「露天商」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 露天商とは

2019-06-21

プルサーマルを作りたいんだけど燃料はどこで売ってます

青森の奥地の村で露天商合言葉を言えば案内してくれると聞きました

2018-10-01

ジオシティーズ閉鎖

残業が終わってメール確認したら、Yahooからジオシティーズ閉鎖のお知らせが来ていた。

もう今は全く更新していないが、私のウェブサイトジオシティーズにまだ残っている。

思い返せば開設は十年以上前のことだ。

大学進学を機に手に入れたノートパソコンを使い、アキハバラの怪しい露天商から買った古いバージョンホームページビルダーで、せっせと作り、当時は豆に更新もしていた。

自分の城、自分の居場所だと思っていた。

活発だった人たちとは比べものにならないけれど、サイトを通じて知り合った方も数人いて、掲示板でやりとりしたりした。

その掲示板も、今はスパムの海に沈んでしまっている。今思えばログを取っておくべきだったかもしれない。

サイトに残る諸々をどうすべきか考える。

今更、サイト移転しようという気はないけれど、跡形もなく消えてしまうのもそれはそれで寂しさがある。

ウェブサイトの墓、みたいなサービスを誰か作ってくれないだろうか。

サイト名と、運営者と、どんなページだったかの1枚のスクリーンショット

運営者を含むそのサイトの縁者がたまに訪れて、ちょっと昔を思い返すのだ。

2018-07-22

anond:20180722134803

ネトゲ露天商みたいな形でWeb閲覧用のシリアルコードとかを売ればいいんでね?

ブラウザ上とかでアバターキャラが売るのが味気ないならVRにしてもいいし。

コードの生成や自鯖がない人用の入稿データ置き場など準備会が手配する感じで。会場設営するよりよっぽど楽だろ。

メインの薄い本類はそれで十分では。製本化したい人はそのコード印刷屋に渡すなりすればいい。

製本コスト同人作家が背負うより、購入者各自で背負うのが自然だと思うし。

そうすると頒布代は数十円とかになって、製本代は1冊千円超えとかになる(共同購入的な仕組みがあれば別だろうけど)かもしれないけどね。

というか、fantiaにアバターライブチャット機能をつけるか、Vtuberがやってる販売機能つきのライブ大規模化するだけだよ。

バーチャルじゃグッズ販売とかはできないけど、もともと二次グッズは実質グレーどころかブラックからバーチャル移行の際に切り捨てていいと思う。

オリジナル手芸品は同人イベントじゃなくて別の場で売ればいいだろうし。

コスプレとかは知らん。本は本質的データからデジタル親和性があるが、

コス本質的に生身だからバーチャルライブ上で再現するのもおかしい気がするし、コスコス独立した新しいイベントをやるべきじゃないかね。

2018-04-10

anond:20180410183854

電子マネー(NFC決済)の普及はもう諦めて中国みたいに携帯カメラQRピッで決済を露天商物乞いまで使ってるレベルにまで広めた方がいいのでは

2015-10-13

http://anond.hatelabo.jp/20151013224141

テレビ難民が押し寄せてる街を取材していて、海をわたるのにスマホを水からまもる防水のカバーが飛ぶように売れてるって露天商オヤジが言ってたな。

先に渡った親戚と連絡をとったり、仲間内でどの密航業者が信用できるかとか情報交換してスマホは超重要だとか。

2015-06-13

生野菜ばかり買うとエンゲル係数が爆上がりして食費を抑えようとすると揚げ物惣菜炭水化物ばかりになる

キャベツ、、、小松菜、、、、えのき、、、、もやし、、、、トマト、、、、きゅうり、、、、こんにゃく、、、、、にんじん、、、、、ピーマン、、、、、えりんぎ、、、、あぶらあげ、、、、、

要するに八百屋露天商地元物産館を見つけるんだ、、、、、

めんどくさかったら麵と一緒に茹でる、、、、、、

2014-06-17

http://anond.hatelabo.jp/20140617215514

18世紀の江戸中期、ウナギはもともと川の中でのたくってる、生活に余裕があるやつなら絶対喰わないような下賎な食べ物でありまして、すげー安い食い物だったんだよ。

19世紀の江戸後期、マグロ赤身トロはすぐに痛む足が早い食べ物ありすぐに腐って売り物にならないわけで、やっぱり下賎な者が買いやすいすげー安い食い物だったんだよ。

20世紀昭和中期、クジラの肉は牛豚鳥の動物タンパクが大量に安く手に入らない中にあって、一発銛入れればまとめてそれなりの量が確保できる、やっぱりすげー安い食い物だったんだよ。

安い食い物の評判がよくなり人気が出て、高価格の高級料理路線と低価格庶民の味路線の二本立てで国民食になり、それを聞きつけた海外でも喰い始めて需要が急騰、原材料価格が急騰すると貧乏国の連中が乱獲に走り、水産資源の枯渇を招きレッドリスト入りで、好きなだけ喰えなくなるって寸法。


さあマグロのとこの訂正だ

マグロトロの部位がすぐに痛むし、油でコッテリで粋な味じゃねえってんで、投げ売りされてたんだね。

トロに比べて赤みの方が長持ちするので、こちらの方が高かったと。

電気による冷蔵技術確立し配送用トラックにそれが載るようになると、トロを痛めずに店頭に出すことができるようになり、昨今の油まみれで柔らかいトロが歯がガタガタのじーさんばーさんと孫のセットにベストマッチで喰いまくってくれたおかげで、価値観の逆転が起こった的な。

うなぎTips

うなぎを食する文化はもともと上方の方から伝わってきた。

うなぎを腹から開いて串をさして関西の薄口の上等な醤油を塗って蒲焼にして露店売りしてた。

それを武家総本山江戸に持ち込んだところ、腹を開くうなぎ縁起が悪いハラキリだってんで武士に嫌われるし、上方の旨味で勝負する醤油東方の真っ黒でしょっぱいガッツリくるものとは違って受け入れなれないわけで、結局ヒエラルキー上方の連中に相手にされる食べ物にはなり得なかった。

それが変わったのは、千葉だったかの方で東方風味ながらも上質な醤油が開発されて、上方からうなぎ伝道よろしくがんばった意識の高い露天商の連中の満足を得たのと、その醤油みりんを混ぜたところ糞甘いタレが出来上がって江戸の連中に受けてからですね。

まりしょつぱくて甘けりゃ(ry

2013-08-22

http://anond.hatelabo.jp/20130822233945

彼が在日韓国人なのか、被差別部落出身なのか、精神病の疑いがあるんだか、微罪扱いなのか、そのほかの理由なのか知らないけど。

例の花火ガソリン発電機での爆発事件を起こした出火元の露天商名前って全然出て来ないんですよね。

こういう手加減というか、半人前扱いが、余計に不信感を増幅してますね。

2013-07-29

夜店のくじ

夏祭り、夜店のくじに当たりなし 露天商の男を逮捕

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130729-00000001-asahi-soci

たいていの店は逮捕されるんじゃないか

2011-10-30

展示会で人を集める方法メモ

会社お仕事で、突然に展示会係になってしまった人用のメモであります

小間の作り方

レンタル品とオリジナル品の使い分け

 主催者側からあらかじめ、小間のレンタル看板作成の案内がくる。明確なプランがあるのならば、自前で用意するのも手である。自前で工夫すると目立つ。その一点が最大のメリットである

A1ポスター

 すでにあるのであれば、壁にたくさん貼る。細かい商品説明を書いてもなかなか読んでもらえないので、キャッチーものがよい。浸透していないブランド名ならば、サービスの内容を大きく書いたほうがよい。

実演

 実演できる商品であれば、論より証拠、目の前で見せるのがよい。

チラシ

 忙しい来場者に瞬間で展示物のよさを知ってもらいつつ、来場者の出張報告の助けになるようにチラシはつくるべきである。チラシを作るときには、このチラシをもらって、出張報告書や稟議書がかけるのかどうかを基準としてみるとよい。

デジタルサイネージ

 24インチモニタパソコンで作った動画を流せばOK。このあたりはスキルによって、簡単かもしれないし、難しいかもしれない。

人を集める方法

もらってうれしいものを配る

 自社の新製品よりも、誰がもらってもうれしいであろうすでに世の中で喜ばれているもので普段使いできるもの安価ものを配るのがよろしい。

 すなわち、ボールペンメモ用紙のようなものに新製品の名入れをして配ると、ターゲットとなる人が展示会会場を出て、家や会社まで持ち帰ってくれるという目的を達せられるはずだ。

 持って帰れるものならば、サンプルの無料配布でもよい。もらってうれしいかを判断基準にすることは重要だ。

 疲れている人もいるかもしれないので、缶ジュース缶コーヒーのようなものを喜ばれる。

人あたりのいい人を表に出す

 新入社員女の子でもいいし、若い男性社員でもよい。兎に角清潔感があって、話しかけやすい人を最前線に配置する。詳しい話を聞きたい人が現れたら、詳しい人が説明をすればよい。お金があれば、コンパニオンを雇うのだろう。

立って声を出す

 いすに座ったまま、黙っていたのでは人は集まらない。何か目新しいものはないかと、さまよっている人の注意をこちらに向けるには、声を出すのがよい。いすに座ったままでは横柄なので、目立つ場所に立って、この小間で何をしているのかを声に出してアピールする。そのときの声は、少しあざといアニメ声であったり、露天商のように通る声であったりすると雑踏の中でも注意を引ける。

簡単なゲームをする

 くじ引きをしてもらうことで、話すきっかけを作る。あたりはずれで、ノベルティを分けてもいい。

見込み客を集める

 集まった人の中から見込み客となる人を選別する。

アンケート

 アンケートを書いてもらい、名刺を集める。アンケートは選択式の簡単なものにする。答えに困るような質問は入れない。

連絡先を伝える

 当たり前のことかもしれないが、後日の連絡先をチラシに明記する。共同出店の場合は、特に詳しい人が小間にいないことが多いので、注意。

アフターフォロー

後日、集まった情報をもとにコンタクトを取ってみる。電話をしたり、パンフレットをもう一度送ったり、実際にアポイントをとって、商談につなげる。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。よい展示会になることを願っております

2010-01-31

朝鮮進駐軍

朝鮮進駐軍Weblio辞書にて削除予定の為、全文コピー

http://www.weblio.jp/content/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E9%80%B2%E9%A7%90%E8%BB%8D

概要

一般に朝鮮進駐軍と言ったときは、おおむね1945年昭和20年以後に現在特別永住権を持つ在日一世(朝鮮人韓国人)、もしくは現在日本帰化または半島に帰国した朝鮮民族によって作られた犯罪組織を指す。 戦後日本ポツダム宣言を受け入れると日本各地で、婦女暴行窃盗、暴行、殺人、略奪、警察署の襲撃、公的機関への襲撃、土地建物不法占拠鉄道飲食店での不法行為等様ざまな朝鮮人による犯罪が多発した。 自称「戦勝国民」(正しくは戦勝国民ではない)であると主張し、自らを「朝鮮進駐軍」と名乗り各地で徒党組んで暴れ事件を起こした。GHQの資料にあるだけでも最低4000人の日本人市民朝鮮進駐軍犠牲となり殺害されたとされている。

朝鮮進駐軍による朝鮮人犯罪及びテロ行為について

服装・武器及び組織について

戦後の混乱を利用し、日本刀等の刃物・鈍器以外に多くの銃火器を使用した。銃は三八式歩兵銃や機関銃など盗んだ旧日本軍武器で武装し組織化を行った。朝鮮進駐軍では旧日本陸軍パイロット軍服を好んで着用したが、これは日本兵に対するあてつけとも、日本人皇民)に対するあてつけとも言わた。 組織ではいくつかの本部設けたが、実際は各地域ごとに部隊名をつけその部隊が、個別に日本人を狙った犯罪行為を繰り返しすことが多かった。 朝鮮進駐軍総本部(在日朝鮮人連盟総本部)はのちの在日朝鮮人連盟。更にこれが在日大韓民国民団(略称「民団」)と在日本朝鮮人総聯合会に分かれ、これが現在民団朝鮮総連となる。

時代背景

当時の日本では戦場に男手が駆り出され極度の男手不足に陥っており、また都市部においても疎開空爆による被害で人手が足りない状況が長く続いていた。 また警察組織においても、武器の使用が認められないなど戦後特有の制限があり。戦後朝鮮人犯罪が増加の一途をとどった背景には、このような犯罪に対する抑止力の空白化が背景にあったとされている。いまでは考えられないことではあるが、当時はヤクザ現在の指定暴力団)が朝鮮人から、日本人の生活を守る役割を一部果たしていた。 この当時は朝鮮人の殆どが実名で暮らしており、通名を使用しだすのは朝鮮の姓に対して嫌悪感犯罪者といったイメージ日本人が抱くようになってからである。ただしこれは、朝鮮人側からはもともと差別があったからとされている。

朝鮮人による犯罪

朝鮮進駐軍による犯罪は全国に及んだ。特に川崎大阪神戸都心等当時朝鮮人比較的多かった地域で多発した。特に東京では、原宿等を中心に三八式歩兵銃や拳銃日本刀等で武装した朝鮮人によって占拠されており、のちに警察やGHQにより鎮圧された。

市民を狙ったものとして白昼に堂々と集団で婦女子に暴行を加えるなど、多数の犯罪行為を行った。拳銃刃物で武装しており一般市民は無力であり繰り返し行われることも多かったため被害が拡大した。またGHQの調べでは少なくとも4000人の日本人市民が殺害されており、多い説では1万人以上であったとも言われている。

略奪・窃盗密売土地の強奪等においても組織的に関与していた。一般の露天商からの強奪や農作物・家畜の強奪(利根川水系の牛の強奪などが有名)等、さまざまな方法で集められた商品が朝鮮人によって売買され、その後の朝鮮人社会の資金源として利用されてきた。その他に、戦後土地建物の所有に関する書類の損失や強引な立ち退きにより土地建物の収奪も相次いだ。

1945年12月翌1月におきた生田警察署襲撃事件では武装した朝鮮人50人が襲撃し警察署を占拠。翌46年には長崎県警察本部で、在日朝鮮人連盟と名乗る総勢約200名が同署を襲撃して破壊活動を行い、10名に重軽傷を負わせうち1名は死亡にいたらしめた。46年には国会議事堂前でも集まった2000人の朝鮮人と応援出動した武装警官358名・進駐軍憲兵20名とが銃撃戦に発展。首謀者は軍事裁判に付され、翌年3月8日に国外追放処分になった。1948年4月には阪神教育事件では数千人の朝鮮人によって庁舎が占拠された。これに対して3000名の警官隊を動員して、朝鮮人を庁舎から強制排除し1800名の朝鮮人検挙された。戦後はこのような事件が日本各地で続発した。

第八軍司令官ロバートアイケルバーガー中将は、正規の大部隊を治安確保のため朝鮮人に対して街中に簡易陣地を引くなどして配備した。GHQダグラス・マッカーサー最高司令官は「朝鮮人等は戦勝国民に非ず、第三国人なり」と発表するなど朝鮮人に対する取り締まりにおわれた。 昭和26年に浅草朝鮮進駐軍と思われる朝鮮人が起こした集団暴力事件では、米兵一名が死亡、二名が負傷した。

主な事件一覧

朝鮮進駐軍及びその後の在日朝鮮人連盟が関わる事件の一覧である。

阿仁村事件(1945年10月22日

生田警察署襲撃事件(1945年12月24日1946年1月9日

直江津リンチ殺人事件(1945年12月29日

富坂警察署襲撃事件(1946年1月3日

長崎警察署襲撃事件(1946年5月13日

富山駅前派出所襲撃事件(1946年8月5日

坂町事件(1946年9月22日

新潟日報社襲撃事件(1946年9月26日~29日)

首相官邸デモ事件(1946年12月20日

尾花沢派出所襲撃事件(1947年10月20日

阪神教育事件(1948年4月23日~25日)

評定河原事件(1948年10月11日~12日)

宇部事件(1948年12月9日

益田事件(1949年1月25日

枝川事件(1949年4月6~13日)

高田ドブロク事件(1949年4月7日~11日)

本郷村事件(1949年6月2日~11日)

下関事件(1949年8月20日

台東会館事件(1950年3月20日

連島町事件(1950年8月15日

第二神戸事件(1950年11月20~27日)

四日市事件(1951年1月23日

王子事件(1951年3月7日

神奈川事件(1951年6月13日

下里村役場事件(1951年10月22日

福岡事件(1951年11月21日

東成警察署催涙ガス投擲事件(1951年12月1日

半田一宮事件(1951年12月3日~11日)

軍需品製造工場襲撃事件(1951年12月16日

日野事件(1951年12月18日

木造地区警察署襲撃事件(1952年2月21日~23日)

姫路事件(1952年2月28日

八坂神社事件(1952年3月1日

宇治事件(1952年3月13日

多奈川町事件(1952年3月26日~30日)

田川事件(1952年4月19日

岡山事件(1952年4月24日5月30日

血のメーデー事件(1952年5月1日

上郡事件(1952年5月8日

大村収容所脱走企図事件(1952年5月12日~25日、11月9日~12日)

広島地裁事件(1952年5月13日

高田派出所襲撃事件(1952年5月26日

奈良警察官宅襲撃事件(1952年5月31日

万来町事件(1952年5月31日6月5日

島津三条工場事件(1952年6月10日

醒ヶ井村事件(1952年6月13日

葺合*長田事件(1952年6月24日

吹田*枚方事件(1952年6月24日~25日)

新宿駅事件(1952年6月25日

大須事件(1952年7月7日

舞鶴事件(1952年7月8日

五所川原税務署襲撃事件(1952年11月19日~26日)

参考文献

法務研修所編『大須騒擾事件について』1954年

横幕胤行、富久公、船越信勝『吹田枚方事件について』1954年

篠崎平治『在日朝鮮人運動1955年

大阪市行政局編『大阪市警察誌』1956年

新潟県警察史編さん委員会編『新潟県警察史』1959年

名古屋市総務局調査課編『名古屋市警察史』1960年

瓜生俊教編『富山県警察史 下巻』1960年

山形県警察史編さん委員会編『山形県警察史 下巻』1971年

宮城県警察史編さん委員会編『宮城県警察史 第2巻』1972年

大阪府警察編集委員会編『大阪府警察史 第3巻』1973年

警視庁富坂警察署編『富坂警察署100年史―新庁舎落成記念―』1975年

兵庫県警察史編さん委員会編『兵庫県警察史 昭和編』1975年

愛知県警察編集委員会編『愛知県警察史 第3巻』1975年

青森県警察史編纂委員会編『青森県警察史 下巻』1977年

坪井豊吉『在日同胞の動き』1977年

警視庁史編さん委員会編『警視庁史〔第4〕』1978年

思想の科学研究会編『共同研究 日本占領研究事典』1978年

仙台市警察史編纂委員会編『仙台市警察史―仙台市における自治体警察の記録―』1978年

長崎県警察編集委員会編『長崎県警察史 下巻』1979年

李瑜煥『日本の中の三十八度線民団・朝総連歴史現実―』1980年

福岡県警察史編さん委員会編『福岡県警察史 昭和前編』1980年

山口県警察史編さん委員会編『山口県警察史 下巻』1980年

警察文化協会編『戦後事件史』1982年

日本国有鉄道公安本部編『鉄道公安の軌跡』1987年

講談社編『昭和・二万日の全記録 第9巻』1989年

朴慶植解放在日朝鮮人運動史』1989年

百瀬孝『事典・昭和戦前期の日本 制度と実態』1990年

金慶海、堀内稔編『在日朝鮮人・生活擁護の闘い』1991年

荒敬『日本占領研究序説』1994年

百瀬孝『事典・昭和戦後期の日本 占領と改革』1995年

竹前栄治、中村隆英監修『GHQ日本占領史 第16巻 外国人の取り扱い』1996年

秋田魁新報1945年

神奈川新聞1951年

西日本新聞1951年

『中部日本新聞1951年1952年

大阪新聞1952年

京都新聞1952年

神戸新聞1952年

山陽新聞1952年

中国新聞1952年

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