「看護師」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 看護師とは

2017-04-24

はてなにくっさいアフィブログ大量発生してる件について

明らかなネカマ丸出しの看護師アフィブログに嬉々としてブクマしてる童貞はてな民の悲しさよ

しかしフレッドアップデートほとんど上位表示できなくなってるのに続けるモチベはすごいと思う(大抵は原価数百円の外注記事だろうから大した出費でもないんだろうけど)

2017-04-21

研修医として働くこと

まず大学病院看護師は頭がおかしい。

研修医新人看護師といった目下の人間に対しては徹底的にトキシック辟易とさせられた。

正直な所、日本労働の悪いところと、女性の嫌な部分の両面を兼ね備えていて心底驚いた。

プシュケーに申し訳ないと思う心を彼女達は持っているのかと思う。

  

おまけに医師以外の周りは低学歴・低偏差値

薬剤師は話が通じるが、看護師雑談するにしてもこちらが気を遣って話さないと意思疎通がとれない。

偏差値10違うと話が成り立たないっていうけど、20近く違うからなおさらである

から人間関係としてはかなり酷い職場であると思う。

  

おまけに研修医給料20代前半。

新卒看護師でも30はもらっていて、こちらの方が労働時間が圧倒的に長いのに意味が分からない。

2017-04-19

この上司、どう思う?

自分ちょっとした不注意で頼まれいたことを忘れていしまっていた。

結局、それはプライベートのことだったので、どこかに影響は出ることはなかったんだけど、それで上司に怒られた。

ミスレベルとしては、コイツトロ臭いイライラみたいな感じのやつ

まあ具体的に言うと、コンビニ行くならあれも買ってきて、的なお使いをすっかり忘れていた(お昼と書いたけどフェイクなので修正

これは自分責任だし、不注意の結果なので、ここまではいい。

問題はこのあとなんだけど、この上司自分無視するようになった。

挨拶とかはまあ業務に直接の支障はないんだけど、業務についても無視するようになった。

これはさすがに問題だと思う。自分看護師で、命を預かる現場から

命を預かる現場から、どんなことであれ上司の言ったことを忘れてたのは、やがて致命的なミスにつながりかねないし

気の緩みとしていくらでも怒ってくれて、まあかまわないんだけど、無視は別ベクトルで困る……って感じで、困り果ててる。

自分は入ったばかりなんだけど、先輩たちは「まあ仕方ないよね」みたいな感じで見ている

こんなもんなのか?いや違う、って思いたいんだけど、やっぱりどう考えても業務のことで無視はありえないよな……

と思って書いてみた。もちろん転職するけど、いや、うん……って感じでモヤモヤしてる

2017-04-10

オカンが「アンタと違ってあたしゃ文系から」と言う。

「何言ってんだ、オカン看護師だろ、過酸化水素水とか普通に知ってるだろ」と言うと

「。。。そう言えばそうね。。。」と言う。

2017-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20170409133608

将来性ないからでは?

調剤薬局に勤めると、もう調剤薬局しか雇って貰えなくなるよ

医師に健診でもやれば?とか

看護師に平日日中だけの個人クリニック行けば?ってのと同じこと

それやったらキャリア死ぬ

http://anond.hatelabo.jp/20170409133351

「楽して稼げる」のは病院の正職員薬剤師じゃなくて、

調剤薬局パートのおばちゃん薬剤師じゃない?

ただ処方箋通りに薬袋に詰めて説明書き通りの事を説明するだけなのに

一般的主婦パートより遥かに時給が高いから(と言っても短時間なら、一般的フルタイム正社員よりは勿論低いけど)。

まりあくまで「主婦パート」としては「楽して稼げる」ってだけ。

病院薬剤師別に楽でもなければ稼げもしないよね。

でも医師看護師と比べたら楽か。その分給料医師は勿論、看護師よりも大体の病院で低いだろうけど。

まあ男性にとっては理想の奥さんの職だよね。

出産退職しても再就職先が見つかるから、平凡な会社員のように

今の仕事にしがみつかないと再就職先ないけどしがみつくのが辛いとか文句言われる事も

家事育児分担してとか言われる事もなく、パートなら家事育児丸投げ出来るし

そこそこ稼ぐけど自分を脅かすほど稼ぐ訳でもないから男のプライド()も傷つかないし、

でもウチの奥さんはその辺の最賃レベルパートしか出来ない脳無しじゃなくて薬剤師だぜぇ!と自慢も出来る。

そういう男性は、いや結婚しても子供産んでもずっと病院職員薬剤師を続けるつもりだから

当然家事育児は分担、私が当直や学会出張の時はあなた子供の面倒全部見てよ?とか言えば逃げて行くのでは。

2017-04-06

忘れえぬ人々

ラジオ番組に送った長文をそのまま載せますね(未採用)。思春期あるあるなのかなあ。当時もちろん誰にも言えなかったし今まで誰にも言えてない。たまたま女子同志だっただけで男女間でも男子同士でもあり得る話だとは思う。

----------------

みなさんこんばんは。いつも本当に楽しく拝聴しています大好きです。35歳、女、既婚です。はじめてメールいたします。

私が中学2年生、14歳の頃の話です。

当時、私はゲーム大好きっ子で、今で言うところの「腐女子」であり、ゲームジャンルBL二次創作に手を染めておりました。夜な夜な推しキャラの絵を描き、さらに男×男のカップリング妄想し、その滾る思いの丈と自らの性の芽生えをミックスジュースにして同人誌というカタチにしたためていました。

定期的に地元同人誌即売会(以下イベントします)に出店して、そこそこに売れてファンレターのようなものをもらったり、同じ趣向の友人が沢山できてイベント以外でも会って一緒に遊んだりして、普段学生生活を凌ぐ楽しさでした。

彼女出会ったのはその同人活動きっかけでした。仮にSさんします。

Sさんは私の3つ上のオネーサン。同じゲームが好きで、知人に紹介してもらって意気投合。初めは文通メール文化はまだなかったので)からはじまり電話で話すようになり、そのうち個人的に二人で遊んだりするようになりました。私が年下ということも関わらず、対等に優しく楽しく接してくれて、一人っ子の私は趣味の合う素敵なおねえちゃんができたみたいでとっても嬉しかったことをおぼえています

Sさんとは、好きなゲームBL妄想で盛り上がる他にも、イベントで知り合った共通の友人であるコスプレイヤー男性に思いを寄せていることを打ち明けてくれて、ちょっと現実の恋バナなんかで盛り上がったりもして。

Sさんと二人で遊んでるうちに「M(私のこと)ちゃん、本当に可愛いねえ、すっごい好き」「私、本当にMちゃんのこと大好きなんだよー♡♡」など、ダイレクト愛情表現散見されるようになり、私ももちろんSさんのことは友人として好きだったので、その熱量違和感を感じながらも「うん、私もSさんのこと大好きだよ」と普通に返していました。

二人で遊ぶようになってから4ヶ月程経って迎えたバレンタイン当日。その年のバレンタインはど平日で、私は学校から帰ってきて家でせっせと同人活動にいそしんでいました。夕方7時くらいに家の電話が鳴り出てみるとSさんからでした。

「Mちゃんこからひま?そっちに遊びにいってもいい?」と。

Sさんの家から私の家までは徒歩とバスを組み合わせて40分ほどかかります

「うん、私は大丈夫だけどもう暗くなるし…これから来るの大変じゃないかな?家の人は心配しない?」

大丈夫だよ、どうしても今日会いたくって…」

何だろう?とは思いましたが深追いはせずに、私はSさんがやってくるのを待ちました。

私は母子家庭で二人暮らし、母は看護師夜勤もやっており、ちょうどその日母は夜勤シフトでした。帰ってくるのは深夜1時過ぎ。母が居ない夜に友達が遊びに来るという、ちょっとしたワクワク感と心強さのようなものもあり、遠いところ悪いなあと思いながらも深く考えずに来てもらうことにしてしまいました。

小1時間後、本当にSさんが家まで来てくれました。

「いらっしゃーい」と出迎えた私に「急にごめんね、ありがとう」と言ったSさんの表情はどこか固く、家にあがってからもどこか雰囲気がぎこちなく心配になる私。「平日にMちゃんち来るのはじめてだね」「ああ、そうだね、今日はお母さん夜勤でいないんだ」など他愛のない会話を交わしていましたが、やっぱり顔つきが冴えないSさん

「遠いところ来てくれてありがとう。でも、どうしても今日、って何かあったの?」

「あの…今日バレンタインから。これ、Mちゃんに。手作りしたんだ」

と、手渡されたのは可愛いラッピングが施されたバレンタイン手作りチョコレートでした。

「えっ、そうだったの!私なんにも用意してなかったよー!ありがとう、うれしい!」

素直に驚きと喜びを伝えたら、Sさんは泣きそうとも笑顔ともとれそうな複雑な表情で私を見つめたあと、強く抱きついてきて「Mちゃん、本当に大好き」と囁くように呟きました。

「う、うん?私も好きだよ…?」

「でもきっと、Mちゃんが言う“好き”と私の“好き”はちょっと違うと思うんだ」

「えっ?…」

そしてそっと私にキスしました。ほっぺにでも、おでこにでもなく、くちびるにです。これが私にとってのファーストキスでした。

とにかくびっくりしたけれど、不思議と嫌な感情特には湧きませんでした。その後何を話したのか、どうやってSさんが帰って行ったのかもよく覚えていませんが、すっかり元気な笑顔を取り戻したSさん玄関口で見送った画はしっかりと記憶しています

その次の週末、Sさんの家へ遊びに行くことになりました。

キスのこともあってドキドキはありましたが、あれは何かのきまぐれだろう、きっと普通に友達でいられるだろう、と思っていました。その日、Sさん宅では二人でゲームをしたり同人活動にいそしんだりとこれまで通りの楽しい一日を過ごしました。特にこの間のキス話題も出ませんでした。

私が「じゃあ、時間からそろそろ帰るね」と、帰り支度をしようとしたとき「やだ、帰っちゃやだ、大好き」と言ってまた抱きしめられて、キスされました。何度かキスをされるうちに、舌が入ってきましたが、私はまた拒否もせず、受け入れてしまっていました。

その日から一緒に遊んだ日の最後は、こんなふうに抱きしめられてキスされることが多くなってきました。私からしようとしたことは一度もありません。拒否をするほど嫌だったわけでもなく、実際キスという行為はやわらかくあたたか気持ちいいもので、拒絶することでSさんとの友情関係が崩れることを避けたかったこともあり、背徳感を抱えたままその関係を続けていました。

そんな関係が3ヶ月位経ったあるとき、私はとあるバンド出会い雷を打たれたように骨抜きになってしまいました。そのバンドのことで頭が一杯の毎日TV雑誌などを追いかけるのはもちろんのこと、同人活動土俵にもそのバンドを持ち込んで、また、同じバンド好きの新しい友達が沢山できました。私とSさんはともに受験生となっていましたが(私は高校受験Sさん大学受験)、電話は週に2、3回ほど、月に2回ほどは一緒に遊んでいました。ですが、Sさんは他の友人たちと一緒のときでも手をつないできたり抱きしめてきたりと過剰なスキンシップが多く、私はちょっとうざったいなあと思い始めていました。

だんだん私の興味がバンド一番になっていることに気付いて、Sさんはひどく寂しさを覚えてしまったのだと思いますバンド関係の友人と遊びに行くことにはじまり、そのうちSさんも交えて共通の友人と居るとき私が他の友人と話しているだけでも深い嫉妬をするようになりました。友人がいてもお構いなし、その場の雰囲気が悪くなるくらいあからさまに不機嫌になり、悲しそうな顔をするのです。周りの友人にも「SさんはMちゃんのこと好きすぎじゃない」「SさんってMちゃんにベタベタしすぎ」などとからかわれることも多くなってきて、私は正直もう面倒くさくなっていました。当時のモットーは友人関係は広く浅くみんなと公平に、束縛するのもされるのも本当に苦手でした。これ以上踏み込まれたくない、と私のSさんに対する態度はだんだん冷たくなり、そうなるとSさんがひたすら謝ってすがるようにさらに甘えてくることに辟易し、電話も合う頻度も自然と減っていきました。自分からきちんと嫌なことを嫌だとは伝えずに、冷たい態度をとることで私のことを嫌いになってもらってうやむやのまま自然消滅すればいい、と思っていました。私にとってSさんを傷つけ続けていることよりも、あの熱量の高い束縛から開放された安堵の方が大きかったのです。子どもですね。

その後、私はバンドに熱を上げつつも勉強を続け、無事志望校高校合格Sさんから東京大学への進学が決まったとの連絡が来ました。

Sさん東京へ行く前に駅前マクドナルドで待ち合わせて二人で会いました。10月頃、同人誌即売会ですれ違って話したのが最後だったので、ずいぶん久しぶりでした。お互いの合格を祝って、近況やこれから新生活についてぼんやりと話して、元気で頑張ってね、と言って普通に別れました。もちろん、好きだという言葉も抱擁もキスもありませんでした。

その後、一度だけSさんに会いました。私が19歳の夏でした。

私は高校卒業して東京専門学校へ進学しました。1年生の夏休みのことです。帰省して久しぶりに地元同人誌即売会へ参加しました。その後、居酒屋へ流れて友人たちと飲みに行ったのですが、そこに遅れて現れたのがSさんでした。3年以上振りの再会。私たちはぎこちない笑顔で「ひさしぶり」くらいの最低限の挨拶を交わして、私を避けるようにして遠い席に座ったSさん。それぞれ周りの友人たちと盛り上がり、Sさんとは全く話しませんでした。ただ、居酒屋の喧噪にまぎれてSさん自分彼氏の話で盛り上がっているのが、ぼんやりと聞こえてきたのでした。

現在、私は同人活動からも一切足を洗って、イベントなども10年以上参加していません。当時の友人たちとも疎遠になっていて、Sさんがどこで何をしているのかは一切わかりません。

毎年バレンタインの時期になると思い出す、私にとっての忘れ得ぬ人です。

長文乱文失礼しました。

2017-04-05

ワーキングに来てるんだけど周りが巨乳すぎて仕事にならない

までじ、勘弁してほしい。仕事にならないwww

病院で超美人看護師さんに浣腸されるみたいな。

2017-04-04

支援者は嫌ならすぐ切り捨てるくらいでいい

http://anond.hatelabo.jp/20170402141024

私は中学から相談員診療内科への受診を続けている。しかしこの悪くない人を探すのが本当に難しい。

怒鳴ったり否定してきたり見下してくる、そういう素振りをしてきたらそれは即やめていいのだ。

それは本当に自分が偉いと思って威張ってる奴だ。

看護師仕事で関わるけどプライベートでは絶対関わりたくないって言われてる奴でも精神科をやってるおかし病院もあるのだ。

対人恐怖が悪化するとか、悪夢に出る人間の数が増えるとか、そんなことになって欲しくはない。

貴方自分が本当に大切でいいのだ。自分の命を守るのが生き物としての本能なのだ。何十ページの道徳の本よりもそれが真実でいいのだ。

上の言葉が信じられなくなってからは生き地獄が待っている。

いじめボロボロになってる時に、運悪く性格悪い支援者にぶち当たる余裕なんてない。

起きた事実に重ねて悲しいことが起こり、新しく苦しい症状が増える可能はいくらでもある。他人事と思っているかもしれないが、常にそういうものとは隣り合わせにある。

とくに危惧するべきは親の存在だ。

私の親は二次被害担当をしている最悪の存在であり、悪口を言われれば幻聴否定され、カウンセラートラブルがあれば私が悪人にされ、常に明るくなれそんなんじゃ駄目だと精神を追い詰めていた。

一般論にせよありがちな言葉にせよ、自分気持ちを見てくれてすらいない親というのは本当にいるのだ。

もし医者と話す機会があるなら、親が着いてきても、医者と二人きりで話すことが大切だ。

2017-04-02

元ガン患者家族だった私が、今さらだけどいいたいこと。

仕事ストレスがたまっている。

私は結構溜め込んでしまタイプから、言いたくて言えなかったことをずっと心の奥底に押し込めてきている。

家族は私の話を聞いてくれない。

自分の悩みばかり聞いて欲しがり、私が話すとすぐに自分の話に切り替えてしまう。

最近、少しでも楽にならなければと思うようになった。だから、ここに吐き出す。読みにくいところもあるかもしれなくて、不快になる方もいるかもしれないが、とにかく吐き出す。

元ガン患者と書いているが、治ったガン患者のことではない。亡くなったほうになる。

母は、ガンで亡くなった。

わかってから1年と半年ぐらいだった。その間、一番大変なのは本人。でも、私たち家族も大変だった。

毎日職場では普通に振る舞わなければならない。症状が進めば進むほど精神的に苦しくて、何もしたくなかったけど世間ではそんなのは関係ない。

職場病院、家を行き来するのだけで精一杯。衰弱していく母を見るのは、本人の前では明るくしていても辛かった。奇跡のようなことが起こることも祈っていた。

そして、そんな状況で以下のようなことが起きた。

1、余命があと僅かとなったときに、親戚が母に会いに来た。

家に上がってもらったときに、散らかっていたら説教された。

仕事の後に病院行って、家では寝るだけの生活だったので散らかっているのをどうにかできるという精神状態ではなかった。何となく謝ってしまったけど、今でも心に引っかかっている。

2、母の兄に、「どうして母はそんな病気になったのか」と責められた。

怒鳴られはしなかったけど、傷ついた。

3、病院看護師から電話で、「母がもう家に帰れないかもしれないから、今のうちに帰りたいそうです」と、ドラマのワンシーンの中に出て来そうな感じで訴えられた。

看護師言葉は、私の心をズタズタにした。え?と思われるかもしれないが、余命を聞かされていようが、私は心のどこかで諦めていなかったのだ。「もう帰れないかもしれないから」なんて言葉を言って欲しくなかった。それを聞いたときに、私の心がポッキリ折れた。こういう電話って、看護師個人判断してかけるものなんだろうか?

ガン患者が一番大変です。そういうのはわかってます。でも、家族もそれぞれ日常を過ごさなければなりません。親戚は、私の知る限り、身近にガンとなった家族はいません。だから、きっとわからなかったのだと思います

もし、親戚でガン患者になった人に家庭があったら。

家が散らかっていても、大変なんだねとそっとしておいてあげてくださいよ。そして、子どもを責めないで。

看護師さん。

母の気持ちを伝えてくれたことは感謝すべきですよね。でも、ごめんなさい。今でもあなたから電話は思い出してしまうんです。

また、心が苦しくなったら書く。

http://anond.hatelabo.jp/20170402010941

就活嫌なら就活やめりゃいいのに

俺も嫁も兄弟もいわゆる就活はしてないぞ

俺、教員

兄、医者

嫁、教員のち専業主婦

嫁妹、看護師

こんな感じ

納得できる道を歩みたまえ

2017-03-31

薬剤師になりたくなかった。

中学校入学してから卓球が楽しくて仕方なかった。

勝手に親に志望校を決められ、B判定だったので卓球部を辞めさせられた。

最後の県大会の前だった。部活の仲間ともぎくしゃくしたまま卒業した。

第一志望の高校合格し、片道2時間弱かけて通学した。

周りはみんな頭が良くてついていくのがやっとだった。

文系の方が好きだったけど、将来性がないか医療系に行け、じゃないと高校辞めろと言われて

理系コースに進んだ。親の希望する医療仕事を調べて、病院管理栄養士になろうと思った。

相談したらそれはダメだと言われ、薬学部に志望を変えられた。

聞く耳も持たず、全部自分の思い通りにしないと気が済まない親だった。

実家から通える私立に進学した。大学6年間は本当に苦痛だった。

興味の持てない講義、厳しいカリキュラム留年率がかなり高い大学だった。何とかストレート卒業して就職して必死に働いている。

家に帰ってから勉強やりがいは持てないけど緊張とプレッシャーで押しつぶされそうになる。

患者さんが副作用で苦しんでいて勇気を出してカンファレンス医者提案しても余計な事言わなくていいみたいな空気になる。

病棟薬の管理や服薬指導ナースステーションに行っても看護師から邪魔者扱い。周りからは楽で給与の高い仕事だと思われている。

休みの日も仕事のことを考えている。気が付けばアラサーと呼ばれる年になった。

15歳で卓球部を辞めてから10年以上たったけど、楽しい時間なんてなかった。

道を歩いていると自分が惨めで情けなくなる。

明日仕事

2017-03-28

大腸検査

はじめに

30代後半になって久しぶりに健康診断を受けた。検査一般健診ながら便検査が含まれていた。こいつがとんでもない曲者だったのである

ちょうど健康診断の時期、便秘下痢かで切れ痔がちだった。そんなわけで検査結果は潜血反応。1カ月以内に要再検査となった。どうせ痔だと放っておいたが若年層の癌てのが気になり、病院へ行くことにした。

医師の診察を受けた結果「便検査で要再検査だと次は大腸検査になりますが、増田さんの年齢では癌の心配はほぼないです。ただ、検査を受けていないので絶対とは言いきれません。念のため、再検査を受けた方がいいとは思います」と言われる。

検査の値段、どれだけ面倒なのかを聞いて受けることにした。検査中にポリープが見つかったら取ることや、もし見つかって取ったらしばらく食事制限があることなどを教えられる。諸々の説明を聞いて同意書にサイン

診察後「ニフレック」という名の経口腸管洗浄剤看護師から渡される。飲み方の指導などを受けた。看護師に忘れそうな奴だ!と不安視されたようで「検査の前々日に注意書きを読み直してくださいね」と念押しされた。

検査前日

食事野菜きのこ海藻類がダメうどんバナナ食パン雑炊ゼリーなどはOKアルコールダメ

朝食におじや(前日の鍋の残りの汁を使用)*野菜カスちょっと残っていた…

昼食にうどん外食)*薬味不要と言い忘れて小葱を少し食べた…。

夕食に豆腐1丁、卵焼き(具なし)、ノンアルコールビール

ダメなところもあるけどきっと大丈夫

後々、2日前から指定されていた食事を摂れば良かったかもと思うことになる。


検査当日の朝

経口腸管洗浄剤ニフレック」はビニール容器に粉末が入ったもので2Lの水が入れられるようになっている。これに水を入れ、粉末を水で十分に溶かして、指定時間から飲み始める。

しかし、うっかり寝坊。その上、粉末を溶かすのに手こずってしまう。1時間から飲料開始。味はまずいポカリというような感じ。飲めない訳ではないが美味くはない。これをゆっくり時間をかけて飲む。テレビに夢中になり、所定時間よりのんびり飲んだ。

1L飲み終えたときはいもの朝のような雰囲気。「ニフレック」大したことねーなと思っていたが2Lまで飲み終えると本気出す。すごいパワー。こっ…こんな水だけになるのか!という驚き。注意書きにあった通りの液体になってるわと感心。

ついに検査

上着は布地の検査着(ブラジャータンクトップキャミソール着用可)、下はお尻の部分が開口された不織布のズボンを履く。

検査室へ行くと、看護師から鎮痛剤の使用の有無を聞かれる。痛みを質問すると、耐えられない痛みではないけど、お腹痛いっていうときの痛みと聞くとのこと。それなら自分内臓も見たいし、鎮痛剤不要でお願いした。

検査が始まると異物感に慣れるまでに結構時間がかかる。姿勢最初だけ横向き、途中からほぼ仰向け。

自分大腸結構れいだな」と思うくらいで見ていたが、大腸の曲がり角であっ痛いっ!となる。「緊張せず力を緩めてください」と言われるが力の抜き方がわからない。痛みは下痢お腹が痛いときの痛みというよりは、空腹や便秘気味で便意が来た時にぎゅーっとなる感じの痛み。

出そうな感じがありますというと、看護師が「大丈夫です。内視鏡が吸い取っています」という。この水を吸い上げているような音は内視鏡仕事だったのか。ありがとうオリンパス

すみません。ガスが…と言ったら「気にせず出してください」って言われる。普通に出せばいいのだろうけど、恥ずかしさもあり、異物感がありながら普通に出すってどうすりゃいいのよ…て我慢した。

内視鏡から空気を出して大腸を膨らませながら小腸の付け根のあたりまで進ませる。その空気によりおならが出てしまうのは仕方ないことらしい。空気で十分に膨らんだ状態大腸を引き返すときにチェックしていくという。小腸のつけねから大腸全体をくまなく見ていく。

経口腸管洗浄剤の飲み始めが遅くて、液体がちょいちょい見えた。あと、もしかしてだけどこれは前々日に食べたひじきおにぎりひじきなのか!?というような出し切れていないカスちょっとあった。ごめんね、先生。いまめっちゃ吸い取ってくれてるわ…。という場面がそこそこあった。「すみません…」と言うたびに、先生看護師も気にしないでと言ってくれる。

鎮痛剤なしだったから痛いって言ったり、先生看護師安心させるために話しかけなければならず迷惑だったかもと思った。次受けるときは鎮痛剤を受けたい。

ちなみに、小腸のあたりで「難しいな」と先生が言ったときは、何がですか!と不安になった。

検査直後

多少の痛み(そこそこ痛い)があったものの無事検査終了し、トイレへ案内される。空気を送り込んだから大腸にガスがたまっているのでトイレでできるだけ出すといいと説明を受ける。もういいだろうと思っても全く足りてなかった。2波、3波がある。お腹が張る痛みが辛い。鎮痛剤を打って1時間以上寝てから帰宅の方が良かったかもなぁと思った。ちなみに検査を受ける病院は近ければ近いほど安心だと思う。検査後の食事パンうどんと勧められる。菓子パンはいいのか菓子パンは!と思いながら、結構ジャンクめの菓子パンを食べ、酒も飲んだ。平気だった。

検査を終えて

数日後に担当から聞いた検査の結果は全く問題なしだった。健康的なキレイ大腸だったらしい。担当医には「心置きなく保険に入ってください!」と言われた。やったね自分大腸

検査体験して思ったことは、検査の2日前から消化に良い食事をしていた方が良さそう。大腸食事の食べかすがつきにくいと思われる。

経口腸管洗浄剤看護師から指導時間には必ず飲む。ぼんやりするタイプ指定時間より早く飲み始めるのがいいのかもしれない。

医師看護師が気を使っている様子だった。申し訳ないので次は受けるときは鎮痛剤を使いたい。

高収入高学歴友達ともう付き合えない

旧帝大から一流企業就職した友人が病気で倒れたと聞き、つい先日御見舞に行った。

高校以来の友人で大学が分かれてからもちょくちょく会っていたが、社会人になってからは相当忙しいらしく気づけば1年近く顔を見ていなかった。

はい居住地域はそんなに離れていないので倒れたという噂を実家経由で聞いてさっそく病院に様子を見に行ってみた。

大きな手術をしたらしいがそれなりに元気になっており、早く仕事をしたいと会話の中で何度も言っていた。

疲れているようだったが元気そうで安心したのだが、ちょっと気になったのが病院スタッフに対する言動だ。

看護師さんやその他のスタッフが病室を往来しているのだが、人が途切れるとぶつぶつと文句を言うのだ。

作業療法士低学歴で困る。安い給料なんだろうが、態度が悪い。やっぱり会話のレベルが低すぎる。などなど。

からちょっと学歴信仰の強いやつとは思っていたが、自分治療担当してもらっているのだろう人に対してあからさまに見下した言い方をしていることにちょっと嫌な気分になった。

面と向かって偉そうな態度をしていなければよいと思ったが、そういう態度は隠しているつもりでもにじみ出るものなので、おそらくスタッフも友人のことはあまりよく思っていないだろう。

うまく言えないが、高学歴高収入層にすっかり溶け込んでしまった友人のことをもう誇らしくは思えない。

2017-03-23

男だけど、メンヘラ不倫OL気持ちが痛いほどわかった

長くなるので短くまとめるが、今年初めに自殺未遂病院医療保護入院をした。

家族離婚し、一人暮らしになり色々悲観した結果だった。結局生き残ってしまったが


その前から少し精神科看護師都内病院でどこがいいか相談した事があった。

過去高校時代から6年間付き合っていた女性がその人なのだが、どっちかと言うと相談よりも会話自体が懐かしくて嬉しかった。

その女性学校卒業して東京に行ってから振られたので、ずっと「東京いって邪魔になった」ものだと思ってずっと恨んでいた。

彼女友達と悔しくて付き合ったり(最悪ですね)、色々それでも気になってネットでどこに居るか調べたこともあった。


Facebook経由で相手と繋がり、そしてそこで彼女は「鬱病になりどうしようもなくて逃げてしまった」という事をつい先日知ってしまった。

相手自身申し訳なく思っており、私の過去記事会社HPPR写真)とか色々見ていたようで、ずっと思ってくれたようだった。

けど恨んでいた私は母の死に焦り、当時付き合っていた彼女結婚子供を作っていたため、彼女は諦めて別の男性結婚した。


長くなったがここからが本題だ。

私はこの15年以上(妻には申し訳ないけど)忘れる事ができず、そんな状況でこんな話を聞いて色々と過去感情が蘇ってきた。

一人になってしまっていたし、またよりを戻したいと思った。しか彼女子供ができたばかりでそれはできないと言う。

しかし「親友として居たいし、カフェランチで一緒に過ごす事はできないかな?生きているって感じあえないかな?」と言う。

私はもうどうしようも無くてまた自殺未遂をした。今回は本当に本気だった。離婚のことも含めすべてに疲れてしまった。悔しくて彼女にはメール遺書だけ送った。

けど冗談のようで笑えるようだが、吊った紐がベルトだったので見事に切れて結局生き残ってしまった。

自殺未遂で吊った人はわかるかもしれないが、落ちた瞬間?は自分自殺した状況も何が起きているかもすっかり忘れている不思議状態だった。

その後メールを見ると、彼女は今入院中のようだった。詳しくは省くが「そんな状況の私を苦しめないで」という内容だった。

本当に申し訳無かった。そして見舞いに行けないか?という事でOKだったので5時間かけて行ってきた。

15年以上前彼女だったが何も変わってなかった。小さな子供と一緒だったけど、昔見た彼女のままだった。

本当は抱きしめたかったけどできなかった。私はこれからどうすれば良いのだろうか。

カフェランチ」をして満足できるのだろうか。

旦那がいる相手とそんな事をしてもいいのだろうか。本当は奪いたい。けど自殺未遂入院するような私に相手が付いてきてくれるとも思えない

そんな事を考えている時に、冒頭の「メンヘラ不倫OL」を思い出した。


「私にするの、それともその女(と家族)どっちがいいの!!(ナイフラー

では無いか。私はどうしようもなく悲しくなった

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316132345

看護師が男女二人きりで飯くうってのがそもそも…変な噂立てられそう

部署全体で行ったら大人数だから、男だから女全員に奢るとか不可能だろうし

恋人として付き合いたい下心で誰か一人を誘い出した、ってなら奢らされるのは当然だと思う

2017-03-12

僕の考えた標語を発表しま

アナルセックスのやりすぎは

看護師さんにすぐバレる

2017-03-09

父のその後

http://anond.hatelabo.jp/20170206191552 の続き。

あしかけ3ヶ月、実質1ヶ月と10日で父は退院した。退院と言っても回復リハビリ病院への転院でもある。

あれを書いてから3日後だか5日後だか7日後くらいに父の目は開いた。最初の数日は目の焦点が合ってないような感じだったがその後7日くらいでだんだんしかけた人の目を見るような感じになった。

目が開いて少ししたところで転院の相談はあった。この辺で回復リハビリ病棟のある病院は5つか6つあるそうなんだが、その中でも父の症状にあったと言うところを2つ3つ挙げてもらって検討した。

最も実家に近いところを母は希望していたのだが、そこは父の症状に合うリハビリ要員がいないとのことで却下となった。自分仕事場に近い病院については、母は(私の)祖母を預けたことがあってあまりいい印象を持っていなかったのだが、今回改めて見学してその印象を払拭したらしい。そこと、義理の母が回復リハビリを行った別の病院(そこは推薦されていなかったのだが、調べたら父の症状にあったリハビリ要員がいた)を第1希望、第2希望とした。

結局第1希望病院3月にベッドの空きができた、ということで転院が可能になった。話はまあまだまともに出来ないのだけど、左足は必要以上に動かせるし、それなりにリハビリは進むのかもしれない。

ここから愚痴だ。

病院スタッフ自分が思っている以上に分業化しているのだが、母にはそれがイマイチ理解できないらしい。

しょうがない。自分自分病気入院するまではあまり区別がついていなかった。看護師医者秘書じゃないし、会計のことは会計担当におまかせだし、実際に1Fで金銭をやり取りしている人はその会計を把握していない。医療相談室は病室とは離れたところにあるけれど、「外部に秘密漏れません」と言っていても相談員はその病室担当看護師だとまでは見抜けなかった。それならその場で相談したのにわざわざ遅いエレベータで移動させてスマンカッタ。

ただ、それがわかっていないと、病院スタッフのお願いとか質問とかに適切に応えられない場面が多くてキツい。健康保険関係でかかりつけ病院の診察や医療相談は無断では出来ないのだけど、その説明をする際にその話しかしないから母は混乱した。父のかかりつけは母のかかりつけでもあるのだ。母が通院する度に自分の診察より父の話を聞かれるのに「相談等は許可を得てからしてください」では何を言いたいのかわからない。その説明をしているのが経理担当職員だとわかれば「金のかかることはするな」で済む話なのだけど、それで結構混乱した。

前の病院で新たにでた薬がおくすり手帳に書かれなかったのもアレだ。薬そのものは渡されたので持ってきたのだけど、結局アレは新たに判断して使うことになるらしい。調べたら院内処方の薬はおくすり手帳に書かないことがままあるらしい。退院証明書の方にその辺が書かれていることを期待するしかない。

退院証明書と言えば、転院と新規入院書類が違わないのが微妙につらかった。既往歴とか書かされるのだがそれがどこまで大事かわからないのだ。あとで退院証明書を見たら自分が知っているより詳しく既往歴が書かれていた。向こうはカルテから転載しているのだから当然といえば当然なのだが、薬のアレルギー(納豆がどうとか、グレープフルーツ食べちゃだめとかあのへんね)はおくすり手帳判断するほうが確実なんじゃないだろうかとか思った。

リハビリについては承諾書署名を日付なし具体的内容なしでした。白紙委任状みたいなもんだがそこはしょうがないと思った。

遠くの親戚にメールアドレスを教えたら、1日おきに脳梗塞に関するサイトとかテレビ情報とか送ってくるのが地味につらい。善意でしているのはわかるのだが、その情報はいらない。善意といえば、何度も来てもらっているのだけど、やってるマッサージが「効果がなさそうでつらい」と言ってくるのがさらにつらい。ダメ元なんだから効果がなくていいし自己満足なんだからそれでいいじゃん、と言いたいのだがそれはそれで「お前のやってること無駄だよな」と煽っているように聞こえかねないので言えない。

まあ、仕事が忙しいのでメールはあまり読めないことにしている。LINEと違ってメールでは既読マークが送られないのはありがたい。

2017-03-06

結構な金を注ぎ込まれた母のその後

以前、『母親結構な金が注ぎ込まれてる』(http://anond.hatelabo.jp/20160823232626)『はてなーが案外やさしかった件とその他のもろもろ』(http://anond.hatelabo.jp/20160824212145)というタイトルで、月60万円の抗がん剤を使いながら、日本保険制度のおかげで、月1万5000円しか負担していない「相対的貧困者」である母親の闘病生活について書いた増田です。

日付みたら、もう半年がたっているのだが、ここにきて大きな変化があったので、つらつら書いていくことにしたい。

母はその後、一進一退の闘病生活を続けていた。

体調が良い時は、映画を観に行く時もあるし(『君の名は』は案外気に入ったらしい。)、副作用がきつい日は一日寝ていたり。

先週の金曜日までは。

抗がん剤をうって、体調が悪い時期をおえたばかり。

先週の水曜日は一人で病院に行き、とくに問題にすべき所見がない状態だったのだが、金曜になってどうやら尋常ならざる腹痛を覚えたらしく、土曜日に同居している姉が病院に連れて行った。

取りあえず、当直の内科医が診断したところ、腹膜炎をおこしているらしいとのことで、痛み止めをうったりレントゲン撮影などしているうちに、主治医外科医が到着。

通常のCTスキャンだと、造影剤をつかうのだが、抗がん剤で体が弱っているため、造影剤をつかわずCT撮影

小腸大腸に穿孔が疑われるのだが、画像では今一つ患部がはっきりしないらしい。

通常の患者ならば開腹手術に踏み切るところ、はたして、母の場合は体力がもつのか、また、抗がん剤の影響で、術後、傷がすぐにふさがるのかどうかが判断付かず、医者協議がつづく。

主治医産婦人科医。母が卵巣ガンのため)は、手術を主張するも、外科医内科医は反対するという状況の中、結局、週末のため麻酔医の手配が付きそうもなく、また、あらためて放射線医の主導のもと、造影剤を使ったCT撮影の上で、精密な診断を下す必要があるとのことで、月曜日までは「保存的療法」(ようするに、点滴で栄養補給しつつ、抗生物質で炎症を抑える対症療法)をとる、との診断に落ち着く。

(なお、ここまでは姉からの伝聞)



そして今日

CT診断を経て主治医放射線医、外科医内科医などなどの協議の結果、正午過ぎにやはり手術をすることになる。

ただし、緊急の手術が入ってしまったたこともあり、開始時間がいつになるか分らないという。

準備をしてまつこと2時間くらいたっただろうか?

いよいよ手術ということで看護師なに4人がかりでベッドからストレッチャーに母を移す。

いや、自分で立ち上がれる(と、本人は思っているし、実際たちあがる)のだが、腹部にできるだけ圧迫を与えてはいけないとのことで。

母は手術に若干の不安を抱えているものの、現状では、うがいが許されている以外は一切、なにも口に入れることが許されず、手術によってその状況が改善されるのならば、と望んでいるようだ。

スタッフステーション最近は、ナースステーションとは言わないらしい)横の病室からエレベータ、長い廊下を運ばれる母にくっついて、自分と姉も移動し、弱弱しくベッドで手を振る母は、「手術棟」の自動ドアの向こうに運ばれていった。

体力を考え、できれば1時間、最長でも3時間

患部の状態確認し、最悪、内臓の消毒や洗浄だけで、それほど積極的処置もできずに終わるかもしれない、と説明されていたが、果たしてどうなることか・・・と待合室に席を落ち着けた途端、自動ドアあいて、看護婦が「増田さん!」と叫んだ。

何事!!!

本来なら患者のみが呼びこまれるドアの内側に、姉と自分が駆けつける。

手術衣を来た外科医協議議論リードし、重鎮っぽい空気を醸し出していた、いかにも精力的な医師である)が口を開いた。

「実は、私どもに認識の違いがありまして・・・

どういうことか?

母が現在抗がん剤を使い始めたのは、昨年5月からである

ところが、外科医は、昨年5月「まで」と、今の今まで勘違いをしていたようなのだ

医師説明するところでは、現在の薬を使っている場合最後に投与して最低でも8週間は外科手術をしないほうがよいという。

もちろん、「明らかに今開かなければ、もう数時間で確実に大変なことになる」などという状況であれば判断もかわるが、母はまだ、そこまでの段階にはない。

腹部を押した場合、まだ痛みを感じるところと感じないところがある、という。

実際、つい先ほどまで、スマホをいじってメールを返信したり、電話対応しているくらいなので、「もう我慢できないほどの痛みでのたうちまわっている」とか、そういう状態ではないのだ。

「ここまで来ていただいて、まこと申し訳ないのですが、やはり、もうちょっとだけ保存的な療法で様子を見るべきと、最終的に判断させてください」と頭を下げられて、「いや、手術してください」とはだれも言えない。

一緒に聞いていた母の心中は分らない。

手術への恐怖から一瞬だけ解放された安堵か、現状を劇的に回復される手段が先送りになったことへの絶望か。




もとの病室にもどり、しばらくして改めて主治医説明を、母と姉と共に聞く。

「正直、腹膜炎の手術に関しては、自分の専門外の部分も多く、外科内科判断に従わざるを得ない。

『五月まで』と『五月から』の認識違いが生じてしまったことは誠に申し訳ない。

まずは、抗生物質で炎症を抑えつつ、点滴の種類を追加して栄養補給し、しばらく様子をみる。

何分、抗がん剤は癌細胞だけでなく、内臓の正常な細胞にも影響をあたえるので、手術後、傷がふさがらなくなる可能性もある。

もうしばらく、抗がん剤の影響が少なくなるまで頑張りましょう、しばらく点滴だけで食べ物飲み物もとれませんが云々」

といった説明があった。

やれやれ、ということで病室で落ち着いたところで、自分と姉だけが再び呼ばれた。

その瞬間、「来たな」と思った。

なぜ、もう説明が済んでいるのに、もう一度呼ばれるのか。

それは、「本人には伝えにくい診断があるから」以外に、理由はない。

「正直、私としては手術で状況を打開したかったのですが、申し訳ありません。

 現在の薬には、消化管穿孔の副作用が起こる可能性が、ごくわずかながら起こる危険があるというのは以前からお伝えしていましたが(実際、それは母にも伝わっている)、

 まさに、その、危惧した状態がおこっているということです。

 新しい薬ですから、正直、そういう症例が、当院では初めてですし、国内的にも症例はそう多くない。

 だから、お母様に今後なにが起こるのかは、何とも言えません。

 普通の消化管穿孔ならば、手術をしてしまうわけですから、消化管穿孔の患者に保存的療法を続けた場合症例というのも多くないのです。

 なにが起こっても不思議はない。」

「がんの発見から、もうすぐ丸6年ですから、お母様は大変よく頑張ってこられましたが、私にして差し上げられることが、現状では、なくなってしまったというのが正直なところです。

 このまま持ちこたえれば、また手術もできるのですが」


そして、以前、父の時にいわれたセリフがでてきた。

母を外した席で説明を始めた時点で、想像はしていたのだが。

曰く

「もし、会わせておきたい人がおられたら、そろそろ連絡を始めて下さい」



さて、ここで問題だ。

母はどの程度、自分の病状を認識しているのかが、つかみかねるのである

実母と夫もガンでなくしている母は、ガンの末期というのは相当苦しく、また、その痛みを和らげるための薬を使ったりすることを知っている。

そして、今の母は、そういう状態にない。

考えてみれば当然であって、今の母は「がんの末期」で苦しんでいるのではなく、腸閉そくと消化管穿孔の症状で苦しんでいるのだ。

それは、ガンとの戦いの結果ではあるのだが。

突然、いろんな人が訪ねてきたら、それはそれで、母が何事かをさとり、精神的に追い詰めることにもなろうが、かといって、「間に合わなかった」ら悔いが残る。

この状況で「精神力」が病気と闘うのにどれだけ役に立つのか、良くわからないが、「アマゾンで注文した本が届いているはずだから明日もってきて」などというほど頭がはっきりしている人の、生きる気力を奪うことはできない、というのが姉と自分結論となった。

とりあえず、何人かの方に話をして「偶然近所に来る可能性がある人」から順番に呼ぶことにした。




明日以降、日々、状況は変化するだろう。何が起こるか、起こらないか




6年前、「このままでは、1か月も持たない可能性もあります。即、手術です」といわれて、大震災後の輪番停電が続き、大至急の手術は延期するという状況の中で、母は最初の手術を受けた。

その時点でステージⅣ、五年後生存率は20パーセント

あれ以来「最悪の事態」を常に裏切ってここまできたが、はたして今回はどうなるか。

もし、外科医が「勘違い」に気が付かずに手術を結構していたらどうなっていたか

誰にもわからないといは、とりあえず封じ込めて、明日も取り急ぎ有給をとっているので、「アマゾンから届いた本」をもって病院に行くことにする。











2017-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20170303091431

女をゲットさえすれば人並みの人生送れるという発想の人が

40過ぎて女を捕まえられるとは思えない

医者なら無条件でモテると思ってるようだけど、そんな事はないし

まして40過ぎて非モテ思想おっさんなんざまともな女には相手にされない

つーかこういう人って、研修医時代看護師いじめられてますます歪みそう

女居るか居ないかは男にとって重要だろう?たしか看護師いじめられて病むかもしれないが、でも6浪して就職社会復帰できる道なんてないよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170303085507

女をゲットさえすれば人並みの人生送れるという発想の人が

40過ぎて女を捕まえられるとは思えない

医者なら無条件でモテると思ってるようだけど、そんな事はないし

まして40過ぎて非モテ思想おっさんなんざまともな女には相手にされない

つーかこういう人って、研修医時代看護師いじめられてますます歪みそう

2017-03-02

今の日本社会低学歴不利益押し付けすぎているのでは?

なぜ皆がくっそ高い奨学金レクサスの安いグレードなら買える)を借りてまで大学に行くのか、やはり大学に行ったほうが就職選択肢は広がるから。そして高卒だとまともに就職できない、特に普通科普通科高校なんてさ、教師就職に関してはあまり積極的ではない。面倒くさいからね、高卒就職斡旋って、だから必死Fランでもいいか大学を勧め親にもそうせざるを得なくするんよ。

大学に行かないとまともな就職先がないっていうのはちょっと問題だと思うよ、高卒以下の離職率の高さがそれを物語っている。

新卒者の3年以内の離職率学歴別にみると、大卒者は前年比0.4ポイント減の31.9%と2年連続減少したものの、4年連続で3割を超えた。短大等卒者は同0.2ポイント増の41.7%と4年連続増加。高卒者は同0.9ポイント増の40.9%と同じく4年連続増加。中卒者は同1.6ポイント減の63.7%と3年ぶりに減少した。同省は「(離職率は)大きくぶれているわけではない」と話している。

http://news.mynavi.jp/news/2016/10/26/425/

大卒31.9 高卒は40.9 中卒はなんと63.7% まあ自分の周りが大学行って楽しい自分けが働いているということに嫌気を指して仕事を辞めるやつもいると思うけど、でもやはり高卒以下は良い就職先には恵まれないってのが現状だよね。

学歴不問!やる気を求めます!こういう企業に限って中小零細でブラックなところが多い、やはり大卒でないとそれなりに組織の大きい会社に入れることはヒジョーに困難。そして厚労省データを見るとね、やっぱり大企業離職率は圧倒的に低い!組織がでかい財政面、人事面でも余裕が出るからね。

高卒中卒は中小零細で低待遇ブラック環境で働くか、それとも派遣非正規アルバイトで一生貧乏生活やるかしかないのが現状。だからみんな必死大学に行く、借金してまでも。大学に行かないとまともな就活スタートラインにすら立てないっていうのは大きいね大学いかざるを得なくした日本社会ははっきり言って異常だ。しっかり罪を認識しなさい。

んでこれからもどんどん様々な分野で大卒を条件にするところは出てくる。看護師大卒を主流にしたいらしい。ますます奨学金地獄学生を増やす大学ビジネス日本若者搾取する悪徳業界だよ。誇れる産業ではない、スマホゲー業界よりもたちが悪いよ。

まあ「自己責任」という言葉で片付ければそれで終わりなんだけどね。便利な言葉だよね自己責任って、国立大ですら奨学金借りないといけないくら学費がくっそ高くなっているけど自己責任ですか。国は教育費なんかに金をかけたくないのが本音だよ。本当に教育に力を入れているのであれば今頃多くの学生給付型奨学金をもらっているはずよ。

まあ低学歴不利益ばかり押し付けていればいずれ日本暴動内乱が頻発するようになるだろうね、ていうかそうでもしないと日本社会は変わらないよ。

2017-02-28

天下のNHKでさえ肖像権先進国だけのものと考えているらしい

NHKを眺めていると、地域医療に携わる看護師女の子という切り口でニュースドキュメンタリーが流れている。

ここで紹介されている子は学生時代フィリピンに行ったこと云云という事で番組内にはフィリピンの貧しい子供たちの子供とその中で映る彼女写真

天下のNHKでさえ、国内ではモザイクをかけるであろう箇所に勝手に「外国特に途上国)」「子供貧困にあえぐ子供肖像権存在しない)」と解釈…してるかどうか知らないが、少なくとも許諾を得たとはどこにも表示せずに勝手に放映している。

報道機関がまずは襟を正さないと、ネットでの云云の問題なぞ遥かにという印象を持った。

2017-02-26

http://anond.hatelabo.jp/20170226173347

文系天才、もしくは実学系の学部以外は選ばない方がいいと思う。社会科学は誰でもできそうだが本当に理解するには本当に難しい。逆に理系は多少のバカでも努力次第でなんとか使える(使い道のある)人間になるからね。自分は頭が良い自信がなかったか理系を選んだ。私立理学工学英語就職が一番バカオススメの道だと思う。

もし本当につんでるのなら、海外に出る方法も考えてみたらどう?日本ほどやり直しのきかない社会はないと思う。個人的フリーターになった時社会復帰しようと頑張ったけど全く無理だった。

自分が調べた限りでは日本で道から外れて社会復帰できてる人は営業系か医療しかない。医師とかはかなりの学力必要になるので誰にでもなれるわけじゃないかギャンブル性が高い。営業も才能がかなり影響するので同様にギャンブル性が高い。そうなると放射線技師とか看護師とかそういうのに限られてくる。

ただこの数年で日本労働環境改善されている一方、海外悪化しているので単純に海外に住んだ方がいいのかどうかはわからない。少なくとも自分の時は海外に出るのが良手法のうちの一つだった。

2017-02-22

お客様は神様です

本当は違う意味合いだったのに、

お客様から神なんだろう

っていう考え方が蔓延しすぎちゃった気がする。

もうやめようよ、こういうやつ。

この間も、人間ドック受診している同じ患者が、

私の方が先にならんでいたから、私を先に通した看護師さんに対して、

あとから来たおばさまが「なんで私が先じゃないの!?私はプレミアドックなのよ!」

と大激怒だった。

お金を出せば神様で、優先しなければならないってわけじゃないと思うんだけどな…

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん