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はてなキーワード: 田中さんとは

2024-02-17

anond:20240217231554

フェミニストは何やかんや言って

ドラマ米倉涼子がやってる様な高圧的で自称ドSで男をやり込めて攻撃するパワハラ親父ウーマン

セクシー田中さんに出てくるもう一人の主役の若いOLみたいなのに共感するイメージ

2024-02-16

セクシー田中さん、性加害やアフターピルって言うほど作品の核になるか?

病室でアスカおっぱい見てシコってるシーンが碇シンジの核だからカットするなとは思わないでしょ

2024-02-14

推し活」現象に対する疑問

前々から推し活」というものにうっすらと疑問や違和感を持ってきたが、最近少しずつ言語化できるようになった気がするので、ここでまとめておきたい。

第1に、「推し活」においてはドラマ映画などの作品の内容や質が軽視されていることである

昔ながらの映画ファンは、宮崎駿の「ナウシカ」「ラピュタ」は素晴らしいけど「ハウル」は意味からないとか、黒澤明の「七人の侍」「椿三十郎」は凄いけど「影武者」はスケールが大きいだけで内容はつまらないとか、三船敏郎は黒澤映画では神だけどそれ以外では大根役者でむさ苦しいだけだとか、そういう話を当たり前のようにしてきた。

しかし「推し活」をしている人たちは、その当たり前のことを許さない。「推し」が出演している映画ドラマについて、「あれは出来がよくなかったね」と言ってはいけない雰囲気が強く存在する。事実、近年の日本ドラマレベルが高くて面白いという話は全く聞かないし、「個人の感想」で言えば5分と見続けられないレベルだと思うが、Tverの視聴回数はドラマが上位を独占しているという。これは、ドラマ映画が「推し」を鑑賞するための舞台背景でしかなくなり、その内容や質が軽視されていることを意味している。

最悪の結果になった「セクシー田中さん騒動について、その背景には間違いなく「推し活」がある。つまり現在ドラマ作りは、優れた原作脚本を土台にして配役を決めるという当たり前の順番ではなく、まず「推されている」人気の俳優アイドルキャスティングが先にあり、その後に適当な(人気と知名度がありそうな)漫画原作を探す、という逆の順番になっているのだという。そのように、日本ドラマ制作現場は、主要な視聴者顧客である俳優アイドル推し活をしている人々の期待に応えることを優先してしまっており、当然ながら原作者の意図や想いなどはほとんど重視されない結果になる。

第2に、「推し」に不祥事があった場合精神的なリスクが大きすぎることである

普通映画ファンなら、たとえ宮崎駿セクハラ疑惑文春砲を浴びたとしても、当たり前の話、「ラピュタ」の面白さまで否定されたとは感じないだろう。しかし「推し活」をしている人たちは、「推し」の全人格・全人生にわたって推しているので、「推し」が不祥事文春砲を浴びてメディアから消え去ってしまった場合、「推し」の出演作を鑑賞するのもつらくなり、精神的に病んでしまうことになる。当人だけのことな自己責任だが、大抵の場合は友人や家族を巻き込んで、周りも疲弊させることになる。

第3に、最終的に犯罪行為人権侵害擁護してしまうことである

昔ながらのプロ野球ファンなどは、例えば巨人選手経営陣に何らかの不祥事があった場合巨人ファンが真っ先にそれを批判することも普通だった。しかし近年の「推し活」の場合、旧ジャニーズ宝塚問題で露見したように、「推し」の不祥事パワハラや性加害のような事案にあたる場合でも、完全に無視スルーする人はまだましなほうで、それを全力で擁護したり、報道を虚偽と決めつけたり、被害告発者をバッシングする人たちが目立った。当然外野には全く理解されないし、犯罪行為肯定にもなるので、SNSでは大炎上するし、やはり精神的に疲弊して病んでしまうことになる。「推し活」の内部からパワハラや性加害を反省してなくそうという主張や運動は、残念ながらほとんど皆無に近かった。

anond:20240214012830

男性オタクらには著作権をぜひ勉強して欲しいと思った。

別にイタコ論法してもいいし、コレチガウを言ってもいい、どちらも表現の自由だ。

セクシー田中さんから原作権利を学ぶのはいいが、原作は神ではない。ゼロか100か思想になるな。パルワールドを見習え。

セクシー田中さんは結局店のマスターとくっついたのか

くっつくかくっつかんかのとこまで読んだが

どこで終わってんだ

anond:20240213162720

言語文化の違いを翻訳する時に適切に置き換えるプロ作業が望まれているのに

作品作者の思想が気に食わないか訳者の私が矯正してやるというポリコレ仕草

何様やねんて反発されてんだろうな

日本会社側も契約条項ちゃんとして、職掌を超えた作品改変があるようならつっぱねる方がいい

……いいんだけれども、セクシー田中さんの件などで

日本出版社テレビ局契約ちゃんと履行するのか、作者の意向は守られてるのかと

こちら側も契約相手としての適格性を疑問視されてるような現状だよね

2024-02-13

anond:20240213233604

最初話題に出すのはプリキュアおじさんだけど

それに乗っかって叩くのの大多数はプリキュアなんか興味ないただのポリコレアンチが大多数だろ

だって同じじゃん

ポリコレアフロだって原作ドラマも一切知らないだろうし

セクシー田中さんだって全く知らんだろあいつら

エルフ夫とドワーフ嫁の件とセクシー田中さんの件が同一視され始めている

作品に対する評価の話とドラマ化の際の改編の話、まったく、全然、120%違う話なのに都合よく結び付けたがってる人がいる。

セクシー田中さんの件は作品に対する評価をするななんて話じゃない。

anond:20240213225445

セクシー田中さんに絡んでた頭がおかしい人たちと似たものを感じるんだが同じ人たちなんだろうか

調べるのもめんどくさいけど

思い込み特定個人を袋叩きにして諫められても一切やめる気なし、って辺りが似てる

そもそもどうでもいい赤の他人相手に何でそこまで攻撃性を発揮出来るのか、って疑問も

2024-02-12

セクシー田中さん案件義憤に駆られてるヤカラが気持ち悪すぎる

どうせこの事件あるまでセクシー田中さんなんざ知らなかっただろボケがよ

あの程度の確執なんざまともに社会人生活送ってたら何度か出会すことだろ

それを、「なんかもう嫌になったんで死にますわ〜泣」とか抜かして勝手死ぬ方が悪いだろ

精神スペランカーかよ

オタクくんだの弱者男性くんだのは脳みそが小さいかクリエイター視点しか物事考えられないんだよね

原作者こそが王様!!その原作者にたてついたテレビ局出版社脚本家は悪!!ってなって調子こいて叩きまくってたのとかほんとに何様って感じでしんどいし、そういうやつらが原作者を錦の旗にして無駄騒動拡大させたのが自殺原因だろ

それなのにいまだに〇〇が悪い●●が悪いと繰り返してばっか

ほんとに愚かだねえ

2024-02-11

anond:20240211121555

セクシー田中さんの件は、TV局側が「約束を守らなかった」のが悪いって話だろうが

改変の善悪の話にすり替えるな

日本の「推し活」はなんで「作品」ではなく「人」なんだろうか

推し活」という言葉が登場してから、この現象にずっと強い違和感を持ってきた。

聞くところでは「セクシー田中さん問題の背景には、芸能事務所が推す俳優キャストありきのドラマ制作があり、結果として原作脚本が軽視される傾向があるのだという。事実日本ドラマレベルが高くて面白いという話は残念ながら全く聞かない。個人の好みや感想を言わせてもらえば、明らかに10分と見るに耐え得るレベルではない。


しかドラマは量産され、TVerの視聴回数は上位を独占しているという。ドラマ自体特に面白いわけではないとすれば、ドラマを鑑賞している人は、ドラマのものにはあまり興味がなく、そこに出演している推し俳優アイドルコンサートのように鑑賞しているだけなのだろう。

こういう構造のもとで「原作」が軽視されるのは当たり前すぎることだ。ドラマ視聴者の大多数は、推している俳優アイドルしか興味がないかである。当然ながら、ドラマ制作する現場も、出演している俳優アイドルが映えることをまず考え、原作者の思いや作品としての完成度などは二の次になる。


そもそもの疑問として、日本の「推し活」はなぜ推し対象が「作品」ではなく「人」なんだろうか。出版社脚本家やプロデューサーなどを批判する前に、日本の「推し活」文化を廃絶すべきことを主張した方がいいと思う。

anond:20240211193348

喧嘩した結果として、最後の二話を原作者が自ら書くことにできて

ドラマに関わる全ての人が素人の書いた脚本を元に一流の俳優さんが一生懸命演じて、監督さんが、音響さんが、演出さん、その他たくさんの人が

素人脚本実写映像に直して、編集して、国民の共有資産である地上波にのってお茶の間に届けてもらえるんだから

他と比べたらセクシー田中さんは断然恵まれ漫画原作ドラマだと思うよ

セクシー田中さんは他より恵まれ漫画原作ドラマだったはず

映像業界の片隅から見た感想

原作者ブログから分かる事実として

原作者が毎話の脚本をチェックできていた

原作者修正がほぼ反映されていた

脚本執筆経験のない原作者自分脚本を書くという要望が通った

原作者と直接の打ち合わせが行われていない

ってのは確実っぽいけど、このように原作者の注文を通してもらえるのはマジで珍しい現場最後のは特に

まず大前提として、ドラマ脚本って作品ではなくて設計図なのよ。

作品あくまで完成した映像ね。

家を立てるとき設計図がないと必要な資材や施工期間が割り出せないように、

脚本がないと必要キャストロケ地撮影プランが考えられない。

からとにかく早く脚本を上げることが重視されるし、

ちゃんとしたルールもあるのでそれを知らない未経験者に書かせることも普通はない。

んで第一稿上がってきてもそれが一発OKになることはまずありえない。

Pや監督による意見を反映したり各所の事情配慮したりと色んな手を加えて決定稿になる。

脚本家も基本はフリーランス案件単位の受注してるだけの立場からそれらに逆らう権限はないからね。

その一環で原作者チェックも入るわけだけど、

第一稿の時点で可能範囲スケジュールの抑えなんかは動き出してるから大きくちゃぶ台返しがあると困ってしまう。

でも原作者の口出しはなんだかんだ出版社との関係もあって局Pですら容易に拒否できないので、なるべくそういう事態は避けたい。

そこでどうするか?というと、原作者と同席での打ち合わせを行うのだ!

大勢人間しかスーツ姿の偉い人や疲弊した現場スタッフを前に「こういう事情でここをこうしたくて…」と言われてはっきり否定できる人間はそうはいない。

文面でのやり取りではいくらでも要望を書き出すこともできるが、

リアルでの打ち合わせの時間内に出せる意見ならある程度数が限られる。

こうして一回打ち合わせをしてしまばもう「作者の了解を得たもの」にできてしまうので、

後はもういちいち相談せずに一気に完成まで作り切ってしまう。

なんなら立ち上げのときの打ち合わせだけ呼んで「じゃ、後はこっちでやりますんで!」ってこともなくはない。

完全な憶測にはなるけど、今回の場合漫画家出版社テレビ局脚本家も全員経験豊富なので、

間に入る誰かしらが原作の内容を守るために良かれと思って直接の打ち合わせをさせなかったのかもしれない。

ただその結果として作者が最初提示していたまず原作通りに書いてくれという条件も正確に伝わら無かったとか。

まあ間に入る各社で決定権握ってるのはベテランだけど窓口業務経験の浅い若手がやってたりするんで、

ただでさえ複雑な工程曖昧基準物事が進めなきゃいけないこの業界だと、その手の連絡ミスや行き違いは日常茶飯事だ。

とにかくかなり特殊な事例かつ微妙コミュニケーション問題があったんだろうなというのはなんとなく伝わってくるので、

影響力のある漫画家映像関係者が個人経験を元にいろいろ言うのはなんだかなーと思うところではある。

から日テレは「セクシー田中さん」を改変した…なぜか原作通りにはならない「テレビドラマジレンマテレビが越えられなかった「4項目」とは | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン

https://l.pg1x.com/Yumfu6JEY2qoNHnC9


多忙で金が無いからってのは同情も同意もされないのがジャップランド価値観なので。


ドラマの3要素「ラブ」「サスペンス」「ヒューマン」、誰も否定なんかせん。

漫画原作に足りなくなるのは「ラブ」だけだよ。

「ラブ」が入る余地がない(原作否定)だったらそもそもそれを週間映像化しようとすんな。サブスクでやれ。向いてないから。


要するに「プロデューサーが1から100まで手を抜いた結果」だけ。

脚本家自死しなくていいけど、Pは腹を切るべきだろ。マジで

仕事してないのに。

座組を維持し、連絡し、問題を先送りにするんだったら、四年生大学卒業であるオメーじゃなくて、その辺のニートだってできるぞ。

動いているものを維持し続けるのは、指示さえあれば誰でもできる。

プロデューサーってのは「決断」「決定」「実行」が仕事だよ。

ちゃんと伝わってるか、プロデューサー? SNS削除してようが、オマエの部下や同僚や友人たちの目に止まってるぞ、俺のこのテキストも。

仕事をしないプロデューサーぐらいゴミはねぇんだよ。無駄金使いが。

でもお前らドラマ化されるまでセクシー田中さん知らなかったでしょw

セクシー田中さんの件って原作者尊重しなかったことが原因じゃないよな

逆で原作者尊重して強権を持たせた末路じゃん

小説コミカライズを描いてるけど

小学館セクシー田中さん騒動他人事じゃなくて悶々と考えてる

私は原作意図を捻じ曲げてないかな、原作者を傷つけてないかな、そもそもこの小説コミカライズ描くの本当に私でいいのかな

一人でずっと考えてる

2024-02-10

anond:20240209200026

アニメ漫画オタクリテラシーのなさが招いた結果だろう

お笑い界は様々な不祥事によって自己批判の土台ができたけど漫画業界は全く自己批判の土壌がない

少し前のセクシー田中さんの件でも一方的漫画原作者が養護されて脚本家が叩かれていたし漫画家とその読者は自分たちけが正義だと思っているんだろう

漫画編集者の端くれだったことがある


青年向け漫画編集者をしていた。といっても若い頃の話だ。都内にある編集プロダクションを辞めて田舎に帰ったのが36の時だから、おじさんの入り口に立った頃か。今では完全なるおじさんである

本日記は『セクシー田中さん』の件とは関係ありません。

働いていた会社というのは、講談社とか小学館とか秋田書店とか、そういう大手出版社ではない。あくま編集プロダクションである出版社編プロがどう違うのかって……ざっくり言うと元請け下請けだ。出版社出版事業(今回だと青少年向けの漫画作りや商業展開)の企画をして、漫画家が作品のものを作って、編プロ雑誌本体を作って、その制作過程印刷所やデザイン事務所といった専門集団関係することになる。

イマイチ説明になってしまった。一般社会の例で説明する。民法でいうところの委託(準委任契約)に当たる。公共建築の分野でいうと、公共機関の建築技師が新しい建築物のマンガ絵を作り、建築事務所が基本設計~詳細(実施)設計をして、出てきた成果物を元に大手建設会社施工監理し、地元にある中小事業者が実際の土木建築作業をする。

自分が勤めていたのは、この例でいうところの建築事務所だ。受益者(国民=漫画読者)の希望に応えたい組織があって、そこから依頼を受けて動いている関係会社ひとつ。そういうアナロジーだ。

出版社との役割分担は、そこまで分離しているわけでもない。漫画編集者といえば、昔の手塚治虫ほかの自伝みたいに、漫画家とアツいやり取りをしているイメージがある。ああいう、企画経営制作現場の間にあるような仕事は、出版社社員が直接することもあれば、編プロ出版社(編集部)のオフィスを間借りして行うこともある。

前者の例だと、マガジンサンデーチャンピオンなどだ。コンビニ書店にほぼ必ず置いてあるレベル漫画誌。大手出版社総合職コース入社した人が、(編集取材制作、資材、宣伝マーケティング、総務経理人事その他事務)といった多くの部門ひとつである漫画編集部に割り振られて其処に居る。

後者の例だと、大手出版社が出している漫画誌でも、あなたが聞いたことのないやつもけっこうあると思う。そういうのは、編プロ出版社(編集部)の仕事を丸ごと請けて実施していることが多い。自分は、そういう会社で働いていた。職場自体大手出版社の中にあるが、いわゆる委託先の社員だった。別の言い方をすると、親雑誌に対する子雑誌関係

ほかの長文増田記事を見るに、あまりたくさん書けない仕様のようである。何文字までかは知らないが、文字制限があると思う。本当は何万字でも書きたいのだが、あくま自分が書きたいだけであって、あなたが読みたいとは限らない。一万字以内になるよう心掛ける。以下に、自分が関わった漫画家を2人だけ紹介しよう。最後に所感を述べて終わりにする。

その2人(A先生とB先生。どちらも若手)と私は、分水嶺のような関係追記;わかりにくい表現ですいません。ブクマカのBuchicatさんコメントのとおりです)だった。ある日、私が担当していた漫画家のA先生が新作の企画提案に来ていて、同じタイミングで別の編集者のところに持ち込みをしたのがB先生だった。その別の編集者が不得手なジャンルだったこともあり、A先生との話が終わった後で、私も一緒にB先生作品を読んだ。

その後、編集部責任者を交えた会議で、私が引き続きA先生の新作の担当者に決まった。新人であるB先生担当になる可能性もあったが、そうならなかったのは、今の漫画界の一界隈にとって幸運なことだった。



A先生について

A先生は、雰囲気が暗めだった。人間性まで暗いというわけではなく、心を開くと明け透けになるタイプだった。モードに入ると饒舌になる。

弊誌では、読み切りを何度か掲載したことがあった。アシスタント経験あり。小さい賞を取ったことがある。ヒット作はないが、若き漫画家としてはキャリアがあった。

画力が抜群だった。小学校中学校で、学習ノートフシギダネの絵とかをソラでゲームパッケージそのまんまに描く子がいただろう。とにかく天賦の才を持っていた。最小限の画量で、それでいて迫力と感情に溢れた1枚1枚を描く。そういう人だった。

難点は、マジメすぎるところか。少し前にやっていたアニメだと、チェンソーマンに登場するアキくんか(少し前……?)。とにかくマジメだった。いや、やはり『直向き』に訂正する。

A先生は、少年誌に見合わない重たいテーマに挑むことがあった。今でもそうだ。彼のマンガには『緩さ』がない。それもいいところなのだが。私は好きだった。はっきりいって。が、読者の傾向に合っているか微妙だった。

子どもの頃から漫画が好きだったらしい。中学生の頃のイラストを見せてもらうと、俄然キャラクターへの愛に溢れる作画を見ることができた。中学生らしい、プロには程遠いクオリティなのだが、しかし見ていて違和感がないというか、自然にくっきり入ってくる。

私という人間は、具体例で物事説明する癖がある。上の「中学生らしいイラスト」を別の事例で表現すると……「うるせ~!!知らね~!!FINALFANT ASY」(短縮URLhttps://x.gd/L5cc4)だろうか。以前、いつぞやかのid=pptppc2さんのブックマークコメントきっかけで元ネタを知ることになった。

あの時のA先生イラストは、ベルセルクセルピコだったと思うが、力強い表現だったのを覚えている。セルピコファルネーゼを抱きかかえて、

申し訳ありません 道案内を頼まれまして 少し席を外していましたもので」

と言うシーンの模写だった。

さて、そんなA先生だったが、ある時これまた重量級のテーマで描きたいものがあるという。先ほどの、編集部での新企画提案の話だ。

その際、A先生からプロットをもらい、私のデスクで拝見させてもらったところ……うちの雑誌では持て余しそうだった。作品の質が低ければ普通に打ち切りになりそうで、作品の質が高くても――弊誌の売上規模だと会社グループ全体の機会損失になりそうだった。私の前でパイプ椅子にかけているA先生は、不安げな面持ちだった。

内部の話で悪いが、例えば「甲」という雑誌亜流「乙」という雑誌があるとする。ビッグコミック(オリジナルスピリッツスペリオール)みたいな感じだ。この時、甲と乙に明確な上下関係があった場合、乙誌に掲載された漫画が甲誌に引き抜かれることがある。その際、甲誌の編集部から言われるのが、

「なぜうちの編集部に見せなかった?」

という意見だ。これは、ストレートに言われる場合もあれば、暗に言われる場合もある。だが、事前に上流の雑誌に見せていたとして、多くの場合玉虫色の返事があるだけだったりする。

話を戻そう。この時の自分は、編集部自分デスクのあたりでA先生次回作を見せてもらっている。確か缶コーヒーを飲んでいた。

自分としては、A先生マンガを弊誌に載せたいと思っていたが、先ほど述べたとおり、後ろ髪を引かれる思いもあった。社会派少年漫画というのは扱いが難しい。その作品が「あしたのジョー」の影響を受けているのは明白だった。「A先生であれば、きっと面白い作品にしてくれるのだろうな」という期待はあった。

うーん、大いに悩むところだ。どうしよう。思いあぐねていたところで、別の編集者から声がかかった。要約するとこんなところか。

「持ち込みに来た人がいる。私の専門じゃないので判断が難しい。門前払いにするレベルではないので、あなた判断を仰ぎたい。上の人間は今出かけている」

要するに、自分の専門外なので判断できないよ、と言っている。ここも会社なので、編集者の上には当然上司がいる。その人達がいなければ同輩に相談するのが基本だ(余談だが私は後輩だった)。こういう原則一般会社と変わらない。

その『別の編集者』というのは、儚い感じの純文系が得意なタイプだった。一番わかりやすい喩えは……『はちみつクローバー』みたいなやつだ。ああいうのが得意な人だった。

その時は、A先生との話が終わったら行くと告げた。それで、しばらくそのまま話を続けた。

「この作品はい意味で重たいねちょっと考える時間がほしい」

と言って、その日は解散した。A先生は、「お願いします!」と言ってパイプ椅子を立ち、そのまま帰っていった。いつもだったら喫茶店ご飯をおごっている。

A先生は、『いい子』だった。あまり感情は出さないけれど、人間に対する愛を持っている。そういう子だった。私が当時、A先生ご飯を奢って、彼がおいしそうな表情で食べている時、私は幸せだった。A先生幸福だと、自分幸福だと思えた。A先生漫画という手段で自らを表現している時、まるで自分もそれに劣らぬような喜びを得ていた。

ヘンな表現かもしれないが、例えば読者がA先生を褒めている時、自分A先生との区別がなくなっているというか。彼のことが、自分ことみたいに嬉しかった。これは愛なのだろうか。



○ B先生について

持ち込み部屋に行くと、別の編集者と、持ち込みに来た子が対面で座っていた(ちょこんと挨拶をしてくれた)。自分が座る席には作品が置いてあった。綴じられていない原稿用紙がある。ページ数にして30枚ほどだった。もっと多かったかもしれない。記憶あやしい

実際、B先生作品面白かった。コテコテの学園ものかと思いきや、登場人物それぞれに適度な制約があって、キャラクターも立っていた。これまでのキャリアを聞き取ったところ、作品雑誌掲載されたことがあるようだ。アシスタント経験もある。

絵の方は、自分がこういうのも大変失礼だが、上手な方ではなかった。どちらかというと、脚本や設定、キャラ作りが得手のように映った。当人情熱を注いでいる箇所はすぐにわかる。キャラ絵が有名漫画家の影響を受けているとか、キャラクター台詞回しがハリウッド映画風とか、背景や小物を手を抜くことなく全部描いているとか、そんな具合に。

光るものがある作家だった。これを見抜けないようなのはモグリ――そんなレベルで輝いていた。

私は作品を読み終えた後で、「ちょっと待ってね」と自席に戻り、少し残っていた缶コーヒーを飲み干して、思案を重ねつつ持ち込み部屋に戻った(どうするのが最良かわからないケースだった……)。

それで、テーブルではこういうやりとりをした。

私「イイ作品だと思います特にセリフ回しにセンスを感じます掲載ができるとかここでは言えないけど、話は通してみますね」

B「ありがとうございます

私「それで、担当はね……縁なので。あなたがするのがいいのでは?」

編「私よりもほかの人がいいと思いますもっと才能を引き出せる人が……」※小さい声で

私「いや、でも恋愛描いてるよ。エンタメだけどいいんじゃない」(こいつ、作家の前でアホなこと抜かしよって)

編「難しいです」

私「でもこれ、縁だよ」(意識が低すぎる……)

編「ほかの作家さんも抱えてるので。いっぱいいっぱいです」

私「わかりました」(トラブル回避のため後で編集長に説明しとこう)

B「すいません。僕の作品はどうなるんですか?」

私「後日連絡しますね。必ずしまから、それまでは他誌への持ち込みは待っていただけますか」

B「あの、はい。できればですが、早めでお願いします。一週間くらいでなんとかなりますか」

私「なんとかしてみます

作品のものと、作家プロフィールと、付属資料コピーを取らせてもらって、彼には外で缶コーヒーを奢った。ビル入り口まで送ったところまではいい気分だったが、正直、身に余る事態だった。

持ち込み作家の才能がありすぎるのも考えものだ。嬉しい悲鳴というやつ。誰が担当に付くかで今後の雑誌の売り上げに影響がある。重大な意思決定ということになる。

最悪、『進撃の巨人』の時みたいに優れた作家を逃してしま可能性がある。あれも、実際は諌山先生門前払いではなく、週刊少年ジャンプ担当が付くか付かないか微妙ラインだったらしい。それで、誰が担当になるかを押し付けあっている間に諌山先生が他雑誌に持ち込んでしまった、という話が業界団体公的飲み会で囁かれていた。



○ その後~

B先生についてだが、一週間後に担当編集が決まった。「別の編集者」でもなく私でもない。当時、若手のひとりだった20代の子が任されることになった。編集部トップを交えてB先生原稿コピーを読んだのだが、「若い感性が光る。年齢が同じくらいの人と組ませる方がいいのでは?」という結論になった。

その20代の子は、上の組織からこっちに出向してきている子で、いわば武者修行の身だった。一流大学出で、本社プロパー社員。いわゆる総合職である

最初は、私に選択権があった。B先生担当になる道もあった。だが当時の私は多忙であり、月に何度も会社に寝泊まりするレベルだった。新人は抱えるべきではない。しかし、才能のある子だから迷いがある。

A先生のこともあった。彼のあの作品を世に出してやりたい。もっと有名にしてあげたい。そんな想いがあった。

私が悩んでいるうちに、例の20代の子が手を挙げたのだ。私としても、彼のやる気と知性と直向きさは買っている。諸手を上げて賛成した。

今思えば、正しい選択だった。もし私がB先生担当になっていたら、面白い恋愛エンタメを楽しめる読者の数は減っていただろう。これでよかったのだ。

以後のB先生は、例の持込漫画ブラッシュアップを続けた。翌年には、晴れて弊誌に第一話が掲載されることになった。さらに以後は、担当編集とともに二人三脚で躍進を続け、イケイドンドンの勢いを保ったまま、一度も息切れすることなスターダム上り詰めた。今では漫画家として世に知られている。

一方で、私が担当を続けたA先生は地道な努力を続けた。

上で挙げたA先生の意欲作は、読者層に合っていなかった。それでも、高い画力シナリオ構成の上手さがあったのだろう。その意欲作は、連載期間を積み重ねる度にファンの数が増えていった(業界的には、Amazon第一巻のレビュー数が人気の代替変数になることが知られている)。

今では、A先生は親雑誌で連載を勝ち取るまでになった。去年だったか。彼の作品コンビニ立ち読みする機会があったのだが、やはり突き抜けた画力だった。週刊連載であそこまでの画力というのはまずない。



2024年現在、私は東京を離れて田舎暮らしている。地元町役場Uターン就職して、実家農業を手伝いながらスローライフに近い生活を送っている。

実は、編集者だった当時、働きすぎて病気になった。ある日、下腹部の辺りに違和感を覚えて、血の塊のようなものが血管を這っている感覚があった。病院に行くと、「遅くても明日中に入院しなさい」という医者から指導があった。

それなりに重い病気にかかってしまった。一応は死亡リスクもある。数か月ほど入院した後、どうしようかと考えて、考えて、考えて……編集部に復帰後は、労働を最小限にしつつ転職活動スタートした。

A先生については、幸いだった。彼の意欲作とは最終回まで付き合うことができた。私が退院した後、無事完結を迎えることができた。あしたのジョーに比べればハッピーエンドだった。

入院中に、A先生とB先生がお見舞いに来てくれたのを覚えている。ほかの編集仲間も来てくれた。A先生は、テンションが低めで、何を考えているのかわからないこともあるのだが、人間への基本的な愛というか、思いやりがある人だった。

もう40才を過ぎている。はてなユーザーの中では平均的な年齢か。思えば齢を重ねたものだが、当時の日々は今でも夢の中に出てくる。

若いから編集者をやってきた。身体を壊さなければ続けていたのかというと、多分そうだろう。でも、今の生活も悪くないと感じている。自分語りはここまでにして、締めにしよう。

もしあなたが、Webでも紙媒体でもいい。気になる漫画作品を見つけたとする。面白いものを見つけたと感じたら、ひとまず買ってみるのがいい。Webだと1話単位で売っている。

ひとかどの漫画家というのは、自らが産み出すモノを本気で高めにいっている。あなたフィーリングが合ったのなら、ひとまず1巻だけでも読んでみる方がQOL高まると思う。ハズレを引くことはあるだろうが、アタリだってちゃんとある人生は運試しである

惣領冬実田中さんに関する件についての考察的な文章読んだ

すごくわかりやすかったし、言いたいことを言ってくれたという気持ちになった

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