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はてなキーワード: 異能とは

2017-03-18

ダテコーが不憫で仕方ないか擁護させて。

ダテコーの事をよく知らない人や見下したい人ばかり寄ってたかってると感じる。

 

ダテコーは、ネトゲでいう、「ちょっとLVも装備も足りてないけど変わった攻略法を試したいから付き合ってくれる人募集!」ってシャウトしてるPTリーダーみたいな人だと思う。ネットで叩いてる人は、その「ゆるい募集」を見ずに入ってきて、自分では絶対にPTを立てないけれど、入ったらリーダーの指揮とかメンバーの振る舞いの至らなさに悪態をつく、他人への要求が高すぎる人と被って見える。ダテコーがやっていることは、メジャーで洗練されたビジネスライクな効率PTとは違う性質のもの。仮にてさぐれ部活もの以上の大ヒットを当てたとしても、ひねくれ者のダテコーは大手制作会社のような作品は作らない気がする。自分の信じる「ゆるさ」や「面白さ」を表現するために、永遠にチープでマイナーもの、悪く言うとキャストスタッフ視聴者好意に甘えた、アットホーム感のある作風にこだわりそうだと私は感じる。そして、そういうスケールアップをあえてしない道は、茨の道だけれどもアリだと思っている。

 

ダテコーはバウンスィという制作会社経営してるけど、アニメ業界の人はほぼいない。カネがなく(資本金350万だよ)、テレビ業界とコネがあり、メンバー構成作家演出家音響技術者くらいの10人少々。アマチュアレベルのMMDに手を加えた3Dモデルを動かす人形劇アニメにもかかわらず、大手アニメと肩をならべて放送枠をとっている零細ベンチャーみたいなもの。だから大手制作会社と同様の条件でやろうというのは無理ながらも、キャストを含め作風共感してくれるスタッフ好意と熱意に支えられて、もがいているチャレンジャーという立ち位置しかも彼はツイートしてるように、キャスト約束した給料は不払いせずきちんと払ってるし(あくま大手制作会社とくらべて安いから申し訳なく思ってるって事だろう)、自身会社設立以来1年間無報酬でやっていて、貯金もほぼないそうだ。局で作家をしていたころは一般サラリーマンの3倍ほど貰っていたらしいが、テレビ局構成作家は3000万稼いで一人前という世界から身を引いた方なので、ベンツを乗り回してみたいなネットの噂で僻んでも仕方がない。ともかく、稼いでいるのに金払いをケチる悪い人間、という風評は悪意的だと思う。

 

彼を追ってきた人なら分かると思うけれど、実際はクソ真面目で、言われてるような声優アドリブ芸や内輪ネタに頼りすぎた作風を良しとせず、脚本音響などスタッフ達がきちんと仕上げて編集する作品作りにこだわっている人。だからこそ、現場がそういうディレクションを軽視して「やっぱ声優さんすげーわ任せるわ」ってなるたびに怒って監督をやめている。職分を超えて、声優負担を増えさせる不健全な状況には敏感な人だ。実際BDのノーカット版などをみた人ならば、編集はじめクリエーターたちのすごさが伝わっていると思うし、最終回の作り方などには、彼の美学を感じさせられる。

 

あのツイッター発言についても、本意と違う悪意的な捉え方ばかりされていると思う。本意としては、自虐的ながらも、「ウチは普通のとこと違うし当然売れないもんだから普通ビジネス感覚でやってくる人とはお互い良くない、俺たちはファミリーが欲しかったんだけど残念だ」くらいのことだと思う。私は別に条件が合わなかった相手disる意図はないと感じたし、その条件が合わなかった人のことを指して「技量がない」と言っているようには思えなかった。このへんはネット西野さんが炎上してた時にも私は思ったんだけど、みんな悪意的に捉えすぎている。「ダセー」だとか「お金の奴隷」は西野さん自身に向けられた言葉だし、自分がお金にこだわって可能性を閉ざすやり方を一部改めたからといって、お金(対価)を大切にする普通の人たちを貶す意図は感じなかった。むしろ西野さんにも石舘さんにも、普通人達に対して理解を示す言葉があった。それすらも乗り越えて、それを用意周到な言い訳とみなし、煽られたように捉えてしまいカチンとくる自意識過剰な人が多すぎるように思う。自分の労働ぶりを自虐的に捉えている人がそれだけ多いのかもしれない。

 

ともかく叩いてる人らは彼を典型的アニメ業界監督だと思って、「こういう奴がいるか業界は…」と感じているようだけれど、ここまで語ってきた文脈を捉えてもらえれば、ピントがずれていることが分かると思う。業界の薄給問題でほんとに叩くべきなのは大手制作会社で、彼のようにテレビ業界とのコネとアイデアで飛び込んだベンチャー社長みたいな人を叩いてたら、余計に業界健全化しないと思う。カネはないけどツテとキャストスタッフ好意に上手に甘えつつ、アニメ業界に切り込んで新しいカタチを提案していく、そういう立ち振舞は資本力のある大手には許されないけど、ベンチャーとしては参入が許容されてしかるべきだ。そういう遊びを許容しないと、市場新しい風は生まれない。もちろん、労働法範囲内でだけど。そこは実際にはおそらく問題ないのに、彼が自虐的な言い方をしすぎるせいで、問題のある労働が行われていると勘違いさせている。新しい風と言ったけど、低予算のMMDアニメだとか、リアルタイム3D人形劇先鞭をつけたのはダテコーだし、実際人を選ぶけどファンはついてるわけだよ。キャストだって、弱小ゆえの至らなさやダサさをネタにして監督をイジる事は多々あれど、ツンデレというか作品監督も基本愛しているように思う。そういう文脈を捉えてない人や、一般企業で安くこき使われてる人たちの怒りが、ダテコーというアニメ業界を代弁できないイレギュラー存在に矛先を向けてしまった。本来アニメ業界大企業のおエライさん方に向けるべき正論を、辺境の霧の中にぶちこんで無駄にしている感じがする。ダテコーの言うことは、クリエイティブの、しか不安定ベンチャー分野で通用する、熱意の方向性に関する局所的な話なのに、クリエイティブ業に携わることも、ベンチャージョインする人脈や熱量とも無縁な性質の勤め人たちから、「一般常識」で殴られている感じが、見ていて本当につらい。

 

堀江貴文さんなどもそうだけれど、内面がクソ真面目すぎるせいで強い思想をもち、世間から見ると変わったことをやっていて、世の「普通」に一切媚びない人種の方々は、無頓着からすぐに炎上してしまう。何に無頓着かって、自身のやってきた文脈を一切とらえずに一般論に基づく感情で殴りかかってくる人たちに「誤解」されないための言葉選びや長ったらしい自己説明をまったくしない辺り。そういう異能たちが、出る杭だと叩かれてノーマライズされる方向に圧力が掛かるのは悲しいことだ。

 

それはさておき、私はダテコーのような新興の弱い買い手が、背伸びをせず等身大報酬しか出せないけども、その弱さを隠蔽せず、詐称せず、そして契約強要せずにいる姿勢はとても誠実だし、ホワイトだと思う。「ウチは小さいから相場ほど報酬あげられないけど本当にいいの?考え方に賛同してくれるとかじゃないとやってけないよ?」と正直に言った結果、断られ続ける。それは愚痴りたくもなるけど、むしろ倫理的には賞賛されるものだと思う。取引は双方の合意があって成立する。そのことを売り手(被雇用者)に常に自覚させ、選択権を与え、冷静に賢い判断をしてもらうことは重要なこと。売り手側が考えるまでもなく、お利口な買い条件しか提示しない、良い所しか見せない企業ばかりだと、判断能力が育たなくて恐ろしいし、画一的いびつ、非現実的だと思う。経済的に未熟な企業から成熟した企業まで、さまざまあっていい。経済的に未熟な企業はどうしても無い袖は振れない、これを理解せずに「相場を払えないなら経営するな」という人ばかりだと、誰もPTリーダーをやらなくなる、もとい起業しなくなる。もう少し、柔軟性があってもいいはずなんだ。「ボッタクリでも時と場合によっては買うぜ」って人が稀にいるのと同様、「多少安売りしてでもこの会社この人とならコラボレートしたい」という希少な人の存在を、「賃金」のポリコレ棒で生まれる前に消滅させてしまってはいけないと思う。最低賃金だとかダンピング防止みたいな例外はあるものの、基本的には、どんな値段をつけるのも自由であるべきで、そっちの基本部分の方を甘く見ている人が多いように感じる。ボッタクリにも理由があり、存在価値がある。だから絶対悪ではない。自分が買い手の場合にそういう考え方ができるのなら、自分が売り手(被雇用)側になったときに同じ考え方ができていいはずだ。自由状態でこそ市場は成長するし、人間としても取引に多くを学び、成長していくんだと思う。市場の失敗が起こるとしたら、大体は倫理にもとる行い、ズルをしている場合。産地を偽ってボッタクリ価格正当化している、とかね。そういう訳でもなければ、一方的にすべての企業に「十分な(平均並の)支払い」を求めるのは、経済理解に暗いがゆえに計画経済的な発想になっている人なのかなと思わせる。イラストレーターの買い叩きとかクラウドワークス的なのが批判される時、企業もっと払えと言う人がその無理筋ぶりに無自覚なのと同じで。

 

話を戻すと、彼を叩いている人たちは、経済的に未熟な企業を許さないんではなくて、ダテコー側が倫理的に未熟な企業だと思いこんで叩いているようだ。もちろん倫理的に未熟な企業ということなら、市場の失敗をもたらすから零細でも大企業でも許容されるものではない。ただ、その判断をするのはネット野次馬ではなく、労基署とか公的機関だけれどね。今回のダテコーの件の場合、ダテコーの側は経済的には未熟な企業だけども、倫理的には叩かれるほどの問題はないと思う。若い零細クリエティ企業としてはむしろ身分相応で卑屈すぎるくらいで。これがワタミのような余裕のある大企業で、そのくせ相手判断させる余裕も与えず洗脳に近いことをして雇用するのだったら大問題となって然りだけれど。

 

あと、叩いている人たちに感じた疑問がもう一つあって。そもそも、一企業が、従業員を養う責任を負うのが当たり前のように思われているけど、重すぎると思う。そういう考え方をしていると、日本の労働環境はいつまでたっても全体的にブラックなままだと思う。企業はおのおのの身の丈にあった、妥当な配分を労働者に与えればいい。それで足りない場合、国が負担する。それはナントカ手当だったり、ベーシックインカムだったりしてもいいけど。そういう考えが前提になってほしい。経営者だって人間だし、完璧ではないし不安定存在だ。会社が小さいうちは、自分の人生ですら支えられるか分からない。経営者若い事が多いし。だからもっと柔軟に、雇用区分だとか時間を変えてワークシェアを進め、流動性を高めて、一企業人生を預けるようなとんでもない常識を変えていかないといけないと思う。労働フォールトトレランス分散型に。

 

他人に求めすぎる悪態ネトゲプレイヤーがPTにありつけなくなる問題の解決策は、PTリーダーに対する期待値を下げること、あるいは気楽にPTを立てれる空気をつくることだ。そういう考え方が出来る人が少しでも増えて欲しいと思う。人生はしょせん、すべてがごっこ遊びで、全ての人がなんらかのロールを演じているにすぎない。お仕事も、特に日本人お仕事は、お仕事ごっこだ。そんなに崇高に考えて、他人に崇高さを求めてもどだい無理なんだ。もちろん、実際に崇高度が高くて「強い」企業の横暴には敏感になって良いけれど、相手の顔が見えないネットからこそ、相手ももしかしたら弱い人間なのかも、と想像することはとても大事なことだと思う。慈しみを。神のご加護を。

 

もし、これが増田から本人乙とか関係者乙と穿った見方をする人がいたとしたら不本意なので、一応自己紹介すると、私は中部地方に住む32歳職歴なしのニート(家事手伝い)です。

2017-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20170202144732

元増田あんまりオススメするから読んだよ、『ソシャゲライタークオリアちゃん』。

これ、普通につまんなくて出来悪くて、普通につまんなくて出来の悪いラノベってなんなの、ということを考えるのにすごくいい素材になってしまっているように感じた。

ラノベなんてみんな同じだろw」というような声がどこからともなく(というか元増田ブコメあたりから)聞こえてくるんだけど、そんなことはない、『クオリアちゃん』はかなり出来が悪いよ、ということをしっかり言っておきたいな、と思って、エントリを起こす。

小説としての出来云々じゃない部分、ソシャゲシナリオライターとしての主人公たちの生き方については

http://hishamaru.hatenablog.com/entry/2017/02/09/003000

http://anond.hatelabo.jp/20170203190941

この批判が当たっていると思う。

とりあえず俺はクララ先輩には機を見て空売りを仕掛けていくことをオススメしたい。

さて。

漠然と出来が悪い、と言ってもわかんないと思うので、サンプルを用意する。

と言っても、ここで新城カズマとか古橋秀之とか秋山瑞人とか石川博品とか出してもそういうのは例外と流されるだけだと思うので、もっと普通っぽい奴を見繕いたいところ。

例えば、商業性があると評価された実績のある人が書いた作品、すなわち「アニメ化作家の新作」と、ラノベ業界作品を送り出す人たちが評価して世に出した「新人賞受賞作」……と考えて本屋ラノベ棚を見てたら『勇者セガレ』((アニメ化作品はたらく魔王さま!』の和ヶ原聡司の新作))というやつと『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』((第29回ファンタジア大賞大賞受賞作))というやつが目に入ったので、買ってきた。増田のために『クオリアちゃん』と合わせて2000円くらい課金した計算である

http://dash.shueisha.co.jp/bookDetail/index/978-4-08-631161-8

http://dengekibunko.jp/newreleases/978-4-04-892615-7/

http://fantasiataisho-sp.com/winners/mother/

作品とも試し読みがあるので読み比べてみてほしい。冒頭だけだけど、それでも出来の良さの違いが見て取れるから

一見して『勇者セガレ』のレベルがとびきり高く、『お母さん』がその次、『クオリアちゃん』は論外、と俺は思うけれど、そう思わない人もいるだろう。

説明する。

小説には、概ね、お話が付き物だ。もちろん、お話で引っ張る小説は低級、みたいな話もあるんだけど、一般的エンタメ小説(多くのライトノベル一般的エンタメ小説である)においては、そういう議論はあまり考える必要はない。一般的エンタメ小説じゃないラノベに出くわす可能はいつでもあるので頭のすみっこにはおいておいたほうがいいけれど、でも、今回の三作品は全部一般的エンタメ小説志向なので大丈夫

さて、一般的エンタメ小説にはお話がある、という話だった。

勇者セガレ』なら、父親に異世界を救った勇者過去がある、と知ってしまった少年が、異世界での魔王復活を巡る騒動に巻き込まれお話。『お母さん』なら母親と一緒にMMORPG世界ダイブして冒険しながら親子関係を見つめなおす話。『クオリアちゃん』なら平凡な男が惚れた先輩に巻き込まれる形でソシャゲシナリオライターになる話。

んで、さっき示した試し読みで、そういう話だ、とわかるまでにかかる文字数は大体どれも同じ、5ページくらいなんだけど、その最初のとっかかりまでに与えられる情報無駄のなさを見てほしい。

勇者セガレ』は単刀直入お話全体像テーマ、というやつだ)を提示し、そのテーマについての主人公の開始時点での認識提示し、そして、それが揺るがされる場面が、いい意味で突然始まる。

『お母さん』はそれに比べれば随分もたつく印象だが、それでも母親と息子の関係物語だ、ということは十分手早く、一直線に提示されている、と言っていい。

クオリアちゃん』は無駄だらけだ。同級生に平がからかわれる話とか、いらない。

そもそも主人公の平凡さに何故ここまで言葉を費やすのか。クララ先輩にソシャゲシナリオライターの道に誘われる場面から入っていい。主人公が平凡さを脱して何者かになるお話なんだからスタート地点を明示しなければいけないのでは、というのは罠だ。平凡だ、とは、平凡という特徴がある、ということではない。非凡な特徴がない、ということだ。ならば、クララソシャゲシナリオの道に誘われるまで、何らかの特徴があるかのような描かれ方をしてはいけない。この主人公、狙ってか事故でか、かなり平凡ではないキャラなのだが、それもまあ、いいのだ。普通男子高校生と言って始まった話で主人公がとんでもない過去を思い出す、すげえ設定が明らかになるなんてのはよくある話だ。語り出す位置に変な癖をつけないことで間口を広められることだけが平凡な主人公という設定の美点で、それをこなしたらあとはどんどこヘンな奴にしていっていい。逆に、ヘンな設定をあとから盛りやすくするためにも、平凡さを積極的に描くのは悪手だ。

ここには多分、ライトノベルキャラクター小説である、という誤解がある。

商業性を認められたアニメ化作家も、送り手に評価された新人賞作家も、テーマ登場人物関係性を提示するところから小説を書きだしている。主人公人物像に無駄に筆を費やしたりしていない。主人公人物像を描いてはいけない、のではない。主人公人物像は、この際テーマ関係性よりも後回しにすべきだ、という話だ。

ライトノベルキャラクター小説だと早合点していると、主人公キャラクター性を提示するのが大事だ、と思い込んで、本筋のお話よりも先に名前からかわれるエピソードを入れ込んだりしてしまうのではないか、と思う。

そうした結果、ソシャゲシナリオライターの手伝いを頼まれるという展開の驚きが盛れなくなる。驚きのない掴みは最悪だ。

そもそも、ソシャゲシナリオ仕事を手伝うことになるって普通に考えて驚くような話なのか、という問題はある。

ソシャゲシナリオ仕事の手伝いを頼まれて驚くのは、ソシャゲシナリオに関わることをまったく想定していなかった場合だ。主人公脚本科の学生なんだからゲームであれシナリオ仕事を頼まれるのは、そんなに違和感のある話ではない。先輩に手伝ってと頼まれた、なんてのは、ライターデビュー王道と言ってもいい。

どうすればソシャゲシナリオライターデビューで驚きを演出できるのか。主人公ソシャゲを嫌いだ、という設定にしたらどうだろう……と王我は作者にささやいてはくれなかったのだろうか。

これも、関係性やテーマを後回しにしたことで生じた問題だ。ソシャゲ主人公関係をちゃんと設定していないから、こうなる。

ソシャゲマニア制作現場に関わることで現実を知る、でもよし、ソシャゲ嫌いが制作現場に関わることでソシャゲを認められるようになる、でもいい。ソシャゲどころか物書きとさえ無関係主人公なら(脚本科に在籍し、名作の名台詞を書きぬいてノートを作っている主人公はどう考えても無関係ではない)ソシャゲというものに触れる、というだけでも驚きがあるだろう。

半端にクリエイター志望でソシャゲ特に何も思うところがない主人公、というのは、掴みのインパクトを出すには最悪だ。

テーマ関係性、お話というあたりにあまり気を回さず、四姉弟の設定とかでインパクトを出そうとしている((『涼宮ハルヒの憂鬱』の構造をいただいているつもりなのかなって思いついて、ちょっと戦慄した。あれはハルヒについての話をあの三人がしてくれる構造であって、異能者が三人ただ自分異能を見せてくれるという構造ではないのだ。))んだけれど、そりゃ読者にも驚く理由がないよね、としか言いようがない。『ハルヒ』は、読者と視点を共有しているキョンハルヒ普通少女だと信じる理由があって、だからこそ、超常的な存在なのだ、と語る長門たちの言葉に驚かされることができる。本作では、クララタイムリープしない、オーガが異世界転移しないと信じる理由がどこにもない。だから、平がどれだけ驚いても読者は( ´_ゝ`)フーンとしか思わない。

あとがきラノベ200作品勉強した、って書いてあって、それは感心なんだけれど、でも、勉強する方向を間違えてはいなかったか、そこは疑問。

ライトノベルキャラクター小説だ、とか、男オタク向け作品関係萌えじゃなくて属性萌えだとか、そういう俗説を真に受けて、バイアスをかけた勉強をしてしまったんじゃないだろうか。

結果、普通につまんなくて出来の悪いラノベになってしまったんじゃないだろうか。

 

なお、ソシャゲ周りの設定について付言しておけば、作中作初恋メモリーズ』のシステムは、『プリンセスコネクト』に似ている、らしい。まあ伝聞なので確言はできないんだけど、だとすれば、元増田が言うほどソシャゲとは違うものの話をしているわけではない。とはいえ、『チェインクロニクル』のライターが書いた本で『プリンセスコネクト』の創作秘話を読まされることをみんなが望んでいたかどうかは不明だけれども。

2017-02-08

異能力バトルものとしての『けものフレンズ

っていうタイトルを思いついたんだけど、中身を思いつかない。あまりバトルしてないし。

2017-02-03

クオリアちゃんとやりがい搾取

感想発見

先のエントリ引用した感想を見つけた。

http://anond.hatelabo.jp/20170202144732

http://hishamaru.hatenablog.com/entry/2017/02/09/003000

作品最後に描かれるんだけど、読者を喜ばせることよりも、クライアント評価されることの方が価値ある報酬として機能してるのね。シナリオへの対価がアップすることがわかりやす目的なっちゃってる。いいよね数値化される評価って。彼らたぶん、ユーザーにどのようなゲーム体験シナリオが届くかとかにはあまり興味なくて、重要なのはソシャゲ製作ってルールの中でどれだけ有用な駒になるかってことで、それ以外の価値観は重視されてなくて、作品単体の面白さとか基本問題にならないの。びっくりするくらいどうでもいいの。

本来は、クライアント評価されることと、作品単体の面白さ、ユーザーにどのようなゲーム体験シナリオが届くかは全て大切であって、どれかを取るようなものではないと思う。良いシナリオを書いて、ユーザーが喜び、ユーザーが喜ぶようなシナリオクライアント評価するというのが、理想的な流れだろう。

ただ、ゲームプレイもせず、クライアント評価だけに喜ぶのは、プロとしてもダメ姿勢だ。

例えば、主人公ヒロインに啖呵を切って「自分一人でシナリオを完成させる!」って誓った最後の山場で、でも結局締切に間に合いそうにないときに、ヒロインに頼っちゃうのね。アレだけ必死に願掛けしたのに、あっさりそれを翻しちゃう。それがなんでかというと、この作品世界では「締切を守ること」が絶対条件なの。曲がんないの。「クライアントに泣きついて、締切を延ばしてもらって、それでも作品クオリティを上げる」とかは想像力範疇を超えるの。そこまでして良い作品を追求することはありえないの。時間を戻すなんて超常現象を持ち込んでも、守らなければならないの。不可侵なの、締切。

良い作品を作るために、自分だけで何とかするのではなく、他人に頼ること、〆切を守ろうとすること自体は、お仕事ものとして正しいと思う。

それはそれとして、超能力時間遡るのは「プロとして〆切を守る覚悟」とは致命的に相性が悪いのは確かである

いやさ、こんな仕事するくらいだったら、主人公は真面目に勉強して公務員なってクオリアちゃんを食わせてあげなよ、マジで

これは心から賛成する。ヒロインは、金の大切さというものを全く理解していない。

お金の大切さ

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ソシャゲライタークオリアちゃんを、お仕事ものとして見た場合、先輩であるヒロインが、主人公業界のことを教えていくという形をとっている。

一方で、このヒロインお仕事ものとして、主人公を導くには、あまりにも問題ありすぎる。具体的に言うと、お金の大切さがわかってない。

月収五万

ソシャゲライターとして主人公を導く立場にあるヒロインの月収は、五万円であるソシャゲ専業なので、他に収入はなく「全部で五万円」。いつ来るかわからないソシャゲ発注対応するために、他の仕事を全く入れてないのだ。当然、生活は成り立っておらず実家寄生している。


よくある話だが「お金のために仕事をしてない」という人は、お金を儲けることを罪悪視するようになる。このヒロインも「書き手としては、売り上げや継続率について考えるのは心苦しいとこもあるが」と言い、「あまりお金に余裕がない生活をしている為「プレイヤーお金を使わせること」に繋がる考えは受け入れがたいところがあるのだろう」と言われている。


だが客がお金を払って初めて利益が発生し、そこからギャラが出るのだ。そうなるように良いシナリオを書くのが仕事であって、そこに心苦しさを感じるのは、プロとして間違っている。


そもそもヒロインは、専業にこだわった結果、スマホも買えず、自分シナリオを書いているゲームすらプレイできない。誠実な仕事の態度とは言えない。


金にならなくても、好きなことに、犠牲を払って打ち込むというのは、美談ではあるが、逆に見れば、やりがい搾取精神である

恋愛搾取

主人公は、ヒロインに正面から告白するが、ゲームセリフ勘違いされて、シナリオ書きの手伝いにスカウトされる。そして、ヒロインの窮乏を知って、手伝おうとする。彼自身スマホは買える立場であり、安すぎるギャラのためでなく、ヒロイン収入を少しでも増やすために、手伝うわけである


好意からヒロインを手伝う一方で、ヒロインは、天然であるという理由で、彼の正面から告白を、何度もスルーし続ける。これはこれで恋愛搾取である

何でこうなったのか

ヒロインがポンコツなのは無駄に多い異能力者と同じく、よくあるラノベテンプレ意識したのだろう。「助けたくなるポンコツヒロイン」というのは定番だが、お仕事ものにするなら、「ポンコツだが仕事には真摯」とすべきで、嫌儲ヒロインは、どうかと。


あるいは作者としては、ヒロイン達の態度には良いところも悪いところもある、という意図なのかもしれないが、「ヒロインラブ」な主人公目線物語は進むので、作品の印象としては「やりがい搾取万歳」になっている。

その上で、ラストにちらりと出てくるライバルキャラを見る限り、お金問題は二巻以降に扱うのかもしれない。そのへんは期待したいところである

アドバイス

ヒロインが、そうまでしてソシャゲ専業にこだわる理由は、実績を作って、よりよいソシャゲ仕事を手に入れるためだが、そうした実績は専業でなくても積める。むしろクソ安い、クレジットにも出ないシナリオ仕事を幾つかやっても、あまり実績にならないことも多い。色々なライター仕事を受けて、見聞を広げ、信用を積み上げていったほうが、ソシャゲ仕事も良いものが回ってきやすくなる、とアドバイスしたい。


あとヒロイン時間の使い方が下手過ぎ。〆切ギリギリまで悩んだ挙げ句に、無許可の新設定を送りつける前に、「こういう理由で悩んでるんですが、ここはどうしましょうか?」と早めに先方に相談しよう。

誰が月収五万を作ったのか

ラノベである以上、100%現実に即する必要は無い。だが本作の場合、ただのお話しではなく、「現役ソシャゲライター業界リアルを伝える」系の実践的な参考書として売られている。作者のあとがきや、著名ライター応援からはそう取れる。


その内容が「月収五万の嫌儲ヒロインなのは、どうかと思うのだ。


しか下村氏も、下村氏の部下も、まさか月収五万なわけではないだろう。どちらかというと、彼らは、下請けライターであるヒロイン仕事発注する立場だ。


そう考えると、かなりつらい話である

2017-02-02

ソシャゲをやらないクオリアちゃん

ソシャゲは好きですか? ぼくは好きです

ソシャゲライター クオリアちゃん ―恋とシナリオ報酬を―』というラノベが出た。現役ソシャゲライター下村氏による、ソシャゲ業界舞台にしたラブコメ、というと。


ソシャゲ大好きなヒロインと、ヒロインに憧れる主人公が、時に苦難にぶちあたりつつも、ソシャゲへの愛と希望を胸に頑張る話……と思うだろうが、実のところは違う。ヒロインソシャゲを愛していない。ソシャゲシナリオライティングの参考になるといった感想が見られるが、ほとんど参考にならない。


こんなことを言うと、ひねくれたやつだと思われるかもしれないが、まぁ話を聞いて欲しい。

コスプレクオリアちゃん

嫌な予感がしたのは、冒頭からだ。

ヒロイン仕事の際は、キャラに入るためにコスプレをするコスプレイヤーである。その両親もコスプレイヤーだったのだが、かつて真夏コミケで暑苦しいコスプレを無理にやった結果、熱射病で死んだという設定が明かされる。


実際にそんなことがあったら、コミケの存続が危ぶまれる大危機である。少なくともコスプレ禁止か、または、大幅な規則改定がもたらされるだろう。警察も、コミケスタッフも、コスプレイヤーも巻き込んだ、大迷惑である


ブラックな笑いとか、ギャグ強めの話とかならいいんだが、これが「自分のやりたいことをやりきった人達」の「ちょっといい話」として語られてるんだよね。


正直、ここで危ない、と、思った。

ギャルゲクオリアちゃん

クオリアちゃん」の作中に登場するソシャゲは、多くのヒロインがいて、共通ルートヒロイン個別ルートヒロインエンディングなどが存在する。主人公は、業界の先輩であるヒロインと共に、シナリオを書いていくのだが。


これは、PCコンシュマーギャルゲ((ノベルゲームとも。ソシャゲでもギャル攻略する系のギャルゲは多いが、以下、ギャルゲと言った場合、パッケージソフトのもの限定する。))のフォーマットであって、今、主流の(例えば下村氏が担当しているチェインクロニクルなどの)ソシャゲシナリオとは、まるっきりかけ離れている。


これの何が問題なのか?


たとえば、コンシュマーギャルゲー場合、お客はまずお金を払い、お金に見合う内容を求めるので、ある程度、じっくりプレイしてもらえることが前提になる。一方で、ソシャゲ場合、試しにダウンロードして、ちょっと遊んで、ほとんどはそのまま止めるのが普通である。じっくりプレイする意志のないお客さんを、どううまく引き留めて、プレイを続けさせ、課金に繋げるかが前提になる。


当然、シナリオ方法論も全く異なってくる。


伏線を張り巡らせたストーリーで満足感を出すコンシュマーギャルゲに対し、ソシャゲシナリオは、短い独立したエピソードを増やして、キャラクターの魅力を立てる、といったものが多い。また、たいていのソシャゲRPG的な戦闘・成長システムがあり、それとの兼ね合いもある。


ソシャゲシナリオ面白くするには色々な方法論はあるが、つきつめていえば、「どうやって課金に結びつけるか」ということになる。だが、作中では、主人公達がシナリオを書いているソシャゲが、どんなゲームシステムで、どんな課金方式なのかがさっぱりわからない。

作中のヒロインも「ギャルゲだとこうする」「ギャルゲだとこうだが……」といったアドバイスに終始している。


そして、一番驚きの事実は、ヒロインが、ソシャゲプレイしていないことだ。

ソシャゲクオリアちゃん

そう、この作品において、ヒロインは、ソシャゲを全くプレイしていない。


ヒロインは、ソシャゲライティングなどを専業にしているので、ド貧乏であり、携帯なんかとても持てないのだ(シナリオ作成メール送受信は、両親の形見PCでやっている)。

なので、自分仕事しているソシャゲも、実際にプレイしてないし、ゲームシステムもよくわかってない。そんな人間が、作中で「ソシャゲシナリオの書き方」を教えているのである


正直、作者の正気を疑う。

ギャルゲソシャゲ

本作のヒロインが、なぜ、ソシャゲライターをしているかきっかけは、両親がギャルゲーマーで、両親のPCで、そうしたゲームに触れたから、というものだった。ソシャゲとの出会いソシャゲプレイした感動などの描写は……特にない。


ギャルゲ好きの両親に育てられたギャルゲ好きのヒロインが、ギャルゲ文法で、ソシャゲを書いている(事実主人公に教えたシナリオの書き方は、両親が言っていたギャルゲテクニックだと明かされる)。


一体、なんでこんなことになってしまったのか。


ソシャゲというのは、まだ出来て日が浅い。故に生粋ソシャゲライターというのは、まだほとんどいないはずである。たいていは、他の業界からの出向組、特にギャルゲ出身ライターは多い。で、こうしたギャルゲ関係者の中には、ソシャゲを、ボリュームが少なく、内容の薄い、くだらないものだと見下しがちな部分がある。


本作も、そういう世界観の中で書かれているとすると、残念ながら非常に辻褄が合う。


ラノベクオリアちゃん

業界話をさっぴいて、一冊のラノベとして見た場合も、本作の面白い点は山のようにあるのだが(無駄異能力がいっぱい出てくるとか)、それは、他の人に譲る。

興味があったら手にとってほしい。

https://www.amazon.co.jp/dp/B01N334XBG/

2017-01-18

2020年ラノベ流行

90年代

世紀末かつ不況で退廃感が漂う。

終末回避のために暗躍する秘密組織とか学校生活の裏で戦う高校生がウケた時代

異能系、セカイ系全盛期

  

00年代

世界は終わりませんでした。秘密組織とかアホくさ。

日常は変わらず続いていく。むしろ何気ない学校生活の中で特別感を味わいたい。

不思議で変な部活モノがウケる

  

10年代

そうだ異世界に行こう!

変わらない日常うんざり。転生して自分の心地いい居場所見つけたい。

この余波で正統ファンタジーモノ、戦記モノがちらほら蘇る。

  

20年代

世界とか飽きた。現実世界経済とか戦争とか大変になってる。

なんかもう疲れたママン。

そうだ可愛い女の子と山奥で自分の村を作ってひっそり暮らそう。

ほのぼの村長ライフウケる

この余波でシムシティが復権。

  

まぁ真面目に考えると、ラノベ界は大体10単位流行象徴するエポックメイキング作品が出てくる。

スレイヤーズブギーポップハルヒなどなど。

世界転生の代表格はわかんないけど、いわゆるなろうブームがそれに当たるのかな。

  

そろそろ次の流行の礎となる作品が出てきてもいいなーと思ってる。

2017-01-16

http://anond.hatelabo.jp/20170116001801

異能力者の力が暴走して制御が効かなくなってると思えば、命を取られないだけマシってことになる。

2016-12-13

ジャンプの今の連載を採点したくなった

ハイキュー:80点 現実的スポーツ漫画でありながら必殺技要素もある美味しいバランス感覚が良い。

ワンピ:75点 一時期つまらなかったけど最近面白い

鬼滅:65点 独特のじっとりした空気のおかげでやり尽くされた異能バトルでありながらどうせ主人公達が勝つんでしょと思えない緊迫感がある。

バラン:65点 黒人登場から急激に面白くなってきた。

ラクロ:60点 スピード感が売りだったのにここ数週足踏みしてるため評価がどうしても下がる。

火ノ丸:55点 少し前までの瞬間風速は90点クラスだったがツッパリ君が仲間の絆で勝つことがわかりきっているここ最近の展開は微妙なのでこの点数。

斉木楠雄:55点 凄い安定感だ。

磯部:50点 コイツも凄い安定感だ凄い。

青春:45点 悪くないんだがもう一声欲しいでも新連載の中ではいい方。

ゆらぎ:45点 シコ漫画だけにシコ点つうかねこういうのは採点しづらい訳よ。

ヒロアカ:40点 主人公ライバルの対決や試験突破よりもヴィラン独り言の方が10倍ぐらい面白いんだがどうなってんだ。

レゴラッソ(オレゴラ?ゴラッソ?テコン?どう略せばいいのか分からん):35点 光る所はあるので今回の連載で力をつけて次頑張って。

ーー赤点未満ーーさっさと切るべき作品ーー

デモプラ:20点 ガッシュベルセルクを足して割ってここまでつまらない話を作るのは逆に凄い。

アマルガム:15点 コンドルの方が夢があってまだ面白かった画力は伸びてそうだが何が起きてるのか分かりにくい絵が多く総合的には微妙

左門:10点 バトルや人気投票ネタ引っ張りすぎまだ新入りかつ一次創作なのに早くもノリが同人誌的。

ソーマ:5点 もう駄目だろこの漫画

銀魂:-100点 爺さんもう潮時じゃよ。

ー番外ー

ヘディス:90点:ギャグ漫画初挑戦でこの面白さやはり天才じゃったか

2016-12-10

今期アニメゲーム化案というか妄想

見てない奴は知らない。あとスポーツ者は省く。

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2016/12/18 追記:わかったー装神少女まといのゆまちんの能力アクションにしたら面白そうだと思ったんだ。あとマンキンオーバーソウルっぽくって巫力的なものも導入できそうで。

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フリップフラッパーズ

世界探索アクションファイティング要素もあり)


バ嬢

プレイヤーが神林を操作してスタイリッシュにさわ子にツッコミを入れていくリズムゲーみたいな奴。

隠しコマンド百合ゲーになる。

ブブキブランキ

いろいろ作れそうだけど、方向性がピンとこないな。

単純に対戦格闘にするとまあありがちになりそうなので部武器戦とブランキ戦をうまく組み合わせることによってゲーム性を(この系統余りやらないので略

魔法少女育成計画

異能系タッグ対戦格闘(一部例外あるけどかねがねタッグだし)

終末のイゼッタ

シューティング一択

魔女戦だけ東方緋想天みたいなシューティング要素の強い格闘とか。

ドリフターズ

戦略シミュレーション

思いつかなかったのも省いたらこんだけか。

なにか見てる時に「これゲームにしたら面白そう」って思ったんだけどなんだろう。

あ、「劇場版艦これ」かもしれない。

2016-11-26

http://anond.hatelabo.jp/20161125191537

魔法少女育成計画』は異能バトル物で、手っ取り早く異能を手にするために、魔法少女という小道具を使ってるにすぎない。

ついでにいうと、『セーラームーン』以降の魔法少女戦隊バトル物になってしまってる。

2016-11-25

それを夢小説かどうか決めるのは作者だ

と、わたし(筆者)は思う。腐女子こそ夢小説を書くべき論とかを読んで、うだうだ考えたことと提案

わたしの夢傾向のせいで、おおむね夢小説のことになるけれど、ある程度夢創作全体に通じると思っている。そして、だれにも押しつけるつもりはない。

わたしの夢傾向

女。

創作愛好歴はおよそ10年で、ブランクはない。「灰男」からとでも言えば、わかる人にはわかるだろう。

よく読む(積極的に探す)のは好きな原作二次創作夢小説。でも、おもしろいと思えば、なんでも読む。主人公個性がマシマシだろうがナシナシだろうが、性別が同性だろうが異性だろうが、恋愛があろうがなかろうが、その相手主人公と異性だろうが同性だろうが、ヒトであろうがなかろうが、ものだろうがなんだろうが、おもしろければ読む。じゃあ、どんな夢小説おもしろいのかとかいう話しにはキリがないので、割愛させてもらう。

「よく読む」と表現はしたけれど、書きもする。むしろ書くのがメイン。

で、わたしには一つ譲れないところがあって、自己投影する。作者がどういう意図をもって主人公を設定したか知らないけれど、その夢小説を読んでいるとき、その主人公は、わたし自身だ。

夢小説における自己投影

自己投影とは - 日本語表現辞典 Weblio辞書にはこう書いてある。

(2)目にした状況や呈示された刺激などを理解したり解釈したりする際に、その時の自分心理状態人格特性などが反映されること。「自己投影」は俗に、フィクション内のキャラクターなどを自分と同一視し、キャラクター自分に重ねることを指して用いられることもある。

そのうち後者フィクション内のキャラクターなどを自分と同一視し、キャラクター自分に重ねること)が、夢小説における自己投影だと思う。少なくともわたしにとってはそうだ。

わたしの夢傾向」を読めばわかるだろうけど、主人公自体にこだわりがあるわけではない。わたしは、おもしろければ読む。かれ(かのじょ)が、生き残った魔法使いだろうが、高校生探偵だろうが、半妖だろうが、天使の生まれ変わりだろうが、悪魔に呪われたエクソシストだろうが、マフィアの十代目だろうが、自分自身の子どもだろうが、あらゆる天賦の才能を無効化する天才だろうが、宇宙人侵略された地球でなんでも屋を営んでいようが、超次元サッカーを嗜んでいようが、メロンパンが好きな紅蓮の異能者だろうが、宇宙適応した新人類だろうが、幻のシックスマンだろうが、個性を掴みとった無個性だろうが、異世界侵略から地球を守っている戦士だろうが、壁の中の人類を追い詰める巨人だろうが、六つ子の六分の一だろうが、あるいはCV田村ゆかりでも、桃色の髪でも、透明な肌でも、眼鏡でも、ショートヘアでも、オッドアイでも、幼稚園児でも、おばあちゃんでも、壁でも、掃除機でも、薄汚い中年でも、ノンケでもレズビアンでもゲイでも、もうなんでもかんでも、それはわたしだ。夢小説を読んでいるときわたしはその突拍子もなくかけ離れた、ありえない、あるいはありきたりの、場合によっては自分そっくりの、そのものになる。

ところで、これがだれしもに当てはまるとは、思っていない。自己投影にはレベルがあると、わたしは考えている。レベル表現たからには高低があるが、そこに優劣を見ているわけでないことは言っておく。

ガバガバ。とくにレベル2と3。レベル0と1と4については、説明不要だと思う。

「無個性」について。文字どおり「個性」が「無」いことだ。その個性について、個性とは - Wiktionary日本語版(日本語カテゴリ) Weblio辞書には、以下のように書いてある。

ある個人を特徴づけている性質性格。その人固有の特性パーソナリティー。 「強烈な-をもった作品」 「 -を発揮する」

夢小説においては、主人公に「(自分と)同じ性別」「同じ種(つまりヒトである)」だけが設定されていることだと思う。それに加えて「同じ性愛の向き(同性愛異性愛か)」「同じ好きなひと(主人公とのかけ算の相手)」が設定されていることもあるだろう。その程度だ。ここまでが、レベル2の「無個性」の範囲だと思う。

レベル3の「ある程度の個性」は、単純なものではない。ここでは「なんでもかんでもは無理」としか説明できないことだと思う。レベル2の無個性に少しだけなら、いやいやヒトならいいよ、擬人化された人外なら、異性でも同性愛者ならいいよ、有機物ならいいよ、基本はヒトがいいけど単眼ならいいよ……などといった具合に。

夢小説の読み方

で、「自己投影」についていろいろ言ったばかりだけど、ぶっちゃけ自己投影しなくてもいい。読み方は自由だ。

二次創作に関して言えば「オリ二次」の一つとして読む人もいるだろう。実際、夢小説主人公は、原作存在しない「オリジナルキャラクター」といえることが多い。

二次創作的なものにばかり言及することになるが、原作に明記されていないことを、「こうに違いない」「こうだといいな」と考えたり、あるいは原作の設定を無視して「こうさせてみた」としたりすることがあると思う。あれも、ある種の読み方といえると思う。わたし二次創作夢小説を、そういう原作の読み方から書いている。こんな(夢小説の)主人公がいたら、原作のあのキャラクターはああするだろう、こうしたらあそこはああなって……とか。

どれもこれも読み方だ。わたしたちはおそらく考えながら読んでいる。そして、考えることは自由だ。だから、どう読むかも、また自由だ。

夢小説の書き方

わたしは、よく二次創作夢小説を書く。そして、この日記でいう自己投影レベルは4で、読者としては主人公自己投影する。

当然(ではないかもしれないけれど)、わたしの書く夢小説には、わたしの嗜好が大きく表れる。「おもしろさ」の基準を満たそうとするだろうし、自分の書くものから、ある程度は満たしていると思う。で、嗜好が大きく表れるので、主人公異性愛者の女性かもしれないけれど、おばあちゃんかもしれないし、ゲイかもしれない。ヒトとも限らない。ボールに入るモンスターかもしれないし、壁の外の巨人かもしれないし、魔神族の王かもしれないし、好きなCPが愛を営むベッドのシーツかもしれないし、だれそれがだれそれをドンする壁かもしれない。

でまあ、書くのも自由だ。ある程度は。書くということは表現で、表現することは、ある程度は自由だ(公共の福祉に反しないかぎりとか、憲法かなにかで言っていたと思う)。二次創作について言うと、著作権どうこうの話しになってしまって、これまたキリのない話しで、わたしには専門的な知識がないので割愛させてもらう。今のところ「非親告罪なので原作者が罪をつきつけないかぎりOK」というスタンスで、つまり原作側になんやかんや言われたら速やかに従いますよってくらい。しか言えない。これはマジで

実質夢小説

ここには夢小説に通じる内容があるよねってやつ。だと思ってる。

大阪国際的スタジオテーマパークの、魔法使いになれるところ。原作、大好きです。原作主人公が通う学校の生徒になれたらな、入学許可証がきたらなって思った。そして、なんと、大阪のその遊園地に行けば、杖が買えるという(行きたい! 買いたい!)。わたし()気持ちを書いたし、魔法使いになれたらなとも思った。んでもって、わりと世のなかには、あの小説映画や、あるいは遊園地で、わたしと同じようなことを考えたひとがいるんじゃないかと思う。遊園地では魔法使いになった気持ちを味わったひともいると思う。

次いこう。実は東京にはない夢の国。あそこで(遊んでいる間だけでも)夢の国の民だったひとも、やっぱりいると思う。あそこのキャストスタッフ)の神対応が、たびたび話題になっているから。

というかだね、幼いころに、日曜朝のヒーローになりたい、ヒーローに守られたい、あるいは戦うヒロインになりたい、楽器から魔法の道具を生み出したいとかって、考えたひとも、やっぱりいると思う。「あんなこといいな できたらいいな あんなこと こんなこと いっぱい あるけど」(だっけ?)とか、二十ウン世紀からきたロボットに会いたいとか。

ボールモンスターを捕まえるゲームが、リアルマップ対応したよね。わたしたちはスマートフォンさえ持っていれば、GOした先で、疑似的ではあるけれど、まるで本当のトレーナーのように、モンスターをゲットできるようになった。

こういうのは夢小説に通じる考え方だ。二次創作の話しになるけれど、先述の「オリ二次」にも、同様に夢小説に通じるものがあると言える。あのCPの営みを空気になって見ていたいとかもだね。そして、それが形になったものを見たとき、そこに「夢小説」のラベルがなければ、「実質夢小説」として見る。

商業小説にも、「わたし視点の、あるいは明らかに作者(のペンネーム)と同じ名前主人公がいたりする。(それだけとは限らないけれど)そういうところから夢小説のにおいをかぎとったとき、やっぱり実質夢小説として見る。

それを夢小説かどうか決めるのは作者だ

書いてるうちにだんだんと疲れてきて、かなり文章が雑に、より滅茶苦茶になってきていることを、わたし自覚している。本当に。

それを夢小説かどうか決めるのは作者だ。言いたいのは、これだけだ。題名にもしたけれど。

夢小説っていうのは、すごくガバガバだと思う。自己投影したりしなかったり、名前を変換したりしなかったり。夢小説は、ある種の表現技法で、考え方だと思う。そこには、かなり「主観」の要素がある。

まず、作者が、それを「夢小説」にする。ここには作者の嗜好が、存分に表れていたりいなかったりする。それが発信されると、だれかの目にとまることがある。このだれかが「読者」だ。この読者にも嗜好があって、もしかしたら、かれ(かのじょ)はそれを「夢小説」と思えなかったかもしれない(これのどこが夢小説だ! オリ二次でやってろ! モブ創作でやってろ! 云々)。そのときは、そう思うにとどめて、「これはわたしには合わなかった」「このひとの作品は読まないようにしよう」などと、読者が避ければよいだけの話しだと思う。読者が「おまえのは夢小説じゃないか夢小説のラベルを剥がせ」などと作者に強要することではないと思う。一人の作者として、わたしは、そう強要されるのは嫌だ。読者に読者の「夢小説」観があるように、作者にも作者の「夢小説」観がある。

これは、なにも「夢小説」だけの特別なことではなくて、いろいろなことに言えると思う。わたしは、実質夢小説だと思いながら、言いながら、けれどそこから「実質」を剥がしはしない。つまり強要はしないし、直接作者に提案することも、しない。わたしは、されたら嫌だから。考えてもみようよ。男二人の友情を、あるいは女二人の友情を、はたまた男女の友情を書いていたのに、「これ恋愛BL)(GL)ですよね。友情ものを名のるのやめてくれません?」なんて言われたら、どんな気持ちになる?

とくに、「わたし不快から夢小説の)ラベルを剥がせ」とかい強要提案)はやめたほうがよい。これにはキリがない。万人に受け入れられるものは、ない。Twitterにロバの絵の四つの比較みたいなのがあったと思うんだけど、まあ、あんな感じで。不快から剥がせという強要がまかり通るようになってしまうと、気づいたときには、あなた独りだけが夢小説を書いている……なんてことになりかねない。

つかれた。

2016-10-20

萌え絵キモいのは女性性的受動的で非理性的存在として描くから」というのを見かけたけど

どっちかというと、男は男キャラこそを性的受動的で非理性的存在として描くし、

女は女キャラこそを性的受動的で非理性的存在として描くよな。

自身の醜い部分を見つめる」的な意味で。

萌えハーレムヒロインたちはみんな優等生だったり高潔だったり主人公叱咤したり夢に向かって励んでいたりして、

主人公馬鹿でスケベで意気地なしで将来のことをなにも考えてないクズだったりするわけだ。

異能バトルでも、ヒロイン戦闘担当主人公無能なやつとかさ、いっぱいあるじゃん

少女漫画だとこれが逆になる。何の取り柄もない普通の私、優秀で頼りになる彼、みたいな。

もちろん、全体を見ればいろんなヒーロー、いろんなヒロインがいて、なかに完璧主人公とか、馬鹿ヒロインとか、性的に奔放なキャラとかもたくさんいる。

でもそれは「バリエーション」であって、Aというキャラがいれば、Aを裏返した∀というキャラもいる、という話にすぎない。

異性が「性的受動的で非理性的存在」として描かれることがオタク向けコンテンツ必須条件というわけではぜんぜん無いよね。

2016-10-17

コンビニ人間』の感想

異能者バトル」ものだなぁ、と思った。

俺の視点から見ると、恵子にも、白羽にも、どちらにも、半分は共感できて、半分は共感できない。

ストーリーの内容は「全部入り」で、まさに小説を読んでいてコンビニの中にいる気分だった。

ネタバレになるけど、

最後に恵子が白羽の手を振り払って「お客様にお釣り差し出すための大切な手だから」と言って胸に手を寄せたのは、

コンビニを通じて初めて自分人間性に気付ける』(コンビニを通じてしか自分人間性に気付けない)という意味で、だからコンビニ人間」なんでしょ。

2016-09-28

http://anond.hatelabo.jp/20160928175535

1. カイジライアーゲーム的な「極限状況での頭脳バトル」

2. 龍騎ローゼン的な「異能者による殺し合い」

3. SAO的な「ゲームオーバーになると死ぬコンピュータゲーム

が別個に生まれて、それぞれ「デスゲーム」と言われている感じ。

一つ目と二つ目境界曖昧になりつつあるけど三つ目は混じることなく廃れた。

http://anond.hatelabo.jp/20160928173901

ジョジョっぽい異能」+「なんかスタンド使いが集められて強制的に殺し合いさせられる」

で大体デスゲーム

2016-09-20

大学生男2人で「聲の形」を観にいった

映画聲の形」のネタバレ要素を含みます

*観に行った当日に書いたものです。極力他人感想等を見ない・聞かない努力をしています

*とはいもの記憶は薄れてしまっているので、読まれる方の混乱を防ぐためWikipediaなどのによりあらすじ・登場人物確認を行った上で投稿されたものです。

*自省的なものです。レビューは他のかたの記事をお当たりください。

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映画を見なくて久しい友達が、ハリーポッターくらいしかまともな(?)映画を見たことのない僕に「観に行かへんか」と誘われ数々の選択肢から導かれて「聲の形」を観に行くことになった。

コミック未読の身としては、予告編の限りでは「普通によさそう」だと思い前向きだったが、相方ヒューマンドラマ的すぎて醒めてしまうのではないか、と消極的。結局後々の話題性新学期の話のネタ)を考慮した結果がこれだったんですが。

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昼過ぎ集合、東宝の某劇場で別の映画を観るも機材のトラブルサイレントに。7割は観たけど全額返金で謎のオトク感をかみしめ、軽食をとり松竹うつる

スクリーンにつく。若い人が多い印象。ぼくらみたいに男だけで来てる集団もかなり多かったような・・・

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そろそろ作品自体の話に移りましょう。

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小学生時代経験する個々人のやりきれなさ。

主人公石田責任を負う形にはなるが、西宮に対するいやがらせ根本的には植野黒髪女子から始まったように描写されている。

それはいじめに発展しますが、

そもそもこの「いやがらせからいじめ」への変遷で最も大きなものは、攻撃人数の増加・攻撃者の集団化だと思う。

集団化とは、ときに思わぬ人を巻き込むこと。川井クリーム色の髪の女子)は集団化の被害者であり西宮への加害者である

また、極端な描写はいえ、教師配慮の無さも事態エスカレートさせている印象があった。

加害者追及(石田が全責任を負う)の場面は自分小学生時代記憶フラッシュバックした・・・加害者ではなかった分とても不愉快記憶

そして集団性は攻撃標的をも流動的に変えてしまう。

どれもこれも、人の未熟さゆえの出来事であり、高校生になった今、未だ未熟でありながらも、子どもたちはあの時の集団性を見返すのです。

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高校生時代感情の衝突。激しくむごたらしくも、清々しい。

なんといっても、主要人物全員が橋の上で集まるシーンがこの作品の中核をなしていると思う。

広義的ないじめ加害者観測者はすべてあの人物中にカテゴライズできる、と言っても過言ではないかもしれない。

そしてその一人ひとりに対し「主要な」いじめ加害者石田が吐き捨てる言葉は的確であり、「こんなやつおるよなあ」と感心したくらい。

植野も、口は悪いもの的を得発言が多く痛快。正直悔しい。

永束のキャラ性は決して浮きすぎず、むしろ重くなりがちな展開を緩和してくれてありがたい。

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途中に入れようとしたけど入れられない書きたかったところ。

西宮の「お人好し」に対する描写

すぐ「ごめんなさい」と伝える傾向にある西宮に対し、怒りを爆発させる植野の心情。

川井の清々しいまでの自己防衛

いじめ攻撃のある場にいるだけで参加しているようなものだ、と思う(陳腐ですが)。これを自覚できずただ流されるままの人間にはなりたくない。

たとえ偽善者と言われようと、嫌悪感を抱いたら行動は起こすほうがいい(身の上のためにも)。

島田広瀬の扱い

島田金髪男子遊園地バイト)はともかく、広瀬Wikipediaみるまで覚えてなかったんですが、なぜ彼らが石田の命を救ったのか。

・永束の扱い

記憶が正しければ劇場においてはいわゆる「正義の味方」役にとどまっていたはず(Wikipediaに載っているようなバックグラウンド描写されていない)。ただこの一面だけであっても、実に典型的現実的いじめ観測者になっている。

・美也子(将也の母)の人物

綺麗事を並べているわけでもないが、将也をはじめとした多くの人物一言で影響を与えるとてもいい役をしている。画面にいるだけで安心する(?)。

八重子(硝子の母)の人物

劇場では厳格で冷たい人物であるように事故前まで描かれていた。館内で配られたSpecialBookでバックグラウンドが補完されている(ことにあとで気づいた)。

・いと(硝子の祖母)の存在

・そして、結弦

思えば彼女高校生に混じって違和感なく接している(!)。

石田西宮が立ち寄った現代美術モニュメント群は一体・・・

はじめは金沢美術館あたりかなあと思ったんですが、舞台である岐阜大垣市結構名古屋寄り・・・今度調べなければ。

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全体的な感想としては、久々に映画を観るからか、とても楽しめましたし、精神的収穫もありました。

これが「日本映画典型的なお涙頂戴」とは違う感慨であってほしい・・・

とりあえず自分の思ってたことはかけたので、他の人のレビューを見ていって補完していきたい所存。

映像化されたらまたゆっくり観たいですね。

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以下オタク雑感。

早見沙織、やはりうまい

アニメをみてたのはほんの一時期だったので全話見て知ってるのは俺妹のあやせたんくらいなのですが(すでにうまい)、某動画サイト異能バトルなる作品での名演が残されています。5分間しゃべりっぱなし・・・

硝子のような役回り彼女くらいの技量がないとつつがなくいかないのでしょう。

2016-08-09

[]

今回は少年ジャンプ+

先週分の感想。書く時間がなかったので簡易。

ファイアパンチ 15話

最初の、祝福者を用いた資源の確保方法ディストピア感が溢れていていいと思う。

まあ、人道的な範囲内でかつ効率よくできる方法は他にいくらでもあるよなあ、と思ったりもしたが。

作者がこういうの好きなのは今に始まったことではないから、これもその一環なのだろうな。

あと、あの子アグニのことをやたらと語っているけれども、この子主人公そこまで絡みなかったよね。

このキャラ人格的に考えると、妄言的な意味合いも含めているだろうから、そう解釈するなら不自然ではないけれども、これにページ数割かれてもなあ……。

仮にやるとしても、もっと小出しに描いたほうがいいよね。

肝心の主人公の方はほとんど進展してないしさあ。



ファミリーゲーム 

第年秒の短期中連載。

後先を考えない設定、展開だけれども、短期連載だからコレぐらいのほうがいいかもね。

単純に異能力バトルとしてだけで評価した場合、正直あまり惹かれない。

けれども、そこに「家族」人間ドラマといったテーマを含めつつ、エキセントリックキャラクターたちを主要人物にして面白そうと思わせるあたり侮れないなあ。

それにしても、作者を介入させる設定なんて、久々に見たぞ。

けれども、先にメタを絡めた設定にしておいたことで、奇抜なキャラクター言動や展開も成立していたキライはある。



群馬アイドル神話セブン 第4話

画力があと3ランクほど高まれば、意外と不条理ギャグ漫画として読めるんじゃないか最近思い始めてきた。

少なくとも、最近はちゃんと読者も楽しませようというネタ選びやノリになってて、「ウンコ味のカレー」又は「カレー味のウンコ」くらいにはなってる。

逆にいえば、現状ではジャンプルーキーの延長線上を抜け切れていない。

2016-07-28

[]7月27日

○朝食:なし

○昼食:鶏のご飯

○夕食:まだ食べてない



調子

むねがふるえるー

あたたかなてにー

ふたりでー

あるいーたー

きょりーもー

はなれえぬよう

ながされぬよう

ぎゅっとー

ゆれてはまわる

かっぷとえがお

みあげたー

そらのー

みずいろ

かぜにとけてはー

たかーく

きえたー









ああああああああ!!!!!!!!

あれ? あそこにいるのは、今やまんがタイムきららキャラット看板作家であり、

魔法少女まどかマギカキャラデザ一世ふーりんした、

ふーりんした?






ふーーーーーーーーーん。




ポンチーカンポンチーカン

なきまくれー

あがったもんがち

でもやくなし

といといほー

といといほー

すーあんたんきー

きづけばてんぱい

ふ・り・て・ん!!!



ふりてん?

ふーりん





ふーーーーーーーーーーん。





疲れた

思いつくままに、青春時代に好きだったお歌を歌っている。




いっつも忘れるんですが、ToHeart最初アニメ川澄綾子のためだけに、

川澄綾子のお歌を川澄綾子地元で流したんだっけ?

それとも逆で、川澄綾子が恥ずかしくなっちゃって川澄綾子地元でだけ、別の曲を流したんだっけ?

川澄綾子浅野真澄縁日で売ってるアダルトビデオ伊福部崇さんにお土産で買っていったら、それが獣姦もの

当時付き合ってた田村ゆかり以外の女性声優が犬系マスコット役の演技を学ぶためのプレゼントに最適だったんだっけ?

あーあ、田村ゆかり以外の女性声優と付き合えるなんて、本当ラジオ構成作家って世界で一番優れた職業だよなあ。

女性声優だけじゃなくて歌手とかとも付き合ってる人いるんだろうなあ。

露骨に「つまり赤尾でこ三重野瞳は付き合ってたんだよ! 的なブコメを誘う、誘い受け文章



誘い受け

襲い受け?



ボーイミーツボーイ!

まちにあふれる!

ボーイミーツボーイ!

趣味は掛け算!

好きだから

もし、いばらみちでーも!

みつめつづける!



ここの主人公の顔が面白すぎてもう10回以上リピートしてる。








このこえーがきーこえーたらーーーーーーーー

(間奏)

あなたのこえりぴーとして

なんどもききたくて

こころのなか

せーぶして

まいにち

かなでえるようなこえで

英語

ときがすきで

はじめてしったよ

とおいそらでひびく

えいえんのおもい

このこえがーきこえーたーらー

あくせすしてほしい

電源は切らないで

いつもONにしてるよ

思い出かえないで

終わりにできないのー

奇跡! を一つください

あなたへ

この思いを届けてー





あのさ、二作目の方のアニメで、雫のキャラモチーフにしたエピソードあったじゃん。

あれって、結局なんだったんだろうね。

いやもう、結局なんだったんだろうねって言い出すと、

リアライズ打ち切りエンドの話とか、アビスボードの話とか、永田さんの女子サッカーの話とか、

超先生異能者の次の連載の話とか、

いっくらでも、なんだったんだろうねはあるんだけど、



その際たるものは、今の現状がPS寄りで、テネレッツァ時代Xboxへの熱狂はどこへやらって話が、

いちばん、なんだったんだろうねあれだよ。

なんか、刻印が0001の奴が来たんだっけ?





はあ、なんか、楽しい事が走馬灯のように蘇るなあ。

あれ、なんでだろう、もう、ほんとうに、つかれたよ。








あと、急にメガバクーダが滅茶苦茶好きだということに気付いたので、

一世代から地面タイプ統一縛りでスタッフロールまで全部やっていこうと思います

二世代は環境が閉鎖されてるからHGSSだけします。



一世代は赤以外のどれかで考え中、VCのメインロムが未確定だからマックアップ買える青か黄かなあ。(サンドが赤だと出ないからね。この頃はまだタマ転送がないから出現ROMを気にしないとなあ)

三世代はR。(パケ伝が地面のグラードンから

一世代リメイクはLG? 悩み中。(サンドFRだと出ないし、FRLGはクリア後までタマ転送ができないから出現ROMは気にしないといけない。他はタマ転送できるので気にしなくても良い……ってあれ、クリアデータ保持してるのLGの方だな。消すの悩ましい。サンドサンドパンには泣いてもらうかもなあ、さすがにこのタイミングでLG買うのはお金がもったいなく感じる)

世代はP。(消極的理由です。本音シロナとのイベントが増えてるPtが良いけど、持ってるPtは教え技のカケラが山ほどあるから消したくないって感じ。安いだろうから二本目のPt買おうかな。)

二世リメイクSS。(クリア後にグラードン出るから。ただグライガードンファンHG限定なので、タマゴを送って旅パに加える予定。まあタマゴで増やせる一般ポケは、タマゴで送って旅パに加えればいいんだから、あまり気にしなくて良いね

世代前半はW。(あまり深い意味はない。メインロムがBだからWにしただけ)

世代後半はW2。(前半をWにしたから、自然とこっちもこうしといた。ランドロスARサーチャーで粘って旅パに加えようと思う。旅パで威嚇はたるそうだけど)

世代はY。(あまり深い意味はない。メインロムがXだからYにしただけ。まあついでに愛する悪ポケの周回で粘らないといけないイベルタルの厳選もしようかな。今フリー用に育てたのがせっかち両刀から、ようき物理が欲しいかな)

三世リメイクはOR。(パケ伝が地面のグラードンだし、今回の縛り旅プレイ目的メガバクーダが早く手に入るから。なんだけど、ORASは周回用をASにしちゃってるからデータ消してもいいOR持ってないな。うーん、でも、さすがにココは譲れないなあ。よし買うか! ……ってでもよく考えたらORがトルネロスで、ASボルトロスか…… うーん、バンクの利用券生きてるからASに全員移して、ORを周回用に変えるのも手かなあ。孵化環境は未だにXだから、まるおまとか孵化アイテムとか努力値下げ木の実は気にしなくていいし…… ってあかんあかん、対戦用の持ち物がバンクじゃ送れないじゃん。7世代間近で今更環境整えるのは面倒しなああ。よし、買おう、買おう。5000円ぐらいでしょ? 買おう買おう)




うーし、準備は万端だ!

がんばるぞいや!!!








以上、b:id:nagatafe さんのリクエスト通り、普通じゃない人を目指した文章になります

確認よろしくお願いします。

2016-07-20

http://anond.hatelabo.jp/20160720143715

建設的じゃね?

鳩山弟は異能者だった。

あの秘密を解明しないまま亡くなってしまったのは勿体無い。

鳩山弟の能力秘密を解明する実験

凡人東大生が「俺たちを差別するなー!」「凄く苦労して東大入った俺たちを軽視するのかー」ってなんか変じゃね?

2016-07-17

異能力バトルにおいての強能力

・同等、またはそれ以上の能力が出てくる

・何らかの発動条件や制約がある

能力を使うことで発生するデメリットがある

・持ち主に扱いきれる器量がない

・持ち主が病気だったり、何らかの障害を抱えていて満足に使えない

・その能力者が戦う機会を設けない

次元の違う理不尽で捻じ伏せられる

・最新科学兵器でいいようにされる

能力無効化する能力、或いは何らかの方法で無力化される

不意討ちだまし討ちでやられる

イレギュラーの発生でやられる

概念的なモノにやられる

主人公補正

2016-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20160512083201

フィクション書ける奴は皆異常者ってアホなのか

百歩譲って異能者と言いたいならまあわからんでもないが

2016-03-20

2015後半・2016年に読んで面白かった漫画たち

順不同

一応ネタバレ注意



出会って5秒でバトル



出落ちみたいなタイトルだけど、王道異能力バトルもの

ある日突然、謎の組織拉致され、能力を与えられた一般人たちが、命がけのバトルを強制される、というありがちなストーリー

まだ話数が少ないが、主人公が頭を使ってトリッキー能力いかすタイプなので面白くなりそう。

登場人物が不自然ペラペラ自分能力を話したりしないのも良い。



波よ聞いてくれ



作者は、無限の住人とかブラッドハーレーの馬車の沙村広明

素人主人公ラジオパーソナリティになる話。

理由は分からないけどなんか面白い

主人公性格がさっぱりとしてるところとか、主人公の語りが面白いところが要因かも。

ラジオドラマアナログ音響効果というとラヂオの時間っぽい。



グッド・ナイトワールド



作者は「世界鬼」の人。

ネトゲ舞台

まだあんまり先が見えないけど設定は好き。



魔法少女サイト



よくある異能力モノに魔法少女要素を少しだけまぶしてスプラッターとかを足した感じ。

同じ作者の魔法少女オブザデッドと同じで、絶望的な展開で風呂敷を広げていくところは面白い

うまく畳めるのかが少し心配



サツリクルート



異能力で就活というのが斬新。

主人公が地味な能力なので今後どうなるか楽しみ。

財閥関係就活の設定とかは無理矢理な気もする。

2016-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20160316131608

山本一郎氏とショーンK氏ってとくダネ!で共演するずっと前に2人で対談やってたんだな





207 :名無しさんお金いっぱい。:2005/04/05(火) 21:14:11 ID:8K+mkdWH

月刊サーカスという胡散臭い雑誌の5月号で、ショーンKという胡散臭いコンサルと対談してましたが、

その対談で切込隊長ライブドア堀江氏に向かって「もう少し何とかならないか」と発言したと法螺

吹いてましたが、果たして本当なのでしょうか?

 

何もかも胡散臭すぎて信用できませんw

 

http://www.kk-bestsellers.com/magazine/circus/

http://live19.2ch.net/test/read.cgi/market/1112111852/



(Archives)KK ベストセラーズ || CIRCUS

http://wayback.archive.org/web/20050414043124/http://www.kk-bestsellers.com/magazine/circus/

「オレでもなれる30代社長!」という特集

世界を股にかける敏腕コンサルタントと若手相場師の120分頂上激論

山本一郎×ショーンK 「なぜアイツらは成功したのか?」

J-WAVEナビゲーターでもある異色の経営投資コンサルティング企業取締役と、莫大な親の借金を株で返済し、その後も株の世界に生き30代にして市場大成功を収めた異能相場師の頂上対談がサーカス誌上でついに実現!世間を騒がす30代社長の「成功秘訣」とは?



経歴を盛りに盛って世に出た2人は、

当時は胡散臭さがすごかったのに

片方はブログを書き続けて、

片方はラジオで話し続けて、

違う道でそれぞれ定評を得て文化人となり

とくダネ!」で邂逅したって何かステキやん

2016-01-10

長いです。

ついさっき、イケダハヤトって人について書いた記事を読んでたんすけどね。

あ、俺も昔ちょっとブログやってたことある人なんですけど。

あれつくづく俺と対極にいる人なんだなあと思いました。

個人的感情としては「そこまでしなきゃマネタイズできないとか向いてないからやめたほうがいいよ」としか思わないんですけども、同時にだれもが文章一本で金とれるわけでもない、ということもよく知っています

俺はかなり自覚的アマチュアリズムの信奉者でした。書籍化とかまあそういう話もそこそこあったんですけども、一度の例外を除きすべて断ってます。まあ商業に乗っかることのめんどくささってのがいちばんかいんですが、それ以上に俺には「自分文章を換金する」気がかなり強固な意志としてなかった。ブログでもそれを鮮明にしていたはずです。

アマチュアリズムというとかっこよく聞こえるんですが、要は「無料なんだからなに書いたっていいだろ」っていうことです。あるいは「なに書いてもいい自由を俺から奪うな」「つーか金とるにあたって発生する責任とかとる気ねえから」ということでもあります

仕事柄「商品価格」ということにかなり鋭敏です。流通に乗っかってる以上は、どんなもんでも商品だろってことです。まあ、需要がありゃどんなもんでも換金できるのが資本主義ってもんでもあるんでしょうけど、だからといって送り手がそのことに無自覚でいいってことはないよね、という。

俺が売ってるものは食い物がメインです。食い物は、払った金のぶんだけはなんらかの満足を客に与えなきゃいけない。そうでないと売れない。食い物の第一の機能は「食ったら腹埋まる」ということですが、ほかにも甘くておいしいだとか、レアだとかまあいろいろあります。ごく大雑把にいうと、普及価格の食い物に関しては「おいしい」と「腹埋まる」がメインの機能で、ほかのもの付加価値だと思ってます

しかし実際に売れる商品ってのは付加価値で売れるんですよな。パッケージがいい、CMが大量投下されてる、見た目より重い、いままでに見たことがない、など。まあリピート以外の要因では、食ったことがない状態から買うんだからあたりまえの話ではありますが。

で、イケダハヤトっていう人は、この付加価値の部分を極大化させた人だと思うのです。あらかじめ言っておきますが、いいとか悪いとかの話はしてないです。そもそも俺はブログってものを「文章をのっけるためのメディア」としか考えてません。俺にとってそうだからそうだ、というだけの話で、この段階で、そうは把握していない人を批判する資格能力がありません。

ただ、人目に触れるなんらかのメディアである以上、その本分は「おもしろい」か「役に立つ」だと思ってますおもしろいってのはなんでもいいです。単純に笑えてもいいし、罵倒芸でもいいし、人の生の一断面があらわれてるようなものでもいいし。そして、それ以外の部分はすべて付加価値です。

おもしろさというものが単純に言語化できる性質ものではない以上、付加価値のほうも明確には定義できない。だからあくまで「俺から見て」という話になりますけども、イケダハヤトという人のブログからおもしろみを感じることができなかった。役に立つかというと、それもあまりそうは思えない。ではなにが得られるのだろうと考えたときに、ある種の人々を「その気にさせる」「逆から見ることでわかったような気にさせる」機能がメインじゃないかな、と思えました。

付加価値は金になりますしか付加価値だけでは長持ちしない。それをなんとかしてきたところに異能があったんじゃないかと思えます。まあ実際にだれかの人生に影響を与えたんだとしたら、それはもう「付加」とは呼べないのかもしれません。

個人的にはイケダハヤトという人のスタンスは嫌いです。ただ、嫌いである以上に理解ができない。これはあくまで俺の理解能力限界なんだと(遠回しな皮肉でなく)思うんですが、たとえマネタイズという強力なモチベーションがあるにせよ、ああい炎上上等な手法で得られるものはいったいなんなのか。それが金だというなら仕事なんだからいやなことでも我慢するっていうことなんでしょうか。

考えてみると、俺は常におすそわけの原理で動いていた気がします。たとえばカレー作った。なんかおいしくできた。じゃあ隣にも分けてあげよう。やっべー俺の作ったカレー超うめえっすよ。でも隣の人がカレーきじゃなかったらおすそわけしない。インターネットのすばらしさは、俺にとっては「俺の作ったカレーここにあり!」「俺は超うまいと思うからカレー好きな人は食え!」「でも俺の好みで作ったから好みにあわない人ごめんね」「そのかわり無料」っていうところです。

かといって日本全国のカレー好きの人に俺のすばらしいカレーを届けるための努力をするほどではないのです。だから別に有名になる必要はなかった。それに俺には「今日カレーを作ろう」「いや、気分的に今日うどん」という自由がありました。その自由を捨てる気はなかったのです。カレー職人になりカレーで金をとるためには、三度のメシよりカレーが好きであり、魂がカレーでできている必要があります。それでいえば俺は「料理が好き」なだけであり、だれかがおいしいといってくれればそれで満足だったのです。もっといえば「おいしいといってくれる可能性がある」だけで満足だった。

さて、彼は三度のメシよりなにが好きなんでしょう。俺にはそれがわかりません。その答えがおそらく彼があのような手法をとる理由であり、そしてどうやら俺は、わからないながらもなんとなくそ理由があまり好きではないのです。

これを、文章だけでのし上がってきた人間マッチョイズムといえばそれはそうでしょうし、インターネット懐古主義だというのならそれもそうでしょう。それでも俺は、なにも書かれていないテキストエディタを前にしたときの「さあ、いまから俺はなにを書いてもいい。そしてだれかがそれを読んでくれるかもしれないんだ。こんな素晴らしいことがあるだろうか」という原初的な感動を捨てたくはないです。同時に、この感動はおそらくSNS時代以前の人間のものだということも承知のうえで、なおそう思います。まあ、かたちを変えた「飽食の時代なんだから文句言うな論」にしか聞こえないでしょうけど。それでも俺は「読まれる」というだけですばらしいことだとしか思えないのです。

※追記

あー、逆に「読まれる」という自体がさほど困難ではない状況以降の人にとっての「原初的な感動」がなんであるかは聞いてみたいかもしれない。自分にとっての感動が真実である以上、その先の状況にいる人たちの感動ってのは理屈しか想像できないものなのです。まあ物心いたころにはインフラとしてネット存在していたならそんなもののありようはないのかもしれませんけど。

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