はてなキーワード: 祖国とは
http://www.asahi.com/culture/articles/TKY201310150314.html
欧米の多くの国で、「同化」はマイノリティーのアイデンティティーを脅かすということから、差別の同義語として理解されている。
http://www.afpbb.com/articles/-/3001590
フランスでは前月、バルス内相が「国内にいる2万人のロマ民族の大半はフランスに同化するつもりがなく、祖国に強制送還するべきだ」との趣旨の発言をし、物議を醸した。世論調査では仏有権者の4人に3人がこの方針を支持しており、バルス内相の人気は高いが、こうした発言を差別的だと批判する声もある。
金明秀の言う「欧米の多くの国」の中にはフランスが入っていないのかもしれないが、少なくともフランスでは「同化は差別ではない」とする人が有権者の3/4を占めており、「同化は差別の同義語」という認識の人は1/4以下である。
この状況ではフランスの市民全般に「同化は差別の同義語として理解されている」とは到底言えない。
日本と同様に、一部の左派的な人だけが「同化は差別の同義語」と言っているだけだろう。
https://twitter.com/han_org/status/390623825320493056
金明秀 KIM, Myungsoo @han_org 15時間
あの記事を書いてるときから想定していたネトウヨの反論のひとつが「ヨーロッパでは多文化主義はもう挫折した」みたいなやつ。でも、それ完全に間違ってるからね。同化主義を実際に否定して多文化主義を一度は経験した国々と、日本の状況とは根本的に違うから。今なお欧州極右の理想郷が日本なんだぞ。
有権者の3/4が「同化するつもりがない者は送還すべき」と言う国では、彼らが極右なのではなく「同化は差別」と言う人の方が極左なのではないか。
多文化主義を経験した結果、多文化主義を捨てて同化主義に回帰したフランスの状況を「多文化主義の挫折」以外にどう表現しろと言うのか。
6年前、父が脱サラしたのを機に、両親は小さな店を開いた。オープン当時、学生だった私は授業の合間をぬってアルバイトとして店を支えていたが、大学卒業後は他で正社員として就職をしたので、現在は主に週末に手伝っている状態だ。
幸い店の業績は順調に推移している。開業時の借入資金は3年目で完済し、5年目には法人成りもした。突き抜けて大きく儲けてはいないものの、近隣の同業種の店舗の中でもトップの収益を稼いでいるようだし、満足のいくレベルの収入も得ている。今の時点ではそこそこ成功している方だと思う。
「やっぱり経営の鍵は‘人’だよ。収益率がどうのこうのというのも大事だが、最後に経営の軸になってくるのはどれだけ質の高い人材を確保できるかだな」
と父は言う。
うちの店では、家族の他に常時30人ほどの従業員を雇用している。全員アルバイトで、正社員は一人もいない。余談だが、正社員を雇えるくらいには余裕が出来た2年ほど前、顧問税理士と相談の上、ずっと働いてくれているオープニングスタッフの内の一人に「うちで正社員にならないか」ともちかけたのだが、条件が折り合わず断られてしまった。なので現在、あまり焦らずに、会社としての実績を積みつつ、もう少し好条件で雇える環境を整えてから改めて正社員化への声かけを行うつもりだ。
アルバイトという雇用形態で求人をかけると、大体以下のような人が募集してくる。家計の足しに働きたい主婦、学費や小遣いの足しにしたい学生、とりあえずお金が欲しいシングルマザーやフリーター、売れない無名の芸能業界人、売れない無名の文筆業界人、不景気でダブルワークをせざるを得なくなった低収入のサラリーマン、世間に出るリハビリ代わりに仕事をしたい元ひきこもりやメンタル関連の病気を患っている人、離婚やDVから逃げてきたりなどで自立しなければならない女性など。
もちろん、アルバイトだからといって、人手が不足しているような時でも、誰でも採るというような適当な真似はしていない。不適切だ、と思った人は淡々と不採用にしている。万が一変な人を雇ってしまい店の中が混乱に陥るくらいなら、人手不足の方がマシなのだ、ということを我が家はこの7年のうちに身をもって学習した。
うちの店では毎回真剣に選考をしている。採用面接を行った日から数日間は、夕食を食べつつ、一家で履歴書を見ながらああだこうだと意見を出し合って採用するか否かを吟味する日々が続く。最終的な人事の決定権は父が握っているが、家族経営の小さな店ということもあり母や私の意見もかなり取り上げてくれるので、私自身も採用した人についてはなんとなく責任を負った気分になる。採用に賛意した身として、また一緒に働く同僚として、その人には出来るだけ長く、かつ良いパフォーマンスで働いて貰うようにしなければならない。
匿名の増田だから自慢するが、私たちは結構人を見る目があるんじゃないかと思う。現在の従業員約30名と既に辞めていった人たちを思い返してみても、とんでもなく酷い人というのはほとんどいなかったし、従業員とのトラブルや従業員同士のトラブルというのも無きに等しい。真面目で堅実でかつお金を稼ぐ必要性のある人を採る、という我が家のモットーは非常にシンプルでベーシックなものだが、やはりベーシックなものが一番大事なのだ。
「うちの店って従業員さんたちには本当に恵まれているよね。みんな優秀だし、よく働いてくれてるし、店の雰囲気もとても良いもんね。」
と母も頻繁に言う。
店で働く学生が進学や就職などでバイトを続けられなくなった時、その親から、後釜としてその子の弟妹をバイトさせてくれないかとお願いされたことが何回かあった。うちの店はきちんとした店なので未成年の子供をバイトさせていても安心なのだそうだ。従業員の家庭から健全な職場として信頼されるのは、とても嬉しい話である。
地域住民からも信頼を得ている手応えを感じている。3年前、近隣の中学校から「総合学習の時間に、こどもたちに職場体験をさせているのだが、そちらのお店で受け入れてもらえないか」という依頼を初めて受けた。以来、毎年、1年に1週間程うちの店には中学生が研修に来る。さらにその中学校からは「PTA総会に地域を代表してオブザーバーとしてゲスト参加してくれないか」という依頼を受けた。出店するまで我が家はその地域にまったく地縁が無かったのだが(自宅は店から車で1時間ほど離れた場所にある)、せっかくなので父は何回か参加させてもらった。ありがたい話である。
さて、話を元に戻す。
採用を議題に家族会議をすると、両親がどのような属性の人を好み、どのような属性の人を嫌うのかを目の当たりにすることになるのだが、それは子供としてはなかなかに不思議で複雑な体験である。我が親ながら「そりゃ偏見だろ。やっぱおっさん/おばさんだなぁ。保守的過ぎる」と文句を言いたくなったり、逆に「えっ、OKなの?案外リベラルなんだな……?」と思わぬ寛容さに面食らったりする。
例えば、父が嫌悪するのは「チャラチャラしているヤンキーとギャル男/ギャル女」だ。脱サラする前は堅めの職業に就いていた影響なのか、父はケバくてナンパな男女が大嫌いである。ガングロや顔面ピアスの人について問答無用で不採用を主張するし、金髪の人には採用の条件として頭髪の色を黒か濃い茶に戻すことを突きつける。さすがに私は「中学校の風紀係じゃあるまいし、いまどき金髪くらい許したれよ」と思うのだが、父は絶対に譲らない。ついでに、ある一定の偏差値以下の学校出身の人は、いくら面接での受け答えが明快で信用できそうであっても、落としたがる。私はこういうケースに関しては短絡的過ぎていかがなものかと思うので、毎回反対意見を言うようにしている。
母が嫌悪するのは「セックス産業にまつわる人」である。以前、面接の場での自己PRで、「私は粘り強いです。なぜなら、皆が辛くてどんどん辞めていくソープで私だけ7年間も働き続けたからです」と堂々と言い切った23歳の女性がいた。私などは16歳からソープ嬢として働いていた経験をPRに話すという所業に度肝を抜かれ絶句してしまったのだが、母は後々までも異様なまでに執拗に彼女に否定的に言及をした。不採用にしたのだから、不快ならさっさと忘れてしまえばいいのに。さらに母は、とある男性従業員が雑談の中でポロリとソープに行ったことがあると漏らしたその日の夜、夕食の場で彼のクビを真顔で主張したことがある。「女の人をお金で買う人が店の中にいるなんて気持ち悪い。売春は違法なのに。ねえクビにできない?」と。確かに売春は褒められたことじゃないがそれは潔癖すぎる、と周囲の男性陣から宥められて母は訴えを取り下げたが(現在ではほとぼりもさめたようだ)、件の男性従業員はまさか自分が影で解雇の危機にあったとは想像もしていないだろう。
では、私の嫌悪の対象とは?
たぶん4年くらい前の話だと思う。父がある日、こんなことを言い出した。
「この前○○さんが辞めたから、その空いたシフトを埋めなきゃいけない。ちょうど新しい人から面接の申込があったんだよ。ただし、今度面接に来た人は外国人なんだ。でもこの仕事の経験はあるそうだし、テキパキしてそうな人だったから雇おうと思う。まぁ、外国人といっても日本で生まれ育ってるから日本語はペラペラだった。在日なんだよ。ああ、在日って知ってる?昔、戦争があったときに朝鮮半島から来た人たちで…」
――――在日。もちろん、知っていた。それくらい知っている。説明されるまでもない。家が北陸の田舎にあり、ほとんど周囲に外国人がいない状況で生まれ育った私だったが、義務教育期間中に歴史の授業で「強制連行」や関東大震災時の虐殺、創氏改名等については習っていた。
さらに高校生のときにテレビで大々的に拉致被害者の報道をしているのも見ていたのだ。小泉首相の訪朝。平壌宣言。「8人の死亡者」。拉致の事実を北朝鮮が認めたと国内に伝わった後「まさか祖国がそんなことをするなんて……!私たちは知りませんでした!!」と大泣きしていた人達。
「世界中に言いたい、日本には来るな!」「哀れな国!」在日の東京都職員が強い声で言い放ったシーンの強烈さも覚えてる。何度もテレビでリプレイされていたから。日本には来るな!日本には来るな!哀れな国!哀れな国!
都内の大学に入ってからは在日というアイデンティティを持つ人をテレビや新聞を通してではなく直接見ることになった。「私の名前はリムです。林(はやし)とよく間違えられますが、リムです。リンでもありません」東アジア現代史を受け持つ助教授(当時はまだ准教授という言い方はしていなかった気がする)は、新入生ガイダンスの教授紹介の場面で壇上から確かそう名乗ったのだった。いつもテレビの向こうの在日の人は大声をあげていたが、この先生は静かに普通に喋っていた。
そして何より、ネットを開けば在日にまつわる言説はいつでも容易にかつ膨大に読むことができるのだし、書籍でも在日に関するものは大量に出回っているではないか。
かねてから経験者を採用したがっていた父は、おもねるような顔をして私を見た。
「国籍は韓国だけど、日本生まれで日本育ちだ。日本人と一緒だよ。なあ、だからいいでしょ?」
日本人と一緒? 本当にそうか? 違うんじゃない?そりゃ人間なんだからどこかしら似てる部分はあるだろうけど彼らは日本に在って日本人と違うところも認めろ、受け入れろ、と言いたいんじゃないの。
高校2年生くらいから大学2年くらいの間、私はあえていくつか在日の人が執筆した書籍を読んでみた。つかこうへいの『娘に語る祖国』。姜尚中の『在日』。鷺沢萠の『ケナリも花、サクラも花』。李良枝の『由熙』。イヨンスクの『「国語」という思想――近代日本の言語認識』。一番最後のイヨンスクの本は大学時代レポートを書くため参考文献として読んだだけだ(難しかったのでそれほど理解できたわけじゃないが)。だが、前者4作は私自身の興味によって自ら手にとったものだった――――書店ではなく、図書館で。なぜか、私は自分のお金でそれらの本を買って自分の部屋にそれらの本を置いておくのは、避けなければならないという気がした。
それらの本を図書館で読み進めるたび、私はいつもイライラを感じた。モヤモヤもした。言葉にしきれないなんだか澱んだものが湧いて出る気がした。リービ英雄の本を何冊か読んだことがあるが、似たようなテーマを扱っていても、在日の人が書く文章に感じる程のモヤモヤやイライラは感じなかった。なんで在日の言葉にはこんなに敏感になってしまうんだろう。
しばらく黙って父と私の顔を見比べていた母が、唐突に聞いてきた。
正直、ぎくり、とした。なんで知ってるんだ?
私は、自分が韓国や北朝鮮や在日というものに対して差別的であることを自覚している。レイシストという言葉を知ったのは中学のときだ。ゼノフォビアという言葉を知ったのは大学に入ってからだった。
そして、差別的であることはいけないことだ、という建前があることも知っている。たとえ心の中で思ったとしても口に出してはならないのだ、抑制的であるべきだ、と。
私はその規範に従順だった。今までどれほど内心はグルグルとしたものを抱えていても、人前では韓国や北朝鮮や在日というものに対して無関心を装い言及してこなかった。学校でも家庭でも職場でもネット上でも。相手から話題をふられれば、当たり障りの無い一般論を返すが、自分からはその話題は出さない。言及してしまえば、ボロが出そうだからだ。しかし、母は知っていた。いや、母だけじゃなくて父も知っていたのか。殊更無関心を装い言及しない態度が不自然で逆にあやしまれたのかもしれないが、なぜ両親が私の胸中を知っていたのかは今もって謎である。
父も母も政治への関心は薄い人だったが、だからこそなのか、あるいは何か別に理由があるのか、私には窺い知れなかったが、とにかく彼らは外国人を雇うことに躊躇するつもりはないようだった。これは私にとって驚きだった。彼らは私よりも約25~30歳ほど年老いているのである。てっきり、私よりも保守的で、私よりも頑固で、私よりも新しいものや外のものを受け入れるのに時間がかかるものだと思っていた。
「在日」「韓国」「北朝鮮」はタブーであって、もし語ってしまったら自分の人間性の醜いところを晒すことになる、という恐怖を抱え込んでいた私は、この話題について語る言葉を持たなかった。自分の言いたいことがなんだかよく分からなかった。だから私は、両親に私の気持ちがバレているのは承知の上で、それでも無関心を装い、いつも通りのあたりさわりのない言葉を吐くしかなかったのだ。
「いいんじゃないの。雇ってみれば」
つづく
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1952346
↑のコメント書き写し
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『兵士たちは答えた』
怒涛の如き 鉄の隊伍
近衛師団の 行軍中に
敬愛する あの方が
兵士たちを 訪ねられた
君たちは戦いに自信はあるのか、と
将軍さまが優しく お聞きになられた時
兵士たちは皆 勝利すると答えた
「わたしの兵士を見ると 元気が出る」とおっしゃられる
将軍さまを 仰ぎ見て
(間奏)
軍団の砲の 雷鳴ですら
これよりさらに 高かろうか
勝利だけを 轟かす
兵士たちの 力強い誓い
「祖国は君たちを 信じているぞ」と仰られる時
ああ 兵士たちは
ああ 答えた
私達の…
祖国と答えた
『あの日の兵士を見よ』
この地に幸福な日々が流れて
明るい窓辺に 笑いがあふれても
生死を分ける決戦の その日がある
その日がある
ああ、あの日の 兵士を見よ
祖国のために 命を捧げて
いかに戦ったのかを
この一身の全てを捧げて 守っていこうと
兵士は誓いで 胸を燃やし
研ぎ澄まされた 銃剣を持って生きる
持って生きる
ああ、あの日の 兵士を見よ
祖国のために 命を捧げて
いかに戦ったのかを
何もない日に百日を全てつぎ込むより
決戦の一日が より貴重だ
兵士はその信念を 胸に抱いて
戦って勝つ
ああ、あの日の 兵士を見よ
祖国のために 命を捧げて
いかに戦ったのかを
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僕自身なんJをまとめる喜びはあった
サイト閉鎖のお知らせ
ブコメで「閉鎖は残念」「荒らしとまとめは別じゃん」「謝ってるからいいじゃん」と擁護してる声だらけで面白い
でもな、お前らこいつのやってたこと知らんからこういう適当な擁護ができるんだよ
こいつは最高にゲスな奴なんですよ マジでゲス クズ中のクズなんです
こいつが建てた以下のスレのタイトルを見てもまだ「かわいそう」「閉鎖する必要は無い」と言えますか?
アイスナイン(別垢be:237128・202677) 基礎番号:233936 のスレ立て履歴
http://kiki.mods.jp/be/stalker.php?id=233936&board=poverty
『かつてネトウヨであった「私」から、今ネトウヨである「あなた」へ』が話題に ネトウヨは必ず読め
イタリアのみなさん 私たち日本人は ボローニャの大地震をお祝い致しますwwwwwwwww
「自力で生活できない人を政府が助ける必要ない」と答えた人、日本がダントツ1位 これがJAPの民度
生活保護みたいな繊細な問題にネトウヨがしゃしゃり出て来ないで欲しい 奇声あげてデモしてろよ
具体的に、生活保護の何が悪いのか言える奴いないよね ナマポ叩きは100%感情論の嫉妬
女子バレーボール 韓国に負けるwwwwww ジャップはやっぱり劣等種
サ ッ カ ー ジ ャ ッ プ 代 表 が 弱 す ぎ る
2chの書き込みで、句読点つけない奴って、なんなの? 本当に、日本人なのか疑問なんだけど。
外国人「日本でも犬肉を食べる文化は一般的」 「どんだけ野蛮人なんだよジャップ・・・」
【悲報】 『連呼リアン』という単語はアフィブロガーの造語だった、必死に使ってたネトウヨの立場が…
ネトウヨ「台湾人は美人が多い!なのに朝鮮人は整形…」 ←台湾のが整形が多かった(笑)
ネトウヨ=異常者みたいな風潮。愛国心持つのは当たり前だろ?チョンは祖国に帰れよ ★2
こういうスレを乱立させて場を崩壊させ、「ジャップ共死ねwwwwwwwww」と連呼しまくってた管理人に対して「謝罪が紳士的だから許す」とか言ってるお前、おいそこのお前だよどういう神経したらそういう結論に至るんだよアホか。
年齢、学歴、居住地域が既に確定、今週中にも本人が特定されるのは100%間違いない情勢となっており、焦って似非謝罪して騒ぎを沈静化させようとしてるわけですよこいつは。別に紳士的な人柄だからあのような丁寧な謝罪をしたわけじゃない。保身。100%保身。そんなゲス野郎の保身謝罪に感銘を受けてるお前、おいそこのお前だよ脳みそ大丈夫かマジで。
ロゴ頼んだらガッツリパクってました、みたいのは俺個人でチェックしきれないし、そういう仕事頼むのは怖いね。でもそれ日本人相手でも同じだけどね。
同じなようで、同じじゃないよ。相手が日本人だろうと外国人だろうと、トラブルが起こる時は起こる。それは間違いないが、相手が日本人なら(正確には、日本国内でビジネスを展開している人間なら)、日本国内の法律で戦い、パクった奴に損害賠償を請求できる。
でも、外国人相手だったらどうするの?
仕事を頼んだ人間の祖国の法律に詳しい法律家に依頼して、解決可能? そもそも著作権の概念が大きく異なる国だった場合、罪に問うことすら出来ないかもしれない。パクったロゴを押し付けられたクライアントも激怒してるだろうけど、それに対してきちんと保証できるの?
その辺りのリスクをきちんと管理できるのなら、海外に頼むのも有りだろうが、その辺りの事も考えずに、ただ額面だけで見て仕事を外に投げるのは、かなりヤバいと思うんだが。
ずーっと疎遠だった兄の家に居候して、兄すいませんとここに書いてから早4ヶ月。やりました、やっとこさ内定ゲット。途中うまく行かなくて嫌になりそうだったけど、やっぱり最後も兄のおかげで就職活動を終わることができた。
どうやっても面接に慣れないと嘆くわたしに、「面接って自分を売り込む機会だから、それ相応のやり方をすれば多分受かる」とボソリ。面接官が何を見て評価しているかわからないと悩むいうわたしに、「考えるプロセスでしょ、学生に社会での実績なんて求められるとは思えないし」とポツリ。面接での質問って何すればいいか迷う自分に「友達も会社も、選ばれるためにってだけじゃなく、こっちだって選んでるんだよ、そう考えりゃ質問のひとつやふたつ…ねぇ」とチクリ。いつも答えに飛びつこうとするわたし向けに、答えではなく、優しいヒントをくれた。
兄は自分のことを語ろうとしないから、兄が家を出てからの全てを兄カノに聞いた、もう全部。学生ビザだけ取って、母から手切れ金を手にし一人渡米した兄は、怪しいバイトをしながら向こうで大学を卒業。大学の24時間オープンの図書館には、いつも深夜までいたそうな。大学を出て現地で就職、祖国日本に「転勤」に。これまで壮絶なんて言葉で片付けられないものだったと思う。50万円だけ持って渡米、仕事がバレたら最悪は強制送還という環境の中で学費を稼ぎ、並行して学業を修める。3年で卒業し、現地人を押しのけ出世ですか。これもまた、ひとつのアメリカンドリームなのかも。
兄がまだ家にいた頃、あからさまにおかずが少なかったり、むりやり家に近い公立高校に入れさせられたり、血の繋がらない母に酷い仕打ちを受けてきた兄。こういうことは兄カノも知らなかった。当然、兄カノ爆泣。「これで彼の兄くんの性格や言動、どこかでその生い立ちは想像したけど、これで全てが繋がった」と。「すごくエゴな言い方だけど、私が彼を幸せにすることは、私のライフワークなの」と言い切る薄茶色の眼は本気そのもの。兄の昔を話す過程で、兄カノが兄に寄せる想いは恋愛とかそういうのを超えたものを感じた。兄カノとはそうやって、日本で育った兄と米国で生き抜いた兄の歴史をつなぎ合わせた。目眩がしそうなくらいの洋書に囲まれた兄の書斎、綺麗に片付いた机の上の"Stay Faced"という木彫りの置物。常に現実を直視せよ、と解釈してる。多分、兄はこれまでそうせざるを得なかったんだろう、と今やっと理解。
全てを把握したところに帰宅する兄。私も兄カノも目がボンッボンに腫れてて直視できない。板チョコみたいな腹筋をボリボリ掻きながら「さて夕飯でもいただきましょうかねぇ」とお風呂から出てくる兄。畏怖の念さえ覚えてうつむく二人を気にすることもなく、「今日のおみやげは…じゃーん、スイス帰りの部下にもらったチーズ、ワインいきますか兄カノさん、ワイン」と。
わたしはもう我慢の限界。「兄カノちゃんから全部聞いたよ、わたしも兄カノちゃんに全部言った」と。「ん?何を?」と兄。「だから、全部」とわたし。少しため息と沈黙の後、兄。「大体何話したか想像つくけどさ…どれも過去の話でしょ、後にも先も生きられないんだからとりあえずいま妹の内定祝いってことで飲もうよ」
「いや、でも、嫌かもしれないけど、お金のことも聞いたし」「それもまた過去」「じゃあ過去の話としてさ、兄はどう思ってんの?」「昔の話だし、どうとも思ってないよ」「母のことも?普通あの扱いはひどいんじゃない?」そんなやりとり。
少しの溜息のしぐさだけして、兄は言い放ちましたよ。「じゃあさ、もし、昔がひどいとか可哀想とか、いまさら何かできる?可哀想といま思われちゃっても、『ああ酷かった辛かった』って言って今が楽しくなる?まぁこの際だからちょっと言うけど、当の本人としては、どうしようもないことをウジウジ思い悩む暇も余力もなかなかないわけよ、そもそも自分は可哀想じゃないとどこかで思ってるから人が可哀想と思えるんでしょ、自分一人だとそういう考えないんだよね、もうね、すぐそこに対処というか対峙しなきゃいけない現実があるんだな、だから、俺が気にしていない、もしくは気にできないことを他の誰かが気にするとかさぁ…とまぁ当の本人は言ってますよ… ハイ昔話おわり、喉かわいた、さ、ワイングラス」
これが唯一過去に関して兄の過去に関しての見解が聞けた機会。触れてほしくないと思わせる言い方というより、兄の中で完全に区切りがついているということだけはわかったので、もうこの話にはならなかった。兄もいつもどおり無口に戻った。
この人は本当に強いと思った。飄々としてるけど、ブレない何かを持ってる。だからこそ、言葉がずっしり重い。寡黙が故にたまの発言が注目を引くからでもなく、大きな身体から発せられる野太い声だからでもないんだ。この人の魅力は上のような経験に裏打ちされた深みから来ている、不思議な引力みたいなものなんだと思う。
もし、人生ゼロサムゲームなのであれば、この兄にしてこの初見でドン引きするくらい美しく、聡明で、慈愛に満ちたカノジョは当然の果報だ。お金にしてもそう。最初は成金だと心の中ではちょっと軽蔑していたけど、彼の不遇の時期を考えれば、表参道の家も、3台の車も、3人なのになぜか15万の食事も、すべて兄自身で獲得した富だ。ましてやあんな母に対しても、娘の学費・結婚費用と、その豊かさを分配している。
法律を順守する事、遵法精神を高める、学校の規則を順守する事、社会の道徳を守る事。
科学技術を愛すること、勤勉である事、率先して行動する事、探究心を持つ事、積極的に社会活動に貢献する事。
命を大切にする事、安全に注意する事、身体を鍛える事、清潔感を持つ事。
自分を愛する事、自信を持って強くなる事、健康的な生活習慣でいる事。
積極的に活動する事、贅沢しない事、自分のことは自分でする事。
親孝行する事、先生や先輩を尊敬する事、相手に礼儀正しくする事。
団体を愛する事、みんな団結する事、お互いに助け合う事、他人を気遣う気持ちを持つ事。
嘘はつかない事、有言実行する事、間違いを反省する心を持つ事、責任感を持つ事。
◆(吉田利幸君)
前略
それから次に、夫婦別姓、これについても大変危険な法案だと思っているんですね。
というのは、家族が解体すれば、必ず地域が解体し、まさしく愛する祖国が解体する可能性もあるというようなことにもなりかねない。
そこで、お伺いをいたしますが、結婚後も夫婦がそれぞれ結婚前の姓を称することを認める選択的夫婦別姓制度の導入を柱とする民法改正案が二月十九日に明らかになりました。
制度の概要は、婚姻時に同姓にするか別姓にするか、夫婦の合意に基づいて選択するものであり、別姓を選択した夫婦の子どもは、夫または妻の姓のどちらかの姓に統一するものであります。
私たちの家庭、家族は、古来より祖先と子孫は一つの血と命でつながり、固いきずなを持って社会生活を営んできました。しかし、夫婦別姓制度の導入により、夫婦間に生まれた子どもの姓について、父親、母親のいずれかの姓を選択できるようにした場合、夫婦間、親子間で異なる姓を名乗ることになり、家族の一体感、連帯感が損なわれるおそれがあります。また、そのことが子どもに悪影響を及ぼすことを深く危惧しております。
夫婦別姓が認められると、家族、家庭の連帯感が崩壊するおそれがあるとともに、先祖から受け継いできた家の歴史と縦軸の命のつながりを壊し、そのことが郷土愛をはぐくむ心の喪失にもつながります。家族をめぐる痛ましい事件が多く報じられ、家庭崩壊の危機が叫ばれる中、選択的夫婦別姓制度の導入は、家族の一体感やきずなを損ね、さらに家庭崩壊を助長してしまうものです。
我が会派としましては、家族のきずなを大切にしたいため、選択的夫婦別姓制度について反対の立場でありますが、知事はこのことについてどう認識をされてますか。
◎知事(橋下徹君) 僕も、議員と同じように、家族というものが一番大切なコミュニティーで、家族のきずな、これは一番守らなければいけない価値であること、ここはもう全く異論はありません。ですから、家族、そこから発展するコミュニティー、こういうものを大切にするために、校庭の芝生化事業を含めて、とにかくコミュニティー、家族のきずな、こういうことも一生懸命やっているところであるんです。
ただ、ちょっと気になるのは、姓と家族のきずなというものがイコールなのか。僕、弁護士をやってましたので、離婚問題、よくやってました。今、離婚率は三〇%と言われている中で、姓が同じでも家族のきずながないところはいっぱいあるんですよね。ですから、もし本当に姓がそれだけ家族のきずなに重要なんであれば、日本で離婚なんていうのはないと思うんです。でも、やっぱり現実にこれだけ離婚がどんどんふえてきてるというふうな状況を見ると、姓の一致と家族のきずなというものを単純にイコールで考えることは、社会科学的に非常に疑問なところがあります。
それともう一つは、子どもに対して悪影響を与えるというところなんですが、これも僕のことを言わせてもらいますと、うちの母親は再婚してますので、僕は橋下、母親は東山と姓は違いますけれども、しかし、子どもの立場で悪影響を受けたことなんて一回もありませんし、僕と母親の姓が違ったところで家族のきずなが薄まってるなんていうのは全く思ったこともありませんので、姓と家族のきずなというものを簡単に同一視することには非常に危険性があるんではないのかなというふうに思っています。
◆(吉田利幸君) ちょっと、これは皆さんにも聞いていただきたいんですけども、実はトフラーという方が、「我々人類の未来にもし重大な危機が到来するとするならば、それは核兵器によるものや地震などによるものではなくして、人々が家庭本来のとうとい意義を喪失し、それに由来して家庭が崩壊してしまうときであろう。家庭の崩壊は、人間性の崩壊を招来し、社会も国家も成り立たなくなる」と、こういう言葉を残してるんですね。
それからもう一つは、一九九六年一月、これは米国のことですから西暦で読みましたが、クリントン大統領が一般教書演説で「家族は、米国人の生活の基盤である。より強い家庭を持てば、より強い米国を持つことになる」とこれは、大阪府にも置きかえたら、私は夫婦別姓は家庭の解体から人間性の崩壊へと進み、地域の崩壊につながるということと思います。しかし、これはまた議論するときがあると思いますので、次に移らせていただきます。
以下、拾い物の名言
「韓国戦争から逃げた連中が、祖国統一を口にするのはおかしな話だ。
日本には弾は飛んでこないだろう。僑胞にそんなことを言う資格などない。」
「私は僑胞の連中を信用などしていない。徴兵の義務を負わないくせに韓国人を名乗り、日本の選挙権を求める。馬鹿げていないか。つまりは、いいとこどりではないか。
と、有名な盧武鉉大統領の発言を捏造したコピペが引用されていたので、それはデマだと指摘するコメントをした。
下記は原文のままではないが、だいたいこんな感じのコメント。
実際にはそのような在日蔑視の発言はしていません。
ソース:
http://goodreporthunter.blog.fc2.com/blog-entry-5.html
http://anond.hatelabo.jp/20121207174452
自分の主張の為に捏造を垂れ流すことは、ここで非難している「強制連行」や「従軍慰安婦」の嘘の主張を繰り返して来た朝鮮人と瓜二つで、日本の恥だとは思いませんか?
翌日、記事の訂正はされてるかなと思ってアクセスしてみたら「あなたはブロックされてるので表示できません」と…
「煽るような書き方のコメントだからブロックされたか~ま、しょうがないね」と思いつつ
記事だけでも訂正されてるのかな?とスマホで見てみたら全く訂正されていない。
つまり、無知ゆえにネットのデマに釣られてしまったのではなく、嘘を嘘と分かった上で拡散しているということですね。
愛国が聞いて呆れるね┐(´∀`)┌ヤレヤレ
あ、そう。
どうでもいいなら捨て台詞みたいに「攻め込んだ」に固執しないでよ紛らわしいな。
あれは「祖国防衛」です。
そのうえで、んな昔のことで抗議するとか無茶苦茶でアホです。
いや意見の一致が見られて良かったよかった。
昔、「東側」がフルシチョフという禿げたオッサンの始めたスターリン批判を巡ってソビエト派と中国派に分裂した時、
日本の左派のうち中国派はソビエトの「核武装の強化こそアメリカに対抗する唯一の道」という方針を「唯一の被爆国として許し難い」と
批判し、「でもアメリカが核兵器持ってる以上対抗するためにはソビエトも核武装するのはしょうがないだろ」と反論したソビエト派を
「ソビエトの核兵器は正しい核兵器だとでも言うのか!」「世界平和の敵め!」として激しく攻撃した。
しかし、程なく中国も「祖国と人民の独立と平和を守るため」に核実験を行い核武装。
これにたいして中国派は沈黙を守り、ソビエト派に「中国の核兵器は正しい核兵器なわけ?(ニヤニヤ」「中国の核は綺麗な核だよねー(ニヤニヤ」と
意趣返しされることに。
ひい爺ちゃんが、たぶん1900年代くらいに出稼ぎで新潟にやってきたそうで、
そこで爺ちゃんが在日二世として生まれる。(おそらく祖国に行ったことはない)
6人の子宝に恵まれる。
当時の戸籍法では子供の国籍は父親のが適用されるって話だったらしく、
途中でこれは後々不利になるんじゃないかと気づいた爺ちゃん・婆ちゃん、
4人目からは婆ちゃんの私生児として届け出て、下の3人は日本国籍。
で、みんな民団やら総連との関わりは一切ないし、朝鮮学校にも通ってない。
日本生まれ日本育ち、朝鮮語なんて喋れもしないし、半島の親戚付き合いもとっくに途絶えてる。
今では戸籍法が改正されたみたいで、子供は日本国籍も選べるみたい。
じゃあ帰化すればいいじゃん?
実際に何人かは帰化した。
思想信条なども徹底的に調べられるみたい。(詳しくは知らん)
そもそも、まず半島の戸籍を取り寄せなければならないって話で、
ウチの身内の場合、朝鮮に戸籍があったみたいで取得にも相当手間がかかったみたい。