニストになってもらいたいのだけれど、女の子はおじいさんのようにピアノの調律をしたくてたまらない。そんなときに、ピアノの調律を頼まれるのだ。

あらすじで書くとそんなに心惹かれる感じは無いかもしれないが、絵の良さ、そして言葉の良さ。二人を取り巻く登場人物の面々もすばらしい。

「謎のギャラリー」のところで言及した「私のノアの箱舟」も同じゴフスタインさんの絵本だ。こちらもすばらしい。ゴフスタインさんの本はほかにも何冊か読んだけれど、この本が一番絵本らしい絵本だと思う。絵の良さはいくら文章にしたところで伝わるものではないので、図書館で借りたりして手に取ってみてほしい。もちろんM.B. ゴフスタインさんのほかの本を読むのも楽しい

数学ワンダーランド

中学校で習う数学を、苦手な人も得意な人もできるかぎり楽しく考えていこう。それがこの本のテーマだ。中学生向けの数学月刊誌で連載していた読み物をまとめた本で、著者は小島寛之さん。はてなダイアリーを利用されている( http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/ さん)ようだ。

数学は、学習が進むにつれてどんどん(指数関数的に?)難しくなっていき、小学校中学校では好きだった人もだんだんと距離を置いて離れて行ってしまう……、そんな科目だ。なかなかずーっと数学が好きで好きで……、という方はいないのではないかと思う。おそらく数学プロの方(数学者のような)でも、そのキャリアのところどころで難問にぶち当たり、歯がゆい思いをするのだろう。(そういう話は前に挙げた「フェルマーの最終定理」にちらっと出てくる)

そんな風にだんだん一般人数学から身を引いていきがちになるわけだけれど、この本は、わりと数学算数を学び始めた頃に不思議に思えたことを延長して話をすすめようとしていく。こういう書き方はやろうと思ってもとても難しいはずだ。著者は数学が好きな気持ちと、一方で嫌いな気持ちの両方を持ち続けているような、そんな状態になるだろうから。嫌いな人の気持ちになって、そしてそのどこが嫌いなのかを共感した上で話を進めつつ、好きな人も読めるようにする配慮を怠らない。そんな書き方がされている。

この本が持つ数学へのアンビバレントな思いは、いわゆる数学(の歴史を中心とした)解説本でもなく、かといってとっても難しい数学ドリルみたいな本でもなく、わかりそうでわからない絶妙な問題の難しさと相まってなかなか類書がないと思う。くわえて、ところどころに経済学の話とかもでてきたりする。好きな人もそうでない人も読んでみてほしい。なんとなくわかりそうで手が出ないあの「数学の感じ」を思い出すはずだ。

同じ著者の「解法のスーパーテクニック」も良い本だ。ただ、一冊にしろと言われたら「数学ワンダーランド」かな。ほかにも小島寛之さんの著作はいくつかあるのだけれど、自分が読んだのはこの2冊だ。なのでほかにも良い本はあるだろう。

元のブログとの対応としては細野さんの数学の本としておく。(その本を読んでないのでどこが?といわれると、単に数学つながりなだけだ)

心地よく秘密めいたところ

この本は幻想小説というのだろうか。ファンタジーだ。著者はピーター・S・ビーグルさん。翻訳山崎淳さん。

この本はとても雰囲気がよい。あらすじはそんなにたいしたものは無いんだけど、夏の早朝のような爽快な感じがある一方で、なんか少しじめっとした感じもするのだ。

Amazonレビューがこの文章を書いている段階で4つある。で、そのどれもが作品の魅力を的確に紹介しているのだけれど、なんだかそれらのレビューだけではこの本の良さを伝えきれない感じが残る。言葉を連ねてもなかなか伝わらない感じがする本だ。

この本を自分は夏の終わりの頃に読んだのだが、その頃の陽気にとてもよく合う本だった。光の強さと日の入りの早さがこの本の主題に合ったものからだろうか。「リプレイ」が動くSF小説に対して、この「心地よく秘密めいたところ」は静かにじっとしている感じだ。でも、どちらを読んでも同じ思いに至るはず。不思議だけれど。

東チモール県知事日記

著者は伊勢崎賢治さん。この方は日本大学卒業されたあとにインド民衆グループリーダーをされて、その実績を買われ、国連の要請東ティモールに赴任する。(下のURLに伊勢崎賢治さんへのインタビューがあるので詳しいことを知りたい人は読んでみてほしい。)

こういう日本人って(自分不勉強なせいかもしれないが)あまりいないと思うのだ。杢尾雪絵さんくらいしか自分はほかに知らない。

ずいぶん前に読んだので細かい記述は忘れてしまったけれど、この本の良さは著者が見たこと、感じたこと、やったことが率直に書かれたところ。そして日本に住んでいる限り想像できない「危険」な東ティモールでも、危険な所もある一方で、そうでないところがあるといったような、現実の姿が伝わってくるところだ。

外見はなんかどこにでもいそうな感じのおじさん(もし本人や関係者がこの文を読んでいたら失礼で申し訳ない。すみません。)だ。だが、インフォーマルな組織における統率の方法や、戦争犯罪者をどのレベルまで処罰するのか、など、繊細な問題への対処。こういうのは前者は経営学とかで少し研究されているようだけれど、じゃあそれが実地で適用すれば問題は解決するのかというと、そうでも無いと思う。そういった「答えが見えない問題」へどうやって取り組むのか――。しかも異国の地で。

そういうことを知りたいときに読むとよいかもしれない。自分も詳細を忘れていることに気がついたのでもう一度読むことにする。それにしても久しぶりに上のインタビュー記事を読んだけれど、タフな人だ。

ニッポン貧乏旅行

著者は藤本研さん。この本は、藤本研さんがおよそ半年をかけて日本を歩いて一周をした旅行記。旅行記というよりも生活記録といった方が良いかもしれない。

生活記録なので、朝は何時に起きたとか、午前中はどうしていた、お昼は何を食べた、などなどそっけない記述が中心だ。でも、そのそっけなく感じる記述が妙なリアルさを出していて、読んでいると日本ってこんなに広いんだと思わせてくれる。それと歩いてたどり着いた各地の景勝地を見るとか、そういうことも無くて、そこもこの本の特徴だ。タイトルに「大貧乏」と付くのは、宿泊ほとんどを野宿やお寺の本堂の隅を借りたりして無料でまかなうことによる。食事もとても簡素ものだ。

本のはじめに藤本研さんの歩行ルート日本地図と一緒に図示されていて、その後にスケジュール表があって、それをみるのも楽しいたんたんと書いてある中の楽しさ、と言って伝わるだろうか。

たまにアクシデントに見舞われるのだが、そのアクシデントがなんとなくユーモアがあるというか、おだやかな感じだ。日本一周するからと言って、気張らず、藤本研さんはたんたんと歩いて行く。歩いている途中で同士がいたりする。そういう記述もなんだか一緒に日本一周しているような気持ちにさせてくれる要因だろうか。

自分は今まで挙げた本はだいたいは図書館で借りて読んでいる。この本もそうだ。再度読みたいのだが、図書館で借りようとしたらいつの間にか消えてしまっていた。残念だ。




(まだつづく、かも。)

2013-05-09

http://anond.hatelabo.jp/20130509154316

ガールズ&パンツァー』の世界って、何かの理由で恒久的世界平和が達成されてて、もはや

必要のなくなった「軍事」が「武道」という形で残ってる(薙刀が「なぎなた道」になったみたいに)

という世界だと勝手に思ってたけど、違うのか……。

からやってるのは女の子ばかり、という設定なんだと思ってたのに。

2013-04-15

ガルパン戦車

西住みほは優勝することでその戦い方を姉や母に認められたけど、同時に「西住流とは違う」とも言われていた。

でも基本的なノウハウはかなり共通だろうと思う。

そうなると彼女戦術は西住流の一派として、後世「西住流大洗派」あるいは「西住流常陸派」とか呼ばれることになるのだろうか。

それとも完全な別流として「大洗流」とか「常陸流」にカテゴライズされるのかな。

一応武道を嗜む人間としては気になる所。

2013-04-06

日本左翼って、道徳の教科化とか武道必修には役に立たないだの時代遅れだの文句を言うけど、だったら韓国中国に対する歴史認識だの、修学旅行での原爆についての勉強だのにも文句を言えよ。

あんな古臭くて、教師の脳内で答えが決まりきっていて、他人の価値観押し付けられる教育なんぞ、それこそ必要ないだろ?

2013-02-08

柔道おかしいと思う。

なんかさぁ、割とマジでおかしいじゃん。

一本に拘るとか、バカじゃねーのって思うんだけど。

ホームラン以外の得点は認めない!」

みたいなもんだろ。

ちょっと覗いてみればさ、トレーニング方法からしておかしいじゃん。

道着で走るとか裸足で外走るとか、なんなの?

冬の一番寒い時期の早朝に稽古とか、真夏にしめきった部屋で稽古とか、そういうのなんで好きなの?

今の時代でまだ練習中水飲むなとかだし、ウエイトトレーニング否定だし。

減量のやり方だって直前に絶食とか水抜きみたいなのやるでしょ?

最近じゃ相撲部屋だって科学トレーニングしてるのにさ。

それからさ、組織としてなんか変。

全柔連より講道館権威があるでしょ?

たとえば段位認定が講道館でしょ?

で、講道館はやっとこさ5代目で嘉納家以外の人間が館長になったけど、それまでずっと世襲だったじゃん。

国際柔道連盟下部組織全日本柔道連盟で、でも全日本柔道連盟より講道館エライ

マジで意味がわかんね。

外国人コーチとか取り入れるつもりとかないんでしょ。

何年か前に「国際柔道連盟の代表に日本人がいないのはおかしい」みたいな抗議文だしてたじゃん。

まだ日本人のものっていう意識があるんだろうな。

もうね、バカなんじゃね?としか思えないんだけど。

嘉納治五郎があんだけ先進をいってたのに、なんでそれから100年も停滞して、というかむしろ後退してるんだよ。

追記

多少擁護すると、嘉納治五郎マジですごいわ。

彼がなかったら武道どころか日本近代スポーツが浸透するのがずいぶん遅れたと思う。

その点は認める。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん