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はてなキーワード: 犠牲とは

2016-12-03

http://anond.hatelabo.jp/20161129232307

少しずつヴィーガンに切り替えてる者です。肉はソイミートでも十分だし、本物の肉を食べるにしても、もっと頻度が低くてもいいと思います

生きとし生けるものすべて何かの命を犠牲にして生きているのは事実ですが、最低限の消費で、さらに痛みや苦しみも最小限にするべきだと思います

そして、犠牲にせずに生きられないなら、その命への感謝尊厳は最低限持っていなければなりません。

今回の魚のスケートリンクに関しては、そうした尊厳、罪悪感が微塵も感じられません。そして、不必要殺戮です。

「人工肉スタートアップのMemphis Meatsは感謝祭ターキーも人工肉にしたいと願う」

http://jp.techcrunch.com/2016/11/23/20161122lab-made-meat-startup-memphis-meats-hopes-to-grow-a-thanksgiving-turkey/

日本でもこう言った取り組みが広まればいいですね。

http://anond.hatelabo.jp/20161203092101

幸せになるために結婚するのではないにしろ自分のことを不幸にする女とは結婚してはいけない。

異性間に限らず、他人を不幸にする人間というもの存在する。

それは精神的に自立しておらず、他人を平気で犠牲にしてしま人間だ。

2016-12-02

「色々なもの犠牲にして仕事をしている」という上司

絶対出世しないと誓った瞬間だった。

見栄っ張りな女だけはダメ

小学生の昔から振り返ってみて、どんな男が人気だっただろうか?

足の速さ、面白さ、顔、経済力、そしてまた顔と様々だろうが、おかげで男というのはいい加減幻滅している。

女の求める条件が次々と変わるのを横目で見てきているからだ。

そういうのにきっちり順応できたモテ男や、逆に全くモテ要素のなかった男なら別かもしれないが、

そうでなければ一度や二度は手の平を返された経験があることになる。

単に男が単純なだけかもしれないが、その単純な男からすると、女の立ち回りは正直イヤラシイと感じる。

あれこれ条件を挙げるのはいいが、それだってどうせそのうち変わるんだろう。そんな考えが捨てきれない。



それでは、なぜ男に求める条件がこうもコロコロ変わるのか?

主語を最大限にでかくすると、それは女というのは概して見栄っ張りだからだろう。

四六時中「周りにどう思われるか」ばかり考えていて、しかし周りの状況というのはコロコロ変わるから

自分の好みも変わってしまう。それだけの話なのだろう。

そして、こういう女というのは、タチの悪いことに、夫も子供自分自尊心のタネとしか考えない。

から平気で犠牲にする。愛情というのも、そのために出したり引っ込めたりするものしかない。

そればかりか、キラキラするためなら、自分自身すら燃料にしてしまう。

かくて周りも自分も、誰のためにもならない苦労を強いられ疲弊した挙句

「私はこれだけ頑張ってきたのに!」などとのたまうが、自分が好き好んでそうしていたことにも気付かない。



男にとって結婚とは、変わりゆく状況に対して二人で共に立ち向かい、支え合うものだという幻想がある。

それがファンタジーに過ぎないことは男だってわかっている。

しかし、できればそれを真っ向から否定してほしくはないのだ。

日本英語教育で間違いなく変えるべきだと思うこと

未だに手書きが基本だということ。

正直言って手書きする機会は少ない。日本語でも手書きは少ないのに英語ならなおさらだ。会話の授業は置いておくとして、読み書きの授業は全てパソコンを利用したものに置き換えてほしい。

メリットをあげると、

1. 今までできなかった句読法の指導を行うことができるようになる

2. タイピングが速くなる

3. 単語スペリング勉強する時間を減らせる

以下順番に、

1. について:

ある程度英語ができる人でも、正しくスペースを空けられない人が多い。英語のスペースはカンマとピリオドの後に一つ打つ必要があるのだが、日本語の習慣を引きずってか、カンマやピリオドを打った後にスペースを空けずに平然としている人がいる。これは知っていればすぐに直せるミスなのに、知らないせいで読みにくい英文が量産されている。はっきり言ってウザい。

2. について:

今の時代手書きなんかしないから、手書きが速くてもメリットあんまりない。それよりも速く正確にタイピングできることの方が重要だ。国際比較でよく弱いと言われている、日本の子供のITリテラシーも補強できるかもしれない。

3. について:

パソコンを使って英文を書くことが当たり前になれば、スペリングにこだわる必要性は減る。毎日単語テスト10分費やしていた時間から解放されれば、読み書きの練習に充てられる時間は多くなる。そもそも、単語スペリングなんて覚えたって英語の仕組みの理解には全く役に立たないのだ。

たいてい、教育を変えようというのは方針の変更であって、例えばよく言われる「今までは読み書き変調だったがこれからは会話を重視しよう」なんていうのは、会話のために読み書きを犠牲にしようという論である。でも「読み書きの授業をパソコンベースで行うべき」というのは、何も犠牲にしない。学校によってはパソコンの台数が十分用意できないかもしれないが、カリキュラムの変更は必要としないから、パソコンを使うことができない学校では引き続き紙ベースで授業を行える。パソコンが用意できる学校では、同じカリキュラムパソコンを使って授業をし、空いた時間で追加の読解・作文の練習をさせることができる。

人の進む道

プライドのためにいろいろなもの犠牲にして戦い続ける。

そんな生き方しか教えてもらえなかった。

そんな生き方しか認めてもらえなかった。

負け犬は次々排除された。

いくら懸命にしがみついても、それが当たり前のように扱われ

ただただ前進できない日々。

光明をつかむ術はあるのか。ないのか。

2016-12-01

片山のゆうちゃんの犠牲社会必要だったのだ

最近ASKA覚せい剤再犯云々の最近話題

どうやら覚醒剤と似た成分のサプリだか向精神薬が誤って引っかかってるのでは?

という憶測が色んな所でささやかれているらしい。

個人的には自分もなんか怪しいなぁって感じてる。



これって今までだったら「天下の警察がそんな初歩的な判断ミスするわけがねーだろ」

で一蹴されるはずのところだけど、「まあでも警察誤認逮捕しまくりだってことは片山のゆうちゃんが証明しちゃったしなぁ」

ってなって胡散臭く感じちゃうだけでも片山のゆうちゃんの犠牲社会有益だったって思わない?

2016-11-30

餅という国策産業

http://anond.hatelabo.jp/20161129165629

この小品が一面鋭い点を突いているとすれば、実際これほど餅が危険なのに、なぜ野放しなのか、という点だ

うすうす感づいている人も多いと思うが、餅は政府にとって実に都合のよい『高齢化対策』だから

身体の衰弱した老人が、みずから率先して消えてくれる

まりにも完璧食材ではないか

老人以外も多少犠牲になるが、それはコラテラルダメージというやつだ

子供が好きなこんにゃくゼリーと違って、餅は老人の好物なのだ

そういうわけで、餅はこれからも、本格的に規制されることはありえない

原子力と同様、国体こそが国民に優先するからである

2016-11-29

日本でも経済的心理的貧困層が多くなり発言する場所もある。

俺たちが普段社会で澄ました顔で過ごしていくには憂さ晴らしのための犠牲もっと必要になる。

ネットリンチ晒しあげ、上等だよ。単純にそれが楽しいわけだし、みんなそう。

綺麗事を言うのはもうやめよう。

から人の悪口リンチは好きだったはずだ。

私だけは違うなんて言うのはもうやめよう。

妬みや嫉妬心は誰だって持ってる。ライバルが落ちていくのを見るのを心地よく思わない人がこの世にいるだろうか?

「いやそうじゃない」って言えるほど俺たちは豊かではない。

他人の失敗をフォローしたり、障害者を助けたり、できない人をかばうなんて余裕のある人がこの世にどれだけいるだろうか。

あいつがダメになったらひとつ空席が増えてラッキーという人がほとんど大半だ。

今の世の中はみにくいし目を背けたくなるしそれはわかるけど、でも無理。

俺たちが澄ました表の顔をしていくためには必要なこと。

生き延びてくには必要なこと。

ターゲットにならない技術を身につけることができなかった者から順番に死んでいく。

2016-11-28

左翼が跪いて愚見を申し述べさせていただかねばならない方々の一覧

左翼思想世間に認めていただくのは非常に困難ですが、リベラルはみんなのお母さんだと思って、がんばりましょうね。

赤ん坊の泣き声にフルフェイスヘルメット

かぶせてみた。

 

もうね限界だったのよ。

から旦那バイクヘルメットを借りた。

でも、大人用のヘルメットから、音が漏れる。

それで閃いたんだけど、赤ん坊の泣き声防止と、うつ伏せ寝で呼吸できない問題とかの対策に、

赤ん坊にかぶせるフルフェイスヘルメットを開発したら売れるんじゃないかって。

 

バイク用じゃないから、強度を犠牲にして、代わりにぱかっとする機能を付けたり、蒸れないように工夫したりすればヒット商品になるんじゃないかな。

 

非人道的だって叩かれないか心配だったので、ひとまず増田で聞いてみた。

 

良いアイデアだと思ったら、誰か作って!

2016-11-26

少年戦士戦死したり病死したりするのを楽しむ今のアニメ文化は正直気持ち悪い。

気持ち悪いだけならいいけど、そこにストーリー性や主人公感を混ぜてくる今の少年戦士アニメは本当に害悪だと思う。

10代のうら若き少年童貞のままその辺の雑魚に殺されて終わる展開も酷い。

どう考えても少年戦士死ぬきじゃないと思う。

仮にもその昔男の子の憧れの職業だったりしたヒーローを夢のままで終わらせないでしっかり殺すという愚行は本当に呆れてしまう。

少年戦士黄金聖闘士犠牲のもと生きたまま地獄に行った聖闘士星矢は良い。

戦闘他人を殺しておいて「同じ技を反対側から叩き込めば生き返る」という謎理論による雑な蘇生も最高だった。

逆にドラゴンボールでは、何度も殺されたのに何度も生き返らされて強敵と戦わされる孫悟空は本当に辛いだけだった。

あんなのはもういらないんだ。

少年がボロ雑巾のように戦うなんてもういいですから。みたいな事を言ってたらアンパンマンだって放映できないですよねー。


http://anond.hatelabo.jp/20161125191537

2016-11-25

東京大学総合図書館の閉鎖に関して

 まず、このような事態になっていることを大変遺憾に思います。そして、このような事態に対して意見を申し上げなければいけないということ自体遺憾に感じています。このような事態というのは、「もしかすると総合図書館の蔵書が利用できなくなるかもしれない」という事態のことを指しています

 大学として図書館の本が利用できないというのは、あり得ない選択肢でしょうし、それがあり得てしまうかもしれないという状況になっていること自体が、おかしいのではないでしょうか。図書館の閉鎖は大学の閉鎖と同じくらい重大な事態だと認識しています

 研究者学生あっての図書館であり、図書館という施設主体ではなかったはずです。それにもかかわらず、施設を中心に考え、施設のためには利用者犠牲にしても仕方がないという立場には反対いたします。

 なによりも要求したいのは、図書の引き続きの全面的な貸し出し可能です。これが守られる限り、図書館図書館としての機能果たしているといえるでしょう。今でさえ、辞書辞典コーナーを一部使用できなくしていますが、そのような基礎的な資料をないがしろにする図書館姿勢おかしいのではないでしょうか。

2016-11-24

シン・オオカミ少年


オオカミ!!すぐにげて!!」



あのオオカミ少年オオカミに食べられてから5年。

今では別の少年羊飼いをしており、オオカミが来ると村人たちに必死の形相で繰り返し大声で叫ぶ。しかし……



「……オオカミじゃなくてキツネだったか

「まぁ、オオカミじゃなくてよかったじゃないか。無事が何よりだよ」



5年前のオオカミ襲撃時には、オオカミ少年や羊だけではなく、多くの村人も犠牲になった。

村人たちはオオカミ少年ウソが油断を招いた結果被害を拡大させてしまったことを反省し、新たな羊飼い少年には、オオカミを見かけたらすぐみんなに避難を呼びかけるよう、強く言い聞かせた。

この新しい羊飼い少年は、オオカミ少年とは反対でとてもマジメな少年であったが、良くオオカミを見間違えた。この前はタヌキだった。



「今度はキツネか。いい加減にしてくれよ。これじゃオオカミ少年と変わらないよ」

「大体、言い方が大げさすぎるんだよ」



避難場所に集まった村人たちの中の数人が愚痴をこぼす。

するとそれを聞いた他の村人たちが一斉に非難した。



「なんてこと言うんだ。5年前の悲劇をもう忘れたのか!?

オオカミの群れを確信してからじゃ遅いってことがわからないのか!」

オオカミかどうか判断する時間が無い以上、強く呼びかけるしか無いだろう!」

「まったく、お前みたいなバカオオカミに殺されればいいんだよ」



それ以降、愚痴をこぼした村人は何も言わなくなった。

その後も羊飼い少年の見間違えは改善されず、あれから更に数年経った今では多くの村人が羊飼い少年の呼びかけを聞いても避難することはなくなっていた。

ここまで信頼を失っているのにもかかわらず、羊飼い少年やその呼びかけに公然と異を唱えるものは誰もいなかった。

いまや羊飼い少年の呼びかけを非難することは不謹慎とされていたし、なによりそのことで村八分にされることを誰もが恐れていたから。



……




オオカミ!!すぐにげて!!」



オオカミの群れに追われた羊飼い少年必死の形相で叫んだ。

村人たちはその声を聞くと一旦足を止め、やがて何事もなかったかのように日常に戻った。




http://b.hatena.ne.jp/entry/www3.nhk.or.jp/news/html/20161122/k10010777991000.html

[]二人の増田

聖騎士増田

「・・・刻々と高まる下腹部の便意を抑えきれないようだな・・・?」



暗黒騎士増田

所詮ブクマム人は我々とは違い劣等民族からな。彼らには少々重湯がすぎたということだ。」



聖騎士増田

「薬で人体を縛り付ける、そうした西洋医学のやり方に問題がある、・・・そうは思わないのか?」



暗黒騎士増田

「縛り付けた覚えなどないな。彼らは薬でコントロールされることを望んだのだ。」



聖騎士増田

「望んだだと?」



暗黒騎士増田

「そうだ。・・・世の中を見渡してみろ。どれだけの人間自分だけの肉体で排便を成し遂げるというのだ?

 自らの手を汚し、リスクを背負い、そして自分の足だけで埋めていく・・・。

 そんな奴がどれだけこの世の中にいるというのだ?」



聖騎士増田

「・・・・・・・・・。」



暗黒騎士増田

「・・・貴公らの活動を思い出してみよ。貴公らがエントリーを流し、名声を懸けて守ったブクマ民はどうだ?

 自分の身を安全場所におきながら勝手なことばかり言っていたのではないのか?」



聖騎士増田

「彼らは自分生活を維持するだけで精一杯だったのだ・・・。」



暗黒騎士増田

「いや、違う。傍観者でいるほうが楽なのだ弱者から不平を言うのではない。

 うんこをこぼしたくないからこそ傍観者立場に身を置くのだ。彼らは望んで『傍観者』になるのだよ。」



聖騎士増田

「ばかな・・・。人には自分の排便を決定する権利がある。自由があるのだ!」



暗黒騎士増田

「わからぬか!本当の排便とは誰かに与えてもらうものではない。

 自分で勝ち取るものだ。しかブクマ民は自分以外にそれを求める。

 自分では何もしないくせにブコメだけは主張する。

 漏らした増田の登場を今か、今かと待っているくせに、自分がその漏らした増田になろうとはしない。

 それがブクマ民だっ!」



聖騎士増田

「人はそこまで怠惰動物じゃない。ただ、我々ほど括約筋が緩くないだけだ。」



暗黒騎士増田

「・・・聖騎士増田よ、貴公純粋すぎる。はてな民自分の夢を求めてはならない。生産者は与えるだけでよい。」



聖騎士増田

「何を与えるというのだ?」



暗黒騎士増田

便秘になるという特権をだっ!」



聖騎士増田

「ばかなことを!」



暗黒騎士増田

「人は生まれながらにして深い業を背負った生き物だ。

 排泄という快楽の為に他人を平気で犠牲にする・・・。

 より楽な排泄を望み、そのためなら人を締め出すことだっていとわない。

 しかし、そうした者でも罪悪感を感じることはできる。彼らは思う・・・、これは自分のせいじゃない。

 生理現象のせいだ、と。

 ならば、我々が乱れた生理を正そうではないか。秩序ある腸内環境にしてやろう。

 スターをむさぼることしかきぬ愚民にはふさわしい役目を与えてやろう。

 すべては我々が管理するのだ!」



聖騎士増田

「意にそぐわぬしいたけをしいたげることが管理なのか!」



暗黒騎士増田

しいたけているのではない。

 我々は病におかされた腸内環境からその病因を取り除こうとしているにすぎん。

 他組織に影響を及ぼす前に悪質な繊毛運動排除されねばならぬのだ!」



聖騎士増田

社会に自浄作用が備わっているように大腸にもそれを正そうという働きはある!」



暗黒騎士増田

「それを待つというのか?ふふふ・・・貴公は人という動物を信用しすぎている。

 はてな民はより力のある方へ、より安全なほうへ身を寄せるものだ。

 そのためならブクマページを非表示にすることもできる・・・。増田!」



聖騎士増田

「ま、増田・・・!なぜ、君がここに・・・?」

2016-11-22

青春の話

赤ん坊が無事「子供」になるまでの1~2年は、一人の大人が職も家事も投げ打つほど生活犠牲にするということはもはや半ば常識だが、

さら子供大人になる思春期にも、ザーッと音がするくらい300歩くらい大人が譲って、本当に一人分の席を開けてやらなきゃいけないんだとしみじみ思う。

 

賢くて、小学生中学生を抑圧されたまま過ごしていられた子ほど、親はそのまま行けると勘違いしがちだが。

身軽に、ひらりと、避けて、またはゆずってあげなければいけない。

親のどちらとも違う第三の大人がそこにできあがりつつある。

第三の大人はいままでからするとカツアゲかとおもうくらいまた急にお金時間を持っていく。

非常にタイミングのわかりづらい、面倒な、そしてお金のかかる時期がきたんだなとようやくおもえた。

もっと直線的で上り坂をゆっくり歩けばよいとかとおもったら、急に崖を登るようにむずかしいんだ。

 

家康はお子さん育てたことがなかったのかね、いや元服したらもう大人だったのだろう。

 

さておき、子供が大変手がかかる時期とその時必要労働お金の量が子によって違って予測できないのは、本当にこまったことだ。

自分遺伝子が100%だったらどうだろうね。いやいやむりむり。

2016-11-21

この世界の片隅にを見たけれどあんまりピンと来なかったというか

途中から戦争中は世界中でこういう風景が起こっていたんだなと思うと

それが戦争日常風景なんだと感じ、人が死んでも悲しくもなくなってしまった

日本人けが特別じゃないしねまあ原爆落とされたって意味では特別なのかもしれないけど

泣いてる人は日本人特別被害者悲劇主人公化出来るから泣いてるのかもしれないが

あと子供犠牲になると泣くスイッチでもあるのかもしれない

シンゴジラでも思ったけど現代戦争は外敵というわかりやすものじゃなくて

ヒラリートランプみたいなわかりづらい対立から発生してるように感じる

昭和戦争過去のものだ全くリアルには感じないか自分には

逆に帰ってきたヒトラー国際問題合わせて戦争へ突き進んでしまう恐ろしさを感じたんだけど

まあ多分作品的に合ってなかったということで

終わり

誰も犠牲にならずに人間社会を維持することは不可能

2016-11-20

広告業界改善にはクライアント側の改革必要

これを書いた元増田です。

電通不正請求広告業界全体の問題

http://anond.hatelabo.jp/20160924144051


これを書いた後、電通過労自殺事件があり、電通組織や体質の問題社会的批判され、同時に広告業界ブラックっぷりを多くの人が知るようになった。自殺をした高橋さんには大変申し訳ないが、この流れはとてもいいことだと思う。社会全体で過剰なサービスや過重労働批判されて改善に進みだそうとしている今、広告業界もその流れに乗らないといけないし、しかもその流れを牽引していく存在になるべきだと思う。そのような力が広告にはまだまだ残っていると思う。


ただし、非常に不満がある。

今回の問題批判ほとんどが電通広告業界に対してのもので、過重労働を引き起こす元凶であるクライアント」はほとんど批判されていないことに対してだ。


確かに広告業界の過剰労働は相当な問題だ。これは業界全体に粘着のようにまとわりついていて、未だに「残業時間の多さ」を誇るようなところがあるし、新人の成長と残業時間は比例するみたいな考えも根強かったりする。中には給料いらないから働かせてくれ、みたいな人がいるのも確か。

だけど多くの人は仕事がない日は早く帰って家族に会いたいし、週末は遊びに行きたいし、休暇をとって旅行にも行きたい。

それを妨げるのが「モンスタークライアント」の存在だ。

彼らは自分仕事はだいたい「広告代理店にぶん投げれば解決する」と思っている。おれ自身経験があるが、そのような人物は「上司に報告するための資料作成から「年間の予算管理」、「他部署との折衝」、「クライアントの社内行事の余興」まで何でも代理店にぶん投げる。深夜に飲み屋に呼び出され、飲み代を「接待費」として経費精算しろ、と言われたこともある。広告代理店は今や「何でも下請け屋」になってしまっており、過去のおれの経験上、業務の半分以上はクライアント本来やるべき仕事だったり、クライアントの尻拭いだったりした。そうして広告代理店本来やるべき仕事の一部が子会社に行き、子会社本来やるべき仕事の一部が下請けに行き、と玉突き事故のように業務が流れていき、業務量が雪だるま式に増えていく。しかもそういう業務は当然のように「タダ働き」だ。請求できない。クライアントとの良好な関係を維持するための犠牲なのだ


何でこんなことになってしまうかというと、人格が終わってるようなクライアント担当者がいるというのもあるけど、構造的な問題を言えば「クライアント側にプロがいない」ということがあると思う。これは広告業界だけでなく、他の業界にも言えることだと思うけど。

いわゆる大企業ジョブローテーションが基本で、これまで生産管理をやっていたような人が、突然広報担当になったりする。そうやって幅広い分野で知見をためて、会社のことを知り経営ノウハウを身に着け、将来的には幹部候補生を育てていくという考えなんだろうけど、広告のことをまるで知らない担当者クライアントの窓口になった時の広告代理店の苦労ったらない。曲がりなりにもクライアント担当者から、彼らの指示を仰がなければいけないのだが、それまで生産管理をやっていた人だから全く感覚が分から支離滅裂なことを言ってしまう。だから新任担当者のために勉強会を開いたり(これも無償)、資料にも素人が分かるように滅茶苦茶細かく説明を加え、根気よく彼らが一人前になるまでフォローしなくてはいけない。本来はこれもクライアント側の仕事なのだが、今すぐにでも決定しなくてはいけない広告制作世界で悠長に教育してる暇なんぞない。だから手取り足取り教えていく。それが現場担当者レベルだったらまだいいけど、決裁者に違う畑の人物が来たときの苦労は並大抵ではない。

クライアント側も自分無知理解しているので、全面的広告代理店を頼ることになる。なんせ、分からないことは全部教えてくれる。無茶で無知要望質問にも応えてくれる。大変ありがたい存在だ。そこにクライアント担当者広告代理店信頼関係が生まれるのだが、ある一線を越えてしまうと、担当者は何でも広告代理店に頼るようになってしまう。そっちのほうがラクだから別に自分がカネを払うわけじゃないし。広告代理店は信頼を失いたくないから、無茶な要望も全部受け止める。そうなるともう歯止めが利かなくなる。

クライアント企業広告代理店との付き合いの中に、「ここからここまで」という契約存在しない。そこは曖昧不文律で、各社によって千差万別だと思う。おれはクライアントの社内行事の余興までやってたけど、そんなことあり得ないという所もきっとあるだろう。


今回の問題を受けて、電通を始め広告代理店各社、過重労働対策を打っているようだが、だいたい「深夜になると明かりが消える」「早朝出社を推奨する」「残業○○時間を超えると労働時間をこれ以上付けられなくなる」みたいな小手先対策が主で、売り上げ下げたくないけど社会的批判にも応えなくてはいけない、という意識からまれた全く効力のないネガティブものだ。形骸化するのが目に見えている。

問題の抜本的な解決のためには、広告代理店は「クライアントとの付き合い方」をそもそも変えなくてはならない。それまでの担当者間の情の付き合い方をやめて、冷酷にならなくてはいけない。「それは弊社の業務ではありません」と言わなくてはいけない。

そしてもっと大切なことは、クライアントが変わることだ。クライアント側が変わらないと、広告代理店も変わらない。「私、これよくわかんないんです。電通さん、やっといてもらえます?」という乱暴な依頼の仕方を今すぐやめてほしい。自分業務責任を持ってほしい。そうでないと「何でも下請け屋」が再度はびこってしまう。

無責任に何でも丸投げするクライアント担当者と、「何でも下請け屋」的な方法クライアント担当者の信頼を得てポジションを得る広告代理を撲滅しないと、本当の意味での広告業界全体の改善はなされない。

2016-11-19

他人が悩みを打ち明けても叩かれないが、自分が悩みを打ち明けると必ず叩かれる。

匿名でも実名でも変わらない。叩かれたくないので強がること二十年。今はもう泣き方がわからない。

心の埋立地悲鳴を上げているのだけども、それらはいっさい外に出てこない。

人を虐げる人間映画で涙を流すけど、虐げた深刻へ向かって涙することはない。

連中の偽善的涙は感覚コンクリートで固められてしまったものたちの犠牲の上に成り立っている。

その鮮やかに滑らかに感じられる甘えきった感性は、冷たい打ちっぱなしコンクリをこさえたことに気づけない。

欺瞞に満ちた涙が本物で、疑うべくもないものだとあの連中は信じている。

現実ではリンチにかける人間が作り物で涙を流し、自分の娘がレイプでもされようものなら不条理に悔し涙を流す。

くそこにはどんな分岐存在しているのだろうと思わざるをえない。

お前の涙もあえて再定義すれば等しく虐げるものに流されるべきだった。

こちらが自分感情自発的に気づかないこととは別に自身が産んだ被害があることに彼らは気づけない。

時折自分自身ですら、そうやって虐げた人が後頭部の頭蓋骨に時々へばりついてくるというのに。

本当の非情は無感情ではなく、感情豊富価値の転倒から発生するものなのだ

彼らはそれにすら気づけないし、不幸にならなければわからない。不幸になってもきっと事故だと思い込む。

謝罪記憶も思い起こしもない。悲しみはなく殺意が延々と詰まった排水口に蓄積してゆく。

なぜ感情に任せて書き殴らないのといわれたら、冒頭のコンクリートが装飾しながら喋って書いているからと静かに言おう。

嘘に気づけない人のせいで、コンクリートの嘘つきがたくさん生まれているよ。無表情な顔で。

2016-11-18

http://anond.hatelabo.jp/20161115110829

女子寮には変質者が群がってくるのは本当だよ。昔、フライトアテンダントが住む航空会社女子寮近くに住んでたが、物凄いガードと警備だった。

驚くほど高いフェンスが周囲を取り囲み、外門からオートロック各部屋の凄く小さな窓は全て嵌め殺し、しかも常にカーテンが引いてある。

洗濯物なんか当然干してあるのは見たことない。警備員駐在

侵入防止、覗き防止etc...の為だわな。

作りは立派で綺麗なマンション風だったけど、まるで鳥籠みたいで、ほんと可哀想な位だった。

こんな防犯重視の建物が出来たのは、それまでの女子寮にも性犯罪事件が沢山あったんだろうなあと怖くなった。

女子学生の多い寮も、似たような被害は多いのだと思う。こんなに厳重にガードして貰えないだろうし。

それでも周囲では、待ち合わせの彼氏というより、ストーカーっぽい車がとまってるのを見かけることが多々あった。

航空会社が景気よかった頃に建ったものだけど、経営が傾いてきて、廃止になった。警備だけでもお金かかるしな。

男による犯罪女性生活経済が実際に犠牲にされてるわけで、その分程度はフォローしないと、男性差別たあ言えないと思うね。

2016-11-17

http://anond.hatelabo.jp/20161116152814

何ンゴか知らんが本人が降臨して説明してみんな溜飲下げたみたいだけど、あれは自作自演だよ?


本人も「否定的な反応だろうというのは事前から予想」「放送されると炎上するだろうというのも予想」と書いてるけど、

何をどう出せば、どういう反応があるか、とか、

ここで自分がどう動けばどう返ってくるか、とか、

分かんないはずないでしょ。どう考えても彼はそんな阿呆ではないよね。バイトだの新入社員だのじゃないんだし。(あ、バイトだっけ?)


取材が入ることが分かってる。手持ちのカードCG作品)は恣意的に選ぶことが出来る。恣意的に。爺の人間性は把握している。否定的な反応と予想と、彼自身書いている。「いい画」が撮れれば取材者側はそれを使いたいことが分かっている。そして何より彼自身が、使うことを了承している。


計算完了、ですよ。

炎上上等、ですよ。


使うことを了承したあたりで、あー炎上したら事の経緯を増田に書くかーくらいまで完璧に想定できてるよね。(まあ、結局、分かる奴にしか分かんないと思うけど。どうトボければいいか、なんて、普通人間の知るところではないから。)

あんな美味しい映像」って何よって。爺の爺っぷりが余すところなく表現されるような場面でしょ。いい加減爺も爺だから、下々の物はあるていど爺用に加減した物を出すように、どうしても自然にそうなっちゃう訳よ普通は。


要するに彼は、爺を怒らせようとして怒らせて、怒ってる爺を放映、表現、伝えたかったはずなんだよね。「なんの得もない。」ってね。あるよね得。在るが儘の爺が。爺に惚れてあそこ通ってるんだもん。


爺の人間を伝えたいんでしょ。自分ちょっとした犠牲になってでも。学生時代のアダ名はピエロ川上だったもんね。


自サゲ爺アゲで伝えたいものがあるのは分かるけど、あんアカラサマなのを口開けて見てる馬鹿ばっかりで驚いた。おまいらな、眉に唾つけ刮目せぇよ。


と、終わりにしようと思ったんだけど、元のを読み直したらさ、

本当にあったことをそのまま」

「そこにあったのは本物の僕自身であったと」

「本当に困ってしまって」

「全て、本当の僕が映って」

「本当のありのまま自分が映し出された」

「本当の僕を見てそう思ったんだから

「本当の僕を見て嫌う人間に、嘘の僕を見せて好感を持ってもらいたいとは思わない。」

本当本当本当と本当に五月蝿え奴だ。どんだけ~


こういうのは、ヤラセたんだとバレるのが一番マズい。ヤラセだなんてあり得ないと思われるに決まってるし証拠とかないし一笑に付してほしい。でもね少なくとも20年前の自分には、これがアレだぞって伝えておかなきゃって思ったんだよね。何が真実かなんて分からなくていい。嘘が嘘だとだけ分かりさえすればいい。なんて、ホントかどうかは知らんけど。

2016-11-16

Dr. Strangelife or: How I Learned to Stop Thinking and Make KUSOKOME

いくら時間を消費しても足りないくらインターネットにはニュースが溢れており、さら議論を細かく追っていくと時間はいくらあっても足りない。

かといってニュース無視してしまうと、世の中の考えの流れから取り残されてしまうのは怖い。

あの話はどのように考えるのが正しいのか、この話はこれからどう展開していくのか、そんなことを精査して追跡する時間日常生活犠牲にしない限りとれるわけないのだ。

そこで、わたしニュースをみたあと、反射的な感想をすぐブックマークコメントを書き付けることにした。

わたし発言が正しいかどうかなどということは関係ないのだ。

いくつかのニュースに対してコメントを考えて言葉にすれば、だいたいそのニュース自分のものにしたという満足が得られ、もうその日はニュースを見ることに時間を費やさなくてよくなる。

こんな風にして今日インターネットに渦巻く無知無理解の海に一滴を注いでしまった。

しかし、1日を気持ちよく過ごせるのだから、そのような罪悪感などは帳消しなのだ。

8歳のカラースプラッシュ

小学2年生で8歳の息子がいます名前ギルガルドします。

であるわたしも、父もゲームが好きなので、もちろん息子もゲームが好きになりました。

 

普段からよく任天堂ゲームを楽しんでいる彼は、当然のごとく「ペーパーマリオ カラースプラッシュ」のCMに目を留めました。

  

ギルガルドはよく考え、何度もCM映像自分3DS確認し、値段も調べて、自分貯金箱の中身を何度も数えなおしてから私のもとにやってきました。

もじもじ言いよどんだ末に、ペーパーマリオで遊びたいとぼそぼそと話すギルガルド

自分お金で買うからいいでしょう。宿題もちゃんとやる。習い事にもきちんと行くから、お願いです、と。

 

結果ペーパーマリオは前日中WiiUダウンロードされ、発売日の放課後から冒険が始まりました。

最初のうちは「負けるかもしれないバトル」に挑むのを躊躇し、

落ちたら死んでしまうであろうゾーンでの操作を嫌がり、

何度トライしてもクリアできないステージでは涙をこぼしては

母のもとへグズグズ文句を言いに来たギルガルドだったけれど、

励ましているうちに「マリオがやられてしまうかも」という恐怖に打ち勝つようになり、

敵を軽やかに倒して物語を進めていくようになりました。

 

マリオ冒険相棒は、今回はペンキーというペンキの精で、とても表情豊かなキャラクターです。

マリオはいつも無口なので、サポートキャラ饒舌になるものだったけれど、

ペンキーは表情をカラフルな色でよく表すキャラクターでした。

よく怒ったし、よくしゃべったし、時には笑い、呆れ、一緒に温泉に入ったりもして、

間一髪でマリオ危機を救ってくれたりもしました。

 

マリオの隣で存在感を放ったペンキーが、

物語最後で、

 

すみませんここからゲームネタバレなので、プレイされている途中、予定の方はもう読まない方がいいと思います

 


↓↓ここからネタバレあります




    

 

  

 

 

ペンキー物語舞台であるイロドリタウンを守るガーディアンなので、

責任を果たすために、マリオの隣から去って消えてしまます

すべてを黒く塗りつぶす悪意の塊をあの小さな缶の中に飲み込んで、遠い空の向こうに去ってしまうんです。

 

ギルガルドはその光景を見て、少しだけ悲しく思ったようでした。

そのあとに始まるエンディングパレード仕様で、とても明るく楽しく、クリアしたと強く感じられる華々しさでした。

 

クリア後もギルガルドは、まだコンプリートしていない要素があるからプレイを続けていたのですが、

二日後の夜に、おやすみなさいと言った後になぜか母のもとへやってきました。

 

どうしたのかと尋ねても、なにも言わない。そのうちに、急に大きな声で泣き始めました。

 

プレイを再開したらペンキーマリオの隣にいます

最後の戦いのほんの少し手前の状態のまま、カラースプラッシュ世界は続いていますから

ところが、エンディングを見てしまったギルガルドの心には、

世界中のみんなのために自分犠牲にしたペンキー最後の姿が

強く焼き付いて離れないようなのです。

 

ペンキーがすべてを引き受けて去ってしまったことが、どうしようもなく寂しくて、

けれど、最後にひとかけらの未練も見せずに去っていく男気に心が打たれて、

簡単気持ちで「寂しい」と言ってはいけないと感じ、それが苦しかったのかなと母は感じました。

 

普段はいれてあげない布団の中でギルガルドを抱きしめ、いろんな言葉をかけて慰め、

最後に、じゃあペンキー手紙を書こうと提案しました。

 

どうやって書いたらいいのかわからないというギルガルドでしたが、

自分の思ったことを素直に綴ればいいと話すと、ノートに下書きをし始めました。

 

マリオペンキーへあてた手紙のものは見ていないのですが、

下書きだけは見せてもらいました。

 

ペンキーはとてもかっこよかった、。

表情をころころかえる姿を思い出す。

また二人で一緒に旅ができるといいね

約束した温泉に行けるといいね

ペンキーのことがとても大好きだよ。

 

こんなことがつらつらと書かれておりました。

 

どこに送ったらいいのか迷いつつ、結局任天堂あてに手紙を書いて出しました。

ギルガルドは、読んでくれたかな……と毎日そわそわしており、

母も読んでもらえればいいなと考えていました。

 

すると先日、返事がきたのです。

マリオペンキープリントされた紙に、ちゃんとギルガルドあての返事が書かれた手紙が、かえってきたんです。

 

ギルガルド最初自分で全部読めるといいましたが、何度も見返してから、わからない漢字があるから読んでほしいと頼んできました。

一緒になって読んで、母も泣きそうになり、ギルガルドも泣きそうになりました。

 

ゲーム感想手紙にして送るなんて、初めての経験でしたが、こんな風に返してもらえるとは思ってもみませんでした。

優しい手紙ありがとう任天堂

 

「ペーパーマリオ カラースプラッシュ」は、8歳のハートを成長させてくれる素敵なゲームでした。

 

母は大体のイベントを見てしまっているけれど、空いた時間自分でもプレイしてみようと思っています

まらないブログの読者をやめるのはいけないことか

前々から思っていたのだが、はてなおかしな所である


本当に面白いブログホットエントリに入るのではなくて、

どうでもいい、つまらないブログが脚光を浴びていることがしばしばあるのだ。


私は先日までそのブログの読者だった。


書き手ともブクマツイッター交流するようになったが、

次第に相手ブログがつまらないと思うようになった。


別に日常の驚きや発見を書く、絵日記が悪いとは言わない。


しかし、ほとんどずべての記事グリーンスターがつき、

毎度のようにホットエントリーに入るというのはどうなのだろうか。


前に「りんご日和」というブログはてなにあって、

同じように人気があったので批判を受けていたが、

りんご日和」は静かにはてなから去っていった。


私がつまらないと思ったそのブログには、

いわゆる互助会メンバーが多数ついており、

何も知らないで交流していたら、私も互助会リストに載ってしまった。


でも、有益情報もなく、まったく感性に合わないので、

私はそのブログ管理画面からサクッと読者解除した。


するとその相手は私に切れたのか、

お返しの読者解除とともに、ツイッターブロックという暴挙に出た。


私はその人に嫉妬していたものの、

自分ブログ批判悪口などは一切言っていないのに。


逆にその人のほうでも、長文を書く私に嫉妬していたのだろうか。


さらにその人の互助会メンバーたちは、

つい最近までは活発に交流していたにもかかわらず、

その絵日記の読者解除を契機に、私を避けてまったく交流しなくなった。


クラスアイドルに楯突くと、

取り巻き対象者いじめるようなものだ。


はてなとはなんと恐ろしい世界だろう。


毎日のように収益だの何十万PVだのと、みなが血まなこになって狂っている。

その上、交流がこんな感じでは楽しいことなんてひとつもない。


まらないブログの読者をやめるのは、そんなに悪いことか。

そして、誰かと仲良くするためには、自分本音犠牲にしなければならないのか。


自分が読みたいブログの取捨選択をするのは当たり前のことではないか


まして私は有料プランを使っているのだから

お金を払ってまで中身スカスカ記事など読みたくはない。


むろん、そのようなブログでも面白いと思って、

楽しんでいる人がいることは知っている。


しかし、人の感性十人十色なのだから

読者解除された悔しさでお返しに読者解除とか、

ツイッターアカウントブロックというのは、あまりにも狭量ではないか


そんなに私が憎らしいというのだろうか。


別にその人に謝罪してほしいとは思わないが、

少なくとも私ははてなブログを書くのが嫌になった。


しかも、その人は私が気に入っている人のブログにも行っているので、

仲の良かった人たちと前と同じような交流をするのは難しいだろう。


とりあえずアカウントは残しておくが、

私はもうはてなで書くことを辞めようと思う。


はてなお金が稼げて潤ったとか、

交流が楽しくて楽しくて仕方がないと言う人は、

この閉鎖的な空間ブログを書き続けてください。


短い間でしたが、たいへんお世話になりました。


私を応援してくれた読者さんたちには申し訳ありませんが、

これを最後投稿にしたいと思います