はてなキーワード: 現場とは
前回の記事はまとめサイトに掲載されたりTwitterで拡散されたりしていた。
今回はその続き。
http://anond.hatelabo.jp/20111219120206
まとめサイトに掲載されたときにも元教員からコメントのあったとおり。
2年間でどのような像に仕上げようかという目標がない。
資格系の学校の場合、あるのは検定に合格させるという目標だけ。
だから、授業の半分以上は検定対策。
これで授業が面白いはずがない。
実務を縮小した課題をしているだけ。
作業はするけど、提出さえすれば単位は取得できる。
詳細は「芦田の毎日http://www.ashida.info/blog/cat34/」を参照。
言っていることは過激だし現場の苦労は知らないと思うけど、おおむね同意。
午後のプログラム言語は選択式だけど、半数以上の学校はCASLII(アセンブラ)で受験する。
なぜか。学生が長文を読めなくなっているから、ステップ数が少ない言語を選ぶ。
当然、就職には役立たない。
基本情報を取得しているからといって、プログラムができるとは限らない。
あとは、遊び程度にC言語をやるぐらい。
一部の人気学科(看護等)以外は、全入時代。一条校ではないから、補助金もでない。
一人あたり、年間で100万円。入試は面接だけ。学力試験はしない。
オープンキャンパスに○回以上参加でその面接すら無くしている学校も。
当然、学生当時の担任も在職している。元担任には頭があがらない。
古くからのやり方が変わるはずもない。
もちろん、ここに書かれていることが該当しない学校もたくさんある。
うちの部署は会社の売り上げの7割を占める重要製品を作ってる。
売り上げも最大の部署であり、人員数も最大の部署。
うちのトラブルは会社全体の売り上げを左右するわけで、上司はしょっちゅう呼び出しをくらって、だいぶやられてかえってくる。
口には一言もださないが、いつもやられてる感が漂ってる。
そう、上司はとても無口。
会社で発する肉声のうちの、約半分がため息だと思う。
出世頭といっていい。
いっけん無愛想そうに見えるが、とても腰がひけた人で、入ったばかりの派遣さんに席を奪われていると(しょっちゅう会議で呼ばれているので席が空いていることが多い)、席に戻れず部屋の隅っこで資料をファイルに閉じたりコピーをとったりしてしてる。
「やべっ怒られる。でも遅れてるのは俺のせいじゃないんだぜ~勘弁してくれよ…」
と思って開いてみると
「上手くいかない事ばかりで大変でしょうけど、頑張ってください」
(´;ω;`)ブワッ
なんでも、今のポストにいるのは、前のトップだった人間が従順で丸投げしやすいからという理由で開発から彼を引っこ抜いてきたらしい。
とお読みの皆さんは思うかもしれない。
でもね、愛されてるんだな。
みんな喜んで従うんだわ。
(ポスト上無理だが)本当は現場で組立作業をしてたりするほうが好きということは皆に知れ渡っているので、現場から好かれてる。
若くてそうとう出世してしまっているが、誠実で真面目な態度は年配からも嫌われていない。
そんで、普段あんなにクールなのに、酒を飲ませると誰より弾けるのが愛される秘密だ。
あんなに無口なのに、ため息くらいしか言葉を発さないのに、KARAを踊りだしたりするんですよ?
最高っすよ。
ガチでメーラとWordとExcel,パワポ(しかも2003(笑))、teraterm、FFFTP位しかつかわねーからさ
あいつら本気でXP(笑)、メモリ1GBで足りてるとか思ってるからタチがわりーわ。
・コードがかける若手SE(笑)がEclipseとかMySQL、Oracle,Chrome,Firefox,IE,Java,.netと使うからある程度スペックが欲しい。(と言っても今時の5万で買える普通スペックで良い。。)
↓
・若手が新しいPC寄越せと要求
↓
・年食ったコードがかけないSE(笑)はOffice2003(笑)位しか使わないし、めんどくさいから要らないと抜かす
↓
・先輩がいいって言ってるのにお前らが要求するのか?とか言って取り合わない。
↓
・ほんとに必要な最前線の若手にまともなPCが行かない、その結果朝にパソコン起動してメーラとEclipseが起動するのに15分かかる環境の出来上がりwww
一方部課長以上の役職には全員Androidタブレットが支給され
お飾り部長には組織移行都度に新PCが卸される(結局何してるかもしらんがwOfficeとIEしかつかわねーくせによwww)
そりゃ社員がセットアップするし、何も入ってねぇから環境移行もし易いもんなww
もちろんAndroidタブレットはメール確認するくらいにしか使わないwww
iPadやAndroidタブレットのブラウザ、メールをちょこっと触った位で最新になったと思い込むめでたい老害達。
そのHTML5とサーバサイドの開発するのは俺たち若手SEなんだがなwwww
でも結局使わないし飽きて部長のタブレットは机の中に入れっぱかおきっぱ。
クラウドクラウド、SalesforcrSalesforce
クソウォーターフォール維持しながらスピード感がとか寝言ぬかしてんじゃねーぞwwヴォケが。
上の承認が~承認が~って要件定義が~ってお前らクソ共の承認があってスピードも何もねぇだろうがwww
その上テストドリブンしようとすると、要件が固まってないだろ!とか抜かすし、殺すぞ。
結果アホ共が思いつきで言い放った言葉は忘れない
SalesForceのパンフレットに開発は1月を目処に実装する、みたいな文言を間に受けて
え?じゃあ、プロトタイピングとかテストドリブン型とかでやるの?とか聞くと、
いや、客の要件をしっかり聞いて要件をしっかり洗い出して~上司の承認をしっかりと得て手戻りがないように~とか抜かすwwwwww
おい、お前それ今までとかわらねーじゃねーかwwwww
あーいうのは少人数チームで全員が開発者としてプログラムが十二分に書けて仕様書とかの書類を最低限にして
要件定義や決定権限の大部分を現場に委任して優先順位の高い項目からを集中してやるから出来るのであって
日本のほとんどのアホSI企業の典型的なコードの書けないExcel書くだけの御用聞きSE(笑)なんて邪魔以外の何者でもないwww
そんなゴミSE(笑)が多くを占める会社で出来る事じゃねーんだよwwww
あーいうゴミ共は居るだけでどーでもいい好みでの文句をグダグダいうから余計に作業が遅くなるwww
こういうクソみたいなことばっかりやってるから古い日本企業はダメなんだよ、ゴミどもが、さっさと潰れろ。
そして俺はクソSI業界を見限ってソーシャルゲーム業界に転職準備をしているのであった(完)
http://anond.hatelabo.jp/20120207005408
まなめはうす恐るべし
ちなみに私のPCのスペックはPen4 1.6Ghz メモリ1GB HDD 30GBです。
これでメインはJavaのStruts2とSpring Eclipse3.7で組んでます。
これより低い奴出てこいや…
とりあえず一部間違えていたので訂正www
1.HDDは37GBでした。ごめんなさい、実際に見てみたら間違えてました。でもいつもSVNチェックアウトするときとかデカイzipを落とす時はいつも何か消してからしています。
2.ケースはチェーンで鍵がかけられているので開けられません(^p^)よって自分での拡張は不可
後、時々あった。
PGなんてのはゴミがやる仕事だからそんなの気にかける方がゴミ
とか
とか
コードを書かなきゃいけない時点で大手ではない
ちなみにT○SとかI○M、NT○の人もコード普通に書いてたよ。
ってか書くとこは書くでしょww
んで上みたいな考えの人はそれで構わないでしょう。
そうやって思っててコードやプログラム部分なんてどうでもいい。
フロントエンドやバックエンドが発達しても設計書レベルや提案レベルに落としこむ場合に実コードの知識なんて影響しない思うならそれでどうぞって感じ
いつまでも何でもバッチ処理(笑)にこだわる人も良くいますしねwwww
私からしたらいつまでコードの書けないSE(笑)が成り立つか逆に聞きたい位www
ま~コードがかけないSE(笑)からいつも馬鹿にされてるのを知ってるから、コードがかけるSE(笑)はどんどん逃げてっているんですよね~
わざわざプログラム(笑)とか馬鹿にされてまで居るものじゃねーよwww
現在どんどんSI業界から出来る人が率先して辞めてるからwww
ただでさえ人材不足のクソSI業界にいつ影響が表面化するか(もうしてるか?)楽しみですNE!
私は先に役に立たない大量の船頭しかいない泥船から抜け出しますwww
戻って来ることもないでしょう!多分!
それではアデュー!
その通り。本人のスペックがいくら高くても、採用自体がもうまったく全然ないとか、都道府県によっては数年間そういう状態が続いたりしてた。
…にも関わらず、地元の教育大学の定員が変わるわけではないしね。どうしろ、と。講師世代は本当に報われない。
最近は、若干採用が回復しつつある(団塊世代の退職により)。で、過去からのいきさつや不況のお陰で採用試験の受験者のスペックはいろいろ高くなってる。まあ、優秀な人が教員になってくれるのはいいが、いざ採用されて現場に行ったとき、「ちょっと上の頼れる先輩」世代が全くいない。20代の上はいきなり40代後半とか、そういうレベルになるので、今度は
・基本スペックが違うので、話が合わない
・そのせいで職場のコミュニケーション不足も含め、意識の共有が難しい
・経験や指導技術の継承しなきゃいけないけど、うまく伝わらない
・「ガリガリ仕事したいが指導力低い若者」と「指導力高いが家庭妻子にリソース割く必要からガリガリ仕事したくない中堅」ギャップ
犯罪の弁護人は、世界で全員を敵に回そうとも被告人の味方であることを求められる。こんな厳しい仕事を進んでやる人が一人でもいるから、裁判の正当性が担保されるのだ。それを理解していない筈はない。単純にポピュリズムというか、衆愚主義にのっかって(群集の快感原理に訴えかけて) 弁護士会への懲戒請求を煽る。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/01/28/kiji/K20120128002522420.html にもあるが、結局の所教育問題ってのは誰でも口をはさみたくなるが故に、しばしば間違っていることであっても「正しい」という信念のもとに正当化される。しかし、教育を左右するというのは国の基礎を左右している、という責任感はあるのだろうか(私には全く感じられない)。建っている建物の基礎を変更するんだから、ドラスティックに変更したら、いくら設計図が正しくても工程管理のミスで家が引っくり返ることがある。ましてや、その棟梁が選挙で選ばれる(すなわち、継続性が保証されない)政治家だと言う。
短期的に見ればミクロな世代間格差や想定していない副作用でおかしなことになるだろうし、長期的に見れば右に左にゆさぶられた教育の現場がぐだぐだになるだろう。教育改革は1つのサイクルすら5年、10年という長丁場の覚悟がないと、本来は為しえない難事業なのだ。どうしてもドラスティックに変えたければ、特区や特定校指定などといった「離れ」でまず実験をすべき。これは、別に教育に限った話ではなく、生きているシステムは全てそうだ。
音声合成DTM製品「VOCALOID2 CVシリーズ」の第二弾である「鏡音リン・鏡音レン」を用いて作られた一連の楽曲作品。詳しくは検索。
小説とか漫画とか劇化もされてるようだけどそっちはノータッチなので除外。なんか詳細設定とか山のようにあるらしいけどあくまで元動画とその歌詞に情報源を絞る。
前者はある国で暴政を敷いた愛らしい王女が革命によって倒されるまでのことを歌った歌、後者はその王女に仕えた召使いの視点から同じ一連の出来事を歌ったもの。
YouTubeとかに死ぬほど転がっているのでこの文章を読む人にはできれば聞いといてほしい。ネタバレを含むので。『悪ノ娘』から先に。
英語版ならEnnという人? が歌ってるやつの歌詞が好きだな。情報量が多くて。
身も蓋もない言い方だけど「売れてる」から。
ニコ文化が中高生とかOTAKU中心に大人気とは知ってましたが劇って。コミカライズくらいまではわからんくもないが劇。
ファンとはいえそこまでのめり込むほどか。何がそんなに優れてるっつーかウケてるのだろう、という話です。
「優れてるからウケてるんじゃねーよ」というお話はあるでしょうがまあそこはおく。ぶっちゃけ「優れてない」点はいっぱい挙げられるし。
たとえば物語終盤の交代劇とかバレねーわけねーからね常識的に考えて、とか。
・仮にも国のトップなんだから、立てるならもっとマシな影武者を立てるのが普通というもので、脱がした瞬間バレるようなのに気がつかないとか革命が総崩れしかねない。
いや史上の狂乱というのは往々にしてそういう熱狂が高じてもはや狂気〜みたいな面があんだろうことは否定しないけど、そんなの後世には物好きな歴史家とかにケツの毛までひんむかれるレベルまで分析されるのが当然なんだからさ。恥ずかしい性癖が伝わっちゃってる為政者が今どんだけいると思ってんの。読んでないけど正直小説版にはクビ落としてから替え玉と判った革命軍の偉いさんとか偽史として押し通してきた『召使』側の話を証明しちゃったアマチュア研究家とかが裏で始末されるドロドロとかがきっとあった! と信じている。三次創作。
・本物も見物に戻ってくんなよ。そこでバレたらすべてがガチで水の泡よ。危険すぎるだろ。
…とか、突っ込みどころはとってもたくさんあるわけなんですね。文化ルーツもしっちゃかめっちゃかだとかそもそも歌詞がちょっと拙いとかね。
にも関わらず、絶賛者とかいっぱいいる作品でもあるわけで。合唱とか英語版とかあって再生回数すごいし。
何がそんなに人を酔わせるのかしら。それがロマンスというものなのか。
いやねーだろ。これロマンスじゃないじゃん。中世の騎士物語とかほんのちょっぴり読んだことあるけどコレジャナイ感すごいじゃん。
三大悲劇って言われてるけど悲劇ですらねーだろと言いたい。少なくともwikipedia曰くの古典主義的・新古典主義的「悲劇」では絶対ない。
それでは「これ」は何なのか?
まあアレじゃん。ジェンダー界隈でいう性役割意識がどうこうとかあと男の娘ブームとかなんかそんな。
あとこれ国家の皮をかぶった家庭悲劇なんですよね。一種のセカイ系というか。
このお話は王家に生まれた男女の双子のうち女が王家に残されて(おそらくは凄い抑圧とか受けて)暴君になって、男はどっか養子とか?出されて召使いとして戻ってきたつーことになっていますが、男をイエに残して女はよそに嫁がせるつーのがどっちかというと鉄板ですよねこういうの。
「なんでそんなことになっちゃったの」というのはきっと小説版とかが政治の派閥抗争がどうのとかに絡めて辻褄つけてると思うのでおいといて、「よくこれでウケたな」ってーのをですね。
この作品は基本的にすごいストレスを(受けたくないに決まってるけど)受けなくてはならない人間が見るとツボに来るようにできてるんスね。
よく何かこう、最近の若者は〜的な文脈で、男が女っぽくなっただの女が強いだのと言われますよね。いや印象だけど。自分の観測範囲内の話だけど。観測範囲内でもいい加減下火っていうか言い古されて説得力がアレな言説だけど。
少なくともこの作中ではまさに男がやるようなことを女がやっているわけで、そこんとこのギャップがウケてるっていうのはあると思うの。
鏡音リンってキャラクタ的には妹系ってんですか? 笑顔がかわいくてドジで〜みたいな感じだと思うんだけど、それが女故子ども故の残酷さみたいなのを全力発揮してるあたりのギャップもあると思う。
そう、彼女は良い為政者ではない。聖母聖女は齢14で「お金が足りなくなったなら〜、愚民共から搾り取れ〜♪」なんて言わない。普通の女でも言わない。
彼女はむしろ聖女みたいな女に恋人取られたら相手の国ごと潰して復讐する程度にはやりたい放題の女のコ☆です。
しかもそのレベルの人格破綻者まで「最初は無垢だった、ホントは彼女は悪くない」的な補足が入るわけです。これもウケたツボだろう。
イエのあれこれとか人間関係でむっちゃ我慢とか強いられてるけど正直破裂したい、けど破裂したらあとが面倒だけど破裂したいけどあああああとか思ってる人間にはとてもツボ。
破裂したい人間がなぜ破裂しないかって、破裂すると崩壊するナニカがあるわけで、この王女の話は破裂してナニカを崩壊させてしまったってことなので「ああ、あんな風にならないためにも我慢がんばらなきゃなー」とか、「私がしてきた我慢は正しかった!我慢しなきゃああなってた!ざまあwww」とかいろいろと解釈できて美味しい。
それだけなら単なる破滅劇なんだけれども、これを悲劇にするのが王女と対になる召使いの存在ですね。『悪ノ召使い』は『娘』よりもあとに発表された作品ですが、何千回単位だった再生回数を100万くらいまで押し上げたらしいっす。
「顔の良く似た」召使いは(内緒になってんのか知らんが)召使いってことになってるが王女と双子です。これをまず物凄く突っ込みたい。王家の血縁が人に使われる側に回ることのあり得なさとか。でもまあそれはいい。
召使いは破裂しそうな王女のそばであれこれ世話を焼くわけです。王女の命令なら惚れた相手も暗殺してくる。それくらい自分を殺している。
ある意味王家という枷つけられてる王女と完全に同類なわけですが、召使いはそれほど人格破綻してないというか暴君的な方向に爆発しそうではない。
彼には「王女のため」という大義があるからです。彼が背負っても良かったモノを彼女に背負わしたら歪んでしまった、王女がこんななってるのは彼にも責任がある。
だからその責任を果たすためなら、ほんのちょっぴりの「自分」も捨てられる。盲目的に尽くせる。
完全に「家庭なるもの」の中で板挟みになるガキそのものですね。あとほんのりとした近親愛。これがツボをつく。
オチはもうその最たるものですね。自分を殺して殺して殺して…の召使いは本当に自分を殺してしまう。王女はその代わりに助かる。
要は例えば機能不全気味家庭のお子様らには神話のように美しい物語だということですおわり。
鏡音リン・レンなるソフトは作中やファン間でも双子ってことになってますが公式的には「鏡に映るもうひとりの自分」的な感じではっきり双子ではないらしい。
というのもなんかこう、意味深ですね。
怖ェなーと思うのがこの作品が世界規模ですごい再生回数稼いでるという事実。
機能不全家庭の子どもにばかりウケてるわけじゃねーとは思うが、でも例えば上で述べたような「この身代わりはあり得ねーだろ常考」みたいな意見はたぶん野暮としてブーイング浴びるだろうし、きっと小説版あたりで「そうするしかなかったんだよ…」みたいなことが切々と説かれていたりして要するに反論として封殺されることが明らかなわけです。
実際には例えば召使いの行動として「二人で一緒に逃げる、最後まで王女のそばにいて守り通す」みたいなのがあっても良かったはずだし一昔前なんてそれで逃げ切れなくて死んじゃってーみたいなのが悲劇のテンプレ化してたような時代があった気がするんですが、そうならない。
何というか、すごい絶望的で、しかもその絶望が絶望のまま肯定されて同類間で共有されてる感がする。
そういう方法で絶望が連鎖して伝播しているような感じがするのです。
漫画家のとり・みき氏の言葉(の引用の引用)だけど、こういうのがある。
人が涙を流すのは必ずしも作品の出来とは関係がないのだ、と。
かつて自分が何かに感動した時にできた涙腺回路のようなものが頭の中にはあって、そこにピタリとはまるような場面だの言葉だのを見聞きしてしまうと、涙というのはどうやら自然に流れる仕組みになっているらしいのである。歳をとると涙もろくなるというのは、つまりそういう回路のパターンが増えているからではないか。
個人的にこれは結構ガチだと思っているんだけど、一点だけズレてる部分がある。
ここで書かれてる涙腺回路の起動スイッチである「感動」っていうのが、自分個人に限っていえば何か崇高なものに触れて心を動かされたとかではなくて単純に傷つけられたときのことを指すようになってんのね。
つまりこの文章に則って言うと、自分はある一定の場面とか言葉だのを見聞きしてしまうと自動的に繰り返し繰り返し傷つくようになってしまっている。
恐ろしいことなんだけれどこの「回路」が結構強固で、俺はこいつを潰しておかないと日常生活が送れないっていうレベルでいろいろと不便。具体的にいうとAED講習で実際の救命現場の録音(子どもが突然心停止して倒れたそばで手当てする人とか救急車呼ぶ人とかその子の名前を狂ったみたいな大声で必死で呼び続ける母親の声)聞いたときとか、アレ本当は命が助かる感動的な場面のはず(「とりあえずはもう大丈夫です」まで録音されてたはず)なんだからすごくイイ話だと理屈では思うしわかってるんだけど生々しいやりとりそのものがあまりにもショッキングでしばらく「親子」みたいなキーワードで突然ぼろぼろ泣くようになって本当に困った。もうすぐ一年になる例の津波関連も未だにいろいろな場面でダメージ。直に被災したわけでもないのに。
閑話休題。
だから例えば映画とか小説なんかで「泣ける」みたいのを売りにしてるのは基本見ない。
そういう作品は大体が回路起動ツボを外していて(かつ、他の例えば大爆笑回路の起動とかには結びつかないので)白けるが故に、そしてごく少数の作品は客観化が十分でツボ自体から適切に距離を取れるが故に、涙腺回路起動までに結びつくことは滅多にないんだが、それでも見ない。
何が楽しくてそんな自傷行為をせねばならんねん。
でも例えばナイフは指を切るだろうとかわかるけど、この作品で泣くようになるだろうとか普通は読んだり聞いたりするまではわかんないわけじゃん。
で、『悪ノ』シリーズも回路の起動スイッチになってしまったので、困ったなー。と思っている。前述の録音ほどの威力はないしもうだいぶ整理して削いだんだけども未だに人前ではこの曲聞けねえ。
あの召使いの台詞で泣かねー奴は人じゃねーみたいなコメントが動画についていたりして、それを「気持ちはわかる」と思ってしまう。
気持ちはわかるけど、実際問題召使い馬鹿だし王女も馬鹿でみんな馬鹿すぎて救いようがないと思う。「崇高なものが犠牲になる」みたいな楽しみ方は視点が狭すぎて阿呆だと思う。
いろんな人が感動してファンになって翻訳とかされてるのはわかるけど、作品としては全然優れてないと思うのです。
他の作品と比較してどうとかではなく、あの物語自体にもっと洗練の余地があるということ。
そして洗練されるとたぶんあれは悲劇オチ(と取ってつけたようなハッピーエンド後日談)じゃなくてちゃんと喜劇にもなれたはずだなー、悲劇にしてももっとレベルの高い悲劇になれたはずだなーと思うということです。
「物語の洗練」を。
機能不全家庭の傷なめ的なものでなくて、もっとちゃんと救いとか絶望とかが欲しい。
具体的にいうとこのネタで小説でも書いてそれで旅行のためのおこずかいとか稼いでみたいんだけども、まあおこずかいにならなくてもいいから二度と回路起動スイッチにこのネタで手を触れられる奴がいなくなるように自分でパテを塗っておきたい、そのために小説を練ってみたい、ということでした。
すでにやってる人いるけどねそれ。舞城とかね。でも最近なんか舞城も振るわないっていうか、「その先が欲しいんだけど!」みたいなあたりで止まっちゃってる感するからね。ジョジョノベライズ期待してます。
国をつくるという仕事 - 西水 美恵子
自由への長い道―ネルソン・マンデラ自伝〈上〉 - ネルソン マンデラ;
生きる技法 - 安冨 歩
ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡 - シルヴィア ナサー
意志力革命 目的達成への行動プログラム (Harvard business school press) - ハイケ・ブルック
高橋和巳作品集〈第4〉邪宗門,私の文学を語る(インタヴュアー:秋山駿) (1970年) - 高橋 和巳;
リーダーシップの旅 見えないものを見る (光文社新書) - 野田 智義
世に棲む日日〈1〉 (文春文庫) - 司馬 遼太郎
ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 (中公新書 (252)) - 石光 真人
日本を大切にする仕事――身のまわりから社会を変える10人の生きざま、働きざま - 山岡 淳一郎;
世界を動かした21の演説――あなたにとって「正しいこと」とは何か - クリス アボット
こうして僕は世界を変えるために一歩を踏み出した - 鬼丸昌也
所有せざる人々 (ハヤカワ文庫SF) - アーシュラ・K・ル・グィン
人間の測りまちがい〈上〉―差別の科学史 (河出文庫) - スティーヴン・J. グールド
一〇〇年前の女の子 - 船曳 由美;
快感回路---なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか - デイヴィッド・J・リンデン
製造業の現場バイヤーが教える だったら、世界一の購買部をつくってみろ! - 坂口 孝則
経済論戦は甦る - 竹森 俊平
キャプテン・アメリカはなぜ死んだか (文春文庫)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120127-00000006-rnijugo-ent
いや、これ悩むわー。これ答えた人も相当苦心したんだと思う。
この人の気持はよくわかる。仕事をしている人なら、
この部長こそが自分の責任を理解しておらず、個人の問題と組織の問題を切り分けられない無能だと思うだろう。
だからといって、人事や教育はアホだ、何もわかってないとか言うのはちょっとまって欲しい。
わかってはいるんだよ。切り分けができてないわけじゃなく、切り分けた対処をすることができないんだ。
私が同じ立場でも、こういう質問のされ方をしたらこう応えると思う。
その割り切りができている上の人は「人事のローカルルール」ではさぞや優秀なんだろうと思う。
人事部の人間って問題はいろいろ把握してるんだけれど、こういう阿呆なことしか言えないように強いられているんだ!
だから、時々人事部をやめた後に暴露本を書いたり、理想の人事論みたいなことを語りたがる人が出てくるのよ
私は見ての通り文才も叩かれまくる度胸もないからやらないけど、憧れるよアレは。 そのくらい人事ってクソです。
実際、まともな人事なら、ここで揚げられている問題の解決って、個人をいくら指導をしても改善しないことくらいは知ってる。
実際に改善しようとして必ず失敗する、という経験をしているからだ。
でも上司から問題を報告しろって言われると、やっぱりこういわざるをえないのが現状。
よって報連相をしっかりやればやるほど、ずっと同じところでグルグル回って問題が悪化するんだよね・・・。
人事ってのは一応みんなに指摘するだけあって報連相には最も厳格だ。
しかし報連相ってのは、問題がわかりやすかったり上司が優秀である限りは成立するけれど、
こういう問題に関しては報連相って結構微妙だったりするわけですね。
標準化しようとすると余計に悪化するし、
かといって必要以上に干渉することは許されてない。
おたくの部署はあまりうまく言ってないみたいですけど雰囲気悪いんじゃないですか?とか言えない。
事業内容を把握するのがヘタなタイプ
これなんかは個人の問題というよりは完全にミドルマネジメントの問題なんだけれど、
大体ぶちょうとか課長がそれより上の人の期待を勝手に読み取って
「現実と乖離した目標を設定し、その資料を下の人間に作らせる」みたいな方式になってる。
そのせいか、上の人間が言ってる目標と自分が全く結びついてないみたいなんだよね。
簡潔な資料でいいから確実なトップダウンが行われるべきとか思うけれど
これまた人事ってみんなが思ってるほどは強くないんよ。
事業部長クラスになると、こちらが下手に手出しするとすぐ乗り込んでくるし。
部署単位だと人事部の方が強く見えても、個人対決だと勝負になりません。
成長の“伸びしろ”がない
手始めに、好きな先輩やデキる上司の行動をマネてみては?
このあたりは、特に入社1・2年目は本人の責任ではないと思ってます。
そうでなくとも、リーマン・ショック後は、出張等引き締めのほか、
コスト削減やらなんやらで、席をたつときは記録して無駄がないようにとか言い出しちゃって、
営業関係の部署の人くらいしか自由に動き回れなくなっちゃってる。
就業時間後に勉強会とかやればいいじゃんって言うのは気軽なんだけれど、
まぁ会社自身の成長の伸びしろがない状態、むしろガリガリ削ってる状態で
右も左もわからぬ新人にそれを期待するのはちょっと酷かなと思ってはいます。
正直ね、私なんかは最近は組織側に問題ありすぎて、新人も元気なくなっちゃうというのは認めないといけないと思ってる。
でも、上の人達っていつまでたっても自分が若い時の感覚で考えるから、
彼らの「俺達の若い頃はこうだった」という感覚にあわせて、そこからずれてる点を問題として報告しないと
お前はこんなこともわからんのか、っていって俺の評価が下がるんだよね。
私もついつい自分の身が可愛いから、事業部のエライ人とあらそったり、人事部の上の人に現実を理解してもらおうとか努力できない。
そんなふがいない状況で、事業部の若い人達に頑張れ頑張れとか言う気にはとてもならない。
実際、人事部の人間に現場の新人を批判する権利など全くないと思ってる。
むしろとても申し訳ない気持ちが強い。
ここでだけ本音を言う。
上の人はごちゃごちゃ言うだろうけれど、新人の人たちよ、君たちは決して昔と比べて劣ってはいない。
昔みたいに組織が人を活かせる状態じゃないんだ。だから、自信を失わないでほしい。君たちが悪いんじゃない。
だからといって、君たちも、組織に潰されて終わりたくはないだろうから、なんとか努力して欲しい。
正直、人事部が率先して新人を助けることが困難だ。
なにか良い取り組みがあって、それが成果を出したら横展開させる、くらいの待ちの姿勢だ。
虫のいい話しだけれども、頑張って、成果出してください。ある程度うまく言ったらこちらも全力で応援します。
ほんとうに情けない人事ですまんね。
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/recruit/?id=215
この公募についてはフェイクという説もあるけど、思う所あるので。
今、派遣社員の求人に応募して、その反応を探っている所。そこで、ある場所が引っかかったので、現場までいって話を聞いてみたら「業務用の特殊ソフトの知識があって、外資系なので英会話が出来て、パソコンサポートなのでPCやハードについて一定の知識がありサポート業務経験のある人」だとか。これで1600円。
自分はそのソフトの知識があり、サポートの経験もあったのだけど、英語の会話が苦手(文章の読み書きはそこそこ)だったので、結果落ちた。でもそれでいいと思ったよ。自分のスキル以前に、この要件で1600円はないだろ。派遣会社経由しているとは言え、どう考えても2500円欲しい。その「特殊ソフト」はとてもお金のかかるものなので、そういう面で予算が無いのかもしれないけど、どうみてもスキルと待遇があってない。
上記公募も同じで、仕事の見積もりと予算の見積もりが適切に連動してないから、こういう数字になるんではないか。特に、この件は雑用を多く含んでおり、そういう意味でも、マルチタスクワークが求められる。単一業務人材と複合業務人材は求められる要件がはっきりと異なるので、その点を理解してないと、待遇と業務が著しくかけ離れてしまう。「英語が出来る」をスキルとしてどう評価するかにもよってしまうのかもしれないのだけど。
そういう意味で、とても残念な人材募集だと感じた。あっちは「東大で働いていた」という箔でもつくと思っているのかもしれないけど。
Pythonをかれこれ5年ほど使っているけれど、いい加減頭にきた。
大体頭に来るような内容というのは限られていて大体は
http://www.aoky.net/articles/steve_yegge/tour_de_babel.htm
本当にPythonを殺し、メインのスクリプト言語となる望みを、あるいは何であれメインの言語となる望みを絶ったのは、永久凍土の問題なのだ。人々はいまだ埋め込みインタプリタにTclを使っている。どのような面から見てもTclよりPythonの方が遥かに優れているというのに——ただし永久凍土の問題を別にすれば。
これに尽きる。
よく言われるが、インデントに縛りがあるのもselfが付くのも慣れてしまえばさほど気にならないし、むしろ魅力的とも感じる。
しかし、Pythonを本当の意味で糞たらしめて居るのはその言語を使っているコミュニティがあまりにも思考停止しているからだ。
インデントやselfが気に入らないなんて些細な問題を他の言語使いから散々文句を言われたがために、本当の意味で言語の弱点になっている部分が指摘された時にも「それは言語仕様が悪いんじゃない。言語仕様に沿って考えられないお前の頭が悪いだけだ」と言ってくる。
実際のところ、Pythonの仕様には言い逃れのできない仕様の穴は幾つもある。もちろんよく引き合いに出されるRubyやPerlにも仕様の落とし穴は山ほどある。仕様の穴そのものは実はそんなに深刻な問題ではない。
真に問題なのは、Pythonコミュニティはその仕様の穴を断じて穴と認めない事だ。
言語同士でdisり合いになったとき、何かその穴をつつかれた場合の各人の反応はおよそこんな感じだ。
Perl使い「そうだよね、そこの仕様は頭悪いよね。でもPerl6のこの機能使えばこんなに短く綺麗に書けるんだぜ(と全く読めないコードを出す)」
Ruby使い「うんうん、仕様の話題でもそこは殺人現場とか呼ばれてるね。コミュニティ的にはこっちの機能を使うことを推奨しててそっちはobsolatedだね」
PHP使い「それ言い出したらこっちにこんなに大きな地雷あるし、この地雷なんてもっと大きいぜ。ほんとPHPは地獄だぜ」
Python使い「お前の思考通りに言語が動くんじゃなくてお前の思考を言語に添わせるんだよ、言語の挙動すら理解せずに使おうとするんじゃねえ」
こんな感じに、まず最初に質問者へ人格攻撃を行う。インデント言語であることやselfの問題について未熟なプログラマからのどうでもいい指摘を散々受け流してきたPythonコミュニティは、言語仕様について文句を言われる事に慣れているためまず相手を攻撃する。初心者を寒波が洗礼するのだ。
言語仕様が汚くなっている事まではどの言語も一緒なのだけれど、Pythonコミュニティだけは欠点を認めず必死に(∩ ゚д゚)アーアーきこえないという態度を取る。
これこそがPythonを糞言語たらしめる最大の弱点である永久凍土の問題。コミュニティが凍れば言語の進歩も凍る。
そういう話じゃないだろ。元増田にとってデータなんてのは上っ面の数字でしかなく、そこから現場の実態を汲み取ることは不可能。ゆえにそういうものをありがたがる研究者のような机上の人間はクソッタレという話であって、
ネットで真実であろうと現場で真実であろうと、真実を知ってる俺の発言は、モノを知らない人間のそれより信頼できるのだから問題ないってことだろ。
元増田の脳内では、おそらく自分が過ちを犯していたとしても、現場にいない人間はそれを批判することさえ許されないと思っているはず。
今週ブログ巡回中にチェックした本。とりあえずクルーグマン系は読もうかな
知識人とは何か (平凡社ライブラリー) - エドワード・W. サイード
僕が「チャングム」から教わったこと―人を喜ばせる「仕事・もてなし・サービス」の原点 - 田崎 真也
荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論 (集英社新書) - 荒木 飛呂彦
格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略 - ポール クルーグマン
とりったー (リュウコミックス)
良い経済学 悪い経済学 (日経ビジネス人文庫) - ポール クルーグマン
スティグリッツ教授の経済教室―グローバル経済のトピックスを読み解く - ジョセフ・E・スティグリッツ
文章の書き方 (岩波新書) - 辰濃 和男
橋下市長の意見を聞いていると、ミスミCEOの三枝 匡氏の理論とまさに一致する。
http://www.misumi.co.jp/corp/recruit/career/introduction/soshiki01.html
ぜひぜひ三枝 匡氏の著書を読んでほしい。
グローバルな競争に勝ち残っていくために、日本企業がすべきことが書かれている。
やはり、現場の第一線で戦ってきた人の言葉は重みがあるし、実践的だ。
まずタイトルについて。
まずこれは議論じゃなくて政治の進め方として何だけれど
「1つしかルートを持ってない人が政治をやる」というのは危険過ぎる。
最善ではなくてもプランB,C,Dを考えるまではして欲しい。
橋下さんはまずそれを考える手間をちゃんとかけたのか、と問いただすと「文句があるなら代替案を出せ」という人がいる。
「より良い改善案」が提示できるって事は、とうぜん現場をきちんと把握してる必要があるだろう。
机上の空論などではなくね。
改善案が理想論なのは全然許せるが、「問題も対案も空論」では話にならない、「問題も対案もきちんと判っています」と言えなければダメだろう。
「現場を知らない」程度で封殺されるなんて、お粗末も良い所だ。
絶大な自信で「私は把握している」と返答できなきゃダメ
代替案は別に最善でなくても良い。今の案の問題点を検討するきっかけになるだけでも価値がある。
「ダイタイアンガー」という人の難点は、ろくに考えてない奴に限って行動が大事とか言い出すこと。
こういう人は、最初は威勢はいいのだが、一度行き詰まると急速に失速する。いろんなルートを考慮していないから。
そして、この時に自らの正当性を維持しようとして強権政治になる危険が高い。これは歴史的に何度も繰り返されてきた。
こういうのは非常に困るんですよ。
「もっと良い案を出せないのに何が教授だ」「代替案出せなかったんだから教授の負けだろ」と言いたい人の気持はわかる。
でもそうじゃないんだよね。少なくとも、そういう返答を真剣に求めているなら、
橋下さんはあのテレビ番組じゃなく別の場を要求すべきだった。いや、どうせわかっててやってるんだろうけど。
最初からその返答をまともに出せないような場を作っておいて、ちゃんとした返答ができないからオレの勝ちってのはインチキなんだよ。
だから結論部分だけパッというと「じゃあもっといい改善案出せよ」「ダイタイアンガー」になっちゃう。
ただ、教授側にも言い分はある。
まず相手がどこまで論理的な土台があるかを把握・合意した上でないと、どう意見を出していいのかわからない。
まどろっこしいと思うかもしれないけれど、アカデミズムってのはそういうやり方で成り立ってるんだ。
橋下徹さんみたいに、自分の意見を主張して受け取り方は相手に任せるってやり方じゃないんだよ。
それを橋下徹さんみたいに、話すそばから自分と関係ない土台で話をする。話をきくという態度が全くない、では
意見をだそうにも出しようがないんだよね。
池上彰さんみたいにわかりやすく話せる人もいるじゃないかと思うかもしれないけれど、
あの人は、自分の意見を言わないよね。彼は自分の主張を持たず、誰かがいった過去の話をわかりやすく整理するだけだからああやってスマートに話せる。
でも学者から意見を求めるなら、もっと時間をかけて聞かないと駄目だ。
ワイドショーの20分程度の枠で、しかも橋下徹さんが10分以上も喋って、と企画の時点で失敗している。
政治の世界、テレビの世界ってのはそういうやり方は通用しないぞっていう言い分はわからないでもないんだけれど、
じゃあ、彼は「アカデミズムのやり方には対応する能力も時間も無いので無視します。私以外のものに勉強させます」という態度を取るのが誠実だと思う。
今みたいに、相手が意見を述べる前提すら受け入れずに、言いたいことだけ言って、論破しましたってパフォーマンスはプロレスより悪質。
仮にも学者を呼びつけておいて、あの態度というのは、反知性主義の極みというしかないかな、と。(あーでもそれがますます指示に結びつくのかなー)
橋下徹さんが本当の意味で相手を論破したいなら、フジテレビBSのプライムニュースやUSTREAMの時間無制限方式でやるしかない。
とりあず爆笑問題の各教授に話を聞きに行く、みたいな番組のようにひと通り相手の思考プロセスを追った上で、そのプロセスに反論スべきだ。
自分の土俵で勝っても論破したとは言わない・・・のだけれどね。まぁ言ってもしょうがない。
とりあえず今回の放送でよくわかったのは、橋下徹さんは人の話を全く聞くつもりは全くなく、
反対派は力づくで、あるいは今回のようにイカサマをやってでも潰すという姿勢の持ち主だということ。非常に恐ろしい。
いや、まぁそれもささいなことだ。政治家ってのはもともと教養がない人種だからね。実学しか認めない人たちだからそこは期待しない。
それより私が心配しているのは、別に巷の学者の声なんかいちいち相手しなくてもいいけど、
とにかく最低でも一人は、ちゃんと理論を踏まえて、じっくり考えて意見を彼にアドバイス出来る人がいるのか、ということ。
「いかに相手の教授がヘボであるか」をいくら主張しても、橋下さん自身のアイデアが良くなるわけじゃない。
「学者の意見」や「代替案」を封じ込めて、代替案がないことをもって自分を正当化しても、橋下さんの考えが間違ってたら結局上手くいかないんだ。
上手くいかないものを、独裁という形で無理やりうまく行かせようとすると、最悪の結果しか生まない。
橋下さん自身が考えなくてもいい、むしろ彼は強く偏ったイデオロギーの持ち主だから自分の頭で全部考えようとしないほうがいい。
方向性を決めて、いいアイデアを求めて、それを判断すればいい。
ただ、今のところ、彼の実績を見ていると、
コスト削減に躍起になってるだけ、実学以外を軽視し、目立ちやすいところにはどんどん手をつけるが全体を見通す目がない、という印象を持つ。
これは橋下さんが自分で考えちゃってるってことなんじゃないかな、と。
別に彼がクソ教授だと思う人の相手はしなくていい。でも、嫌いな相手をあきらかにするのと同じくらい、彼が正しいと思っているものを