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2017-04-29

海外に住んでる。英語圏一年ちょっといる。地方都市で、大都市に出るまで結構かかる。

一言でいうと、疲れた

いま、たまたま事務職についている。現地での教育がなく、英語があまりできない日本人がつける職としては相当ラッキーな方だと思う。

しかし、当然英語業務遂行せねばならず、最近予算カットで、むしろ一人でこなす業務割合がどんどんと増えている。

よく言われることだが、英語圏ではTOEIC900レベルでもヒヨッコ。体感では小学生くらいの言葉が精いっぱい。自分も多分そのくらいだが、日々子供のように扱われてる。

給料も、プログラマとかは、はじめからかなりの高級な仕事が掴める可能性あるが、事務とは言えネイティブスピーカーからすればマジで簡単なことしかしてないわけだから最低賃金

日本での生活に行き詰まって、当地に来たけど、割と同じような、むしろそれよりストレスの多い状態に陥ってしまい、かなり苦しい。

仕事外でも英語勉強を続けてるが、語学に近道はないことは分かっており、多分あと一年くらいは引き続き苦しい。

家族は「何をこれしきで、大げさな。甘えてばかり」という感じ。実際、私のタフさが足りなすぎるとは思う。今までの人生含め、自業自得であり、愚痴もこぼせない。

けど、救いがなさすぎる。

どうしようね。

2017-04-20

バレる夢

増田自分がこれまでに書いた増田文が全部リンク付きでリストされている増田をみて目が覚めた朝。

正夢かと思って今日これまで増田をみることができなかった。

朝起きたとき私もたいがい染まっているなと苦笑する余裕はあったけど、どんどんとこれ本当だったらどうしよう? 今、全力で現実逃避、いや現実に逃避か、をしているのは増田大炎上しているのを見たくないからと思い込んで不安で動悸がすごいことになった。

どうやら夢のようだったのでまた増田に書いてみる試み。ショック療法です。

2017-04-17

http://anond.hatelabo.jp/20170417121744

ヒトラーの親父とかそういう人の一人だったんだぞ

成金金持ちで、若い女と結婚しては捨て、また若い女中を手込めにして結婚してたと

その親父が自由主義者反差別だったから、息子はその反動でどんどんと真逆の方向へ

2017-04-11

http://anond.hatelabo.jp/20170410225254

うどん・そばやのかつどんセット、たしかにだしはうまいんだけど

もちはもちやじゃねーけどかつはかつやなんだよな

いつもつい頼んじゃうけど、カツが微妙がっかりするところがおおい

まあカツが本業じゃないかしょうがないけど

でもなー・・・だしはうまいんだよなあかつ屋よりも

そこにどうしようもないジレンマがある

カツどんとかいう業の深いメニュー、どうにかならんかね

2017-04-09

リア充」の若者と「七十」の母親

私の母は非効率的人間だ。

例えば、今週中に銀行市役所郵便局に行かなくてはいけないとしよう。この三つは距離も近く間違いなく一日で回ることができる。

しかし母はそれを三日に分けて回る。頭はしっかりしている。体も丈夫だ。なのにこの有様である。この傾向は最近出てきたようだ。

そして先日、その答えがわかった。どうやら母はわざと予定を小出しに消化していたようだ。

理由はごく単純で、何もすることがないと一日家で掃除洗濯テレビを見るくらいしかいからつまらないらしい。

なのでわざと非効率的に外に出る機会を作っているとのことだった。

さらにもう一つ、一日五つ予定があって残りの日はさっぱりというよりは、毎日一つ予定があったほうが楽しいとも言っていた。

なるほど。よくわかる気がする。

テレビ見てるのが退屈なら新しいことを精力的に始めろ」というのは若者勝手意見だろう。

10年前に還暦を迎えた母にこのセリフを言うことはできない。

若者話題に移ろう。

リア充と言われる人たちの中には無理やり予定を詰める人がいるらしい。今週は飲み会、来週はバーベキュー、再来週は友達舞台……

彼らは予定のない日の退屈さと寂しさを恐れ日々出来事を作ろうとしている。

若者はその若さにまかせて新しい予定をどんどんと生み出している。

母は今ある予定をわざと小刻みにしている。

方法は違うが根本は同じではないか

リア充」の若者と「七十」の母親の思いもよらぬ共通点だった。

「おタバコはお吸いになりますか?」「喫煙席禁煙席どちらがよろしいですか?」

店員のこれに対して、

 

『その前にまずは「いま【待ち時間無し】で案内可能な席」はどちらなのかか教えろください。』

 

慇懃な感じで返しているのだけれども、まともに答えが返ってきたためしが無いので困っている。

俺みたいな「タバコなんて人生於いて1度たりとも吸った事ないし吸いたいと思った事もないしでもヤニの臭い全然平気むしろ自分から嗅ぎに行くゼ」人間

その特異体質の優位性を存分に発揮して優越感を味わいたいのだだから喫煙席禁煙席両方OKカモンベイベーどんとこいやと言っているのを聞き入れてくれないのだ。

奴等は絶対に「【喫煙者禁煙エリア侵入する事】【嫌煙者が喫煙エリア侵入する事】その両方のシチュエーション断固阻止」を厳命されているとしか思えない。

あるいは『「どちらでもいい」という怪しい客に気を付けろ。そいつ絶対禁煙席でも平気でフかす奴か、あるいは「いい店だと聞いていましたがタバコ臭いのが

困りました。よって2点」とかレビューに書く奴に決まっている。見つけ次第排除しろ。』とでも指示されているか

2017-03-27

かつどんととんかつ定食を交互に食べたい

サクサク派もじゅわー派も満足

毎日かつどんがくえるだけの贅沢ができるようになりなさい?

2017-03-14

オタクになったきっかけを思い出す。

オタクをやめようと思いはじめてきている。

というのも、洋服や化粧、オシャレに対して興味を持ち、色んな事が楽しいと思い始めたら、オタクに対して疑問を持ってしまたから。

アニメとかゲーム漫画オタクで、前はキャライメージしたアクセサリー可愛い普通に使えると思っていたけれど今になっては少し恥しさが残る。

グッズのキャラも一つの絵柄から様々な媒体で売っていて、絵柄同じなのに何でだろうと疑問が残ってしまった。

そのような疑問が色々と積み重なって、オタクに対して疑問を持ってしまった。

その時にふと自分盲目的にオタクをしていた数十年を思い返してみた。

その時、自分にとってはとても処理出来ない、悲しい事があった。

そこからどんどんとまれていくように、恋愛ゲームオタクグッズなどに手を出していった記憶がある。

私は、集めるのが大好きで、キーホルダーなどビニールに入ったまんま保管が多く、溜まっていく一方だから部屋がとてもじゃないけど見せられない状況。

それが当たり前だった。

物があるのが、現実を考えなくても良く、夢中になれる事があるんだって考えられたからかもしれない。

その時私は、その思い出とプラス自分に対してのコンプレックスや自信のなさが凄くあって、自分に対して不満で、諦めていて、拗ねてる感じでオタクをやっていた感じがするなあと今更ながらに思う。

顔も良くないし、体型だって太っていて、どうせ私なんてとかそんな感じの。

疑問を持ち始めてからも、オタクの人と話たりとかした。

何故か、その人の闇を感じる時がある。

自分で取り返しがつかない劣等感とかコンプレックスや思い出がある気がする。

言葉の端々にそれを言ったり、言葉で出てる気がするからそれ気にしてるのかなって思う。

それを見つめたくなくてオタクをやってますっていう人が多いのかななんて推測してしまう。

それだけでは、その時の私はオタクやめようかなんて思わなかったと思う。

最初に書いた通り、疑問を持ってしまたから。

それを知っている自分ステイタスで、好きなキャラクターのグッズを持っている事で相手認識させる、相手気持ちを考えもせず一方的コミュニケーション、前好きだったアニメの話を全く言葉に出ない所など書いてしまえば多くなってしまうぐらい疑問が多くなってしまった。

そして、オタク同士の湾曲したコミュニケーションについていけなくなってしまった。

からオタクをやめようかと思いはじめている。

2017-03-05

一般ブームは作れるがオタクブームは作れない

その違いはテレビが絡んでいるかどうかだと思う。オタク以外は意外とテレビを見ているし、広告とか宣伝に対して何の疑問を持たないかステマどころかダイマでもどんどんとのってっちゃう

逆にオタク広告に異常な嫌悪感を示すし、ただキャラがかわいけりゃいいってもんでもないし、「オタクはこういうの好きなんだろう」というのをものすごく嫌う。

エレン先生けものフレンズブーム予測できた奴なんていないだろう。

オタクは金をじゃぶじゃぶ落としてくれるといってもそこに至る経緯はものすごく厳しいので、コンテンツターゲットは素直に女子高生にしたほうがいいと思う。

2017-03-02

ペンと箸の持ち方が同じことに気付いて人生変わった

どうしてもきれいな線が書けないという人必見。

やばいよ。字が綺麗になってしまうかもしれないよ。

30も半ばを過ぎて始めたペン字。そうはいっても教室にかよっているのわけではなく、あくまで独学。

お手本を繰り返しなぞり続けるという練習半年ほど続けた。

おかげさまで頭のなかに正しい文字の形は入ってくるようになったのだが、どうしても線がうまく引けない。

ゆっくり時間をかけて丁寧に引けば垂直・水平に引けるのだが、通常の速度で書こうとすると線がどんどんと歪んでしまう。

どうやら僕の字が汚い理由は、きれいな字をイメージできていないのではなく、思っているような線を書けていないことに原因があるっぽいということに気付いた。

そうして、ペン字の練習ペンの持ち方に絞って試行錯誤を開始。

ペンもつ位置、指の角度、親指の位置、重心の位置、薬指・小指の置き場所などなど。

色々と効果が見られるが、どうしても根本的な部分で線の歪みを取ることができなかった。

そう先週まではね。

ペンは通常三本の指で支えるとされている。

人差し指中指、親指。

それぞれの指がきれいな三角形を作ると、持ち方が安定するということがどのお手本にも書いて有ることだ。

ただ、僕の場合は逆にそのことにとらわれすぎてしまっていた。

3本を、それぞれ独立して考えてしまっていたのだ。

それぞれがそれぞれに支えを失っているので、線が安定するわけがなかった。

ところで、箸はきれいにもつことができるだろうか。

試しにペンを2本、箸のように持ってみて欲しい。

そうしたら次に、親指側のペンをそっと抜いてみて頂きたい。

気づきだろうか。

そう。その持ち方こそが、ペンを安定させて綺麗に線を引くための持ち方である

自分が下手だった原因に限って言えば、人差し指と薬指が離れてしまっていたことでお互いに支えを失っていることが線を乱してしまう原因だったのだ。

ペンの持ち方の教え方の一つに、親指と人差指でOKマークを作って摘んでから中指で支えるというものがある。

あれは嘘だ。

それよりも、人差し指中指をくっつけた状態でまっすぐに伸ばし、その後親指で挟み込むように軽く握り込むようにしたほうが、自然と安定した形でつかめるはずだ。

増田ではせっかくのきれいな文字をお見せすることはできないことが甚だ残念ではあるが、もし、線が安定しないことで字が綺麗にならないとお悩みの方はお試しいただきたい。

ペンは、実は箸と同じ持ち方でよかったと思った瞬間に、ペンが突然手に馴染む驚きを感じられるはずだ。

っていうか、本当に驚くよ。

だって、その持ち方に一瞬でも慣れると、もとの持ち方を忘れてしまうほど手に馴染むから

考えてみれば箸の持ち方ほど複雑な操作対応した持ち方はないのだから、線だって自由に書けるだろうことは当然のことなのかもしれない。

字を綺麗にしたいとお悩みの方は、是非お試しあれ。

2017-02-26

Aqoursライブを見た21歳の普通星人は何を想うのか

ラブライブ!サンシャイン!!ってあるじゃないですか。

主人公高海千歌ちゃん、先輩スクールアイドルμ'sに憧れつつも、彼女たちのように「輝く」ことなんてできないよ…と悩み続けていたのが記憶に新しいです。

彼女言葉には、本当に人生リアルが詰め込まれています

「私ね、普通なの。

私は普通星に生まれ普通星人なんだって。どんなに変身しても、普通なだって、そんな風に思っていて。それでも何かあるんじゃないかって。

思ってたんだけど。気が付いたら、高2になっていた。」

失礼な言い方ながら、こんな記事を読んでいるあなたのことでしょう。ぶっちゃけそんなに成功した人生を送ってるような方じゃないと思います

年収が1000万、大切な人がいる、学歴、職歴、持ち家、彼氏彼女、人の価値を人が決める上でのステータスは各々が違います。それが高ければ低い人もいる。その高低で優劣をつけ、普段生活で「アレよりはマシ」と比較し、なんとか穏やかな生活を送りたいと無意識に思っている。私は22年目の人生で、少ないながらも様々な本やドラマを鑑賞し、そんな人生を送っている人がほとんどなんだろうなと思いました。

年収1000万、大切な人がいる、学歴職歴etc... もしこれを読んでいるあなたが、これらのどれかを実際に所有しているとして、自分こころに問いかけてほしい。

本当にそれで満足ですか?これまでの人生は胸を張って「満足でした」と即答できますか?

私はできません。

中学でそこそこ勉強を頑張って、そこそこの高校に入り、大学でもそこそこの大学に入り、来たる6月に23回目の誕生日を迎えて23歳になります

昨年は海外留学も1年経験しました。多くの人とも言語を超えて交流をした気でいます

来年から就活が始まります。きっと、そこそこの企業に入るのでしょう。よくわかりません。

前置きが長くなりました。

これを読んでいるそこそこの人生を送るあなたにもうひとつ質問です。

本当に輝いている人をその網膜が捉え、脳裏にその映像が映し出されたとき、人はどうなると思いますか?

私の経験上、それはあまりにもあっさりしたものでした。

応えは、「受け止めきれない」です。

ラブライブ!サンシャイン!!の話に戻りますが、昨日2月25日(土)はAqoursの1stライブ横浜アリーナで開催されていました。

幸運なことに私も参加することができ、座席センターステージが近く、トロッコが通る通路真横という最高のポジションで、自分が本当にこんな席に座っていていいのかと思うほど。

結論から言えば、ダメでした。

はてな匿名ダイアリーで書くようなことでもないですが、私は本当にAqoursのある声優さん結婚したいと思っていますガチです。3年以内にLINEアカウントを交換するし、5年以内に結婚する。声優五カ年計画

そんなことを言いつつも、「やっぱリアル彼女もほしいよね」という訳で、先日「オタク辞める」宣言を発表したところです。

未だに携帯アルバムから声優画像が消えることもないですが、これ以上オタクみたいなイベントに行くのは辞めようという決意。

一方で、「某Aqours声優ちゃんと結婚したら、1stライブの話をされた時に反応に困る。要所要所でポイントを押さえ、共感しないと信用してもらえない。」という推測より、「Aqoursライブには行こう。あれなら顔も覚えられないし。」という理由で今回のライブに参加した次第です。

結論、甘かった。

ライブ開幕、某Aqours声優ちゃんホントかわいい

一挙手一投足、身体の頭からつま先、手の先の細かいところまで自分コントロールしつつも、ステージの上で持ち前の若さ経験を武器に誰よりも大きく振る舞う彼女

普段書かれているブログ文章のように、のびのびとして本当に自由。それでも、時折見せる20歳とは思えない刹那な慈しみの表情。本当に20歳とは思えない。

ライブ中盤。

トロッコを用いた楽曲で、某Aqours声優ちゃんが私のいるサイドへ。残念ながら私がいる方とは反対の、ステージ後方へと私の5m先で舵を切り、網膜キャッチする彼女はどんどんと離れていってしまいました。

おとなしく切ない曲調だったこと、そしてそのなかでも可憐に踊りながらも私から離れる彼女を見てふと、「あんなに仕草美しい人類は他にいない、絶対結婚したい。」と思う。これまで彼女に対して抱いてきた感情で、一番強かった。

「来てよかった。彼女パフォーマンスを見れてよかった。」そう思っていました。

ここまでは。

アンコール

2曲目の曲中で、メンバー全員がトロッコに乗り、こちらへと向かって来ました。

私の横には通路、つまりこれから視界に何も遮るものなくAqoursを観れる。ヤバい死ぬんじゃないかしかもこの曲だけトロッコスピードがやけに遅い。めっちゃ真ん前に来るやつ。

そうこうしているうちに、小宮有紗さんを先頭に多くのメンバーが目の前を通り過ぎるものの…私の方向から見えるのは正面ではなく、背中でした。

「それでもやっぱり声優さんってマジ綺麗だな。すげーわ。小宮さんとかあの茶髪どこで染めてんだろ、めちゃ綺麗。」とか油断していたところ、某Aqours声優ちゃんの番に。

かわいい

(某Aqours声優さんこちら側に向き渾身のダンス)





何もできない。

人は無力、何もできない。

まりにも私の手の届きそうで届かない頭上で輝く彼女の姿を見て、私は何も為すこともできませんでした。

地下ドル現場オタクみたいに「それ!」って言って指を指せばよかったのか、そんなことできない。思考が追いつかない。

μ'sのときはよかった。ステージの上にはライクの感情はあってもラブの感情を乗せることはなかったから。

南條さんを応援させていただきつつも、ラブな感情が芽生えることもなく、エモい時は「エモいなぁ。すげぇなぁ。」といったところで止まっていた。良くも悪くも。

Aqoursは違う。ステージの上には好きな人がいる。

好きな人がいれば、その動きに魅了され、感情の行き場がなくなる。

それを目の前でインファイト状態でやられたもんだ。無理、輝きすぎ。処理できない。

そしてその瞬間、初めて感じた「ステージ側の人間」と「ファン」の距離

これまで3年以内にLINE交換したかった私、今思えば本当に甘かった。この両者の距離感を近所にある小川を飛び越えるくらいの難易度だと考えていた。甘い、甘すぎる。

何故なら、ステージで輝く彼女に対して、こちらは何を披露するでもなければ生産してもごくわずかなものしかクリエイトすることのできない「普通人間」だからだ。

彼女の身振り手振りのひとつひとつには、幼い頃から鍛錬に鍛錬を重ね、養成所に入り私が想像することもできないであろうレッスンに耐え抜き、私の知らない場所時間にもレッスンをして、私がのこのこと大学スマホをいじっている時間にもバイトをし、私が暇だ暇だとぐだりながらバイトをしている時間にも練習をしていたその全ての結果が身を結んだオーラを纏っている。

その動きは、私のような普通人間では手に入れる、意のままに操れるような代物ではなく、それに手を伸ばそうとしても、ホーリーピークという事務所バンダイビジュアル子会社ランティスをはじめとして、様々な権利がその手を拒む。

そもそも、何の努力もこれまでしてこなかった普通人間と、私の経験してこなかったものを多く見て私の頭上で輝く人間が一緒になっていいはずがない。

だって努力してないんだもの

大学受験の頑張り?留学経験?そんなものケツ拭く紙にもなりゃしない。

海外留学で得た経験所詮蜃気楼みたいなもので、実際に今日あのシーンを脳裏に焼き付けた瞬間、それを受け止めきれることができなかった。

海外で得た経験なんか声優の前では無力だった、何も受け止めきれない、何も理解することができない。そんなもんですよ。

「私ね、普通なの。

私は普通星に生まれ普通星人なんだって。どんなに変身しても、普通なだって、そんな風に思っていて。それでも何かあるんじゃないかって。

思ってたんだけど。気が付いたら、21歳になっていた。」

からでも、変われるんでしょうか。

未だにくだらない下ネタを肴に男友達と笑いあえるメンタル中坊な私でも、就職までのあと2年で変われるんでしょうか。

結婚できないかもしれない。でも絶対結婚したい。」

そんなわけで、絶対一般人ではないであろう、熱愛結婚報道等でよく用いられる「(お仕事関係者だけど世間で言えば) 一般男性」になりたい、なろうと思いますバンダイビジュアルにでも就職しようかしら。そう思いつつも、帰りの電車自分の頭上で起きたことがフラッシュバックしてきては、「本当に好きなのに絶対に付き合えない。無理。輝いてるもん。」とこころの下の方の扉を開けた深海へと今宵も意識を沈ませるのでした。

明日から頑張りたい、変わりたい。そう思いつつも、その一歩を踏み出せないまま明日普通星人として横浜アリーナの1万人以上のファンのうちの1人と化して、流れるビート身体を預けたまま、明日へと運ばれる電車で気づけば自宅のベッドに全重力を任せて眠るだけなのでしょう。

ちなみに、今日の帰り際に友人に言われた一言

「某Aqours声優ちゃん、絶対今回のライブで人気出るよね。ライバル増えるよ、頑張って。」

これに関して一言

それは関係ない。

果たしてそのなかの何人が、今日私が感じたようなキモチを味わうのか。

ひょっとしたら、そのなかには幼少期から彼女のことを応援し、日の目が当たらずよくわからんスマホアプリのCMに出ていたり、ノルマが課された演劇舞台へと熱心に幾度も通いつめたファンいるかもしれない。

本当にありがたい、ここで必要なのは感謝リスペクト」。

ありがとうございますあなたのおかげで彼女の輝く姿を今日拝むことができました。

それでも誠に勝手ながら、本当に結婚したいと思っています

こんな気持ちになったのは、幼稚園の頃に同じクラスだった知代ちゃん(仮名)を初恋だとするならば、おそらく2度目。

本気です。

彼女舞台、まだ原石だった頃の彼女を見ているあなたは本当に羨ましい。時間は止められないと知って、君と早く会いたかったよ。本当に早く会いたかった

所詮ラブライブ!サンシャイン!!という大箱コンテンツの、しかアニメ放送からファンになった身。

マジで自分の身の程は重々承知してます

それでもやらなきゃならない。吐いた唾は飲まない。そこに関しては徹底して彼氏候補ナンバー1の座を意地でも奪いたいと思っています

満足した人生を送ってますか?という最初質問から普通の人として生きるまで。

現状、私はそこそこの人生を送っているものの、満足していません。

幸せは足元に転がっている」

そうです、そんなことは百も承知です。それでも彼女と笑いあいたい、対マンで。サシで。頼むよ。

本当に満足して生活を過ごしたい限りです、過ごすぞ。

そんなわけで、Aqoursライブが終わった明後日から生きられる自信がないので、どうすれば声優さん結婚できるのか。「声優さんになる」以外の回答ができる経験談をお持ちの方は是非ともコメントいただきたいです。飲みましょう。

あと、本当に最後の曲が終わってアドレナリンが出まくってたのか、一目散にステージからセンターへと俊足で駆け抜け、おまけに自分の腰の高さまでありそうなくらいにモンキージャンプをしてけらけらと最後まで満面の笑みを見せた彼女

本当に可愛い…と言うと思いましたか

ぶっちゃけ気持ち悪い」と思った。いい意味で。

4時間にも及ぶステージ映像なんかがありつつも、やっぱり3時間くらいはステージで歌って踊っているわけで。

いくらダンス好きだ、愛してると言いつつも、本当に他のメンバーを置いてきぼりにするくらい、アクセルベタ踏み最高速度を叩き出せるあのスタミナは心底恐れ入った。

3時間ライブをして、普段トレーニングをしてるミスチル桜井和寿さん。

彼もライブ中によく走るけど、彼女のようなスピードを出しているところは見たことない。おまけに、彼女は3時間のアクトを踊りきった後。

マジで怖かった。アドレナリン出まくってたんだね、表情からでもわかったよ。マジでテンション高かった、やっぱかわいい

もうひとつ言うと、アンコール衣装Tシャツ1枚。

マジで身体ラインが出ていたので本当に辛かった。アイドルといえど、公衆面前身体ラインを出すのはやめてほしい。

有象無象オタクに見られるの、辛くないですか?

最後に、こんな記事になりますが。

本日ハマのステージで素敵なパフォーマンスを見せてくれたAqoursメンバー18人の皆様。そして想い人の某Aqours声優さん

楽しい1日を本当にありがとうございました

必要なのは感謝リスペクト

私も、明日から輝きたいです。

2017-02-21

けものフレンズにみる理想のものづくり

ビーバーとプレーリーの話が好きだ。

提案製作 のサイクルが非常に早い。

どんどんと作られてゆく。

ハンズオンレベルの手軽さで豪華な家を作ってしまった。

ああ、僕の作ってるものもああやって進められればなあと思えて仕方がなかった。

でも実際は不具合にもがき、納期に苦しみ、客はやる気を出さないという三重苦で仕事をしている。

そもそも彼らがやってるのは仕事じゃない。

そこがもう異次元だ。

おれもあの次元に到達したい。

2017-02-20

マスコミの酷さに絶句した

昨年あたりから文春砲」などと呼ばれて、スクープ記事を連発して持ち上げられることの多い週刊文春

だが、一方で言語道断とすら言える酷い記事掲載してきたのもまた週刊文春であることを忘れてはならない。中には名誉を著しく傷つけられて自殺に追いやられた人までいるのだ(聖嶽問題

そんな酷い記事の中に、平成15年に起きた福岡市「教師によるいじめ」事件がある。

上記リンク先のWikipediaにも詳しいが、事件の全容を記述した「でっちあげ」(福田ますみ著 新潮社)を読んで驚愕真相に戦慄さえ覚えた。

週刊文春記事で「殺人教師」と呼ばれ、児童に対する恐るべき虐待を行なったとされる川上譲(仮名)は、平成25年、事件発生から10年経ってやっと冤罪が晴れたそうである

実は、私も微かにそんなマスコミ報道に接した記憶があった。それが週刊文春であったのか朝日新聞であったのかは覚えてないが、報道に接して「酷い教師も世の中にはいるんだなぁ」のような感想を持ったように思う。

その後、民事裁判を通じてそれが冤罪であることがどんどんと暴かれていき、ついには福岡市人事委員会教師に対して完全無罪が言い渡されたのである、などと言うことは全く知らなかった。

まず驚くべきは何と言っても、児童の両親、と言うより母親の超絶モンスターペアレントぶりである。正直言って、本の前半を読みつつ「あまり教師側に偏りすぎてない?」と疑心暗鬼もあったのだけど、それくらい信じがたいほどの虚言のオンパレード

私も子持ちだから、我が子の学校モンペが色々といるくらいの話は身近に聞いてるし、マスコミやらネットなどでも色々と情報は得てはいたが、ここまでの超絶虚言癖モンスターペアレントは聞いたことがない。

そもそも、この教師、多分この本に書いてあるほぼその通りの人物だと思うけど、全く罪がないのである。ほんの僅かに当該児童を手の甲で叩いただけと言うような、その当該児童が別の児童暴力を振るっていたので、痛さを教えるつもりでやったことがある程度。ごくごく普通教育範囲である

それが、この児童の母、浅川和子(仮名)にかかると、根も葉もない作り話を大々的に付加されて極悪教師にされてしまうのだ。父親の方もとんでもない奴だが存在感ほとんどないのでどうでもいい。

ともかく、一般的モンスターペアレントが話をただ大げさに言うだけなのに対し、この浅川和子は思いっきでっちあげ捏造話を大々的に作り上げて、強硬なまでにありもしない被害を訴えて、遂にはありもしないPTSDなどと言う児童の症状まででっちあげ、病院に我が子を入院までさせ(これがあまりの元気っぷりなことが書かれたカルテ裁判公表されて思わず笑ってしまう)、遂にはなんと驚くなかれ550人もの弁護団を結成させて教師福岡市相手民事訴訟まで起こすのだから、そのモンペレベルの超絶ぶりが如何に凄まじいもの絶句せざるを得ないほどなのだ

 

と言うわけで、このモンペは本当に酷いのだけど、それ以上に酷いのがマスコミである

まんまと浅川和子の話をそのまま真に受け、ほとんど裏取り調査などすることもなく、いじめ事実を疑うことなど微塵もなしに、教師名誉を著しく傷つけるだけの記事掲載して売ったのだ。

中でも最も酷いのが週刊文春である。何たってタイトルが「史上最悪の『殺人教師』」だ。記事執筆者西岡研介は後になっても誤りを全く認めず、「自身記事が大筋において正しいことをアピール」していたそうだが、「でっちあげ」著者の福田ますみが丹念に調べ上げたような後追い取材すらしていない。

他、朝日新聞毎日西日本新聞なども酷いのだが、福田ますみが本書で書いたように、あの松本サリン事件で散々批判されたはずなのに全く反省などしていなかったと言わざるを得ない。

ちょっと取材したら、おかしいことは気付けたはずなのだ。以前から浅川家は悪評が立っていたとか、教師いじめを他の大人は誰も見てなかったとか。

一体全体、もし万が一、それが冤罪だったとしたら?、・・・とは露ほどにも考えないのか?

報道とは、ジャーナリズムとは、事の真相に迫ろうとする姿勢が最も大切なことではなかったのか?

マスコミの全部が悪いとは言わないけど、マスコミの酷い部分はどうやってもなくならないのか、残念でならない。

2017-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20170214043510

んー、問題は、上野自身がまったく貧しくなろうとしていないということだな

高度成長できなくても格差是正してやっていこうというなら正論なんだが、自分が豊かなままで皆貧乏でもいいじゃんといっているようにしか見えない

自分貧乏生活シフトして、金持ちからはどんどんとって分けようぜといったなら見方も違ったと思う

2017-02-12

夢の実現方法について、現実的友達と語り合ってみたら盛り上がった

「こういうお店があったら自分なら行くのに。世間的にも需要があるのに。元手があったらやってみたいなあ。」

夢想していた事がある。


今日友人にその話をし、冗談でどんどんと実現するには…とあれこれなるべく現実的アイデアを出し合って盛り上がった。

二人とも頭はよくないし、経営知識経験は皆無だし、現実的な実現方法といえども恐らく妄想の粋を出ない机上の空論だったろうとおもう。

それでもこうして人脈を広げたら、とか、クラウドなんとかを使ってみたら、とか世間的な需要への確信とかとか。

一人で夢想していたものよりも人に話すことでほんのちょっと現実味が湧き、アドレナリンが出ているのがわかった。

まあ、出てきた結論パパ活で人脈と資金集めどちらも手に入れよう、という冗談でおわったのだけど。


こういう前向きで新しいことを考えるのは楽しい

話し合いの中でいいアイデアが浮かんでくる時間は最高だ。


ただ現実楽しいものではないことはわかっている。

実現への試行錯誤時間大金、体力、プライベート社会的信用など、いろんなもの犠牲にしなければならないのだから生半可なノリで事業なんか始められない。

クラウドなんとかについても、ノリだけの企画提案には土俵にあがる資格すらないだろう。


夢を語ることは、世間知らずだからこその楽しみ。

からきっと、一生はじめの一歩を踏み出すことは無いのだろうと、思う。

実現のために具体的に行動している人は、なんであろうと行動しているだけ、とてもすばらしい。


夢を叶えるために今努力している人、期待してます

動力尊敬します。

2017-01-01

卒業します。ありがとうございました。

容姿が悪い

http://anond.hatelabo.jp/20160131014611

初めての投稿から約一年が経ちました。

早いものですね。色んな投稿をしましたね。

恋愛できないから死ぬ

http://anond.hatelabo.jp/20161221222209

もうダメだ。好きな女の子寝取られ

http://anond.hatelabo.jp/20160329154259

なんかもういいや。自殺します。ありがとうございました。

http://anond.hatelabo.jp/20160410041538

最悪な夏休みだった

http://anond.hatelabo.jp/20160918013446

不細工アトピー男はどうやって生きればいいのだろう

http://anond.hatelabo.jp/20161221214806

恋愛はお金で買えない

http://anond.hatelabo.jp/20160922080007

などなど…。

うじうじし過ぎだろこいつwww

そりゃネットでも嫌われるわな。

もっと派手に堂々と怒りと憎悪を表に出しながら根拠のない自信をもって欲望に正直にオラオラおらついて生きろ。と、この時のアトピーゾンビに言ってあげたい。

勝ち進んでこの世の全てを手に入れてやる。アトピーゾンビの生きざまをよく見とけカス健常者共。

http://anond.hatelabo.jp/20161229045123

今じゃこういう人間になれた。

人は一年でこんなにも変われるんだな。

からお前も変われる。大丈夫だ。人は変われるんだよ。現に俺は変われた。

このサイトブクマトラバから刺激を受けて変わっていったんだ。あと本とグーグル

アトピーゾンビのいる世界は敵ばかりだったし今もそうだけど、ネットには敵と味方と中立の人がいた。

この世界にいる人は、いい奴ばかりじゃないけど、悪い奴ばかりでもないんだなと感じて人への信頼が少し回復した気がする。

今年から新しい人生を始めるよ。

五年後十年後にアトピーゾンビ金持ちになりましたという報告ができたらいいなと思う。

アトピーゾンビは、もっと上の世界に行きたい。どんな汚い手を使ってでも這い上がりたい。総資産百億以上の金持ちになりたい。

そしてアトピーゾンビウイルスの治療に関する研究や美醜格差を縮める研究に投資したい。

投資ってどうやるのか良くわかんないけど、大金が必要だということは分かる。

から金持ちになるんだ。そのために手段を選ぶ気はない。

金持ちになるために準備することはたくさんあるんだ。

これから学ばなくちゃいけないこともたくさんある。

心身ともに強くなりたい。頭も磨いて使い物になるようにしたい。ただひたすらに遠くに行きたい。

そうだ。ここではないもっと高くて遠い世界に行きたいんだ。

今まで支えてくれたファンの皆さん、アドバイスをくれた方、ブコメトラバ人達の全てに感謝します。

最後アトピーゾンビからプレゼントだ。受け取ってくれ。

負け組確定。アトピーゾンビウイルスのせいで何も手に付かないし、見た目きもいからから嫌われる。痒みや将来への諦観で頭が常時ふわふわしてる。楽しかったことなんてないし、生まれてきてよかったと思ったこともない。人生アトピーゾンビに苦しみしか与えなかった。虐待と苛めと精神障害と低知能というハードモード人生。最初から人生なんていらなかったよ。邪魔でしかなかった。自分を信じて生きてきたけど無意味だったわ。最初から負けてたわ人生無意味だった。本当に無意味だった。人間としての喜びとか楽しさとか何も知らない。嫌なことや苦しいことしか経験できない。罰ゲームなのか。むいみだったなー。金持ち家庭でもないし高知能家庭でもないしスポーツ家庭でもないどうしようもない所に生まれてきて、たんじょうびも祝われず、なんで生まれてきたのか全く分からない。嫌がらせとしか思えない。超えない健常者という高い壁を超えるための訓練は実らなかった。所詮非健常者は非健常者だった。不相応な未来を描いたのが間違いだった。努力しても認められないしちょっとしたことでウイルスが暴走を始めるし、いやなことしかない。極端な思考になってるきがする。ゼロヒャクで物事を考えるようになってる気がする。鬱なのだろうか。鬱にもなるわな。アトピーゾンビウイルスのせいで苦しみ続けているのだから。健常者として生まれたらこの世は天国に見えるんだろうな。虐待や虐めがなければアトピーゾンビウイルスが暴走することもなかったのかもな。このさきずっとアトピーゾンビウイルスに振り回され続けると考えると気が変になりそうだ。容姿も悪いし生きてて何にも楽しくない。努力は報われなかったし貧困者になったら世間からぶっ叩かれて馬鹿にされて見下され続けるんだろうな。散々だ。なにかわるいことしたわけじゃないのに人に不快感を与える存在というだけで社会カースト底辺人間だ。普通に生まれたら普通に人生生きれて楽しかったんだろうな。帰る家がちゃんとある人生が良かったな。家でいつも緊張してるからいっつも疲れてたな。残業続きのサラリーマンのような人生幼稚園生のときから強制的に送らされてきた。だって安心して寝れる場所が無いんだもん。赤ちゃんポストに捨てられて施設で育ったら人生楽しいんだろうな。里親に育てられたほうが充実した人生を送れたんだろうな。施設育ちの人間は差別されるとか言うけどアトピーゾンビに向けられる差別に比べたら全然ましだろう。施設育ちは勝ち組のくせに弱者を気取ってるやつらだから嫌いだ。まともな大人が周りにいる環境で育った時点で勝ち組確定。なのに親が居ない人間は可愛そうみたいに社会の恵まれた健常者は言う。アトピーゾンビのほうが悲惨な人生を送っているのに恵まれた健常者と同じ扱いをされる。不公平だ。不平等だ。施設育ちはずるい。世間から同情されて支援もしっかりしててずるい。アトピーゾンビ支援なんて一切ない。虐待されても近所の人間スルーだった。ずるい健常者のくせに弱者を気取ってるのはずるい。施設育ちはずるして勝ち組になったずるい奴らだ。死んじまえカス。施設にランドセル送ってる馬鹿な健常者が沢山いるみたいだが、本当に馬鹿だよな。アトピーゾンビアトピーゾンビウイルスがなくなる特効薬でもよこせや。結局わかりやすい弱者だから助けているだけ。アトピーゾンビも分かりやすい見た目に出る弱者なのに救いの手は差し伸べられない。親がいれば正常な奴扱いだ。いればいいってもんじゃない。いないほうがましな親もいるのにそんなことは考えようともしない。だって恵まれてるから。恵まれた健常者だから。世界に選ばれし健常者だからセーフティーネットかいらないだろ。健常者で親が正常で環境にも運にも能力にも恵まれてるのに貧困に陥る意味が分からない。苦しみがないのに落ちる意味が分からない。病気でもないのに落ちる意味が分からない。それこそ自己責任だろ。切り捨てろよ。それで浮いた分をアトピーゾンビウイルスの原因の究明に充てろ。そっちのほうが人類皆幸せになれる。なのにそれをしない。しようともしない。所詮痒いだけだろ?と思われているからだ。何も手に付かなかったり、拷問を受けているんじゃないかと思うくらいの痒みや痛みやじりじりした暑さにやられているなんて想像もしてないからだ。だから甘えだの努力不足だのと平気で宣う。結局恵まれてた健常者が楽しむためにこの世はあるのであって恵まれなかった非健常者のアトピーゾンビは健常者のサンドバックや優越感に浸るためのツールでしかない。努力してアトピーゾンビウイルスが治るならとっくに治ってる。治らない=努力してないという健常者の独特なルールにより、差別されるし軽蔑される。人生が破壊される病気なのに決して理解されない。だってキモイんだもん。キモイというだけで思考を放棄する健常者。キモイ奴にはをしてもいいという健常者独特の思考回路によって酷い虐めを受けて精神がおかしくなった。常に体が硬直するようになった。声が上手く出なくなった。フラッシュバックが酷い。一挙手一投足を監視されていたから今でも常に誰かに見られているような気がする。完全に病気だ。アトピーゾンビウイルス+精神障害とか終わってる。おまけに虐待って。子供を育てる能力が無くても子供を産める社会から酷い目に遭った。ちゃんと免許制にしてほしい。少子化だ何だって騒がれてるけど馬鹿と貧乏人が子供を産めなくなったってことだろうからいいことだと思う。もっと少子化が加速してほしい。まともな人格を持った富裕層だけ子供を産めばいい。どうせほとんどの仕事はAIにとって代わるんだから無能な親が育てた無能な子供なんて必要ない。優秀な人間が優秀な子供をたくさん作ればいい。ちゃんと育児の知識を学んだり子供のことを本気で心配して応援してってことができるまともな人格を持った人間だけ親になればいい。そもそも誰でも親になれるのがおかしいんだよ。人格、年収、知能、育児知識、家柄、年齢、趣味、職業などをちゃんと調べて親になれるものなれないものを選別するべき。なりたいなら合格ラインに達するまで勉強をするなり年収をあげるなりしなさい。って風にすれば本当に子供が欲しい夫婦は必死スキルを高めようとする。結果的に国の生産性を上げることにもつながるしいいことしかない。まぁやらないだろうけどね。国の上のほうにいる人たちは恵まれた家庭で育った人ばかりだから人生外れくじを引かされた人間がいるなんて想像もできない。自分たちと同じスタートライン人生を始めたと思っている。アトピーゾンビのように全てに恵まれなかった人間自己責任の烙印を押す。自助努力が足りないだの抜かす。自分たちは親や金や環境や地頭に恵まれて楽に生きてきたくせにその自覚もない。親が虐待するような屑だと脳が委縮して攻撃的になったり精神疾患にかかりやすくなったり、共感能力が欠如したりする。生まれた瞬間から難易度の高い人生を歩まされる。どんな屑でも子供を産ませて取り合えず数を増えしておけば税収を増やせるからな。上の人間は大衆がどんなに苦しい人生を送ろうとどうでもいい。自分たちの私腹を肥やすことができればそれでいい。最悪なのはそれが世界レベルでの考えだということだ。外れくじと当たりくじの差がありすぎる。あたりを引いたら人生楽しいんだろうな。人生は一回きりとか絶望でしかない。十回くらいあってほしかった。そしたらアトピーゾンビ人生もまぁいいかあと九回あるしって思えた。なのに一回きりなのにスペック最悪環境最悪運最悪という最悪三連コンボがきまる人生が糞虐待親のせいで始まった。馬鹿と馬鹿がセックスして何も考えずに子供を産んでその子供を虐待で苦しませる。それでも罰せられることはないし、世間様は親の味方だから親は悪くないだの親のせいにするなだのいう。恵まれてきた健常者が人間ほとんどだから虐待されると対人恐怖症にかかったりコミュ障になったり暴力的になったりするということが分からない。人生が狂うのは本人の責任だとか意味からないことを言って加害者擁護する。関係ない親はとか言うけど超関係あるからね。どこに生まれるかで人生は決まるからね。自分というのは環境が作るわけだからその環境が悪かったら悪い人間になるし良かったらいい人間になる。DQNの子供はDQNだし金持ちの子供は金持ちだ。文化資本の差がある。でも家庭のことは誰も見れないから平等であるという前提がある。平等なわけないのに、建前で平等であると言われている。僕らは位置について横一列でスタートを切ったとか言ってる糞歌があるけど大っ嫌いだ。まるで同じ能力を持って良い親に恵まれて健康体で学校にも知力にも周りの人間にも恵まれているというのが当たり前であるかのように歌っているからだ。まぁミュージシャンなんて恵まれた人間じゃないとなれないしな。非健常者が歌をきいてどう思うかなんて考えようともしないのだろう。健常者資本主義社会で健常者用の商品サービスを乱造して健常者が働いて稼いだ金を使って消費して健常者に金が入る。そこに非健常者の居場所なんてない。非健常者用の作品は無いし楽しませてくれるものもない。非健常者は生きているだけで苦痛を与えられている。街でも学校でもどこでもだ。苦痛しかない。ようしがわるいから何も楽しくない。生きているだけで馬鹿にされ見下される。一生続く。生まれてきたくなかったよ。成功者はだいたい恵まれている。アトピーゾンビと同じスペックと環境で成功した人間がいなかった。要はそういうことだ。みんな自殺しているか死んでないだけの無意味人生をおくっているのだろう。生まれの差がでかすぎる。なんだよアトピーゾンビウイルスって世界からの虐めを受けている。何も悪いことをしてないのに嫌な目に遭う。最悪だ。流産してほしかった。糞。なんで生まれてきたんだよ。ミスった。間違えた。人生の選択がどうこう以前の問題だ。生まれた時すでに遅し。デザイナーズベイビーの時代に生まれてきたかった。そしたらアトピーゾンビとして生まれてくることは無かった。時代に恵まれたかった。容姿良く生まれたかった。人生難易度イージーでプレイしたかった。質のいい環境で育ちたかった。ぐれとけばよかった。少年院で過ごしたほうがましだった。まともな人間に囲まれた人生を送りたかった。少年の時に犯罪しまくって金稼げばよかった。幼稚園を中退しておけばよかった。やくざ仕事とか振り込め詐欺とかやればよかった。普通なんて目指そうとしなければよかった。さっさとぐれて悪の道をひた走ればよかった。そっちのほうが幸せだった。悪い人間のほうがアトピーゾンビより楽しく生きているし社会からも肯定されている。アトピーゾンビのようなキモイ奴は生きているだけで迫害される。灰色青春押し付けられている。なんだよこれ。アトピーゾンビが名にしたっていうんだよ。一生トラウマに苦しむんだろうな。八十年?百年?苦しむんだろうな。小中高大学生を見るたびに死にたくなるんだろうな。虐められてアトピーゾンビウイルスにくるしめられた記憶しかない人生をせをって生きていくことに何の意味があるのか。楽しい思い出があるから生きる気力がわいてくる。苦しい時でも楽しかった記憶をほじくり返して頑張ろうという気になる。なんのいい思い出もなく生まれたときから虐待アトピー虐め精神障害に苦しめられて頑張ろうなんて思えない。いい重おもいなんてひとつもしてない。何を根拠に頑張ればいいのかわからない。肯定されたことなんてないしこの世界にいていいなんて思ったことが無い。金持ち家庭でもない。ピピピピピとか京都のゴミ大学とかは金持ち家庭に生まれている。恵まれている。結局ネットの世界でも金持ち家庭に生まれてきたやつが目立って称賛されてチヤホヤされる。アトピーゾンビみたいなゴミみたいな家庭に生まれてきたやつはネットでも嫌われる。文化資本の欠片もないゴミみたいな家だ。子供の誕生日すら祝わない屑だ。生きてていいんだと思えるのだ誕生日パーティーをすると。この世に生まれてくるべきじゃなかったんだよ。遺伝子をいじれる世界なら希望があるけどそれが実現するのは数百年先だという。とっくに死んでるし、生きていたとしても爺になってる。いみねー人生意味ねー。灰色青春を生きて得することなんてない。健常者として生まれてきて女の子と遊んで効率よく学んで楽勝に生きるだけの頭と体が欲しかった。マークザッカーバーグみたいな人生がよかった。生まれも良くて白人で頭が良くて金持ち。結局生まれで人生が決まるというのをビルゲイツマークザッカーバーグ証明している。子供にいい教育を与えようという意識のある親の元に生まれて初めて成功できる。幼い頃からかい愛情を貰って質の高い教育を受けているんだからそりゃ成功できるわな。全然すごくないわ。それでも世間様はアトピーゾンビよりビルゲイツを称賛する。恵まれた環境に生まれただけの人間を称賛する。ビルゲイツ自身は大したことをしていない。恵まれた遺伝子と環境のおかげであの地位まで上り詰めたのにまるですべてが自分の実力であるかのような態度だし世間様もそうだと思っている。世界に選ばれた人間から人生楽しい。この世の全ての快楽を味わえる勝ち組ビルゲイツだ。死ぬ病気より死なない病気のほうが辛いのにそれはビルゲイツには理解されない。アトピーゾンビウイルス治療ヤクの開発にビルゲイツが投資してくれればいいのにビルゲイツは健常者だからしないだろうな。社会は潰しあいだ。ビルゲイツも敵をぶっ潰して富を築いた。社会戦場だ。殺しあえ奪い合え。yoububeは非健常者にとっては地獄だ。youbuteのコメント欄には恵まれた健常者が沢山いる。当たり前のように恋愛をして当たり前のように青春を謳歌して人生を楽しんでいる。非健常者のアトピーゾンビは苦痛しかないのに。ずるい。健常者は当たり前の人生を当たり前に過ごしてる。非健常者として生まれてきたというだけで不幸な人生を送らされる。生まれてきたことが間違いだった。苦痛しかないよ。なんだこの人生。笑える。受けるわ。ばかばかしい。あほらしい。なんだこれ。音楽とか全然共感しない。健常者に向けられた音楽ばっかだ。健常者ランドなんだから健常者をターゲットにするのは当然だ。非健常者にずどんと響く音楽は無いものか。ないんだろうな。だって作っても誰もきかない。聞かれない音楽なんて無価値だ。才能のある人間になるには一万時間の訓練が必要だという。その訓練をするには健常な精神や恵まれた環境が必要だ。アトピーゾンビなどの非健常者にはそれがない。痒みで苦しんでいるので才能を開花させる可能性はゼロだ。理不尽な目に遭いやすいので無気力になったり精神疾患を抱えたりするため可能性はゼロ。どの本も健常者向けに書かれていてうんざりする。虐待苛めアトピーゾンビ精神障害身体障碍者ことなんてターゲットになっていない。映画もそうだ。恵まれた健常者が主人公作品ばかりだ。非健常者はゴミ扱いかもしくわ弱者として出ている。健常者の都合のいいおもちゃとしてしか扱われない。親のせいでアトピーゾンビウイルスに苦しむだけの人生になった。親のせいで虐められる容姿になった。親のせいだ。親が悪い。自分たちのことしか考えていない虐待糞親の元に生まれてきたのがそもそもの原因だ。物心ついたときから散々な目に遭わされてきた対人恐怖症が酷くなり精神が常に不安定心臓が締め付けられるような苦しみを味わってきた。アトピーゾンビウイルス遺伝性だ。遺伝するのだ。それをわかってたのに己の快楽と自己利益のためにアトピーゾンビを産みやがった。子供を産むだけ産んであとは放置。暇なときは虐待して遊んでそれ以外の時は放置。糞みたいな環境に生まれ落ちたわ。育ての責任も負えないゴミカスのせいで不安定な精神とストレスによるアトピーゾンビウイルス悪化を手にした。でも世間は親を擁護する。だからヤリタイ放題できる。好き放題して子供が壊れても放置ゲラゲラ笑って楽しみながら放置精神病に苦しむ人生になったのもアトピーゾンビウイルスに苦しむことになったのも親の遺伝のせいだ。死ねカス野郎。てめーらの元になんか生まれてきたくなかったわ。良くも生んでくれたな。死んでも呪って苦しませてやるから覚悟しとけ。努力不足だといわれる。こっちはアトピーゾンビウイルスに耐えて必死で生きているのに努力不足だといわれる。健常者を基準にこの世界はできているから非健常者であるアトピーゾンビは不平等の海に投げ捨てられている。健常者の努力なんて努力でも何でもないわ。恵まれてきたくせに自分が頑張ったと思っている。俺は頑張ったからな。ずっと虐待にも病気にも虐めにも耐えてきた。成績上位を取ったことだってある。アトピーゾンビの痒みに耐えながら必死に頑張った。まぁアトピーゾンビウイルス人生を破壊されたからすべてが無意味になったがな。意味なかったとつくづくおもう。無意味すぎるだろこの人生普通に生まれてたらそこそこいいとこまで言ってたと思うよ。アトピーゾンビウイルスに邪魔されないし虐待も虐めもなければ超楽勝人生を送れたよ。まぁ運が悪かったんだろうな。仕方ない。健常者みたいに恵まれなかった時点で負け人生なんだろうな。努力なんてしなきゃよかった。さっさと悪の道をひた走っとけばよかった。まぁどうでもいいんですけどね。お前がそうなったのはお前が悪いとかいうんだろうな恵まれた健常者は。好きでアトピーゾンビに生まれてくるわけないし虐待も虐めも好きで受けてたわけじゃないんだけどな。恵まれてるんだろうなそういうことをいう健常者は。精神が不安定になって努力どころじゃなくなったことが無いんだろうな。アトピーゾンビウイルスに苦しめられて息を吸うのも苦痛という経験をしたことがないんだろうな。加害者正当化する健常者ランドの健常者。加害者は守られるが被害者自己責任一言でぶったたく。被害者が苦しんでいようと関係ない。加害者が正しくて偉いという価値観が健常

2016-12-30

年上女性を諦める時

32歳男です

ずっと好きだった2歳年上の人に失恋し、さぁ次行くかと思うのだが、もうそろそろ年上女性が若くないという年齢になってしまった

それはもちろん子供がほしいけど年齢的に、ということも問題であるが、その年になって独身であるというのは何かしらパーソナリティーに爆弾を抱えているとか、そういったことがどんどんと増えてきたように思う

から年上が好きでずっと10代の頃から彼女は年上ばっかりだったんだけど、自分だけでなく廻りも年齢を重ねてもうこれから選択肢としての年上がいないという気がしてきてならない

かといって年下、ずっと離れたりしたら本当に同接していいかからないし、自分メンタリティ的に積んできたような年末休みを過ごしている

2016-12-22

失恋した

1年間、ずっと彼女がいる人のことが好きだった。

そいつとはちょうど1年前、本当にちょっとしたきっかけで仲良くなった。お互いの部屋を行き来するようになり、一緒にテレビを見たり一緒に寝たり、そういうことを何度かしているうちに私はどんどんと彼のことが好きになって、もしかしたら向こうもそうなのかもしれないと、そう思っていた矢先、そいつ彼女ができていたことを知った。

かなり、かなりショックだった。けど、もう私は後戻りできなくて、そのまま1年間、浮気相手のような、2番手のような、今流行りのソフレのような、1週間に1回くらいの頻度で部屋に行き、2人で過ごしてキスをして一緒に寝るというよくわからないふわふわとした関係をずるずると続けてきてしまった。

いつか辞めなきゃいけないということは分かっていて、でも無理だった。彼は彼女と別れる気もなければ私との関係自分から終わらせる気もないようだった。終わらせるとしたらその役目は私が負わなきゃいけなくて、傷つくのも、私だけ。そう思うとどうしても耐えられなくて、目をそらして逃げ続けて、1年が経った。

しかしたら、もしかしたら彼も私のことが好きになってくれるかもしれないという期待もあった。私を大事に思ってくれているような感じはあったし、諦めなければそのうち私が1番になれるんじゃないかって、妄想を抱えて現実から顔を背け、関係を続けてきた。

でも、昨日。

私はふと出来心で彼のラインを覗いた(勝手に人のラインを覗くなんてまずそれ自体がクソとしか言いようがないし、そこに関しては私が全面的に悪いとしか言いようがないのだが、そこは一旦目をつぶってほしい)。そこには彼女との会話や私との会話の他に、共通の友人(女)との会話もあった。私は何の気なしにその会話を開いた。それがとんでもない地雷だった。

言ってしまえば、彼はその女の子とも浮気関係にあった。私だけじゃなかったのだ。彼はその子に向かって、「好き」「早く会いたい」とラインを送っていた。キス写真もあった。

とんでもないものを見てしまったという動揺と、ショックと、怒りと、悲しみとで頭が混乱する中、ふと思った。

私は1年間この関係を続けてきたけど、彼に「好き」って言われたことはなかった。私はずっと2番手にされているのだと思っていたけれど、それすら勘違いだったのかもしれない。最初から最後まで、私の一方通行で、彼から感じていた私への親愛は、全て幻想だったのかもしれない。

彼にとって、私は、なんだったんだろう。友人だろうか。キープだろうか。それとも、部屋によく来る抱き枕か何かのように思っていたのだろうか。わからないけれど、ひとつ言えるのは、私のこの1年間は全くの無駄だったということだ。

今は彼の顔を見たくないし、もう1人の浮気相手の女の顔も見たくないけれど、大学が一緒なので否応無しに見なければいけない。ていうか今日会うし。耐えられるだろうか。

ほんとにこの1年間、なんだったんだろう。できることならやり直したい。

2016-12-21

とあるガチヲタクの話

私はガチヲタクである

現在の推しに対してだけでなく、多分ガチしかできないヲタクなのだとおもう。

これまで、自分の中の一番だった異性に対しては、その度にガチで恋をしてきた、つもりだ。

つい半年ほど前まで、私はあるジャニーズタレントガチヲタクだった。学生時代から9年ほど、ずっと彼と結婚したいと思ってたしどこかで出来るかもしれない、と思っていた。当然、お金を積んで良い席にも入ったし、ファンレターを書いたりしたけど、夜の仕事やそれに近いことをする勇気はなかったし、自分の出せる範囲ギリギリお金と体力を使ってヲタクをしていた。

多分、どんな手段を使ってでも彼に覚えてほしい、とか、繋がりたい、とか思っていなかったのは、いつかタレントになって彼と同じ立場で恋に落ちたい。と思っていたからだとおもう。

でも、例に漏れメンヘラの私はいつも病んでいて、最後のほうは彼のどこが好きなのか、彼をほんとに好きなのかわからいくらい、彼を憎いと思う感情が勝っていた。勝手に傷ついて、勝手に怒って勝手に嫌いになって、どれだけ理不尽で邪なファンであるかはわかっていた。だからこそファンとしていつも自信がなくて、「私なんかファンじゃないほうがいいよね。」とか病みツイートを1週間に一回は垂れ流していた。

昨年、この呪縛を解く人に出会った。

出会ったというより、見つけてくれた、彼は。

一人のジャニタレに一途になるのはつらすぎて、兼ヲタをして気持ち分散するという術を得た私は、その頃別分野のステージに夢中になっていた。大好きなキャラクターがいて(これは現在進行形だが)このキャラクターに対しても、ガチ恋のような感情を抱き、この子に構ってほしい。気づいてほしい。という気持ちで毎週通っていたし、手作りのグッズも作っていた。

ある公演で、いつも通りそのキャラクター手作りグッズを抱きしめていた私を見つけてくれたのが彼だった。

わたしの好きなキャラクターと同じ括りで出演していた彼が、私を構ってくれたのは不思議なことではないとおもう。今までも、コンサート舞台で、一番好きな彼以外に構われることはあったけれど、だからといって、「一番好き」が覆るような、尻軽な女ではないことは自負している。

なぜあの時が、私が彼に向かうきっかけになったのか。今考えるとそれは、ヲタクである私を認めてくれた、と思ったからだとおもう。

彼は、ヲタク気持ち悪いとか、下に見るような人ではない。

真っ直ぐな気持ちを、そのまま受け止めてくれる。そういう人だ。

から、私を構ってくれたのかどうかはわからないけれど、私は、「この人は私が○○を好きな気持ちを認めてくれた。」と思ったのだろう。

その頃もジャニタレガチ恋していた私は、他の異性タレントに夢中になることすら浮気心だと思っていたので、負い目を感じながらも明らかに彼に夢中になっていた。

彼に気づいてもらえるように、構ってもらえるように、出来ることは全てした。結局は、ファンサ厨であり認知であるわけだが、本心で、認知されたいわけではなかった。

ただ、彼が私を見てくれたり、私に笑顔を向けてくれればそれが嬉しい。そういうものが欲しくて必死になった。

けれど、彼は私が彼のファンになった途端に私を見なくなった。

彼のファンがいるあたりを見なかったのか、私がいるから見なかったのかはわからない。

けれど、わたしの浮き足立っていた心はスンッと冷えたことを覚えている。

この人は自分ファンになったら干すんだ。

じゃあどうしたら見てくれるのか、構ってくれるのかを必死で考えた。さら必死になったりもしたり、彼の演じるキャラクターのグッズを手作りしたりもした。

彼は私の目を見てはくれなかったけれど、そのグッズへの視線を感じて、私がいることはわかってくれてるんだ、と思った。

そして、考えに考えた結果、彼は自分ファン自分必死になって、その作品を見ない事、感じない事に傷ついているんじゃないか、と思った。

彼は演じている間も、あからさまに辛そうな顔をしていた。他の人にわかる程度なのかはわからないけれど、ファンになったばかりの私が気付く位には傷ついていた。

からこそ、私はちゃんと作品を見よう、愛そう。それが、私を見つけてくれた彼に対する誠意だ。と信じて、他のファンと小競り合ったり、ピリピリした空気を出したりせずに、純粋にその公演を楽しむことにした。

確かに、彼のファンになったきっかけは構われたあの日。だけれど、彼のパフォーマンスに夢中になっていた。この時にはもう、だれよりも、彼のパフォーマンスを見ている時が幸せで、楽しかった。

そして、この公演の千秋楽

彼は私がファンになってから初めて、目を見て手を振りかえし、頷いてくれた。

それからは転げ落ちるように彼のファンになっていき、いつの間にかジャニタレへの長年の恋愛感情も消えていた。

その代わりに、彼へのガチ恋はどんどんと拗れていった。

今、なぜこのブログを書いているか

それはもちろん辛いかである

彼を見ているだけで楽しい幸せと思えた時間は、どうして長く続かなかったのだろう。

やっぱり私が邪なヲタクからだろうなあ。

彼が頷いてくれたあの日わたしの頑張りを認めてくれたと思った。私が出した答えが、正解だって、示してくれたと思った。

彼はそういう人なんだ。彼にとって正しくないことをすれば、それ相応の態度を示される。その代わり、正しいことをすれば、些細な、大きな、ご褒美をくれる。

彼に見つけてもらえてから一年が過ぎて、彼は私がいるとほとんど必ず見つけてくれるようになった。

どんな場所だとしても、私が頑張らなくても、正しいことをしている私は彼が見つけてくれるし、ご褒美をくれる。

私は特別だと思った。

彼のことを特別わかってるし、彼もそれを知ってるから優しくしてくれる。

だって他のファンの人たちは視界に入っていなくても、私がいれば二度見してくれる。

私がいるのといないのじゃ違うの?私かどうかをそんなに確認したいの?

他のファンとは違うんだ。私は大事にされてるし、特別なんだって思った。

毎日幸せだった。会える日も、会えない日も。

彼にとって特別存在なんだって思えて自信が持てた。

私が何をしても、彼の目の前にいけば彼は認めてくれる。

どこで傷ついたとしても、私がどれだけ人間としてクズだとしても、彼を好きなことは彼が認めてくれてるって思えた。

ヲタク現実逃避のためにヲタクをする、と思う。

もちろん人それぞれだけれど、現実逃避のためにヲタクをする人は沢山いる。

私は現実逃避のためにガチ恋するヲタクだ。

彼の優しさに舞い上がって、私は特別だと決めつけて、半分ネタだけど友達には彼の妻だと名乗っていた。

それくらい、思いっきり舞い上がっていたし、それだけの自信があった。

ある日、彼に恋人がいたら、と考える出来事があった。

恋人がいる、と言い切れるわけじゃないし、あらぬ疑いと言われたら何も言えない。

けれど、一度疑った気持ちは拭えない。

あれだけ信じていた彼が、突然わからなくなった。

今までなら、彼らしい。と流せていた言葉が、引っかかる。

どうしてファンを傷つけるようなことを言うんだろう。

にわかが、彼に目線をもらったとか、何かされたというツイートを見ても、優越感に浸りながら草を生やせたのに、今はもうよくわからない。

そこでやっと気づいた。

自分は、どこまでいっても、ただのファンなんだ。

彼が、ファン関係を持って身を滅ぼすような人じゃないことは最初から知ってる。

そういう、隙がないところも大好きだから

自分に都合の良い解釈をして、それで現実逃避して、すごいなーアホみたいだなーと、急に客観的ガチヲタクであることを自虐的に見られるようになった。

自信がないから、すぐ疑う。

彼にとって特別じゃないことも、彼がくれた優しさも、言葉も、全部、100%で信じていたのに。今はよくわからない。

彼の周りにいる女の人たちさえ一人一人疑ってしまう。

嫉妬して、疑って、こんな邪なヲタクはいらないだろう。

彼にとっての正しさを守っていたいい子の私は、本当にいい子なわけじゃない。

彼に楽しくお仕事してほしくて、彼に好かれたくて、いい子と思われたくて、いい子をしていた。

もし、いい子でいたところで彼に選ばれないのなら、なんの意味もない。

最初からわたしは邪で、嫉妬深くて、歪んでいる、ガチヲタクだ。

彼は私のこんな気持ちに気付いているのだろうか。

気付いていたら私をどう思うのだろう。

嫌われたくないなあ。出来るなら、いい子と思われたい。

でも、いい子だから優しくしてあげよう、って思われてるなら、死ぬほど辛いなあ。

結局わたしは汚いガチヲタク

ジャニタレガチ恋からやっと卒業できても、やっぱり、同じ運命なのかもしれない。

もし、これから辛い日が続くなら、このタイミングでやめてもいいとも思った。

けど、きっと、私がいなくなったら、彼は私を嫌いになると思う。

それまでのファンだったって思われそう。そういう人だから

いなくなったらわかるくらいの存在でいられることはとてもありがたいとおもう。けど、あまたのガチヲタクが語るように、認知は辛いってことを、認知ヲタになって身に沁みてわかった。簡単距離を置けないし、簡単に離れられない。

多分、わたしはこれからも彼のガチヲタクをする。

きっと、このままいい子でいられれば、彼はファンとして優しくしてくれるだろう。

わたしは彼を好きで居続けられるだろうか?

好きな人を嫌いになるのは、とても辛い。

もっと、綺麗な、素直なヲタクになれますように。

2016-12-15

今週末の映画

スターウォーズローグワンとドンブリーチという注目作が同時期に公開となる。お前らはどっちをみる?俺はどんとぶりーちz

2016-12-09

[]イジメてた

Masuda Advent calendar 2016の九日目の記事です。

キッカケは兄の部屋で見つけたエッチおもちゃだった。

男性器を型どったティルドや、鼻に引っ掛けて顔を歪ませるフックや、浣腸器や、布面積が少ない下着など、多種多様な性具が兄の部屋にはあった。

その当時、友人たちとの間でも、彼氏とやっただの、ネット掲示板大人と知り合っただのと、性に直結する話題が増えてきたこともあって、とても興味を惹かれた。

から、つい、それを試して見たくなってしまった。

その頃、四人組で行動している中の一人に、どちからというと駄々草で、どちらかというと鈍臭くて、どちらかというと勉強ができない、四人の中で一番冴えない、と私が思っていた子がいた。

今にして思うと、何かを比較すればそりゃあ上と下ができるけど、それが不快に感じたり、生活する上で不便になるほど、彼女ダメ人間ではなかった。

けれどその頃は、自分よりも劣っていることが、彼女に対して無茶をしても良い理由になると思ってしまった。

しろ、こうして弄ってあげることで、彼女楽しいんじゃないか? ぐらいの、傲慢さがあった。

ことの全容を書くと、ただのポルノ小説や、ネットによくある体験談ポルノになってしまうため書かないが、それはまあイジメた。

いや、イジメという言葉は緩すぎる、単純に暴行だった。

最初のうちは、性の知識豊富な私がちょっと特殊な遊びを披露する、という趣だったのだが、だんだんエスカレートしていった。

特にわかりやすく変わったのが、四人組の残りの二人が傍観者でなく参加し始めたときだ。

うその頃には、一目置かれる私、というポジショントークの趣は完全になくなり、彼女にをイジメるのが主になっていた。

当初の性というテーマすら失われ、どんどんと暴行じみた行為彼女に加えてしまった。

もう本当に洒落にならないイジメ学校にバレるとかじゃなく、警察が出てくるとか、彼女刃物か何かを持ち出して私たちが殺されるか。

もはや傍観者の私がそんな発想に至るまで、暴行エスカレートしていった。

辞めさせるのは、困難だった。

発端が私だけに、もう二人を納得させるのは難しく、何よりそれはもう、私を代わりにしてください、という宣告になると思った。

かと言って、イジメている本人と普通に対話をすることも、また難しかった。

散々手のひらを返し、散々彼女の体に危害を加え、散々弄んだのだから、ごめんなさいと言ってしまったら、状況が何もかも変わってしまう。

とどのつまり、もはや内の加害者側の私からは、手の出しようがなかった。

と、当時は思っていた。

今にして思えば、うだうだ言わずにさっさと二人を連れて警察にでも行けばよかったんだ。

にもかかわらず、自分の身可愛さに、くたくたと理屈をつけて、彼女を殴り、笑っていた。

結局、私が危惧していた、警察沙汰にはならず、高校卒業した。

四人とも別々の進路だった上、私はこのことの気まずさから同窓会にも参加していないため、今彼女たちがどうしているかは、何も知らない。

ただ、卒業してから、初めてのお盆休みに、彼女メールをした。

「盆休み、暇? 遊ばん?」と、送った。

この時、何を思ったのか、自分でも定かじゃない。

会って謝りたかったのか、彼女が今困っているかどうかが知りたかったのか、彼女が困っていたら助けたかったのか、

彼女にまた暴行をくわえたかったのか。

どんな気持ちで、このときの私がいたのか、未だに心の整理がついていない。

けれど、結局、会わなかった。

彼女の「はい、わかりました。買ってもらったオムツの残りはあと二枚です。新しいのを買って持って行った方が良いですか?」という言葉の重みに耐えられなかったからだ。

今も、私は何の責任も取らず、ただこうして彼女のことを思うだけで、彼女でも国家権力でもない何かに贖罪の責を果たしたかのような、傲慢な考えのままでいる。

2016-11-18

罵詈雑言どんとこい

馴れ合うはてブより匿名の方が居心地がいい。

罵詈雑言どんとこい。

不幸が生む活力の期限、反動

不幸になると、3日ほど深く落ち込む。

そのあと、死にたくなるような衝動が襲う。

この衝動からうまく逃れることが肝心だ。

時間がたてば他の様々な出来事に遭遇し、不幸は縮小していく。

あの頃の悲しみを忘れ、新たな道を歩むときがくる。

しかし不幸時の衝動は大きなエネルギー源。

不幸は感受性を鋭敏にさせ想像力を沸かせるが、それだけが効用ではない。

不幸が生む活力は莫大だ。

不幸時の衝動というものは、これを他の事に活力を転嫁していても

衝動がやむことはないからだ。

すっかり納得しない限りは不幸は永遠に訪れる。永遠にエネルギー生まれる。

不幸を他のエネルギーに変換などしていたら納得のタイミングなどないのだ。

どんどんと不幸は現れ、エネルギーとなってくれる。まさに永久機関

しかしながら不幸エネルギー変換装置はそのうち何らかの異常をきたす。

その原因はわかっていない。もしかしたらエネルギーが産生されていても

エネルギー活用する機械が壊れていくのかもしれない。

そうして、衝動が去っていく。

喜べばいいのだが、不幸エネルギー変換に慣れ切った体は

適切な生き方というもの標準的な楽しみ方というのを忘れてしまっているし

理解が出来ない。

これを直すのは癒しであり、子どもを見守る優しい親のような

そんな安心できる箱の中で布団をかぶって寝て、起きて、ご飯食べて、寝る、そういうのしかない

そんな気はするのだが時間もかかるしだいたい人生なんて有限だし、

いままでの生き方全否定することになるし、

なにより突っ走っていくというのはとても景色が美しいものだ。

走って走って走り抜けることへのあこがれはなかなか拭えるものではない

休まないといけないが休んだらこれまでやってきたことがなんなんだ

あいつらが正しかったのか失うだけ失って中途半端に終わってしまうのか、

そんなのいやだ、いやだけど、どうすればいいのかなあ、めんどくさい、寝よう、とはならない。

2016-11-15

プロデューサーという自分が殺された日

私はアイドルマスターという作品が大好きだ。愛している。


私はアイドルマスターアーケード版がリリースされてから現在ミリオンライブシンデレラガールズに至るまで、

アイドルマスターという作品群には触れてきた。

そして、「プロデューサー」という立場から、画面の向こうで笑顔を振りまく少女たちを、

立派なアイドルに育てるのだという、やや気持ち悪い満足感を持って、この作品群に向き合ってきた。


中学生の頃に初めてアイドルマスターに触れ、小遣いを貯めて家の手伝いをやって、

なんとか買ってもらったxboxと箱版アイドルマスター

ディスクを開封し、起動したときの喜びは今でも鮮明に思い出せる。

画面の向こうで何度も倒れ、それでも前に進もうとする天海春香という人間に心惹かれ、

彼女存在は、どんどんとけがえのないものになっていった。


高校生大学生、そして社会人になっても、アイドルマスターという作品は、

常に私の側にあった。受験勉強就職試験で苦しんでいても、

「画面の向こうにいるアイドル女の子」と共に、夢を共有しながら進んできた。


しかし、最近の話である

恐怖を覚えることがあった。

PSVRという次世代ハード舞台に、新たなアイドルマスターが発表された。

私は発表された内容を見て、愕然としてしまった。

プレイヤーが観客席からアイドル応援する」というコンセプトによって、

ゲームが作られていたのだ。


まり、「私」は「プロデューサー」ではなく、「観客」として、

アイドルを眺めなければならなくなってしまう。

バンダイナムコ既存プロデューサーたちに、解雇宣告を突きつけたのである


最前列ライブが鑑賞できる、自分の好きなところでアイドル応援できる。

サイリウムを振ることができる。

いつでもアイドルに会える。

だが、それはプロデューサーとしての立場ではない。


あくま個人的感覚ではあるが、プロデューサー各位はその解雇宣告を受け止めていた。


もちろん、自分も「私が本当にプロデューサーなんだ」という感覚を持っているわけではない。

プロデューサーという立ち位置の、ロールプレイであることに不満を持っているわけではない。


しかしながら、多くのプロデューサーは「自分プロデューサーである」ことにアイデンティティを感じ、

それをもって他のアイドル作品との差別化を図ってきたはずだった。


少し前に見かけた議論では、「担当」と呼ぶべきか、「推し」と呼ぶべきかというものがあった。

これこそまさしく「自分プロデューサーという役割をロールプレイしている」という意識があってこそだと考える。

推しというのは観客から見た、自分が好きなアイドルのこと。

担当というのはプロデューサーから見た、自分が関わるアイドルのこと。

担当」という言葉議論において優勢であったのも、アイドルマスターならではの現象であるとも感じた。


そんなプロデューサー諸氏でさえ、バンダイナムコによって、意識的もしくは無意識的に、

プロデューサーという立場剥奪されかけていることに気付いていない。

もしくは、受容しようとしているのか。


今後、アイドルマスターという作品がどう変化していくのか、私には想像も出来ない。

世界観拡張しながら、作品としての寿命を延ばしてきたこと、

そして、それを喜ばしく思っていた自分がいることを否定はしない。


どんなに形が変わっても、自分が「プロデューサー」であり続けられる限り、

アイドルマスターという作品は、アイドルマスターなのだと私は思っている。

シンデレラガールズミリオンライブSideM否定する論説も出ているが、

プロデューサーアイドルに関わるという意味で、アイドルマスターなのだ

作品否定する必要もないし、作品擁護する必要もない。

ソーシャルゲームだろうと据え置き型だろうと関係ない。

論じるまでもなくアイドルマスターなのだ


だが、「プロデューサー」でなく「観客」がアイドルに関わる、

それはアイドルマスターなのだろうか?

いや、私はそうは考えない。

プロデューサーアイドルプロデューサー立場から関わってこそ、アイドルマスターだ。

それが、この作品アイデンティティだ。

そうでなくなったアイドルマスターは、アイドルマスターではない。

からこそ、私は抵抗する。決して受容することはない。


バンダイナムコ

私は絶対にお前らに殺されはしない。

プロデューサーであることを、絶対に諦めはしない。

川上会長への宮崎監督の態度はポリコレ的に正しい

これってすっごく今流行りのPC関連な話だけど、2chはもとよりはてブでも宮崎氏の発言を白々しいものとして捉えている人が結構な数でいるので、自分なりに補足してみたい。

そもそも身体障碍者と聞いてどういったイメージがされるか。

パラリンピックなんかで活躍するような、四肢が欠損した人物だろうか?

あるいは、24時間テレビなんかで見かける知的障碍の子供だろうか?

ひと口に障碍者と言っても、その病状、症状は様々だ。

例えば、脳に障害を負ったとする。後天的もので多いのは、やはり脳梗塞。いわゆる脳の血管が詰まることで起こるそれは、急性期においては命に係わる危険ものだ。また、一命をとりとめたとしても、後遺症として深刻な障害を負うことは避けがたい。左の脳に梗塞ができた場合、右側の身体後遺症が出る。四肢麻痺やあるいは半身麻痺言語障害となる場合も多い。

麻痺とは自分意志で体が動かせない状態のことだ。それとは逆のパターンで、不随運動と呼ばれるものもある。自分意志とは関係なく、体が動きコントロールできない状態のことだ。パーキンソン病の主な症状のひとつ安静時振戦などがそう。震えのような症状から手足をくねらすような動きまである

こういったことを念頭に置いて、川上氏の提出したCGを観たとしよう。その動きはどんぴしゃであの障碍者の動きだ! というものではないが、四肢の奇抜な活用の仕方は、身体コントロールがきかないそうういった方々を容易くイメージできるものだと言える。

おそらく宮崎氏もそういった連想により障碍者の友人に思い当たったのだろう。故に川上氏の「気持ち悪い動き」を面白がる態度を強く批判した。

要は、かなり平たく状況を述べるなら、駅で見かけた変な動きの人(あえてこう書かせていただく)を見て面白がる無邪気な小学生を怖そうなおっさんがゴラァ! とした、とでも言おうか。

それは感情的にも政治的にも正しい判断じゃなかろうか。







……表題としてはこれで以上ではあるが、ポリティカル・コレクトネスを考えるうえで、個人的に気になることを書く。

今回の件は確かに川上氏の態度に嫌悪感を抱いたし、宮崎氏はそこを鋭く突いたなと感じている。

が、同時に川上氏に対して「他人の痛みが理解できていない」といった批判はできんなーとは感じている。

といのも今回は、自分たまたまそういった障害を持った方を知っていたからにすぎないからだ。

こういった配慮想像力だけで補うのは不可能だろうとは感じている。要は知識問題で、それ故に川上氏を無邪気な小学生と例えたわけだ。

これが企業ならそういった豊富知識を買うことができるんだろうけど、個人レベルにおいては難しいよなあと、2chはてブの反応を見て思った次第。

結局のところ、「知らないもの配慮しようがない」といった話になってしまうが、そう考えたときアイスバケツチャレンジのようなムーブメント重要なのかもなと思うが……(どんどんと取り留めなくなってきそうなので終わる)

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